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副島隆彦著『中国、アラブ、欧州が手を結び ユーラシアの時代が勃興する』の読後感/さる編集者
http://www.asyura2.com/12/bd61/msg/788.html
投稿者 仁王像 日時 2015 年 8 月 16 日 19:55:36: jdZgmZ21Prm8E
 

[1808]敗戦後70年 の 終戦記念日 に 合わせて。(から一部抜粋)  
投稿者:副島隆彦
http://www.snsi.jp/bbs/page/1/

以下に載せるのは、私と付き合いのある 編集者で、名うての本作りの名人です。 私に最新刊の本である 『中国、アラブ、欧州が手を結び ユーラシアの時代 が勃興する』(ビジネス社 、2015年7月刊)への 的確な批評をしてくれました。それを載せます。

(転載貼り付け始め)


『中国、アラブ、欧州が手を結び ユーラシアの時代が勃興する』
の読後感

              2015年8月12日  ****

 中国研究の7作目に当たる、最新刊を読了いたしました。
 マスコミが中国経済の崩壊を連日、報道する状況の中で、敢然と中国経済の実相に切り込まれる姿勢に、ただならない勇気を感じました。

 習近平(しゅうきんぺい)の「一帯一路(いったいいちろ)」経済の構想を、豊富な図版を用い、実にわかりやすく解説され、その卓越した内容に驚きを感じました。

 新たに打ち立てたAIIB(エイ・アイ・アイ・ビー、アジア・インフラ投資銀行 )構想にイギリスが参加したことで、人民元の国際化の可能性は高まり、アメリカのドル覇権の金融秩序に陰りが見え始めたこともよくわかりかました。

 第3章の「一帯一路で世界は大きく動く」は、習近平の「一帯一路経済構想」の実像と可能性を説得力のある視点で解説され、読み応えがありました。中東諸国を日本の真水化(まみずか)プラント技術で豊かな土地に変えていく作業が着実に始まっていることを、初めて認識しました。まさしく「一帯一路」構想は世界戦略と名づくべきもので、その将来が大いに期待されます。

 中国はロシアとケンカをせず、インドとも「一帯一路」での話し合いをしながら、中央アジア、アラブ世界を通ってヨーロッパにまで直通する、地球規模の輸送路をという大きな構想で中国は生きている。

 そのためには、「中国は戦争をしない。する必要がない」という捉え方は、実にまっとうだと思います。

 また、中国の南米戦略として、新たに「ニカラグア運河計画」について触れられていることも驚きでした。大西洋と太平洋をつなぐという物流改革の構想は、習近平の発想力の大きさを証明しているようです。さすがのアメリカも「灯台もと暗し」の習近平の手腕にはさぞ焦っていることがわかります。

 ――日本国民はこういう世界の大きな動きを教えられないままに、ツンボ桟敷に置かれて、どんどん世界から取り残されてゆく。――という副島先生の嘆きが痛いほどよくわかります。

 第4章「南沙諸島(なんさしょとう)をめぐる紛争の火種」も豊富な図版が用いられ実にわかりやすく読ませていただきました。南沙諸島はもともと各国の主張がぶつかり合う紛争地域であることがよくわかりました。 P135の「南沙諸島は4国が入り乱れて実効支配している」 の詳細な図で、紛争の実態が一目瞭然となりました。大マスコミはなぜこういう既成事実を報道しないのかと怒りに駆られます。

 第5章「欧州とアジアをつなぐアラブ、イスラム教徒の底力」は先生のアラブ紀行を読むような気持ちで、楽しく読ませていただきました。 名画「アラビアのロレンス」を下敷きにして、かつて英、仏 帝国が、アラブ世界に対して行なった許されない欺瞞の数々を解説されていました。 

 特にアラブ独立運動の指導者であるハーシム家のフサイン・イブン。アリー王 (メッカ太守) について、的確な評価をされておられることに喜びを感じました。「アラビアのロレンス」の時代を彷彿とさせる貴重な歴史写真も参考になりました。

 そして何と言っても、P189の「イスラム教の中心地帯であるヒジャーズ」の図がアラブの核心を突いていました。メッカからダマスカスまで北上する道 がアラブの中核だということがよくわかりました。

 そして正当なハーシム家のフサイン国王から、ヒジャーズの地を略奪した(1924年)、サウド家の悪辣な所業に、絶望に似た気持ちを抱きました。
このアブドゥルアズイーズ・イブン・サウド(サウジの初代国王)という舌を噛みそうな悪辣な男に、アラブ世界の混乱がもたらされたかと思うと歴史の皮肉を感じます。この欲深な男と ロックフェラー家の連結で、アラブ世界はズタズタにされたのですね。

 大作の映画「アラビアのロレンス」は私も3回観ましたが、初めてその内容がわかりました。それほど複雑な時代背景を下敷きにした難解な映画でした。私もアラビアのロレンスの颯爽とした生き方には深く共鳴していましたので、嬉しく読ませていただきました。  

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コメント
 
1. 2015年8月16日 20:52:21 : jXbiWWJBCA

アリー・イブン・ムハンマド -

マッカのシャリーフの一族であったが、マッカのシャリーフに就任することはなかった。
息子
アリー・イブン・フサイン(1879年 - 1935年) - ヒジャーズ王
アブドゥッラー・イブン・フサイン(1882年 - 1951年) - ヨルダン王
ファイサル・イブン・フサイン(1885年 - 1933年) - イラク王
ザイド・イブン・フサイン(1898年 - 1970年)
逸話[編集]
ブノアメシャン『砂漠の豹 イブン・サウード』では、フサインの母はチェルケス人でトルコ人高官の娘を妻としたとの記載がある。また「知恵の七柱」では四男のザイドを[ファイサルの異母弟で母はトルコ人]と記述されていることからこのトルコ人の母はフサインの後妻でザイドの生母と思われる。
フサインはアラブの独立についてイギリスやフランスと一切妥協しなかった。このため、欧米側の資料では分からず屋の頑固爺のように扱われ、中傷された。なお、頑固で意思が強かったことは次男のアブドゥッラーの著書にもあると言う。フランスについては当初から野心を警戒していたが、イギリスについてはその野心を見抜けず、戦後の英仏による中近東分割以降はイギリスとの関係は悪化する。
出典[編集]
^ Teitelbaum, Joshua (2001). The Rise and Fall of the Hashimite Kingdom of Arabia, p.240, London: C. Hurst & Co. Publishers. ISBN 978-1-85065-460-5
参考文献[編集]
ジョン・フィルビー著、岩永博、冨塚俊夫訳『サウジ・アラビア王朝史』(法政大学出版局)ISBN 9784588021848
スレイマン・ムーサ著、牟田口義郎、定森大治訳『アラブが見たアラビアのロレンス』(中央公論新社)ISBN 9784122039919
ジャック・ブノアメシャン著、河野鶴代、牟田口義郎訳『砂漠の豹 イブン・サウード』(筑摩書房)

王朝としてのハーシム家[編集]
イスラム教の預言者ムハンマドの孫で、第4代正統カリフ・アリーとムハンマドの末娘ファーティマとの息子、ハサンの末裔(イスラームの伝統的系譜学上の区分では特に「ファーティマ家」にあたる)であると主張するアラブの王朝。10世紀の967年のタイモン以来、マッカのシャリーフ(宗教的指導者)およびアミール(地方総督)を務めていた。
1917年〜1925年:メッカのアミールであるフサイン・イブン・アリーがアラブ反乱を起こし、オスマン帝国から独立してヒジャーズ王国としてアラビア半島のヒジャーズ地方を支配。しかし、サウード家のイブン・サウードにより国を奪われて亡命。
1921年〜1958年:ファイサル1世によりイラク王国を建国。初め、イギリス委任統治下にあり、後に独立。1958年、7月14日革命により滅亡。旧ヒジャーズ王族の多くがイラク王族に合流。
1921年から現在に至るまで、ヨルダン・ハーシム王国の国王はハーシム家である。イラク革命以降は旧ヒジャーズ・イラク王族が合流。
また、同じハサン家末裔を自称する現存王朝にモロッコ王国王家のアラウィー朝があり、1918年から1962年に存在したイエメン王国王家は、ハサンの弟フサインの孫のザイド・イブン・アリーの子孫を名乗っていた。
ヨルダン・ハーシム家の歴代国王[編集]
詳細は「ヨルダン王の一覧」を参照
アブドゥッラー1世(在位:1923年〜1951年)
タラール1世(在位:1951年〜1953年)
フセイン1世(在位:1953年〜1999年)
アブドゥッラー2世(在位:1999年〜現在)
イラク・ハーシム家の歴代国王[編集]
詳細は「イラク国王一覧」を参照
ファイサル1世(在位:1921年〜1933年)
ガージー(在位:1933年〜1939年)
ファイサル2世(在位:1939年〜1958年)
外部リンク[編集]
ウィキメディア・コモンズには、ハーシム家に関連するカテゴリがあります。
The Hashemites (King Abdullah II Official Website - King Of The Hashemite Kingdom Of Jordan)(アラビア語)
ハーシム家系図
ヨルダン・ハーシム家系図
預言者ムハンマドから現在までのヨルダン・ハーシム王家の家系図
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A0%E5%AE%B6


2. 2015年8月16日 20:53:53 : jXbiWWJBCA
フサイン・イブン・アリー (マッカのシャリーフ)
フサイン・イブン・アリー
حسين ابن علي
ヒジャーズ国王
Sharef Husain 2.jpg
フサイン・イブン・アリー
在位 1916年6月10日 - 1924年10月3日
1924年3月5日 - 10月3日(カリフ)
別号 カリフ
出生 1853年
Flag of the Ottoman Empire.svg オスマン帝国、イスタンブル
死去 1931年6月4日
Flag of Jordan.svg トランスヨルダン、アンマン
埋葬 イラク王国の旗 イラク、バグダード、アドハミーヤ、王室墓地
王家 ハーシム家
父親 アリー・イブン・ムハンマド
母親 サルハ・ビン・ガラム・アル=シャハル
宗教 イスラム教スンナ派
テンプレートを表示
フサイン・イブン・アリー(アラビア語: حسين ابن علي, ラテン文字転写: Ḥusayn ibn `Alī、1853年 - 1931年6月4日)はマッカ(メッカ)のシャリーフ(在位:1908年 - 1916年)でオスマン帝国からのアラブ独立運動の指導者。のちヒジャーズ王国の国王(在位:1916年 - 1924年)、カリフ(自称、在位:1924年)。
現在のヨルダン王家の直接の祖である。ヨルダンで発行されている1ディナール紙幣に肖像が使用されている。
目次 [非表示]
1 生涯
2 家族
3 逸話
4 出典
5 参考文献
生涯[編集]
マッカのハーシム家(厳密に言うと、第4代正統カリフアリー・イブン・アビー・ターリブの長男ハサン・イブン・アリーの子孫であるハサニー家)に生まれ、1893年から1908年までオスマン帝国皇帝・アブデュルハミト2世の命によりイスタンブルに居住した。
1908年の青年トルコ人革命後、同年中にフサインはイスタンブルでの暮らしから解放され、マッカのアミール(太守)に任じられた。当時、マッカを中心とするヒジャーズはオスマン帝国支配下にあって半自治的な位置づけにあった。ヒジャーズを支配するのがシャリーフで、一般には預言者ムハンマドの子孫のことをいうが、マッカのアミール(太守)はシャリーフから任じられたため、マッカのアミールを指して単にシャリーフという。
第一次世界大戦中の1915年、イギリスのカイロ駐在のマクマホン高等弁務官と書簡を交換し、オスマン帝国に反旗を翻すときに支援するという「フサイン=マクマホン協定」を結んだ。そして、4人の息子と共に「アラブ反乱」を起こして1916年に独立を果たす。このときフサインはイラク・シリア・アラビア半島を含む大アラブ王国を構想していたが、イギリスは既にサイクス・ピコ協定によりこの地域をフランスとともに分割する方針を決めており、アラビア半島のみのヒジャーズ王国を創始することになったのである。
1920年3月8日に三男ファイサル1世のシリア・アラブ王国(英語版)が独立すると、それに呼応したかに見えた3月16日のアタテュルク率いるアンカラ政府(英語版)とソ連との電撃的な単独講和条約であるモスクワ条約締結によって、英仏はサン・レモ会議(英語版)(1920年4月19日 - 4月26日)開催を余儀なくされ、アラブ地域におけるフランス及びイギリスの委任統治範囲が決定され、8月10日に旧連合国とオスマン帝国(イスタンブル政府)とのセーブル条約締結をもってイギリスの援助が途絶えた。1920年7月28日のファイサル1世のシリア・アラブ王国からの追放や1922年から1924年にかけてのイギリス=イラク条約(英語版)への反対、1922年10月11日のムダニヤ休戦協定(英語版)締結後はオスマン帝国の脅威が消滅したことなどで、ハーシム家の存在感は英仏において埋没していた。
1924年3月3日にオスマン家のアブデュルメジト2世がアタテュルク率いるアンカラ政府によってカリフ位を廃位させられると、その2日後にイスラーム世界における権威を求めてカリフ即位を宣言した。しかし、殆どのイスラム世界に広く受け入れられず、オスマン帝国最後の皇帝メフメト6世が支持を表明した[1]ぐらいで、カリフ位を理由として重税を課したためにヒジャーズ内部からも広範な反対を招くことになり、在地勢力からも見捨てられた。
さらに以前からメッカ巡礼による経済効果とイスラム原理主義のひとつであるワッハーブ派のイマームとしての立場から聖地併合を希求していたナジュドのスルタン、イブン・サウード(後のサウジアラビア初代国王)に侵攻の大義名分を与えてしまい、マッカを奪われて孤立無援となる(1924年9月 - 1925年12月)。さらに国民からフサインよりもサウード家が講和に応じる可能性が高い長男アリー・イブン・フサイン(英語版)への譲位を要求されて、初めアカバに逃れるが、ワッハーブ軍がこの地に来ることを嫌ったイギリスによりさらにキプロス島への亡命を余儀なくされた。譲位の甲斐なくヒジャーズ王国そのものも翌1925年には滅び、ヒジャーズ王国はわずか9年で終わりを告げた。なお1926年、アブドゥルアズィーズ・イブン=サウードがヒジャーズ王に即位する。
1930年、キプロス島で病に倒れると次男アブドゥッラー1世の治めるトランスヨルダンのアンマンへ移り、翌1931年、同地で死去した。遺体はエルサレムに葬られた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%BC_(%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AB%E3%81%AE%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%95)

3. 2015年8月19日 09:47:48 : juKSZ6IYyE
「ユーラシアの時代の勃興」

ユーロ圏すら綻びが生じてガタガタなのに上手くいくとは思えない、
日本にプレッシャーを掛けて何とか金を引き出せないかとの詐欺だろう。


4. 仁王像 2015年8月20日 22:49:42 : jdZgmZ21Prm8E : GJDOBkH33U
 タイトルが大風呂敷なので一読。

 この風呂敷ところどころ敗れていて、ユーラシアの方向性をうまく包み込んでいるとは思えない。
 習金平の「一帯一路」構想は、まじめにやろうとすれば、エネルギーの過消費を暗黙の前提にしなければならない。中国自身、石炭の過消費で大気汚染はガス室並みになっている(水の汚染も深刻)。そして活路を求めて南沙諸島への進出が必死の形相である。さすがに副島も、中国はやり過ぎと批判はしているが、中国自身の内在的圧力で、それが止まる見通しは今のところない。(戦争の火種になり得る)

 「中東諸国を日本の真水化プラント技術で豊かな土地に変えていく作業が着実に始まっている」ということだが、これもエネルギーの過消費がかならず付きまとう。この恩恵に浴されるのは、油を燃やして電気を作り、海水に恵まれた地域だけである。そしてこのような人工技術的なやり方は、非常に不自然であり、環境に負荷をかけないという人類が採るべき長期安定的な方法論ではない。

 「一帯一路」が、単に中国が生き残るための方法論なのか、地球全体を見渡した「天下三分の計」の観点があるのかどうかは分からない。習金平が、現代の諸葛孔明になるに越したことはないが、現在の中国は、幹部・官僚の腐敗が深刻であり、命がけの権力闘争はまだまだ続くだろう。習金平が諸葛孔明に脱皮していける可能性は小さいと思う。

 「イスラム国」の捉え方も、陰謀論的であり、いただけない。


 (天下三分の計)
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/124.html#c1

・地球人類はエネルギーの過消費をどこかで抑え込むことが可能か?〜二夜連続のNスペを見た感想
 http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/181.html
 投稿者 仁王像 日時 2014 年 5 月 26 日 20:29:41: jdZgmZ21Prm8E


5. 仁王像 2015年8月21日 06:48:33 : jdZgmZ21Prm8E : SB7nJM3536
 タイトルにアラブと結び、とあるが具体的にどの国なのか地域なのかは、何も書いていない。
 今後、ISが大暴れして中東に新しい安定的な秩序が出来て以降の話になるのではないか。

 (世界が3ブロックぐらいに分かれて…)
http://www.asyura2.com/12/kokusai7/msg/729.html#c4


6. 2015年8月21日 15:16:08 : yjtQtwBaEo
アラビアのロマンス かっこよかった。 世界の情勢が動いているが日本はどうよ。
せい、かんではいのりさせて、日本人より在日89 やトカゲ人のほうがおおくなった。 世界の情勢はいいから日本の情勢をなんとかしてくれーー。

国民の知らないあいだに半島人中国人がはいのりして、項案のてしたとなり日本人がりをやってるんだぜ。とかげ人に日本人がおいかけられてる。

舞ナンバーが実施されたら替え玉人ののっとりほうだいだぜ。中枢のかたはとっくにのっとられてるから、やることがおかしいんだよ。


7. YAMATYAN 2015年8月21日 15:42:05 : UpYS4LP77CHrs : yjtQtwBaEo
世界情勢が変わってきた、しかし日本の情勢は誰もいわない。せい。かんがはいのりをさせてるじょうたい。完了にちかいだろう。国民の知らない間に一般人は在日半島人、中国人らにはいのりされた。日本人より数はおおくなった。それをのがれても、まいなんばーでのっとられる。 すでに講座ばんごうは個人でーたにのってる。  893がたんとうしてる。トカゲじんは項案のたしたとなり日本人をおいかけてる。

この状況をどうにかするほうが 一番さきなのではないか?
特攻隊でしんだひととおなじに、日本人のやられ、灰のりされたひと 死亡者はうかばれない。  見て見ぬ不利をしてるやつがおおい。結局舞いナンバーで替え玉に交換されるんだ。  管理人さんいじわるしないでーーー


8. 2015年10月06日 09:30:29 : Ma5RZiiuic
イスラム国が大暴れできるのはNATO軍とサウジ駐留米軍とシオニストのお陰だろう
難民を出しても本気で安定化させる気がない連中に安定化を求めるのはムリだ
そんなものはプーチンも認めない 欧米・トルコ・サウジと石油メジャーは自分達がイラク・トルコで何をしてきたか自供すべきだ

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