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<コラム>なぜ台湾人は中国に反感を覚え、日本に親しみを持つのか、その歴史を探る
http://www.asyura2.com/16/asia20/msg/323.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 5 月 21 日 23:14:30: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

20日、台湾独立を標榜する民進党、蔡英文氏の総統就任式が行われ、新政権が始動した台湾。蒋介石時代の台湾はどうだったのだろうか?写真は台湾・中正記念堂にある蒋介石の関連資料。


<コラム>なぜ台湾人は中国に反感を覚え、日本に親しみを持つのか、その歴史を探る
http://www.recordchina.co.jp/a139116.html
2016年5月21日(土) 13時0分


2016年5月20日、台湾独立を標榜する民進党、蔡英文氏の総統就任式が行われた。前回8年前の民進党・陳水扁政権では少数与党ということで法案審議等苦労を強いられたが、今回は議会でも民進党が単独過半数を獲得、正に民進党の天下となった。民進党員やその支持者にとっては感無量なるものがあろう。

1949年、毛沢東率いる中国共産党との戦いに敗れた蒋介石国民党軍は、日本が太平洋戦争で敗れ、統治領有権を放棄し空白となった台湾に逃げ込んだ。当時の国民党軍の姿は、将校級は別として、いかにも敗残兵というに相応しく、その身なりや質、教養等において50年余りの日本統治によりある程度の文化、生活レベルに達していた台湾の人々を驚かせたという。

水道の蛇口をひねるだけで水が出てくることに驚き、感動した兵士達は金物屋に殺到。水道の蛇口を買い求めては家の壁という壁にそれを突っ込み、蛇口の栓をひねり水が出て来ないことにクレームを付けた、という始末。中国本土の貧しい農村から徴兵された無学の若者にとって当時の台湾の高文化度は驚きの連続であったといえよう。軍の規律統制も十分ではなく、略奪等犯罪行為は日常茶飯事となり、台湾の人々の反感を買ったのは言うまでもない。勿論、日本統治に反発を覚える台湾の人々もかなりいたと思われるが、この頃の国民党よりマシ、と感じたという。1970年代でも、素養の悪い若者は「日本教育を受けていないからねぇ」等と言われたものである。

蒋介石は戒厳令を出し、徴兵制を敷き、“大陸反攻”を唱えた。「明日から日本語禁止…、と言われたって我々は中国語なんて解らん。九州の人に明日から日本語禁止、中国語で喋れ!なんて言ったら九州の人はどう思うか!」。当時の数多くの年配台湾人の感情である。

台湾人新兵で“大陸反攻”を目指すも、「我々の故郷は台湾で、何故わざわざ大陸に攻め入らねばならないのだ…」と軍の士気は上がらず、下手に武器弾薬を持たせると、どちらに向けて撃ち出すかわからぬというわけで、国民党軍幹部は頭を痛めたという。第一、浙江訛りの強い蒋介石の演説は、軍幹部でも余りよく解らなかった、という話もあった。かくて、蒋介石の“大陸反攻”は実現できなかった、という。

蒋介石と共に大陸から台湾に来た人々は「外地人(外省人)」、それ以前からの台湾居住者は「本地人(本省人)」、そして山間部に多く住む高砂族等少数民族の人々を「山地人」と区別されることがあるが、長きにわたり日本人の台湾山間部行きは制限され「入山許可証」等特別許可の取得が義務付けられていた。少数民族といっても種族は多く、当時彼ら種族間の共通語は日本語であった為、国民党政権は日本人と「山地人」の接触、謀議を恐れ、日本人の台湾山間部行きを制限したと言われる。

蒋介石及びその子息の蒋経国時代の台湾での国民党は、中国共産党(中共党)とは全く相容れず「共匪」と呼び敵対していたが、今では国民党と言えば中共党との融和を目指し、中共党に反発するのはむしろ民進党と言われる様になった。以前ならば、国民党の支持者の多くは外省人及びその子孫、一方民進党は本省人が多く、比較的解りやすい支持構成であったが、現在の台湾では、外省人をも含め「私は中国人ではなく台湾人」と言う様になり、支持層の区別がつかなくなっている。時代の流れであろうか。今の台湾の政情を見て蒋介石はどう思うであろうか。

■筆者プロフィール:岡田郁富
長年日本の大手総合商社にて中国ビジネスに携わり、機械、プラント類の輸出をはじめ中国現法の責任者として数多くの対中投資案件を手掛け、商社退職後は主として中小企業向けに中国ビジネスアドバイザーを務める。ビジネスでの往来や長期滞在等を含め50年程に渡り中国関連に係り、豊富な経験を持つ。
 

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コメント
 
1. 2016年5月22日 01:11:31 : mfD4qekYtY : 0x@kQowQ2dA[2]
日清戦争により台湾は日本に割譲された。つまり、もともと中国のもの。
蒋介石は、中国正統の政府が台湾にある中華民国としていた。つまり、中国はひとつ。
確かに、歴史の流れの中で台湾住民が台湾の独自性をもち、独立志向に向かう気持ちもわかる。ならば、北方領土だって戦後の70年にもなる歴史の中で、日本とはもう違うと住民は思うでしょう。
あちら立てれば、こちら立たず。

2. 2016年5月22日 05:40:20 : EYCSp0M8Tw : qnio2lBwNco[87]
八重山島民遭難事件の際に、清は台湾を化外の地(俺んとこの領土じゃねえから責任負えねえ)と言ったから、日本は台湾出兵した。
いわば「無主の地」を接収しただけである。

3. 2016年5月22日 06:34:28 : KzvqvqZdMU : OureYyu9fng[-51]
>日清戦争により台湾は日本に割譲された。つまり、もともと中国のもの。

中国のものではなく、清朝のもの。

モンゴルもチベットも西域も 中国の物であったことはない、清朝のものであった
ことはある。(清朝は中国人の国家ではない)




[32初期非表示理由]:担当:アラシコメントが多いので全部処理

4. 忍穂耳の垢[427] lEWV5I6ogsyNQw 2016年5月22日 20:27:38 : DNMLzL2xcA : qAyoHVeQfwc[5]
大陸系の情報に飲み込まれている方々は、けっして語らぬ視点だが‥
親しみを持つのは、同じ系統の価値観を感じるから、つまり共感があるゆえ。

中国大陸の東の海浜から、島々は「夷」人の血が濃い。いわば親戚筋。
国家という頭でこしらえた理屈で国境線を引いても、太古からの民族の風は変わらない。

もちろん、大陸から政争で逃げ込んだ連中は別だが。


5. 大和狼[517] keWYYZhU 2016年5月23日 10:53:17 : C8517zQn0I : witSaiyc6QA[3]
台湾は中国とは関係なく暮らして来た所だろ。
人情も人種も心情も日本と変わらない。
日本と緩やかな合邦、又は連邦国として兄弟国家となればいい。


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