★阿修羅♪ > 戦争b18 > 408.html
 ★阿修羅♪  
▲コメTop ▼コメBtm 次へ 前へ
旧日本軍も同じだった!なぜ、日本は「戦い方」が変わったことに気づけないのか? 東京の下町 炭化した死体が東京湾まで累々と
http://www.asyura2.com/16/warb18/msg/408.html
投稿者 軽毛 日時 2016 年 8 月 10 日 11:43:07: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 


【特別寄稿2】 2016年8月10日 鈴木博毅
旧日本軍も同じだった!
なぜ、日本は「戦い方」が変わったことに気づけないのか?

グローバル競争の中で徐々に存在感をなくす日本。これから、どう戦っていけばいいのだろうか。旧日本軍が当初善戦しながらも、その後一気に瓦解したように、いまも変わらず、日本人は戦い方が切り替わるのを見抜くのが苦手だ。時代が大きく変わるいまこそ、改めて旧日本軍の組織的失敗から学びたい。14万部のベストセラーとなった『「超」入門 失敗の本質』の著者が、日本的組織のジレンマを読み解く(前編)。特別寄稿。

71年前、一面の焼け野原となった敗戦国の日本

 日差しが強くなり、うだるような暑さを体験する季節に、日本と日本人が必ず振り返ることがあります。それは71年前に太平洋戦争が終わった日、終戦記念日です。

 この戦争で、一般市民を合わせると日本人で亡くなった方は300万人を超えると言われています。
 敗戦の半年前、1945年3月10日には、焼夷弾による東京大空襲にB29爆撃機が300機以上来襲、その日だけで約10万人の都民が亡くなりました(東京への空襲はその後も数度行なわれた)。大空襲後の光景として残された写真には、真っ黒な炭と化した一面焼け野原の悲惨な東京の姿が残されています。
「多くの浮浪児たちが上野駅にたどりついて初めて目にした光景―それは、東京の下町が丸ごと焼夷弾で焼き尽くされ、炭化した死体が東京湾まで累々とつらなる姿だった」(書籍『浮浪児1945』より)
 1945年6月には、沖縄の日本軍がほぼ壊滅。8月6日には広島、8月9日には長崎に原爆が投下され、2都市で40万人以上の方が犠牲となりました。

 71年前の敗戦から現在まで、戦争の悲惨さや愚かさを語り継ぐ人、それを書き残した書籍その他の膨大な資料が残されています。これは悲惨な戦争を二度と繰り返さないためにと、多くの人たちがその願いを込めた結果ではないでしょうか。
ビジネスの組織論として、今も読み継がれる『失敗の本質』

 日本軍の敗因を、ビジネス組織論として分析した書籍に『失敗の本質』があります(野中郁次郎氏を含む6名の学者が共同執筆された名著)。
 初版は1984年ですが、以降32年間、累計で55万部を超える驚異的なロングセラーです。日本軍が実施した6つの作戦を分析し、戦略と組織の「失敗の本質」を鋭くえぐり出していることが、読み継がれている理由なのでしょう。

【戦略上の失敗要因分析】※『失敗の本質』第2章より
(1)あいまいな戦略目的
(2)短期決戦の戦略志向
(3)主観的で「帰納的」な戦略策定―空気の支配
(4)狭くて進化のない戦略オプション
(5)アンバランスな戦闘技術体系
【組織上の失敗要因分析】
(1)人的ネットワーク偏重の組織構造
(2)属人的な組織の統合
(3)学習を軽視した組織
(4)プロセスや動機を重視した評価

 あいまいな戦略目的とは「なにを達成すれば勝てるのか?」がわかっていないことを意味します。1942年6月にハワイ北東の海域でおこなわれたミッドウェー海戦では、日本海軍が「ミッドウェー島と敵空母の両方を目的にした」ことに対して、米軍側の指揮官ニミッツが「空母以外に手を出すな」と言明して劇的な勝利を収めました。
 日本軍は、効果的な戦略目標を確定できず、組織としては人のつながりに過度に依存していました。ある派閥が要職を占めてしまうと、合理的な判断よりも、人間関係を重視した決断をして、現実を直視することなく、ずるずると敗北を続けたのです。

もはや「そういった問題ではない」ことに気づけたならば…

 筆者は、名著『失敗の本質』の入門書となる『「超」入門 失敗の本質』を2012年4月に世に出しましたが、その中で「戦略とは追いかける指標である」と定義しました。これは、『失敗の本質』を十数回も読む中で、描かれている現象を説明するために必要だと思われたからです。
 自動車レースであるチームが、車体を軽量化することで勝利を狙うなら「軽量化戦略」、馬力をアップさせることで勝利を狙うなら「高馬力戦略」ということができます。
 なぜ、このような定義が必要と判断したかの理由は、『失敗の本質』を読む中で、日本軍と米軍の優位は、ある瞬間には入れ替わっていると感じたからです。

 次の文は、日本海軍が4隻の空母を失って壊滅した、ミッドウェー海戦で参謀長だった草鹿龍之介が戦後に書いた手記の一節になります。彼は艦隊の旗艦である、赤城の艦橋から、ミッドウェーの戦闘を見ていました。
「旗艦赤城は常に雷爆撃の目標になる。対空砲火、機銃射撃の轟音、爆音で、耳には栓をつめているのであるが、鼓膜が破れそうである。「右前方雷跡」と見張り員が叫ぶ「面舵」と艦長が号令する。魚雷は艦側すれすれに通過する。「戻せ!」「敵飛行機爆弾投下」と見張員がいう、「取り舵一杯」と艦長がこれをかわす、艦橋は此の如き状況の連続である」
「わが戦闘機は、前述の如く、三面六臂見つければ必ず叩き落さなければ已まぬと、阿修羅のごとく荒れ回る。米側は護衛戦闘機のないため、その被害も惨澹たるものであった」(書籍『目撃者が語る昭和史』より、当時ミッドウェー攻略機動艦隊参謀長、草鹿龍之介の手記から)
 それ以前の海戦であれば、熟練の日本人パイロットと零戦の空戦性能で敵の攻撃をはねのけ、その間に爆撃機や雷撃機が、敵の艦船を撃沈するところです。しかし実際に負けたのは日本艦隊でした。米軍は暗号解読で日本の作戦を完全に事前に知っており、米空母は日本艦隊の位置を、日本側より先に捉えて爆撃機を発進させていたからです。
 戦闘機の性能とパイロットの技量という古い指標が意味をなさなくなり、「敵の位置を先に捉える」新たな指標が誕生した瞬間でした。その後、米軍は高性能なレーダーで日本軍の位置を事前に正確に捉えていき、名戦闘機と言われた零戦はなすすべもなくつぎつぎに撃ち落され、日本海軍の艦船は急速に撃沈されていきます。
 古い指標は新たな有効性を持った指標の出現でその優位を失い、敗れ去っていく側になるのです。ビジネスで言えば「もはやその要素は勝利のポイントではなくなった」という状態でしょうか。
 優れた液晶技術を持っていた日本のシャープは、台湾の鴻海に2016年の春に買収されています。モノ作りの中で、単なる技術優位だけではなく、参入障壁の高いビジネスモデルを打ち立てることができるかが、企業の栄枯盛衰を分ける指標となる、新たな時代が到来しているのです。

学習を軽視する組織は、生存領域がどんどん狭くなる

『失敗の本質』の第2章には、日本軍が学習を軽視した組織だったと指摘されています。時代の変化、兵数や敢闘精神ではなく近代装備の充実こそが勝負を決める世界となったにもかかわらず、日本陸軍は変化に対処せず、精神力の優位を強調したのです。
「こうした精神主義は二つの点で日本軍の組織的な学習を妨げる結果になった。一つは敵戦力の過小評価である。とくに相手の装備が優勢であることを認めても、精神力において相手は劣勢であるとの評価が下されるのがつねであった」
「しかし二つの敗退から学習したのは、米軍であった。米軍は、それまであった大型戦艦建造計画を中止し、航空母艦と航空機の生産に全力を集中し、しだいに優勢な機動部隊をつくり上げていった」(書籍『失敗の本質』第2章より)
 過剰な精神主義は、現実とその中での敗北を見えなくさせて、本来であれば「学習できたはずのこと」から、組織を遠ざけてしまいます。戦争初期に絶対的な優位を誇った日本の零戦は、敵のレーダーや近接信管(当たらなくとも撃墜できる砲弾)の登場で、米軍の艦船にほとんど近づくことができなくなりました。
 学習を止めれば、その優位性は相手に浸食され、次第に生存できる領域が狭くなってしまうのです。人や企業にも共通しますが、10年前と強みが変わらない存在は、影響力の範囲もその強さも、はるかに縮小した形で現在を生きていくことになるのです。

草鹿参謀長の「速やかに戦場を、敵上空に推し進めるべきだった」
 いわば、敗軍の参謀である草鹿龍之介は、ミッドウェー海戦で敗北が決定した爆撃の一瞬、そしてその後の回想として、敗因を次のように分析しています。

 以下の文面は、回想として草鹿参謀長が考えた敗因です。

「その一瞬であった。空一面に覆いかぶさっていた断雲の中から、一機、二機、三機と米艦爆が突っ込んで来た。艦長は即刻転舵を令した。第一弾は危く躱したかに見えたが、二弾、三段は、爆弾の落ちてくるのが下からよく見える(中略)。第三弾は、出撃準備完成の飛行機群の真ん中に命中し、震動と同時に、紅蓮の焔は、たちまち飛行甲板に燃え広がり、黒煙は天に沖し、やがては、搭載爆弾魚雷が諸所に自爆し、そのたびに艦内は大振動を起こし、所在の兵器人員を吹き飛ばし、阿鼻叫喚の巷となった」
「戦場は、ミッドウェー上空の第一回戦闘を除いて、全部わが空母群の上空であった。敵機動部隊の空母群は、なんら日本側飛行機の攻撃を受けていない(中略)。敵機動部隊発見時、多少の犠牲と苦戦を覚悟しても、速やかに戦場を敵上空に推し進めることに、遅疑逡巡した、われら機動部隊司令部の失敗も最も大きな敗戦の直接的原因であった」(いずれも書籍『目撃者が語る昭和史』より、草鹿参謀長の手記から)
 また、「この態勢を招来した所以は、立ち上がりに際し、彼我互いに敵を知っていたか否かによって、定まったのであり」と書いています。つまり、どの場所に敵がいて、どこが戦場になるかを先に知った方が、相手の頭上を戦場にすることができるのです。

 未来を知る力、未来を創造する力の差が戦場を誰の頭の上にするのかを決めるのです。

 最近、大手ネット書店のアマゾンから、電子書籍の読み放題プラン「キンドル・アンリミテッド」が発表されました。視点を変えるなら、これはコンテンツ産業の空母の上で、戦闘が繰り広げられていることに似ています。
 テレビ産業は、インターネットに視聴時間をうばわれて久しいと言われています。共に「優れたコンテンツを創る能力」がありながらも、それを超える新たな強みを手にする学習を完成できず、結局はプラットフォームや常時接続をするネットの“新指標”に負けているのです。
 端的に言えば、負ける側には未来の戦場を想像する力と新たなテーマの設定力が欠けています。そのような存在は、苦しい戦いの中で善戦をしながらも、敗北がどんどんと近づいている状態にあるはずです。ちょうど、ミッドウェー海戦の日本海軍のようにです。

 一方で、IT産業の一部が既存企業や古い業界の売上を奪う立場になり、さらには支配的なポジションを得てしまうことがよく起こります。これはIT業界が、未来の姿を想像することで成り立っている業界であり、常に古い産業の頭上を戦場にできる習性があるからだと推測できるのです。

2016年、日本と日本人は、新たな学習に目覚めているだろうか?

 戦略(つまり追いかける指標)の有効性は、時代によって変化します。したがって、戦略の定義を正確に知った上で、常に新しい指標を生み出すことが重要になります。
 組織や個人が学習するのを妨げる要因の一つは、過度の精神主義や傲慢さです。問題がない、いま自分はなんの問題も抱えていないと考えれば、新たな強みを生み出すような、苦しい試行錯誤や挑戦を体験できないことになるからです。
 戦後は70年目を越え、71年目となりました。名著『失敗の本質』には、組織として目を覆いたくなるような悲惨な失敗とその精緻な分析が溢れています。
 一方で、日本と日本人は、いま成功しているのか、失敗しているのかどちらなのでしょうか。私たちは未来を積極的に描き、これまでにない新たな問題を設定し、それを解決するために汗をかき、挑戦と努力をしているでしょうか?
 日本企業の生存領域は、順調に拡大しているのか、次第に狭くなっているのでしょうか。私たちの個人としての仕事、活躍の場はいかがでしょうか。
 あなたの企業は、敵の空母の上空で(つまり別業界のシェアを奪い取る形で)有利な戦闘をできているでしょうか。敵に上空を押さえられ、熟練の零戦パイロットだけを頼りに、防戦一方で悪戦苦闘を続けている状態でしょうか。
 2016年、日本と日本人は、新たな学習に目覚めているでしょうか?

次回の【後編】では、日本陸軍の最大の激戦地、そして悲劇の始まりの場所となったガダルカナル島での戦いを描きます。
(後編に続く)

http://diamond.jp/articles/-/98335 
 

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
 
1. 2016年8月10日 16:52:57 : w3M1BHSquE : 5KToaZSVnLw[761]
失敗を追求するのは解るが まずそもそも 一番大きな失敗に触れていない

それは 「勝てる筈のないアメリカと戦争を始めた事」 勝てる筈が無い事は始めから判っていた
その勝ち目の無い戦争をなぜ始めたのかが 真っ先に追及すべき失敗分析ではないのだろうか

「どう戦えば 日本がアメリカに勝てたのか」 なんて事は、ほとんど空想小説の世界じみていて夢物語
現実には どう足掻いても 日本がアメリカに勝つ事など有り得ないのです せいぜい負けを遅らせる事
そのくらいしか考えようが無いのです

日本がどんなに最善の戦い方を奇跡的に継続出来ていたとしても、アメリカが原子爆弾を完成させれば
その時点で 日本に勝ち目は まったく無くなります

近代の戦争は 特に大国間の全面戦争は“総力戦”であり 国力と国力の勝負なのです
小手先の作戦で一度くらい勝っても その情報はいち早く伝わり 相手は対策を講じる これが情報化時代の戦争
日本だって 負け戦から学んで 対策を講じ改善する努力は試みている がしかし、それを具体化できる
工業力と技術力が 絶対的に不足していた(例えば レーダー開発も 音響探知機も 原子爆弾まで研究していた)

最終的な勝敗を決するのは 結局は 「国家の総力」 これが全てです。


2. 2016年8月10日 17:07:44 : w3M1BHSquE : 5KToaZSVnLw[762]
つまり、気付けば勝てる などという単純なものでは無いのです

「気付いた反省点」 を改善して具現化するための 国家の土壌があるのか無いのか と言う点に於いて
日本とアメリカでは 雲泥の差があると言わざるを得ないのです

要するに アメリカは【強すぎた】 この一言に尽きるのです
日本という国は 飢えた狼だったかもしれないが 百獣の王ライオンには勝てる訳が無かったのです。


3. 中川隆[3583] koaQ7Jey 2016年8月10日 17:22:19 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[3950]

完全に勘違いしてるだけ

昭和天皇は勝つ為に戦争したわけじゃないから

これが真実:


アメリカはアジアを侵略した日本を懲らしめるため、そして国民が好戦的であるから原爆投下をして戦争を終わらせ、いく百万の人命を救ったと、みずからを平和主義者であるかのように宣伝してきた。

だが実際は、日本を侵略し、単独で占領して属国にする計画を、ずっと以前から持っており、それを実現するチャンスと見なして緻密な計画を持って望んだ戦争であった。日本支配にあたっては、天皇を傀儡(かいらい)とする政府をつくることも計画していたし、戦時中も天皇や皇族を攻撃してはならないという命令を米軍将兵に厳守させていた。それは天皇側にも知らされており、近衛文麿や吉田茂などはその線で動いていた。東京大空襲でも皇居は攻撃されていない。


国民は皆“お国のため”といって国に殺された。天皇はアメリカに日本を占領してくれとお願いしたんだ! それは共産主義が怖くてアメリカに自分を守ってもらうためだった。

米軍の無差別空襲のなかで、不思議なことに皇居は攻撃対象からはずされ、三菱重工広島造船所や長崎造船所は広島、長崎の原爆投下でも被害はなく、下関空襲でも三菱や軍は無傷であった。


アメリカの国立公文書館で発見された「米国陸軍軍事情報部真理作戦課『日本プラン』」

日本プラン」は1941(昭和16)年12月、すなわち日本軍の真珠湾攻撃の直後に作成が開始されたもので、「天皇を平和の象徴(シンボル)として利用する」戦略が明記されていた。すべての戦争責任を、「軍部」に押しつけて天皇を免罪し、「象徴天皇制」のもとで日本を占領支配するという計画を立てていた。1942(昭和17)年5月には「皇室に対するすべての攻撃は避けられなければならない」とする「英米共同指針計画」を出し、皇居への爆撃の禁止命令を厳格に実施させた。戦後駐日大使となったライシャワーはその当時、「日米戦争勝利後の“ヒロヒトを中心とした傀儡(かいらい)政権”」を提言し、「天皇は100万の軍隊駐留に匹敵する」と主張していた。

三井、三菱、住友、安田の4大財閥は、太平洋戦争中の4年間に重工業においては全国投資額に占める割合を18・0%から32・4%にふやし、金融では25・2%から49・7%へと急膨張を遂げており、「三菱は戦争のたびに大きくなった」と三菱電機社長はのべている。

 こうして1945(昭和20)年までの15年戦争で、日本の人民大衆は320万人以上が殺され、日本の都市の大部分は焼け野原となり、親兄弟、息子を殺され、家屋敷、家財道具を空襲で焼き払われて失い、塗炭の苦しみを味わった。だがこの戦争で、三井、三菱などひとにぎりの独占資本はボロもうけし、天皇を頭とする支配階級はアメリカによりすがり、アメリカの日本占領支配の下請機関となって生きのびた。そして戦後61年たった今、世界でもまれにみるアメリカの従属国家となっている。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/320mannninngakorosaretadainizisekaitaisenn.htm

対日戦争というのは、野蛮な日本の侵略をこらしめ、平和と民主主義のための参戦だったと欺瞞する。しかし、日露戦争後に、日本との戦争は必至と分析し、ハワイ攻撃を待って徹底的にたたきつぶし、無条件降伏させるという計画を持っていた。ライシャワーなどは、「戦争責任はすべて軍部にかぶせて、天皇を傀儡(かいらい)として利用する」といっていた。日本にかわって中国アジアを侵略するためであり、日本を占領支配するための戦争だった。そして、日本の人民が抵抗できないように、戦地では餓死、病死に追いこみ、内地では原爆投下、全国の都市空襲、沖縄戦でさんざんに殺しまくった。

あれだけ鬼畜米英でやっていながら、その後の占領は、今から見てもスムーズすぎる。アメリカは日本を侵略・占領するための戦争をやっていたのだ。日本の全土を焼き払って攻撃して、民間非戦斗員をぶち殺している。一般国民は自然の感情として、国を守らなければと思う。特攻兵士の心情などが端的だ。

アメリカや天皇は、それが次にはアメリカの占領とそれに従っていく自分らに反対して向かっていくのが怖いわけだ。「本土決戦」を叫んでいるが、真実がばれたらその矛先が自分に向く関係だ。だから、国民には竹槍を与えるが、鉄砲で武装させるということはなかった。「鬼畜米英」のインチキはそのへんにある。

あれほどスムーズにやれたのは、天皇がやったことと、そのために本土空襲や飢餓作戦で地獄の状況を作り、国民をへとへとに疲れさせたことによる。それをアメリカが計画的に作り出したし、日本の支配階級も望んだ。国内は戦意喪失で、軍隊は独断で解散していく。集団でも離隊していく。占領軍への抵抗なども起こりようがない。かなりの男は外地に行ってしまっていない。武装解除をさせて、しかも権力の空白ができないように、そこは米軍が来て占領する。そのうえマッカーサーは民間の銃剣をすべてとりあげる徹底した「刀狩り」までやった。


マッカーサーが無条件降伏から二週間後に上陸できたのは、安心しきっていたのだ。ずっと以前から日本の対応がわかっていて、武装解除の進行具合を把握していた。占領された敗戦国でこれほど組織的な抵抗がなかったところは世界的にもまれだ。

「戦後の方が食糧がなかった」というのが実態だが、占領軍が食糧を持ち去ってないような状況にして、「食糧援助」と称して恩義を売る。飢餓作戦をやっていた。

占領期の検閲問題なども暴露されていない。きれいにマインドコントロールされるようになっている。マッカーサーは45(昭和20)年9月15日、「プレスコード」(新聞紙法)を発したが、アメリカ占領軍の「検閲」の名による言論統制を四五年秋から非公然に開始した。検閲要員は1万人近くいた。その対象は、新聞・雑誌、放送・演劇脚本・映画、紙芝居・幻灯などのすべてにわたり、国民の手紙や葉書などの郵便物、電話の盗聴までやっていた。

そういうことについても、一切知らせてはならないと、徹底した検閲をやった。日本のメディアは、自分らで自主検閲するようにするし、朝日新聞なんかは自主検閲要領というのをプレスコードの線に沿ってつくっていた。それはいまでも続いているしもっとひどくなっている。一方で、GHQは新聞やラジオなどを直接にも利用して、宣伝していった。第2次大戦についてのアメリカ軍を美化する心理作戦でも、商業新聞に直接GHQが原稿を書いていたり、NHKの「真相はこうだ」という特集などもそうだ。


米軍について悪くいうことを徹底して封じた。だから原爆の実態や空襲実態についても徹底し隠した。沖縄戦なども典型的で、日本軍がみんな殺したようなイメージをつくり出す。マニラとか長沙などへのアメリカ軍の爆撃もみんな隠蔽していた。安岡の戦争体験者が長沙へのアメリカの空襲を近年朝日新聞に投稿したら、ボツにされたといっていた。

戦後のアメリカの検閲のやり方を見ても、報道内容をチェックするばかりではなく、郵便物や電話まで開封、盗聴する。しかも検閲してないような格好をしてやる。戦前の検閲は、伏せ字で検閲したことが分かる形だったが、アメリカの方はまだ陰険だ。内容は、原爆を公表してはならない、戦争の悲惨さを公表してはならない、反米的なものは許さないというものだった
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/aratanabaikokutosennsounosyuppatutenn.htm


真珠湾攻撃をやるまえに海軍自身が「石油は2年しかもたない」といっていたが、天皇も軍部も最初から負けるとわかっていてアメリカとの戦争に突っ走った.

天皇が一番怖かったのは日本のなかでの革命だった。満州事変のまえの2・26事件にしても、日本は農村恐慌で農民一揆も2000件もあり、社会不安が起こる危険性が高かった. ソ連や中国に負けるわけにはいかなかった、どうしてもアメリカに負けなければならなかった

そうした背景があって青年将校が事件を起こした。事件そのものは鎮圧したが、天皇や上のものは、共産革命が日本でも起こることを念頭においていただろうし、それをもっとも恐れただろう。

太平洋戦争でアメリカに負けたというが、そのまえに中国でさんざんにやられている。それが日本の敗戦を決定的にしたのだ。
 日本軍は中国人や朝鮮人を「チャイナ」とか「ヨボ」とかいってべっ視しきっていた。創氏改名をさせ、名前も宗教も認めない、日本に労働力として強制連行したり、兵隊にとっていた。中国に負けて撤退となると、「勝った、勝った」という大本営発表がうそだったということになり、国内で大混乱になる。それこそ革命が起こり、天皇の首が危なくなる。だから、「中国からの全面撤退」は絶対に認められなかった。それよりも天皇制を維持するために、負けるとわかりきったアメリカとの戦争に突入した。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/utunomiyamutuo.htm


負けると分かった戦争に突き進み、いくら負けてもやめることはせず、原爆投下になって無条件降伏をした。45年2月、吉田茂などが関わり近衛文麿の天皇への上奏文がある。それは、米英は国体を守ってくれること、もっとも恐るべきことは敗戦にともなって起こる人民の革命だというものであった。

天皇とその側近がもっとも心配していたのは、国体が護持されるかどうか、自分たちの地位が守れるかどうかだけであった。だまされて死ににいかされた兵隊たちが返ってきたら、反乱を起こし、自分たちの支配の地位が剥奪されるという不安であった。

日米戦争に突き進むとき、すでに中国で打ち負かされており、戦死者は20万人近くになっていた。ここで支配勢力が心配したことは、中国撤退となると、天皇の権威が崩壊することであり、反乱・革命が起きることであった。そして日米戦争に突き進んだ。

天皇を頭とする政治家、財閥などは、原爆投下を絶好のチャンスとして、アメリカに降伏し、命乞いをした。そして戦争に駆り立て犠牲を強いた人人には何の償いもせず、民族的な利益のすべてを売り飛ばすことでその支配の地位を守ってもらう道を選んだ。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/beikoukanngagenbakutoukaseitoukawohatugen%20nihonsukuuzihibukaikouito.htm


大本営は兵隊をわざと死なせるような作戦をやった

まともな戦争ではなかった――ほとんどが餓死か病死だった

武器も食糧も持たせず死ぬとわかった輸送船に乗せて送り出した

敗戦したとたんに、天皇も財界も官僚、政治家も平和主義者のような顔をした

そして日本はアメリカの属国になった


あれだけ鬼畜米英でやっていながら、その後の占領は、今から見てもスムーズすぎる。アメリカは日本を侵略・占領するための戦争をやっていたのだ。

日本の全土を焼き払って攻撃して、民間非戦斗員をぶち殺している。一般国民は自然の感情として、国を守らなければと思う。特攻兵士の心情などが端的だ。アメリカや天皇は、それが次にはアメリカの占領とそれに従っていく自分らに反対して向かっていくのが怖いわけだ。「本土決戦」を叫んでいるが、真実がばれたらその矛先が自分に向く関係だ。

だから、国民には竹槍を与えるが、鉄砲で武装させるということはなかった。「鬼畜米英」のインチキはそのへんにある。精神主義とかいっているが、その気じゃないのだ。マッカーサーが日本に上陸するのが8月15日から2週間後の30日だ。司令官がすぐ乗り込めるのだ。


丸ごと米単独占領 支配階級・日本を米国に売る

占領軍には1発も銃弾は飛ばなかった。

あれほどスムーズにやれたのは、天皇がやったことと、そのために本土空襲や飢餓作戦で地獄の状況を作り、国民をへとへとに疲れさせたことによる。それをアメリカが計画的に作り出したし、日本の支配階級も望んだ。国内は戦意喪失で、軍隊は独断で解散していく。集団でも離隊していく。占領軍への抵抗なども起こりようがない。かなりの男は外地に行ってしまっていない。武装解除をさせて、しかも権力の空白ができないように、そこは米軍が来て占領する。そのうえマッカーサーは民間の銃剣をすべてとりあげる徹底した「刀狩り」までやった。

マッカーサーが無条件降伏から二週間後に上陸できたのは、安心しきっていたのだ。ずっと以前から日本の対応がわかっていて、武装解除の進行具合を把握していた。占領された敗戦国でこれほど組織的な抵抗がなかったところは世界的にもまれだ。

ドイツの場合は行政機構は壊滅しており、官僚機構も軍隊も解体したが、日本は軍隊は解散させるが、官僚機構はすべてそのまま残した。日本は空襲でも官庁がやられていない。国会議事堂はそのままきれいに残った。大蔵省や日銀も戦前からの建物がそのままだ。

ドイツは戦争に協力したマスメディアなどはすべて廃刊になった。日本は違った。悪かったのは軍部だけで、天皇はじめ、官僚機構がそうだし、独占企業、マスコミ、全部が元元平和主義者のような顔をして生き残った。それが単独占領を保障したわけだ。みなアメリカに協力して民族的な利益を売り飛ばしていった。

アメリカは日本占領に50万人の兵力を用意していた。しかし20万人でよいといって削った経緯がある。戦前の体制がそっくりアメリカの配下になったからできたことだ。いかに日本の支配階級が売国的かがわかる。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/aratanabaikokutosennsounosyuppatutenn.htm

日本は海外に巨大な権益を持つ帝国主義国であるがアメリカの屈辱的な植民地的隷属下にあるという特質を持っている。

 このような日本社会のさんざんな崩壊状況は第二次大戦に根源がある。
あの戦争では320万人が犠牲となった。あらゆる家族で親類に戦死者がいないところはないというほど殺された。

あの戦争は天皇を頭とする独占資本集団が、国内をさんざんに搾取収奪して、
狭隘な国内市場から海外に求めて侵略につぐ侵略、戦争につぐ戦争を繰り返し、
最後に中国への全面侵略戦争を引き起こし、米英仏蘭列強の植民地争奪戦に突入して敗戦となったものであった。

 ところがアメリカの対日参戦は、アジアをファシズム国の侵略から解放するためでも、社会主義ソ連とともに日独伊ファシズムとたたかって民主主義の世界を実現するためでもなかった。

アメリカは中国市場を奪う野望とともに、日本をたたきつぶし単独で占領するという明確な計画を持って臨んだものであった。

 そして天皇をはじめとする独占資本集団、政治家や官僚、大新聞など、戦争を指導してきた支配層は、人人には「鬼畜米英」「一億総玉砕」などとあおり立てながら、実際には「国体の変革」すなわち人民の革命を恐れ、米英に救いを求めていった。

自らすすんでアメリカによる日本支配を担うこと、日本の民族的な利益のすべてを売り飛ばすことによって、自分たちの支配の地位を守ってもらう道を進んだ。


現在むき出しにあらわれた日本社会の植民地的隷属状態は、日本の政財官界から新聞界などあらゆる支配勢力が、アメリカの利益のために自ら進んで日本の民族的利益を根こそぎ売り飛ばしてきたことによって進行した。

かつて旧満州を統治するのに六〇万余の軍隊を必要とした。

かつてマッカーサーは「天皇は一〇〇万の軍隊に匹敵する」といったが、
四万人ほどの米軍で日本を隷属支配しているのは、アメリカの意向をくんで自分から進んで働いて地位を得るという売国的な支配勢力の存在があるからである。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/anpokaiei50nensengo65nenwotyokusi.html


4. 2016年8月11日 01:03:58 : 6CGtmfGD9k : UBf4t831nsI[1]
ミッドウェー海戦ねぇ。負け方がおかしすぎる。

悲劇のガダルカナルを生んだ大本営軍令部 
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/YamamotoIsoroku04.html

ここは、工作員しかコメントしてないのか。コメント1、2番目のw3M1BHSquEは911の火消しをやっている奴だし、3番目は壷売り臭い中川隆。

>w3M1BHSquE
ベトナムはあらゆる面においてアメリカより劣っていたが、勝ったよ。アメリカに反抗するな、と奴隷根性でも植え付けたいのかな。

>中川隆
長州新聞は良い記事を載せることも多いけど、胡散臭いんだよな。後藤・湯川インチキ首切り騒動やナンチャッテ新幹線放火事件を事実として報道するし…

転載されている記事は冷戦構造自体がプロレスということを認めていないのが、どうも納得いかない。資本主義も共産主義も偽ユダヤの両建て戦略なんだよね。

それと、共産主義者による敗戦革命の要素を全く無視している点も気になる。太平洋戦争期に使われた、全滅を意味する「玉砕」は玉(天皇)が砕けると書く。軍部中枢に天皇家を滅ぼそうとしていた連中が間違いなく存在した。天皇憎しで、何もかも天皇のせいにしようとしても歴史の闇は見えてこない。


5. 2016年8月12日 02:51:37 : w3M1BHSquE : 5KToaZSVnLw[766]
>>4
陰謀論なぞ どうでもいいが

「昭和16年夏の敗戦」 で 検索して御覧なさい
アメリカに勝てる筈が無い事は、開戦前から判っていた事ですよ 何度も何度もシミュレーションを繰り返し
それでも日本が勝てるという答えは ついに出て来なかったのは 列記とした事実であるぞ
それを握り潰し 国民を騙して 戦争を始めたのは、軍上層部と指導者達である

都合の悪い指摘は 無視して誤魔化し 都合の良い事だけを拾い集めて構築し陶酔感に浸る
どこかの陰謀論者と そっくりではないか。


  拍手はせず、拍手一覧を見る

フォローアップ:


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法

▲上へ      ★阿修羅♪ > 戦争b18掲示板 次へ  前へ

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/ since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。
 
▲上へ       
★阿修羅♪  
戦争b18掲示板  
次へ