★阿修羅♪ > 経世済民77 > 302.html
 ★阿修羅♪  
▲コメTop ▼コメBtm 次へ 前へ
米住宅バブル崩壊が深刻な金融危機に発展した理由   90年代末の楽観主義が招いた米住宅バブル
http://www.asyura2.com/12/hasan77/msg/302.html
投稿者 MR 日時 2012 年 8 月 10 日 10:11:14: cT5Wxjlo3Xe3.
 

米住宅バブル崩壊が深刻な金融危機に発展した理由
第2回講義:第2次大戦後のFRB その4
2012年8月10日(金)  ベン・バーナンキ


 (住宅バブルの崩壊が、ドット・コム・バブル崩壊の時以上に深刻な景気後退を招くことになったのは、民間部門に脆弱性の問題があっただけでなく、)公的部門も深刻な「脆弱性」の問題を抱えていたことがあります。
 第1に、金融規制の構造には何度も変更が重ねられていましたが、1930年代に起きた大恐慌の最中あるいはその後に構築された構造から基本的には変わっていませんでした。特に金融システムの構造の変化には追いついていなかったのです。
 この問題点の1つは、重要な金融機関の多くが、いかなる金融規制当局の本格的かつ包括的な監督も受けていなかったことでした。その最たる例が米保険最大手のAIGでした。保険の規制当局は、主に同社が販売している保険商品の監視を行っていた。米貯蓄金融機関監督局は、主に彼らの傘下にある小規模な貯蓄銀行を監督していました。しかし、前述のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)に関する問題については、誰も入念な監視を行っていませんでした。
投資銀行に対する監督機関もなかった
 もう1つ、あまり監督を受けていなかったのが米リーマン・ブラザーズや米ベア・スターンズ、米メリルリンチといった投資銀行でした。投資銀行に対する法的監督機関はなかったのです。彼らは自発的に監督を受けることで米証券取引委員会(SEC)と合意していましたが、包括的な監督は行われていませんでした。
 あと、米連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)と米連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)のような政府機関についても話さなければなりません。これらの機関には監督機関があり、規制当局も存在していましたが、今から説明する理由によって、監督は極めて不十分でした。つまり、それぞれの規制に抜け穴が多くあった。また、危機で重要な役割を果たした他の企業についても十分な監督は行われていなかったのです。
 また、法律によって規制と監督することが決められ、規制・監督を行う必要があったにもかかわらず、しばしば十分には規制・監督は行われなかったのです。このことは政府系機関全般及び一部の政府機関について言えますが、私はFRB(米連邦準備理事会)議長なのでFRBについて話をします。FRBは監督と規制において間違いを犯しました。この中で2点を指摘したいと思います。
 1つは、「銀行及び銀行持ち株会社に対する監督」です。リスクの測定という問題に対して十分に強い姿勢で臨まなかった。さっき(第2回その3の「民間部門も公的部門も『脆弱性』を抱えていた」を参照)も話したように、多くの銀行は、自分たちが取ろうとしているリスクを徹底的に理解する能力を持ち合わせていませんでした。監督当局はそうした能力を備えさせるべく強い姿勢で臨み、それができなければ、そのようなリスクポジションを取る能力を制限すべきだったのです。
 この点について、FRBも他の銀行監督当局も十分に強い姿勢で臨んだとは言えず、このことが深刻な問題を引き起こしたことは明らかです。
規制当局として強い姿勢をとらなかったFRB
 FRBが十分な機能を果たせなかったと私が考えているもう1つの分野は、「消費者の保護」です。
 FRBは、住宅ローンの借り手に対し一定の保護を与える若干の権限を有しています。これが適切に行使されていれば、少なくとも住宅バブル末期に起きた一部の不良融資を回避することはできたはずでした。しかし、様々な理由によって本来すべきであったほどには、そうしたことは実行されませんでした。
 私がFRB議長に就任して、2007年にこうした保護を一部導入しましたが、危機を食い止めるには明らかに手遅れでした。したがって、権限と力が与えられていたにもかかわらず、それらは必ずしも効果的に使われたとは限らず、そのことが一部の脆弱性につながって行ったのです。
 そして最後の問題点は、これは微妙なポイントですが、我々の規制のシステムが構築されている構造そのものに問題がある。FRBや通貨監督局(OCC)、貯蓄金融機関監督局などの個々の機関は通常、特定の企業グループに対してだけ責任を負っているという点です。
 例えば、貯蓄金融機関監督局は、貯蓄機関や同様の機関に対してだけ責任を持っている。しかし、残念ながら危機の最中に発生した問題は、それよりも広範なものでした。問題は単一の企業や少数の企業グループを超えて、システム全体に波及していましたから。個々の企業だけでなくシステム全体に影響を及ぼし得る事象に対する十分な注意が、根本的に欠如していたのです。
 このため、誰も責任を持って金融システム全体に関連する問題が生じているかどうかといった点や、ストレス、あるいは危機をも起こし得る様々な市場や様々な企業間の関係を、監視していなかった。このように、公的部門にも脆弱性が潜んでいました。
 これらの脆弱性と、それがどのような展開を見せたかについては、第3、第4回の講義で話します。本日の講義の締め括りとして、最後に論議を呼びがちなトピックについて話したいと思います。別の角度から見た金融政策の役割です。
住宅バブルの発生はFRBの低金利政策が原因か
 多くの人が、住宅バブルを招いたもう一つの要因として、FRBが2001年の景気後退後も2000年代前半にわたって金利を低水準に据え置いたことだと主張しています。2001年に景気が大きく冷え込み、雇用の伸びがひどく低迷するとともにインフレ率が低い水準に下がったことを受けて、FRBは利下げに踏み切った。
 さらに2003年には、政策金利であるFF(フェデラルファンド)金利は1%まで引き下げられました。一部の人々は、このことが住宅価格の高騰を招いた一因ではなかったかと主張しています。事実、金利引き下げという金融政策の狙いは、住宅需要を押し上げることによって景気を下支えすることでした。
 さて、これは大変な論争になっています。この点は、なぜ危機が起きたのかを理解するためだけでなく、将来、どのような点を念頭に置いて金融政策を検討する必要があるかを考えるうえでも極めて重要です。金融政策を策定する際に、住宅バブルのような事象をどの程度考慮する必要があるのか。この点についてFRB内部で詳細に検討してきました。FRBの外部でも、数多くの分析が行われています。
 この問題についてコンセンサスはまだ形成されておらず、皆さんは恐らく様々な異なる見解を耳にするだろうという点を指摘するにとどめておきます。しかし、我々がFRB内部で行った調査では、住宅価格高騰において金融政策は重要な役割は果たさなかったことを示しています。この問いに対する証拠について少し話したいと思います。
国際的に見ても金融政策は住宅バブルに結び付いてはいない
 1つは国際的な比較です。十分に理解されていませんが、住宅ブームとその崩壊は何も米国特有の現象ではありません。世界中で実に多くの国が住宅ブームとその崩壊を経験しており、どの国においても金融政策とはさほど密接に結びついていませんでした。例えば、英国も米国と同様、あるいは米国よりも大きな住宅バブルを経験しました。しかし金融政策は米国よりも英国の方がはるかにタイトでした。したがって、住宅ブームに関する金融理論は若干謎です。
 もう1つドイツとスペインの例もあります。両国は共通通貨ユーロを共有しており、したがって欧州中央銀行(ECB)という同じ中央銀行を有し、同じ金融政策を採用しています。ドイツの住宅価格は今回の危機の期間中、横ばいにとどまりました。これに対し、スペインは米国をはるかに上回る壮大な住宅価格の上昇を経験しました。つまり、住宅バブルに金融政策が一定の役割を果たしたという説に対して、国家間比較をすると、少なくとも金融政策だけが問題だったとは簡単に言えないのではないでしょうか。
 第2の問題は、バブルの大きさです。先に述べたように、政策金利と住宅ローン金利が住宅価格や住宅需要に影響を及ぼすことは事実です。長い歴史の中で、そのことを示す証拠は多数あります。しかし、過去の住宅ローンを含む金利の変化の度合いと住宅価格の変化の度合いを見た時、(金利の変動は)住宅価格上昇のごく小さな部分しか説明できません。別の言い方をすれば、今回の米国の住宅ブームにおける住宅価格の上昇の仕方はあまりに大きく、2000年初期に金融政策として金利を小幅に変動させた(=引き下げた)ことだけでは説明できないということです。
アジア危機も住宅バブル発生の遠因
 (今回の住宅バブル発生は低金利政策とあまり関連性がないという点について)提示したい最後の証拠はバブルのタイミングです。住宅バブルを含めてバブルの研究で名高い米経済学者ロバート・シラー氏の主張によれば、住宅バブルは1998年に始まっています。つまり、2001年の景気後退が訪れるはるか以前、FRBが利下げに踏み切る前に、バブルが始まっていることになります。
 しかも、2004年に金融が引き締めに転じて以降、住宅価格は急騰しているのです。したがって、タイミングは必ずしも一致しません。ただ、タイミングという意味では1つの可能性として、1998年がハイテクバブルの真最中だったことを指摘できます。株価を押し上げたのと同じ楽観的センチメントが、住宅価格も押し上げたという可能性はあります。
 もう1つの可能性は、多くの経済学者が指摘していますが、90年代後半に多くのアジア諸国とそのほかの新興国に打撃を与えた「アジア危機」と呼ばれる深刻な金融危機が発生したことです。
 アジア危機終息後、(将来的な危機への)対策の1つとして、多くの新興国が外貨準備を大きく積み上げ始めました。これは、これらの国々が安全なドル資産を蓄積し始めたことを意味します。このため、住宅ローンを含めドル資産に対する海外からの需要が大幅に高まった。海外諸国が外貨準備の運用先として、住宅ローンを含めたさらなるドル資産の取得が必要だと判断したのです。
私の見解は「海外からの資本流入が最大の要因」
 興味深いことに、恐らく多くの国を通じて住宅価格の値上がりと最も強い相関性を有しているのは、資本の流入、すなわち住宅ローンやその他の安全資産、あるいは少なくとも安全だと認識されている資産を購入するために流入するマネーの量ではないかと私は考えています。タイミングも98年頃の住宅バブルの始まりと合致します。
 というわけで、金融政策が住宅バブルを招いた大きな要因であるとする見方に対してはこうした反論があります。しかし、経済学者はこの問題を巡っては今も論議を続けている、ということを強調しておきます。この問題は極めて重要です。というのも、我々は現在の米国の低金利が、経済や金融システムに及ぼす影響について考えなければならないからです。特に今は慎重を期して、金融システムにおいて何の不均衡も発生しないよう、金融面でも、規制面でも監視体制を強めています。
金利引き下げと住宅バブルの関係は研究を続けるべきテーマ
 スライドに参考資料を幾つか掲げておきました。この問題をさらに研究したい人は活用してください。参考資料の一番下に書いてある(“Monetary Policy and the Housing Bubble”=「金融政策と住宅バブルの関係に関係」)は、私が数年前に行った講演で、(金融政策が住宅バブルを招いたわけではないという)証拠を複数まとめています。今回私が行っている講義は、この上から2番目の論文をかなりベースにしており、これはFRB内で行った調査研究の結果をまとめたものです。

金融政策と住宅バブルの関係についてもっと知りたい方は上記、論文等を参考にして下さい
 上から3番目に書いてあるカルメン・ラインハート氏*とビンセント・ラインハート氏*の2人による論文は、「住宅価格を突き動かすほど金利は大幅に変化しなかった」との論点を明らかにしています。両氏は、米国への資本流入もバブル発生の一因になったという点についても触れています。
*カルメン・ラインハート氏は、ハーバード大学経済学部のケネス・ロゴフ教授と「国家は破綻する(原題:This time is different)」(日経BP社)を執筆したことで知られる。メリーランド大学経済学部教授から米ピーターソン国際経済研究所上級フェローを経て今年7月から、米ハーバード大学ケネディ行政大学院教授
*ビンセント・ラインハート氏は、カルメン・ラインハート氏の夫で、元FRB金融政策局長。現在は、米金融大手モルガン・スタンレーの米国担当のチーフエコノミスト
 1番上に書いてあるケネス・カットナー氏*も最近の調査の結果から、(金利の引き下げと住宅バブル発生の)両者には関係がなかったとの結論を出しています。ただ、この問題は引き続き検討されるべき問題であることを強調しておきたいと思います。
*米ウィリアムズ・カレッジ経済学部教授。米ニューヨク連邦準備銀行のエコノミストを1997〜2003年まで務める。その間、バーナンキ氏と金融政策変更の市場に対する影響について共同調査を行った経験を持つ
 さて、危機はどのような影響をもたらしたのか。次の第3回の講義で危機について詳細に話しますが、その経済的な影響は深刻なものでした。
金融危機による経済への影響は深刻
 スライドに示したのは、金融ストレスを測る尺度で、これは単純に、金融システムが大きなストレスにさらされていることを示唆する各種の金融指標を組み合わせたものです。2008年から2009年にかけて、金融システムにおけるストレスが一気に高まったことが一目瞭然で分かります。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120807/235398/zu36.jpg
フィナンシャル・ストレス・インデックスの推移。2008年から2009年にかけて、金融システムにおけるストレスが一気に高まったことが分かる
 株式市場も下落しました(下のグラフ)。2000〜2001年の景気後退局面でもハイテク株を中心に株式市場が大幅に下落しましたが、直近の景気後退における下落はもっと深刻でした。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120807/235398/zu37.jpg
S&P500種株価指数の推移。直近の金融危機では、2000〜2001年の景気後退の時以上に株価は大きく急落した
 グラフ(下)は住宅建設です。これも大幅に下落していることが分かります。住宅建設は景気後退に入る前に減少に転じましたが、そもそも住宅建設の急落が危機の引き金ですから、これは当然です。ただ、グラフの右側を見ると、住宅建設が依然としてほとんど回復していないことが分かります*。
*7月17日にバーナンキ議長が行った米上院銀行住宅都市委員会における半期に一度の金融政策報告で、議長は「住宅ローン金利が歴史的に低い水準にあることも手伝って、昨年夏以降、新規、中古住宅販売に穏やかな改善が見られる」と「購入を検討している側が購入資金の手当てや経済全般に対する不安を抱える一方、住宅ローンの条件が依然として厳しいなど、住宅市場の本格的な回復には課題がまだある」と発言、住宅市場の本格回復にはまだ時間がかかりそうだ、との見解を示した。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120807/235398/zu38.jpg
一戸建て住宅着工件数の推移。危機発生から5年経った今も、住宅建設が依然として回復していないことが分かる
 最後に、失業率は急上昇してほぼ10%で天井を付け、現在(3月時点)は8.3%近辺まで低下してきています。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120807/235398/zu39.jpg
米失業率の推移。ピークの10%から低下してきたとはいえ、7月の失業率は6月の8.2%から0.1ポイント悪化して再び8.3%に上昇するなど、依然として雇用は厳しい状況が続いている。
 第3回、4回の2回の講義では、危機についてもっと詳細に話します。住宅バブルとその崩壊、金融システムの脆弱性が最悪の金融危機を招き、少なくとも恐慌と同程度か恐らく恐慌よりも深刻な事態に陥ったことについて論じ、FRBの危機対応について検証します。
 最後の第4回の講義では景気後退からの回復とその余波、そして再び政策対応について話を進めます。本日の講義はこれで終わります。まだ数分残っているので質問を受けたいと思います。
バーナンキ議長による講義の録画は下記でご覧頂けます。
第2回(3月20日) 第2次大戦後のFRB(The Federal Reserve after World War II)
なお、動画画面の左下にある「transcript」をクリックすると講義の英文おこしをダウンロードできます。

ベン・バーナンキ(Benjamin Shalom Bernanke)
薬剤師の父と学校教員の母の長男として、1953年12月13日に米ジョージア州オーガスタで誕生、サウスカロライナ州ディロンで育つ。高校時代、大学進学適性試験SATで1600満点注1590点というその年の州で一番の成績を収め、1972年ハーバード大学に進学、経済学を学ぶ。1979年、年米マサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学博士号を取得し、同年以降、米スタンフォード経営大学院で教える一方、ニューヨーク大学で客員教授も務める。1985年プリンストン大学経済学部教授に就任、この時、日銀の政策がいかに間違っていたかを研究。デフレ史の研究でも知られ、友人でノーベル経済学賞受賞のポール・クルーグマン氏とともにインフレターゲットの研究者としても名声を高める。2002年にブッシュ政権下でFRBの理事に就任、2005年6月に同ブッシュ政権下で、米大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長に就任したのに伴いFRB理事は退任、2006年1月までCEA委員長を務め、同2月1日にFRB議長に就任。2010年1月再任される。



さあ、バーナンキ議長の講義を聞こう!
この連載は、米連邦準備理事会(FRB)のベン・バーナンキ議長が今年3月下旬に、米ジョージワシントン大学ビジネススクール(同大学は学部としてビジネススクールを持つ)の大学生を対象に「米連邦準備理事会(FRB)と金融危機」と題して、4回にわたって行った講演の全文である。中央銀行が誕生した歴史的背景から、その使命、1930年代に恐慌が起きた際のFRBの対応、その後金融政策が発展した経緯、なぜ米住宅バブルが発生し、なぜその崩壊によって2008年秋の金融危機が発生したのか、何が問題だったのか、そして危機に対してバーナンキ議長を筆頭にFRBがいかに対応したのか――その全容を大学生を対象に分かりやすく説明している点がポイントで、金融危機の深層を明らかにしてくれる。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120807/235398/?ST=print


 


 


90年代末の楽観主義が招いた米住宅バブル
第2回講義:第2次大戦後のFRB その3
2012年8月9日(木)  ベン・バーナンキ


 直近の金融危機につながった重大な出来事の1つは、住宅価格の高騰です。右のグラフは中古一戸建て住宅の価格の推移を示しています。2000年1月を100として、1990年代末から2006年初めまでに全米の住宅価格は約130%値上がりしました。線がまっすぐ上に伸びていることで分かると思いますが、住宅価格のまさに急騰です。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120806/235367/zu19.jpg
金融危機への序章は住宅価格の高騰だ。2000年1月を100として、1990年末から
2006年初めまでに全米の住宅価格は約130%値上がりした
 そして、住宅価格の値上がりと同時に、あるいは少し遅れて新規住宅ローンの貸出基準が悪化し始めたのです。今、考えると、住宅バブルの発生、つまり住宅価格急騰には心理的な要因が大きく寄与したことは明らかです。90年代末とは知っていると思いますが、結局、ハイテク株や株式市場全般に対して楽観的な見方が著しく高まった時代でした。この楽観論というか楽観センチメントが住宅市場に波及したことには疑い余地はありません。
 そのため、住宅価格は上がり続け、住宅に投資すれば「損をすることはない」との考えが広がっていきました。私はこうした楽観論が広がる少し前に、カリフォルニアに住んでいた時期があるのですが、住宅価格は既に値上がりしており、誰もがパーティーで口を開けば、「今、君の家はどのくらいするの」「君の家はどのくらい儲かっているの」といった話に夢中でした。
 まるで不動産会社の株価さえ調べておけば仕事なんてしなくていい、というような時代でした。住宅価格が値上がりし、みんな金持ちになれるという事実に誰もが浮かれているといった感じでした。こうした状況の中で、新規住宅ローンの引き受け基準も悪化の一途をたどっていったのです。そして、このことが一層多くの人を住宅市場に誘い込み、住宅価格を一段と押し上げていきました。
従来は住宅価格の10〜20%の頭金が必要だったが…
 住宅ローンの質と、住宅市場で何が起きたか少し話をしましょう。2000年代入る前は、住宅購入者は一般的にある程度の頭金を用意する必要がありました。住宅価格の10〜15%、あるいは20%ほどでしょうか。銀行から融資を受けるには当然、資金調達の仕方や所得、資産などについて詳細な書類を提出する必要がありましたし、融資額は多くの場合、年間給与の4〜5倍だったと思われます。
 しかし、住宅価格の値上がりに伴い多くの貸し手が、信用力のあまり高くない借り手に対しても住宅ローンの提供を始めた。これがいわゆる「ノンプライムローン」です。これらの住宅ローンの多くは、頭金もほとんどか全く必要なければ、書類の提出もほとんど、あるいは全く必要とされませんでした。
 私は「サブプライム」と言わずに「ノンプライム」という表現を使います。「サブプライムローン」は最も質の低い住宅ローン(借り手の信用力が最も低い)を指しますが、それ以外にも「オルトA(Alt-A)」など、いわゆる「プライム」ではないローンが多くあり、それらのローンも伝統的な信用基準に達していませんでした。だから私は「ノンプライム」という表現を使っています。
信用力に問題のある人にも積極的に融資
 当時何が起きていたかと言うと、住宅ローンの貸し手は信用力に問題のある借り手に積極的に貸し出しをする形で、与信内容を悪化させていったのです。与信内容の悪化は様々な角度から見ることができます。左側にあるグラフは住宅ローンの実行額に占める「ノンプライムローン」、つまり、「サブプライム」とか「オルトA」、もしくはそのほかの質の低い住宅ローンの比率を示しています。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120806/235367/zu22.jpg
住宅ローンの質は悪化の一途を辿った。左のグラフは住宅ローン全体に占める信用力の低い「ノンプライムローン」の比率がいかに2004年以降上昇していったかを表している。右は、住宅ローンを組むにあたってほとんど、もしくは全く信用関連の書類の提出を伴わなかった住宅ローンの全住宅ローンに占める比率で、こちらも2003年以降、増加し、2007年には60%に達したことが分かる
 グラフ(左)を見れば、2000年代半ばから2006年に、こうしたローンの比率が急増していったことが分かります。実行された全住宅ローンの約3分の1が、「ノンプライムローン」でした。右のグラフは住宅ローンの質の低下を示すもう一つの指標です。これはノンプライムローンの中で、厳格な書類審査を必要としない(信用関連の書類の提出がほとんど、あるいは全く必要ない)ローンがどの程度あったかを示したものです。この種のローンがいかに広がっていたかが分かるでしょう。
 例えば皆さんが住宅ローンを提供する立場だと考えてください。信用力が弱く、頭金もなく、FICOスコア*が低い、といった借り手に融資を行う場合には、所得や返済見通しなどについては通常より細かく質問をしたいと思うでしょう。しかし、実際に行われたのはその逆でした。
 *債務者の信用力を300〜850点の間で数値化したもので、米国で広範に用いられている個人の信用力の尺度
 グラフから読み取れるように、2007年にはノンプライムローンの60%が、借り手の信用力を審査するための書類の提出をほとんど、あるいは全く求められなかったのです。この点からも、住宅ローンの質が悪化を続けたことは明らかです。こんなことがいつまでも続くはずはありません。
 次のスライドは、住宅価格が上昇の一途をたどるに伴って月間所得に占める住宅ローンの返済額の割合がどう変化したかを示す「債務サービスレシオ」の推移で、住宅ローンの返済額が個人可処分所得の大きな割合を占めるようになっていったことが分かります。そして、住宅を所有するためのコストがあまりにも高くなりすぎたため、ついに新築住宅に対する需要が冷え込み始めたのです。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120806/235367/zu23.jpg
可処分所得に占める住宅ローンの返済額の比率を示す「債務サービスレイシオ」が2007年に向けて急増の一途をたどるが、その新規に住宅を購入することがあまりに高くなり、ついに住宅の購入意欲が低下、住宅価格の暴落、住宅バブルが崩壊することになった。
ついに住宅バブルが崩壊、2006年以降、住宅価格は30%下落
 スライド(上)から明らかなように、(2007年以降)金利が下がって債務サービスレシオが下がった、つまり可処分所得に占める住宅ローンの返済額の負担が下がったにもかかわらず、住宅価格が上がりすぎたことから、その購入に伴う負担があまりにも大きくなり、とうとう新たにローンを組む人も、新しい家の買い手もいなくなり、住宅価格は急落、住宅バブルは崩壊するに至ったのです。
 グラフは住宅価格の推移を示しています。90年代末から2006年ころまで、住宅価格が急騰したことが一目瞭然です。しかし、住宅価格は2006年を境に下落に転じ、以降、現在まで30%以上下落しました。見ての通り、全米で住宅価格が極めて大幅に下落したわけです。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120806/235367/zu24.jpg
米国の住宅価格バブルの崩壊:米国の住宅価格は1990年代末から急騰したが、2006年を境に下落し、今に至るまで30%以上下落した
 このグラフに一言付け加えおくと、みなさんは「住宅価格はまだまだ下落しそうだ」と思うでしょう。確かに、現在の住宅価格は15年前の水準をまだかなり上回っているからです。しかし留意して欲しいのは、これらの価格はドルベース、つまり名目ベースの数値であるという点です。つまりインフレに対する調整を行っていない。インフレ率を2%だったと仮定しても、15年間に物価は30〜40%値上がりしたことになるわけで、インフレ率を考慮して見れば、現在の住宅価格はバブルが始まった頃にかなり近づきます。
4〜5人に1人が、負債額が住宅の資産価格を上回るアンダーウォーターに
 さて、住宅価格の下落は深刻な影響をもたらしました。その1つは、住宅価格が上昇して、「ホームエクイティ(住宅価格からローン残高を差し引いた正味住宅価値)」を多額に抱えていると思っていた人たちが突然、住宅ローンの借入額が自分の持家の価値を上回る「アンダーウォーター」という事態に直面することになり、ホームエクイティがマイナス(ガティブ・エクイティ)になったことに気がついたのです。

住宅価格の崩壊により、住宅ローンを抱えた多くの人が、ローン残高から正味住宅価値を差し引いた「ホームエクイティ」が「マイナス」になる「アンダーウォーター」に陥り、その数は2007年以降急増し、2009年にはローンの数にして1000万を超え、ピーク時には1500万に達した
 スライドからこうした状態は2007年から始まり、ネガティブエクイティを抱える人々が急増したことが分かります。現在、住宅ローンを借りている米国人約5,500万人のうち、ネガティブエクイティを抱えている人は約1200万〜1300万人に上ります。つまり、米国の全住宅ローンのほぼ20〜25%がアンダーウォーターになっているのです。状況は激変したわけです。
 しかも、多くの人が返済能力を超えた借り入れを行っていたため、住宅価格の下落とともに住宅ローンの延滞率が急上昇しました。多くの人が、期日通りにローンの返済ができなくなり、最終的に自宅を銀行に差し押さえられ、他人に売却される事態に陥ったのです。グラフ(下)が示すように、2009年には住宅ローンの延滞件数が500万件に達しました。これは、全住宅ローンのほぼ10%に相当します。住宅ローンの延滞率がどれほど高かったかを物語っています。

住宅価格の急落で、住宅ローンの延滞率が急増し、その数は2009年には全米の住宅ローンのほぼ1割に当たる500万件に達した
ドット・コム・バブルの崩壊と住宅バブル崩壊の違い
 さて、ここまで住宅価格の急落が借り手と住宅保有者に与えた影響だけを見ました。もう1つ注目すべき面は、「住宅ローンの貸し手への影響」です。住宅ローンの10%近くが延滞となり、銀行やその他の住宅ローン関連証券の保有者は大幅な損失を余儀なくされました。このことが危機への重要な引き金となったことは明らかです。
 さて、興味深い疑問を考えてみましょう。1999〜2001年にかけてドットコム企業を中心にハイテク関連企業の株価が大幅に上昇しました。しかし、2000〜2001年にかけて株価は急落、それに伴って保有者の含み資産は大幅に減少しました。ドットコム株及びその他銘柄の株価が下落したことで失った資産と、住宅バブルとその崩壊によって失った含み資産にさほど違いはありません。しかし、周知の通り、ドット・コム・バブルの崩壊は、穏やかな景気後退を招いただけでした。
 2001年の景気後退は、確か2001年3月から11月まで続いただけで、わずか8カ月で終わった。失業率は上昇しましたが、80年代や最近の失業率に比べれば軽微でした。資産価値の大幅なバブル発生とその崩壊があったにもかかわらず、金融システムや経済に深刻な、もしくは長期的な影響を及ぼすには至らなかった。
危機の「引き金」と「脆弱性」を分けて考えるべき
 だから、2006年にFRBで議論をした時も、見解はほぼ同じだったのです。住宅価格の下落は2001年のドット・コム・バブルの崩壊と同様に景気減速は引き起こすだろうが、それ以上のものではない、と。しかし、実際には住宅価格の下落は株価の下落よりも、経済と金融システムにはるかに大きな影響を及ぼしました。
 この点を理解するには、「引き金(triggers)」と「脆弱性(vulnerabilities)」とを分けて考えることが重要だと思います。住宅価格の下落や住宅ローンによる損失は「引き金」だったのです。いわば、ろうそくに火をつけるための「マッチ」のようなもので、近くに燃える物がなければ大火災にはならなかった。だが、直近の危機では、経済や金融システムに「脆弱な部分」があり、これにある意味、住宅バブルの崩壊が火を付けたのです。
 別の言い方をすれば、金融システムに「脆弱性」が潜んでいたために、緩やかな景気後退で終わるはずだったものがはるかに深刻な危機へとつながっていった。では、「脆弱性」とは何だったのか。
 米国やほかの国の金融システムのどのような面が、住宅バブルの崩壊をはるかに深刻な危機へと一変させたのでしょう。なぜ、そんなことが起きたのでしょう。この点については第3回以降の講義で詳細に話しますが、今、簡単に次の点だけ指摘しておきます。
民間部門も公的部門も「脆弱性」を抱えていた
 民間の金融システムと公的部門の双方に、「脆弱性」が潜んでいたのです。民間部門では多数の借り手と貸し手がともに過剰な債務を抱え、債務比率を極端な水準に押し上げていました。何故そんなことになったのか。理由の1つは「グレート・モデレーション」という時代があったからです。
 20年にわたり相対的に落ち着いた経済・金融情勢が続いたことで、人々は自信を強め、多額の債務を抱えることに躊躇しなくなっていました。多額の債務を抱えることの問題点は、余裕がなくなり、住宅をはじめ資産価値が下落すれば即、資産価値が借入額を下回ることです。
 第2の問題点は、後でも説明しますが、極めて重要な問題で、この期間を通じて金融契約や金融取引がどんどん複雑になっていったことです。
甘かった民間部門のリスク管理
 その一方で、銀行及びほかの金融機関では、リスクを監視、計測、管理する能力はそれに追いついていなかった。つまり、IT(情報技術)システム、すなわち金融機関がリスク管理に向けていた資源は、金融機関が実際に取っていたリスクを十分に理解し、リスクがどれほど大きなものであるかを認識するには不十分だったということです。
 したがって、2006年に住宅価格が20%下落しても、銀行は自分たちが直面しているリスクを正確もしくは完全に評価することができなかった。そのために、バランスシートに与える影響を相当、過小評価していたと思われます。
 第3の問題は資金調達の問題です。これも後でも話しますが、金融機関はコマーシャルペーパー(CP)をはじめとする短期の資金調達手段に大きく依存していました。これらの借り入れの大半は、満期が90日以下で、1日というものもありました。つまり、金融機関は、預金を集めて、それを原資に貸し出しを行っていた19世紀の銀行のように、基本的にバランスシートの負債の側は、ほとんど短期の資金で賄っていたのです。このことは、19世紀の銀行で預金の取りつけ騒ぎが起きたのと同じように、取りつけ騒ぎに巻き込まれる可能性があったことを意味します。
 民間部門の「脆弱性」の最後の要因は、複雑な金融派生商品(デリバティブ)など、馴染みの薄い金融商品を多用していたことす。典型的な例は米保険最大手のAIGが扱っていたクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)でした。AIGはCDSを主に投資家が保有している複雑な金融商品の保険として投資家に販売していました。AIGが約束したのは、基本的に、投資家が保有するCDO(債務担保証券)などが損失を出した場合には、AIGが損失を補てんするということでした。
 景気が堅調で、金融システムが健全に機能している間は、AIGは基本的に保険料を徴収するだけでよく、何の問題もなかった。しかし、これから話すように一方向だけに賭けたポジションをとっていたため、ひとたび問題が発生すると莫大な損失にさらされ、深刻な結果を招いたわけです。こうした点が民間部門が抱えていた主な問題でした。
 次に公的部門が抱えていた脆弱性について簡単に話します。
バーナンキ議長による講義の録画は下記でご覧頂けます。
第2回(3月20日) 第2次大戦後のFRB(The Federal Reserve after World War II)
なお、動画画面の左下にある「transcript」をクリックすると講義の英文おこしをダウンロードできます。 

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120806/235367/?ST=print
 

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
 
01. 2012年8月10日 14:37:40 : PTn0Oe3ItI
アメリカが経済の比重を住宅投資に特化し維持できたのは、経済のグローバル化がもたらした世界的な供給力増大、貿易黒字国の資金を使った財政支出によるバラマキ効果、証券化という金融手法によるグローバルな資金調達、金融政策によってITバブルを克服したと捉えた経済学的な楽観論などが相乗的に作用したからだ。

要するに、世界が一体となって創出したバブルがアメリカの住宅バブルだから、この所得水準を維持しようとする試み事態が正気の沙汰でない。
バーナンキがうすうす感じているのはこの真実だろう。


02. 2012年8月10日 21:53:27 : LflXW1oM1w
日本一国で勝手に膨らまして弾けたバブルでも精算するのに20年じゃ済んでいない。

この米国のバブルは、本当に合衆国という実験国家にトドメを刺すかも知れない。
ということは、「資本主義教」も終了かな? 「共産主義教」というカウンター
ウエイトとともにね。


  拍手はせず、拍手一覧を見る

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
  削除対象コメントを見つけたら「管理人に報告する?」をクリックお願いします。24時間程度で確認し違反が確認できたものは全て削除します。 最新投稿・コメント全文リスト
フォローアップ:

このページに返信するときは、このボタンを押してください。投稿フォームが開きます。

 

 次へ  前へ

▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > 経世済民77掲示板

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/ since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。

     ▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > 経世済民77掲示板

 
▲上へ       
★阿修羅♪  
この板投稿一覧