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本澤二郎の「正常化40周年の旅」(2)
http://www.asyura2.com/12/senkyo136/msg/336.html
投稿者 五月晴郎 日時 2012 年 9 月 26 日 10:16:45: ulZUCBWYQe7Lk
 

(回答先: 本澤二郎の「正常化40周年の旅」(1)<尖閣・釣魚大騒動の波紋><危険ゼロの北京・天津><マスコミ報道に課題>など 投稿者 五月晴郎 日時 2012 年 9 月 25 日 16:46:24)

http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/52000886.html

<9・18デモを知らせる友人>

 夜遅かったが、社会科学院の友人の携帯電話にかけてみた。ホテルからの北京市内電話は無料だ。中国は交通費と通信費が格安である。日本と正反対だ。経済活動にとっての優位性だ。日本も真似るべきだろう。日本は高すぎる。鉄道から飛行機・通信費が、べら棒に高いことが、経済活動の抑制要因となっている。大改革の余地があろう。友人は、この日の9・18反日デモの様子を、テレビ報道で確認した範囲内で説明してくれた。

 「大きなデモが北京、南京、上海、シンセン、長沙などであった。数千人規模の所もあった。新聞やテレビは理性あるデモを呼び掛けている。政府の方針だ。全体的によくなった。むろん、社会問題もあり、個人的な要求も加わっている」というのだ。
 ということは、反日デモについて中国テレビはかなり詳しく市民に報道していたのである。ごく一部に暴徒化もあったようだ。その上で、「危ないから気をつけるように」と注意を促してきた。

 そういえば、いつもなら連絡をくれる報道関係者、日本研究者からのそれが今回はない。何となく敬遠されているのがわかる。電話の友人は「何かあったら大変なことになる。接待、交流はできない。この時期に来るべきではなかった」とも言い張った。きつい表現だが、それも筆者の安全を思ってのことだから文句はいえない。

 「明日、時間があったら日本大使館を見学してみたい」というと、即座に「危ないから止めなさい」とひどくしかられた。相当、心配してくれているのだ。これには困ってしまった。
 他方、天津の日本研究者に電話をすると、全く逆の反応である。「天津はデモもなかった。一体、誰がそんな情報を流すのか」と反発したものである。

<圧倒される大北京>

 北京国際空港からホテルに向かう午後8時前の車の流れは順調だった。地下鉄が完成したことも幸いしている。後部座席に身を委ねて、広い高速道路とその両側の超高層ビル群を眺めていると、過去を知る日本人にとって不思議な感覚が五体を包む昨今だ。
 ニューヨーク?いや、もっと大きいぞ!国交正常化の40年前の姿と比べられる人間が、この北京に今何人いるだろうか、と考えてみたりもする。当時を知る田中も大平もいない。思えば、筆者が大陸に足を踏み入れたのは、79年12月の大平首相の中国訪問からである。
 72年の田中訪中は、各社とも政治部長レベルで、筆者は長男を抱いて特別機が飛ぶ羽田に見送りに行ったものである。72年12月の記憶は鮮明だ。当時の灰色にくすんだ街並みを、現在の北京で探し出すのは不可能である。清潔な人間と街並みは、他方で貧困の中国を象徴していた。
 そこから這い出したのが、78年のケ小平の改革開放政策である。閉めきっていた扉を、左右に大きく開けたのだ。そこへと大平がODA資金を流し込んだ。侵略戦争の損害を放棄した中国への、日本のささやかな報恩であったが、これが引き金になって中国の経済成長は実現したようなものである。
 中国では、田中と大平が別格扱いされるのも当然のことである。それは世界的潮流だったが、これに反抗したのが、若いころの三文作家の石原だった。安倍の祖父の岸信介だった。
 巨大な大北京に身をうずめると、いつもながらこうした思いに駆られてしまいそうだ。「中国は商の民だよ。商売上手さ。うまくやるよ」と宇都宮徳馬が言っていた通りになった。今は逆に公平・公正な社会にする必要に駆られている。

 もはや昔の中国ではない。経済大国となり、軍事強国ともなっている。侵略戦争の教訓を学んでの軍事強化である。日本の現在は、60余年前と同様に実質、アメリカ支配が続いているが、中国がロシアやアメリカの属国になることはない。日本の右翼は、今も過去の中国だと勘違いしているのであろう。

<中国の研究者の疑問>

 「尖閣で損を被るのは、どうみても日本ではないのか。それでいて、どうして国有化にこだわったのか。野田とワシントンの思惑が一致したのだとしても。日本はこれからも尖閣問題をエスカレートさせるのだろうか」
 天津の日本研究者が、しきりと首をひねっている様子が、電話の向こう側で聞こえてくる。
 筆者は「日本政府はエスカレートは出来ない。今のワシントンにその力はない。イラク・アフガンさえも決着をつけられない。イランとイスラエルの紛争も厳しい。目下、イスラム社会から反撃を受けている。とても東アジアに手は回らない」と答えた。

<300都市の反日デモ>

 今回の9・18反日デモは300を超える全国の都市で行われた、と中国のテレビは伝えた。これはただ事ではない。どれくらいすごいことか。85年の中曽根の靖国参拝に対して、北京大学の学生が反発、気勢を上げたものである。これだけでも中曽根は、首相官邸で震え上がった。
 「もう二度と参拝しない」と約束して、関係悪化を回避した。小泉の靖国参拝に対しても、これほどの反日デモは見られなかった。大都市から中小の都市に拡大した9・18反日デモは、史上最大の規模である。それは嫌われる日本商品を意味していた。自業自得とは言え、既に日本商品ボイコット運動は進行しているだろう。
 この日本の損失は莫大である。物だけではない。13億人民の心を傷つけてしまったのである。石原と野田の責任は重い。重罰に値しようか。

<日本大使館を目指す>

 翌日朝、観光ビジネスで生計を立てている陳さんに電話した。運よく「鼻風邪をひいて家で休んでいる」という。旅行業者は情報通でないと務まらない仕事である。
 「9・18の日本大使館周辺は厳しい警備を敷いていた。地下鉄も乗降客を締め出していた」というのだ。中国政府の面子をかけた布陣で臨んでいるらしい。彼は、日本大使館近くの地下鉄駅を教えてくれた。老いた社会部記者出陣のきっかけを作ってくれた格好である。

 地下鉄建国門駅から1号線に乗車、二つ目の国貿駅で10号線に乗り換えた。主要駅では、今も入り口で荷物をX線でチェックしている。国貿駅ホームには警察官を配備していた。10号線の亮馬橋駅が目的地である。
 三里屯地区に大使館があることは、大使館建設時から知っている。東京タイムズに記事を書いたからである。初代大使の小川平四郎の実兄・小川平二は、親しい政治家の一人だった関係で、いち早く記事に出来た。平二邸玄関には孫文の手になる「博愛」の額が飾ってあった。実父の平吉は、孫文と交流を持っていた当時政友会の大立者で知られる。

<最寄りの地下鉄駅封鎖>

 ところが、予想外のことが発生した。亮馬橋駅に降りようと待ち構えていると、電車はあっさりと通り過ぎてしまった。何かの間違いなのか。折り返して改めて目的駅に向かったが、やはり同じだった。日本大使館近くの同駅は封鎖したままなのだ。
 やむなく一つ先の駅で下車して、そこから大使館に向かうことにした。交通規制をしていることは、目の前の交通渋滞ですぐにわかった。幸い、三輪自転車を見つけた。この便利な乗り物であれば、警察の規制から免れるかもしれない。そう思ってメモ用紙に「日本大使館」と書いて、運転手にかざした。
 手振りでNOと言っている。一帯に「近づくな」との指示が出ているのである。歩くしかない。方角を聞くと、手真似で「あっちだ」と教えてくれた。親切なオジサンだ。当たり前のことだが、日本人だからと言って睨めつける様子など無い。
 辺りにボランティアの警備員が一杯いる。腕に赤い腕章を巻いていた。幼い子供のような者もいた。一般市民を刈り出したものか。彼らは素直に大使館方向を教えてくれたが、交通警察官には断られてしまった。
 道路沿いに腰をおろしてリンゴをかじっていた老夫婦は、申し訳なさそうに「知らない」といって手を振った。地方から息子か娘の家で過ごしているような感じだった。歩いて、歩いていると、問題の亮馬橋駅改札口が見つかった。入口は頑丈に閉じられていた。事情を知らない市民が抗議する姿も見られた。
 そこから、さらに大使館方向へと歩いた。迷彩服を着込んだ武装警官のような面々が現れた。そこから人の少ない路地に入ると、外交官街であることがわかった。そこで、また道を聞くと、昼飯に果物をかじっていたオジサンが、実に大声を張り上げて方角を示してくれた。
 市民は皆親切だ。「お前は日本人か」と噛みつくような暴力的な中国人はいない。さらに進むと、大使館寄りの歩道は関係者以外立ち入り禁止だ。やむなく道路の反対側から歩くと、そこには夏服に身を固めた軽装スタイルの警察官が行列を作っていた。所在投げに周囲を行ったり来たりする者、昼飯の弁当に手を付ける者など、実にのんびりしている。2枚ほど彼らの様子をカメラに収めた。
 要するに、もうデモはない。9・18で終わってしまったのである。

<タクシーに乗る>

 もはや大使館を眺めても仕方ない。足の方が疲れてきた。ホテルに戻ることにした。午後3時と夕刻に約束が入っていた。これ以上、無意味に過ごす必要は無かった。
 結論は、デモはない。しかし、警備は厳重である。という事実が判明した。タクシーで建国門に戻ることにした。いざタクシーを掴まえるとなると、これが北京や上海など大都市は大変である。
 タクシーは一杯走っている。しかし、乗客も一杯いる。日本人タクシー運転手なら、さぞかし恨めしそうに思うだろう。乗車拒否も現れる。近い場所や分からない場所だと、断られるだろう。
 筆者は三ツ星ホテルの名刺大の略図をかざしたが、二人の運転手に断られた。大きなホテルではない。土地勘の低い運転手は分からないのだ。3人目が応じてくれた。随分くたびれたタクシーである。むろん、贅沢など言っていられない。飛び乗った。タクシーの前に珍しい車が走っていた。背後のガラスから見えるように「この車は日本製。しかし、心は中国。釣魚島は中国の島」と書いた紙を張ってあった。神経質になっているのは、中国人の方だった。
 記念にと亮馬橋から建国門までのタクシーの領収書を手にして保存することにした。かなりの距離だが24元である。

 「タクシーに乗るな」「日本語を話すな」という、友人がわざわざ教えてくれた禁止事項を、あえて破ったのである。何も起きなかった。当然であろう。一般市民にとって、日本人の一般人がそうであるように、尖閣で人生や価値観が変わるわけではない。それにしても石原は罪な男である。そういえば、帰国後に石原はテレビに登場していない。評判の悪い息子の自民党総裁選候補の方だけである。
 何事も無くホテルに戻り、汗の体にシャワーを浴びせた。生き返った。

2012年9月26日8時45分記
 

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