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[政治・選挙・NHK223] <驚愕>教育勅語を容認、政府が答弁書を閣議決定!「教材として否定されることではない」 赤かぶ
35. 2017年4月05日 09:15:43 : EHniEehUJU : v5M6WN8N_g4[1]
欧州に見られる民主体制(主権者国民)からの極右と日本の場合の思想は淵源が違う。
日本は、中韓北と同じ儒教思想を古くから取り入れその上に立つ政治体制や倫理道徳を
社会生活の基盤としている。 (一夫一婦制は西欧文明キリスト教の影響) 儒教圏で、

いち早く民主制の政治体制を敷いた。 しかし、外圧(中国北朝鮮の軍事脅威)をたてに、
中国北朝鮮の一党独裁や元首主権で、民主主義を破壊しようとしているのが保守勢力。
で、教育勅語の「一旦緩急アレハ義勇公�ニ奉シ」をよく引用される。 が、「我カ臣民克ク

忠ニ克ク孝ニ」に問題がある。 この忠孝の政治体制は、民主制と相いれないものである。
江戸幕府は朱子学の「忠」を大義とし統治した。 尊王攘夷も明治も、この「忠」を紐解く
ことが重要である。 薩長の尊王攘夷(水戸藩が始め)と朱子学を結びつく例を示すと、

朱熹の時代、中国の英雄・岳飛の「尽〈精〉忠報国」と薩摩の精忠組。 桜田門外の変は、
水戸藩士と薩摩藩士の精忠組とされる一名が襲撃した。 精忠組に、西郷隆盛や
大久保利通も名を連ねる。 長州の吉田松陰は忠孝一致を論じた。 朱子学・朱熹の

「中庸章句」『哀公問政』章の一節を引用すると、『天下之達道五。所以行之者三。
曰君臣也。父子也。夫婦也。昆弟也。朋友之交也。五者天下達道也。知仁勇三者。
天下之達コ也。所以行之者。一也。』とある。 孟子は『父子有親。君臣有義。夫婦有別。

長幼有序。朋友有信。』である。 吉田松陰は君臣也と父子有親の優先順位を同一とした。
この思想が、明治から戦前まで教育され、今も我々国民の意識に刻まれているといえる。 

中庸章句の哀公問政が訳されたサイト
http://blog.goo.ne.jp/shogo_74/e/fe1305dfd338ae49b6675f74d7d4a351

中庸章句
http://mokusai-web.com/shushigakukihonsho/chuuyou/chuuyou.html

大方の国民は、儒教を躾として教え伝えている。 例えば、米国に見られるような兄弟や
先輩後輩が名前で呼び合うことを少ない。 (長幼に序有り) 会社では、役職名や敬称を
つけ、肩書の社会を形成している。 儒教は、礼を重んじる。 党首討論、英国は党首が

机を挟んで交互に立って議論する。 その姿勢は、片肘を机に乗せてやジョークもある。 
そして、首相や閣僚、野党も同じ長椅子に腰掛る。 日本のように、個々人の椅子は無い。
全議員が揃うと座る椅子が無く立った状況になる。 英議会の討論姿勢や議場は、日本

から見ると議員に礼を欠くとなる。 議論の論理よりも形式(礼)をを重んじる感情が働く。
親が子を叱る時も同じように、まずは態度を重視するのと同じである。 これがいいのか
悪いのか育ちによりいろいろあると思われる。 しかし、歴史認識を踏まえる必要がある。

「哀公問政」終わりに「誠」について書かれている。 「誠」は新選組が使った。 新選組も
儒教・朱子学をもとにしている。 江戸時代は童子訓を学び、漢文を素読、講釈、年齢が
上がると会読となり討論を行ったとされる。 忠孝が社会にも及び刑罰も奉公先の主人や

親の殺人は重罪として市中引き回しの付加刑、忠を重んじた吉宗は男女の心中(相対死)
を「忠」分けるとし残虐な刑を処したという。 後代も未遂で生き残ると晒しが付加された。
この朱子学は、李氏朝鮮(文禄慶長の役の捕虜)から学び、幕府は統治に利用した。

両班はネトウヨが好む話のようであるが、幕府も同じように身分制を取り入れた。 (朝鮮は
科挙を行ったが、日本は関ヶ原の論功行賞をもとにした家格世襲で科挙はない。 また、
仏教を禁止したとされる。 幕府は、神仏への信仰は奨励した) 明治からは主君(天皇)

一人となり、その天皇に忠誠を尽くすよう教え込むものが、教育勅語である。 その政治
体制は、中国や北朝鮮と同じになる。 党や指導者を批判すれば、抑圧される体制である。
欧州の極右は、移民の制限や排斥などで、国王に主権を与える主権在民の放棄とは違う。

組織(会社・政党・宗教)において、忠誠を誓うや忠誠を尽くすのは、その組織内のこと。
これを外部の国民全体に広げることは、ゆるしてはいけない。 自民党は、侮辱の一言で
証人喚問を決めたようである。 故事に「鹿を指して馬となす」とある、今の自民党は故事を

戒めとする気概も捨て、忠誠心だけのようだ。 教育勅語の次は、「忠ならんと欲すれば孝
ならず」と教えそうである。 自民党は、「平家にあらずんば人に非ず」と権勢をほこるのか、
「驕る平家は久しからず。 ただ春の夜の夢のごとし」となるのか。 有権者が、子や孫へと
つなぐ歴史をどうするか次第である。

平家物語 巻一 禿髪 (現代訳)
http://www.manabu-oshieru.com/daigakujuken/kobun/heike/01/0401.html

平家物語 巻一 祇園精舎 (現代訳)
http://www.manabu-oshieru.com/daigakujuken/kobun/heike/01/0101.html

http://www.asyura2.com/17/senkyo223/msg/408.html#c35

   

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