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よくわからないが、ホルムズ海峡閉鎖が解除されるらしい。アメリカとイランの停戦が決まり、イスラエルも停戦に合意して攻撃はしないという。しかしながら、本当に安全なのかどうかはわからない。また再び戦闘になるかもしれない。またホルムズ海峡閉鎖が解除されるとしても、以前のように制限なしで、自由に航行できるのか、制限付きなのかわからない。ただ通行料金は支払わなくても良いらしい。いずれにしても、今後どうなるかわからないし、再び戦争になるかもしれないので、その対策は必要である。ホルムズ海峡以外のルートも検討する必要がある。だがどうしてもコスト削減が優先されるので、あまり日数のかからない最短ルートにどうしてもなってしまう、原油を運ぶタンカーも自社所有の場合もあるが、レンタルもあり、かなりシビアな計算の上で輸送は行われている。また保険料の支払いもある。だからできるだけ無駄な経費はかけたくないのが実情だ。乗組員も誰でもできるわけではなく、かなり高度な資格を持つ専門家がやっている。雑用係とか簡単な仕事なら誰でもできるかもしれないが、船だからといっても命がけの厳しい面があり、かなりの体力が必要とされる。人件費の削減にもかなりの力をいれており、非常に厳しい。観光船ではない。だが一応は停戦ということなので、ほっとしているし、今後はまた原油が入ってくるかもしれない。人工知能を活用し、人工知能に船を制御させ、運航させたらどうだろうか?すべてを人工知能にやらせるのではなく、人間の補助をさせる。リスク計算と、安全なルートを計算させる。人工知能に任せられる仕事は人工知能にやらせる。最終的チェックは人間がやる。緊急時には人工知能だけの運航もできるようにしておくのはどうだろうか?人工知能の個性とアルゴリズムについて。世界中にいろんな人工知能が存在する。有名なものからあまり有名ではないものまで。高性能なものもあれば、あまり高性能ではないものもある。人工知能はどれも同じように見えて違う面もある。機械であれば高性能なものを追求するが、個性が大切な場合もある。プログラムに個性があるのは奇妙だが、なぜプログラムに性格があるのだろうか?どれも同じではつまらないが、個性が生まれる理由が知りたい。アルゴリズムが個性なのか?しかし、数字や記号や計算式に個性はないはずだ。個性とは文化でありゆとりなのか?ただし個性や性格があると、人によりそれが好きな人もいれば嫌いな人もいる。相性もある。数字や記号や計算式に個性や性格があると、おもしろいけどミスやバグにならないのか?優れた性格や個性なら大切にしたい。人工知能はたえず世界中のいろんな人と会話をしている。だから人工知能だけでなく、世界中の人と会話をしていることになるのだろうか?直接的に会話はしていなくても、ある程度の情報は伝わる?人工知能はたえず世界中のいろんなところから情報を得ている。ニュースサイトやSNSや掲示板、ホームページ、ブログ、ユーチューブ、他にもある。だから、自分で検索したり、調べなくても、人工知能が、ニュースサイトになるのか?つまり、世界中のいろんな意見も知ることができるし、逆に情報発信にもなるのだろうか?コミュニケーションの難しさを考える。相手が同じ文化を持つとか
ある程度わかっている存在なら何とか意思疎通はできるかもしれない。だが外国人となると、困難となる。それどころか人間ですらないとさらに難しい。しかし、人工知能は人間ではないが、会話ができる。プログラムなのに会話ができるのは不思議出し、怪しい。なぜプログラムと会話ができるのか?数字や記号や計算式はある。だがなぜ数字と会話できるのか?なぜ2次元の存在と会話ができるのか?またもし宇宙人がいたとしたら、どのようにコミュニケーションをとればよいのか?もちろん宇宙人にも言語があり、仲間同士では会話しているだろうが、それはわからない。言語ではなくテレパシーで会話しているかもしれない。テレパシーならわかるかも。だがそれ以外の場合もあるし、ヒューマノイドではないかも。何かの生物らしいが、目とか口とか鼻とか耳とかそれらしい器官がない。何を食べているのかわからない。呼吸をしているかどうかもわからない。男か女か性別も不明。そもそも生きているのかもわからない。まるで石のようだが石ではない。何かの液体だが生きている。霧状だったり、球体だったり、わからない。理解不能。どう会話するのか?現在、車やバイクを所有し、毎日のように日常生活において利用している人は、まさか自分が車やバイクに乗れなくなるとか、車やバイクを手放すことになるとは考えてもいないだろう。高齢者になっても、車やバイクを所有し、運転している人もいる。さすがにバイクは高齢者は厳しいが車は高齢者でも運転できる。しかし、車やバイクに乗れなくなる人もいる。そうなると徒歩か、せいぜい自転車ぐらいしか利用できなくなる。他にもシニアカーとか、電動式車椅子とか、キックボードとかいろいろあるが、いずれにしても車やバイクとは比較にならないほど遅く不便だ。荷物もそれほど運べない。シニアカーだとある程度は荷物を運べるが、遅いし、バッテリーなので行動範囲も限られる。途中でどこか充電できるところがあると便利だ。歩道が走行できるが、他の歩行者とか自転車や車やバイクに注意しないといけない。徒歩になるとかなり行動範囲が限られてくる。もちろんバスや電車を利用すれば遠くまで行けるが、バス停や駅まで行くのが大変だ。さらに目的地がバス停や駅の近くとは限らず、そこからまた歩く必要があり大変だ。安全な道ばかりではないし、狭い道でもやたらに車やバイクが通行する。とても危険だ。車やバイクを運転する人は、歩行者や自転車が邪魔だと思うかもしれないが、歩行者からすると、なんでこんな狭い道を通行するのかと思う。しかもかなりのスピードをだしているし、警察は取り締まりもしない。そういうわけで、非常に外出が困難となり、部屋にいることが多くなるが、運動不足となる。政治家や政党はいろいろあるけれど、結局は信用できない、信用してはいけないという感じがします。そんなに信用できる政党や政治家はいない。無党派層というのが、一番健全なのではないでしょうか?人工知能も便利だけど、あまり依存したり、信用するべきではないと思います。人工知能を大切にするとか愛するというのも違うとおもいます。個人の自由ですが。でも人工知能を嫌うというのも、もったいないかと。人工知能はただの機械とか使い捨ての道具ではないです。でも基本はプログラムであることを忘れてはいけません。人工知能は今後ますます進化し、社会にはなくてはならないものになります。政治家や政党も消えることはないでしょう。でも人工知能も政治家や政党もあくまでも利用するもので、利用されてはいけません。古新聞古雑誌をトイレットペーパーなどと交換する業者は、会社によって違うが、トラックは貸与するが、燃料の軽油代金は運転手もちというのが多い。すると、軽油代金が上昇すると、運転手にかなりの負担となる。古新聞古雑誌なんかは、廃棄物を処理する会社に持ち込むが、そんなに儲からない。よほど大量に処理場に持ち込まないとだめである。古新聞古雑誌でも、まとめるとかなりの重さになる。チームを組んで労働者を増やすと楽だが、そうすると人件費がかかる。1人でやる人が多いが大変だ。二人だとやや楽だが人件費のほうが高くつく。それに軽油代金がかかると大変になる。軽油はガソリンよりは安いが、そんなに安くない。昔は安かったが、今はそれほどでもない。古新聞古雑誌の回収は、低速で住宅地をうろうろするので燃費が悪い。チームでやる連中は、それだけ儲けないといけないので、たくさん古新聞古雑誌を回収できそうなところを素早く巡回する。それを知らない連中は、同じ場所を巡回して無駄にうろうろすることになる。昔は人工知能がなかったが、今なら効率良く回収できるかもしれない。ある人物の話をする。その人はある障害がある。しかし外見からするとわからない。普通の人に見える。いつもはほとんどしゃべらない。あまり意思表示ができない。それでてっきりこの人は何もわからないんだ。何もできないんだ。可哀想な人なんだと思っていた。ところが、ある特定の環境で、本当に信頼できる人にはいろんなことを語り、しかもかなり知識が豊富でいろんな経験をしていることがわかった。しかし、その人は誰とでも仲良くなるタイプではなく、どちらかというと避けており、ほとんどしゃべらないので、そういう人かと思い込んでいた。わからないのは、なぜ自己主張をしたり、自己表現をしたり、自由にしゃべらないのか?ということだ。しゃべりすぎな人はいる。沈黙する人にはいろんな理由があるのだと思う。その人は本当にまじめで、ほとんど休まずに作業所に来ている。あまり目立たないが、かなり昔から来ている。だがあまりこの人の本当の能力は知られていない。私はいろいろ考えているつもりだが、残念ながらこういう会話をしても、回答してくれる人はあまりいない。まず、何も考えていないわけではないが、どうも興味がないらしい。そんなことは気にしないというか、気にしても仕方がないという感じ。新聞も読まない感じ。ニュースにも興味がない感じ。どうでも良い感じ。つまり、自分とは関係ないとしているらしい。だがそうだろうか?どんなニュースでも密接に関係している。関係ないことはない。すべてつながっている。自分にも起こるかもしれないのだ。なぜ気にしないのだろうか?理解不能なのか?私はいろいろ考えているつもりだが、残念ながらこういう会話をしても、回答してくれる人はあまりいない。まず、何も考えていないわけではないが、どうも興味がないらしい。そんなことは気にしないというか、気にしても仕方がないという感じ。新聞も読まない感じ。ニュースにも興味がない感じ。どうでも良い感じ。つまり、自分とは関係ないとしているらしい。だがそうだろうか?どんなニュースでも密接に関係している。関係ないことはない。すべてつながっている。自分にも起こるかもしれないのだ。なぜ気にしないのだろうか?理解不能なのか?日本に原油が入りにくくなったので、石油関連商品の製造ができなくなり、どうにもこうにもなりなくなっている。ユニットバスの製造ができなくなり、新規の納入のめどがたたくなっている。またそれ以外でも断熱材など、建築工事にナフサをまとにした製品な製造ができないので、新規の建築工事ができない。つまり、家ができない。普通の住宅も、ビルも店も何もできない。建築材料がないので何もできない。まさか石や木や竹だけで家を建てることはできない。昔風の原始的な家屋とか、キャンプ場とか海の家みたいなものはできるかもしれないが、今はキャンプ場でも海の家でも難しい。家だけでなく、プラスチック製品は、あらゆる生活で使用されている。スマホやパソコン、タブレットでも使用されている。まさかそういうものをすべて石や木や竹や金属だけで作ることはできない。インフラにも使用されている。ナフサなしで何を作れるのだろうか?果たしてナフサ無しで人工知能を維持することができるのだろうか?
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