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昔のテレビ・ドラマは面白かった _ 安達祐実 ・内藤剛志 家なき子 (日本テレビ 1994年)
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/1004.html
投稿者 中川隆 日時 2020 年 8 月 19 日 12:22:21: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 昔のテレビ・ドラマは面白かった _ 鈴木保奈美・三上博史 この世の果て (フジテレビ 1994年) 投稿者 中川隆 日時 2020 年 8 月 02 日 18:07:46)

昔のテレビ・ドラマは面白かった _ 安達祐実 ・内藤剛志 家なき子 (日本テレビ 1994年)


家なき子 1話




『家なき子』は、1994年と1995年に日本テレビの土曜グランド劇場で制作・放送されたテレビドラマ。また、ドラマのヒットを受けて1994年12月17日には劇場版が公開されている(後節参照)。


家庭内暴力を受けている小学生の少女が、理不尽な環境の中でも困難に負けずに生きていく様を描いた物語。


当時12歳だった安達祐実の出世作としても知られている。特に「同情するなら金をくれ!」という劇中の台詞が新語・流行語大賞に選ばれるほどのブームとなった。その一方で後述のように過激な暴力・いじめのシーンが批判の対象となり、内容が社会的議論も巻き起こした。菅井きんの強烈でインパクトのある役も話題になる。シリーズ第1作は平均視聴率24.7%、最高視聴率37.2%(最終話)を記録する大ヒットとなり、さらにシリーズ第2作も引き続き人気を保ち平均視聴率22.5%、最高視聴率31.5%(最終話)を記録している(関東地区・ビデオリサーチ社調べ)。


テレビ版シリーズ2作と劇場版が製作されており(シリーズ第1作→劇場版→シリーズ第2作の順)、3部作構成となっていた。初期こそエクトール・アンリ・マロの児童文学作品『家なき子』へのオマージュがあったが、シリーズ第2作ではサスペンスやサイコスリラー、教育問題などオリジナル路線を強めていった。


なお、本作は前述の児童文学を同局が制作したアニメシリーズおよび、1974年10月1日〜1975年3月25日(火曜19:00 - 19:30、JST)にTBS系列で放送されていた、坂口良子主演のテレビドラマと直接の関係はなく、内容も別物である。



企画 野島伸司


脚本
高月真哉
いとう斗士八


主題歌
中島みゆき「空と君のあいだに」(ポニーキャニオン/原盤権はヤマハミュージックパブリッシングが所持しているため、現在は移籍先であるヤマハミュージックコミュニケーションズから発売)


制作 日本テレビ
放送期間 1994年4月16日 - 7月2日


1994年4月16日から7月2日まで日本テレビの『土曜グランド劇場』枠(土曜日21:00 - 21:54、JST)で放送された日本のテレビドラマ。


あらすじ
酒浸りで暴力的な養父、重病で入院中の実母。そして貧しい暮らしを理由に同級生たちから冷たい視線を浴びせられる日々を送っていた相沢すずは、歩み寄ろうとする担任教師の片島智之に反発。同時に母の手術費用を捻出するため、盗みなどに手を染めていく。ある日、一時帰宅をした母に暴力を振るった養父を殺害しようと、自宅アパートに放火するという事件を起こす。以降、すずは波瀾に満ちた人生を歩みながらも、不遇な現実に立ち向かっていく。


登場人物


相沢家


相沢 すず(あいざわ すず)〈12〉
演 - 安達祐実


1982年5月生まれ。川崎市立若宮小学校に通う6年生。この作品の主人公。継父の悟志による家庭内暴力および児童虐待が横行する貧しい家庭で育ったが、母である陽子への愛情は本物。優れた絵画の才能は父の悟志から、特殊な血液型(ボンベイブラッド。ドラマ内では「ボンベイプラス」)は母から受け継いでいる。服装は常にオーバーオールを着ており[注 1]、首からガマ口の財布(中身はお金や裁縫セットが入っている)を下げている。母・陽子は死亡。実父と知った悟志(死亡はしていない)も、失ってしまう。様々な体験を得て本人も知らないうちに成長するものの、その過程で無関係な人間や周りの人間を知らないうちに不幸に陥れていくなど狡猾な一面ものぞかせていくことになる。<本人も自覚しており自身は地獄行きだと語っていた>


相沢 悟志(あいざわ さとし)〈37〉
演 - 内藤剛志


戸籍上ではすずの継父だが、実は血の繋がった父親。美術的才能を持つが、その類稀な才能を怖れた画壇の陰謀によって画家の道を閉ざされて以来、粗暴な性格に変貌してしまい、飲んだくれの日々を送るようになる。自分を一度捨てた陽子に復讐すべく、改心したように見せかけて再婚後、陽子を昼夜働かせてヒモ生活を送るが、愛情は失っておらず、終盤では悩んだり、陽子の体調を気遣う場面も見られる。すずを敵視し、すずに執拗な虐待を行っていたため互いに犬猿の仲。アパートへの放火の容疑をかけられ拘置所に収容されているときに、仮病を使って警察病院に搬送される。そこで片島の父親である倉田幸助と出会い、釈放後に片島を強請るようになる。火災後に別居してからもすずとの敵対関係は続いていたが、死に際の陽子から真実を聞かされたことで荒んだ生活から足を洗い、父親として再出発を図る。だがその矢先、それまで父親が起こした殺人事件を元に強請りをかけていた片島に刺される。


相沢 陽子(あいざわ ようこ)〈37〉
演 - 田中好子


すずの母で悟志の妻。旧姓園田。悟志とはかつて恋人同士だったが、DVを受けるようになったことから、妊娠を告げずに逃亡。その直後に別の男性と結婚(すずの戸籍上の父となるが、詳細は不明だが、後述する手紙の中には亡くなったとあるので、故人ではある模様。)。すずの出産を経て、悟志と再婚。悟志の元を去った罪滅ぼしから昼夜を問わず働き詰めた末、重度の心臓病を患う。経済的な理由に加え、特殊な血液型であることから手術に踏み切れずにいた。すずや悟志に対しての愛情は深いものの、真実を告げるのを先延ばししていた為、両者の仲をより険悪な関係にしてしまってもいた。黒崎の手術により一旦、快方へ向かうが、交通事故で負傷したすずを救うために自身の血を輸血したことが元で亡くなってしまう。死の直前、リュウに真実を書いた手紙を託しており、すずはのちに、その手紙を読んで悟志が実の父親であったことを知る。


リュウ
演 - ピュンピュン(犬)


すずの相棒。帰宅途中のすずと出会って以来、常について回るようになり、次第に信頼関係を深めてゆく。すずがピンチになっているときには突如救出にやってきたり、すずが片島の罪を被り少年院に入ることになってもそこに入ってくるほどで、すずのいる場所を常に把握しているほどのすずに対して高い忠誠心を持っていた。園田家にいた頃、保健所に送られた事もあるが、のちに片島に救出され、予防接種を受けた上ですずの元へ帰還。リュウという名の由来は「すずの父親が辰年生まれだったことから、男の子が生まれたら“リュウ”と名付けるつもりだった」と陽子が教えたことから。


片島家


片島 智之(かたしま ともゆき)〈25〉
演 - 保坂尚輝


すずの担任教師で、出生名は「倉田智之」。小学生の頃、父親が事業失敗を苦にして母親を殺害し逮捕。歳の離れた兄、智浩は思い出す事もない程に疎遠となっており、親戚をたらい回しにされた末、改姓の為に片島家の養子となった過去を持つ(大学卒業、就職後の交流は見られない)不幸な境遇や美術的才能などの共通点からすずにシンパシーを感じ、何かと力になる。一方、父親が殺人犯であることを知った悟志から度重なる脅迫を受けながら、次第に悟志からの誘惑と罠に溺れていく。絵を介して岡崎章子と知り合い交際。途中で章子が、日本有数の大企業である「OSエンタープライズ」の後継者と知ることになる。若くて容姿端麗[注 2]な事もあり、京子と真弓の母子に好意を抱かれるほか、章子の母の玲子とも関係を持ってしまう。純朴で正義感の強い青年で、次第にすずも心を開いて行ったが、章子の持つ背後関係、そして浮上した後継者問題もあり、結婚に伴い、教職を退いて社長に就任。父親が手に出来なかった富と地位を手に入れたことから金の魔力に取り付かれ、周囲を簡単に裏切る人間へと変化。これまで自身に行った脅迫への復讐も兼ねて、自分の過去と経歴を知る悟志の殺害を企てた。そして、この事件の罪を自ら被って少年院に収容されたすずをも、口封じの為に殺害しようとするが失敗[注 3]。のちに結婚披露宴会場に押し掛けてきたすずに屋上で罵られ、そしてテープレコーダーでやりとりを録音していた章子ともみ合う内にリュウに襲われて足を踏み外し、亡き両親との平穏な日々を取り戻したいという思いを頭に浮かべながら転落死した。


倉田幸助
演 - 鶴田忍


智之と智浩の父。実業家だったが、経営破綻・資金繰りに悩み、妻を殺害。一家心中を図ろうとするが失敗し逮捕(この頃、智浩は家を出て自立していた様子)。服役中に重病を患い、警察病院へ入院。死亡直前に智之の所在と変更後の姓を口走ったのを、居合わせた悟志に聞かれ、悟志が智之を強請るきっかけを作ってしまう。


岡崎家、OSエンタープライズ


岡崎 章子(おかざき しょうこ)〈24〉
演 - 水野真紀


大企業「OSエンタープライズ」の社長のひとり娘で父親とは死別し、母に育てられた。母とは対照的に無垢で明るく、愛情深い性格。街頭で似顔絵師をしていたところを片島と知り合い、素性などを隠した状態で交際を開始。一時は次第に荒れて行く片島に絶望して別れを告げるが、母に勧められた縁談の席に押し掛けた片島の暴露[注 4]で縁りを戻す。
その後、母が急死した事により、後継者問題に直面。富を手にしたことで変わり行く片島を目の当たりにしながらも信じ続けたが、最後は全て裏切られた[注 5]。


岡崎 玲子(おかざき れいこ)〈50〉
演 - 新藤恵美


章子の母で「OSエンタープライズ」の総帥。夫(章子の父親)とは死別しており、実親から継いだ会社を女手一つで切り盛りし章子を育てた。やや腹黒い面があり、悪辣な印象だが、実業家としてのプライドが高く、やり手で知られる。
章子の交際相手である事を知る前、画商として現れた片島から贋作の油絵を売りつけられ、後日訪れた章子が社長室に飾られた油絵を見て「偽物じゃないこれ!!」と告げられ、驚く。再び現われた片島に対し、「今度は本物でしょうね?」と贋作であると知った事を告げた(後述)。
金の無心を「男絡み」と見破り、気に掛けるなど、章子に対して母親としての愛情は持ち合わせているものの、娘の恋人と知らずに贋作を売りつけた片島と肉体関係を持ち、逆援助交際となった事を理由に章子と片島の交際を執拗に反対。その一環として悟志とともに当たり屋行為を謀ったが、実際は悟志の策謀に利用されていた。後に章子と口論の末、階段から転落死する。


秘書
演 - 小野武彦


OSエンタープライズ社長秘書。新社長となった片島の腹心として彼をサポートするが、片島が悟志から度重なる脅迫を受けていた事を章子に忠告したことが原因で後に危険分子扱いされ、会社を追われる。


医療関係者


黒崎 和彦(くろさき かずひこ)
演 - 京本政樹


天涯孤独な生い立ちを持つ天才外科医。人体実験まがいの違法手術や法外な謝礼要求などが原因で、過去に医師免許を剥奪されている。ニヒリストを気取り、他者の慈悲や信仰に救いを求めようとする人間を徹底的に蔑視しているが、それは人間個々が本来、持ち合わせる可能性の素晴らしさを強く信じているためであり、闇医療で稼いだ金を自らの育った児童養護施設に寄付するなど優しい一面もある。すずの依頼で陽子の手術を執刀後、「経過を見届けない」事を理由に謝礼を受け取らずにオーストラリアへ旅立つ。次作では帰国している。


永井 秀雄(ながい ひでお)
演 - 塚本信夫


陽子の主治医。心臓外科の権威でありながら、誠実かつ思慮深い良識者で、貧しいすず親子に対しても深い理解を寄せる。すずが支払う医療費を彼女の将来の為にと、密かに貯金箱に入れている場面も見られる。黒崎とは旧知の仲であり、陽子の死後も、主にすずと黒崎との間を繋ぐパイプ役としてシリーズに深く関わっていく。


ナース
演 - 古畑京子、大森映美


陽子の担当ナース。永井と同様、すず親子に対して親身に接する。母に会いたい一心で病院の廊下を走ったすずを注意した事がある。


園田家


園田 真弓(そのだ まゆみ)〈12〉
演 - 西田彩香


園田家の長女で、すずとは従姉妹同士でもあり同級生(1982年5月頃生まれとみられる)。性格は母の京子と似た面があり、大人の前では優等生ぶってはいるが、すずへの軽蔑心、片島への淡い恋心[注 6]などから、子分と共に、便所に落とした握り飯をすずに無理やり食べさせようとするなど、すずに暴力を振るう等、同級生らの前では性格の悪さを隠そうとしない。家では母から溺愛を受ける兄に対して嫉妬を覚え、母にすずの中傷を吹き込んでいた。第4話のステージ上での一件の後、母京子の実家に連れられていった。


園田 公昭(そのだ きみあき)
演 - 篠原俊晴


園田家の長男で、すずとはいとこ同士となる。中学生に該当する年齢だが、小学校入学直後に事故に遭い下半身不随・車椅子生活となってからは、母の京子によって監禁のような状態で家に閉じ込められ、学校へ通う事はなかった[注 7]。外の世界をほとんど知らずに育ったが、心優しい性格の少年で、すずに心を開き、「外出させて欲しい」と依頼。しかし追って来た京子に自立を宣言した直後に誤って崖から転落死した。


園田 京子(そのだ きょうこ)〈40〉
演 - 小柳ルミ子


すずの外縁の伯母。経済的困窮などもあり、すずを疎んだり[注 8]、やる気のない和夫を「役に立たない」等、罵倒していた(ただし工場経営は、和夫以上の努力をしている上、子供達からも母親として認められている)。片島に色目を使い、豪華な弁当を作り、真弓に届けさせるなどを始め、好色家である事を理由に、すずから「お色気ばばあ」と嘲笑される。同時に息子の公昭を溺愛。娘に「兄ほど愛されてない」と嫉妬させてしまう[注 9]。公昭の死にショックを受け逆上して、すずを刺殺しようとした事もある。のちに和夫の計画に加担したことですずの怒りを買い、第4話の学芸会のステージ上でこれまで関係した男との写真をばらまかれ、同時に悪事が発覚し警察へ連行。その後、和夫と離婚し真弓を連れて実家に帰省。


園田 和夫(そのだ かずお)〈42〉
演 - 小倉一郎


陽子の実兄であり園田家の主。自宅で缶製造の工場を経営するが、やる気は全く見られず、たびたび京子から罵倒を受けている。すずを思いやる優しい伯父に見えたが、実は様々な問題を持ち込む[注 10]陽子を疎んでいて、事故に見せかけて殺害し、保険金を受け取り、罪を京子に着せて愛人と駆け落ちする計画を立てていた事をすずに知られる。そして学芸会のステージ上で京子と大喧嘩を展開した他、陽子への殺人計画を口走った。この時にすずの陰謀と同級生らの手違いでマイクの音源が入っていた為、話の内容すべてを学校関係者に聞かれてしまう。同時にすずの仕組んだ下着泥棒の罪を着せられ警察に連行される。その直後に離婚(この時、自分を逮捕に来た警官の一人が京子と不倫していた事を知る)。のちに「友人の仕事を手伝うために地方へ引っ越す」「すずの世話が出来なくなってしまった」と電話で陽子に伝えた。


窃盗団


田畑 光江(たばた みつえ)〈65〉
演 - 菅井きん


窃盗団の元締め。悟志の債権者であり、借金の棒引きの代わりにすずの身を買い取った。愛称は「ババア」。すずにスリや売春[注 11]を強要し、時には暴力を振るうなど冷徹な性格だが、全ては「貧乏人は他人を踏み台にしても稼ぐ以外にない」という独自の信念ゆえの行動であり、陰では稼いだ金を身寄りのない窃盗団の子どもたちの巣立ちのために貯金していた[注 12]。美辞麗句を嫌う徹底した現実主義者で、「踏まれてもたくましく生え続ける雑草になれ!」という言葉を残し、後のすずの前途に大きな影響を与えた。しかし、その身体は病に侵されており、陽子の手術費用を捻出するために計画した私立小学校への窃盗未遂(窃盗中に吐血)で逮捕。次に来た冬に獄中死した事が『2』で圭太の口からすずに語られる。


圭太(けいた)
演 - 松田勝(現・松田優)


窃盗団のメンバーであり、光江の用心棒的な存在。愛称「圭太兄(けいたにい)」。寡黙で威圧的な形相で初期の頃はすずに暴力を振るったりもしたが、心は優しく、病院から抜け出した陽子の居場所を知らせる等、次第にすずの理解者となってゆく。窃盗事件の直後、警察署の前で私立小学校の校長の言動に激怒し、この校長を殴打すると共に、窃盗の手引きをしたと自供。光江と共に逮捕される。苗字は不明だが、コミカライズ版では、光江と同じ「田畑」と記載されている。


奈美(なみ)
演 - 濱田万葉


窃盗団のメンバー。愛称「奈美姉(なみねえ)」。蓮っ葉で無愛想な印象があり柄は悪いが、根は優しく、中学生の頃に先生から聞かされた「神様は平等に幸せをくれる」という言葉を信じている。普段はホステスをしていて、そこで指名客だった浅野から甘い言葉を掛けられた直後、妊娠が判明。しかし彼から別れを告げられた上に突き飛ばされ流産してしまう。のちにすずの前で「自分にも差別心があったのかもしれない」と己を省みた。苗字は不明だが、働いている店でも「奈美」と名乗っている様子が見られる。


シゲ
演 - 西川義郎


窃盗団のメンバー。愛称「シゲ兄(しげにい)」。長身で長髪。仲間への思いやりは強いが直情的で血の気が多く、光江に対しても反感を抱いている[注 13]。光江が金庫の鍵を開けている最中に自分勝手に動いた事が元で警報ベルが鳴り、失敗を招いてしまった。苗字は不明。


浅野家


浅野 雅彦(あさの まさひこ)
演 - 真野圭一


エリートサラリーマンであると同時に、大手インテリアショップの跡取り息子。奈美の勤務する店の常連客で彼女と交際していたが、母親から持ち込まれた見合いを理由に別れを告げる。この時に妊娠を告げられ狼狽。逆上して突き飛ばし流産させ、その場から逃げ去る。見合いの席に乗り込んで来た窃盗団一味に格差を持ち出し、自分は選ばれた人間として悪態をつくも、すずから呪詛を込めた罵倒を受ける。ややマザコン気味で、無責任な一面がみられる。


浅野 朋枝(あさの ともえ)
演 - 茅島成美


雅彦の母で実業家。自分の犬に迫ったとして、リュウに暴行を加え負傷させる。のちに窃盗団一味と、すずから仕返しを受ける。雅彦の父については詳細不明。


大坪家


大坪 英二(おおつぼ えいじ)〈54〉
演 - 細川俊之


莫大な資産とニヒルな印象を持つ画商兼美術評論家。美術的才能と亡き娘(ユカリ)[注 14]の面影を見出し、すずを弟子として自宅に迎え入れる。一方で異常なまでの耽美主義者であり、すずとユカリを重ね合わせる余り、徐々に倒錯性を露わにしていき、ついにはすずを監禁[注 15]。乗り込んで来た純と対立した直後、使用人の鶴子に刺されて窓から転落し死亡する。批評家としての審美眼は優れているが金に汚く、過去に金のために悟志の絵を酷評し、悟志の人生を狂わせるきっかけを作っている。


一条 鶴子(いちじょう つるこ)〈34〉
演 - 深浦加奈子


大坪家の住み込み使用人兼運転手。密かに主人である大坪を想い、嫉妬心からすずに陰湿な虐待を繰り返す。のちに大坪から「醜い」等、罵倒・解雇されたショックから錯乱し、大坪を刺し窓から一緒に転落死する。『2』に登場する一条家とは無関係。


滝川家


滝川 純(たきがわ じゅん)
演 - 篠原俊晴


父と二人暮らしの中学生。病身の父に代わりおでんの屋台を引いて生計を立てていた。純朴な性格で、リュウが公昭と見間違えた事をきっかけにすずと親しくなり、大坪から救い出したり、父に「(すずを)嫁にしたらどうだ」とからかわれて照れていたこともある。父の死後、アパートの大家から立ち退きを迫られて困惑。同時に再会した母に対して、一度は反発するも、すずの愛想尽かしの演技と後押しもあり、母と和解。渡米することになる。


純の父親
演 - 森川正太


妻のますみに逃げられてからは純と一緒に暮らしていたが、病気(糖尿病)を患い、貧しかった為に治療を受けられず、自宅で寝たきりに近い状態になっていた。純の行く末を心配し、ますみに手紙を出した直後に急死してしまう。心優しい性格ですずの来訪を喜んでいた。氏名は不明。


滝川 ますみ(たきがわ ますみ)
演 - 久我美智子


純の母親。諸事情から夫と息子を捨てるような形で渡米していたが、純に関しての手紙が届いたことから帰国。純に謝罪し同居を申し出る。明るい印象で、すずに対して純が世話になったと礼を言う。和解した純と共に再び出国。資産家と再婚しているとみられる。


その他


警官A
演 - 斉藤洋介
老人ホームで窃盗を働いたすずを取り調べたが、逆に罠に嵌められる。


警官B
演 - 中西良太
靴磨きをしていたすずを補導した。


靴磨き屋
演 - 石倉三郎
すずに靴磨きを伝授。


ロリコン
演 - 酒井敏也
すずの靴磨きの客。スリを拒んだすずに宛がわれた売春客。


日向 有紀子(ひゅうが ゆきこ)
演 - 河野景子
美大助教授。街頭で似顔絵描きをしていたすずの才能に注目する。のちに悟志を刺した罪で少年院に入所したすずを面会に訪れ、「あなたは誰かを庇っているのではないか」と疑念を投げ掛ける。


銀行員
演 - 彦摩呂
園田家を来訪。京子に対して担保の引き渡しを要求するが、色仕掛けで迫られて困惑する(担保に入っていた家は和夫らの逮捕後、競売に掛けられたことが5話で描かれている)。


修学院中学校校長
演 - 草薙幸二郎
光江達が忍びこんだ学校の校長。裏口入学を斡旋し入学希望者の親から多額の賄賂を受け取り私腹を肥やしている。善良な教育者を装っているが、実際には偏見に満ち溢れており立場の弱い相手を見下している。
警察署ですず達と対面して賄賂の件で罵倒された際にも見下す言動を繰り返した事で激怒した圭太に殴り倒される。


小学校


中山 史彦(なかやま ふみひこ)
演 - 米山善吉
片島と同じ6年担当教諭で真弓の担任。片島には良き先輩としてフレンドリーに接するが、仕事に対してはいささか無責任な言動も目立つ。


川崎市立若宮小学校 6年2組
川崎市立若宮小学校に通う6年2組の男女児童。出演した子役には役名は与えられておらず、実名のまま出演。出演者のほとんどが安達祐実と同じ年齢であり、中には1、2歳くらい年下もいれば、年上で中学生になっている子役もいる。



第1話(1994年4月16日放送)ですずを保健室に連れて行った「斎藤」という女子児童もいたが、エンディングのスタッフロールの6年2組の生徒一覧には表記されていなかった。


男子児童役
上村裕樹
蝦名隆広
大野紀人
荻野純一
金子勝
栗田鉄平
清水秀樹
車完洸
杉肉竜太
中崎達也
永本貴大
平尾淳
米井文教
女子児童役
青木夏海
石毛さや
大野愛
川尻幹子
桑原真代
小林愛
酒井麻由美
仙台エリ
滝本有美
成本玲子
萩生雅弓
星野結佳里
宮島育美
藁科みき



放送日程・データ


各話 放送日 サブタイトル 視聴率[1]
第1話 1994年4月16日 盗み嘘泣き放火! 少女とノラ犬の愛の旅路!! 17.1%
第2話 1994年4月23日 悪魔の誕生日! 継母のいじめ!! 19.6%
第3話 1994年4月30日 禁断の初恋! 車椅子の美少年!! 22.0%
第4話 1994年5月7日 シンデレラの復讐! 目には目を 21.0%
第5話 1994年5月14日 涙の約束! 強欲スリ老婆の罠! 22.3%
第6話 1994年5月21日 ああ無情! ノラ犬の大悲恋! 母の死!? 23.8%
第7話 1994年5月28日 命の値段! 母のための強盗! 26.0%
第8話 1994年6月4日 仮面の家! 家政婦のいじめ爆発 26.5%
第9話 1994年6月11日 監禁! 嫉妬! 秘められた異常愛 24.4%
第10話 1994年6月18日 母の絆! 罪深き欲望の殺人! 27.4%
第11話 1994年6月25日 12歳の同棲! 地獄におちた天使 28.7%
最終話 1994年7月2日 母の遺言! 愛犬が走る衝撃の結末! すず死なないで 37.2%


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%B6%E3%81%AA%E3%81%8D%E5%AD%90_(1994%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E)
 

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コメント
1. 2020年8月19日 17:07:30 : weQPwHWYfs : M1k3bE5sNXExL00=[26] 報告
家なき子 2話


2. 2020年8月19日 19:51:53 : weQPwHWYfs : M1k3bE5sNXExL00=[32] 報告
家なき子 3話


3. 2020年8月20日 15:44:34 : dEZdtrQ9pE : ZHdQTDQ1OUQxTlE=[11] 報告
家なき子 4話


4. 2020年8月20日 19:03:59 : dEZdtrQ9pE : ZHdQTDQ1OUQxTlE=[12] 報告
家なき子 5話


5. 2020年8月21日 13:54:40 : VumBhQdrYQ : a1FlQUZBTWNFVUE=[19] 報告
家なき子 6話


6. 2020年8月21日 17:45:59 : VumBhQdrYQ : a1FlQUZBTWNFVUE=[27] 報告
家なき子 7話


7. 2020年8月22日 18:00:12 : PugKUHucEg : bEZ4bUhBN0ZreVk=[17] 報告
家なき子 8話


8. 2020年8月23日 12:15:35 : 3D87TwaUD6 : VGk5NUNOMk5FNVU=[21] 報告
家なき子 9話


9. 2020年8月23日 16:16:22 : 3D87TwaUD6 : VGk5NUNOMk5FNVU=[29] 報告
家なき子 10話


10. 2020年8月23日 20:42:13 : 3D87TwaUD6 : VGk5NUNOMk5FNVU=[34] 報告
家なき子 11話


11. 2020年8月23日 21:44:41 : 3D87TwaUD6 : VGk5NUNOMk5FNVU=[35] 報告
家なき子 12話


12. 2020年8月24日 08:15:43 : RyOSypPQPV : NHo0VFdSS2Q4Qlk=[8] 報告
1994年5月14日、中島みゆき「空と君のあいだに」がオリコン1位を獲得
https://news.1242.com/article/174936


1994年5月14日、中島みゆきの「空と君のあいだに」が発売された。一世を風靡したテレビドラマ『家なき子』の主題歌となったこの曲はシングル・チャート1位を獲得。中島みゆきは、70年代の「わかれうた」(1977年)、80年代の「悪女」(1981年)に続く3作目のチャート1位獲得曲を得ることになった。

80年代の中島みゆきは、それまでの中島みゆきらしさ≠ニいう固定的イメージを振り払おうとするように、激しいビートを持つロック色の強い音楽表現への大胆なアプローチを重ねていく。その背景には、メディアがアナログレコードからCDへと変わりつつあるという時代の変化もあった。否応なくやってくるデジタル時代に取り残されずに、新たな時代にふさわしい表現を獲得するための積極的な試行錯誤。いわゆる“中島みゆきご乱心の時代”だった。

“ご乱心の時代”が幕を閉じたのは1988年だった。この年、彼女はアレンジャー瀬尾一三を共同プロデューサーに迎えたアルバム『グッバイ ガール』を発表した。そしてこれ以降、中島みゆきの作品は瀬尾一三との共同作業によってつくられていくことになる。

瀬尾一三と音作りをするようになってから、中島みゆきの作品は過剰に時代を意識するのではなく、ジャンルに捉われずに楽曲そのものがもっともフィットするサウンドを自在に身にまとうようになったという印象がある。同時に、この時期から曲そのものにも変化が見られていったという気もする。彼女が書く曲のなかに、いわゆる普通のポップミュージックのパターンを離れて、演劇の挿入曲を思わせるような大胆な構成の曲が増えていくのだ。実際に、中島みゆきは1989年に、演劇と音楽を融合させた『夜会』をスタートさせている。この『夜会』の音楽監督も瀬尾一三だった。

90年代に入って、中島みゆきが実際にドラマや映画に音楽を提供することも増えていった。「誕生」(映画『奇跡の山―さよなら名犬平治―』主題歌・1992年)、「浅い眠り」(ドラマ『親愛なる者へ』主題歌・1992年)はシングル曲としてもリリースされている。そして、これらに続くドラマ主題曲として発表されたのが「空と君のあいだに」(ドラマ『家なき子』主題歌・1994年)だった。

もちろん、当時12歳の安達祐実が演じた主人公すずの名台詞「同情するなら金をくれ!」が流行語になるなど話題性たっぷりのドラマが大きく後押しをしたという要素はあった。しかし、「空と君のあいだに」が凡庸な曲であれば、いくら人気ドラマ『家なき子』の主題歌でもこれほどのヒット曲になったとは考えにくい。「空と君のあいだに」は、単に曲を物語に当てるのではなく、物語に命を宿らせる要素のひとつとして音楽を捉え、向き合ってつくられた曲だ。ドラマにしはっかりと寄り添いながらも、聴いた人の共感を誘う力をもっていたからこそ、多くの人に支持されたのだろう。

ちなみに、中島みゆきはこの曲を書くにあたり、どういう視点の曲にするかを考えた結果、いつも主人公すずに寄り添う物語の重要なバイプレイヤーである愛犬リュウの立場で詞を書いたという。主人公でも、物語を俯瞰する観客の立場でもなく、すずを見守り続ける物言わぬ味方の切実な気持ちが聴いた人の心を揺さぶる力になっているのだと思う。


「空と君のあいだに」以降も、中島みゆきは演劇やドラマに寄り添った楽曲を手がけていった。「旅人のうた」(ドラマ『家なき子2』主題歌・1995年)、「たかが愛」(ドラマ『はみだし刑事―純情系―』主題歌・1996年)、「愛情物語」(ドラマ『はみだし刑事―情熱系―PARTU』主題歌・1997年)、「命の別名」(ドラマ『聖者の行進』主題歌・1998年)などをシングルとして発表する一方で、“言葉の実験劇場”としてスタートした『夜会』でも、画期的なアプローチを見せていく。

初期の『夜会』は、それまでに中島みゆきが発表してきた楽曲を、ひとつのオリジナルストーリーと重ねることで、新たな意味や表情を持つ楽曲として伝えていく、いわば曲を固定されたイメージから解放するという実験舞台だった。しかし、回を重ねるごとに『夜会』の舞台のために書き下ろされる曲も増えていき、1996年の『夜会Vol.7「2/2」』では全曲が描き下ろしの新曲となった。そうして『夜会』は、物語と音楽とがより密接な関係をもってひとつの世界をつくりあげる独自の舞台表現となっていく。さらに1995年には、それまでに『夜会』のために書き下ろした楽曲によって構成されたアルバム『10 WINGS』(1995年)を発表。初期の『夜会』の意図とは逆に、『夜会』のために生まれた楽曲を舞台の制約から解き放っていくという試みも始まっていく。


「空と君のあいだに」によって、中島みゆきは70年代、80年代、90年代の3ディケイドでチャート1位を獲得した稀有なアーテイストとしての評価を得ることになった。しかし、こうした記録もさることながら、映像・演劇とのさまざまなコラボレーションを重ね、音楽表現の新たな可能性を追求していった90年代の彼女の果敢なアプローチこそ、高く評価されていいのではないかと思う。
https://news.1242.com/article/174936


中島みゆき「世情」(1978年) _ 中島みゆき は何故 30歳以降 才能が完全に枯渇してしまったのか?
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/286.html

13. 中川隆[-11630] koaQ7Jey 2020年8月27日 12:29:23 : 84g9nuhfWg : cVpXQXpGOS9odDY=[33] 報告
家なき子 (日本テレビ 1994年) は中高生向けドラマだね

大人が見てもアホらしいだけ

14. 中川隆[-10485] koaQ7Jey 2020年10月29日 10:26:06 : SNIPF628cs : QkFIUWZxeklDVU0=[15] 報告
絶対貧困が増え、膨大なストリート・チルドレンが街を覆い尽くす国も出てくる
2020.10.29
https://blackasia.net/?p=21085


日本人のほとんどは、ストリート・チルドレンに揉まれた経験がない。そのため、彼らを無視できない心境になる。無視したくても、それを上回る執拗さと粘り強さであなたの施しを求めてくる。あなたが誰かひとりに施すと、それ以上の子供たちがあなたを取り囲む……。(鈴木傾城)

絶対貧困に落ちた子供たち

日本ではほとんど見かけないが、一歩でも日本を出ると普通に見かけるもの。それは、物乞いをする子供たちの姿である。あるいはホームレス状態で生きているストリート・チルドレンである。

2020年。コロナ禍で世界の貧困は絶望的に悪化した。今年1年で絶望的なまでの絶対貧困に落ちる子供たちは15%増加し、数にすると最大8600万人もの子供たちが「新たに」絶対貧困に落ちたとユニセフは述べている。

募金を募るアグネス・チャンは豪勢な家に住んでいて、清潔な室内で何か歌でも歌いながら暮らしていられるが、絶対貧困に落ちた子供たちはほとんどが支援など届かない状態の中で、それこそ地を這いつくばって生きている。

知らなかっただろうか。いや、私たちは世界の貧困層の人々が恐ろしいほど困難な生活に落ちているのを知っている。そして、育ち盛りの子供たちが空腹に身悶えしていることを知っている。

そして、彼らの一部が物乞いで暮らしていることも知っている。

日本も貧困が広がっているのだが、まだ行政が対応できる国力があるので絶対貧困に落ちている人たちの姿はほとんど見かけない。しかし、極貧の子供たちは途上国にはどこにでもいて、路上で人々に施しを求めている。

アフリカでも、ブラジルでも、インドでも、ヨーロッパでもそうだ。ヨーロッパではロマの子供たちは流浪の生活の中で学校も行かないで過ごしているので、子供の頃から物乞いや窃盗や万引きや置き引きなどの犯罪に巻き込まれている。

こういった子供たちのひとりに施しを上げたら、どっとやって来て無限に金を要求する。だから、冷たいようだが、心を鬼にしてやり過ごさなければ、持っている金は一瞬にしてなくなる。

私たちの持っている金は無限ではない。かわいそうだが仕方がないと思う。私も長らく東南アジアの貧困地区にいて、そういった規律はずっと持っている。心は痛むが、子供たちに施しはほとんどしない。あなたもそのはずだ。


「お腹がすいた、何か食べたいの」
たまたまストリート・チルドレンがいる国に訪れた旅人は、街を散策しようとして歩くと、必ず小さな子供たちにまとわりつかれる。とても寂しそうで、愛くるしくて、しっかりと抱きしめて守って上げたいような、あどけない表情をしている。

着ているものはボロで、薄汚れていて、髪も長く梳かしていないのかボサボサだ。そんな子供が、「お腹がすいているの」「食べ物がないの」「お金がないの」と切実なまなざしで訴えてくる。

子供たちは外国人には言葉を話しても通じないのを知っているので、言葉を話すことはない。ただ、全身で訴えるのだ。

「お腹がすいた、何か食べたいの。お金ちょうだい」

このような子供たちに、何十分もつきまとわれる。どんなに無視しても無駄だ。早足に歩いて「もう引き離した」と思って振り返ると、子供たちがまだ追いかけていて、今にも泣きそうな切ない表情でこちらを見つめている。目が合うと再びゼスチャーで必死で訴えるのだ。

「お腹がすいた、何か食べたいの。お金ちょうだい」

その子供を振り切って逃げても、また違う子供がやってくる。どこかで食事をしていても、タクシーに乗っていても、考えごとをしていても、ストリート・チルドレンはあなたに押し寄せてくる。あなたはやり過ごすことができるだろうか……。

ある人は、放っておけないと感じて持っている小銭を子供たちに渡す。あるいは、屋台で何かを買ってあげて子供たちに渡す。子供たちは感謝する。しかし今度は、大勢の仲間を連れてくることになる。

その迫りくる貧しい子供たちの数に「とても全員を救うことはできない」と気づく。しかも、その日だけ何とか対処できても、子供たちの苦境は一日だけではない。

そこにいると朝から晩まで毎日毎日毎日毎日、子供たちに「お金ちょうだい」「お金ちょうだい」「お金ちょうだい」とずっと懇願されるのだ。

そして、遅かれ早かれ悟ることになる。個人が小遣い程度の金を与えて子供たちを救うことなど、決してできないという現実を……。

職業だと知っていても動揺する
ストリート・チルドレンは世界中に大勢いる。そうした子供たちを抱えている国では、母親もまた絶望的な貧困にある。障害を持った子供を抱えた、本当に切羽詰まってどうしようもない表情の母親もやってきて、必死になって金をねだる。

どの母親も、その表情は尋常ではない。あなたが金を上げないと、その一時間後には死んでしまうのではないかというような、一刻の猶予も許さないような表情なのである。

子供も一緒になって、本当に心からあなたに「助けてほしい」と懇願してくる。彼らはどこから見ても困窮者であり、とても捨てておけない。あなたは、もちろん旅をしているくらいだから、小銭くらいはいくらでも持っている。

かわいそうな子供、そして子供を何とか食べさせてやりたいと必死になって、今にも泣きそうな母親を前にして、あなたは冷酷に無視できるだろうか?

「困った人は助けなければならない」と真っ当な教育を受けてきた私たちは、動揺しないで目の前の困窮者を見て、平然と無視することができるだろうか。

「物乞いにひとり施していても、次々とたかられて全員を助けることはできない。彼らもプロなのだから最初から上げないのが正解です」

そのような基本は誰もが知っている。しかし、現実を目の前にしたとき、その貧困の有様に衝撃を受けて、気がつけば金を与えている人もいる。

ところで、厄介な現実もある。彼らは本当に困窮者なのだが、同時に彼らにとって物乞いは職業である。物乞いそのものが、ビジネスとしての側面を持っている。

だから、切羽詰まった表情やしぐさや暗い目は「演技」も入っている。どのような表情をすれば効果的に金を恵んでもらえるのかを毎日ストリートで実践している。すると、効率性を求める子供たちほど演技が過剰に入る。

しかし、ほとんどの場合、たまに途上国を訪れる旅行者には、それが気づかない。圧倒されるのだ。彼らの必死な表情は、24時間あなたから離れることはない。仮に職業だと気づいても動揺する。

きれい事ではやっていけない世界
日本人のほとんどは、ストリート・チルドレンに絡まれた経験がない。そのため、「無視すればいい」と聞いていても、無視できない心境になる。いや、無視したくても、それを上回る執拗さと粘り強さで彼らは小銭を求めてくる。

どんなに振り切っても、次から次へと、無尽蔵に彼らはやってくる。あなたが疲れ果て「金がない」と説明しても聞いてくれない。なぜなら、金がなければ、旅に来られるはずがないのはストリート・チルドレンでも知っているからだ。

だから、「お腹がすいた。お金をちょうだい」と懇願してくるのである。

私自身はたまに小銭を渡すこともあるのだが、ほとんどは無視する。基本的に目の前で子供が涙を流しても助けることはない。このように書くと、私は冷酷無情で血も涙もない人間に思われるかもしれないが、そうではない。

最初は私も「目の前にいる困った子供たちを助けないでいいのか?」と葛藤があった。今でも東南アジアやインドに旅すると、目の前の子供たちに心が揺らぐこともある。

しかし、極貧の子供たちはあまりにも膨大で、一個人はあまりにも無力だ。結局、私は「助けない」ことを基本にした。かなり早い段階で私はそれを身に付けた。徹底して傍観者であることを選択した。

そうでもしないと一日で私自身の所持金がなくなってしまうからである。

困り果てている時、ほんの少しでも助けてくれることはどんなに嬉しいことか、私も理解している。できれば、困っている人を助けて上げたいという気持ちもある。しかし、きりがない。

数千人のストリート・チルドレンを、たまたま旅のためにやってきた私が助けることはできない。彼らを救済するのは「私の仕事」ではなく、「現地の政府の仕事」なのである。それを私は自分自身に叩き込んだ。

しかし、現実には目の前に次から次へと「本物の困窮者」が助けを求めてやってくる。感受性の強い人ほど、どうしていいのか分からなくなって、自分自身が現状に苦しんでボロボロになってしまうのは分かる。

心理的苦痛が積み重なるのである。

2020年代は貧困が広がっていき、途上国の状況は特に悪化するだろう。膨大なストリート・チルドレンが街を覆い尽くす国も出てくるはずだ。きれい事ではやっていけない世界を前にして、あなたは何を思うだろう……。

https://blackasia.net/?p=21085

15. 中川隆[-10484] koaQ7Jey 2020年10月29日 10:32:33 : SNIPF628cs : QkFIUWZxeklDVU0=[16] 報告
日本を蝕む「なりすまし弱者」我々はいつまで血税で寄生者を養うのか=鈴木傾城
2020年10月27日
https://www.mag2.com/p/money/978718


最近は弱者に「なりすまし」した人間が「自分は弱者だ、面倒を見ろ、金を出せ、ちやほやしろ」と叫んで、それを咎めると「差別だ、被害を受けた、謝罪と賠償しろ」と恫喝する手口があちこちで明るみに出ている。思い当たることもあるはずだ。日本は「自称・弱者」があまりに多過ぎる。(『鈴木傾城の「ダークネス」メルマガ編』)

【関連】日本の貧困層は飢えずに太る。糖尿病患者の半数以上が年収200万円未満の衝撃=鈴木傾城
https://www.mag2.com/p/money/770836


「パラサイト」という言葉
「パラサイト」という言葉がある。これは寄生生物を指す言葉だったのだが、最近では他人に寄生して生きる人間も「パラサイト」と呼ぶようになっている。薄気味悪く、不気味な言葉だ。

世の中は、真っ当に生きようとする人たちが大半なのだが、一部のパラサイトのような人間はそのような生き方が面倒に感じ、楽して生きることを考える。楽して生きるというのは、基本的に「他人に寄生して生きる」ということである。

本当は、他人に寄生するというのもそれほど楽なことではないのだが、自立して生きるより苦労はいらない。自立して生きれば何かあればすべて自分のせいだが、他人に寄生していれば他人のせいにできる。

だから、基本的に誰かに寄生して生きる寄生虫タイプの人間は、いったん寄生する対象を見つけると、ダニやシラミのように食らいついて離れない。

こうした寄生虫のような人間に取り付かれると、延々と生き血を吸われ続けることになる。

寄生虫の駆除が難しいのと同様に、こうした人間の駆除もまた難しい。なぜなら、駆除されたくないために、必死で食らいついてくるからである。寄生している宿主を離さない。

「自分は弱者だ」と叫び続けて主張する人間たち
現在、先進国各国では、社会福祉に寄生して、本来は働けるはずなのに働こうとしない寄生虫のような人間たちの存在に頭を悩ませている。

社会福祉というのは、いろいろな障害や病気や社会環境で本当に収入を得ることが難しい人たちに対する社会からの救済であり、こうした制度は困窮者を孤立死させないために必須の制度である。

これは「働きたくても働けない人」を対象にしている。

しかし、寄生虫タイプの人間はそこに目を付ける。彼らは「働きたくないから働かない」だけなのだが、もし役所が「働きたくても働けない人」だと認定すれば、その社会福祉をせしめることができると考える。

だから、こうした寄生虫タイプの人間は「自分は弱者である」ということを強調し、大声で訴え、徹底的に弱者という立場にこだわるようになる。

弱者であることを認めてもらうために、ニセモノは年中「自分は弱者だ」と叫んで暮らすようになる。社会の犠牲になった被害者になりすます。

本当の弱者は、実は自分が弱者であることをいちいち叫ぶことも訴えることもない。むしろ、それを隠そうとする人も多い。自立して生きたいと考えるので、「自分は弱者ではない」と言う人さえもいる。

自立して生きることにプライドを持っているので、本来であれば受けられるはずの社会福祉を辞退することもある。障害を持っていても真っ当に働いて生きている人というのは、本当の意味で人間らしい素晴らしく人である。

しかし、本当は働けるのに働きたくないために弱者を装う人は、1日24時間、365日、朝から晩まで「自分は弱者だ」と叫び続けて、うるさくパフォーマンスする。

本当は弱者ではないので、常にそれを叫び続けないと生きていけないのである。こうした人間は「なりすましの弱者」であり、社会で最も有害なタイプであると言える。


弱者パフォーマンスをして、金に結びつける
弱者になりすました寄生虫たちの戦略はそれほど難しいことではない。

(1)自分たちは弱者だ
(2)自分たちが弱者なのは社会が悪いからだ
(3)社会は謝罪しろ、賠償しろ、特権を与えよ

寄生虫タイプの「弱者なりすまし」の人間たちの基本戦略は、すべてこのシナリオに沿って行われる。

まずは弱者であることが認められないと始まらないので、「自分たちは弱者である」と、大げさに泣いて、大げさに喚いて、とても弱者とは思えないほどのバイタリティで叫び続けてまわりに認めさせようとする。

つまり、「弱者パフォーマンス」を繰り広げる。

そして、自分たちを弱者と認めないのは「差別があるから」と曲解し、それに反論したら「ヘイトスピーチだ」と断定して集団で恫喝する。

そうやって「社会が悪い」とあっちこっちに言ってまわり、自分に謝罪しろ、賠償しろ、特権を与えよと本来の目的につなげていく。

重要なのは、「謝罪しろ、賠償しろ、特権を与えよ」の部分である。これらは、すべて「金を出せ」に帰結する。決して「自立できるように何とかしろ」ではない。

社会福祉の目的は、弱者を社会福祉にすがらせることではない。最終的には自立をさせることだ。本当の弱者も最終的には自立して生きていけるようになることを求めている。

しかし、「弱者なりすまし」は自立したくないから社会福祉に寄生している。ずっと寄生し続けることが目的なので、自立など鼻から求めない。そんなものは、寄生虫にはどうでもいいのである。

根本的な問題解決は求めていない
「なりすましの弱者」の特徴は、大声と恫喝だ。

自分たちは絶対に弱者の立場でないとまずいので、「本当にお前は弱者なのか」と追及する人間を激しい大声と罵倒で圧倒しようとする。

弱者でないことを否定されたら、寄生ができないので、そこだけは絶対に否定されたくない。だから、大声で相手を恫喝して口を封じる。

自分を疑う人間を徹底的に糾弾し、人の話はまったく聞かず、「それを認めないのは差別主義者だからだ、レイシストだからだ」と叫び狂う。とにかく、自分たちを疑うことだけは絶対に許さない。

逆に言えば、大声と罵倒で圧倒するような人間が「自分は弱者だ」と訴えていれば、「なりすましの弱者」である可能性が高いということでもある。

こうした寄生虫たちのもうひとつの特徴は、根本的な問題解決はまったく求めていないことだ。

永遠に甘い汁を吸うことを求めるので、問題が解決される話には絶対にならない。むしろ、解決されない方がいいとさえ考えている。

だから、いかに自分たちが弱者であるかを、ありとあらゆる詭弁を労して主張する。「差別されている」という部分だけを100回も200回も繰り返し、謝罪と賠償を求め続けるのだ。


糾弾すべきは、弱者でないのに弱者を主張する人間だ
現在、失業手当や生活保護のような社会福祉が整った国の多くに、このような「なりすましの弱者」が大量に湧いて行政を苦しめている。

欧米でも移民や難民が押し寄せ、本当に救済が必要な真面目な人々に紛れて、一部の「なりすましの弱者」が、ただ社会福祉に寄生するためにやってきている現状もある。

こうした人間たちが排除できない限り、社会福祉というものは食い物にされ続けて、いずれは破綻することになる。そうすると、本物の弱者が孤立死してしまうことになる。

日本でも、ニセモノの弱者に食い物にされるだけの生活保護など止めてしまえと主張する人々もいるが、それは間違っている。本当に困っている人々にとって、それは生きていくために非常に重要なものである。

糾弾すべきは、弱者でないのに弱者を主張するニセモノたちの集団だ。本当の弱者の救済手段を奪う可能性もあるのだから、「なりすましの弱者」のやっていることは言語道断の犯罪であると言える。

16. 中川隆[-10483] koaQ7Jey 2020年10月29日 10:35:05 : SNIPF628cs : QkFIUWZxeklDVU0=[17] 報告
日本で急増する「住所を喪失」した人たち〜車上生活、漂流女子、8050問題が行き着く地獄=鈴木傾城
2019年8月29日
https://www.mag2.com/p/money/750924


いま日本で住所を喪失する人が増えている。車上生活者・ネットカフェ難民が溢れている。いったん住所を失うと、不安定な生活から抜け出せない蟻地獄にハマる。(『鈴木傾城の「ダークネス」メルマガ編』)

決して他人事ではない住所喪失、社会的に「存在しないも同然」に
住所を失って途方に暮れる人たち
2019年8月20日。群馬県でひとつの事件が起きていた。

58歳の女性から「92歳の母親が車の中で死亡している」という110番通報があったのだが、警察が調べると確かに後部座席には座ったまま死んでいた92歳の母親の遺体があった。すでに死後4日が経っている状態だった。

実はこの58歳の女性は住む家がなく、92歳の母親と27歳の長男と3人で車上生活をしていたのだった。この三世代の一家は住むべき家を失っていた。その車上生活の最中で92歳の母親は寿命が尽きた。

事件が起きた時は、すでに1年近く車上生活をしていた。車上生活と言っても、キャンピングカーのようなものではなく、ごく普通の軽自動車である。

92歳の母親が死んでもすぐに届け出することも病院に駆け込むことがなかったことも衝撃だが、それよりも狭い軽自動車で三世代が1年近くも生活していたということに驚く。

住所を失っても行政の支援や救済を求めない。問題解決の方法が分からず、どうしていいのか分からないまま車で1年暮らす。今の日本で家を失って途方に暮れている人たちが確かに存在する。

車上生活と『死にゆく妻との旅路』
家を失って籠もるように車上生活をする。あるいは、家を捨てて逃げるように車上生活に入る。今、日本の社会の底辺で「誰にも助けを求めずに気が付いたら車上生活に入ってしまった」という人たちが少しずつ増えているというのが分かっている。

道の駅や、高速道路のサービスエリア・パーキングエリアでは、キャンプ気分で車上泊する人たちとは別に、ひっそりと車上生活をしているのではないかと思われる人や家族がいることを係員が報告している。

あるいは目立たない道路の側道で車を停めて、隠れるように車上生活し続けている人たちもいる。

彼らは様々な事情を抱えて車上生活をしているのだが、その多くは「借金から逃れるための車上生活」だったり、「家賃が払えなくなって家を失って車上生活」だったりする。

通常、そうなった場合は然るべき機関に相談に行って最適な処理をするのが普通なのだが、途方に暮れたまま何もしないで流されるように車上生活に追い込まれる人も存在するのだ。

借金から逃げ、車上生活のあげく癌だった妻を車内で死なせ、保護責任者遺棄致死で逮捕された哀しい事件が1999年にあった。清水久典氏が起こした事件だった。

彼は知人の保証人になって4,000万円の借金を背負い、さらにバブル崩壊で工場の経営も悪化して人生を投げた。彼は自分を慕って離れようとしない11歳年下の妻と共にワゴン車でひたすら日本を回り、9ヶ月に渡って車上生活をしていた。

清水久典氏は車上生活と大腸癌によって急激に弱っていく妻と片時も離れようとせず、最後に車の中で妻を看取る。その経緯と旅路は『死にゆく妻との旅路』という書籍で私たちは読むことができる。

カネもなく未来も失った一組の夫婦が、すぐにやってくる死を予感しながら車上生活を続ける姿は心が張り裂けそうな哀しみに満ちていた。この清水久典氏の哀しい手記は、2011年には映画化もされている。

私たちはこれを「稀少な出来事」のように思っていたのだが、今の日本では必ずしも「稀」とは言えなくなりつつある。経済的に追い込まれ、住所を失い、日本の底辺を這い回っている人たちがいる。


漂流女子〜住所を持たず、大都会を漂流する
2018年5月。新宿歌舞伎町のコインロッカーで赤ん坊が捨てられているのが発覚し、防犯カメラの映像からひとりの女性が逮捕されたことがあった。25歳の女性だったが、彼女はネットカフェに寝泊まりする25歳の「漂流女子」だった。

父親は誰だか分からない子供で、彼女はネットカフェの中で赤ん坊を産み落としていた。その赤ん坊を歌舞伎町の中にあるコインロッカーに捨てた。

すでにネットカフェ難民が忘れられて久しい。しかし、彼らは消えたわけではない。東京を代表する歓楽街である歌舞伎町には十数件ものネットカフェが林立しているのだが、どのネットカフェにも、そこに「住み着いている人たち」が大勢いる。

男性だけでなく女性も多い。そのため、女性専用のフロアを用意しているネットカフェも普通になった。

早朝、歌舞伎町をぼんやりと佇んでいると、ネットカフェから出てきてキャリーバッグを2つほど引きずって疲れた足取りで人気のない雑居ビルの入口に座り込み、暗い顔でスマートフォンの画面をのぞき込んでいる若い女性を見ることもある。

彼女たちも住所がない。仕事は日雇いの派遣などが多いのだが、いつも仕事があるわけでもないので資金が乏しくなる。そのためネットカフェに24時間いることもできず、寝る時だけ入って目が覚めたらチェックアウトしている。そしてキャリーバッグを2つほどを転がして、どうしたらいいのか思案しているのである。

帰るべき家も助けてくれる家族もない
こうした女性たちの一部は性風俗の店で働いているのだが、容姿や精神的な理由で性風俗からも弾かれる女性もいる。そんな女性がラブホテルが林立する区域にある大久保公園の周囲に座り込んでいる。

そこまで経済的に追い込まれているのであれば、実家に戻ればいいという人もいるのだが、彼女たちの多くは実家と折り合いが悪くて家を捨てており、帰るべき家も助けてくれる家族もない。

住所を持たず、大都会のどん底を這い回っている。こうした女性を支援する行政の相談窓口もあれば、NPO団体も存在するが、彼女たちがそこに助けを求めることはない。彼女たちは自ら孤立してさまようだけだ。

今の日本ではネットカフェに泊まり込む人たちは1日約4,000人いるとも言われている。決して少ない数ではない。

8050問題〜増え続ける中年「引きこもり」
2019年5月28日。神奈川県の川崎市登戸でひとりの男が小学生の児童や保護者らを次々と刺すという通り魔事件が起きた。この事件の犯人は中年の「引きこもり」だったのだが、日本には推定200万人近い引きこもりがいることが報道された。

この200万人近い引きこもりは親の家や資産で生きているのだが、貧困と格差が広がっていく今の日本では親もまた困窮し始めている。

そこで起きているのが「8050問題」である。80代の親が50代の引きこもりの子供を抱えてどちらも共倒れする。親が子供を殺したり、子供が親を殺したり、親が死んだまま子供が数ヶ月も何もしないで過ごしたり、8050問題から派生する悲惨な事件が次々と起きている。

社会的には「存在しないも同然」の人間と化す
ところで、この8050問題の行く末に待つものは何か。

引きこもりの子供が親の貯金を食い潰したら、最後に起きるのは「住所の喪失」なのである。親が持ち家でなければ貯金が底をついて年金だけではどうしようもなくなった時、親も子も住所を失う。

行政とうまく連携して生活支援や生活保護が受けられる人もいるのだが、こうした問題を「人に相談するようなものではない」「自業自得」「不徳の致すところ」として一身に抱えて自滅していく。

このように俯瞰して見ると、今の日本で起きている「車上生活」「漂流女子」「8050問題」はそれぞれタイプは違うのだが、その根っこの部分ではつながっている、あるいはつながっていくことが見て取れるはずだ。

日本の貧困と格差の問題は、いよいよ「住所喪失」の問題になっていくのである。

住所喪失が深刻なのは、現代社会のすべての行政サービスや社会システムは住所に紐付いているからだ。住所がなければ行政サービスを受けることができない。住所がなければ企業のサービスを受けることもできない。住所がなければ就職することすらもできない。

住所を失えば、社会的には「存在しないも同然」の人間と化す。貧困の統計からも、その存在が消える。


当たり前さえ維持できないほど不安定な状況に
皮肉なことに、いったん住所を失うと新しい住所を手に入れることが困難になる。なぜなら、新しい住所を手に入れるためには不動産の手続きの中で今の住所を記載する必要があったり、家賃保証会社の契約が必要だからだ。

家賃保証会社はボランティアでやっているわけではないので、きちんと家賃を支払ってくれそうにない人の保証をすることはない。現時点で住所を持たない人は、言うまでもなく信用が著しく欠如しているので契約が難しい。

そう考えると、この時代に生きる私たちはどんな困難に落ちても何が何でも守らなければならないのは、どんなに小さくてみすぼらしい場所でもいいから、「自分の住所を持ち続ける」ことを死守することだと分かる。

住所を持つことによって、行政サービスが受けられ、きちんとした仕事を得ることができ、プライバシーと安心と安眠が得ることができるようになる。

住所がなくなると、そのすべてが吹き飛んでいく。

住所がなければ通常の仕事を得るのは難しい。せいぜい日雇い労働くらいしか得られなくなる。その必要最小限の賃金では、そこから這い上がることすらも難しくなってしまう。

日雇いは不安定な仕事だ。どんな長期契約でも2ヶ月がせいぜいだ。それ以上雇い続けると社会保険を支払う義務が発生するからだ。実態は2ヶ月も雇ってくれることはなく、せいぜい2週間である。

だから、いったん日雇いにまで落ちると、いくら長期で働きたいと思っても向こうから切り捨てられて、不安定な生活から抜け出せない蟻地獄となる。

決まった住所を持つというのは、社会生活を送る人間として当たり前以前のことであると普通は考える。

しかし、「車上生活」や「漂流女子」や「8050問題」の存在を見ても分かる通り、その当たり前さえ維持できないほど不安定な状況に追い込まれている人が増えているのが今の社会の現状である。

17. 2021年10月23日 15:36:44 : PHeKaqYmhc : RTk1bTBYOXF2SkE=[15] 報告

【ゆっくり解説】ドラマ「家なき子」が再放送できない理由をゆっくり解説!
2021/10/22


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