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競争馬は引退したら乗馬になる
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/413.html
投稿者 中川隆 日時 2010 年 9 月 25 日 21:28:23: 3bF/xW6Ehzs4I
 

(回答先: 伝説のツインターボ _ その時、馬に神が宿った 投稿者 中川隆 日時 2010 年 9 月 02 日 22:08:19)


1 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/01/19(土) 09:02:21 ID:EfOKVZcW0

そういうことにしましょう

2 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/01/19(土) 09:03:53 ID:fngcXPmG0

そう思っていた時期が私にもありました


35 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/01/20(日) 00:46:37 ID:Gnqiuq6k0

世の中には知らないほうが幸せなことがあるんだよ
http://mimizun.com/log/2ch/keiba/1200700941/


週刊競馬ブックなどの雑誌の抹消馬コーナーなどで乗馬となっている馬の一部は実際には屠殺業者に卸されています。

乗馬用として使用された馬も行く末は同じです。

また、繁殖牝馬も仔出しが悪くなったり、成績の振るわないものは用途変更(食用)となります。

運良く成績や血統が良く種牡馬になれた馬も成績次第では同じ末路です。

最近の例ではセイウンスカイの父シェリフズスターの話が有名ですね。

輸入種牡馬である当馬は日本にやってきて成績が振るわなかったため用途変更となってしまいました。

その後セイウンスカイの活躍によってこの事は少し話題になったのですがJRAは行方不明として取り扱い、結局事実は雲の中という見解でしたが、真実は周知の通りです。


7、8年くらい前に報道番組の特集でやってたんですが、内容は、「乗馬」になる馬が食肉用になっているというものでした。

種牡馬や繁殖牝馬は行き先がある程度はっきりしてるので足取りも追えますが、乗馬は、業者が引き取ればその後はJRAも関知していないようです。

「食肉用」と発表するのは余りにも生々しいのですべて「乗馬」として扱われてるのでしょうね。
http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa48167.html

9 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2010/08/17(火) 23:42:46 ID:Jiw3sY6H

JRA、NARの記事では絶対に馬肉、食肉なんて言葉は出てこないよな。
全て乗馬

164 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2008/07/06(日) 10:01:56 ID:7Of4xzH0

農耕馬や乗馬になったから一安心してるやつって阿呆だな。屠殺へのワンクッションに過ぎないのに。

166 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。[sage]:2008/07/15(火) 12:00:01 ID:CNHwtj6z
>>164
サラブレッドを農耕馬とか嘘臭すぎだよなw
http://www.unkar.org/read/hobby11.2ch.net/uma/1199723917


89 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/01/09(水) 19:28:12 ID:WgKiK6Gt0

乗馬になっても死ぬまで乗馬じゃないことは分かっているよね?

乗用馬になっても大半は途中で必要なくなるので殺されるよ

最後まで生きれるのは1%未満 それ以外は人の都合により殺されてしまう


104 :もう我慢できないです:2006/11/17(金) 09:21:36 ID:B9Rc0m5R0

競走馬のほとんどが食肉になります。

引退後、一部の馬以外が乗馬となります。

乗馬と言うのは、暗黙の了解で食肉行きと言う事です。

だから厩舎関係者は行き先は聞きません。

年間一万頭近く生まれるのに、種馬や肌馬になれるのはその世代で極一部です。

単純に毎年何千頭もの馬がだぶつく計算になります。

所詮競走馬は経済動物です。

飼育するだけでも、多額の費用がかかるし、毎年引退していく莫大な数の馬を、引退後に余生を暮らさせる程の施設も日本にはありえません。
http://mimizun.com/log/2ch/news/news20.2ch.net/news/kako/1163/11636/1163664400.dat


サラブレッドの9割が殺処分され食肉になる現実。

安楽死ではない(食用だから薬は打てない)。


四つ足をしばり眉間に杭を打ち動けないようにして

電気ショック → 馬用ミキサー。

悶絶死。


馬は賢いのでどれだけの恐怖を味わうのか。

それでも毎年15000頭乱繁殖
http://twitter.com/JOY_SEVEN/status/14528052101


馬の屠殺現場
http://www.youtube.com/watch?v=88w1EsqBXJs&feature=related
http://saisyoku.com/vtr_horse.htm

恐ろしい最後の数分間

PETAの調査員は、日本最大の馬の屠殺場である熊本食肉センター内部でビデオを撮影した。

サラブレッドは屠殺の直前に水をかけられ、屠殺室にいれられる。

作業者は金属棒で足を殴って、馬を屠殺の位置につかせる。

恐怖で混乱した馬はパニックになり、端綱を抜けて逃げようとするが、すぐに捕まり、数分後にボルトショット(電気銃?)を頭に打ち込まれて殺される。
http://ikeda45.air-nifty.com/blog/2009/12/post-9ab5.html


45 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。[]:2008/02/12(火) 23:42:18 ID:xodS7zLc

馬は屠殺馬に送られてもおとなしく最後の時を待っているらしい。

これから起こることを理解していないのか、さもなくば悟りきっているのか・・・

彼らにとっては怖い思い辛い思いをするよりもひと思いにやってもらったほうがどれだけ幸せか・・・

天寿を全うするとか、死後に埋葬して供養してもらうとかいうのは人間の感覚

サラブレッドに生まれてきた以上、精一杯生き、苦しまずに死ぬのが最高の生涯だと思う。


105 :JRA:2008/01/09(水) 20:16:19 ID:aX62JzOLO

トラックの観音が開いた時に泣く馬がかなりいますね。

涙浮かべるのもいます。

わかるんでしょうね。



131 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/01/09(水) 20:42:44 ID:iajXquqlO

馬の屠殺見たことあるけど

なんか、どの馬もソワソワしたり、物凄く怯えたりしてたな

屠殺される瞬間に ものすごい嘶きをしたりする馬を見てなんか、残酷だなって思った。。

でもよく考えると俺も肉を平気で食う 偽善者なんだよな〜牛肉なんか食う分際で馬がかわいそうなんて思う 俺もどうかしてるよなって思った


329 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2008/01/12(土) 14:53:39 ID:BYnkpE0P0

普通の人はトサツ場なんて行かないから知らんだろうが、軽く行って見とかなきゃなんて考えない方が良い。

トラウマとかそんなんじゃなくね。色んな意味でキツイぜ?

見たほうがいいと言えば良いか。


上空に舞うカラス、凄まじい死臭。

悲しみか恐怖の嘶き。


直ぐに目に入るのはクレーンに吊るされ綺麗に皮を剥がれたピンクの肉塊。

バラされたサラブレッドは薄い肉が骨に付いてるだけ。

不思議と血はあまりなかった。

解体されコンテナにブチ込まれる肉と骨の山。

さらに何処かに輸送され加工されるんだろう。

もう既に元の形のないそれには感情も起こらなかった。

それよりも異臭。強烈な異臭だった。

あの光景と臭いは一生忘れられない。忘れられるわけがない。


当然、馬の死体を運んだ以上、殺してるわけなんだが。

安楽死は優しいね。

だんだんゆっくり死ぬ。トサツ場には送れないが。

牧場で働いてる兄ちゃんや姉ちゃんにだって、んなことやってるの知らない奴は一杯。 http://www.unkar.org/read/mamono.2ch.net/keiba/1199837635/1264821453/


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1. 誰も傷つかない"陰のシステム"とは?

ケンタッキーダービー馬を屠殺 _ 米を激怒させた日本生産界の常識


 一流の成績を残したサラブレッドが、引退後に種牡馬としても成功するか予測することは難しい。

今や種牡馬事業を独占している社台ファームでさえ、ノーザンテースト以前は失敗を重ねつづけたのは有名な話だ。

馬を探し、高額な代金を払い、シンジケートを組織し、種牡馬を繋養するのは、競馬そのものより遥かにギャンブル性が高い。

それでも、日本の生産者たちがこぞって海外から種牡馬を輸入しつづけるのは、一発当てたときの莫大な利益のせいだ。


サンデーサイレンス、ブライアンズタイムといったトップサイヤーを手にすることは、GTを何勝もする馬を持つより何十倍の旨味があるのだ。


 94年に来日したファーディナンドも、そうした期待がかけられた一頭だった。

ファーディナンドは86年のケンタッキーダービーを圧勝、87年にはBCクラシックを制して年度代表馬にも選出されている。

フロリダダービー馬のブルインザヘザーを出したことなどが評価され95年に輸入された。

しかし、日本で目立った産駒を出すことはできなかった。

中央では66頭が出走したが、勝ち馬は11頭。

合計の勝利数は12勝というから、走っても未勝利を脱出するのがやっとの惨憺たる成績だったようだ。


 ファーディナンドに再び注目が注がれたのは今年の7月。

全米に「ファーディナンドが日本で食肉処分された」とのニュースが大きく報じられたからだ。

事実、ファーディナンドは去年9月に種牡馬登録を抹消され、行方不明になっていた。

もちろん、500キロもあるサラブレッドが蒸発するはずもなく、牧場から直接ではないにしろ、恣意的に繋養先を転々とさせられた後、名前も消されて屠殺場へと送られるのは珍しいことではない。

むしろ、そうすることで誰も傷つくことなく、不要になったサラブレッドを処分する確固としたシステムが構築されているのだ。

ファーディナンドもこの"陰のシステム"のベルトコンベアーに乗せられたにすぎない。

"陰のシステム"を白日の元に晒すことなど、JRAも競馬マスコミもできるはずがない。
http://homepage3.nifty.com/baji/cl/cl030818.htm

ダービー馬ファーディナンドの死 最後は屠殺場か?(アメリカ)

(ブラッドホース誌 編集長 レイ・ポーリック)

 ダービー馬ファーディナンド(Ferdinand)は死亡していた。

 1986年のケンタッキーダービーに勝った後、1987年のブリダーズカップ・クラシックで、1987年ダービー馬アリシーバ(Alysheba)を降して優勝し、1987年の年度代表馬に輝いた名馬である。

 最近、ブラッドホース誌(The Blood-Horse)は、ニジンスキーU産駒の大柄な栗毛馬が2002年中に死亡していたことを知った。

しかも、同馬が最後を迎えた場所は、日本のどこかの屠殺場であった。

 ファーディナンドの日本における種牡馬成績は芳しくなかった。

 詳細は、ブラッドホース誌7月26日号のバーバラ・バイア記者の独占記事に譲るが、そもそもバイア記者がファーディナンドの消息を突き止めようとしたきっかけは、ファーディナンドの生産者であり馬主でもあったハワード・ケック家の家族が、同馬を最初の供用地である米国に戻そうとして居場所を捜していることを知ったからである。

 ファーディナンドは、29戦8勝、収得賞金は3,777,978ドル(約4億5,300万円)で史上第5位になった時点で引退した。

 同馬は、チャーリー・ウィッティンガム調教師に初めてのダービー制覇を、ビル・シューメーカー騎手には騎手生活最後のダービー制覇をもたらした。

 ファーディナンドは、競走馬引退後、出生地のケンタッキー州パリスのクレイボーンファームで種牡馬入りした。

 最初の種付料は3万ドル(約360万円)だったが、産駒数も少なく活躍馬も殆んど出なかった。

 ファーディナンドは、日本の生産者がアメリカやヨーロッパの種牡馬の買い付けに積極的になっていた1994年の秋、日本のジェイエス社に売却され、その後1995年から2000年までの6年間、北海道のアロースタッドで供用された。

 ファーディナンドは初めのうち人気があった(初年度は牝馬77頭に種付)が、その後、年々先細りとなりアロースタッドでの最終年度にはわずか10頭しか種付しない状況になったため、オーナーは同馬を見限ることに決めた。

 アロースタッドは、最初、ファーディナンドを乗馬クラブに委ねようと方々に当たったが、その努力は実らなかった。

結局、同馬は門別の馬商ワタナベ・ヨシカズ氏に引き取られ、2001年2月にアロースタッドを去った。

 この間、ファーディナンドについて、アメリカのハワード・ケック家やクレイボーンファームに連絡しようとする試みはまったくなされなかった。

 ファーディナンドの行方を尋ね回った末、ワタナベ氏にたどりついたバイア記者に対し、ワタナベ氏は最初、「ファーディナンドは友人にプレゼントしました」と語った。

 バイア記者が更に詳しい情報を求めると、ワタナベ氏は、「ファーディナンドは去勢されて遠くの乗馬クラブに行きました」と語った。しかし、これは事実に反していた。

 記録によれば、ファーディナンドは2001年に6頭、2002年に2頭、種付している。
この両年中は、新冠のゴシマ牧場で供用されていた。

ファーディナンドがゴシマ牧場にいたことは、アロースタッドで同馬の世話をしていたスタッフが目撃している。

 最後に、バイア記者がワタナベ氏に対し、是非、ファーディナンドに会いたいというと、ワタナベ氏の話は次のように変わった。

 「実は、ファーディナンドはもうどこにもいません。ファーディナンドは昨年遅くに処分されました。」

 「ファーディナンドがたどった道は、日本に輸入された後、期待どおりの成績を上げられくなった場合に、殆んど全ての種牡馬がたどる道と同じです。

 競馬の人気が高く、世界最高の賞金と天文学的な売上のあるこの国では、ファーディナンドの運命は決して例外ではなく、むしろ原則なのです。」

 「これは本当に忌まわしいことです」とファーディナンドのニュースを聞いたクレイボーンファームのハンコック家の一員、デル・ハンコック氏は語った。

 「悲しいことです。しかし、我々にできることは、米国内でサラブレッドの屠殺を止めさせようとしているジョン・ハッチンガーの活動を支援することだけであり、それは日本に何の影響も与えないでしょう。

……ダービー馬がこんな目に遭うことなど、考えるだに恐ろしいことです。」

 バイア記者がファーディナンドの結末を知ろうとする過程で出会った人々の中にカイバザワ・トシハル氏がいた。

カイバザワ氏は、ファーディナンドがアロースタッドにいた時、厩務員として働いていた。

 彼は、このかつてのチャンピオン馬を評して次のように語った。

「ファーディナンドは非常にやさしい馬でした。牧草地で私が呼ぶと必ず寄ってきました。

 だれでも端綱をつけただけでこの馬を引くことができたはずです。
……ファーディナンドは、いつもすり寄ってきては頭を私に押しつけました。
あんなかわいい馬はめったにいませんでした。」

 「私はファーディナンドに対する仕打ちに怒っています」

とカイバザワ氏はいい、「それは冷酷です。あまりにもかわいそうです」と付け加えた。
〔Boodhorse Com. July 21 by Ray Paulick「Death of a Derby Winner: Slaughterhouse Likely Fate for Ferdinand」〕


 
ブラッドホース誌 編集長 レイ・ポーリック


 映画『シービスケット(Seabiscuit)』で、トム・スミス調教師が「どんな馬でも何かの役に立つ」と言っているが、私は、それがドッグフードになることを意味しているとは思わない。

 しかし、そのような事態が、日本において、1987年の年度代表馬ファーディナンドの身に、種牡馬として見切りをつけられた時に起こったようだ。

 ノーザンダンサーの孫で、1986年のケンタッキーダービー(G1)優勝馬ファーディナンドを、クレイボーンファームで生まれた時から見ているデル・ハンコックは、このニュースに率直な反応を見せた。

 怒りを込めた声で「それは忌まわしいことです」と言った。

 このことを聞いた時、真っ先に思い浮かぶ言葉は、「むかむかする」、「かなしい」という二つの言葉であり、率直に言って、ファーディナンドが役割の終った他の馬と一緒に屠殺場行きのトレーラーに乗せられたと言う事を聞いただけで気分が悪くなる。

 ファーディナンドは、米国で種牡馬として失敗し、期待されて日本に行ったが、日本でも種牡馬として失敗した。新しいオーナーは、ファーディナンドを商品のように扱った。

 ファーディナンドは名血の一頭である。有名な英国のチャンピオン馬ニジンスキーIIの産駒であり、チャーリー・ウィッティンガム調教師の最初のケンタッキーダービー勝馬である。

 また、ビル・シューメーカー騎手の最後のダービー勝馬である。その時のレースでは、レース前半でトラブルがあり、だめかと思われたが、最後の直線で埒沿いの開いたところを抜け出し観客をうならせた。

 シューメーカーは、ハリウッドパークで行われた1987年のブリダーズカップ・クラシック(G1)では、最後の直線でファーディナンドに狂ったようなすごい足を使わせ、アリシーバをかわして素晴らしい勝ち方をした。

 レースのリプレイを見ると、結果は疑いも無く正に鼻差であった。次の年はアリシーバがファーディナンドに2度勝ち、そしてブリーダーズカップ・クラッシックを勝ち、1988年の年度代表馬になった。

 ファーディナンドは、屠殺場で生涯を終えた最初のケンタッキーダービー馬であり年度代表馬であろう。おそらく何かの変化が起こらない限り、彼が最後とはならないだろう。

 米国での種牡馬成績が振るわず、海外に行った馬は何頭かいる。

 ニック・ジトー調教師の妻であるキム・ジトーは、1991年のダービー馬ストライクザゴールド(Strike the Gold)がディナーの皿に乗りそうだと言われた後、トルコからつれ戻そうと努力している。

 傑出した競走馬であり種牡馬であったエクセラー(Exceller)もヨーロッパで何年か前に同様な目にあった。

 しかし、我々がかつて愛した馬を処分する場合に、どのようにすべきかを日本人や他の人々に言うのは我々の役割ではなかろうか。

 ガラスの家に住んでいる人達は、あえて石を投げないのではないだろうか。

 屠殺はアメリカでも合法的である。そして、ファーディナンドが悪者の手に落ちなかったら、屠殺場で命を終えなかったという保証はなにもないのである。

 アメリカ人が別の社会の文化や法律を変えることができないことを知っているので、デル・ハンコックは、ファーディナンドの苦境について無力覚を感じている。

 彼女は、「今、この国でサラブレッドの屠殺をやめようというジョン・ヘッティンガーの努力を支えること以外には何もできません」と言っている。

〔Boodhorse Com. July 24 Opinions by Ray Paulick「Not in Vain」〕


 
私の主張 : ブラッドホース誌 主任編集員 ダン・リーブマン

ビジネス上の判断(Business Decision)

 米国で活躍した競走馬を種牡馬として外国に輸出する場合、そこにはいつも危険が待ち受けている。

 そんな危険があるのに、「なぜフォーティナイナー(Forty Niner)やストライクザゴールド( Strike the Gold)のような馬を、日本やトルコへ種牡馬として売ったのか」と誰もが聞く。

 馬を愛する人々、とりわけ生産や競馬との関わりの少ない人々からの抗議に接する度に、私は「競馬のもつ経済的な側面」を否応なく思い起こす。

 「競馬がビジネスである」ことを理解できない人もいれば、あえてそれを理解しようとしない人もいる。

 サラブレッドの生産者に馬を愛していない人は一人もいないことを、そのような人々に理解して欲しい。また、生産者は自分のビジネスを遂行しなければならない責任があることも理解して欲しい。

 ある生産者が種牡馬を買いたいという申し出を受けた時、その売却先がメリーランド州であるか、マレーシアであるかは、生産者にとって特に重要なことではない。

 一歳馬をセリ市場で売却する際、入札者がサラトガで出走させるのか、シンガポールで出走させるのかは、特に重要でないことと同様である。

 しかし、ケンタッキーダービー馬であるファーディナンドの悲運の結末を聞いて、私は、それは重要なことではないかと思うようになった。

 文化的な背景の違い、また、国土が狭いという要素も付け加えられるかもしれないが、日本ではごく一部の種牡馬だけが幸せな余生を送ることができるようだ。

それ以外は、種牡馬としての役割を終えると処分される。

 ファーディナンドの米国での所有者は日本人に売却することを決めた。

その何年も後に、同馬を処分することが決められた。

いずれの決定も「ビジネス上の判断」であった。


 引退した種牡馬に幸福な余生を送らせるには大きな経費がかかる。

米国ではケンタッキーダービー馬は尊敬に値するだろうが、それに比べて、日本における尊敬の度合いは小さい。

 まず、怒る前に次のことを考えて欲しい。

もし、日本のダービー馬が米国で種牡馬となっていたら、その経歴は特別なものとして扱われるだろうか。

 一方、米国では種牡馬に安楽な余生を送らせることが一般的に行われている。

 もし、ファーディナンドが日本に売られずに米国で種牡馬となっていれば、種牡馬として成功しなくても、その余生を牧場で優雅に過ごせたことだろう。

 だが、現実には、彼は屠殺されてその生涯を閉じた。

 競走馬を日本に売る馬主や生産者は、自分の売却する競走馬の待っている運命を知らないのか、それとも知りたいと思わないのかのいずれかであるが、現実は前者であろう。

 ここに一つの解決策がある。それは一つの短い文章で済むことである。

 競走馬の売買契約書に、誰でも挿入できる数カ条を盛り込むだけでいい。私自身は法律家ではないが、ここに一つの例文を示すことができる。

 「もし、購買者(乙)がこの馬(馬名:ファーディナンド、父:ニジンスキーU、母:バンジャルカ、母の父:ダブルジェイ、1983生まれ、ジョッキークラブ登録番号:83015829)を第三者に売却しようとする場合には、売主(甲)は最初にその申し出を受ける権利をもつ。その際、売主(甲)は米国への輸送費その他の諸経費全てを負担する。」

 この条文だけで十分である。

 勿論、法律家であれば誰でもこの条文を3〜4ページの正式な条文に書き換えることができる。それで差し支えない。

 ケンタッキーダービー馬ほど愛されている馬はいない。また、このレースは米国で最も重要な競走である。

 しかし、ここでは、ケンタッキーダービーの勝馬であるとか、偉大な種牡馬であるとかは重要ではない。最も重要なのは、いずれの馬も種牡馬として成功しなかったことを理由に処分されないということである。

 ここでの私の結論は、もし元の馬主が望むのであれば、自分の愛する馬を買い戻す権利を与えるべきというものである。

 アーサー・ハンコック氏とスターチ・ハンコック氏は、ガトーデルソル(Gato Del Sol)を自分の牧場へ買い戻した。ファーディナンドに関しては、元の所有者であるケック家の人々に彼を救いたいと考えるかどうかが尋ねられなかったことが残念である。

 実際に、ケック家の1人がファーディナンドを戻そうと思ったが、それは不幸にも少し遅すぎた。

 契約書上での簡単な一文があれば、彼の希望をかなえることができた。

 ファーディナンドは、クレイボーンファームで幸福な死を迎えられただろうし、もし病気になれば安楽死という方法もあったかも知れない。

 少なくとも、それは種牡馬としての価値がなくなった時ではなかったはずである。

 米国の馬主も生産者も今後とも競走馬を外国に売却していかなくてはならない。

 その際、重要なことは、必要な時、その馬を救済できるようにするため、事前の約束事をきちんとしておくことである。
http://www.jair.jrao.ne.jp/japan/newsprot/2003/body/0729.html


Animal Times 2009年秋号の記事より

カリスマティック号とウォー・エンブレム号がケンタッキー・ダービーで優勝したのはちょうど2,3年前のことだが、かつてあれほど愛された馬たちは今、遠く離れた日本にいる。

PETAの最新の覆面調査によると、彼らはいつペットフードにされてもおかしくない状況にある。


缶詰の中の「余生」


競馬業界で一生懸命に走ってくれた多くの馬には、屠殺場送りという恐ろしいご褒美が待っている。

長年の人間による使役や虐待の末、ほとんどの競走馬は、売却要求競馬(レース後に売却される)で安く売り飛ばされることになる。

馬主は、馬が金を稼げなくなると、商品のように馬を売買するのである。

馬たちは、「ミートマン」によって直接競馬場から回収される。

その数字はショッキングなものだ。

毎年、10万頭のアメリカの馬がぎゅうぎゅうづめのトラックでメキシコやカナダの屠殺場に輸送されるが、そのうちの12,000頭がサラブレッドの競走馬であった。

その他の馬は、競馬や繁殖用に出荷されるが、彼らも最終的にはドッグフードにされる。


「勝ち馬」でさえ負ける

人気馬だって身の安全は保証されない。

1986年のケンタッキー・ダービーの勝者、ファーディナンド(Ferdinand)は、日本の繁殖業者に売られた後、2002年に屠殺された。

覆面調査中、PETAは、ほかにも2頭のケンタッキー・ダービーの勝者、カリスマティックとウォー・エンブレムが現在、日本の繁殖場にいることを突き止めた。

2頭とも、ファーディナンドが屠殺された2002年に日本に送られている。

2頭の繁殖はあまりうまくいっていない。

種馬としての価値がなくなりつつあるので、まもなくファーディナンドと同じ運命をたどるかもしれない。

日本への切符は片道だけ

ファーディナンドの屠殺後、毎年2000頭以上のアメリカの競走馬が日本に送られている。

その多くはあまり有名ではない馬たちだ。

ほとんどは牝馬で、種雌馬となる。

繁殖用に使えなくなった後、アメリカに送り返されるのはいるかいないかである。

日本の競走馬の90%は引退後、屠殺場送りになる。

去年日本で殺された馬は全種合わせて2万頭で、その目的の大半はペットフード用か食肉用である。


大量繁殖が生み出す悲惨さ

日本に数多くある繁殖場の1つ、社台スタリオンステーションでは、毎年、33頭の種馬たちが4800頭の雌馬を受胎させており、北米では年間5万頭以上のサラブレッドを生産している。

日本とアメリカの繁殖業界のせいで、馬の数が過剰に膨れ上がり、不要になった「余剰」競走馬が屠殺場送りになるという状況に直接つながっている。

増えすぎた犬猫の数をストップさせる最良の解決策が去勢プログラムであるように、屠殺場送りになる馬の数を減らすには、繁殖を緊急に規制する必要がある。

馬に希望はあるか?

アメリカの競馬業界は深刻な低迷状態にある。

去年、エイト・ベルズがケンタッキー・ダービーで死んだことで、一般市民の怒りが高まった結果、議会聴聞会が開かれ、福祉改革が急速に進むこととなった。

競馬の観客は大幅に減り、レース日をキャンセルしたり、完全に閉鎖されたりした競馬場も多い。

 しかし、日本では他のどの国よりも、より多くの賭け金が競馬に投じられている。

アメリカのサラブレッドの輸出が日本の競馬会に火を注いでいる。

これをやめさせるには、あなたの助けが必要だ。

あなたにできること〜日本への馬の輸出をストップさせよう


・National Thoroughbred Racing Association(NTRA) に投稿して、日本への馬の輸出をすぐにやめるように働きかけ、競走馬の大量生産をストップさせるための規制を設けるように依頼しよう。

・競馬の観戦をやめることで、競馬業界をささえるのをやめよう。

・この記事を他の人にも紹介して、馬の置かれている状況を広く知らせる。
http://ikeda45.air-nifty.com/blog/2009/12/post-9ab5.html


輸入種牡馬の老後

海外では功労馬、名馬と呼ばれるような実績を持つ馬が日本に種牡馬として買われてくるようになって久しい。

だが、彼らの将来の保障は全くないのである。

今有るJRAの制度では日本で走ったことの無い仔は蚊帳の外である。

種牡馬として見切りをつけられた場合や歳を取って仕事が出来なくなった場合は用途変更と言う名目で肉にされる。

彼らは海外での栄光を背に日本に肉になりに来たようなものである。

JRAには幸いなことに彼らの栄光は海外でのことなので彼らの殆どは日本の競馬ファンには馴染みが薄い為、愛着が希薄である。

例えば、日本の名馬と言われる仔達が外国に種牡馬として売られていきもう要らないからと肉にされてしまったら皆さんはどんな気がするだろう。

かのナリタブライアンのような盛大な追悼式をしてもらえる程の人気のある馬がである。

それこそ、その国民に向かって「野蛮人」と抗議の声を上げるのではないだろうか。

日本の種牡馬とて安泰ではない。JRAの制度に該当する馬は別だが、それ以外は同じ様な運命である。

もし誰か引き取り手が有った場合でも預託先の確保が難しい。

殆どの養老牧場は牡馬お断りなのである。

セン馬か牝馬のみしか受け入れてくれない。

これは牡馬は気性の面で荒いので世話が大変なのと他の馬を傷つけたりすることを配慮したことらしい。

しかし、種牡馬を高齢により引退した馬には去勢は手後れとなってしまう。

若い頃は人々の人気を背負って頑張って走り、引退後は種牡馬として人間を儲けさす為に次々と種付けに励み、歳を取って気がつけば行き場がなくなっているのである.

今迄、人間に丁重に扱われ彼らとしても鼻高々で生きてきたはずである。

それが手のひらを返したように廃用の烙印を押され家さえ失うとは余りにも哀れである。
http://tokyo.cool.ne.jp/lucca/kyousouba-1.html

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2. 例えGl馬に成れても…


日本の競馬界においては、例えGl馬であっても幸福な死を迎えているわけではない。

種牡馬失格の烙印を押された後、観光用の馬車を引く使役馬として酷使され、熱射病で死んだとされる皐月賞馬ハードバージ、

やはり種牡馬として失敗し、その行方を知る者もないまま消えていった宝塚記念馬オサイチジョージのような例も、容易に見出すことができる。
http://www.retsuden.com/vol72-11a.html


1) ハマノパレード


http://www.youtube.com/watch?v=t0dd0MPo4Gk
http://www.youtube.com/watch?v=e-V3HLYIF28&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=algdBFgduk8&feature=related


ハマノパレードは1973年の宝塚記念を制したが、その次走高松宮杯で骨折・予後不良となり、翌日屠殺されるという最期が物議を醸した。

宝塚記念に出走。得意の中距離戦ながら4番人気という評価だったが、スタートからハイペースで後続を引き離し、最後の直線では2番手につけたタイテエムに一瞬馬体を併せられるが、先頭で粘り切り、芝2200メートル2分12秒7の日本レコードタイムで優勝した。

続いてハマノパレードは高松宮杯に進んだ。

このレースでも1番人気の天皇賞馬・ベルワイドを相手に、宝塚記念と同様のレース運びで先頭を進んでいた。

しかし最後の直線に入り、2番手のタケデンバードを突き放し逃げ切り勝利を収めるかと思われた瞬間、ハマノパレードは前のめりに転倒した。

前脚を骨折しており、馬運車に収容されたその場で予後不良の診断が下る致命傷であった。

現在であれば予後不良の診断が下された馬は、薬物投与による安楽死の処置を執られることが原則となっているが、ハマノパレードにそうした対応は行われず、痛みでもがき苦しむ状態のまま食肉業者に売却され、翌朝になって屠殺された。

その馬肉が中京競馬場に近い名古屋地区の食肉市場に

「さくら肉『本日絞め』400キログラム」

という品目で売りに出されていたことが食肉業者の間で噂として拡がり、やがてこの事実がスポーツニッポンで記事として取り上げられ、大きな反響を呼んだ。


その後、時代の変遷に伴う動物愛護意識の浸透と共に、重度の故障を発症した競走馬については屠殺が原則的に行われなくなり、予後不良の診断が下ってその後の必要な諸手続きが完了次第、即刻薬殺されるシステムが整備されていった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%9E%E3%83%8E%E3%83%91%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%89


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2) ハードバージ  


この年の四歳クラシック戦線は最強との評価を得ていたマルゼンスキーが持ち込み馬であるためにクラシックには出走権がなく、前哨戦の勝ち馬がコロコロと変わる混戦状態を呈していた。

ハードバージは8番人気と低評価であった。

しかしテン乗り福永洋一騎手の天才的感覚で忍者のように直線のインを強襲、逃げるラッキールーラを捉えて優勝した。

福永騎手はその後落馬事故により騎手生命を絶たれるのだが、この皐月賞での騎乗は彼の最高の騎乗の一つに数えられている。

「(スピードが)速くて(仕上がりが)早い馬が勝つ」と言われる皐月賞にあって、未勝利脱出に7戦を要したのも珍しく、また毎日杯の勝ち馬が皐月賞に勝つのは史上初めてであり、その後も1999年のテイエムオペラオーまで待たねばならなかった。

 ダービーでは福永騎手が先約があったために、武邦彦騎手に乗り替り1番人気に支持された。

武騎手は巧みにハードバージを操り直線中ばで先頭に立った。

しかしながら二冠達成かと思わせた瞬間に失速しラッキールーラーにアタマ差差され雪辱された。

その後、屈腱炎が発症し復帰が試みられたが、結局ダービーから2年後に引退した。

 シンジケートが組まれ、1981年門別スタリオンセンターにて種牡馬生活に入ったハードバージは初年度48頭の種付けをこなす順調なスタート。

しかし期待していた程産駒は走らず、1986年シンジケートは解散し、種牡馬を引退。家畜業者に買い取られ、乗馬に用途変更された。

その後石狩乗馬クラブに引き取られ去勢された。

競走馬というのは闘争心が表に出てしまいやすく、乗馬としては扱いにくいといわれている。

だから引退後の競走馬が乗馬として余生を全うできる例は少ない。

こうしたそれなりに名の通った馬を預かるのは牧場なり乗馬クラブなりの善意の発露といえるものだろう。

しかし経済的な限界というのがある。仕方なく福井市に本社がある貿易九谷園に売却された。

ここでの生活は過酷を極めた。

観光用の馬車の曳き馬として、またある時は装身具込みで90キロもの人間を乗せてのアトラクションに出演と、およそ栄光の皐月賞馬の扱いではなかった。

やがて心身ともに疲れ果てたハードバージは同園乗馬クラブの牧場で他界した。

栄光の皐月賞から10年目、1987年7月のことで、死因は日射病だという。

 現在は旧八大競走及びジャパンカップの優勝馬は、繁殖や乗馬に従事しない場合、ファンに展示できる施設に繋養されていることを条件に、JRAより助成金を受け取れることになっている。

しかしハードバージの頃は制度はなかったので、過酷な運命を受け入れざるを得なかった。http://umayado.hp.infoseek.co.jp/uma/hard_berge.htm


流転の皐月賞馬皐月賞が近づくと思い出す新聞記事があります。

もう18年も前、昭和63年の菊花賞の行われる週の水曜日、11月2日付けの記事で、書き出しはこうです。

菊花賞で伏兵視されているセンシューオウカンには悲しき裏話が秘められている。

そして、センシューオウカンの父親である皐月賞馬ハードバージについて、こう続きます。

種牡馬失格のラク印を押されて流転の余生を送ったあげくに、昨夏福井県の牧場で死亡していたことが1日になって判明した。

本当に運命とは皮肉なもの。初めて中央のGTで走る産駒が出てきたというのに…。

ハードバージがデビューしたのは昭和51年の7月。

年内6走するも勝てず、初勝利は翌昭和52年の1月でした。

続く300万下の特別レースも5着に終わり、まったくの凡馬と思われていましたが、なんと10番人気で毎日杯を勝って皐月賞に出走。

内田騎手から天才・福永洋一騎手に乗り替わったものの、評価は低く8番人気でしたが、レースでは疾風のような追い込みを見せ、見事に牡馬三冠レースの一冠目を制したのでした。

続くダービーでは、福永騎手から職人・武邦彦騎手に乗り替わり、皐月賞2着のラッキールーラのアタマ差2着。

皐月賞がフロックでないことを証明しましたが、脚元の不安からそのまま引退し、北海道の門別スタリオンステーションで種牡馬生活に入ったのです。

しかし、最初の3年は43頭、48頭、37頭と交配相手に恵まれたものの、活躍する産駒が出なかったため評価は急激にダウン。

センシューオウカンの年には10頭足らずしか種付け相手もいなくなり、やがて見切りをつけられて乗用馬として石狩の乗馬クラブに譲渡されたのでした。

ライバルだったダービー馬ラッキールーラも、種牡馬として韓国に輸出されたあと行方が知れないと聞きます。

活躍した馬の余生にも注目が集まる今と違い、当時はGT馬ですらこの程度の扱い。

去勢手術を施されたハードバージのほうは、乗用馬としての適正も欠いていたようで、わずか3ヶ月で、またしても他人の手に渡ります。

次の所有者は福井県で観光業などを手がける会社。その乗馬センターに落ち着くことになりますが、この頃になるとハードバージが皐月賞馬であることは、すっかり忘れられていたようです。

しばらくして「世界古城博覧会」という滋賀県で行われたイベントに参加。

ジャッキー・べノンというフランス人が主催した中世の騎馬戦をあしらったホースショーに、8頭のうちの1頭として貸し出されたのです。

鎧を含めると90キロ近い人間を乗せてのアトラクション。13歳になっていたハードバージには、地獄のような3週間だったかも知れません。

イベントが終わり福井県に戻ったあと、急激に衰え、次第にカイ食いも細くなります。

やがて日射病にかかって、昭和62年7月、皐月賞馬ハードバージは静かに息を引き取ったのでした。

のちに『優駿の門』という漫画でも描かれたりして、競馬ファンの中には知っている人も多い話ですが、このハードバージの流転の物語を最初に紹介したのがサンケイスポーツの記事だったのです。

読み終えたときの衝撃と、行間に溢れる馬への愛情は忘れられません。


「腰の強かった馬でしたね。

まあ救いなのは、大往生だったこと。ホントに眠るようでした。

でも実は私は、死ぬ間際まで名馬だということを知りませんでした」。


最後に世話をしていた小林さんというお年寄りはポツリと語ってくれた。
http://blog.zaq.ne.jp/DeepImpact/article/58/


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3) サンエイサンキュー _ 岩崎喜好は人間の屑


1992年 第17回エリザベス女王杯 
http://www.youtube.com/watch?v=Lol6LmNYh4I

1992年有馬記念
http://www.youtube.com/watch?v=YJnw9zJ_tf4


メジロパーマー+レガシーワールドの大荒れワンツーで競馬場がどよめいた中、ゴールまでたどり着けず止まってしまった1頭の牝馬。

1992年の有馬記念を見ると、ものすごく心が痛みます・・・。


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平成元年,北海道・襟裳の地に,血統はマイナーで体つきは小さいけれど,出走するレースはどんなレースでも一生懸命,ひたむきに走る芦毛の牝馬が誕生しました。

 彼女は三栄牧場とお父さんのダイナサンキューから,サンエイサンキューと命名されました。

 その時彼女は,これから過酷な試練が待ち受けていることなど,知る由もなかった事でしょう……

 後に,サンエイサンキューの代名詞ともなってしまった「過酷・過密なローテーション」という言葉。

 その異様な出走過程は,デビュー戦からすでに始まっていました。

 前述したとおり血統もマイナーで体つきも細く,デビュー前はほとんど注目されていませんでした。

しかし後に“根性娘”と形容されたように生まれ持った類い希な勝負根性で,平成3年7月13日,札幌でのデビュー戦を4番人気ながら2着に食い込むと,折り返しの新馬戦を連闘で挑み,見事に勝ち上がります。

 ここまでなら良く聞くのですが,なんとサンエイサンキューはさらに3連闘でGV・札幌3歳ステークスに登録されたのです。

 連闘とは,レースに出た翌週,つまり1週の休みもなくまたレースに出走する事で,競走馬にかかる負担があまりにも大きい為,2連闘ですら現在ではほとんど見なくなったのですが,サンエイサンキューはデビューからいきなり3連闘という過酷な日程を強いられたのです。

 レースは大惨敗の13着。

デビューからの3連闘で,しかも初めての重賞挑戦。勝ち負けになろうはずがない事は,誰の目にも明らかでした。

 その後も連闘とはいかないまでも約1ヶ月に1回づつ,コンスタントにレースに出続け,6戦2勝でGT・阪神3歳牝馬ステークスを迎えます。

 後の桜花賞馬・ニシノフラワーやマイルCS馬・シンコウラブリイ等,強豪馬がかなり揃っていたレースで,サンエイサンキューはあわやの2着とその才能の片鱗を見せつけたのです。


 一躍クラシック候補生となったサンエイサンキュー。

 普通ならここまで7戦してきた疲れを癒し,来るべき春クラシックへの戦いに備えるべく休養を入れるのが普通です。

 しかしこの牝馬に休養は許されませんでした。

 翌年2月のクイーンカップ(GV)に出走し,見事優勝。晴れて重賞ウイナーの仲間入りをしたのも束の間,陣営はその直後に,あろう事か皐月賞トライアル「弥生賞」に出走したのです。

 「弥生賞」とは,皐月賞に向かう強豪牡馬が本番前の調整や優先出走権を得る為に集うレースで,これに牝馬が挑戦する事自体稀なのです。

しかしそんな強豪牡馬達の中に,何故か彼女の姿はありました。

 このレースへの出走は誰の目にも不可解だとうつったはずです。

そんな強豪牡馬の中,いつものように一生懸命走って6着と健闘したサンエイサンキュー。

 でも本番と言うべきGT・桜花賞ではその疲れからか精彩を欠き7着。

ところがそれから1ヶ月以上空いたオークスで彼女はまた輝きます。

オークス東京競馬場最後の直線,桜花賞馬・ニシノフラワーを振り切り,念願のGT制覇かと思われた最後の直線,外から良血馬・アドラーブルに差されくやしい2着。

 まともなローテーションなら,クラシックをも制覇できる実力がある事を身をもって証明して見せたのです。

 迎えた夏,激戦を終えたライバル馬達が次々と放牧に出される中,この牝馬だけはまたも休養を許されませんでした。

 疲労がピークに来ているだろうこの時期,皮肉にも彼女のベストレースと言うべき走りを披露。

古馬も混じった7月の札幌記念(GV)を快勝して見せました。

 その後も8月の函館記念(GV)8着,10月初旬のサファイヤステークス(GV)優勝とファンの心配をよそに,順調に勝鞍を増やしていきました。

 そして3歳(旧4歳)牝馬,秋の最大目標であるエリザベス女王杯(GT)に出走する事が決定しました。

 ところがなんと陣営はエリザベス女王杯前に前哨戦のローズステークスにも出走させたのです。

 この時サンエイサンキューはすでに重賞を3勝し,賞金を上積みしなくても間違いなくエリ女には出走出来るにもかかわらずです。明らかに賞金目当ての出走です。

 ローズステークスは結局2着。

 そんなこんなでついに迎えたエリザベス女王杯。

ここで1つの事件が起こります。

 きっかけはオークスから鞍上を任されていた田原騎手が記者に発した言葉でした。

  「こんな使い詰めの疲れ切った状態で勝ち負けしたら坊主になる(そのくらい馬の状態が悪い)」と。

 この発言にスポーツ新聞記者は飛びつき,翌日の新聞ではこのような見出しが踊りました。

「田原騎手爆弾発言!!2着に来たら坊主になる!」

 それを八百長発言だと大々的に報道したのです。

 これは田原騎手がサンエイサンキューの追い切り後,その疲労からあきらかに彼女が調子を落としている事に気づいた故の言葉だったのですが,この発言をサンスポのブンヤに面白おかしく書き換えられたのです。

 この後,この発言はサンエイサンキューの異常な疲労を知る上でとても重要な発言だった事が分かったのですが,当時はこの八百長発言という事が話題になった為その本当に重要な内容は世間には伝わりませんでした。

 馬主は怒り,田原騎手はこのレース限りで彼女を降ろされました。

 結局エリザベス女王杯は5着。

 最後の追い打ちとして,有馬記念出走が決まります。

それでも懸命に,彼女は走りました。第4コーナーまでは…

 有馬記念,中山競馬場最後の直線で,ついに,ついに彼女の脚はその尋常ならざる酷使に耐えかねて,はかなく砕け散ってしまったのです。


 メジロパーマーが逃げ切り勝ちを収め,勝利に酔いしれていたその傍らで,折れた脚を痛々しく引きずり,そのまま馬運車に乗せられる彼女の姿は,あまりにも悲しく,あまりにも切なく,未だ鮮明に記憶しています。

 こんな使い方をしていれば,いつかこういう状況になる事ぐらい分かっていたはずなのに。。。

 右とう側手根骨複骨折,通常なら間違いなく予後不良と診断される状態でした。

 ここで陣営は手術という途方もなく険しい道のりを選択したのです。

 手術回数は5回にも及び,一時はかなり良い状態まで回復した彼女,しかし…

 曲がったままになっていた脚を直す6度目の手術から5日後,まるでこれまでの扱いに悲鳴を上げるかのように心臓マヒを起こした彼女は,そのまま息を引き取ったのでした。

 実に1年7ヶ月にも及ぶ,長く苦しい闘病生活でした。

 その死を悼むファンはことのほか多く,ファン達の出資により,彼女のお墓が建立されました。

 デビューから死ぬまで闘い続けさせられ,そして散っていったサンエイサンキュー。

 根性娘と呼ばれ,一生懸命,ひたむきに最期まで走り続けたサンエイサンキュー。

 大勢の暖かいファンに見守られながら,彼女が今安らかである事を祈ります。
http://www.geocities.jp/phoenix_mmm/uma_meiba_saneithankyou.html

サンエイサンキュー


1989年4月7日北海道に生まれ、1994年10月21日北海道で死す

生涯成績 17戦5勝
獲得賞金 2億5895万5000円
父はダイナサンキュー、母はグロリーサクラ(母の父はシーホーク)の芦毛の牝馬。


彼女以上に頑張りやの馬を私は見たことがないからだ。


出走日   レース名     人気   着順   騎手

1991/7/13 3歳新馬      4    2   徳吉孝士
1991/7/20 3歳新馬      4    1   徳吉孝士
1991/7/28 札幌3歳(G3)    10   13  徳吉孝士


デビューから三連闘!何故、勝利の翌週にG3レースに出す必要があるのか?


1991/8/25 クローバー賞    7    7   徳吉孝士
1991/9/22 函館3歳S      12   2   東信二
1991/10/27 いちょうS     4    1   東信二
1991/12/1  阪神3歳牝馬(G1)  3    2   東信二
1992/2/2 クイーンC(G3)    1    1   東信二
1992/3/8  報知杯弥生賞(G2)  5    6   東信二
1992/4/12 桜花賞(G1)     2    7   東信二
1992/5/24 優駿牝馬(G1)    6    2   田原成貴
1992/7/5  札幌記念(G3)    4    1   田原成貴
1992/8/23 函館記念(G3)    1    8   田原成貴
1992/10/4 サファイヤS(G3)   1    1   田原成貴


この後、体調不良で、田原騎手は、ローズステークスエントリーを反対!


1992/10/25 ローズS(G2)    3    2   田原成貴


馬に負担をかけずに直線だけで2着になったことで、馬主が「まだまだ使える」と判断してしまったといわれる。

しかしこの後、サンキューは、さかんにトウ骨の痛みを訴え、田原は、サンキューの不調をところかまわずアピール。休ませろ、と。


1992/11/15 エリザベス女王杯(G1) 4   5   田原成貴


ここで休ませるはずだった。

当時は、サンキューにまたがると、トウ骨が軋む音が聞こえたほどであったにもかかわらず、最終的には有馬記念に向かうことに。

田原は我慢の限界を超え、

「こんな状態でG1に出して勝とうなんてことがあれば坊主になる。」

と宣言。馬主の怒りをかい、乗り代わりに。。。


1992/12/27 有馬記念(G1)    13   競走中止  加藤和宏


映像を見ると、直線でスタンドから響く悲鳴はサンキューの競走中止によるもの。


右トウ骨手根骨複骨折

そう、乗り運動の時に、ジョッキーや調教助手が聞いていた軋む音がしたトウ骨が砕けたのだ。


これだけで終わらなかった彼女の頑張り。

彼女は、この後、1994年10月まで、実に二年近く、生きた。

その姿を皆さんの記憶にしっかりととどめてほしい。

「あらぁ、お見舞いに来てくれたの〜。サンキュー、嬉しいよ!」

予後不良の骨折を、馬主の売名行為からギブスによる延命措置がとられた。
無邪気に笑顔を見せるサンキューの足の曲がり具合を見てほしい。


その後、故郷の牧場に戻って横たわるサンキュー。

この頃、もちろん自力では寝返りも打てないため、パートのおばさんたちが、よっこらしょー、と向きを変えてあげていたそうだ。


骨折すると、馬は、健康な足3本で負重をうけることなる。

前足二本で体重の55%以上を支えていると言われるため、前足の骨折は、とりわけ深刻だ。

仮に体重が500キロ、前足過重が60%とすると、健康な前足一本に常に300kgの過重を受けることになる。

実際には、ギブスをつけた脚でも支えることになると、両前足とも危険にさらされるのが、蹄葉炎。

これを克服する?つもりがあったかどうかは不明だが、馬主は、4度も手術を繰り返した。


最後の手術の理由は、「来シーズンから繁殖に使う」であったと私は記憶している。


「足が曲がっていると、男馬が乗れない、繁殖に支障をきたす。足をまっすぐにしたい。」


そういう記事を読んだ記憶があるし、実際に、この頃、サンキューを追って、牧場取材をしていた方は、「故郷の牧場に<サンキューグッズ販売店>を作ろうとしていた」と憤慨していた。

そのような馬主にあいそをつかしたサンキューは、度重なる手術からくる負担に耐えられなくなり、自らの心臓を破裂させることで、決別をしたのだろう。


サンキューの瞳を見て欲しい。

誰かを恨んでいる瞳だろうか?

サンキューの後ろ姿を見て欲しい。

何かをのろっているだろうか?

彼女は、最後まで人を信じ、人のために頑張り続けた。


きっと彼女の最後の言葉は、「もういいよ。終わりにしよう。」だったのだろうと思う。


私が、スピをひきとって生かそう、と思った背景には、多くの馬達の死がある。

サンキューのように、公衆に知られる死もあれば、人知れず闇に流された初代愛馬のような死もある。

彼らの屍の上に立つ、一握りのエリートの馬達が競馬界を支えている。

屍となった馬達にもっと敬意を払うべきだし、さらに言えば、今後もサンキューのようなケースがあったならば、トウ骨がきしむような馬をレースに出すべきではないし、
そういった体調不良の馬を出走させてしまう、いい加減な馬体検査を見直すべきだ。

死なずにすむ命が多数あったはずなのに、と悔しくてならない。
http://blogs.yahoo.co.jp/meiner_supremo/40130942.html


■エピソード1


『サンキューは。レースに行くとどこからでも競馬ができたし、騎手が動くと抜群の反応を見せていたから、頭が良かったのかな。
男勝りの気性で、度胸が良い馬だったし、物おじすることなんか無かったな。』

(菅野年美調教助手/星になった名馬たち:オークラ出版)

■エピソード2

『神経も太かったよ。
調教で馬場入りしたときも、悠然としてて、まるで女王様気取りで歩いてるんだ。

おかげで馬場入りしてから上がってくるまで1時間近くもかかるんだ。
普通の馬だとほんの20分ぐらいなんだけどねぇ。

1ハロン走るとあちこち眺めて、走っては止まりという感じやったね。
そのうえ、気が向かないと走ろうとしないし、そうかと思うと急にガーッと行ったり、ほんと難しかったな。

また、自分でカラダを作るようなとこもあったよ。
こっちの意図を無視して、今日はこれで終わりだと馬が自分で判断したなら、もう走ろうとしないところがあった。

そのかわり自身で納得できないようだと、もっと走ろうとさえしてたよ。』

(菅野年美調教助手/星になった名馬たち:オークラ出版)

■エピソード3

−エリザベス女王杯へ向けての調教中の彼女の状態は・・・

『調教で乗ってても、肩がおかしいし、トウ骨の部分を痛がってて、注射を打ったりしてたからね。

調子もはっきりと下り坂に向かっていた。』

(菅野年美調教助手/星になった名馬たち:オークラ出版)

■エピソード4

−オーナーが有馬記念も使うと言って、スタッフたちは・・・

『厩務員と2人で泣きながら『この馬もう終わりだぞ!』て話してたんだ。

涙出たよ。あまりにむごいことするってね。(・・・中略)


調子聞かれると『あー、もー絶好調!』とか返事して、満面に笑み浮かべてさ。

心の中では大泣きに泣いてたんだけどさ。

調教師とも、『これで終わりだな』って話してたんだ。

ケイコに乗ってもコツコツ、コツコツ、ってトウ骨のところがきしむ音してんだもん。

有馬は順位なんてもうどうでもいいから、ただ何とか無事に回ってきて欲しいとだけ願ってたよ。』

(菅野年美調教助手/星になった名馬たち:オークラ出版)


■エピソード6


飼葉を食べる時も前脚をかばって脚を浮かして食べていたこともあった。

(著者/黄金の母たち・小栗帽子:夏目書房)

■エピソード7


−闘病生活の間、夜飼い(夕食)は必ず7時。それには理由が・・・

一度だけ住吉さんが用事があり夜八時になってしまったことがあった。
するとサンキューは怒った声でけたたましく鳴いたからだ。

『待っていたんだなと思って、かわいそうで』

(三栄育成牧場 住吉さん・著者/黄金の母たち・小栗帽子:夏目書房)


■エピソード8

夜の飼葉を食べ終わると、サンキューはいつも住吉さんの膝の上に頭をのせてくつろいだ。

住吉さんはたて髪を子供をあやすようになでてやる。

またサンキューは住吉さんが帰るからバイバイネ、というと必ずウーンとうなってボロをした。

ボロを片づけるのに三〇分はかかる。

一人になるのがいやなので彼女はいつもこうした。

(著者/黄金の母たち・小栗帽子:夏目書房)


■エピソード9


−右前脚の腱を切って伸ばすという手術の後、住吉さんが見舞いにやってきて・・・

サンキューは住吉さんから青草とリンゴをもらいうれしそうに笑顔をむけていた。

(著者/黄金の母たち・小栗帽子:夏目書房)



■エピソード10


平成6年10月21日、朝、馬房の扉を開けると、彼女が首と内股に汗をかいていて 様子がおかしかったので獣医に連絡。

しかし獣医の到着を待たずサンキューは全身痙攣を起こし、息絶えた。

全く信じられない死であった。

サンキューは手術後片側だけでしか寝られなかったのが両側で寝返りも打てるようになっていたのだ。

−死後四時間後、住吉さんの待つ牧場へ帰宅。死因は心臓麻痺と伝えられている。

(著者/黄金の母たち・小栗帽子:夏目書房)

現在 北海道・門別町の三栄育成牧場に眠っています。


126 :名無しさん@お馬で人生アウト:03/05/28 01:39 ID:GxEvrIBF

有馬記念後の管理調教師・佐藤勝美師のコメント

『二度と巡り合えないほど、素晴らしい馬でした。

結果論から、使いすぎと言われることの責任は、すべて私にあります。

ただ、勝負の世界においては、さまざまなことを考えながらやっていかなくてはいけないので、何が最善で何が悪いのか、ということにおいては明言できない部分もあります。

いずれにしても、サンエイサンキューの勝負は終わりました。

一人の人間に戻ってあの馬のことを思うとき、ありがたかったが申し訳なかったなと、じんわりと感じる毎日です。』


大川啓次郎氏のコメント

『あの馬はね、コズんでコズんでどうしようもなかったんですよ。

調教でもコズみがひどくてね。なんであんなに走るのか、不思議なくらいでした。』

コズミとは筋肉細胞の炎症

競馬用語で「コズミ」とか「コズむ」ということは、筋肉細胞の炎症のことを指しています。

過度な運動などにより血液中の赤血球が増加し、血中濃度が高くなることによって循環障害が起こり、筋肉細胞に乳酸が溜まった状態です。

疲労の元とも言える乳酸が蓄積されると、柔軟さに欠けたゴツゴツとした動きになります。

コズミを治すには、休養が一番ですが、症状が重いと抹消血管のうっ血した血を針を刺して取り除く外科的治療が行われます。
http://mimizun.com/log/2ch/keiba/1053879995/


岩崎喜好は人間の屑


菅野によるとエリザベス女王杯の直前は疲労の蓄積によって体調に変調をきたし、トウ骨に痛みを訴えるようになったという(ちなみにそのことは田原も察知しており、サンエイサンキューの体調に関して歯に衣着せぬ言動をとっていた。

エリザベス女王杯の後、厩舎は休養を取らせるつもりだったが、岩崎は有馬記念への出走を決断。

当時のサンエイサンキューに騎乗するとトウ骨が軋む音が聞こえ、菅野と担当厩務員が「あまりにむごいことをする」と涙するほどであったという。

菅野は有馬記念を「何とか無事に回ってきて欲しい」と願ったものの、サンエイサンキューはレース中にトウ骨を骨折。

ちなみに岩崎は現在もなお、「競走馬はビジネス」と馬に愛護のない発言を続けている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC

34 :名無しさん@お馬で人生アウト:03/05/26 15:11 ID:kFKUSOvS

馬を労らない銭ゲバオーナー
厩舎に来ない老調教師
腐れきった厩舎スタッフ

70 :名無しさん@お馬で人生アウト:03/05/27 02:21 ID:p3NcXrL1

しかも400sそこそこの軽量馬だった
そこがまた悲しみを誘うんだよ

81 :名無しさん@お馬で人生アウト:03/05/27 04:28 ID:/HugFGKS

悪の枢軸の如く語られるオーナーや水戸に対し、唯一馬を守ろうとした正義漢が男田原。

114 :無職栗毛 ◆Ivmf5R7KJ. :03/05/27 20:59 ID:sdqWVccw

この馬もともとは東信二が乗ってたよね?

東信二はローテに口出しでタヴァラに乗り替わりになったとかいう話を聞いたことあるんだが

122 :名無しさん@お馬で人生アウト:03/05/28 01:05 ID:UCEf+d4D

サンキューに関しては東がローテに文句言ったら(このままじゃ壊れる)田原に乗り替わり。

田原がレースだしたら壊れるのでだすな、出たらオレは乗らないって言ったが田原をおろした。

161 :名無しさん@お馬で人生アウト:03/05/28 18:45 ID:J3mSiAZC

ちと頭の足りない馬主が元も子も失ったって話。珍しくもないな。

痩せて変な風に脚の曲がった当時のサンエイサンキューの写真を何かで見たな。

救い難い馬鹿もいるもんだと感じた。
http://mimizun.com/log/2ch/keiba/1053879995/


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4) G1勝ちくらいで天命をまっとうできると思ったら大間違い


107 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。[]:2008/03/25(火) 19:42:20 ID:iIV+7gA4

G1勝ちどころかケンタッキーダービーとBCクラシックを勝ったファーディナンドですら、いとも簡単に馬肉にされるのだから、たががG1勝ちくらいで天命をまっとうできると思ったら大間違いだよ!


257 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/12(金) 02:34:23 ID:lKS7gpv40

いやあ牡馬だと中途半端な活躍では種牡馬にもなれないし,なってもいい繁殖が集まらない.

乗馬になれればいいが,気性に難があるやつはそれも難しい.

結局用途変更で生死不明(≒肉)になるだけ.


短中距離馬であれば,種牡馬になり易いんだけどね.

あのウインガーでさえとりあえずは種牡馬になれた.

中長距離馬は敬遠される.

ポップロックもコスモバルクもデルタブルースもみんな引退後の道が無い馬ばかりなんだよ.

だから少しでも延命させるために,走らせるわけ.

258 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/12(金) 02:43:51 ID:LFhTtECi0

おれその辺は詳しく知らないんだが・・・そうなの!?

確かに金はかかるけど・・・種牡馬なりきれないG3クラスとかはみんな肉!?

269 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/12(金) 20:21:50 ID:M8c7V4OM0
>>258
ウィキペディアその他で、微妙な成績の種牡馬の没年を調べるとわかる。

「用途変更」とか「廃用」と書いてあるのはたいてい殺処分されてる。

上手く引き取り手がいた馬にはちゃんと「現在は乗馬」とか「○○牧場で功労馬として
余生を送っている」とか書かれている。

どんな馬にもファンはいるから生きてれば近況がわかるんだよ。
下の馬達はいずれも殺処分になったと思われる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%81%E3%82%AB%E3%83%8D%E3%82%A4%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%82%BA

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%AC%E3%83%BC


34 :ウンコマン ◆15BlPaSs8M [sage]:2008/01/09(水) 17:50:17 ID:ptvl0V+10

行方不明になった年度代表馬(多分肉)はシンザン以降ではヒカリデユール、カネミノブか。

コレヒデについては詳しく判らんな。

ま、売った方が悪いんだよな、基本的に。

事後が心配なら、売却先に、不要になった場合は真っ先に当方に連絡する事、と当初に約束すべき。

16 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/01/19(土) 10:17:38 ID:yhsm+WCU0

ステートジャガーはGI馬でありながら肉にされそうになっていた

2頭だけ子供がいてその1頭メルシーステージが重賞3連勝して種牡馬生活復活
したがその後結果が出せず肉になった


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3. 中年リストラ馬、「馬肉」寸前から快進撃

2010年8月16日9時26分配信 サンケイスポーツ


 北海道帯広市が主催する「ばんえい競馬」で15日、第4レース(10頭立て)に出走した13歳の牡馬「ゴールデンバージ」(山田厩舎・山田勇作調教師)が、2着に3・3秒差をつけ圧勝した。

人間の年齢に換算すると56歳という同馬は近年、レース成績が奮わず、1度は馬肉処理される寸前まで追い詰められていたが、異例の再登録を果たした7月の復帰戦で勝利して以降、この日で3戦2勝。関係者も驚きの快進撃を見せている。

 「行けっ!! 行けっ!!」。

1度はリストラされた高齢馬が、北海道帯広市の「ばんえい競馬」で激走。
おじさんたちの胸を熱くしている。

 この日も勝った。

単勝3・0倍の1番人気に推された第4レース。

ゴールデンバージは見事、ファンの期待に応えた。

道中2番手から最後は差し切って、2着に3・3秒差の圧勝。

同馬を管理する山田勇作調教師(65)も「これほどとはね。まだまだいけるよ」と手放しで喜んだ。

 ゴールデンバージは1997年生まれで、99年にデビュー。

現在13歳。人間の年齢なら56歳になるという。

デビュー当初は順調に勝ち星を重ねていたが、徐々に成績が落ち、2008年6月のレースを最後に事実上の“引退”。

09年10月には競走馬登録を抹消された。


 その後は道内各地の草競馬で走っていたが、ここでも成績は低迷。

サークル内に「もはや桜肉か…」の空気。

最悪はそういうコースをたどる馬肉処理のウワサが流れた。

 この絶体絶命の危機を救ったのが、かねてからゴールデンバージの素質を見抜いていた山田調教師だった。

親交のあった馬主に「安いから」と頼み込み、買ってもらったという。


 ここから奇跡が生まれる。

調教では「馬肉にされたらたまらん」と言わんばかりの走りで、若い馬を蹴散らした。

「本番ではどうか!?」。山田調教師は半信半疑だったが、7月2日の再登録後、検査も難なくパスし、同19日のレースで復帰。

なんとここで後続を約10秒引き離す離れ業で圧勝した。


 2年1カ月のブランクをものともせず、関係者も驚きのカムバックを果たしたゴールデンバージ。

2戦目は調教不足で5着に終わったが、復帰3戦目となったこの日、再び強烈な強さをみせつけた(通算成績は15日現在、207戦34勝)。


 「これまで本気じゃなかったのかね。65歳の私も元気をもらっています。

全国の中高年の皆さんも、がんばってください」(山田調教師)


 ハイセイコー、オグリキャップ、ハルウララらに続く地方競馬『新アイドル誕生』の予感だ。


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ばんえい競馬(中年の星・ゴールデンバージ)2010年7月19日&8月21日
http://www.youtube.com/watch?v=uawD_6Gyuc0


最近メディアに取り上げられている、噂のばんえい競馬所属の13歳ゴールデンバージで¬す。

1度は馬肉になりそうなところから奇跡的に復活して、復帰してからというものの凄まじ¬い脚で勝利をもぎ取っています。

この動画は7月19日の復帰戦と8月21日の復帰4戦目です。

13歳ながら頑張る姿に中年の星などと言われていますが、圧倒的な力で他馬をねじ伏せ¬るゴールデンバージの走りをご覧ください。(1レース目は5番で、2レース目は2番で¬す。)


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ばんえい競走馬になるには、能力検査と呼ばれる試験に合格しなければなりません。

この検査は約1200頭の登録馬から220〜230頭が合格できる狭き門で、不合格馬は故郷に帰るか、グルメファンの欲求を満たす食材として全国に配送されます。
http://www.banei-keiba.or.jp/baneiguide/whats_column.html

競馬雑誌の競走馬の異動欄には、現役を引退する馬の異動先が記されている。

地方競馬への移籍や種牡馬・繁殖入りの他に乗馬になる馬がいる。
それが全て乗馬になるわけではない。

それ以外にも「用途変更」という名称で姿を消す馬が相当数おり、その「用途」の中には食用もある。

実際に、廃止された上山競馬場や中津競馬場に在籍していた競走馬の末路は食肉処分だった。

また、北海道で行われているばんえい競馬では、競走に出るための能力試験(または能力検定ともいう。入厩馬に課せられる模擬競走、地方競馬のみの制度)を突破できなかったり、あるいは満足な競走成績が残せなかったりした競走馬が食肉向けに転用されており、公式サイトでも包み隠すことなくそのことが解説されている。

通常、平地競馬の能力試験は、一定の制限時間をクリアすれば良いため、力一杯走る必要がなく、「馬なり」で能試を走らせることもあるが、ばんえいの場合は能試の結果がいわば「生死を分ける」ため、実戦さながらに行われる。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E8%82%89

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4. 知られざる馬の運命

▽9割以上が

「これまで何百頭という馬と、つらい別れを繰り返してきた」。

三十年以上にわたり、サラブレッドの調教に当たる県地方競馬調騎会の菅原末治会長(65)は語る。

宇都宮競馬を引退する馬は年間約百二十頭。

このうち老齢や能力不足などの理由により、乗馬クラブに引き取られ、第二の生涯を歩むことができるのは、わずか十頭ほど。

九割以上はレース中のけがが致命傷となり、復帰できず処分される。

骨折した馬は放置しておけば、一晩で死んでしまう場合が多い。

このため、レースで故障した馬のほとんどは、その日のうちに食肉卸売業者に引き渡される。

「走れなくなった馬の行く末は馬主が決めることで、おれたちは口出しできないが…。

手塩にかけて育てた馬が殺される時は、やるせなくて、仕事も手に付かないさ」

一方、JRAでも年間数千頭に及ぶ馬が、殺処分され、食肉やペットフードの材料へと姿を変えている。


「ファンに知れるとイメージダウンになるので詳しい数字の公表は控えています」。

JRA関係者は打ち明けた。

「愛情もあるでしょうが、おおよそ馬主にとって、牛や豚と同じ経済動物なんです」

冷え込んだ二月下旬の早朝、菅原さんの厩舎(きゅうしゃ)内運動場で、ひづめが土をける音が鳴り響く。


「利口なもんでしょ」。

新聞を読む菅原さんの周囲を一頭の馬が円を描いてひたすら走り続けていた。


「人のために作られ、人のために生きて、人のために死んでいく。

それが競走馬だよ。

馬の肉?
 
うまいとは聞くけれど口にはできないね。

人の肉を食えってのと同じ。

自分らとともに生きた同志みたいなもんだからさ」
http://okapikeiba.blog69.fc2.com/blog-entry-103.html


勝ってナンボの競走馬の世界はとても厳しいようで、エサ代も稼げないような馬に用はなく、“リストラ”されても繁殖馬や乗馬として“再就職”できる確率はかなり低いのだ。

じゃあ、選にもれた馬がどうなるのかというと、みなさんご存知のとおり食用、つまり馬肉になっちゃうのだ。

ぼくは桜肉が大好きで、飲み屋で「馬刺し」の表示があると迷わず注文してしまう(安い飲み屋の馬刺しはあまり美味ではないので避けるけれど)。

とくに、甲府駅前にあるほうとうで有名な「小作」で食べた馬刺しは忘れられない味なのだ。

そんなある日、東京・新橋のオッサン系飲み屋で馬刺しを食べてると、競馬好きの友達が「オレ、馬肉ってダメなんだ」と告白しだした。

そいつ曰く、

「馬は頭のいい生き物で、例えば勝たなきゃいけないレースなんかを周りの雰囲気で感じ取るんだ。

食用になる馬もわかってるのかもしれない。

競走馬としての実績が挙げられなくなって引退した馬は、肉用処分されてしまう例が多い。


馬肉は桜のようなピンク色をしている所から「桜肉」とも呼ばれる馬肉。

その動物は競走馬として役目を終えた元サラブレットだったりする。

骨折したり、老化して走れなくなると屠殺され馬肉となる。

いくら活躍した馬でも稼げなくなった馬は維持費がかかるのみなので馬主の判断で肉にされる。

馬肉になると決められた馬は桜島へ送られる。

長い旅が終わると狭い暗い小屋に閉じ込められ、運動できない状態にし、高脂肪の餌を無制限に食べさせられる。

筋肉にはサシがはいり、こうして人間の味覚の欲求のみを追及した馬肉にする。

●ファンに知れるとイメージダウンになるので詳しい数字の公表は控えています」。

JRA関係者は打ち明けた。


「愛情もあるでしょうが、おおよそ馬主にとって、牛や豚と同じ経済動物なんです


●説明を聞きながら、

「JRAを去る馬たちには全て行き場があるじゃないか、じゃあ冗談で『馬刺しになる』と言う人がいるけど、あれは全て噂なのか?」

とデ−タの信憑性を疑いはじめました

JRAは、登録を抹消された馬のその後を追いかけるようなことはしません。

要するに、この数字は書類上のものなのです。

●ある競馬関係者は、匿名でということで、

「馬主や調教師も罪悪感を持っている。そんなこと絶対口を割らない」


と話してくれました。
http://veganism.exblog.jp/2848377/


競走馬の引退後


サラブレッドの競走馬としての寿命は非常に短く2、3歳からレースに出るようになり、牝馬なら繁殖のため5歳くらいで引退してしまいます。

牡馬も同じく5,6歳で引退してしまうサラブレッドが多いです。

しかし、引退後幸せな余生を過ごせるのは、ほんの一握りのサラブレッドだけなのです。

例えば三歳未勝利馬(三歳でのレースで一度も勝つことが出来ないでいるサラブレッド)などは、その年の10月末までに1勝も出来なければ、もう中央競馬では出られるレースがないため、障害レースをさせるか地方競馬に移籍するかなど先を考えなければいけません。

しかし、実際にはほとんどの馬が三歳で引退した後、処分されてしまいます。

処分=動物園などの食用となります。

サラブレッドは走るために生産され、走ることが出来なくなると処分されてしまうのです。

人間の勝手で作られ、人間の勝手で殺されていくことに疑問を持った人たちが、引退後の馬の牧場を作ったり、寄付を集めたりしているそうですが、未だほとんどのサラブレッドが処分されています。
http://www.webhackerz.com/thoroughbred/03.html


日本でも偉大な成績を上げたサラブレッドは競馬ファンから大きな尊敬を受け、競馬関係者にとっては歴史的価値をもちます。

そのようなサラブレッドのオーナー達は余生の世話をし、馬達が安心して暮らしていける様に努力しています。

ここで問題なのは、一流の競争成績を上げられなかった、あるいは種牡馬として期待はずれに終わってしまった馬の余生があまりにも悲惨だということです。


「サラブレッドは血統が全てであり、種を伝えていけない馬は淘汰される。」


というのは良く解るのですが、だからと言っていとも簡単に処分していいという事の理由にはなっていないのではないでしょうか。

日本のサラブレッド生産は海外とは少し違っていて、「売れる馬」をつくろうとする傾向が強いこともその要因ではないでしょうか。

生産者達は流行の血統を付けることに必死になっている様に思われます。

ということは、自然、生産に占める種付け料は大きなウェートを占めることになり、馬の生産コストは大きな額となります。

そうした馬達が全て売れるわけで無く、また、不況の影響もあって安い値段に買い叩かれてしまうのが現状です。

300万の種付けで生産した馬が100万でも売れないということは珍しいことではありません。。

特に小規模牧場の状況は非常に苦しい。

生産すればするほど自らの生活を苦しくしていく。

そのような小規模牧場の生産馬に馬の余生をどうにかしろと言ってみたところで無理な話なのです。

オーナーとしてもそのような牧場に愛馬を預けることもできず、結局処分してしまうことになるのでしょう。

日本にも余生の世話をしてくれる牧場があることはありますが、そこもすぐに飽和状態になるでしょう。

つまり、この問題の大きな原因は、強い馬をつくろうとしない事、生産過多なこと、活躍すべきレース数が少なすぎる事、輸出されないこと、馬を受け入れてくれる環境が少なすぎること、生産を伴わない馬主が多すぎることではないでしょうか。


昨年、今年とクラシックを勝った馬の母系は日本に根付いた血統でした。

マイナー血統と言われている種牡馬達をもっと大事にすべきではないでしょうか。

スーパークリークやナイスネイチャのような血統こそ今の日本には必要ではないかと思います。

我慢強さとか踏ん張りといった能力は彼らのような種牡馬からこそ伝わると思うのですが。


外国の状況に少し触れてみましょう。

アメリカでは1年に約3万5000頭のサラブレッドが生まれ、そのうちの70%が少なくとも1度公式のレースに出走します。

が、日本では1年に約1万頭のサラブレッドが生まれ、その中で中央で登録される馬約3500頭、地方で登録されるもの約4000頭です。

アメリカでは170の競馬場があり、レース数は6万5000レースもあります。
一方、日本では中央のレース数は3200余りしかなく、地方を加えてやっと2万6000レースです。

ちなみにイギリスでは1年に5500頭余りのサラブレッドが生まれ、レース数は3800レース。

フランスでは4000頭に対して4300レース。
オーストラリアでは1万7000頭に対して23000レースあります。

競馬場の数もイギリス59、フランス266、オーストラリア404で十分環境が整っていると思われます。

生産牧場の数も日本とは桁が違うほどあり、競争を終えた馬、繁殖から引退した牝馬、登録をされなかった馬などの世話や処分は生産者、オーナーの責任で行われます。


「Breeding For Racing」にはこう書かれています。


「繁殖牝馬としてまったくだめになってしまった場合、良い落ち着き先を見つけてやるか、安楽死させるかする。

これは、パブリックオークションに出して不幸な運命のもとに追いやるよりも、ずっと思いやりのあることだ。

勿論、手放す馬達の全員に安全で幸福な落ち着き先を見つけてやることは不可能だが、それでも、1頭の牝馬を不幸な運命のもとに追いやるのと、彼女を安楽死させることによって財政的損失をこうむることとの間で、なるべく望ましい方法を見つけるべく、私達にできることは少なくない」

「ときには、パブリックオークションよりもいくぶん安い価格ながら、再売却しないという条件つきで売れる場合もある。 私達は過去に二度、この方法をとる機会に恵まれた。」

「年をとった牝馬や能力的にだめだという牝馬は安楽死させるのが最善である。
結局のところ十把一からげで買われて食肉にされるのがおちだからだ。」

「生産者にとって大きな働きをしてくれた牝馬は引退させ、死ぬまで心地よく過ごすことができるようにすべきである。」

「ラパイヴァ(名馬ブリガディアジェラードの母)は19歳で繁殖生活を引退させたが、それから数年間我々はできるだけのことをしてやった。

引退したラパイヴァは実際の年齢の半分くらいに見えるようになり、離乳期の当歳や2歳馬の素晴らしい保母となり、出産の経験のない牝馬や不妊の牝馬達の良い仲間となった。

素晴らしい繁殖牝馬が年老いてなお出産をつづけ、疲れきり、地面に膝を落とし、その表情に歳月の色を濃くにじませている…

こんな光景は見ていてとてもつらいものだ。」


これは、イギリス人のサラブレッドに対する考え方を代表していると思われます。

サラブレッドは決してペットではありません。

農耕馬や愛玩用の馬とは分けて考える必要があります。

このことは、世界では常識なんだよ、とイギリス人は私達に言っているような気がします。
http://www.aurora.dti.ne.jp/~otef16v/horse_race/Horse%20Racing/file_Shobn.htm


なぜこんなにも屠殺される馬が多いのか


以前、ある地方競馬の関係者(Sさんとします)と話した際、わたしは以前から疑問に思っていたあることを聞いてみようと思った。

「競走馬の馬主は、どうして、馬が引退したとき譲渡先を見つける努力もろくにしないうちに、屠殺場へ送る人が多いのか」と。

競走馬が引退となったとき、その馬のその後を握っているのは他の誰でもなく馬主である。

JRAが表立って奨励しているわけでもないし、まさか屠殺場に送ってどうなるのか知らない人などいるまいに、そして、まさか殺すことが面白いわけでもないだろうに、どうして右から左へさっさと屠殺へ回すのか。

そんなに「馬主」というものはモラルや良心に欠けた人間ばかりなんだろうか。

わたしは長年疑問だった。


Sさんの答えは衝撃的だった。

「屠殺場に送ったほうが、お金になるから。」

屠殺場に送ったほうがお金になる?

以前、食肉業者のセリで、種付け250万の元競走馬が1万円で落とされたというのをどこかで読んだことがあったが、その、たった1万とかのために、迷いもせず屠殺場で殺すという選択肢をとるのか?


「違う。そうじゃなくて、馬を乗馬クラブなどに譲渡するより、屠殺場で屠殺するほうが、馬主に支給される補償金が高くなるの。」

どういうこと???と困惑するわたしに、同席していた元地方競馬厩務員が説明してくれた。

「競走馬が引退になったとき、馬主には補償金が払われるようになっているのさ。

で、馬を屠殺場に持っていくと、『屠殺証明書』っていうのをくれるんだけど、その『屠殺証明書』をもっていった場合は、馬をどこかに譲った場合よりも補償金の額が多いんだよ。」


つまり…、


馬を生かす場合よりも、殺す場合のほうが、馬主は多く補償金をもらえる、ってこと…。

「実際、引退した馬の馬主さんに『譲渡先探しましょうか』って言っても、『お金欲しいから』って断られたことありますよ…」と、Sさん。

馬主に補償金を払うのが、馬主協会なのか競馬協会なのかまでは確かめていないが、いずれにしても、結果的にはこの補償金の制度が馬主に馬の屠殺を奨励していることにならないか。

聞いているうちにムカムカと腹が立ってきた。

この補償金制度を決めた人たちは、単純に、乗馬クラブなどに格安であっても買い取ってもらえるほうが、屠殺するよりもお金をもらえるわけだから、補償金はその埋め合わせとして、譲渡するより屠殺するほうの額を高くしよう、とか考えたのだろうが、それではあまりにお粗末過ぎる。

倫理的なことを考えるなら、生かす努力をして(そのためには引退後に飼養する負担が生じるわけだし)譲渡した馬主にこそ、多く補償金を払うべきではないか。

これまで人間のために必死で走ってきた馬を、あっさりと産業廃棄物として捨てるほうに多くのお金を与えるなんて、それのいったいどこが「公平」なのか。


もちろん、このことだけが、こんなにも多くの馬たちが屠殺されている現状の原因ではない。

直接的には、国内外の過剰生産のほうが、問題だろうと思う。


追記(2009.9.2):上記の話はあくまでいくつかの地方競馬に関しての話です。

JRAに関しては、「屠殺証明書で補償金が高くなる」というようなことがあるのかどうか、わたしはまだ誰からも聞いてはいませんし、仮にそのようなことがあったとしても、JRAは一切公表しないだろうと思います。

廃用になった馬を「乗馬に転向」と言って故意に事実を歪曲しているくらいですから…。
http://paradisacheval.blog123.fc2.com/?mode=m&no=102

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12 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/01/19(土) 10:01:45 ID:sMnfM9hPO

アウシュヴィッツ並の大量殺戮…馬券買うモマエらもA級戦犯だ



35 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/01/20(日) 00:46:37 ID:Gnqiuq6k0

世の中には知らないほうが幸せなことがあるんだよ

186 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/02/07(木) 11:11:03 ID:ha6dTtd90

おれ、某廃止競馬場に常駐してたオッサンに


「昔はこれでも、馬主席にずっといてさ。あいつらの馬券買いパシってたんだけどな、

あいつらグルになって馬に噛ませて(薬)、あいつらだけ儲けて、

その後その馬、どうすんだ?ってきいたら

「今頃コンビーフじゃねーのwww 」って笑うんだよ。

これを聞いてからは、馬主にたいする嫌悪感が発生。

211 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/02/08(金) 13:59:22 ID:igwTua6i0

ノボトゥルーだっけか、なぜ引退しないのかというような記事を見た覚えがあるのだけれど

森師曰く「その方が、幸せだから」だそうだ、確かにそうだなと思った。


血統的にも微妙だし、引退して種馬になっても幸せになる目が薄い馬なら
ずーっと競走続けたほうがよほど良いんだなってその記事読んでおもた。

270 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/02/11(月) 11:29:41 ID:V03I2/BW0

乗馬のほとんどの馬はサラブレットではなく、乗馬用の品種の馬。

あと入れるとこなんてほとんどない。
気性が荒いので無理。


380 :isogawa ◆kkvKdOUtUk :2008/03/04(火) 15:59:45 ID:FTbLRtft0

乗馬クラブなんていうのもピンキリで酷使や酷い飼い方してるところあるからな

最近肉にしてやった方が幸せなんじゃないかと思うこともある。

地方競馬なんて1秒でも早く注射で殺してやって欲しいような酷い状態の馬を
アホの馬主や調教師が肉にする為にその決断を遅らせる事も

382 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/03/04(火) 23:46:58 ID:PMcfLqbv0
>>380
酷使と言っても、馬も素人相手なら手を抜いてるからね。

酷い飼い方と酷使は両立しないし。(両立させようとしたら馬が潰れる。練習馬も調教が必要ですぐには手に入らない)

地方競馬では、肉にするためじゃなくて薬代がないんだよ。
最近は馬肉の需要も下がってるから、突発的に馬を持ってこられても肉じゃなくて産業廃棄物になってしまう。

385 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/03/05(水) 21:48:11 ID:iBifn1du0

マジレスすると人間が食べるために痛み止めも打てず安楽死もさせないでと殺の瞬間まで苦しませつづけるのが耐えられない

骨折したことないけど相当痛いんだろ?
助けられないのなら少しでも苦しみが少ない方が俺はいいと思うな

386 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/03/05(水) 23:08:42 ID:8gzvgHs30
>>385
昔はそういうケースだと頸動脈をその場で切ったりして安楽死させてたんだけど、動物愛護の発想から

「それでは死ぬまで時間が掛かるから方法を変えろ」ってことになって、銃殺か薬殺になった。

金が掛からず、肉も取れるのが銃殺だけど、大家畜は固定しての銃殺なので処理場へ運ぶ必要がある。

一方の薬殺は馬が巨体なので金が掛かり、肉の取れない死体の処分でさらに倍掛かる。

苦しみが多い少ないという単純な話ではないんですよ。


448 :isogawa ◆kkvKdOUtUk :2008/03/18(火) 22:00:11 ID:ZYdhm3jI0

実際俺の知り合いの馬がレースでパンクしたのにその日の夜まで張りっぱなしですよ

獣医に何故殺さないんだと怒鳴りに行ったら調教師が「馬主の意向で肉にするから」だと

もちろん馬主は一言もそんなこと言ってなくて当の調教師は馬のそばについていたわけでもなく夕方には若い厩務員を残して帰宅してただと。

当然その厩舎にそれから馬入れてないらしいけど今でもよくその話してるね。

馬が痛い思いしてるのに当の本人は家帰って風呂入ってビール飲んでたのかと思うと・・・ってね

450 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/03/18(火) 22:25:48 ID:98zJo3aW0
>>448
それは昔のお話。
今は馬肉の需要もすっかり減ってしまって、サラの廃馬なんて肥育しなければ産廃にしかならないんだよ。

451 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/03/19(水) 14:07:02 ID:JngnNQerO

今年の初めまで十分需要あったけどな
わざわざ潰し屋が取りに来てくれたよ

今の相場は一頭8〜9万かな
3ヵ月で半額になった

457 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/03/19(水) 20:52:29 ID:w6WNr4r00
>>451
統計資料を見る限り、加工肉=コンミート向けの需要はほぼ壊滅。
革や尻尾、蹄、馬油などは売れるんだろうけど。
http://mimizun.com/log/2ch/keiba/mamono.2ch.net/keiba/kako/1200/12007/1200700941.dat

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5. もっと馬肉を食べよう


馬を食用として解体する際には様々な検査があります。

食品衛生上の観点からも、さっきまでレースに出ていた馬をいきなり食肉(人用)にする事はありません。

薬殺をしていればなおさらです。

ただし、サラブレッドの食肉は存在します。

まず競争能力が無いと判断された1歳程度までの若馬の場合は穀物飼育に切り替えられ、半年〜1年間かけて食用に改良します。

しかし、それでもサラブレッドは肉質が硬く、味も良くないので非常に安値で取引されます。

実際に熊本でサラブレッドを食べた事がありますが、臭くてまずかったです。

レースに使った2歳以上の馬になると、肉質が硬くなり、色も悪くなって人間の食用には向かなくなります。

各種加工品(ドックフードなどペットのエサ)にするか、動物園で野獣のエサになるでしょう。

競走馬かどうかはわかりませんが、白クマは馬肉が好物だそうです。

基本的に市場に出回る馬肉は北海道の生産者が食肉専用に生産している重種馬の肉で、競争専用に改良されたサラブレッドとは別の物です。
http://naruhodo.television.co.jp/qa998371.html


☆馬の最後の家(肥育場)


 鉄筋コンクリート作りの大きな畜舎に、数え切れない程の馬達がいる。

外光がいくらか差し込むコンクリートの囲いの中で、互いに身を寄せ合って、静かに立っている大型の馬達。

そのかたわらに寝そべっている肥満した馬。

そわそわと不安なそぶりでこちらを凝視している馬。

人が近づくと甘える様に顔を寄せてくるまだあどけない若駒もいる。


 福岡県久留米市にある木稲畜産牧場は、約800頭の馬を飼育する、地域で最大の馬の肥育場だ。

青々とした田んぼが広がり、カササギが舞うのどかな風景の中。

ここには色々な馬がいる。種類も、性格も、そして、ここにやってくるまでの経歴も。

 経営者の木稲直美氏にお願いしえ、馬達の暮らしぶりを見学させていただいた。

「こっちの大きいのが重種。馬のセリで買ってくる。
肥育期間は当歳なら1.5年。2歳は1年。
霜降り(サシ)をつけるには1年みないと。

これが軽種。全体の3分の1ぐらいがこういう馬です。
競馬の上がり馬もいるし、競馬に使っていない馬もいる。
大人の馬は、大体3ヶ月から6ヶ月ぐらい肥育する。」

 馬の肥育には、体重を増やすのと、肉質を良くすると言う目的がある。
筋肉質な競走馬では、適度に脂肪の混じった柔らかい肉に変えないと、色も黒っぽくて馬刺に向かない。

畜舎内には、馬を外部の騒音に慣らす為、いつも歌謡曲やポップス等の音楽が 流れている。

これには馬をリラックスさせ、食欲を増進させる効果もある。

「いつもイライラしているのは、肉も良くないんですよ」と奥さんも話す。

 木稲畜産牧場では、熊本の食肉センターや組合経営の食肉処理場に馬を運び、処理してもらった後、自営の店で小売りしている。

口コミでお客さんが増え、近郊の消費地にも出荷しているそうだ。重種は主に刺身用。軽種は薫製もおいしいが肥育して柔らかくなっているから、刺身用にも好評だと言う。

 こうして見ると、馬の肥育と言っても、行われる事は基本的に牛、豚等と変わらない。

違うのは、競争馬の様に神経の過敏な種類では、管理にあたって相応のきめ細かさが求められると言う事ぐらいだろうか。

 何カ所か肥育施設を見せていただいて思ったのは、施設の環境や管理方式には少しずつ違いがあると言う事だ。

久留米の様に、戸外には出さなくても、馬が割と穏やかに暮らしている所もあれば、小さなパドックに若馬を出し、日光浴をさせている所もあった。

 その反対に、馬房が狭く、日当たりも悪く、床に敷いたオガクズが糞尿で汚れている様な所に、馬が終日入れられている施設もある。

馬の心がまるで無視されている様な施設の中に、競馬場や乗馬クラブから来た馬達を見つけると、胸に迫るものがある。

 ただ、この様な不適切な環境は、乗馬用に馬を飼っているはずの施設とか、観光地の小動物園にも、時々見られるものなのだ。

ワラもオガクズも敷いてやらず、ゴムマット一枚だけとか、むき出しのコンクリートに積もったボロと尿で、田んぼの様になった床。

蹄の手入れも満足にされず、そんな薄暗い馬房に、ずっと閉じ込められるよりは、環境のいい肥育場の方がいいのではないか、と思う事すら時々ある。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~m2gallop/73889234/

________________

32 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/01/09(水) 17:28:06 ID:Pp9/8lU90

サラブレットは世界で2番目に可哀想な生き物だよ〜ん

牛とか豚は何もキツイ稽古とかせずにひたすら喰っては寝て喰っては寝て・・・
で、最後は苦しまずに死ねる

サラブレットはひたすら稽古稽古と限界まで走らされて競馬場でも限界まで走らされて死ぬ馬もいる

引退後弱い馬は容赦なく屠殺

強い馬も引退後は過酷な種付け生活が待っている・・・


54 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/01/09(水) 18:33:08 ID:8ei0AsEvO

そういえばだいぶ昔にそういった零細牧場の実態を取材したドキュメンタリーがあったよ。

宝牧場という小さな家族経営でやっている牧場を取材

家族4人の牧場だったよ確か

ドキュメント○○の枠で制作が札幌テレビで工藤じゅんきってアナウンサーがナレーターやって
競馬の華やかな世界とその裏側の現実の落差を報道した番組だったよ・・・。

覚えてるかぎりの内容を抜粋すると

・質素なナレーション

・ついに競馬の売り上げは4兆円を超えた。その一方で・・・。

・処分する馬を急いで引っ張って倉庫に入れる牧場関係者と思われる人

・貧相な感じの鈴木さんというおっさんが馬と書かれた受付場で処分の手続き

・そこでは信じられない光景が待っていた

・ハイ!1000円1000円1000円、2000円というセリの光景

・いよいよその鈴木さんの馬の番

・ハイ!1000円1000円1000円、2000円

・5000円5000円10000円、10000円・・・10000円でいいですか?

・鈴木さんって方いいですか?鈴木さんー(ちょっと切れ気味)

・鈴木さん絶句・・・ナレーションが入り「この馬には250万円の種付け料がかかっていた・・・。」

・インタビュアーが馬の購買者に質問

・太っているのがいいの。→血統とか年齢や性別は→関係ない

・モザイク付きで馬主に競争馬のその後についてインタビュー

・だってあんなの個人じゃ面倒見れないよ

・この夏ついに名門と呼ばれる牧場が潰れた

・近隣の人曰く→無理をしすぎていた、農協から金借りて波状してそれでダメなら潰れる

・JRAの偉い人にインタビュー

・もう(競争馬生産は)やる気のある人だけやってくれ

・売れるのは外国馬と社台の馬ばかり

・購買者曰く外国馬は骨格がしっかりしていて早い内から稼いでくれる

・日本は土壌の関係で貧弱な馬がどうしても多いから手を出しにくい

・社台ファームの豪華な映像とサンデーが紹介される

・ナレーション「社台の馬で売れ残りは一頭もいない」

・知らない人の牧場のイメージは風に吹かれてそよそよなんてイメージだろうけど現実は・・・。

・でも好きで嫁いできたからいいんですよと嫁さん

・かなり無理をしてでも高い種馬を付けないと売れない

・牝馬が生まれたからがっかり。牝は牡の半分の値段にしかならない

・一頭でも売れ残ればそれはイコール経営を直撃する

・兼業で農家もやっていて米を栽培

・冬春さえ過ぎれば比較的ホッとできる

・種がついていたよと農栽培中の嫁さんに報告。よかったねーと嬉しそう

・社台の種牡馬展示会に行く、サンデーなんて拝むようなもんだ

・近所の牧場同士で町祭り、宝牧場の人も参加


とても濃い30分だったと思う。大体想像できたことだったがやっぱりいろいろと考えさせられた

ちなみにこれはグラスが有馬を勝った年に制作された番組

日高が社台や外国に対抗する最後の手段としてラムタラを紹介していた

ナレーション「日高の運命はこの馬にかかっている・・・。」


(´・ω・`) しかし結果は・・・。

宝牧場も健在なのだろうか?

79 :強力 ◆Gorky4x2OU [sage]:2008/01/09(水) 19:16:53 ID:KDl15Dlt0
タカラサイレンス(98年産)以降中央に登録した馬はいないようだ・・・

91 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/01/09(水) 19:41:49 ID:8ei0AsEvO

白黒で昔の競争馬産業の様子も切ない音楽付きで紹介していた

ナレーション「馬であれば何でも売れた・・・いい時代だった」

見れば見るほど欝になる番組だと思う。ディープ世代にはぜひ見てもらいたい・・・。

ドキュメントの宝牧場はもう牧場畳んでるんじゃないのかな?


__________

ラムタラ(Lammtarra)は、1990年代のイギリスなどで競走生活を送ったサラブレッドの競走馬、および種牡馬である。たった1戦のキャリアでダービーを制したこと、そして4戦4勝と無敗のまま引退したこともあり、「奇跡の名馬」または「神の馬」と呼ばれた。

ぶっつけでフランスの凱旋門賞までも制し、史上初めて無敗でヨーロッパの三大レースを全て制した。

闘争心が素晴らしく、主戦を務めたランフランコ・デットーリは「彼はライオンだ」と発言した。

凱旋門賞優勝の直後に引退し、ニューマーケットのダルハムホールスタッドで種牡馬生活に入る。

翌年イギリスで初年度の交配を終えると、日本の日高の生産者グループが3000万ドル(約32億円)で輸入し、日本で種牡馬生活を営んでいたが、日本では期待を遥かに下回る結果となり、2006年の種付けシーズン終了後に英国に買い戻されることとなった。

売却額は購入時の1/100以下となる24万ドル(約2,750万円)と報道されている。


日本において競走生活を送った産駒に関しては、パワーやスタミナこそ十分なものを持っていたが走破時計面での能力不足という点があり、サンデーサイレンス産駒の登場以降拍車が掛かっていた日本の競馬界、とりわけ中央競馬のスピード化に対応する事ができず、活躍馬は輩出されていない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%82%BF%E3%83%A9


59 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2008/01/09(水) 18:44:44 ID:SE6THgEn0

それとは違うかも知れないが、1歳馬のセール会場の外で食肉業者が待ってて、
競りのあと1万円で引き渡した仔馬を何とも言えない顔で見送る生産者が印象に残ってる。

いまや、牝馬が生まれたら、殺して種付け料支払わない生産者もいると聞くし。

80 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2008/01/09(水) 19:16:57 ID:8ei0AsEvO

あの番組放送当時ってまさに競馬バブルだったころであれから時代は変わった

競馬の売り上げ自体が2兆円台にまでなってサンデーは死んだ

零細が頼りにしている地方競馬はどんどん潰れている

馬産業の現状はもはや社台を除いてカオスそのもの
http://www.unkar.org/read/mamono.2ch.net/keiba/1199837635/1264821453/


 

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コメント
 
01. 2013年6月28日 20:14:00 : W18zBTaIM6


競走馬が引退したら馬肉にされるって知ってた?


私は競馬に反対です。人間の娯楽以外何ものでもありません。
一生過酷な距離を走らされて、最後には殺され食べられるってあんまりじゃないですか?

「100円たりとも馬券」は、買ってはいけない!


あなたにできる動物愛護は馬券を買わないこと、競馬場に行かないことです。

競走馬は日本で毎年7,000頭〜8,000頭が生まれてこの99.99%は引退すると すべて殺され馬肉になります。

この現実を「知らなかった」、「信じられない」、 と思う方があまりに多いのでここで説明することにしました。競馬会が隠したい現実です。明るいCMであらたに若者を競馬ファンにしようとする日本○○競馬会が教えたくない現実です。

この「現実」は、競走馬の牧場の人も、調教の人も、騎手も、馬主も、JRAの社員さんも…

コマーシャルに出演している俳優やタレントも…皆さん知ってます。

競走馬は引退後に殺され馬肉になりる事実をしりながら、馬に関わっています。

「心の貧しい」悲しい人たちです。

知らないのは一般国民と、競馬場で馬券を売るパートのおばさん(今は自動機でおばさんは減りました)だけです。

ここでは、皆さんの記憶でご存知な方も多い名馬「オグリキャップ」を例に取り上げお話します。

この馬は2009年現在生存しています。牧場で静かに暮らしています。今年で24歳です。今でもファンが多く現役中は名馬中の名馬でした。 しかし引退後は種付けとしての名馬にはなれませんでした。種付けした子供達はなんと400〜500頭もいましたが成績がふるわず、すべてこの世にいません。

人間だったらどう思いますか、お父さんより先にお父さんの大勢の子供が先に死んでるのです。すべて 殺されて食肉になってしまいました。(信じられない方は馬の追跡調査をして悲しい事実を知って下さい)


屠殺された競走馬の肉は、人間用は主に馬刺になります。

料亭や旅館の特別料理で食べた方も少なくないと思います。

かたい肉は動物用にまわされます。主にドックフードの餌、動物園のトラやライオンの餌になります。

引退した馬は馬主が手放します。馬主は地方競馬に売ります。

売れない馬はいきなり屠殺所(馬を殺して食肉加工する所)に送りお金に替えます。

屠殺所に送るのに罪悪感があるごく一部の馬主は乗馬クラブに売ります。

そして乗馬用の馬になるのではなく、乗馬クラブを経由して結局は屠殺所に送られます。

馬主たちはこのようにして経済的に維持できない「利益を生まない馬」を殺します。

走り終えた馬を殺しその肉で最後まで金を欲しがります。

「馬主」という人間たちの99.99%は馬(愛馬)へ貴い気持ちはなく金を優先させる「心が貧困な」悲しい人々です。

地方競馬での馬の生活は過酷で毎日のようにレースに出走して、ここでも成績が悪いと、屠殺所(馬を殺して食肉加工する所)に送られます。 数年後には成績がよかった馬もすべて屠殺所(馬を殺して食肉加工する所)に送られます。屠殺所は熊本や鹿児島にあります。

悲しいことに、G1ホース(成績優秀な馬)も種馬になっても、その後はすべて人間の都合で99.99%殺されます。

オグリキャップだけにしか「老後」が与えられませんでした。

この「真実」を知って「競馬」を止めようと思って下さい。


皆さんにできる動物愛護は‥‥

1.馬券を買わないことです!買う人がいるかぎり、馬は生産され続けます。

2. 家族や知人で馬券を買っている人がいたらこの悲しい事実をお話下さい。

競馬はギャンブルです。ギャンブルに動物を使用するのは「下等な人間」のすることです。ギャンブルが好きな人は動物を使用しない 「競輪」、「競艇」、「オートレース」、「パチンコ」にシフトすることをおすすめします。
http://blog.livedoor.jp/nyakousa/archives/51846541.html


02. 2013年6月28日 20:17:46 : W18zBTaIM6

競走馬の行く末

競馬の世界では、現在でも毎年、約8千から1万頭の子馬が生まれていると言われています。

毎年、8千から1万頭です。

単純に計算したら、3年で約3万頭、10年で10万頭になります。

馬の寿命は、健康なら30歳、中には40歳まで生きる馬もいます。

こんなにたくさんの馬が毎年生まれていたら、日本はあっという間に馬糞で埋もれてしまいそうですが、実際はそうなりません。

それはなぜか。

なぜなら、毎年生まれる子馬のうちのほとんどは、2歳、3歳、4歳といった若さで「処分」されてしまうからです。

処分とはつまり、屠殺です。

本当に子馬のうちに処分される馬もいます。

屠殺になる理由は、レースに向かないから、勝てないから、血統にあまり価値がないから、などなど、ようは、競馬で勝って馬主を儲けさせてくれない馬は、生きる価値がないと見なされます。

馬の2歳は、人間で言えば中学一年生くらい。3歳は、高校に上がったばかりの年頃。まだまだ子供です。

心も体も未熟な、成長期の子供です。

その若さで、競走馬たちは、騎手を乗せ、ものすごいスピードで1キロ、2キロの走路を駆け抜け、勝つことを要求されます。

中学に上がったばかりの子供に、日々猛特訓をして、全日本選手権やワールドカップやオリンピックで勝てと要求しているようなものです。

そんなことをしたら、まだ十分出来上がっていない子供の骨や靭帯、筋肉はあっという間にボロボロになるでしょう。

プレッシャーや過酷な訓練から来るストレスで、精神的にも参ってしまうはずです。

そして、まさに、このとおりのことが、現役の競走馬たちの身には起こっています。

競馬界の真っただ中で働いている関係者の方によれば、現役競走馬の80パーセント近くが、ストレスと偏った食生活のせいで、慢性胃潰瘍に苦しんでいるそうです。

競馬1競馬を見ていると、骨折などの事故も多いですが、骨がまだ未熟なうちに、過度の負担をかけ続けているので、不思議はありません。

調教も、決して馬に優しいやり方ばかりではなく、トレーニングに出たが最後、いろいろなトラウマを負って半狂乱になってしまう、若い馬たちの話もたくさん聞きます。

ストレスに耐えられず、あるいは恐怖感で、訓練を嫌がったり、体調を崩したりすれば、屠殺場行きです。

そして、頑張って耐えて、デビューし、走り続けたところで、よほどの成績を残さない限りは、やはり最後は屠殺場に送られてしまいます。

G1を勝った馬や、アメリカで大変優秀な成績を残して日本へやってきた種牡馬が、一般人も知らないうちに、あっさり屠殺されていたことが分かり、話題になったこともありました。

最近では、タップダンスシチーの行方が分からなくなり、ネット上を騒がせました。

タップは生きているとクラブ側から「確認」が取れたとされていますが、そのタップの姿は一般公開されていないため、「本当にタップなのか?」「やっぱりもう屠殺されているのでは?」という意見も、多いようです。

勝っても負けても、競走馬たちは、ストレスや酷使で心も体も痛めつけられながら、身を削って走らされ、最後は屠殺場で殺され、動物園のライオンの餌やドッグフード、それでも余る大半の馬たちは、なんと畑の肥料にされるのです。

競走馬として生まれた子馬が、天寿を全うできる確率は、1パーセントもないと言われています。

競馬には、牡馬(オス馬)だけではなく、牝馬(メス馬)も同じく使われます。

牝馬は、人間同様、2歳、3歳の年頃になると、体がふっくらとしてきて、母馬になるための準備を始めます。発情も始まります。

しかし、こうした「女の子の事情」は、競走には不利。

だから、牝馬の競走馬には、ホルモン剤などの薬が大量に使われて、発情を抑えたり、脂肪をつきにくくしたりといった操作がおこなわれます。

momandfoalまた、牝馬は、現役を引退したあとに「繁殖に上がる」、つまり、北海道など、競走馬を産ませて育てる牧場に引き取られて、新たに競走馬の子馬を生むための仕事に回されるので、処分は少ない、と勘違いしている方もいます。

が、繁殖の世界も実際は過酷で、生んだ子馬の成績がいまひとつなら、母馬といえど、やはり処分、が現実なのです。

繁殖に上がったら、その後を追う人があまりいないので、知られていないだけです。

母馬に寄り添い、無邪気に寝転んだり遊んだりしている子馬は、本当にかわいくて、いつまでも見ていたいと思いますが、実際には、そののどかな幸せはつかの間の出来事で、子馬たちはまもなく、過酷な世界へと追いやられていきます。

生まれた子馬たちが勝てなければ、子馬自身だけでなく、母馬の命さえも危うくなります。

もちろん、中には、少数ながら、成績がいまひとつでも、故郷に戻ってきた馬(繁殖牝馬や種牡馬)を、できるかぎり処分しないで、大切に飼われている牧場さんもあります。

しかし、以前、生産牧場(競走馬を生ませて育てる牧場)をされていた方によると、日高地方では「不要牝馬回収」のトラックが、毎週、「いらなくなった繁殖牝馬」をたくさんトラックに乗せて、屠殺場へ運んでいるそうです。

毎週、です。

毎年何千もの子馬が生まれ、毎週登録抹消される馬がいて、そのうち、即処分を免れた一握りの馬たちが、生まれ故郷に帰って行き場を求め、しかしそこには、すでに前年、そのさらに前からいる馬たちが、ひしめき合っている、、、

残念ながら、今の競馬の世界は、こうした馬の大量生産、そして大量廃棄、が「当たり前」になっています。

競馬は、ギャンブルをビジネスにしているはずが、大量廃棄、大量処分、の現実を見ると、もはやビジネスそのものがギャンブルになってしまっているといっても過言ではない気がします。

そして、そこで、人知れず、無言で、消されていく、馬たちの命、、、

「馬は家畜なんだから、仕方がない」

という意見を平気で言う人もいますが、たとえ食するための家畜であったとしても、「無駄に生ませて、無駄に殺す」のは、命への冒涜以外の何ものでもないと思います。

一時、ファーストフード店のハンバーガーが、冷めてしまったからというだけの理由で、売られることもなく大量廃棄されていて、非難を浴びたことがありました。

今の競走馬たちの扱いは、まさにその頃のハンバーガー並みです。

ハンバーガーでなくても、商品を無駄に大量生産し、そして大量に廃棄することが当たり前の企業や工場は、非難される世の中ですし、そもそもビジネスとして立ち行かないはず。

まして、命のある馬たちを、「家畜だから」という理由で、無駄に生ませ、ストレスを与え、無駄に殺すのは、まったく理屈が通らないことです。

人によって生まされ、若さや命を謳歌することも許されないまま、人のために走り続けた馬たちを、「夢と感動」といった美辞麗句で飾り立てるその裏で、ゴミのように処分する、そんなやり方が通用する世の中であってはいけないと思います。

競馬ファンの多くは、馬券の儲けよりも、走る馬たちの美しさ、力強さ、ドラマチックなレース展開に引かれる、と、以前何かの雑誌で読んだことがあります。

馬に魅せられたわたしたち一人一人がもっと声をあげて、競走馬たちの福祉や未来を訴えていくことで、競馬界の認識や、姿勢、馬の扱いをも、変えていけると、わたしは信じています。
http://project.saltvalleyfarm.com/racehorses


03. 2013年6月28日 20:38:06 : W18zBTaIM6


食肉寸前から復活勝利で人気となったゴールデンバージが引退

ばんえい競馬(中年の星・ゴールデンバージ)2010年7月19日&8月21日
http://www.youtube.com/watch?v=uawD_6Gyuc0

ゴールデンバージ14歳最高齢優勝
http://www.youtube.com/watch?v=ggtc82YGvWg



1 :宵宮祭φ ★:2012/10/09(火) 11:06:40.73 ID:???0

食肉寸前から復活勝利…「リストラの星」引退へ
 最大1トンのソリを引く北海道のばんえい競馬で「中高年の星」として人気を集めた「ゴールデンバージ号」(雄、15歳)が、今月28日に帯広競馬場で引退式を行うことが8日、分かった。

 今後は牧場で余生を過ごす。

 バージ号は人間でいえば70歳を超える。成績不振と高齢を理由に、2009年に競走馬の登録を抹消された。しかし、体の線の強さにほれ込んだ奈井江町の川端悟さん(63)が、 食肉市場に送られる寸前に引き取った。10年に13歳で勝利し、「リストラの星」として全国的に知られた。11年に達成した14歳の勝利は、ばんえい競馬最高齢記録となっている。

今年春に関節炎を発症。普段は1トンを超す馬体が900キロに落ち、全国からファンも駆けつけた今年7月の初戦レースは、7頭中5着に終わった。

 川端さんは「満身創痍で、よく頑張ってくれた。そろそろ休ませてあげるのがバージと ファンへの感謝と思った」とねぎらった。

(2012年10月9日10時43分 読売新聞)

力強い引きでファンを魅了したゴールデンバージ号(帯広競馬場で)

4 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 11:10:52.13 ID:bj3f6hbn0

老後費用を自分で稼いだ馬


5 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 11:15:45.99 ID:0oPzu70L0

老後というものを自分で勝ち取った馬
川端悟さんがいたからでこそだけど


6 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 11:20:19.12 ID:SH70jIQsi

ゴールデンボンバーのカニバリズム的な話かと思った


7 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 11:23:38.21 ID:CiOt9/Fp0

13歳の馬肉って滅茶苦茶不味そう


8 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 11:28:02.27 ID:fyN5WUfa0

帯広競馬場はゴールデンバージ号の大和煮缶詰を売りに出す


9 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 11:40:11.72 ID:yHuuZOmP0

どっちにしろ競走馬の肉っておいしくないんじゃなかった?
数年牧場にいた後は行方不明になったりして。


12 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 11:42:44.24 ID:TJQQZMWgO

馬刺ウマーはサラブレッドじゃなくてこういう馬なのか

13 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 11:43:08.15 ID:0sce2y8Y0

馬肉は筋が多くて食用には適さないが
煮込むことによって大和煮、コンビーフなどと偽って販売することが多い

15 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 11:44:33.55 ID:qvFz5X6S0

ばんえいが存続してるのってスゴイことだな
相当経営が苦しかったような気がするが

16 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 11:46:41.23 ID:OVk1diTh0

今日は牧場
明日コンミート


17 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 11:48:10.08 ID:yHSQtKBI0

○○(馬名)の肉とかで売り出せばブランドになるかもな

18 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 12:00:40.47 ID:Kn6zDXQ+0

天皇賞・宝塚記念馬でありダービー・菊花賞2着で人気絶大だったモンテプリンスでさえ種牡馬引退後、屠殺場送り寸前で救出された話し聞いた時はショックだったわ・・・
引退式までやっといて屠殺場送りは酷すぎじゃねぇの?しかも天皇賞馬だぞ

19 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 12:01:41.69 ID:eMTSnZwt0

道産子ってクソデカいんだよな
北斗の拳の黒龍号よりでかい

20 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 12:01:49.87 ID:lpMeBrXy0

今後は食肉となる。


21 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 12:08:17.03 ID:YFRu7FII0

ペルシュロンとサラブレッドが競争したらどっちが勝つの?


22 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 12:14:38.40 ID:nh1bPycm0

行方不明になる流れですね


23 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 12:18:31.48 ID:jtrQomsNO

牡牝 雄雌


24 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 12:35:24.54 ID:ZF9USR9pO

肉骨粉を作るシュレッダーの動画がトラウマ級
馬も丸ごと刻まれてなあ


26 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 13:45:41.36 ID:8Up2lDlC0

ばん馬で天寿を全うした馬は未だかつて1頭もいない

27 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 19:44:27.68 ID:q7vh8gHi0

負けたら食べられるなんてスリリングすぎる

28 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 20:29:28.15 ID:MHICHiEK0
>>27
勝ち続けて種牡馬になっても、 年取ったら食肉だよ。

29 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 20:36:32.43 ID:aTzCEwNm0

一度ばんえい見に行ったことあるけど、あのでかい馬に鐙もなしでパドックで普通に跨がってる騎手すげえと思った。

30 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 21:11:09.40 ID:E4pNv0fv0

食肉用といっても必ずしも人間の餌であるとは限らない

31 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 21:16:31.62 ID:khTZhocD0

1999年に初出走して2009年に最初の登録抹消
その間の成績が203戦31勝(復帰後16戦4勝)
10年走って31勝しても食肉行きってどうなってんの


32 :名無しさん@恐縮です:2012/10/09(火) 22:01:55.51 ID:T5iPixi50

鯨を食うより馬を食うほうが残酷に思えるのは、俺が日本人なせいか?

34 :名無しさん@恐縮です:2012/10/10(水) 23:54:31.55 ID:mMKXIlj30

ばんえいの競走馬試験に受からなかった馬はその時点で
ほとんど、九州行き→馬肉となる運命だよ。


35 :名無しさん@恐縮です:2012/10/10(水) 23:58:44.36 ID:0I4M7o350

欧米の人からみたら馬を食うのが犬を食う並に理解できないらしい

38 :名無しさん@恐縮です:2012/10/11(木) 01:04:28.91 ID:G1JfKe9g0
>>35
犬も自分は食ったことないだけで、死ぬほどうまけりゃ食うしなあ

39 :名無しさん@恐縮です:2012/10/11(木) 01:05:00.20 ID:uwCvDTqL0

これの代わりに肉になった馬も確実に存在するだろう・・・

40 :名無しさん@恐縮です:2012/10/11(木) 01:18:58.64 ID:VcZ/LG/dP

食肉 w


41 :名無しさん@恐縮です:2012/10/11(木) 01:23:06.40 ID:sRLMEy780
>>1
ステイゴールド付けてみろよ


42 :名無しさん@恐縮です:2012/10/11(木) 01:45:37.60 ID:dac26LMo0

馬刺しの美味さを知ってしまったら、競馬を二度楽しめるという悪魔にそそのかされた気分になる。

43 :名無しさん@恐縮です:2012/10/11(木) 22:21:28.14 ID:JUo3jJHA0

シカ肉は食べたことあるけど、馬肉はまだないなー。

44 :名無しさん@恐縮です:2012/10/11(木) 22:32:04.72 ID:bZ/0FGjfP
>>43
ニューコンミートがお勧め

45 :名無しさん@恐縮です:2012/10/11(木) 22:41:49.21 ID:DyJVfdBN0

馬って昔は人間の移動具にされ今は競馬にされ走れなかったら肉だろ
ろくなことないな


47 :名無しさん@恐縮です:2012/10/11(木) 23:30:09.05 ID:5BjqOOuEO
>>45
家畜はだいたいそうだろ

48 :名無しさん@恐縮です:2012/10/11(木) 23:35:46.92 ID:9GZTCZH/O

熊本のすき焼きは馬肉
http://bspear.com/2012-10-13/topic-955.html


04. 2013年6月29日 08:36:16 : W18zBTaIM6

ゴールデンバージのラストラン
2012年10月28日帯広競馬第2レース B4-6組 勝ち馬 マルモヒカリ
http://www.youtube.com/watch?v=rHXvvnv0oJI

05. 2013年11月30日 23:27:22 : 2D6PkBxKqI

ネコパンチ去勢手術無事終了/美浦トレセンニュース
[中央競馬] 2013年11月29日(金)13時35分

セン馬となったネコパンチ(写真は去勢手術前日のネコパンチ、撮影:佐々木祥恵)

 11月20日(水)付けで競走馬登録を抹消したネコパンチ(7歳)。東京競馬場での第2の馬生に向けて、現在、美浦トレーニング・センター「乗馬苑」にて、しばしの休養中だ。美浦トレーニング・センター職員によると、11月23日(土)に予定通り去勢手術が行われ、手術は無事に終了した。

馬の去勢動画が恐ろしい
http://www.liveleak.com/view?i=95d_1285878555


06. 2013年12月17日 14:42:56 : RhObaNecBo
競走馬は肉が硬くて食用にはならないと聞いたけどね。動物園の肉食獣用の間違いなのでは? 馬をどうこういっているが牛肉食っているでしょ?

07. 中川隆 2015年2月19日 00:01:51 : 3bF/xW6Ehzs4I : b5JdkWvGxs

ゴールデンバージ死ぬ … ばんえい「中高年の星」2014年12月14日 09時00分

http://www.yomiuri.co.jp/otona/photonews/article.html?id=20141213-OYT8I50021
4日に死んだゴールデンバージ。
このレースでは、長期休養明けを思わせない力強い引きで、自らの最高齢勝利馬記録を塗り替えて圧勝した(2011年6月、帯広競馬場で)

 北海道帯広市のばんえい競馬で、「中高年の星」として人気を集めたゴールデンバージ号(雄17歳)が4日、引退後に種牡馬しゅぼば生活を送っていた奈井江町の牧場で死んでいたことが分かった。

 バージは1999年にデビュー。2009年10月、成績不振を理由にいったん競走馬登録を抹消された。食肉にされるところだったが、バージの素質を評価していた現在の馬主、川端悟さん(65)(奈井江町)に引き取られ、10年7月に現役復帰して勝利した。14歳だった11年6月には、当時のばんえい競馬の最高齢勝利を記録した。人間で言えば60歳超だった。

 こうした過程が新聞やテレビで取り上げられて注目を集め、帯広競馬場に大量のニンジンや手紙が届くなど、一躍人気者になった。

 12年10月、通算成績223戦36勝で現役を引退してからは、奈井江町で余生を送る一方、地元の小学校で子どもたちをソリに乗せて引くなどして親しまれていた。現役時代に後ろ足を痛めた影響で、今年の夏頃から馬小屋の中で立てなくなるなど弱り始め、先月20日頃からは寝たきりの状態だったという。

 バージの最期をみとった川端さんは、「本当に長い間頑張ってくれた。お疲れさまと言ってあげたい」と感謝の言葉を述べ、別れを惜しんでいた。


08. 中川隆 2015年2月19日 00:12:58 : 3bF/xW6Ehzs4I : b5JdkWvGxs

>競走馬は肉が硬くて食用にはならないと聞いたけどね。


太らせてから食肉として出荷される、引退後の競走馬。

 ミラーズクエストは、2010年秋に美浦・成島英春厩舎の所属馬として、中山ダート1200mの3歳未勝利戦でデビューし、16頭中最下位に終わった。出遅れて、最後方のままの、関係者に「馬場掃除」と言われる競馬で、勝ち馬から6秒以上離された。一定期間平地競走に出走できなくなる「タイムオーバー」である。

その後、地方競馬の岩手・佐々木由則厩舎に移籍し、翌11年1月まで水沢競馬場で3戦したが、最下位、10頭立て9着、最下位という成績で現役を引退した。

 牝馬なら、このぐらいの成績でも繁殖馬として生まれ故郷に戻れることもあるが、牡馬だとまずあり得ない。

乗馬や使役馬となることもできなかったミラーズクエストは、南相馬市で肥育を行う業者の手にわたった。

引退直後の競走馬は、脚元をはじめ、あちこちガタが来ている。そうした馬を集め、じっくり休ませ、しっかりカイバを食わせ、ふっくらさせてから食肉として出荷する業者がいるということを、私はこの作品で知った。

そもそもサラブレッドとは特殊な生き物である。

 そもそも、サラブレッドというのは、人間の都合によって、より速く走ることのできる血を残すために配合を繰り返されてきた、特殊な生き物である。

 優れた競走能力を持つサラブレッドは、鞍上と一体になった美しい走りで、見る者に大きな感動を与える。そして、関わる人間たちに富と栄誉をもたらす。用意された舞台で力を出せるよう、人間たちは、せっせと水と飼料を運んで食べさせ、ぴかぴかに体を洗い、ブラシをかけてやり、ベッドとなる寝藁を取り替え、おしっこやボロ(馬糞)を綺麗に掃除する。こういう人間サイドからの献身的な働きかけがあるのは、馬が人間を食わせる競馬の世界ならではのことだ。
http://number.bunshun.jp/articles/-/767876?page=2


9. 中川隆[1094] koaQ7Jey 2015年12月13日 14:36:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[252]

コラム「競走馬の余生とは・前編」
《うまカレ ケイバハジメルマガジン vol.11(2014Autumn)号掲載)》
http://higenekokeiba.blog.fc2.com/blog-entry-2416.html?sp

●好きだった馬のその後を知っていますか


競馬を見始めて最初に誰もが通る道。それは「好きな馬ができる」ということ。

パドックで、レースで、競馬中継で目にした1頭のサラブレッド。その1頭がなぜだか気になって、気づくと我が子か自分の分身であるかのようにその馬を大声で応援している。
そしてその馬が出走するレースがあれば、日本全国の競馬場まで足を運んで声援を送る。

人によっては、ひょっとするとその馬を好きになったきっかけは特大の穴馬券を獲らせてくれた馬だったからかも知れません。
もしくはいわゆるグッドルッキングホース、美しいその姿にひとめ惚れしてしまったからかも知れません。
理由はそれぞれだったとしても、皆さんの心のなかにはそういった「特別な馬」がいると思います。

では、その「かつて好きだった馬」が今どこで何をしているかご存知でしょうか。


G1や重賞でたくさん活躍をし、種牡馬や繁殖牝馬として華々しく牧場へと帰っていった馬なら、その後の繁殖としての活躍を報道で目にすることはあるでしょう。
しかし、重賞を勝ちながらも繁殖に上がれなかった馬、残念ながら競走生活でこれといった成績を残せなかった馬のその後はほとんど消息不明になってしまっているのが現状ではないでしょうか。


現在日本の馬産地で生まれるサラブレットは年間約7000頭。
その内半数が牝馬で繁殖として生まれ育った牧場に帰れるとしても、残り半数の牡馬のうち種牡馬になれるのは一世代でほんの数頭だけです。

残りの大多数は地方競馬に転出したり、乗馬クラブで第二の馬生へとチャレンジしたり。
しかし彼らは生まれてからずっと、レースで勝つことだけを教えられてきた生き物なので、乗用馬や観光用の馬としての適性を持ち合わせているとも限らないのです。

気性が荒かったり、人間のことを怖がっていたり嫌っていたり。
でも馬たちをそういう性格や適性にしてしまったのは人間側の都合である面は少なくありません。
そして競走馬としてお役御免となれば、再び人間側の都合でそういった馬たちを切り捨てている。
これが日本の競馬社会の現状です。


たしかに全てのサラブレッドの余生を穏やかにすごさせるのは、その数も多いので難しいのでしょう。
しかしあれだけ多くのファンに感動を与え、競馬という競技を盛り上げてくれた馬たちを見捨てている現状の問題点とはなにか。
そういう思いを抱いて私はこの夏、引退馬が余生を過ごす養老牧場に足を運んでみました。


●馬とともに生きるために


北海道白老郡白老町にあるイーハトーヴ・オーシァンファーム。
この牧場は大井昭子さんが創設された、日本で最初の養老牧場と言われています。

大井さんはかつてヤシマ牧場の場長としてボストニアン、ハクリョウ、ハクチカラといった1950年代に大活躍した馬を生産し「浦河の女傑」と呼ばれていた方。
そして1958年に前身となるオーシァンファームを北海道浦河町に創設。
当初オーシァンファームは競走馬の生産牧場として運営されていましたが、1970年代より問題となり始めた馬の供給過剰の影響を受け、「馬の余生というものがあっても良いのではないか」との考えに至り、1984年に引退競走馬・乗用馬を受け入れる養老牧場へ転身されました。


そのきっかけとなったのが、競走馬を共同所有していた女性アメリカ人馬主の「日本人はなぜ馬を残さないの」という言葉だったそうで、養老牧場として最初に繋養した馬は、その女性アメリカ人馬主の所有馬でした。

その後はメジログループ総帥の北野ミヤさんが養老牧場のコンセプトに共感し、メジロボサツ、メジロサンマンといった著名馬をオーシァンファームへ預託するなど注目を集め、近年では日本最多出走記録を保持していたウズシオタローや、G1エリザベス女王杯において単勝20番人気で優勝したタケノベルベットらも繋養されていました。

現在は大井さん亡き後、牧場長の歌代さんはじめ有志スタッフによって運営が続けられています。


photo01.jpg
北海道・白老にある「イーハトーヴ・オーシァンファーム」
養老馬以外にもポニー、犬、猫、山羊らも一緒にのんびり余生を送っている


●馬にも老後の年金問題


オーシァンファームには現在11頭の元競走馬、乗用馬と5頭のポニー、そして犬、猫、山羊らが一緒に暮らしていますが、やはり一番問題となっているのが金銭面でのサポートだということです。

人間の世界でも老後の年金問題は大きな課題になっているように、生き物が天寿を全うするためには毎日食事をし、日常生活を行い、それら全てに金銭面の支出が伴うという問題がついて回ります。
それは馬の世界でも同じ。

現役競走馬としてレースに出走している間は、レースで稼いだ賞金を基に馬主オーナーさんが、厩舎や牧場に預託料として毎月いわゆる食事代などの生活費を支払っています。
しかし競走馬を引退し、所有権をオーナーが手放した途端にその馬は一文無し。
今まで頑張って走って稼いだ賞金はすべて関係者(レースの獲得賞金は、馬主80%、調教師10%、厩務員5%、騎手5%で分配するのが一般的です)のもので、競走馬が引退後の生活で使うことの出来る年金のようなシステは「引退名馬繋養展示事業」というものしかありません。


この「引退名馬繋養展示事業」とは、引退後に繁殖や乗馬に供されていない重賞勝ち馬(地方ダート交流重賞を含む)に対して、JRAが関連団体を通じて月額2万円を支給するというシステムです。
しかしこのシステム、かつては月額3万円が支給されていたものが減額され、支給開始年齢が14歳という、まさに人間社会の年金問題同様に、支給時期は遅くなり支給額も減額という事態になっているのです。
(※本稿締切後に、2015年より支給開始年齢が10歳に引き下げられるとの発表がありました)


この制度の問題点は、そもそも馬1頭を厩舎と放牧地で繋養するとなると月額3万円でも決して満足ではない金額であり、それが月額2万円となるとこのシステムだけでは足りないということ。
さらに支給開始年齢が引き下げられたとはいえ10歳からということで、7、8歳で現役を引退し繁殖や乗馬に転身したもののすぐに何らかの理由で職を失った馬は、10歳になるまで何の支援も受けられないという点にあります。

繁殖や乗馬としての仕事がない馬を、少ないながらも「馬の年金」が支給される10歳まで誰が面倒を見るというのでしょう。
しかもそれが、現役時代には重賞を勝ち多くの賞金を稼ぎ関係者を喜ばせ、そしてたくさんのファンの声援を受けた名馬であってもです。


この「馬の年金」システムの不備を補うためにも、競走馬が現役時に稼いだ賞金を何らかの形でプールして引退後に支給するなどの仕組みの整備が待たれるところです。
http://higenekokeiba.blog.fc2.com/blog-entry-2416.html?sp

コラム「競走馬の余生とは・後編」
《うまカレ ケイバハジメルマガジン vol.12(2014Winter)号掲載)》
http://higenekokeiba.blog.fc2.com/blog-entry-2417.html?sp

●手作り牧場で養老馬と暮らす


前号では引退馬を繋養する牧場がかかえる問題点、「馬の年金問題」について現状をお伝えしましたが、こういった金銭面でのサポートが十分でない現状を乗り越えようと手作りで牧場を作り運営されている、岡山県加賀郡吉備中央町の吉備ひだまり牧場のような新しい牧場運営も始まっています。


吉備ひだまり牧場は、岡山自動車道の有漢ICから山道の農道を5分ほど走った山間部にあり、牧場や地方競馬で元厩務員をなさっていた森光さんご夫婦が2人で運営されている小さな牧場です。

「命を削りながら競走生活を送る馬達に1頭でもたくさん幸せな余生を送ってほしい」をコンセプトに、ご夫婦2人だけで日々馬たちとの暮らしを送っておられます。


こちらの牧場は地方競馬の現役競走馬の放牧も受け入れておられますが、半数以上は引退馬で乗馬としてオーナーが所有されていた馬なども預かっておられます。
なかでも日々更新されるFacebookページでもおなじみの、「ふしぎちゃん」ことダンツシンガー号(額に?マークの流星があるので「ふしぎちゃん」と呼ばれています)と、「ふーちゃん」ことストロングフローラ号の2頭は、森光さんの奥様が厩務員として担当していた思い入れのある馬。

ひだまり牧場を開設するまでの間は別の牧場にて預かっていただいていたそうですが、2014年5月に牧場を開設してからは念願の自らの牧場にて余生を見守ることになりました。


こちらはまだ開設されて間もない牧場なので厩舎などは見た目にも新しいのですが、牧場入り口の看板が手書きイラストだったり、放牧地の柵が手作りの木の板だったりと、至るところに手作り牧場の雰囲気を漂わせています。

訪問する前は「牧場長のこだわりで、手作りされているのだろう」と考えていたのですが、実は金銭面のサポートが厳しいために、手作りできそうな箇所は見よう見まねで作るしか無かったと、少し苦笑いしながら森光さんが語ってくれました。
てっきりそういったDIY(日曜大工)や建築関係に詳しい方なのかと思いきや、牧場作りを始めるまでは全くの素人だったとのこと。

放牧地の柵だけでも手作りで全部作るのは相当に大変だっただろうというのは想像に難くないうえに、電気を通すための申請や交渉、水を確保するための井戸掘削など牧場開設にこぎつけるまでは苦労の連続だったようです。


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すべてが手作りの岡山「吉備ひだまり牧場」。看板ももちろん手作り


●日本全国に引退馬の輪を広げたい


牧場開設から半年近くが過ぎようやく牧場運営は落ち着いてきたとのことでしたが、やはり金銭面での苦労、そして岡山は馬産地ではないことで環境が整わないという人的、物的ハードルの高さが悩みの種だと森光さんは語ります。

例えば、飼料ひとつとっても馬産地であればそれを扱う業者が近隣で営業しているために、送料などを含めたコストを抑えることができますが、岡山となると馬用の飼料を扱う業者は近隣県にも皆無なのです。
干し草や寝藁にしても同様で、広大な敷地のある北海道のオーシァンファームでは牧草を自作しておられましたが、山間部にあるひだまり牧場ではその敷地の確保も難しいというのが現状のようです。


ならばなぜ馬産地で養老牧場を運営しないのかということになりますが、これは森光さんも語っておられましたが全国各地に養老牧場がたくさんあるというのが理想的だと私は考えます。
というのも、例えば引退馬、功労馬に対して金銭面でのサポートをしている会員さんが、実際にそのサポートしている引退馬に会いたいと思っても、その牧場が北海道の馬産地にしか無かったらなかなか会いには行けません。


やはり人間の感情として、実際に会える距離にいるほうが愛着も湧くものなので、例えば休日に車で会いにいける地域に牧場があればもっと引退馬をサポートしようというファンの方は増えるのではないでしょうか。
その観点からも馬産地に養老牧場が集中するよりは、こういった吉備ひだまり牧場のように、敢えて地理的なハンディを抱えながらも、いろんな地域のファンやサポートいただけるオーナーさんに会いに来ていただける場所で牧場を運営する意義があると思うわけです。


photo04.jpg
牧場柵や厩舎など牧場の大半を慣れない手作業で組み立てた牧場主の森光氏(左)。
養老馬・引退馬の認知度が上がって多くの人に現状を知ってほしいと語る


●もっと真の意味で馬を好きに


現在引退馬を繋養している牧場の多くで、金銭面のサポートを会費として募る仕組みが取り入れられています。
1頭の馬にかかる月々の飼養料を1口数千円という形で数人から数十人で支えるという仕組みです。

ただこの仕組みには問題点もあり、例えば大レースで活躍したような著名な馬だとすぐに満口になるほど支援が集まるものの、そうでない馬はいつまでたっても支援が集まりにくい。
そしてもうひとつは、多くの方に幅広くサポートしていただいているというよりは、ごく少数の熱心なファンの方が何口も(何頭も)支援なさっているために、結局は限られた人数で多くの馬を支えるという無理な状況が続いているのです。


これら問題点を改善していくには、まず多くの競馬ファンに「競馬場を去ったあとの馬たちの余生」について考えてもらうことと、競走馬を実際に所有されている馬主オーナーさんの意識を変えていっていただくことではないでしょうか。

現状として引退後の馬が安心して余生を送るだけの「馬の年金」が仕組みとして十分に機能していない以上は、引退後に馬の所有権を手放すとしても、オーナーさんの責任として現役時代に馬が稼いでくれた賞金の一部を年金として次のオーナーまたは養老牧場へと託す。
または競馬ファンが馬券購入を通して間接的に支援できるように、主催者(JRA、NAR)から売上金の一部を引退馬支援へと充当する「チャリティ競馬(レース)」の創設など、まだまだオーナーさんや私たち競馬ファンにもできることがあるのではないかと思います。


そしてこれは、馬を世話する方が口を揃えておっしゃることですが「もっと馬に触れて、馬を好きになってほしい」私もそう思います。

競馬場に行けば体験乗馬があり、ポニーの出迎えがあり、実際の馬に触れることが出来るイベントも多く開催されています。
みなさんのお住まいの近くにある全国各地の乗馬クラブでは、初心者向けの乗馬スクールもあり、実は気軽に馬と触れ合う体験ができる環境があります。

馬を身近に感じることで、真の意味で馬を好きになるファンが増えていけば日本の馬文化は変わる、そう思わずにはいられません。
競走馬は競馬というギャンブルを盛り上げる役目を担っていますが、それ以前に1頭1頭が命を授かった生き物なのです。


かつて日本では馬は農耕馬として人間と同じ家に居住するパートナーでした。

「馬を愛し 馬と共に暮らし いつまでもこの牧場を 見守り続ける」

日本初の養老牧場オーシァンファーム創設者である大井昭子さんの言葉。
これこそが日本が世界に誇れる馬と共生する文化の証ではないでしょうか。


養老牧場では今日も、引退馬がのんびりと放牧地で草を食みながら、遠く去りし現役時代の日々のファンの笑顔を思い出しているのかもしれません。


――会いに行ってみませんか、好きだったあの馬に。
http://higenekokeiba.blog.fc2.com/blog-entry-2417.html?sp


《取材協力》
吉備ひだまり牧場
HP:http://mauka.web.fc2.com/
Facebook:https://www.facebook.com/pages/吉備ひだまり牧場/551011321631051

引退名馬(HP) ※引退後の馬の繋養先を検索できます
https://www.meiba.jp/


10. 中川隆[1094] koaQ7Jey 2015年12月13日 21:46:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[255]

nnntm814さん 2014/6/10
助けたい馬がいます。 軽い怪我をしてるだけなのですが、今日から食肉のために肥育される所にいきました。
預かってくださる方を探しています。馬に詳しい方や乗馬クラブや広い土地をもっていらっしゃる方。
お金とかのお話もしっかりします。
早急に探してます。お願いします。

ベストアンサーに選ばれた回答

catbert_sensorさん 2014/6/12

引退馬を助ける場合は2パターンあります。

@養老牧場へ預ける
Aボランティア団体へ保護を求める


@養老牧場へ預ける場合
安いところは月額3万円から。相場は月5〜10万円程度。装蹄費、治療費は別。
異常に気性が荒い、重い病気やけがを持っている等でなければ、たいがい受け入れてくれる。

Aボランティア団体に保護してもらう場合
団体によって受け入れ条件あり。
馬の所有権は団体へ。
受け入れてもらった場合、馬の生活費を払う必要はありませんが、感謝のしるしとして、できる限りの金銭的援助をすべきです。(一口月3000円くらいから)


@、A共通の補足

・運搬費用は本人もちになるのが一般的です。
費用は、移動距離や運転手を外部委託するかどうかなど条件によっていろいろですが、10万円はみといたほうがいいです。

・元競走馬の場合、ある程度以上の成績をおさめていれば、馬自身の年金が出ます。

・馬の治療は保険がきかないので高いです。月に数万円くらいとんでいったりします。

・馬は法律上、基本的に埋葬ができません(自治体に対して事前の許可が必要)。
亡くなった場合、食肉加工場へ送られます。いやであれば、預ける段階で相談を。

・まだ、その馬を買い取っていない場合、まず、買い取りが必要ですが、馬の購入は現金一括払いが基本です。
お金を渡した次の日に馬が死んでもお金は戻ってきません。
実際の引き渡し時に手渡す方がいいです。

養老牧場やボランティア団体は「養老牧場」「馬 預託」「馬 NPO」等のキーワードで検索するとでてきます。

例えば、こういうところがあります。URLを書くのが禁止になったらしいので名称だけ。

引退馬協会(引退競走馬保護)
ホーストラスト(引退馬保護、自馬預かり)

ホーストラストのHPには馬の年金制度(功労馬)について書かれているのでご参考に。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11130398171

NPO法人引退馬協会
http://rha.or.jp/

NPO法人 ホーストラスト
http://www.horse-trust.jp/2horsetrust/concept.html
https://ja-jp.facebook.com/npo.horsetrust

ホーストラスト北海道
http://www.horse-trust.jp/hokkaido.html


11. 中川隆[1094] koaQ7Jey 2015年12月13日 21:54:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[256]

引退競走馬の余生健やか ホースガーデンしらおい (2015年 7/14)


笑顔で馬と触れ合う谷さん

 高齢になった馬に健やかな余生を過ごしてほしい―。

そんな思いで立ち上げた白老町社台のホースガーデンしらおい(谷祐介代表)が、今年で4年目を迎えた。

約3万平方メートルの面積を持つ牧場は全体の3分の2が放牧場。広いスペースでは中央競馬などで活躍した名馬をはじめ、乗馬用の馬たちが草をはみながらゆっくりとした時間を過ごす。引退馬の多くが殺処分される中、わずかでも彼らの命を守ろうと始めた牧場。年老いた馬たちを見詰めながら「少しでも多くの人にそのことを知ってもらいたい」と語る。

 「昔から馬が好きだった」という谷さん(30)。馬術部がある高校に進学後、日高管内で競走馬の育成牧場や乗馬クラブに勤務してきた。馬との関わりの中で、役目を終えた競走馬や乗馬用の馬のほとんどが殺処分されることは「高校時代から何となく分かっていた」。かわいがっていた馬が肉業者に引き取られる場面にも遭遇し、「いつかこうした馬たちが余生を過ごせる牧場をやりたい」と思いを強くしたと話す。

 転機が訪れたのは25歳の時。ある馬牧場が廃業する際、中央競馬でも名をはせた「エルウェーウィン」と「ケイティタイガー」の2頭の行き先が決まらなかった。谷さんは自分が面倒を見ていくことを決意し、知人の牧場に1年間限定で預かりを依頼。この間に白老町で廃業したばかりの物件を見つけ、26歳の時に「ホースガーデンしらおい」としてスタートさせた。

 滑り出しは順調とは言えず「1年半は預かり馬もなくて貯金を削ってましたね」。最初に依頼を受けたのは乗馬用の馬。年齢は17歳で人間で言えば55歳ほどだ。その後は順調に増え、現在の預かり馬は5頭。乗馬用ではポニーを含め4頭を所有。9頭が伸び伸びと暮らしている。

 現役の競走馬は全国で2、3万頭と言われ、約7000頭が毎年加わり、ほぼ同数が引退する。レースの世界から降りた馬たちの多くは所有者から手放され、「すぐにではないものの最終的には肉用などで売却されることが多い」と話す。

 ホースガーデンしらおいでは、日々の世話を谷さんと2人のボランティアスタッフで賄う。2頭の名馬を見に来たり、体験乗馬に来る観光客も多い。そんな中で自然体で過ごす引退馬たちを見ている谷さんは「馬は群れて暮らす動物。放牧場で一緒にいるのを見ると本来の馬らしい姿だと思う。最大16頭まで預かり可能なので、できるだて早く厩舎(きゅうしゃ)をいっぱいにしたいですね」と思いを話している。


エルウェーウィンはビワハヤヒデを破って朝日杯3歳ステークスを勝ったG1馬、
ケイティタイガーも中山大障害勝ち馬なわけですが、そんな活躍馬でも行く宛がなくなる、なんてことがあるんですね。

そして、この件を期に功労馬牧場を設立するということは、なかなか出来ることではありません。楽ではないでしょうが、がんばっていただきたいです。


12. 中川隆[1094] koaQ7Jey 2015年12月13日 21:55:10 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[257]

引退競走馬の余生健やか ホースガーデンしらおい
http://www.tomamin.co.jp/20150727851


13. 中川隆[2273] koaQ7Jey 2016年4月26日 19:04:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2473]

競馬 引退後は9割が殺処分に。 引き離された仔馬

2016-01-06 11:17:05 |  声 な き 動 物 た ち
http://blog.goo.ne.jp/grandemperor/e/e975a07c3928c61b8b5c302bf8e6a0e7

馬は走るのが嫌いだって知ってました?


馬は人に乗られるのが嫌いだって知ってました?


人間の言いなりになるように幼いころから暴力と恐怖で従わせているって知っていました?


保険金をだまし取るために、治療をすれば元気になる病気の馬を放置して殺して保険金を引き出す、そんな事が競馬業界では当たり前に行われているって知ってました?

馬の牧場で長年馬の世話をしていた人がそう断言しています。


14. 中川隆[2274] koaQ7Jey 2016年4月26日 19:20:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2474]
2013年12月 3日 (火)
競馬馬 引退後は9割が殺処分に。競馬が残酷な訳。 #搾取と虐待 #乗馬
http://vegemanga.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/9-8426.html


馬が好きで、競馬に行くことは矛盾しています。

競馬の世界では、現在でも毎年、約8千から1万頭の子馬が生まれていると言われています。

毎年、8千から1万頭です。

単純に計算したら、3年で約3万頭、10年で10万頭になります。

馬の寿命は、健康なら30歳、中には40歳まで生きる馬もいます。

こんなにたくさんの馬が毎年生まれていたら、日本はあっという間に馬糞で埋もれてしまいそうですが、実際はそうなりません。

それはなぜか。

なぜなら、毎年生まれる子馬のうちのほとんどは、2歳、3歳、4歳といった若さで「処分」されてしまうからです。

処分とはつまり、屠殺です。

本当に子馬のうちに処分される馬もいます。

屠殺になる理由は、レースに向かないから、勝てないから、血統にあまり価値がないから、などなど、ようは、競馬で勝って馬主を儲けさせてくれない馬は、生きる価値がないと見なされます。

cherryblossom馬の2歳は、人間で言えば中学一年生くらい。
3歳は、高校に上がったばかりの年頃。まだまだ子供です。

心も体も未熟な、成長期の子供です。

その若さで、競走馬たちは、騎手を乗せ、ものすごいスピードで1キロ、2キロの走路を駆け抜け、勝つことを要求されます。

中学に上がったばかりの子供に、日々猛特訓をして、全日本選手権やワールドカップやオリンピックで勝てと要求しているようなものです。

そんなことをしたら、まだ十分出来上がっていない子供の骨や靭帯、筋肉はあっという間にボロボロになるでしょう。

プレッシャーや過酷な訓練から来るストレスで、精神的にも参ってしまうはずです。

そして、まさに、このとおりのことが、現役の競走馬たちの身には起こっています。

競馬界の真っただ中で働いている関係者の方によれば、現役競走馬の80パーセント近くが、ストレスと偏った食生活のせいで、慢性胃潰瘍に苦しんでいるそうです。

競馬を見ていると、骨折などの事故も多いですが、骨がまだ未熟なうちに、過度の負担をかけ続けているので、不思議はありません。

調教も、決して馬に優しいやり方ばかりではなく、トレーニングに出たが最後、いろいろなトラウマを負って半狂乱になってしまう、若い馬たちの話もたくさん聞きます。

ストレスに耐えられず、あるいは恐怖感で、訓練を嫌がったり、体調を崩したりすれば、屠殺場行きです。

そして、頑張って耐えて、デビューし、horse走り続けたところで、よほどの成績を残さない限りは、やはり最後は屠殺場に送られてしまいます。

G1を勝った馬や、アメリカで大変優秀な成績を残して日本へやってきた種牡馬が、一般人も知らないうちに、あっさり屠殺されていたことが分かり、話題になったこともありました。

最近では、タップダンスシチーの行方が分からなくなり、ネット上を騒がせました。

タップは生きているとクラブ側から「確認」が取れたとされていますが、そのタップの姿は一般公開されていないため、「本当にタップなのか?」「やっぱりもう屠殺されているのでは?」という意見も、多いようです。

勝っても負けても、競走馬たちは、ストレスや酷使で心も体も痛めつけられながら、身を削って走らされ、最後は屠殺場で殺され、leo動物園のライオンの餌やdogドッグフード、それでも余る大半の馬たちは、なんとbud畑の肥料にされるのです。

競走馬として生まれた子馬が、天寿を全うできる確率は、1パーセントもないと言われています。

競馬には、牡馬(オス馬)だけではなく、牝馬(メス馬)も同じく使われます。

牝馬は、人間同様、2歳、3歳の年頃になると、体がふっくらとしてきて、母馬になるための準備を始めます。発情も始まります。

しかし、こうした「女の子の事情」は、競走には不利。

だから、牝馬の競走馬には、ホルモン剤などの薬が大量に使われて、発情を抑えたり、脂肪をつきにくくしたりといった操作がおこなわれます。


また、牝馬は、現役を引退したあとに「繁殖に上がる」、つまり、北海道など、競走馬を産ませて育てる牧場に引き取られて、新たに競走馬の子馬を生むための仕事に回されるので、処分は少ない、と勘違いしている方もいます。

が、繁殖の世界も実際は過酷で、生んだ子馬の成績がいまひとつなら、母馬といえど、やはり処分、が現実なのです。

繁殖に上がったら、その後を追う人があまりいないので、知られていないだけです。

母馬に寄り添い、無邪気に寝転んだり遊んだりしている子馬は、本当にかわいくて、いつまでも見ていたいと思いますが、実際には、そののどかな幸せはつかの間の出来事で、子馬たちはまもなく、過酷な世界へと追いやられていきます。

生まれた子馬たちが勝てなければ、子馬自身だけでなく、母馬の命さえも危うくなります。

もちろん、中には、少数ながら、成績がいまひとつでも、故郷に戻ってきた馬(繁殖牝馬や種牡馬)を、できるかぎり処分しないで、大切に飼われている牧場さんもあります。

しかし、以前、生産牧場(競走馬を生ませて育てる牧場)をされていた方によると、日高地方では「不要牝馬回収」のトラックが、毎週、「いらなくなった繁殖牝馬」をたくさんトラックに乗せて、屠殺場へ運んでいるそうです。

毎週、です。

毎年何千もの子馬が生まれ、毎週 horse 登録抹消される馬がいて、そのうち、即処分を免れた一握りの馬たちが、生まれ故郷に帰って行き場を求め、しかしそこには、すでに前年、そのさらに前からいる馬たちが、ひしめき合っている、、、

残念ながら、今の競馬の世界は、こうした馬の大量生産、そして大量廃棄、が「当たり前」になっています。

競馬は、ギャンブルをビジネスにしているはずが、大量廃棄、大量処分、の現実を見ると、もはやビジネスそのものがギャンブルになってしまっているといっても過言ではない気がします。

そして、そこで、人知れず、無言で、消されていく、馬たちの命、、、

「馬は家畜なんだから、仕方がない」

という意見を平気で言う人もいますが、たとえ食するための家畜であったとしても、「無駄に生ませて、無駄に殺す」のは、命への冒涜以外の何ものでもないと思います。

一時、ファーストフード店のハンバーガーが、冷めてしまったからというだけの理由で、売られることもなく大量廃棄されていて、非難を浴びたことがありました。

今の競走馬たちの扱いは、まさにその頃のハンバーガー並みです。

ハンバーガーでなくても、商品を無駄に大量生産し、そして大量に廃棄することが当たり前の企業や工場は、非難される世の中ですし、そもそもビジネスとして立ち行かないはず。

まして、命のある馬たちを、「家畜だから」という理由で、無駄に生ませ、ストレスを与え、無駄に殺すのは、まったく理屈が通らないことです。

人によって生まされ、若さや命を謳歌することも許されないまま、人のために走り続けた馬たちを、「夢と感動」といった美辞麗句で飾り立てるその裏で、ゴミのように処分する、そんなやり方が通用する世の中であってはいけないと思います。

競馬ファンの多くは、馬券の儲けよりも、走る馬たちの美しさ、力強さ、ドラマチックなレース展開に引かれる、と、以前何かの雑誌で読んだことがあります。

馬に魅せられたわたしたち一人一人がもっと声をあげて、競走馬たちの福祉や未来を訴えていくことで、競馬界の認識や、姿勢、馬の扱いをも、変えていけると、わたしは信じています。


馬が好きだから、馬刺しは食べないと思っていても、馬を使ったビジネスにお金を落とせば、あなたも馬殺しに加担していることになります。

怪我や故障した馬、引退した馬は、馬刺しまたは、ペットフードになります。


競走馬は人間でいうと小中学生の歳で競走馬となり、同じ年頃に肉されます。


あなたは、鞭打たれて走りたいですか?

競馬にドラマがあるとか。 走りたいから走っているとか。
勝手に決めつけるのはやめて下さい。

弱者は、最初から弱いのではなく、そういった立場に追いやられているだけなのです。

以下はFBより。

毎年何百頭ものサラブレッドがアメリカから日本に売られています。

そのうち90%が屠殺場で最後を終えます。

殆どの日本の屠殺場で 馬たちは恐ろしい死をむかえます。
殺され、解体され、ドックフードに なるか人間に食べられます。

PETAは熊本にある日本で最大の馬の屠殺場で、サラブレッドの最後を ビデオに捕えました。

馬は屠殺される前に水を吹きかけられます。

馬は驚き、何が起こっているのか分かっていません。
また、パニックに なりヒヅメがスリップし屠殺場の中に逃げます。

数分後には捕まえられ殺されます。


動画 Where Racehorses Go To Retire
https://www.youtube.com/watch?v=EFG6aw_msHk


2008年には20,000匹もの馬が日本で屠殺されました。

使い捨ての商品として競走馬が開発されている、アメリカでのサラブレッ ドの過剰繁殖が一因でもあります。

何万匹の馬が貪欲な競馬産業のため に毎年作り出されています。
しかし競走馬として終わりをむかえたとき、彼らをどうするかまでは考えていません。

名馬でさえ屠殺場で生涯を終えます。

ケンタッキーダービーの優勝馬 Ferdinand は日本のブリーダーに売られ、
彼を利用されたのち数年後には 屠殺場へ売られました。

日本での調査でPETAはダービーやプリークネスの優勝馬である「カリズマティック」や「ウォーエンブレム」が日本の ブリーダー牧場に今現在いるのを見つけました。

彼らが種馬として不要になってきたら彼らはどこで終わりを迎えるのでしょう?

全米競馬協会へ日本への馬の輸出と競走馬の繁殖を止めるよう要求してください。

【 署名はこちら 】

https://secure.peta.org/site/Advocacy?cmd=display&page=UserAction&id=2103

リンク先、画面右側 upwardright

First Name:名前、
Last Name:苗字、
Your E-mail:メールアドレス
を入力し、画面右下のSend this messageボタンをクリックウマ
Thank You for Speaking Up for Rachhorses画面が出たらOKです。



【補足:Wikipediaより】


アメリカは国内での屠殺は馬の頭数を考えれば比較的少ないが(馬食文化がないことや、馬肉の供給がしばしば違法であるため)、実際にはアメリカ国外に移送してから屠殺されているという。

近年、アメリカでは屠殺及び屠殺目的の輸出を全面的に禁じようとする動きも見られる。



2009年6月19日 読売新聞


大日本住友製薬は19日、国内初の馬向けの胃潰瘍(いかいよう)治療薬を7月1日に発売すると発表した。


国内の現役競走馬の半数以上がストレス性の胃潰瘍とみられており、
競走馬にとっては朗報になりそうだ。

この治療薬は人間向けの胃潰瘍薬と同じ成分を含み、
動物薬大手の米メリアルが製造し、大日本住友が販売する。

海外では20か国以上で売られているが日本では未承認だった。
これまで日本では馬の胃潰瘍の治療に、人間の薬を転用するケースが多かった。

大日本住友によると、競走馬は緊張を強いられるレースや日々の調教、
長距離の移動などで、強いストレスにさらされている。

獣医師による内視鏡を使った最近の臨床結果では、
少なくとも半数以上が胃潰瘍を発症していたという。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こういったことに加担しないで下さい。走りたくて走っているなら、
何故ストレスを感じ、胃潰瘍になるでしょう?

mixi 競馬が嫌いコミュより。以下、転載。

動物愛護でJRA、行き過ぎたムチ使用禁止へ  
(読売新聞 - 2010年10月20日)

 日本中央競馬会(JRA)は20日、騎手に対しムチの使用を規制するガイドラインを制定することを明らかにした。

 動物愛護の観点から、馬がケガをするほどの行き過ぎたムチ打ちなどを禁じるもので、来年1月から始める。

 JRAによると、ムチの使用に関して、国際競馬統括機関連盟が5月に国際基準をまとめたが、日本には具体的な規制はなかったため、国際基準に準じて新たなガイドラインを設けた。

 馬を傷つける過度の使用のほか、着順の大勢が決まったのに、必要以上に使うことや、馬の脇腹や頭を打つことなどを禁止する。来年1年間は、違反しても騎乗停止などの制裁は科さず、本格運用は2012年から。
 
動物愛護精神が強い英国では規制が厳しく、05年には武豊騎手、09年には内田博幸騎手らが英国のレースで騎乗停止処分を受けた。

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やっと一歩進んだ様子ですfoot。

転載終わり。゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

私はmoneybag 競馬場に 行ったこと無いのですがdespair
骨折した馬に、観客は「死ねsign01」などの罵声を浴びせることもあるそうです。

>その馬をアテにして大金を注ぎ込んで馬券を買っていた人が、
  落馬をした事で、その馬に対して罵声のような言葉を浴びせている事も (OKwaveより)

.

馬が殺されることを知らずに、競馬行ってる人もいると思います。

そういう人に、知らせてあげて下さい。

以下の動画は知らないことが沢山ありました。是非見てみて下さい。

(シェアしようと思っていた動画「競馬引退馬の厳しい現実」が削除されてた…。)

「馬:命を賭けた逃走」
https://www.youtube.com/watch?v=-9d3jGCTXMM
https://www.youtube.com/watch?v=9pbeN9DqEUI


ひたすら速く走らせるためだけに仔馬を産ませ育成すること自体が虐待です。

pc とどけ!馬の祈りプロジェクト 「このプロジェクトについて」より、以下転載です。

今すぐ競馬そのものを無くしたり、馬の殺処分を禁止すことは、神様でもなければ無理でしょうから、まだしばらくは、馬の大量生産や使い捨てという現実は続くでしょう。

でも、かわいそうな馬たちを本当に救いたいと思ったら、「引き取り→譲渡」だけではどうしても後手に回ってしまいます。

本当に馬たちを、未来にわたって救うには、今の競馬の在り方そのものを変える動きを作り、そもそも処分する馬を出さない形に変えてもらわないといけない、と思いました。

それはつまりは世の中のある仕組みを変えるということであり、世の中の一般の人々の意識を変えるということです。

そして実は、犬や猫の福祉の世界では、少しずつですが、すでに起きてきていることです。

ただ捨て猫捨て犬を拾って里親を探すだけではなく、法律をはじめとする国の認識、そして何より、一般の人々の、犬猫に対する見方、ペットを飼うということに対する考え方等を変えていくことで、初めて、不幸な犬猫を出さない世の中を目指す。

わたしはこれを馬でやりたいと思いました。


転載終わりheart01

【不幸な馬達の為に、あなたに出来ること】

•馬を利用するdollarビジネス(競馬、乗馬、サーカス、食用等)はpaperボイコットする。

•競馬や馬が好きな人、多くの人へ馬達の生末や辛い現状を、知らせてあげる。

•ギャンブル好きな人に、競輪や競艇を勧める。(実際、競馬より競艇の方が、利率良いそうですよ。)

馬は、非常に臆病でデリケートな動物です。

以前もシェアしましたがこちらの署名も引き続き集めています

宜しくお願いしますshine

動物を利用しない、やさしい遊びや祭りは充分あります


•熊本県:藤崎八幡宮秋季例大祭の馬追いをやめて欲しい。


また、今も発展途上国等で使われているロバさん達。

貧困ゆえに、必要である地域もあることでしょう。(でも本当に?それしかないの?)

しかし苦痛を感じる動物を、機械のように扱うのはやめて下さい。
彼らは物ではありません。


ナイスな発明ですね

ちなみにウサギ年の翌年か、翌々年には、捨て兎が増えるそうです。
(ホームセンターに、子供のおこずかいでも買える値段で販売される為。)


干支に動物が絡むと、ロクなことになりませんね ┐(´д`)┌


日本人に命を慈しむ心が育まれるまでは、干支を動物にするのはおあずけで
来年の干支は、自転車でいいんじゃないですか(笑)


以下は、PETAの記事です。是非読んでください。


ホースレーシング(競馬)
PETA Action Alert!

メルボルン(オーストラリア)の活動家が屠殺場を調査したところ、
レース産業の利益にならない事を理由に捨てられたレース用馬たちの、ぞっとする様な屠殺が明らかになりました。

この馬たちの多くはやせ衰え、傷つき、彼らは待機用の檻の中に閉じ込められていました。

その後ライフル銃で頭を撃たれるのですが、その際他の馬の目の前で屠殺が行なわれることもしばしばあります。

作業員はよく訓練されていないため、殺される馬のなかには、
(皮を剥がしたり脚を切り落とすための)処理場の床を引きずられる間中、
もがき苦しんでいるものもいます。この捜査のビデオは下記URLから視聴できます。(※)

オーストラリアでは毎年、レース産業の中約18,000頭の馬が産まれます。
その1/3が将来レースに参加しますが、3歳以上になってもレースに出続けることは稀です。

レースで走り続けた後、利益にならないとされた馬たちが、
退職して牧草地で余生を過ごすことはめったにありません。

何万頭ともいう馬たちが、毎年売られて屠殺されています。
こうして屠殺された馬の肉は、犬や猫のペットフードに加工されたり、人間用の「極上の肉」としてヨーロッパやアジアで消費されています。
何も屠殺だけが残酷なわけではありません。
ホースレース(競馬)産業自体も残忍性に満ち溢れています。

サラブレット馬は遺伝子に問題を抱えていますが、硬い競技場の地面、年中続くレースのスケジュール、そして馬たちを「投資」と見なしてより多くのお金を儲けるために頻繁にレースに出させるオーナー達によってより悪化します。
トレーナーや獣医達は、馬の怪我を治療するためにしばしば薬を使用します(合法・違法ドラッグ共に)。

ラシックスは、肺の血液を止めると共に、他のドラッグの存在を隠す効果のある合法ドラッグです。

フェニルブタゾンはよく使われる鎮痛剤で、比較的軽い怪我の場合使用して馬を走らせますが、そのせいで重い怪我になってしまうケースもあります。

競馬産業と関係のある産業の利益のために品種改良・繁殖させ飼育するのを続けさせる限り、彼らはこうした動物を虐待し、屠殺し続けることでしょう。

しかし、私達はこの残酷な行為と戦うことができます。

例えば、レース場に出向くことをボイコットしたり、
売り込みとしてレースを支援している議員に働きかけることで、
この虐待的で犠牲の大きい「スポーツ」によって苦しむ馬の数を減らすことができます。

数日後に行なわれるメルボルン杯や他のレースをボイコットし、
もっと多くの人達も同じようにレースを放棄するように働きかけるためにも、この活動に加わってください。

※ビデオの中には、ライフルで屠殺する様子、解体の様子や屠殺後の肉片、骨、馬の頭などが写されています。心臓の弱い方、精神的に弱い方はご覧にならないでください。


動画 Horse Race Cruelty! Animal Planet "Jockeys"
https://www.youtube.com/watch?v=dPJVjd7k9uQ



ビデオの中で、馬がせりにかけられる様子があったんですが、ある馬は110ドル(11,000円弱)、あと一頭は80ドル(8千円前後)で売り飛ばされていました。
レースに出た馬の多くが屠殺されるそうです。

詳しい情報については、PETAのfactsheet
http://www.peta.org/mc/factsheet_display.asp?ID=65

を読むか、
PETAAsiaPacific.com(PETAアジア支部HP)

http://www.petaasiapacific.com/

をご覧になってください。

以下は、ARCより。

【競馬の問題点】 horse

馬を鞭打って走らせることは動物虐待であるという批判は、特に海外で強く主張されてきました。(そのためイギリスでは1競走について鞭を当ててよいのは10回までと制限されています)

しかし、日本では馬の福祉に目を向けている競馬関係者・ファンはきわめて少なく、ギャンブルの道具とみなされて身体を壊すような無理な訓練やレースをさせられたり、馬房という密室で暴力を受ける馬さえも存在します。

もとより、ひたすら速く走らせるためだけに仔馬を産ませ育成すること自体が虐待です。

そのうえ、育成馬のおよそ半分は競走馬になれずに、乗馬用の馬として引き取られた先で虐待を受けたり、食用馬として売られ屠殺されて馬肉となる運命です。

競走馬になれてもケガや病気のリスクが高く、走れなくなるとほとんど治療されることはなく、成績が上がらず引退させられる馬とともに行く末はやはり馬肉です。

引退馬の中には、繁殖用として残される少数の馬もありますが、ごくごく一部の人気馬やきわめてまれな優しい馬主に飼われている場合を除き、ゆくゆくは屠殺 が待っているということは同じです。(種馬として日本に輸出されたアメリカダービーの優勝馬でさえ最後は殺されて馬肉になったと、2002年アメリカで大 問題になりました)

「競馬はロマン」などと宣伝されても、実態は馬という動物の搾取と虐待そのものです。

【乗馬の問題点】

 日本には乗馬施設の開設・営業に関する法律はほとんど存在せず、わずかに2006年に改正された「動物の愛護および管理に関する法律」で乗馬クラブが届け出制になっただけです。

そのため知識経験見識が乏しい者でも自由に開設・営業できるため、馬にとってきわめて不幸なことが起きています。

経営者の営利主義や無知により、虐待ともいえる乱暴な扱いや不適切な飼育環境に苦しむ馬は決して少なくありません。

このあたりはペット産業とよく似た構造ともいえるでしょう。動物愛護管理法の不備です。

巨大な動物であるため、老化、傷病などで乗馬に使えなくなった馬や経営不振で破綻したクラブの馬たちは、次の引き取り手を見つけることが非常に困難です。 そのためここでも屠殺→馬肉という運命をたどることがほとんどで、引退して余生をのんびり暮らすという馬はきわめて稀です。
http://vegemanga.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/9-8426.html


15. 中川隆[3354] koaQ7Jey 2016年7月20日 18:18:42 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[3705]

158 : 名無しさん@実況で競馬板アウト 2016/07/20(水) 11:06:22.82 ID:ETe7AlAY0

実際は餓死とか不要になったから処分するG1馬のほうが悲惨な死に方をしてる予感がする

ファンの手前、薬殺できないからわざと病気になるような環境に置いたりして無理矢理死なせるわけだから

骨折や薬殺なんてそんな殺し方から見たら屁みたいなもんだろうと思うわ


159 : 名無しさん@実況で競馬板アウト 2016/07/20(水) 11:14:16.68 ID:ETe7AlAY0

まずエサを与えない殺し方 

体全体に酸素が届きにくくなり体の機能が低下します。

また、脳梗塞、心筋梗塞など、血管が詰まることによる病気になり死に至る 餓死の前に100%

これが基本的な殺し方だが いくらでもサラブレッドを合法に殺す方法はある

エサ代10万円だからG1馬だからJRAから1万円もらっても生かしておくと毎月9万円損をする
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/keiba/1468896489/


16. 中川隆[-7954] koaQ7Jey 2017年4月30日 13:32:32 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

阿修羅管理人に投稿・コメント禁止にされましたので、本日をもってこのスレは閉鎖します

17. 中川隆[-7888] koaQ7Jey 2017年5月01日 08:43:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

参考に、僕が阿修羅原発板で反原発派の嘘とデマを明らかにした為に、阿修羅で投稿・コメント禁止にされた経緯を纏めました:

これが阿修羅に巣食う電通工作員
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/603.html#c73


18. 中川隆[-7206] koaQ7Jey 2017年7月09日 15:57:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

馬だって「転職」は簡単じゃない。競馬→誘導馬→馬術という成功組。
7/9(日) 8:01配信 (「オリンピックPRESS」北野あづさ = 文)


誘導馬の初心者マークを額につけたオースミイレブン。本人(馬?)は環境の変化をどんな風に受け止めているのだろうか。
photograph by nabecci/Ryosuke KAJI


 「転職=1つの職から他の職に転ずること。職業をかえること。(広辞苑より)」

 「転職」は大変だ。新しい仕事を見つけることも大変だし、新しい職場や内容に慣れるまでは苦労も多い。そして転職は人間だけのことではない。馬の世界にも「転職」が存在する。

 日本において、「馬の仕事」といえば、何を想像するだろう? 時代劇の中なら、乗り物としての馬や農耕馬だった。しかし、現代では、レジャーあるいはスポーツが、馬たちのフィールドだ。なかでもメインフィールドは、間違いなく競馬である。

 競馬はわかりやすい。競馬は迫力がある。そして、楽しんだうえにお金が儲かる(こともある)。しかし、華やかな競馬の世界でスポットライトを浴びることができる馬は、実はそれほど多くはない。

 ましてや、GIレースをいくつも勝って、引退後に種牡馬に「昇進」する馬はごくわずか。血統が重視され、ブラッドスポーツと呼ばれる競馬コミュニティにおいて、種牡馬になることは究極の出世とも言える。しかし、未勝利馬はもちろんのこと、レースをいくつか勝ったくらいでは、種牡馬への道は開かない。
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馬にとっても、転職は簡単じゃない。

 そこで「転職」だ。転職先の1つに「乗用馬」がある。乗馬クラブなどでお客さんを乗せるだけなら、特別速く走る必要はないし、どんな馬にもできそうな仕事に見えるが、実際は違う。

 競走馬に求められるのは、勝つこと。数センチでも構わないから、他の馬より先にゴールを駆け抜けることが全てである。持って生まれた身体能力に加え、闘争心や、騎手の指示に対する瞬時の反応など、様々な要素が兼ね備わってはじめて、トップクラスの競走馬になれる。育成牧場で、トレーニングセンターで、彼らは「競走馬」になるためのトレーニングをひたすら重ねる。

 乗用馬、特に初心者を乗せる馬に求められるのは、安全であること。勝手に走り出したりせず、物音に動じることなく、泰然自若としていることが重要で、競走馬時代とは正反対のことを要求される。

 馬にとって、これは結構ハードルが高い。馬は学習能力が高い動物と言われる。一度覚えたことはなかなか忘れない。「とにかく速く走れ! 他の馬よりも先にゴールを駆け抜けろ!」と教えられてきたのに、「勝手に走るな。ゆっくり歩け。落ち着いていろ」と言われても、そう簡単に受け入れられるものではない。


競馬と最も離れた存在、馬場馬術。

 お客さんを乗せる乗用馬ではなく、さらに一歩進んで、馬術競技に出場する馬を「競技馬」と呼ぶ。

 競技馬になるためには、競技馬としての能力とテクニックが必要だ。国内で多く行われている馬術競技は「障害馬術」と「馬場馬術」。障害馬術は、アリーナの中に設けられた障害物を、決められた順番通りに、落下や拒止などのミスなく早く回ってゴールするものだ。

 馬場馬術は、フィギュアスケートのように、様々なステップを踏んだり、図形を描いたりして、その正確さや美しさを競う。馬術競技の中でも馬場馬術は、競馬と最も離れた存在だ。

 馬場馬術で美しくステップを踏むには、持って生まれた「歩様(ほよう)」が大きく関係する。これは、トレーニングではカバーしきれない部分だ。「歩様」とは、歩き方、肢の動かし方を言う。

 馬場馬術の馬に求められるのは、大きく、滑らかで、優雅な歩様だ。肩の可動域が広く、後肢を大きく踏み込み、全身を使って雄大な歩きを見せると、高い評価を得られる。ある程度トレーニングで改善することはできるが、やはり天性の素質がものを言う。
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今回の主役はクロフネとロジータの子供。

 ここで、主役の登場だ。名前は「オースミイレブン」。名前だけでピンとくる人がいたら、かなりの競馬通だろう。競走馬時代は四位洋文騎手などの手綱で15戦5勝の結果を出した。

 父はクロフネ、母はロジータ。両親の名前を聞けば、「あぁ」と思う競馬ファンもいるはずだ。クロフネは芝からダートに転向して、GIのジャパンカップダートを大差のレコード勝ちした伝説の馬。ロジータは牝馬ながら南関東三冠を制した馬で、今も「ロジータ記念」というレースがある。つまりオースミイレブンは、競馬の世界で言うところの「良血(りょうけつ)=血統が良い」なのだ。

 しかし、先にも述べた通り、この程度の競走成績では種牡馬になることは到底望めない。が、彼が父親譲りの芦毛(白い被毛に覆われている)だったことが、彼を次の道へと導いた。

 競馬では、出走馬が本馬場入場する際に、その馬を先導する「誘導馬」という仕事をする馬たちがいる。その多くが元競走馬で、しかも芦毛が多い。芦毛で良血のオースミイレブンはこの仕事にスカウトされ、JRA札幌競馬場の乗馬センターへの「転職」が決まった。2012年のことだ。


誘導馬になると同時に、馬術の才能を見出され。

 誘導馬にも、落ち着いていることが求められる。本馬場入場時にエキサイトする競走馬は多い。そこで一緒になって「オレも走る!」と、興奮したら誘導馬失格だ。周りの馬たちが気合十分にコースを駆けていく中、自身はゆっくりと落ち着いて歩かなければならない。それができない馬は誘導馬にはなれない。オースミイレブンは、トレーニング期間を経て、2014年の夏に誘導馬として競馬ファンの前に再び姿を見せた。

 札幌競馬場では、誘導馬としてのトレーニングと同時に、馬場馬術の競技馬としてのトレーニングも受けていた。

 担当したのはJRA職員の間裕(はざま ゆう)。すぐにオースミイレブンに、馬場馬術競技馬としての素質を感じた。ローカル競技にも出てみたところ、悪くない評価をもらった。

 「この馬ならもっと上にいけるかもしれない」

 そう感じた間は、北原広之に連絡した。「いい馬がいるんです。北原さん、乗ってくれませんか?」と。

 東京・世田谷のJRA馬事公苑(現在は改修工事中のため宇都宮市)に勤務する北原は、国内トップクラスの馬場馬術選手だ。過去に全日本選手権を3連覇し、世界選手権にも出場した。トレーナーとして多くの馬を育てた実績もある。その北原も、オースミイレブンの動きに才能を見てとった。2014年の暮れにオースミイレブンは馬事公苑に「転勤」し、馬場馬術競技馬としての本格的なトレーニングがスタートした。
.

「どんな馬にも才能がある。それを伸ばすのが仕事」

 北原がオースミイレブンに感じたのは「肢さばきの良さ」。歩き方がスマートで、かつ見栄えがするのだ。これはトレーニングでつくり出せるものではない。とはいえ、パーフェクトだったわけではなく、肢の動かし方に左右の差があった。正確さと美しさを求められる馬場馬術において、左右のアンバランスは大きな欠点だ。

 また、性格にもやや難があった。周りが気になってしまうタイプで、特に初めての場所では本来のパフォーマンスに集中せず、挙動不審になることも多かった。

 北原には、「どんな馬にも才能がある。それを活かして伸ばすのが自分の仕事。目標は常にグランプリクラス」という信念がある。才能を見込んで受け入れた以上、オースミイレブンを競技馬として成功に導かなければならない。

 馬場馬術競技はレベルに応じて、段階的に難しいクラスにステップアップしていくシステムがある。公式戦ではLクラスからスタートして、Mクラス、Sクラスと上がっていき、その先はインターナショナルレベル。セントジョージ賞典クラス、インターメディエイトクラスとレベルが上がり、究極はグランプリだ。

 オリンピックや世界選手権は、グランプリクラスで行われる。インターナショナルレベル以上のクラスで求められる動きは、速く走ることに特化したサラブレッドには難しい。馬術競技が盛んなヨーロッパでは、馬術競技用の品種の、その中でも選ばれた馬たちがこの競技に出てくる。それらの馬たちは、体のつくりも、歩様も、馬場馬術に適している。


国内の枠を超えた器で、一足飛びに国際クラスへ。

 馬場馬術の競技馬として再スタートしたオースミイレブンは、順調に競技会で結果を出し、2015年秋には全日本大会のLクラスへの出場権を得た。しかし、意外な結果が待っていた。彼の持ち味である肢を高く上げる歩様が、このクラスではトゥーマッチと評価されたのだ。

 インターナショナルクラスに上がれば評価されるはずのこの歩様が、国内クラスではむしろマイナスに作用してしまった。しかし、北原が見据えているのは国内クラスではなく、最高レベルのグランプリ。最終目標のために必要な歩様の良さを、ここでつぶすわけにはいかない。

 北原は国内で結果を出すことを捨てて、次のステップに進む決断をした。しかし、肢を高く上げられるからといって、全ての要素が上のクラスに通用するわけではない。他の部分を強化して、全体のレベルを引き上げなければ、上のクラスにチャレンジすることさえままならない。

 馬術競技において、馬はパートナーだ。けれど、言葉が通じない馬に対して、技術的なことを説いても、精神論を語っても、「馬の耳に念仏」である。彼らに求めていることを伝えるには、理論に基づいた的確な指示を出し、少しでもうまくいったらほめることしかない。

 繰り返すが、馬は学習能力が高い。ほめられれば「この指示の時には、この動きをすれば良い」ということを理解する。その小さな積み重ねだ。うまくいかない日が続いても、ひたすら繰り返す。ひょんなきっかけで光が見えてくることもある。せっかくうまくいっていたことが、突然できなくなることもある。そんなときは、ひたすら我慢して、時には敢えて、もっと前の段階まで戻ってやり直すこともある。それが生き物である馬とともに行うスポーツの難しさであり、醍醐味でもある。
.

世界での初戦は「激辛デビュー」だった。

 オースミイレブンが北原の元に来てから2年半。北原とオースミイレブンは現在、インターナショナルクラスの第一関門であるセントジョージ賞典に挑戦している。

 最初は散々だった。インターナショナルクラス初挑戦の試合で、北原はウォームアップから強めに追い込み、オースミイレブンもそれに応えて切れのある動きを見せた。「このままいけば、いいパフォーマンスができる」と、北原は思ったという。

 しかし、そういうわけにはいかなかった。オースミイレブンはウォームアップの時点でいっぱいいっぱいになってしまっていたが、北原それに気付かなかった。競技アリーナに入場するなり、腰を高くして後ろ肢を蹴り上げるしぐさを繰り返し、北原の望む動きからはほど遠い状態だった。

 ちゃんと運動をさせようと焦る北原の指示は強くなり、それにオースミイレブンが反抗する……という悪循環。それ以上、馬に勝手なことをさせないように、無難に演技をこなすのが精一杯だった。

 北原曰く、「ほろ苦どころか、激辛のセントジョージ賞典デビュー」となった。その後、調整を重ね、何度かこのクラスの競技に出場して、少しずつ安定した成績を出せるようになってきた。


競走馬として勝ち組ではなかったが……。

 今の具体的な目標は7月中旬の内国産馬場馬術選手権。元競走馬や日本で乗用馬として生産された馬のための大会で、セントジョージ賞典クラスで行われる。

 ランキング上位から15頭がエントリーしている中で、オースミイレブンは現在ランキング7位。何年もこの競技に出場し続けているベテラン馬たちを相手に、どこまで戦えるか。北原がどこまでオースミイレブンの力を引き出せるか。

 以前、間が北原に言ったことがある。「内国産馬選手権で勝てると思って北原さんに託したので、まずはそれを実現してください。その先も、行けるところまで行ってほしいと思っています」と。

 「どの馬でもグランプリに行ける可能性を秘めていると思ってやっているけれど、サラブレッドでそこまで行くのは簡単じゃないんだよ。わかっているだろ」と北原は笑って答えたが、彼自身が誰よりもそれを期待している。

 「転職」は大変だ。そもそもそれは馬の意志ではなく、馬にとってはありがた迷惑な話かもしれない。けれど人は、馬の才能を信じ、それを伸ばすことに全力を尽くす。競走馬として大成しなかった馬にも、別の世界で花開く可能性がある。

 競走馬としては「勝ち組」とは言えないが、自分を信じて、伸ばしてくれようとする「上司」に出会えたオースミイレブンは、たぶん「転職成功組」だ。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170709-00828405-number-horse&p=1


19. 中川隆[-11321] koaQ7Jey 2019年9月21日 13:11:41 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1477] 報告

殺処分を減らそう 引退競走馬の「第二の人生」支援 山梨の牧場が年間100頭再調教
9/21(土) 9:54配信 毎日新聞

競走馬を引退した馬を運ぶ小須田牧さん=北杜市で2019年6月21日午後3時5分、井川諒太郎撮影


 競走馬としての役目を終えた引退馬の「第二の人生」を支援するため、山梨県北杜市の牧場施設「ホース・ブリッジ」社は年間約100頭を再調教し、乗馬クラブなどに引き渡している。代表の小須田牧(こすだまき)さん(38)は「多くの引退馬は行き場がない。活躍の場を増やしたい」と話している。【井川諒太郎】

 引退馬を支援する公益財団法人「ジャパン・スタッドブック・インターナショナル」によると、競走馬となるサラブレッド系の馬は年間約7000頭生まれる。2、3歳でデビューし、多くが5歳までに競走馬登録を抹消される。その後は飼育費用がかさむなどの理由で殺処分されるケースも少なくない。

 「引退馬を再び活躍させてほしい」。乗馬クラブが集中する北杜市で、20歳から競走馬の輸送に関わってきた小須田さんは多くの調教師に求められてきた。その期待に応えたいと考えたのが、2016年の同社設立の動機。実家の牧場施設を調教場所として使い、県の馬術場職員だった2人を調教師として迎えた。調教師の安永博紀さん(42)は「全ての馬を救えなくても、少しでも多くの馬を長生きさせたいと思う」と話す。

 ただ、会社の運営は簡単ではなかった。馬1頭につき月10万円ほどの飼料代がかかり、一般の人が乗れるようになるまで半年を要する馬もいる。

 だが、小須田さんが北海道から鹿児島まで馬を輸送するうち、会社が知られてきた。都心を中心に乗馬クラブが相次いでオープンし、馬の需要が高まったことも追い風になり、少しずつ軌道に乗った。昨年は約100頭を全国に送り出すことができた。小須田さんは「かつて競走馬として育てた調教師から感謝の言葉ももらえる。引退馬の殺処分は世界的にも問題になっているので、再調教する馬を増やしたい」と抱負を語る。

 ◇引退馬への支援、全国でも

 引退馬への支援は全国でも広がっている。日本中央競馬会(JRA)は、乗用馬などへの転用がセカンドキャリアにつながると位置づけ、17年12月に「引退競走馬に関する検討委員会」を設置。昨年末から試験的事業として、再調教をする団体などに奨励金を交付している。

 一方、乗馬の普及を図る全国乗馬倶楽部振興協会(東京)は、昨年から「引退競走馬杯」を開催。昨年は茨城県や北海道など5会場で160頭の引退馬が出走した。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190921-00000015-mai-soci

20. 中川隆[-14806] koaQ7Jey 2019年11月20日 11:31:16 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-1892] 報告

2019年11月20日
家畜ウマの父系起源
https://sicambre.at.webry.info/201911/article_38.html


 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、家畜ウマの父系起源に関する研究(Wallner et al., 2017)が公表されました。Y染色体の雄特有領域(MSY)は、父親から息子へと組み換えなしに継承されるので、雄の移住および人口史を反映しています。母系継承となるミトコンドリアDNA(mtDNA)と組み合わせると、単一種の雌雄の人口史を比較できます。家畜ウマ(Equus caballus)は、両性間で人口史が異なるとくに顕著な例です。ウマの場合、家畜化に明確に先行するmtDNAの多様性とは対照的に、MSYはきょくたんに低い多様性を示します。ウマの低いMSY多様性は、低い変異率では説明できません。なぜならば、現代のウマのY染色体系統は明確にモウコノウマ(Equus przewalskii)とは異なり、先史時代のウマのY染色体系統にはもっと多様性があった、と考えられるからです。なお、モウコノウマは現在では唯一の野生ウマと考えられてきましたが、古代DNA研究により、初期家畜馬の野生化した子孫で、現在の家畜ウマにはわずかしか遺伝的影響を及ぼしていない、と明らかになりました(関連記事)。

 現代のヨーロッパのウマにおける低いMSY多様性と限定的な短縦列反復変異性は、雄のきょくたんに低い有効集団規模を示唆します。これは、ウマの雄が厳しい人為的選択を受けてきたことを反映しているのでしょう。ウマのY染色体多様性の低下は、家畜化の過程における遺伝的ボトルネック(瓶首効果)を伴って5500年前頃始まり、複数の先史時代および歴史時代の移住の波によりさらに強化されました。現代のウマの各品種は、過去数百年にわたる集中的かつ組織的なウマの繁殖の結果です。この期間中に、近親交配および戻し交配の概念が一般的になり、ウマ集団全体がこれらの戦略に強く影響を受けてきました。とくに重要なのは、外国の飼育場から種牡馬を輸入して在来の群れを改善する傾向でした。ヨーロッパ中央部ではこれが16世紀に始まり、スペインとナポリの種牡馬が人気でした。

 18世紀末までに、ヨーロッパ中央部の各ウマ集団は東洋の種牡馬の導入により形成されていき、この期間には、外部からの輸入はアジア中央部草原地帯のトルコマン種とアラビア半島からのアラビアン種牡馬に制限されていました。種牡馬を介した改良は19世紀と20世紀に頂点に達し、イギリスのサラブレッドが多大な影響を及ぼしました。イギリスのサラブレッドに関しては閉鎖的な血統書が1793年以来作成され続けており、在来の牝馬と交配した東洋の種牡馬の移入により形成されました。この繁殖の歴史は、現代のウマの品種内にわずかなだけの創始者系統しか残らない状況につながり、輸入された血統の繁殖成功は、在来ウマのY染色体系統の完全な置換をもたらしたかもしれません。したがって、最近の創始者効果は、ウマにおけるMSY多様性に大きな影響を与えました。

 本論文は、高解像度MSYハプロタイプ決定により、影響力のある創始者種牡馬の起源を解明し、現代のウマ集団への遺伝的影響を推測しています。本論文は、21品種の52頭のMSYにおける146万塩基の解析により、867ヶ所の多様体を特定し、1頭の種牡馬につき平均して25頭のうち1頭に新規変異が生じると推定しています。本論文は、この解析から24のY染色体ハプロタイプ(HT)を作成するとともに、これに基づきモウコノウマとロバを外群として、家畜ウマのHT系統樹が作成しました。HT系統は、シェトランドポニーおよびノルウェーのフィヨルドホースの系統群(N)と、アイスランド種(I)と、その他の系統群に分類されます。NとIはヨーロッパ北部の品種に限定されており、その中でもアイスランド種は多様です。

 圧倒的多数はその他の4系統群となるA・L・S・Tに分類されます。Aにはアラブ種とその影響を受けたコネマラポニーおよび南ドイツのトラケナーが含まれます。LとSにはリピッツァーナとソーライアが含まれます。Tには本論文で対象となった品種の2/3以上が含まれており、フランシュ・モンターニュを除いてすべて、記録上はイギリスのサラブレッドの父系子孫です。T系統の多様性はきわめて低く、最終共通祖先の年代の新しさを示唆します。1世代平均7年とすると、A・L・S・Tの最終共通祖先の年代は647±229年前です。N・Iも含めた合着年代は1328±380年前で、これらの系統とモウコノウマ系統の合着年代は23716±1975年前です。ただ、世代ごとの推定変異率は4ヶ所の変異のみに基づいているので、それほど堅牢ではない、と本論文は注意を喚起しています。また、1世代の年代も推定なので、最終共通祖先の推定合着年代には大きな幅が生じます。本論文のデータは、現在の家畜ウマのMSY系統は家畜化後に単一の創始者から始まった、とする見解と一致します。

 より詳しく家畜ウマのMSY系統を見ていくと、アラブ種がAoとTを有しているのに対して、イギリスのサラブレッド種はすべて、Tから派生したTbを有しており、その中でもTb-dWにほぼ独占されています。Tbおよびその派生系統のTb-dWは、イギリスのサラブレッド種の影響を受けたヨーロッパおよびアメリカの競技用ウマ品種でも優勢でした。アラブ種(Ao系統)およびイベリア種(S・L系統)の強い影響は、ドラフト種とポニー種とバロック種で、Ad系統はこの3種に限定されます。

 本論文は、イギリスのサラブレッドの父系3始祖、つまり1700年生まれのダーレーアラビアン(Darley Arabian)、1680年生まれのバイアリーターク(Byerley Turk)、1700年生まれのゴドルフィンアラビアン(Godolphin Arabian)の系統を復元しました。標本となった子孫の数は、ダーレーアラビアンが110頭、バイアリータークが22頭、ゴドルフィンアラビアンが7頭です。MSY系統樹では、Tb-dがダーレーアラビアンで、その中でも優勢なTb-dW1は1807年生まれのホエールボーン(Whalebone)と推定されました。

 ダーレーアラビアンの父系子孫(現在のサラブレッド父系で圧倒的多数派のエクリプス系を含みます)で観察された5つのDNA解析と血統書との食い違いのうち1つは、1775年生まれのキングファーガス(King Fergus)系統で発生した、と推測されます。キングファーガス系統ではTb-dが見られず、TbもしくはTb-kとなります。他の2系統の標本数は少ないのですが、バイアリーターク系統とTbの関連が確認されました。ゴドルフィンアラビアン系統ではおもにTb-g2が観察されましたが、ゴドルフィンアラビアンはTb-gもしくはTbだったかもしれません。

 キングファーガスの父系子孫がサンシモン(St. Simon)なので、これらの結果は、19世紀以降のサラブレッドにおいて最大の遺伝的影響力を有する個体とされているサンシモン(セントサイモン)が、生物学的な父系ではバイアリータークに始まるヘロド系(日本ではパーソロン系が有名です)だった可能性を示唆します。血統理論の中には、9代までさかのぼる精緻なものもありますが、昔から私は、それが「血統理論」ではなく「血統表理論」ではないか、と考えてきました。以前から、血統表と生物学的な血統との違いが指摘されていたからです。本論文はその問題を実証的に示しました。系図と生物学的な血縁関係との食い違いは、人類社会においても当てはまります(関連記事)。

 Tbの亜系統であるg・k・r・dW・dMがほぼ確実にイギリスのサラブレッド起源である一方で、フルツやリピッツァーナのように、基底部Tbはイギリスのサラブレッドの影響の記録がない品種でも見つかっています。しかし、スペイン種やバーブ種やアラブ種のような一般的に改良に用いられてきた古典的品種のどれも、Tbを有していませんでした。本論文は、Tbの起源を特定するため、絶滅したトルコマン種の近縁とされるアハルテケ種を含めて標本数を拡大し、Tbの割合は78頭のアハルテケの雄で81%になる、と明らかにしました。このように、Tbはおそらくトルコマン種起源で、イギリスのサラブレッドの種牡馬を通じて広範に拡大しました。さらに、イギリスのサラブレッド種牡馬の影響が記録されていない多くのヨーロッパの品種におけるTbの存在は、イギリスのサラブレッドとは無関係のトルコマン種の種牡馬の影響を示唆し、これに関しては政治情勢および地理との関連が指摘されています。

 現在の家畜ウマ品種におけるMSYの主要系統(A-L-S-T)は東洋起源と推測され、そのうちTbはトルコマン種起源で、Aoは「起源的アラブ種」に明確に由来します。起源的アラブ種の一部父系子孫はハプログループTに分類されます。これは、東洋の創始者集団には異なる二つの父系があった、という本論文の仮説と矛盾しているように見えますが、祖先集団における不完全な系統分類もしくは固有アレル(対立遺伝子)の過小評価により説明できるかもしれない、と本論文は指摘します。また、19世紀の東洋ウマ市場において、ヨーロッパの馬商が正確に「純粋な」アラブ種の種牡馬を識別できなかった、ということを単純に反映しているのかもしれません。

 本論文は、現代の家畜ウマの父系の大半が、少数の東洋の種牡馬からのみ過去1000年未満に確立した、と示しました。本論文は、アジアの品種MSY領域の解析の進展により、ウマの父系多様性が増加するかもしれない、と展望しています。しかし本論文は、それでも、父系の分岐は浅く、家畜化の始まりまでさかのぼらないかもしれない、とも指摘しています。また本論文は、父系の変遷に遺跡からのウマ遺骸(古代DNA研究)が必要とも指摘しています。本論文は、家畜ウマの父系多様性がきょくたんに低いことを示しました。これは、とくに近世以降の家畜ウマの繁殖において、少数の種牡馬が選択されてきた歴史を考えると、妥当な見解だと思います。これは、有性生殖において子孫を残すコストの性差が大きいことを反映しており、人類も例外ではありません。とはいえ、人類は現在まで、一夫多妻制が容認されているような社会でも、全体的には一夫一妻制が優勢だったように思われます。これは、遺伝的多様性の維持という観点からは重要となりますが、今後、技術の発展と格差の拡大により、父系の多様性が急激に失われていくような事態も生じるのではないか、と懸念されます。本論文の刊行後もウマの遺伝的研究は進展しているようなので、それらも少しずつ取り上げていくつもりです。


参考文献:
Wallner B. et al.(2017): Y Chromosome Uncovers the Recent Oriental Origin of Modern Stallions. Current Biology, 27, 13, 2029–2035.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2017.05.086


https://sicambre.at.webry.info/201911/article_38.html

21. 中川隆[-12781] koaQ7Jey 2020年5月05日 14:53:52 : Wu2Pehh8fA : cjFrUGJaUC5TSmc=[16] 報告
生まれ故郷で暮らすナイスネイチャのバースデードネーション 引退馬が穏やかな余生を暮らせるように
5/5
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200505-00000008-kiba-horse


4月16日に満32歳の誕生日を迎えたナイスネイチャ(画像提供 認定NPO法人引退馬協会)

 この4月16日に満32歳の誕生日を迎えたナイスネイチャは、1990年から1996年の間現役生活を続け、GIIの京都新聞杯、高松宮杯を含めて重賞4勝。1991年から93年まで有馬記念では3年連続で3着など、GIレースで一歩及ばない歯がゆさがたくさんのファンを引き付けた。同期には、皐月賞、日本ダービー、ジャパンC、有馬記念とGI4勝のトウカイテイオーをはじめ、桜花賞馬シスタートウショウ、オークス馬イソノルーブル、菊花賞馬レオダーバン、秋の天皇賞、安田記念(2回)を制したヤマニンゼファー、快速ツインターボなど個性的な名馬が名を連ねている。

【写真】有馬記念は3年連続で3着 ナイスネイチャの軌跡

 ナイスネイチャは今、認定NPO法人引退馬協会のフォスターホースとして、生まれ故郷の浦河町の渡辺牧場で穏やかに暮らしている。彼の誕生日である4月16日から5月15日までの1ヶ月の間「ナイスネイチャ・バースデードネーション」が行われている。バースデードネーションとは、友人、知人がプレゼントのかわりに、誕生日を迎えた人が支援している団体等に寄付をするというキャンペーンだ。

 引退馬協会では、引退馬の現状をより広く知ってもらい、引退馬たちの第二、第三の馬生への橋渡しをし、1頭でも多くの馬がナイスネイチャのように穏やかな余生を送ってほしいという考えのもと、ナイスネイチャが29歳を迎えた2017年から、毎回テーマを持ってドネーションを行ってきた。ちなみに昨年は、引退馬をセカンドキャリアへと導く再就職支援プログラムへの支援を募った。

 4回目となる今年は、助成金を受け取る権利のある引退した種牡馬や繁殖牝馬たちを安心できる終の棲家へと繋ぐことを目的としたドネーションとなる。この助成金は、ジャパン・スタッドブック・インターナショナルの「引退名馬繋養展示事業」により、10歳以上でJRAの重賞勝ち馬(月額2万円)、地方競馬のダートグレード競走の勝ち馬(月額1万円)ほか、定められた条件を満たした引退馬に対して交付されるものだ。

 ジャパン・スタッドブック・インターナショナルでは、毎年供用停止種雄馬一覧が発表されており、死亡、輸出、用途変更が停止理由として記載されているが、今年3月3日に発表の用途変更の馬たちの中では、サクラプレジデントとタイムパラドックスの2頭が、前述した助成対象馬となったと発表されている。その一方で、助成金を受ける資格がありながら行方不明になった名馬の名前もあった。また繁殖としての役目を終えた牝馬たちも、用途変更ののち行方不明になるケースがあるようで、それを踏まえた上での今回のドネーションとなった。

 助成金を受け取る権利のある引退した種牡馬、繁殖牝馬が行方不明にならず、ナイスネイチャのように穏やかな余生を暮らせるように…。ナイスネイチャへのお誕生日祝いの気持ちを寄付に変えて支援をしてみるというのはいかがだろう。

(取材・文:佐々木祥恵)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200505-00000008-kiba-horse

22. 中川隆[-12773] koaQ7Jey 2020年5月05日 18:11:31 : Wu2Pehh8fA : cjFrUGJaUC5TSmc=[24] 報告
ばんえい競馬引退馬が引く馬車バー、お酒も飲めます
北海道帯広市の市街地を周遊で人気高まる
2020/5/5 ©株式会社全国新聞ネット
https://www.47news.jp/47reporters/4783302.html

北海道帯広市の市街地を周遊する馬車バー

 馬車に乗って夜の街をぐるり。ついでにクラフトビールはいかがでしょう? 引いてくれる馬は、鉄そりを引く世界で唯一とされる「ばんえい競馬」で2018年10月まで活躍していた体重約1トンの牡馬「ムサシコマ」。北海道帯広市で大人から子どもまで楽しめる新たな観光の目玉として期待が集まる「馬車BAR(バー)」だ。(共同通信=石嶋大裕)

 パカッ、パカッ、パカッ…。御者が操る手綱に従い、どっしりとした体つきをした輓馬(ばんば)のひづめの音のリズムも心地よい。3トンはあるというえんじ色の定員18人の2階建て馬車はゆっくりと前進する。

馬車で提供されるクラフトビールとおつまみ

車内でのお供はビールやワインのほか、ソフトドリンクから選べる。ビールは運営する「十勝シティデザイン」プロデュースの地元・十勝産の大麦麦芽100%のクラフトビール「旅のはじまりのビール」。乗客はほろ酔い気分で夜の市街地を約2キロ、約50分かけて周遊し、馬にニンジンをあげたり、写真撮影をしたりする時間もある。
 
 「ムサシコマ」の愛称は「コマちゃん」。19年4月に馬車バーが始まるのに合わせ、すれ違う車や人に驚かない穏やかな性格が調教師らに評価され“転職”した。

 観光の起爆剤にと考案したマネジャーの永田剛さん(60)は、仕事で訪れた帯広市や十勝地方の魅力にはまり、20年以上前に東京から移住。子育てを終え、「これから何をしよう」と考えていたときに「この場所の魅力を伝えたい」とばんえい競馬に目を付けた。農業などで使われている大型馬が二つの坂を含む約200メートルの直線コースを走る圧巻の競技。でも乗馬は子どもやお年寄りには難しいし…。そこで参考にしたのが、札幌の市街地で以前乗ったことがあった馬車。これならいけると、4、5年温めたアイデアを十勝シティデザインに持ち込んだところ快諾された。

北海道帯広市の市街地を周遊する馬車バー

 実現した今、「これだけ重いものを引っ張れる輓馬の魅力を生かせている」と自信を見せる。親子連れの観光客や競馬ファンだけでなく、地元の住民も利用し、リピーターも多いという。十勝地方は輓馬が農地を耕した歴史もある。「そうした歴史も含め、帯広オンリーワンの良さを馬車で知ってもらいたい。馬を見て笑顔になってもらい、町全体が元気になったら良い」と話した。

 運行は毎週、月・火・金・土曜の夜に各日3回で、「ホテルヌプカ」前発着。新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言が出ている期間は運休する方針。料金は税込み3300円。問い合わせは同ホテル、電話0155(20)2600。

https://www.47news.jp/47reporters/4783302.html

23. 2021年4月16日 14:35:24 : mV2k7WRgio : MGYvb2xWOERxY0k=[28] 報告
【ゆっくり解説】純国産の馬肉が危機を迎えている⁉︎現状を調査してみたけ結果...
2021/04/16





24. 中川隆[-5618] koaQ7Jey 2021年4月17日 09:27:03 : RSLdzPRb1s : Y0wwMFV6MDlreDI=[11] 報告

【ゆっくり解説】引退馬はどこへ行く?経済動物と愛玩動物の光と闇


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