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Re: 私見
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投稿者 2000/12/31 日時 2004 年 4 月 29 日 13:23:27:wRpfKSXeKrtxU
 

(回答先: Re: 答えになってるかしら? 投稿者 鼻曲がり 日時 2004 年 4 月 29 日 09:27:41)

鼻曲りさん 初めまして

議論繋がりで私的見解を述べさせてください。
私は以前白亜さんとのやり取りの中で、今議題に挙がっているテーマについては
軽く触れたに過ぎませんでした。それは白亜さんのレスに対する私のレスを
満遍なくカバーすることに力点を置いたからです。
しかしながら、突き詰めると少なくともこのスレッドの中の「調和人さんと
白亜さんとの議論」から出発した論点は、「善(愛)と悪」に集約されるようです。
私は「無神論者」であり、「神」という概念は「自己の価値基準や言動に
確固たる信念を持ち合わせない=つまり真に自立し得ない人間に必要な絶対的
存在」として作り出されたものと、自然の摂理の中に畏怖の念から生じた
「絶対的な力(自分にはとてもかなわないもの)」と考えられるものに大別され、
どちらも「超越的存在」を「脳の中で」拵えることにより、拠り所を求めたいという
人間の本質的な弱さが齎した「必要悪」であると考えております。
前者は「一神教」、社会・文化・民族的背景に適応した異なる「絶対的存在」が
誕生しました。後者は「多神教もしくは自然崇拝=ガイア思想」、古代日本人や
ネイティブアメリカン等に見られたものであり、一部は受け継がれていますが
「4大一神教」の歪な普及により埋没した感があります。
いずれにせよ、私が上記において「神という概念」を「必要悪」と言及したのには
理由があります。私の述べてきた自己認識としての「覚醒」に由来します。
そもそも人は「弱い存在」です。何故なら「自分または周囲に起こるネガティブな
事象」に対して極めて「耐性」がない。それこそ「困ったときの神様頼み」でしょう。
「都合が悪いときだけ」自ら正面から対峙することなく何かに依存しようとします。
人類はこの意識レベルから全くもって脱却していません。しからば私はどうか?
以前に申し上げた通り「自分に起こるあらゆる事象」を「謙虚に、前向きに」
受け止めることができるようになりました。何故そう言い切れるのか疑問の方が
多いかと存じます。当然トリガーがありました。それは「究極の深い深い絶望感」と
それから這い上がることが「心の持ち方」一つで可能になったという事実です。
「究極の深い深い絶望感」とは「四肢を捥がれるより辛い状況」と形容しておきます。
それ以上の具体的言及はあらぬ誤解を招きかねないため控えさせて下さい。
とにかく「そうなったら多くの人が自ら死を選んでも何らおかしくない」状況でした。
それまでの私は所謂世間的には順風満帆の人生を歩んできました。プライドが高く、
負けず嫌いな点を「馬鹿を計算しながら演じる」ことで覆い隠してきました。
協調性は重んじながらもいつも主役でないと気が済まなかったですし(そういう
キャラではありますが)、自己の見解がいかに正当なものかをおしつけがましく
アピールしていた気がします。正に「プチ米国」とでもいうべきあり姿が私の
スタンスでした。ある仕事をきっかけに、私は「自分の無力さ」を痛感し、
「もがき苦しみ」「どん底の状態」に陥りました。そこで「できない自分」
「認めたくない今の自分」を素直に謙虚に受け止めることができた途端、
事態は好転しました。今まで味わったことのなかった「私と反対の人の立場・感情」
とはこういうものかと「実感・体感」することにより私は「覚醒」したのです。
双方の立場、両極を見極めバランスを保つことがいかに重要かということです。
そして「謙虚さから来る思いやり」の大切さ、「どん底の状態」を「どん底」と
思わない「心の持ちよう」です。
この実体験から来る「意識レベルの変容」に基づき、これまで一貫した見解を
述べさせていただきました。人類全員がこうした「自己意識改革」が可能であるとは
思っておりません。が少なくとも私という個人はそれを果たしたという自負が
あります。よって白亜さんが疑問視される「そんなことがあり得るか」に対しては
「あり得る」という回答になります。
話題に上っている「性善説と性悪説」についても述べさせてください。
人が生まれながらにして善悪という「概念・価値観」を持ち合わせているはずが
ありません。そもそも「善悪」のバロメーターに『絶対』はありません。
究極が「食人」を「悪」としない文化でしょう。『一夫多妻・多夫多妻制』等の
価値観もどう説明されますか?「日本人的道徳基準及び法的規制からすれば悪であり
犯罪ですが、それが当然の価値観もまた並存しています。
善悪等の所謂「倫理道徳基準」は「環境・躾」によってしか左右されません。
また「遺伝子的性格傾向」としてそれに順応しやすいか否かであるということが
あたかも性悪説にこじつけられている気が致します。全員が弱いものいじめをしますか?
結論として申し上げたいのは、「宗教」「神」という概念は、根源的は「人間の弱さ」が
齎した「依存対象」としての「行動・価値規範体系」であり、それが時として為政上の

集団凝集性を保つ手段になっているということです。よって「首尾一貫した自分」を
自覚する人間には全く必要がないどころか、「人間をできそこないであるという
前提であれしたらダメダメダメのオンパレード」なのですから大きなお世話です。
そして、「性善説・性悪説」もバランスを欠いた根拠のない主張です。
「個々の異なる社会秩序・文化」の下で普遍的に善悪を語ることは不毛であり、
どちらの視点に立っても、社会はその視点道理に形成されていないことが
雄弁に物語っているでしょう。大局的には「悪い方向」に向かっていると思われますが
いい人もいて悪い人もいる。これが普遍的現実です。
こうした議論の応酬は観念的・哲学的なものになってくると思われます。
つまるところ「皆正しい」に収斂されます。
よって、個人的にはこの辺でよろしいかと存じます。

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