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[政治・選挙・NHK201] 労働者200万人の老後が犠牲に 〜日本は本当に先進国なのだろうか? 古賀茂明「日本再生に挑む」(週刊現代) 赤かぶ
13. ピッコ[974] g3ODYoNS 2016年2月14日 11:15:21 : rVwJW58c4o : yMkzNJSJuJU[1]
>12.
私が父の会社の従業員になったのは、実は、もう既に父は会社をたたんだ後で、従業員たちにも退職金を払い、自分ひとりで規模を小さくしてやっていた時なんですね。 東京の仕事に行き詰って悩んでいた私に、父が電話で「帰って来いよ」と言ってくれて、私は父の仕事のお手伝いをするようになったのです。 東京から帰ってきた私に、父はまず車の免許を取らせました。 会社の金を使ってです。 青果物取引の仕事ですから市場に行き来するために車が運転できなければなりませんからね。 私が子供のころ、父が毎朝夜が明ける前に起きては市場に出かけて行くの知ってはいましたが、父の仕事の補助員として働き始めてようやく「なるほど、父はこんなところで、こんな風にしてお金を稼いでいたんだな」と理解できました。 仕事の内容は、地元の市場で青果物を買って、それを他の県の市場に送り、そこで再びセリにかけてもらい、利ザヤを稼ぐのです。 ですから、買った値段より高く売れればもうけますが、反対に安く買いたたかれると反対に損をしてしまいます。 運送費もかかりますからね。 毎日が「バクチ」みたいなものです。 同じことを長い間やってきた父の経験に基づいた『勘』みたいなもので、何とか私の給料分くらいは稼げていたようですが。 ある時、市場であんまり父が安いものばっかり買うものだから、母にそのことで父の悪口を言ったら「お父さんはそうしてお前たちを養ってきたんだよ」と言って怒られました。 私はとても自分を恥ずかしく思いました。 昔、我が家には曾祖父と曾祖父、祖母がいまして、みんな父が看取りましたし、私を含め子供3人を養育してくれました。 何より、私に好きな道を歩ませてくれました。 亡くなる少し前に「今まで家族を守ってきたお父さんは立派だと思っているよ」「私はお父さんのことを尊敬しているよ」と言ったら、父の顔が急に柔らかな安らぎに満ちた表情になったのを忘れられません。 「お父さんの期待を裏切ることばかりやってきたけど、私はお父さんに親孝行したい気持ちでいっぱいなんだよ」「何もしてあげられなくてごめんね」と言ったら、「お前たちが元気でいてくれさえすればいいんだ」と言ってくれました。 私は、あの父が私の父でいてくれて、あの父のもとに生まれて、本当に幸せだったと思います。
http://www.asyura2.com/16/senkyo201/msg/242.html#c13

   

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