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[番外地10] 「原爆の秘密(国外篇)----殺人兵器と狂気の錬金術」鬼塚英昭 著 成甲書房 刊 中川隆
1. 中川隆[-12823] koaQ7Jey 2022年12月18日 12:11:29 : F7fPu08sXc : NHZhNTBmNERTL2c=[1]
林千勝さんはディビット・バーガミニや鬼塚英昭の様な歴史学会で定説になっている学説には絶対に触れないですね。
学界の定説が間違っていると考えているなら、ディビット・バーガミニや鬼塚英昭を徹底批判すればいいのに、完全無視するというのが姑息ですね。
昭和天皇はアメリカと密約していた!
「原爆の秘密(国外篇)----殺人兵器と狂気の錬金術」鬼塚英昭 著 成甲書房 刊
白洲次郎は米英のための、具体的に書くならば、スティムソン、グルー、ウォーバーグたちのためのエージェントの仕事をし続けていたのである。原爆産業のエージェントであったといえよう。柴田哲孝の「下山事件 最後の証言」(2007年)に次なる記述がある。

「でも工藤さんは本当にいい人でした。確か昭和20年の春でした。灯火管制の時に、夜、工藤さんが突然すうっ・・・と入ってきたんです。そして、玄関に出ていくと、ぼそぼそっと言った。私は本所(墨田区)に住んでいたんですが、あと2〜3日したらここは空襲になるから、荷物をできるだけ持って逃げろと。それで私は○○の方へ逃げたんです。本所が9日か10日だと言っていました。そうしたら、本当にその日に東京大空襲があったんです・・・」

これも不思議な話だ。なぜ工藤孝次郎は東京大空襲の日時を知っていたのか。

もし亜細亜産業が軍部から情報を得ていたとすれば、国は東京大空襲を知っていながら市民を見殺しにしたことになる。もしくは亜細亜産業は、戦時中から米軍と何らかの繋がりがあったのか・・・。」

柴田哲孝はこの本の中で「亜細亜産業」について詳述原爆8している。下山事件との関係について書いている。戦前、この会社は闇貿易をしていた。前述した陸軍と財閥のなかから誕生した昭和通商と結ぶつきアヘン貿易に従事していた。この会社に白洲は出入りしていた。柴田哲孝の祖父が、この会社の重役であった。柴田は「我が家には白洲次郎と思われる人物が祖父や矢板玄(亜細亜産業社長)などといっしょに写った写真が残っている」と書いている。

この本や白洲次郎に関する有馬頼寧の日記を見てもわかるように、白洲次郎は、米英の諜報機関と深く繋がっていたと判断して間違いない。柴田は「もしくは亜細亜産業は、戦時中から米軍と何らかの繋がりがあったのか」との疑問を投げかけている。私は「大いにあった」と答える。次章以下で(私の注:アメリカの)陸軍参謀本部と原爆の関係を追求するなかで、その証明をすることにしよう。徳本栄一郎「英国機密ファイルの昭和天皇」(2007年)には次なる記述がある。

「1985年、彼(白洲次郎)は生涯を閉じたが、英国流ダンディズムと気骨のあるライフスタイルは、白洲ブームとも言うべき現象を起こしている。だがこの白洲次郎には、あまり知られていない、もう一つの顔がある。それは太平洋戦争直前、皇室や吉田茂の意を受け、英国政府との和平工作に奔走した‘密使’であり、戦後は日本進出を狙う英国企業の‘エージェント’としての顔だ。」

徳本栄一郎の「英国機密ファイルの昭和天皇」には、「エピローグ 皇居を見据えるユニオン・ジャック」として、白洲次郎とウォーバーグ財閥について書かれている。

クリストファーによると、晩年の白洲は、S・G・ウォーバーグから肩書きも受け取っていなかった。しかも1982年、創業者のシグモント・ウォーバーグ卿が亡くなった後も、彼はクリストファーの後見人役を続けた。

「ウォーバーグ卿と次郎の関係は、個人的な友情に基づいていました。そのウォーバーグ卿から頼まれた以上、それに応えるのは自然の事だったのでしょう。また次郎も、われわれの進出は日本のためになると信じていました」

「国際金融寡頭勢力」という言葉を私は使ってきた。この中心にいたのがロスチャイルドとウォーバーグのユダヤ財閥である。一度彼らのエージェントになった者は、死ぬまで、その任務を解かれることはない。

引用文中のクリストファーとあるのはクリストファー・パーピスで、英国系投資銀行SGウォーバーグの幹部で東京支店長を勤めた男である。創業者のシグモント・ウォーバーグは、ドイツのハンブルクに本拠を持つウォーバーグ家からイギリスに派遣され、SGウォーバーグをつくり、ロスチャイルドとともに、ヒトラーを育てたのである。

そのウォーバーグ家の一族がアメリカに渡り、ロスチャイルドの血族シフ家と結ばれる。ロスチャイルドとウォーバーグ家は一枚の系図の中に入る。FRB(連邦準備制度理事会)をつくりあげたのはポール・ウォーバーグ。その息子のジェームス・ウォーバーグはOSS(私の注:CIAの前身)の中に入り日本向けの情報担当官となる。白洲次郎はウォーバーグのエージェントとなり、国務次官グルーからの情報を、ヨハンセン・グループ(私の注:戦前の吉田茂反戦グループの略称。実際は裏で戦争を推進していた)に流していく。

白洲次郎の岳父が樺山愛輔。彼は昭和天皇の母貞明皇太后と深く結ばれている。貞明皇太后の周囲には、ヨハンセン・グループがたむろしていた。彼らのほとんどは、禎明皇太后と同じクエーカー教徒であり、ヨハンセン・グループとの間には、同じクリスチャンという共通項が厳然と存在していた。そのルートで貞明皇太后は樺山愛輔から、アメリカとイギリスのニュースを入手していた。徳本栄一郎が「それは太平洋戦争直前、皇室や吉田の意を受け・・・」とあるのはなんとも甘い表現である。「白洲次郎はシグムント・ウォーバーグの忠告を忠実に厳守し、国際金融寡頭勢力のために生涯を捧げた」と書き直すべきである。

父親からの仕送りがなくなり、貧乏のどん底に落とされた留学生白洲は、シグムント・ウォーバーグの援助にすがって生きた。そこに、永遠のエージェントとならざる状況が生じたのである。

白洲は日本水産から帝国水産に移動して何をしたのか。調査室室長であった。彼は帝国水産という会社を利用し、イギリスとアメリカの諜報機関のために日本の機密を流し、また同時に、日本へ、特に皇室、ヨハンセン・グループ、軍閥、三菱・・・に情報を伝えていたのである。

私は前著「日本のいちばん醜い日」でヨハンセン・グループについて詳述した。その中で、外務省編「終戦史録(5)」の中に掲載されている「大井篤手記---天皇制と太平洋戦争」を紹介した。もう一度ここに紹介し、この項を原爆13終わりとする。この中に、皇太后と天皇が原爆投下について知っていたことが書かれている。私は(私の注:アメリカの軍事会議の)「目標管理委員会初回会議覚書」(1945年4月27日)については詳述した。その中で、東京湾が原爆投下の目標地に入っていたことを書いた。この情報が白洲次郎のルートで日本に流されていたことは間違いのない事実である。

「彼等は、天皇は間違っていると考えました。彼等には驚くべきまでに、機微な情報が---その真実性が私には判りませんが---入手されていました。彼等の見るところでは、天皇は弱虫だから終戦をいそがれているのである。原子爆弾が怖いのだ。その弱虫をさらに皇太后が焚きつけている。皇太后は御所内に堅固な防空壕を作ってくれと軍に催促されるが、資材不足でそれが出来ずにいる。そこへ原子爆弾の話が、尾ひれをはやして皇太后の耳に入ってくる。ジッとしておられなくなって天皇に訴える。彼等はこの情報を信じておりましたし、又陸軍では一般に原子爆弾はそう恐ろしいものではないと信じられておりました。」

後述するが、原爆の情報は皇室、軍部、ヨハンセン・グループに流れ続けていたのである。しかし、原爆は広島と長崎に落とされた。その心因を追求し続けねばならない。
http://www.asyura2.com/21/ban10/msg/743.html#c1

[番外地10] 「原爆の秘密(国外篇)----殺人兵器と狂気の錬金術」鬼塚英昭 著 成甲書房 刊 中川隆
2. 中川隆[-12822] koaQ7Jey 2022年12月18日 12:29:45 : F7fPu08sXc : NHZhNTBmNERTL2c=[2]
林千勝さんはディビット・バーガミニや鬼塚英昭の様な歴史学会で定説になっている学説には絶対に触れないですね。
学界の定説が間違っていると考えているなら、ディビット・バーガミニや鬼塚英昭を徹底批判すればいいのに、完全無視するというのが姑息ですね。
昭和天皇はアメリカと密約していた!
「原爆の秘密(国外篇)----殺人兵器と狂気の錬金術」鬼塚英昭 著 成甲書房 刊
白洲次郎は米英のための、具体的に書くならば、スティムソン、グルー、ウォーバーグたちのためのエージェントの仕事をし続けていたのである。原爆産業のエージェントであったといえよう。柴田哲孝の「下山事件 最後の証言」(2007年)に次なる記述がある。

「でも工藤さんは本当にいい人でした。確か昭和20年の春でした。灯火管制の時に、夜、工藤さんが突然すうっ・・・と入ってきたんです。そして、玄関に出ていくと、ぼそぼそっと言った。私は本所(墨田区)に住んでいたんですが、あと2〜3日したらここは空襲になるから、荷物をできるだけ持って逃げろと。それで私は○○の方へ逃げたんです。本所が9日か10日だと言っていました。そうしたら、本当にその日に東京大空襲があったんです・・・」

これも不思議な話だ。なぜ工藤孝次郎は東京大空襲の日時を知っていたのか。

もし亜細亜産業が軍部から情報を得ていたとすれば、国は東京大空襲を知っていながら市民を見殺しにしたことになる。もしくは亜細亜産業は、戦時中から米軍と何らかの繋がりがあったのか・・・。」

柴田哲孝はこの本の中で「亜細亜産業」について詳述原爆8している。下山事件との関係について書いている。戦前、この会社は闇貿易をしていた。前述した陸軍と財閥のなかから誕生した昭和通商と結ぶつきアヘン貿易に従事していた。この会社に白洲は出入りしていた。柴田哲孝の祖父が、この会社の重役であった。柴田は「我が家には白洲次郎と思われる人物が祖父や矢板玄(亜細亜産業社長)などといっしょに写った写真が残っている」と書いている。

この本や白洲次郎に関する有馬頼寧の日記を見てもわかるように、白洲次郎は、米英の諜報機関と深く繋がっていたと判断して間違いない。柴田は「もしくは亜細亜産業は、戦時中から米軍と何らかの繋がりがあったのか」との疑問を投げかけている。私は「大いにあった」と答える。次章以下で(私の注:アメリカの)陸軍参謀本部と原爆の関係を追求するなかで、その証明をすることにしよう。徳本栄一郎「英国機密ファイルの昭和天皇」(2007年)には次なる記述がある。

「1985年、彼(白洲次郎)は生涯を閉じたが、英国流ダンディズムと気骨のあるライフスタイルは、白洲ブームとも言うべき現象を起こしている。だがこの白洲次郎には、あまり知られていない、もう一つの顔がある。それは太平洋戦争直前、皇室や吉田茂の意を受け、英国政府との和平工作に奔走した‘密使’であり、戦後は日本進出を狙う英国企業の‘エージェント’としての顔だ。」

徳本栄一郎の「英国機密ファイルの昭和天皇」には、「エピローグ 皇居を見据えるユニオン・ジャック」として、白洲次郎とウォーバーグ財閥について書かれている。

クリストファーによると、晩年の白洲は、S・G・ウォーバーグから肩書きも受け取っていなかった。しかも1982年、創業者のシグモント・ウォーバーグ卿が亡くなった後も、彼はクリストファーの後見人役を続けた。

「ウォーバーグ卿と次郎の関係は、個人的な友情に基づいていました。そのウォーバーグ卿から頼まれた以上、それに応えるのは自然の事だったのでしょう。また次郎も、われわれの進出は日本のためになると信じていました」

「国際金融寡頭勢力」という言葉を私は使ってきた。この中心にいたのがロスチャイルドとウォーバーグのユダヤ財閥である。一度彼らのエージェントになった者は、死ぬまで、その任務を解かれることはない。

引用文中のクリストファーとあるのはクリストファー・パーピスで、英国系投資銀行SGウォーバーグの幹部で東京支店長を勤めた男である。創業者のシグモント・ウォーバーグは、ドイツのハンブルクに本拠を持つウォーバーグ家からイギリスに派遣され、SGウォーバーグをつくり、ロスチャイルドとともに、ヒトラーを育てたのである。

そのウォーバーグ家の一族がアメリカに渡り、ロスチャイルドの血族シフ家と結ばれる。ロスチャイルドとウォーバーグ家は一枚の系図の中に入る。FRB(連邦準備制度理事会)をつくりあげたのはポール・ウォーバーグ。その息子のジェームス・ウォーバーグはOSS(私の注:CIAの前身)の中に入り日本向けの情報担当官となる。白洲次郎はウォーバーグのエージェントとなり、国務次官グルーからの情報を、ヨハンセン・グループ(私の注:戦前の吉田茂反戦グループの略称。実際は裏で戦争を推進していた)に流していく。

白洲次郎の岳父が樺山愛輔。彼は昭和天皇の母貞明皇太后と深く結ばれている。貞明皇太后の周囲には、ヨハンセン・グループがたむろしていた。彼らのほとんどは、禎明皇太后と同じクエーカー教徒であり、ヨハンセン・グループとの間には、同じクリスチャンという共通項が厳然と存在していた。そのルートで貞明皇太后は樺山愛輔から、アメリカとイギリスのニュースを入手していた。徳本栄一郎が「それは太平洋戦争直前、皇室や吉田の意を受け・・・」とあるのはなんとも甘い表現である。「白洲次郎はシグムント・ウォーバーグの忠告を忠実に厳守し、国際金融寡頭勢力のために生涯を捧げた」と書き直すべきである。

父親からの仕送りがなくなり、貧乏のどん底に落とされた留学生白洲は、シグムント・ウォーバーグの援助にすがって生きた。そこに、永遠のエージェントとならざる状況が生じたのである。

白洲は日本水産から帝国水産に移動して何をしたのか。調査室室長であった。彼は帝国水産という会社を利用し、イギリスとアメリカの諜報機関のために日本の機密を流し、また同時に、日本へ、特に皇室、ヨハンセン・グループ、軍閥、三菱・・・に情報を伝えていたのである。

私は前著「日本のいちばん醜い日」でヨハンセン・グループについて詳述した。その中で、外務省編「終戦史録(5)」の中に掲載されている「大井篤手記---天皇制と太平洋戦争」を紹介した。もう一度ここに紹介し、この項を原爆13終わりとする。この中に、皇太后と天皇が原爆投下について知っていたことが書かれている。私は(私の注:アメリカの軍事会議の)「目標管理委員会初回会議覚書」(1945年4月27日)については詳述した。その中で、東京湾が原爆投下の目標地に入っていたことを書いた。この情報が白洲次郎のルートで日本に流されていたことは間違いのない事実である。

「彼等は、天皇は間違っていると考えました。彼等には驚くべきまでに、機微な情報が---その真実性が私には判りませんが---入手されていました。彼等の見るところでは、天皇は弱虫だから終戦をいそがれているのである。原子爆弾が怖いのだ。その弱虫をさらに皇太后が焚きつけている。皇太后は御所内に堅固な防空壕を作ってくれと軍に催促されるが、資材不足でそれが出来ずにいる。そこへ原子爆弾の話が、尾ひれをはやして皇太后の耳に入ってくる。ジッとしておられなくなって天皇に訴える。彼等はこの情報を信じておりましたし、又陸軍では一般に原子爆弾はそう恐ろしいものではないと信じられておりました。」

後述するが、原爆の情報は皇室、軍部、ヨハンセン・グループに流れ続けていたのである。しかし、原爆は広島と長崎に落とされた。その心因を追求し続けねばならない。

昭和天皇「原爆投下はやむをえないことと、私は思ってます。」 - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=NQhVOTS0j7A
http://www.asyura2.com/21/ban10/msg/743.html#c2

[番外地10] 「原爆の秘密(国外篇)----殺人兵器と狂気の錬金術」鬼塚英昭 著 成甲書房 刊 中川隆
3. 中川隆[-12821] koaQ7Jey 2022年12月18日 12:33:06 : F7fPu08sXc : NHZhNTBmNERTL2c=[3]
林千勝さんはディビット・バーガミニや鬼塚英昭の様な歴史学会で定説になっている学説には絶対に触れないですね。
学界の定説が間違っていると考えているなら、ディビット・バーガミニや鬼塚英昭を徹底批判すればいいのに、完全無視するというのが姑息ですね。
昭和天皇はアメリカと密約していた!
「原爆の秘密(国外篇)----殺人兵器と狂気の錬金術」鬼塚英昭 著 成甲書房 刊
白洲次郎は米英のための、具体的に書くならば、スティムソン、グルー、ウォーバーグたちのためのエージェントの仕事をし続けていたのである。原爆産業のエージェントであったといえよう。柴田哲孝の「下山事件 最後の証言」(2007年)に次なる記述がある。

「でも工藤さんは本当にいい人でした。確か昭和20年の春でした。灯火管制の時に、夜、工藤さんが突然すうっ・・・と入ってきたんです。そして、玄関に出ていくと、ぼそぼそっと言った。私は本所(墨田区)に住んでいたんですが、あと2〜3日したらここは空襲になるから、荷物をできるだけ持って逃げろと。それで私は○○の方へ逃げたんです。本所が9日か10日だと言っていました。そうしたら、本当にその日に東京大空襲があったんです・・・」

これも不思議な話だ。なぜ工藤孝次郎は東京大空襲の日時を知っていたのか。

もし亜細亜産業が軍部から情報を得ていたとすれば、国は東京大空襲を知っていながら市民を見殺しにしたことになる。もしくは亜細亜産業は、戦時中から米軍と何らかの繋がりがあったのか・・・。」

柴田哲孝はこの本の中で「亜細亜産業」について詳述原爆8している。下山事件との関係について書いている。戦前、この会社は闇貿易をしていた。前述した陸軍と財閥のなかから誕生した昭和通商と結ぶつきアヘン貿易に従事していた。この会社に白洲は出入りしていた。柴田哲孝の祖父が、この会社の重役であった。柴田は「我が家には白洲次郎と思われる人物が祖父や矢板玄(亜細亜産業社長)などといっしょに写った写真が残っている」と書いている。

この本や白洲次郎に関する有馬頼寧の日記を見てもわかるように、白洲次郎は、米英の諜報機関と深く繋がっていたと判断して間違いない。柴田は「もしくは亜細亜産業は、戦時中から米軍と何らかの繋がりがあったのか」との疑問を投げかけている。私は「大いにあった」と答える。次章以下で(私の注:アメリカの)陸軍参謀本部と原爆の関係を追求するなかで、その証明をすることにしよう。徳本栄一郎「英国機密ファイルの昭和天皇」(2007年)には次なる記述がある。

「1985年、彼(白洲次郎)は生涯を閉じたが、英国流ダンディズムと気骨のあるライフスタイルは、白洲ブームとも言うべき現象を起こしている。だがこの白洲次郎には、あまり知られていない、もう一つの顔がある。それは太平洋戦争直前、皇室や吉田茂の意を受け、英国政府との和平工作に奔走した‘密使’であり、戦後は日本進出を狙う英国企業の‘エージェント’としての顔だ。」

徳本栄一郎の「英国機密ファイルの昭和天皇」には、「エピローグ 皇居を見据えるユニオン・ジャック」として、白洲次郎とウォーバーグ財閥について書かれている。

クリストファーによると、晩年の白洲は、S・G・ウォーバーグから肩書きも受け取っていなかった。しかも1982年、創業者のシグモント・ウォーバーグ卿が亡くなった後も、彼はクリストファーの後見人役を続けた。

「ウォーバーグ卿と次郎の関係は、個人的な友情に基づいていました。そのウォーバーグ卿から頼まれた以上、それに応えるのは自然の事だったのでしょう。また次郎も、われわれの進出は日本のためになると信じていました」

「国際金融寡頭勢力」という言葉を私は使ってきた。この中心にいたのがロスチャイルドとウォーバーグのユダヤ財閥である。一度彼らのエージェントになった者は、死ぬまで、その任務を解かれることはない。

引用文中のクリストファーとあるのはクリストファー・パーピスで、英国系投資銀行SGウォーバーグの幹部で東京支店長を勤めた男である。創業者のシグモント・ウォーバーグは、ドイツのハンブルクに本拠を持つウォーバーグ家からイギリスに派遣され、SGウォーバーグをつくり、ロスチャイルドとともに、ヒトラーを育てたのである。

そのウォーバーグ家の一族がアメリカに渡り、ロスチャイルドの血族シフ家と結ばれる。ロスチャイルドとウォーバーグ家は一枚の系図の中に入る。FRB(連邦準備制度理事会)をつくりあげたのはポール・ウォーバーグ。その息子のジェームス・ウォーバーグはOSS(私の注:CIAの前身)の中に入り日本向けの情報担当官となる。白洲次郎はウォーバーグのエージェントとなり、国務次官グルーからの情報を、ヨハンセン・グループ(私の注:戦前の吉田茂反戦グループの略称。実際は裏で戦争を推進していた)に流していく。

白洲次郎の岳父が樺山愛輔。彼は昭和天皇の母貞明皇太后と深く結ばれている。貞明皇太后の周囲には、ヨハンセン・グループがたむろしていた。彼らのほとんどは、禎明皇太后と同じクエーカー教徒であり、ヨハンセン・グループとの間には、同じクリスチャンという共通項が厳然と存在していた。そのルートで貞明皇太后は樺山愛輔から、アメリカとイギリスのニュースを入手していた。徳本栄一郎が「それは太平洋戦争直前、皇室や吉田の意を受け・・・」とあるのはなんとも甘い表現である。「白洲次郎はシグムント・ウォーバーグの忠告を忠実に厳守し、国際金融寡頭勢力のために生涯を捧げた」と書き直すべきである。

父親からの仕送りがなくなり、貧乏のどん底に落とされた留学生白洲は、シグムント・ウォーバーグの援助にすがって生きた。そこに、永遠のエージェントとならざる状況が生じたのである。

白洲は日本水産から帝国水産に移動して何をしたのか。調査室室長であった。彼は帝国水産という会社を利用し、イギリスとアメリカの諜報機関のために日本の機密を流し、また同時に、日本へ、特に皇室、ヨハンセン・グループ、軍閥、三菱・・・に情報を伝えていたのである。

私は前著「日本のいちばん醜い日」でヨハンセン・グループについて詳述した。その中で、外務省編「終戦史録(5)」の中に掲載されている「大井篤手記---天皇制と太平洋戦争」を紹介した。もう一度ここに紹介し、この項を原爆13終わりとする。この中に、皇太后と天皇が原爆投下について知っていたことが書かれている。私は(私の注:アメリカの軍事会議の)「目標管理委員会初回会議覚書」(1945年4月27日)については詳述した。その中で、東京湾が原爆投下の目標地に入っていたことを書いた。この情報が白洲次郎のルートで日本に流されていたことは間違いのない事実である。

「彼等は、天皇は間違っていると考えました。彼等には驚くべきまでに、機微な情報が---その真実性が私には判りませんが---入手されていました。彼等の見るところでは、天皇は弱虫だから終戦をいそがれているのである。原子爆弾が怖いのだ。その弱虫をさらに皇太后が焚きつけている。皇太后は御所内に堅固な防空壕を作ってくれと軍に催促されるが、資材不足でそれが出来ずにいる。そこへ原子爆弾の話が、尾ひれをはやして皇太后の耳に入ってくる。ジッとしておられなくなって天皇に訴える。彼等はこの情報を信じておりましたし、又陸軍では一般に原子爆弾はそう恐ろしいものではないと信じられておりました。」

後述するが、原爆の情報は皇室、軍部、ヨハンセン・グループに流れ続けていたのである。しかし、原爆は広島と長崎に落とされた。その心因を追求し続けねばならない。

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故鬼塚英昭 氏 戦争はすべて八百長 『日本の真相』 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=eUIhcvcSmrA

昭和天皇「原爆投下はやむをえないことと、私は思ってます。」 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=NQhVOTS0j7A
http://www.asyura2.com/21/ban10/msg/743.html#c3

[番外地10] 日本の軍事力増強は米国の代理として中露と戦争をする準備 中川隆
3. 中川隆[-12820] koaQ7Jey 2022年12月18日 22:21:55 : F7fPu08sXc : NHZhNTBmNERTL2c=[4]
日本に軍備は必要ない _ 日本をウクライナにしてはいけない
日本の軍事力増強は米国の代理として中露と戦争をする準備
 アメリカの議会調査局が12月6日に出したレポートによると、アメリカ軍はLRPF(長距離精密火力)を重視、現在の砲撃やミサイルのシステムを改良、新しい長射程砲や超音速兵器の開発するなどして目標を実現しようとしている。
 ウクライナのクーデター体制がドンバス攻撃の主力として使っていたネオ・ナチを主体とする親衛隊が壊滅した今年5月、アメリカの陸軍長官は長距離システムの基地協定についてインド・太平洋地域の国と交渉していると語っていた。
 このプランはアメリカ国防総省系シンクタンクの​「RANDコーポレーション」が今年出したレポート​と合致する。そのレポートによると、アメリカ軍はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲しようとしているのだ。勿論、ヨーロッパではロシアを同じように包囲しつつある。

 アメリカが太平洋地域における同盟国と考えているのはタイ、フィリピン、韓国、オーストラリア、そして日本だが、タイとフィリピンは微妙で、韓国もアメリカの戦略に従うことを拒否する声は小さくない。そこでGBIRMの配備を受け入れる可能性が高い国は日本だということになるとRANDの報告書では分析していた。

 しかし、日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約がある。そこでアメリカはASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力する方針。そのASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成された。その計画を先取りする形で自衛隊は2016年に軍事施設を与那国島に建設し、19年には奄美大島と宮古島に作った。2023年には石垣島でも完成させる予定だという。

 日本は軍事拠点を作るだけでなく、高性能兵器の開発にも乗り出している。例えばアメリカと共同で音速の5倍以上で侵入してくるHGV(極超音速滑空体)を迎撃するミサイル技術の研究開発を考えていると報道されている。すでにロシアはHGVを配備、中国は飛行試験段階だ。

 今年7月24日には宇宙航空研究開発機構(JAXA)が鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所で迎撃ミサイルに必要な速度に到達することが可能だとされるエンジンの飛行試験を初めて実施したが、極超音速で飛行するミサイル自体も研究している。

 日本の場合はHGVではなくエンジンによって推進力を得る極超音速巡航ミサイル(HCM)の開発を目指しているという。2026年に九州や北海道の島々へ配備したいようだ。

 JAXAが開発したLUNAR-AはM-Vを使って打ち上げられ、月を周回する軌道に入った段階で母船から観測器を搭載した2機の「ペネトレーター」と呼ばれる観測装置を投下、地中約2メートル前後の深さまで潜り込ませることになっていた。ペネトレーターには地震計と熱流量計が搭載される予定で、その際にかかる大きな圧力に耐えられる機器を作るために必要な技術があれば小型のバンカー・バスターを製造できると見れていたのだ。そこでこの「探査機」を「MARV(機動式弾頭)」と重ねて見る人は少なくなかった。そのためか、2007年1月にLUNAR-A計画は中止になる。


 日本のロケット技術は1990年代に長足の進歩を遂げたが、これはソ連が消滅した直後、秘密裏にSS-20の設計図とミサイルの第3段目の部品を入手し、ミサイルに搭載された複数の弾頭を別々の位置に誘導する技術、つまりMARVを学んだからだと言われている。その当時のロシアは欧米支配層の傀儡だったボリス・エリツィンが君臨していた。

 そして現在、​日本政府は射程距離が1000キロメートル程度のミサイルを開発し、艦艇、戦闘機、そして地上から発射できるようにする計画​を立てている。地上発射の改良型は2024年度にも配備する方針だとされていた。

 その後、​日本政府はアメリカから亜音速の巡航ミサイル「トマホーク」を購入する意向だという話も出てきた​。トマホークは核弾頭を搭載でき、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートル。記事では「反撃能力」が強調されているが、このミサイルには言うまでもなく先制攻撃能力がある。

 さらに、​日本は射程距離が3000キロメートル程度のミサイルを開発し、2030年代の半ばまでに北海道へ配備する計画​だとも伝えられている。それが実現するとカムチャツカ半島も射程圏内だ。岸田文雄政権の与党である自由民主党と公明党は「敵基地攻撃能力」を日本が保有することで合意しというが、これは「先制攻撃」の言い換えにすぎない。

 こうした方針が打ち出された背景にはアメリカの戦略がある。日本はアメリカの代理として中国やロシアに対する先制攻撃の片棒を担がされる可能性が高まっているのだ。アメリカ軍が日本に軍事基地を作った理由は先制攻撃のためだ。防衛のためではない。

___________

目下、北朝鮮のミサイル発射や台湾有事を一方で煽り上げて「危機」を演出しつつ、それをもっけの幸いにして軍事大国化の道を進み、強面の武力装備こそが防衛につながるのだといって43兆円の軍事費を正当化しようとしている。しかし、冷静かつ真面目に考えてみて、ミサイルや兵器を身にまとったからといって、果たして日本列島が戦争の脅威から守られるのか? である。国土の状況を考えてみると、原発を54基も全国津々浦々に抱え、それだけでも核爆発の起爆装置になり得る。実際にミサイル攻撃で報復しあうような事態になった場合、被害は77年前の空襲の比ではない。物流がストップすれば食料自給率も30%台のくせに、たちまち地方も都市も食べることすらままならないだろうし、ライフラインとてしかり。電気、ガス、水道がストップすれば、これまた自然災害の比ではない。

 安倍晋三からこの方、執拗に「戦争ができる国」作りに邁進してきたが、現実的には「戦争などできない国」であり、邦人の生命を脅威にさらさないためには「戦争などやるもんじゃない」の一言に尽きる。非戦の誓いを貫くことこそが、最大の防衛策なのである。それを粋がって、カモネギがたくさん武器を買い集めたからといってマッチョになったような勘違いをするというのは悲劇的である。戦争の脅威を抱えないためには、東アジアのなかで友好平和の力を強め、いかなる国であっても不断に平和外交に努めるほかないことは、火を見るよりも明らかなのである。
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[番外地10] 敵基地攻撃能力の保有は日本が米国の戦争マシーンに組み込まれた1995年が源 中川隆
2. 中川隆[-12819] koaQ7Jey 2022年12月18日 22:22:55 : F7fPu08sXc : NHZhNTBmNERTL2c=[5]
日本に軍備は必要ない _ 日本をウクライナにしてはいけない
敵基地攻撃能力の保有は日本が米国の戦争マシーンに組み込まれた1995年が源
 岸田文雄政権の与党である自由民主党と公明党は「敵基地攻撃能力」を日本が保有することで合意したというが、その合意の出発点は日本がアメリカの戦争マシーンに組み込まれる道を歩み始めた1995年にほかならない。それから27年の準備期間を経てその姿を表しはじめた。

 少なくとも現在、アメリカ支配層の戦略に反することを日本の政治家や官僚が行い、マスコミが主張することはできない。日本側の意志であるかのように演出されているが、言うまでもなく、アメリカ支配層の意思に基づいている。「アメリカ信仰」から抜け出せない人はアメリカに「善玉」の存在を求めるが、それは幻影にすぎないのだ。

 ソ連が1991年12月に消滅した直後、ネオコンはアメリカが「唯一の超大国」になったと認識、他国に気兼ねすることなく行動できるようになったと考える。国連中心主義を維持した細川護煕政権は彼らにとって好ましくない存在で、同政権は1994年4月に倒されてしまう。ネオコンにとって冷戦の終結、つまりライバルの消滅は世界制覇プランを始める合図だった。

 しかし、日本には細川政権のほかにもそうしたアメリカのプランに抵抗する人たちがいて抵抗する。それに怒ったマイケル・グリーンとパトリック・クローニンはカート・キャンベルを説得して国防次官補のジョセイフ・ナイに接触、そのナイは1995年2月に「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表、日本に進むべき道を示したわけだ。

 そうした中、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)、その10日後に警察庁の國松孝次長官は狙撃されている。8月には日本航空123便の墜落に自衛隊が関与していることを示唆する大きな記事がアメリカ軍の準機関紙とみなされているスターズ・アンド・ストライプ紙に掲載された。

 アメリカ国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」が2019年に出した報告書には地政学的な争いの中でアメリカが行いうる手段として、ウクライナの武装強化、シリアのジハード傭兵への支援強化、ベラルーシの体制転覆、アルメニアとアゼルバイジャン(南カフカス)の緊張激化などが掲げられている。失敗したものもあるが、全て試みられている。

 アメリカの長期戦略はイギリスが19世紀に作成したものを引き継いでいる。ユーラシア大陸の周辺を海軍力で支配して内陸部を締め上げていくと言うものだ。スエズ運河の完成でその包囲帯は可能になった。

 包囲帯の東端にある日本列島をイギリスは重要な侵略の拠点と考え、日本人を手先の戦力にすることにした。イギリスが「明治維新」を後押ししたのはそのためだろう。

 明治体制はイギリスだけでなくアメリカも影響を強く受けた。イギリスの外交官として日本にいたアーネスト・サトウやアメリカの駐日公使だったチャールズ・デロングや厦門の領事だったチャールズ・ルジャンドルたちはいずれも日本に大陸を攻撃するよう焚き付けている。

 ルジャンドルはアメリカへ戻る途中に日本へ立ち寄り、デロングと大陸侵略について話し合い、デロングは日本の外務省に対してルジャンドルを顧問として雇うように推薦した。ルジャンドルは1872年12月にアメリカ領事を辞任して外務卿だった副島種臣の顧問になり、台湾への派兵を勧めた。その直前、1872年9月に明治政府は「琉球藩」をでっちあげて琉球を併合、74年5月に台湾へ軍事侵攻している。

 1875年9月に明治政府は李氏朝鮮の首都を守る要衝の江華島へ軍艦を派遣して挑発、「日朝修好条規」を結ばせて清国の宗主権を否定させることに成功、さらに無関税特権を認めさせ、釜山、仁川、元山を開港させている。

 朝鮮では1894年に甲午農民戦争(東学党の乱)が起こり、体制が揺らぐ。それを見た日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、その一方で朝鮮政府の依頼で清も軍隊を出して日清戦争につながる。

 当時、朝鮮では高宗の父にあたる興宣大院君と高宗の妻だった閔妃と対立、主導権は閔妃の一族が握っていた。閔妃がロシアとつながることを恐れた日本政府は1895年に日本の官憲と「大陸浪人」を使って宮廷を襲撃して閔妃を含む女性3名を殺害、その際に性的な陵辱を加えたとされている。その中心にいた三浦梧楼公使はその後、枢密院顧問や宮中顧問官という要職についた。

 閔妃惨殺の4年後、中国では義和団を中心とする反帝国主義運動が広がり、この運動を口実にして帝政ロシアは1900年に中国東北部へ15万人の兵を派遣する。その翌年には事件を処理するために北京議定書が結ばれ、列強は北京郊外に軍隊を駐留させることができるようになった。

 イギリスはロシアに対抗するため、1902年に日本と同盟協約を締結し、その日本は04年2月に仁川沖と旅順港を奇襲攻撃、日露戦争が始まる。日本に戦費を用立てたのはロスチャイルド系のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフだ。

 1905年5月にロシアのバルチック艦隊は「日本海海戦」で日本海軍に敗北するが、そこで登場してくるのが「棍棒外交」のテディ・ルーズベルト米大統領。講和勧告を出したのだ。9月に講和条約が調印されて日本の大陸における基盤ができた。

 講和条約が結ばれた2カ月後、桂太郎首相はアメリカで「鉄道王」と呼ばれていたエドワード・ハリマンと満鉄の共同経営に合意したが、ポーツマス会議で日本全権を務めた小村寿太郎はこの合意に反対、覚書は破棄されている。中国への侵略を本格化させるつもりだったアメリカの私的権力はつまずいた。

 それに対し、アメリカ側の意向に従って動いていたのが金子堅太郎。金子は小村と同じようにハーバード大学で法律を学んでいるが、1890年に金子とルーズベルトは親しくなる。何者かの紹介でふたりはルーズベルトの自宅で会ったのだ。そこから日本のアジア侵略は本格化、中国では膨大な財宝を盗むことになるが、第2次世界大戦後、その財宝はアメリカ支配層の手に渡り、「ナチ・ゴールド」と一体化したと言われている。その後、この財宝はアメリカの力の源泉になるが、その力は衰退してきた。そこで支配システムを作り替える必要に迫られている。それが「リセット」だ。

 アメリカはユーラシア大陸の包囲帯も修復しようとしている。そして2021年9月、同じアングロ・サクソン系のオーストラリアやイギリスと「AUKUS」なる新たな軍事同盟を創設したと発表した。ロシア国家安全保障会議のニコライ・パトロシェフ議長はAUKUSについて中国やロシアを仮想敵とする「アジアのNATO」だと指摘したが、その通りだろう。

 ​「RANDコーポレーション」が今年出したレポート​によると、アメリカ軍はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲しようと計画しているのだが、インド太平洋地域でそうしたミサイルの配備を容認する国は日本以外にない。その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約がある。

 そこで、アメリカはASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力するという形にすることになり、そのASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたわけだ。その計画を先取りする形で自衛隊は2016年に軍事施設を与那国島に建設し、19年には奄美大島と宮古島に作った。2023年には石垣島でも完成させる予定だという。

 ​日本政府は射程距離が1000キロメートル程度のミサイルを開発、艦艇、戦闘機、そして地上から発射できるようにし、地上発射の改良型は2024年度にも配備する方針​だとされていたが、アメリカの想定通りに事態が進んでいないためなのか、​日本政府はアメリカから亜音速の巡航ミサイル「トマホーク」を購入する意向​だという。
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