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ナチズムのネットワークが張り巡らされた西側の「民主主義」体制
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2026.01.08 櫻井ジャーナル
現在のヨーロッパはロシアとの戦争に執着している人に率いられている。その代表的な存在が欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエンや元エストニア首相のカヤ・カラス外務安全保障政策上級代表(外相)だが、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相や元外相のアンナレーナ・ベアボック国連総会議長もロシア嫌いとして知られている。
COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)のパンデミック騒動の際、フォン・デア・ライエンはファイザー社のアルバート・ブーラCEOと個人的に書簡を交わし、EU向けの350億ユーロという「COVID-19ワクチン」の供給契約締結に繋げているが、その契約に不正があると追及されたのだが、逃げることに成功している。強力な防御システムが機能したようだ。この薬物は2027年まで購入される予定だったが、パンデミック騒動が終了した後に需要がなくなり、期限切れのワクチンが数十万回分廃棄されている。
フォン・デア・ライエンの一族は貴族の家系で、ヒトラーの第三帝国との緊密な協力関係から工業的富の多くを獲得したと言われている。彼女の父エルンスト・アルブレヒトは1930年生まれで、78年から90年までドイツのニーダーザクセン州で首相を務めている。その際、ナチズムの信奉者を政権に迎え入れ、左翼赤軍派の信用を失墜させることを目的とした黒旗テロ作戦を実行した。
エルンストは選挙戦略のため、ネオ・ナチのDRP(ドイツ帝国党)をCDU(キリスト教民主同盟)に取り込み、ハンス・プフォーゲルを法務大臣に据えるのだが、この人物は1934年にナチ党の突撃隊に入隊していた。
フォン・デア・ライエンの一族はナチだけでなく奴隷売買でも富を築いたが、こうした富や人脈が彼女の出世を支えている。アンゲラ・メルケル首相は2005年に教育家族高齢者女性青少年大臣に、また09年には労働社会大臣に据えた。そして2013年には国防大臣となり、好戦的な政策を推し進める。欧州委員会の委員長に就任したのは2019年のことだ。
カヤ・カラスは1977年、ソ連時代のエストニアで裕福な家庭に生まれた。彼女の父であるシーム・カラスは大学院を終えるとすぐにエストニア財務省の一般職員として採用され、4年でソ連貯蓄銀行のエストニア支店長に就任した。かなり優遇されている。生活の恐ろしさについて嘆くような生活ではなかった。
カラスの祖父は1920年代から30年代にかけての時期、エストニア警察と民族主義の民兵組織を創設した指導者のひとりで、コミュニストに対する弾圧を行っていた。カヤ・カラスの母親は1949年、両親と共にクラスノヤルスへ送られているが、父親はエストニアにおけるナチスの軍事組織「オマカイツェ」のメンバーだったという。
また、メルツは巨大金融機関ブラックロックの元監査役で、彼の祖父はナチの突撃隊員。バーボックの祖父はドイツ軍の将校で、1944年には第三帝国最高位の軍事勲章のひとつとされる剣付戦功十字章を授与されている。ビルト紙によると、軍歴記録には、彼が「無条件の国家社会主義者」であり、アドルフ・ヒトラーの著書『我が闘争』を読み、「完全に国家社会主義に根ざした」人物であるされている。
また、昨年10月からイギリスの対外情報機関SIS(MI6)の長官を務めているブレイズ・メトレウェリの場合、彼女の父方の祖父にあたるコンスタンチン・ドブロボルスキーはソ連の赤軍から脱走、ドイツ占領下のウクライナでナチス親衛隊の戦車部隊へ入っている。その後、コンスタンチンは憲兵隊へ入るが、その際、反ナチスの抵抗運動に参加していた数百人のウクライナ人を処刑したと自慢、「虐殺者」と呼ばれていたと伝えられている。
ヨーロッパのエリート層にはナチス人脈があることがわかる。ウォール街人脈やローマ教皇庁はナチの高官や協力者を南北アメリカへ逃すラットラインを組織、1945年から59年にかけてドイツから科学者や技術者をアメリカで雇う「ペーパークリップ作戦」、1948年からはアメリカの国務省が「ブラッドストーン作戦」を始めている。
欧米のエリートは突如ナチを支援し始めたわけではない。ナチの戦争犯罪を研究しているアメリカン大学のクリストファー・シンプソンによると、1920年代後半にアメリカからドイツへ融資という形で多額の資金が流れている。
アメリカ商務省の統計を見ても、アドルフ・ヒトラーが権力を握ってからアメリカの対ドイツ投資額が急増。ヨーロッパ大陸全域でアメリカの投資額が激減している中、1929年から40年の間に約48.5%増えている。(Christopher Simpson, “The Splendid Blond Beast”, Common Courage, 1995)
アメリカからドイツへ資金を送る上で中心的な役割を果たした金融機関にはディロン・リードとブラウン・ブラザーズ・ハリマンがある。ディロン・リードの融資先はドイツ銀行、ジーメンス、そしてフリードリヒ・フリックなどに集中していた。
ジョージ・H・W・ブッシュの父親であるプレスコット・ブッシュやW・アベレル・ハリマンが経営していたユニオン・バンキングはナチへ資金を送るための金融機関で、その背後にはハリマン一族のほかジョージ・ハーバート・ウォーカーがいた。当時からプレスコットはアレン・ダレスと親しかったとされている。
ウォーカーの娘であるドロシーとプレスコットは1921年に結婚、24年にウォーカーが社長を務める投資銀行A・ハリマンの副社長に就任している。ユニオン・バンキングが創設されたのも1924年だ。なお、プレスコットは1931年にブラウン・ブラザース・ハリマンの共同経営者になっている。
ドイツの鉄鋼トラスト、合同製鋼の会長を務めた実業家で、ナチ党を支援していたものの、1930年代後半からナチを批判するようになったフリッツ・ティッセンは1941年、『私はヒトラーに支払った』という本を表している。
それによると、ヒトラーの祖母はウィーンの家族に召使として雇われていたのだが、その際に妊娠、故国へ戻ってヒトラーの父親を産んだという。祖母が働いていたのはロスチャイルド男爵の家にほかならないとされている。


この記述が正確なのかどうかは不明だが、西側の「民主主義体制」にはナチズムのネットワークが張り巡らされているとは言えるだろう。それた「価値観」だ。ウクライナをネオ・ナチが動かしている必然性がここにある。
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【櫻井ジャーナル(note)】
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