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<■130行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可> 統一教会を甘く見てはいけません。「中国が〜〜」の最大組織です。 元々は「反共活動」をさせるために、アメリカが韓国から連れてきました。 魚拓です。全文コピペ。■統一協会について 魚拓:https://web.archive.org/web/20010929161930/http://www.geocities.com/Colosseum/Court/8490/special/toitsu.htm ・はじめに 統一協会(世界基督教統一神霊協会)結成の裏側を幾つかの経路から調べても、 すべて同じ所に行き着いてしまう。 下らない陰謀論に思われてしまうが、それぞれの事件や出来事を追及してみて 帰納的にそうなったにすぎない。 当初、アメリカ占領軍(GHQ)と国家権力が共謀して行った悪事の数々 (国鉄三大謀略事件や松川事件)を調査していた。 そのうち、CIAや国際勝共連合につきあたり、芋蔓式に統一協会が姿を現わしたのだ。 カルトを含め各宗教団体に対する興味は以前から持ってはいたが、 全く異なるプロセスで統一協会が出てきた事に私は驚いた。 そして、統一協会に特に興味をもつことになった。 ・背景 右翼の活動組織として今も総会屋の裏に見え隠れする国際勝共連合は、 1968年に統一協会を母体として作られた。 その統一協会の設立は私の調査では未だ明らかになっていないが、 1935年4月17日文鮮明が15歳の復活祭の時にイエス・キリストが現れ、 神のみ旨を完成しなければならない使命があるとの啓示を受けた後、設立したらしい。 そして、統一協会の育成には韓国の朴政権とKCIAが携わっている。 クーデターによって成立した朴政権が出てきた以上、 その指揮をとったCIAが必然と浮かんでくるのだ。 (笹川良一述「巣鴨の表情」参照) ・アメリカの意図 太平洋戦争後、アメリカの国策は明確なものだった。 1950年の朝鮮侵略戦争の開始とともに、アメリカは、全アジア地域にたいする 多角的な反共軍事同盟を次つぎにむすび、ソ連、中国、朝鮮、べトナムの 社会主義諸国を包囲することだ。 アメリカはこうして全世界各地に軍事基地をおき、軍隊を駐留させることに成功した。 そして資本を輸出しイギリス、フランス、オランダなどの旧植民地を次つぎに 自己の勢力圏にかえ、巨大な経済的、政治的、軍事的利益をあげていった。 当時、この軍事機構結成を推進した立役者は、アイゼンハワー米大統領と、 第三代CIA長官アレン・ダレスの実兄、ジョン・フォスター・ダレス国務長官であった。 こうした公然たる軍事的、外交的運動の陰で、アメリカは、CIAという 巨大なスパイ・謀略機関をつかい、各国の財界、政界、軍隊、警察から右翼や ヤクザに至る反共勢力をあつめ、世界各地で露骨な反共運動、 ひそかな謀略活動をやらせ、気にいらない政府を流血のクーデターでてんぷくさせ、 指導者を暗殺した。 そうして誕生したのが韓国朴政権である。 朴政権では再び共産・社会主義に戻る事を恐れ、反共活動組織を必要としており、 統一協会が宗教と反共活動の2足のわらじをはく事になった。 ・日本においての反共活動 当時の日本の情勢は、日本最大の組合「国鉄労組」による左翼活動や安保闘争が おこなわれたのに続いて、池田内閣が強行しようとした政暴法案に反対する 共産党・社会党を中軸とした行動が進められていた。 米CIAにとっても、偉大な安保闘争におびえた日本の支配層にとっても、 新しい共産活動に対抗する既成右翼勢力ではない新しいタイプの反共団体が必要であった。 とくに献身的無条件に、疑いを抱かず反共活動たけに専念する若いエネルギーが 求められていた。 そして、韓国においてキリスト原理主義のもと、 数多くの若者が献身的に活動している統一協会に目をつけるまでに時間はかからなかった。 すぐにソウル統一協会の宣教師崔翅翼が、文鮮明の指示で日本に密入国し、 西川勝という日本名で統一協会を発足させ原理運動の「布教」を始めた。 呼応するように笹川良一は、密入国で逮捕された崔翔翼の身元引受人となり、 1963年、統一協会顧問に就任、 財界、政界、警察にわたりをつけて大々的なテコ入れをした。 国家による暗黙の了解の下、 原理運動はキリスト教の外被と呪術的な方法(血液精液を服用する)で、 現代日本社会の矛盾に押しひしがれた若い男女の一部を吸収していく。 そして、国際勝共連合が結成される。 国際勝共連合が、日本で誕生したのは1968年4月である。 発足に至る具体的経過も明らかにされており、 それによると1967年7月、笹川良一の肝入りで、韓国側文鮮明(統一協会教祖)、 劉孝之、日本側笹川良一、児玉誉士夫代理の白井為雄、市倉徳三郎らが 山梨県本栖湖畔にある全日本モーターボート競走連合会の施設に集まり、 「第一回アジア反共連盟結成準備会」が開催されたが、 ここで韓国流の反共運動を日本で受け入れることが決められた。 日本の右翼暴力団の「二人の首領(ドン)」が、そのシマ(縄張り)の中で、 韓国系ヤクザの活動を承認した手打式と言うことができる。 会合の目的とされた日本における「アジア反共連盟」という名の団体の結成は、日本の旧右翼の中につよい反発があって実現しなかったが、その後の話し合いで、日韓両国の統一協会が、「国際勝共違合」という看板を掲げ、宗教と反共団体の二足のわらじをはくことが合意された。 日本の反共団体として活動をはじめた国際勝共違合は、 APACL(アジア諸国人民反共違盟)に参加する。 APACLは、1954年、韓国の李承晩と台湾の蒋介石らの提唱によってつくられた 反共運動組織であり、この根まわしをしたのが第三代CIA長官、 アレン・ウェルシュ・ダレスである。 こうして、東京でAPACL第八回大会がひらかれ、 大会議長として岸信介、事務局長加瀬俊一(外務官僚)、以下谷正之(同東条内閣閣僚)、石井光次郎〈自民党顧問)中曽根康弘(自民党議員)、御手洗辰堆(評論家)、矢次一夫(国際研究会理事)、商杉普一(三菱電機会長)、堀越禎一(経団連事務局長)、椎名悦三郎(自民党議員)、松下正寿(立大教授) 、細川隆元(評論家)、小林中(経団連理事)ら三十五名が出席、 アメリカ・マーフィ元駐日大使ら外国代表八十六名が集まった。 またこの準備委員会には、岸元首相のほか、吉田茂元首相、石坂泰三経団連会長、植村甲午郎経団連副会長、足立正日商会頭など日本の国家権力の最高首脳が名をつらねている。 以上が結成までの背景だ。笹川や児玉そして岸元首相が船舶振興会(日本財団)や 各総会屋からの資金を使ってまで、CIAのために働かなければならないのかという 疑問が残る。←★★★(私注★2) しかし、答えを出すには東京裁判の真実まで言及しなければならないため割愛する。 ・実際の活動 統一協会の活動員は、警察および公安当局に多い。 それを裏付けるように統一協会の営利団体の中に多くの自動車教習所がある。 教習所には警察OBが天下ることで有名だ。 60、70年代の学生運動など左翼的活動の影に、 統一協会や国際勝共連合の反共団体としての動きがみられたが、 80、90年代には目立たなくなってきた。 順調な経済成長と冷戦の終結のなかで、 共産・社会主義活動自体が収束してしまったからだ。←★★★(私注★異論有り) そのかわり、芸能人を巻き込んだ宗教団体としての動きが活発になってきた。 これらの背景には、教育および報道による反共への情報操作の疑いがある。 笹川の親友で同じA級戦犯に正力松太郎がいる。 正力松太郎は、読売新聞社の社主であった。 そして国際勝共連合に参加した実業家の中には、 のちに代議士となる渡辺元東宝映画社長がいた。 彼らの働きかけにより、反共の思想を流す事は容易にできる。 要は、若い世代を政治無関心にしてしまえば良いのだ。 国家権力と財界そして右翼系ヤクザが手を結び、 結成された統一協会と国際勝共連合を妨害する組織は存在しなかった。 最新の活動としては、統一協会のインターネットプロバイダ事業および 銀行を始めとした金融への参入が挙げられるだろう。 ・体験談 ・最後に、、 (私注★この2つの項目は統一教会の勧誘の方法や、宗教談義なので省略。 興味のある方はURLをクリックしてご覧下さい。) 参考にした文書 広瀬隆、太田龍著作、日本弁護士会のHP(霊感商法対策) 統一協会のHP 笹川良一著作 あとは自分の記憶 ------------------------------------------------全文コピー終了 >80、90年代には目立たなくなってきた。 >順調な経済成長と冷戦の終結のなかで、 >共産・社会主義活動自体が収束してしまったからだ。←★★★(私注★異論有り) この年代は、中曽根による国労潰しが行われました。 社会党の最大選挙地盤だった総評系の国労を潰すための、国鉄民営化です。 社会党を潰すためのアメリカの命令による政策で、結果、社会党は衰退しました。 (私注★2)については、阿修羅では常識だが、 笹川や児玉そして岸(信介)元首相はA級戦犯であり、その罪から逃れるために CIAのスパイになったからです。
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