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自信を生み出す3つのサイクル 仮説設定能力 意欲 リーダー3条件 日英差別 瑞典学校崩壊 日露戦 危機管理 独医療過誤
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投稿者 eco 日時 2013 年 4 月 23 日 01:16:52: .WIEmPirTezGQ
 

(回答先: 折れない自信は必ず作れる 教養 ブラック新人 失敗力 オススメ業界 即戦力化 グローバル戦略 撤退・投資基準 自転車通勤 投稿者 eco 日時 2013 年 4 月 22 日 02:24:03)


【第2回】 2013年4月23日 潮凪 洋介

自信を生み出す「3つのサイクル」

知識でも、ノウハウでもなく、大切なのは「自信」。
19歳で起業。成功と失敗を繰り返し、2回目の脱サラ後、32歳で5000万円の借金を背負った著者が、どん底状態から、人生を大逆転させた行動力の秘密を語る。根拠がなくても、実績がなくても、やる気を生み、恐怖心を消し去る「強い心」のつくり方

「行動、結果、自己肯定」。
この3サイクルが自信を生む。

?前回の連載では、自信を身につけるには、「小さな成功を積み重ねること」と「自己肯定感を高めること」の2つが必要だという話をした。本日は、この話をもう少し掘り下げたいと思う。

?自信を身につける過程は、厳密にいうと次の3サイクルになっている。「1. 行動を起こす」「2. 結果を確認する」「3. 肯定感を持つ」だ。
?
?この3サイクルが繰り返されることによって、自信はさらに強固なものになっていく。よく覚えておいてほしい。この3サイクルはどこから始まってもいい。「行動を起こして、結果を出す」でもいいし、「何かしらの結果に対して、自己肯定感に浸る」でもいい。

「そんなこと言われても、怖くて何もできないし、結果もない」という人は、「肯定感を持つ」ことから始めてほしい。

「大丈夫!うまくいく!」と何度も何度も思い込む。自信とは、自分を信じる力であり、プラスの思い込みである。そして「ああしたい、こうなりたい」という思いを、ほんの少しでもいいから持ってほしい。

「できる自分」を、
具体的にイメージしよう!

?『我々の人生とは、我々の思考がつくりあげるものに他ならない』
?これは、「五賢帝」といわれた古代ローマ帝国の皇帝、マルクス・アウレリウスの言葉だが、人生における極めて重要な真理だ。
?
?もう少し具体的に考えてみよう。例えば営業に自信が持てない人であれば、「トップセールスになった自分の姿」「得意先に対して、自信満々に営業をかける自分」を想像してみてほしい。このとき、できるだけ映像で思い浮かべてほしい。イメージが具体的であればあるほど、強いパワーが生まれる。
?
?子どもたちはこの妄想の達人である。大人になるとなぜか苦手になる。それは、「あれこれ理屈で考える」「できなかったときのことを想像する」という大人の知恵がついてしまっているからだ。

「こんなことができないかな?」「これができたら面白い!」というプラスの想像ができているかどうか、一度チェックしてほしい。ビジネスに限らず、人生を楽しく、有意義なものにするためには必要不可欠だ。

?自己肯定感を少しでも持つことができたら、次は行動を起こしてみよう。だがその前に、やってほしいことが1つある。それは「小さな目標」を決めることだ。

「自信が持てる人、持てない人」の
決定的な違い

「新規ビジネスの提案書を1枚でいいからつくろう」
「まずは1人、お客さまに電話してみよう」

?こうした簡単で、絶対に達成できそうな目標であればあるほど好ましい。「確実にのぼることができる小さな階段を1つ用意する」というイメージだ。次に結果の確認である。達成できた小さな目標をかみしめ、あらためて「自己肯定」をしてほしい。

?こうして自己肯定感を持つことができたら、その余韻があるうちに、次の「行動」に踏み出す。このループを繰り返せばいい。自信が持てない人、腰が引ける人の多くは「行動を起こす」「結果を確認する」「肯定感を持つ」のが苦手である。

?その最大の原因は、「一度にたくさんのことをやろうとする」「一気に大きな結果を出そうとする」からだ。これが足を引っ張る。目標そのものが高いゆえに、薄々「できっこない」と思いながら挑戦する。結果、もちろんうまくいかない。これが自信を消してしまう。

?自信が持てない人は、階段を1段ずつのぼり、確実に自己肯定感を植えつけていこう。今、あなたが踏みとどまっているすべての恐怖に対し「この公式」を当てはめ、階段を1段ずつのぼっていってほしい。

(次回連載は、4月24日の予定です)

http://diamond.jp/articles/print/35036


いま必要なのは「仮説設定能力」

進路選択からビッグデータ活用まで、あなたの仮説が一番大事

2013年4月23日(火)  慎 泰俊

 20世紀屈指の哲学者バートランド・ラッセルは、晩年の主著である西洋哲学史において、「仮説設定こそが最も難しい知的作業であるとともに、最も意味のあるものである」と説いた。

 少し前までは、仮説設定の能力は学者において必要とされていたものだった。その後、コンサルタントなどのプロフェッショナル・ファームで働く人々にもその能力は必要とされるようになり、近年では仮説設定能力はより多くの人に必要であると考えられるようになっている。国際会議における教育関連のセッションにおいても、21世紀の学生に教えるべきものの1つは仮説設定能力だとよく語られる。そこで、今回は仮説設定に関する話をしよう。

仮説検証で勝ち上がった鈴木敏文氏

 仮説というのは、とても単純化していうと、その時点では完全な事実の積み上げなしに「〜である」と考えられる、検証可能なアイデアのことだ。例えば、「地球が太陽の周りを回っている」、「この事件の真犯人はこの人だ」、「日照時間と降雨量でワインの美味しさが決まる」といったことの全てが仮説だ。

 仮説の検証は次のようになる。まずは、仮説が正しいものと仮定して、それを検証する事実を集める。検証の結果、仮説が間違えていることが立証されたら仮説設定をやり直す。事実を集めても仮説が否定されなかったら、仮説を正しいものとみなして採択する。

 仮説を設定してそれを検証することによって真実を探求するというのは、もともとは科学の分野で始められたアプローチだったといわれている。しかし、仮説設定という思考方法は非常に強力なものなので、20世紀の半ばにはビジネスの一部の世界に取り入れられ、現代ではほとんど全ての分野において必要不可欠なものであると考えられるようになっている。

 例えば、ビジネスの世界で仮説とその検証をとことん行なっていた経営者の1人は、セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長だ。例えば、鈴木会長について書かれた本である『鈴木敏文の「統計心理学」―「仮説」と「検証」で顧客のこころを掴む』(勝見明著、日本経済新聞社)では、セブンイレブンがいかにして、日々のデータを見ながら仮説設定と検証を繰り返しているのかを知ることができる。

 例として、投資の世界における仮説設定の役割について話してみよう。

 あなたが、「全ての上場企業の中で、投資したら良さそうな会社を選びなさい」という宿題を出されたとしよう。数千もある会社の中から、どうやって選べば良いのだろうか。

 仮説を立てる習慣が身についていないと、全ての上場企業のデータを片っ端から揃えてみて、横並びの比較などをしながら、会社を絞り込んでいくようなことになる。上場企業のデータが掲載されている本である「四季報」を読んで、手当たりしだいに会社に電話をする、という人が実際にいる。しかし、こういった方法はやけに手間がかかる割にあまりうまくいかない。

 仮説の設定が習慣となっている人は、まず何らかのテーマで「あたり」(仮説)をつけてから会社を絞り込んでいく。経験上言えるが、この方法に従った方が圧倒的に効率よく投資すべき会社に辿りつくことができる。例えば、ウォーレン・バフェットは、アメリカでスリーマイル島原発事故があったときに、「電力料金の値上がりが生じたときに業績が向上する会社があるはずだ」という仮説をもとに企業を探していった。そして彼が見つけたのは、断熱材を作っている企業で、その投資は大成功。

 こういった、投資時における仮説のことを投資仮説という。投資仮説設定のセンスが、投資の成否を決めるといっても過言ではない。

仮説で成功しやすいのは、仮説が無意識の産物だから

 仮説を立てることによって、真理の探求や課題解決のプロセスが大幅に効率化される。しかし、なぜ私たちが設定する仮説はそのような力を持っているのだろうか。

 その1つの理由として考えられているのが、「仮説は無意識からやってくるアイデアだから」、というものだ。

 私たちが「これって、こうなんじゃないか」といった考えを抱く時、そのアイデアは決して事実と論理の積み上げからはやってこない。そうでなくて、データや現場の声などを聞いているうちに、ふと思いつくものだ。すなわち、仮説は意識でなく無意識の産物なのだ。

 無意識は、パソコンでいえば、私達が目にしているアプリケーションの裏側で動き続けているシステムのようなもの。意識よりもはるかに多くの量のデータを処理することができる。この、膨大なデータを処理している無意識による産物だからこそ、仮説はひとっ飛びに問題の本質に辿りつくことができる。

 仮説を生み出す無意識のスイッチは、意識的な活動を通じて入る。ある課題の解決に没頭したり、好きな物事にのめり込んだりして寝ても覚めてもそのことばかり考えるような状態になると、無意識のスイッチが入って、そこから仮説がやってくることになる。

 言い換えると、無意識のスイッチをいれて仮説がやってくるためには、ある程度の試行錯誤の時間が必要となる。読者の皆さんが、何か意味のあること(仮説)を思いつくのも、ある程度時間を費やしてからのことが圧倒的に多いはずだ。

複雑性が増すと、仮説設定はより重要性を増す

 仮説は特に複雑な状況下で意思決定をするときに大きな役割を果たしてくれる。情報技術革命がいよいよ本格化するこれからの時代には複雑性がより増していくので、仮説設定はより重要性を増していくだろう。

 仮説が、私たちの生活でどのように役に立つのかを、いくつか紹介してみよう。

・進路選択
 学生時代や若い時に進路を選択することは、特に複雑なデータ処理を求められることの1つだろう。考慮しうる選択肢(進路)はそれこそ無限にある。

 こういった進路選択における意思決定にも、仮説は役に立つ。色々な人の話を聞いてみて、ピンときた職業について「自分はこの職業に向いている(これをやりたい)」という仮説を立てて、さらに調べ事をしたり、働いている人の話を聞いたり、実際にその会社に就職したりしながら、仮説を検証する。

 人生は短く、世の中に「選択できる仕事」は溢れているので、このように、ピンときた仕事=やりたい仕事、という仮説を立ててこそ、多少なりとも後悔しない意思決定につなげることができる。言い換えると、ピンときたものを「とりあえずやってみる」ことを通じてこそ、人は本当にやりたいことに近づくことができるのではないだろうか。まさに、フランク・シナトラの“My Way”だ。

・課題解決
 安宅和人さんの『イシューからはじめよ』(英治出版)がベストセラーになってから2年以上が経つ。マッキンゼーをはじめとするコンサルティングファームやプライベート・エクイティ・ファンドでは、仮説設定が最も重要であるというのは常識となっている。

 ビジネスの世界は複雑な因果関係で成り立っているので、事実の積み上げだけをしていても、意味のある課題解決につながらないことが多い。例えば「利益を高める」というのが目的だとしても、それを達成するためにやれそうなことは100以上ある。利益を「売上」と「費用」に分解し、その売上や費用をさらに細かい要素に分解(こういう分解図のことをロジックツリーという)しても、意味のある答えは得られない。だからこそ、ある程度文献を調べ、現場に足を運ぶうちにふとやってくる仮説を検証する形で、課題解決を図る必要がある。 

・ビッグデータの活用
 現代はビッグデータの時代だといわれている。膨大な量のデータを解析することで、様々な意思決定に役立てようという取組は各所で見られている。例えば、『その数学が戦略を決める』(イアン・エアーズ著、文芸春秋)という本では、データを用いた意思決定が、専門家の勘を上回ることがあるということが主張されている。

 ただし、ビッグデータそのものが意味のあることを言ってくれるわけではない。ここでも重要なのは検証すべき仮説であって、その仮説を思いついてこそ、データは役に立つ。例えば、アマゾンのようなウェブ商店では「xを買っている人にyのリンクを表示すれば、売上を高められる」というような検証作業を山ほどやっているのだが、こういった検証ができるのも仮説が先にあってこそのことだ。

仮説設定のセンスを磨くには

 ここまで、仮説設定能力がいかに重要なものであるかについて書いてきたが、そこで持たれる質問は、ではどうやったらその能力は身につくのか、というものだろう。

 残念ながら、明快な答えはない。というのも、仮説設定のセンスは1日で身につくものではないからだ。仮説設定能力は自転車の乗り方と同じで、本を読むだけでは十分ではなく、日々の訓練の結果として、身体に身につくものだ。だからこそ、身近な物事について日々自分の頭で考えて仮説設定をし続けること、様々な分野に触れる経験を持つこと、自分の専門領域を深く掘り下げることによって磨かれる。

 ただし、それ以外にも、様々な経験をすることが仮説設定の能力を高めることにも繋がる。その経験の内容に興味がある人には、拙著『正しい判断は、最初の3秒で決まる―投資プロフェッショナルが実践する直感力を磨く習慣』(朝日新聞出版)を読んでいただきたい。

 仮説設定能力が21世紀においてより一層重要性を高めるのはほぼ間違いない。これからでも、この能力を磨いていってもよいのかもしれない。


越境人が見た半歩先の世界とニッポン

 この連載では、我々のすぐそこにやってきている新しい潮流について、投資ファンド―NPO、先進国―途上国、日本―世界、と様々なボーダーを跨いでいる筆者の視点から紹介していきます。

 連載で取り扱うトピックは100人中で3番目〜10番目くらいに情報取得の早い人が知っているようなものを目指しています。連載を通じて、日本だけにいては分からない世界の変化の躍動感を、垣間見ていただければ幸いです。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130418/246875/?ST=print


やる気が出ないを言い訳にしない「モチベーション0.0」のススメ

HRアドバンテージの相原孝夫代表に聞く

2013年4月23日(火)  西頭 恒明

 ここ数年、従業員が意欲を持って仕事に取り組める環境を作る「モチベーションマネジメント」が、多くの企業で重視されてきた。厳しい経済情勢の中、成果を生み出すためには、従業員の「やる気」を高めることが欠かせないと考えられてきたからだ。
 だが、人材コンサルティング会社、HRアドバンテージの相原孝夫代表取締役社長は「モチベーションは高いに越したことはないが、そこに焦点を当てればすべての問題を解決できるわけではない」と指摘する。
 最新刊『仕事ができる人はなぜモチベーションにこだわらないのか』(幻冬舎新書)で、相原氏は企業で常に成果を出し続けるハイパフォーマーたちがモチベーションとは関係ないところで成果を上げていることを提示する。「モチベーション」という言葉によって、実は様々な問題が見えなくなってしまっている現状に目を向けるとともに、やる気に左右されない安定感ある働き方「モチベーション0.0」について聞いた。
(聞き手は西頭 恒明)
人材コンサルティングをなさっている相原さんがなぜ、「モチベーションが大事だ」という風潮に疑問を投げかけるのでしょうか。

相原:もちろん、モチベーションが低い組織には問題があると思いますし、従業員がやる気を持って取り組める組織を作ることはとても大事なことです。しかし、一方で「モチベーション礼讃」とでも呼べるような最近の風潮には、何か違和感を覚えました。

 まず、働き手にとって「モチベーションが上がらない」というのは、大抵は個人的な気分の問題にすぎないからです。少しきつい言い方をすれば、それは贅沢な悩みだと思うんです。


相原 孝夫(あいはら・たかお)氏
1965年生まれ。マーサージャパン代表取締役副社長を経て、2006年4月より現職。人材の評価、選抜、育成および組織開発に関わる企業支援を専門とする。著書に『コンピテンシー活用の実際』『会社人生は「評判」で決まる』など(写真:的野 弘路、以下同)
 八百屋さんとか魚屋さんなど個人事業主が、「きょうはモチベーションがわかないから、市場に行くのはやめた」とは言いませんよね。そんなことをしたら商売が成り立ちません。

 また、会社の業績が悪化し、従業員を半減しないといけないといった状況にある時に、モチベーションを仕事がはかどらない言い訳にする人もいないでしょう。生きていくのに精いっぱいな時、モチベーションがどうこうというのは問題になりません。

 一方で、会社にとっても、個人的な気分によって生じる問題に関わるのはどうか、という疑問もあります。それ以上に、組織の課題の原因を何でもモチベーションのせいにしていることが問題です。

モチベーションは“思考停止”のキーワード

「モチベーションのせいにする」とは、どういうことでしょうか。

相原:業績が低迷する、新製品が生まれないといった状況の原因を深く分析することなく、従業員のやる気やモチベーションの問題にしてしまうことです。

 業績が上がらない部下に対し、上司が「やる気がないから、結果を出せないんだ!」と怒鳴りつける。これなら簡単ですよね。

 業績が上がらないのにはもっと別の原因があるはずなのに、それを探ったり、解決策を考えたりするのは面倒だから、モチベーションのせいにしてしまう。モチベーションというのが“思考停止”のキーワードになってしまっているんですね。

ハイパフォーマーの特性は「柔軟性」

最新の著書のタイトルは『仕事ができる人はなぜモチベーションにこだわらないのか』ですが、実際にそうなんですか。

相原:仕事柄、コンピテンシー(高業績を挙げている人の行動特性)を分析するために、数多くのハイパフォーマーと言われる「常に成果を出し続けている人」にインタビューをしてきました。モチベーションの源泉を尋ねたり、やる気が出ない時の対処法を聞いたりすると、彼らは一様にポカーンとした表情になって言葉に詰まるんですよ。まるで、「そんなこと、考えたこともないなぁ」という感じで。恐らく、そうなんだと思います。

 一方で、ハイパフォーマーとの比較のために平均的な成果を生み出している人にもインタビューは行うのですが、こちらの方はモチベーションを高めるための秘訣なんかを披露してくれる。熱心に語りだす人もいて、ハイパフォーマーのインタビューとはかなり対照的です。


 もう1つ、ハイパフォーマーに特徴的なのは、一見するとバリバリ、ガツガツと働いていそうなタイプではないんですね。トップ営業の方にしても、どこか営業マンらしくなく、飄々としている。やる気があるのかどうか、外からは判断しにくいほどです。彼らの多くに共通する特性は、人一倍の成果志向や競争心ではなく、柔軟性なんです。

仕事で成果を上げられるかどうかは本来、モチベーションとは関係ないと?

相原:モチベーションと関係なく、やるべきことをやっているのです。成果を上げているのは、モチベーションを高く維持しているからではありません。力を入れるべきところには力を入れるという「緩急」が大事なのです。

普通の人はモチベーションを意識するあまり、それに左右されて、かえって仕事の生産性や成果を損ねてしまっているのかもしれませんね。

相原:今の世の中は、仕事をするに当たって「何のために」という意識が強くなりすぎていて、それが精神を疲弊させ、モチベーションの危機を招き、ひいては心の問題まで引き起こしているのではないでしょうか。

 モチベーションに焦点を当てると、それを向上させることが目的化してしまいがちです。でも、少なくともモチベーションと行動とでは、モチベーションが先ではありません。

モチベーションを問題視しない働き方

気分が乗らないな、面倒だなと思っていることでも、とりあえず着手してみればそれなりに動き出せることって結構ありますからね。そこで、相原さんが提唱する「モチベーション0.0」について伺いたいのですが、これはダニエル・ピンク氏の著書『モチベーション3.0』がモチーフになっていますね。

相原:ピンク氏は人を動かす「モチベーション」を3段階に分けました。「モチベーション1.0」は「生存や安心に基づく動機づけ」。「モチベーション2.0」は「アメとムチに駆り立てられる動機づけ」。そして、「内面から湧き出るやる気に基づく動機づけ」である「モチベーション3.0」こそが、創造性を要する高度な知的業務に携わる現代の労働者には重要なやる気の源泉であると定義しています。

 でも、実際問題として、内発的に動機づけられて仕事ができるような素晴らしい環境にいる人がどれだけいるでしょうか。ある時、一時的にこれに近い状態を経験することは誰にでもあるかもしれません。しかし、日々の仕事で内発的に動機づけられた状態を常に保つことなど不可能でしょう。

 にもかかわらず、モチベーション3.0を目指すべきだと主張するのは、それが現実的でない以上、かえってモチベーションを奪ってしまうことを危惧します。ですから、私は「概念としてのモチベーションを問題視しない働き方」である「モチベーション0.0」を提案するのです。

モチベーションを問題視しない状態をどう作るかがカギになります。

相原:モチベーションが気にならないケースは大きく3つあります。

 1つ目は子供が遊ぶように自発的に好きなことをやっている時、2つ目はそれをすることが当たり前になっている時、そして3つ目が切迫した余裕のない状態にある時です。1つ目は、仕事のうえではそれほど機会が多くはないでしょうし、3つ目はできれば避けたいものですね。

 モチベーションを問題視しない働き方を実現するために、最も積極的に取り組むべきは2つ目の習慣化、ルーチン化です。誰だって朝起きて歯を磨くのにモチベーションは要りません。それが習慣となっているからです。仕事も同じことです。

 先ほどハイパフォーマーの話をしましたが、彼らはまさに「こういう時はこうする」というのがルーチン化されています。取るべき行動を取るべき時に起こす。だから、仮に気分の浮き沈みがあったとしても、それが影響することはないのでしょう。

自分の「型」を作り、それに沿って淡々と業務を進めるということですね。

相原:どういう場面でどうするという、自分なりの「型」を決め、それを習慣化するのです。気が進まないことや苦手なことを前にして、モチベーションを高めて対応しようとしても、やる気を持続させるのは難しい。しかし、習慣化を図ればそうした仕事も中途半端にせず、ムダな時間をかけずに遂行できるようになります。ルーチン化、習慣化はいわば、モチベーションに頼らない技術とも言えます。

 感情は必ず、プロセスを進めていくうちに「楽しい」とか「苦しい」とか湧き上がってくるものです。ネガティブな感情にあえて取り合うべきではありません。


リーダーシップを教えてくれた母親とあの有名人

2013年4月23日(火)  高岡 浩三 、 おちまさと


 チョコレートの「キットカット」やインスタントコーヒーの「ネスカフェ」などを販売するネスレ日本の高岡浩三社長兼CEO(最高経営責任者)は、父も祖父も42歳で亡くなったことから、自らの寿命も42歳で尽きることを覚悟して生きてきた。42歳を人生の「〆切」と定め、42歳からの逆算で人生を駆け抜けようと決めた結果、高岡氏は、今では1つの文化にまでなっているキットカットの受験生応援キャンペーンを成功させ、生え抜きの日本人として初めて社長に上り詰めた。
 このコラムでは人気プロデューサーおちまさと氏のプロデュースで高岡氏が自らの考えを綴った初の著書『逆算力 成功したけりゃ人生の〆切を決めろ』の一部を掲載し、高岡氏の逆算の人生哲学を紹介する。
 小学4年生の時ですから父が亡くなる少し前のことです。母から小学校の生徒会の選挙に出なさいと言われました。「生徒会選挙に出なさい」という母親は珍しいかもしれません。私も当時は「何で生徒会の仕事をしなくちゃならないのか」と思ったことを覚えてます。

 でも、今ではとても感謝しています。私は、今の日本に足りないのはリーダーシップだと思っています。日本では、この「リーダーシップ」という言葉が誤解されているような気がします。リーダーシップは何も総理大臣や企業のトップに立つ経営者だけに必要というわけではありません。リーダーシップとは、周囲とコミュニケーションを取って主体的に問題を解決する力のことです。ですから、本来は社会人全員に備わっていなければなりません。

 こういう話をすると「リーダーシップはある程度、生まれついた資質に左右されるのではないか」という意見が出ます。でも私は、リーダーシップは訓練によって身につけることができるスキルだと思っています。リーダーシップはカリスマ性とは異なるものです。ここを誤解してはいけません。

 先ほど、リーダーシップについて、「周囲とコミュニケーションを取って主体的に問題を解決する力」と書きました。リーダーシップを発揮するには、先頭に立つことや目標を立てることももちろん大切なのですが、中でも大事な要素の一つがコミュニケーションです。コミュニケーションと聞くと、これまた苦手分野だと思う人も多いかもしれません。特に今は、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などインターネットを介してコミュニケーションを取る機会が増えています。それだけに、顔をつき合わせてコミュニケーションを取るのが苦手という人も多いでしょう。一方で、自分はフェイスブックで何百人もの人たちとつながっているから、コミュニケーション能力は問題ないという人もいるでしょう。

 でもコミュニケーションを取る際に、本当に大事なのはフェイスブックで何人とつながっているといったことよりも、バランスを取りながら、伝えるべき時には仮に人と意見が違ってもはっきりと言う、ということだと思うのです。さらに言えば、コミュニケーション能力を高めようと思うなら、自分を知ることが大切です。

 あるビジネススクールが一流のリーダーとされる人たちのリーダーシップについて研究したことがあります。その結果、リーダーシップというものは千差万別であるという結論が導き出されたそうです。つまり、リーダーの数だけリーダーシップがある。人とのコミュニケーションで言えば、私のように小さい頃から弁が立つという人もいれば、引っ込み思案でなかなか言葉が出てこないという人もいるかもしれません。

 でも、仮に話すのが苦手という人でも、自分の強みと弱みを理解したうえで、少ない言葉でも思いを伝えられるようにならないといけません。いずれにしても「正しい」コミュニケーション能力を持つためには、やはり意識してトレーニングすることが欠かせません。

 私は、「生徒会選挙に出なさい」と言ってくれた母の教えのおかげで、小学生のうちからコミュニケーションの訓練を受けることができたのです。小学校の生徒会選挙ではありますが、全校生徒の前で演説をしなければなりませんでした。この演説のために文章を書き、それを母が添削したうえで、丸暗記させられました。

 結局、生徒会は中学に入っても続けました。その間には失敗したこともあります。ある時は演説の途中で丸暗記した原稿をすべて忘れて、頭の中が真っ白になりました。その時は言葉を適当につないで、予定よりだいぶ短い時間で終わりました。でも、この時の経験のおかげで、自信がつきました。小学6年生の時にはもう原稿を覚えようとせず、演説のストーリーだけを覚えて、あとは自分なりの言葉で話せるようになっていました。修羅場をくぐって、挫折をして、成長したのだと思います。

 確かに私は小さい頃から弁の立つ方だったということもあります。それでも、こうした経験によって、小学生の頃からリーダーシップに不可欠なコミュニケーションの訓練ができたのは、本当に母のおかげだと思っています。

リーダーシップや
コミュニケーション能力は
訓練で身につけることができる。
竹村健一さんのテニスコーチで学んだこと

 突然ですが、竹村健一さんをご存じでしょうか。若い人はあまり知らないかもしれませんが、ある程度の年齢以上の方は、特徴的な髪形にメガネをかけ、パイプをくわえて「だいたいやねえ」と語る姿を思い出されるでしょう。私は大学生の頃、この竹村健一さんのテニスコーチをしていたことがあるのです。

 私は高校を卒業した後、大学受験に失敗して1年間、浪人生活を送りました。そして、一浪後に神戸大学に入りました。神戸大学を選んだのは、自宅からそう遠くなかったことと国立大学だったこと。父が亡くなっていましたから、母には学費などで負担をかけたくないと思ったのです。

 大学ではテニスの同好会に入っていました。役員をしていましたが、小学生や中学生の時のように会長に選ばれるということはありませんでした。日本の体育会系的な文化の中で、正直言うと私は少し浮いていたと思います。42歳で死ぬと心のどこかで思っていますから、意見は誰にでもはっきり言うし、変な根回しもしません。かと言って、入学時は初心者だったので、特別テニスがうまいわけでもありません。

 同好会には中学や高校からテニスをずっとやってきて、中にはインターハイに出たという人もいます。やはり、そういう人たちは一目置かれるわけです。うまい人間は絶対の存在という空気です。ただ、これは社会の中では当然なのかなと思っていました。人をリードしていくためには、実績が必要なんだなと。

 評論家としてテレビによく出ていた竹村健一さんに出会ったのが、ちょうどこの頃です。当時、私は大阪の中之島にあったテニスクラブでコーチのアルバイトをしていました。時代は一大テニスブーム。私一人で1000人ぐらいの生徒を受け持っていて、初任給が13万円の時代に月に30万円ほどもらっていました。モテたのは後にも先にもこの時だけ。バレンタインデーには段ボール3箱ぐらいのチョコレートをもらいました。その生徒さんの一人から、竹村健一さんを紹介されました。

 一対一のプライベートレッスンで竹村健一さんに教えることになったのですが、なぜかコートを3面借りきっていました。竹村さんはテニスの初心者です。ラケットも買ったばかり。まずグリップを教えて、普通なら球をこちらから軽く出して打ってもらう「球出し」という練習に移るところです。

 しかし、竹村さんは全く違いました。「球出しはいらない。ラリーをしてくれ」とおっしゃるのです。しかも、「一歩か二歩動いて、フォアハンドで打てるところに返してほしい。俺はこの3面の中でとりあえずネットだけは越す」と。だからコートを3面も借りていたのです。

 この練習法に私は衝撃を受けました。実は球出しでは、実戦のような生きた球ではなく、打ちやすい球を打つことになります。だから、球出しで100%返せるようになったとしても、生きた球を打たなければならないラリーはできるようにはならないのです。まず球出しで練習するのは、テニススクール側から言うと、その方が長く生徒でいてもらえるという事情もあるのです。これはテニスのコーチをやって初めて分かったことです。では、なぜテニスをこれまでやったこともない竹村さんが、このテニス練習の本質を知っているのかと、非常に気になりました。

 その後、竹村さんがいろいろとすごい人であるということが分かってきました。竹村さんはアコーディオンやピアノを演奏できて、「題名のない音楽会」というクラシック音楽のテレビ番組にも出るほどの腕前です。でも、どちらの楽器も独学です。結局、テニスもあっという間にうまくなられました。おそらく竹村さんは、何事も人の5分の1、10分の1の時間でうまくなりたいという意識があって、そのためにはどうすればいいかを一生懸命考えているのでしょう。

 竹村さんの本の中で非常に印象に残っている言葉があります。「全員一致ならやめてしまえ」という言葉です。全員が賛成するようなものは成功しない、これまでの常識やルールを超えず、新しいものを生み出さないということでしょう。テニスの一件とこの言葉から、私は人と同じことをやっていてはダメなんだと強く思うようになりました。

 当時、私は20歳すぎでした。42歳という自分の寿命を考えると、あと20年ちょっとしか生きられない。その限られた時間を生きていくには、竹村さんのような考え方、すなわち人とは全く違う方法を取らなければならないと思ったのです。そして竹村さんに教えてもらった「人と同じことはしない」という考え方は、仕事をするうえでも私が常に意識している、ルールを根底から変えてしまう「チェンジ・ザ・ルール」につながっています。

 そして、42歳を寿命と定め、竹村さんの考え方に触れた私は、就職で大きな決断をすることになりました。

人の5分の1、10分の1の時間で
うまくなるためにどうするか、
一生懸命考え続ける
逆算力 (成功したけりゃ人生の〆切を決めろ)
日経ビジネスの最新刊
『逆算力 成功したけりゃ人生の〆切を決めろ』

父親も祖父も42歳で鬼籍に入った。
自分もきっと――。
そして、42歳を〆切にした人生を歩むと決めた。
日本的経営で圧倒的な利益をかせぐネスレ日本。
100年の歴史で日本人初の生え抜き社長となり、
伝説の「受験にキットカット」キャンペーンを
生んだ男の倍速人生論。
おちまさとがインタビューを重ね、
完全プロデュース。


ネスレ日本社長 高岡浩三の「逆算力」 成功したけりゃ人生の〆切を決めろ

国内の食品メーカーとしては異例とも言える高い営業利益率を誇るネスレ日本。社長兼CEOを務める高岡浩三氏は、もはや伝説となった「受験にキットカット」のキャンペーンを手がけ、ちょうど100年となる同社の歴史の中で、日本人の生え抜き社員として初めて社長に就いた。
成功の背景にあったのは、42歳を人生の「〆切」とする独特の人生哲学。人気プロデューサーおちまさと氏のプロデュースにより、高岡氏が自らの哲学を綴った初の著書「逆算力 成功したけりゃ人生の〆切を決めろ」から一部を抜粋して掲載する。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130419/246974/?ST=print



「動かないなら、文句を言うな!」 口だけ部下と怨念ミドルの確執

強い意志と傾聴、感情の聞き取りで組織をエンパワーしよう

2013年4月23日(火)  河合 薫

 「なぜ、もっと危機感を持てないのか? どうして自分たちで何とかしようと思わないのか? 怒りを通り越して、恨みとかそんな感情がわいてくるんです」

 チームを動かすには、そこにいるメンバーたちの力が必要となる。ところが、どうにも動かない。まるで他人事。リーダーなら誰しもが、そんな状況に苛立ちを覚えるはずだ。

・一体いつまで周りのせいばかりにしていているのか?
・このままだと会社はおろか、自分たちの仕事がなくなるかもしれないってことに、なぜ危機感を持てないのか?
・いつまで井の中の蛙で居続けるのか? 
・誰のためでもない。自分自身のためってことが、なぜ分からないのか?

 人生を少しでも有意義なものにするために踏み出そうとしている人たちにとって、『動こうとしない人』たちほど、頭にくるものはない。そう、頭にきて、がっくりきて、最後は恨む。

以前に嘆いていたのはトップだったが…

 思い起こせば数年前までは、同じような愚痴をこぼすのは、大抵の場合、企業のトップたちだった。社員たちが動いてくれない。どうやったら、彼らのモチベーションは高まるのか? どうしたら、もっと自立して動いてくれるのか?

 「社員たちが自ら動くような話をしてほしい」。そんなトップの要望を受けて社員たち向けの講演会をやったこともたびたびあった。

 ところが最近は30代後半〜40代のミドルたちから、そんな嘆きの声を頻繁に聞くようになった。多くは流行のナントカ塾なるもので、異業種交流を重ね、リーダーシップやら経営論を勉強している意識の高いミドルたちだ。

 なぜ、そうなったのか理由は定かではない。

 危機感を持つミドルが増えたのかもしれないし、周りのせいばかりにしないで現状を打破したいと、立ち上がった人たちが増えたことが関係しているのかもしれない。いずれにしても、前に進もうと立ち上がったミドルが増えたことは、悪いことじゃない。

 「恨みが募った」──。こう語る冒頭の42歳の男性もその1人。

 彼は「動かない」以前に、動こうという意志さえ持てない人たちに苦悩していた。

 動く意志さえ持てない人たちが、どうやったって動くわけもない。チームのメンバーが動いてくれないことには、結果も出ない。そうなれば、トップは苛立ち、その矛先は彼に向けられる。

 責める「上」と、動かぬ「下」に挟まれ、苦しむ中間管理職――。そこで今回は、「動こうとしない人々」について考えてみようと思う。

 「僕の力不足だと言ってしまえば、それまでなのかもしれません。でもね、僕はどうにかしたいんです。この会社が好きだし、この会社はもっとビジネスチャンスを広げられると考えています。その思いは、社外の人たちと接すれば接するほど強まっていきます。そのためには、現場が動かないとダメだと思うんです。ところが、彼らは文句を言うけど、動かない。動かすのは口だけです」

 「たまたま一昨年、うちの会社の売り上げが伸びたんです。でも、それはホントにたまたまで、ライバル会社が新規事業に参入するとかで撤退した。その空いた穴に、うちの会社が入り込んだだけ。つまり、うちの企業努力の結果じゃない。だから次を見据えて動かないと衰退するだけです。実際に、昨年の売り上げは減りましたし、今年の見通しも悪い」

 「でも、どうにかしようと動けば動くほど、ドツボにはまっていくんです。精神的にもどんどん追い詰められていって、一時期はかなりやばいなぁって自分でも思うほど、イライラしていました。今はこうやって話せるだけ、図太くなったってことなのかもしれませんけど(笑)。それでも、のれんに腕押しって感じなのはしんどいですよ。例えば、『こんなことをやりましょう!』と提案するとしますよね。すると、みんな一応は賛成します。でも、実際に動くのは決まった2、3人。大半はまるで他人事で、自分から率先して動こうとはしない」

動かない人が多いのは実は「居心地の良い会社」

 「具体的に、どういうことがあったのですか?」(河合)

 「……。いろいろとありすぎて思い出せません。すみません。ただ、動こうとしない人は、動く人のことを常に否定する。『そんなことやって効果があるのか?』とか、『そんなの、うまくいくのか?』って。とにかく変わることにアレルギー反応を示す」

 「かといって、現状に満足しているかというと、そんなこともなくて、文句ばっかり言ってるんです。文句を言うなら動け。動く気がないなら、文句なんか言うな。言われたことだけやっとけ、甘ったれるなと。あ〜、すみません。また、いろいろと思い出したら、頭にきてしまいました。ホントすみません」

 この男性の会社の従業員は、300人ほど。オーナー企業ではない。彼は入社10年目の中途入社組。中小企業の割には、福利厚生も整っていて、働く環境も職場の雰囲気も悪くないそうだ。

 「文句を言うなら動け。動く気がないなら、文句なんか言うな!」

 その通りだ。私が彼の立場だったら、毎日、血管の2、3本が切れそうになってどうしようもなかったに違いない(笑)。

 だが、ただでさえ、批判的な人たちにそれを言ったら、終わりだ。「売り言葉に買い言葉」ではないけれど、ますます自分の首を絞めることになる。それが分かるだけに、彼も苦しかったのだろう。

 あくまでもこれは私の印象なのだが、これまでインタビューを行った中で、「動こうとしない人」に苦悩している人たちの多くが、「居心地の良い会社」と自らの会社を評する場合が多いように思う。

 なぜ、居心地の良い会社には、動こうとしない人たちが多いのか?

 居心地の良さに安住している? それが動こうとしない理由の1つなのかもしれない。

 新しいことをやって、今あるものを失うのが怖い? そんな思いもあるのだろう。

 いずれにしても、何もしない、動かない、批判ばかりする――。

 これでは彼の指摘する通り、衰退の道を歩むしかないわけで。今あるものを失わないこと=何もしない、ということじゃない。常に時代に合わせ、自分たちの強みを生かしながら変わっていく。それが、“今”を失わないための鉄則だ。

 「組織運営においてリーダーの及ぼす影響力は10%程度で、残りの90%は、部下であるフォロワーの人々の力が左右する」

 こう説いたのは、米カーネギーメロン大学のロバート・ケリー教授だが、まさしくその90%が動かないことには意味がない。厳しい今の状況を生き抜くには、そこにいるメンバー全員に強い意欲が求められる。

 その90%を引き出すのは、実に難しい。どんなに経営学やリーダーシップ論を学んでも、どんな優れた制度や仕組みを作っても、そこにいる人たちの“心”がなければ機能しない。それがいかに難しいことであるか。そのことを肌で感じるだけに、彼の苛立ちも絶えなかったのだろう。

組織内の結びつきを強化するエンパワーメント

 エンパワーメント(Empowerment)―─。

 これは、1990年代に入ってから、アメリカを中心に住民、患者、障害者などを対象とした地域・精神保健や福祉、看護、ヘルスプロモーションなどの領域で注目されている理論で、最近では企業経営においても取り入れられている。

 様々な分野で様々な定義があるのだが、「自分たちの生活に重要な出来事に影響を与えたり、統御するための力を自分たちの中から引き出す個人やグループの能力を含む過程と結果」という文言が一般的に用いられる(心理学者のLovemore Nyatanga博士=英ダービー大学主任講師らが2002年に論文で示した定義)。

 簡単に言えば、そこにいるメンバーたちが
・自分たちが持つ“力”に気づき、
・自分たちの問題として様々な課題に向き合い、
・メンバーたちで協力して、
・自分たちがより元気になるために行動する
ことを意味する。

 また、エンパワーメントのプロセスではメンバー間の結びつきの強化が期待できるため、組織のソーシャルキャピタル(信頼によって築かれる人間関係の豊かさ)が豊かになることも期待できる(関連記事:自殺者が多い職場−経営者が置き去りにした“もの”)。

 企業経営でエンパワーメントが注目されている背景には、リーダーシップの考え方のパラダイムシフトがある。

 かつてはリーダーのカリスマ性や決断力が重要と考えられていた。それが、厳しい国際競争にさらされ、市場の環境変化が複雑性を増してくる昨今の状況では、社員の能力を引き出すリーダーが求められるようになっている。

 個々の力は小さくとも、それらが集結した時に偉大な力を発揮する組織。社員一人ひとりが自ら考え、協働する組織。そんなエンパワーされたチームを作れるかどうかが、リーダーの腕の見せ所になっているのだ。

 経営学の専門家の中には、「エンパワーメント=裁量権を与えること」ととらえている人がいるが、それは真のエンパワーメントとは言い難い。

 確かに、「好きにやっていいぞ」と裁量権を与えられると、モチベーションは上がる。責任を持たされることで、気が引き締まるし、「よし、頑張ろう」という気持ちにもなる。

 誰かに決められ、押しつけられる仕事よりも、自分で決めてできる仕事の方がはるかに魅力的だし、どうせ働くなら「好きにやっていいぞ」と任された方がいい。

 だが、「エンパワーメント=モチベーションを上げる」ではないし、裁量権を与えればいいというものでもない。

共通の目的を達成するために協働する組織を作る

 大体、世の中には「決められたことをやる方が楽。だって下手に自分で決めてやって、失敗した時に責任を取らされるなんてごめんだね」と、裁量権を持つことを初めから望んでいない人たちもいる。

 前述の男性も、動こうとしない人たちを少しでも動かそうと役割分担をするなど試みた。ところが、「これって業務命令なんですか?」とイヤな顔をされたそうだ。

 大切なのは、「自分で自由に決めることができる権利があるという感覚」をメンバーたちが持てること。それは、裁量権を与えられているか否かは関係ない。いかなる状況の中でも、「自分にできること」を見つけ、「自由を探し出すしなやかな心」を持てる状態にメンバーを導くことだ。

 そもそも裁量権なんてものは、0か100かというものじゃないわけで。それこそ捕われの身となって強制労働させられているわけじゃないのだから、裁量権がゼロなんてことはない。少しだけ見方を変えることで「ゼロ」と思っていた裁量権を、1つ、また1つ、と増やすことができる力を人間は持っていて、その力を引き出すことが真のエンパワーメントなのだ。

 また、エンパワーメントのプロセスでは、共通した目的を達成するために、「協力して共に働く=協働する組織」を作り上げることに価値を置いている。

 他人と価値観を共有する喜びを味わえ、1人だけで頑張らなくてもいい。時に励まし合い、刺激を受けながら、「だったら自分も」と奮起できる組織。

 「1+1=2」が「1+1=3」、「1+1+1=5」というように、チームのエネルギーが倍増される組織だ。

 「僕の力不足だと言ってしまえば、それまでなのかもしれません」と、冒頭の男性は嘆いていたが、自信をなくすことなど全くない。自分を責め始めるとろくなことはない。言うまでもなく、原因は立ち上がった彼ではなく、動こうとしないメンバーにある。

 ただ単純に、彼がそのメンバーをエンパワーできていなかっただけのこと。何もしない、動かない、批判ばかりする――。そんなパワーレスな状態にある人たちにも、“力=パワー”が宿ることをまずは信じ、彼らをエンパワーすることに誠心誠意取り組めばいいだけだ。

 実はその気持ちこそが、エンパワーメントの過程では重要となる。

 「チームを良くしたい!」、「変えたい!」、「みんなの力で変えるぞ!」という強い意志。エンパワーできるリーダーに必要不可欠な要素は、指導力でも強さでもカリスマ性でもない。立場とか役職とか関係ない。ただただ純粋に、1人の人間として、その強い意志を持てるかどうか、だ。

 たったそれだけで?

 そう思う方もいるだろう。

 だが、実はこの真っ直ぐな気持ちを持てない人の方が世の中には多い。自分の立場を守るため、自分の成績を上げるため、自分の役目を果たすため、そんな自分のためだけに部下を動かそうとするリーダーがいかに多いことか。

 批判的な人間ほど、相手の心理に敏感に反応する。

 「しょせん自分のためじゃん」と思われた途端、すべてはアウトだ。

エンパワーされた人のパワーはほかの人に伝染する

 その強い意志を持てたうえでやるべきこと。それは、「傾聴と感情の聞き取り」である。

 すべてのチームメンバーを集め、彼らが何を思い、何に不満を抱き、どんなことを楽しいと感じ、「やってみたい」と思っているのか? それらをとことん吐き出してもらう機会を設ける。その時にはリーダー自らも、「チームを良くする」ため、「チームを変える」ために、何をどうやろうと考えているのか? その思いを吐き出さなくてはならない。

 パワーレスな人々は、「自分の気持ちを聞いてもらえた」だけで有意義な気持ちになる。また、個々の感情が引き出されることで、メンバー間の仲間意識や意欲、共感といった感情が強まる。そして、何よりもリーダーの純粋な情熱に心を揺さぶられる人もいる。

 最近、コーチングを取り入れる企業が増えているが、「傾聴」を基本とするコーチングだからこそ、組織運営にプラスを生み出すのだろう。

 とはいえ、エンパワーメントにおける「傾聴と感情の聞き取り」は、たった1回ではダメ。何度も何度も繰り返し、エンパワーされる人を、1人、また1人と増やす。エンパワーメントの面白いところは、エンパワーされた人のパワーが、参加するほかの人に伝染するところにある。

 もちろんそれは、すべての人に伝染するわけでもない。すべての人がエンパワーされるわけではない。

 だが、どんなに時間がかかろうとも、必ず1人、2人と増えていく。うん、必ず増える。最低でも半年から1年はかかるだろう。でも、必ずや伝染する。なので、焦らずにやってほしい。

 そして、トップもすぐに結果を求めないでほしい。

 私もこれまで多くの人にインタビューさせていただいたり、取材をさせていただいたりしてきたが、強い意志を持って具体的な行動を取った人たちは、時間がかかっても、何らかの次につながる答えを見つけ出していた。

 私なんかの励ましでは物足りないかもしれないけれど、せっかく「変えたい!」と立ち上がった情熱を大切にしてください。投げ出すのはいつでもできるのだから。


河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学

上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20130422/247004/?ST=print


【第6回】 2013年4月23日 鈴木博毅
歴史が教える教訓
未来のリーダーになれる人の3条件
今と同じように、大きな変革、未来のリーダーが求められていた幕末・明治期。古いパラダイムを壊し、新しい未来をつくれた人にはどんな共通点があるのか?福沢諭吉という驚くべき“近代人”の「突破法」から、今日本人に必要な「リーダーの条件」を考える。

新社会人に、4月末までに
やっておくべき研修とは?

?支配的な思考や考え方を「パラダイム」と呼び、特定の業界や社会体制が長びくとそのパラダイムはやがて固定化されていきます。

?書籍『パラダイムの魔力』の著者であるジョエル・パーカーは、パラダイムを新しく変えることができる人を、以下の4つに分類しています。

(1)研修を終えたばかりの新人
(2)違う分野から来た経験豊富な人
(3)一匹狼
(4)よろずいじくりまわし屋(なんにでも好奇心をもつ人)

?ちょうど4月半ば、スーツ姿が初々しい社会人1年生は長い研修を受け、現場の仕事を見学する忙しい毎日を過ごしている時期ですが、パラダイムを新しく変えることができる分類に「研修を終えたばかりの新人」が含まれることに、驚くビジネスマンもいるのではないでしょうか?

?彼らがその可能性を持つのは、既存のパラダイム(支配的な考え方)を外からフレッシュな視点で見ることができるからです。逆に私たちは業界のパラダイムにすでに長い時間浸かり、半ば常識としてできることとできないことの境界線を明確に理解しています。

?ところがそのような「業界の常識としての限界や発想」を知らない新人は、時に会社や業界が本来直面している問題を、新しい視点や枠組みで解決する発想を得ることがあるのです。

?したがって「研修を終えたばかりの新人」には、彼らが業界の古いパラダイムに毒されないうちに、以下のような質問への提案論文を書かせるのがいいでしょう。

・わが社が直面している大きな課題をどう解決するか?
・業界自体の問題や現状を打破する新しいアイデアを出せ
・景気の問題、人口問題がある中での新規事業の発案

?ビジネスの右も左もわからない新人が、何をほざくと馬鹿にするのは簡単です。しかし、彼らに自社の課題へ当事者意識を持たせておくことは、パラダイムを打ち破る新しいアイデアを醸成させるために、重要なチャンスでもあると考えるべきでしょう。

?ちなみにジョエル・パーカーは少し皮肉を込めて、最高のアイデアを思いつくときは、

1. 入社したての新人時代
2. その会社を辞める直前?

の2つの時期だとしています。

?新人時代は、フレッシュな視点で入ったばかりの会社や業界を眺めることができるから。そして会社を辞める直前は、斬新なアイデアを持っても頭のカタイこの会社では、新たなアイデアを事業化するだけの懐も、柔軟性もないと気がつくからです(本当に斬新なアイデアを持った人は、硬直化した組織の会社を辞めて独立してしまう)。

?鉄は熱いうちに打て、ということわざもあります。新入社員の頭脳が柔らかいうちに、斬新な発想を彼らから引き出すため、大きな課題を「質問形式」で彼らにぶつけることを、ためらわないほうがいいでしょう。役職が上がっている頃には、すっかり古いパラダイムに毒されているかもしれないのですから。

福沢諭吉が教える、
未来のリーダーをつくる3つの条件

?福沢諭吉は19歳の頃、ペリーの黒船が来航したことでオランダ語を学ぶことを兄から勧められ、長崎に遊学したことがのちの大活躍につながりました。

?ある意味で大きな変化に直面したことが、彼自身に新たな能力を身に付けさせることにつながったのです。その後、諭吉は長崎と大阪で蘭学書を読み研究する生活を続けることになりますが、彼は海外を知り、江戸幕府の視野の狭さを痛感していきます。

?日本の歴史初のアメリカ使節団として、咸臨丸に同乗したのはあまりにも有名ですが、その後渡欧(1862年)、そして再度の渡米(1867年)をしています。

?幕末の当時としては、極めて珍しく諭吉は「外側から日本のパラダイムを見る」体験を積んでいることがわかりますが、先駆者として彼は多くのメリットを得ることになります。以下の3つの条件を満たす人こそ、未来のリーダーになれるのです。

(1)新しい知識や変化を集団に導入できる人

?蘭学を学び、海外渡航の経験を持つことで、下級武士の家に生まれた諭吉は、その知識と経験を買われて中津藩、あるいは幕府内でも重要な役割を担うことになります。

?彼が1863年に書いた著作『西洋事情』は、当時珍しい世界の事情を詳しく教えてくれる書として飛ぶように売れ、のちの大政奉還や明治維新の呼び水となったと言われています。

(2)古いパラダイムに毒されず、見えないものが見える人

?諭吉は米国や欧米各国を歴訪することで、先進国の進んだ文明の科学技術が、一般庶民である中産階級からどんどんと生まれていることを理解します。

?何でも御上(江戸幕府)任せの古い日本社会では考えられないことで、維新後に書いた『学問のすすめ』では、国民全員が国家の進歩に貢献できることを特に強調しています。

(3)山積みの問題を解決する、新たなパラダイムを発見できる人

?諭吉は、複式簿記や西洋の保険制度を日本に最初に紹介した人物としても知られています。明治維新後の議会政治についても、その導入に尽力しています。

?古いパラダイムは、そのパラダイムでは解決できない問題を明確にしていきますが、日本を外から眺めることで、どのようなパラダイムに侵されているかを諭吉は理解したのでしょう。

?現代では自らの会社やビジネスを外から眺める経験が、新しいブレイクスルーを生み出すのと同じ意味だと考えることができます。

吉田松陰、高杉晋作、福沢諭吉、
誰もが世界の事情を知ることを目指した

?萩の「松下村塾」で知られる吉田松陰は、明治維新の精神的な起点となった人物として知られます。彼は諭吉とわずか5歳しか変わらない人物(1830年生まれ)ですが、ペリーの黒船来航によって、海外渡航を企てます。理由は海外の最新技術や知識を得るためです。

?長州藩で討幕のきっかけを作った高杉晋作は、1862年に藩命で上海に渡航しています。そこで見た清国の半植民地化の現状や西洋列強の武力などに衝撃を受けて帰国しています。

?大変革期に内側にこもり続けることは、古いパラダイムの中に浸り続けることに似ています。その枠組みからアタマが抜け出せないならば、問題解決力が向上せず、結果として古いパラダイムと共に衰退してしまいます。

?内側に閉じこもるだけでは、すでに山積みの問題を解決できないとき、私たちは一体どのように行動したらいいのでしょうか。これまでの習慣的なビジネスの進め方で海外メーカーとの競争に負けてしまうならば、新しい付加価値を生み出せないならば、どうすべきでしょうか?

?諭吉は書籍『西洋事情』や『学問のすすめ』で、日本の古いパラダイムを外から眺める経験を日本全国の人たちに勧めています。大きな集団でも小さな組織でも、古いパラダイムに苦しむとき、新たな視点を外側から集団に持ち込む人こそが必要とされるのです。

?『学問のすすめ』は140年前、変われない日本人と日本社会を変えるために書かれた書籍です。時代が変わるたび、リーダーに求められる素養も変わると言われていますが、大変革期を体験している今だからこそ、新たなパラダイムを組織や集団に導入できる人物こそが、未来のリーダーになる時を迎えているのではないでしょうか。(第7回に続く)

次回は4月24日更新予定です
http://diamond.jp/articles/print/34993

【第8回】 2013年4月23日 高津尚志,目的工学研究所 [Purpose Engineering Laboratory]
異なる価値観を「目的」で繋ぎ、社会をデザインできるか?
ビジネススクールでも深い議論が始まっています。
――目的工学研究所への手紙(その2)
スイスのビジネススクール、IMDの日本代表である高津尚志さんから、『利益や売上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのか』を読んで次のメッセージをいただきました。IMDは世界的なビジネススクールで、日本をふくめた各国の多くの企業のグローバルリーダー育成に携わっています。毎年、各国の競争力を独自に分析した「世界競争力ランキング」を発行して多くのメディアを賑わすので、ご存じの方も多いと思います。
世界的ビジネススクールの日本代表の視野には、目的工学はどう映るのでしょうか。

世界と企業が変わりはじめ、
ビジネススクールも変わりはじめた

?世界はまさに、紺野さんたちの主張する通りに変わりつつあります。「何のための資本主義か」「企業はなぜ、この世に存在するのか」といった根本的な意味や「目的」を問い直そうとする方向へ大きく動いている、と感じます。


高津尚志(たかつ・なおし)?
IMD日本代表
1965年年生まれ。AFS奨学生として高校時代にカナダに留学。早稲田大学政治経済学部卒業。フランスの経営大学院INSEADとESCP、東京の桑沢デザイン研究所に学ぶ。日本興業銀行、ボストンコンサルティンググループ、リクルートを経て2010年11月より現職。
IMD学長・ドミニク・テュルパンとの共著に、『なぜ、日本企業は「グローバル化」でつまずくのか』(日本経済新聞出版社)がある。また、リクルート時代には、世界各国で事業を展開する企業の経営理念の共有支援プロジェクトでの経験をもとに、『感じるマネジメント』(英治出版)を編者代表としてまとめた。
http://www.imd.org/country/jp/
?この本は、そうした世界の潮流を社会起業家やNPOで働く人たちばかりではなく、一般の企業で働く人たちに向かって書かれている点に非常に大きな価値があります。企業が社会の中で存在し、必要とされるためには目的が重要であるということを、これだけ豊富な事例を交えながら具体的に指摘した本は、これまでなかったように思います。

?本書で特に強く印象に残ったことの一つは、ヒューレット・パッカードの共同創業者、デイビット・パッカード氏が晩年に語った、と紹介されている言葉です。

「人々が集まり、企業と呼ばれる機関として存在するのは、個々人がバラバラにやっていては成し遂げられないことを実現するためであり、社会に貢献するためなのである」

?21世紀は企業のあり方が大きく変わっていくだろうということを、今、多くの人たちが感じはじめています。IMDでも、「企業はこれから何をすべきか」「企業の姿はこのままで本当にいいのか?」「企業は社会や人類とどのように関わるべきか」といった大きなテーマについて、ずいぶんと議論されています。IMDの学長も、たとえばユニリーバのようなグローバル企業のトップの方々と、そういう根本的な対話をする機会が増えている、と言っています。

?WWF(世界自然保護基金)と共同開発して、「地球の中における企業のあり方」「人類にとっての企業」というテーマについて、世界中の経営幹部とともに考えるようなプログラムもスタートしました。

社会人とは、働いてお金を稼ぐ人ではなく、
「社会をつくっていく人」

「よい目的を作るためには芸術家が一つのモチーフを何枚、何十枚と繰り返し描き直すかのようなトライ・アンド・エラーが必要」と指摘されている点も非常に重要だと思います。これを世界的経営学者ミンツバーグが「戦略はクラフティング」であると言っていることから引いている点も、ビジネススクールに身をおく立場としては理解しやすいことです。

?本書は、よい目的がなく、手段ばかりが先行してしまう組織は「計画と統制によって人々を利潤の最大化に駆り立てる」と指摘します。これはまさしく90年代後半以降、多くの日本企業が陥ったワナだと思います。数字ばかりを追い求めて、よい目的を繰り返し描くことをおろそかにしてきたのではないでしょうか。

?そのことを考えながら、自分自身がどう生きるべきか、ということについても思いをめぐらせました。企業にとって「利潤の最大化」が目的となり得ないように、人生にとっても「より多く稼ぐこと」が目的とはなり得ません。しかし、現実には、かなり多くの企業が利潤の最大化を目的とし、多くの人生が「稼ぐこと」のためのみに費やされているのは、とても残念なことだと言わざるを得ません。

?社会人とは単に、高校や短大、大学を卒業し、働いてお金を稼ぐ人のことだと考えている人が多いかも知れませんが、社会人とは本来、「社会を作っていく人」と定義されるべきだと私は思います。そういう意味で、これは真の意味での社会人になろうとする人に読んで欲しい本です。

?私たちの世代はある意味、上の世代と下の世代の「つなぎ目」に位置しています。20世紀後半の文化・文明の中を生きてきた上の世代と、それに大いなる疑問を感じ、21世紀にふさわしいビジネスのあり方や企業と社会との接点について深く考え始めた若い世代。今求められているのは、それら2つの世代の異なる価値観を「目的」という大きなフレームでつなぎながら、社会全体をデザインしていくことだ、とも感じました。


【出版記念セミナーのご案内】

来る5月15日、本書『利益や売上げばかり考えている人は、なぜ失敗してしまうのか』の出版記念セミナーを開催いたします。ご参加を希望される方は、以下のURLからお申し込みください。

http://diamond.jp/articles/print/34945

【第3回】 2013年4月23日 三浦由紀江
【第3回】
10代〜60代まで、110人のパート・アルバイトを
即戦力化する方法(2)【アルバイト編】
第190回NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」(2012年8月20日放送)でも取り上げられたカリスマ駅弁販売営業所長の三浦由紀江氏。所長就任4年で売上を1億1000万円アップさせたが、所長就任4年目はあの東日本大震災があった。東北新幹線という大動脈を命綱にする大宮駅の駅弁販売がメインだけにこの痛手はあまりにも大きい。だが、この逆境にもめげずに、1本370円のミネラルウォーター「はやぶさウォーター」を“復興の旗印”と自ら考案。震災後の売上4割減のピンチを救う起死回生の一打になった。
このたび、『時給800円から年商10億円のカリスマ所長になった28の言葉』を刊行した三浦氏に、アルバイトを即戦力化し、売上を大幅アップさせる秘訣を聞いた。

右も左もわからない新人を指導するコツ

?私が所長を務めていたNRE大宮営業所は社員9人に対し、パート・アルバイトが110人ほどいますから、パート・アルバイトの即戦略化が業績向上のカギを握っています。

?前回は「パートの即戦略化」の話をしましたが、今回はアルバイトをなるべく早く戦力にする秘訣、定着率を上げる秘訣についてお話しします。

?入ったばかりのアルバイトが販売報告書に、「○○弁当をすすめたら、50代の女性に買っていただけました。とてもうれしかったです」とコメントしていたことがありました。

?早いうちにこういう経験をしたアルバイトは、積極的にお客様に話しかけ、お弁当をすすめするようになり、すぐに立派な戦力になります。

?では、右も左もわからない新人が、「自分がすすめた駅弁をお客様が買ってくれた」という経験をするには、どうしたらいいでしょうか。

?いちばん大切なのは、指導するスタッフがやさしく新人に接することです。

?先輩スタッフが、「おすすめした駅弁をお客様が買ってくれると、すごくうれしいからやってごらん」と背中を押してあげることです。

?私が大宮営業所長になったばかりのころ、入ったばかりのアルバイトが2、3日で辞めてしまうということがありました。
?不思議に思って売店に行ってみると、新人はレジ横に立って先輩の仕事を見ていました。

「なんで何もやらせないの?」

?と尋ねると、先輩スタッフは「いまは見るのが勉強なので」と言いました。

?私は思わず、「だから辞めちゃうんだよ!」と言いました。

?何の仕事もやらせてもらえず、1日中立たされていたら、誰だって「ここに私の居場所はない」と思い、辞めたくなります。
?仕事は、やって覚えるもの。
?お客様がいっぱいで、てんやわんやのときは先輩が応対したほうがスムーズですが、混んでいないときには新人にやらせても問題ありません。

?研修中のバッジをつけておけば、多少手際が悪くてもたいていは許してもらえます。
?実際、「がんばってね」と声をかけてくれるお客様はたくさんいるのです。

?新人が育っていく過程で大切なのは、先輩スタッフがやさしく接することです。

?仕事ができる先輩スタッフほど、「なにごとも最初が肝心ですから、厳しく指導すべきです」と言うのですが、私は必ず「やさしくしてあげてください」とお願いしていました。

ドキドキ感を武器にできる新人トレーナー

?私は2010年の夏頃から、アルバイトを始めて2ヵ月のスタッフを、新人のトレーナーにしていました。
?これは、アルバイトの定着率を高めるための工夫の1つです。

?ベテランスタッフに比べると、知識や技術は当然未熟ですから、一部の社員は「本当にまかせて大丈夫ですか?」と不安がっていました。

?でも、人に教えるには、仕事内容を十分にわかっていなくてはいけません。
「しっかりしなくてはいけない」という意識も芽生えます。

?実は教えることは、本人にとっていちばんの勉強になります。
?それに入って1、2ヵ月くらいのアルバイトは、職場に染まっていなので素直です。
「自分はここでちゃんとやっていけるだろうか」という、初めて売り場に立った日のドキドキ感を忘れていないのです。

?だから新人にやさしく教えられます。
?キツイ言葉を言ったり、嫌みを言ったりはしません。
?実は、ここが仕事に慣れたスタッフといちばん違うところです。

?仕事に慣れたスタッフのなかには、自分が働き始めた頃の不安を忘れてしまう人がいます。
?自分も仕事ができなかったことを棚にあげて、「こんなことも知らないの」とか「そんなこともできないの」と、平気で言ってしまうのです。

?本人に悪気がなくても、言われた新人の心は傷つきます。
?そんなことを言われて楽しく仕事ができるわけがありません。

新人と先輩がお互いを磨きあげる仕組み

?そこで思いついたのが、入って1、2ヵ月のスタッフにトレーナーをやってもらうというアイデアです。
?ただ、性格は人それぞれですから、トレーナーに向かない人もいます。
?性格はよくても、最初から仕事ができすぎて、新人の困っていることがわからなかったり、悪気はなくても言葉がきつい人はトレーナーに向いていません。

?入って1〜2ヵ月経った人からトレーナーに向いていそうな人を3人選び、それぞれに新人を2人ずつつけます。
?1回のアルバイト募集で採用するのがだいたい4〜5人なので、トレーナー候補は3人いれば十分です。
?この試みは見事に成功し、アルバイトの定着率は格段に上がりました。

?採用時には、募集広告を出したり、面接したり、オリエンテーションしたり、時間とコストをかけるわけですから、一度雇ったパート・アルバイトが定着してくれるのは非常にありがたいことです。
?さらに、教える先輩が急成長してくれます。

「この子はアルバイトを続けられるのかしら」と思うようなおとなしい子が、トレーナーの経験をしたことで、急に成長してくれたこともありました。

?まさに、トレーナーが新人に「逆研修」されるわけです。

?新人と先輩がお互いに磨き合って成長していきます。
?売店でテキパキと働く彼女たちを見ると、我ながらいいアイデアだったなと自画自賛しているところです。

お弁当は、渡し方で味が変わる

?アルバイトで働いてくれる学生には必ず、こう伝えます。

「接客がすべての仕事の基本だから、笑顔で接客ができるようになったら、どんな仕事に就いても大丈夫だよ。お給料をもらいながら接客のスキルを磨けるなんて、いいアルバイトでしょう。がんばってね」

?私は、「お弁当は渡し方で味が変わる」と信じています。

?渡し方というのは、お客様にお弁当を手渡す一瞬の出来事ではなく、「いらっしゃいませ」から始まって商品を渡すまでの接客です。
?接客の仕方次第で、お弁当はまずくもおいしくもなります。

?私がそう言うと、「誰がどう渡したって、お弁当の味が変わるわけないじゃない!」と言う人もいます。

?たしかに、お弁当そのものの味は変わりません。

?でも、食べる人の味覚は変わるのです。
?あまりおいしくないお弁当でも、「このお弁当を売っていたおばちゃん、面白かったなあ」と楽しい気分で食べれば、それほどまずいとは感じないでしょう。

?逆に、「あのおばちゃんはムスッとしていて、嫌な感じだったなあ」と思いながら食べれば、「あのおばちゃんにこんなまずい弁当を売りつけられた」と腹が立ちます。そしてそれがクレームにつながるのです。

笑顔がなかなか出ないスタッフには、こう接する

?お客様によりおいしいと感じてもらうお弁当の渡し方の基本は、やはり笑顔です。
?ただし、笑顔のトレーニング本に載っているような不自然な笑顔ではありません。
?私は、無理に口角を上げたつくり笑顔が好きではありません。

?効果的なのは、「ゲーム感覚で駅弁を売る」という方法です。

?自分で「この駅弁を○個、○時間以内に売る」という自分ルールを決めてから仕事をすれば、その駅弁が売れたときに「やった!」という達成感が生まれます。

「次は他の人が売れないお弁当を○個売ろう」と自分でゲームの難易度を上げたりしながら、楽しく仕事ができます。

?あるいは「私が鳥めしを売るから、あなたはさば弁当を売ってね。どっちが先に売り切るか競争よ」と提案し、ゲームに巻き込んでしまいます。

?すると、駅弁を売りつつ互いの接客を意識しながら、「また鳥めしすすめている」とか、「がんばって、さば弁当を売っているな」などと心の中で思い、ニコニコ楽しくなってしまうのです。

?実際、駅弁が売れたときの達成感、面白さを知って、自然に笑えるようになったアルバイトがいました。

?彼女はいつも仏頂面で、「笑顔で接客しなさい」と言っても、ニコリともしませんでした。

?ところがある日、彼女が「別人じゃないの?」と思ってしまうほどいい笑顔で友だちと話しているのを見かけました。

「ちょっと、なんでそんなに楽しそうな顔をしているのよ。いつもムスッとしているくせに。そんなに仕事が嫌なら辞めちゃって、ずっと友だちと遊んでいなさいよ」

?と冗談めかして言いながら、「彼女も本当はあんなによい笑顔ができるんだ。どうしたら笑顔で接客できるようになるだろう?」と思いました。

?そして、「やっぱり楽しく働いてもらわなくては」という結論に達したのです。

?それからしばらくチャンスを待ちました。

?そして、ようやく彼女が駅弁を売ったときにすかさず、「お弁当が売れたとき、面白かったでしょう??その気持ちを忘れないでね!」と声をかけたのです。

?すると彼女は、「はあい」と言いながらニコッと笑ってくれました。

?それ以来、彼女はきちんと笑顔で接客できるようになったのです。

?とにかく駅弁を売る楽しさ、仕事の楽しさを一度味わってもらうことが大切なのです。仕事の楽しさを実感すれば、どんな人でも笑顔で売店に立ち、接客できるようになります。

?こうしてアルバイトは、すぐに立派な戦力になってくれるのです。

次回は4月24日更新予定です
http://diamond.jp/articles/print/34522


【第2回】 2013年4月23日 水鳥真美
英国と比べて日本の差別意識が強いのはなぜなのか?
同じ伝統国家に見る“多様化”の深い溝と社会的背景
大陸に対峙しながら外敵の侵略を防ぐ
風土が似た英国と日本で異なる「差別議論」

?今回は、先進国に深く根付いている「差別」というニューフロンティアの輪郭を切り取りたい。

?英国と日本は似ていると言われる。ともに大陸と対峙しながらも水域によって外敵の侵略から守られた歴史の中で、島国の住人の特性が発達した。

?この結果、他人との間の距離感がほどよく保たれ公共道徳心が高い。どこでも行儀よく列をなし、待たされても文句を言わない。言葉使いも丁寧で直裁な物の言い方をしない。すぐに親しい関係にはならないが、時間をかけて構築する人間関係は続く――。

?少し表層的な観察だが、当たっているところも多い。しかし、英国に長く住むと日本との違いの方に気をとられる。特に感じるのは、英国における議論の活発さと対照的な日本における議論の不在である。

?かつて英国でも、社交の場で政治や宗教の話は避けたようだが、今ではそのタブーもない。市民社会の変化に伴う様々な伝統的概念が進化し、個人の権利、異性間・同性間の関係、家族のあり方、さらには何が国家を構成するのかといった概念が変化し、多様化している。そしてこの変化、多様化に根ざした議論が社会の活力となり、その進化を可能としている。

?BBCのゴールデン・タイムの人気番組『Question Time』では、その時々に社会を賑わすテーマに関するタウン・ホール形式の討論会を、全国各地の会場から生中継する。パネリストは政治家、学者、スポーツマンなど多岐にわたるが、議論を茶化したり、他の人の発言や立場を揶揄することはなく、疑似芸能人のように振る舞わない。

?議論が白熱すると発言は交錯するが、怒鳴り合いにはならない。取り上げられる問題は、政治・経済問題や国際情勢に及ぶが、市民生活に直結する問題に関する議論が一番白熱する。

?大都市で人種ごとにコミュニティを形成して住む実態は隔離状態であり是正されるべきか、教会は同性婚を認めるべきか、イスラム教徒の女性がヴェールをかぶることは容認されるべきか、といった問題が議論される。

?議論に際しては、単純に政治家を批判したり、官僚をバッシングしたり、外国に責任転化することはできない。1人1人の問題認識に基づく討論を経てとるべき政策に関し、自ら考えようとの了解がある。

?たとえば同性婚。英国ではすでに同性のカップルが民法上の関係を結び、異性間のカップルと同じ法的地位を享受している。同性同士のパートナーも、子どもの養育、別れたときの法的整理、相続といった各分野で家族、夫婦として扱われる。

日本よりも規制が厳しかった英国で
同性婚を認める法律が通過した意味

?そしてさらに一歩進み、今年2月、同性婚を認める法律が下院を通過した。これまでとの一番大きな違いは、結婚が宗教による祝福を求めることができることであるが、カトリック教会を筆頭に、ほとんど全ての宗教団体が反対した。

?また、伝統的な保守党の考え方に合わないとの意見も強かった。しかしながらキャメロン首相は、愛し合うカップルの結婚は、異性間、同性間により差別されるべきではなく、結婚という安定した制度に従うことを望むことは健全であるとの信念を貫いた。

?この問題において、日本の現状との対比で重要なことは、結婚であれ、民法上の関係であれ、あるいは単に恋人関係であるにせよ、単位としての同性の組み合わせが社会的に容認され、性的傾向により差別してはならないことが法律によって担保されていることである。

?しかし、実はここにいたるまでは、英国では個人の性的な傾向の選択は、一時日本よりもはるかに抑制されていた。英国では19世紀半ば以降、男色は死刑により罰させられ、その後刑罰は緩和されたが、1967年まで男性同士が性的関係を持つことは違法であった。それが半世紀後には、同性婚が認められるまでに変わったのである。

?もちろん、今でもホモセクシャリティについての意見は人様々である。しかし、どのような性的な傾向を持つかは、個人の権利であり、そのことにより職場や共同体において差別を受けてはならないという社会通念が確立している。個人的には賛同しなくても、その考えに基づく差別は許されないのである。

?近代日本でも短期間、鶏姦が違法とされたことはあるが、長い歴史の中では、西洋に比べて男色に対しよりおおらかな対応がとられてきた。男色に対するキリスト教と仏教の考え方の違いなどに根ざすことだろう。

?しかし、21世紀に入った現在、日本には同性を愛する人が存在しないという前提で社会が成り立っている。そして、たとえ存在しても、その事実は表沙汰にならないとの暗黙の了解に立って、同性愛者に対する差別的な発言や、雇用における差別も問題にされない。

黒人、アジア人を労働力に
移民の流入が差別禁止の転換点

?人種の違いに基づく差別の禁止についてはどうか。20世紀初頭までの英国ては、黒人、ユダヤ人、アイルランド人などに対する差別は黙認された。しかし第二次大戦後、労働力不足を補うために、アフリカ、南アジア、西インド諸島などの英連邦諸国から多くの移民が入ってくることが転換点となった。

?当初は白人と非白人の間の軋轢が強まり、1980年代初頭は、英国各地で非白人に対する差別に抗議する暴動が多発した。しかし一方で、人種の多様性の広がりを背景に、1960年代半ば以降から、人種差別を禁止する法律の整備が徐々に進んだ。

?もちろん、人種差別禁止を法制化し、罰則規定を設けただけでは、差別がなくなることに直結しない。近年は被害者の人種、宗教を理由とするHate crimeにより起訴される人が、むしろ増えているとの統計もある。経済状況の悪化による差別意識の顕在化である。

?また、人種差別の根絶も不可能であろう。しかしながら肝心なことは、人種差別禁止が立法化されることにより、国が人種差別を許さないとの意思を示すことである。その上で市民1人1人が自ら法律を守るのみならず、必要があれば告発もすることにより、法律の遵守に協力し、違法者が罰せられることである。

アイヌ民族以外に人種差別の禁止法がない
英国と違い多様性に目を向けない日本

?日本ではどうか。法の下の平等を規定する日本国憲法第14条には、「人種」という言葉も入っているが、アイヌ民族に関する特別な法律以外は、人種による差別を禁止する法律の規定はない。

?日本人の多くは、日本は単一民民族国家であり、外国人はお客様として大切に扱うので、そのような法律は必要ないと言うかもしれない。しかし、そもそも日本は単一民族国家ではない。

?また、観光やビジネス目的の短期滞在ではなく、日本に長く居住している非日本人に訊けば、差別の事例は枚挙に暇がない。たとえば、外国人が家や部屋を借りることに大きな困難が伴うことは周知の事実である。

?同じようなことが英国で起これば、人種差別として大家や不動産業者は告発され得る。最大の問題は、このような差別が存在していることについての問題意識が希薄なことである。

?人種差別を禁止し、打破することを必要とするような社会の現実が存在しないと言う人もいるかもしれない。しかし、これは鶏と卵の関係の話である。

?人口減少、高齢化の中で労働力不足が大きな問題であるににもかかわらず、移民に対する強い制限を設け、日本に居住する人の多様化を人工的に阻止している結果、人々の意識改革が進まず、政府も国会も人種差別禁止に関する立法に着手していない。

日本人女性の地位は世界135位中101位
なぜ伝統的概念の進化に努めないのか

?男女同権に対する差別についてはどうか。他の分野に比べれば、日本でも夫婦関係、公民権、雇用などに関し法整備が進んでいる。また、大学受験をはじめ教育分野では、女性の方が優勢であるとも言われる。

?しかし、一旦社会に出ると悲惨だ。世界経済フォーラムのGlobal Gender Gaps Index によると、日本における女性の地位は世界135位中101位。高所得国の中で後塵を拝していることはもとより、サウジアラビア、オマーン、カタール、バハレーン、クウェート、アラブ首長国連邦といった人権問題全般において多くの問題を抱えるアラブ諸国と、最下位グループの順位を競っている状態である。

?英国は、135ヵ国中18位であり、女性議員や官庁で幹部ポストに就く女性の数は多い。しかし、これでも良しとされていない。特に財界への女性進出が足りず、英国上位100社における女性取締役の数が少ない。

?そこで2008年に、女性担当大臣の要請により報告書が作成され、その中で2015年までに英国上位100社の取締役会のポストの25%が女性により占められることが望ましいとの提言がなされた。

?最近の報道では、この提言実現が2017年にずれ込むと予測されており、取締役会における女性のポスト占有率を、ノルウェーなど一部諸国のように法律で定めるべきという議論もなされている。

?アファーマティブ・アクションについては賛否両論あるが、女性取締役が増えること自体については、国、社会、個々の企業いずれのためにも、これを慫慂すべきとの考えが大層を占める。ここでも多様性の推進は良いことであるとの前提が、議論の出発点となっている。

?日英の国民性の比較に戻れば、両国とも伝統を重んじることにおいては共通しているが、社会の変化、多様性の広がりに基づき、伝統的概念を進化させる努力を進めている英国と進めていない日本の間には、大きなギャップがある。

?そして実は多くの日本人も、「なぜ日本が変われないのか」ということについて、疑問に感じ答えを模索しているのではないか。それでは、どうすればよいのか。これまで一定の時間をかけても変われなかった以上、あらゆる分野で荒療治を行うしかない。

?たとえば、毎年受け入れなくてはならない移民数の下限を決め、各大学、企業に公的助成を行ってでも、非日本人を一定割合受け入れることを義務化づける。女性については、採用のみならず、昇進、幹部登用においても女性の占めるべき割合を法的に決め、この基準を満たさない場合、法人税率上乗せといったペナルティを課す。

実は重要な「内部告発者」の存在
求められる無茶な変化を起こす気概

?一方で、2010年に英国で成立したEquality Billのような包括的な反差別法を制定し、罰則規定を設けることも必要である。

?さらに、日本の報道機関の姿勢にも前進が期待される。テレビ、ラジオ、新聞のいずれをとっても英国の報道機関は、日本の同業者に比べはるかに調査取材に力を入れる。そして、差別の問題についても具体的な事象とその背景に横たわる問題意識について取り上げ、厳しく告発する。

?そのような報道機関によるキャンペーンが議論を深化させ、政治家、政府も対応を余儀なくされる。また、内部告発者(whistle blower)の存在も重要である。自らの属する組織を告発することは、日本的価値観からは見下げたことと見られる。

?もちろん、告発の全てが客観的正義感からなされるわけではない。そうであっても告発の存在意義を認め、その上で、告発内容の当否を冷静に見極めるといった対応が必要である。

?極めて乱暴な意見であるが、このくらい乱暴なことをしないと日本は変われない。これまで日本を変えてきたのは、外からの乱暴な変化の襲来であった。今は、内部から少し無茶な変化を起こす気概が求められている。

(水鳥真美・英国セインズベリー日本藝術研究所統括役所長)

水鳥真美(みずとり・まみ)
1983年一橋大学法学部卒業。同年、外務省に入省し、在英国大使館公使、会計課長を経て、2010年辞職。2011年より英国ノリッチに所在し、欧州における日本の芸術、文化普及を使命とするセインズベリー日本藝術研究所統括役所長に就任。また、難民を助ける会理事、大和日英基金執行理事を務めている。
http://diamond.jp/articles/print/35049


崩壊するスウェーデンの学校制度(上)
教育が差別と分断を招くのか〜北欧・福祉社会の光と影(8)
2013年04月23日(Tue) みゆき ポアチャ
 スウェーデンの学校が崩壊の危機に立っている。国の教育制度が前例のない批判の嵐を受けている。国際的な比較においても、スウェーデン生徒の学力の低下は著しい。

 3月の終わりに、「学校の運営と管理責任を地方自治体から国家管理へ戻すことを要求する請願書」が提出され、それに続いて全国紙ダーゲンス・ニーへテルが「教員の月給を1万クローナ(約15万円)引き上げよ」と題する記事を掲載した。この記事は4月21日現在、9000人近くがフェイスブックの「いいね!」で共有している*1。

 これらをきっかけに、4月以降、学校制度に対する疑問と批判が噴出している。

 と言っても、学校の問題は今急に始まったわけではない。以前にも書いたが、まず教師の離職率が高い。筆者が勤めるヨーテボリの高校でも、校長をはじめ頻繁に先生が代わるので、私自身、半数かそれ以上の先生はもう名前すら分からない。というより、覚える気力を失った。

 校長ですらしょっちゅう交代している。筆者が教えている高校では、この2年間で3人目の校長だ。スウェーデンテレビの報道によると、南部スコーネのヘッセルホルム・コミューンにある、6年生から9年生が通うティリンゲ校では、3年間で4人の校長が代わったとされている。同じ記事によると、同コミューンでは2010年の秋学期以降、校長が2人以上代わった学校が13校ある*2。

 なので、これは局所的・地域的な問題ではなく、全国に蔓延している現象なのだ。

 これについて新しく来た校長に、なぜ今までの校長が辞めたのかと理由を尋ねてみたことがある。彼は「それについて意見を言うことはできない。自分も知らない」という返事だった。が、彼は、校長が長期的にとどまることは非常に重要であるし、校長が代わることが学校の問題を悪化させていると思うと言う。

 「とにかく我々は今、前任が辞めたギャップを埋めるために働いているのだ」という返事だった。

 同僚である保健の先生は、最近は胃の痛みや体調の不調を訴える学生が増えていると言う。特に2011年秋から成績の評価方法が変わったことが生徒にストレスをもたらす大きな要因だと考えている。この新評価システムも、学生間に不公平と不平等をもたらすと批判されている*3。

学校システムの崩壊 


 定期的に行われる「学校査察」によると、教育現場の現状は惨憺たる結果だ。

 2012年に査察を受けた小中学校のうち、「問題なし」とされた学校はわずか4%。残りの96%、全国745校のうち715校が何らかの点において「不十分である」とされている。

 特に多かった批判点は、「生徒に必要なサポートが届いていない」ことだ。多くの学生が勉学で遅れており、支援を必要としているが、65%の学校で必要なサポートが実行されていない*4。

*1=http://www.dn.se/ledare/kolumner/peter-wolodarski-lyft-lararlonen-med-10000-kronor-i-manaden

*2=http://www.svt.se/nyheter/sverige/elev-man-har-inte-kant-sig-sa-trygg

*3=http://www.dn.se/nyheter/betygen-fortfarande-orattvisa

*4=http://www.dn.se/nyheter/sverige/betyget-de-klarar-inte-kraven

 極端なケースでは、障害を負った生徒のために拠出されている補助金が、当の生徒のためには全く使われていないという事例もある。

 報道によると、ストックホルム近郊のオーケル小学校は、脳性マヒ、自閉症、てんかん、注意欠陥・多動性障害(ADHD)の障害を背負った7歳の生徒への特別支援金として昨年4万5000クローナを受けているが、同校の校長は「学校はリソースを見つけることができない」ため、これを同生徒のサポートにではなく、結局学校の一般予算に入れて諸経費として使ったことを認めている*5。


 また、学校は生徒の発達状況について定期的に保護者に連絡することになっているが、これが適切に実行されていないとされた学校も65%に上る。

 それ以外では、いじめが認められた学校が60%、十分な質を保った業務が行われていないとされた学校が53%、特別支援が不十分となっている学校が32%。

 すべての基準を満たした学校は、全国に30校しかない。

 学校が学校としての機能を果たしていないのか。これはほとんど、「学校制度の崩壊」と言ってもいい状況ではないのか。

誰でも先生になれる時代

 同時に、「先生」に対する尊敬や敬意の念が失われている。「先生」になりたい人がいなくなっている。

 全国紙ダーゲンス・ニーへテルに掲載された記事「ほとんど誰でも先生になることができる」によると、「先生のステータスは底辺に追い込まれている。大学の教員養成プログラムに入学するのは非常に簡単で、質問を読まずに試験を書いても十分だ」*6。

 かつて、教育プログラムは大学で最も人気のある魅力的なプログラムだった。同記事によると、1982年には、小学校教諭の職1つにつき7.5人の応募があった。

 が、2012秋には大学試験(Hogskoleprovet)の結果が0.1であった学生123人が、国の教員養成課程への入学資格を得ている。試験の最大スコアは2.0なので、100点満点に換算するとわずか5点である。

*5=http://www.dn.se/nyheter/sverige/pengarna-for-stod-at-johan-gick-till-annat

*6=http://www.dn.se/nyheter/sverige/nastan-vem-som-helst-kan-bli-larare

 これほどの低スコアの理由は、恐らく試験を受けなかったとか、何らかの事情により試験の途中で退席したなどの理由によるものではないかと思われる。

 スウェーデンでは、獲得した点数にかかわらず定員に達するまで自動的に受験者に入学資格を与えることになっている。そのため、応募者が少なすぎると、「質問を読まずに試験の答えを書いても十分」という事態が起こることになる。

教師の4人に1人が離職


 また、教育庁のリポートによると、2007年から2012年までの5年間で、定年退職以外の理由で先生を辞めて他の仕事に就いた人は24%に上る。

 離職率が高い大きな理由は、給与が低く労働条件が悪いことだ*7。

 自発的に辞める先生も多いが、最近は学校予算などの理由で辞めさせられるケースが急増している。

 筆者は、昨年まで2つの高校で日本語を教えていたが、1校では「履修する生徒数が少ない」ためにコースを開講しないことになった。こうした理由で、非自発的に、いわば「クビ切り」されて職を失っている先生たちもいる。

 別の高校で日本語を教えているT先生は、スウェーデンでの正式な教員免許を取得するために大学に通っている。仕事をしながらなので、取得まで5年半を要するのだが、それも残すところあと1学期というところまできた。

 こうして頑張っているのだが、彼女も先日、「来学期は日本語をとる生徒がいないので、秋から『arbetslos(無職)』になっちゃうんです〜(涙)」というメールをくれた。

 「教職取って意味があるのだろうかと思ってしまう・・・。やっぱり日本語の人気は落ちてきてますね・・・」

 さらに「私の学校、景気悪いみたいで、来学期からは私だけでなくほかの先生も数名辞めさせられるみたい・・・」

教職員の大量解雇と生徒の抗議スト

 今秋に始まる新学期に、多くの先生が首切りされる予定だ。ヨテボリ全体で、教職員合わせて約110人が解任されるという 。

 市内の2校、シーレスカ高とフヴフェルツカ高では、両校ともそれぞれ20人規模で教員が馘首される計画になっている。これまで学校で教えていた約4割の先生が、秋からの新学期には一気にいなくなるのだ。

*7= http://www.dn.se/nyheter/sverige/en-av-fyra-larare-lamnar-yrket


生徒たちの抗議行動の様子を報じるヨテボリ・ポステン紙(4月18日)
 17日には「先生の大量解雇反対!」の声を上げて両高校の生徒数百人が抗議のストライキに起った。

 ニュース報道のインタビューに答えていた、抗議行動を組織したフリーダという女子生徒は、こう話している。

 「全く怒りを抑えられない。これほどの先生方が急に辞めさせられるということに、何の論理も正義もない」「教育は明るい未来をつくり、失業率を低下させ、将来の発展のカギとなるものだ。政治家は、これほどの先生が急にいなくなるということがどれほどひどいことか、分かっていない」

 1年生のエリアスは言う。「生徒の数が変わらないのに先生が減るということは、残った先生に過度のストレスがかかるなど、いろいろな弊害がある。これによって学校の雰囲気をひどいものに変えることになる」

 生徒たちは、抗議の署名を集めており、後に教育省に提出する予定だ*8。

 学校がこれほどの状況に至った要因としてやり玉に挙げられているのは、1990年代に行われた2つの大きな教育改革だ。次回はこの2大教育改革の問題点について稿を進めていきたい。

*8=http://www.svt.se/nyheter/regionalt/vastnytt/elevprotester-mot-nedskarningar
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37602


常識をくつがえす戦史講座〜日露戦争
実は陸戦の展開を左右した鉄道輸送

2013年4月23日(火)  樋口 晴彦

[一般のイメージ]後の太平洋戦争と違って、日露戦争では、物資の補給はそれほど重大な問題ではなかった。
←日露両軍とも、鉄道によって十分な補給を確保できるかどうかが作戦を大きく左右した。
 昔は補給物資を「糧秣」と呼んだ。食糧の「糧」と馬に与える「秣(まぐさ)」のことである。日露戦争当時は、この「糧秣」が補給物資の中で大きな比重を占めていた。

 日本軍の1個師団には、約1万人の歩兵が配属されていた。専門兵科である騎兵・砲兵・工兵や後方支援部隊を含めると、総員は約1万8000人である。さらに、軍馬約5000頭を保有していた。

 兵士の食事には、1日に米6合と味噌や缶詰などの副食物を支給した。その重量を1人当たり1.5キログラムとすると、1万8000人分で27トン/日となる。馬の場合はさらに大変だ。大麦5升(1升は約1.5キログラム)と秣2貫(1貫は3.75キログラム)の約15キログラムを与えるため、5000頭分で75トン/日である。つまり、1個師団当たり毎日約100トンの「糧秣」を必要とした。

 日露戦争中で最大の戦いとなった奉天会戦には、およそ20個師団相当の兵力が参加しているので、計2000トン/日となる。

 その他にも兵器、弾薬、被服、各種資材も運ばないといけない。また、大規模な戦闘が生起すれば消費量が急増する。そのため、3000トン/日くらいの輸送力を確保する必要があった。

馬匹輸送の限界

 それだけの物資を、荷馬車で運ぶとどうなるだろうか。1馬力とは、標準的な荷役馬1頭のする仕事を計算したもので、牽引力(荷車を引く力)を180ポンド(約82キログラム)、1時間に進む距離を1万852フィート(約3.3キロメートル)としている。わかりやすくするために、時速を5キロメートルに設定すると、牽引力は約54キログラムとなる。そして、牽引力と荷車の重量の関係は、牽引力=摩擦係数×荷車の重量である。

 地面が舗装道路でないこと、そして荷車の車輪がゴムタイヤでなく、木製車輪に鉄のたがをはめたものであることを勘案すると、摩擦係数は0.2くらいだろう。牽引力として54キログラムを式に入れると、荷車の重量は270キログラムとなる。荷車自体の重量を差し引くと、積荷は200キログラムくらいだ。そして、馬の労働時間を8時間とすると、1日の移動距離は40キロメートルとなる。つまり、1頭立ての荷馬車1台で200キログラムの貨物を1日40キロメートル運ぶのがやっとだろう。

 しかも、馬の飼料も一緒に運ばないといけないので、遠距離輸送になるほどネットの輸送量が減少する。例えば、大連・奉天間の距離は約400キロメートルなので、往復に20日間かかる。これでは、積載した貨物のすべてを飼料として食いつぶしても足りず、戦場には何も届かない。

 結局のところ、馬匹(ばひつ)輸送に頼っていては、遠隔地での軍事作戦は不可能ということだ。言い換えれば、大量輸送に適した交通機関、すなわち鉄道や船舶の利用が作戦の大前提となる。遼陽会戦・奉天会戦など、日露戦争の主要な戦闘が東清鉄道の沿線で繰り広げられたのはそのためである。

日本軍を悩ませた補給不足

 日本にとって最優先の戦争目標は朝鮮半島の確保であるが、朝鮮内の交通事情が非常に悪いことが問題だった。開戦当時、鉄道が開通していたのは、京城(現ソウル)・仁川間だけである。しかも、仁川港はロシア海軍の根拠地である旅順に近く、開戦後に利用できるかどうか見込みが立たなかった。

 そのため日本は、建設中であった京釜鉄道(京城・釜山間)の工事を急ぎ、開戦4カ月後の1904年6月には全通させた。さらに、鴨緑江南岸の義州に向けて、京義鉄道の建設にも着手した。だが、こうした活動が戦局に寄与することはなかった。日本海軍が黄海の制海権を獲得し、満州へ直接進撃することが可能となったのである。

 日本軍の主力は、鴨緑江北岸の安東から北上して千山山脈を横断し、遼陽・奉天へ至るルートを進む第一軍と、遼東半島南部に上陸して、渤海湾沿いに進む第二軍であった。

 第一軍は、安東までは船便を利用できるが、そこから先は陸路となるので、軽便鉄道(今日の瀋丹線)を敷設することにした。この軽便鉄道とは、一般鉄道よりも低規格の簡易鉄道である。建設に要する時間が短く、費用も安いというメリットはあるが、軽量の手押トロッコしか使えず輸送力は限られた。

 日本軍は約300両のトロッコを投入した。しかし、これでは3個師団からなる第一軍の最低所要量300トン/日を満たすのが精一杯だった。さらに、第一軍の前進に合わせて軽便鉄道を延長する工事が遅れたために補給事情が次第に悪化した。

 遼東半島南部に上陸した第二軍は、ロシアが建設した東清鉄道を占領した。しかし、ロシア側から捕獲したわずかな鉄道車両では輸送力が足らない。日本の鉄道会社から機関車や貨車を徴発して満州に運び込むこととしたが、レールの規格が障害となった。東清鉄道のレール幅はロシア軌(1524ミリ)だったので、日本標準の狭軌(1067ミリ)に改修しなければならなかった。

 かくして第二軍は、6月の得利寺会戦以降には深刻な補給不足に陥り、兵士への食糧配給を減らさざるを得なくなった。そこで、現地で日本商人を雇い、柳樹屯(大連近傍の港)に到着した物資を小型帆船(最盛期には約400隻)で渤海湾方面に回送させるという非常手段を取った。

東清鉄道の輸送力増強に努めた日本軍

 第一軍が鴨緑江を渡河したのは4月30日、第二軍が遼東半島に上陸したのは5月7日である。作戦計画では、ロシア軍の重要拠点の遼陽を7月中旬に攻撃する予定だった。しかし、上記の補給不足のために進撃速度が低下したため、攻撃開始が8月30日にずれこんでしまった。

 日本軍の補給事情が好転したのは、1904年9月以降であった。東清鉄道の運転本数が増えるとともに、渤海湾奥に位置する営口港も利用可能となり、鉄道ルートと遼河を使った船便で物資輸送を行うようになった。

 ただし、この段階における輸送力は、柳樹屯や大連から東清鉄道経由で600トン、営口港から1000トンの計1600トン/日にとどまる。しかも、営口港は冬季に氷結して使用不能となってしまう。東清鉄道の輸送力増強が急務となり、日本軍は鉄道車両の追加派遣と、単線の不便を解消するための待避線の増設を進めた。

 その結果、日露戦争終了時には、東清鉄道に機関車約200両、貨車約4000両が配備され、大連・鉄嶺間を毎日16列車が運行した。1列車の貨車を50両、1両当たりの輸送量を5トンとすると1列車で250トン、日量にして4000トンの輸送力となる。かくして日本側は、満州派遣部隊に対する補給態勢をようやく確立したのである。

ロシアは凍った湖の上で貨車を馬で引いて運んだ

 日本側は、開戦後なるべく早い時期に、まだ輸送体制が整わないロシア軍を撃破する戦略であった。その基礎となったのは、単線のシベリア鉄道1本では、ロシア側が満州に戦力を移送するのに時間がかかるという計算だった。開戦当初の輸送力は毎日4列車にすぎず、将来的にも6列車が限界だろうと日本側は推測していた。

 シベリア鉄道の輸送力増強に当たって最大の障害となるのが、バイカル湖(最長幅680キロメートル、面積は琵琶湖の46倍)である。湖周辺の地形が険しくて建設工事が困難なため、ロシアでは、連絡船によって湖を横断する方式を採用していた。それでは本数を増やすことが難しかった上に、冬季には結氷によって連絡船が航行不能となるという問題があった。

 しかし、日本の戦略は皮算用に終わった。ロシア側は、馬橇(ばそり)を使用して貨物を運ぶとともに、湖面に張った氷の上にレールを敷き、貨車を1両ずつ馬で牽引することで冬季の輸送を確保した。戦争後の最初の1カ月半だけでも、約4万人もの兵士を満州に送り込んでいる。さらに、突貫工事によって湖を迂回する鉄道ルートを1904年9月に開通させ、毎日12列車を運行するようになった。

 かくしてロシアは、日本の予想をはるかに上回るペースで戦力を増強した。1904年前半の戦闘では日本軍の兵数がロシア軍を上回っていたが、それ以後はロシア軍が優勢な状況が定着したのである。

 ちなみに、シベリア鉄道で欧州から1万キロメートルを移動して、満州に到着するのに50日間かかった。毎日12列車の到着とは、全線で600列車を常時動かしているということだ。これ以上に輸送力を増強するのは、いかにロシアといえども難しい。しかし、日本側の16列車の4分の3という数字は、兵力が多いロシアとしては、決して十分ではなかった。

 1905年2月の奉天会戦の直前に、ロシア軍は、輸送力増強のために鉄道運行を片道とした。欧州方面から到着した列車は線路から外し、貨車を兵舎の代用にしたり、暖房用の薪にしたりした。歴史小説では、このエピソードをロシアの強大さを示す材料として取り上げているが、実際はその逆である。来るべき戦いに備えて物資の蓄積が必要だが、輸送力の余裕がないため、そんな不経済なことを敢えてやらざるを得なかったのだ。

 以上のとおり、日露戦争の陸戦の帰趨を大きく左右したのは輸送力であった。戦略とは輸送力の範囲で検討すべきもの、言い換えれば、輸送力に従属する存在でしかなかった。現代の経営では、戦略論がやたらと持てはやされているが、フィージビリティのない戦略は単なる夢想にすぎないのである。

<歴史好きの読者のための付録>
その1 日本軍の基本構成
 歩兵が作戦行動に従事する際の基本単位は、約200人の中隊である。直感的に言えば、「指揮官(中隊長)が肉声によって命令を下すことができる規模の集団」のことだ。歩兵中隊が4個集まって1個歩兵大隊となり、さらに歩兵大隊が3個集まって1個歩兵連隊となる。したがって、1個歩兵連隊は4×3=12個中隊から構成され、それに連隊本部要員などをプラスして約3000人の体制となる。

 歩兵連隊が2個集まって1個旅団となり、さらに旅団が2個集まって1個師団となる。つまり、1個師団は2×2=4個歩兵連隊で構成され、約1万人の歩兵を有するというわけだ。

 さらに師団には、専門部隊として騎兵連隊(約500人)・砲兵連隊(約1000人、大砲36門を装備)・工兵大隊(約900人)や、輜重(輸送)大隊・弾薬大隊・野戦病院などの後方支援部隊が配属され、総員は約1万8000人となる。

 ただし、これは戦時体制であって、平時の兵力である現役兵はその半分くらいだ。残りは予備役兵を動員して充てる。

 当時の兵役制度では、徴兵検査の後、まずは現役兵として3年間勤務する。除隊してからも、4年間の予備役、さらに5年間の後備役という形で予備兵力に編入され、有事に動員されるのである。

 後備役兵は、さすがに体力が落ちているので、後備旅団という別の部隊を編成し、後方警戒の任務につくことを予定していた。しかし戦争後期には、日本側の戦力不足を補うために、後備旅団も一般師団と同じく最前線に配置されることが多かった。また、現役兵の経験がない(=兵士としての訓練を受けていない)者も、輜重輸卒(運搬兵)として動員された。

 日本軍は、第1〜第12師団及び天皇陛下の親衛隊である近衛師団の計13個師団を開戦時に保有し、そのすべてが日露両軍の最終決戦となった奉天会戦に参加している。

その2 ロシア軍の兵力配置
 日露戦争当時のロシア軍の兵力配置は、西方に大きく偏っていた。これは、18世紀末のポーランド分割によって緩衝地帯が消滅し、西部国境で強国のドイツとオーストリアに接していたためである。

 当時のドイツは、1871年にプロイセンが他のドイツ諸邦を吸収して誕生した新興国家で、強力な帝国主義政策を進めていた。ヴィルヘルム二世はロシア皇帝と縁戚関係があったが、ドイツの潜在敵国であるフランスとロシアが同盟を結んでいたため、ロシアとドイツの関係も緊張状態にあった。

 また、当時のオーストリアは、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニア、クロアチアなどを領土に含む大国であった。ロシアがバルカン半島への影響力を強めるのに伴って、やはりバルカン半島に強い利害を有するオーストリアとの関係が次第に悪化していた。

 以上のような情勢のため、ロシアは兵数100万人を超える強大な軍隊を保有していたが、開戦時に極東に配置されていた兵力は約10万人にすぎなかった。そのため、物資だけでなく軍団の輸送も同時並行的に進めなければならず、それだけ鉄道への負担が大きくなったのである。


常識をくつがえす戦史講座〜日露戦争

旅順要塞に無謀な白兵突撃を繰り返した、乃木希典率いる第三軍司令部は無能だった。騎兵戦力ではロシア軍が圧倒的に優勢だった。日本海海戦において、日本海軍はバルチック艦隊を全滅させ、奇跡的な勝利を収めた。−−日露戦争についてあなたが持っている「常識」をくつがえします。真の日露戦争には、現代のビジネスに役立つ珠玉の教訓が詰まっています。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130411/246504/?ST=print

ボストンのテロから学ぶ自分と家族を守る方法
日常生活の中での一人ひとりの危機管理を
2013年04月23日(Tue) 矢野 義昭
 ボストンでの爆破テロが発生し世界を驚かせた。幸い日本人の被害はなかったが、今年1月にはアルジェリアで人質拘束事件が起こり、日本人10人を含む多数の死者が出た。

 最近は世界的にテロ事件や銃撃事件が多発し、日本人が巻き込まれることも多い。また、PM2.5の飛散、化学工場の爆発、放射能漏れ、鳥インフルエンザウイルスなど、有害物質などの拡散が深刻な汚染を巻き起こすケースも増えている。

 これらの危機から、いざという時に自らと家族や従業員の安全をどのようにして守るかについて、一人ひとりが危機管理の具体的方法を知っておく必要がある。

1 どう自分の身を守るか

ア 無差別銃撃に巻き込まれた場合にどう身を守るか

 銃が厳しく規制されている日本では、銃犯罪は少ない。しかしそれでも、近年は国内に銃が密輸入され、ときどき銃撃が発生するなど、増加傾向にある。また国外で銃犯罪や銃を使ったテロ、暴動などに巻き込まれる危険性も増えている。ここでは、万一銃撃に巻き込まれ、狙われそうになった場合に身を守る方法について紹介する。

 人間は、平常の心理状態から、緊急時には別の心理状態になることが、心理学や生理学の研究により明らかになっている。

 一般に緊急時にはアドレナリンの分泌が高まり、脈拍が上がり汗をかき、瞳孔も拡張し、視野は狭く音は聞こえなくなり、時間経過が長く感じられるようになる。これらはすべて危機への対応力を向上させるための、人体の本能的な生理的変化である。

 しかしこのような状態でも、鼻から深く呼吸をして一度息を止め、静かに口から細く長く息を吐くという動作を数回繰り返すことにより、神経の興奮を鎮めて冷静さを取り戻すことができる。特に、吸った後一度息を止めることが大事である。

 そのようにして平静状態を取り戻せれば、通常の判断力も回復する。危機に直面したら、まず平常の心理状態を取り戻し、冷静に状況を判断することが、身を守るための第一条件である。

 平静さを回復したら、次には自らの身を守るための行動を取らねばならない。護身のために取るべき行動は、「避ける」「拒む」「防ぐ」という3段階である。

 最初に取るべき行動は、まず「避ける」ことである。いきなり銃撃などの緊急事態に巻き込まれたら、冷静さを保ち、逃げ口がないかをまず探して、そこから屋外などの安全な所に逃避せよということである。

 火災などでも同じだが、人々は近くの出口のみに殺到して、別の出口があることを忘れ、また探そうともしない。その出口をふさがれるとパニックに陥り、その場に凍りついてしまう。

 そうなると行動の自由を失い、銃撃、焼死などに追い込まれてしまう。パニックに巻き込まれず冷静に広くあたりを見回し、窓その他の逃げ口を探せ。そうして、安全な所に逃げることをまず試み、危険からすみやかに遠ざかれということである。

 次は「拒む」ことである。もし逃げられなければ、銃を持った犯人が自分に接近する経路は何かを予想し、その経路上に、何でもいいから障害物を置き、犯人の接近を拒否せよということである。

 自分がある部屋に逃げ込んだとしても、単に戸を閉めるだけではなく、鍵をかけ、内側から家具などで侵入を阻止するように何重にも防がねばならない。こうしておくと犯人は簡単には侵入できないことを知り、あきらめて他のより侵入容易な場所にいる目標を狙うことになる。

 それでもどうしても犯人に襲われた場合には、自から「防ぐ」ことが必要になる。どうしても犯人と直接対決することになった場合には、敢然と戦い自らを防衛しなければならない。

 その場合に最も大事なことは、銃を何らかの方法で奪うか無力化することである。銃を持つ手を押さえるか持ち上げて、銃口を逸らすか、銃を振り落とすことが最も効果的である。

 その場合には、手元のゴルフクラブ、バット、はさみ、その他何でも武器として利用できるものは利用すること。以上が護身のための3段階の行動である。

 最後に、仮に銃で撃たれたとしても瞬時に命を失うことは稀である。たとえ撃たれても、諦めずに最大限に「避ける」「拒む」「防ぐ」の実行に努めれば、生存できる確率は高くなる。

 実際の統計データーでも、そのことが立証されている。最後まで諦めずに対応行動を取ることが、生き延びるために最も大事な点である。

イ 近年の脅威度の高いテロの特色

 最近の諸外国でのテロはたいへん高度化している。その実態について、2008年にインドのムンバイで起こった同時多発テロなどから、次のような特色が挙げられる。

 脅威度の高いテロには、

(1)いくつかの小グループによる分散同時多発テロであること
(2)大量の弾薬、火器、爆薬、ロケット弾などを保有し重武装であること
(3)綿密な計画に基づき実行され、事前に訓練を行っていること
(4)統制指揮・通信組織が確立され、
(5)コンピューター、GPS、暗視装置などのハイテク装備を持っていること

 などの特色がある。

 今は世界的にどの国の軍も特殊部隊の強化に努めている。ウサマ・ビンラディン殺害でも米海軍特殊部隊が使われた。テロに対する戦いなどで、特殊部隊は柔軟に運用できるため、重要性が増している。

 日本周辺国も特殊部隊の増強に努めている。日本の場合は、脅威度の高い過激派のテロよりも、テロや犯罪を装った特殊部隊の破壊工作の方が起こる可能性が高い。一般国民も日本がそのような脅威にさらされていることを自覚しておくべきだろう。

 特に国外では日本人や日本企業も、このような脅威度の高いテロに巻き込まれる可能性がないとは言えない。最近の特色を踏まえて、海外での警護や企業の警備態勢を見直すことも必要だろう。

ウ 日本の国家としての在外邦人保護態勢の不備

 外国の場合は一般に、ある国が内乱、騒擾状態になり自国の民間人がその国にとどまるのが危険になれば、緊急時には軍が危険を犯して救出し、自国まで警護しながら連れ帰ってくれるようになっている。

 1985年のイラン・イラク戦争時に、イラクのフセイン大統領がテヘランの空爆に先立ち、イラン上空を飛ぶ航空機はすべて撃ち落とすとの警告を発した。そこで各国は軍用機や民間航空機を使い脱出し始めた。

 しかし日本人の脱出支援は、当時の自衛隊には権限がなく、日航のチャーター機派遣も組合の反対と準備不足で利用できず、やむを得ずトルコ航空に依頼したということがある。

 今では自衛隊には「在外邦人等の輸送」の権限は与えられている。ただし、戦闘下や戦闘状態になるおそれのある危険地域の日本国民を救出したり警護する権限は今でもない。また自衛隊は、隊員と邦人などの生命と身体を防護するため必要最小限の武器の使用が認められているだけである。今でも、脅威を排除して救出するために必要な武力の行使はできない。

 在外邦人はまず自力で、安全が確保された後方の地域まで逃げてきて、指定の空港などにたどり着かなければならない。無事到着できれば、待ち受けた自衛隊が輸送機などで運んでくれる可能性が出てくる。

 このように、日本は国として危機管理態勢が不備である。このため、国外で万一のことがあれば、在留邦人は国の保護は受けられない場合が多いことを覚悟して行動する必要があるだろう。

 そのように自衛隊の権限を縛り、同胞を危険にさらしているのは、日本人自身の政治的選択の結果である。日本人自身がその理不尽さに気づき、自力で法令を改めない限り、危機になればいずれ犠牲者が出ることになるだろう。

2 組織の危機管理の共通原則に基づく行動計画

 個人の危機管理の考え方も組織と基本は同じである。

 東日本大震災では、帰宅困難者が東京都下だけでも約10万人に上った。その一人ひとりは、まず家までの距離や時間、人や交通の流れ、宿泊施設の状況などを確認しなければならない。

 次に、今日は歩いてでも家まで帰るのか、帰るとすればどのような手段でどのルートを使い帰るのか、帰らずに泊まるとすれば、どこでどのようにして泊まるのかといった、自分の行動方針を列挙し、それぞれの利害得失を分析比較して、どの方針を取るか判断したことだろう。

 このように、状況を確認したうえで、自分の行動方針を挙げて、その利害を分析比較して、行動方針を決定するという、一連の流れが個人レベルでも求められる。

 判断を間違うと、歩いて帰る途中で疲れてしまい、泊まることもできず立ち往生することになるが、日ごろからそのようなことを予想して、帰宅経路を確認したり、宿泊の準備をしていれば、立ち往生しなくても済むことになる。

 さらに行動方針が決まれば、靴を履き替えたり水を買うなどして準備し、決めた経路を歩き出すという行動に移る。個人では計画まで細部を詰めることは稀だが、山登りをする人は、綿密な計画を立てるはずだ。

 危険を伴う場合には、予備計画を含めた綿密な計画を立ててから、しっかり準備して行動に移らなければならない。

 家族の避難についても、何を持って出て、どのようなルートでどこに逃げるかは、最低限全員に徹底しておくべきだろう。

 また両親が不在の時に子供たちにどのような行動をすればよいかを、教えておかねばならない。特に緊急時の連絡の確保と安否確認はどのような場合にもまず必要になる。

 携帯電話は使えなくなることが多いので、公衆電話の使い方などほかの連絡手段の取り方を教えておいた方がよいだろう。

 一般的なさまざまの危機に直面した時の身の守り方は、特に自然災害に襲われたときの対応のしかたは、自治体や消防関係のパンフレットなどでよく紹介されているので、ここでは触れない。

 せっかくのこれらの貴重な情報に日ごろから目を通し、必要な対応行動を知っておくことが、いざというときに自分自身を守ることにつながる。「備えあれば憂いなし」は一人ひとりの身の安全についても言えることである。

3 訓練の実施

 個人でも家庭でも、いざという時にどのようにして指定されたところに早く集まるかが、訓練の中でも一番基本になる。

 津波の場合は、津波に飲み込まれる前に、一目散で避難場所に逃げのびなければ、生き延びることもできない。

 家族や職場の仲間がいるところ、避難所などにたどり着けば、安否も確認でき、最小限の生存のため必要な水、食料、寝る場所なども確保されていることが多い。万一危機に直面しても、お互いに助け合うことができる。

 1人では人間は弱い。発災直後の救命、救出活動でも、3日を過ぎると生存者が助け出される確率は急速に低下していく。

 救命、救出は3日間が勝負である。その間に、被災者は何とかして家族の元か避難所にたどり着くことを行動の目標にしなければならない。

 不幸にして身動きが取れない状態にある場合は、逆に体力を温存し、生き延びることを第一に行動する必要がある。特に寒さと渇きは生命の危機を招く。

 そのような場合は、体力を無駄に消耗しないことが大切だ。水を確保し、保温することができれば、1週間程度は食料がなくても生き延びることも不可能ではない。

 訓練でも、そのようなさまざまの危機に直面した場合に、生き延びるためのノウハウを教えておくことが大切である。

4 災害以外のリスク

 以下では、自然災害以外のさまざまの危機に直面したときに、現場の企業管理者などの立場で、自社と従業員の身を守るための一般的な心構えや対応について、箇条書きで述べる。

 あくまでも一般的な対応策であり、実際の行動は、そのときの状況に応じて、自ら判断しなければならない。

 またこれらの条項はチェックリストとして活用されるべきものである。ただし、単なる指針にすぎず、自分で追加し修正しなければならない。

 緊急用のチェックリストとして、索引をつけてマニュアル化し個々人に携帯させるか、ウェブサイトなどでいつでも見られるように家族や社内で公開しておくのが望ましい。

 また各組織の危機対応チームには、このようなチェックリストを絶えず更新し、実用的なものにしておく責任がある。

 日本国内でしばしば起こる地震、洪水などのチェックリストについては一般に広く公開されている。以下のチェックリストは主に、日本国内ではあまり見られない危機に関するものである。

 日本の企業の海外進出や日本人の海外旅行などの機会が増え、日本人もこのような海外ではよくある危機に巻き込まれる恐れが高まっている。このためここでは、海外で直面する恐れのあるさまざまの危機から、とっさのときに身を守るための具体的なチェックリストを示している。

 また、国内の危機対応にも適用できることは言うまでもない。

ア 突然の人身事故との遭遇

●一般の通りがかりの人の場合は、すぐに現場から遠ざかること
●ほかに死傷者がいないか確認すること
●すべての血や体液は感染の原因となることに注意すること
●被害者の体やその一部は、どうしても必要のある時以外、動かしてはならない
●遺体は覆い、見物人から見えないようにすること

●危険と思われる場所からすべての見物人を遠ざけること
●目撃者の名前、住所、電話番号を確認すること
●現場検証が終わるまで、いかなる証拠品も取り除いたり動かさないこと
●従業員などにぞっとする現場の清掃や後片づけをさせないこと、このような気のめいる作業は専門家に任せる
●血や体液のついた物はすべて漂白剤を10倍の水で薄めた溶液で洗うこと

●職場を閉鎖するかどうかを決定すること
●事故現場を目撃したかその跡を見た従業員に、心理的なケアを行うこと
●従業員に警察の取り調べに協力させること
●犯罪が予想される場合、警察の取り調べが終わるまで、事件について口外させないこと
●責められたり犯罪が疑われている人がいる場合、その人の心情に配慮すること

●安全性や事故の再発防止策について質問されることを予期すること
●葬儀、慰霊祭の出席者名簿、式の手順などの調整をすること

イ 航空機事故(自社のビジネスジェットなどが起こした場合も含む)

●どこの会社の機体か事故機の形状などから確認すること
●乗客名簿を入手すること
●死亡者と負傷者を確認すること
●死傷者の家族に関係者がいないか確認すること
●犠牲者が運び込まれた病院を確認すること

●入院治療患者の状況を把握すること
●関係者の家族がいれば、集まれる場所を確保すること
●家族を被害者や遺体に引き合わせること
●自社の機体の場合、犯罪やサボタージュの可能性を考えること
●自社の機体の場合、事故調査を受けることを予期すること

●自社の機体の場合、燃料漏れによる汚染問題が出ることを予期すること
●自社の要人が事故で死亡した場合、投資への影響を考慮すること
●自社の関係者遺族の事故現場などへの移動のための手配をすること

ウ 国外での暴動

●自国の大使館、危機管理アドバイザー、治安機関、政府機関などと、会社としての対応について調整すること
●すべての従業員とその家族に対して必要なことを説明すること
●たいていの場合は、扉を閉ざしてその陰に隠れているのがよい
●退避が決定された場合、建物から逃げるのか、国外に出るのか、その場合の退避先を確認する
●従業員とその家族と常に交信できるような連絡組織を作り機能させること

●通信手段が途絶する場合に備え、予備の手段を確保しておくこと
●緊急に避難する場合に備え、従業員やその家族のニーズを調整しておくこと
●大使館や治安機関と緊密に連絡を保ち、一般人向けの警告などを、漏れなく速やかに入手すること
●建物を退避するときには、建物の中に侵入されないように、扉を板で打ち付け、各部屋の入り口や窓を閉鎖すること
●従業員と家族の必要な常備薬を確認しておくこと

●いちど無人になった所に、一般の人や職場に戻った従業員が被る危険性について見積もること
●日本国内で犯罪を犯し国外に逃亡している者が紛れ込んだりしないよう注意すること

エ 爆発物(火災を含む)

●2度目の爆発の恐れのある建物や区域から人々を緊急避難させること
●爆発物が仕掛けられた疑いがある場合は、従業員を車やごみ箱その他の仕掛けられた恐れのあるものから遠ざけること
●遠隔センサーを使った爆発物が、間違って起爆しないように、トランシーバー、携帯電話、双方向ラジオ、その他の無線通信機などの、電子製品の電源を切るように全員に指示すること
●非常用出入り口と通路の障害物を除去すること
●爆発した建物のすべての扉を閉鎖し、燃え上がった建物に誰も入れないこと

●消防士に建物の内部配置図を渡すこと
●火災がテロ、放火その他の犯罪の疑いがある場合は、物を動かさず事故現場を保存すること
●事故が隣接居住地に及ぶ場合、所管の警察や消防署などに届けること
●消防が駆けつける前に、誰かに消火栓の位置を確認させること
●従業員全員の状況を確認するための連絡網を確保すること。また経営会議のために、翌日指定されたところにそれを報告させること

●火事が鎮火したら、電気、水、構造物の被害を確認するとともに、床の水による被害から守るために、価値のあるものは高いところに移すこと
●火災と有毒物質の影響について、専門家と話せるように準備すること

オ 誘拐

●誘拐保険と交渉専門家との契約の有無を確認し、あれば連絡を取る
●誘拐対処のための指揮センターを開き、その安全を確保すること
●電話記録装置を設置すること
●誘拐された人の家族に連絡すること、ただし間違って連絡しないこと
●誘拐された人の、常備薬とその投与の日付を含めた現在の病歴を確認すること

●起こったことはすべて記録すること、また記録をただちに始めること
●治安機関と連携しながら、誘拐の場所、使われた車、武器、犯人の特徴、犯人からの身代金の要求やコンタクトの有無などについての、目撃者の証言を確認すること
●他に誘拐の目標になる恐れのある者はいないかを確認すること
●他の会社の関係者も誘拐されていれば、その会社の対応チームと連絡を取ること
●被害者の写真を当局に届けること

●DNA鑑定のための頭髪を汚れないように容器に入れて準備すること
●被害者の血液型を確認すること
●治安当局と双方向の連絡手段を常に確保すること
●被害者の姓名、年齢、身体面と医療面の特徴、精神状態について当局や交渉人に情報提供すること

カ 銃撃

●事件が持続的な危険を及ぼすものかどうかを見極めること
●銃撃犯人の身体その他すべての目立った特徴を把握すること
●事件が起こっている間、緊急用電話をいつでもかけられるように、誰かにさせておくこと
●会社の要人を、死傷者の特定について支援するため、治安機関にすぐに派遣すること
●まだ隠れている従業員がいないか、建物や周辺地域を徹底的に探すこと

●治安機関当局がメディアにコメントを出す場合は、こちらの発するメッセージについて当局と調整すること
●治安機関の聞き取りのために目撃者を見つけ出すこと
●犯罪現場や武器を汚染から守ること
●必要に応じて、外部の清掃や修理を依頼すること、従業員に血の跡を清掃させたりしないこと
●また犯罪が起こる可能性のある時などは、入院中の犠牲者の身辺を警護するための警備員を手配すること

●入院中の犠牲者の居所を確認しておくこと、場合によって犠牲者は偽名を使うことを許されているかもしれない
●致命傷を負った従業員の仕事場の机などをどうするか決めること

キ 有害物質が空中に放出された場合

●空中に飛散した有害物質の安全性が確認されるまで、屋内で待機すること
●すべての窓や外部に通じる扉を閉じ、爆発の危険がある場合はブラインド、カーテンなども閉じること。開口部のまわりの隙間をテープで塞ぐこと
●建物内部の窓のない部屋に移動すること。化学物質が飛散した場合は地面より高い所が望ましい

●ラジオの機能を点検し非常用品を手元に置くこと。安全性が確認されるまで、ラジオとテレビの情報に注意すること。携帯電話は役立たない恐れがある
●避難が当局により命じられることがある

●仕事場の場合は仕事を止めて全員を屋内に入れ、部外向けの自動応対電話は業務が停止中とのメッセージに切り替える。外で仕事中の人に連絡を取り安否と所在を確認すること。上司は部下とお客の安全を守る責任がある。訪問中の部外者も含め、そのまま部屋に留まるように指示すること。すべての人の名前を書き出し、誰がいるかを必要なところに通報すること

●学校でも同様の屋内退避の措置を取るが、生徒には両親に携帯電話で連絡を取るのを許可し、先生がどこに退避しているかを校内放送で知らせること。扉や窓の閉鎖は校内放送などで徹底すること。水、食料などの非常用品の安全性に配慮すること。退避する屋内の部屋は収容スペースを確保すること。有線の電話が使用できれば望ましい

●車内にいた場合は、家庭や職場に近ければ急いでそこに退避すること。それができなければ道路の脇に車を寄せ、できるだけ安全なところに停車し窓を閉じること。エアコンの通気口も塞ぐ。熱を避けるため橋の下や影に車を止めるのが望ましい。ラジオの情報に注意すること
●一般に屋内退避は数時間で終わることが多く、酸欠などを心配する必要は少ない

 以上が主なチェックリストであるが、最終的にはそのときの危機の状況に応じて、個人個人で判断し行動しなければならない。ただし、ラジオなどで情報が得られる場合は、危機時の対応については各地域を管轄する自治体、消防署、警察などから指示が出されるので、その指示に従い行動するのが原則である。

 特に、管理職や危機管理に責任を持つ立場にある者は、従業員とその家族を危害から守り、無事に安全な環境にまで導く責任を負っている。また治安当局に協力し、地域や社会を2次被害から防ぐ責任もあることを忘れてはならない。

 本来、危機管理は個人の責任であるとともに、社会全体の責任でもある。しかし、日本では、これまで歴史的に平穏で安全な環境が保たれてきたこともあり、一般に危機意識が希薄で、国や企業の危機管理体制も不十分である。

 しかし、国際化時代にはいつでもどこでも危機が突発して、それに巻き込まれる恐れが高まっている。日本でも危機管理術を一人ひとりが身につけ、社会全体の危機管理能力を高める必要に迫られている。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37641


ドイツで最悪の医療過誤スキャンダル
心身障害の息子のために28年間損害賠償金を待つ母の訴え
2013年04月23日(Tue) シュピッツナーゲル 典子
 バイエルン州に住むクラウディア・Bさん(61)の人生は、息子の誕生により激変した。息子ダニエルさん(28)は、病院の対応ミスで重度心身障害児として生まれ、生涯介護の必要な生活を強いられる羽目になったのだ。

 それ以来、クラウディアさんは、息子のために損害賠償金を求める裁判で提訴し続け、どの裁判にも勝訴した。

 だが、保険会社は28年過ぎた今も、損害賠償金の一部を支払っただけで、大半の支払いを拒否し続けている。ドイツ最悪の医療過誤スキャンダルとも言われるこの事件で、医療ミスを正当に評価してもらいたいと願い、法の下で闘い続けている1人の母親の姿を追ってみた。

危険サインがあったのに、放置されたままだった産婦

 28年前に一体何が起こったのだろうか。筆者は医学や法学の専門ではないため、詳しく説明できないが、メディアの報道(アウグスブルガー・アルゲマイネ紙、シュピーゲル誌)によれば、おおよそ以下の通りだ。

 1984年10月、クラウディアさんと夫アドルフさんは、息子の誕生を楽しみにしていた。妊娠中も問題なく過ごしたクラウディアさんは、夫とともにわが子を腕に抱きしめる日を夢見ていた。

 陣痛が始まったクラウディアさんは、行きつけの病院へ急いだ。その後、破水があり、緑色の羊水が流れ出した。

 羊水が緑色ということは胎児の排泄物によるものと言われ、その羊水にいる胎児は酸欠になるため、帝王切開やなんらかの緊急措置が必要だという。間違った対応をすれば、胎児になんらかの悪影響を及ぼすことは明白らしい。

 クラウディアさんが緑色の羊水に気づいたのは夜中の1時ごろ。だが、病院スタッフは、クラウディアさんと胎児に対し何の処置も施さなかった。


クラウディアさん夫婦は第1子誕生を楽しみにしていた
cChristian v.R /pixelio.de
 担当の産婦人科B医師は、夜中2時15分に帰宅、助産師Cさんはいつの間にか姿を消してしまい、クラウディアさんがCさんを見かけたのは夜が明けてからだった。

 ダニエルさんは、その朝10時14分に生まれた。緑色の羊水という危険信号があってから9時間後のことだった。

 「息子は蒼白で、産声も上げなかった・・・吸啜(きゅうてつ)反射(母乳を吸う力)も全くなかった」と、クラウディアさん。

 「出生後、ダニエルは痙攣発作を繰り返していたのに、一般小児病棟へ移されました」

 その2日後、異変に気づいた病院スタッフはダニエルさんを近郊の小児専門病院へ移した。この時点で、ダニエルさんはすでに脳障害があると判明した。胎内での酸素欠乏により、脳内出血を起こした模様だ。

 待望の出産という記念すべき日に、クラウディアさん夫婦は両親として思い描いていた夢を奪われてしまった。

法廷外での円満解決を望んだものの・・・

 そして、クラウディアさん夫婦の闘いは、病院関係者の加入している保険会社アリアンツとバイエルン保険協会を相手に始まった。

 担当医師と助産師、看護師の対応ミスにより、ダニエルさんは重度心身障害者になった・・・この事実は、誰の目にも明らかだった。そう思ったクラウディアさん夫婦は、裁判を避け円満解決を望んでいた。協議は8年間続いた。

 「当時は、現実を受け止めるのに精一杯で、今後どんなことが待ち受けているのか想像できなかった」

 「生涯介護が必要な息子のために、安心して生活できる賠償金を請求しました。夫と私がいなくなったら、ダニエルは一人で生きていくことができません。病院側が医療ミスを認め、謝罪してもらいたい一心だった」

 両保険会社との和解が得られないことから、クラウディアさん夫婦は法の下で闘う手段を取った。

4回の裁判で勝訴した家族

 1992年12月、クラウディアさん夫婦(原告)は、ダニエルさんの障害は病院スタッフの対応ミスにあるとしてケンプテン地方裁判所へ提訴。提訴相手は、産婦人科B医師、看護師、助産師Cさん、病院の所在地オーバーアルゴイ地方の4者(被告)。

 勝訴1:1995年、ケンプテン地方裁判所は、原告の訴えを認め、損害賠償金を支払うよう被告に判決を下した。病院側は対応ミスを一部認めるものの、ダニエルさんの心身障害の要因となったわけではないと主張。アリアンツとバイエルン保険協会は、ミュンヘン上級裁判所へ上告。

 勝訴2:2005年、判決が出るまで9年の月日が費やされ、審査は難航した。ここでも原告は勝訴した。ミュンヘン上級裁判所は、さらなる上告を受け入れないことを命じた。

 勝訴3:2006年、ミュンヘン上級裁判所のこの命を無視して、両保険会社は連邦最高裁判所へ上告した。最高裁判所は、原告の勝訴と判決を下した。

 勝訴4:2011年1月、ケンプテン地方裁判所は、損害賠償額を審査。両保険会社に対し以下の判決を下した。

 「原告の請求した損害賠償金104万ユーロ(1億3000万円)と利子をクラウディアさん家族に支払う。この額には、ダニエルさんの介護やリハビリに携わってきた家族への慰謝料や住居の改修費などの費用も含む。これに加えてダニエルさんへ月額3225ユーロ(約40万円)の年金を支払うこと」

 これを受けて、両保険会社はクラウディアさん家族にとりあえず22万ユーロ(2750万円)を4回分割で支払った。

 という経緯だ。クラウディアさんは4回の裁判で勝訴し、長年闘ってきた苦労がやっと報われたと思った。損害賠償請求金の満額支払いという法廷判決が下りるまで、なんと20年近くもの時が過ぎ去っていた。

二転三転した法廷判決


1984年10月、病院で何があったのだろうか
JMGcpixelio.de Geld)
 その後、アリアンツとバイエルン保険協会からさらなる損害賠償金の支払いを期待していたクラウディアさんにまたもや災難が降りかかった。

 両保険会社の弁護士は、「損害賠償金額104万ユーロと利子を支払う」という判決を不服とし、アウグスブルク上級裁判所を経て、ミュンヘン上級裁判所へ新たな訴訟を起こしたのだ。

 そして2012年2月、ミュンヘン上級裁判所の判決は、クラウディアさんにとって信じられない結末を迎えた。

 「B医師とC助産師、看護師の責任は、2011年1月の損害賠償提示額(104万ユーロと利子)の20%に相当する」

 ダニエルさんは、母親の胎内にいる時にすでに異変があった。心身障害は人為的なミスによるものではなく不可抗力で起こったというのが理由だ。そして、両保険会社に30万ユーロ(3750万円)の損害賠償支払いを命じた。

 「すべての裁判で勝訴した。事態は終結するものと思っていたのになぜ・・・」と、クラウディアさんはショックを隠せない。

医療鑑定に疑惑浮上

 そんななか、クラウディアさんのZ弁護士はある書類に目が留まった。アリアンツ委託の医師(ハイデルベルク大学小児科前教授)R氏が作成した鑑定書に一部信頼性に欠ける記述があることに気づいたのだ。

 ミュンヘン上級裁判所は、この鑑定書により、クラウディアさん家族への損賠賠償金額30万ユーロ(3750万円)の判決を下したようだ。

 Z弁護士は、「ダニエルさんの脳内出血は、脳のダメージに起因することは明白だ。当時のコンピュータ断層撮影(CT)記録を見なくても明白で、大スキャンダルだ」と語る。

 Z弁護士の声明により、神経放射線学専門家が初めてダニエルさんのCTを検証することになった。

 「ダニエルさんの脳障害は、分娩中の酸素欠乏が原因で発症した。緊急処置で酸欠を最小限に留める可能性もあった。脳内出血は未然に防げた」

 上記審査結果には、さらなる5人の専門家が同じ結論を提出した。

医療ミス裁判は長くても2年かかるのが一般的

 クラウディアさん家族を報道したドイツ第1テレビの番組制作者コメントによれば、損害賠償金が高くなればなるほど、保険会社は支払いを拒んだり、ありとあらゆる理由を挙げて提訴し続け、支払いを長引かせるのだという。

 ベルリン・フンボルト大学の保険専門の教授は、「20年以上も続く医療ミス裁判は国内でも極めて稀だ」と、語る。

 裁判が長引くと、原告は精神的にも経済的にも尽き果ててしまい、不本意な賠償金額であっても、その提示額を受け入れてしまうことが多いそうだ。

 同教授は、長期戦になる医療ミス裁判は、国内で分かっているだけでも年間2万4000件ほどと推定する。ちなみに、医療裁判専門の弁護士によれば、医療ミスの判決は長くても2年ほどで終結するのが一般的という。

泥沼化する保険会社との係争

 クラウディアさん夫婦は、息子の介護に専念するために地元で経営していたコンディトライ(ケーキ屋)を売却した。自宅もダニエルさんの住みやすいように改修した。リハビリはありとあらゆる処方を試みた。その甲斐あって、ダニエルさんは少し歩けるようになった。

 悲しいことは、法廷外でもあった。息子のために長年一緒に闘ってきた夫は、2010年ガンで逝ってしまった。クラウディアさんの両親も他界した。

 現在ダニエルさんは、月曜から金曜日までケンプテンの心身障害者施設で過ごし、週末になると帰宅する。クラウディアさんは娘と一緒にダニエルさんの介護を続けている。


クラウディアさんは、息子のために最後まで闘い抜くという
cMichael Staudinger/pixelio.de)
 この3月28日、「損害賠償は請求額の4分の1」の判決に異議ありと上告したクラウディアさんに、アウグスブルク上級裁判所の判定が下された。

 「アリアンツとバイエルン保険協会は、5万1500ユーロ(約640万円)の損害賠償追加金支払いをする。ダニエルさんへの年金は、3カ月ごとに2128ユーロ(26万6000円)の支払い。これまでの裁判費用は、最高86%までクラウディアさんが支払うこと」

 つまり、損害賠償追加金と支払い済みの22万ユーロと合わせて総額27万1500ユーロ(約3340万円)ほどが、クラウディアさんに支払われる総額である。

 「まさか私の人生の大半を法廷で闘うことになるとは考えていもいなかった」と、クラウディアさんは肩を落とす。

 「28年間、闘ってきたことが水の泡になるのでしょうか・・・でも、私は息子のために最後まで闘い抜きます。諦めません」

28年目の謝罪

 クラウディアさんは助産師Cさん(52)と面会した。Cさんは、クラウディアさんと同地区に居住しているため、これまで街角でお互いに見かけることもあった。だが、2人が言葉を交わすのは28年ぶりだ。

 「対応ミスでした。本当にごめんなさい。裁判が無事終結するために、どんなことでもします」と、Cさんは謝罪した。

 産婦人科医B医師も対応ミスを認めた。B医師は、自分の弁護士D氏同席のもとでクラウディアさんと面会した。

 D弁護士は、「ミスを認め、謝罪するということは、どんな意味を持つのか分かっていますね。あなた(B医師)が医師賠償責任の保険加入先アリアンツは、あなたから手を引きますよ、それでもいいのですね」と念を押した。

 その言葉を遮り、B医師は「担当医師として、クラウディアさん家族の希望する損害賠償金を支払ってほしい」と、アリアンツに依頼したことをクラウディアさんに説明し、謝罪した。

 保険会社側は、裁判続行の姿勢を崩していないらしい。クラウディアさんの闘いはまだ続く。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37596
 

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01. 2013年4月23日 13:28:42 : nJF6kGWndY
「年収100万円も仕方ない」ユニクロ柳井会長に聞く
 「世界同一賃金」は、社員のやる気を生むものなのか、はたまた「現場の疲弊」をさらに強めるものにならないのか。導入の狙いや、社員を酷使する「ブラック企業」との批判に対する見解を、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長に聞いた。

ユニクロ、「世界同一賃金」導入へ世界規模のふるい、成長か死か
 ――「世界同一賃金」を導入する狙いは何ですか。
 「社員は、どこの国で働こうが同じ収益を上げていれば同じ賃金でというのが基本的な考え方だ。海外に出店するようになって以来、ずっと考えていた。新興国や途上国にも優秀な社員がいるのに、同じ会社にいても、国が違うから賃金が低いというのは、グローバルに事業を展開しようとする企業ではあり得ない」
 ――中国などに比べて賃金が高い日本は下方圧力がかかって、逆に低い国は賃金が上がるわけですか。
 「日本の店長やパートより欧米の店長のほうがよほど高い。日本で賃下げをするのは考えていない。一方で途上国の賃金をいきなり欧米並みにはできない。それをどう平準化し、実質的に同じにするか、具体的な仕組みを検討している」
 ――いまの離職率が高いのはどう考えていますか。
 「それはグローバル化の問題だ。10年前から社員にもいってきた。将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく。仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない」
 ――付加価値をつけられなかった人が退職する、場合によってはうつになったりすると。
 「そういうことだと思う。日本人にとっては厳しいかもしれないけれど。でも海外の人は全部、頑張っているわけだ」
 「僕が心配しているのは、途上国から海外に出稼ぎにでている人がいる、それも下働きの仕事で。グローバル競争のもとで、他国の人ができない付加価値を作り出せなかったら、日本人もそうやって働くしかなくなる。グローバル経済というのは『Grow(グロウ) or(オア) Die(ダイ)』(成長か、さもなければ死か)。非常にエキサイティングな時代だ。変わらなければ死ぬ、と社員にもいっている」
■「ブラック企業の批判は誤解」
 ――「グローバル企業」として成功していますが、社員を酷使する「ブラック企業」だとの批判もでています。
 「我々が安く人をこき使って、サービス残業ばかりやらせているイメージがあるが、それは誤解だ」
 「大半が途中で辞めた人などの一部の意見だ。作業量は多いが、サービス残業をしないよう、労働時間を短くするように社員には言っている。ただ問題がなかったわけではなかった。グローバル化に急いで対応しようとして、要求水準が高くなったことは確か。店長を育てるにしても急ぎすぎた反省はある」
 ――売り上げは増やせ、その一方で残業はするな、では生身の人間は壊れませんか。
 「生産性はもっと上げられる。押しつぶされたという人もいると思うが、将来、結婚して家庭をもつ、人より良い生活がしたいのなら、賃金が上がらないとできない。技能や仕事がいまのままでいいということにはならない。頑張らないと」
 ――ユニクロ的なビジネスモデルの成功が、賃金が低く抑えられている元凶という批判もありますが。
 「それは原因と結果を逆にしての批判だ。安い労働力を活用し、製品価格を下げて売っているのは欧米のカジュアル衣料のH&MやGAP、中国の企業も同じだ」
 ――結局、日本の働き手も途上国や新興国が作る製品やサービスと同じものしか生み出せないなら、同じ賃金でやるしかないと。
 「先進国は同じ問題に直面している。戦略やマーケティングとか、もうかる付加価値の高い部門を日本におくことだ。世界中の企業が最適地企画、最適地生産、最適地販売に移っている」
 「日本の電機の一番の失敗は日本に工場を作ったことだ。安くて若い圧倒的な労働力が中国などにある。関税も参入障壁になるほどの高率ではないから、世界中にもっていける。本当は(安い労働力を使って世界中の企業から受託生産する)鴻海(ホンハイ)精密工業のような会社を日本企業が作らないといけなかった。個人も国内で仕事をしたいなら、付加価値をつけないといけない。単純労働で時間給の仕事でいいのか、それだと下がる可能性もあるのだから」
     ◇
 〈ファーストリテイリング〉 1949年「メンズショップ小郡商事」として創業。カジュアル衣料の「ユニクロ」ブランドを中心に、世界で衣料の生産・販売を手がける企業グループ。「セオリー」などの高級ブランドを買収するなど積極的な事業展開で知られる。13カ国・地域に出店し、2012年8月期のグループ売上高は9286億円。正社員やアルバイトも含めた従業員は、13年2月末で4万2431人に上る。柳井正会長兼社長は、米TIME誌の13年版「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。
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http://digital.asahi.com/articles/TKY201304220465.html

ユニクロ、「世界同一賃金」導入へ 優秀な人材確保狙う

ファーストリテイリングの「世界同一賃金」

インタビューに答えるファーストリテイリングの柳井正会長兼社長=東京都港区、小玉重隆撮影
 「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は、店長候補として採用した全世界で働く正社員すべてと役員の賃金体系を統一する「世界同一賃金」を導入する考えを明らかにした。海外で採用した社員も国内と同じ基準で評価し、成果が同じなら賃金も同水準にする。
世界規模のふるい、成長か死かユニクロ柳井会長に聞く
 すでに役員や上級部長らは実施し、今後、一部の店長まで広げる。企業のグローバル展開が加速するなかで、賃金体系の統一にまで踏み込む企業が出てきた。
 日本の働き手たちは、新興国や欧米の社員と共通の土俵で働きぶりが評価され、世界規模の競争を強いられることになる。新制度が根づけば、給与水準が全世界で均一化していき、比較的高い日本の給与が下がる「賃金のフラット化」につながる可能性もある。
 新制度では、欧米や中国など13カ国・地域で店長候補として採用した社員すべてと役員を「グローバル総合職」とし、職務内容で19段階に分けた「グレード」ごとに賃金を決めた。
 このうち上位7段階に入る執行役員や上級部長は、どの国でも同じ評価なら報酬や給与を同額にした。対象は約50人(海外採用は10人)で、年収は最低でも平均約2千万円になる。各グレードの賃金は、日本より高い欧米の水準に合わせて統一した。最上位は柳井会長で4億円。将来は対象を2段階下の約60人いる部長級にも広げる計画という。
 そのほかの「グローバル総合職」のうち、上位8〜14段階にあたるスター店長ら約1千人(海外採用は約300人)についても「実質同一賃金」にする。店長以上なので、残業代は出ない。国によって名目の額は違うが、それぞれの国の物価水準などを考慮し、実質的にはどの国でも同じ生活ができる水準にする。少なくとも各国の同業の上位企業の賃金水準までは引き上げる。調整が複雑なため、具体的な制度づくりには時間がかかる見通しという。
 役員らと同じように賃金を名目で同一額にしないのは、対象人数が多いからだ。各国間の賃金の差は大きく、先進国の水準に合わせると新興国の賃金が大幅に上がり、収益を圧迫する。逆に新興国の水準に合わせれば、先進国で優秀な人材を集められなくなる。
 ただ、当面は「実質同一賃金」にしない社員も含め、「グローバル総合職」の約4900人(同約2200人)はすべて、評価基準を一本化した。国境を越えた人事異動をやりやすくするためで、職歴や将来目標など社員のデータも一括管理し、同じ基準で競わせる。
 新制度を導入する狙いは、「世界各国で優秀な人材を確保する」(柳井会長)ことにある。2020年までに店舗数をいまの4倍の約4千店に増やし、そのうち約3千店を海外店にすることを計画している。短期間で海外店舗網を急拡大するには、高水準の給与を払い、これからは新興国でも優秀な人材をひきつける必要があるとしている。
 グローバル化のもとで、生産や消費の中心になり始めた新興国では賃金が上がり、先進国では逆に下がったり伸び悩んだりすることがいわれてきたが、ファーストリテイリングの新制度は、「賃金のフラット化」を企業の賃金体系のなかで具体化させることになる。
 ただ現段階では、例えば中国で採用された店長は、米国や日本の店長になれば賃金を上げるが、逆の場合は「誰も行きたがらなくなる懸念もある」と賃下げはしない考え。日本の賃金水準自体も「賃下げは考えていない」(山口徹人事部長)という。
 だが、競争激化や中国などアジアの賃金の上昇で、全体の収益が圧迫される可能性もあり、これまでのような高収益が確保できなくなった時は、新興国に比べて割高な賃金水準が下がる可能性について「今は考えていないが、理屈上はありうる」(山口徹人事部長)という。
 「世界同一賃金」の対象は社員全体約2万人の4分の1にあたる。
 新制度について、柳井会長は朝日新聞のインタビューで「世界どこでも、やる仕事が同じだったら同じ賃金にするというのが基本的な考え方。海外にも優秀な人材がいる。グローバルに事業を展開するのに、あまりに賃金が違いすぎるのでは機能しない」と話す。
     ◇
 〈企業の賃金体系〉 従業員の給与を決める基準やルールのことで、昇格や昇級の仕組み、評価制度なども含まれる。海外で手広く事業をするグローバル企業は通常、各国に現地法人を設け、それぞれの国の事情に合わせた賃金体系をもつ。新興国で賃金の安い社員を雇えば、人件費を抑えてもうけを増やすことができるからだ。だが、ユニクロの新制度は逆に、どの国で雇っても同じ賃金体系にして、新興国でも日本でも同じ評価なら実質同額の賃金を払う。大手企業では極めて異例の制度といえる。
http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201304220664.html


http://digital.asahi.com/articles/TKY201304230001.html
世界規模のふるい、成長か死か ユニクロの同一賃金

売り場の床を掃除する男性スタッフ=東京都渋谷区、内田光撮影

  
 世界のグローバル企業の仲間入りをめざし、ファーストリテイリングが「世界同一賃金」を打ち出した。優秀な人材を登用するため、世界規模で社員たちをふるいにかけていく。だが国内では、社員を酷使することへの批判が根強い。現場の疲弊をさらに強めることにならないか、心配する声もある。
ユニクロ、「世界同一賃金」導入へユニクロ柳井会長に聞く
■両刃の同一賃金、社員選別
 「快干POLO 149元」(ドライポロシャツ、約2235円)
 中国・華南地方のショッピングモールにある「ユニクロ」の店内。漢字表記が目立つ以外は日本の店と変わらない。明るい照明、カラフルな商品を色別に並べる陳列、新製品を着たモデルの特大ポスター。ユニクロの商品で身を包んだ店員がてきぱきと服をたたみ、客を試着室に案内する。
 20歳代の女性店長は「日本の本部からの要求は厳しいが、やりがいはある」と話す。月給6千元(約9万円)は、この地域の法定最低賃金のほぼ5倍で、中国では高給だ。
 入社して1年ほどで店長に昇格した。残業も増えたが「仕方がない」と割り切る。「仕事ができるようになれば権限も増える。やりたいことを自由にやれるチャンスがある会社だ」
 こんな中国の女性店長がやがて日本で働く日がくるかもしれない。
 「世界中で同じ仕事ならば同じ賃金にし、いつでも異動できるようにする」。柳井正会長兼社長は「世界同一賃金」を導入するねらいをこう語る。日本から新興国へ、あるいはその逆、そんな国境を越えた異動を想定している。
 平均年収2千万円のランクに今年3月に昇格したばかりの日本人の男性本部長(38)は「プレッシャーは感じてますよ。世界中どこに行っても、すぐに同じ能力を発揮することを求められるわけですから」という。
 広告会社から転職し、入社2年後には小型店の店長に昇格した。その後は、異動するたびに社内キャリアをステップアップ。朝7時から翌朝3時まで売り場づくりに没頭することも苦にならなかった。快活に話す表情からは、企業エリートの充実感が漂う。
 入社2年で、評価グレードが高い「スター店長」に抜擢(ばってき)された24歳の女性店長もその一人だ。
 新卒で採用され、半年で店長を任された。約20人のスタッフをまとめ、商品の発注から閉店後は店の伝票の整理や店のあと片付け――。半年ごとに店を移り、いまはスタッフ50人がいる4店目の店長だ。「ものすごくしんどいけど、ちゃんと報われる。私はこの会社が好き」。ここでずっと働き続けたいと考えている。
■高まる要求、増える競争相手
 しかし、短期間で店長になれなかった元社員らの口からは、華やかに見える職場の別の「現実」が聞こえてくる。
 「燃え尽きてしまった」。20歳代の男性の元社員はユニクロでの日々を振り返る。会社が決めた月間勤務時間の上限は残業も含めて計240時間だが、とても仕事を消化しきれない。パソコン上で入力する出退勤時間を上限内に収まるよう日々「調整」し、残業代が出ない「サービス残業」の毎日だった。繁忙期の勤務は300時間を超えた。
 半年おきの「店長代理資格」の取得試験も苦痛だった。何回受けても通らず、「次第に給料を下げられ、最後は入社時より年収で50万円ほど減った」。
 本部や、複数店舗を統括する幹部たちから日常業務について指示を受けると、言い訳しにくかった。「上からの詰められ方が非常に厳しい。僕たちはそれを『追及』と呼んでいた」
 周囲には、うつ病になって突然出社できなくなる同僚がいた。「このままでは自分も精神状態がもたない」と退社を決めた。
 別の東海地方の20歳代の元店員も、膨大な仕事量と店長代理資格取得の重圧に押しつぶされそうだった。勤務時間中も仕事の合間にレジ打ちやミシンの練習、店舗レイアウトも研究した。休日も暇があれば厚さ10センチほどのマニュアルの勉強に費やした。
 海外で働きたい夢はあったが、あこがれていたグローバルな仕事は遠のいてゆく。心の中の違和感は次第に大きくなり、仕事のミスが目立つようになる。入社8カ月後に「うつ状態」と診断され、退社した。
 同社の新卒社員が入社後3年以内に退社した割合(離職率)は、2006年入社組は22%だったが、07年入社組は37%に、さらに08〜10年の入社組は46〜53%と高まっていった。直近の入社組は、同期のおよそ半分が会社を去る計算になる。休職している人のうち42%がうつ病などの精神疾患で、これは店舗勤務の正社員全体の3%にあたる。
 社員を酷使する「ブラック企業」との批判は、こうした中で高まってきた。
 「さすがに半分が辞めていくのは問題だと認識している。ちょうどその時期は、入社して半年で店長に育てようとした時期。その後の店長らの悩みや課題を聞いたりするフォローをきちんと手厚くやるべきだった」とファーストリテイリングの山口徹人事部長は言う。店長の仕事を減らすほか、全店長が対象の相談制度も導入するなど「改善措置」を取り始めた。
 ユニクロの高収益を支えてきたのが、低賃金の中国などに専門工場をつくって一括発注し、低価格の商品を大量に売る事業モデルだった。だが最近は、中国などの賃金も上がってきた。収益を維持しようとすれば、販売の第一線に売り上げ増や店舗運営の効率アップを求めざるを得ない。その圧力は、賃金が割高な国内により強くかかり、現場を疲弊させる。
 柳井会長も「問題がなかったわけではない。グローバル化に急いで対応しようとして、要求水準が高くなったことは確かだ」と認める。だがその一方で、「グローバル化は、Grow(グロウ) or(オア) Die(ダイ)(成長か、さもなければ死か)という時代。正社員でいる以上、効率をあげ、がんばってもらわないと生き残っていけない」と国内社員を叱咤(しった)し続ける。
 新興国の社員らと同じ土俵に乗せられ、競争相手が増える分、ふるい落とされる社員も多くなる。待っているのは、今よりもっと激しい「効率アップ」の号令か、厳しい「賃下げ」となる可能性がある。
■国境超える企業、政府と食い違う利害
 グローバル経済のもとで国内の雇用や成長の土台を根底から覆すかのような変化が起き始めた。新興国が世界経済の生産や消費の中心になるなかで、企業は国境を超え、拠点を海外へと移している。
 国内に残された働き手たちの立場は厳しくなる一方だ。「追い出し部屋」に集められて社内失業を強いられる問題に加えて、「賃金のフラット化」で賃下げへの圧力が強まる。
 政府がいくら、「円安誘導」や法人税の引き下げで企業や雇用を国内にとどめようとしても、空洞化の動きは止まらない。内需拡大のための賃上げ要請も、むなしく響く。旧来型の政策の限界は明らかだ。
 グローバル化が進むなかで、国内の雇用を守り、経済成長を続けるにはどうすればいいのか。政府と利害が食い違う「超国家企業」の問題と正面から向き合わなければ、答えは見いだせない。
     ◇
 〈超国家企業〉 工場や販売店を海外につくるといった従来の「多国籍企業」の海外進出にとどまらず、国家の垣根を越えて大規模に活動する企業。特定の国と結びつきがなく、利益を求めて世界に事業を展開する企業のことを一部の専門家らが「超国家企業」と呼ぶようになった。世界を一つの市場とみなし、雇う人の国籍や生産する場所を選ばない。母国の市場で働く人たちに対して、政府をしのぐ影響力をもち始めている。
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2013年1月13日
(限界にっぽん)夜をさまよう「マクド難民」 非正規の職まで失う

深夜営業のマクドナルドで眠る男性。店員が起こすことはなかった=11日未明、大阪市中央区、飯塚晋一撮影

  
 大阪市の繁華街ミナミ。難波駅近くにあるマクドナルドは、午前0時になると店内の風景が一変した。サラリーマンや学生たちと入れ替わりに、くたびれた手提げ袋を抱えた男性たちが入ってくる。
 「マクド(マクドナルド)難民」。大阪でそう呼ばれる人たちだ。
 30〜40代ぐらいだろうか。この夜もぼさぼさの髪に、黒や灰色のジャンパー姿の数人が、テーブルにうつぶせになったり、ソファに足を乗せたりして所在なげに過ごす。
 「金がないから、ネットカフェには泊まらない」。パナソニックの工場で請負の仕事をしていた男性(35)は言う。深夜営業の店を渡り歩く生活を始めて1年近くたつ。
 昼はパチンコ店内のソファなどで仮眠をとる。街を歩き始めるのは夕方からだ。スーパーで格安の総菜を買ってビルの片隅で食べた。コンビニエンスストアをはしごして暇をつぶし、最後はマクドナルドに入って休む。
 「まさかこんな生活をするようになるとは」
 パナソニックの工場では、自動販売機を組み立てる製造ラインで、4人チームのリーダーだった。ラインの調子が悪いと、夜でも頻繁に電話で呼び出された。睡眠不足とストレスがたまり、体を壊した。残業代は払われず、給料は手取り20万円ほどで「とても続けられなかった」という。
 この男性と同じようにマクドナルドで夜を過ごすオキタさん(通称、40)も、昨年3月までは三重県亀山市にあるシャープの液晶関連の工場で派遣社員として働いていた。シャープが韓国企業にシェアを奪われ、工場生産が落ち込んだために仕事を切られたという。
 電機関係の工場で働きたいと大阪に来たが、希望の職はなかった。ときどき土木の現金(日雇い)仕事で稼いで食いつないでいる。気持ちも落ち込みがちになり、最近、精神科の治療を受けた。マクドナルドで100円のハンバーガーを食べて夜明けを待つ日が増えた。
 就職氷河期で正社員につけず、非正規社員になった若者たちが次々と職を失っている。明日のみえない不安のなかで、つかの間の休息をとる。深夜のマクドナルドはそんな場所になっている。
 だがその静寂を切り裂くように、午前2時前、大音量の音楽が突然、鳴った。
 飲食スペースの「閉店」を知らせるアナウンスに、男性たちは重い足取りで店を出る。ぞろぞろと向かった先は50メートルほど離れた新古書店ブックオフだ。
 また夜がくるまで、街に埋もれて過ごす。そうすれば、マクドナルドの席があく。(中川仁樹)
 (2面に続く)
http://digital.asahi.com/articles/TKY201301120440.html


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