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アホは何でも やり過ぎる
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投稿者 中川隆 日時 2017 年 8 月 25 日 10:56:40: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間 投稿者 中川隆 日時 2014 年 8 月 21 日 23:59:19)


エクストリーム(極端)が自滅につながっていく7つの理由
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20170825T0130180900.html

この世には、エクストリーム(極端)を追求する人たちが大勢いる。

バスケットボールを抱えているようなシリコンの巨乳を入れる女性、顎を削り鼻を高くし彫りを深くし目を大きくするような顔面すべてを激変させるような極端な整形手術。

全身を覆い尽くすような凄まじい刺青、舌から鼻から耳から目尻から性器まですべてに入ったピアス、全身のありとあらゆるところを切り裂く自傷行為、ステロイドを利用してどこまでも筋肉を増強させていくボディービル……。

あらゆる分野で、人間の身体を意図的に、そして想像以上に変えてしまう人たちは、枚挙に暇がないと言っても過言ではない。なぜ、こんなことになっていくのか。

それは、その業界その世界で成り上がるのに、最も簡単なのが特質をエスカレートさせることだからだ。

タトゥーであれば、まったくタトゥーが入っていない集団の中では、背中や腕に小さなタトゥーを入れるだけでも目立つ。しかし、小さなタトゥーを入れている集団の中ではそれは目立たない。ではどうするのか。全身のすべてをタトゥーで覆い尽くせば目立つのだ。

極端なまでにタトゥーで覆い尽くすことによって「伝説」となっていく。

極端を取り入れるその無謀さが仲間内で賞賛される

ファッションでもそうだ。流行しているファッションを適切に取り入れると、普通の人たちの間では目立つ。

しかし、ファッションに敏感な人たちの間に混じると、「適切」くらいではまったく目立たなくなる。では、どうするのか。そのファッションの特徴をどんどんエスカレートさせれば目立つようになる。

たとえば、2000年代にはアメリカのストリートファッションで「サギング」というものが流行した。日本では「腰パン」と呼ばれたものだが、下着が見えるまでジーンズを下げる独特のファッションだった。

これが流行ると、どうなったのか。

どこまでズボンを下げて歩くのかがこのファッションを取り入れている男たちの競争となり、ズボンが下がれば下がるほど賞賛されることになったのである。

まわりから見れば滑稽極まりないまでズボンが下げられたファッションが彼らの間では賞賛され、伝説となった。

女性のビキニでも少し露出を多くすれば、普通の女性たちの間でいる分には目立つのだが、露出が多いビキニを着ている女性の中では目立たない。

そこで目立つにはどうすればいいのか。簡単だ。もっと露出を過激にすればいい。だから、一部の女性はどんどん露出を高くしていく。

アクション映画でも、普通のアクションをそのまま見せても目立たないのだが、どんどん過激に、どんどん破壊的にすれば目立つ。だから、爆発は巨大で暴力描写も過激になっていく。

ホラー映画でも同じことが言える。より残酷に、より不快に、よりグロテスクにすれば目立つので、どんどん描写がエスカレートしていく。

他の人が踏み入れない部分まで過激にエクストリーム(極端)を追求していくと、うまくいけば時代の寵児になる。名前が売れる。そして伝説になる。

人が恐れてやらないところに踏み込んで突き進んでいくのだから、ある意味「無謀」なのだが、その無謀さが仲間内で賞賛されるのである。

どこまでズボンを下げて歩くのかがこのファッションを取り入れている男たちの競争となり、ズボンが下がれば下がるほど賞賛されることになったのである。


ハードコアにまで到達すると、どうなるのか?

実は普通の感覚を持った人たちが受け入れられる「心理的な限界」がある。

そのため、ある分野の過激な部分を突出させる試みは、「心理的な限界」を越えると、そこから先はどんなに過激でも受け入れられなくなってしまう。

確かに目立つのだが、興味深いことに、それは賞賛ではなく嫌悪につながっていく。

たとえば、適度な筋肉を持った人は美しいのだが、筋肉の増強を極度なまでに追求するボディビルダーの身体は、一般受けするとは限らない。

ボディビルダーの身体はカルト的な人気があるのだが、あまりにも人間離れし過ぎて、それに拒絶感を覚える人たちもまた多く生み出す。

普通の人が持つ「心理的な限界」がどこにあるのかを見極めるのは難しいが、恐らく「普通に日常生活が送れない」ところまで到達したものが拒絶感を生み出すように思える。

この「普通の生活を送れないところまで到達する」というのが、実はエクストリーム(極端)の入口であり、そこからがハードコアの領域に入る。

普通の人はそこで振り落とされるので、エクストリーム(極端)はその業界・グループ・仲間内だけの常軌を逸したマニアの世界となり、伝説となり、カルトとなる。

ハードコアまで到達すると、どうなるのか。

もはや普通の人が理解できなくなるので、狭い世界の中に自分が閉じこもることになる。また時代が変わり、流行が変われば新しい世界に適応できなくなって取り返しがつかないことになっていく。

あるいは、自分がふとその世界に飽きたり関心を失ったりしたとき、元に戻れなくて戸惑うこともある。つまり、エクストリームに突き進んだ結果、普通には戻れなくなるのだ。

また、エクストリーム・タトゥー&ピアス、整形手術、極端なファッションのように外観が違っている場合は、普通の人たちから拒絶感を持たれやすく病みやすい。

さらに、社会からも孤立して貧困に堕ちやすい。


そこからどうやってマネタイズするかが問われる

エクストリームは激しい嫌悪を持たれることも多いので、社会的に孤立することも受け入れないといけなくなってしまう。

エクストリームを追求すると、以下の7つの点で自滅する可能性を増やすのである。

(1)理解してくれる人が極度に少なくなる。
(2)時代・流行が変われば取り返しがつかなくなる。
(3)自分の関心が変わったときに戸惑う。
(4)生き方を変えることができなくなる。
(5)肉体的にも精神的にも問題を抱えやすくなる。
(6)拒絶感を持たれやすくて病みやすくなる。
(7)社会に受け入れられず、貧困に堕ちやすくなる。

エクストリームの追求は、のめり込んだら止められないような性格的なものが含まれているので、デメリットをよく吟味して踏み込むというよりも、わき目を振らず突っ込んでいくタイプが多い。

だから、デメリットがあってもエクストリームを追求する喜びの方が勝って、どんどん深みに潜り込んでいく。その結果、世間とは大きく乖離して上記のような問題を抱えることになっていく。

しかし、エクストリームを追求すると凄まじいインパクトを得る。だから、カルト的な人気を手に入れることができる。

逆に言えば、その分野が数十年も生き続けるものであれば、数十年に渡ってカルト的な人気を得られるということでもある。そこからマネタイズできる能力があれば、エクストリームは本人にとって悪いものでもない。

時代はすでにインターネットが席巻しており、インターネットでは全世界のエクストリームが結びつき合う。

そこはニッチで極小のジャンルだったとしても、全世界が自分のエクストリームを誇示する舞台になると、ニッチだったはずの世界が莫大な人口を抱えるジャンルになり得る。

世界人口の0.0001%しか理解してくれないとしても、それは約76億人の人口で見ると76万人の理解者がいることになるのだから、エクストリームもそんな簡単に消えることもない。

エクストリームの追求は、自ら生きにくい世界を作り出すことになり、自滅しやすいという問題がある。しかし、もはやエクストリームに突っ切ってしまった人はもう戻れない。

それであれば割り切って、あとはそこからどうやってマネタイズするかが問われることになる。

エクストリームの追求は、自ら生きにくい世界を作り出すことになり、自滅しやすいという問題がある。しかし、もはやエクストリームに突っ切ってしまった人はもう戻れない。それであれば割り切って、あとはそこからどうやってマネタイズするかが問われることになる。
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20170825T0130180900.html  

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コメント
 
1. 中川隆[-5805] koaQ7Jey 2017年12月03日 18:21:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

私たちが努力しないで連戦連勝の無敗の絶対王者になる方法

やりたくもない仕事に就いて、心身ともに破壊されてしまった人を今まで夥しく見てきた。

ブラック企業の無理難題で身体を壊して働けなくなった人もいれば、長く働きたいと思っても派遣労働なので一方的に契約を打ち切られる人もいる。

世の中は、誰もが恵まれた環境にいるわけではないし、誰もが幸運であるわけではないし、誰もがうまく生きる術を持っているわけではない。

良き親に恵まれて大切に育てられて良い教育を受けて良い学校に入って良い会社に入って、何不自由なく生きている人がいる一方で、すべてに恵まれず、淡々とまじめに仕事をしているのに、どんどん生活に困窮していく人もいる。

つまり、世の中は絶対的不平等の中にある。

何も持たない立場であればあるほど、自分の中にある「高い能力」を一刻も早く見出して、それに賭け、それを伸ばし、それ以外は手を出さないという生き方を徹底すべきだと感じたのはその時だった。

努力しても何ら意味のないことは、うまくできるようになるように努力するのではない。最初から「それをしない」ように、意識して避けるのが重要な点だ。


絶対的な不平等で成り立っていることを利用する

自分が関心のない仕事をして、毎日12時間も奴隷のようになって稼がないとならないとする。それを強いられると、多くの人は自分を殺し四苦八苦してそれをこなそうと考える。

しかし、別の生き方がある。

もっと自分が全力投球できる場所を探して、そこで自分の能力を発揮することだ。そうすることによって、楽に稼げるようになるし、楽に生きていけるようになる。

自分の道に大きな障害が立ちふさがっていたら、乗り越えようと戦うのではなく、それをを避けて自分の圧倒的有利な場所で戦う方が合理的だ。

競争に打ち勝つ方法がある。それは世の中が絶対的な不平等で成り立っていることを逆に利用することだ。

もし、あなたが絶対に勝ちたいとする。

それならば、絶対に勝てる相手と戦うことだ。徹底的に弱い相手と戦うことだ。弱い相手しか自分の前に現れない立場になることだ。

「勝てるかどうか分からない。そんな競争の中で血の滲む努力と苦闘の末に勝つべきだ」

あなたは恐らくそのように洗脳されているはずだが、それはスポーツの世界の話であって、世の中で生きていくのに、その努力とフェアプレイの公式を当てはめては駄目だ。

勝つには、勝って当然の場所を捜して、そこで競争すべきなのである。

勝てるかどうか分からないことに挑戦することが人間性を向上させると言われている。それは一理ある。しかし、すべてではない。別の生き方もある。

考え方と生き方を変える必要がある。なぜ、そうしないのか。うまく生きたければどうするのか? 競争に勝ちたければ、どうするのか?

すぐに次のような生き方を目指すべきなのだ。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/12/20171203T1718110900.html


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