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バブルとは何だったのか? 伝説的記者の総括とアベノミクスへの警告 日本の失敗はここから始まった(現代ビジネス)
http://www.asyura2.com/16/hasan116/msg/155.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 11 月 25 日 09:19:45: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 


バブルとは何だったのか? 伝説的記者の総括とアベノミクスへの警告 日本の失敗はここから始まった
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50281
2016.11.24 伊藤 博敏 ジャーナリスト 現代ビジネス


■バブルとは何だったのか

株が急落した1989年をバブル時代の崩壊と位置づければ、すでに四半世紀以上が経過した。過ぎ去ってしまえば「過去」だが、東京23区の土地の値段が全米全土に匹敵するような並外れた信用創造の破壊は凄まじく、日本は一過性の過去に終わらない「失われた20年」を経験する。

そのバブル時代を、我々は反省のうえで検証しきっていない――。そう断じて筆を取ったのが、日本経済新聞記者OBの永野健二氏である。

1949年生まれ。京都大学法学部を卒業して日経に入社し、証券部記者、編集委員、日経ビジネス、日経MJ各編集長などを務め、経営サイドに身を置いてからは、大阪本社代表、名古屋支社代表、BSジャパン代表などを歴任した。

その永野氏が著した『バブル 日本迷走の原点』。本人が「あとがき」で、「永野さんは、1987年から92年の5年間はいい記者でしたね」と、後輩から“大変失礼”な問いかけを受けたというエピソードを紹介しているように、確かにバブル期、「日経の永野」は、エスタブリッシュにもバブル紳士にも軸足を置きつつ、時代の流れを見逃さず、スクープも放てば、洞察力に優れた解説も書く事のできる辣腕記者として知られていた。

同じ時代に、フリーライターとしてバブル経済の取材を続けていた私は、後述するひょんなきっかけからその謦咳に接することができたのだが、その永野氏にとって、既存の「バブル検証本」は、物足りないものが多かったという。

<それは、銀行の救済策であったり、金融政策をめぐる成功・失敗の評価であったり、バブルを事務的に、あるいは事後的に、あるいは外側から見ているものが多いような気がしたからだ。隔靴掻痒なのである>

              
              11月18日に発売された『バブル』。各方面で話題になっている

株や土地など特定の資産が、実態から掛け離れて上昇するバブル経済は、世界のいたるところで発生、同じような様相を呈するものの、その背景は、その国の文化・歴史と複雑にからみ合いながら生じるだけに、それぞれに異なるという。

では、80年代後半、日本に生じたバブルは何だったのか――。

永野氏は、それを戦後の復興と高度経済成長を支えた日本独自の経済システムを知ることなしには理解できないといい、そのシステムを「渋沢資本主義」という自らが作り出した造語で説明する。渋沢とは、日本の資本主義の父、渋沢栄一のことである。

<渋沢資本主義とは、資本主義の強欲さを日本的に抑制しつつ、海外からの激しい資本と文化の攻勢をさばく、日本独自のエリートシステムだった>

このシステムは、戦後復興を支え、高度経済成長期には、大蔵(省)、興銀(日本興業銀行)、新日鉄(新日本製鉄)のエリートたちが、日本経済の司令塔となって牽引、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を謳歌した。

だが、80年代後半、耐用年数を過ぎて機能しなくなり、エリートたちがグローバル化と金融自由化の波に乗り遅れ、構造改革に取り組まず、残された力を土地と株に振り向けた結果、生じたのがバブルだった。

永野氏は、バブル生成から崩壊までのドラマを、為すすべもなく指をくわえていた政界、見通しの甘さを晒した官民エコノミスト、無責任に終始して「いいとこ取り」だけは熱心だった官僚や金融エリート、といった各層に幅広く取材しつつ、そのバブルに踊った成り上がり者たちにも目を向け、実相を探った。


■アベノミクスにも警鐘を鳴らす

「あなたは、日経の永野さんに会うべきだ」

私にこう勧めたのは、本書で「住友銀行の大罪はイトマン事件か小谷問題か」と、一項を割いて紹介しているバブル紳士・小谷光浩氏の側近だった。

小谷氏といえば、「1日に2000億円を動かす謎の相場師」といわれた仕手筋で、当時は、国際航業、蛇の目ミシン工業、藤田観光など多くの上場企業の株を買い占め、経営にも参加、一世を風靡した。

私は、今もその側近とつきあっているのだが、彼の言わんとすることは、永野氏に会って納得できた。「仕手戦支える大銀行」というタイトルで永野氏が1面企画の記事を書き、「私の心のふるさとは住友銀行だ」という小谷氏の言葉を紹介しているのが、89年6月22日付なのでその前後のことだ。6つ年上の永野氏は脂が乗り切り、自信に満ちていた。

金融界にも金融事情にも通じて博識。しかも小谷氏のような仕手筋にも近づき信頼を得ている。

そのうえで、小谷氏が何社もの上場企業を脅かす存在となった背景を、長い時間軸のなかで位置づけ、“役割”を探る柔軟な発想と、思考能力を持っていた。さらに魅力的だったのは饒舌で話題が豊富なこと。一緒にいて飽きることがなかった。

第3章「狂乱」のなかで、永野氏は小谷氏の他、日本長期信用銀行破綻の原因を作った高橋治則、不動産王と言われたこともある麻生建物の渡辺喜太郎、流通業再編を仕掛けた秀和の小林茂といったバブル紳士たちを解説しているが、ちょうど同じ89年、私は、写真誌『FRIDAY』に「金満ニッポンに蠢く『怪人物』列伝」を11回にわたり連載していた。

まったく同じ、小谷、高橋、渡辺、小林氏らを取り上げている時だっただけに、永野氏の「俯瞰する眼」と「時代性を探る思考」は刺激的で、以降、私は、勝手に「師匠」と呼び、不肖の弟子のつもりである。

バブルを描き切った永野氏は、今、バブルを演出するようなアベノミクスに批判的だ。市場を長期的にコントロールすることなどできないから、というのがその理由で、<安倍総理の大見得には、(権力者にとって必要な)「謙虚さ」が不足していた>と書く。

「失われた20年」を経て、日本が「渋沢資本主義」から脱して、冷徹な金融資本主義の荒波に漕ぎ出したかといえば、必ずしもそうではない。いまだに規制と既得権益の残ったダブルスタンダードを続けており、アベノミクスの危うさは第三の矢を「旧」も「新」も放てないことにある。

そんな時、日本の現状をどうネーミングしてどんな処方箋を書けばいいのか。これからの「師匠」の役割は、そこにある。




 

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コメント
 
1. 中川隆[5129] koaQ7Jey 2016年11月25日 10:48:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5562]
>エリートたちがグローバル化と金融自由化の波に乗り遅れ、構造改革に取り組まず、残された力を土地と株に振り向けた結果、生じたのがバブルだった。


このバカはバブルがどういうものか全然わかってないんだ

何も知らないアホに平成バブルの真相を教えてやるよ


その昔、日本は国民総ででバブルに踊った時代がありますたね。
バブルを起こして潰す。奴らの詐欺手口の最たるものですた。
バブルがはじけて今では失われた10年と言われていますが、今だに日本経済はその後遺症を引きずっています。自殺者はバブル崩壊から毎年3万人。今だにその数は変わっていません。

その手口を見れば分かるのですがいつもワンパターンです。
最初は甘い話でカモを釣る。こうやれば儲かりますよ。おいしい話でカモを誘います。

そしてころ合いを見計らって真っ逆さまに突き落とす。詐欺師の典型的なパターンです。

最初に奴らはバカスカ札束を刷って、バブルを引き起こす。銀行は貸して貸して貸しまくる。株に投資すれば儲かるよ。土地を買えば儲かるよ。そしてカモが罠にかかったころ合いで急に蛇口を閉める。貸し渋りをやるわけです。
これをやられたら投資家はいきなり資金難に陥ります。そして、資金難に陥ったカモ達から担保として株、土地、あらゆる資産を奪い取るのです。昔からやっていることは同じです。
いい加減気付いたらどうかと思うのですが、今だに引っ掛かっている人がいます。

その当時の日銀総裁であった澄田智(すみださとし)と言う方をご存じでしょうか。日銀退官後は日本ユニセフ協会の会長などをやっていた方です。

澄田さんがバブル潰しの張本人と言われています。
プラザ合意以降、5%だった金利を2.5%に下げ、銀行は貸して貸して貸しまくった。その当時は、黙ってても銀行が頭を下げて貸しに来たという話は誰でも覚えているはずです。そういうジャブジャブ溢れた資金が株や不動産に流れ込んだ。借金しても金利は安いし土地や株を買えば値上がりするしで猛烈なバブルが起きたのですた。

そしてバブルが膨らみきったころ合いを図って、澄田さんはいきなり公定歩合を8%、長期金利は 10%まで引き揚げた。蛇口を閉めたのですた。借金すると金利が高い。値下がりリスクのある株や不動産よりも安全な銀行預金の方が良いということで投資家は一斉に株と不動産から資金を引き上げた。土地や株は一気に値下がり=バブル崩壊と言われています。

バカスカ金を貸し出して狂乱状態を作ってからブルを破裂させる。
その後には膨大な焼け野原、不良債権の山だけが残る。
それを二束三文で奴らが買い叩く。
昔からの手口。ばればれの三文シナリオだったのですた。

さて、それにしても、そのバブル潰しの張本人澄田さんはどのような経歴の持ち主だったのでしょうか。
澄田さんと言えばフランスに留学した留学組で、その後ベルギー大使館、フランス大使館の一等書記官からキャリアをスタートしたエリート官僚ですた。
そしてその後は、順調に大蔵省で出世して日銀総裁になっています。
澄田さんとフランス財界のつながりはお父様の代から囁かれていますた。


澄田智さんは、日銀総裁を辞めた後、ロス茶イルドフランスの旗艦、投資銀行ラザール・不レールに最高顧問として天下りしています。
ちっとはカモフラージュでもして隠せと思うのですが、親子二代に渡って奴らの充実な部下だったという、そのまんまの経歴の持ち主ですた。
http://goldentamatama.blog84.fc2.com/

1929年10月24日、ニューヨーク・ウォール街では、世界大恐慌の引き金となって、株式大暴落が起こりました。そして、あれから60年後、今度は日本を叩き潰す為に、1990年2月、巨大な経済の逆回転が始まり、平成バブル経済が崩壊しました。
 平成バブルが崩壊するバブル・ピーク時、CIA(Central Intelligence Agency/アメリカ大統領直属の中央情報局)は、ベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦後の次の敵は、日本だと考え始めていました。

事実、1989年秋から始まった、アメリカ系証券会社の株価動向は不気味な動きをし始めました。バブルと、その崩壊に携わったのは、ユダヤ系の金融機関であるソロモン・ブラザーズ(現在のソロモン・スミスバーニー)という証券会社でした。

 ソロモン・ブラザーズは資本主義の歴史に詳しく、また日本の昭和初期の経済にも精通していて、1989年11月、ニューヨークで「日経平均株価が大暴落したら大儲け」という『プット・ワラント』のデリバティブ商品を機関投資家や大口投資家に大量に売り始めたのでした。それ以来、ソロモン・ブラザーズが中心になって、債券、為替、株価のトリプル安が始まります。これがバブル崩壊の裏側に隠れたメカニズムだったのです。

 バブル崩壊のシナリオは、どのようにして仕組まれたのか、その筋書きを追ってみましましょう。

 バブル絶頂期は、1989年にそのピークを迎え、株価は天井でした。この時、多くの日本人は、株価の高騰(こうとう)並びに地下の高騰に、湧きに湧き、怕(こわ)いもの知らずで、日本の投機家達は今迄になく傲慢(ごうまん)になっていました。そしてこの頃、事実CIAは、アメリカの敵は日本であると考え始めていました。

 CIA経済部門のスペシャリスト達は、アメリカ系証券会社のソロモン・ブラザーズ(現在はソロモン・スミスバーニー)と手を組み、日本経済の崩壊作戦に向けて本格的に動き出しました。これが今日の不況を長引かせる要因を作ったのです。これが日本株式市場に於ける下落のシナリオ「バブル崩壊作戦」でした。


ソロモン・ブラザーズは、1989年当時の沸き立つような好景気も、60年前のアメリカ・ニューヨーク.ウォール街での大恐慌と同一のものであると、そのバブル崩壊を予測したのです。

 かつて、国際金融資本の総帥・ロスチャイルドの配下であったロックフェラーやデュポン(世界最大の化学メーカー)らは、この大恐慌を利用して天文学的な巨富を手にしていました。ソロモン・ブラザーズはこれに因(ちな)み、バブル崩壊を企てる研究に取りかかったのです。
 「どうしたら一儲けできるか」からはじまり、「どうしたら日本経済を徹底的に叩く事が出来るか」という結論を導き出し、日本経済崩壊に向けて模索し始めたのです。

 60年前のウォール街での「暗黒の木曜日」の立役者は、国際金融資本の総帥・ロスチャイルドの息の掛かる東部のエスタブリュシュメント達(ロックフェラーを筆頭に、デュポン、ケネディ、オナシス、アスター、バンディ、コリンズ、フリーマン、ラッセル、ファンダイン、リー・クアンシューの超大富豪十二家)でした。
 この者達は手持ち株を売り捲り、その結果、下落に下落を重ね、二束三文になった株式を買い叩いたのです。それで巨万の富を手にしたのですが、今日とは情況が違うことに気付きます。この難題に、しばらく苦慮しますが、ついに糸口を掴んだのです。

 その糸口とは、「何が株価を暴落させる要因になるか」と言うものでした。つまり株価が暴落する切っ掛けを作ればよいのです。そして、「下落によって、下がった株で大儲けできる商品を持っていればよい」ということに行き当たったのです。それが「デリバティブ」でした。

 デリバティブとは、金融派生商品(通貨・金利・債券・株式・株価指数などの金融商品を対象とした先物取引)のことで、「先物取引」という意味合いを持っています。

次の研究課題は「どうやったら大暴落を人工的に作り出し、然(しか)も、そのタイミングに合わせて、自分達の狙うポイントに、総てを集約することが出来るか」という研究に取りかかったのです。
 人工的に大暴落を作り出す場合、60年前の大恐慌では、アメリカの大富豪達による「大量売浴せ」という手法が使われました。

 大量売浴せとは、売方が買方の買数量より、多量の売物を出して買方を圧倒し、相場を押し下げようとすることで、「売り崩し」とも言われます。
 しかし、それでは巨額な資金が必要であり、当時と違って、それほど経済構造は単純なものではなくなっていました。研究に研究を重ねた結果、巧妙(こうみょう)な手口を考え出します。

 それは、「膨らんだ風船を、更に膨らませる手口」だったのです。
 風船は、空気を送り込んで膨らませれば、それだけ膨らみますが、その実体は「バブル」です。膨らむものは、いつか破裂して、大爆発を起こす物理的法則に制約されます。経済とて、この法則下に制約されているのです。彼等はこれに気付いたのでした。

 彼等はそのシナリオを、綿密なストーリーで組み立てました。徐々に膨らみを見せる風船に、意図的に、頃合いを見計らって、更に膨らませ、次に急激に膨らませるという巧妙なストーリーを演出したのです。風船は、今まで徐々に、周囲の状態に馴染みながら膨らんでいたのですが、これに急激な吹圧を掛け、パンパンの膨張状態を作っておいて、一挙に破裂させるという巧妙な演出を画策したのでした。

 彼等は、この原理を東京株式市場に応用して、バブル崩壊を目論んだのです。
 そして彼等は「デリバティブ」という、風船を一突きにする「針」を手に入れ、膨張し過ぎて破裂状態になったところで、一突きにする演出を手がけたのでした。

1989年当時、日本人エコノミスト達は「デリバティブ」という「先物」の実体を知りませんでした。経済や金融の専門家でも、この実体が何なのか、未だに分からず仕舞いでした。またこの事が、バブル崩壊の悲劇を大きくし、当時の日本経済界は全く無防備であったと言えます。



03. 2010年1月15日 21:49:32
ソロモン・ブラザーズは裁定取引を使って、意図的に、無防備な日本経済に先制攻撃を仕掛けたのです。「梃子(てこ)の原理」(レバレッジ)を利用して、なるべく少ない資金で、効果的にバブル崩壊に導く人工爆発の状態を作り上げる研究をしたのです。次に、バブル崩壊に導く為に、彼等は日経平均の株価操作の研究に没頭しました。
 彼等は、この二つの研究から面白い現象に気付きます。それは日経平均株価(日本経済新聞社が、東京証券取引所一部上場の代表的な225銘柄について算出し、発表しているダウ式平均株価)が単純平均(相加平均のことで、算術平均ともいわれ、n個の数を加えた和をnで除して得る平均値のこと)で作られた「指数」から出来ている事と、もう一つはこれらの指数の分析から、品薄な銘柄を意図的に買うと、少ない資金で日経平均株価を持ち上げることができるという経済現象に気付いたのです。

 こうして研究の成果を、実行に移した時期が1989年の秋から冬に掛けての事でした。日経平均株価は瞬(またた)く間に膨らみ、バブルは天井へと向かっていました。
 その頃、日本の話題はベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦構造が終焉(しゅうえん)を迎えれば、世界市場に進出できる等と、日本人経営者の多くが高を括(くく)っていた頃で、日本人の思い上がりの裏側では、こうした巧妙な仕掛けが、水面下で仕掛けられていたのです。
 大蔵官僚も、エコノミストも、この仕掛けには全く気付いていなかったのです。

ソロモン・ブラザーズの真の狙い

 当時の多くの日本人投資家は、「日経平均株価は10万円に到達する」と信じて疑わない人が多くいました。誰もが強気で、今こそ、この好景気に乗って、買いに転じる時機(とき)だと確信していたのです。その結果、バブルは急速な加速度をつけて、瞬く間に膨らみ始めました。
 この時、ソロモン・ブラザーズは信じられない事をニューヨーク・ウォール街で展開していました。
 1989年11月、彼等は「東京株式大暴落の図式」に則り、『プット・ワラント』という金融派生商品を売り始めていたのです。

 『プット・ワラント』とは、「日経平均株価が大暴落したら大儲け」という新商品であり、この商品をアメリカの大口機関投資家に大量売り込みを図っていたのです。また、これには大口投資家も飛びついたのです。
 彼等の新商品に対するキャッチ・フレーズは「年末から年始に掛けて、日本の株式は大暴落するから、60年前の《1929年10月24日の暗黒の木曜日》の時と同じくらいの大儲けが出来ますよ」でした。

1990年1月2日、ニューヨーク・ウォール街では、日本とは逆に、信じられない現象が起こっていました。突然、為替が円安へと向かったのです。この円安はソロモン・ブラザーズが『プット・ワラント』販売に因(ちな)み、債券や為替や株価の「トリプル安」を企てたものでした。
 そして1月が過ぎ、2月に入り、その月は既に中旬に入っていました。この頃、日経株価はジリ安でしたが、大暴落の兆しは現われていませんでした。

 日本人はまだ、この時にも何も気付いていなかったのです。そして日本経済が、瀕死(ひんし)の重傷に陥っている自覚症状すら、エコノミスト達は感じ取ることが出来なかったのです。

 当時の政治背景としては、自民党の政治家は2月中旬の衆議院選挙で大勝したことに祝杯を上げていた頃で、政界も財界も危機管理意識はなく、全く無防備でした。
 日本人は、まさに「ライオンに、餌を差し出す為に手を伸す呑気(のんき)な兎」でした。腕ごと食いちぎられるか、体ごと丸呑みされるかの、こうした危険すら感じる事もなく、呑気な行動をとっていたのです。
 日本人投資家が、株を買いに奔走している頃、アメリカの金融の裏側ではソロモン・ブラザーズの売り攻勢が激化を極め、これまでジリ安で状態であった株価は、一挙に大暴落へと転じました。バブル崩壊の引き金はこの時に引かれたのです。

ついに1990年2月末には、膨らむだけ膨らんだバブルは、日経平均15,000円台を大幅に割れ込みました。一挙に大暴落が起こったのです。

 ソロモン・ブラザーズの秘密兵器はデリバティブでした。
 デリバティブは説明の通り、現物と先物との価格差を狙った「サヤ取り」であり、「裁定取引」と「オプション」で、日本の株価は下落したら大儲けという派生商品です。この派生商品を、至る処に仕掛けておいて、株価を自由に操ったのです。バブル崩壊の大暴落は証券会社のみならず、大蔵省までを翻弄(ほんろう)の渦に巻き込んだのです。

 この巧妙な仕掛けでソロモン・ブラザーズは、僅か三年の研究とその実行で、一兆円にも昇る莫大な利益を手にしたのです。
 そしてこの後、日本では更に悲惨な状態が続くことになります。
 日経平均株価の大暴落は、株式市場の株価下落だけに止まらず、不動産の分野にも悪影響が及びます。この悪影響は、政府が不動産融資へのマネー供給を停止するという事から始まり、今まで高騰(こうとう)を見せていた大都市の不動産の資産価値が急速に下落したことでした。

 この現象は大都会だけに止まらず、地方にまで波及していきます。不動産の資産価値が下落するとは、それを担保にしていた金融機関の担保価値も大幅に減少したということになります。こうして不良債権の波及が表面化するのです。

 これに対して政府の後手政策は、次から次へと傷口を広げ、日本の資産とマネーの急速な収縮は、今日に見る不景気と連動し始めることになります。
 昇り詰めたものは、いずれ落ちる。これは物事の道理です。この道理に随(したが)い、ソロモン・ブラザーズは、次のプロセスへと準備にかかります。

ソロモン・ブラザーズの真の目的は、ただ単に、日経平均株価を下落させて大儲けすることだけではなかったのです。彼等の真の目的は、日本人の個人金融資産の1300兆円にも上る郵貯(郵便局で取り扱う国営の貯金事業で、元金・利子の支払いは国によって保証される)の食い潰しでした。日本のエコノミスト達は、この事すらも見抜けなかったのです。

 ソロモン・ブラザーズが研究の末に計画した事は、こうした下落が生じた時、政治家はもとより、財界人を始めとして、証券会社等が「これを何とかしろ」と、政府に詰め寄り、殺到することを計算に入れていたのでした。これこそ彼等の真の目的であり、ここに「日本発世界大恐慌」を画策した真の狙いが、ここにあったのです。
http://www.daitouryu.com/iyashi/shinizama/shinizama20.html



2. 2016年11月25日 19:23:09 : 2LiKY8ftgY : PTfAaIrqs6s[206]
バブル期は 楽観論が 駆け巡り

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