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TOKYO少女(3)
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投稿者 ねこ 日時 2004 年 10 月 04 日 23:58:34:9Uw8PbWd453oQ
 

(回答先: TOKYO少女(2) 投稿者 ねこ 日時 2004 年 10 月 04 日 00:43:45)

674 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/04 23:20:35
7日朝。
重く辛い。自室のベッドから這い出ることができたのは奇跡的だった。
またいつものように白いシャツに手をとおして、ネクタイを締める毎日のはじまり。
体温計を見ると39度ちょい。
最悪のスタートだ。
家でもめるのは勘弁だったから、何事もないように玄関を開け
見慣れた商店街を抜け、駅へと向かう。
すれちがう女子高生の群れ。姫様といくらも違わない年の女の子たち。
ほんのちょっと人生のネジの調整が狂っただけで
あの女子高生たちのようには笑うことのできなくなった姫様。
ぼくはポケットの小銭を自販機に投げ入れて、てきとうなボタンを小突く。
出てくるのはお決まりの、どれを選んでも大差ない味の缶コーヒー。
ぼくはひょんなことから、ふつうとは違う、スペシャルな女の子に出会った。
名はリカであり、恵子であり、姫様。
かつ、そのどれとも違うぼくの見知らぬ女性。
ときどき踏切の遮断機が閉じられ、車輪のついたでかい鉄の箱がいくつもとおり過ぎてゆく。
都心へ向かう人間専用コンテナ。
その毎日の旅路は合計すると、きっと月よりも遠い。
ぼくはその旅路の途中で姫様を見つけた。
姫様は線路の脇を徒歩ですすむ難民だった。
色褪せたぬいぐるみが唯一の連れ。
小石につまずいただけで、終わってしまいそうな危なげな旅。
その連れはいまぼくの黒皮の四角い鞄の中にいて、
持ち主の暖かい手のひらへ帰ることを切望している。
自分の居場所は姫様のごちゃごちゃのバッグの中だと確信している。
昨夜、忽然と消えていなくなった姫様。
なんでぼくの手元にクマを残したんだろうな。
漠然とした考えが浮かんでは消えるけど、熱に溶けて頭からこぼれ落ちる。
そのうち電車がホームに滑りこんできて、ぼくは女子高生といっしょに押しこまれる。
軽量ステンレスとポリカーボネイトの無機質な筒。
その内側では、ぼくは自分のふりをしながら呼吸する別の何かだ。
ネクタイモードにきっちり合わせることができる自分を、ぼくは誇らしく思ってるけど
オタの冷ややかな視線を堂々と受け止めることができない。
ひょっとすると、憐れんでもらうのはぼくの方なのかもな。
変化を嫌って生きてきたぼく。
置き去りにされたとき、ぼくはクマを握ったまま泣くことしかできなかった。
あの夏の姫様のように。
あの冬、弟に置き去りにされた姫様のように。


675 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/04 23:21:26
出社して同僚と手のひらを合わせるようにして叩き合い
明けおめと挨拶して
デスクに座ってPCを起動する。
たった1週間ほど前にも、ぼくはここにいた。
あの日を大昔のように感じる。
たしか姫様からの営業メールが届いた日だった。
年末にひとつ面倒があり、晦日から日付が新年へと変わるまで
同僚達と粘ったその痕跡がTFTに表示される。
素晴らしい仕事ぶりじゃないか。
誰しも仕事の精密な歯車になることは難しい。その困難さの履歴だ、これは。
ぼくは指の先で更新されたドキュメントを追い
背後に立った背の高い男と含み笑いを交わした。
なんの問題もなかった。
ぼくらの努力は報われて、万事は順調。
そんなわけでぼくは帰ることに決めた。
なにがなんでも、すぐに電車に乗り、暖かい自室のベッドで眠ると決めた。
信頼できる同僚のアドレス宛に、そのいいわけを書いた短いメールを送信したときだったかな
ケータイが震えて、メールを受信した。

 >クマ返せ〜
 >電話しなさいってメモしたでしょ

姫様からだった。
胸に生暖かい鼓動が一拍あって、それは鳥肌をともなって四肢の先まで広がった。
続けてもう一通。

 >ただいまデート美少女無料キャンペーン中!
 >1分以内にレスくれたヒロくんには、美少女添い寝の特典付き!
 >会いたいよ〜。ヒロぉ

30秒ジャストでレスした。
会いたいとだけレスしてから、場所を追伸した。
美少女って微妙な表記には触れなかった。
フロッピィのこともあるし。


676 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/04 23:22:15
自宅最寄り駅のカフェ。
改札を通過する乗降客が見渡せる席に姫様はいた。
ぎこちなく手を振るぼく。
彼女は急いでやって来て、ぼくの額に手を当てると困ったような顔をした。
熱があるね。ぜんぜんよくなってない。と言った。
彼女はスーパーに寄ってから行くと言い、タクを捕まえてぼくを押しこんだ。
風邪もここまでひどいと、歩くことさえつらい。
彼女はその日、フロッピィのことはひと言も口にしなかった。
ぼくはというと、気まずさを感じながらもやはり口にはできなかった。
そうしたとたん、彼女の触れてはいけない何かが溢れる気がしたからだ。
ぼくの知らない何か。だけどとてつもなく厄介だということは、なんとなく分かった。
彼女自身、おとぎ話の最初の滑りだしをどうやって扱うか
もてあましているようにも見えたからだ。
どうしたことか罪の意識はあまり感じられなかった。
もしかすると、ぼくは彼女の口から事の真相の一部始終を
聴きたいと考えているのかもしれなかった。
目黒で過ごした夜の底に転がった、なめらかな彼女の背中。
ぼくはバッグの中身から逃げるように、彼女の細くて華奢な腕を求めた。
あの夜からぼくはほんとうは知っていた。うすうす勘づいていた。
あの中身はぼくには重すぎるんだってこと。
そして彼女にとっても。
でも、ぼくはそいつをブートしてしまった。
どこかでカチリと音がして、不可視のサーボモータが静かに作動をはじめ、長い夜を巻き取ってゆく。
もちろん停止スイッチなんてない。
夜が巻き取られて消えてなくなってしまうまで機械の動作は続く。
そのときぼくはどこで何をやってるんだろうな。
少なくとも姫様はぼくの側にはいない気がした。
頭が痛かった。熱はひどくなる一方だった。
タクが見覚えのある郊外型ショッピングモールの入り口で小さく旋回して震えて止まる。
姫様はぼくのためにレモンと蜂蜜と
それから何か細々とした雑貨を紙袋に詰めて戻ってきた。
それからショートケーキの小箱。
この前手ぶらだったから。と彼女は言った。
ぼくは鞄からクマを取りだして両手で支え、ぺこりとお辞儀させた。
彼女の気遣いには、ちゃんとお礼しなきゃいけない。
彼女はクマの頭を見て笑った。
新しい帽子。ペプシのキャップ。
クマはちょっとした帽子コレクターになりつつある。

今日書いてるときに流れていた曲
シャルロットマーティン/Charlotte Martin 「on your shore」

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