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4000年の歴史を誇る 本場中華料理は不味くてとても食えない
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/864.html
投稿者 中川隆 日時 2018 年 6 月 04 日 15:27:55: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: アメリカ人には食べ物の味がわからない 投稿者 中川隆 日時 2017 年 10 月 09 日 16:27:27)

4000年の歴史を誇る 本場中華料理は不味くてとても食えない。


酢豚、青椒肉絲(チンジャオロースー)、麻婆豆腐、海老チリ、中華丼・天津丼、八宝菜、ラーメン等等。

いずれも、本場にある普通の中国料理店のメニューにはない、日本独自の中華料理です。一部、同じ名前の料理もありますが、似ても似つかないものか、日本人向けに用意されているものです。

私はこれらの日本風中華料理が大好きで、毎週少なくとも2、3回は自宅で食べています。


ところが、これまで20年近く、中国で数え切れないぐらいたくさんの中華料理を食べてきましたが、心から美味しいと感じたものは、一つとしてありませんでした。

一般家庭、場末だけれども大繁盛している汚いお店、中華のファーストフード、屋台、ごく普通のお店、高級レストラン。100か所、200か所は試しています。

あるものは油まみれ、醤油まみれで素材の味を見事に台無しにしています。また、あるものは全く口に合わない香辛料がこれでもかと入っていて、飲み込むこともできないほど。

とにかく、何を食べても不味い!


日本でコンビニ弁当などを常食している人の中には、最初美味しいと感じるかたもいらっしゃいますが、日が経つにつれ、食べる量がめきめき少なくなっていきます。

中国旅行から帰った人が美味しいと言っているのは、だいたい日本人向けに特別にアレンジされた料理のようです。

中国駐在の日本人で、本場の中華料理が好きという人はほとんどいません。


また、海辺の街であっても、新鮮な魚介類はほとんどありません。漁師の手から消費者の手に届くまでの流通が整っていないからです。

多く見かける活魚は、例外なく多量の抗生物質が投入された水槽の中で泳いでいる不気味なものです。


ほんの10年ほど前まで、野菜や肉は驚くほど美味しいものでした。農薬や化学肥料をほとんど使っていないものだったからです。

中国で初めて食べたトマトの美味しさは忘れることができません。しかし、もはやその味を堪能することはできません。

現在のトマトは信じられないくらいに無味無臭となってしまいました。

一般家庭では野菜や果物の農薬を落とすための洗剤(多くは食器洗いと共用)が常備されています。


日本の豆腐や醤油だけがどうして世界でもてはやされているのか。元祖である中国のものはなぜダメなのか。以前はとても不思議でしたが、今ではよくわかりました。

これから中国へ行かれるかたは、本場の料理には期待されず、とくに生ものはどんなに勧められても、決して口にされないほうがよろしいかと思います。
http://skett.jugem.jp/?eid=75
 

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コメント
 
1. 中川隆[-12878] koaQ7Jey 2018年6月04日 15:47:18 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14914]

犬食文化の起源 朝鮮半島と大陸の秘密
http://thutmose.blog.jp/archives/66361756.html

孔子は様々な道徳感をつくったが、犬食などを不道徳とは思わなかった。

http://userimage5.360doc.com/14/0307/14/5550294_201403071444130467.jpg


犬食文化の起源とは

韓国では現在も犬食が盛んだが、朝鮮半島一帯や台湾、中国大陸で現在もおこなわれています。

朝鮮半島の多くの文化の起源が昔の大陸から来たように、犬食も唐や明などの朝鮮出兵に伴って伝わったとみられる。

朝鮮初の統一国家は7世紀の新羅だが、半島を統一したのは唐の軍隊で、新羅は唐軍の一員として参加して統一後に横取りした。


    


ここら辺から半島の捻じ曲がった独立心が生まれるのだが、その後も何度となく隋、元、明、清の軍隊が朝鮮半島に出兵した。

大勢の軍隊が駐留すると兵士の出身地の食文化がもたらされ、帰国した兵士も駐留先の食文化を持ち帰る。

例えば餃子などの中華料理は日本軍が大陸に出兵して持ち帰ったものだし、半島や大陸の一部では日本の影響が見られる。


犬食そのものは人類が犬を飼い始めた最初から存在したが、文化としては中国の前漢時代、、紀元前200年頃には記録に残っている。

前漢は朝鮮半島の一部も支配していたので、やはり半島の犬食文化は大陸から伝わったと考えて良さそうです。

大陸の犬食で重要な役割りを果たすのが「論語」で有名な孔子で、紀元前500年頃の人物でした。


さまざまな物証や記録から、この時代の大陸の人は、人を料理の材料にする文化があったのが分かっている。

さも野蛮人のようだがこちらも古くからあり、犬を品種改良する以前からあったはずです。

例えば欧州から帆船にのって新大陸アメリカに来たピューリタンは、食糧不足の為にそうしていたと言われている。


仏教が肉食を禁止した理由は

南北アメリカの先住民もそうしていたし、南米に渡ったスペイン人らもそうしていたので、数百年前までアメリカ大陸では普通の習慣だった。

アジアでも広く行われていて、特に先史時代には多くの地域でおこなわれていた。

だがそれらは飢えた時の非常手段か、部族単位の風習であり、国単位でやっていた例は少ない。


中国大陸を統一したのは秦の始皇帝だったが、その前も後もずっと中国ではこのような習慣があった。

さて論語の孔子は立派な人格者で、乱れた世の中を直すため、多くの社会規範を作り、諺として現在も残っています。

「過ちて改むるに憚ることなかれ。」など政治家が好んで使う名言も多く残しているが、この人も肉好きだったとされている。


孔子のいう非人間的行為や過ちの中には入っておらず、むしろ孔子の始めた儒教によって正当性を得た。

中華料理では豚肉などが多く使われるが、現代風にアレンジして豚肉になったので、王朝時代はアレやソレの肉が正式だった。

朝鮮半島は古くなら儒教が最大宗教で、当然唐や隋と親しかった半島国家でも、この習慣は広がっていた。


材料として犬とは互換性があり、犬食文化がある地域では大抵、両方を食べる習慣が存在した。

というよりもどちらか入手し易いほうを食べていたと思われ、大陸では野良犬がそこらじゅうで群れを成していたから、捕まえるのは罪でもなんでもなかった。

また大陸では人間も余っていて、「一人っ子政策」のような人口抑制ができなかったから、生まれた後で減らすしかなかった。


大陸でこうした文化が下火になったのは北方人種のモンゴル人が大陸を支配してからで、北方人種にこうした習慣は少ないとされている。

日本でも半島や大陸からの移住者が多い地域でみられたが、散発的に見られるだけで一般的ではなかった。

仏教では肉食が禁止されているが、その禁止した「肉」は豚や牛ではなく「人をたべてはいけません」という意味が含まれている。

考えてみると家畜の豚や牛が大量生産されない時代に、身近な地上動物の肉と言ったら限られている。
http://thutmose.blog.jp/archives/66361756.html


▲△▽▼

「混沌の大国」中国と中国人を知る エコノミスト 田代秀敏氏
http://www.ikaganamonoka.com/intr/tashiro1/

1) 食べられるものはすべからく食べる


田代  「何でそんな当たり前のことを言うのか」ということです。

 あいさつでも、日本人はすぐに「暑いですね」とか「暖かくなりました」とか天気の話をしますが、中国人は天候のことを挨拶に使いません。中国人にすれば「わかってるよ、同じところにいるんだから。そんなわかりきったことを口にすることに、なんの意味があるのか」ということです。

運営者 それじゃ話の接ぎ穂というのが・・・

田代  彼らは話の接ぎどころが違うだけなんです。天気の話はしません。

 中国のおもしろさは、あいさつをしないことにもあります。おはようもお休みも、ただいまも行ってきますもありません。なぜならば見れば明らかだから。

 中国でただいまというのは、「私は来ました」で、答える方も「あなたは来ました」という言い方ですから、単なる確認事項ですよね。

運営者 「アイム・ホーム」に近い感じですね。

田代  おはようも言う必要はありませんよね。お互いの起きていることはわかるわけですから。

運営者 解らんでもないですけどね。

田代  中国の文化は日本とはコード体系が全然違うんですよ。

 ただ問題は、日本人と中国人とが、同じ服を着て、お互いに黙って座っていたら、相手が日本人か中国人か、全然わからないですよね。それくらい、日本人と中国人とは、人種的には非常によく似ている。だから、日中双方とも、お互いに「そこまで言わなくてもわかるでしょ」と思っているわけですが、そこがお互いの国に行って暮らしている日本人と中国人にとっては悩みの種なんです。

運営者 なるほど。
  話が戻りますが、「おいしそう」というのは褒め言葉なんですか。

田代  中国人が日本の家庭で飼われているチャウチャウ犬を見て、「あれは今、ちょうど食べ頃ですね。そろそろ食べるんでしょ?」「日本では食べないですよ」「なんてもったいない。それなら私がこれから料理して、田代さんにご馳走しますよ」「それはちょっとやめてください」なんて会話が実際にあるんです。

 食べられるものは、すべからく食べようとしますね。

運営者 本当にテーブル以外の4つ足のものは食べるんですね。

田代  日本では、「人を食う」というのは人をバカにする意味ですよね。でも中国では実際に食べちゃうんです。

運営者 「水滸伝」の世界になってきたなあ。


___

2) 中国人を食事に誘うときはよほど考えたほうがよい


田代  中国では、古代の王様が「美食に飽きた」と料理人に言ったら、料理人が自分の子供を調理して王様に差し出して褒められたというのが、忠義のエピソードとして伝えられていますよ。

 あるいは、垓下の戦いで、大英雄である項羽が虞美人の行く末を嘆き哀しんだ歌は有名です。その後彼は自ら虞を刺し殺したのですが、その続きを読んでみると項羽は虞を食べちゃってるんですね。日本の漢文の教科書は、そこは省略してしまっています。

 孔子の弟子で論語に最も頻繁に登場する子路は、衛の国の高官になったのですが、政敵に倒され、塩漬けの刑で「醢」にされてしまいました。孔子は嘆き哀しんで、自分の家にある醢、つまり塩漬け肉を捨てさせ、それ以降、口にすることはなかったと、伝えられています。

運営者 つまりそれまでは、人肉の醢を食べていたかもしれないのですね。

田代  それまで孔子が食べていた「醢」が人肉の塩漬けでなかったとは、『論語』にも『礼記』にも明記されていませんし、後世の儒家たちもその点を追求していません。喫人つまり人肉食は中国の文化ですから、喫人の経験の有無は、人物に対する評価の基準ではないのですね。

運営者 という文化であったということですね。

田代  善いか悪いかの問題ではないんですよ。喫人の習慣が有ったと中国を非難するのは、自分の民族が世界で一番というエスノセントリズム(自民族中心主義)でしかありません。

運営者 もちろん。文化的差異を論じているわけですから。

田代  重要なのは、それくらい、中国人にとって、食べることがとても大切だということなんです。

 ですから、うかつに中国の人に、「食事をしましょう」と言わないほうがいいです。

運営者 なぜなんですか。

田代  中国人に対して「食事をしましょう」ということは、「あなたと私は、切っても切れない仲になりましょう」と誘っているのと同じことなんです。

 最近はそうでもないようだけど、一昔前にしばしばあったトラブルで、こんなものがあります。中国人の女性の留学生が大学院でがんばっているんだけど、学力不足で博士号がとれそうもない。そこで、大学院の指導教授は、「研究者への道をあきらめさせ、転身を図らせたほうがいい」と考えている。そこで、その指導教授は中国人の女性大学院生を食事に誘い、そうした趣旨を伝えようとする。でも、これが、トラブルのもとになります。

 日本の会社でサラリーマンが上司から食事に誘われると、「降格? 転勤? 下手すると解雇?」かとヒヤリとしますよね。ところが中国人はそうは思いません。食事に誘うことは、これから特別な関係になりましょうという意味か、特別な関係をこれからも継続発展しましょうという意味なんです。

運営者 へー。

田代  だから、日本人の指導教授から食事に誘われた中国人の大学院の女学生は、「一晩考えさせてください」と答えるわけです。そのうえで、「お受けします」となって、教授から指定されたレストランに向かう彼女は、「先生からプロポーズされるんだ」と思っているかもしれません。

 食事の席で指導教授が「君の学力では博士号の取得は難しいから、別の道を考えたほうがいいよ」とか言っても、彼女の頭にはそんなことは入ってきません。食事に呼ばれ、それを受けているということで、頭がいっぱいになっているんですから。

 しばらくして何が起きるか。彼女は大学の学長に、「私は○△教授から食事に誘われて応じたのに、いつまでたっても正式にプロポーズされません。今の奥さんと離婚したという話も聞きません。何ということでしょうか」と、ねじ込むことになるわけです。

 ですから、中国でよく挨拶に使われる言葉に、「喫飯了◯」(チー・ファン・ラー・マ)があります。直訳すると「飯を食べましたか」ですが、単なる挨拶であって、食事に誘っているのではありません。日本人が「熱いですね」と挨拶しても、涼しい喫茶店に行きましょうと誘っているのではないのと同じです。日本人が同じ季節にいることを確かめ合うことで挨拶するように、中国人は同じく食後であることを確かめ合って挨拶しているのです。


____

3) 自分が認めた人に対してはとことん礼を尽くす


運営者 中国では、親族以外の人と食事をするということは、とてもまれなことなのでしょうか?

田代  中国でビジネスをするとき、飛び込み営業をやると、「お話を聞きましょう。ああそうですか。分かりました。では、またね」と、あしらわれます。

 それにも懲りずに何回か行っていると、そのうちお茶が出るようになります。
 さらに頑張ると、お茶にお菓子がつくようになります。

 もっと頑張ってると、食事に誘われます。それで、ようやく「商談に応じましょう」ということなんです。

運営者 なるほど。

田代  人前で一緒に食事をしているということは、「自分はこの人間と特別な関係にあると思われてもかまいません」という意味なんです。だから、中国ビジネスの第一段階は、相手を何とか食事に持ち込むことなんです。これが難しい。

 そういうわけですから、男女であれば、食事を申し込むというのは大変なことなんです。

運営者 西洋でも、そういうことではあるんですけどね。

田代  それよりも、もっと重たいんです。日本は軽すぎますね。これも善い悪いの問題ではないですけど。

運営者 ということですね。

田代  それから、中国の宴会には決して二次会がありません。それは、食べるという瞬間を共有していることを大切に思っているからなんです。

運営者 大切に思っているのなら、二次会にも行けばよいのでは。

田代  二次会という言葉自体がないんですよ。

 中国人は、人間と人間の関係を、ある意味で日本人よりもずっと大切にします。

 「この人は自分の朋友(ポンヨー、友人)だ」と思った相手への友情は日本人以上に厚いです。

運営者 そのつながりの厚さというのは、どのようなものだと考えればよいでしょうか。

田代  あくまで、自分が認めた人に対しては礼を尽くすということです。

 例えば上海に行ったときに、北京の友人に電話をしたら、ホントにやってくるんです。それで「実は私、すぐまた帰らなければなりません」といって、30分話しただけで、北京に帰っちゃうんです。

運営者 すごいなあ。というか、ちょっと重たい友情ですね。


____


4) 中国の食事の席に取り箸がない理由


田代  そう。だから中国では、友達になるというのはそのくらい重たいことなんです。

 友達になった中国人はこちらの無理をきいてくれます。しかし、むこうもこちらに無理をいってきます。どこまで無理をきいてやり、きいてくれるか。それが友情の尺度なんです。

だから、中国で会食は、お互いの人物を測りあう重要な場面であって、神経を使って、へとへとになります。

運営者 そうすると、日本人がそれを意識せずに中国人と会食するのはまずいですね。

田代  大変に軽蔑されます。

運営者 なるほど。

田代  テーブル・マナーも大切です。中国のテーブル・マナーでは、取り箸というのはないんです。自分の直箸で、相手が食べる分を取ってあげるんです。

運営者 あっ、さっき田代さんが私の分を取ってくれたのはそれですね。

田代  お互いがそうするわけです。

 これは、ある意味では毒殺防止法でもあります。最初から取り分けてあったら、自分の皿に盛ってある料理にだけ毒が入っている可能性がありますからね。

運営者 日本の酒席のマナーでお流れ頂戴やら返杯やらをするのも、同じ理由です。

田代  ところが中国では、お酒は上から下に注ぐものなんです。上の立場のものが、下の立場の者にお酌します。

 だから中国の宴会に行くと、そこにいる共産党の一番偉い人が、テーブルの間を走り回って、お酌しています。

運営者 日本人はそれを見て感動するかもしれないけれど、実は中国ではそれは普通なんですね。

田代  そうです。お互いがお酌をするということは、対等な立場であるということを表すわけですから。

運営者 日本ではお酌をしてもらうのは目上のように思いますが、中国ではそうではないわけですね。

田代  そうです。対等な関係にはなかなか持ち込めないです。


「自己人」=「刎頸の友」


運営者 中国の社会は、昔の日本と同様に、お互い同等の権利を持つ者が集まった社会ではなく、身分に上下をつけて固定化したがる社会という感じでしょうか。

田代  中国人は日本人とは違って、組織に何の執着もありません。

 だから転職は当たり前だし、外国に移民することも当たり前なんです。自分の可能性を生かせる場所が中国よりも日本であるのなら、日本に行く。

 その意味では、中国型組織というのはありえません。

運営者 では、個人の一対一の関係ではどうでしょうか。対等なパートナーというのはありえるのでしょうか。

田代  中国人の持っている人間関係の観念は、同心円状なんです。

 つまり、まず中心に自分がいます。自分のすぐ周りには、「自己人」(ジー・ズー・レン)=「自己と同じ人」という、最も親しい友人が一人か二人います。これは、「自分と同じ人だと思ってもらってよい」、「この人とだったら、私は一緒に殺されても悔いはない」というくらいの友人です。

運営者 「刎頸の友」ですね。

田代  そうです。わかりやすいのは「三国志演義」に出てくる劉備と関羽と張飛との関係ですよね。

運営者 「桃園の誓い」ですね。

田代  彼らは居酒屋で意気投合し、裏庭に行って、「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を」と誓います。これが「自己人」です。

 その周りに、そこまでいかない友人がいます。「一緒に死ぬつもりはないんだけれど、利益は一緒にしよう」という人たちです。

 そういうふうに、距離が遠くなればなるほど、だんだん扱いが落ちていきます。

 これは非常に明確で、中国の人たちは、「この人は自分の自己人だ」と思ったら、どこまでも無理をききます。

 たとえば、「今日は給料日ですよね。給料を全額貸してください」と言われた時に、何も聞かずにぽんと貸すのが自己人なんです。しかも一切証文など取りません。そこで証文を求めたら、その時点で自己人としての友情は終わりです。

運営者 なるほど、よくわかります。今のお話を知らずに「三国志」を読んでも、登場人物の行動がよくわからなくて、「なんでこんなに他人のためにバカみたいなことしてるんだろ」と思うところが多いのですが、今のお話で合点がいきました。

田代  自己人との約束は何があっても守る、それが守れないと中国人社会では生きていけません。
http://www.ikaganamonoka.com/intr/tashiro1/


2. 中川隆[-12882] koaQ7Jey 2018年6月04日 16:52:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14920]

【宮脇淳子】中国は何故かくもずうずうしいのか?[桜H24/5/21]
http://www.youtube.com/watch?v=MZoWnKT6jTA

『この厄介な国、中国』岡田英弘
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%93%E3%81%AE%E5%8E%84%E4%BB%8B%E3%81%AA%E5%9B%BD%E3%80%81%E4%B8%AD%E5%9B%BD-WAC-BUNKO-%E5%B2%A1%E7%94%B0-%E8%8B%B1%E5%BC%98/dp/4898315836


中国人の行動原理

中国人の行動原理=「指桑罵槐」桑を指して槐を罵る

『本当の怒りの対象とぜんぜん別のものを攻撃する』こと。当事者を直接批判しない。

例:教科書検定問題は[登阝](トウ)小平が党中央軍事委員会を廃止する動きを阻止するために始められた。日本の過剰反応は彼らにとって拾い物であり、強い態度に出れば日本は謝罪することを覚えさせてしまった。

そもそも「進出」という言葉の意味が、中国人にとってピンと来ないもの。「進」は「入」と同じ意味。


世界において、集団の永続を大切に考え、そのために個人の欲望は押さえ込むべきである、それこそ“人の道”であるという社会通念がまかり通っている日本のような国は、むしろ例外的存在。

歴代中国王朝は皇帝の占有物。所有していたのは人民でも土地でもなく、流通システム。中国皇帝はいわば総合商社の社長。県=直轄貿易都市=現在の国営企業。

そもそも「農村集落が発展した結果、都市が成立した」というのはマルクスによる根拠なき唯物史観仮説。実際には、地球上の諸文明は「まず都市が成立し、しかるのちに周辺に農村が誕生した」と見るべき。

中国で言えば、「夏」は商人を意味する「賈」から来ていると考えられ、「殷」の自称は「商」であることは、決して偶然ではない。

このような政治体制では国に対する忠誠心は育ち得ないし、民族的アイデンティティで言えば、漢族は後漢以降滅んでいる。


中国人理解のキーワード「バルネラビリティ(vulnerability)の原理」。周りはすべて敵だから、他人に対して付け込まれやすいところを見せてはいけない。

中国人の宴会は真剣勝負。三つのタブーがある。


•「マイペースで呑んではいけない」必ず乾杯する

•「絶対に酔っ払ってはいけない」宴会の場において酔うような人間は信頼できないとみなされる

•「宴会で真面目な話をしてはならない」中国では自白せねば罪に問われない*1。ゆえに逆に言質をとられることを嫌う。政治批判は黙って聞いていても同罪。


宴会の機能は


•誰が信頼できるかを見分ける

•パーティに出席し続けることで自分への信頼感を他人にアピールする

•中国人社会で力を失った人間を見極める。宴会で見かけなくなった人は失脚した人。

•有力者とコネを付ける


会議も似たメカニズム。この場合大事なのは開会式に誰が出席し、誰が演説をしたか。それが時の勢力図を示すゆえに、会議の開会式に呼ばれるか否かは大問題。

中華民国行政院内政部長の林金生から聞いた言葉「日本人はいつでも白か黒か、イエスかノーか、右か左か、正しいか間違っているかということを決めたがりますね。ところが、中国人は違う。何事においても白とも黒とも決めない。中国人の場合は、一割が白、一割が黒、あとの八割は灰色なのです」


中国語

漢文は中国語ではなく、書かれている中国・中国人像は、いわば「ユートピア」物語。

中国は古代も現代も各地で言語が違う。その言語の壁を越えて広い中国大陸を一元的に統治するために、秦の始皇帝が始めたのが、帝国の支配に必要な文書類に用いる書き言葉=漢字の統一。儒家は文書作成のエキスパートであり、「焚書」は帝国内の行政文書の統一の手段であり、「度量衡の統一」と同様の意味を持つ。

四書五経は、「文字のオペレータ」を作成するための丸暗記用のテキスト。同じ古典をマスターした官僚の存在が不可欠だった。


道教と儒教

道教と老子はもともと無関係。なぜ結びついたかは、言語問題から。秘密結社も規模を拡大すると言語の壁にぶち当たる。文書のやり取りを行うために採用したテキストが「老子」だった。二世紀以前に秘密結社らしきものが大規模に活動した形跡がないのはおそらく文字の問題だろう。紙の発明までは、庶民レベルで文字が普及せず、全国的活動が不可能だったと推測。

五斗米道が道教となり、隋代あたりから仏教や儒教の観念が流れ込み、「新道教」と呼ぶべきものとなる。更には朱熹はその新道教を剽窃して儒教と称するようになった。朱熹の時代においては儒・道・仏を区別するより同時に取り扱うのがあたりまえであった。陰陽論はもともと道教の思想。理気の二原理は道教が基本であり、太極図も道教から。


近代

「中国」の民族は大きく入れ替わっている。存在してきた「中国」とは皇帝であり、その支配する流通システム網だけが「帝国」。この皇帝システムという面から見れば、確かに二千年以上、異民族をも飲み込んでその姿を保ってきたといえる。

皇帝システムが屈した欧米列強は、これまでとは異質の国家システムを持っていた。「国民国家」である。*2

日本はその意味で極めて特殊であった。「日本」のそもそもの建国は、7世紀末に唐からの自衛として成立した、反中国的、排外的なものであった。以後、事実上ずっと鎖国状態であったといえる。加えて海という天然自然の国境線に囲まれているというその地理的特徴から、19世紀の開国の時点ではすでに、民族と領域と言語が完璧に重なり合う、欧米にも存在しない純粋度の高い国民国家となる条件を備えていた。

当時の中国の清朝は、支配する領域こそ広いものの、ただの同君連合(パーソナル・ユニオン)であったに過ぎない。清朝皇帝が記す公文書では、満州人に対しては満州族連合会議の議長、モンゴル人に対しては大ハーン、チベット人に対してはチベット仏教の保護者、新疆に対してはジュンガル帝国の後継者、そして中国人に対して正統の“皇帝”を名乗る。モンゴルやチベットはけっして中国の一部ではなく、統治機構も税制もまったく異なっていた。特に象徴的なものはモンゴルで、皇帝はモンゴルの王侯に中国で集めてきた金を分け与える立場で、モンゴルからは一切税金を取らない。

モンゴルのハーンは、自分でお金を調達し、キャラバンに投資したり、征服した町からの年貢を取り、それを部下に分け与えるのが仕事。分け与えるものが少なければ、遊牧民はハーンを見限り、他の有力なハーンの下にいってしまう。その代わり、軍事行動を起こす際は、部下は自前で武器や馬をあつらえて集まり、ハーンが指揮する。征服に成功すれば、略奪品の記録をとり、その千分の一を手数料としてハーンに差し出せば後は自由。このようなシステムだったから、戦争が上手くて連戦連勝のハーンの下には人が集まり勢力が広がった。

現在の中国における「経済の近代化」「改革・開放」はむしろ皇帝システムの焼き直し。上海、杭州と言った都市で産業を活性化し、利潤を吸収してみなで金儲けしようというのが「開放経済」の意味。

資源を持たず、それを仕入れるための港湾施設も整備されておらず、それ以外のインフラも未発達でありながら、それらにまったく投資せず、国策で国家機関に属する人たちが、自分で勝手に金儲けすることが奨励されているのが現在の中国の実情。やがて頓挫するだろう。
http://d.hatena.ne.jp/mobanama/20070523


日本は、明治になるまで鎖国が、国の基本であったことなどはさすがに高校でも習わないし、中国とつきあうべきではないと日本の歴代の為政者が考え、文化は吸収したものの、政治システムや正式な国交は結ばずに来たことは日本にとっては僥倖であったと考えないといけない。

中国というシステムに支配されれば、さられるほど近代化は遅れ、民度は下がっていくのである。

中国とはまともにつきあうべきではなく、つきあう人間を奈落に落とすようなところがある。

僕は商社時代に常々に思っていたことが活字になるのを見るにつけ、少し驚いたものである。

ちなみに、では中国がどうして近代化できたか?というのは、すべて日本が教えたのだというのは本当に意外で有った。日清戦争後に中国からの留学生が大挙押し寄せたというのはよく知っていたが、その日本人教師が中国全土にひろがり、日本語で授業をやっていたなどと言うことは、我々は習ってもいない。

今の中国の礎は、すべて日本の先人が作ってあげたのだというのが、何だか面白い発見をしたような気分させられた。結局、日本は中国人の永遠の師であり続けるのかもしれない。
https://ameblo.jp/photon55/entry-11550638742.html


3. 中川隆[-12886] koaQ7Jey 2018年6月04日 17:16:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14920]

学者芸者 : 2009/4/7 火曜日 at 8:34 PM

食習慣は、民族が置かれた環境で生まれます
塩辛、納豆、梅干、イカ、蛸などは、おいしいのですが外人には食べられないそうです

友人が中国でご馳走になったとき

猫のあんかけ料理と生きたサルの脳ミソだけは、どうしてもだめだったと言ってます

猫のあんかけには頂点に猫の頭が乗っていた、残したら中国人がこんなおいしいものを、と言って全部食べたそうです

サルのほうは、テーブルに穴が開いていて、生きながら頭蓋骨が半分切り取られた脳ミソが剥き出、それをスプーンですくって食べるそうです。サルはキーキー。

お互い、食文化は干渉しないほうがよいと思います


_____


匿名 : 2009/4/10 金曜日 at 10:23 AM

別のソースによれば堕胎した胎児と買われた新生児の両方があるが、新生児の方が食材として圧倒的に人気があり、値段が高いとのこと。

中国では2人目を生むと庶民の年収以上の罰金を科せられるので、金がない家はブローカーに子供を売る。

ブローカーは棒で叩いて新生児をゆっくり殺して、レストランには相対取引で納入する。さすがに市場はないらしい。

なお棒で叩いてゆっくり殺すのは、死ぬ前にアドレナリンが大量に出ると肉が柔らかくなるからだそうだ。長い歴史があるからノウハウが蓄積されている。

「ママ〜、怖いよ〜」赤ちゃんの泣き声が聞こえてきます。
http://rondan.tv/2009/04/07/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AE%E4%BA%BA%E8%82%89%E9%A3%9F/#comment-587


「人食い」と言えば、かつて「未開民族」とされた地域特有の習慣だと思われるかも知れませんが、もちろん、そんなことはありません。例えば、中国は最近まで、人肉食の習慣が残っていたことが分かっています。

唐代(8〜10世紀ごろ)までの記録には、人肉が「両脚羊(ヤンシャオロウ)」、すなわち「両脚で歩く羊」として、かなりの頻度で人肉が食されていたという記述が残されているものがあります。何と、その肉は、飢饉でもない、普通の市場でも売られていたと言いますから、その「文化」の広まり具合が分かりそうです。この習慣は、少なくとも宋代(11〜12世紀)までは続き、その後歴史の陰にひっそりと沈んでいきますが、その後も、時代のはざまはざまに、人肉食はひょっこり顔を出します。

ちなみに、この「両脚羊」は羊や犬よりも一統価値の低いものと見なされ、それに手を出すのは、よほど食べるものに困っている時であると相場が決まってました。
その他に、過去の記録をひもとくと、例えば「史記」には、春秋時代(紀元前7世紀ごろ)の覇者、斉の桓公が、料理人の易牙に勧められて、易牙の息子を食べるという話が出てきます。

「世語」にも、三国時代(3世紀ごろ)に、魏の重臣として名高い程c(ていいく)が、軍の備蓄食糧に「干した人肉」を混ぜたということで、主君の曹操に嫌われた、というエピソードが出てきます。
また、曹操のライバルとして有名な劉備も、人肉を食べたという話が伝えられています。ある日劉安という人物のところに泊まったところ、あいにく彼をもてなす肉がない。そこで、妻を殺してその肉を供した、劉備はそれを知ると、劉安の恩の深さを知り、さめざめと涙を流したというエピソードが巷間に伝わっています。
古代ばかりではありません。何と20世紀になっても、人肉を欲して喰ったという話が伝えられています。有名なのは文化大革命のライバルを襲って食べる、といったできごとでしょう。1966年から1970年の間に、実に6万人もの知識人・文化人をはじめとする「反革命主義者」が殺され、その一部が「革命支持者」の腹に入ったと言うのです(もちろん、公式記録には何も残ってません)。


このとき、頻繁に行われたのが、「凌遅(りょうち)刑」という、人間の肉を足から順に削ぐという処刑方法でした。

人々はこの刑が行われる時、こぞってその周囲に集まり、肉を貰っては食った、とも言われています。


1984年にも、台湾で炭鉱事故に遭い生き残った炭鉱夫が、人間の肉の味についてコメントして大きなニュースとなっています。


「やはり死んだ人間の肉は旨くない。旨いのは生きた人間の肉だ」


21世紀になって、さすがにそのようなあからさまな報告はなくなりましたが、やはり一部では、あくまでも「一般的ではない」という註釈付きですが、料理によっては堕胎後の胎児を食材として使うこともあるようです。

人間の味について語ったものはいくつも見受けられますが、その内容は言う人間によってかなりバラバラです。全体的に臭みが強い上、かなり特殊な方に属する「食材」であるため、宗教観、倫理観、個人の嗜好、飢餓状態によって、かなりバイアスがかかりやすいというのがその理由だと思われます。

ちなみに、実際に食った人の話では、「豚肉のようでとても美味しい」とする人と、「とても食えたものではない、非常に不味い」といった二つに大別できるようです。


パーツ別に見れば、人間は眼の周りが一番旨いと言われています。特に視神経は珍味中の珍味とされます。

上腕二頭筋や大腿筋(太もも)など、赤身の部分も人気が高いようです。

心臓や肝臓などの内臓や男性器もかなり旨い、という話を聞きます。


逆に人気がないのが乳房とお尻で、どうも脂肪分の多い場所は、水っぽくて、あまり旨くはないようです。

女性器も「人肉食い」の人々にはあんまり人気がありません。
http://homepage3.nifty.com/onion/labo/cannibalism.htm


4. 中川隆[-13770] koaQ7Jey 2018年8月01日 06:23:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17419]

中国「食品汚染」本当の原因は…現地人の衝撃告発
7/30(月) 10:00配信 現代ビジネス
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180730-00056718-gendaibiz-int



油まみれの「100円焼ソバ」

 筆者は、ここ30年ほど、日本と中国とそれ以外の各国を行き来しつつ暮らしています。なかでも長いのは、中国での生活。なぜか北京には行ったことがないのですが、日本人の観光客はまず訪れることがないであろう無名の僻地を中心に、無数といってよい地域を探索し、生物の撮影と調査を続けています。

 省で言えば25省、町で言えば…数え切れません。年間平均で100日中国に滞在しているとしても、30年で3000日。あちこち移動し続けていることが多いので、泊まったホテルや宿舎は1000件近くになるでしょう。一日3食として、1万食近い食事を中国で食べていることになります。

 専門分野である野生生物については、事細かなデータを取っています。しかし筆者は、人間社会には全く興味がないので、いちいち注意して観察しているわけではありません。それでも、過酷な環境でも言葉が通じない村でも、毎日寝なくてはならないし、食事も摂らなくてはなりません。そうした感覚や勘は、理屈ではなく、体に沁み込んでいます。

今回お話ししたいのは、中国の食べ物についてです。ご存知のように、中国には北京料理や広東料理、四川料理など、様々な地域料理があります。それらの中には、地域の特色がよく出たものもあれば、美味しいものもあることは確かでしょう(中国人アシスタントのMと一緒の時は、たまに“大当たり”もあって、この写真の魚(松鼠魚)はとても美味しかった)。 でも筆者が中国でひとりで食べるときの「中国料理」は、大抵の場合、どこの地域でも同じような味にしか感じられません。20以上の省の、数百の町や村で、1万回ほどの食事をしているわけですが、おそらく2〜3割は屋台のヤキソバやチャーハン。そのほとんどが、次のようなパターンで作られます。もう慣れっこにはなっているけれど、正直いまだにガッカリします。

 屋台のおばちゃんに、焼ソバをオーダー(おおむね100円前後)。「よっしゃ、美味しいのを作ってあげるよ!」と、おばちゃんは勢いよく鍋を回してソバを放り込みます。卵を入れて、野菜を入れて…香ばしい香りが漂ってきました。オッ、これは美味しそうなのが食べられるぞ、と期待してしまいます。

 しかし、なかなか作業が終わりません。何度も調味料(大量の化学調味料だったりします)や油を加えたりして、次第に焼ソバは油まみれになっていきます。

 途中で繰り返し吟味しつつ、うーん、油と味の素と唐辛子が少し足りないかも…と、「ドボっと」入れていく。こちらはひやひやしながら、適当なところで早く終えてくれないかな…と待つしかありません。

 やっとでき上がったおばちゃんの「自信作」は、最初の香ばしさはどこに消えたのか…? あれやこれやと手を加えた結果、どんな素材であっても、その良さが全く生かされていない「油べったり唐辛子まみれ」、どこで食べても似たり寄ったりの「中国料理」になっています。

 でも、おいしい「自信作」を提供しようと、100円の焼ソバに魂を込めて真剣に料理してくれていることは伝わってきます。単純に筆者が味音痴なだけなのでは、と思ったりもしますが、いや、こういうことが何千回も繰り返されれば、やっぱり「中国人の味覚は大丈夫なのか?」と結論するしかありません。

 筆者は、いまだに中国の食事には順応できていないようで、どこで何を食べても、かなりの確率で下痢をしてしまいます。これも筆者特有の症状なのかもしれませんが、各地で出会う百戦錬磨の世界貧乏旅行中のバックパッカーたちも、中国ではたいてい同じ「洗礼」を受けていることを考えれば、ことさら特別なわけでもないでしょう。

 そうなると、当然トイレに駆け込まねばならないのですが、中国の大衆食堂にはそもそもトイレがないことも多く、店を飛び出して必死で探さなくてはなりません。そしてやっと見つけたトイレは…(これ以上は言わないほうがいいでしょう)。

 中国で外食をした場合、このような苦労と心労がセットになって襲いかかってくるわけで、「楽しく食事をする」という気分にはなかなかなれません。

 素材そのものに問題があるのか、保存状態や輸送方法が悪いのか、(油や調味料を大量に加えるなどの)調理の方法が間違っているのか、食事をする環境を含め、全てが不衛生すぎるのか…。筆者の経験した限りでは、これは普通の旅行者が行かないような大衆食堂に限った話ではなく、値段やレストランの格で多少の違いはあっても、たいていの店が何らかの問題を有しているように思われます。

 もっとも中国でも、家庭内のキッチンやトイレはけっこう清潔なのです。そして、家庭で作る料理をふるまってもらうと、(おいしいかどうかは別としても)清潔さ、衛生を保つのにかなり気を使っているように感じます。それがどうして「公共の場」ではまったく生かされないのか、不思議でなりません。


汚染されたある村の話

 中国人の友人が筆者に送ってくれたあるメールが、中国の「食の実態」の一端を表しています。導入部が少々長い説明になりますが、きわめて興味深い話なので、全文を以下に翻訳・紹介しましょう。

 〈中国の農作物は、しばしば水によって汚染させられています。そしてそのことを、人々は「仕方がない」と諦めています。これは、私の故郷の、広東省と江西省の境にある、小さな村の話です。

 この村が所属するS市O県に住む人々の大多数は、客家(注・中国の「移動民族」)です。私たちの先祖がここにたどり着いて、村を形成するとき、その条件は周囲に豊かな緑に覆われた山があり、そこに水源があることでした。

 私の故郷の村も例外でありません。さしわたし200メートルほどの小さな村に沿って、10mほどの幅の小川が流れています。地元の人たちは、この川を尊崇の念を込めて「大河」と呼んでいます。10年に一度ほど発生する、洪水などの災害時を除いては、川の水は常に澄みきっていて、魚、エビ、カニ、タニシなどが数多く棲息しています。村の人々は、それらの生鮮魚介類を、無尽蔵に食べることができたのです。

 村の中には「大河」と結ばれた井戸がたくさんあって、お湯を沸かしてご飯を炊いたり、大河の畔で洗濯をしたりします。大河からは小さな水路が村中に張り巡らされ、畑の農作物を灌漑します。

 しかし10年数前のこと、ある異変が起こりました。村外の誰かが、村の周囲を取り巻く山々の中から、豊富なレアアースの鉱脈を発見しました。それから業者によってレアアースが掘り出され、その過程で、大量の炭酸アンモニウムなどの腐蝕性の化学残土が大河に流入し、透明だった川の色は濁黄色に一変してしまったのです。

 初めのうちこそ、発掘が一区切りついた数日後には、もとの澄んだ流れに戻っていたのですが、発掘が繰り返されるにつれ、やがて濁黄色の残土は河底に沈殿し、豊富にいた魚やエビやカニなども、ほとんど姿を消してしまいました。沈殿した泥の中に潜って魚介類を採ろうとした村人は、後で体調を崩してしまいました。

 やがて「大河」と「井戸」は村人から見捨てられ、河岸には衣類などの廃棄物が無数に散らばり、無残な姿に変わり果ててしまいました。

 そのような状況なので、村人たちは山間部の渓流から厨房やトイレに直接水を引きます。しかし、その渓流の水も汚染されていきました。最後には、発掘の手が及んでいない、村の一番奥に聳え立つ「お婆さんのたぶさ(注・髪を結った「もとどり」のこと)」と呼ばれる村の最高峰付近に水源の泉を確保し、そこから村に水を引くことで、やっと危機を脱出することができたのです。

 でも不思議なのは、村人たちが、川の水質が重金属汚染の規準値を明らかに超えていると知っているのに、何事もなかったように汚染された川の水を灌漑して耕作を続け、その土壌で育てられた作物を市場に納めていることです。そして村人たち自身は、「お婆さんのたぶさ」の泉から引かれた清水で育てた作物だけを食べているのです〉

 多くの中国人は、中国の食物に、化学汚染をはじめ様々な問題があることを知っています。それは、この村の人々だけではないでしょう。

 筆者が実際に食べてみて、個人的に最も「ヤバい」と感じるのは、意外かもしれませんが、果物です。中国の町で売られている果物の多くに、独特のかび臭さやアルコール臭のような、異様な味を感じるのです。どうやら防腐剤が注入されているのではないか、と思います(検査をしたわけではないので、筆者だけの感覚かもしれませんが)。欧米資本の大きなスーパーでも、街角の小さなお店でも同じ。農薬の影響を別として、心配ならば、もぎたての果物を食べるしかありません。

 汚染されていると分かっていても、それを改善しようとはしない。「仕方がない」と諦めているのでしょう。そして、ちゃっかり「自分たちだけの避難方法」も用意している…筆者の友人のように、少数の人々が「それでいいのだろうか?」と疑問を持ち始めていることも、また確かですが。


お婆ちゃんがくれた「きれいな水」

 筆者が不思議に思うのは、(当たり前と言えば当たり前だろうけれど)健康上・衛生上問題があるとわかってはいても、当の中国人はさほど苦にしていないらしい、ということです。油まみれでべとべとの料理をおいしく食べているようだし、下痢も滅多にしないし、われわれにはとうてい我慢できないようなトイレも、平気で使っています。

 こんなこともありました。湖北省の名もなき山中を歩き回っていたとき、喉が渇いて水を飲みたかったのですが、近くには売店もありません。畑作業をしているお婆ちゃんを見つけ、「どこか水を飲めるところはないでしょうか?」と訊ねました。

 お婆ちゃんは畑仕事の手を休め、筆者を森の中に案内してくれます。かなりの道程を歩き、少々疲れかかった頃、小さな水溜りに出会いました。まさかここでは? と不安が過ります。

 お婆ちゃんは、おもむろに木の葉っぱを2枚ちぎって杯を作り、一つを筆者に渡してくれました。水をすくって美味しそうに飲み干しています。筆者が(あまりにもたくさんのオタマジャクシが泳いでいたので)一瞬躊躇していると「大丈夫、とても清潔だから」と促されました。せっかく案内してくれたのだから、飲まないわけにもいきません。思い切って口に含み、そしてお婆ちゃんが向きを変えた瞬間、見つからないように、そっと吐き出しました。

 筆者も、確かにこの水は「清潔」なのだろうと思います。現地の住民にとっては、健康になんらの悪影響も及ぼさないのですから。でも、私たち日本人にとっても「清潔」であるとは限りません。筆者はそのとき、この水を飲めなかったことを、むしろ恥ずかしく思いました。ちなみに「水至清则无鱼(水清ければ魚棲まず)」という諺は、中国の故事成語です。

 いずれにしろ、日本は清潔すぎる。清潔すぎる環境は、免疫力を弱くすることがわかっています。しかし一方で、中国は確かに不衛生すぎる。でもその分、人々は強靭な免疫力を備えているように思えます。どっちもどっち、ではないでしょうか? 
 さらにそれ以前の問題として、日本人は食べ物のリスクについてあまりにもデリケートです。あらゆる食べ物から、あらゆる「異物」を取り除こうとするのですから。

 かつて日本で大騒ぎになった、中国製の「毒入り餃子」事件の時、中国の知人は「餃子に少々の毒が混入しているぐらいで大騒ぎするなんて、日本人って信じられない!」と言っていました。「一個の食品に虫が混入していたので、全ての商品を回収・廃棄」なんて話を聞いたら、(上海生まれの都会の現代っ子たちはともかく)、「虫かけご飯」が大好きな人は仰天してしまうでしょう。(例えばこんなのです。虫が嫌いな方は閲覧注意)

 異物の排除はキリがなく、徹底すれば、やがて安心して食べられるものがなくなってしまいます。全ての生物は、他に対する防御としての、いわゆる「毒物」を内に秘めているはずです。

 ちなみに、毒と薬は裏表一体です。一例を挙げると、日本では代表的な猛毒植物として知られる「ヨウシュヤマゴボウ(中国では在来種のヤマゴボウも)」。ある時、中国人アシスタントのMが、山から戻ってきて疲れ果てている筆者に、毒のある実をいっぱいつけたヤマゴボウの枝を、さりげなく渡してくれたことがありました。

 一瞬「こいつは私を殺そうとしているのか」と思ったのですが(笑)、この植物は毒草であると同時に、調合の仕方によっては、非常に薬効の高い薬草にもなるのです。

 それぞれの生物が体内にもっている「毒性」や「薬効」が、いつどのように、どの程度、どんな条件下で、どのような相手に対して、プラスとマイナスどちらの側に発現するかは、千差万別。そのうえで、ごく一部の(人間のからだに直接危害を加える)生物が、「毒草」とか「毒魚」などとして認知されているわけです。厳密に言えば、あらゆる天然食材には必ず「リスク」が存在します。

 このままだと日本人は、そう遠くない将来、リスクを恐れるあまりサプリメントだけに頼る…そんな民族になってしまうのかもしれない、と思うのです。


5. 中川隆[-13639] koaQ7Jey 2018年11月22日 09:35:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-20983] 報告

中国人女子留学生がみた日本の今 「正直、中国の方が便利」「日本は物価が安い」 7年で起きた逆転現象は
11/22(木) 7:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181120-00000005-withnews-int&p=1

コンビニやレストランなど、最近は街中で中国人を良くみかけます。私は7年前に、中国で語学留学をしていました。本場の餃子、旧正月、偽ブランドの見分け方……。驚き、戸惑うことばかり。では、中国人留学生の目に、いまの日本はどう映っているの? 日本の大学に通う女子大学院生ら3人にぶつけてみたところ、急激に進化する中国の今が見えてきました。(朝日新聞東京編集センター・堀江麻友)

参加者は次の方々


戴(ダイ)さん
日本の大学院でビジネスを学ぶ女子。好きなものは、着物と猫。卓球が得意で、5歳ごろから始めている。


李さん<仮名>
日本の大学で教育を勉強中。辛いもの好き。日本では辛い料理を諦めていたところ、壱角堂のラーメンに感動した。ディズニー好きで、東京ディズニーランドに興奮。


下村さん(29歳)
中国で生まれ、7歳から日本で暮らす。寝ることが大好き。スポーツは全般的にやる。特にバレーが得意。

中華料理って何?

―日本で疑問に感じたことはありましたか。

李さん 日本の中華は、中華料理ではありません。中国で麻婆豆腐は、食べたことないです。日本のレストランに行くと大体、麻婆豆腐が出てきますが。

―天津飯は?

李さん、戴さん  ないない!


下村さん あるにはあると思うんですけど。

―日本の餃子も中国と違いますよね。

李さん、戴さん  違う!

下村さん 家族で餃子を食べている時に、「ご飯がほしい」と言うと、変人扱いされます。餃子は餃子だけで食べるものなので。生にんにくが一緒に出てくることもあります。周りは臭くなりますよ。笑

―餃子に生にんにく。仕事前には絶対やめといた方がいい組み合わせですね。


【本場の『中華料理』の記憶】
 私の留学先の大学の食堂には、餃子以外にも炒め物や鍋など100種類以上メニューがありました。チャーハンだけでも30種類以上。ごはんの量は大盛り3杯分くらい。食べ終わった皿の底にスプーンで1、2杯すくえるぐらい油が残ります。200円あれば満腹です。

 日本の学食は、期間限定メニューや見た目にこだわったメニュー、栄養バランスを考えた定食などがありますが、中国ではとにかく量重視な印象。調子に乗って食べ過ぎた結果、10キロ近く太りました。

―家で餃子を作りますか。

李さん 私の家では、旧正月(春節)の時に必ず作ります。旧正月から毎日餃子です。私の家族は旧正月をとても大切にしています。なので、授業があっても、先生に頼んで必ず中国へ帰ります。

―授業より旧正月優先。それは一大イベントですね。現代っ子でも、伝統的な文化や家族との時間は、大事にしているんですね。私も留学中に、旧正月の餃子作りをやりました。一番驚いたのが、餃子に1元(約16円)を入れていたこと!

李さん 私の家では入れています。その分餃子も大きめに作ります。

―やっぱり入れていました! 大体どの家庭でも恒例なんですね。

下村さん うちでも、大晦日には年越しそばを食べるような感覚で、深夜0時に餃子を食べています。お金はちゃんと消毒したものを、200個のうち5個ぐらいに入れます。お金が入った餃子を食べた人は「今年いいことがある」と言われています。でも、お金が入った餃子にたどり着くまでにお腹いっぱいになっちゃいますけど(笑)

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