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脱被曝という、ありもしない「被曝」を恐れて暮らす反近代・反科学運動には引導を渡す必要がある。
http://www.asyura2.com/15/genpatu44/msg/591.html
投稿者 会員番号4153番 日時 2015 年 12 月 26 日 09:33:02: 8rnauVNerwl2s
 

反原発派は結局、外国人・親特定アジア工作員の反政府活動。
発言者を調べると「いつものメンバー」。
放射線被害はいつも仲間の周りでしか起こりません。
マッチポンプ商法です。

まともな研究者からの反政府への発言は大いに歓迎です。


https://twitter.com/masahirono/status/680498620525887489

Masahiro Ono 小野 昌弘
‏@masahirono
脱被曝という、ありもしない「被曝」を恐れて暮らす運動は、それに騙されて関わっている人のことももちろん、周囲の人のことも、不幸にしている。このような反近代・反科学運動には引導を渡す必要がある。http://bylines.news.yahoo.co.jp/onomasahiro/20151225-00052789/


STAP事件の悲劇から反原発運動の堕落まで連なる糸

原発・放射線問題の混乱とSTAP事件に関連があるというと荒唐無稽に聞こえるだろうか。しかし私はこの1年余り、二つの関連について考え続けている。

2つの事件をつくったもの
STAP論文がNatureに出版されたのはちょうど1年前、2014年初頭のことだった。STAP論文は、すでに原発事故によって自信を喪失し科学技術と科学者に対する不信がくすぶりつづけていた日本社会に、ほんの短い間のことであったが、大きな勇気を与えた。だからこそ、STAP論文は当時熱烈に社会に迎え入れられ、それがゆえに論文が瑕疵だらけのものであったことがあきらかになった時の落胆と混乱はあれだけ大きなものになったのだろう。

しかしいま私が書きたいのは、原発・放射線問題の混乱とSTAP事件の二つがたまたま時期が重なったというレベルの話ではない。

原発・放射線をめぐる問題で、反原発運動のために科学から程遠い流言・デマを基に頼ることを許すようなだらしない日本社会であったからこそ、STAPという馬鹿げた瑕疵だらけの論文騒動が笹井芳樹先生の自殺に結びついてしまったのではないか。私たちが今生きているような日本社会だからこそ、原発・放射線問題はこれまでのような経緯をたどって混乱に至り、STAP事件は悲劇に終わったのではないか。この2つの事件に共通するものはあるはずで、それは現在の日本社会の歪みと至らなさに通じているのではないか。

日本的科学社会の変貌
一方のSTAP論文が間違いだらけの論文であったことは、日本国内においてネット上において匿名アカウントが大きく貢献した調査により明らかになったが、ここでも活用されたのは緻密な調査であった。論文の図や文章の細部を丹念に調べることで、矛盾・盗用・捏造といった瑕疵が次々と明らかになったことは、STAP論文が取り下げになる過程を加速したことは間違いがない。

科学において緻密さはその重要な一つの柱である。日本の科学の伝統的な強さは、日本社会に広く根付いている緻密さと勤勉さだろう。これは特に遺伝子クローニングの時代にはそれは強みとして作用したと思う。

しかし、そうした緻密な研究を行うための障害が大きくなってきている。一番大きな問題は現在の日本的なラボ内での研究分業は、実質的な作業を第一著者に過剰に依存している。そして一流の研究室と呼ばれるところでほど、教授などのシニアによる指導・チェック機能は薄弱である。しかも、STAP論文のように幾つもの研究室が共同研究することで作成された。これは本来はマネージメントが難しい研究体制であり、今から思えば、その研究の一体性を確保する人が実質的に存在せず、第一著者が緻密な作業ができなかったとしたら、論文として体をなさないものになったとしても不思議はなかった。

こうして時代の変化のために、日本の強みであったはずの緻密さだけでは現在の生物学の世界では勝負できなくなってきている。誰もが中途半端な仕事をして、誰も研究全体を見通せず一体性を担保できないという事態は、実はそれほど珍しくないのかもしれない。

STAP論文が破綻した理由
しかしながら、緻密さは科学の全てではない。緻密さは原理原則を理論として理解した専門性の上に構築されてはじめて意味があるものだし、専門性は分野内の他の研究(さらには分野を越えた一般的な科学)との一体性があってはじめて強力な知識となる。

STAP論文は瑕疵だらけの論文であった。その欠陥は論文の内容の緻密な分析により明らかにされた。しかし、単なる矛盾や欠損だけでは論文は崩壊しない。STAP論文が取り下げになったのは、研究論文としての一体性を保てなくなるまで欠陥が見つかったからである。これだけで関係者にとって、研究者としては自分のことを許しがたい、自分の前で自分に対して屈辱的な状況であったと想像する。

研究の一体性は一つ一つの論文の中で保つものでもあり、また研究者の人生を通じて保たなければならないものである。だから研究人生の一体性というものは、研究者にとってかけがえのない蓄積であり、特に先端研究に挑戦する者にとっては、日々それを失う危険に晒されながら必死でようやく確保するものなのである。そして、自分の研究人生の一体性が失われることがあったとしたら、それはすでに研究者としての生命を失う危機ーそれはある種の誠実な人々にとっては肉体的な生命を失う危機と同じーであるといってよい。

論文作成はいうなれば常に新しいチームを編成して、その中で毎度新しい競技をするようなものである。たまたまあるチーム編成で行った競技が欠陥だらけであったからといって、その監督の全人生を否定するような社会の姿勢は正しいものだろうか。

2014年春の笹井教授の記者会見、さらには同夏のNHKによる不当と言える特集番組は、科学者としての笹井教授について幾ばくなりとも敬意を払ったか。否である。また我々科学者は、たまたまのSTAP論文にあった欠陥の原因を謎解きするあいだに、笹井教授ひいては科学者社会全体にしのびよっていた大きな危機に自覚的であったか。否である。そしてSTAP事件をニュースの受け手である日本社会のすべての人々は、科学論文についての報道が科学についてではなく、STAP論文作成チームの人間ドラマ作成に勤しんでいるという堕落して恥ずべき状況を批判したか。否である。この中の誰が、笹井教授の研究人生における経験と専門性について積極的な評価を行ったか。否である。こうして我々が至らないからこそ、STAP事件は悲劇で終わったのではないか。

反原発運動の失敗
原発・放射線は本来は科学的事実に基づいた社会的議論を行うべき問題であることは自明だろう。だというのに、反原発も原発推進運動も、科学よりも立場を重視し、あまりにも為にする言論を多用し過ぎたように見える。この不毛な争いのあとに残ったのは人々の不信とニヒリズムという荒れ地である。

しかしそれにしても脱被曝という放射線被曝の危険性を過剰なまでに唱える一部の反原発運動が流言・デマに頼ったことは目に余った。運動が自分たちの望むことを言ってくれる偽りの「真実を語る人」たちに頼ることで迷走をはじめた。そして本来力になったはずの良心的な科学者を御用学者として排斥する運動まではじめたときに、正しい科学知識による言論の修正の可能性は閉ざされた。

さらに脱被曝系の反原発運動は、反ワクチン運動など非科学的な態度で科学に基づく医学を否定する反近代医学に接近し、偽りの左翼の仮面をかぶりつつも反科学・反近代の姿勢に傾斜していった。

問題はそれだけではなかろう。脱被曝系反原発運動は非科学的根拠で避難を叫んでも現在福島にいる住民を具体的に助ける努力はしなかった。それどころか差別意識を隠さない葬式デモを許した。偽りの「真実を語る人」たちが煽った瓦礫受け入れ反対運動という、科学的根拠がないだけではなく、穢れ意識に基づいた差別を助長する運動に肩入れした。党派をこえた近代的な連帯をする努力もしなければ、困ったときには助けあうという日本の伝統的な形での連帯の意識すらなかった。

そして、脱被曝系反原発運動を支持するひとのなかに、自分さえ逃げ切ればいいという現在の日本の中流階級に多々見られるエゴイズムが垣間見えたときに、反原発運動はまとめて幅広い支持を失ったのではないか。この反原発運動の失敗がゆえに日本社会は原発再稼働へ、政治的にはより右へと舵を切ることになったのではないか。

専門性とは何か
ここで反原発運動にみられた放射線問題における混乱は、緻密さをめぐるSTAP論文検証と表裏の関係にある。

まずは原発事故そのもので科学政策への不信が高まったあと、科学者・専門家を御用学者として切り捨てる運動が盛んになったことで、専門家への信頼が決定的に毀損した。その中で、緻密な作業そのものは全体像を知らなくても可能であるため、枝葉末節の論文の切れ端を覚えてそれで分野全体を理解したような気になった者を多々見かけるようになった。

枝葉末節は断片以上のものではない。どんなに断片で博学になっても、原則から理解して理論と実践を知るものにはかなわない。だから断片的知識から頓珍漢なトンデモ言説を吹聴してまわっても、科学的事実は歴史の上で動かないし、世界は日本語の言論とは無縁で進行していく。そして日本だけが取り残されていく。

実は科学者になるためには、頭の良さよりもむしろ長期間問題意識を継続できるかが重要である。ようするに同じことを10年、20年と続けて毎日必死で考えられるかどうかが大事なのだ。

そうして長年考え続けることではじめて細部の微妙な色合いから分野の鳥瞰図まで見通せるようになり、底辺を流れる原則を会得できるものである。専門性とはそういう密度と時間で築かれている。素人の思いつきとは比ぶべくもない。この基本的なことが今の日本では忘れられているのか、あるいはまだ十分に理解されていないのだろう。

にわか発生生物学者とにわか放射線生物学者が雨のあとのキノコのように現れて、真摯に仕事をしようとする専門家を磔にする。言葉じりの細部にこだわって追放運動や死刑宣告をする。これは正常な近代社会なのだろうか。

ひょっとすると専門家への敬意などというものは最初から存在しなかったのかもしれない。存在したように見えたものは権力を持った上流階級(お上)への敬意だけだったのだろう。専門性に対する本当の敬意は、独立した個人の人格と専門性に奉じる人生の意義を認めてはじめて生まれるものなのだから。

荒れ地に水をやって木を育てるように時間をかけて、専門性への敬意・専門家としての自覚と責任の両輪を社会の中に育てていく必要があるのだろうと最近感じる。

社会のために
こうして流言・デマでも自分の立場のために許容してしまうようなだらしない日本社会だからこそ、STAPという馬鹿げた瑕疵だらけの論文騒動が笹井芳樹先生の自殺に結びついてしまったのではないか。つまり、科学者が科学を社会のものとする努力をしなかった怠慢と、科学を受験勉強で暗記する科目以上のものに捉えなかった人々の未熟さが、今の日本社会のような、科学についての理解が乏しいだけではなく、専門性についても無関心で、最低限の線引きもできないたるんだ社会を生んだのではないか。

日本社会底が抜けてタガが外れたところがあちらこちらに目立つが、こうした基本的なところから社会の中に価値観を育て、草の根から豊かにするための地道な努力が求められているのであろう。

だから、科学知識が人々の生活に深く関わっているこの複雑な世の中に生きる以上、科学者は語り続けなければならない。こうした努力がすっかり荒れ地となったこの社会をもっと豊かで強いものにするのだろうと信じて。そしてこれ以上無駄な犠牲者を出さないために。

終わりに
笹井教授が亡くなってしまって一年後のこの年末にあらためて事件を記憶にとどめるために、当時筆者が書いた追悼文を再度掲載したい。

科学者の死

たった一人の男の死体に ごそごそと群がった人々は

殺したのは誰? と口々に騒いだ。

僕が自分で殺したのだと 死体の君は か細い声で言った

その瞬間、ここぞとばかりに 

息の荒いため息と シャッター音が

やかましく鳴り響いた。

挫折を知らなかったからね、と羨んだ声が言った

最近疲れていたようだから、と物知りぶりな声が付け加えた

我々の行動のせいだったかもしれないね、と神妙な声が反論した

しかし皆がしめしあわせたように 乾いた目で無理に口元だけへの字に結んでいた

必死で笑みを 抑えるかのように

そして彼らはそそくさと 次の獲物を探しに出かけた。

しかし 私は知っている

科学者の君は 殺されたのだ。

君はどこまでも長く真っ暗な科学の回廊を歩き続け

六道を渡り 修羅の世界を生き抜いてきた

いったい世の中の幾人に これだけのことができるか?

だから私は知っている 

君を殺すことができたのは 弱いもの以外にはありえないと。

危険が迫ったとき 皆、逃げ足だけは早かった。

口ごもった無意味な呟きが飛び交い

ある者は 言葉の剣に頼り

また別の者は 責任は無いといいながら雲隠れした

詭弁を弄すことを厭わず、理性が無いことを恥じないものは 見境なく逃げた

皆自分が助かることしか考えなかった。

そして君は陸の孤島に残った。

それはたった一人の科学者としての宿命だったのかもしれない

草一本すら生えない 荒野の中で

全ての人の内なる敵に 君は一人きりで臨んだ。

この狂った社会では

目を見開いてなお正気でいることは あまりに難しい

知性の光は 蒙昧の暗がりに隠れ

科学の力は 迷信の網に絡めとられ

人間の誇りと尊厳は あざ笑いの音にかき消される。

君は死んだ。

優秀な頭脳が 低劣な情念に破れた。

これは 一人の科学者の敗北ではない

科学者そのものの敗北であり 理性の感情に対する敗北だ。

しかしそれでも この戦いは終わらない。

君がこうして殺されたことを 私たちは忘れない。

理性が感情に打ち勝ち

知性が蒙昧を晴らし

科学が迷信を一掃し

人間の誇りと尊厳を取り戻し 下劣な笑いが恥じ入って消えるまで

私たちは 戦いをやめない。

追悼 笹井芳樹先生に捧ぐ
(2014年8月7日掲載の筆者記事より転載)

<参考リンク>

■ある日突然皮膚から血が滲み出す現象に、「私もあった」との声が!〜詳細な医学的調査を求めます
http://blog.goo.ne.jp/ueda01/e/82214ec2b34a581a8abbda3ab4c6b57d


■<被曝症>東京出身の新社会主義者で反原発の古井丸 友宏さん「皮膚から血が出る現象は私にもあります。」
http://www.asyura2.com/15/genpatu43/msg/838.html


■琉球大学の大瀧丈二准教授が放射線でチョウの奇形が発生と発表されていますが・・・・・
http://www.asyura2.com/14/genpatu38/msg/253.html


■<学者が一番政治的>原子力規制委員会に潜む活動家? 規制委員会の「ガラパゴス学者」たち
http://www.asyura2.com/15/genpatu43/msg/121.html  

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コメント
 
1. 2015年12月26日 11:01:19 : lv7vbj53vM : R5TUbJyqZ1g[142]
この小野昌弘という人は、全く科学的な思考ができないようだ。
これで医学者か?

ありもしない被曝と言ってるが、その科学的証拠はどこにあるのか?

こんな恥かしい文章を書くのも恥かしいが、それを引用する人間も恥かしい。


2. 2015年12月26日 12:25:49 : ZsvPKMyags : BmefFwWsZIE[2]
ありもしない「被爆」なら、4153と在特会が福島浜通りに引っ越しして、

自分の身体で安全を実証すればいいだけのこと。

ごちゃごちゃ書いてないで、すぐに始めろ。


3. 2015年12月26日 13:03:25 : a91qS5sclZ : b0a0oEElZ8o[1]
再生医療の現場で現在一番注目されているiPS細胞ですが、
その実用化を加速させるiPS細胞自動培養ロボットを開発した
http://www.tbs.co.jp/yumetobi-plus/backnumber/20130203.html
という川崎重工業株式会社 システム技術開発センター/中嶋勝己も、
部下をうつ状態に追い込みうつで休んでる際に
夢の扉で、「病気の人のためになりたい」などと言う偽善者で
装置も未完成のまま結局、関連会社に左遷されている。

4. 2015年12月26日 13:05:09 : E4bT3Bpr2w : ax@JPZgcxkw[19]

>原発・放射線をめぐる問題で、反原発運動のために科学から程遠い流言・デマを基に頼ることを許すようなだらしない日本社会であったからこそ、STAPという馬鹿げた瑕疵だらけの論文騒動が笹井芳樹先生の自殺に結びついてしまったのではないか。

この点に関しては完全に同意するね。笹井さんは、ES細胞から脳の視床下部を作り(2008)、大脳皮質を作り(2008)、脳下垂体を作り(2011)、網膜を作った(2011、2012)。あの人の自殺は非常な損失だった。生きていれば、将来、多くの人を救ったはずだ。無知蒙昧が多いからあんなことになるんだよ。


5. 2015年12月26日 15:02:10 : isZHngUcgI : JDmm9MbfKj8[11]
最近の原発関係では 本当等としか思えないデマがある 公開された米国機密文書にF1 4号炉の使用すみ燃料プールでは燃料がずつ燃えていて2011年3月20日くらいには全部燃えて空気中に飛散したとありますが 米国のでっち上げでしょうね さもなきゃ みんな吸い込んでますもん プルト君やウランちゃんを 死ぬまでは時間掛かるだろうけど
http://www.asyura2.com/15/genpatu44/msg/545.html
あと東電の発表で3号炉は爆発後格納容器にデカ穴が開いで外界とつながったとありましたがこれって素蒸気爆発で蓋が飛んで中身ぶちまけたようですけど 東電も冗談がお好きらしい ほんとだったら関東エリヤまでやばい金属で汚染されることになりますもの どう思いますか
http://www.asyura2.com/15/genpatu44/msg/530.html

6. 2015年12月26日 16:45:30 : GS8s88ILlY : tgBEUwfpmag[3]
稀代な悪文だから、途中で読む気を失くした。(以下、読んだ部分のみのコメント。)

福島原発事故とSTAP細胞を結びつけるのは、「荒唐無稽」。

ツイートに「ありもしない被曝」とあるけれど、この先生の脳内では、福島原発事故は無かったことになっているのか?

この先生には、是非、福島第一原発に留まって、その「ありもしない被曝」を、己が身体で、科学的に実証してもらいたい。

さてイギリスの科学雑誌「ネイチャー」に、STAP細胞と同じような、分化細胞から発生し、多分化能力のある幹細胞如き存在が、明らかにされた。

>Characterization of an Injury Induced Population of Muscle-Derived Stem Cell-Like Cells

http://www.nature.com/articles/srep17355

損傷したマウスの骨格筋で発見された幹細胞似の細胞を研究者は、「損傷筋由来幹細胞似細胞(injury induced muscle-derived stem cell-like cells )と呼んでいる。

小保方さんに関して特筆すべきは、参考論文として、小保方論文が挙げられていることだ。(東北大の黒田教授の論文も挙げられている。)

>13.Obokata, H. et al. The potential of stem cells in adult tissues representative of the three germ layers. Tissue Eng Part A 17, 607–615 (2011).

この先生の記事の日付は、昨日(12月25日)のものだ。

イギリスの科学雑誌「ネイチャー」に、上に挙げた論文が公表されたのは、11月27日だ。

専門が違うのかもしれないが、STAP細胞について一文を物す記事ならば、当然、「ネイチャー」の、この論文は、その視野に含まれていなければならない。

その意味でも、記事は、非常に迂闊なものだ。


7. 2015年12月26日 19:01:34 : U0wdOIVPEY : JGUkbnB11xA[4]
 俺は物心ついて50年ほど経つが、問題意識のない人のタイプが解ってきた。生活が安定していて将来の不安が微塵も無い。これらの人間は自ら意見を発信しようとはしないのが特徴的だ。
 
 ゴミは明らかに雇われていると、確信する。相手にするな!!!

 もちろん俺は、本文を読んでないぞ。


8. 2015年12月26日 23:41:46 : 2YfTaFlmII : lZt3nZ9PSr8[1]
まずタイトルで笑わせてくれてありがとう。
毎回突っ込みどころは多々あるけれど、4153君、いつまで人の褌で相撲をとるのだい。
あなたの言葉はどこ?語るべき所がここしかないなら、なぜ自分の言葉で語らないの?
これだけ投稿されているあなたであるなら、あなたである故にすばらしい理由も見たいけれども。こちらが生きているうちに本領を発揮してくれたらありがたい。
空しい引用ばかりで、あなたがつまらない人に見えるのを至極残念に思う。
人生は短いというのに。



9. 2015年12月27日 04:23:04 : lv7vbj53vM : R5TUbJyqZ1g[143]
>>8
4153番にはものごとを考えたり、それを文章にまとめたりする能力はありません。
他人のツイートや記事のコピペに、せいぜい1行加えることしかできません。

その程度の能力しかないので工作員をやっているのです。


10. 2015年12月27日 12:39:43 : qcVF2FPTd2 : qHGMjh4R_UM[3]
さすがに「ありもしない「被爆」」には疑問のコメントが載っているねえ。

study2007さんの「見捨てられた初期被爆」や
牧野淳一郎の「被爆評価と科学的方法」
は参考になる。


11. 佐助[3121] jbKPlQ 2015年12月27日 13:53:56 : QXWXtKzZVU : KMxE_bHF90o[144]
原発・放射線問題の混乱とSTAP事件に関連はない,結びつけるのは話題性だけ

STAP細胞は科学の常識を反転させることに失敗した。しかも自殺は抗精神病薬の副作用による陰性症状の悪化による自殺願望である。結びつけてはならない。

原発・放射線問題は,物理学は分子レベルでは共鳴共振により、物質に腐食・穿孔・発熱することを無視した。しかも冷やせば放射能漏れも高温発熱も低下するという想定は、原子物理学の幻覚。そして物理学は、電子と原子(陽子)と分子が一万倍もサイズが異なり 独立した法則と定理をもつのに、統一された法則と原理しかないというドグマに支配されている。本当に安全な原発設計のためにも、現代物理学を支配しているパラダイム(世界観)の誤りをシッカリ認識する必要がある。

1870 年代、物理学は原子(陽子)レベルで素晴らしい成果をあげる。それは、メンデレーエフノ「周期律表」とよばれ、未知の原子が予言発見される。そして80 年後には、地球と人類を破壊可能な原子爆弾を完成させた。この成果に、万学は物理学の原子「周期律表」のように、正確に予測できる学問体系をめざして努力する。しかし、物理学でさえも、原子レベルで発見された法則と原理を、他のレベルに押しつけたために、ついには、自然現象は不確定性(あいまい・確率)が原理だという結論が支配されてしまった。

そして電子・原子・分子ごとに独立した法則と原理をもつのに、原子レベルの法則と原理だけで解釈していることが、3・11 のフクシマ原発悲劇の根因である。

原発は沢山の陽子を核にもつ原子は、電子を激突させなくても自然崩壊し他の原子となる。ウラニウムは自然崩壊しセシウムとプルトニウムになる。電子を激突させると崩壊は加速され原子爆弾のように大量に殺傷破壊させる。だから、原発の燃料棒は濃縮されたままのウラニウムは使用されず、自然崩壊を遅延させるため混ぜ物にしている。

だから、混ぜ物を結合させる水素が発生するため、水素爆発や高温の熱での蒸気爆発が避けられない。そのため、原発設計は緊急時、水素や蒸気を逃がすように設計されている。そこで原発は、水素や蒸気を逃がし爆発を防ぐため、水素や蒸気に含まれた放射能を放出する。爆発に早く気づき、放出が少量なら、巨大な大気に放出薄められバレることはない。もしもバレたら「致死量以下だから安心」と逃げる。

こうして、放射能を含む水素や蒸気漏れが避けられない原発の設計の隠れて見えなかった危険性が、3・11 の地震と津波によって、露呈されたのである。

ウラニウムが自己崩壊して発生させる電子の放射線量は多いため発熱量は高くなる。自己崩壊しても、高い放射線量をもつセシウムやプルトニウムに分裂誕生する。ナゼもっと低い発熱量を放射する原子を燃料棒に採用しないのか?それは、濃縮されたウラニウムやプルトニウムなら、スグに原爆を作成できるからだ。米国の核の傘の同盟国で原発稼働国は、米国に最新兵器をねだって断わられたら「原爆保有国になる」と脅迫したとマスコミに自慢している。

使用ズミの核燃料処理も考えずに各国が原発計画する最大の理由は何か?それは核拡散防止条約さえなければ、ただちに核の均衡防衛策に切替えられるからだ。しかもインドに新幹線というエサで吊り上げ,沖縄辺野古に核武装基地をつくる計画がすでにバレている。

3・11 の原発大事故の水素や蒸気爆発と放射漏れを、地震と津波の天災のセイにしているため見えない。直接浴びれば致死量の放射能を、巨大な大気と海にタレ流しているのに容認されている。マズ、水をかけ炉心温度と放射能度を下げて廃炉にする「冷温停止」の希望的計画が優先されているからだ。


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