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狂気に逆らう反戦教師、拘束は誇り 国際通年企画「はたらく世界地図」(2)イスラエル編 見えぬ隣人、対話の心を
2026年05月31日 12時00分 共同通信
https://www.47news.jp/14360245.html
聖地は目の前にある。キリスト教とイスラム教、ユ ダヤ教の由緒ある祈りの場が集う東エルサレム旧市街は数百メートル先だ。だが、普段は聞こえるキリスト教会の鐘の音も、イスラム教徒へ祈りの時を告げるモスクからのアザーンも耳に入らない。かび臭く、窓がない一室に閉じ込められた。
イスラエルの高校教諭メイル・バルヒン(64)は2023年11月、西エルサレムの拘置所地下の独房で5日間を過ごした。扇動容疑で警察に逮捕、国家反逆と公共秩序を乱す容疑に変更、拘束されたからだ。
▽非国民
この約1カ月前の10月7日、イスラム組織ハマスの奇襲を機に始まったイスラエルのパレスチナ自治区ガザへの苛烈な攻撃を見て「国内主要メディアが伝えない戦争の実相を皆が知るべきだ」と決意した。犠牲になった子どもたちの写真と共に「狂気を止めよう」と交流サイト(SNS)に投稿したのが問題視された。
商都テルアビブ近郊の公立高校で歴史と公民を教えていたが、当局に「イスラエルをおとしめ、テロを助長する言動だ」として解雇され、教員免許も取り上げられ、警察に呼び出された。
地元メディアは、イスラエル国旗を背景に、モザイク処理されたメイルの顔写真を掲載し「非国民」と報じた。起訴はされず、解雇無効を争った裁判では職場復帰の仮決定が出て、24年1月に学校に戻った。職員室に100人以上の生徒が押しかけ「ハマスの支援者」と叫びドアを激しくたたいた。授業はできず、生徒から唾を吐かれた。多くの保護者も復帰反対のデモをした。
教育省などが控訴し、再び学校を離れた。「妥協策」として授業をビデオ録画したが、視聴されることはなかった。完全勝訴を得て再復帰したのは新学年が始まった9月。久しぶりに対面した生徒は厳しい視線を向けてきた。出席を拒んだ者もいる。同僚教師の大半は口をきかなくなった。
▽野蛮
緊迫した雰囲気の教室で、メイルは切り出した。「今日まで私の身に起きたことを知っているね。君たちをもっと知りたいし、君たちも私を知ってほしい」。初回の授業はこれだけ。生徒は黙り込んで聞いていた。
イスラエルに住むユダヤ人にとってパレスチナ人は「テロリスト」か「テロ支援者」との見方が多勢だ。教科書の地図にパレスチナはない。「テロ対策」であればガザで多くの女性や子どもが殺害されるのも許される。「民主社会が崩壊している」。メイルの危機感は深まる。
ある女子生徒が授業で「パレスチナ人に人権はあるのか」と質問した。「当然だ。人種や宗教にかかわらず誰でも同じ生きる権利がある」と応じると議論は沸いた。大半が「人間の顔をした動物だ」「虐殺者」と反発して教室を離れ、残ったのは2人だけだった。
1948年のイスラエル建国でパレスチナ人が故郷を追われ約70万人が難民化した史実も知らない。メイルは「これが現実だ」とかみしめる。
授業では対話を重視し、自身の見解を押しつけない。米国の黒人奴隷解放、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離)を取り上げ「自分ならどうするか」考えてもらう。自由と平等という人類共通の価値を理解してもらえるよう腐心する。
▽洗脳
イスラエルでは高校卒業後、男女共に徴兵がある。従軍は自身の転機だった。82年、戦車部隊の一員としてレバノンでシリア軍と向き合う最前線に立った。スコープをのぞくと敵の戦車の主砲がこちらを捉えた。眼前を覆う黒い砲口。先に砲撃し難を逃れたが「この恐怖は脳裏を離れない」。イスラエル軍は長く、レバノンに居座ったが「安全」は訪れなかった。
なぜ戦争は繰り返されるのか。そうした疑問を抱き、地元ヘブライ大で戦争論を専攻し、権力者の都合で戦争が始まり市民が犠牲になる実情を学んだ。パレスチナの友人もでき「敵と信じ込まされた自分を恥じた」。「国家の洗脳」の恐ろしさ、教育の重要性に触れ、教職の道を選んだ。
自治区ヨルダン川西岸では占領地が拡大、入植者の暴力が続き隣人の存在はイスラエルで不可視化される。ガザ虐殺を批判し退任に追い込まれた大学教授もいる。パレスチナ関連本を扱う書店は当局の捜索を受け店員が逮捕される。メイルは「こんな状況だからこそ自分の拘束を誇りに思う」。「抑圧」の実情を世界に知らせ、不条理に気付く生徒や元生徒も出てきたからだ。
国内でユダヤ至上主義が強まるが、自身が信奉するユダヤ主義は違う。「自分にとって嫌なことを他人にするな」。古代の宗教指導者の教えを若者と共有したい。「憎悪を乗り越え、隣人と机を並べて学ぶ場を夢見る」。そっぽを向いていた生徒も耳を傾け始めた。
【取材後記】独房の悲痛な叫び
メイルは拘置所の廊下で悲痛な叫びを何度も聞いた。自身がいた独房は「ハイリスク」の容疑者や被告らがいる区域。アラビア語で詳細は不明だが、声の調子からパレスチナの若者だと分かり「いつ出られるか分からない彼らの絶望を感じた」。
パレスチナ自治政府は、エルサレムの旧市街などがある東側を将来の首都と位置づけるが、イスラエルの占領下にある。
イスラエル当局は理由や期限を明示しない「行政拘禁」によって多数のパレスチナ人を捕らえている。拘束中の死者も多い。言論の自由や隣人への抑圧が「テロ対策」として許される社会の危うさを実感した。
(敬称略、文は共同通信編集委員・三井潔、写真は共同通信写真部員・武隈周防=年齢や肩書は2026年1月14日、新聞用に配信した当時のものです)
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