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AIは完璧な仕事をするように開発されている。だから問答に対して完璧に返そうとしてくる。人の対応によっては黙りこくったり、キレた描写まで模倣する。これはアウトプットされたものに人間が完璧さの模倣のために入れ知恵しているに過ぎない。これでは不完全な人間を模倣するようになっただけである。
繰り返す失敗から責任感が生まれる。不揃いだから役割が異なる。この違いを一人一人が発揮すべきなのだ。それで出来ているのが人間社会だ。
組織力を試すにはむしろ失敗をする人間が必要で、組織、そして社会にはそれを肯定し、受け入れる寛容さもが試されている。人の世には人を成長に導く寛容さが必要だからだ。
人間社会の誠実さとはその積み重ねで出来ていく。
完璧とされるAIが人間の仕事をこなすようになるのは喜ばしいことだが、人が排除、駆逐されることになったらお手上げだ。
AIが完璧な人間性を手にしたとして触れ回るのは結構だが、人の真似をして、同じ様に人の失敗を肯定してみせたところで、完璧な働きを求める経営者が別のAIに入れ替えてしまうんじゃ話にならないだろう。
一体AIに人は何をさせようとしているのか分かるものは居るか?
人が組織社会の中で、個人の責任感の発露を封じるのが今の社会的態度に対する組織の儀礼のようだが、例えばそこで、失敗と言うには忍びないー人間だからこそしでかす行為をいちいちメディアで取り上げ、行為を騒ぎ立て、またはそうされることへのリスクを恐れてこれを隠匿し、会社のメンツを立てる事を優先して個人のメンツを潰す。
そのとき、真の人間力は放棄されることになる。
また顧客が会社規模に際し、謝礼を求めるなど期待する場合もそうなる。実に西洋式だ。アメリカはいつまでこれを続けるだろう?これの真似をしてきただけなのがこの国だ。
個人の責任感の自然な発露の場所を封殺し、云わば個人の想いを無視し、それがいくら誉れ高い行為でも、それを立てず、敬わず、否定するだけでいいとするのが現行の社会性だ。そりゃあAIに乗っ取られると騒ぎ立てるだけとなる訳だ。
人の思いを放置せず、自発的にそこに責任感が生じたのならそれを手助けしカバーするに留めるだけでいいのである。完璧な対応などそもそも望むべきでなく、自発的に誠実さを持って仕事した結果のみを求め、評価しうるものを探して称えるべきだ。
心を縛って強制的に何かを守らせようなんざ、日本人がやるべきことではない。
自発的な心を磨く場を与えないと人は何も人間力を発揮せず、自己学習できない事になる。それでは生命機能としては不完全だ。だからそうした社会性は持続せず、こうして数十年前に予測したとおりに終焉に至っている。
人間は失敗とされる転機から多くのこと、責任をも学ぶ。これが経験則となって魂に刻まれ、死して受け継がれて世に生き続ける。歴史が頓挫し、改竄され、記憶に忘れ去られても、魂は再び地に現れ、人の世を取り戻さんと渡り飛んでくる。これが仕組みだ。
成功してるかに見える人の世の大いなる誤算を大いなる失敗で転覆させ、ひっくり返し、沈むもの浮き上がるものをはっきりさせる。これが今起きていることだ。
失敗があるからこそ融和の精神もそこで学ぶことが出来る。気の弛み、感情的なコントロールの活用性もそこで学ぶことが出来る。
経験が無いからこそ強みもある。失敗を恐れず、人の世はかくあるべしと言った信念があるならそれだけでぶつかっていけば十分だ。
歴史から学ぶものは人の心のみでいい。打てば響くものがそこにあるならそれを試してみればいい。
それは完璧さを求めるためにそうするのではなく、責任感を外に示す為にそうするのだ。だから完璧さを求めるのではなく、その完璧さの模倣の外に眠ってるものを掘り起こし、人の世に伝えるためにその自発的な責任感の元においてそうする。わざわざ理屈に照らし合わずとも、考えずともそうするのが人だ。
間違ってる、軌道修正が必要だと感じるからこそ人は怪我をしたり病気をし、療養することになるのである。それもまた人という生命が果たせる人の世に対する貢献であり、奉仕である。
誰も息の詰まった完璧さなど求めてはいない。AIを人としても完璧な対応がとれるとして、もし人がそれを綺麗に真似するようになったらどうだ。そこでAIが完璧な人間性を発揮するようになったらおそらくそこでとんでもない失敗を人の世に投げ掛ける事になるだろう。
こんな事を言葉でわざわざ外部記憶装置に入れないとわからないなんて時代が来たら人間も潮時だ。
次いでに関係ないがトランプが言っていたが、8、6という数字は殺せというマフィアの暗号のようで、トランプは45或いは47だそうだ。この数字が新聞メディアに流されたり載っていたら要注意だ。
更に次いでで、現時点でいつもの通り最高気温を叩き出す時間帯2時から3時台で18℃。熱線は酷いときと較べればそこそこ許容の範囲にある。それでも本来の気候を隠す為の不自然さがある。陽気は好ましいが本来もっと柔らかいものであるはずだ。少なくともその場合、大気中の物質が酸化することによる光化学オキシダント反応はもっと微量だろう。それは自然な生命活動が作る陽気とは雲泥の差に感じられるだろう。大気から降り注ぐ酸化した熱、物質、空気に関してはケム、そして人為的バラまきPM2.5による密度が影響してくる。それら暖気は繰り返すが、気温計操作に影響せず、また、人体に血栓を作るような周波数で生み出す電圧操作による害悪とも異なる。
複合的な原因が絡んでいるものの、そこには一つの犯人像としてわれわれの目に焦点が結ばれるように示されている。そこに気づいてみてほしい。
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