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[近代史3] ジャニー喜多川は、CIA工作員だった 中川隆
31. 保守や右翼には馬鹿し[183] lduO54LiiUWXg4LJgs2Ubo6tgrU 2023年5月18日 12:53:51 : Cq99LM0raw : MFdRVmtrYldrTXc=[1]
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ジャニー喜多川の性的嗜好問題の底しれぬ恐ろしさ
2023年05月18日
https://ameblo.jp/tokaiama20/entry-12803500822.html

 すでに30年以上前から告発が続いていたジャニー喜多川による性被害問題が、死後4年になって、やっと日の下に晒されることになった。
 私も4年前、死の直後に告発ブログ記事を書いているが、誰からも、一切関心を持たれることはなかった。これは、とてつもなく恐ろしいことなのだ。

 ジャニー喜多川氏の性加害問題…30年以上告発してきた元Jr.が推測した衝撃の被害者数 2023/05/17
 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/323082

 ジャニー喜多川とは?
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8B%E3%83%BC%E5%96%9C%E5%A4%9A%E5%B7%9D

 ジャニーは、米軍CIAが派遣し、戦後日本の芸能界を通じて、若者たちの思考を支配する目的で君臨した最大のフィクサーであった。ただの芸能事務所実力者ではない。CIAによる日本世論操作の仕掛け人だった。
 いわば、戦後、日本人に対する非常に強力な洗脳統制者だったのだ。

 私が4年前に書いたブログの再掲(リンク切れ)
 ジャニー喜多川の死  : ベトナム人被曝移民問題 2019年07月10日
 http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5827895.html

 7月10日朝のテレ朝モーニングショーは、87歳独身のまま亡くなったジャニー喜多川について、高く賛美する姿勢で長時間の報道を行った。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190709-00000382-oric-ent

 だが、私はジャニー喜多川と聞けば、北公次の暴露本が頭をよぎる。
 内容は凄すぎて、ここで紹介するのは気が引けるので自分の目で読んでいただきたい。
 現在、これと同じことが刑事告発を受ければ、ジャニーは懲役5年程度の実刑判決を受ける可能性がある。
 https://himajin-ibunroku.com/2019/07/10/%E3%80%90%E5%85%89genji%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%86%85%E5%AE%B9%E3%80%91%E5%8C%97%E5%85%AC%E6%AC%A1%E3%81%8C%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8B%E3%83%BC%E5%96%9C%E5%A4%9A%E5%B7%9D%E3%81%AE%E5%B0%91%E5%B9%B4/

https://www.excite.co.jp/news/article/Cyzowoman_201008_post_2297/?p=3

 北は2012年、62歳のとき肝臓癌で死亡したことになっている。しかし、私には、以前、ジャニー喜多川の本当の素性を調べたことがあり、素直に頷けないものがある。
 ジャニーは、CIA工作員だった。
 http://www.thutmosev.com/archives/52688814.html

 美空ひばり米国公演のマネジメントを行った縁で、日本芸能界に進出したジャニーは、1952年に再来日。
 米大使館に陸軍犯罪捜査局 (USACIDC, CID) の情報員として勤務。アメリカ軍関係の仕事の一環として、当時勃発していた朝鮮戦争による戦災孤児に英語を教授するために、日本でわずか11ヶ月で朝鮮語を習得し、すぐ米軍側の板門店に出向き、1年2ヶ月間に渡って子供たちに英語を教授した。

 除隊後、再来日後はアメリカ合衆国大使館軍事顧問団に勤務。その傍ら上智大学国際部に進学し、上智大学を卒業。大学在学中の1955年、バンドを結成し芸能界へ参入した。以降は日本に永住している。

 この間、本国CIAの指示によって、日本の芸能界における左傾化を阻止する指令を与えられ、左寄りと目された歌手や俳優などを排除する活動を行ったとの記録が、以前ネット上にあったのだが、今はどこを探しても出てこない。
 これは実に面白かったが、消されてしまった今、ダウンロードしなかったことが悔やまれる。

 不確かな記憶だが、岡林信康・高田亘などの反戦フォーク運動を先鋭化させないための工作が依頼され、ダイレクトに差別を批判したり、侵略戦争や軍備増強、アメリカ盲従を批判する歌詞の歌を排除し、代わりに、あたりさわりのないイルカや南こうせつらの恋愛歌にすり替えていったと書かれていた。
 これを読んで、当時の記憶を思い出すと「そうだったのか!」と合点がいった。

 アメリカでは、1950年代前半からはじまったマッカーシー旋風による赤狩り思想が、ハリウッドをはじめ、全米に生々しく残っていた時代なので、「世界の共産主義(ときに民主主義)を排除する」という思想がもてはやされ、米本土のみならず、世界中のアメリカ支配地域で、メディアや芸能活動に至るまで「レッドパージ」の嵐が吹き荒れ続けていた。
 ベトナム戦争も、ニクソンによる北爆は、こうした当時の強迫観念と無関係ではない。

 そんななかで、ジャニーはCIA工作員としての実力を評価され、日米の芸能界に大きな人脈と利権を築き上げ、芸能界の隠れた巨人としての地位を確立していった。
 日本で、1960年代後半から1970年代後半くらいまで、たくさんの優れた独立シンガーソングライターを輩出しながら、80年代に入ると、個人的な実力を前面に出した歌手は、メディア界から排除され、ジャニーやナベプロのような大手芸能プロダクションを背景にしなければ活動できないようになった事情は、CIAの赤狩り指令によるものと考えて間違いないだろう。

 ジョーンバエズ・岡林信康・高田亘・高石知也ら「社会派」と呼ばれたシンガーソングライターたちは、80年くらいには、メディアが一切取り上げない事情によって、人々から忘れ去られていった。
 中島みゆき・八神純子・井上陽水・フォークルらも、芸能プロに背を向けた姿勢から、日本での活動が制限され、結局、海外脱出を図ったり、独立プロの小さな興業にしか活路を見いだせなくなった。
 メディアの中心に位置するテレビ界が、組織に頼らない個人的能力のシンガーを嫌ったからである。逆に言えば、メディアが喜んで取り上げた歌手たちには、CIAから特別の使命が託されていたと考えるべきだろう。

 80年代に入ると、芸能界は、ナベプロやジャニー事務所など大手芸能事務所による寡占状態になり、独立系のシンガーソングライターや社会派は、まったく登場しなくなった。
 我々から見ていても、何もかも演出された商売であり、ホンモノの魅力は失われ、テレビ芸能そのものの魅力が薄れ、社会の思想的リーダーたちからも相手にされなくなった。テレビ芸能には、社会的メッセージ性などどこにもない。

 唯一、アリスだけが「遠くに汽笛を聴きながら」など、社会的なメッセージ性を備えた曲を公表し、かつ情緒的な魅力を示したが、松山千春も陽水も、テレビ界を拒絶し、ローカルコンサートだけに活路を求めるしかなくなった。
 「個性」という魅力が排除され「組織の力」ばかりが表に出てきて、男女ともジャニーズや、ナントカ46などのグループ活動が主体に変わっていった。
 「部品が壊れたら、いつでも取り替え可能」が売りになった組織である。

 今朝の、ジャニー喜多川の、長時間にわたる賛美報道を見ていて、かつてのテレ朝、安倍信者、極右といわれる早川CEOが実権を握る前のテレ朝だったなら、あんな報道姿勢だっただろうかと暗い気持ちになった。
 玉川徹も、ジャニー持ち上げに迎合し、影の歴史について一切触れなかった。
 北公次によるジャニー喜多川への告発は、これで終わってしまったのだろうか?
 以下省略
**********************************
 引用以上

 このブログの核心部というべきリンク先だが、あまりに醜悪な内容だったので、ダイレクトな転載を控えてリンクアドレスだけ書いたのだが、なぜリンクが切れているのかというと、著作権法という記載があった。
 暇人異聞録.com
 というサイトは永遠にこの世から消されてしまっている。たぶんジャニー事務所か、CIA機関が手を回したのだと思う。
 衝撃的な内容なので転載コピーがあるはずと考え探したのだが、とうとう発見できなかった。それほど世に知られては困る内容だったのだ。

 問題の焦点は、ジャニーの凄まじい悪行が詳細に暴露されていたにもかかわらず、日本のすべてのメディア、マスコミが完全無視を決め込んで、死後4年も経て、やっと正義漢ぶって報道したことだ。
 またジャニーによって育てられた大物である東山紀之は、テレ朝サンデーライブの司会者だが、ジャニーの死について、通り一遍の賛辞を述べ、哀悼を示してみせたが、もちろん批判など一切しなかった。というより、できなかったのだろう。
 
 ジャニーの最初の大成果であり、同時に最大の被害者だったフォーリーブスの北公次は、もしかしたら他殺か自殺の可能性もある不可解さがつきまとっている。
 他のメンバーも、北公次に同調したことで芸能界から事実上追放されてしまった。
 ジャニー事務所の芸能界に対する権力の大きさがわかるエピソードだ。

 ジャニー問題を追求すると、戦後CIAによる芸能支配と青少年の思想コントロールが鮮明に浮かび上がってくる。
 1970年前後のフォークソング全盛期を領導した岡林信康や高田渡、加川良の「反体制フォーク歌手」らが突然表舞台から姿を消したのが、1973年頃ではなかっただろうか?
 代わって登場してきたのが、反戦色を消したイルカや南こうせつであり、右傾化したのが、吉田拓郎や泉谷しげる、ノンポリを貫いたのが井上陽水や松任谷由実らだ。

 反体制・反戦派のフォーク歌手たちは、以来、すべての芸能表舞台から姿を消した。芸能は、非政治色の恋愛や日常の問題しか扱わなくなった。
 そして、日本の若者たちが反体制思想に触れる機会が失われ、急速な右傾化が進み、そこに1980年代のゲーム社会が出現したのだ。

 さらに、麻生太郎が、ドワンゴのような右傾メディアを設立し、秋葉原のオタク文化に迎合した保守的な思想の若者たちを大量に生産しはじめた。
 まさに、統一教会=日本会議の意図した若者たちの洗脳社会がやってきた。
 これは、CIAによって計画された日本人の思想統制以外のものではなく、ジャニー喜多川は、その旗手でもあった。

 それは現在もなお進化していて、NHK・テレ朝・フジなど放送メディアの大半が、自民党保守系の経営陣によって占められるようになり、MCも羽鳥慎一や恵俊彰、立川志らくなど、自民党支持層の日本会議推薦者しか登場できなくなった。
 例外的に、玉川徹らがいるが、わずかな失言を理由に、絶えずメディア界追放の危機にさらされ続けている。

 今や、日本社会から、岡林信康や加川良のような体制に疑問を呈するようなインフルエンサーは皆無になってしまったかのように見える。
 今や青木理や古館一郎まで、若者たちから「左翼=アカ」と呼ばれるようになっていて、玉川徹と同じように追放排除の危機にさらされ続けている。

 もちろん私のブログも、ツイッターでは「左翼アカ」と決めつけられ、誹謗中傷の的になっている。
 私は、ジャニー喜多川以来のメディア洗脳工作成功例を見て、もしかしたら「日本は終わった」のかもしれないと感じている。
https://ameblo.jp/tokaiama20/entry-12803500822.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/521.html#c31

[リバイバル3] 伝説のデッカ デコラ 中川隆
19. 保守や右翼には馬鹿し[184] lduO54LiiUWXg4LJgs2Ubo6tgrU 2023年5月18日 13:22:38 : Cq99LM0raw : MFdRVmtrYldrTXc=[2]
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Decca Stereo Decola について Der Klang vom Theater (ドイツ〜劇場の音と音楽)
http://kaorin27.blog67.fc2.com/blog-entry-582.html

恐らく、1年近くオーディオの記事を書いてきませんでした
久しぶりに機材について書いてみたいと思います

DeccaのDecolaとは個人的にすごくつながりのある人生だったと思います

初めてみたのは、仕事中に長野県飯田市にあったオーディオマックさんの店内です
その頃の私はオーディオが好きってことを公言していなかったので横目で見ながらお別れしました


次は、こちらも仕事中に寄った横浜の輸入業者の本社倉庫で(時々夢に見ますよ、世間では幻と言われている機械が百円ショップの品のように積まれていて・・・引いた)社長さん奥さんとウマがあって購入を決意

二店ともお取引先ですからね、遊びにいったのでは無いです、ハイ。誤解なき様

次の休暇に長野の自宅に戻って置き方を検討するも、どうにも置けなかったので購入を断念
そのお代でVitavoxの素晴らしい可搬用モニターを頂いたことがありました

その後、ステレオ・デコラもオークションなどでも見られるようになり100万円を切った価格で落札された時などは、喉から手が出かかっていました


そんなこんなで暮らしていた5、6年前でしょうか
赤城のお宅にO先生がデコラをお入れになったと聞き拝見しに行きました

その後、メンテナンスをお願いされて、O先生と2人、何度もホームセンターを往復したり、半日掛かりで汗をかいてバラしたり注油したり磨いたり・・・楽しい時間を過ごしました(結局、私はその時間が好きなんですね)

メンテを終えてセットし、はじめに聞いた一枚のレコードの感動は決して忘れません

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幅2mを超える家具の上にポッカリとオーケストラが乗っている、まさにその感覚を実感できた瞬間でした

「オーケストラが乗る」とは昔からDecolaを称える表現でしたが、初めて伝説を追体験出来た感動があったように思います


さて、昨年の末頃でしょうか
神戸のある方がDecolaを2台所有されているが、1台が不具合となりそちらを処分したいとのお話がありました

仲介されたのは東京の業者さんで、その方の弁によると

「初期型であり、しかも殆ど手が入っていないオリジナルの状態に近い」とのお話でした


ここでちょっと寄り道
皆さんはDecolaを求める時に1番の障害はなんだと思いますか?

10年ほど前なら英国内で4,000ポンド程で買えました
でも、これを日本に持ち込むなら本体価格以上の輸送費が必要だったでしょう

また、国内で発見できても100kgを超える巨体を運ぶには相当の覚悟が必要です


私がDecolaの購入を決めた要件は

・整備されていない個体
・運んでくれる人がいる

この2点でした
そして、Decolaと出会ってから30年も経ちましたが、やっとお眼鏡に叶う個体に巡り合うことができ
少しお高いかなとの思いはありましたが、業者さん自身が運んでくれることでもあり決断しました


到着してから委細に調査すると、アンプ関係で10点ほど部品交換されており
また、プレーヤー周りの「フォーム=スポンジ状の緩衝材」は加水分解でボロボロになったでしょう交換されていました

ありがたいことにネット社会ですから、写真を参考に検証してオリジナルに近しいようにメンテナンスを開始しました


まずはパワーアンプからスタートしました

_DSF1842_convert_20230517160056.jpg

カップリングが2本だけオリジナルとは変わっていました
同じ英国のHUNT製なのでこれは英国にあった間に変えたのだと思います

ただし、プロポーション的にはオリジナルはこの大きさのフィルムコンデンサーではないでしょう
HUNT製メタルペーパーコンに入れ替えて端子間にぴったり収まりました


言伝では神戸の前オーナーは一度も修理していなかったと、その後東京の業者さんがハムを取る為に電源の電解コンデンサーを交換しただけとのことでしたから、本当に良い買い物をしました


その後の検査の結果、両chの初段とEL-34のパスコンを1個交換し、デカップリングの抵抗を2本交換して元通りになりました

もちろん全てHUNT製のコンデンサーと抵抗はMorgan社のカ−ボンコンポジション抵抗を使っています
http://kaorin27.blog67.fc2.com/blog-entry-582.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/683.html#c19

[近代史3] ジャニー喜多川は、CIA工作員だった 中川隆
32. 保守や右翼には馬鹿し[185] lduO54LiiUWXg4LJgs2Ubo6tgrU 2023年5月18日 15:46:16 : Cq99LM0raw : MFdRVmtrYldrTXc=[3]
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昼夜問わない性奴隷、不気味な注射......合宿所の内部を明かした問題作『Smapへ』
サイゾーウーマン
2010年08月26日
https://www.excite.co.jp/news/article/Cyzowoman_201008_post_2297/?p=3

『Smapへ』(鹿砦社)

――芸能界を牛耳る巨大アイドル帝国・ジャニーズ事務所。ジャニー喜多川社長率いる、この帝国からは数々のスターが誕生した。郷ひろみ、近藤真彦、田原俊彦、少年隊、光GENJI、SMAP、そして嵐――。しかし、この帝国の内政が語られることは決してない。鉄のベールに包まれた帝国の光と闇を、数々の ジャニーズ非公式本から探っていく。

 ジャニーズ暴露本の歴史の中で、ジャニー喜多川の変態性をもっとも生々しく描写し、ジャニーズ事務所の異常なタレント育成環境を詳細に綴っているのが、この『Smapへ』(鹿砦社、2005年)である。

 著者の木山将吾氏は、「元・光GENJI」とされている。そんなメンバーいたっけ? と思われるのも無理はない。彼は、ジャニー喜多川の寵愛を受けて光GENJI入りが決まり、ポスター撮りまで済ませていたものの、"ある出来事"をきっかけにデビュー直前にメンバーから外された、幻のメンバーなのである。

 当時、木山氏はジャニー氏一番のお気に入りで、取材陣の前でも膝の上に座らされ、食事もジャニー氏の手で口に運んでもらっていたという。

そして、夜はジャニー氏の欲望の捌け口として濃密過ぎる時間を過ごしていたというのだ。彼は、そんな生活を余儀なくされた15〜17歳の2年間を振り返り、「ジャニー喜多川の愛人だった」「性の奴隷だった」と表現している。
 しかし、木山氏の告白は、「愛人」「奴隷」という言葉が生易しく聞こえてしまうほどの、まさに地獄以上の体験に満ちているのだ。

 初めて合宿所を訪ねたその日に、ジャニー氏と一緒に風呂に入らされ、全身をくまなく洗われる"泡風呂の儀式"と、入念なマッサージの洗礼を受けた木山氏。なんかおかしいなと思いながらも、デビューをほのめかすジャニー氏の言葉に酔いしれ、大きな問題としてとらえようとしなかったという。
■「これだけのことに我慢したら、アイドルとして成功しなければ」

 そんな木山氏に、ジャニー氏がその毒牙を剥き出しにして襲い掛かるのに、時間はかからなかったようだ。二回目に合宿所を訪ねると、ジャニー氏は木山氏を後ろから抱きしめ、硬くなった股間を"まるで発情した犬のように"太ももに擦り付けてきたという。そして、そのまま擦りつけ続け、なんと服を着たままズボンの中で果ててしまったというのだ。

 そして三回目に訪ねたときには、ジュニアたちが寝泊りする大部屋で舌技をしかけられ、木山氏はその口に発射してしまうことになる。一回目の"泡風呂の儀式"のときに、「すぐにデビューだよ。

雑誌のインタビューがあるからね」と言っていたジャニー氏は、本当に、その直後に、木山氏をアイドル誌の取材で雑誌デビューさせていたという。
ジャニーさんはそれをゴクリと飲み込んだ。(中略)相手は六十歳の男だった。でも、それが、この合宿所では当然の夜の儀式だった。タレントとしてデビューするための......。
 その後は、どこへ行くにもベッタリで自らが運転する車の中でも、ジャニー氏は助手席の木山氏の体を触りまくり、「キス! キスしてきなさい」とせがんできたという。

 ついに一線を越えてしまうのは、木山氏がテレビに出始めたころ。いつものようにジャニー氏の舌技で、あっさりと一本抜かれてしまったが、その日のジャニー氏はそれで満足することはなく、再び、木山氏の分身に力をみなぎらせると、馬乗りになって自らの中に木山氏の分身をめり込ませ、「ああ〜ん、ああ〜ん」と嬌声をあげていたというのだ。これを機に、さらにジャニー氏は木山氏を特別視するようになり、さらに濃厚なプレイを強要され、木山氏もそれに従ったという。

こんな不幸がデビューには必要なのか......トシちゃんよ、少年隊よ、忍者よ、男闘呼組よ、みんな本当によく我慢したな......これだけのことに我慢したら、アイドルとしてがんばるしかないだろう。
成功しなければ、自分のプライドを取り戻せない
 そう思いながら、木山氏は陵辱に耐え続け、ついに光GENJIとしてのデビューという夢へのチケットを手に掴んだ。しかし、その夢は、木山氏の手からスルリと零れ落ちることとなってしまう。きっかけは、諸星和己のこんな言葉だったという。

「次は木山くんだから。注射打たれる番」

 ジャニー氏の部屋にはよく分からない薬品と注射器がいつもあり、それが一体、なんの薬なのか知らされることもないまま、デビューが決まったタレントは強制的に、その注射を打たれていたというのだ。

■一体、その注射はなんなのか? 現在のタレントたちも、打たれているのか?

 地獄のようなホモ行為には耐え続けてきた木山氏だったが、「ホルモン剤」とも「覚せい剤」とも噂されていたその不気味な注射を受け入れることはできず、合宿所に行かなくなると、ジャニー氏からのお呼びもかからなくなり、すでに撮影済みだった光GENJIのポスターは、木山氏の写った右端をカットした形で発表され、その存在は"無かったもの"にされたという。

 ほかにも、ジュニアたちを裸にひん剥いて四つん這いにさせて一列に並べ、肛門のアップ写真を撮影し、興奮して肛門に舌を這わすジャニー氏、裏ビデオを合宿所に持ち込み、「見ろ! 女のおま○この醜さを!」と繰り返すジャニー氏、盗聴器を仕掛けたり、トイレをのぞくジャニー氏、タレントの陰毛を集めるジャニー氏......ほかにも、都市伝説でしかなかったジャニー氏の、想像以上の変態性がリアルに描かれているのだ。

 木山氏は、執筆当時に話題になっていたマイケル・ジャクソンの少年への性的虐待事件を引き合いに出しているが、マイケルは昨年6月に非業の死を遂げ、様々に再検証が行われた結果、現在では潔白とされ、その存在のすべてが伝説として語り継がれることとなっている。

 間もなく80歳になるジャニー氏が現役でいられるのも、あと数年だろう。そのとき、彼はどのように語られるのか。

"稀代のアイドルメーカー"として伝説になる前に、そのすべてをもう一度、しっかりと検証すべきではないだろうか。
『THE SMAP MAGAZINE (マガジンハウスムック)』
闇があってこそ輝くのがアイドルよ
https://www.excite.co.jp/news/article/Cyzowoman_201008_post_2297/?p=3

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/521.html#c32

   

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