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(回答先: 夢による良き兆しの話 投稿者 金十字架 日時 2017 年 3 月 05 日 14:46:46)
わたしは学問より経験を重視する。人は歴史からデタラメしか学べていないからだ。そして何より人ひとりの一回の人生で得られる物以上の知識もまた
要らないと今より随分若い時に堅く心に決めた。
しかしそれ以降わたしは随分と、人ひとりの一回の人生以上の経験をさせられたものだと思う。わたしが初めて心に決めた神の住まうお宮でこう願を掛けた。「およそ人が知るべき事柄を全て身に納める事ができるように」と。そしてそれは今叶いつつあるように思っている。だから十分この人生には満足している。
わたしは直観力優れていると思っている。それはほぼ信念に近いレベルで、実践で得てきた経験論によるものだ。
誰もがそこに視える強い権威的自信に裏付けされた反発というリスクから、触れずにいる話題、またそうする事で自分の直観力を弱めている人々が居れば居るほどわたしはそこに率先して触れていく、よってわたしの直観力は力をつけていると言えるのかも知れない。どちらかというと冤罪者扱いされ声を奪われた亡き亡霊怨恨を晴らす役割を勤めているような気さえ、ずっと感じてきたのだ。わたしが初めて見た異質な夢では、相当な怒りを持ってこの世の地の果てに静められたような恐ろしいほどの感情に呑まれていく自分が居たからだ。
そうしてわたしの半生は幼少期の怪我から始まる。そこから数十年の過程の中でわたしは他人とは異なる視点を手に入れていった。若い頃はわたしの身体を視て大層感心されたものだ。「よくそれで通常以上の事が出来ているな」と。しかし徐々に身体の自由が効かなくなっていき、次第にわたしの身体は動かなくなっていった。「あなた気づいてる?普通の人の二倍動いているよ」と言われてもそれがわたしの普通だった。常に俯瞰して他人のカバーをするのがわたしの中で当たり前だった。しかしわたしの身体は幼い時から複雑に身体を支えてきたらしい。観察眼の鋭い山里出身の母方の祖母がわたしの身体の違和感を幼い時に指摘してきた。そのストレートな物言いに非常に不満を持ったことを覚えている。だが祖母もまた直観力の鋭い人だった。今彼女には感謝しかない。魂だけとなったら世話になった祖父や彼女に恩返ししにいくつもりである。
そうしてわたしの情熱はなかなかに冷えて固まって自由が効かない体勢が常態化していった。この間わたしは恩師のもとより離れてもおり、不遇の時を延々と通過するのみとなる。わたしは追い詰められていった。
幸か不幸か、最低限の生活には耐性があり、捨てる物は既に大概捨てていた。だから精神的には実に楽であった。そしてさいわいにもわたしは知っていたのである。図らずも恩師のもとを離れることになった日に師の弟子であるご子息から、修行だねと一言頂いていた。そのようにわたしはわたしを評価して生き続けるほか出来なくなった。逆にお陰で生き延びていくという方向性が定まったのである。そしてそこでより輪をかけて激しく自分を追い込んでいくこととなった。
トランプが世の中に登場し、わたしはこれがサインのひとつだと気づいた。
バイデンが選挙を盗んだ年もハッキリそれが軍の作戦中の出来事だと理解していた。年明けにかけてヴァチカンで銃声が響いた年があった。明けて翌週にわたしは自分の中に不思議な感覚を得た。ここから身体にかけられた呪いが解かれ、徐々に調子が上向くかも知れないという漠然とした予感を受けて心に火が灯りだしたことを嬉しく思った。その日は朝目が覚める直前、頭の先で確かにサラサラと鳴る鈴の音を聴いた。しかしまだその時点では現実を引っくり返すほどの感覚は身のうちに確かめるまでには至らなかった。
しかしそれから度々トランプ側から吉報を聴く度に身体がひとつひとつ勝手に解錠されていく感覚を得て、それを手掛かりにトンネルの先に光をようやく見据えることができるようになった。直近では解放記念日の宣言が最もインパクトを感じる瞬間だった。そこから身体に関して怒涛のインスピレーションを受け取ることができるようになった。トランプ革命とわたしに掛けられたら呪いは連動しているように思っている。
わたしが中学の頃はヤンキー花盛りの頃で、中学初登校の日に校門にタバコを吹かす上級生が立っており面食らった。今思えば教師は機能してない様子だったな。小学校までの純粋な心はいきなり初日に洗礼を受けた形だ。わたしもそうした雰囲気の中で浮くこともなく存在していたように思う。二年目に姓が変わったこともあり母方の姓を名乗ることになった。上級生には剣道場で生意気だと頬を張られて鼓膜が破れた事もあるがその一回きりだった。素行は悪かったがつるむことも煙草を吹かすこともしなかった。仲のいい友人とだけ深くつきあうタイプだったが、不思議とそれらの繋がりは特殊な事情で引き離されてく運命にあった。
大人になってからその中学時代の二個上の上級生と名乗る二人組と新しく勤めだした職場で出会う。するとそのうちのひとりが初顔合わせでいきなり「お前はS(伏せる)一族か」と不躾に聴いてきた。わたしはそこで完全に面食らった。なんという奇妙な質問を投げたかと一瞬混乱し、瞬間身の毛が逆立つ思いがした。つまり連中はわたしが中学時代初登校の時からそこに該当する人間を探していた事が如実に理解されたからである。すぐに血のつながりを否定しごまかしたが、一体こいつらの裏に何が居るのかを考え思わず絶句した。連中が卒業すると同時に姓が変わったのだ。わたしは未だに連中が当時のままそこに執念を見せていることに身の危険を感じ、早々にその職場を去った。余りにもおぞましかった。
中学入学当時はまだ現在の姓ではなかった事も不思議に守られたのだと実感する。小学校以来の親友はいじめに合ってたようで一年目で母方の田舎に引っ越してしまった。わたしのクラスの友達も殆どが不登校になって疎遠となった。
幼い当時わたしの父親もチンピラ風情だった。周囲はみなヤクザもんだった。しょっちゅう彫り師の部屋にいた記憶がある。毎晩のように飲み屋街にわたしの姿はあった。
当時のことを母親に聴くと、対立相手の稲川会系とのもめ事の話が盛んだった。わたしは幼少期よりそうした環境下で育った。だからヤクザの血も理解する。だから余り物事に動じないのかと思う。武家の血とほぼほぼ近い。
恩師がこういっていた。本当に怒ることはわたしには無いよ、と。本気で怒りを持つときは己の命を捨てられる時だ、と。わたしもそこに親和性を感じてきた。わたしは既に命など惜しくない為、何の感慨を侍らすことももはや出来ないが、他人を捨てられない限り己の命も捨てられない、そうして挟まれるように生きてきた事はひどくわたしを苦しめもし、燃え起たせもした。人の理屈の外に人を見つけ出すことがわたしの使命だ。
人に上下を生むのは礼儀を弁えた相手にのみ。わたしが評価できる相手のみが目上だ。それはわたしが決める。よって不躾な相手の話す道義やらを教鞭を受け入れるつもりは毛頭ない。得体の知れない取り巻きに加わるような感性は始終持ち合わせることはなかった。部活動もせず学校もさぼりがちだったがそれで正解だったと思う。
そのようなわたしだから情感に呑まれると見境がつかなくなる。自分が恐ろしいほど力を持っている事を知るが故自ら自分に錠をかけてきたと今更ながらに思い出して居るところだ。神という存在はわたしに多くの物を分け与えてもくれたし、苦難の果てにわたしを導いてもくれた。自ら飛び込まねば得るものなど何ひとつなく、自分に満足する事も無かったろう。人は自然のエネルギーそのものを身のうちに発見するだろう。それを抑え込むほど不自然極まりない事はない。
当時から夢で立て続けに見せられたものはすべてこの掲示板に書き留めてある。このハンドルネームで検索してすべてヒットするものではない。テスト板にも書いてある。すべて今のこの状況とリンクしてある。確かめれば神の存在が理解できるようになるだろう。わたしの直感はすべてここに原動力を見るものである。
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