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今年の8月、反戦・平和の報道でよみがえったNHK/新たな事実、証言、証拠を発掘したドキュメンタリー(リベラル21)
http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/114.html
投稿者 gataro 日時 2017 年 8 月 21 日 09:15:48: KbIx4LOvH6Ccw Z2F0YXJv
 


2017.08.21
今年の8月、反戦・平和の報道でよみがえったNHK(リベラル21)

新たな事実、証言、証拠を発掘したドキュメンタリー

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-4064.html

2014年1月、事実上安倍首相が送り込み、安倍政権の意のままにNHKの報道に干渉した籾井勝人会長が、留任の野望を果たせず、今年1月24日に3年の任期を終えてNHKを去ってから半年余り。午後7時半の「クローズアップ現代」を10時台に動かしてのキャスター国谷裕子外しや、原発報道抑制が象徴した、籾井会長の人事と放送内容への干渉に、自己規制を余儀なくされていたNHKの現場。この8月の反戦・平和への報道で、見事に蘇った、と感じた。もちろん、国内政治・政局報道はじめ、NHKに強い不満、批判を持っている人もなお少なくないとは思うが、わたしは、NHKは蘇った、頑張ってくれよ、と励ましたい。
この8月のNHK番組の反戦・平和の報道はー
(1) 定時ニュースでは、ほぼすべてで、全国各地での戦争体験、戦争の残酷さ、平和の大切さを人々が語り合い、行動する姿が報道された。戦争を体験した高齢の人々が戦争体験を語り、戦争は二度としてはならないと語った。
15日には朝4時半のニュースから「戦後72年の終戦の日。相次ぐ砲弾発見の背景」が報道された。
(2) 12日から15日の4日間のNHKスペシャル。戦場、部隊で残酷な戦争に参加し、多くが生死をさまよって生還した高齢者の証言、ソ連での裁判の記録フイルムなど、よくこれだけ集めた新証言、証拠をまとめた1時間特集番組。
(3) ETV特集「原爆と沈黙」(12日)、「戦争を体験した障碍者。ろう者は『ポイすて』」などの特集番組。新たに発見された沈没病院船の特集では、残存している装置から、国際法で他国からの攻撃を禁止する条件だった重兵器の運搬もしていたことが判明したと報道。
すでにネット上でも(2)について、驚き、怒り、感動した反響があふれているが、一部を見逃した人のために、新聞の番組紹介から、自分の感想をふくめ、紹介しよう。

▽8月12日「本土空襲・全記録」:66都市2000回の空襲を発掘現場と機密資料で
徹底分析▽乱射の瞬間
 わたしは当時小学校2年生だった。東京・中野に住み、夜になると防空壕で過ごした。下町をほぼ全焼した大爆撃の直後、母親、姉と岩手県に疎開した、その1か月半後、新宿、渋谷、中野を含む東京西部が絨毯爆撃され、ほぼ全焼した。

▽8月13日「731部隊の真実」スクープ・肉声の記録。なぜ一線を越えた?人体実験とエリート医学者」:
探し当てた生存兵士たちの証言、ロシアで保存していた731部隊の裁判記録フィルムを入手。731部隊幹部らの証言。NHKが今回初めてロシアで入手したようだ。旧満州での731部隊の細菌戦研究・生産・実行については、わたしも森村誠さんの「悪魔の飽食」を真っ先に読み、以後、常石恵一さんの研究報告、著書でかなり知っていたつもりだが、京大、東大を始め計数十人の大学教授ら研究者が、軍の求めによって現地での研究・開発に参加しとことは、正直にいって知らなかった。まして、リーダー格の京大教授が、現地で証拠隠滅後、真っ先に帰国し、日本の医学界のトップにまで上り詰めたことなどを知り、ショックを受けた。わたし自身は、60年台に共同通信の京都支局で大学・学術担当記者をやった。そのころ、京大はノーベル物理学賞受賞者の湯川秀樹さんをはじめ科学者の平和運動の一つの中心だった。まさか、細菌戦研究・開発のリーダーがいたことは当時どころか今回のNHK報道まで全く知らなかった。わたしが不勉強だっただけなのかもしれないが。
▽8月14日「知られざる地上戦」:樺太・5000人の犠牲者なぜ?終戦後も戦闘を続けた悲劇の7日間明らかに:天皇が終戦を宣言したのに、さらに1週間戦争を続けさせられた樺太、千島の兵士そして日本人住民たち。このことも、私はまったく知らなかった。日本軍はひどい軍隊だったのだ。敗戦当時だから仕方がなかった、という言い訳は、決して成り立たない。
▽8月15日「戦慄の無謀な作戦はなぜ」:
潜入取材・国境地帯
死者3万の白骨街道
元兵士・消えぬ悪夢
牟田内司令官の肉声
責任逃れの参謀たち
旧日本軍のインパール作戦がどれほど無謀で残酷な作戦だったかは、多くの人が知っているだろう。だが、数少ない生存兵士の声を、当時を再現する豪雨と泥海の現地映像
とともに聞いたとき、無謀、無責任きわまる現地司令部と参謀本部のもとで、極まった戦争の恐怖を、視聴者のだれもが感じたに違いない。(終わり)
 

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コメント
 
1. 中川隆[-6628] koaQ7Jey 2017年8月21日 09:25:41 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
CIAの指示で改憲を阻止する為に作ったんだろ:


アメリカの手先の官僚とマスコミ、CIA・中国の工作員から日本を守ろう


共謀罪批判は中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/711.html

護憲運動はCIA・中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/703.html

「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か _ 加計問題は CIA が扇動していた
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html

1972年2月、当時のニクソン米大統領とキッシンジャー補佐官が北京を訪問し、
周恩来首相と会談した時に、日本に対して三つの密約が交わされた。
米中密約の内容

1.日本に核武装そして単独防衛させない
2.これを防ぐために米軍は日本に駐留する(ビンの蓋論)
3.朝鮮半島および台湾問題で日本に発言権を与えない

この密約は、2002年10月、当時の江沢民中国国家主席が、
テキサスの牧場に当時のブッシュ大統領を訪ねたときにも再確認された。


安倍総理が憲法改正を言い出した途端にモリカケ問題で振り回されるようになった。

「株式日記」では、霞ヶ関が国政の実権を握っており、その権力の源泉は米軍にあると以前に書いたことがありますが、沖縄の問題ひとつとっても密約だらけであり、そのことは日本の政治家も国民も知らないことが多いようだ。密約を結ぶのは政治家であっても、総理も大臣もコロコロ代わっていくうちに密約のことを知らない政治家ばかりになる。

しかし霞ヶ関には密約の番人がおり、密約を破ろうとすると官僚が動いてスキャンダルを暴露されて失脚するか、不慮の病死で葬り去られる。安倍総理もプーチンとの会談を重ねて北方領土返還に動こうとしたのに、待ったをかけたのは外務官僚であり、米軍との密約で日本のどこにでも米軍基地を作れるという文言があるらしい。

だからプーチンが北方領土には米軍基地を作らせないという約束ができるのかと聞かれて、安倍総理はその密約を知らなかったらしい。でなければ安倍総理が北方領土返還交渉をするわけがない。プーチンの方が日米間の密約のことはよく知っており、そこをプーチンは突いてきたのだ。

安倍総理が憲法改正を言い出した途端にモリカケ問題で振り回されるようになったのも、日米間には日米安保と現行憲法とはセットであるという密約のことを知らなかったのかもしれない。安倍総理の祖父は岸元総理だから誰よりも密約のことは知っているはずですが、密約は密約であり公式の外交条約ではないから守る必要はない。

最近では日韓合意がありますが、これも密約のようなものですが正式な外交条約ではない。だから守らなくてもいいのですが紳士協定のようなものであり、日本は密約を守る国であり韓国は密約を守らないというだけの事だ。外交的に難しい交渉をする時には表向きの条約と裏側の密約とに分かれていることが多く、国民には密約は公開されない。

外務官僚が日本の内閣内部の動きを逐一アメリカに報告しているのは、明らかにスパイ行為ですがウィキリークスでこのような行為が行われていることが暴露された。それに対して日本はアメリカの政府内部の動きを何も掴むことができない。日本にスパイ防止法ができないのもこのような密約があるからだろう。

日本は在日米軍が存在する限りはアメリカの植民地であり、日本の独自外交など存在はしない。逐一外務省がアメリカに日本政府部内の動きを報告しているからだ。そのようなスパイ行為が正々堂々と出来て、日本の政治家がどうすることもできないのは在日米軍が目を光らせているからだ。

だから安倍総理がいくら頑張っても、外交は元外務次官の谷内正太郎国家安全保障局長が行っており、岸田外務大臣は蚊帳の外だった。このように政治家と官僚とのずれが生じるのは、政治家が通訳を介さないと交渉ができないのに対して、官僚は通訳を通さずに交渉ができるから、アメリカは密約を官僚に持ちかけてくる。

矢部氏によれば、「そして残念なことに、そういう掟のほとんどは、じつは日米両政府のあいだではなく、米軍と日本のエリート官僚のあいだで直接結ばれた、占領期以来の軍事上の密約を起源としているのです。」と書いているように、日本の日米交渉は密約だらけで伏魔殿のようになってしまっている。

率直に言えば日本国憲法も占領期間中に作られたものであり、だから無効だと宣言できるのでしょうが、日米安保とセットだからどうすることもできないのは密約によるものだ。日米地位協定も密約の塊であり、日本の政治家は誰も改正を持ち出せない。日本は法治国家ではなく米治国家であり、憲法以上の日米間の「掟」が存在している。
http://2013tora.jp/kabu390.html



[32初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数、規定違反多数により全部処理

2. 2017年8月21日 10:15:59 : Pl4xATdljq : DFEJrkEXQhU[1]
この記事でカバーされていない、8月13日NHKBSで2時間にわたり報じられた「日本を焼く尽くした米軍幹部246名の肉声テープ 無差別爆撃の衝撃の理由と真実」があるので紹介したい。無差別爆撃の裏に、米空軍の置かれた立場が大いに影響したことが分かる。

http://www.dailymotion.com/video/x5ww7u5 前編
http://www.dailymotion.com/video/x5wwo78 後編

また、「毒ガスを空から撒き1400万人を無差別殺害計画」(前篇 3:25から)と「1938年当時の空軍力比較 日本4000機:米1200機」(前編 10:30から)も非常に興味深い。


3. 2017年8月21日 10:57:51 : ArG5WsPsa2 : ylyudJXPm0U[111]
「天皇が終戦を宣言したのに、さらに1週間戦争を続けさせられた樺太、千島の兵士そして日本人住民たち。このことも、私はまったく知らなかった。日本軍はひどい軍隊だったのだ。敗戦当時だから仕方がなかった、という言い訳は、決して成り立たない。」

また、日本がわるかっかよ、 違うだろ

停戦に向かおうとしてるのに、ソ連軍は停戦せずに攻めて来たんだろ。

日ソ不可侵条約を破り、停戦せずに攻撃してきたソ連軍には全然ふれない。

日本軍がわるい、悪いのは全部日本だ日本軍だ、 これを自虐という。


ウイキペヂアより。
8月15日に日本のポツダム宣言受諾が布告されて、太平洋戦争は停戦に向かったが、樺太を含めてソ連軍の侵攻は止まらず、自衛戦闘を命じられた日本軍との戦闘が続いた。樺太での停戦は8月19日以降に徐々に進んだものの、ソ連軍の上陸作戦による戦線拡大もあった。8月23日頃までに日本軍の主要部隊との停戦が成立し、8月25日の大泊占領をもって樺太の戦いは終わった


4. 中川隆[-6625] koaQ7Jey 2017年8月21日 11:08:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

他の国は何をやるかわからないから

核武装しないと日本が滅びる

というのは結論だね


日本さえ攻撃しなければ平和が続くと思っているのがお花畑日本人の妄想なんだ

[32初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数、規定違反多数により全部処理

5. 新共産主義クラブ[4349] kFaLpI5ZjuWLYINOg4mDdQ 2017年8月21日 11:18:31 : zYJUKQlCVI : 8nxpwTBUogk[4]
>>3さん
>停戦に向かおうとしてるのに、ソ連軍は停戦せずに攻めて来たんだろ。
>日ソ不可侵条約を破り、停戦せずに攻撃してきたソ連軍には全然ふれない。 
 
 
 NHKの放送番組「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」によると、樺太では、日本軍が先に停戦を破って、ソ連軍に攻撃を開始したようです。
 
 
■ 樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇
(NHK,2017年8月14日(月) 午後8時00分〜8時43分)
 
 北海道の北に広がる大地、サハリン。かつて「樺太」と呼ばれ、40万人の日本人が暮らしていた。この樺太で終戦後も7日間にわたって戦闘が続き、住民を巻き込んだ地上戦が行われていたことは、これまでほとんど知られて来なかった。犠牲者は5千人とも6千人とも言われ、その人数は今なお正確にわかっていない。
 
 最前線に立たされた少年兵、地獄の逃避行で命を落とした幼い子供や母親、ロシア兵の上陸におびえる女性たちや家族の集団自決も起きた。重い沈黙を破って語り始めた高齢の元住民たちの証言と国内外の発掘資料から、知られざる樺太地上戦、7日間の悲劇の全貌に迫る。
 
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170814
 

6. 戦争とはこういう物[2200] kO2RiILGgs2CsYKkgqKCpJWo 2017年8月21日 11:27:53 : 9PG0M0b68Q : jKnbezZWN40[843]
しかし平和を祈る少女像のニュースでは「解決済み」の表現しか流さない。
国が関与し事実上慰安婦を大量徴用した問題は「不可逆解決」としか報じない。
被害を受けたという人が要る限り、事実を明らかにするまで続けるのが報道の使命では。

7. 2017年8月21日 12:23:27 : pKeFbHIXNc : F2Uep2kuEyk[5]
NHK内部で現場が頑張ったことは素直に評価したい。アメリカの対日占領がきれいごとでなくアメリカの言いなりで日本人の血税が使われていたことも報道していた。

これを安倍政権や日本会議が攻撃するようなら、信頼を失うのは安倍政権の側になる。すでに南京事件がなかったなどのタワごとは国際社会から総すかんになっている。

もちろんまだ受信料を払う気にはならんが。


8. 2017年8月21日 19:28:36 : kJAXJhySpU : Mcs9ryOg0sU[1]
>天皇が終戦を宣言したのに、さらに1週間戦争を続けさせられた樺太、千島の兵士そして日本人住民たち


1945年8月の「占守島(しゅむしゅとう)の戦い」

占守島の戦いとは、

太平洋戦争が「終戦」した2日後の1945年8月17日深夜(18日未明とも)、

日本領だった千島列島北東端・占守島に、ソ連軍が攻め込んだ出来事だ。

当時、日本とソ連は中立条約を締結していたが、

ソ連は千島列島、樺太、さらには北海道の北部を日本から奪い取ろうと

「不法侵攻」を仕掛けた。

この時、ソ連軍の侵攻を食い止めたのが、占守島に残っていた日本軍将兵だった。

「実は、占守島で日本軍の守備隊が必死に戦った結果、

北海道北部がソ連に占領されないで済んだんじゃないか……。

これは、驚くべき話です」(池上彰氏)

占守島の戦いがなければ、

戦後の日本の歴史は、多かれ少なかれ変わっていた可能性が高い。

その意味では、終戦後、

待ち焦がれていた故郷に帰る夢を置き、再び武器を手に取った日本軍将兵の姿は、

池上氏が語るように、先の大戦の史実の中でも、

特に今後も語り継がれるべきであろう。


9. 2017年8月21日 19:32:39 : kJAXJhySpU : Mcs9ryOg0sU[2]
>NHKの放送番組「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」によると、樺太では、日本軍が先に停戦を破って、ソ連軍に攻撃を開始したようです。

大噓。


10. 2017年8月21日 19:38:58 : kJAXJhySpU : Mcs9ryOg0sU[3]
>旧日本軍のインパール作戦がどれほど無謀で残酷な作戦だったかは、多くの人が知っているだろう


インパール作戦は戦後、日本陸軍の愚策の1つとして批判にさらされてきた。

だが、この作戦の本質は、

日本軍約7万8000人とインド国民軍約2万人の日印連合軍による

“対英インド独立戦争”である。

この作戦があればこそ、戦後、インドは独立できたのである。

元インド国民軍大尉で、全インドINA事務局長、

S・S・ヤダバ大尉は1998年1月20日、こう記した。

 《われわれインド国民軍将兵は、インドを解放するためにともに戦った戦友としてインパール、コヒマの戦場に散華した日本帝国陸軍将兵に対して、もっとも深甚なる敬意を表します。インド国民は大義のために生命をささげた勇敢な日本将兵に対する恩義を、末代にいたるまで決して忘れません。われわれはこの勇士たちの霊を慰め、ご冥福をお祈り申し上げます》(靖国神社)


11. パラノイア[378] g3CDiYNtg0ODQQ 2017年8月21日 20:58:52 : xpqt0ctb9M : aElf18gm5_g[1]
誰だよヤバダって、以下ガンジーから日本人への手紙より

『まず初めに言っておきたいのです。あなた方に対する悪意は無いのですが、私はあなた方の中国への攻撃には、非常に嫌悪感を持っています。あなた方はその高尚な高さから、帝国の野望に堕ちてしまいました。あなた方はその野望に気付く事なく、アジアの手足切断の製作者となり、知らずしてか、「世界の連合」や「同胞化」を防ぎ、これら(「世界の連合」や「同胞化」)無しにはあり得ない「人道主義への望み」を絶ってしまっているのです。

50年以上前、ロンドンにて勉強していた18歳の少年の時以来、私はサー・エドウィン・アーノルドの書籍を通して、あなた方の国の素晴らしい資質について学びました。南アフリカ滞在中、あなた方がロシア軍に対して勝利をしたと聞いた時には、興奮をしたものです。1915年、南アフリカからインドに帰国した後、我々のアシュラムのメンバーとしてしばし過ごした日本人仏僧たちと、私は親しくなりました。そのうちの一人は、セヴァグラムのアシュラムでの貴重なメンバーとなり、彼の義務への遂行、高潔な態度、毎日の礼拝への尽きる事の無い献身、親しみやすさ、どのような状況下でも変わらない落ち着き、内なる平安の肯定的な証拠である自然な微笑みなどによって、我々全員からの尊敬を得ていました。

しかしながら、あなた方による大英帝国への宣戦布告をもって、彼は我々から引き離されてしまい、我々は彼という同労者の不在を悲しく感じています。我々を毎朝起こしてくれた彼の日ごとの祈り、彼の小さな銅鑼の思い出だけが残されています。この喜ばしい想い出を背景に、「挑発を受けずして行なった」と考えられる中国への攻撃と、またもし報道を信じるならば、あなた方が優れて古い土地にもたらした憐みの無い荒廃を、私は深く嘆き悲しんでいるのです。

あなた方が世界の大国と対等な位置につこうとした野心は、貴いものだったかもしれません。しかしながら、あなた方の中国侵略と枢軸国との同盟は、到底是認できない野心の行き過ぎです。

あなた方が受け入れ、自分のものとした古典的な文学を持つ偉大な古代の人々は、実はあなた方の隣国人であり、私はあなた方がそうした事に誇りに感じるだろうと期待していました。お互いの歴史、伝統や文化への理解は、今日あなた方を敵ではなく、友として結びつけるべきだったのです。

もし私が自由人であったならば、もし私があなた方の国に行けるならば、弱っているにしても、自分の健康や、命さえ危険に陥れたとしても、あなた方の国に行き、あなた方が中国、世界、ひいては自分自身に対して行なっている悪行を止めるよう、お願いするでしょう。
けれど私にはそのような自由はありません。また私たちは、日本主義や、ナチスズムと同様に嫌っている帝国主義に抵抗する特殊な立場にあります。私たちの抵抗は、英国の人々に損害を与える意味はありません。私たちは彼らを改心させようとしているのです。私たちのものは、英国支配への非暴力の抵抗です。我々の党は、外国の支配者との間に、真剣でありつつ、しかも親しさのある論争を展開しています。しかしながら、この運動に、外国勢力の支援は必要ないのです。日本によるインド攻撃を間近に控えたこの時期を、(インド独立によって)連合国側に恥をかかせる良い機会と考えているならば、あなた方は明らかに誤解をしているのです。もし我々が英国の困難を自分たちの好機だとしたかったのなら、我々は戦争が始まった3年前に、そうしていたでしょう。

英国勢力撤退を要求する我々の運動は、誤解されるべきではありません。実際、報道されているようなインド独立に対するあなた方の懸念が真実であるならば、英国による独立承認は、あなた方にインド攻撃の口実を与える事は無い筈です。

しかもあなた方の主張とあなた方の容赦ない中国への攻撃に、整合性はありません。あなた方が「インドから歓迎でもって迎え入れられる」などという悲しい幻想に惑わされ、過ちを犯さないようにお願いしたいのです。英国撤退運動の手段と方法は、「英国帝国主義」と呼ばれようが、「ドイツ・ナチズム」であろうが、或いはあなた方であろうが、インドを全ての軍国主義、帝国主義の野望から自由にすることによって、インドを整えることにあるのです。

もしそうでなければ、非暴力が軍国主義精神とその野望への唯一の媒体とする信念に逆らって、我々は世界の軍国主義化への卑しい観衆となっていたでしょう。個人的に私は、インドの独立を宣言することなしに、連合国軍側は、ただの暴力を宗教的な高潔さで呼ぶ枢軸国軍側を打ちのめす事は出来ないのではないかと危惧しています。あなた方がするような、容赦なく、効能的な戦闘によらなければ、連合国側はあなたとあなたの同労者を打ち負かすことは出来ません。しかし、もし彼らがあなた方のやり方を真似るならば、彼らが世界を民主主義と個人の自由の為に救うという宣言は、無価値なものとなってしまいます。

私は、彼らがあなた方の無慈悲を真似せず、却ってインドの自由を宣言し、スルタンによるインドの強制された協力を、自由を得たインドの自発的な協力に変える事によってのみ、彼らは力を得る事が出来ると考えているのです。

英国と連合国側に対して、我々は彼らが主張し、彼らの益でもある「正義」の名によって、彼らに願いました。我々は、あなた方には、「人道」の名によってお願いをします。私は、あなた方が無慈悲な戦闘をする権利は誰にも無いと理解していない事実に驚いています。もし連合国によるのでなければ、誰かがあなた方のやり方を更に改良し、あなた方の武器によって必ずあなた方を打ち負かすでしょう。もしあなた方がこの戦いに勝ったとしても、誇りに思えるような偉業を子孫に残す事などは無いのです。どのようにうまく語られたとしても、残酷な仕打ちの物語に誇りなど感じられる筈は無いのです。

もしあなた方が勝利したとしても、それはあなた方が正しかった事にはなりません。あなた方の破壊力が大きかったことを意味するだけです。勿論、公正と正義の行ないとして、その他征服されているアジア、アフリカの人々への同じような自由の約束として、まずインドを自由にしない限り、これは連合軍にも当てはまります。

我々の英国への要請は、連合軍側の兵をインド内に保留させる、自由インドの意思と結合しています。我々の要請は決して連合軍の目的に危害を加えるものではない事を証明し、また英国が空にした国に入って来ても構わないと、あなた方に勘違いさせない事を目的としています。

あなた方がそのような考えを好み、実行しようとするならば、我々の持ち得る全ての力を奮い立たせて、あなた方に抵抗するでしょう。私は、我々の政府が、あなた方とあなた方の同労者が正しい方向に向かい、また、あなた方が道徳的崩壊、また人間をただのロボットに軽減させる誤った道のりから退くよう影響を与える希望をもって、この要請をしています。あなた方が私の要請に応えてくれる希望は、英国が私の要請に応えてくれる希望よりも、遥かに少ないものです。

私は、英国人が正義への認識を欠いていないと知っており、彼らも私を知っています。私はあなた方を判断するほど熟知してはいません。しかし私が読んだ全ては、あなた方は嘆願を聞かず、剣だけを聞くと語っています。あなた方に関して聞く話しが全て誤りであり、私があなた方の良心の琴線に触れられる事を、私はどれほど願っているでしょう。人間の性質がもたらす応答への絶える事のない信頼を、私はやはり持っているのです。この信頼の力に基づいて、私はインドでの運動を続けてきました。そしてその信頼に基づいて、私はあなた方に嘆願をしているのです。

セヴァグラムにおいて、


18-7-1942

あなたの友であり、あなたの繁栄を祈る者、
マハトマ・ガンジー』


12. 2017年8月21日 21:34:40 : yGx7DkbKBE : Q9xdL0FhjJg[73]
綺麗事 もう通らない 戦争は

13. パラノイア[379] g3CDiYNtg0ODQQ 2017年8月21日 21:52:43 : xpqt0ctb9M : aElf18gm5_g[2]
ガンジーは 余計なお世話 と言っている

14. 2017年8月22日 05:05:33 : o3NsyVnZIU : U9Hex3AXCeM[6]
>>8さん
>「実は、占守島で日本軍の守備隊が必死に戦った結果、北海道北部がソ連に占領されないで済んだんじゃないか……。これは、驚くべき話です」(池上彰氏)
占守島の戦いがなければ、戦後の日本の歴史は、多かれ少なかれ変わっていた可能性が高い。


北海道(半分)がソ連に占領されないで済んだんのは、占守島で日本軍の守備隊が必死に戦った結果ではない。トルーマンとスターリンの往復書簡で、北海道は米国が千島はソ連が占領すると話がついていて、それが実行に移されたに過ぎない。

wiki 「北方領土問題」から
トルーマンの「一般命令第一号」原案では、千島列島の日本軍がソ連に降伏するとされていなかったため、スターリンは、ヤルタ協定に基づき、赤軍に対し降伏させるようトルーマンに要求。トルーマンはスターリンの要求を受け入れた。しかし、同時にスターリンが要求した、北海道東北部の占領要求は、ヤルタ協定になかったので拒否した。他方、米国側はソ連に対し、千島列島中部の一島に米軍基地を設置させるよう要求したが、スターリンに拒否された。


NHKスペシャル 『これがソ連の対日外交だ〜秘録・北方領土交渉』 91年4月14日放送 7月20日出版から

P68
北海道の北半分を要求するスターリンの書簡は、8月16日ホワイトハウスに届いた。間髪を入れないクレムリンからの返答に対して、トルーマンもただちに回答している。こちらも、なかなかしたたかな内容である。

「8月16日付け書簡の回答として、千島列島のすべてをソ連極東軍に明け渡す領域に含むよう一般命令第一号≠修正することに同意します。

しかし、アメリカ政府は千島列島に(できれば中央に位置する島に)、軍事並びに商用目的の水陸両用の航空基地の権利を望んでいることを理解していただきたいと思います。あなたが、そのような取り決めに賛成すると知らせていただければ幸いです。

その位置や他の詳細事は、両政府の特別代表をこの目的のために任命すれば、解決するということです。

北海道の日本軍がソ連軍に降伏するという件についてのあなたの提案ですが、それに関しては日本固有の全島(北海道、本州、四国、九州)の日本軍はマッカーサー将軍に降伏するというのが私の考えです」

両者の間で行き交う往復書簡は、まさに政治的な駆け引きに満ち満ちている。まず、トルーマンが千島列島をソ連の領有から外せば、スターリンは実力行使で北海道まで占領すると切り返す。それに対してトルーマンは少し引き下がり、ヤルタで約束された千島列島に関しては譲歩して、北海道占領の要求はまるで無かったかのように従来の主張を繰り返した。それだけではない。千島列島を譲歩するに際して、至極当然の如く島の軍事使用権を、交換条件のように求めているのである。

虚実を尽くしての駆け引きは、この後も続いていく。

P74
日米政治史を研究するアメリカ・ビラノバ大学のガリッキオ博士は、トルーマンが往復書簡で述べた真意の背景を、次のように分析している。

「ソ連が千島列島の領土を主張した時、アメリカの軍部では、それを認めよという意見が多数を占めました。何故なら、それは沖縄や中部太平洋の島々を、米海軍が手に入れることの支援材料になると考えたからです。ソ連の千島列島領有を認めておけば、アメリカもこれらの島を領有することを正当化できると計算したのです。統合参謀本部で大統領代理を務め、スターリンとの往復書簡も作成したリーヒ提督も、そうした考えに立つひとりでした」

こうした事情から、アメリカは何やかやと注文をつけながらも結局、ソ連への千島列島譲渡を認めたのである。

トルーマンから"千島列島を譲ってもよい”との、最終的な了解を得たと判断したスターリンは、ただちに極東に指令を発し千島列島進攻作戦を開始することになる。それは、アメリカの態度が再び変化することを恐れ、速やかに占領を既成事実とするためであった。

P74
千島列島進攻作戦は、トルーマン大統領が千島列島のソ連領有を往復書簡で承認した8月18日に開始された。そして、その完了予定日は、日本が降伏文書に調印する9月2日の前日までとされていた。



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