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ドローンによる露大統領公邸に対する攻撃にもCIAが関与している可能性が大きい
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202601030000/
2026.01.03 櫻井ジャーナル
ロシア政府によると、モスクワ北西部のノブゴロド州にあるロシア大統領の公邸に向けて12月28日から29日にかけての夜、91機のドローンが発射された。その解読されたドローンの飛行データ、残骸から回収したマイクロチップをGRU(ロシア軍参謀本部情報総局)のイゴール・コスチュコフ長官がモスクワ駐在アメリカ大使館武官へ引き渡している。
12月28日にウクライナのウォロディミル・ゼレンスキーはアメリカのドナルド・トランプ米大統領と会談していた。そのゼレンスキーはロシアの発表を典型的な嘘だと主張、ニューヨーク・タイムズ紙などネオコンの広報紙と化している「有力紙」もロシアは嘘をついているとしているとしているが、ウクライナから発射されたドローンがプーチン大統領の公邸を標的にした可能性は高い。
アメリカの有力紙はウクライナが狙った目標は大統領公邸の近くにある軍事目標だとしているので、実際にウクライナがロシアにある目標を攻撃したことを認めている。その目標が公邸に近い軍事施設だったとしても、公邸の近くにある軍事目標を狙ったことをCIAが知っていたのは奇妙だと元CIA分析官のラリー・ジョンソンは指摘している。CIAに報告されていたか、CIAが計画した可能性が高いと疑われても仕方がないだろう。
ウクライナを舞台にした対ロシア戦争でCIAがイギリスのMI6と同じように重要な役割を果たしてきたと少なからぬ人が信じている。今回はロシア大統領の公邸が狙われた可能性が高いが、石油の精製施設やタンカー、そのほかの工場もドローンなどで攻撃されてきた。エネルギー資源の生産施設を標的とし、黒海などで民間のタンカーを攻撃してきたのだが、このような攻撃を実行するためには物理的な能力だけでなく、情報収集、監視・偵察などの能力も必要で、そうした能力を持っている国は限られる。ウクライナ単独では不可能だ。
CIAがロシアに対するテロ攻撃を展開してきたことは公然の秘密であるが、ネオコンの代弁者であるニューヨーク・タイムズ紙がこの時期に「報道」したことに意味を見出す人もいる。アメリカの政府機関がロシアを攻撃していることを明らかにすることでロシアを挑発、ロシアと交渉を進めているドナルド・トランプ大統領にダメージを与えようとしたのではないかというのだ。「ロシアゲート」なる作り話でトランプを攻撃したグループにはCIAも含まれていた。

CIAは第2次世界大戦に創設されたOSSの後身。OSSの教官役はイギリスのMI6とSOE(特殊作戦執行部)。その背後には米英の金融資本が存在していた。
ソ連に攻め込んだドイツ軍が敗北した後、1944年にOSSの秘密工作部門SOとSOEはレジスタンス対策としてゲリラ戦組織のジェドバラを編成した。大戦後、アメリカではそのメンバーが中心になり、極秘の破壊工作機関OPCが組織され、残りの一部は軍の特殊部隊ヘ流れている。1950年にOPCはCIAに吸収され、52年にはCIAの破壊工作部門の中核になった。ジェドバラ人脈はヨーロッパでNATOの秘密部隊を作る。このシステムはウクライナでネオ・ナチと繋がり、活動している。
CIAの破壊工作部門はベトナム戦争の際、正規軍とは違う指揮系統の下で戦争をしていた。NSC(国家安全保障会議)に所属していたロバート・コマーなる人物が1967年5月にDEPCORDSとしてサイゴン入りして6月にはMACV(南ベトナム軍事援助司令部)とCIAが共同で極秘プログラム「ICEX(情報の調整と利用)」を始動させた。名称はすぐに「フェニックス・プログラム」へ変更されている。
このプログラムの内容は1970年代に議会の調査などで明らかになった。ひとことで言うと、反米色が濃いと見なされた地域の農民を皆殺しにして好ましい人たちと入れ替える作戦である。海軍の特殊部隊SEALsの隊員だったマイク・ビーモンによると、フェニックスは「ベトコンの村システムの基盤を崩壊させるため、注意深く計画されたプログラム」だ。1968年3月にソンミ村のミ・ライ地区とミ・ケ地区で農民が虐殺されているが、これもフェニックス・プログラムの一環だ。(Douglas Valentine, "The Phoenix Program," William Morrow, 1990)
アメリカ陸軍の第23歩兵師団第11軽歩兵旅団バーカー機動部隊第20歩兵連隊第1大隊チャーリー中隊に所属するウィリアム・カリー大尉の率いる第1小隊の隊員に虐殺されたのだ。犠牲者の数はアメリカ軍によるとミ・ライ地区だけで347人、ベトナム側の主張ではミ・ライ地区とミ・ケ地区を合わせて504人だという。
この虐殺を止めたのは現場の上空にさしかかったアメリカ軍のヘリコプターに乗っていた兵士。ヘリコプターからヒュー・トンプソンという乗組員が農民を助けるために地上へ降りたのだ。その際、トンプソンは同僚に対し、カリーの部隊が住民を傷つけるようなことがあったら、銃撃するように命令していたと言われている。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)
アメリカ軍には従軍記者や従軍カメラマンが同行、非戦闘員が虐殺された事実を知っていたのだが、報道していない。虐殺事件をアメリカの議員らに告発したアメリカ軍兵士もいたのだが、政治家も動かなかった。記事にしたのはフリーランスのジャーナリストだったシーモア・ハーシュ。
彼は虐殺に関する記事を書くが、ライフやルックといった有名な雑誌からは掲載を拒否され、ワシントンを拠点とするディスパッチ・ニュース・サービスという小さな通信社を通じて伝えることができた1969年11月のことだ。
虐殺があったことをハーシュに伝えたのはジェフリー・コーワンだということがわかっている。後に南カリフォルニア大学の教授になるが、その当時はユージン・マッカーシー上院議員の選挙キャンペーンに参加していた。マッカーシーはベトナム戦争に反対する立場で、1968年の大統領選挙で民主党の指名獲得を目指していたのだ。ハーシュもマッカーシー陣営に加わっていた。
報道を受け、陸軍参謀長に就任していたウエストモーランドは事件の調査をウィリアム・ピアーズ将軍に命令する。この軍人に白羽の矢が立ったのは、彼がCIAと緊密な関係にあったからだと推測する人も少なくない。ピアーズは第2次世界大戦中OSSに所属、1950年代の初頭にはCIA台湾支局長を務め、当然のことながら、その後もCIAとの関係は切れていない。
ウクライナでもCIAがアメリカ軍とは別に、MI6と連携してロシアと戦争を続けている可能性が高い。アメリカ大統領の指揮下にないかもしれない。
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【櫻井ジャーナル(note)】
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