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「今の日本社会の最悪の欠点は「失敗を認めないこと」です。:内田樹氏」
http://www.asyura2.com/16/senkyo212/msg/638.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 9 月 11 日 21:00:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

「今の日本社会の最悪の欠点は「失敗を認めないこと」です。:内田樹氏」
http://sun.ap.teacup.com/souun/20724.html
2016/9/12 晴耕雨読


https://twitter.com/levinassien

朝からピンポンとうるさいなあと玄関に出たら、またもやマイナンバー知らせろ。

いったい何十社に教えればいいのか。

何度でも言いますけれど、これほど秘匿性のない数字(みんなが知ってるマイナンバー)で重要な個人情報を管理するのは制度的に不可能です。

破綻必至なんだから止めなさい。

今の日本社会の最悪の欠点は「失敗を認めないこと」です。

失敗を認めれば自力で、すぐに補正できます。

失敗を認めなければ誰も責任は問われないけれど、そのコストは制度の全体的な破局として、つまり他者の痛みとして支払われるしかない。

人々が失敗を認めないようになった理由の一つは「鬼の首でも取ったように他人の失敗を叩く」風儀が全社会的に蔓延したことがあります。

失敗を認めるこで個人的に失うものがあまりに大きすぎると思うからこそ、必死に失敗を認めないようになる。

「間違えました」と言ったら「いいんだよ、わかれば」と笑顔で応じる文化を再興する必要があると僕は思います。

失敗に対して寛容な文化圏でしかイノベーションは生まれませんから。

他者の失敗に対する非寛容が作り出す環境は厳密で冷静なものであるよりむしろ暗鬱で不毛なものです。

総務省が「マイナンバーは制度設計が間違っていましたのでやめます。お手間かけさてすみませんでした」と素直に謝ってくれれば、僕はにっこり笑って「わかってくれればいいんだよ」と応じます。

「責任者出て来い。腹切れ」とか言いません。

「マイナンバーの失敗を許す国民の会」を結成しませんか?

 

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コメント
 
1. 2016年9月11日 22:25:03 : XBo25HW9yo : DkpTcBEtOCY[1]
マイナンバーの登録は強制されていないはず。それなのに金融機関は番号を教えても今度は登録してその写しを貼れとか言ってくる。

登録する気はない。脱税もしていない。


2. 佐助[3786] jbKPlQ 2016年9月11日 22:59:17 : YyFqctxLUM : RkE@WzD8vQM[17]
すまん長いが是非読んでほしい

日本の政治経済の指導者と人々は,ヒトの上にヒトを造りヒトの下にヒトを造ることを避けることができない。しかも指導者や上司に忠誠心を誓い,悪でも自分にとってプラスは善と判定し,悪いと知りながら協力するときっとお恵みがあると期待する。

日本人の個人の善/悪の判定規準は、線型脳の縄張りを土台に、自分にとってプラスは善で、マイナスは悪とハッキリしている。

自分にプラスなら味方・正義・善であり、マイナスなら敵・不正義・悪だと判定。家族内外でも判定される。

そして封建制度以前、血族とその縄張への忠誠度で判定された。

しかも、血族とその縄張への忠誠優先されている。

そして競争に勝った人は国の基幹企業と産業の利己的利益は国益とみなされる。

すべて,この個人の善/悪の判定規準から連想される。そのために、哲学者カントと孟子は「人間は生れる前から、善悪を判定できる」と考え、ヒトの先天的理性や性善思考もつと主張した。

ヒトは後天的な学習知識を、先天的な本能記憶の脳に接続し、無意識の無条件反射化させることができる。この後天的は憎悪と、先天的な縄張りテレトリーの憎悪を、現象から区別することはできない。

無条件反射化された憎悪が扁桃体で増幅発射されると、ヒトは「馬鹿野郎・こん畜生・地獄へ行け・殺してやる」という叫びを、脳の内部や外部に発声させる。そして、思わず手足が動き、相手の頬を叩き蹴り上げ突き飛ばし、反省や沈黙や絶交したりする。この憎悪を意識的に止めることはできない。

しかも政治家は本能脳が自由の概念の縄張りテレトリーの壁を移動することによって、正義と不正義、善と悪を移動させてしまう。それはドラマを見ているうちに、悪人や悪行が善人や善行に移動反転するように目まぐるしい。こうして指導者は責任をとることはない。

そしてバレたら他人や別のクラスにして逃げる。こうして個人の運命が、国家の運命に巻き込まれてしまう。


例えば,全国統計や経済指数は、国家の税金や財政や財政や登録管理のためや、広告料の参考目的のために集計されている。どれも、企業の本音だと、両刃の剣なので公表して欲しくはない。

公表されれば、売上上位ならプラスになるが、売上下位ならマイナスとなる。そのため、自社商品の売上水増しのため、調査会社を買収したり、異なったデザインの商品を同じブランドで集計させる。

しかも一時的にトップになったよう見せかける。そのため、集計数値の信憑性が損なわれ、調査会社は淘汰され一社に独占される。

だが、一時的数値のごまかしは、画策のための費用が採算に会わないので続かない,そのために時々バレたりするが,想定外や別の理由や他に責任をなすりつけたりセイにして逃げる。それは有利な対立軸を求め不利な対立軸を消すために行われる。

それは国家も個人も、その政治的予想が外れると経済に責任を転化し、経済的予測が外れると政治に責任が転化する。

指摘すると「そんな理論は欧米など先進国にない」「科学的根拠が無い」と、代案を求め常に拒否し逃げる。

しかし代案も科学常識を否定していると常識・理論からは一層黙殺されることになる。

それは黙殺拒否される最大の理由は、科学的社会的な常識を否定されるため、無条件反射脳が、不快・怒り・憎悪を無意識に反応するためだ。

しかも物事は「民主主義は正義を多数決で決めるので、少数意見は多数意見に絶対服従しなければならない」となる。だが多数意見は常に正義で絶対服従沈黙せよとの意見は軍国時代と同じで、少数意見尊重こそ民主主義だ」と主張し,弱者や負け組に抵抗者を排除させる。


これらは動物には、集団や家族で縄張りを守り生存する種と、生殖時だけオスとメスが出会い、それ以外の時は、自分だけで縄張りを守り生活する種とに、ハッキリ区分されている。ヒトは、集団や家族で縄張りをはり、子孫を維持する動物種に属している。

福沢諭吉の有名な「天はヒトの上にヒトを造らずヒトの下にヒトを造らず」は、平等自由の理念から発生した願望で、無意識な本能脳に記憶された行動とは異なる。自然の無意識な設計は、ヒトの上にヒトを造りヒトの下にヒトを造ることを避けることができないのです。

ヒトの上下にヒトを造る「統合」概念は、無意識反射の本能脳が土台となっている。そのために、ルールを厳守が多数派となる時代は、常に優位制をもち独裁を受け入れる。

片方の前頭葉が判断して、思ってることを言わないことを「ウソつき」だとするなら、ヒトはウソをつく動物で、ウソをつかないと断言するとウソになる。

政治家は「国民を安心させる」「真意を隠して反発させないため」に、確信犯的大ウソをつくためウソ発見器で検知できない。マレに、日頃考えていることが口から飛び出し失脚するために、役人の玉虫色のウソの原稿に頼らざるをえなくなる。


事例がある
原発は,冷却水には真水ではなくてマグネシウム(Mg)が使われている。海水にはマグネシウムが含まれている。マグネシウムはリチウムと共にイオン化すると強い共鳴振動数によって容器やパイプを酸化または還元して、穴をあけたり、亀裂を発生させたり、腐食させる。
この原因の75%は原子が分子化される時に発生させる現象である。

そのためにイオン化されたマグネシウムやリチウムを共鳴共振する材料を使うべきでない、そして。冷やせば放射能漏れも高温発熱も低下するという想定は、原子物理学の幻覚なのだ。多くの分子を含む海水を注入して原子設備の腐食・穿孔・発熱は加速し、火に油を注いでいることになる。

だったら設計変更すれば福島事故原発は避けられた可能性がある。
それはナゼもっと低い発熱量を放射する原子を燃料棒に採用しなかったのか,そして共鳴共振振動応力の発生しない材料に設計変更すればよかった。しかし彼らは米国GEが設計変更許さないセイにして逃げている。それはウソで米国の完成品を設計変更したり試験結果ものにならないと報告し改善したものが多くある。

これは地震と津波に一切の責任に転化され,万学のお手本であった物理学が責任を問われているということは、これまで欧米から導入されてきたパラダイム(世界観・自然と文化の法則・原理)が問われていることを意味している。

従って日本は対米従属主義から脱出して米国にNOと言える日本をめざしてシャフルしなければならないのです。この対米従属主義が根因です。


3. 2016年9月11日 23:51:36 : FRdduikKHc : fJdONwUEOx4[1]
自転車事故を起こした小学生の母親に平然と一億円賠償命令を出せる裁判所
その後のその子の家庭を顧みない冷酷さ 「やるならさっさとやれってーの」と子供相手に言う都知事を支持し続ける都職員と都民達
対米従属からの脱却の為に憲法改正が必要と言いながら、その憲法改正によって更なる対米従属が予測される事
この国の病理は根深い

4. 中川隆[3982] koaQ7Jey 2016年9月11日 23:56:41 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[4374]
>福沢諭吉の有名な「天はヒトの上にヒトを造らずヒトの下にヒトを造らず」は、平等自由の理念から発生した願望で、無意識な本能脳に記憶された行動とは異なる。


佐助さんは福沢諭吉を読んだ事ないんだろうな

今日、お話ししたいのは、福沢諭吉の「天は人の上に人を作らず・・・・」の”故事”成句のこと。


★ 私は、大学で「人権論」という講義を担当していました。”天賦人権”を語ると、多くの学生は

「知ってます。福沢諭吉の”天は人の上に人を作らず人の下に人を作らず” 人間平等の原理」

などと、即答します。高校でそう教えているのですね。

★ その度に、繰り返して来た言葉:


 「それは間違い。その言葉は、福沢諭吉の『学問のすすめ』の一番、最初に出てくる言葉だね。

でも、もう一度、しっかりと原文を読んで来なさい。福沢諭吉は、決して、そうは言っていない。 

福沢諭吉は天賦人権論者ではないョ。 全く逆。 

それをしっかり確かめて来なさい」


★ そのハナシをすると、多くの方々が、「エッ!」と、怪訝な顔を私に向けます。

どなたも日本で最初に人類普遍の原理「平等」を説いたのは福沢諭吉と信じておられるようです。


「天は人の上に・・・・・と言ったのは福沢諭吉では???」


★ 無理はありませんね。 例えば、手軽なネット百科事典として、誰もが利用する「ウィキペディア」にもこのように書かれています。

天賦人権説(てんぷじんけんせつ)とは、すべて人間は生まれながら自由・平等で幸福を追求する権利をもつという思想。ジャン=ジャック・ルソーなどの18世紀の啓蒙思想家により主張され、アメリカ独立宣言やフランス人権宣言に具体化された。日本では明治初期に福澤諭吉・加藤弘之らの民権論者によって広く主張された。


★ しかし、これは間違い。確かに福沢諭吉も、加藤弘之も、明治初期の啓蒙家として、天賦人権の思想を紹介はしていますが、二人とも「天賦人権論者」ではありません。加藤弘之などは、逆に社会進化論の立場からそれを否定しておりますし、福沢諭吉も加藤弘之の社会進化論に近い”学問至上主義”の立場、天賦人権などには否定的です。


★ それをしっかり確かめるために、是非、福沢諭吉の著書『学問のすすめ』を原文で読んでみて欲しいです。巻頭第1ページ冒頭にある、その行を引用してみましょう


「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。

されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤(きせん)上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資(と)り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。

されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるはなんぞや。その次第はなはだ明らかなり。

『実語教』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。また世の中にむずかしき仕事もあり、やすき仕事もあり。

そのむずかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という。すべて心を用い、心配する仕事はむずかしくして、手足を用うる力役はやすし。

ゆえに医者、学者、政府の役人、または大なる商売をする町人、あまたの奉公人を召し使う大百姓などは、身分重くして貴き者と言うべし。

         福沢諭吉著 『学問のすすめ』


★ 確かに福沢諭吉は「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という有名な言葉で、この論文を書き始めています。

大事なことは、それに続く「と言えり」の4文字。「と、言われている」 が、しかし・・・と、以下に続いています。

福沢諭吉が言いたいのは、その先です。 後の文章は、全部、「そうではない」と、その理由を述べています。


◎ 現実は、そうじゃない、賢人愚人、貧しき者、富める者、貴人下人・・・雲泥の差があることは明白。それには理由がある。と言うのです。

つまり人間の優劣は学問によって決定される。優れたものが劣っているものを支配するのは当然のこと。


◎ (天賦人権のような考えより) 我が国で平安時代から子弟の教育に用いられて来た教科書「実語教」にあるように、賢者と愚人の差は、学ぶか、学ばないか、によって定まる。 肉体労働と知的職業に別れるのもそのためだ。

◎ だから医者、学者、政府の役人、富める商人、大地主などは、高い身分の貴人なのだ。


と、そういう論理を展開しています。 

天賦人権論の先駆者どころか、その敵である「社会進化論」の側に立つ主張者ですね。一般に信じられている福沢諭吉像とは全く逆です。 

学問による”弱肉強食” 能ある者が能乏しき者を支配するのは当然、と言っているのです。


★ 「・・・・と言われているが、そうじゃない」と、引用されている「・・・・」句が、短絡にが本文から独立し、しかもその引用句が引用者自身の言葉として一人歩き。 誰も正さないうちに、いつの間にか”故事成句”に成熟して熟語化し、戦後の民主主義の御代になると、爆発的に流行し始めた各種の「人権論」講座の枕詞に用いられる。 

そして我が国における人権論の先駆者として、疑われることもなく君臨し、社会の通念にまでなる。

★ 言葉としては誰もが知っている”社会常識”。 

だが、それを口にするほとんどの人が原文を読んだことがない。

そして間違った”偶像”が信奉され、もはや、誰も疑うものがない・・・・思えば、コワイハナシです。


★ そこで言いたい私の「学問のすすめ」は、故事成句を使うなら、必ず原文を読んで、その真意を確かめよう。 私の大学の恩師は「読書とは師との向かい合いである」と教えられました。その大切さを、今、思います

http://zenmz.exblog.jp/13489906/


5. 2016年9月12日 00:11:23 : AVCzW2K2rQ : FyJLR0QdWMI[93]
諭吉に騙されてはだめ。

6. 4654改[127] NDY1NIn8 2016年9月12日 07:55:30 : wFVJhqi3zI : 0vwYSb4Apk8[86]
>>4
ほとんど剽窃に見えます。

>佐助さんは福沢諭吉を読んだ事ないんだろうな
>
>今日、お話ししたいのは、福沢諭吉の「天は人の上に人を作らず・・・・」の”故事”成句のこと。

この間に、引用であることを分かるような記号でも入れるか、「以下引用」とでも断るかしなさい。


7. 2016年9月12日 08:49:12 : EIHH4CSarE : ZNs6WKx@BdQ[270]
沖縄県民の皆様を高齢者の立場に置き換えれば、「多額のお金を騙し取っておきながら、その被害額を取り戻すと言っておきながら、その被害額をちゃっかりとネコババして、これを「貰えるものは貰っておこう」などとアメリカもまた、自らが生活保護不正受給者の真似をして、フードスタンプ不正受給者の問題ばかりを全体の問題と勘違いして、これをごまかしたいがために、フードスタンプに横流しをしようとしているのではないか」というのが、この日本国および、日米同盟そのものに対する本質的な見立てであることは、中国外務省ではありませんが、国際社会全体からしても、もうバレバレのことであり、お見通しのことであることは、簡単に想定できるのですが?

韓国にしてみれば、「女性が多く活躍する職種や仕事をピンクカラージョブなどといったところで、戦前の日本が仕出かした大日本帝国軍性奴隷問題の前科をごまかそうとする魂胆ならば、もう見え見えのことであることは、自民党に所属する片山さつきの生活保護バッシングなどの行動を見れば、明らかなことであり、これこそか、公共の迷惑極まりないものであることは、国際社会全体からすれば当たり前のことですが、これをごまかそうとして、自らの利益のことしか考えない財界をはじめ、これにまんまと騙されてしがみついているだけの間抜け社員もまた、これとは違う意味での公共の迷惑極まりないどころか、これが「お国のため、天皇陛下のため」などといったところで、天皇陛下からして、これほど迷惑極まりないものはどこにもないことくらいのことも、国際社会全体からしても、当たり前のことだということは、既にバレバレのことであることも、当たり前のことなのですが」ということと同じ意味こそが、私たち日本人にとっては、これまでの歴史的な転機の繰り返しなども含めて、全ては偶発的な転機に対する選択の繰り返しによるものであるとするならば、この政権与党からして自ら招いたことであるとはいえ、これにまんまと騙されて支持しているだけの日本人もまた自ら招き入れてしまったとはいえ、決して個人の自己責任の問題ではないことは当たり前のkぽとですが、これをごまかそうとする権力者こそが、自ら招いたことであるということを、自らが誇りを持って、どんどん涙を流しながら、大損することになろうとも、どんどん一人負けをして、どんどん泣き寝入りをしながら、どんどん譲歩して、どんどん全てを喪失し、どんどん歴史の闇の中に、天皇制とは、根本的に切り離してしまうことで、どんどん勝手に断絶し、どんどん勝手に孤立化して、どんどん歴史の闇の中で、ひっそりと泣き寝入りをしながらも、そのまま、そっと静かに幸せに暮らす道を選択するのであれば、これが「公共の迷惑」にさえならなければ、天皇陛下と共に、そっと静かに暖かく見守っていくことにより、「公共の利益」となって分かち合うことによる損得なしの状態となることにより、「公共の迷惑」でしかない行動そのものだけを、どんどん歴史の闇の中に消滅させてしまうことで、公共に利益に繋がる別の行動に置き換えることで、経済力や軍事力などの力によるものとは違う意味での国際社会の地位向上に繋がることになれば、これこそが日本社会を、どんどん改善していくきっかけとなり、そっと静かに自立・自律していくことにより、対米従属からは、そっと静かに離れつつも、憲法9条を亡き者にしてでも戦前の日本を取り戻そうとすること自体も、歴史の闇の中に、どんどん葬り捨ててしまうことで、全体主義そのものの一人負けと同時に、これを乗り越えた個人主義の一人勝ちによる相殺により、日本社会を大きく変えていくことで、全人類に対して「良いロールモデルとして、どんどん見せつけていくことで、名誉ある孤立化をしていくことにより、新たな歴史の始まりの第一歩を踏み出すきっかけとして、どんどん学習していくことにすれば良いのではないでしょうか?


8. 2016年9月12日 13:23:37 : xQoZn42Pr2 : 2ydlNWODHRI[987]
失敗から学ぶ事もいっぱいあるのにね
それを認めたくないんだろうね

9. 2016年9月12日 20:02:11 : gNM94mG1C2 : XuXldcAHKSA[45]
謀略を 認めないのが 内田流

10. 2016年9月12日 20:17:27 : edNLgkmutI : jM3TyrPfAgg[18]
>今の日本社会の最悪の欠点は「失敗を認めないこと」です。

今の日本社会が息苦しいのは、糞完了や自公の政治屋が「失敗を転嫁するため」です。
 


11. 2016年9月12日 21:43:25 : Oozg29Kcag : Qiiwq5NaXgQ[229]
内田樹が思いついたことをツイートでたれ流すとこんなところにまでコピペされるんだからスゴイよな

「人々が失敗を認めないようになった理由の一つは…」と書いてるが、全然本質的でない気がする
人の上に立つ人たちが失敗を認めようとしないのは、戦前から変化していない悪弊ではないのか
官僚組織は敗戦によっても解体されなかった
さかのぼって、たとえば教育勅語の中の文法的な間違いを間違いとして認めるあたりから、
やるべきことがありそうだ


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