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宣戦の詔書と終戦の詔書を並べて読む
http://www.asyura2.com/12/warb10/msg/264.html
投稿者 手紙 日時 2012 年 10 月 06 日 23:01:03: ycTIENrc3gkSo
 

宣戦の詔書 時・出典
1941年12月8日・日本外交主要文書・年表(1),54‐55頁.官報
終戦の詔書 時・出典
1945年8月14日・日本外交主要文書・年表(1),75‐76頁.官報
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「宣戦の詔書」

天佑(てんゆう:天の助け)を保有し萬世一系(ばんせいいっけい:永遠に皇統が続くこと)の皇祚(こうそ:天皇の位)を踐(ふ)める(位につく)大日本帝國天皇は昭(あきらか)に忠誠勇武なる汝(なんじ)有衆(ゆうしゅう:君主から人民を呼ぶ称)に示す朕茲(ここ)に米國及英國に對して戰を宜(せん)す朕が陸海將兵は全力を奮(ふるっ)て交戰に從事し朕が百僚有司(ひゃくりょうゆうし:多くの官僚)は勵精(れいせい:精をだすこと)職務を奉行(ほうこう:上の者の命令に従って事を行うこと)し朕が衆庶(しゅうしょ:庶民)は各々其の本分を盡(つく)し億兆一心國家の總力を擧けて征戰(せいせん:戦いにおもむくこと)の目的を達成するに遺算(いさん:手落ち)なからむことを期せよ抑々(そもそも)東亞(とうあ:アジア東部―中国・朝鮮・日本)の安定を確保し以て世界の平和に寄與(きよ)するは丕顯(ひけん:おおいにかがやかしい)なる皇祖考(こうそこう:明治天皇)丕承(ひしょう:立派に受け継ぐ)なる皇考(こうこう:天皇が死去した先代の天皇をいう言葉)の作述(さくじゅつ:先人の意見を述べることと新説をだすこと)せる遠猷(えんゆう:遠い将来まで考えた計画)にして朕が拳々(けんけん:両手でうやうやしく奉げもつこと)措(お)かざる所而(に)して列國との交誼(こうぎ:親しい交際)を篤(あつ)くし萬邦(ばんぽう:あらゆる国)共榮(きょうえい)の樂を偕(とも:一緒)にするは之亦(また)帝國が常に國交の要義(ようぎ:重要な意義)と爲す所なり今や不幸にして米英兩國と釁端(きんたん:争いのはじめ)を開くに至る洵(まこと)に已むを得さるものあり豈(あに:あいえない)朕が志ならむや中華民國政府曩(さきに:前に)に帝國の眞意を解せず濫(みだり)に事を構へて東亞の平和を撹亂(かくらん)し遂に帝國をして干戈(かんか:戦い)を執(と)るに至らしめ茲(ここ)に4年有餘を經たり幸に國民政府更新するあり帝國は之と善隣の誼(よしみ:したしみ)を結び相提攜(ていけい:提携)するに至れるも重慶に殘存せる政權は米英の庇蔭(ひいん:助けまもるこ
と)を恃(たの)みて兄弟(けいらい)尚未だ牆(かき:かきね)に相鬩(せめ)ぐを悛(あらた)めず(いまだに相互の境をはさんでせめぎあう姿勢を改めない)米英兩國は殘存政權を支援して東亞の禍亂(からん:世の災いになるような騒動)を助長し平和の美名に匿(かく)れて東洋制覇(せいは)の非望(ひぼう:身分にふさわしくない望み)を逞(たくまし)うせむとす剰(あまつさ)へ與國(よこく:同盟国)を誘ひ帝國の周邊(しゅうへん)に於て武備(ぶび:軍備)を増強して我に挑戰し更に帝國の平和的通商に有らゆる妨害を與(あた)へ遂に經濟斷交を敢(あえ)てし帝國の生存に重大なる脅威を加ふ朕は政府をして事態を平和の裡(うち)に囘復(かいふく)せしめむとし隠忍(いんにん:じっと我慢すること)久しきに彌(わた)りたるも彼は毫(ごう:ほんの少し)も交譲(こうじょう:互い譲り合う)の精神なく徒(いたずら)に時局の解決を遷延(せんえん:延び延びになる事)せしめて此の間却(かえ)つて益々經濟上軍事上の脅威を増大し以て我を屈從(くつじゅう:屈服)せしめむとす斯(かく)の如(ごと)くにして推移せむか東亞安定に關する帝國積年の努力は悉(ことごと)く水泡に帰し帝國の存立亦正に危殆(きたい:非常に危険なこと)に瀕(ひん)せり事既に此に至る帝國は今や自存自衛の爲蹶然(けつぜん:勢いよくたちあがるさま)起つてー切の障礙(しょうがい)を破碎(はさい:こなごなにする)するの外なきなり 皇祖皇宗の神靈(しんれい:神のみたま)上に在り朕は汝有衆の忠誠勇武に信倚(しんい:しんらい)し祖宗の遺業を恢弘(かいこう:広く大きくすること)し速(すみやか)に禍根(かこん:災いの起こるもと)を芟除(さんじょ:除き去ること)して東亞永遠の平和を確立し以て帝國の光榮を保全せむことを期す

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

「終戦の詔書」

朕(ちん)深く世界の大勢(たいせい)と帝国の現状とに鑑(かんが)み非常の措置(そち)を以(もっ)て時局を収拾せむと欲(ほっ)し茲(ここ)に忠良(ちゅうりょう)なる爾(なんじ:お前達)臣民(しんみん)に告ぐ朕は帝国政府をして米(べい)英(えい)支(し)蘇(そ)四国(よんこく:アメリカ・イギリス・中国(支那)ソ連の四ヶ国)に対し其(そ)の共同宣言(ポツダム宣言)を受諾(じゅだく)する旨(むね)通告せしめたり抑々(そもそも)帝国臣民の康寧(こうねい:やすらかなこと)を図(はか)り、万邦(ばんぽう)共栄の楽(たのしみ)を偕(とも:共)にするは皇祖(こうそ)皇宗(こうそう)の遣範(いはん:先人から遺された手本)にして、朕の拳々(けんけん)措(お)かざる所(胸に刻んで教えを守りぬかねばならない)曩(さき:先に)に米英二国(にこく)に宣戦せる所以(ゆえん)も、亦(また)実に帝国の自存(じそん)と東亜の安定とを庶幾(しょき:こい願う)するに出(い)で、他国の主権を排(はい)し領土を侵(おか)すが如(ごと)きは、固(もと:もともと)より朕が志(こころざし)にあらず然(しか)るに、交戦已(すで)に四歳(よんさい:四年)を閲(けみ:経過する)し、朕が陸海将兵の勇戦(ゆうせん)、朕が百僚(ひゃくりょう)有司(ゆうし)の励精(れいせい)朕が一億衆庶(しゅうしょ)の奉公(ほうこう)、各々最善を尽(つく)せるに拘(かかわ)らず戦局必ずしも好転せず世界の大勢(たいせい)、亦(また)我に利(り)あらず加之(しかのみならず)敵は新(あらた)に残虐なる爆弾を使用して、頻(しきり)に無辜(むこ:辜は罪,何の罪もない人)を殺傷(さっしょう)し惨害(さんがい)の及ぶ所真(まこと)に測(はか)るべからざるに至る而(しか)も尚(なお)交戦を継続せむか(なお戦争を継続したら)終(つい)に我が民族の滅亡を招来(しょうらい)するのみならず延(ひい:それが原因になって)て人類の文明をも破却(はきゃく)すべし斯(かく)の如(ごと)くむは朕何を以(もっ)てか億兆の赤子(せきし:人民)を保(ほ)し皇祖(こうそ)皇宗(こうそう)の神霊(しんれい)に謝(しゃ)せむや是(こ)れ朕が帝国政府をして共同宣言に応(おう)せしむるに至れる所以(ゆえん)なり朕は帝国と共に終始(しゅうし)東亜の解放に協力せる諸盟邦(しょめいほう)に対し遺憾(いかん)の意を表(ひょう)せざるを得ず帝国臣民にして、戦陣に死し、職域(しょくいき)に殉(じゅん)し非命(ひめい)に斃(たお)れたる者、及(および)其(そ)の遺族に想(おもい)を致せば、五内(ごだい:五つの内蔵:全身)為(ため)に裂(さ)く且(かつ)戦傷(せんしょう)を負(お)い災禍(さいか)を蒙(こうむ)り家業(かぎょう)を失いたる者の厚生に至りては朕の深く軫念(しんねん:心を痛める)する所なり惟(おも)うに今後帝国の受くべき苦難は固(もと)より尋常(じんじょう)にあらず爾(なんじ)臣民(しんみん)の衷情(ちゅうじょう:まごころ)も朕善(よ)く之(これ)を知る然(しか)れども朕は時運(じうん)の趨(おもむ)く所堪(た)え難(がた)きを堪え忍(しの)び難きを忍び以(もっ)て万世(ばんせい)の為(ため)に太平(たいへい)を開かむと欲す朕は茲(ここ)に国体を護持(ごじ)し得て忠良なる爾(なんじ)臣民の赤誠(せきせい:うわべを飾らないまごころ)に信倚(しんい:信じ頼り)し常に爾(なんじ)臣民と共に在(あ)り若(も)し夫(そ)れ情(じょう)の激(げき)する所濫(みだり:勝手気ままに)に事端を滋(じたん,しげ:事柄の発端をややこしくし)くし或は同胞排儕(はいせい:排斥)互に時局を乱(みだ)り為(ため)に大道(たいどう)を誤り信義を世界に失(うしな)うが如きは朕最(もっと)も之(これ)を戒(いまし)む宜(よろ)しく挙国(きょこく)一家(いっか)子孫相伝(あいつた)え確(かた)く神州(しんしゅう)の不滅を信じ任(にん)重くして道(みち)遠きを念(おも)い総力を将来の建設に傾け道義を篤(あつ)くし志操(しそう)を鞏(かた)くし誓(ちかっ)て国体の精華(せいか)を発揚(はつよう)し世界の進運(しんうん)に後(おく)れざらむことを期(き)すべし爾(なんじ)臣民其(そ)れ克(よ)く朕が意(い)を体(たい)せよ(私の気持ちを理解して言う事を守ってくれ)

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//Memo
//Hitokoto
*このたった二枚の紙切れが公表される間に、いったいどれだけの生命が傷つき亡くなったか。現在、責任ある地位に就いておられる方々には、深く胸に刻み込んでもらいたい。

*アジア各地で独立をめざす民族闘争がわき起こったのは、日本帝国の収奪と抑圧に抗してのことであり、詔書の言う「共栄」とは道理に合わないことを強引に正当化しようとする詭弁でしかない。

*近現代史を過度に賛美し、過ちを教訓としない民族に未来はないとすれば、おそらく東洋の未来は暗い。

*この投稿を読んで阿修羅掲示板の諸兄諸姉はどのようにお考えか、ご教示ねがいたい。
 

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コメント
 
01. 中川隆 2012年10月06日 23:56:41 : 3bF/xW6Ehzs4I : HNPlrBDYLM

日本人は昭和天皇の戦争犯罪を自分達で裁かなかったから、中国や朝鮮を反日にしてしまったのですね。ドイツは戦争の責任をすべてナチスに押し付けて対戦国から恨まれない様にするのに成功した。 日本も戦争の責任がすべて昭和天皇にあるというのを明らかにすればこんな事にならなかった:

金の亡者だった昭和天皇(?)の誤算は,中国の正規軍がいくら弱くても,ゲリラには勝てそうもないという事だった. 今のイラクやアフガニスタンと同じですね.

そのまま行ったらソ連が参戦してきて日本は占領されてしまう.
そして,昭和天皇(?)が中国での大虐殺の黒幕だったことが明らかにされ,戦犯として死刑になり,その汚名は世界中で何千年も語り継がれる事になる.


そこで昭和天皇(?)が考えた起死回生の名案とは:


アメリカはアジアを侵略した日本を懲らしめるため、そして国民が好戦的であるから原爆投下をして戦争を終わらせ、いく百万の人命を救ったと、みずからを平和主義者であるかのように宣伝してきた。

だが実際は、日本を侵略し、単独で占領して属国にする計画を、ずっと以前から持っており、それを実現するチャンスと見なして緻密な計画を持って望んだ戦争であった。日本支配にあたっては、天皇を傀儡(かいらい)とする政府をつくることも計画していたし、戦時中も天皇や皇族を攻撃してはならないという命令を米軍将兵に厳守させていた。それは天皇側にも知らされており、近衛文麿や吉田茂などはその線で動いていた。東京大空襲でも皇居は攻撃されていない。

国民は皆“お国のため”といって国に殺された。天皇はアメリカに日本を占領してくれとお願いしたんだ! それは共産主義が怖くてアメリカに自分を守ってもらうためだった。

米軍の無差別空襲のなかで、不思議なことに皇居は攻撃対象からはずされ、三菱重工広島造船所や長崎造船所は広島、長崎の原爆投下でも被害はなく、下関空襲でも三菱や軍は無傷であった。
_______________________________________________________________________________

アメリカの国立公文書館で発見された「米国陸軍軍事情報部真理作戦課『日本プラン』」

日本プラン」は1941(昭和16)年12月、すなわち日本軍の真珠湾攻撃の直後に作成が開始されたもので、「天皇を平和の象徴(シンボル)として利用する」戦略が明記されていた。

すべての戦争責任を、「軍部」に押しつけて天皇を免罪し、「象徴天皇制」のもとで日本を占領支配するという計画を立てていた。1942(昭和17)年5月には「皇室に対するすべての攻撃は避けられなければならない」とする「英米共同指針計画」を出し、皇居への爆撃の禁止命令を厳格に実施させた。

戦後駐日大使となったライシャワーはその当時、「日米戦争勝利後の“ヒロヒトを中心とした傀儡(かいらい)政権”」を提言し、「天皇は100万の軍隊駐留に匹敵する」と主張していた。

三井、三菱、住友、安田の4大財閥は、太平洋戦争中の4年間に重工業においては全国投資額に占める割合を18・0%から32・4%にふやし、金融では25・2%から49・7%へと急膨張を遂げており、「三菱は戦争のたびに大きくなった」と三菱電機社長はのべている。

 こうして1945(昭和20)年までの15年戦争で、日本の人民大衆は320万人以上が殺され、日本の都市の大部分は焼け野原となり、親兄弟、息子を殺され、家屋敷、家財道具を空襲で焼き払われて失い、塗炭の苦しみを味わった。

だがこの戦争で、三井、三菱などひとにぎりの独占資本はボロもうけし、天皇を頭とする支配階級はアメリカによりすがり、アメリカの日本占領支配の下請機関となって生きのびた。そして戦後61年たった今、世界でもまれにみるアメリカの従属国家となっている。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/320mannninngakorosaretadainizisekaitaisenn.htm


対日戦争というのは、野蛮な日本の侵略をこらしめ、平和と民主主義のための参戦だったと欺瞞する。

しかし、日露戦争後に、日本との戦争は必至と分析し、ハワイ攻撃を待って徹底的にたたきつぶし、無条件降伏させるという計画を持っていた。

ライシャワーなどは、「戦争責任はすべて軍部にかぶせて、天皇を傀儡(かいらい)として利用する」といっていた。

日本にかわって中国アジアを侵略するためであり、日本を占領支配するための戦争だった。そして、日本の人民が抵抗できないように、戦地では餓死、病死に追いこみ、内地では原爆投下、全国の都市空襲、沖縄戦でさんざんに殺しまくった。

あれだけ鬼畜米英でやっていながら、その後の占領は、今から見てもスムーズすぎる。

アメリカは日本を侵略・占領するための戦争をやっていたのだ。日本の全土を焼き払って攻撃して、民間非戦斗員をぶち殺している。一般国民は自然の感情として、国を守らなければと思う。特攻兵士の心情などが端的だ。

アメリカや天皇は、それが次にはアメリカの占領とそれに従っていく自分らに反対して向かっていくのが怖いわけだ。

「本土決戦」を叫んでいるが、真実がばれたらその矛先が自分に向く関係だ。だから、国民には竹槍を与えるが、鉄砲で武装させるということはなかった。「鬼畜米英」のインチキはそのへんにある。

あれほどスムーズにやれたのは、天皇がやったことと、そのために本土空襲や飢餓作戦で地獄の状況を作り、国民をへとへとに疲れさせたことによる。

それをアメリカが計画的に作り出したし、日本の支配階級も望んだ。

国内は戦意喪失で、軍隊は独断で解散していく。集団でも離隊していく。占領軍への抵抗なども起こりようがない。かなりの男は外地に行ってしまっていない。武装解除をさせて、しかも権力の空白ができないように、そこは米軍が来て占領する。そのうえマッカーサーは民間の銃剣をすべてとりあげる徹底した「刀狩り」までやった。

マッカーサーが無条件降伏から二週間後に上陸できたのは、安心しきっていたのだ。ずっと以前から日本の対応がわかっていて、武装解除の進行具合を把握していた。占領された敗戦国でこれほど組織的な抵抗がなかったところは世界的にもまれだ。

「戦後の方が食糧がなかった」というのが実態だが、占領軍が食糧を持ち去ってないような状況にして、「食糧援助」と称して恩義を売る。飢餓作戦をやっていた。

占領期の検閲問題なども暴露されていない。きれいにマインドコントロールされるようになっている。マッカーサーは45(昭和20)年9月15日、「プレスコード」(新聞紙法)を発したが、アメリカ占領軍の「検閲」の名による言論統制を四五年秋から非公然に開始した。検閲要員は1万人近くいた。その対象は、新聞・雑誌、放送・演劇脚本・映画、紙芝居・幻灯などのすべてにわたり、国民の手紙や葉書などの郵便物、電話の盗聴までやっていた。

そういうことについても、一切知らせてはならないと、徹底した検閲をやった。日本のメディアは、自分らで自主検閲するようにするし、朝日新聞なんかは自主検閲要領というのをプレスコードの線に沿ってつくっていた。それはいまでも続いているしもっとひどくなっている。一方で、GHQは新聞やラジオなどを直接にも利用して、宣伝していった。第2次大戦についてのアメリカ軍を美化する心理作戦でも、商業新聞に直接GHQが原稿を書いていたり、NHKの「真相はこうだ」という特集などもそうだ。

米軍について悪くいうことを徹底して封じた。だから原爆の実態や空襲実態についても徹底し隠した。沖縄戦なども典型的で、日本軍がみんな殺したようなイメージをつくり出す。マニラとか長沙などへのアメリカ軍の爆撃もみんな隠蔽していた。安岡の戦争体験者が長沙へのアメリカの空襲を近年朝日新聞に投稿したら、ボツにされたといっていた。

戦後のアメリカの検閲のやり方を見ても、報道内容をチェックするばかりではなく、郵便物や電話まで開封、盗聴する。しかも検閲してないような格好をしてやる。戦前の検閲は、伏せ字で検閲したことが分かる形だったが、アメリカの方はまだ陰険だ。内容は、原爆を公表してはならない、戦争の悲惨さを公表してはならない、反米的なものは許さないというものだった
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/aratanabaikokutosennsounosyuppatutenn.htm


真珠湾攻撃をやるまえに海軍自身が「石油は2年しかもたない」といっていたが、天皇も軍部も最初から負けるとわかっていてアメリカとの戦争に突っ走った.

天皇が一番怖かったのは日本のなかでの革命だった。満州事変のまえの2・26事件にしても、日本は農村恐慌で農民一揆も2000件もあり、社会不安が起こる危険性が高かった. ソ連や中国に負けるわけにはいかなかった、どうしてもアメリカに負けなければならなかった

そうした背景があって青年将校が事件を起こした。事件そのものは鎮圧したが、天皇や上のものは、共産革命が日本でも起こることを念頭においていただろうし、それをもっとも恐れただろう。

太平洋戦争でアメリカに負けたというが、そのまえに中国でさんざんにやられている。それが日本の敗戦を決定的にしたのだ。

 日本軍は中国人や朝鮮人を「チャイナ」とか「ヨボ」とかいってべっ視しきっていた。創氏改名をさせ、名前も宗教も認めない、日本に労働力として強制連行したり、兵隊にとっていた。中国に負けて撤退となると、「勝った、勝った」という大本営発表がうそだったということになり、国内で大混乱になる。それこそ革命が起こり、天皇の首が危なくなる。だから、「中国からの全面撤退」は絶対に認められなかった。それよりも天皇制を維持するために、負けるとわかりきったアメリカとの戦争に突入した。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/utunomiyamutuo.htm


1945年、第二次世界大戦に敗北した日本に米軍が上陸して来る。

今後の日本をどうするか、米軍の指揮官ダグラス・マッカーサーとの交渉を担当したのが、当時の大蔵省事務次官池田勇人(後に首相)の部下、渡辺武であった。

渡辺の自伝である「渡辺武日記 対占領軍交渉秘録」(東洋経済新報社)によると、渡辺と米軍の最初の「大きな交渉テーマ」は、米国の銀行ディロン・リードに
対する日本と天皇一族の借金返済問題であった。

明治憲法第11条により、日本の陸海空軍全ての指揮権は天皇にあり、政治・軍事の全責任は天皇にあった。米軍が天皇の戦争責任を問題にせず、真っ先に銀行ディロンの代理人として借金の取り立てを行った事は、戦争の目的が金であった事、そして米軍が米国政府の代理人などでなく銀行ディロンという私的機関の「代理人」である事を良く示している。

しかも奇妙な事に、日本は戦争のための兵器購入資金を敵国の米国ディロンから「借り入れ」ていたのだ。さらに貸し付けた側の銀行ディロンの社長が、米国の戦争省長官ウィリアム・ドレーパーであった。米軍の陸海空軍全ての指揮権を持つ戦争省長官ドレーパー本人が、敵国・日本の陸海空軍全ての指揮権を持つ天皇に
戦争資金を貸し付けていた。

ディロンの親会社が、現在のブッシュ大統領一族の経営する軍事産業専門投資会社カーライルであり、そのブッシュの経営するハリマン銀行の取締役ロバート・ ラヴェットが、戦争省次官として自分の経営する兵器会社から米軍に武器を納入していた。米軍の兵器と日本軍の兵器購入資金は、同一のハリマン=カーライル=ディロンから出ていた。

日本軍と米軍が「殺し合えば殺し合う程」この銀行が儲かる「仕組み」になっていた。この銀行の私的利益のために日本と米国の軍人は「殺し合い」をした。

この金儲けシステムの米国側にドレーパーがおり、日本側に天皇が居た。

ドレーパーの銀行ディロンは、戦争で莫大な利益を得た。

天皇も日本軍の兵器購入資金の一部を私物化し、スイス銀行に莫大な財産を蓄積した。天皇が戦争責任を問われなかったのは当然である。
日本人と米国人に「殺し合い」を行わせ金儲けする、ディロン=ハリマン銀行の日本支店長が天皇であった。最初から天皇は「日本と日本人の命」を「敵国に売り渡して」いた。

なお天皇は、スイスに莫大な蓄財が出来た感謝の印に、「敵国の戦争指揮官」ドレーパーに勲一等瑞宝章を与え表彰している。
http://www.asyura2.com/07/senkyo38/msg/517.html


昭和天皇はマッカーサーに大金を掴ませて、自分に都合の良い様に話をでっち上げて貰ったんですね。 マッカーサーの演技にコロッと騙された日本人もアホだけどね。


詳細は

あなたの知らない「天皇家」の謎 皇室の祖先にワニがいた!?
http://www.asyura2.com/10/bd59/msg/256.html

東京ホロコースト   西岡昌紀
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/479.html

君はアジアを解放する為に立ち上がった昭和天皇のあの雄姿を知っているか?
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/312.html

昭和天皇が戦争狂になった訳
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/321.html

原爆投下が日本を救った_ ユダヤ人とトルーマンと昭和天皇に感謝
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/327.html


02. 2012年10月07日 00:17:49 : HNPlrBDYLM


日本は占領地域で組織的な略奪をして、財宝を朝鮮経由で内地に持ち帰っていますから、昭和天皇が主導したのは間違いないですね。

慰安婦強制連行も南京大虐殺も731部隊も昭和天皇が直々に命令したものだから、みんなが必死に否定しようとするのですね。


ことここに至ってしまった以上、もうこれ位はやらないと、日本はアジアから抹殺される:


1.昭和天皇の墓を暴いて、遺体を火炙りにする。

2.天皇制を廃絶

3.皇室財産をすべて没収してアジアの被害者に分配


03. 2012年10月07日 01:01:46 : d1V3ipWDqc
中国の脅しにほとんどの政治家は耐えられないかもしれない。
尖閣を奪っても中国の脅しがストップする保証はない。
なんとか自分だけ得をする方法は無いだろうか。
平和主義者なら裏切者ではない。堂堂と敵と通じることができる。
敵から可愛がられ、日本人から尊敬され、国を売り渡して一儲け、平和主義者万歳。
上手くいくかな。

04. 2012年10月08日 08:09:22 : rfcCuFHQZE
詔書。ざつと読んだが、ずいぶん白々しい。原案を配下の誰が作成したかしらぬが、狡知官僚の匂いがする。自民党の天皇元首制復活。と国防軍復活は次の戦争{対中?対ロ?」の詔書を出して貰うための準備と見ている。以前右翼街宣車が{北方領土武力奪還」を連日叫んでいた{今は無いが」石原都知事は今でも{尖閣で血を流せ}とか{中国船を撃沈せよ」とか戦争パラノイアのようなことを言い続けている。宣戦布告詔書が必要に備え旧体制ナチズムとフアシズム{天皇制。軍国主義と国家主義}復活は自公民タカ派の悲願のようだ。「アメリカにおしつけられた」現憲法廃棄。{日本の核武装}「徴兵制}「日の丸、君が代強制の全国化」{原発。衛星。ロケツトの軍事転用促進」「もんじゅなど存続再処理でプルトニュウーム大量確保][戦争関係法規整備]などなどをタカ派は来年実現する方向で暴走をはじめている。連珠の「止めてとまらぬ3,4、の手か」。

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