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時代の変化を映し出す 国際通年企画「はたらく世界地図」プロローグ 勅使川原真衣さん、鎌田慧さんに聞く
2026年05月31日 12時00分 共同通信
https://www.47news.jp/14347935.html
仕事は、その時代を映し出す鏡のようなものだ。社会の変化に伴って新しい仕事が生まれ、価値観や働き方が変化し、消えていく職業もある。
世界各国の「労働の現場」から、今の時代を浮かび上がらせる2026年の国際通年企画「はたらく世界地図」。プロローグとして、組織開発コンサルタントの勅使川原真衣(てしがわら・まい)さん(43)と、働く人の目線に立った作品を数多く発表してきたルポライターの鎌田慧(かまた・さとし)さん(87)に、それぞれの「労働観」を聞いた。(聞き手は共同通信編集委員・佐藤大介、年齢や肩書は新聞向けに配信した2025年12月16日時点のものです)
▽曖昧な日本の評価基準
〈働くことの本質は〉
働くこととは、シンプルに「分業」だと考えています。社会の構成員が相互に助け合いながら、それぞれの役割を果たすことで成り立つというイメージです。仕事とは「協働の仕組み」であり、一人で完結できるようなものではないのです。
日本の雇用慣行は「メンバーシップ型」です。仕事内容を明確に定義せず、自分たちの会社の一員として頑張れるかどうかを重視する。それが曖昧な評価基準を生み、長時間労働や精神論を後押ししてきました。
仕事の内容や役割に応じて処遇する「ジョブ型」雇用が主流な欧米では、それぞれが職場で何をするかが明確なことから、ワークシェアがスムーズに機能します。一方、日本では曖昧な評価基準が幅をきかせます。
しかし、それを良しとすることは「わかりやすい」ものしか受け入れないということでもあります。職場のマイノリティーを「よくわからない存在」として差別することにもつながる、排他的な要素を含んでいます。
〈能力主義の考え方が台頭している〉
能力は個人の内側に安定的に存在するものではありません。人間関係、健康状態、職場の文化、家庭環境など、無数の要因で揺れ動きます。また、生まれ育った家庭、経済状況、健康状態は自分で選べず、努力できる環境自体が最初から人によって違います。
能力主義は、そうした格差の存在を見えにくくし、弱い立場の人に自己責任の考えを背負わせてしまうことになります。
〈自らも能力主義の世界に身を置いてきた〉
外資系コンサルタント会社に勤務していた頃は「できない人は努力が足りない」とも考えていました。しかし2020年に乳がんが見つかり、コロナ禍もあって仕事がなくなり、価値観が根底からひっくり返りました。
病気は努力不足でなるものではありません。貧困も、家庭環境も、個人が選んだ結果ではない。それなのに社会は、弱い立場にある人に「努力しなかった責任」を負わせようとします。
自分がそうした環境に置かれたとき「人は能力ではなく、環境によって支えられている」との考えが、すとんと腹落ちしました。
〈社会に求められている変化は〉
仕事観の転換が重要です。「優秀な人が優秀な組織をつくっている」というのは幻想です。多様な人間同士の分業で、なんとか回っているのが仕事なのです。人工知能(AI)を活用すれば各人の職務の輪郭を明確にし、分業を進めることが可能となります。
ところが日本では、職務要件(ジョブ)を整えることなどに消極的です。古びたフィクションの「働くということ」を打ち破り、新たな働く仕組みをつくっていくことが急務だと思っています。
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てしがわら・まい 1982年横浜市生まれ。組織開発者。東京大大学院教育学研究科修士課程修了。外資系コンサルタント会社を経て独立。著書に「『能力』の生きづらさをほぐす」や「働くということ 『能力主義』を超えて」「『頭がいい』とは何か」などがある。
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▽失われた連帯感
誰もが「成功」を追い、落ちこぼれた人は「自己責任」で片付けられる。鎌田慧さんは、そうした考えを「非常に危険」と危惧する=2025年10月、東京都内(撮影・横山純太郎、共同)
〈働くことの意味と環境は、この半世紀でどう変化したか〉
働くとは、生きるための方法であり、同時に「人生を達成する手段」でもあると思います。
私が若い頃に出会った自動車工場の労働者は「テールランプを自分の手で付けたい」と入社動機を語っていました。労働という行為が社会の成長につながるという実感があったのです。
1960年代前後の高度経済成長期に取材した労働の現場は、確かにきつかった。しかし「頑張れば、子どもを大学に行かせることができる」といった、将来に向けた計画を立てられる時代でもありました。学歴がなくても、努力すれば中流の生活に到達できたのです。
ところが労働者派遣法の改正によって、賃金が低く足元が不安定な非正規雇用の労働者が増えて、生活設計がほとんど描けなくなってしまった。現場で働く人たちの環境は、とても厳しくなったと感じます。
〈働く側の意識も変化した〉
中曽根政権下での国鉄解体で国労がつぶされたのに象徴されるように、労働組合が衰退していきました。それによって決定的に失われたのが、働く人たちの連帯感です。
横のつながりが希薄化していくと共に、労働者の意識は個別化し、社会全体の課題も共有されなくなる。働く人たちが声を上げることで社会は変わり得たのですが、そうした雰囲気は影が薄くなってしまった。労働と政治の距離が遠くなってしまったと思います。
「努力した者だけが成功する」という風潮が強まると、そこから落ちこぼれた人は、全て「自己責任」という言葉で片付けられてしまいます。それは非常に危険な考えだと危惧しています。
〈技術革新の一方、人口減少や高齢化も進む〉
人工知能(AI)を使えばいろいろなことが効率化できると言われていますが、その裏側で必ず「余る人」が生まれる。労働からはじき出された人たちが生まれ、その受け皿はないということが現実になると思います。
これからの時代に必要なのは「みんなで分け合う」という発想だと思います。働く時間や仕事そのものを、社会全体でシェアし、生み出されたものを再配分する仕組みを考えなくてはいけません。
福祉や介護の現場は人手不足で低賃金です。ここにきちんと資金を投入し、社会政策として支えるのが政治の役割です。日本にはまだ十分に余地があるはずです。
人間は一人では生きていけません。仕事も社会も、誰かと共同してつくるものです。便利さを追い求めるだけでは、人は幸福になれない。むしろ手間のかかる領域、すなわち人と人が支え合う仕事こそ、今後より重要になるのではないでしょうか。
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かまた・さとし 1938年青森県生まれ。新聞記者、雑誌編集者を経てルポライター。労働、教育、原発、冤罪(えんざい)など社会問題の取材、執筆を続ける。著書に「自動車絶望工場」「教育工場の子どもたち」「六ヶ所村の記録」「叛逆老人は死なず」など。
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