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押し付け憲法論が根底から覆った報ステ報道、文春同様報ステも絶好調(まるこ姫の独り言)
http://www.asyura2.com/16/senkyo201/msg/902.html
投稿者 かさっこ地蔵 日時 2016 年 2 月 27 日 18:09:42: AtMSjtXKW4rJY gqmCs4LBgrGSbpGg
 

http://jxd12569and.cocolog-nifty.com/raihu/2016/02/post-7d87.html
2016/02/27


報ステが始まってすぐに古館が、”あっと驚くようなことが分かっ
た、憲法について特集を組む”みたいな発言をしていたので待
っていたら、本当にあっと驚く大スクープだった。

古館はキャスターとして自身の降板が決まった時から、何か吹
っ切れたのか、報道に携わる人間として国民へ、これだけは伝
えなければいけないと決心しているのか、切れ味が鋭くなってき
た。

すべての束縛から解き放たれた後の人間ほど強いものない。

テレ朝も、ガス抜きなのか3月一杯だからと思っているのか、自
由にさせているのかもしれない。

あっと驚くと言う経緯は、国会図書館で調べ物をしていたジャー
ナリスト鈴木昭典氏が積まれた段ボールの中から、半世紀前
の岸信介総理時代の”憲法調査会”の録音テープを発見したと。

それを今回公表した訳だが、そのテープは驚くべき内容だった。

終戦後、 A 級戦犯容疑者であった岸信介は総理に返り咲いた
が、占領終了5年後”憲法調査会”なるものを発足させて、平和
憲法の検証をしている。今回発掘されたのはそのテープだ。

内容は今の安倍首相が言い放つ、”みっともない憲法””押し付
けられた憲法”に言及しているのは、政治家ばかりだった。

岸総理か、安倍総理か、どちらが再現したのかと思うほど、ま
るでデジャブのように、安倍首相の言動と一致している。

やっぱり安倍首相は、祖父の岸の怨念を晴らしたいがために、
憲法改正をごり押ししているという、それ一点だ。

テープでは、よほど自分たちが公職を追放された恨みがあるの
か、政治家のほとんどは、敗戦の反省もなく新しい憲法は米国
から押し付けられたと言い募っていた。

中曽根康弘もかかわっていた。

唯一女性の評論家?が何のための敗戦だったのかと厳しい言
葉を残していたが。

戦後70年たっても国民は戦争は嫌だと思っているのに、戦後
すぐに開いた憲法調査会での政治家たちは、敗戦の反省もな
いまま、戦前に戻りたがっているのではないかと危惧するほど
暴走していた。

この人達は、国民がどれだけ辛酸を舐めたか、どれだけ辛く
苦し思いをしてきたか分かっているのだろうか。。。。

政治家の野蛮さは今も昔もそう変わらないのかもしれない。
テープでは幣原首相の肉声で、憲法に戦争放棄を盛り込むよ
うに、マッカーサーに提案している。

平和憲法は、安倍首相以下改憲派の言うように、米国に押し
付けられたものではなく、戦争放棄を当時の総理自ら申し出て
いるのだ。

もちろん短期間での新憲法作りという事で、草案の骨子は米
国が作ったかもしれないが、当時の総理自ら申し出たという事
は画期的な事実で、押し付けられた説が崩壊する。

それにしても、国民を利用して祖父の怨念を晴らそうとする安
倍のおどろおどろしい野望には驚きあきれ返る。

ここまで見果てぬ夢を追っていたとは。。。。。

隔世遺伝なのか、この祖父と孫は思考がそっくりで狂っている。


 

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コメント
 
1. 中川隆[1709] koaQ7Jey 2016年2月27日 18:44:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1635]
戦争放棄の第9条は米軍の日本の占領政策として考えたもの。

敗戦国の日本がクーデターや共産革命を起こさない様に戦力は一切持てない様にしたのさ。

占領政策は昭和天皇とマッカーサーが何回も会談を重ねて決めた

戦前も戦後も日本の外交は昭和天皇がすべて決めていたよ

戦後総理になった吉田茂も昭和天皇の指示通りに動いていたしね

東京裁判は昭和天皇の戦争犯罪を陸軍軍人にすべて肩代わりさせる目的で行った

南京大虐殺, 731部隊の人体実験とか従軍慰安婦強制連行は昭和天皇が直接指示してやらせたものだったので、東京裁判では意図的に触れない様にした

浅香宮の様な昭和天皇の虐殺指示を軍部に伝えた皇族は裁判には出さない様にした

昭和天皇は自分がアメリカとグルだったとばれない様に色々工作したのさ

東京裁判の事を検証すると天皇制を廃止せざるを得なくなるんだよ

昭和天皇とマッカーサーが一緒に写った写真は意図的に昭和天皇をみすぼらしく撮ったヤラセ写真

マッカーサーの昭和天皇との会見記も嘘八百のでっち上げ

マッカーサーは当時世界一の資産家だった昭和天皇から巨額の賄賂を貰ったという噂だよね

幣原発言を根拠に、「日本の意向で定められた」とか、「「日本の意思」がまるで入っていないかのように言う、最近の俗説」といった見解は、二重三重に誤っている。

 幣原氏が敗戦直後の45年10月に総理大臣に就任できたのも、現行憲法が公布できたのも、最終的には昭和天皇とマッカーサーの意に適っていたからである。

 現行憲法は、日本が主権を失った状態でマッカーサーから制定を求められただけでなく、手続き的に言っても、大日本帝国憲法の改正(欽定)であり、現在に至るまでその内容について国民の審判を受けたことさえない。

 憲法第9条だけの問題ではなく、主権を喪失した(日本国主権より上位に占領軍総司令官)状態で、マッカーサーが国家の有り様を規定する憲法を制定させること自体が“押しつけ”。

そもそも昭和天皇がルーズベルトに日本を占領して共産革命から守ってくれと頼んで太平洋戦争を始めたんだろ

沖縄返還の時に米軍が出て行こうとしたのを引き止めたのも昭和天皇
662投稿者:7  投稿日:2016年02月26日(金) 19時49分20秒
昭和天皇が御前会議の内容をすべてルーズベルトに伝えていたのは有名な話
つまり、真珠湾奇襲攻撃はルーズベルトが昭和天皇に指示してやらせたんだよ

そもそも当時の日本で真珠湾の事を良く知っていたのが昭和天皇だけだったというのは有名な話

アメリカは不景気対策として日本と戦争したがっていた
それで昭和天皇に命令して真珠湾を攻撃させた

宣戦布告を遅れさせたのもルーズベルトの指示だろうね

天皇が護憲派なのは、天皇一族は日本国憲法で保障された日本最大の既得権益者だから簡単に改憲される様になったら困るんだよ

そもそも米軍が東京の近くにいるのも革命から天皇一族を守る為

日本に軍隊が有るとクーデターや革命を起こして天皇一族を処刑する可能性があるので、昭和天皇は

日本が永遠に軍隊を持てなくなる様にしてくれ

とマッカーサーに頼んだのさ

それが第九条の背景


昭和天皇も今上天皇も軍人によるクーデターや革命を極度の恐れているから、日本軍を持たないで米軍に皇居の近くに駐留して天皇一族を守ってもらいたいという事さ


マサチューセッツエ大教授のジョン・Dダワーは米国の公文書館で天皇ヒロヒトの発言を見出した。


@ 天皇は「日本人の心にはいまだに封建制の残澤がたくさん残っている。それも根こそぎにするには長い時間がかかるから占領は短かすぎない方がいい」といった。

A「神道を奉じる分子とその同調書は反米的だから警戒を要する」といった、というものである。


ヒロヒトの発言は決して日本国の象徴たるものにふさわしいといえない。まさに偽帝の言というべきである。
http://www.snsi-j.jp/boards/sirogane/152.html


2. 中川隆[1710] koaQ7Jey 2016年2月27日 18:48:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1636]
9条の原点は、昭和21(1946)年2月3日、マッカーサー元帥によって示された『マッカーサー・ノート』の第二原則にあります。次のようです。
 「国の主権的権利としての戦争は、廃止する。日本は、紛争解決の手段としての戦争、および自己の安全を保持するための手段としてさえも、戦争を放棄する。日本は、その防衛と保護を、いまや世界を動かしつつある崇高な意思に委ねる。いかなる日本の陸海空軍も決して認められず、いかなる交戦者の権利も日本軍隊に決して与えられない」
 
総司令部案の変更点
 ここでとくに注意を要するのは、戦争には「紛争解決の手段としての戦争」と「自己の安全を保持するための手段としての戦争」の2種類があり、その両方とも放棄するよう『日本国憲法』に明記しなければならないと考えられていたことです。

 前者の文言は、すでに1928年の『戦争放棄に関する条約』(不戦条約)に存在していました。そしてこの規定は、自衛戦争を排除するものでないことが国際的合意となっていました。そのことを承知のうえで、「自己の安全を保持するための手段としての戦争」、すなわち自衛戦争の放棄をも憲法に加えるように求めたのです。

 ところが、連合国軍総司令部内で検討された結果、2月13日に日本側に示された『総司令部案』は、次のようになっていました。

 「国権の発動たる戦争は、廃止する。武力による威嚇または武力の行使は、他国間との紛争を解決する手段としては、永久に放棄する。陸軍、海軍、空軍その他の戦力は、決して認められることはなく、また交戦権も、国家に対して与えられることはない」

ケーディス氏の証言
 どこが違うでしょう。一番大きな違いは、「自己の安全を保持するための手段としての戦争」の部分がすっぽり削られ、新しく「武力による威嚇または武力の行使」が加えられていることです。このように変えたのは、総司令部民政局次長で『総司令部案』をとりまとめたチャールズ・ケーディス大佐です。

 私がマサチューセッツ州郊外のケーディス氏宅を訪れたのは、昭和59(1984)年11月のことです。ケーディス氏は、私に語ってくれました。

「マッカーサー・ノートにあった『自己の安全を保持するための手段としての戦争』の文言を削除したのは、それが非現実的だと考えたからです。

また当時、国連憲章で『武力による威嚇または武力の行使』(2条4項)の限定的な放棄が規定されていたので、加えたのです」
http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/tag/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E5%A4%A7%E4%BD%90


ケーディス大佐とは、チャールズ・ルイス・ケーディス(Charles Louis Kades、1906年3月12日 - 1996年6月18日)はアメリカの軍人・弁護士であり、GHQ民政局課長・次長を歴任し、日本国憲法制定に当たっては、GHQ草案作成の中心的役割を担い、戦後日本の方向性に負の大きな影響を与えた人です。

GHQは、連合国軍最高司令官総司令部(れんごうこくぐんさいこうしれいかんそうしれいぶ、聯合国軍最高司令官総司令部、連合国最高司令官総司令部)の略で、太平洋戦争(大東亜戦争)の終結に際してポツダム宣言の執行のために日本において占領政策を実施した連合国軍の機関です。


憲法9条は上に挙げた、GHQのケーディス大佐によって書かれました。

その時、39歳です。

書いたケーディス大佐が、後に、

「まだ、あの憲法9条を改正してないのは、驚きだ。」

と述べています。

また、彼は、弁護士であるけれども、日本語及び日本の法律に疎く、

「9条に
『国の交戦権はこれを認めない』
と書いてあるけれども、私は交戦権の意味がよく分かっていなかった。」
と後に述べているのです。

さらに、あほのケーディスは、

「交戦権を放棄すると、戦争ができなくなるが、それがどういうことを意味するのか、よく分かっていなかった。」
と述懐しています。


ケーディスの人間性を表すものとして、ケーディスは不倫をしています。

鳥尾敬光子爵夫人と不倫関係になり、ケーディスにも妻がいましたが、マッカーサーはケーディスのようなケースが増えないように高官に限って妻子を呼び寄せたほどです。

ケーディスの妻キャサリンは来日すると、キャサリン宛に一本の匿名電話がかかってきました。

「あなたの夫に日本人の恋人がいるのをご存知か」と。

すったもんだして結局二人は離婚しました。


そして、共産主義者として有名で、

ケーディスは帰国すると国務省のジョージ・ケナンを訪ね、こういわれます。

「あなた方は、日本を共産主義国家にしてソ連に進呈しようとしていたのだという噂もありますよね」

ケーディスは企みがあばかれ、民政局を辞任しました。

その辞任の日は、わざわざ昭和24年5月3日のGHQ憲法記念日にあわせたのです。


吉田総理はマッカーサーに

「日本を赤化させるつもりですか」
とストレートに言ったといいます。

ケーディスに対しても昭和24年1月の総選挙の勝利の後、

「Did you enjoy staying in Japan?」
と言っています。

直訳すると
日本での滞在をご堪能されましたか?

という意味ですが、
「まだ日本にいるつもりか?」
という皮肉の意味で使いました。

ケーディスが民生局を辞任した際、他にもこうも言われています。

「彼は日本人に自ら手本を示した。

空虚な理想主義者は奢りと腐敗に溺れ、自滅する、と。」

日本進駐の経験のあるロバート・アイケルバーガー(当時、陸軍中将)がコメントしました。
http://ameblo.jp/adgjmptwadgjmpuwadgjmptw/entry-11494227701.html


3. 2016年2月27日 20:13:29 : z21ZXlbTkk : kWLAeg39xdc[160]
>02
9条の原点は、昭和21(1946)年1月24日、幣原首相がマッカーサー元帥に戦争放棄戦力&不保持を発案したことにあります。というのが報道ステーションの報道内容です。具体的には中部日本新聞政治部長小山武夫氏の憲法調査会での証言テープを流すことによってそのことを報道しました。

(ちなみに以下が小山証言の内容です。

「第9条がだれによって発案されたかという問題が当時から政界の問題となっており、そこで幣原さんにオフレコ(非公表)で話を伺ったわけであります。でその、第9条の発案者という風な限定した質問に対しまして幣原さんは『それは私であります。私がマッカーサー元帥に申し上げて、そしてこういう風な第9条という条文になった』ということをはっきり申しておりました」【26分36秒〜27分10秒】 )

ですから、ケーディス発案説を主張するなら、彼が1946年1月24日以前にそれを発案したことを、実証的な根拠で示す必要があります。

それについて次の、西修さんのケーディス発案説と、それに対する古川純さんの反証を紹介します。

http://www.senshu-u.ac.jp/School/horitu/publication/hogakuronshu/98/furukawa.pdf

《紹介》
THEODORE McNELLY,
Witness to the TWENTIETH CENTURY
The Life Story of a Japan Specialist
古 川 純

P306
U. 「マクネリー説」へのコメント
(1)民政局次長で第9 条の条文に影響ある行動をとったケーディスはさまざ
まな研究者・評論家のインタビューに応じているが,彼の記憶・証言は果たして
信用できるであろうか。ケーディスは,ホイットニー民政局長とともに追放指令
の件で幣原首相宅に向かう折に,ホイットニーへ「天皇が戦争を放棄する旨の詔
書を発せられるならば,日本の国際的イメージを作り直すのに役立ち,ポツダム
宣言の実施に役立つとは考えられませんか」と示唆し,それを受けたホイットニ
ーは幣原宅を出ると きに幣原に, 「日本は天皇の詔書の形で戦争を放棄すること
を考慮したらよいのではないか」と示唆したという(ケーディス→ホイットニー
→幣原→マッカーサーという発案ラインの設定) 。 しかし幣原は何も意見を述べ
なかった。問題はこの幣原宅訪問の日付は,初めケーディスは1946年1月中旬と
していたが, マクネリー先生への書簡では1月24日の「マッカーサー・幣原会談」
の後であったということであり,またマクネリー先生の調査では追放指令に関す
る三者会談が行われたのは1月28日であるが,当日のメモには戦争放棄のことは
全く触れられていないということである。大森実『戦後秘史 5マッカーサーの憲法』
(講談社文庫, 1975) のケーディス・インタビューにによれば,ケーディ
スは「マッカーサー・ノート」をもとに第9条の文言を書いたがこの発想は1946
年1月の天皇の詔書(人間宣言の「挙ゲテ平和主義ニ徹シ」) に由来していると
思った,と述べている(250頁)ので,話が混同されていたのではなかろうか。


4. 2016年2月27日 20:15:31 : JjSQKQLkmo : 0azZlVJkxCU[6]
中川隆・・・読むに値しないね!!

5. じょんまん[356] graC5YLxgtyC8Q 2016年2月27日 21:21:59 : 5yUJTjTsnM : N6G9xx3i3bU[158]

>>1.>>2.中川隆の出鱈目な書き捨てコメントは、阿修羅閲覧者の認識・判断を撹乱・分断するためで、全く信用できないのだ(怒)

半島から潜入して撹乱・分断行為に狂奔する中川隆は、日本国民・有権者の敵である(怒)

中川隆は、日本から出て、朝鮮半島に帰れ(怒)




6. 中川隆[1712] koaQ7Jey 2016年2月27日 21:30:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1638]

幣原首相発案説というのは要するに昭和天皇からこうしろと命令されてその通りにやったという説になりますね。

唯の1政治家が自分の独断でそんな恐ろしい事を言える筈もないですから.

そして昭和天皇はマッカーサーと戦後政策について何回も会談を重ねたので両者が相談して決めたという結論にしかならないでしょう:

8. 9条に関するマッカーサーの覚書について、それが幣原喜重郎からの発案だったという説(私はそれが真相だと考えていますが)を倉山さんももちろんご存知だと思いますが、やはり否定されるお立場ですか?

 「主権国家としてあまりも恥ずかしい憲法」とは、まさしく幣原もその謗りを受けることを承知の上での提案であり、本人もまた「狂気の沙汰」との自覚があったことは、元秘書官だった平野三郎が聞き取りまとめた報告書にも記されています。

なぜあえて狂気の憲法を、マッカーサーからの命令という表向きの形をとってまで導入しようとしたのか。

もちろん天皇制の維持という目的があったこともありますが、幣原本人の世界平和実現という壮大な構想あってのことでしょう。金森徳次郎も同様のことを幣原から聞かされ口外無用と口止めされていたようです。

 もちろん、一国の首相とはいえ個人の独断で(私は昭和天皇その人の意向も加味されていると思いますが)9条のような条文を盛り込むなど常軌を逸していますが、常軌を逸した草案を真っ先に支持し徹底した改革案を作れとお命じになったのは昭和天皇でした。これにより閣議が納まったと幣原は平野に証言しています。

 もちろん、マッカーサーの議会証言、幣原の外交五十年、平野三郎の憲法調査会へ提出した報告書などに資料的価値がないと判断されればそれまでですが、少なくともアメリカが日本を奴隷国家にしようと日本国憲法を押し付けたのだ、という保守一般の考え方は卑屈に過ぎないかと私は思うのです。

Comment by 上田 勝 — 2014年5月4日(日曜日) @ 12時15分45秒


9.上田様
否定します。
もちろん、それらの史料を検証した上で、信用できないと断じています。

少なくとも幣原発案説の決定的証拠とはなりえません。

このあたりの記録は、現在進行形の記録以外は自動的に疑ってかかる必要があります。
幣原発案説は、「マッカーサーノートが何月何日(何時何分)に書かれたか」という立場からの検証に耐えうるのでしょうか。

Comment by kurayama — 2014年5月4日(日曜日) @ 12時37分29秒


10. 倉山様、ご返答ありがとうございます。

 9条を誰が発案したか、という問題に関して、検証に耐えうる決定的証拠というものは存在しません。マッカーサーメモにしても、原本が紛失してしまっている以上、確実なものは存在しないとさえ言えます。昭和24年1月24日の幣原・マッカーサー会談も、詳細は当人同士でなくては知りえず、それぞれの証言や著作を信頼しないとすれば他は関係者の記憶や伝聞に基づく憶測の類しかありません。

 そう言ってしまうと身も蓋もないので、あえてお答えすると、メモがホイットニーに渡されたのは2月3日。しかし書かれたのはいつかと言うと、1月24日からホイットニーに渡されるまでの間、としか言えません。

 例えばですが、幣原・マッカーサー会談で話し合われた内容を、マッカーサーが会談後すぐにメモとしてまとめ、そのまま保管していた、という仮説を立ててみましょう。

 ケーディスによれば、マッカーサーメモでは、自衛のための戦力すら否定していたので、その部分を削除したとの証言があります。現在の9条のもとになったのはあくまでもケーディスによって修正されたものです。それに対して、幣原は9条に関し、一貫して自衛のための戦力すら放棄するということを公式見解として言い続けた。まるでケーディスの修正などなかったかのようにです。

 もしマッカーサーメモが彼の信念から発したものであったなら、ケーディスの修正を黙認したりするでしょうか。私は、ケーディスの修正があろうがなかろうが、一貫して自衛のための戦力すら放棄すると言い続けた幣原の方にこそ本物の信念を感じ取るのです。それは芦田修正のあとも変わりません。

 マッカーサーメモは、幣原との会談の直後に書かれた。だから幣原の信念そのままに自衛のための戦力ももたない内容で書かれていた。書かれた時点ではワシントンからの指令もあり、マッカーサーは日本側の草案作りに直接的な介入はしなかった。それが毎日新聞のスクープによって状況が変わり、メモ(幣原との会談記録)をケーディスに渡して憲法改正のモデルプラン作りを指示した。

 もちろん、証明しろと言われても無理ですが、歴史、こと政治に関しては、公に公表され、記録されていることばかりでは読み解けないことも事実ですから、自分の好ましいと思えるストーリーに理屈をつけてしまうという悪癖からは人間なかなか抜け出せません。

Comment by 上田 勝 — 2014年5月8日(木曜日) @ 00時58分28秒


11.>自分の好ましいと思えるストーリーに理屈をつけてしまうという悪癖
と開き直られると、何も言えないのですが。。。

仮に不自然極まりない貴殿の仮説が正しいとしましょう。
幣原ってバカですか?

なお、ご自身で仮説として筋が通っていると思いかもしれませんが、
まったく逆の結論を導ける仮説は、仮説としても成立しません。
貴殿が挙げられた事実すべて、マッカーサーが発案者でも合理的説明は可能です。

Comment by 倉山 — 2014年5月8日(木曜日) @ 03時36分21秒

12.上田様が述べられた仮説は、私も以前、読んだ事があります。

特に資料に基づいた学問的な論説ではなかったので、そのときは「そんなこともあるのかな〜」位の感想でした。しかしこうなると改めて、検証し直さねば、と思いました。

そういう意味で、ありがとうございます。

素人にとっての検証とは、資料を当たる事ではありません。

上田様もおっしゃっておられるように、「証拠は無い」のですから。
あとは、そういう論が出てくる下地とか、人々の思いとか、国民性を考えるなどの常識的な考察になります。

日本は、たった一度、戦争に負けただけで「もう二度と戦争はしません」と国を挙げて誓った国民性です。

これは世界に誇ってよい日本人の特性(平和的に物事を解決したい)だと思います。

けれども、日本の常識は世界の非常識で、そんな国民が他に居たら是非教えて頂いきたいです。(GHQの洗脳がきわめて効果を発揮しやすい、平和で素直な国民性です)

隣国など、千年たっても恨みを忘れない、とのたまいますが、日本人は原爆を落とされたからといって、恨んでアメリカに落とし返そうとするでしょうか? とんでもない。

そういう国民だからこそ、「天皇陛下も永久平和を望んでおられた、9条は幣原氏の発案だ」とか言われれば、そうかもしれないな〜、と日本人なら受け入れやすい論です。

でも、隣国人だったら、「おまえ、あほか!」でおしまいですよ。
天皇陛下は確かに平和や国民の幸福を願っておられたでしょう。それについては異論はありません。

しかし、だから「平和憲法」になった、というのは理論の飛躍だと思います。

昭和天皇は口を閉ざしたまま崩御なさいました。なら、臣民はあれこれ詮索せず、
日本国を皆が安心して暮らせる良い国にする事こそ、第一義だと思います。
それには「お人好し」であってはならないでしょうし、証拠も無いのに、「日本人の耳に心地よい思い込み」で道を誤ってはならないと思います。

Comment by ばあちゃん — 2014年5月8日(木曜日) @ 12時46分28秒
http://www.kurayama.jp/modules/wordpress/index.php?p=1223



7. 2016年2月27日 21:34:44 : 1cz9P1E6DQ : a4CWEf3uhtE[21]
> 押し付け憲法論が根底から覆った報ステ報道

1946年(昭和21年)2月8日に憲法問題調査委員会(松本烝治委員長)がGHQに提出した「憲法改正要綱」(松本案)では軍隊は存在した。
この案に対してマッカーサーはマッカーサー・ノートで「日本が陸海空軍を持つ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない」[1]
「自己の安全を保持するための」手段としての戦争をも放棄することが明記されていた[2]。

つまり、「押し付け憲法論が根底から覆った報ステ報道」は、朝日新聞社得意の捏造である。

[1] 憲法改正要綱とマッカーサー・ノートとGHQ原案[編集]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95%E7%AC%AC9%E6%9D%A1
終戦後、憲法改正に着手した日本政府は大日本帝国憲法の一部条項を修正した、陸海軍をまとめて「軍」とする、軍事行動には議会の賛成を必要とする、という規定のみを盛り込んで済ませるつもりであった。
 1946年(昭和21年)2月8日に憲法問題調査委員会(松本烝治委員長)がGHQに提出した「憲法改正要綱」(松本案)では次の条文となっている。

中略

これに対して、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)では戦争と軍備の放棄の継続が画策されていた。その意思は、憲法草案を起草するに際して守るべき三原則として、最高司令官ダグラス・マッカーサーがホイットニー民政局長(憲法草案起草の責任者)に示した「マッカーサー・ノート」に表れている[18]。その三原則のうちの第二原則は以下の通り。

マッカーサー三原則(「マッカーサーノート」)第二原則
(原文)
War as a sovereign right of the nation is abolished. Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security. It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for its defense and its protection. No Japanese Army, Navy, or Air Force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force.
(邦訳)
国権の発動たる戦争は、廃止する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する。日本はその防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍を持つ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない。

[2] 3-10 マッカーサー3原則(「マッカーサーノート」) 1946年2月3日
http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/072shoshi.html
2月1日付け毎日新聞に掲載された「松本委員会案」の内容が日本の民主化のために不十分であり、国内世論も代表していないと判断したマッカーサーは、民政局に対して憲法草案を作成するよう命じた。その際、マッカーサーは、憲法草案に盛り込むべき必須の要件として3項目を提示した。いわゆるマッカーサー3原則である。その3原則のうちの一つが、第9条の淵源となった戦争放棄に関する原則であった。この資料に見られるように、マッカーサー3原則においては、「自己の安全を保持するための」手段としての戦争をも放棄することが明記されていた。
資料名 [Three basic points stated by Supreme Commander to be "musts" in constitutional revision]
年月日 About 4 Feb 1946
資料番号 Alfred Hussey Papers; Constitution File No. 1, Doc. No. 5
所蔵 国立国会図書館


8. 2016年2月27日 21:48:22 : 1cz9P1E6DQ : a4CWEf3uhtE[22]
>>6. 中川隆[1712] koaQ7Jey 2016年2月27日 21:30:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1638]
> マッカーサーメモにしても、原本が紛失してしまっている以上、確実なものは存在しないとさえ言えます。

マッカーサーメモは>>7 に書いた下記で読める。
すなわち「原本が紛失してしまっている以上、確実なものは存在しないとさえ言えます」は間違いである。

[2] 3-10 マッカーサー3原則(「マッカーサーノート」) 1946年2月3日
http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/072shoshi.html


9. じょんまん[358] graC5YLxgtyC8Q 2016年2月27日 21:51:30 : 5yUJTjTsnM : N6G9xx3i3bU[160]

>>6.中川隆のコメントは、まったく信用できないのだ(怒)




10. 中川隆[1713] koaQ7Jey 2016年2月27日 22:03:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1639]

何れにしろ

幣原首相発案説というのは要するに昭和天皇からこうしろと命令されてその通りにやったという説

というのは間違いない

ケーディスか幣原首相かというのは、2人とも下っ端の御用聞きなんだから大した問題じゃない


11. 2016年2月27日 23:16:09 : z21ZXlbTkk : kWLAeg39xdc[161]
>10

質問です。

ということは中川さんの見解は要するに「天皇発案説」なのでしょうか?
つまり、「日本人である天皇さんの発案でその意味では、押し付け憲法ではないと?


12. 2016年2月27日 23:57:47 : jnastf77kM : K9G_Wd1nTnQ[3]
>なぜあえて狂気の憲法を、マッカーサーからの命令という表向きの形をとってまで導入しようとしたのか。

それは簡単。
日本人が占領国アメリカの先兵として戦場に立たされないようにするためであろう。
吉田茂も同趣旨の言をしている。

>ご自身で仮説として筋が通っていると思いかもしれませんが、
>まったく逆の結論を導ける仮説は、仮説としても成立しません。
>貴殿が挙げられた事実すべて、マッカーサーが発案者でも合理的説明は可能です。
贔屓の引き倒しの典型の議論だな。
それはマッカーサー説も同じだろう。
幣原説でも合理的な説明は可能なのだから。


13. 2016年2月28日 00:43:29 : EumYJHEppE : RGi6rrE9H58[1]
倉山満は憲政史研究者と自称しているようだが、近代憲法を否定している時点でお話にならない。
倉山は日本国憲法を無効と主張するのに、次の理由を挙げている

>本題。日本国憲法はなぜ日本国の憲法として正統性があるのか。

 そもそも「正統性」には歴史的伝統を踏まえている、との意味がある。日本国憲法は主権国家の憲法でありながら、占領下において外国軍隊の主導により制定された、しかも日本の歴史的伝統から逸脱する内容が多すぎる、などの「正当性」の段階で疑義がある。国際法的にも国内法的にも瑕疵がある以上、日本国憲法は憲法として無効である。よって「正統性」などありえない。

http://www.kurayama.jp/modules/wordpress/index.php?p=183

倉山は大日本帝国憲法が日本の伝統に即して書かれたとでも思っているらしい。

大日本帝国憲法は近代憲法の理念である立憲主義に基づいて草案起草されたものであり、ウィキペディアの大日本本帝国憲法の解説にもちゃんと記述がある。
たとえば草案起草から発布に至る経緯の解説では、大日本帝国憲法を当時の知識人がどう受け止めたかという記述がある。
とくに福沢諭吉と中江兆民の感想の部分を『』のうえ紹介しておこう。


制定までの経緯

―抜粋―

1889年(明治22年)2月11日、明治天皇より「大日本憲法発布の詔勅」[4]が出されるとともに大日本帝国憲法が発布され、国民に公表された。この憲法は天皇が黒田清隆首相に手渡すという欽定憲法の形で発布され、日本は東アジアで初めて近代憲法を有する立憲君主国家となった。また、同時に、皇室の家法である皇室典範も定められた。また、議院法、貴族院令、衆議院議員選挙法、会計法なども同時に定められた。大日本帝国憲法は第1回帝国議会が開会された1890年(明治23年)11月29日に施行された。

国民は憲法の内容が発表される前から憲法発布に沸き立ち、至る所に奉祝門やイルミネーションが飾られ、提灯行列も催された。当時の自由民権家や新聞各紙も同様に大日本帝国憲法を高く評価し、憲法発布を祝った[5]。自由民権家の高田早苗は「聞きしに優る良憲法」と高く評価した。

『また、福澤諭吉は主宰する『時事新報』の紙上で、「国乱」によらない憲法の発布と国会開設を驚き、好意を持って受け止めつつ、「そもそも西洋諸国に行わるる国会の起源またはその沿革を尋ぬるに、政府と人民相対し、人民の知力ようやく増進して君上の圧制を厭い、またこれに抵抗すべき実力を生じ、いやしくも政府をして民心を得さる限りは内治外交ともに意のごとくならざるより、やむを得ずして次第次第に政権を分与したることなれども、今の日本にはかかる人民あることなし」』

として、人民の精神の自立を伴わない憲法発布や政治参加に不安を抱いている。

『中江兆民もまた、「我々に授けられた憲法が果たしてどんなものか。玉か瓦か、まだその実を見るに及ばずして、まずその名に酔う。国民の愚かなるにして狂なる。何ぞ斯くの如きなるや」と書生の幸徳秋水に溜息をついている。』


福沢にしても中江にしても、大日本帝国憲法は近代憲法の衣をまとっただけの上っ面に過ぎないこと、すなわち人民が政府を縛るという意識のない民権意識の薄い明治日本に措いてこの憲法発布のバカ騒ぎは本質を伴っていないことを痛烈に批判し嘆いているわけだ。

然るに倉山は現日本国憲法を占領憲法だから、大日本帝国憲法の歴史から即断された連続性を有しない、すなわち正統性と正当性に欠けているので無効だと批判するのだが、大日本帝国憲法は草案においてもちろん立憲主義に基づいている。

立憲主義とは憲法の基では政府は制限されるということであるから、現日本国憲法が立憲主義に基づいているのであればなにも伝統など持ち出す必要も意味もない。
ましてや、大日本帝国憲法発布においてさえ、当時の知識人たちは立憲主義のなんたるかを身を以って経験したことのない日本人にはまだ早いと危惧を表明していた。

大日本帝国憲法の目指すところである立憲主義も、立憲主義という入れ物に入れただけで、政府や天皇の統治によるいびつなものであることを少なからず自覚していたということでもある。

まったくもって、とんだ憲政研究者がいたもんだ。


14. 2016年2月28日 06:43:32 : z21ZXlbTkk : kWLAeg39xdc[163]
11追記

或いは昭和天皇は実は日本人じゃないから、昭和天皇に押し付けられた以上
押し付け憲法であると?(その辺りでぎりぎりあっしら氏の詭弁に通じそうな
詭弁、即ち天皇家及び周辺エスタブリッシュメント以外の国民総意での
武力保持説ではあるが?w)90越えの庶民出身の親を持つ私にとって、
とても承服し難いことだがね。

別に昭和天皇や天皇制を全面的に支えたい立場ではないの(寧ろ天皇に戦争責任
大有り論の立場)だが、
事実(厳密に資料を当たって検証された、現時点にて最も蓋然性が高い
とされる論拠)を感情的に捻じ曲げたような論には、私はどうにもついていけない
どころか、邪道ですらあると感ずる。


15. 中川隆[1716] koaQ7Jey 2016年2月28日 06:54:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1642]
>>14
発案者が昭和天皇かマッカーサーかありいはその2人が共同で考えたかはともかく

第九条の目的は

日本軍があるとクーデターを起こして天皇一族を殺害する

日本人に武器を持たせると共産革命を起こす


のを防ぐ為でしょう。


そして日本国憲法の目的は天皇制を維持して天皇一族に既得権を与える事

だからこそ日本国憲法はドイツ憲法とは違って改憲が実質的にできない様にされているのですね。



16. 2016年2月28日 07:52:14 : z21ZXlbTkk : kWLAeg39xdc[164]
はいはい。
if(もしも)を積み重ねたところで、キリがないし、意味もない。

個人の脳内や直接関わりのないパラレルワールドに存在している限りはいいけどね。

脳内かこの場とは別に発表する小説にでも留めておきなよ。

実証しようのない妄想(推理とすら呼べない)データを開陳すんのやめて。


17. 2016年2月28日 09:19:10 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1651]
とりあえずこれでも見てね:


君はアジアを解放する為に立ち上がった昭和天皇のあの雄姿を知っているか?
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/312.html

昭和天皇が戦争狂になった訳
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/321.html

原爆投下が日本を救った_ ユダヤ人とトルーマンと昭和天皇に感謝
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/327.html


18. 2016年2月28日 21:58:09 : xQoZn42Pr2 : 2ydlNWODHRI[180]
絶好調なのは3月までだ

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