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超巨大カルト、バチカン研究(7)「世界統一神権国家」への道のり(B)シヨンからオプス・デイへ
http://www.asyura2.com/0502/cult1/msg/819.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2005 年 7 月 04 日 04:46:34: SO0fHq1bYvRzo

超巨大カルト、バチカン研究(7)「世界統一神権国家」への道のり(B)シヨンからオプス・デイへ


前回は「シヨン運動」という、特に日本ではほとんど知られていない事実についてその一端を見てきました。この「シヨン」が、第2次世界大戦後のバチカンの変質と米国=バチカン枢軸による世界改造にとって、いかに重大な意味を持つものであるのか、は今回と次回で明らかになるでしょう。

今までの「超巨大カルト、バチカン研究」シリーズの一覧はこの投稿の最後に載せます。


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超巨大カルト、バチカン研究:(7)「世界統一神権国家」への道のり
(B)シヨンからオプス・デイへ


●マルク・サンニエの正体は?

パリの名物の一つに「ヴァンヴの蚤の市」がある。残念ながら私はまだこれに行ったことは無い。下のサイトには次のような説明がある。
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http://www.fleur-de-coeur.com/paris/report/flea/flea13.html
『パリからの便り 蚤の市レポート』(日本語)
【引用開始】

『また、左手には小さな花屋さんと小さなカフェ(地図中の赤1)が並んであるはずです。そのまま数十メートルも進めば蚤の市の入り口(Marc Sangnier通り)に到着です。』
【引用終り】
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ここでこの通りの名前になっているMarc Sangnierをご覧になって、ハッとした方がおられるだろうか。前回の『超巨大カルト、バチカン研究:(6)「世界統一神権国家」への道のり(A)シヨン運動について』で、シヨン運動の創設者の名前をマルク・サンニエ(Marc Sangnier)とご紹介したはずである。

マルク・サンニエはフランスでは相当に有名な人物で、キリスト教民主主義者の国会議員を務め、フランスのユース・ホステルの創始者でもあった。(ユース・ホステルは20世紀初頭にドイツで始まったが、サンニエはそれをフランスに導入し世界的なものにした功労者の一人である。)

前回お知らせした通り、サンニエのシヨン運動はピオ(ピウス)10世によって禁止され、サンニエはそれにおとなしく従った。その後のサンニエの足取りをたどってみたい。

資料は”Gene@Star : Famous Genealogies on the Web”から”Sangnier, Marc”のページである。(原文:英語)
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http://www.geneastar.org/en/bio.php3?choix=sangnier

【翻訳、引用開始】
マルク・サンニエ

1873年3月3日にパリで、カトリックの中産階級の家庭に生まれる。1894年に彼はキリスト教民主主義と社会理論を土台に、カトリック改革運動「ル・シヨン(畦溝)」を起こした。工業学校(エコール・ポリテクニク)の卒業生である彼は、1898年に軍隊を離れた後、社会運動に没頭した。ル・シヨンの成功にも関わらず、彼は第1次世界大戦の前には国会議員選挙で2度の失敗をした。1910年にローマ教皇はキリスト教社会運動と社会革命を結びつけるものとしてル・シヨンを非難した。サンニエはこの非難を受け入れこの運動を解消した。1912年に彼は政治組織である青年共和主義連盟(Ligue de la Jeune République)を結成し、キリスト教民主主義思想の左翼を代表した。1919年にフランス議会に当選した。1930年にユース・ホステル運動を起こした。そして新聞「人民の目覚め(L'Eveil des Peuples)」を発行。彼は直接の政治運動を断念して1926年にInternationale Démocratique 【国際民主運動?:訳注】を作り、平和と民族差別反対の運動を起こした。1943年に逮捕され【ナチスによる:訳注】Fresnes刑務所に拘置された。解放後、彼はMPR(Mouvement républicain populaire)【民衆共和主義運動?:訳注】に加わり名誉総裁となった。そして二つの憲法議会と第1回国民議会に選出された。1950年5月28日に死亡。

【翻訳、引用、終り】
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マルク・サンニエは単なるカトリック教会内の運動家ではない。まず彼の動きをもう少し明らかにしよう。次の資料は『20世紀におけるカトリック反改革運動』(The Catholic COUNTER-REFORMATION IN THE XXth CENTURY)の一部である。

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http://www.crc-internet.org/april73.htm

【翻訳、引用開始】

これらのこと【フランス革命、自由、平等、友愛、社会主義、自然主義等:訳注】が、フランスのマルク・サンニエの有名な「ル・シヨン」運動の標題として出てきた。この組織は当時の中・上流階級の若者の熱狂を引き起こし、彼らは民主主義的キリスト教を熱心に要求した。そこでは、自由思想すら含めたあらゆる意見の人間による寛容な精神が、1789年【フランス革命:訳注】の純粋な福音【原文ではthe pure Gospel:訳注】の上に、偉大な自由と友愛の都市を設立するために呼び集められるはずのものであった。

【翻訳、引用、終り】
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「フランス革命の福音」というのも面白い表現だ。the Gospelのように定冠詞をつけて大文字で始めた場合に、決して比喩的な意味ではなく、まさに新約聖書の福音書を意味するものになる。

これは要するにブルジョアの運動に他ならない。次の資料にはその点がもっと明らかに描かれている。これはISRI(El Instituto Superior de Relaciones Internacionales:国際関係上級研究所:キューバ)のサイトから、「フランスにおける市民社会とカトリック教会」"LA SOCIEDAD CIVIL Y LA IGLESIACATÓLICA EN FRANCIA" というページの一部である。(原文:スペイン語)

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http://www.isri.cu/Paginas/Boletin/boletin_33.htm

【翻訳、引用開始】

しかしながらこのフランスでのカトリック運動の母胎は、むしろこの欧州の国での生活を特徴付ける数多くの政治的表現を噴出させるのである。雑誌ル・シヨンの出現でも同様である。その基本的な内容は、以後の歴史の中で引き続くこのカトリック社会集団の運動にこの雑誌の名称を与えたのである。
ル・シヨンは国内政治においては極めて国家主義的な性格に傾いていた。植民地主義の拡大が植民化されたキリスト教徒たちに物質的なそして精神的な福祉をもたらすものであると確信し、これを擁護していたのである。

【翻訳、引用、終り】
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彼の「貧しい労働者や農民を援助する」「自由・平等・友愛の民主主義」「生活協同組合運動」等々の本性がいかなるものか、このキューバの歴史研究は鋭く指摘する。要するに、「キリスト教によって世界の人間を救うために」情熱にあふれて植民地主義・帝国主義の尖兵となっていった歴史を追認するばかりか、それを「自由・平等・民主主義」などの新しい衣でくるんで強化するものに他ならない。

ただ、残念ながら現在の私は、マルク・サンニエが当時の他の諸勢力と具体的にいかなる関係を結んでいたのかに関する資料を見つけていない。シヨン運動についてのデータが余りにも少なく、またその研究も、一部の守旧派カトリックを除いて、世界中でほとんどなされていない状態である。彼の背後に何があって誰がこのシヨン運動を仕掛けたのか、は今のところ不明である。


●シヨンから第2バチカン公会議、そしてオプス・デイへ

注目すべき事実がある。第2バチカン公会議を開いた教皇ヨハネス23世がこのマルク・サンニエに心酔していたのだ。そしてこの第2公会議の申し子ヨハネ・パウロ2世は、2004年にフランスを訪れた際に、フランス革命の「自由・友愛・平等」の精神をキリスト教の精神的遺産として礼賛したのである。

(参照)
http://www.traditioninaction.org/HotTopics/a025htFrenchRev_Morella.htm
Can this story be right?

この公会議とシヨン運動の関係は次回に詳しく述べることとするが、第2次大戦後のバチカン内に数多くのシヨン支持者がいたことは紛れも無い事実であり、そしてそれがカトリック教会の外の勢力から強く支えられていた可能性が極めて高い。

ここで反バチカン・カトリック団体と思われるThe Daily Catholicのサイトから、「宗教間の対話の起源(The Origins of Interreligious Dialogue)」と題されるページの一部を見てみよう。

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http://www.dailycatholic.org/issue/2002Mar/mar19fcs.htm

【翻訳、引用開始】

社会主義者でありキリスト教民主主義者であるシヨン運動家と、労働者と僧侶の実験が共通して持っていたものは、神ではなく人間に栄光を帰する傾向であり、もし無神論でないとすれば実質的に不可知論である汎宗教であった。「もう一つの学校」によるこの世界の苦しみ、特に貧困の苦しみを和らげようとする、しばしば善意である試みは、決まって元々のキリスト教的情熱から堕落し、この世でのユートピア運動へと化していった。それは、ユダヤ主義とフリーメーソンリーを含む、多くの事柄の別名でもある。後にヨハネス23世から賞賛されるシヨンと、後のパウロ6世から高く持ち上げられるキリスト教民主主義、そして後のヨハネ・パウロ2世の資金源となる新興教団オプス・デイとの間にある共通点は、物質的な仕事の世界に心を砕くことであり、進歩であり、そして政治である。それはキリスト教的な粉飾を施したある種の世俗的なメシアニズムであったのだ。

【翻訳、引用、終り】
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上記の訳の中で「この世でのユートピア」は「地上の楽園」と訳すこともできるだろう。元々のキリスト教ではイエス・キリストが再臨した後に千年間続く「キリストの王国」まで待つしかなく、イエスの再臨によらない「この世でのユートピア」は「地上の王国」の理想化であり、反キリスト的な発想として糾弾されるはずのものだった。ユダヤ教でも本来なら神が遣わすメシアによって「地上の楽園」が作られ、人為的な「この世でのユートピア」建設は神に対する反逆以外の何物でもない。

ところで、ここでやっとオプス・デイの名が登場した。この教団の創始者であるホセ・マリア・エスクリバー・デ・バラゲー(1902〜1975:以下エスクリバーと表記する)がマルク・サンニエあるいはシヨン運動と直接に接触したという記録は、私は今のところ発見していない。しかしこのサンニエの思想とエスクリバーのそれには余りにも多くの共通点がある。彼が修行僧として過ごした時期に、カトリック内の「隠れシヨン」あるいはそれを支える外部の人間と接触した可能性は極めて高いと思われる。この教団が創設された1928年にはサンニエはフランスでキリスト教民主主義の政治家として活躍していたのだ。

ただエスクリバーは権威と地位と資産が大好きな人間であり、貧しい労働者に対する関心はほとんどなかったし、後のイエズス会「解放の神学派」がシヨンから引き継ぐことになる「社会主義的傾向」など全く見られない。

しかしオプス・デイは、その家父長的組織運営、この世での「仕事」を最重要視する世俗的メシアニズム、信教と良心の自由を基盤に置くエキュメニズムと世界統一宗教への傾向、特にユダヤ主義との接近など、シヨン運動の持つより資本主義的・帝国主義的な面を濃縮したようなもの、と言えよう。

シヨン運動の礼賛者であるヨハネス23世とパウロ6世が実現させた第2バチカン公会議の後で、この新興教団が一気にバチカンの権力を握り、その一方で「解放の神学」派が「野党」としてそれと対峙するようになった、という事実の裏に、19世紀末から20世紀中盤にかけてバチカンの外部からその乗っ取りをたくらんでいた勢力の存在を仮定した方が筋が通りそうだ。オプス・デイ誕生の秘密もその中で明らかにされるだろう。


●オプス・デイの思想とシヨン

ではここで、オプス・デイの思想的な内容の中から、明らかにシヨン運動から継承されたものと思えるものを取り上げてみよう。使用した資料は以下のものである。

http://academic1.plala.or.jp/seidomik/centenary/5.html
第二バチカン公会議の先駆者―ホセマリア・エスクリバー(アルバロ・デル・ポルティーリョ「UNA VIDA PARA DIOS」pp.69-87, 1992, RIALP:日本語訳)
http://immaculata.fc2web.com/library/sspxbbs/sspxbbs6.htm
FSSPX Japan 掲示板より 2002年 No.6:トマス小野田圭志 (聖ピオ十世司祭兄弟会 司祭):日本語
http://fsspxjapan.fc2web.com/ecu/sillon.html
シヨン運動について:聖ピオ十世司祭兄弟会:日本語
http://www.opuslibros.org/prensa/red_opus.htm
Opus Dei Libros:La red del Opus Dei en América Latina(ラテン・アメリカにおけるオプス・デイの支配網):スペイン語

エスクリバーの思想の中心は、@労働=仕事による人間の聖化、A自由(特に信教)の尊重と多元主義、B「良心の自由」の称揚、C教会内ヒエラルキーの否定(一般信徒と司祭の平等化)であろう。

【以下、★印は資料からの引用、◇印は私の解説の、それぞれ開始を表す。】

  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +

@「労働=仕事による人間の聖化」の根本となっているのは、第2代目の教団代表者アルバロ・デ・ポルティーリョによると、「キリスト教的なものと人間的なものに断絶はありえない」という精神である。これが彼らの「世俗的メシアニズム」の土台になっており、さらにこれはユダヤ教徒たちにも非常に受け入れやすいものであろう。

シヨン運動は次のように主張する。

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★『カトリシズムとはまず生活であって、宗教体験が我々のガイドである。キリストは証明されるというよりむしろ体験されるものである。』
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◇オプス・デイはこのシヨンの精神をさらに発展させた。エスクリバーはこう語る。

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★『われわれの超自然的生活は、労働に背を向けることによって確立できると考えている人は、真の召し出しを理解していないものである。われわれにとっては、労働は聖性追求の特別の手段であり、われわれの内的生活―――社会の中における観想生活―――は、われわれ各人の外的な労働の生活のなかに、その源泉と推進力がある。』
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◇ポルティーリョも次のように言う。

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★『エスクリバー・デ・バラゲル師は、人間の仕事とは聖化される現実、聖化すべき現実、聖化する力をもった現実であると、常に繰り返してきました。「オプス・デイ創立当初から絶えず教えてきたことですが、キリスト者は知的労働であれ肉体労働であれ、すべてのまっとうな仕事をできるだけ完全にやり遂げなければなりません。まず人間的な面での完全性(専門職における熟練した能力)、そしてキリスト教的な完全性(神の御旨を愛し、人々に仕える意向で果たすこと)が要求されます。このようにして完成された仕事は、たとえ慎ましく平凡なものであっても、現世の諸現実をキリスト教的に秩序づける、つまりその神的な面を表すのに貢献し、世の創造と贖いというすばらしいみわざのなかに取り上げられ組み入れられます。こうして仕事は恩寵のレベルに高められ、聖化され、神のみわざ、神の御働きとなるのです」。』
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◇残念ながら私はアルバロ・デル・ポルティーリョ「UNA VIDA PARA DIOS」の原文に出会っていないのだが、ここでいう「仕事」はスペイン語ではおそらくトラバホtrabajo、「労働」はラボルlaborであろう。trabajoは英語のworkに当たる職業や作業一般、laborは英語のlaborと似ており主に農作業などの肉体労働を指すのだが、ポルティーリョやエスクリバーが使っていたスペイン語では、この二つの単語には感覚的にそれほど大きな違いがあるわけではない。

エスクリバーは、シヨンの言う「生活」の中から特に「仕事」「労働」を強調して取り上げたわけだが、これについてOpus Dei Libroはヌエボ・ヘラルド紙(2002年11月11日)の記事を引用して次のように告げる。

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★『コロンビアのオプス・デイ会員であるセサル・マウリシオ・ベラスケスは、世界中にオプス・デイが急速に広まったことに関して「実を言うとオプス・デイは今の時代にあっているのです」と説明した。「なぜかというと現代の人間は実際に大きな虚しさを感じており、[オプス・デイを通して]自分の存在感を与えられることによりそれが癒されるのです。」ボゴタにあるサバナ大学新聞学部長であるベラスケスはこう主張した。

エスクリバーの哲学によると、人間は日常生活のすべての活動に聖化の道を求めなければならない。

「ある人はウォール・ストリートでの仕事を聖なるものにすることができます」とベラスケスは付け加えた。

ラテン・アメリカの様々な国の大統領、長官、大富豪の企業経営者たちが、協力関係と連帯関係を保ち、そして自ら熱心な活動家としてオプス・デイとつながっている。

ある者たちは、自由主義者や左翼に対する挑戦的な言葉を出しては議論や事件を巻き起こす傾向を共有している。他の者たちは仕事での疲れを知らないペースとその根気よさでよく知られている。』
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◇エスクリバーの言う「すべてのまっとうな仕事をできるだけ完全にやり遂げ」ることができる立場にあり、またその能力を持っているのは、まさに高学歴中産ブルジョア階級のエリートたちだろう。彼らはウォール・ストリートでラテン・アメリカやアフリカの経済を破壊する仕事でも、大規模国際企業の重役室で中南米の貧乏人からナケナシの富を絞り上げて大富豪をますます肥え太らす画策をしていても、テレビ局でCIAと手を組んでデタラメなプロパガンダを撒き散らしても、それを完璧に行うことによって、『自らを聖なるものとして完成させている』のである!

これが、シヨン運動が持っていた植民地主義的・帝国主義的・資本主義側面の完成形であることは明らかだ。オプス・デイ会員は、良心の呵責どころか、神による祝福を身にいっぱい浴びながら、ネオ・リベラル経済の世界的完成に精を出すことができる、というわけだ。この教義が南北アメリカと欧州でこの教団が勢力を拡大した最大の要因の一つであることに間違いは無かろう。「自分は神聖なことを行っている」という確信は、確かに人間のエネルギーを数倍にさせるものだろう。

  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +

次に、A「自由(特に信教)の尊重と多元主義」は前回も述べたが、聖ピオ十世司祭兄弟会のサイトから再度引用する。

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★『1907年2月、オルレアンでのシヨンの会議で、サンニエは彼の計画を明かします。それはプロテスタントや自由思想家たちも参加が可能なようにシヨンを大きくすることでした。自覚があろうと無かろうとキリスト教精神に基づいているすべての力を結集し、「精神的一致の新しいセンターを実現させる」ことでした。』
『また他方で、シヨニストたちは諸宗教合同の愛好会を作り、文明の改革のために働こうとしていました。』
『彼らは、現状における社会を解消し、あらゆるところから、すべての宗教、あるいは無宗教から、信仰のあるなしを問わず、彼らが互いに分裂させる所を、すなわち、彼らの宗教的、哲学的確信を忘れるという条件のもとに、そして彼らを一つに結ぶものを、すなわち、寛大な理想論と彼らが取ることの可能な道徳的力とを共通にもつという条件の元に、至る所からやって来た働き人をもって、カトリック教会のそのうえに、『正義と愛の国』をこの地上に確立しようと夢見ているのである。』
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◇エキュメニズム(キリスト教会一致主義)と他宗教との対話路線は、第2バチカン公会議でカトリック教会の正式な方針として打ち出されたが、オプス・デイは「我々がその先駆的な働きをしていた」と胸を張る。

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★『(エスクリバーは)とにかく良心の自由を濃やかな心で尊重する態度と、イエズス・キリストの唯一の教会への自己の忠誠とがあいまって、大勢の人々と直接的で、すこぶる効果的なエキュメニズムの仕事、人々を信仰へと導く使徒職に効果を上げていました。それも「エキュメニズム」という言葉がまだ通常の用語として教会内で使用されていなかった時の話です。』
『私はヨハネ23世聖下のまことに優しく父のような魅力に触れてこのように申し上げました。「教皇様、オプス・デイではカトリックであろうがなかろうが、常にすべての人のために場所があります。私は教皇様からエキュメニズムを学んだのではありません」。教皇様は感動して微笑んでおいででした。すでに1950年に聖座はオプス・デイがカトリックでない人やキリスト者でない人々を協力者として受け入れることを認めたのをご存じだったからです。』
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◇何と第2公会議の12年前である1950年には、バチカンはオプス・デイの活動のあり方を認めていたのである。つまりこの組織が持つ次のような部分である。

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★『その他、オプス・デイのメンバーではないけれど、祈りと寄付と仕事によって使徒職活動の助けをしている「協力者」が存在する。彼らもオプス・デイの霊的富に与っている。彼らはオプス・デイとは不可分の固有の会を構成している。協力者はカトリック信者でなくても、また、さらに、キリスト信者でなくてもよい。』
『これらの活動(「共同の使徒職活動」のこと)は、社会的地位、人種、宗教、イデオロギーに関係なく、すべての男性・女性に開放される』
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オプス・デイは1982年に、その傀儡であるヨハネ・パウロ2世から「属人区」(英語ではpersonal prelature:人格による管区長?)という意味不明の地位を与えられて、ローマ教会に正式に所属する団体となっている。

  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +

Bの「良心の自由の称揚」についても明白である。というのは、この「良心の自由」を基盤にして初めて「エキュメニズム」「他宗教との対話」が可能になるからである。シヨンにおいては次のようである。

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★『彼らはまず第一に人の良心を向上させることを通して労働者階級を再生しようとしているのだと公言しています。』
『シヨンによれば、人は照らされた良心、強い、独立した、自立の良心を獲得し、自ら主人とふるまい得、自分自身にしか従わず、最も重い責任さえも自らのみに帰することができるようになって初めて、人間という名にふさわしい人になるのだそうである。』
『まとめて言えば、シヨンの理論ないし幻想、また彼らが民衆の民主的な教育と称する教育が目指すところは次のようになります。すなわち各人の良心と市民としての責任感を最高度に高め、こうして経済的および政治的民主制ならびに正義、自由、平等、博愛の支配が生まれる、と言うのです。』
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◇一方オプス・デイでは、

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★『オプス・デイの精神の最大の特徴の一つは自由の尊重である。それはオプス・デイの代弁者たちがたびたび言及していることであり、創立者もそれをとくに強調した。自由を愛すると言うことは、オプス・デイに内在する世俗的精神構造に密接につながりをもっている。だから、職業的、政治的、社会的な全ての問題について、一人ひとりが社会のなかのそれぞれの場において、正しく養成された良心の声に従って行動しさえすればよいのであるが、そのさい、自分の行動や決断から生じた結果はすべて自分の責任として背負わなければならない。また、人間に関わりのあるすべてのものの多様性を尊重するだけでなく、実際的・積極的にそれを愛さねばならない。』
『このような機会には常に、エスクリバー師は「人々の良心の自由(思想・信仰の自由)」を尊重しました。ただし、師は、「勝手気まま・なんでもしてよい自由」という認めることのできない自由と常にはっきり区別していました。』
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◇一方で旧来のローマカトリックは次のような考えを明らかな誤謬として厳しく排斥していたのである。「全ての人は、良心と信教の自由に対する固有の権利がある。」「良心と信教の自由は、全ての正しく制定された社会において認められ、法制度化されるべきである。」

『超巨大カルト、バチカン研究:(1)第2バチカン公会議「カトリックの米国憲法化」』でも申し上げたが、この「良心と信教の自由」を初めて明文化して国家の保証を与えたのがアメリカ合衆国憲法である。そしてそれが、近代フリーメーソンによるカトリックに対する闘いであると同時に彼らの世界制覇の野望を表明するものであることも、また明らかだろう。

  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +

Cの「教会内ヒエラルキーの否定(一般信徒と司祭の平等化)」についても今まで様々に申し上げてきたが、「すべての人間の平等」を唱えるシヨン運動での平等主義、および教会の神秘的解釈の破棄は明らかだろう。彼らは「人間の原理」を「神の原理」と、少なくとも同等に、あるいはそれより上に置いたわけだから。ただしシヨンは教会内の具体的な改革までは唱えなかった。それがオプス・デイでは次のように明確な形をとっている。

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★『信徒の使徒職とは単に位階制の使徒職に参加するだけのことではない。使徒職をする資格は信徒自身に備わっている。こう言うのは、信徒が教会法上の使命を受けたからではなく、信徒はすなわち教会だからである。彼らに固有なこの使命を、信徒は職業、仕事、家族、同僚、友人の間で行なうのである』
『ここへ来るとき、いつも言っているように、キリスト者であるあなたたちは司祭的魂を持っています。皆さんの信徒の兄弟も司祭的魂を持っています。皆さんはその司祭的魂を持って働かなければならない。そうすればオプス・デイの司祭が受けている神の恩寵と職位的(位階的)司祭職によって、私たちは効果的な仕事をすることができるでしょう』
『私たちが召されているこの聖性は皆に同じであって、司祭が信徒よりもより上であるとは言えない。信徒は二流のキリスト信者ではないからである。司祭においても信徒においても聖性とは、キリスト教的生活の完成、神との父子関係の充満にほかならないからである』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◇変な話だが、こういったものを読んでいると、文化大革命中の中国で「造反有理」とばかりに軍の中の階級制度を破壊していった毛沢東派の理屈を思い出してしまう。しかしこのオプス・デイと全く同じ発想で、第2バチカン公会議での教会改革が為されていくのである。

  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +


●こういった動きがやがてどのようなものに結実していくのだろうか。ピオ10世のシヨンに対する予言がこれを言い当てているように思える。

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★さらに悪いことには、仕事におけるこの雑多の入り交じりの結果は、この国際人的な社会行為の恩恵は、カトリックでも、プロテスタントでも、ユダヤでもないある一つの民主主義を生み出すほかないだろう。それは、カトリック教会よりももっと普遍的な、天主の国においてついに兄弟、友達となったすべての人々の集うある一つの宗教となるだろう。なぜなら、シヨニスムとは、その頭たちの言うところによると、一つの宗教なのであるからである。
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◇つまり「世界統一宗教」である。これは前回の『超巨大カルト、バチカン研究:(6)「世界統一神権国家」への道のり(A)シヨン運動について』でも書いたことだが、現在カトリックは、次のような道のりを歩んでいるように思える。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★ローマから離れることによって、私たちの聖職者はますますイギリス、ドイツ、スイス、ロシア、ギリシアの聖職者たちのように変わって行くでしょう。彼らは司祭から「牧師」「福音の僕」になり、ますますラビニスムに近づき、少しづつエルサレムへとあなたを導いてしまうでしょう。
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先ほど引用したThe Origins of Interreligious Dialogueの中から、次の部分をもう一度取り上げよう。

『後にヨハネス23世から賞賛されるシヨンと、後のパウロ6世から高く持ち上げられるキリスト教民主主義、そして後のヨハネ・パウロ2世の資金源となる新興教団オプス・デイとの間にある共通点は、物質的な仕事の世界に心を砕くことであり、進歩であり、そして政治である。それはキリスト教的な粉飾を施したある種の世俗的なメシアニズムであったのだ。』

彼らの「世界統一宗教」への道程は、必然的に政治的な世界統一、ワン・ワールド・オーダーへの道と重なってくるであろう。オプス・デイおよびバチカンのバックアップを受けたブッシュ(父)が「冷戦終了」を受けてこの概念を大きく打ち出し、そしてその息子のブッシュがシオニスト=ネオコンに先導され狂信的プロテスタントに後押しされて『キリスト教的な粉飾を施したある種の世俗的なメシアニズム』への道を具体的に作り始めたわけである。ただしこの際にはローマは茶番劇で「善玉」を披露してくれたが。

私の『米国指導部にとって、カトリック、プロテスタント、ユダヤ教はすでに「一つ」ではないのか?』という観測は、「表面だけを見ての単なるヤマカン」ではないのだ。100年以上かけて筋道を通して展開してきたことの必然的な帰結を申し上げているのである。


次回は、『「世界統一神権国家」への道のり(C)シヨンから第2公会議へ』と題して、シヨン運動とヨハネス23世、そしてバチカン第2公会議をつなぐ重要な筋道について検討してみることにしよう。


【今までの『超巨大カルト、バチカン研究』シリーズ一覧】
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http://www.asyura2.com/0502/cult1/msg/282.html
超巨大カルト、バチカン研究:(1)第2バチカン公会議「カトリックの米国憲法化」
http://www.asyura2.com/0502/cult1/msg/299.html
超巨大カルト、バチカン研究:(2)第2バチカン公会議「カトリックのユダヤ化」
http://www.asyura2.com/0502/cult1/msg/351.html
超巨大カルト、バチカン研究:(3)ユダヤ人教皇ヨハネ・パウロ2世?
http://www.asyura2.com/0502/cult1/msg/377.html
超巨大カルト、バチカン研究:(4)「ユダヤ教カトリック支部」?
http://www.asyura2.com/0502/cult1/msg/444.html
超巨大カルト、バチカン研究:(5)「米国・バチカン同盟」の軌跡とオプス・デイ
http://www.asyura2.com/0502/cult1/msg/789.html
超巨大カルト、バチカン研究:(6)「世界統一神権国家」への道のり(A)シヨン運動について
(参照)
http://www.asyura2.com/0502/cult1/msg/389.html
米国指導部にとって、カトリック、プロテスタント、ユダヤ教はすでに「一つ」ではないのか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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