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政治的責任は、極東軍事裁判の裁判長ウェッブが責任がないということで決着済みです。改めて責任について、まとめてみました。
http://www.asyura.com/0306/dispute11/msg/1069.html
投稿者 Ddog 日時 2003 年 7 月 14 日 23:48:31:gb2b4T9TetGkU

(回答先: あ、ということは結局天皇の戦争責任を認めたわけね? 投稿者 s 日時 2003 年 7 月 14 日 13:32:09)

Sさんのいう、政治的には、責任は、責任がないということで決着済みです。改めて責任について、少しまとめてみました。
http://www.asyura.com/0306/dispute11/msg/976.htmlである程度先帝の責任について、法的、政治的、道義的責任について、区別して投稿しているが、文章が酷いので、書き直しました。
1法的責任
立憲君主制上、先帝の法的責任はない、これは多くの歴史家法律論者などで、議論がしつくされいる。
http://www.asyura.com/0306/dispute11/msg/307.html
2政治的責任
第二次世界大戦後、東京裁判終了ご、サンフランシスコ講和条約によって日米関係や、国内的には決着済み。決着がついていないと、未だに犯罪的強請しているのは、朝鮮と中華人民共和国ぐらいだ。政治的に決着がついていないと主張されるなら、政治的立場が朝鮮半島諸国、中華民国国民党 中華人民共和国共産党親派なので、 政治的決着はついていないと、主張されるなら、理解する。
極東軍事裁判の裁判長ウェッブは、天皇が訴追の対象から除かれたのは、法律的根拠でなく政治的根拠に基づくと言明している。政治的には決着済みのことである。

3道義的責任http://www.asyura.com/0306/dispute11/msg/1027.html道義的責任と、法的責任、政治的責任が混同されるから分かりにくくなる。事実私も、この責任の整理が良くできていなかった。今回の議論で私も整理できた。
道義的責任も、先帝陛下の即位以来の言動、行動を鑑みれば、道義的にも責任はないと、考えていました。しかし、たこ氏の主張するように、天皇機関も大日本帝国の重要な構成要素であるから、敗戦による負けた道義的結果責任を負うべきだとの主張には、確かに一定の理解をしよう。この点については譲歩します。
あくまでも、道義的責任を戦争犯罪と定義することには、まったく同意いたしません。道義的責任は、結果敗戦した責任であって、認められないのは、昭和天皇が軍最高指導として、戦略レベルどころか戦術レベルまで詳しく指導していたと主張することだ。下問も、その多くは戦況を尋ねる範囲を逸脱してはいない。戦況を聞き意見を言うのは自然な流れだ。先帝主導の作戦計画遂行したとの主張は、悪意的な物の見方だ。
そもそも、敗戦国の元首に戦争責任を押し付けるのは基本的に1942年のカイロ会談まで、概念がない。近代における国際法が整備された、近代以降文明国間の戦争において、ルーズベルトが無条件降伏を言い出すまでは、戦争責任など存在しなかった。
敗戦の結果、退位も考えた先帝陛下であったが、国威の回復こそ、道義的責任のとり方という、内閣GHQより説得されて退位による道義的責任を思いとどまり、国民に対して、敗戦した責任ことを詫びる 行為として、昭和21年正月に人間宣言を行い、2月より昭和27年まで地方巡航を行った。無条件降伏を受諾した時に、自分の処遇は、国民に委ねるとしていた。地方巡航は、日程日時などを予め発表し、予定通りの日程で巡航された。
先帝陛下は大正12年12月27日難波大助なるアナーキストに狙撃を受けている。
http://www.angel.ne.jp/~mutuki/daisuke/daitop.html難波大助は、先帝陛下に憎悪を抱いたというより、実父や、社会に対して憎悪しての凶行であったが、先帝陛下は十分テロ暗殺の危険性は承知していた。昭和21年憲兵隊や軍隊はすでになく、警察組織も壊滅状態で、それにもかかわらず、大衆の前に身を曝す行為を行ったのである。戦争で、親や子、夫兄弟を失い、天皇陛下に憎悪を抱く人間も居たに違いない。ところが、暗殺未遂事件は発生せず、各地で大歓迎を受けた事実は、如何に説明されるか?贖罪したといって過言でない。
戦争責任でなく、敗戦責任という、道義的な結果責任を先帝陛下は負い、贖罪済みと考えている。
わたしは、天皇を崇拝せよと、強要したつもりはない。誤解であったら訂正する。昭和天皇の実像を、歪める行為、2000年以上連綿と続く日本人の優れた知恵の、天皇システムを無価値なものだとする意見に反対しています。私は、天皇の戦争責任を戦争犯罪だと、日本人が断罪する行為が、許せない。進歩的文化人が、ソビエトや中国の政治的意図により、戦後天皇システムの誹謗中傷してきたことが許せない行為、反日日本人と断罪するのです。
先帝陛下の人徳は、天皇を鰯の頭としか考えない一部の軍部や、近衛文麿関係者以外、接した人間の大半が皆、天皇の人徳を誉めるのであるから、ないと主張される方の意見は、根拠が薄い。
わたしが、先帝陛下の人徳を説くを理由として、投稿していないのが、女官制度の廃止をあげます。また新鮮味がない内容と揶揄されたり、私が男尊女卑だとか文句がありそうだが、永遠の男の夢ハーレムを、自分から廃止した行為は、それだけでも私や常人には出来ないことで尊敬に値する。
明治天皇には何人かの側室がおり、大正天皇も一条美子皇后ではなく柳原愛子権典侍の腹でした。大正天皇は九条節子皇后以外に妃を取りませんでしたが、依然として宮中には大量の妃予備軍の独身女性で構成される奥が存在していました。
先帝陛下は摂政官時代の大正はこれを全て廃止して女官の資格も未亡人や既婚女性も可とし、しかも住み込みが原則であったのを通勤も可としました。
そのため東宮の宮の女官は半数ほどが中年の既婚女性や未亡人で構成されました。さらに御所言葉も廃止して宮中で普通の言葉が使用されるようになりました。この制度は大正天皇の宮の方では旧制度が維持されておりましたので異動になった女官が戸惑うケースもあったそうです。
http://www.users.bigpond.com/n_sorrento/janews/200201.htm 
http://www.ffortune.net/social/people/nihon-today/showa-tenno.htm 
昭和天皇が、明治天皇より乃木将軍や多くの明治の人徳にあふれる教師達の講義をうけ帝王学を伝授され、西洋近代の立憲君主制を学び、常に立憲君主制の君主として行動してきたことから、当然の改革かもしれないが、昭和天皇の人物を評価する上で参考になりませんか?
現在の皇室にも先帝の意思は受け継がれている。現在の皇室は、国民監視のなか、一生自分の自由を犠牲にして、人生を国に捧げる行為をしています。こういった現在の皇室のあり方も、道義的責任にこだわるならば、先帝の道義的贖罪行為の延長線上にあると考えられませんでしょうか。

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