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オバマ大統領の広島訪問に、「卒業旅行」以上にどれ位の意義がるか。 2009年プラハ演説。核廃絶に向け強い意思表明は昔の話
http://www.asyura2.com/16/senkyo206/msg/172.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 5 月 15 日 20:30:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

オバマ大統領の広島訪問に、「卒業旅行」以上にどれ位の意義がるか。2009年プラハ演説。核廃絶に向け強い意思表明は昔の話。ー(孫崎享氏)
http://www.twitlonger.com/show/n_1somc5i
14th May 2016 市村 悦延 · @hellotomhanks


1: 2009年4月5日オバマ大統領はプラハにて演説を行った。核兵器廃絶に向け、

歴史的演説と位置づけられた。中身を見てみたい。

・ 今日、焦点をあてる問題は私たちの国の安全保障と世界の平和にとって基本的なものです。

21世紀の核兵器の未来についてです。

・今日、冷戦は消えましたが、何千もの兵器は消えませんでした。

 何千もの核兵器の存在は冷戦の最も危険な遺産です。

・20世紀に自由のために立ち上がったように、

21世紀にすべての人が恐怖から自由に生きられる権利のために一緒に立たなければいけません。

核保有国として、核兵器を使用したことがあるただ一つの核保有国として、

米国は行動する道義的な責任を持っています。

私たちは一カ国ではこの努力を成功させることはできませんが、リードすることはでき、始めることはできます。

・だから今日、私は明白に、信念とともに、米国が核兵器のない平和で安全な世界を追求すると約束します。

・弾頭と保有量を減らすために、新しい戦略兵器削減条約を今年ロシアと交渉し始めます

・核実験を世界で禁止することを達成するために、

私の政権では包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准をただちに、そして積極的に追及します。

・兵器の基礎となる部分をカットオフ(取り除く)するため、

米国は、核保有国で使用される核物質の生産を検証可能な形で終わらせる新しい条約を目指します。

2:上記の演説は核の廃絶に向けて米国が具体的行動をとることを訴え、国際世論は強く支持した。

 2009年10月ノーベル平和賞を受賞した。

3:オバマ大統領は大統領選挙に於いてイラク戦争反対を述べ、

これもまた米国の新しい安全保障政策への期待感を高めた。

4こうした中で2009年オバマ大統領が訪日時、広島訪問を希望したが、

外務省が消極的見解を述べたことが明らかにされている。

オバマ大統領の広島訪問 外務次官「時期尚早」 ウィキリークス公開の米公電

オバマ大統領は日本人の間で歴史的なほどの人気を誇っており、

日本の大衆は大統領の11月の日本訪問に高い期待を持つだろうと藪中外務次官は指摘した。

特に反核団体は、4月5日プラハでの核不拡散に関しての大統領のスピーチを念頭に、

彼が広島を訪問するかどうかについて推測を巡らすだろう。

だが、オバマ大統領が広島を訪問し、

第二次世界大戦中の原爆投下に対して謝罪をするという考えは

「成功の見込みのないもの」なのだから、

両国政府はこのような問題についての大衆の期待を静めなければならないと強調した。

ファンファーレ無しの地味な広島訪問ですら正しいメッセージを伝えるのに十分象なのに、

11月の訪問にこのような計画を含めるのは時期尚早であると。

9:薮中次官の発言は自己の見解を述べただけではない。

事前に米側関係者の助言があったと推定される。

10:2009年の時に反対し、現在反対の力はあまりない。この違いは何か。

 2009年はオバマ大統領は核廃絶に向け、具体的に動こうとした。

広島訪問をその動きのエネルギーに使うことを考えた。だから止めたのである。

 今次訪問時、プラハ演説のように、

「今日、私は明白に、信念とともに、米国が核兵器のない平和で安全な世界を追求すると約束します」

と言えるか。最早、言えない。

10 米国政治は新しい大統領選出の時期に入った。

オバマ大統領が重要な政策を打ち出せる時期は終わった。

だから米国内に絶対阻止するという力は強くない。

 一言でいえば、大統領の卒業旅行みたいなものだ。

 

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コメント
 
1. 2016年5月15日 20:43:32 : PA725MwxEI : 6gfBwE4C@u4[1]
アリバイ作り以外の何物でもない。
政治は茶番劇場。
いつまでたっても繰り返しますね。
民衆はやっとれません。

2. 2016年5月15日 22:55:38 : w9iKuDotme : S@BYVdB2dgc[2296]
なるほど…
それは残念ですが、しないよりはマシだと思います。
(1)ヒロシマ・ナガサキの被爆者に対しては、ポジティブなメッセージになった。
(2)次に動く人が現れたときのハードルを下げた。

3. 2016年5月16日 01:47:41 : G9pRncd5P6 : kNLawzAmjgA[648]
私の闇の奥 [号外] オバマ大統領は反核でない (2010年2月17日)
http://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/63e223750a615308be17b7a576e0de98

-----------(一部転載)---------------------------

 しかし、私に最も強い印象を与えたのは、「Bulletin of the Atomic Scientists (原子科学者公報)」という大変権威のある定期出版物に掲

載された、2010年2月4日付けのグレッグ・メロ(Greg Mello)による論文『The Obama disarmament paradox (オバマ軍縮パラドッ

クス)』です。日本でも、反核関係の方々の多くは読んでおられると思いますが、一般の方々にも是非読んで頂きたいものです。以下には、そ

の始めの部分を訳出します。:

■ 昨年4月、プラハで、オバマ大統領は、大幅の核軍縮を公約したものと多くの人々が解釈した講演をおこなった。
しかしながら、今や、ホワイトハウスは核弾頭出費の歴史で大きな増額の一つを要請している。もしその要請の全額が認められると、核弾頭出

費はこの一年で10%あがり、将来にはさらなる増額が約束されることになる。オバマの大盤振る舞いの最大の目標であるロス・アラモス国立

研究所は、1944年以来最大の、22%の予算増加を見ることになるだろう。とりわけ、新しいプルトニウム“ピット”製造工場コンプレック

スに対する出費は2倍以上にのぼり、今後10年間、新しい核兵器の生産に打ち込むことを明確に示している。
こうなると、オバマ大統領の予算と彼の核軍縮ヴィジョンとは矛盾しないだろうか?
答えは簡単である:オバマがそうしたヴィジョンを持っていた、あるいは、一度だって持ったことがあった、という証拠は何もない。彼はプラ

ハでその趣旨のことは何も言わなかった。そこでは、彼は、“核兵器のない世界を求めたい”という彼の思い入れについて語っただけだ。あの抽

象のレベルでは、とても新味があるとは言えない漠然とした希求に過ぎない。その一方で、彼は、アメリカ合州国は“如何なる敵対行為をも抑

止し、我々の同盟国の防衛を保障するための安全に守られた有効な核兵器の備蓄を維持するであろう”と言明した。■

 術語の説明一つ。プルトニウム・ピットというのは、水素爆弾(熱核爆弾)の中にある起爆装置で、これで核分裂を起こして、そのエネルギ

ーを使って水素の核融合反応を起こさせます。
 上の論文の著者グレッグ・メロは、1989年、ロス・アラモス・スタディ・グループ(LASG)を創設し、以来、核軍縮とそれに連関する

諸問題についての信頼できる情報をジャーナリズムに提供する仕事に従事している、元水理地質学者です。ニュー・メキシコ州環境庁の上級役

人を務めた経験も持っています。LASGのウェブサイト(http://www.lasg.org/)を見ると、オバマ政権による核兵器関係予算の急激な増大の詳

細が分かります。

-----------(転載終わり)---------------------------


苫小牧福音教会 水草牧師のメモ帳より
歴代自民党政治家たちの核武装発言と原爆投下直後の長崎
http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20120702/p1

-----------(一部転載)---------------------------

1954年、3月1日ビキニ水爆実験の何と翌日に、科学技術振興追加予算として原子炉築造のための2億3500万円が提出された(この額はウラ

ン元素数字235から取られたとも言われる)。予算提出の首謀者は、改進党の中曽根康弘議員。提案趣旨演説を担当した同じく改進党の小山

邦太郎議員は、「近代兵器の発達はまったく目まぐるしいもので(中略)、米国の旧式な兵器を貸与されることを避けるがためにも、新兵器や

、現在製造の過程にある原子兵器をも理解し、またはこれを使用する能力を持つことが先決問題である」と、原子力と軍事の問題を露骨に語り

、議会を通過した。

1957年5月7日、岸信介首相は参議院予算委員会で「核兵器という名前がつくだけで皆が憲法違反であるというが、そうした憲法解釈は正し

くない。今後の発展を見ることなく核兵器という名がつくだけで、どのようなものも駄目だとするのは一律的に言うことはできない」と述べた

。彼はまた同年の外務省記者クラブにて、核武装合憲論を打ち出している。すなわち「核兵器そのものも今や発展の途上にある。原水爆もきわ

めて小型化し、死の灰の放射能も無視できる程度になるかも知れぬ」、「現憲法下でも自衛のための核兵器保有は許される」と。また彼は

1958年に東海村の原子力研究所を訪問しているが、そのときのことを回顧録で、「原子力技術はそれ自体、平和利用も兵器としての使用もと

もに可能である。どちらに用いるかは政策であり国家意思の問題である」と記している。

増田防衛庁長官は1967年12月20日、参議院予算委員会で、「戦術的核兵器は外国に脅威を与えるのではなく、本土を守るためのものなの

で、保有することができる」と述べた。

高辻内閣法制局長官は1968年2月10日、参議院予算委員会で「核兵器はもってはならず、通常兵器は持っても良いと憲法に規定されていな

い。憲法に・‥戦力を保有しないという規定がある。しかし、現在、自衛隊法にもとづいて自衛隊が存在している。・‥自衛隊が憲法上、容認

されるという解釈、まさにそれが兵器にたいする解釈でもある。すなわち、核兵器とその他の兵器は、憲法上では何の区別もない」と述べた。

また彼は、核兵器を防御用と攻撃用に分ける基準はその威力や攻撃力ではなく、それが大陸まで到達できるものであるとしても、日本国民を守

るためのものであるならば防御用兵器であるとするのが政府の立場なのか、との公明党の伏木議員の質問に、「大体、そのとおりである」と答

弁した。

倉石農林相は1968年2月7日の記者会見で、「若い世代のために平和憲法を修正すべきであり」、「日本も原子爆弾と30万名の軍隊をも持

たなければならない」と述べた。

1968年6月13日、自民党の菊池議員は衆議院内閣委員会で、「非核三原則について言うほど馬鹿なことはない。時と場所によって核兵器を

持つ必要が生じるものである。もし、日米安保条約が破棄され自力で日本を守らなければだめな場合が到来すれば、原子爆弾も水素爆弾も持た

なければならない」と述べた。

1968年3月14日、岸元首相は中部経済団体連合会で、「現実的に近い将来に核兵器がなくなる可能性はなく、今後、現在の通常兵器が過去

の竹やりのような存在」になることが予見される実情で「わが国が核武装することは当然である」と述べた。現職の首相から退いた岸氏が個人

の資格で述べた発言は、彼が首相に在職中のときの本心をそのまま露わにしたものである。

日本が「非核三原則」を堅持すべきだと主張したことによって「ノーベル平和賞」まで授与された佐藤首相は、1969年6月2日の衆議院本会

義で、「非核三原則というのは政策が変わったり内閣が変わったりすれば いつでも変更できるものである」と述べた。このことは、特に深刻

に受け止めるべき問題である。

1969年に外務省で作成された『我が国の外交政策大綱』には、「核兵器については、NPTに参加すると否とにかかわらず、当面核兵器は保

有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持するとともにこれに対する撃肘(せいちゅう)を受けないよう配

慮する」という記載がある。

自民党の石原慎太郎議員は、日本が今後、大国と「対決するにあたり対等な外交的地位を確保するためには、昔風に言えば『大鑑巨砲主義

』に進むべきであり、現在の『大鑑巨砲主義』は核兵器以外にない」と述べ、われわれが英国やフランス程度の核兵器を持たなければ、相当大

きな譲歩をしなければならない事態が必ず生じるであろう」とした(『国防』1969年11月号)。

-----------(転載終わり)---------------------------




[32初期非表示理由]:担当:重複コメント

4. 2016年5月16日 01:51:16 : G9pRncd5P6 : kNLawzAmjgA[649]
>>3
ですが、改行で失敗したのでやり直します。

私の闇の奥 [号外] オバマ大統領は反核でない (2010年2月17日)
http://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/63e223750a615308be17b7a576e0de98

-----------(一部転載)---------------------------

 しかし、私に最も強い印象を与えたのは、「Bulletin of the Atomic Scientists (原子科学者公報)」という大変権威のある定期出版物に掲載された、2010年2月4日付けのグレッグ・メロ(Greg Mello)による論文『The Obama disarmament paradox (オバマ軍縮パラドックス)』です。日本でも、反核関係の方々の多くは読んでおられると思いますが、一般の方々にも是非読んで頂きたいものです。以下には、その始めの部分を訳出します。:

■ 昨年4月、プラハで、オバマ大統領は、大幅の核軍縮を公約したものと多くの人々が解釈した講演をおこなった。
しかしながら、今や、ホワイトハウスは核弾頭出費の歴史で大きな増額の一つを要請している。もしその要請の全額が認められると、核弾頭出費はこの一年で10%あがり、将来にはさらなる増額が約束されることになる。オバマの大盤振る舞いの最大の目標であるロス・アラモス国立研究所は、1944年以来最大の、22%の予算増加を見ることになるだろう。とりわけ、新しいプルトニウム“ピット”製造工場コンプレックスに対する出費は2倍以上にのぼり、今後10年間、新しい核兵器の生産に打ち込むことを明確に示している。
こうなると、オバマ大統領の予算と彼の核軍縮ヴィジョンとは矛盾しないだろうか?
答えは簡単である:オバマがそうしたヴィジョンを持っていた、あるいは、一度だって持ったことがあった、という証拠は何もない。彼はプラハでその趣旨のことは何も言わなかった。そこでは、彼は、“核兵器のない世界を求めたい”という彼の思い入れについて語っただけだ。あの抽象のレベルでは、とても新味があるとは言えない漠然とした希求に過ぎない。その一方で、彼は、アメリカ合州国は“如何なる敵対行為をも抑止し、我々の同盟国の防衛を保障するための安全に守られた有効な核兵器の備蓄を維持するであろう”と言明した。■

 術語の説明一つ。プルトニウム・ピットというのは、水素爆弾(熱核爆弾)の中にある起爆装置で、これで核分裂を起こして、そのエネルギーを使って水素の核融合反応を起こさせます。
 上の論文の著者グレッグ・メロは、1989年、ロス・アラモス・スタディ・グループ(LASG)を創設し、以来、核軍縮とそれに連関する諸問題についての信頼できる情報をジャーナリズムに提供する仕事に従事している、元水理地質学者です。ニュー・メキシコ州環境庁の上級役人を務めた経験も持っています。LASGのウェブサイト(http://www.lasg.org/)を見ると、オバマ政権による核兵器関係予算の急激な増大の詳細が分かります。

-----------(転載終わり)---------------------------


苫小牧福音教会 水草牧師のメモ帳より
歴代自民党政治家たちの核武装発言と原爆投下直後の長崎
http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20120702/p1

-----------(一部転載)---------------------------

1954年、3月1日ビキニ水爆実験の何と翌日に、科学技術振興追加予算として原子炉築造のための2億3500万円が提出された(この額はウラン元素数字235から取られたとも言われる)。予算提出の首謀者は、改進党の中曽根康弘議員。提案趣旨演説を担当した同じく改進党の小山邦太郎議員は、「近代兵器の発達はまったく目まぐるしいもので(中略)、米国の旧式な兵器を貸与されることを避けるがためにも、新兵器や、現在製造の過程にある原子兵器をも理解し、またはこれを使用する能力を持つことが先決問題である」と、原子力と軍事の問題を露骨に語り、議会を通過した。

1957年5月7日、岸信介首相は参議院予算委員会で「核兵器という名前がつくだけで皆が憲法違反であるというが、そうした憲法解釈は正しくない。今後の発展を見ることなく核兵器という名がつくだけで、どのようなものも駄目だとするのは一律的に言うことはできない」と述べた。彼はまた同年の外務省記者クラブにて、核武装合憲論を打ち出している。すなわち「核兵器そのものも今や発展の途上にある。原水爆もきわめて小型化し、死の灰の放射能も無視できる程度になるかも知れぬ」、「現憲法下でも自衛のための核兵器保有は許される」と。また彼は1958年に東海村の原子力研究所を訪問しているが、そのときのことを回顧録で、「原子力技術はそれ自体、平和利用も兵器としての使用もともに可能である。どちらに用いるかは政策であり国家意思の問題である」と記している。

増田防衛庁長官は1967年12月20日、参議院予算委員会で、「戦術的核兵器は外国に脅威を与えるのではなく、本土を守るためのものなので、保有することができる」と述べた。

高辻内閣法制局長官は1968年2月10日、参議院予算委員会で「核兵器はもってはならず、通常兵器は持っても良いと憲法に規定されていない。憲法に・‥戦力を保有しないという規定がある。しかし、現在、自衛隊法にもとづいて自衛隊が存在している。・‥自衛隊が憲法上、容認されるという解釈、まさにそれが兵器にたいする解釈でもある。すなわち、核兵器とその他の兵器は、憲法上では何の区別もない」と述べた。また彼は、核兵器を防御用と攻撃用に分ける基準はその威力や攻撃力ではなく、それが大陸まで到達できるものであるとしても、日本国民を守るためのものであるならば防御用兵器であるとするのが政府の立場なのか、との公明党の伏木議員の質問に、「大体、そのとおりである」と答弁した。

倉石農林相は1968年2月7日の記者会見で、「若い世代のために平和憲法を修正すべきであり」、「日本も原子爆弾と30万名の軍隊をも持たなければならない」と述べた。

1968年6月13日、自民党の菊池議員は衆議院内閣委員会で、「非核三原則について言うほど馬鹿なことはない。時と場所によって核兵器を持つ必要が生じるものである。もし、日米安保条約が破棄され自力で日本を守らなければだめな場合が到来すれば、原子爆弾も水素爆弾も持たなければならない」と述べた。

1968年3月14日、岸元首相は中部経済団体連合会で、「現実的に近い将来に核兵器がなくなる可能性はなく、今後、現在の通常兵器が過去の竹やりのような存在」になることが予見される実情で「わが国が核武装することは当然である」と述べた。現職の首相から退いた岸氏が個人の資格で述べた発言は、彼が首相に在職中のときの本心をそのまま露わにしたものである。

日本が「非核三原則」を堅持すべきだと主張したことによって「ノーベル平和賞」まで授与された佐藤首相は、1969年6月2日の衆議院本会義で、「非核三原則というのは政策が変わったり内閣が変わったりすれば いつでも変更できるものである」と述べた。このことは、特に深刻に受け止めるべき問題である。

1969年に外務省で作成された『我が国の外交政策大綱』には、「核兵器については、NPTに参加すると否とにかかわらず、当面核兵器は保有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持するとともにこれに対する撃肘(せいちゅう)を受けないよう配慮する」という記載がある。

自民党の石原慎太郎議員は、日本が今後、大国と「対決するにあたり対等な外交的地位を確保するためには、昔風に言えば『大鑑巨砲主義』に進むべきであり、現在の『大鑑巨砲主義』は核兵器以外にない」と述べ、われわれが英国やフランス程度の核兵器を持たなければ、相当大きな譲歩をしなければならない事態が必ず生じるであろう」とした(『国防』1969年11月号)。

-----------(転載終わり)---------------------------



5. 2016年5月16日 01:52:27 : G9pRncd5P6 : kNLawzAmjgA[650]
幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について
http://kenpou2010.web.fc2.com/15-1.hiranobunnsyo.html

-----------(一部転載)---------------------------

私が幣原先生から憲法についてのお話を伺ったのは、昭和二十六年二月下旬のことである。同年三月十日、先生が急逝される旬日ほど前のことであった。場所は世田谷区岡本町の幣原邸であり、時間は二時間ぐらいであった。

 側近にあった私は、常に謦咳にふれる機会はあったが、まとまったお話を承ったのは当日だけであり、当日は、私が戦争放棄条項や天皇の地位について日頃疑問に思っていた点を中心にお尋ねし、これについて幣原先生にお答え願ったのである。その内容については、その後まもなくメモを作成したのであるが、以下はそのメモのうち、これらの条項の生まれた事情に関する部分を整理したものである。

 なお、当日の幣原先生のお話の内容については、このメモにもあるように口外しないようにいわれたのであるが、昨今の憲法制定の経緯に関する論議の状況にかんがみてあえて公にすることにしたのである。

問  かねがね先生にお尋ねしたいと思っていましたが、幸い今日はお閑のようですから是非うけたまわりたいと存じます。実は憲法のことですが、私には第九条の意味がよく分りません。あれは現在占領下の暫定的な規定ですか、それなら了解できますが、そうすると何れ独立の暁には当然憲法の再改正をすることになる訳ですか。 

答  いや、そうではない。あれは一時的なものではなく、長い間僕が考えた末の最終的な結論というようなものだ。

問  そうしますと一体どういうことになるのですか。軍隊のない丸裸のところへ敵が攻めてきたら、どうする訳なのですか。

答  それは死中に活だよ。一口に言えばそういうことになる。

問  死中に活といいますと・・・・・。

答  たしかに今までの常識ではこれはおかしいことだ。しかし原子爆弾というものができた以上、世界の事情は根本的に変わって終ったと僕は思う。何故ならこの兵器は今後更に幾十倍  幾百倍と発達するだろうからだ。恐らく次の戦争は短時間のうちに交戦国の大小都市が悉く灰燼に帰して終うことになるだろう。そうなれば世界は真剣に戦争をやめることを考えなけ  ればならない。そして戦争をやめるには武器を持たないことが一番の保証になる。

問  しかし日本だけがやめても仕様がないのではありませんか。

問  そうだ。世界中がやめなければ,ほんとうの平和は実現できない。しかし実際問題として世界中が武器を持たないという真空状態を考えることはできない。

答  それについては僕の考えを少し話さなければならないが、僕は世界は結局一つにならなければならないと思う。つまり世界政府だ。世界政府と言っても、凡ての国がその主権を捨てて一つの政府の傘下に集まるというようなことは空想だろう。だが何らかの形における世界の連合方式というものが絶対に必要になる。何故なら、世界政府とまでは行かなくとも、少なくも各国の交戦権を制限し得る集中した武力がなければ世界の平和は保たれないからである。凡そ人間と人間、国家と国家の間の紛争は最後は腕づくで解決する外はないのだから、どうしても武力は必要である。しかしその武力は一個に統一されなければならない。二個以上の武力が存在し、その間に争いが発生する場合、一応は平和的交渉が行われるが、交渉の背後に武力が控えている以上、結局は武力が行使されるか、少なくとも武力が威嚇手段として行使される。したがって勝利を得んがためには、武力を強化しなければならなくなり、かくて二個以上の武力間には無限の軍拡競争が展開され遂に武力衝突を引き起こす。すなわち戦争をなくするための基本的条件は武力の統一であって、例えばある協定の下で軍縮が達成され、その協定を有効ならしむるために必要な国々か進んで且つ誠意をもってそれに参加している状態、この条件の下で各国の軍備が国内治安を保つに必要な警察力の程度にまで縮小され、国際的に管理された武力が存在し、それに反対して結束するかもしれない如何なる武力の組み合わせよりも強力である、というような世界である。

そういう世界は歴史上存在している。ローマ帝国などがそうであったが、何より記録的な世界政府を作ったものは日本である。徳川家康が開いた三百年の単一政府がそれである。この例は世界を維持する唯一の手段が武力の統一であることを示している。
 
要するに世界平和を可能にする姿は、何らかの国際機関がやがて世界同盟とでも言うべきものに発展しその同盟が国際的に統一された武力を所有して世界警察としての行為を行うほかはない。このことは理論的に昔から分かっていたことであるが、今まではやれなかった。しかし原子爆弾というものが出現した以上、いよいよこの理論を現実に移す秋が来たと僕は信じた訳だ。

問  それは誠に結構な理想ですが、そのような大問題は大国同志が国際的に話し合って決めることで、日本のような敗戦国がそんな偉そうなことを言ってみたところでどうにもならぬのではないですか。

答  そこだよ、君。負けた国が負けたからそういうことを言うと人は言うだろう。君の言うとおり正にそうだ。しかし負けた日本だからこそできることなのだ。おそらく世界には大戦争はもうあるまい。もちろん、戦争の危機は今後むしろ増大すると思われるが、原子爆弾という異常に発達した武器が、戦争そのものを抑制するからである。第二次世界大戦が人類が全滅を避けて戦うことのできた最後の機会になると僕は思う。如何に各国がその権利の発展を理想として叫び合ったところで、第三次世界大戦が相互の破滅を意味するならば、いかなる理想も人類の生存には優先しないことを各国とも理解するからである。

したがって各国はそれぞれ世界同盟の中へ溶け込む外はないが、そこで問題はどのような方法と時間を通じて世界がその死顎の理想に到達するかということにある。人類は有史以来最大の危機を通過する訳だがその間どんなことが起こるか、それはほとんど予想できない難しい問題だが、唯一つ断言できることは、その成否は一に軍縮にかかっているということだ。もしも有効な軍縮協定ができなければ戦争は必然に起こるだろう。既に言った通り、軍拡競争というものは際限のない悪循環を繰り返すからだ。常に相手より少しでも優越した状態に己を位置しない限り安心できない。この心理は果てしなく拡がって行き何時かは破綻が起る。すなわち協定なき世界は静かな戦争という状態であり、それは嵐の前の静けさでしかなく、その静けさがどれだけ持ちこたえるかは結局時間の問題に過ぎないとい恐るべき不安状態の連続になるのである。 

そこで軍縮は可能か、どのようにして軍縮をするかということだが、僕は軍縮を身をもって体験してきた。世の中に軍縮ほど難しいものはない。交渉に当たるものに与えられる任務は如何にして相手を欺瞞するかにある。国家というものは極端なエゴイストであって、そのエゴイズムが最も狡猾で悪らつな狐狸となることを交渉者に要求する。虚虚実実千変万化、軍縮会議に展開される交渉の舞台裏を覗きみるなら、何人も戦慄を禁じ得ないだろう。軍縮交渉とは形を変えた戦争である。平和の名をもってする別個の戦争であって、円滑な合意に達する可能性など初めからないものなのだ。 

原子爆弾が登場した以上、次の戦争が何を意味するか、各国とも分るから、軍縮交渉は行われるだろう。むしろ軍縮交渉は合法的スパイ活動の場面として利用される程である。不振と猜疑が亡くならない限りそれは止むを得ないことであって、連鎖反応は連鎖反応を生み、原子爆弾は世界中に拡がり、終りには大変なことになり、遂には身動きもできないような瀬戸際に追いつめられるだろう。

そのような瀬戸際に追いつめれても各国はなお異口同音に言うだろう。軍拡競争は一刻も早く止めなければならぬ。それは分っている。分ってはいるがどうしたらいいのだ。自衛のためには力が必要だ。相手がやることは自分もやらねばならぬ。相手が持っているものは自分も持たねばならぬ。その結果がどうなるか、そんなことは分らない。自分だけではない。誰にも分らないことである。とにかく自分は自分の言うべきことを言っているより仕方はないのだ。責任は自分にはない。どんなことが起ろうと、責任は凡て相手方にあるのだ。
 
果てしない堂々巡りである。誰にも手のつけられないどうしようもないことである。集団自殺の先陣争いと知りつつも、一歩でも前へ出ずにはいられない鼠の大群と似た光景―それが軍拡競争の果ての姿であろう。

要するに軍縮は不可能である。絶望とはこのことであろう。唯もし軍縮を可能にする方法があるとすれば一つだけ方法がある。それは世界が一せいに一切の軍備を廃止することである。

一、二、三の掛け声もろともすべての国が兵器を海に投ずるならば、忽ち軍縮は完成するだろう。もちろん不可能である。それが不可能なら不可能なのだ。ここまで考えを進めてきた  ときに、九条というものが思い浮かんだのである。そうだ。誰かが自発的に武器を捨てるとしたらー

最初それは脳裏をかすめたひらめきのようなものだった。次の瞬間、直ぐ僕は思い直した。自分は何を考えようとしているのだ。相手はピストルをもっている。その前にはだかのかだかをさらそうと言う。なんという馬鹿げたことだ。恐ろしいことだ。自分はどうかしたのではないか。もしこんなことを人前で言ったら、幣原は気が狂ったと言われるだろう。まさに狂気の沙汰である。

しかしそのひらめきは僕の頭の中でとまらなかった。どう考えてみても、これは誰かがやらなければならないことである。恐らくあのとき僕を決心させたものは僕の一生のさまざまな体験ではなかったかと思う。何のために戦争に反対し、何のために命を賭けて平和を守ろうとしてきたのか。今だ。今こそ平和だ。今こそ平和のために起つ秋ではないか。そのために生きてきたのではなかったか。そして僕は平和の鍵を握っていたのだ。何か僕は天命をさずかったような気がしていた。

非武装宣言ということは、従来の観念からすれば全く狂気の沙汰である。だが今では正気の沙汰とは何かということである。武装宣言が正気の沙汰か、それこそ狂気の沙汰だという結論は、考えに考え抜いた結果もう出ている。

要するに世界は今一人の狂人を必要としているということである。何人かが自ら買って出て狂人とならない限り、世界は軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことができないのである。これは素晴らしい狂人である。世界史の扉を開く狂人である。その歴史的使命を日本が果たすのだ。

日本民族は幾世紀もの間、戦争に勝ち続け、最も戦闘的に戦いを追求する神の民族と信じてきた。神の信条は武力である。その紙は今や一挙に下界に墜落した訳だが、僕は第九条によって日本民族は依然として神の民族だと思う。何故なら武力は神でなくなったからである。神でないばかりか、原子爆弾という武力は悪魔である。日本人はその悪魔を投げ捨てることによって再び神の民族になるのだ。すなわち日本はこの神の声を世界に宣言するのだ。それが歴史の大道である。悠々とこの大道を行けばよい。死中に活というのはその意味である。

問   お話の通りやがて世界はそうなると思いますが、それは遠い将来のことでしょう。しかしその日が来るまではどうする訳ですか。目下のところは差当りは問題ないとしても、他日独立した場合、敵が口実をつけて侵略したらです。

答   その場合でもこの精神を貫くべきだと僕は信じている。そうでなければ今までの戦争の歴史を繰り返すだけである。しかも次の戦争は今までとはわけが違う。僕は第九条を堅持することが日本の安全のためにも必要だと思う。もちろん軍隊をもたないと言っても警察は別である。警察のない社会は考えられない。とくに世界の一員として将来世界警察への分担負担は当然負わなければならない。しかし強大な武力と対抗する陸海空軍というものは有害無益だ。僕は我国の自衛は徹頭徹尾正義の力でなければならないと思う。その正義とは日本だけの主観的な独断ではなく、世界の公平な与論によって裏付けされたものでなければならない。そうした与論が国際的に形成されるように必ずなるだろう。何故なら世界の秩序を維持する必要があるからである。もしある国が日本を侵略しようとするそのことが世界の秩序を破壊する恐れがあるとすれば、それによって脅威を受ける第三国は黙っていない。その第三国との特定の保護条約生むにかかわらず、その第三国は当然日本の安全のために必要な努力をするだろう。要するにこれからは世界的視野に立った外交の力によってわが国の安全を守るべきで、だからこそ死中に活があるという訳だ

問   よく分りました。そうしますと憲法は先生の独自の御判断で出来たものですか。一般に信じられているところは、マッカーサー元帥の命令の結果ということになっています。もっとも草案は勧告という形で日本に本に提示された訳ですが、あの勧告に従わなければ天皇の身体も保証できないという恫喝があったのですから事実上命令に外ならなかったと思いますが。

答   そのことは此処だけの話にしておいて貰わねばならないが、実はあの年(昭和二十年)の春から正月にかけ僕は風邪をひいて寝込んだ。僕が決心をしたのはその時である。それに僕には天皇制を維持するという重大な使命があった。元来、第九条のようなことを日本側から言い出すようなことは出来るものではない。まして天皇の問題に至っては尚更である。この二つに密接にからみ合っていた。実に重大な段階であった。幸いマッカーサーは天皇制を維持する気持ちをもっていた。本国からもその線の命令があり、アメリカの肚は決まっていた。所がアメリカにとって厄介な問題があった。それは豪州やニュージーランドなどが、天皇の問題に関してはソ連に同調する気配を示したことである。これらの国々は日本を極度に恐れていた。日本が再軍備したら大変である。戦争中の日本軍の行動はあまりにも彼らの心胆を寒からしめたから無理もないことであった。日本人は天皇のためなら平気で死んでいく。殊に彼らに与えていた印象は、天皇と戦争の不可分とも言うべき関係であった。これらの国々はソ連への同調によって、対日理事会の評決ではアメリカは孤立する恐れがあった。この情勢の中で、天皇の人間化と戦争放棄を同時に提案することを僕は考えた訳である。

豪州その他の国々は日本の再軍備化を恐れるのであって、天皇制そのものを問題にしている訳ではない。故に戦争が放棄された上で、単に名目的に天皇が存続するだけなら、戦争の権化としての天皇は消滅するから、彼らの対象とする天皇制は廃止されたと同然である。もともとアメリカ側である豪州その他の諸国は、この案ならばアメリカと歩調を揃え、逆にソ連を孤立させることができる。この構想は天皇制を存続すると共に第九条を実現する言わば一石二鳥の名案である。もっとも天皇制存即と言ってもシムボルということになった訳だが、僕はもともと天皇はそうあるべきものと思っていた。元来天皇は権力の座になかったのであり、またなかったからこそ続いていたのだ。もし天皇が権力をもったら、何かの失政があった場合、当然責任問題が起って倒れる。世襲制度である以上、常に偉人ばかりとは限らない。日の丸は日本の象徴であるが、天皇は日の丸の旗を維持する神主のようなものであって、むしろそれが天皇本来の昔に戻ったものであり、その方が天皇のためにも日本のためにも良いと僕は思う。 

この考えは僕だけではなかったが、国体に触れることだから、仮にも日本側からこんなことを口にすることは出来なかった。憲法は押しつけられたという形をとった訳であるが、当時の実情としてそういう形でなかったら実際に出来ることではなかった。そこで僕はマッカーサーに進言し、命令として出してもらうように決心したのだが、これは実に重大なことであって、一歩誤れば首相自らが国体と祖国の命運を売り渡す国賊行為の汚名を覚悟しなければならぬ。松本君にさえも打ち明けることのできないことである。幸い僕の風邪は肺炎ということで元帥からペニシリンというアメリカの新薬を貰いそれによって全快した。そのお礼ということで僕が元帥を訪問したのである。それは昭和二一年の一月二四日である。その日僕は元帥と二人きりで長い時間話し込んだ。すべてはそこで決まった訳だ。

問   元帥は簡単に承知されたのですか。
答   マッカーサーは非常に困った立場にいたが、僕の案は元帥の立場を打開するものだから、渡りに舟というか、話はうまく行った訳だ。しかし第九条の永久的な規定ということには彼も驚いていたようであった。僕としても軍人である彼が直ぐには賛成しまいと思ったので、その意味のことを初めに言ったが、賢明な元帥は最後には非常に理解して感激した面持ちで僕に握手した程であった。元帥が躊躇した大きな理由は、アメリカの侵略に対する将来の考慮と、共産主義者に対する影響の二点であった。それについて僕は言った。日米親善は必ずしも軍事一体化ではない。日本がアメリカの尖兵となることが果たしてアメリカのためであろうか。原子爆弾はやがて他国にも波及するだろう。次の戦争は想像に絶する。世界は亡びるかも知れない。世界が亡びればアメリカも亡びる。問題は今やアメリカでもロシアでも日本でもない。問題は世界である。いかにして世界の運命を切り拓くかである。日本がアメリカと全く同じものになったら誰が世界の運命を切り拓くかである。日本がアメリカと全く同じものになったらだれが世界の運命を切り拓くか。

-----------(転載終わり)---------------------------



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