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勝又壽良 _ 中国・朝鮮ヘイトでグローバリズム礼賛のアホ経済評論家
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/142.html
投稿者 中川隆 日時 2019 年 1 月 07 日 07:08:40: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 内閣官房参与をクビにされた藤井聡先生、遂に本音を語る 投稿者 中川隆 日時 2019 年 1 月 06 日 19:04:41)


勝又壽良 _ 中国・朝鮮ヘイトでグローバリズム礼賛のアホ経済評論家


勝又壽良のワールドビュー
http://hisayoshi-katsumata-worldview.com/


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中国、「的外れ」日欧EPAの発効目前を羨み脱亜入欧と批判する「感覚」
勝又壽良のワールドビュー 2019年01月05日

中国は、米中貿易戦争の重圧も加わり、不動産バブルによる後遺症が日に日に強くなっている。まさに八方ふさがりに追い込まれた。そういう中で、日本を眺めると別天地の明るい様相を見せている。大きなショックを隠せないのだ。

日本は、米国を除く11カ国の環太平洋経済連携協定「TPP11」が、12月30日に発効した。今年2月1日には欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)も発効する。貿易戦争を繰り広げる米中を横目に、世界のGDPの4割弱を占める巨大貿易圏が動き出す。中国にとって、「日本はうまく立ち回っている」と羨望の念を禁じ得ないようだ。

『サーチナ』(12月27日付)は、「日欧EPAはまるで脱亜入欧、日本の動きがアジアに波及したら」と題する記事を掲載した。

この記事は、孤立する中国の焦りと、着々と自由貿易圏を拡大している日本への羨望の念が入り交じった内容である。日本国内では、TPPもEPAも天から降ってきたような感覚で、自由貿易圏拡大の有難味を実感していない。だが、中国のように貿易戦争で痛めつけられていると、日本の存在が「まぶしく」映るのであろう。

(1)「中国メディア『快資訊』はこのほど、『日欧EPAの発効はかつての脱亜入欧を思い起こさせる』と論じる記事を掲載した。記事は、日欧EPAによって世界の国内総生産の28%、世界の貿易額の37%を占める世界最大級の自由貿易圏が誕生することになると伝えつつ、日本の動きはまるで「かつての脱亜入欧のようだ」と主張。19世紀中頃、アジアは西洋列強の侵略を受けたが、日本はそのなかで自ら列強となる道を選び、非白人国家としては唯一、列強になることに成功したと指摘した」

日本では長いこと、農協と医師会がTPP加入を阻止するブレーキになっていた。いずれも自己保身である。農協は農産物関税引下げ、医師会はTPPへの誤解である。米国が、健康保険制度撤廃を求めると想定し、そうなると医師の仕事が減る。こういう笑い話の類いの理由であった。医師ともあろうインテリが、この笑うに笑えない馬鹿げたことを真に受けていた。いかに自分だけの利益を考えていたか。それを証明するエピソードだ。一人一人がTPPに対して、これまでどういうスタンスであったか。改めて振り返ることで、自らの「経済常識」を採点する基準になろう。

日欧EPAも、日本国内の反対が強かった。EU側が、日本の意見統一ができず混迷していることに業を煮やして、半ば日本を軽蔑していた。だから、EUから厳しい交渉時間を区切られ、引き延ばしは厳禁と釘を刺される始末であった。安倍政権だから、TPPも日欧EPAも実現できたと言って過言でない。TPPと日欧EPAの効果は、関税率引き下げにより、広く食卓で実感することになろう。

(2)「さらに、列強になった日本は『欧米からの承認を渇望しつつ、アジアを軽視してきた』と主張。日本は現代においても米国や英国などと並んでG7に名を連ねており、政治・経済の両面で欧米に非常に近い国であると指摘し、そして、『EUとEPAを結んだことは、日本がEU経済との一体化を目指していることの表れ』であると主張した」

明治時代の日本は「脱亜入欧」に進んだことで、日本が欧米から侵略されない防波堤の役割を果たした。日本は、欧米と同じ制度に改革して、開国の際に押しつけられた不平等条約の撤廃に全力を挙げたのだ。日本文化が、中国文化と違い自らの殻に閉じこもらず、自ら一歩先へ出た。「脱亜入欧」とは、そういう理解をすべきだろう。

(3)「一方、日本とEUにはそれぞれEPAを結ぶ目的があったのも事実であり、EUとしては加盟国の発展不均衡やフランス経済の低迷、英国のEU離脱といった問題を抱えていると指摘。また、日本としてはアジア軽視の心理を抱えているうえに隣国とは関係が良好ではないため、自由貿易圏を構築できない事情があると主張した。また記事は、中国が警戒すべきは韓国や台湾までもがEUとEPAを推進することであると伝え、そうなれば中国経済はアジアで孤立してしまうと主張。日本の『脱亜入欧』の動きがアジアの他の国や地域に波及する可能性に警戒感を示した」

このパラグラフは、いくつかの間違った記述があるので訂正しておきたい。

@ 「誤り」日本はアジア軽視の心理を抱えているうえに隣国とは関係が良好ではないため、自由貿易圏を構築できない事情がある。

「正解」日韓には、自由貿易協定はない。韓国が渋っていることが原因。日本はほとんどの工業製品の関税がゼロである。韓国は自動車に8%関税をかけているので、日韓自由貿易協定ができれば、ゼロに引下げざるを得ない。要するに、日本と同じレベルの工業国が存在しないから、自由貿易協定を結べないのだ。中国など背伸びしても不可能である。

A 「誤り」韓国や台湾までもがEUとEPAを推進する。

「正解」韓国はすでにEUとEPAを結んでいる。他に、ベトナムもEPAを締結済み。中国は、国内に多数の非効率産業を抱えており不可能。

中国は、自国産業を保護しすぎて競争力が極めて劣っている。中国の工業製品輸出の上位20社中、4分の3は台湾IT企業である。この現実をしっかりと認識すれば、世界覇権などという虚しい夢を語ることはあるまい。
http://hisayoshi-katsumata-worldview.com/archives/14786572.html

因みに、上のスレに次のコメントを書いたらすぐに削除され、投稿禁止にされました:


馬渕睦夫さんが明らかにしていますが、国際化とTPP や EU みたいなグローバル化とは全く違うものですね:

【桜無門関】馬渕睦夫×水島総 第2回「日本解体!
ディープステートによる日本のグローバル化、その尖兵としての霞ヶ関官僚」[桜H30-12-27] - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=tOqOn3ttvPg

グローバル化すると日本自体が解体されて中国小日本省みたいになってしまうのですね。
それは航空機で欧米に数時間で行ける時代だから、海外との輸出入も旅行も技術交流や留学も簡単になった。
コカコーラやネスカフェやマクドナルドは世界中どこでも手に入る様になった。

しかし、それはあくまでも国際化であってグローバリズムとは関係ない

移民を入れたらチャイナタウンとかモスクを中心とするイスラム人居住区みたいな国家内に別国家ができてしまうので、唯の国際化とは次元が違うものなんですね。

国際金融資本は単に利潤を最大化したいだけなので、

・言語はすべて英語に統一して、それ以外のローカルな諸言葉はすべて廃止する
・民族ごとに違う習慣や伝統はすべて止めさせて、世界標準の生活様式に統一する
・賃金は民族によらず、すべて同一作業同一賃金にする
・健康保険や年金等の社会保障は中国やベトナムと同水準にして小さな政府を実現する

という環境を作りたいのです。  

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
1. 中川隆[-13168] koaQ7Jey 2019年1月07日 07:38:45 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22219] 報告

新年に当たり私の考える中国経済観を申し上げます
勝又壽良のワールドビュー 2019年01月01日

明けましておめでとうございます。昨年はご愛読ありがとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

私が、ブログ「勝又壽良のワールドビュー」を始めましたのは、昨年7月からでした。それ以前に、ブログ「勝又壽良の経済時評」を2010年5月よりアメブロで毎日書いております。途中から「二足のわらじ」になりました理由は、ライブドアの執筆上の便宜性に惹かれた結果です。さらに、昨年11月より、メルマガ(有料)「勝又壽良の経済時評」を始めるという「三足のわらじ」となっております。

私は、もともと週刊東洋経済の記者出身です。後に、週刊東洋経済編集長を経験しましたので、一つの情報を「単発記事」で扱うか、「特集記事」に仕立てるか、本能的に情報を選択する衝動に突き動かされます。最初のブログ「勝又壽良の経済時評」は、単発記事と特集記事が混ざったような形でした。その弊害に気付き「勝又壽良のワールドビュー」は、単発記事主体に変え、特集記事はメルマガ(有料)「勝又壽良の経済時評」に組み替えました。

「雀百まで踊りを忘れず」と言います。私もその部類かも知れませんが、記者時代の担当で、財政・金融・労働・景気・産業・企業など一通りの取材・執筆の経験をしています。さらに東海大学での研究生活を経ることで、現在の世界経済の混乱をどう見るか、おぼろげながらも方向性が見えてくる感じを持っています。

特に、日本のバブル経済の形成過程と崩壊後遺症をつぶさに見てきた経験が、中国経済の分析には必須であることを痛感しています。曲がりなりにも早くから、中国経済の行き詰まりを予測し得たのは、日本のバブル経済の形成と崩壊の両過程を見てきたことが役立っております。

私の最初の書物は、『日本経済バブルの逆襲』(1992年1月発行)でした。世間で、バブルという認識がゼロの時代でした。日本政府が、バブルと認識したのは1993年でした。また、『戦後50年の日本経済』(1995年3月発行)によって、戦後日本経済の抱える構造的な問題点を追求しました。極めて、産業保護的体制でした。

今頃、こういう古い自著を持出したのは、中国経済の今後を分析するには不可欠であると考えているからです。中国経済の辿る道は、日本経済が過去に歩んだ道であることは間違いないと見ています。不良債権処理の重圧、労働力人口の急減という点は、日本と全く同じです。

日本よりさらに悪い条件が2つあります。

(1)米中が、冷戦時代に入っていることです。中国は、自由主義諸国から安全保障上において、危険国と見なされて包囲対象になりました。これは、中国が先進国への投資が不可能になったことを意味します。グローバル経済時代は、企業の海外直接投資が不可欠です。米国や日本、ドイツなどの企業が積極的な海外投資で利益を上げています。その点で、中国企業は先進国から敬遠されておりグローバル経済のメリットを享受できない、大変なデメリットを受けています。これは、将来の中国経済の発展に決定的なマイナスです。

(2)中国は、冷戦時代で軍事費の負担が嵩みます。米国覇権に挑戦すると宣言した結果、自由主義諸国は警戒体制に入っています。中国には、信頼できる同盟国がありません。一方、EU諸国と米国・日本・豪州・インドに包囲網を作られています。戦前の日本がABCDラインで経済封鎖された点とよく似ているのです。ちなみに、A=米国、B=英国、C=中国、D=オランダです。

戦前日本の外交的な失敗と、戦後日本経済のバブル崩壊後の後遺症を見れば、中国の将来がどうなるか見当はつくはずです。中国は、新興国特有の「奢り」と「衝動」に突き動かされています。中国が、米国と対決しても勝てる相手ではありません。日本は二度(戦争とバブル経済)も、米国へ挑んで敗れた歴史があります。米国の手強さは、日本が一番よく知っています。日本の勝てなかった米国に対して、中国は歯が立ちません。
http://hisayoshi-katsumata-worldview.com/archives/14680757.html


上のスレに以下のコメントを付けたのですが、これも完全削除されています:

日本の平成バブルと中国の今のバブルは質的に全く違います。
中国は共産主義国で株式市場も国家管理しているので、平成バブルとは全く違う経過を辿ると思います。


平成バブルについては以下の分析がバブルの本質を明らかにしています:

1929年10月24日、ニューヨーク・ウォール街では、世界大恐慌の引き金となって、株式大暴落が起こりました。そして、あれから60年後、今度は日本を叩き潰す為に、1990年2月、巨大な経済の逆回転が始まり、平成バブル経済が崩壊しました。

 平成バブルが崩壊するバブル・ピーク時、CIA(Central Intelligence Agency/アメリカ大統領直属の中央情報局)は、ベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦後の次の敵は、日本だと考え始めていました。

事実、1989年秋から始まった、アメリカ系証券会社の株価動向は不気味な動きをし始めました。バブルと、その崩壊に携わったのは、ユダヤ系の金融機関であるソロモン・ブラザーズ(現在のソロモン・スミスバーニー)という証券会社でした。

 ソロモン・ブラザーズは資本主義の歴史に詳しく、また日本の昭和初期の経済にも精通していて、1989年11月、ニューヨークで「日経平均株価が大暴落したら大儲け」という『プット・ワラント』のデリバティブ商品を機関投資家や大口投資家に大量に売り始めたのでした。それ以来、ソロモン・ブラザーズが中心になって、債券、為替、株価のトリプル安が始まります。これがバブル崩壊の裏側に隠れたメカニズムだったのです。

 バブル崩壊のシナリオは、どのようにして仕組まれたのか、その筋書きを追ってみましましょう。

 バブル絶頂期は、1989年にそのピークを迎え、株価は天井でした。この時、多くの日本人は、株価の高騰(こうとう)並びに地下の高騰に、湧きに湧き、怕(こわ)いもの知らずで、日本の投機家達は今迄になく傲慢(ごうまん)になっていました。そしてこの頃、事実CIAは、アメリカの敵は日本であると考え始めていました。

 CIA経済部門のスペシャリスト達は、アメリカ系証券会社のソロモン・ブラザーズ(現在はソロモン・スミスバーニー)と手を組み、日本経済の崩壊作戦に向けて本格的に動き出しました。これが今日の不況を長引かせる要因を作ったのです。これが日本株式市場に於ける下落のシナリオ「バブル崩壊作戦」でした。


ソロモン・ブラザーズは、1989年当時の沸き立つような好景気も、60年前のアメリカ・ニューヨーク.ウォール街での大恐慌と同一のものであると、そのバブル崩壊を予測したのです。

 かつて、国際金融資本の総帥・ロスチャイルドの配下であったロックフェラーやデュポン(世界最大の化学メーカー)らは、この大恐慌を利用して天文学的な巨富を手にしていました。ソロモン・ブラザーズはこれに因(ちな)み、バブル崩壊を企てる研究に取りかかったのです。

 「どうしたら一儲けできるか」からはじまり、「どうしたら日本経済を徹底的に叩く事が出来るか」という結論を導き出し、日本経済崩壊に向けて模索し始めたのです。

 60年前のウォール街での「暗黒の木曜日」の立役者は、国際金融資本の総帥・ロスチャイルドの息の掛かる東部のエスタブリュシュメント達(ロックフェラーを筆頭に、デュポン、ケネディ、オナシス、アスター、バンディ、コリンズ、フリーマン、ラッセル、ファンダイン、リー・クアンシューの超大富豪十二家)でした。

 この者達は手持ち株を売り捲り、その結果、下落に下落を重ね、二束三文になった株式を買い叩いたのです。それで巨万の富を手にしたのですが、今日とは情況が違うことに気付きます。この難題に、しばらく苦慮しますが、ついに糸口を掴んだのです。

 その糸口とは、「何が株価を暴落させる要因になるか」と言うものでした。つまり株価が暴落する切っ掛けを作ればよいのです。そして、「下落によって、下がった株で大儲けできる商品を持っていればよい」ということに行き当たったのです。それが「デリバティブ」でした。

 デリバティブとは、金融派生商品(通貨・金利・債券・株式・株価指数などの金融商品を対象とした先物取引)のことで、「先物取引」という意味合いを持っています。

次の研究課題は「どうやったら大暴落を人工的に作り出し、然(しか)も、そのタイミングに合わせて、自分達の狙うポイントに、総てを集約することが出来るか」という研究に取りかかったのです。

 人工的に大暴落を作り出す場合、60年前の大恐慌では、アメリカの大富豪達による「大量売浴せ」という手法が使われました。

 大量売浴せとは、売方が買方の買数量より、多量の売物を出して買方を圧倒し、相場を押し下げようとすることで、「売り崩し」とも言われます。

 しかし、それでは巨額な資金が必要であり、当時と違って、それほど経済構造は単純なものではなくなっていました。研究に研究を重ねた結果、巧妙(こうみょう)な手口を考え出します。

 それは、「膨らんだ風船を、更に膨らませる手口」だったのです。

 風船は、空気を送り込んで膨らませれば、それだけ膨らみますが、その実体は「バブル」です。膨らむものは、いつか破裂して、大爆発を起こす物理的法則に制約されます。経済とて、この法則下に制約されているのです。彼等はこれに気付いたのでした。

 彼等はそのシナリオを、綿密なストーリーで組み立てました。徐々に膨らみを見せる風船に、意図的に、頃合いを見計らって、更に膨らませ、次に急激に膨らませるという巧妙なストーリーを演出したのです。風船は、今まで徐々に、周囲の状態に馴染みながら膨らんでいたのですが、これに急激な吹圧を掛け、パンパンの膨張状態を作っておいて、一挙に破裂させるという巧妙な演出を画策したのでした。

 彼等は、この原理を東京株式市場に応用して、バブル崩壊を目論んだのです。
 そして彼等は「デリバティブ」という、風船を一突きにする「針」を手に入れ、膨張し過ぎて破裂状態になったところで、一突きにする演出を手がけたのでした。

1989年当時、日本人エコノミスト達は「デリバティブ」という「先物」の実体を知りませんでした。経済や金融の専門家でも、この実体が何なのか、未だに分からず仕舞いでした。またこの事が、バブル崩壊の悲劇を大きくし、当時の日本経済界は全く無防備であったと言えます。




ソロモン・ブラザーズは裁定取引を使って、意図的に、無防備な日本経済に先制攻撃を仕掛けたのです。「梃子(てこ)の原理」(レバレッジ)を利用して、なるべく少ない資金で、効果的にバブル崩壊に導く人工爆発の状態を作り上げる研究をしたのです。次に、バブル崩壊に導く為に、彼等は日経平均の株価操作の研究に没頭しました。

 彼等は、この二つの研究から面白い現象に気付きます。それは日経平均株価(日本経済新聞社が、東京証券取引所一部上場の代表的な225銘柄について算出し、発表しているダウ式平均株価)が単純平均(相加平均のことで、算術平均ともいわれ、n個の数を加えた和をnで除して得る平均値のこと)で作られた「指数」から出来ている事と、もう一つはこれらの指数の分析から、品薄な銘柄を意図的に買うと、少ない資金で日経平均株価を持ち上げることができるという経済現象に気付いたのです。

 こうして研究の成果を、実行に移した時期が1989年の秋から冬に掛けての事でした。日経平均株価は瞬(またた)く間に膨らみ、バブルは天井へと向かっていました。

 その頃、日本の話題はベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦構造が終焉(しゅうえん)を迎えれば、世界市場に進出できる等と、日本人経営者の多くが高を括(くく)っていた頃で、日本人の思い上がりの裏側では、こうした巧妙な仕掛けが、水面下で仕掛けられていたのです。

 大蔵官僚も、エコノミストも、この仕掛けには全く気付いていなかったのです。

ソロモン・ブラザーズの真の狙い

 当時の多くの日本人投資家は、「日経平均株価は10万円に到達する」と信じて疑わない人が多くいました。誰もが強気で、今こそ、この好景気に乗って、買いに転じる時機(とき)だと確信していたのです。その結果、バブルは急速な加速度をつけて、瞬く間に膨らみ始めました。

 この時、ソロモン・ブラザーズは信じられない事をニューヨーク・ウォール街で展開していました。

 1989年11月、彼等は「東京株式大暴落の図式」に則り、『プット・ワラント』という金融派生商品を売り始めていたのです。

 『プット・ワラント』とは、「日経平均株価が大暴落したら大儲け」という新商品であり、この商品をアメリカの大口機関投資家に大量売り込みを図っていたのです。また、これには大口投資家も飛びついたのです。

 彼等の新商品に対するキャッチ・フレーズは「年末から年始に掛けて、日本の株式は大暴落するから、60年前の《1929年10月24日の暗黒の木曜日》の時と同じくらいの大儲けが出来ますよ」でした。

1990年1月2日、ニューヨーク・ウォール街では、日本とは逆に、信じられない現象が起こっていました。突然、為替が円安へと向かったのです。この円安はソロモン・ブラザーズが『プット・ワラント』販売に因(ちな)み、債券や為替や株価の「トリプル安」を企てたものでした。

 そして1月が過ぎ、2月に入り、その月は既に中旬に入っていました。この頃、日経株価はジリ安でしたが、大暴落の兆しは現われていませんでした。

 日本人はまだ、この時にも何も気付いていなかったのです。そして日本経済が、瀕死(ひんし)の重傷に陥っている自覚症状すら、エコノミスト達は感じ取ることが出来なかったのです。

 当時の政治背景としては、自民党の政治家は2月中旬の衆議院選挙で大勝したことに祝杯を上げていた頃で、政界も財界も危機管理意識はなく、全く無防備でした。

 日本人は、まさに「ライオンに、餌を差し出す為に手を伸す呑気(のんき)な兎」でした。腕ごと食いちぎられるか、体ごと丸呑みされるかの、こうした危険すら感じる事もなく、呑気な行動をとっていたのです。
 日本人投資家が、株を買いに奔走している頃、アメリカの金融の裏側ではソロモン・ブラザーズの売り攻勢が激化を極め、これまでジリ安で状態であった株価は、一挙に大暴落へと転じました。バブル崩壊の引き金はこの時に引かれたのです。

ついに1990年2月末には、膨らむだけ膨らんだバブルは、日経平均15,000円台を大幅に割れ込みました。一挙に大暴落が起こったのです。

 ソロモン・ブラザーズの秘密兵器はデリバティブでした。
 デリバティブは説明の通り、現物と先物との価格差を狙った「サヤ取り」であり、「裁定取引」と「オプション」で、日本の株価は下落したら大儲けという派生商品です。この派生商品を、至る処に仕掛けておいて、株価を自由に操ったのです。バブル崩壊の大暴落は証券会社のみならず、大蔵省までを翻弄(ほんろう)の渦に巻き込んだのです。

 この巧妙な仕掛けでソロモン・ブラザーズは、僅か三年の研究とその実行で、一兆円にも昇る莫大な利益を手にしたのです。
 そしてこの後、日本では更に悲惨な状態が続くことになります。
 日経平均株価の大暴落は、株式市場の株価下落だけに止まらず、不動産の分野にも悪影響が及びます。この悪影響は、政府が不動産融資へのマネー供給を停止するという事から始まり、今まで高騰(こうとう)を見せていた大都市の不動産の資産価値が急速に下落したことでした。

 この現象は大都会だけに止まらず、地方にまで波及していきます。不動産の資産価値が下落するとは、それを担保にしていた金融機関の担保価値も大幅に減少したということになります。こうして不良債権の波及が表面化するのです。

 これに対して政府の後手政策は、次から次へと傷口を広げ、日本の資産とマネーの急速な収縮は、今日に見る不景気と連動し始めることになります。
 昇り詰めたものは、いずれ落ちる。これは物事の道理です。この道理に随(したが)い、ソロモン・ブラザーズは、次のプロセスへと準備にかかります。

ソロモン・ブラザーズの真の目的は、ただ単に、日経平均株価を下落させて大儲けすることだけではなかったのです。彼等の真の目的は、日本人の個人金融資産の1300兆円にも上る郵貯(郵便局で取り扱う国営の貯金事業で、元金・利子の支払いは国によって保証される)の食い潰しでした。日本のエコノミスト達は、この事すらも見抜けなかったのです。

 ソロモン・ブラザーズが研究の末に計画した事は、こうした下落が生じた時、政治家はもとより、財界人を始めとして、証券会社等が「これを何とかしろ」と、政府に詰め寄り、殺到することを計算に入れていたのでした。これこそ彼等の真の目的であり、ここに「日本発世界大恐慌」を画策した真の狙いが、ここにあったのです。
http://www.daitouryu.com/iyashi/shinizama/shinizama20.html

2. 中川隆[-13167] koaQ7Jey 2019年1月07日 08:12:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22219] 報告

韓国、「文政権」スローガンだけの経済運営、内心は北朝鮮型経済「狙う」
勝又壽良のワールドビュー 2019年01月06日

文在寅大統領は、スローガンづくりが極めてお上手だ。大統領選でも、その抜群の「作文力」を生かして、若者の熱狂的な支持を集めた。だが、スローガンが立派であればあるほど、国民の期待は膨らむが、いざ実行の段になると宙に舞う始末である。すでに、「所得主導成長論」の破綻がそれを証明している。

今年の念頭の辞では、「不平等を乗り越え、共に豊かに暮らす社会に向かう最初の年にしたい」と述べ、「先進国に追随する経済」ではなく、「経済成長の恩恵に全国民があずかる経済」を目標として提示した。以上は、『朝鮮日報』が伝えたものだが一体、韓国経済の進むべき方向はどこを向いているのか。

ここでのキーワードは、「先進国に追随する経済でない」点にある。先進国の経済運営は市場型である。経済成長を促進して雇用を増やし、成長の成果は再分配して恵まれない人々の生活を押上げることだ。文氏は、こういう市場型経済政策を放棄すると宣言した。

これには伏線がある。今年の韓国経済には大きな津波が押し寄せることを予感して、早々と予防線を張っていることだ。経済成長率は落ちても財政支出による「バラマキ政策」で、自らの責任を回避しようという狙いでなかろうか。韓国経済は、文政権によって一段と活力を失い、貴重な成長の機会を潰して失業者の群を大きくする。ただ、それだけの哀れな姿をさらすに違いない。

『朝鮮日報』(1月6日付)は、「先進国を追い抜くことをあきらめた文在寅政権」と題するコラムを掲載した。筆者は、同紙の宋義達(ソン・ウィダル)オピニオンエディターである。

(1)「現政権は先進国から学ぶことや、先進国を追い抜くことすら自ら放棄している。文在寅大統領が2日発表した新年の辞はそれを物語っている。文大統領は「不平等を乗り越え、共に豊かに暮らす社会に向かう最初の年にしたい」と述べ、「先進国に追随する経済」ではなく、「経済成長の恩恵に全国民があずかる経済」を目標として提示した」

確かに、文大統領の作文力はすばらしい。

@ 不平等を乗り越え、共に豊かに暮らす社会に向かう最初の年にしたい。

A 先進国に追随する経済ではなく、経済成長の恩恵に全国民があずかる経済にしたい。

この2つのスローガンを聞いていると、うっとりする。問題は、それをいかにして実現するかである。ここには、政策手段が示されていない。実は、政策手段がないからだ。最後は、財政支出で辻褄合わせをするに違いない。

成長しない経済で、どのように歳入を増やすのか。文政権の放漫財政を支える「財源」は、積弊一掃の対象である朴槿惠政権が残したものである。前政権を足蹴(あしげ)にし、関係者の多くを牢獄へつないだが、自らの政策的失敗の尻ぬぐいは、前政権の遺産を食いつぶしている。何とも狡猾な政権と言うべきである。

(2)「ここで2つの疑問が生じる。まず現政権は先進国と超一流企業に学び、それを追い越そうと努力してきた韓国経済の発展戦略と路線がもはや必要ないという結論に達したのかという点だ。仮にそうだとすれば、国内外の専門家が文在寅政権に対し、『先進国にせめて追いついてくれれば』と注文する中で、誤って下された処方である可能性が高いように思える。経済でも独自路線を本格化しようとする本心をさらけ出したのではないかとの指摘もある」

韓国は長いこと、1人当たり名目GDPが3万ドル寸前で足踏みしている。この値は、国民の福祉レベルや生産性の尺度として注目されている。韓国の「3万ドル台乗せ」は悲願であると言っても良いほどだった。文政権は、それを放棄する意向であろう。

(3)「もう1つの疑問は文大統領が掲げた『成長の恩恵を共に享受し、共に豊かに暮らす社会』のモデルがどういうものなのかという点だ。似た目標を掲げたソ連や東欧の社会主義が既に崩壊し、中国も失敗の可能性が高まっているわけで、まともな手本はない。国民が共に豊かに暮らすためには、貧しい人を豊かにするか、金持ちを引きずり下ろして貧しい生活をさせるかのどちらかだ。過去1年8カ月の文在寅政権の経済運営からみて、文政権は共に貧しく暮らす北朝鮮式の経済を目指しているのではないかという合理的な疑いが一部から提起されている。そんな懸念を払しょくするためにも、文政権は率直かつ透明な形で経済路線を明らかにしなければならない」

文政権の本心は、北朝鮮型の社会主義経済を目指しているのでないか。そういう疑念が、韓国内部から出ているようだ。そう言えば、教科書も書換えて、北朝鮮を賛美するような文言が入り始めた。韓国の国是である「自由民主主義」から「自由」を削除した。北朝鮮の「人民民主主義」に揃えたと指摘されている。文政権は、韓国経済がどうなろうともお構いなく、北朝鮮との統一に向けた準備を始めた政権と見て間違いなさそうだ。韓国の悲劇が始ったと言える。
http://hisayoshi-katsumata-worldview.com/archives/14803255.html


このスレにコメントした以下の引用文も削除されました:

以下で指摘されている様に、安部首相の日経平均を上げる事だけしか考えていない目先だけの経済政策が文在寅大統領の長期的視野に立った理想社会を目指す経済政策より上だとは言えないと思います。

日経平均だけ高くても日本が解体されて移民国家になったら意味が無いと思います:


株式会社化する日本について - 内田樹の研究室 2019-01-06
http://blog.tatsuru.com/2019/01/06_1029.html

鳩山・木村鼎談本の「第二章」からちょっとだけ抜き出し。

僕は「株式会社化」した政権だというふうに見ています。安倍政権は、僕が生まれてから見てきた中で、「株式会社的である」という点で際立っていると思います。
大した政治的見識もないし、指導力もない。統率力もないし、器量も小さな人物が、これほど長期にわたって政権を安定的に維持できているというのは、実際には彼の政治的な力というよりも、彼のキャラクターが株式会社のCEOのキャラクターに期待されているものと一致しているからだと思います。

第一は、当期利益第一主義です。「いまさえよければ、それでいい」という刹那主義です。株式会社の経営者は四半期でことの適否を判断する。それも当然で、この四半期を乗り切らないと先がないからです。三〇年後、五〇年後の展望なんて語ってもしかたがない。今期、利益が出せなくて、株価が下がったら、来年はもう会社自体が存在しないかも知れない。だから、先のことなんか考えても仕方がない。あとにどのような大きなリスクを抱え込むことになっても、とにかく今期の利益を上げることが最優先する。

それが当期利益至上主義者の考え方ですけれど、安倍政権はまさにそれです。そして、それは実際に多くの企業経営者にとって親和性の高いマインドなんです。

第二は、自分たちの経営の適切性を、非常にシンプルな数値で示そうとすることです。企業なら、売り上げ、利益率、株価といったところで経営の適否は判定できます。安倍政権が政権の適切性の指標として採用しているのはいまは株価だけです。株価が高値であるということ一事をもって「われわれの統治は成功している」と言い張っています。

もう一つ、選挙結果の数字もよく使います。議席占有率が高いのは、民意を得ているということだから、われわれは何をしてもよいのだというロジックを駆使している。

でも、株価なんか、日替わりで動く指標です。そんなもの、日本の将来を三〇年、五〇年、一〇〇年のスパンにかかわるような政策の適否を判断する上で何の参考にもならない。これから先、超少子化、超高齢化によって、日本の国の形は激変します。AIの導入による雇用喪失もいくつかの産業セクターで、短期的かつ急激に起きることが確実です。原発だって、いつ次の事故が起こるかわからない。福島だって、事故処理は少しも片づいていないし、復興にはほど遠い。

長期的視点に立てば、先に備えていますぐに手を着けるべきことは無数にあるんです。でも、安倍政権はそういう長期的な枠の中での話にはほとんど関心がない。目先のことしか考えない。一週間とか一月という短期的なスパンの中での政治的な効用、それだけしか考えていない。

佐川財務局長が、今度国税庁長官に登用されましたね。首相に対する忠誠を評価した論功行賞人事ですけれど、それによって「首相におべっかをつかうといいことがある」ということを公務員たちに周知徹底させるという効用はあった。でも、この人事で国民の納税意欲は有意に減退するわけじゃないですか。

国民の納税意欲を損い、財務省という役所に対する国民的な信頼を傷つけるような人事なわけです。長期的に考えたら、巨大な国益損失につながるわけですけれども、自分のために嘘をついた一役人を抜擢してみせる。そうすると、短期的には、そこに努力と報酬の相関関係が可視化される。首相におもねる行動をとれば、必ず報奨が与えられる。それが確約されている。信賞必罰のシステムが完成していること、それを誇示することがこんどの国税庁長官人事のほんとうの目的だと思います。

もちろんこのシステムは短期的なものに過ぎません。政権が続く限りしか存続しない。でも、このシステムが短命なものであるということは、官僚たちでも、いっしょに寿司を食っているジャーナリストたちもあまり気にしていない。官僚もジャーナリストも一度職位が上がったら、もう下がるということはない。うまい具合に自分が満額の退職金をもらって退職するまで政権がもったら、在職中はずっと「陽の当たる場所」にいられる。

ですから、短期的なスパンで考えれば、安倍政権におもねることは合理的な選択なんです。長期的な国益を勘案した場合は、官邸の判断に疑問を抱いている官僚もジャーナリストも学者いるはずなんです。でも、それについていまここで正論を吐いても何の見返りもない。たちまち冷や飯を食わされることがわかっている。だったら黙っている方が賢い。

これは日本だけでなく、エリートというものに共通する特徴だと思うんですけれど、「出世する」ことを私利私欲の追求だとは思っていないんですね。「自分のように卓越した人間」がこの国の舵取りをするポジションにいる方が国のためだし、国民の幸福のためだという正当化をしている。安倍は不出来な為政者だけれど、こいつを担いでいると自分が出世できる。「自分のような卓越した人間」が上に立つことは日本の国益を増大させることである、と。エリートはこういうロジックを組み立てるんです。そうすると、権力者におもねることの心理的苦痛が軽減される。私利私欲のためにやっているのではなく、天下国家のために「あえておもねっている」のだという正当化が成り立つと本人の精神衛生にはいいんです。おべんちゃらを言っている官僚も、寿司やしゃぶしゃぶを一緒に食っているジャーナリストもみんなそうやって自己正当化しているんだと思います。

橋下徹元大阪市長が市政改革に当たって「民間ではありえない」と言ったときに大阪市民は拍手喝采しましたけれど、それは要するに「行政は株式会社に準拠して再編すべきだ」ということに賛成したということです。行政も医療も教育も社会福祉も、あらゆる社会制度は株式会社に準拠して制度設計されるべきであるという「暴論」に対して、ほとんどの有権者が同意した。そういう考え方は「おかしい」と指摘したメディアは、僕の知る限り、ひとつもなかった。それほど株式会社という組織形態が現代社会では支配的なものになったということです。

でも、逆に言えば「それだけ」の話しなんです。「民間ではありえない」なんていうフレーズは例えば戦後すぐの農業人口が50パーセント近かった時代には何の意味も持たなかった。そのときの「民間」の支配的な形態は農業だったからです。そんなところで「組織マネジメント」だとか「費用対効果」だとか言ったって、誰も聞きゃしません。みんなにとって「当たり前」だと思えることの多くは、期間限定な「当たり前」であって、少しタイムスパンを広げて見れば、しばしば意味不明なことなんです。

だから、安倍さんが長期政権を保持できているのは、株式会社をすべての組織の原型と考え、政治家を株式会社のCEOだと考える「ある特異な時代」にジャストフィットしたからだというのが僕の考えです。その点では、金正恩とも、ドナルド・トランプともよく似ていると思います。改憲にせよ、「戦争ができる国」にせよ、独裁制にせよ、はっきりとした自分のアジェンダがあって、それに賛成する従業員を重用して、反対する従業員はクビにする。自分に逆らう人間は平気で留置所に放り込む。逆に、自分におもねってくる人間には、気前よく餌を撒き散らす。
でもこれって、民間企業のCEOとしては悪くない資質なのです。株式会社のCEOというのはむしろそうでなければいけない。明確なビジョンを掲げて、「われわれはこうしたい」と明らかにして、それを支持するものを登用し、反対するものは追い払う。経営の適否は売上とか、株価とかで短期間に数値的に考量される。経営者の適否は「マーケット」が判定するものであって、従業員には判断する資格はない。

だから僕が政権批判をすると、びっくりする若い人がいるんです。「え? 何、それのどこがいけないんですか?」って。「だって、うちの会社と同じですよ」って。彼らは安倍さんが社長で、自分たち国民はその会社の従業員だと思っている。だから、「従業員が経営方針に口出す会社なんかないでしょ」ときょとんとしている。「経営方針の適否を決定するのは従業員じゃなくて、マーケットでしょ」と言うのです。そういう「従業員マインド」と対米外交における「属国民マインド」とがブレンドされて、いまの日本の有権者たちの気分というものを形づくっている。だから、安倍政権の登場には、ある種の歴史的な必然性があったんだと思います。
http://blog.tatsuru.com/2019/01/06_1029.html

3. 中川隆[-13166] koaQ7Jey 2019年1月07日 08:39:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22219] 報告

これは僕のコメントがまだ残っていました:


日本、「訪日観光客」18日で今年3000万人突破「内需振興」
勝又壽良のワールドビュー 2018年12月20日

訪日観光客が順調に増加している。12月18日現在で3001万人に達した。日本政府観光局(JNTO)が発表したもの。クルーズ船需要が好調だったという。11月の国・地域別では、中国が前年同月比8.8%増の61万人余と最多を記録している。

3000万人の訪日観光客が、日本経済にどのような好影響を与えているかを見ておきたい。

『朝鮮日報』(11月4日付)は、「岐阜・高山の英語ガイド」と題するコラムを掲載した。筆者は同紙のイ・ドンフィ産業1部記者である。

このコラムは、朝鮮日報記者が休日を高山で過ごしたことを素材に、人口減で悩む地域がいかに観光客を集めて、人口減のもたらす需要減をカバーしているか、数値を含めて説明するユニークなコラムである。

(1)「約10年前、日本の多くの地方都市のように人口が減り、商店街が一時の活況を失うと、働き口を失った青年たちは町を後にした。こうしていては町そのものが消滅してしまうのではないか、という恐怖が押し寄せてきた。その活路を外国人観光客の誘致に求めた」

飛騨高山が、人口減対策として外国人観光客を誘致に活路を求めた話だ。

(2)「いわゆる『1対8の法則』を突破口としたのだ。高齢化と低出産で国民1人が減ると、1年に120万円の消費が消える。しかし、1回の訪問で1人当たり15万〜16万円を使う外国人観光客を8人誘致すれば、1人の成人人口が生じるのと同じことになるのだ。この法則を実現するために、10年にわたって高山市は英語を教え、案内標識を取り換え、海外の旅行博覧会に参加した。モニタリングチームを設置して、外国人の立場から観光インフラを点検。施設の改善を図った」

「1対8の法則」があるという。日本人1人が減れば、外国人観光客を8人誘致することで、経済的な損失をカバーするもの。日本人1人の年間消費額120万円の減少分を、外国人消費額1人平均15〜16万円の8人分でカバーするというのだ。

12月18日現在で、訪日観光客は3000万人である。日本人の消費額に換算すると375万人分になる計算だ。この「1対8の法則」を使うと、日本経済に大きなプラスがもたらされていることがわかる。

(3)「努力は功を奏した。1日でも高山に宿泊したことのある外国人観光客は、1997年の3万人から昨年には18倍の52万人へと急増した。観光による後押しで雇用と設備投資は2兆ウォン(約2000億円)に上った。高齢化と人口減少に伴う内需の絶壁と景気低迷は乗り越えることができるということを、高山は証明しているのだ。観光入国政策を10年以上にもわたって続けてきた日本には、高山のような所が数多く存在する」

高山市は、1997年に3万人の観光客(宿泊を含む)が、現在は52万人に増えていると言う。先の「1対8の法則」によれば、6万5000人分の高山市民の消費額に値する。昨年12月末の高山市の人口は、8万9280人だ。外国人観光客で6万5000人分の人口増に匹敵する消費がある計算だから、市の財政に相当の貢献をしている。宿泊設備を整えれば済むわけで、市民に必須の設備である学校・公民館等々の経費は不要である。こう考えると、外国人観光客の誘致は、最も効果的な産業誘致になろう。


コメント

1 中川隆 2018年12月20日 08:47 id:R83vNTU70

外国人観光客が増えると日本人はどんどん貧しくなっていく


膨大な経常黒字を観光収支の黒字がさらに拡大させている。
こんな事をすれば将来の超円高を招く


外国人が増えると嬉しいか?

2017年は訪日外国人数が2,800万人に達したと推測され、年間で4兆円のインパウンド消費が見込まれている。

政府はさらに外国人観光客を倍増させるつもりで、2018年は3,200人の訪日、5兆円近い消費を予想しています。

ところで外国人が日本に来て消費するのは経済的に、日本から外国に輸出するのと同じ経常黒字になります。

物を輸出するのと、外国人が日本で消費するのは、お金の流れとしては同じ「外国から日本へ」です。

その経常収支は10月に過去最大2.1兆円の黒字を記録し、通年でも過去最高に近い数字が出ると予想されます。

経常黒字が大きくなると、「やった!日本が儲かった」と喜ぶ人が居ますが、これは「儲かる、損をする」とは関係ない数字です。


経常収支が黒字なのはお金が日本に流れた一方で、日本の労働力が外国の為に消費されたのを意味します。

トヨタが300万円の自動車をアメリカに輸出すると、日本はお金を受け取り、アメリカは日本の労働力を自動車1台分受け取ります。

受け取った300万円分のドルを有効に使えれば良いが、日本の労働者を300万円で買ったアメリカ人の方が、得をしているかも知れません。


90年代から2000年代に日本は空前の経常黒字を積み重ねたが、貧しくなるばかりで経済は縮小を続けました。

これを振り返っただけで「経常黒字(貿易黒字)=日本の儲け」は完全に間違っているのがわかります。

「輸出=儲かる」「経常黒字(貿易黒字)=日本の儲け」という間違った考えのせいで、日本は自国の労働力を外国のために使ってしまいました。

外国人観光客が増えるのも同じであり、日本人の労働力を中国人や韓国人のために使い、日本はお金という紙くずを受け取っています。


円高の戦犯は小泉元首相

要するに日本人が中国に出稼ぎメイドをしているのと同じであり、日本が儲かっているとかでは有りません。

中国人相手に接待している労働力を、日本のために使ったほうがずっと良いのだが、政府の上の人はそう思っていません。

外国人が増えたといって喜んでいると、80年代に自動車や家電輸出で儲けたときと同じく、最後は悲惨なバブル崩壊で終わります。


なぜなら国の経常黒字が増えると、変動相場制によってその国の通貨を上昇させる圧力が生じ、耐え切れなくなった時に超円高になるからです。

最近では2007年から2011年にかけて円高が進み、1ドル70円台になったが、その原因は2007年までの輸出攻勢にありました。

小泉首相は日本経済を再生するため円安に誘導し、その時は輸出が拡大して経常黒字が増えて、日本はかなり儲けました。


当然の結果としてこのような経常黒字は円高圧力を生じさせ、2007年の1ドル124円を天井として、2011年に80円を割るまで下がり続けました。

2011年の超円高を引き起こしたのは、2000年代前半に円安誘導した小泉首相や竹中財務大臣、福井日銀総裁らでした。

そして現在、小泉時代と同じように安倍首相と黒田日銀総裁は円安に誘導し経常黒字を増やし、「日本は勝った!日本は儲けた」と言っています。


彼らのせいで再び超円高になるのは、2020年代以降と予想されるので、小泉元首相と同じように責任を認めないでしょう。

2 勝又壽良 2018年12月20日 13:52 id:WMnwyOb50

>>1

3 勝又壽良 2018年12月20日 14:23 id:WMnwyOb50

興味深く拝読しました。焦点は、経常黒字をめぐる価値観の問題だと思います。過剰な経常黒字は無意味ですが、GDP比で見た経常黒字で議論すべきと思います。ドイツは、経常黒字額は日本より多く世界一ですが、その結果、ドイツは貧しくなったという話は聞きません。中国は、急速に経常黒字が減って赤字スレスレになってきましたが、中国が豊かになったとも聞きません。

日本の経常黒字が増えて円高をご懸念のようですが、円高は悪で、円安が善というお考えでしょうか。日本の場合、購買力平価から見て1ドル=100円が妥当な線と見られます。これを上回れば円安、下回れば円高でしょう。現状は円安です。為替相場は長期で見れば、この100円を基点に上下の波動を描いています。為替相場は投機でも動きます。基本的に円高は、海外の購買力を日本に移転させます。円安は逆になります。日本は現在、円安で景気にプラスと見られていますが、「交易条件」で言えば損をしています。
http://hisayoshi-katsumata-worldview.com/archives/14424817.html

>勝又壽良 日本の場合、購買力平価から見て1ドル=100円が妥当な線と見られます。


これは悪質な嘘ですね。 1ドル=50円 が妥当でしょう:

外国人観光客が、なぜ日本に殺到するのか。

それは、良い品質やサービスが異様に安いからです。
はっきり言いますが、一部のサービスについて、日本はすでに東南アジアよりも安いのです(しかも、品質は良い)。


 日本国は、デフレにより貧国化しました。ところが、確かに「日本人の優秀性」というものは存在し、低価格の製品やサービスであっても、相対的に品質は高いのです。それはまあ、外国人観光客が、 「安く良いものが手に入る」と、日本国に殺到するわけです。


我が国は97年の橋本緊縮財政により経済がデフレ化し、「ヒトが買い叩かれる時代」が始まりました。


 経営者は設備投資をせず、資本装備率はだだ下がり。日本経済は次第に労働集約的になっていき、技術や設備ではなく「ヒトの根性」で「安く良い品質の製品・サービス」を提供するという狂気の状況に至ります。


 とはいえ、少子高齢化、生産年齢人口比率の低下を受け、すでに「優秀で真面目な日本人を安く買い叩ける」時代は終了しました。


 ところが、経営者は未だにデフレマインドのままで、「ヒトを安く買い叩く」ことのみを求め、資本主義に必須の「リスクを伴う生産性向上のための投資」に乗り出そうとしません。


 とはいえ、生産年齢人口の縮小という「巨大な圧力」は、企業経営者に否応なしに「生産性向上のための投資」を迫ります。つまりは、政府が人手不足の問題を「放置」しておけば、企業は生産性向上のための投資に乗り出さざるを得なかったはずなのです(実際には、始まっていますが)。


 それにも関わらず、安倍政権はどう動いたか。
「人手不足ならば、移民(外国人労働者)を入れよう」
 と、日本人の生産性向上ではなく、移民受入で人手不足を埋めようと図る。


 これ以上、最悪の選択は、思いつきません。


 こんな国は、普通に亡びます。むしろ、亡ばない理由を教えて欲しいです。


 何しろ、少子化で日本人が少なくなっていく反対側で、出生率が高い移民受入を拡大しようとしているわけです。半世紀後には、日本列島に住む日本人は少数派になっていることでしょう。
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12410850852.html




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日本の物価はいくらなんでも安過ぎる 2 (1ドル=50円 程度が適正価格)

日本人エンジニアの給料が上がらない理由 ファーウェイ本社の初任給83万円
http://president.jp/articles/-/24409

2018.2.19  ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前 研一 PRESIDENT 2018年3月5日号


中国ハイテク企業のエンジニアで年俸1000万円以下はいない

2017年の採用市場では、中国の通信機器大手ファーウェイ(華為技術)が日本で大卒エンジニアを「初任給40万円」で募集して話題を集めた。厚生労働省の調査によれば日本の大卒初任給の平均は約20万円(17年)。日本企業の場合、エンジニアであろうと事務職であろうと初任給は基本的には変わらない。日本企業の平均初任給の約2倍で募集をかけた「ファーウェイショック」に「優秀な人材が流れてしまうのではないか」と戦々恐々の日本企業に対して、ファーウェイ・ジャパンの広報は「優秀な人材を採るためのグローバルスタンダード」だとすまし顔だ。

  
ファーウェイ日本法人の新卒初任給は学部卒約40万円、修士修了約43万円。(AFLO=写真)

ファーウェイはスマホやルーターなどの通信端末、通信機器メーカーであり、スマホの販売台数、シェアはアップル、サムソンに次ぐ世界第3位。創業者が赤軍にいた、という理由で中国共産党との関係が深い、との嫌疑からアメリカ市場からは実質的に閉め出されているが、欧州や東南アジアではICTソリューション事業も積極的に展開している。中国深セン市にあるファーウェイ本社を20年以上前に訪れたことがある。全社員の8割がエンジニアで、会社の横にアメリカ風の庭付き一戸建てをたくさんつくって将来有望なエンジニアの社宅にして厚遇していたのが印象的だった。中国から世界化する企業が出てくるとすれば第1号はファーウェイだろうと思ったが、その通りになった。

現在、ファーウェイは世界170カ国以上に進出していて、従業員数は18万人以上。今でも半分近くがエンジニアだ。ファーウェイ本社のエンジニアの初任給がいくらかといえば、日本円で月額約83万円。日本で募集した初任給の倍である。要するに今やエンジニアの人件費は中国よりも日本のほうが圧倒的に格安で、ファーウェイはバーゲン価格で募集をかけたわけだ。中国人の半分の給料を「高給」と思って飛びつく日本の技術者。それに衝撃を受けながらも指をくわえて見守るしかない日本のメーカー。落ちぶれたものである。

エンジニアの給料が高いのはファーウェイに限らない。中国のハイテク企業のエンジニアで年俸1000万円を下回る人はまずいないだろう。この20年間で何が起きたかといえば、ICTのエンジニアが圧倒的に不足して、エンジニアの給与水準だけが世界共通になった。つまりエンジニアが安い国がなくなってしまったのだ。

インドの優秀なエンジニアの初任給は年間1500万円

一昔前はインドのエンジニアを使えば安いというイメージがあったが、今やインドの優秀なエンジニアの初任給は大体年間1500万円。最高峰のインド工科大学(IIT)の優秀な学生は15万ドル(1700万円)でグーグルやフェイスブックなどのグローバル企業に引き抜かれる。当然、アメリカのシリコンバレーやサンフランシスコのベイエリアも、エンジニアの初任給が平均15万〜16万ドルになっている。中堅エンジニアなら25万〜30万ドルで引き抜かれる。複数のエンジニアを束ねてプロジェクトマネジメントができるエンジニアなら50万ドル(5400万円)は下らない。

顧客と直接交渉してシステムのスペックを決めて、自分でエンジニアのチームをつくって、見積もりを出して、4億円、5億円レベルのプロジェクトを回せるエンジニアなら1億円オーバーの年俸でオーダーがくる。AI(人工知能)やディープラーニング(深層学習。人間の思考を模したコンピュータによる機械学習)の研究所長クラスなら10億円の値札が付いても不思議ではない。それが世界標準なのだ。

▼アマゾンは平均給与10万ドル、5万人を雇用

17年9月、アマゾンのジェフ・ベゾスCEOが「第二の故郷を見つける」と第2本社の設立計画を発表した。世界最大のネット通販企業の本社はシアトルの街中にあって、いくら新しい事務所スペースや居住用マンションを供給してもほぼアマゾンの社員で埋まってしまう状況が続いてきた。それでも成長を続けるアマゾンにシアトルが悲鳴を上げて「出て行ってくれ」ということになったのだが、ベゾスが発表した計画内容はいわば「アマゾンショック」といえるほど衝撃的だった。

第2本社で採用するのはマネジメント層とエンジニアを中心に最大5万人。平均給与は年10万ドル(約1100万円)超というのだ。北米全土から候補地を募ったら、カナダ、メキシコを含む実に238の都市と地域が名乗りを上げた。平均給与10万ドル超で5万人の雇用があったら街の繁栄は約束されたようなもの。全米を巻き込んで熾烈な誘致合戦が繰り広げられてきたが、先般、アマゾンは20都市に絞り込んだと発表している。

平均給与10万ドル超の会社なんてアメリカ中を探してもほかにない。第2本社で雇用する5万人の7割方はエンジニアだから、そういう数字なのである。アマゾンは各都市の立地提案の内容をさらに精査して、18年中に最終決定するという。カナダのトロントも候補地に残っているが、国内で雇用をつくらないとトランプ大統領に攻撃されかねない。とはいえアメリカ国内でも5万人の雇用に衣食住を供給できるキャパがあるのは、ニューヨークか没落ITシティのボストンくらいのものだろう。

英語が達者なフィリピン人の下で働くしかなくなる

このような世界的なエンジニアの「価格高騰」からまったく隔絶されているのが日本。エンジニアも含めて日本人の給料はこの20年間、まったく上がっていない。日本のエンジニアの給料が上がらないのはなぜか。理由の1つは日本独自の雇用慣習にある。日本の企業が学卒を採るときは事務職もエンジニアも大量一括採用して、同じ給料でスタートするわけだ。世界のエンジニアは何ができるかで名札と値札が決まる。「ビッグデータの解析でこんなことができる」とか「こういうゲームのこの部分をつくった」とか「この橋の構造設計をした」とか、どの領域で何ができるのかで名札が付き、マーケットでの値札が決まってくるのだ。

しかし大量一括採用された日本のエンジニアは、会社の人事評価制度の中で遇されてきた。それらの人事給与制度は日本的な平等主義で社員全体の給与を抑える仕組みになっていても、エンジニアの能力や成果に対して正当な報酬を支払うシステムにはなっていない。東芝でフラッシュメモリを発明した舛岡富士雄氏への報奨金はわずか数万円だったという。舛岡氏は発明者が受け取るべき対価として10億円の支払いを求める訴訟を起こして、8700万円で和解している。

国内に安住するエンジニアにも問題がある。日本の企業に就職して、下働きから始まってコーディング(プログラムを書くこと)経験ばかり延々積み上げた結果、40代になってもマネジメントができないエンジニアが多い。それでは給料は上がらないし、コーディングをやる人材なんてフィリピン辺りにごまんといるから、そのうち取って代わられる。エンジニアとして稼ぎたいなら海外に雄飛するべきなのだが、世界で活躍するには語学がパーフェクトでなければならない。

ところが文科省の“偉大な”功績で日本人の多くは語学が圧倒的に苦手だ。どれだけ技術に長けていても語学ができないエンジニアは使われる側に回るしかない。英語で顧客と交渉してスペックを決めたり、英語で仲間を集めて指示したり、プロジェクトマネジメントができるエンジニアは使う側に回れるから稼げる。だからインド人のエンジニアは強い。日本人の場合、英語ができるといってもマネジメントできるレベルではない。フィリピン人のほうがよほど英語は達者だから、そのうち彼らの下で働くしかなくなる。それが日本のエンジニアの現実だ。

近々、ファーウェイは中国勢で初めて日本に最新スマホの生産工場を新設するそうだが、今後も給与レベルを引き上げて、ぜひとも日本の採用市場を引っかき回してもらいたいものだ。日本のエンジニアの給料、日本人の給与体系がどれだけグローバルスタンダードとかけ離れているか、思い知らせてほしい。

18年度の税制改正で年収850万円以上は所得控除額が195万円で打ち切られることになり、年収850万円超のサラリーマンは実質的に増税されることが決まった。年収850万円ということは月額70万円くらい。社会保険や何やと取られて手元には40万円ちょっとしか残らない。それで家のローンを払ったり、子供の教育費を払ったりしたらカツカツという世帯はいくらでもある。生活レベルから見れば、税金を引っぺがされても仕方がないような富裕層ではない。

世界ではエンジニアの初任給が10万ドルになっている時代に、年収850万円超を「稼いでいる」と野蛮に線引きして、取れるところから取ろうとする根性が実にさもしい。近代国家として恥ずかしくないのかといいたい。


▲△▽▼

マカオ転職で給料4倍! このままでは日本の賃金が危ない! 2018年10月23日
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1810/23/news046.html#utm_source=yahoo_v3&utm_medium=feed&utm_campaign=20181112-013&utm_term=zdn_mkt-bus_all&utm_content=rel1-1


 日本で働いていた料理人がマカオのレストランに転職が決まり、年収が4倍になったという話がネットで話題となっている。

 中国の都市圏における経済発展は日本の想像をはるかに超えており、日本はアジアの中でも賃金が安い国となりつつある。日本人が仕送りなどを目的にアジアに出稼ぎに行くようになる日はそう遠くないのかもしれない。

アジアと日本の賃金の差が浮き彫りに。写真はマカオの繁華街(写真提供:ゲッティイメージズ)
アジアと日本の賃金の差が浮き彫りに。写真はマカオの繁華街(写真提供:ゲッティイメージズ)

アジアの賃金は想像以上に上がっている

 Twitterで情報発信している和食の料理人が、マカオのレストランへの転職が決まったとつぶやいたところ、日本とのあまりの待遇差にネット上でちょっとした話題となった。年収が4倍になり、医療費(歯科通院含む)も会社が100%負担してくれるという。

 現地レストランでのポストは副料理長ということなので、能力が高い人物の話ではあるが、同じスキルの人物でここまで年収に差が付くというのは少々驚きである。

 2017年における日本の1人あたりGDP(国内総生産)は3万8000ドル(430万円)だったが、マカオは7万7000ドル(約870万円)と日本の2倍以上もある。1人あたりのGDPは、その国の平均賃金と考えて差し支えないので、マカオでは平均的なビジネスマンが800万円以上の年収を稼ぐことは特に不思議なことではない。

 マカオは大規模なカジノが軒を連ねており、世界でも有数の豊かな地域として知られている。一方、日本ではサービス業に従事する人の賃金が異様に低いという事情もある。今回のケースはやや特殊な部類に入るかもしれないが、アジア全域で人件費が高騰しているのは事実である。

 マカオのお隣、香港の1人当たりGDPは4万6000ドル、シンガポールの1人あたりGDPは5万7000ドルといずれも日本より多い。中国は国土が広く、内陸部には貧しい地域もあるので全体の平均値は低いが、上海や深センなど沿岸都市部におけるホワイトカラー層の収入は、マカオや香港、シンガポールに近づきつつある。

 こうした地域でちょっとしたお店で夕食を食べると、料金が1万円近くになるのはごく普通のことなので、日本が相対的に貧しくなっているのは間違いない。


日本で携帯電話の料金が高く感じるのは経済力低下が原因

 こうした傾向は大卒の初任給にも如実に表われている。17年、中国の通信機器メーカー・華為技術(ファーウェイ)の日本法人が大卒初任給として40万円以上を提示したことが大きな話題となった。同社が就職情報誌で提示した新卒の初任給は、学部卒が約40万円、修士修了で約43万円。日本企業の大卒初任給は20万円程度、比較的給料が高い企業でも25万円程度なので、ファーウェイが圧倒的に高給であることは明らかだ。

大卒の初任給が高いと話題になったファーウェイだが……

 しかしファーウェイは日本人向けに特に高い年収を提示しているわけではない。

 近年はグローバル化の進展で、企業活動の標準化が全世界レベルで進んでおり、一定水準以上の企業の場合、社員の待遇についても、地域間での格差が縮小している。欧米企業における技術系社員の初任給は50万円台というところが多いので、ファーウェイ日本法人の初任給が特別高いというわけではない。

 日本では携帯電話の料金引き下げが政治問題となっている。携帯料金が高すぎるという政府の見解は半分間違っているが、半分は当たっている。

 携帯電話は典型的な設備産業であり、どの企業も同じような設備投資を行っている。規制料金が設定されていない限り、地域によって極端に通信料金に差が出ることはなく、総務省の比較調査でも日本だけが突出して料金が高いという結果にはなっていない。

 だが日本人の所得が相対的に下がっている現状では、同じ通信料金でも生活に与えるインパクトは違ってくる。通信料金が月1万円だったとして、大卒初任給が40万円の国と20万円の国では、料金に対する印象が異なるのは当然の結果といってよいだろう。

「中抜き」のビジネス慣習を見直すだけでも効果あり

 こうした事態を根本的に打開するためには、日本がもっと経済成長するしか方法はないのだが、ビジネスの慣習を見直すだけでもそれなりの効果がある。

 日本は現在、深刻な人手不足に陥っているが、その理由は人口減少だけではない。企業が過剰に人員を抱え込んでおり、本来は1人でできる仕事を1.5人あるいは2人で行っているというケースが多いのだ。業務をスリム化すれば、人手不足の一部は解消できる。

 例えば、日本で住宅設備の取り付けや修理といった各種作業を依頼した場合、顧客が支払った料金に対して、実際に作業をしている労働者が受け取る賃金はかなり少ない。仕事を仲介する事務的な作業に過剰なホワイトカラーが従事しており、これが全体の生産性を著しく下げている。

 欧米に行くと、それほど単価が高くない仕事をしている労働者が、大きなマイホームを購入していて驚かされることがある。こうした生活が実現できているのは、日本のような「中抜き」が少なく、労働者に代金の多くが渡っているからである。

 肥大化した事務部門が中間搾取する事業構造を見直さないと、賃金は上昇しないし、人手不足はますます深刻になるばかりだ。高いスキルを持った人ほど、海外で就労するチャンスを見出す結果となってしまうだろう。日本人がアジアに出稼ぎに行く時代の到来を懸念する前に、やるべきことはたくさんあるはずだ。




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日本を選んで"貧困"に落ちた中国人の後悔 上海のお手伝いさんより月給が安い
https://president.jp/articles/-/26878
2018.12.10  フリージャーナリスト 姫田 小夏 PRESIDENT Online

「中国は日本よりも生活水準が低い」というのは過去の話だ。都内の大手メーカーに勤務する永住者の中国人女性は「上海の友人のお手伝いさんは、自分よりも月給が高い」と嘆く。また埼玉県に住む50代の中国人男性は「“全身エルメス尽くし”の知人を満足にもてなす余裕がない」と話す。日本で働く中国人たちの本音とは――。


日本のパスポートは憧れ“だった”

10年ほど前、上海である商談に臨席したときのことだ。同行させてもらった男性が、日本の名前を刷り込んだ名刺を渡そうとした瞬間、客先の中国人女性からこんな言葉が口をついてでた。

「あなた本当に日本人なの?」

その質問に対し、「いえ、帰化したんです」と男性が答えると、中国人女性はすかさずこう言ったのだ。

「なーんだ、ニセの日本人か」

その物言いは確かに皮肉たっぷりだった。だが、名刺を渡した男性も、そして筆者も彼女がその言葉を発した根底に嫉妬心があることを知っていた。当時、「日本のパスポート」を持つことは中国の人々の憧れでもあったからだ。

日本の暮らしを選んだ中国人は満足しているか

日本で生計を営む中国出身の人々は少なくない。法務省によれば、2017年末の在留外国人数は約256万人、そのうち中国を祖国に持つ人たちは全体の3割を占め73万人にものぼる。永住者や留学生、日本人を配偶者にした人たちなどがこの日本で生活しているのだ。他方、日本には中国籍を捨て日本に帰化した人たちもいる。1952年〜2017年の統計(法務省民事局)を累計すると、その数は14万1668人を数える。だが、日本での暮らしを選んだ彼らは今、その生活に本当に満足しているのだろうか。

朱麗さん(仮名)は永住者として都内の大手メーカーに勤務する20代の女性だ。筆者はこの中国人の朱さんと池袋の喫茶店でお茶をした。よもやま話が続いた後、朱さんはおもむろにスマホの画像を差し出してこう切り出した。

「これね、すごく高級な茶葉なの。誰からもらったと思います? 幼なじみの家のアーイーからもらったんです」

アーイー(阿姨)とはお手伝いさんを意味する中国語だ。聞けば、朱さんが上海に一時帰国した際に訪れた幼なじみの家で、お手伝いさんからお土産として高級茶葉を渡されたのだという。

筆者からすれば耳を疑う話だ。お手伝いさんは主(あるじ)に雇われる低賃金労働者であり、「低賃金でこき使われている」というのがその典型だからだ。たまに理解のある雇用主が、気を遣って便宜を図ることがあっても、外省出身のお手伝いさんが「(上海人の)主の友人にお土産を直接渡す」なんて考えられない。

お手伝いさんの月給は32万円

朱さんはこのお手伝いさんについてこう語り始めた。

「幼なじみの友人はそのアーイーに2万元(約32万円)の月給を渡しているそうなんです。最近、上海ではアーイーの需要がすごくて、まれに1万元(約16万円)を超える月給をもらう人も出てきました。確かにこのアーイーは学歴があるようなんですが、だからと言って2万元はあり得ない。私の日本の月給を超えているんですよ!」

“お手伝いさんからもらった高級茶葉”は、「あなたより私のほうが上」という無言のメッセージだったのか。茶葉は朱さんに大きなショックを与えた。さらに朱さんのショックは、「2万元」をポンと払える幼なじみ夫婦にも向けられていた。

幼なじみ夫婦はともに上海の外資系勤務。その暮らしぶりのよさは、自宅マンションの立地や室内の家具からも伝わってきた。朱さんによれば、「早晩子どもが生まれる予定の幼なじみは、この学歴あるアーイーを家庭教師にさせるつもりで、今から高給で囲い込んでいるのではないか」と語る。

一方の朱さんは、新卒採用で都内の有名大手企業に入社した上海出身者だ。今の職場には不満はない。人間関係もいいし、仕事の内容も充実している。だが、ひとつだけ気に食わない点があった。それは「日本企業の給料の低さ」だった。

「上海に帰ってお手伝いさんでもやろうかな」

「私は家族と同居だから家賃や光熱費は考えなくてもいいけど、そうでない場合は大変です。母国との往復もしなければならない外国人にとって、手取り十数万円なんかじゃ生きていけないのです」

そしてこう本音を訴えた。

「日本って本当に魅力ある国なんでしょうか。魅力があるのは、日本の風景や日本の製品だけなのでは? 生活するにしても働くにしても、この国で生きていくのは結構キツイです」

確かに、今の上海の生活は日本以上に便利かもしれない。スマホのアプリをダウンロードすれば、ありとあらゆるサービスを享受できる。上海の街の至る所に掲げられるのは「共産党スローガン」であっても、それを見れば、なぜか「明るい未来」が到来するかのような錯覚に陥る。少子高齢化で先細る日本のような悲壮感はない。朱さんは別れ際に、冗談交じりにこう言った。

「私も上海に帰ってお手伝いさんでもやろうかなー」

日本と中国の生活水準は逆転していた

気が付けば、日中の生活水準は逆転していた。もちろん、中国から貧困問題が消えたわけではないが、とりわけ沿海部の大都市・上海と日本の生活水準を比べれば、その差は決して小さいものではない。

そもそも、なぜ彼らはそんなにカネを持っているのか。その答えは簡単だ。彼らは“事業用不動産”を持っているからだ。上海では多くの人が、住宅の転売や賃料収入で富裕になった。かつての国営工場(上海は工場の街だった)の“労働者階級”ですら、払い下げてもらった住宅を事業用不動産として運用し、不労所得に浴している。

税金面においては、個人所得税や事業税なども、その課税は日本ほど厳密なものではなく、固定資産税や相続税などは本格的な制度整備には至っていない。また、株式をはじめとする各種の理財(投資)商品は、乱高下がありながらも、経済成長を背景に確実に上昇した。激しい物価上昇といっても、農産物の値段は都市部の割には低く据え置かれている。

全身エルメス尽くしの友人に「敵わない」

こうした状況下で、彼らの貯蓄はあっという間に膨れ上がった。持てる中国人と持たざる日本人――この差が広がる今、日本に帰化した中国人は複雑な思いを抱えている。

埼玉県在住で日本名を持つ東島勇さん(仮名、50歳代)にとって、「大陸の中国人とどう向き合うか」は切実な問題だ。

「大陸の友人は貯蓄もたっぷりあって、年金もいい。そんな友人が私に同情してくれるんです。『支払いはいいよ、俺が払うから』と。しかも、豪華なレストランでの支払いです。今度は私がお返しをする番ですが、正直、このクラスの飲食店で彼を招待することなど、私のような“小さな貿易会社社長”の経済力なんかではできません」

エルメスが好みで“全身エルメス尽くし”。そのブランド品すら飽きが来れば使い捨て。移動は常にビジネスクラスで、この10年で世界各国隅々まで旅行した――そんな中国の友人は「もはや敵わない相手」(同)だという。東島さんは心中をこう吐露した。

「今の中国では、カネで地位が決まります。“成金中国人”はカネのない人間を軽視し、それを言葉や態度に表します。どんなに優秀でも、どんなにすばらしい思想の持ち主でも、カネがなければ発言権はないも同然なのです」

“中国よりも貧しい”中間層

貧乏人に発言権なし――それが現代中国の流儀だと東島さんは嘆くが、翻せば、これは国家間にも当てはめることができるだろう。日本という国家に経済力がなければ、あるいは国民一人ひとりに十分な資金力がなければ、いずれ中国から見下されてしまうのだ。

東島さんは一時期、悶々としていた。15年前、中国から日本に飛び出したまではよかったが、まさかこの短期間で中国経済が日本経済を凌駕しようとは、想像もしなかったからだ。中間層の生活を比べれば、日本は“中国よりも貧しい国”になってしまい、自分自身もまた中国の友人たちより質素な生活を送るようになってしまった。

東島さんは“金持ち中国人”とどう付き合うか、二者択一を真剣に悩んだと打ち明けた。ひとつは「まったく関わらないようにすること」、そしてもうひとつは「それでも付き合う」ということだった。東島さんの出した結論は後者だった。「中国から仕事をもらう身だから」というのがその理由だった。

「一生の幸せ」を考えると日本

ある日、その東島さんの表情はすがすがしいものになっていた。

「富を得るために私が今の中国に戻りたいかと問われれば、答えは『ノー』です。出版規制や情報コントロールなど、表現の自由があまりにひどい。政府にとって都合の悪い情報はホームページからすぐ消され、たかが通信アプリでのチャットでも国民は発言に気を遣う。私は思想をコントロールされてまで中国でカネ儲けをしたいとは思いません」

振り返れば、東島さんにとって中国籍を手放すのは乾坤一擲(けんこんいってき)の一大決断でもあっただろう。ひとたび、これを喪失すれば、中国での財産の相続権を失うことになる。また、彼は外国人になるわけだから、不動産投資含む中国での財テクが難しくなる。中国籍の喪失は、すなわち「富」から遠ざかることを覚悟しなければできない決断だったのだ。だが祖国中国に、人間が人間らしくあるための「自由」はない。東島さんはこの反目する2つの価値にようやくケリをつけたのだった。

日本を選び、日本企業で働くことが果たして正しい選択だったといえるのか――これを反芻する在日の中国人は少なくない。お金をためる、お金を儲けるという側面のみで見るならば、確かに日本は精彩を欠いているとも言えるだろう。

だが、その一方で、今の中国に見切りをつけて日本に住みたいと思う中国人もいる。友人が上海の街の画像を送ってきて、「今日も空気が悪い」とつぶやくように、日本には中国にない価値がある。「人の一生の幸せ」を考えたとき、やはり日本を選択してよかったと思う中国人も存在するのだ。

姫田 小夏(ひめだ・こなつ)
フリージャーナリスト
アジア・ビズ・フォーラム主宰。1997年から上海、日本語情報誌を創刊し、日本企業の対中ビジネス動向や中国の不動産事情を発信。2008年夏、同誌編集長を退任後、語学留学を経て上海財経大学公共経済管理学院に入学、修士課程(専攻は土地資源管理)を修了。14年以降は東京を拠点にインバウンドを追う。著書に『中国で勝てる中小企業の人材戦略』(テン・ブックス)、『インバウンドの罠』(時事通信出版局)ほか。



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2018年12月26日
アメリカの子育て費用 高校まで2600万円、大学で2倍


アメリカで「中間層」より下だとまともな子育ては難しい

アメリカの子育て費用の高さ

日本は子育てに費用が掛かり国は無理解だとされ、比較対象として欧米先進国が理想的に語られることが多い。

先進国の中もアメリカはそうでもないという話があり、2015に誕生した子供が17歳になるまでに2600万円かかる。

この数字は”2012年に生まれた子供”の時は2300万円だったので、3年で300万円増えている。(1ドル110円程度として)


米農務省が2017年に発表した数字は前年より3%増加し、中間所得者層で約23万ドルが必要と書かれている。

米国では中間層の水準がかなり高く総額5万9200から10万7400ドル、日本円で年収650万円から1200万円になる。

実態とかけ離れている気もするが、年収600万円以下の世帯はアメリカでは貧困者扱いになっている。


年収600万円以下の”低所得者”世帯でも子育て費用はあまり安くならず、17歳までに17万ドル以上(約1900万円)もかかる

これは高校までの費用だが、かなり良い大学に通わせるなら17歳までと同額程度の費用がかかる。

日本では大学まで私立だと総額2600万円、ずっと公立だと1300万円ほどとされるがこれは教育費のみです。


アメリカの計算では住居費、食費、交通費、洋服費、医療費まですべて合計している。

純粋な育児教育費だけだと1割か2割にすぎず、半分以上は住居・食費・洋服でかかっている。

日本も育児教育費の他に子供のための住居や食費、洋服代や医療費などで2倍は支出している筈です。


日本の子育て費用も安くない

するとアメリカでは大学卒業まで5000万円以上、日本はずっと私立だとやはり5000万円、ずっと公立で倹約生活なら3000万円程度でしょう。

日本で有名医学部に通って医師になるには4年間で2000万円程度かかり、どのレベルの教育を受けさせるかで大きく違う。

日本で大学に進学せず高卒で働けば2000万円程度ですみ、18年間で割ると年間110万円前後になります。


アメリカでは子供でもアルバイトでお金を稼ぐのが普通だが、日本は大学でも費用をすべて親に払ってもらう人が多い。

しかもアメリカでは大学費用は奨学金(という名の高利貸し)で自分で支払うが、日本では親が払っている。

このように考えると特に日本では、大学進学に伴う親の負担が大きい。


アメリカで「低所得者」として切り捨てられる年収600万円以下世帯では、大学進学は困難だろうと思われます。

それどころかニューヨークの小学生の1割がホームレスで、充分な食事がなく支援を受けている子供が多い。

ちなみにアメリカでは親戚に預けられたり施設に保護されていてもホームレスで、日本とは基準が違う。


アメリカでは高校まで義務教育で、公立だと授業料が無料で自宅学習でも卒業できる。

従って高校までの進学率は高く大学への進学率も高いのだが、低所得者や貧困層は相当ひどいことになっている。

結局アメリカでは年収600万円以下は貧困者とされ、統計すら取って貰えないのです。
http://www.thutmosev.com/archives/78535267.html

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サンフランシスコでは年収1800万円でも「かろうじて食いつないでいけるレベル」の生活
Melia RobinsonMar. 26, 2017
https://www.businessinsider.jp/post-1135?utm_source=yahoo&utm_medium=news&utm_campaign=201812

サンフランシスコのベイエリアで暮らしていると、年収が1000万円を超えても貧乏と感じてしまうようだ。

Twitterの従業員が、匿名を条件にThe Guardianの取材に応じた。40代前半、サンフランシスコ在住のこの男性は、年収16万ドル(約1800万円)。だが、かろうじて暮らしていけるレベルだと語った。翌月まで「食いつなぐ」ために借金をしたこともある。

「ソフトウェア・エンジニアになったのに、家計に苦労することになるとは」。そう語る男性は、このエリアで家族と暮らしていくためには自分の収入は「かなり低い」と考えている。

家計のもっとも大きな支出は家賃。毎月3000ドル(約34万円)かかる。妻と2人の子ども。場所を考えるとこの家賃でも「ものすごく安い」と彼は言う。

サンフランシスコのベイエリアは、アメリカでもっとも人気が高いエリア。不動産サイト「Trulia」によると、家賃は平均月4200ドル(約48万円)。Google、Uber、Airbnb、Twitterなどに勤める中堅以上のエンジニアは、給料の40%〜50%を勤務先の近くに住居を借りるために使っているという研究結果もある。

サンフランシスコの人口のおよそ30%を占めるミレニアル世代が家賃を高騰させている。節約のために大勢のルームメイトと一緒に暮らしている者も多く、住宅市場の競争を加速させている。

同エリアでフルタイムで働く18歳〜34歳の人々の平均収入は、2013年に5万9000ドル(約671万円)だったと米国勢調査局のデータが伝えている。

[原文:A Twitter employee making $160,000 a year says he's only scraping by in San Francisco]

2018年12月11日
日米、米中貿易とドル円レートのゆくえ


戦後の大きな流れでは10数年ごとに円高になっている


引用:https://moneyzine.jp/static/images/article/212170/01.png


円高か円安か

米中貿易対立や日米貿易交渉のゆくえを受けて、為替レートの値動きが大きくなっている。

一般的には日米経済が好調なら円安、不調なら円高になりやすいとされている。

これは日経平均が上がると円安、下がると円高いなるのを見れば良く分かります。


アメリカの株価とドル円の連動も強く、NY株価が上がると円安、下がると円高になります。

日米対立や米中対立は貿易を減らし株価や経済にマイナスなので、深刻化すると円高になります。

米中央銀行FRBは利上げの終了を示唆したので、短期的にはドル安の影響がある。


中期レートを見ると2012年に79円だったドル円レートは、2015年に125円まで円安が進みました。

その後何度か105円を割り込んだものの必ず回復し、現在は113円前後になっています。

上は120円、下は100円の大きなレンジ内での値動きが5年以上続いているといえます。


円高には周期サイクルがある

もっと長期で見ると為替レートは日米の経常黒字と経常赤字から大きな影響を受けています。

日本はアメリカにモノやサービスを売って代金を受け取るので、毎年数兆円がドルから円に交換されます。

日本が黒字でアメリカが赤字である限り、じわじわと円高が進みいつかはまた1ドル100円を割り込みます。


この超円高のサイクルは2011年、1995年、1985年、1970年のように10年から10数年おきに発生しています。

それぞれの円高には別の要因があるものの、日本の経常黒字で円高圧力が蓄積し、ダムが決壊するのがおよそ10数年ごとというとらえ方もできる。

前回の超円高は2011年なので、長期サイクルからは次回の円高は2021年から2025年ごろだと推測できます。


日本の輸出産業は競争力が落ちているとされるが、経常黒字はむしろ増えて年10兆円から20兆円に達しています。

対するアメリカは年50兆円前後の経常赤字なので、差し引きすると70兆円円高ドル安の圧力が発生します。

ダムに水が溜まって最後に決壊するように、円高圧力は満タンにたまるまで影響はなく、ある日一気に水が放出されます。


それまでは小幅な値動きしか起きないと予想されるので、今年や来年は10%程度の変動しかないでしょう。

円高になっても1ドル100円は割れず、円安になっても1ドル120円以内のレンジに収まるでしょう。
http://www.thutmosev.com/archives/78364661.html

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日本円はいくらなんでも安過ぎる (1ドル=50円 程度が適正価格)

ドル-円は絶対に「黒田シーリング」124円台後半〜125円より円安にはならない


実質実効為替レートについて 2014年1月17日
http://www.central-tanshifx.com/market/market-view/sf-20140117-01.html


2013年のマーケットのキーワードとなっていた【アベノミクス相場】も、ここにきて最大の踊り場局面を迎えており、安部政権発足以来進行していた円安・株高がもたつきはじめてきました。

国策とも言われている【円安・株高】が滞ってしまえば、今まで相場の主役であった円が脇役に押し戻され、マーケットは次の主役探しに走ることも十分に考えられます。

今週に入り、ルー米財務長官は

「日本の長期的経済成長は(内需拡大により成されるべきであり)、為替水準の恩恵に過度に依存すべきではないし、それは不公平である。」

という主旨の発言をしました。15年以上に及ぶデフレから脱却し、世界経済の牽引役として重宝されてきた日本ですが、さすがにここにきて「為替依存症」が目に付いてきたのかもしれません。


果たして、現在の円安は行き過ぎなのか?

過去の円相場と比較して、アメリカなどの諸外国の逆鱗に触れる水準まで来てしまっているのか?

それについて、実効レートを通して考えてみたいと思います。


通貨の実力は実効レートで測る

日本では『実効レート』という物差しでマーケットを見る参加者が、今でも非常に少なく残念に思っています。

私自身も、最初にFXのディーラー・アシスタントとして東京でスタートした時には、この言葉を知らずに仕事をし、何の不都合も生じませんでした。

その後、1989年にFXの本場:ロンドンで仕事をはじめてからというもの、事あるごとに『実効レート』という単語を耳にし、「なんだろう?」と疑問を持ち始めたのです。特に英国中央銀行(BOE)は政策金利決定の判断材料として、実効レートを参考にしていると知ってから、必死で勉強しました。

日本で実効レートを知らずに仕事が出来る理由のひとつとして、日本の中央銀行である日銀が、他の主要国の中央銀行とは違い、レート自体を発表していないことが挙げられると思います。

英国・欧州・米国それぞれの中央銀行は、毎日自国通貨の実効レートを公表していますが、日銀は国際決済銀行(BIS Bank for International Settlements)が毎月一度発表している世界各国別の実効レートをそのまま使用しているに留まっています。


日本銀行 「実効為替レート(名目・実質)」の解説
http://www.boj.or.jp/statistics/outline/exp/exrate02.htm/

日本銀行 円の実効為替レート 月足
http://www.stat-search.boj.or.jp/


日銀はBISのデータをそのまま使用しているため、円実効レートは1ヶ月遅れで月に一度だけ発表されます。


これは1980年から2013年11月末までの円実効レート、月足チャートです。

これを見て、私はハッとしました。というのは、最近の円相場を語る時、ドル円のレベルだけを見て「まだまだここからの円安余地はある」と感じておりましたが、実効レートを見た途端、【究極の円安レベル】に達しているのが、わかったからです。

この円実効レートのチャートは、日本が変動相場制に移行した1973年から数年後の1980年から現在に至るまで、30年以上に渡り全ての数字が載っています。


リーマン・ショックが起きた2008年9月の円実効レートは、85.89。

そして最新の2013年11月のデータを見ると、実効レート: 77.61/東京市場ドル・円 スポット17時時点/月中平均: 100円04銭

と書いてありました。

その後、ドル円は105円をうかがう展開となりましたので、実効レートのレベルは当然11月の77.61よりも低い=円安色の強い数字になっていると想像されます。


過去に80を下回ったのは、いつなのか?と調べてみると、

一番最近では円キャリートレード全盛期の2007年(120円台)となっており、

それより以前では1980年代までさかのぼることになり、その当時のドル円は200〜250円台となっていました。


アベノミクス効果で、「3桁のドル円」に目が慣れてしまったせいか、なんとも思わなくなっていましたが、こうして実効レートで『本当の円の実力』を検証してみると、変動相場制以降、3番目か4番目に円実効レートが低い(=円安)『異常事態』とも言えるようです。


ここではじめて【為替相場をターゲットとしない内需拡大による持続的成長】を要請してきたルー米財務長官の言葉がやっと理解出来た気がします。

アメリカ財務省が年に2回提出する為替政策報告書は、例年5月頃と10〜11月頃の発表となっています。さすがに日本を名指しで非難しないとは思いますが、為替市場に従事する人間としては、「アメリカ政府の堪忍袋の緒が切れた」のかどうかを占う上でも、為替動向とアメリカ側からの発言内容やタイミングをきちんと把握すべきでしょう。
http://www.central-tanshifx.com/market/market-view/sf-20140117-01.html

止まらない円の価値下落… 2016/05/02
1ドル106円でも「超円安」のワケ 実質実効為替レートで読み解く円相場
https://zuuonline.com/archives/105338


4月29日のNY外国為替市場の円相場は、約1年半ぶりの水準となる1ドル106円28銭をつけた。これを聞いたら驚かれるかもしれないが、それでもなお、現在は「超円安圏」にあるのだ。

どういうことなのか、詳しく見ていこう。


続く「超円安」水準

「黒田シーリング」、それは、昨年初夏に市場参加者らにより設定された、ドル円為替での124円台後半〜125円に覆いかぶさり一段の円安進行を阻止せんとした「天井」のことである。

黒田日銀総裁は、衆議院予算委員会で

「実質実効為替レートがここまで来ているということは、ここからさらに円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」

と発言、ある種の「口先介入」とも捉えられ、上記シーリングの根拠となっていた。

中国ショックや原油価格崩落等に端を発した世界同時株安を経たドル円相場は現在110円をも大きく割り込み、振り返ってみると、確かにその天井は重要な節目となった。

わざわざ強調して用いられた「実質実効為替レート」なる表現。

当時、円の実質実効為替レートは、変動相場制移行以降では、なんと「史上最安値(円安)」に達してしていた。

具体的に過去を振り返る前に、実質実効為替レートについて簡単に解説しておこう。


円がドルに対して上昇していても、ユーロに対しては下落しているような時、すぐには円高なのか円安なのか分からない。そこで円の複数の通貨に対する総合的な為替レートとして貿易相手国との貿易取引量で加重平均して算出する値が実効為替レート。

さらにその数値にインフレ等の物価調整を施した後のものが実質実効為替レートである。

つまり、「一国の通貨の対外競争力を総合的に捉えるための単一の指標」と言い換えられよう。


止まらない円の価値下落

下図は、

「ドル円直物為替レート(赤線。 以下、ドル円)と、

円の実質実効為替レート(青線。単位:2010年=100。 以下、R)」

の1971年以降の推移であり、それに歴史上の重要なトピックスを補記したものである。


@1973年2月:変動相場制移行当時のドル円は300円程度。
Rは71.93と、基準値である100対比、約28%の円安水準。

A1985年9月:G5が協調してドル高是正を取り決めたプラザ合意当時のドル円は240円程度。
Rは84.47。

B1995年4月:史上初めて80円割れを示現したドル円。
Rは149.87へと価値急騰。

C1998年8月:日本金融危機・アジア通貨危機等を背景にドル円は145円へと急反発。
Rは95.73へと減価した。

D2008年9月:リーマンショック勃発直前のドル円は107円。
Rは85.84。

E2011年10月:ドル円は史上最安値75円32銭まで暴落。
Rは105.66。

F2015年6月:「黒田シーリング」設定。ドル円は125円手前。
Rは67.80。


水準比較で分析してみると・・・、

BとE時点ではドル円は70円台までの急落をみたが、 Rは149.87vs105.66と、期間も長く深い円高局面となった2011年の方が、逆に円の価値上昇がマイルドであった。

@とF時点の Rは70前後であるが、ドル円は300円vs125円と約58%円高水準となっている。

これは逆の見方をすれば、円の対外競争力としての価値は、1ドル300円当時以上に減価してしまっていることを意味するわけで、黒田総裁はじめ金融当局者らがかなり危機的意識を持ってマーケットを注視していたことも頷ける。


なお、1973年〜1995年までのドル円と Rは共に右肩下がり、つまり円高方向のトレンドを形成している。

ところが、1995年を境にドル円は概ね横ばいである一方で、Rは右肩上がりの軌跡を描き、両者は大きく乖離した状態で現在に至っている。

日本がデフレ状態にあったことなど様々な要因を挙げることができようが、筆者はIT革命によるグローバリゼーション加速の恩恵にあずかった新興国台頭の影響が最も大きかったとみている。

日本が貿易取引量を拡大させるのと時期を同じくして、新興諸国は輸出財において国際競争力をつけ、また資源・原材料価格の継続的な上昇を追い風にした。結果、著しい経済成長を遂げ、それが更に次の投資を呼び込むという好循環に繋がったことでそれらの通貨価値は上昇して行った。


交易条件は芳しくない状態

実質実効為替レートは、一国の通貨の対外競争力を総合的に捉えるための単一の指標であると述べた。それは即ち、国外の財やサービスを購買する力に他ならず、国力の現れのひとつでもある。今、その力が「歴史的にも最弱の領域」に達しているのだ。

また同時に、その様な状況下、日本の貿易収支は2011年06月あたりから頻繁に貿易赤字を記録しており、それはもはや円安をテコに輸出を大きく伸ばすことができないほどに、グローバル型製造販売体制として産業構造が変容してしまっていることをも意味している。


望まれる円の価値安定

現在、円の実質実効為替レートは、75前後となっている。

過去に照らせば、第2次オイルショック後期(1982年)と同程度の超円安水準だ。

円の実質実効為替レートの下落が、交易条件の好転に結び付かない構造となっているのであれば、円安がもたらすメリットをディスカウントして捉える必要があるだろうし、底値圏から反発局面にある原油価格に一段の上昇がみられた場合、交易条件の更なる悪化は免れない。

トリクル・ダウン(富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちるという経済理論)が不十分であれば、家計部門は一層痛むことにもなろう。

筆者はそれらをも踏まえ、円の価値を更に「人為的に」減価させ経済成長のテコとして用いるとの戦術を好ましく思わない立場だ。

更に言えば実質実効為替レートを80〜100に安定的に収まるような金融・為替政策を採って行くべきとの見解に立っている。
https://zuuonline.com/archives/105338


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株価が急騰の一方、為替が膠着している理由
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171020-00193867-shikiho-bus_all
会社四季報オンライン 2017/10/20(金) 18:01配信

 前回は米国長期金利の動きから見た為替レートの短期的な動向を検討したので、今回は長期的な観点から見直してみよう。

 一国の通貨の価値は、長期的には物価動向に沿った形で決まる(短期的には必ずしもそうはならないが)。物価上昇率が低い国の通貨は高くなり、物価上昇率が高い国の通貨は安くなるということだ。

 また、ある通貨が高いのか安いのかを考えるときに、特定の相手通貨ではなくて、貿易額などに応じて様々な相手通貨との関係を見たほうが望ましい場合がある。

 こうした点を踏まえて、通貨の割高さや割安さを長期的に判断するのに適した指標と考えられるのが実質実効為替レートだ。「実効為替レート」とは、貿易相手国通貨との為替レートを貿易額による加重ウェートで平均したもの。「実質」は物価上昇率を調整していることを示す。

 長期的な為替レートの変動要因である物価上昇率を調整した後のレートなので、短期的要因によって一定のレンジ内を上がったり下がったりはするものの、基本的にはそこから大きく外れることはない。そのため、実質実効為替レートを見れば、そのままその通貨の長期的な割高さ・割安さが分かるということになるのである。

■ 現在の円は歴史的な割安水準で推移

 円が変動相場制へ移行した1973年2月以降の円実質実効為替レートの推移を見ると、つい最近までのレンジは概ね70台半ば〜140台くらいである(通常の為替レートと異なり、数字が大きいほど円高、小さいほど円安となる)。

 ところが近年では、2015年に70を割り込み、今年8月末時点でも75.9とかなりの低水準で推移している。時系列で見てみると、デフレ懸念の増大と金融緩和の遅れから急激な円高が進んだ1995年以降、ほぼ一貫して円の実質価値は低下し続けている。つまり、物価変動や特定の通貨の影響を除いた実力ベースで円は売られ続け、現在では変動相場制への移行以後で最も割安な水準にあるといえるのだ。

 円の実質実効為替レートの長期下落傾向が何を意味しているのかは、なかなか答えるのが難しい問題である。もしかすると、貿易上の非価格競争力が落ちてきていることの証かもしれない。もしくは悪化を辿る財政リスクに対するプレミアムが発生しているのかもしれない。ただ、明らかなことは、単に名目的な為替レートで見る以上に、実質的には大幅な円安が進んでいるということである。

 そう考えると、この水準から大幅に円が売られることは、(1)日本の物価水準が大きく上がる、もしくは(2)本格的な“日本売り”が起きる、ということでもなければ考えにくい。だが、現時点ではいずれのシナリオも現実的ではないだろう。2015年半ばにはドル円で一時125円台までの円安が進んだが、インフレ期待は当時から低下してきており、現時点でそのような大幅な円安を見込むことは難しいと考えられる。むしろ、現在総じて堅調な世界経済(とくに米国経済)に陰りが生じるようなことがあれば、大きく円高に振れる余地が生まれる。

 前回見たように、短期的要因である実質長期金利からは、やや力不足ではあるものの円安方向への力がかかっている。そして、今回見た物価上昇率を考慮した長期的観点では、すぐにどうこうというものではないが、潜在的な円高圧力が大きく残っている。このように長短期の要因で相反する構図が、現在の為替相場の膠着を招いているのである。

 ここまで為替相場が現在のもみ合いを脱するかを、短期、長期の視点から検討してきたが、そうなるにはまだもう少しの時間と、何か新しい要因が必要となりそうである。

4. 中川隆[-13165] koaQ7Jey 2019年1月07日 08:54:42 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22219] 報告

勝又壽良は経済学のイロハが全く理解できていない

自由貿易と輸出が日本を滅ぼす

植民地のインドは商品を輸出しても、その見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積され、デフレになり、不景気になった
2006年2月9日 アメリカの謎を解く 橋本裕の文学・人生日記帳

ブッシュ大統領が1月31日の一般教書演説で、「私は8800億ドルを減税し、国民に返却した。今後も減税を恒久化し、09年に財政赤字を半減する」と述べた。

 一方で、アメリカの経常赤字は05年が7900億ドル(93兆6940億円)、財政赤字も06年度は4230億ドル(約50兆2千億円)で過去最大、債務残高はすでに8兆ドル(約950兆円)を越えている。

 日本では、税制赤字を解消するために、増税をしなければならないと考えられているが、アメリカは逆である。減税をして国内消費を活性化し、景気をよくして税収をあげようとする。さらにアメリカの場合は戦争によって軍需景気を作りだしているわけだ。

 いずれにせよ、アメリカは消費大国。国も国民も借金をして消費を楽しんでいる。このアメリカの消費を助けているのが日本をはじめとするアジア諸国だ。とくに日本の貢献が大きい。日本は政府と民間が何百億ドルというアメリカ国債を買っている。

 先日、朝日新聞夕刊「経済気象台」に「米国のもう一つの謎」という文章が載った。経常収支の赤字が拡大しているにもかかわらず、ドル高が持続している謎について、それは借金国のアメリカが負債について支払う金利が「異常」に低いからだと書いている。これに反して、アメリカの対外資産は巨大な利益を手にしている。

 アメリカは莫大な借金をし、そしてその中から、わずかな一部を他国に貸している。そして不思議なことに、巨大な借金のための利払いよりも、わずかな海外資産の方が多くの利益を生み出しているというのだ。

 どうしてこんなマジックが可能なのか。それは日本がこの逆をしているからである。なぜ日本がこの分の悪い役回りを続けるのか、実はこれこそが本当の謎だということになる。

驚くべきことに、小さな対外資産から受け取る利子と配当が、大きな対外負債に支払う利子と配当を今日まで上回り続けている。家計にたとえると、収入を上回る買い物をして毎月赤字が続き、借金が膨らんでいる。ところが、多額の借金に支払う金利がゼロに近ければ、わずかばかり保有する預金などから受け取る利子の方が大きいという状態なのだ。これでは赤字をいくら出しても、借金さえできれば、後は何の憂いもなく買い物ができる


このうまい話に手放しで悪のりして、米国は経済収支赤字を続け、負債の増加に加速度がついている。この構図が最近話題になり、債権国が浮き足だっている。日本にその気配がないことが「謎」の源である


 実はアメリカのこの「うまい話」は、19世紀に繁栄した大英帝国をまねているだけだ。大英帝国の場合は、その繁栄の謎をとく鍵はインドをはじめとする植民地が持っていた。たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出してイギリスを相手に多額の黒字を計上していた。ところが黒字はルピーではなく、ポンドを使って決済され、そのままイギリスの銀行に預けられていた。

 だからイギリスはいくら植民地を相手に赤字を出しても平気だった。イギリスの銀行に預けられたポンドを、イギリス国内で使えばいいからだ。インドは名目上は債権が増え、お金持ちになったが、そのお金をイギリスの銀行から自由に引き出し、自分の国では使えなかった。お金の使い道は預金者ではなく、イギリスの銀行が決めていたからだ。そしてもちろん、イギリスの銀行は国内の人々に貸し出した。

 イギリス国民は植民地から輸入した品物で生活をたのしみ、しかもしはらったポンドもイギリスの銀行に吸収され、イギリスのために使われるわけだ。こうしてイギリスはどんどん発展した。

 一方植民地はどうなったか。たとえばインドは商品を輸出しても、その見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積されるだけだから、国内にお金がまわらなくなる。どんどんデフレになり、不景気になった。

 仕事がきつくなり、給料が下がり、ますます必死で働いて輸出する。ところが黒字分の代金は、ポンドのまま名義上の所有としてやはりイギリス国内で使われる。こうしていくら黒字を出してもインドは豊かになれなかった。そして、赤字を出し続けたイギリスは、これを尻目に繁栄を謳歌できた。

 このイギリスとインドの関係は、そっくり現在のアメリカと日本の関係だと言ってもよい。経済同友会元副代表幹事の三國陽夫さんは、「黒字亡国」(文春新書)にこう書いている。


輸出拡大によっていくら日本が黒字を蓄積しても、それはアメリカ国内にあるアメリカの銀行にドルで預け入れ、アメリカ国内に貸し置かれる。日本からの預金は、アメリカにしてみれば資金調達である。貸し出しなどに自由に使うことができる。

 日本は稼いだ黒字にふさわしい恩恵に与らないどころか、輸出関連産業を除いて国内消費は慢性的な停滞に喘いでいる。停滞の原因であるデフレはなかなか出口が見えない。

 日本の黒字がドルとして流入したアメリカはどうなのか。ドルはアメリカの銀行から金融市場を経由して広く行き渡り、アメリカ経済の拡大のために投下されている。日本の黒字は結局、アメリカが垂れ流す赤字の穴埋めをし、しかもアメリカの景気の底上げに貢献しているのである。・・・

 輸出で稼いだ黒字を日本がドルでアメリカに預け、日本の利益ではなく、アメリカの利益に貢献している限り、円高圧力もデフレ圧力も弱まることなく、政府・日銀がいくら財政支出や金融緩和というデフレ解消策を講じても、一向に持続性ある効果は現れないのである


 幸い、最近この貿易構造がかわりつつある。日本の貿易相手国が中国をはじめとするアジアやヨーロッパにシフトしたことで、日本の対米黒字の割合が相対的に低下したからだ。こうして日本がデフレから解放されるチャンスがここから拡大した。

 しかし、問題はすでに厖大なドル建て資産をアメリカに持っていることだ。日本人の汗の結晶であるドル建て資産が、今後ドル安で何百兆と失われる可能性がある。こうした形で、アメリカは最終的に日本の資産を合法的に手に入れようとする。

「今後も減税を恒久化し、09年に財政赤字を半減する」というブッシュの一般教書の宣言は、これからも日本をはじめ、世界から資金を調達するという意思表示と読むべきなのだろう。
http://www.asyura2.com/0601/hasan45/msg/253.html

2018年03月03日
経済センスゼロの麻生大臣と安倍首相
この2人よりましな人が居ないとしたら、日本の将来は暗い


これからも日本経済は良くならない

裁量労働制の議論で分かったのは、日本のリーダーの誰も経済の簡単な原則を知らないという事でした。

麻生財務大臣・安倍首相・官僚たち・自民党の次期首相候補の誰も「給料を減らせばGDPが減る」のを知りませんでした。

話は「経済優先の安倍首相」と「生活優先の野党」になってしまっているが、そうではありません。


「国民の給料の合計=GDP」なのだから残業代をカットすれば当然GDPが減り、税収が減って財政悪化するのです。

たとえば某安売りブラック衣料品店の基本給12万円、残業代8万円で20万円払っていたとします。

これからは基本給12万円だけで労働時間は同じになり、労働者の収入は減ります。


収入が減ったので消費しなくなり、納税もしなくなり、国保や年金も払えなくなり国の財政は悪化します。

こういう話なので、経済にとっては最悪で国の税収は悪化、デフレ経済に逆戻りするでしょう。

問題はどうも麻生財務大臣や安倍首相らが、「自分たちは経済に良い事をしようとしている」と考えているらしい事です。


確信犯の悪党ならまだ政策転換する可能性があるが、無知ゆえに「良い事をしている」と思っているから直らない。


給料を減らす発想は輸出幻想から来ている

政治家の無知をもたらしているのは経済界、経団連で名前を聞くと経済に良い事をしているように見えます。

ところが経団連を牛耳っているのは輸出企業で、輸出企業は日本が滅んでも輸出を拡大するのが利益に繋がります。

例えばトヨタの労働者の時給を「100円」にしたら、日本は滅びるがトヨタは輸出で大儲けします。


こんな連中が政府の顧問として政策提言や助言をしているので、「給料下げれれば経済が良くなる」と思い込むのです。

輸出は日本経済の5%程度に過ぎないが、60%以上を占める消費と内需は輸出のために犠牲にされている。

その輸出なのだが、輸出が経済に貢献しているというデータはなく、世界で高成長している国のほとんどが貿易赤字です。


GDPが大きな国で貿易黒字なのは中国・ドイツ・日本の3ヶ国くらいなのにたいして、他の大半は貿易赤字です。

では貿易黒字国は赤字国より成長率が高いかというと、そんな事はありません。

中国の成長率は高いがドイツと日本は高成長ではなく、赤字のアメリカ・カナダ・フランス・オーストラリアとそれほど変わりません。


国のリーダーが無知では経済は回復しない

現代では生産技術の向上によって、一カ国で全世界全ての工業製品を生産して輸出するのも可能になりました。

すると輸出国なんてのは一つあれば十分なので、過当競争で「輸出するほど国が衰退する」現象が起きます。

反対に貿易赤字国は自国内の経済活動で成長しているので、他国との競争に勝つ必要がなく、安定した経済成長をしています。


人口が多い国だけではなく、日本より人口が少なく面積が狭い貿易赤字国で、日本より良い暮らしをしている国もあります。

貿易赤字にする事で為替が安くなり、輸出競争力が高まるという矛盾した現象も起きます。

アメリカは貿易赤字なのでドルが安く、安価な製品を日本に輸出して儲けています。


日本は輸出を増やせば増やすほど貧しくなりGDPが減少し、GDPを増やすには国内消費を増やすしかありません。

国内消費を増やすためには国民全員の収入を増やす必要があり、その認識があれば「残業代カット」という発想が出てくる筈がありません。

消費税というのも最悪で、消費すると罰せられるのだから、100%消費を縮小させGDPを悪化させます。


ところが国のリーダーがこの事を理解せず、経済を悪化させて「おれは良い事をした」と思っています。
http://www.thutmosev.com/archives/75153438.html

 

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【経済学理論の虚妄】 「比較優位」というリカードの“詐欺的理論”が今なお生き延びている不可思議 
− 「自由貿易主義」は「保護貿易主義」である 


「国家破産15」ボードにも「比較優位」学説が散見されたので、それを俎上に乗せたい。

まず、「自由貿易主義」は、それが有利だと考える国家が主張する「保護貿易主義」だと考えている。

自由貿易がお互いの国民経済にとってメリットがあるという理論的根拠としては、「比較優位」という考え方が示されている。

「比較優位」は経済学で幅広く受け入れられている(流布されている)理論であるが、現実と歴史をとてつもなく捨象したモデルにおいでのみかろうじて成立するものでしかない。

ここで取り上げる「比較優位」の理論は、リカードの「比較生産費説」と「ヘクシャー=オリーンの定理」とし、その対抗理論(政策)としてリストの「幼稚産業保護論」を取り上げる。

経済学から少し離れ、経済が国民経済であり、国民経済が近代国家の基盤であることを考えれば、「比較優位」がどれほど“現実離れ”したものであるかわかる。
「比較優位」を根拠として、鉄鋼産業や機械産業を確立せず、それらを外国に依存した近代国家が、国際政治の荒波を乗り越えることができるのか?

「比較優位」を根拠として、食糧を外国に依存した国家が、農業の自然規定性と自然変動や国際政治の変動を考えたとき、それで長期的な国民生活の安定を維持できるのか?

諸外国と対等に交渉できる自立した国家をめざす統治者が「比較優位」を受け入れることはないだろうし、国民の安定的な生存を第一義とする統治者も、「比較優位」を受け入れることはないだろう。

また、グローバル化が進んだ戦後世界でも、日本を除く先進諸国は「比較優位」を度外視して食糧自給率100%をめざし、自由主義の権化と見られている米国でさえ、繊維・鉄鋼・家電・自動車・半導体と次々に対日貿易規制を強要してきたことなどを思い浮かべれば、「比較優位」が、建前や理論は別として、現実としては受け入れていないことがわかる。

「比較優位」が理論としては受け入れられていても、現実の近代世界史で「比較優位」に基づいて交易が行われたことはないというのが実態である。

(近代産業勃興期の英国も、相手国(インドなど)に強制するかたちで輸出増加を達成したのだから、相互が納得する「比較優位」で交易が行われていたわけではない)

しかし、このような政治論的立場から「比較優位」を批判することが目的ではないので、経済論理に限定してその誤りを考察したいが、先にリストの「幼稚産業保護論」を見ることにする。


■ リストの「幼稚産業保護論」


リカードの「比較生産費説」を批判したドイツのリストは、自由貿易があらゆる国に利益をもたらす政策だとしても、産業構造が不変で、短期静態的な条件でのみ適用できるとした。

例えば、ドイツが近代的な紡績工場を綿糸業の比較生産費を切り下げていけば、小麦の輸出国から綿糸という工業製品を輸出する工業国に変身し、生産が大きく拡大し、経済厚生水準も大きく向上すると説明し、国家の政策で、英国製品の輸入を抑え、綿糸の国内価格を引き上げることで綿糸工業の拡大を実現すべきだと主張した。そして、リストの考えはその死後1879年にビスマルクによって採用され、それが、ドイツの工業化を促進し、重化学工業で英国を凌駕するまでになった。

これは、19世紀末のドイツまで遡らなくとも、戦後の日本を考えれば理解できることである。

米国の産業に較べて劣っていた日本の産業がついには米国を凌駕するまでになった過程を考えれば、「幼稚産業保護論」どころか「幼稚国家保護論」に基づく政策によってそれが実現されたことがわかる。

戦後日本の高度成長期は、保護関税のみならず“舶来品は贅沢”という価値観まで国民に浸透させることで輸入を抑制し、外資の直接投資を原則禁止とし、輸出の増進を国策として取り組んだ成果である。

1960年前半までに「自由貿易」や「外資受け入れ」を政策として実行していれば、今では名だたる輸出優良企業のほとんどがなく、国民生活の水準も現実の歴史過程よりずっと下回るものになったはずである。

(安価な財の輸入により国民生活が一時的に上昇することは否定しない)


■ 戦後の発展途上国


「自由貿易」主義者が戦後世界を取り上げるときは、「幼稚産業保護論」で成功した日本ではなく、戦後独立を果たした発展途上国を対象とするだろう。
発展途上国はその多くが近代化をめざし、「幼稚産業保護論」に相当する「輸入代替工業化政策」を採った。

その具体的な政策は、保護関税・輸入数量割り当て・高い為替レートをベースに、育成対象の産業が生産する財の国内価格を引き上げ、その産業が必要とする資本財の輸入に必要な外貨を優先的に割り当てるという政策を採った。

しかし、このような政策が成果を上げることは稀であった。

戦後日本やかつてのドイツが成功を収める一方で、戦後類似的な政策を採った発展途上国がうまくいかなかった要因が何かを考える。

技術力・経営・活動力という歴史的蓄積の差異を総括的要因として上げることができるが、


● 資本における有機的構成の高度化すなわち固定資本比率と規模の拡大

戦後とっても「産業革命」から既に100年以上が経過し、二つの世界大戦を経ていることから、産業の機械化が生産装置と言えるまで高度化しており、国際競争力を確保するためには、競争優位の規模を実現するためには厖大な資本投入を必要とする。

特定産業を優遇的に育成するためには、他の産業に犠牲を強いることである。
資金(外貨)が不足しているのが途上国だから、国際借り入れを行い、生産した財を輸出することで返済していなければならない。

途上国はGDPの絶対的規模が小さいのだから、対外債務の返済負担が過大なものとなる。

対外債務の過大な負担はイコール国民生活の耐乏を意味するから、国際競争力を確保できるほどの規模で産業を確立するのは無謀な試みとなる。

せいぜいが「輸入代替」という規模に制約され、国内市場向けに販売されることになる。

しかし、産業育成の資金は国際借り入れだから、その債務履行分だけは、国民経済の需要が減少する。

巨額の生産財を国際借り入れで輸入しながら、それによって生産される財が国内市場だけで販売されていれば、その産業の維持さえ困難な国民経済状況になる。


● 自国通貨を高めに設定した為替レート

為替レートが“実力”以上に高ければ、国際借り入れも相対的に軽減でき、財の輸入も有利になる。

ところが、そのために財の輸出競争条件は厳しいものになる。

「輸入代替工業化政策」という国内市場に限定した考えであったが故に、途上国の産業は育成はうまくいかなかったと言える。

国際借り入れの返済のために国内需要は減少するのだから、最低でも、債務履行に必要な外貨を輸出で稼ぎ出さなければならないのである。


■ 東アジアの経済成長


東アジア地域は、ラテンアメリカ・南アジア・中東・アフリカと違って経済成長を達成した。

東アジアが経済成長を遂げたのは、「比較優位」に従った結果でもなく、「輸入代替工業化政策」を採った成果でもない。

成功の要因は、日本を中心とした外資を積極的に誘致し、輸出拡大と国内需要拡大を成し遂げたことにある。

自前の産業育成であれば国際借り入れが必要になるが、外資であれば、生産設備の投資は外資自身が行い、そこで働く人々の教育だけ面倒を見ればいい。

極端な例をあげると、外資の工場で生産される財が全量輸出されるのであれば、財が国内に供給されることなく、そこの勤労者が得る賃金がまるまる国内企業にとっての需要として増加することになる。

財の輸出でデフレ圧力がかかることなく、需要の純増加により産業活動が活発化するインフレ傾向を生み出すことになる。

そのような経済状況であれば、需要“純”増加を梃子に国内企業の力を徐々に高めていくことができる。 そして、産業育成に国際借り入れを行ったり高価な生産財を輸入する必要がないのだから、為替レートは安い状態でいいというか、外資誘致のためにも安いほうが有利である。


国内企業の力が付いて輸出ができるようになれば、安い為替レートが国際競争力の支えとして貢献することになる。

このような発展途上国の経済成長論理は、ここ10年の中国経済を顧みれば理解できるはずである。

■ リカードの「比較生産費説」


「比較優位」の先駆理論であるリカードの「比較生産費説」からまず見ていくことにする。 簡単に「比較生産費説」を説明すると、


「世界に英国とポルトガルの2ヵ国しか存在せず、生産している財も毛織物とワインの2種類しかないと仮定する。英国は毛織物1単位を生産するのに100人、ワイン1単位を生産するのに120人を必要している。

ポルトガルは毛織物1単位を生産するのに90人、ぶどう酒1単位を生産するのに80人必要だとする。そして、英国の全労動量を220人、ポルトガルの全労動量を170人とすれば、貿易が行なわれないときの2ヵ国の毛織物の総生産量は、英国1単位、ポルトガル1単位の合計2単位である。同様に、ワインの2ヵ国の総生産量も2単位となる。


         英国     ポルトガル   2ヵ国の総生産量  
 毛織物    100人     90人     2単位
 ワイン    120人     80人     2単位
 総労働力量  220人    170人


生産性という視点で見れば、毛織物とワインともポルトガルのほうが優位にある。
直感的に考えれば、ポルトガルが両方の財を英国に輸出すればいいということになるのだが、リカードは、“より生産性が優れている財に特化して生産した方がお互いにより利益を得ることができる”と唱える。

ワインを基準にすると、  

(100/120)0.83 < (90/80)1.13

だから、英国は毛織物の生産が相対的に得意ということになる。


毛織物を基準にすると、  

(120/100)1.25 > (80/90)0.89

だから、ポルトガルはワインの生産が相対的に得意ということになる。
だから、英国は比較優位の毛織物に特化し、ポルトガルは比較優位のワインに特化したほうがいいとする。


そうすれば、

        英国     ポルトガル  2ヵ国の総生産量 
 毛織物    220人      0人   2.2  単位
 ワイン      0人    170人   2.125単位
 総労働力   (220人) (170人)  


 2ヵ国の総生産量を見ればわかるように、貿易しない場合に比べて、総労働量に変化がないにもかかわらず、それぞれの財の生産量が増加する。」


このような“詐欺”的説明でリカードは、自由貿易がお互いの国民経済にとって有利なものだと主張した。

財の特性にふれることもなく二つの財だけを比較するだけで、国民経済の利害を論じるとはなんとも雑ぱく話である。

例として上げられたポルトガルは、当時英国の属国同然だったから反論をしなかったかもしれないが、まっとうな統治者がいればきちんと反論していたであろう。
仮想のポルトガル統治者による反論を試みる。


● ポルトガルの仮想反論


「私どもの生産性のほうが毛織物でもワインでも高いということがよくわかりました。しかし、私どもの国では毛織物とワインの生産量と需要はぴったり合っていて、ご提案の内容によって賃金総額が増えることはありませんから、生産量が増えてもそれらの需要は増加しません。余った財はどうなさるのですか?全部お金に代えるとしたら、安く売るしかないんじゃないですか?」

「リカードさん、ではこうしましょう。英国の毛織物とワインの需要量はどれほどですか?私どもでその分を生産して貴国に輸出して差し上げます。もちろん、現状の労働力量では生産量を増加させることはできませんから、おたくの国から労働者に来てもらって結構ですよ。ほら較べて見てください。


        英国   ポルトガル  2ヵ国の総生産量 
 毛織物     0人    220人   2.44  単位
 ワイン     0人    170人   2.125単位
 総労働力  ( 0人) (170人)


        英国     ポルトガル  2ヵ国の総生産量 
 毛織物    220人      0人   2.2  単位
 ワイン      0人    170人   2.125単位
 総労働力   (220人) (170人)


ワインの生産量は変わりませんが、毛織物は2.2単位が2.44単位に増加します。うちで全部生産したほうが毛織物も生産量が増えますよ」


「それがおいやでしたら、英国はワインを、ポルトガルは毛織物をという分担は如何でしょう。毛織物は機械産業も必要ですし、毛織物や機械産業を別の織物業の発展にも貢献します。ワインの生産量が減ることについては、飲酒抑制を呼び掛けて何とかしますから大丈夫です」


現代のリカードは、ポルトガルの反論にどう答えるのだろう。

国民経済の発展が、農業就業人口の減少とそれに代わる工業就業人口と商業・サービス業就業人口の増加という現象を伴ったこと、金額であるGDPでも同じ現象を示し、現在の日本の農林水産業がGDPに占める割合は1.4%しかないことを考えれば、ポルトガルがワインに特化すれば、その後どういう“発展”を遂げなければならないかを推測するのはそれほど難しいことではない。


■ ヘクシャー=オリーンの定理


 比較優位を説明する理論としては、リカードの「比較生産費説」の他に、ヘクシャー=オリーンの定理がある。

ヘクシャー=オリーンの定理は、貿易する2国間で生産関数と消費関数が同一であったとしても、2国間に要素賦存比率の違いがあれば両国で異なる財に比較優位が発生して貿易が有効になると証明したとされるものである。

ヘクシャー=オリーンの定理が成立する条件は、


(1)2国2財2要素モデル
(2)生産関数と消費関数は2国で同一
(3)市場は完全競争
(4)二つの国は一方が資本豊富国でもう一方が労働豊富国
(5)二つの財は一方が資本集約財でもう一方が労働集約財
(6)二つの要素は資本と労働であること。
(7)生産要素は国内では自由に移動できるが、国境を越えて移動できない


である。そして、要素賦存の違いが国内の財の相対価格に反映されるとする。
資本豊富国では、同一の生産関数の下では労働豊富国よりも資本集約財の相対価格が低く、労働集約財の価格が高くなる。

だから、各国は、自国に相対的に豊富にある生産要素を集約的に用いる財に比較優位をもつことになると結論する。

まず、この定理では、類似的な要素賦存比率である先進諸国間や途上諸国間の自由貿易の正当性を説明することができない。

先進国と発展途上国のあいだの自由貿易を正当化する説明として“限定的に”有効性を持っていることは認められるが、自由貿易ではなく、前述した外資導入による東アジア諸国の経済成長論理に較べれば劣った“経済利益”である。

また、発展途上国の位置づけを固定化するものであり、通貨的尺度で測られる資本増殖ではなく、財生産量の最大化や財価格の最小化が経済利益に直結すると考えたときのみ通用するものである。

日本経済や世界経済を見ればわかるように、「近代経済システム」では、財価格の極小化は経済利益をもたらすどころか、「デフレ不況」という経済的大災厄をもたらすことがわかっている。

「自由貿易主義」は、世界レベルで需要規模が大きく付加価値も大きい財の生産分野で国際競争力を誇っている国民経済の国家が主張する「保護貿易主義」なのである。

そして、それを高らかに唱え続けるためには、国内で完全雇用に近い経済状況が維持されていなければならない。

http://www.asyura2.com/2002/dispute3/msg/570.html

貿易とグローバリズム 05/3/7


リカードの「比較優位の原理」


ライブドアのニッポン放送買収劇は、色々な教訓を与えてくれた。日頃グローバリズムを唱えている日本のマスコミが一夜にして国家主義者に変身した。例えばテレビ朝日の広瀬社長は、政府が外資系企業による放送局への出資規制強化へ電波法や放送法の改正を検討していることについて「歓迎したい」と賛成する意向を示している。

今日、日本のマスコミは構造改革派やニュークラシカル経済学派に席巻されており、本来なら、市場至上主義を唱え、あらゆる規制に反対する立場のはずである。ところが自分達に降り掛かった災難に対してだけは、規制をして守れとはたいした了見である。まるで先週号で取上げた昔の社会党の政治家のように、日本のマスコミはダブルスタンダードである。


ところで筆者は、外資規制に賛成である。ただし放送業界だけに外資規制を適用するという考えには反対である(外国でもメディアに対して外資規制があることを根拠にしているらしいが)。全ての企業についても外資の規制を検討すべきと考える。そもそも筆者は、経済のグローバリズムそのものに疑問を持っている。筆者は、それぞれの国がメリットのある範囲で国際的な規制緩和を行えば良いという考えである。何でも規制を緩和すれば、国民が幸せになるという話は幻想と考える。

外国と交易することは、国とって良いことだという意見が強い。この考えの延長で、貿易をどんどん自由化したり、外国から大量の労働者の受入れることが良いことと考える人々がいる。日本にはFTAを積極的に進めることが必要と唱える政治家がいたり、経団連は単純労働者を日本も受入れるべきと考えている。

一般の人々の間には、素朴に日本人は国内に産出しない石油が使え、日本の製品が各国に輸出ができ雇用機会を確保できるという意見がある。しかし貿易というものは双方にメリットがあるから行われるのである。産油国は、その辺を掘ったら石油が出てきたのであり、そんなものを買ってくれる者がいることに感謝しているとも考えられる。交易が一方的に日本だけにメリットがあると考えるのはおかしい。


筆者は、経済のグローバリズムには光と影があり、今日、光の部分だけがやけに強調されていると考える。そこで本誌はしばらく経済のグローバリズムを取上げる。しかし経済のグローバリズムと言うと、テーマとして大きい。そこで経済のグローバリズムを「物の交易、つまり貿易」「資本の移動、つまり外資の進出」「人の移動、つまり外国人労働者」の三つの側面から論じたい。

まず「貿易」を取上げる。貿易が活発になることが、どの国にとっても良いという意見は誰もが主張したがるが、驚くことにこの根拠はとても薄弱である。このような考えの根本を辿って行くと、どうしてもリカードの「比較優位の原理」に到る。これについては中国との交易の関係で、本誌02/7/22(第261号)「中国の不当な為替政策」で取上げた。

「比較優位の原理」が適切に働くには、為替レートが適切な水準にある必要がある。しかし日本のように購買力平価より高い為替水準で推移している国がある一方、中国やインドのように購買力平価より著しく低い為替水準の国がある。さらに中国は、不適切な為替レートを米ドルにぺッグすることによってずっとこの不適切な為替レートを維持している。このようなことが許されるなら「比較優位の原理」が働くのではなく、全ての生産物は中国で生産することが有利になる。

だいたいリカードは18世紀後半の経済学者であり、当時は金本位制の時代である。つまり不適切な為替レートなんて考える必要がなかったのである。さらにリカードの唱える古典派の経済学では「生産した物は全て売れるというセイの法則」が成立っている。つまり「比較劣位」となって競争に破れても、生産者は他の物を生産する道があるという現実離れをした考えが根本にある。


やはり日本は内需拡大を


「比較優位の原理」は為替変動が適切でなければ適切に働かないだけでなく、古典派経済学の前提になっている完全競争下でなければ公正に働かない。ところが現実の経済では産業によって参入障壁の高さがまちまちである。参入障壁が高い産業は、政府の保護政策がなくとも自由貿易で損をすることがない。一方、参入障壁の低い産業は、貿易の自由化の悪影響をもろに受ける。

経済のグローバリズムと参入障壁の関係は、本誌でも

00/5/15(第162号)「経済のグローバル化とNGO」
http://www.adpweb.com/eco/eco162.html

で述べた。参入障壁の高さがまちまちの状態のままで、単純に貿易の自由化を進めれば、貿易の自由化で恩恵を受ける人々と、損害を被る人々に別れる。たしかに日本において所得格差の広がっているが、これも貿易の自由化の進展と関係している。また参入障壁が低い産業(農業などが典型)は主に地方に配置されており、貿易の自由化の進展は今日の地方経済の疲弊と密接な関係がある。

また部品工業を取り上げれば、参入障壁が低い汎用品を生産しているところは貿易の自由化で損害を受け、特殊な部品を造っているところは影響が少ない。たしかに汎用部品なんか作っている時代ではないという意見もある。しかし全ての部品メーカが特殊部品の製造メーカに簡単に移行できるわけではない。ましてや中国のような不当な為替政策を行っている国の台頭を容認することは問題である。

農業についても、北海道のような工作面積広く米に頼ることのない農業をやっている所と、本州のように農家が依然米作にこだわりを持つ地域とでは利害が対立する。北海道は貿易の自由化を容認するかもしれないが、本州の農家は簡単には農産物の自由化を容認できない立場である。このように貿易の自由化と言っても、国民の利害は一様ではないのである。


中国やインドの為替政策は不正であるとか、日本国内の産業構造を見ても競争が公正に行われるはずがないと言っても、貿易の自由化は確実に進んでおり、所得格差は大きくなっている。しかし中国やインドが簡単に政策を変えるはずがない。今日の日本の風潮を前提にするなら、残念ながら競争にさらされやすい産業の人々は、これに対抗する必要がある。物事を深く考える政治家もマスコミ人も少ない今日、これらの産業に携わる人々は自分で防衛手段を考える他はないという立場に追い込まれている。

日本の教科書には、日本は貿易立国であり、貿易で恩恵を受けていると記述されている。しかし単純にこのようなことが言えない時代になっている。貿易黒字が溜まれば、円高になる。円高を阻止するため資本の海外流出を続けると、今度は海外に持つ資産が増え、これからの利息や配当収入が増え、これがまた次の円高要因になる。円高になれば企業は合理化に迫られ、リストラを行い競争力を回復することになる。

政府が内需拡大をしない今日では、企業は輸出に頼ることになる。しかしこれが将来、自分達の首を絞めるのである。つまり貿易が、誰にとってメリットがあるのか分からなくなっている。企業のメリットと言っても、企業の経営者なのか従業員なのか、はたまた株主なのか、メリットを受ける者が分からない。


今期、最高益を記録したある企業では賃金の引下げを計画している。会社の利益は伸びているが、これは国内の販売の不振を海外事業がカバーしたからである。つまり国内従業員の給料を上げる理由がないのである。国内従業員は会社の海外進出に協力し、技術の海外移転に協力した。しかし海外事業発展の成果は、国内の従業員には還元されないのである。特にこの会社は外資の持ち株比率が高く、安易な国内従業員の賃上げはできず、むしろ賃下げに動いているのである。

このように日本は貿易に頼る貿易立国で、貿易によって国民は幸せになるという単純な概念は今日では通用しない。輸出が伸びれば、円高が進み、さらに輸出先の国での設備投資が要請される。会社は成長し生き残るが、国内の従業員や下請け業者はそのうち犠牲になるのである。

受験秀才のマスコミ人や政治家は、教科書の記述通り、貿易が盛んになれば国民は豊かになると信じている。政府も、FTAを推進すれば日本の経済成長率を押し上げると言っているが、これも一時的なものである(それもほんのわずかな数字)。むしろ将来、この反動の方が大きい。

今日では企業の利益が、国民や国家の利益とはならない時代になっている。筆者は、貿易黒字は、日本のODAの額に見合うだけで十分であると考える。もっと言えば所得収支が黒字であるから、さらに貿易黒字く小さくて良い。むしろ日本は、内需拡大を行って、海外に依存する度合いを低くしても成立つような経済に転換すべきである。  


来週は「資本の移動、つまり外資の進出」を取上げる。冷徹な資本の論理が正しく、これに逆らうのは資本市場の働きを歪めると言われている。たとえば「ライブドアの行動は、現行の法律の上で許されているのであり、これを否定することは市場を否定することになる」という意見はこれに沿っている。またこれがグローバルスタンダードとかアメリカンスタンダードと言われている。

しかし今回のようなだまし討ちのようなライブドア陣営の行動は、アメリカでも卑怯な行動と否定される可能性が強い。リーマンブラザースだって、米国なら今回のような商売を行っていたか疑問である。ハゲタカファンドだって、米国ではとてもやれないことを日本でやっている可能性が強い。それを日本のばかで思考力のない政治家やマスコミが、これがグローバルスタンダードと誤解しているのである。

http://adpweb.com/eco/eco380.html

中国の不当な為替政策 02/7/22

比較優位の原理


最初に、交易の有益性の理論的な背景を述べることにする。そのために分りやすい例えを用いる。まず北海道と鹿児島の交易である。

例えば北海道では、「じゃがいも」が極めて安く作れるが、「サツマ芋」の生産コストが物凄く高いとする。反対に鹿児島では「サツマ芋」を安く作れるが、「じゃがいも」の生産費がばか高いとする。このような場合、北海道は余計に「じゃがいも」を作り、これを鹿児島に売ることにし、反対に鹿児島は「サツマ芋」を増産し、増産分を北海道に売ることにする。そして北海道は「サツマ芋」、鹿児島は「じゃがいも」の栽培をそれぞれ取り止める。

このような交易を行うことによって、北海道と鹿児島の双方にメリットが生まれる。北海道は高コストの「サツマ芋」の栽培を止めることによって、生産資源を他の作物に振向けることができ、鹿児島も「じゃがいも」の生産資源を他の有益な作物に振向けられる。つまり北海道と鹿児島は、互いに低コストの生産物を交換することに、生産余力が生まる。さらにこのことによって所得の増加が可能になる。このように交易は、双方の所得増加と言うメリットを与えることになる。そしてここでポイントとなることは、交易が「双方」にメリットを与えると言う点である。

そしてこの交易によるメリットは、国内に止まらず、海外との交易にも広げることができる。このように互に生産コストが安い物を交換する、つまり外国と交易することによって双方の国に所得の増加がもたらされることを始めて理論的に説明したのがリカードである。そしてこれは「比較優位の原理」と呼ばれ、国際分業を推進する理論的根拠となっている。上の例の場合、北海道は「じゃがいも」が、そして鹿児島は「サツマ芋」が夫々「比較優位」と言うことになる。

人々がよく口にする

「自由貿易を推進し、交易を広めることは、双方にメリットがあり、これを阻害する障壁を除去することが大切」

と言うセリフの背景にも、このリカードの理論がある。WTOは、この精神に乗っとって、関税や補助金と言った貿易の障壁をなるべく低くすることによって、貿易の自由化を推進することを目的にした機関である。


たしかに先進国の間では、それぞれの国に得意な生産物があり、これを交易と言う形で交換すれば、互にメリットがあるるような気がする。しかし国際間の交易には、国内の交易とは決定的に違いことが存在する。貿易には為替が介在するのである。もちろん為替レートが適正な範囲に収まっているのなら問題はない。ところが日本のように購買力平価より著しく高く実際の為替レートが推移している場合には問題が生じる。

もっとも現実の円レートについては、購買力平価より高く推移している原因の大部分は日本に責任がある。まず国内需要が慢性的に不足しており、産業が輸出指向型になっていることがあげられる。さらに資本流出(為替介入による外貨準備金の増大も含まれる)による膨大な海外資産の累積があり、これらから発生する利息や配当が円高圧力となっている。本来なら、内需拡大を行ってこなければいけなかったのであるが、これが十分行われてこなかったツケが今日の円高となって跳ね返ってきているのである。


このように円レートはいびつな水準で推移している。しかし一方には、逆に購買力平価より著しく安い水準で推移している為替がある。中国の「元」やインドの「ルピア」などである。特に貿易量が増大している中国の「元」が大問題である。

01/5/28(第209号)「中国との通商問題」
http://www.adpweb.com/eco/eco209.html


で取上げたように、世銀の調査によれば、元の購買力は実際の為替レートのなんと4.55倍もある。ちなみに日本の円は逆に0.78倍の購買力である。これらの数値を元に、円と元の購買力を比較すると、中国の元は日本の円の、実に6倍の購買力があることになる。

今日、公定レートでは1元が15円である。したがって元の本当の購買力は、6倍の90円と言うことになる。また中国の元は米ドルにリンク(ベッグ)しており、特に今日のような円高が続けば、1元は100円、110円になる可能性がある。たしかに世銀の試算はちょっと古いが、中国の「元」が極めていびつな管理が行われているはたしかである。

中国の工業の発展がめざましいことは認めるが、中国の輸出の急増は、品質の向上ではなく、このようなとんでもない為替レートの維持政策によるものである。中国の工場労働者の賃金は、日本の20分の1とか、30分の1と言われているが、これはあくまでも公定レートの換算によるものである。元の購買力平価で換算すれば、3分の1から5分の1と言うのが実態である。

これは本誌で以前から述べていることであるが、こと中国の物価は、6倍で計算すると実態に合う。例えば、中国のGDPは1兆ドルを越えている。これを購買力平価で換算すると6兆ドル超と言うことになり、日本のGDPをはるかに越えることになる。もっともこれでも一人当りのGDPは、日本の8分の1から7分の1程度である。軍事費も公表されている額が200億ドルであるが、米国の国防省は、この3倍以上の650億ドルと見ている。もし国防省の見解が正しいなら、購買力平価で換算した中国の軍事費は45兆円となり、これは50兆円の米国に匹敵する額である。たしかに中国は年間50基ものミサイル基地を増設しいる。とても額面の200億ドルの軍事費ではとても賄えないような軍備の増強を行っているのである。


最初の交易の話に戻す。

「比較優位の原理」が働くには、交易を行う両国の為替が適正な範囲に収まっている必要がある。

日本の場合、対先進国でも厳しい円高を強いられている。しかしこれは日本が内需に依存する経済を実現することを怠ってきた結果でもあり、甘受すべき面もある。しかし対中国は事情が大きく異なる。あまりにも中国は異常な為替水準(常識を逸した元安)を維持している。これでは日本と中国の間ではとても「比較優位の原理」が働かないことになる。今後はほとんど全ての生産活動を中国で行うことが合理的となる。

ところで本来一時的に為替水準が異常な水準でも、しばらくすれば、パラメータである為替が適正な値に動くはずである。中国は、対日本だけではなく、米国を始め各国との貿易収支は大きな黒字である。つまりこのような状態が続けば、元が強くなり、円を始め各国の通貨が安くなるよう動くはずである。しかし中国は米ドルにしっかりリンクさせることによって、安い元を維持しているのである。特に中国の元は国外に持出しが禁止されており、各国が売買することによって元の為替水準に影響を与えることができない仕組になっている。


為替操作の結果


ドイツのフォークスワーゲンは、昨年チェコに自動車工場を造ることを検討したが、最終的にこれを取り止め、ドイツ国内に工場を造ることにした。チェコの人件費は、ドイツの5分の1であり、これはフォークスワーゲンにとっては魅力的である。しかしチェコのインフラの状況などを勘案すると、やはりドイツ国内の生産設備を増強した方が良いと言う結論になったのである。

ところが中国の人件費は、日本の20分1、30分の1である。これではいくら中国のインフラが劣っていても、日本の製造業は全て中国に移転した方が良いと言う結論になる。

このように全く「比較優位の原理」が働かない状態である。まさに中国の為替政策は、日本を始めとして、各国に対する産業の破壊活動である。

実際、日本だけでなく世界的に中国の為替政策の犠牲者がどんどん出てきている。香港は超不況で失業率は7.7%となっており、東南アジアや台湾の生産拠点もどんどん中国に移転している。メキシコの保税工場も、中国製品の対米輸出の急増で、瀕死の状態である。

中国が不適正な為替を是正すれば、人件費はチェコ並(ロシアも同じくらい)になるはずである。こうなれば、フォークスワーゲンの例ように、中国に移転した方が良い工場もあれば、やはり日本に置いておく方が良いと言った住み分けも起るはずである。ちなみにフォークスワーゲンは、中国に生産拠点があり、「サンタナ」などを製造しており、中国で4割以上のトップシェアーを占めている。


筆者が、危惧するのは、中国のこのむちゃくちゃな為替政策があまりも問題視されていないことである。本誌が異常な中国の為替政策を取上げたのは1年以上も前である。それ以降、中国の経済や中国との通商問題は、色々なメディアで取上げられている。しかしほとんど全てが、この不適正な為替操作には全くと言って良いほど触れない。中国の経済を考える場合には、為替を問題にしなければ、全く意味がない。したがって中国の実状を伝えるテレビ番組も全てピントが大きくづれている。


一般の人々も中国の為替政策を放任したまま、「比較優位の原理」が働かない状態が続けば、大変なことになると言うことに気がついていない。

ただ人々は何故か日本の製造業がどんどん移転していく様子を不安げに見つめているだけである。そのうちこの流れも変わると楽観的に考えようと努めている。しかし中国の為替政策が変わらない限り、この流れは止まらない。5年後、10年後には大変な事態になっているはずである。


国際的に中国の為替政策に無頓着なのは、国際機関の主流派となっている人々がほとんど欧米人と言うことと関係があると筆者は考える。まず欧州各国は、国外との経済交流は大きいが、大半がユーロ圏内であり、単一通貨ユーロ導入で、経済は為替変動にあまり影響されない。一方、米国は、元々GDPに占める貿易額の比率が小さい。さらに米ドルは世界の基軸通貨であり、これにリンクしている通貨も多い。つまり米国も為替の変動をあまり気にしなくても経済活動が行えるのである。

米国が多少気にするとしたなら次のようなケースだけである。米ドルが高くなった時の国内産業、特に自動車メーカーからの不満が出る場合である。また反対に米ドルが安くなった場合の産油国からのクレームが起るケースなどである。しかし総じて米政府は、選挙の時でもない限り、あまり為替を気にしていない。このように欧米の経済は、日本ほどには為替水準の動向に影響を受けないのである。

実際、WTOは各国の為替の水準や為替政策をほとんど気にしていない。ここは重要なポイントである。WTOは、交易を活発化させるために障害となるのは、関税と補助金、そして各国の商慣行や国内産業の保護を目的とした法律などの非参入障壁だけと考えている。ところが中国が行っているいる為替政策は、関税と補助金などと比べられないくらい大きな参入障壁である。しかしどう言う訳か、どうしてもWTOはこの事実を公には認めたがらないのである。かろうじて中国のWTOの加盟と同時に、中国に対する特別のセーフガード

(01/9/17(第222号)「対中国、WTOの特例保護措置」
http://www.adpweb.com/eco/eco222.html


を参照)を認めたことに止まっている。どうも米国やWTOの認識はまだまだ甘いようである。

また政治家だけでなく、経済学者やエコノミストも為替に関する関心が低い(米ドルの大幅下落によって米国の製造業は持直したと筆者は考えているが)。ニュークラシカル派の代表的な存在(教祖の一人)であるロバート・ルーカスなどは

「米国に居ながらフランスのワインと日本のスシが味わえる」

「中国へ生産拠点が移るのも、中国人の人件費が安い上に製品の質が向上しているからであり、これは自然の流れである」

と極めて単純に経済のグローバル化を礼讃している。しかしこの程度の発言なら小学生の意見とほとんど変わらない。中国が政策として、とんでもない為替水準を維持し、世界中の経済を撹乱していることには、全く考えも及ばないのである。

教祖が教祖なら、彼の日本の信者も信者である。日本が農産物に対してセーフガードを発動すると途端に反応し、

「自由貿易に反する」とか

「日本は競争力をつけるべき(中国の為替操作によって人件費が20分の1や30分の1になっていては、競争力もへったくりもないであろう)」

とばかな発言をしている。中には「WTOの交渉の進展のためには、日本はもっと農業分野の開放をおこなうべき」と言っている人々もいる。日本の食料の自給率はたったの40%であり、この数値はほぼ世界最低である。これをさらに下げろとまじめに言っているのであるから、本当にあきれる。

日本が行うことは、まずWTOに為替水準が著しく異常な水準にある国に対して是正を求めるよう要請することである。もしこれが認められない場合には、日本独自で、為替不適正国に対する特別関税を設ける他はない。もちろん日本と同じ被害を被っている国と同一歩調をとることも考えられる。そこで中国がこのような動きにクレームをつけるようなら、中国との貿易を大幅に制限するか、最悪の場合は取り止めることも考えるべきである。中国との交易を止めても、今なら日本にはほとんど被害がないはずである。むしろ今日の状況が続けば、それこそ抜き差し成らぬ状況に追込まれるだけである。


最後に、中国の為替政策の変遷について述べる。今日の1元15円と言う為替レートが、何か合理的な経緯で決まっていると誤解している人々が多いはずである。しかしこれには合理性は全くない。実際、1,980年には1元は実に151円であり、1,990年には30円であった。つまり中国は実に簡単(適当)に「元」の信じられないほど大幅な切下げを行っている。ただ当時の中国経済が今日のように大きくなかったから誰も注目しなかっただけの話である。そして以前の為替水準なら、中国の人件費は1,980年で2分の1から3分の1であり、1,990年で10分の1から15分の1と言うことになる。

このように昔から中国は極めていい加減(適当)に為替を操作している。ところが何も知らない経済学者やエコノミストは、昔から中国の人件費は20分の1、30分の1だったと誤解しているのである。中国はおそらく東南アジア諸国との競争で勝てる水準を探りながら、為替をここまで操作してきたと思われる(たしかにここまで元が安くなれば、日本の企業も東南アジアから中国に生産拠点を移すようになった)。

「水が高いところから低いところに流れるようにコストの低い中国に生産拠点が移転するのは当然」

と判ったようなことを言っている識者と言われる人々が実に多い。しかしこの低コストは、中国政府が適当に決めていると言うことに気づくべきである。したがって万が一でも日本がものすごい努力をして、中国とのコスト競争に勝つようなっても、中国にとっては為替の切り下げをもう一度行えば済む話なのである。

このようなめちゃくちゃの中国の為替政策によって、企業倒産や工場の移転によって失業したり、不幸な目にあっている人々が相当いる。しかしマスコミやメディアには、不思議と中国の為替政策の不当性を指摘する声がない。外務省のチャイナースクールが話題となったが、どうも日本のマスコミもチャイナースクール化しているようである。来週はこのチャイナースクール化を取上げる。

小泉首相は、今日の深刻な日本のデフレ経済にもかかわらず、公共投資の削減や数々の公的支出の削減を進める方針である。およそ経済原則に反する政策のオンパレードである。しかしどうもマスコミはこれを悪い政策とは見なしていないようである(たしかに悪影響が現れるまでには時間がかかり、政策と結果の因果関係が分かりにくくなる)。

まず公共投資や他の支出を削減した場合、どう言う経済効果が期待されるのかを明示すべきである。もし財政赤字が減り、金利が低下するとか、投資や消費が増えると言う目算があるなら、そのような説明をすべきである。もう昨年のようないきなり補正予算を策定すると言ったみっともないことは止めてもらいたい。周りも小泉政権に景気対策を求めることを止めるべきである。本人の希望通りにさせる。そのかわり、結果についてはきっちり責任をとってもらうことが大切である。

これまでの小泉首相の行動を見ていて、筆者の知人は

「日本の首相は俺でもやれそうだ」

と言っていた。結果を見ようとしないのなら(失業が増えてもミスマッチで、株価が下落しても米国のせいにする)、どのような政策でも良いし、誰でも首相は勤まる。彼が進める政策の結果、日本の経済と社会がガタガタになっても、おそらく彼は「辞めれば良いのか」の一言であろう。彼を日本の首相に選んだ人々は、真剣に責任を感じるべきである。

竹村健一氏が、久しぶりにまとものことを言っていた。

「日本は、個人だけでなく企業も貯蓄を始めた。つまり巨額のその貯蓄は政府が使わざるを得ない。金利もこれだけ安くなったのであるから、政府は公共投資を減らすのではなく、今こそ増やすべきである。」

と言っていた。まさに正論である。


ただ今日、安易に大量の国債を増発することは難しい。たしかに国債利回りが3%(これでも国際的には一番低い金利)になるまで国債を発行すれば、数十兆円から100兆円程度の資金は調達できると思われる。しかし大手銀行だけでも70兆円から80兆円の国債を既に保有しており、利回りが3%(今日1.26%)と言うことになれば、相当大きな評価損を抱えることになる。地方銀行も大量の国債で資金運用している。預貸率が55%と言う銀行もある。残りの45%近くは国債と地方債の運用である。ここまで野方図に金利低下を放置していた政府の責任は大きい。

したがって今日、公共投資などの積極的な財政政策で、経済を活性化させ、銀行の不良債権問題を解決し、さらに財政再建を実現するには、我々が主張しているセイニアリッジ政策、つまり政府の紙幣発行特権(日銀の国債引受けも含む)を使う他はないのである。ところで竹村氏のこの「公共投資を増やす」と言う意見に対してマネックス証券の若い社長が、思わず反論しようとしていた。今日、公共投資の賛同者はテレビには出してもらえないのであろう。今日、「中国の為替政策」と「公共投資」はタブーである。このようなメディアの言論統制に勝てるのは、よほどの有力者に限られるのである。

http://adpweb.com/eco/eco261.html

関税以外の貿易障壁 11/2/21


WTOの弱体化


現実の経済を理論的に論じることは難しい。ましてや話が世界に及ぶと、整合性を持って経済を語ることが一段と困難になる。そのような事もあってか、中には議論の混乱を見越し、自分達にとって有利な政策を実現したいがために、とんでもない虚言・妄言を発する人々が出てくる。

TPPの議論に関しても、根拠が薄弱な意見がまかり通っている。例えば自由貿易こそが、日本にとって(日本だけでなく世界のどの国にとっても)極めて好ましいと主張する人々がいる。彼等はTPP参加こそ唯一正しい選択とまで喧伝する。

また日本のマスコミ人には「日本は貿易立国だ」という強い思い込みがある。彼等は経済が成長するには輸出を伸ばすことしかないとさえ思っている。しかし日本が高度経済成長していた時代は、主に内需が増えていた。むしろ低成長になってから、日本経済は外需に依存する度合が大きくなったのである。これについては来週取上げる予定である。


このように自由貿易で交易が活発になることによって、経済が成長すると思っている人が多い。この理論的根拠の一つがリカードの「比較優位の原理」であり、本誌は02/7/22(第261号)「中国の不当な為替政策」でこれを取上げた。

しかしこのリカードの理論は供給サイドだけで経済の成長を捉えている(需要は無限で生産したものは全て消費されるといった前提)。交易によって余った生産要素が他の物の生産に振り向けられ、経済が成長するといった理屈である。つまりデフレ経済の今日の日本には全く当てはまらない幼稚な経済理論である。

しかし教科書でこのリカードの「比較優位の原理」を学んだ学校秀才は、いかなる時にもこの理論が適合できると思い込んでいる。そしてこの自由貿易の障害が、関税であったり、また非関税障壁と呼ばれている補助金や各国の規制と考えている。

中でも最大の交易の障壁が関税という認識である。したがって関税撤廃を目指すTPPは、自由貿易の信奉者に熱烈に歓迎されている。しかしリカードの「比較優位の原理」が唱えられたのは、18、19世紀の牧歌的経済システムの時代を前提にしている。また後ほど述べるが、今日では関税以外の大きな貿易の障壁があることが常識になっている。


しかし第二次大戦後、自由貿易を推進する人々が常に問題にしたのが、この関税であった。GATT(関税と貿易に関する一般協定:WTOの前身)やWTOのメインテーマも関税であった。関税は単純であり目に見えやすいためか、これまでの交渉である程度まで引下げが実施されてきた。しかし補助金や規制などのその他の保護政策に話が及ぶと各国の利害がもろにぶつかり、話が進展しなくなった。


このため各国は、妥協が見込める国とのFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)の締結に走り出している。しかしこれは一種の抜け駆けであり、世界中の国の一斉の貿易自由化を目指すWTOの精神に反している。FTAやEPAが結ばれる毎に、今日、WTOは弱体化している。

筆者は、今後の世界の貿易体制は、TPPに見られるようなグループ化による保護貿易と見ている。ところが自由貿易信奉者は、WTOの弱体化については何もコメントしなくなった。おそらくこれも、彼等の頭の中が混乱しているからであろう。


現行、日本の工業品の輸入関税率はほとんどゼロに近い。つまりTPPに加入した場合、相手国の関税が基本的にゼロになるのだから、輸出企業にとって極めて有利になる。したがって輸出企業に携わっている人々がTPPに賛成なのは理解できる。

ところでこれまで規制緩和や郵政改革などの改革運動では、幼稚な観念論者と強欲に自分の利益を求める者が結び付いていた。筆者は今回のTPP推進派にも同じ匂いを感じる(リカードの「比較優位の原理」などを信じるような観念論者と輸出で利益を得ようする者)。しかし今回は彼等がとんでもない矛盾を抱えそうである。


シー・シェパードのような説得不能な国

貿易の障壁が関税だけでないことは周知の事実である。WTOでも知的所有権といったものが問題になっている。しかし知的所有権は法律だけで縛れるものではない。その国の国民性というものが関係してくる。

先週号で取上げた環境問題も、今日、大きな障壁になっている。中国のように環境を無視する国は、環境を気にせず低コストで製品を製造し輸出することができる。しかし自由貿易の信奉者はこのような問題から逃げている。

しかし何度も繰返すが、筆者は、今日、世界貿易で最大の問題は為替操作と考えている。中国は大きな貿易黒字を続けながら、いまだに購買力平価の4分の1、5分の1の為替レートを維持している。実際、貿易の障壁の話なら、為替操作に比べれば関税なんて霞んでしまう。しかし為替操作はWTOで問題にならないし、自由貿易主義者も触れようとしない。


本誌は、昔、1人民元が1ドルだったことを指摘した。つまり1人民元が360円だった時代もあったである。今日の人民元レートは、対円で30分の1に減価しているのである。世界最大の貿易黒字国の通貨が、購買力平価の4分の1、5分の1でしか評価されていない異常な事態が起っている。

訳の分らない評論家は

「東京の中国人のアルバイトはよく働く」、

一方「日本の若者はニートとなって引きこもっている」


と発言している。彼等の考えでは、これが日本経済の低迷の原因らしい。しかし中国人のアルバイトとっては、中国の所得水準が低いことに加え、人民元が購買力平価の何分の1に維持されていることが大きい。

反対に日本の円が購買力平価より高く推移していることを考慮すれば、東京でのアルバイトの時給は、中国人にとって6,000〜7,000円程度に感じられるのである。時給が6,000〜7,000円ということになれば、日本の若者も目の色を変えて働くはずである。ニートも半減するであろう。

韓国も、近年、為替操作が目立つ国の一つである。KーPOPタレントの本国での低賃金が話題になっているが、これも彼等が日本に進出したことによって気付いたことと思われる。筆者は、これも少なからず韓国の為替操作が影響していると考える。


今日、一番のTPPの推進者は大手の輸出企業である。輸出企業がCMスポンサーとなっているため、メディアも概ねTPPに賛同している。しかしTPPはとんだ問題を孕んでいる。

これは先週号でも述べたように、TPPが中国排除を意識したものと見られるからである。既に中国に生産設備を移した企業にとって、このことが将来痛手になる可能性がある。せっかく中国を世界の輸出基地にしようと思っていた企業にとって、これまでの中国での設備投資が無駄になるのである。


TPP推進の母体である財界にも、中国との親密な関係を望む者が多い。しかし、今後、彼等はTPPを取るか、中国を取るかの選択に迫られる可能性がある。TPPの内容を見れば、両方を同時に取る(具体的には中国のTPP加入)ということはほぼ不可能である。

筆者は、日本のTPP参加の是非について、判断に正直迷っている。もし農業などへの悪影響が最小限に抑えられるのなら、TPP加入もしょうがないと思う今日この頃である。貿易を含め、国同士の付合いは、最終的には、国民同士の価値観の相違ということになると筆者は考える。

国民の価値観の違いが一定の範囲にある国だけがTPPに参加するのなら、筆者は日本もこれに加入しても良いと考えるようになっている。それにしても日本の周りは、領土問題に見られるようにデリカシーのない国ばかりである。日本はまるでシー・シェパードのような説得不能な国に取り囲まれているのだ。TPPに活路を見い出すのも悪くないかもしれない。もちろんTPP加入の目的は、自由貿易信奉者のそれと大きく異なる。
http://adpweb.com/eco/eco651.html





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自由貿易理論の問題点〜リカードのウソ
貧困と環境破壊を招く自由貿易の問題点を検証する


このページでは、フェアトレード(公正貿易)の対極にあると考えられている、 自由貿易の問題点について説明したいと思います。

今、自由貿易は世界中で失業や貧困、環境破壊を引き起こしています。にも関わらず自由貿易を世界がやめないのは、 「比較優位」という経済学の考え方を信じているためです。18世紀のイギリスの経済学者リカードによって提唱された理論です。

比較優位とは、ものすごく簡単に言うと、 それぞれの国でそれぞれ得意なものを作ればいい。食料を作らなくてもその土地で採れたもので稼いで、輸入すればいい」と言う考え方です。この考え方を「信じている」というより、自由貿易にした方が儲かる人たちがいて、 そういう人たちによって、世界に経済が動かされているから、 みんなで信じているふりをしていると言った方が適切かも知れません。

今の世界で、途上国に貧困などの問題を引き起こしている大きな原因の一つに、 欧米先進諸国による穀物の過剰生産が挙げられます。先進国では、大型機械を使う大規模な農業が行われ、生産性を上げています。機械化、効率化が進むとともに、生産量が増大し、自国の需要以上に穀物が生産されるようになりました。

過剰生産を放っておくと、農産物価格が低下し、 農民が失業して都市に流入するなどして社会不安を引き起こしかねません。そこで、お金のある先進国では、補助金をつけて輸出をするようになります。補助金にはいろいろありますが、自国の農民に所得を保証したうえで、穀物を輸出相手国の国内価格か、 それ以下の価格にダンピングして売るのが目的になています。これにより、先進国の農民は救われます。

が、輸出先にも農民はいるわけです。先進国の補助金付きの安い穀物が入って来るようになって、 アジアやアフリカの途上国での主要産業であった農業が立ち行かなくなりました。これらの貧しい国ぐにでは、自国の農民に補助金を出すことはできません。結果、農民たちは輸入農産物に対抗するため、生産性を上げようとします。

先進国のように機械化するのではありません。より高い生産性を得られる土地を探すことになります。すなわち森林を焼いて畑を作れば、先進国の穀物に対抗できる価格での生産が可能になります。が、長くは続きません。そうした方式の農業は、土地から収奪する農業です。3〜5年で地力が落ちて養分がなくなり、作物が作れなくなります。そして耕作が放棄され、また別の場所を探すことになります。捨てられた土地は、すでに周りの森林もなくなっていて他から養分を供給されることもなく、荒れ果てます。

日本でもそうですが、耕作放棄された田畑は荒れ果ててしまい、回復させるのは困難です。熱帯では気温が高いために土地の有機物の分解が速く、 土地を覆っていた森林がなくなると雨や風によって薄い表土が流れてしまいます。場所によっては、砂漠化が進むことになります。こんなことの繰り返しで、途上国では新たに畑にできる場所はどんどん少なくなります。

行き場をなくした農民は、都市に出てスラムに集まります。あるいは、大地主のもとで小作人になるしかありません。でも、地主もそのうち農業を機械化するようになり、人がいらなくなります。結局農民は失業して、都市のスラムに流れこむことになります。

スラムでは、先進国の食糧援助があるために、貧しくてもとりあえず飢えることはありません。が、その援助のための食料は、先進国の余剰農産物のはけ口になっているという側面もあります。

先進国の補助金付きの農産物の輸出は、自国農民の保護のためでした。が、それはアジアやアフリカの生産性の低い零細農民を失業させ、貧困に陥らせる原因となりました。 生産性が低いというのは、それだけたくさんの人に職が与えられるということでもあったのに。

先進国で広く行われている化学肥料や農薬を大量に使い、地下水をくみ上げ大型機械で耕作する農業は、 自然から収奪する農業です。こんなことで生産性を上げても長続きはしません。異常気象にでもなればたちまち収穫が激減して、食料の不足を招くことになるでしょう。先進国こ援助に回せるだけの食料がなくなれば、世界的な食料不足、飢餓が引き起こされます。

かつて途上国で行われてきた農業は、 小規模ではあっても定期的に土地を休ませて行う持続可能な農業でした。とりあえずは飢えたりすることはなく、自給自足的な生活を送っていました。そこに入ってきたのが今の先進国による植民地支配です。やっとそこから独立したと思ったら、 今度は先進国から入ってくる安い農産物のために貧困と失業、環境破壊がもたらされることになりました。

途上国の農民が失業したり、貧困に陥ったりする原因には、かつての植民地支配の影響もあります。植民地支配や今の補助金付き作物の輸出といった、 途上国の人たちにとっては何も良いことのない経済の有り方は、自由貿易の考えに基づくものです。フェアトレードを行う団体は、ずっと「自由貿易より公正貿易(フェアトレード)を」と訴え、 活動をしています。


では自由貿易の何が問題なのか?そのあたりのことを次にお話します。


自由貿易の問題点〜比較優位のウソ


自由貿易の考え方を作ったのは、200年ほど前のイギリスの経済学者で商人のリカードです。リカードは、「比較優位」という言葉を使って、 国際分業をすることがすべての国にとって利益になると説きました。


槌田敦著「エコロジー神話の功罪 サルとして感じ、人として歩め」
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A8%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%BC%E7%A5%9E%E8%A9%B1%E3%81%AE%E5%8A%9F%E7%BD%AA%E2%80%95%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E6%84%9F%E3%81%98%E3%80%81%E4%BA%BA%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E6%AD%A9%E3%82%81-%E6%A7%8C%E7%94%B0-%E6%95%A6/dp/4795238529

という本に、リカード理論の問題点が わかりやすく解説されているので、この本で示されている考え方を使って、 自由貿易の問題点を探っていきたいと思います。


リカードは「貿易論」という本の中で、イギリスとポルトガルの毛織物と、 ワインの生産性の比較をしました。その中でイギリスは、毛織物が国内で生産されるワインよりも生産性が高く、 ポルトガルは、ワインの生産性が国内で生産される毛織物よりも生産性が高いと説明しました。つまり、イギリスでは農業に比べて工業の生産性が高く、 ポルトガルは工業に比べて農業が生産性が高いということです。そこで、それぞれの国で生産性の高い商品を交換すれば、 両方の国にとって得になると主張したのです。イギリスは工業国になり、ポルトガルは農業国になれば、両国ともに利益を得ることになる。これが比較優位という自由貿易、国際分業の理論的根拠となっている考え方です。

でも、本当にそうでしょうか?

もし、リカードが正しければ、今の世界はもっと違った形になっていたはずです。それぞれの国が比較優位なもの、得意な物の生産に特化し、輸出をしてお金を儲けて、 そのお金で必要な物を輸入すればいい。そうすればすべての国が利益を得て豊かになれるのなら、 なぜ世界には貧困に苦しむ国ぐにや人びとがこんなにも多く存在するのでしょうか?

カカオの生産が比較優位な国は、カカオの生産に力を集中して、輸出して儲けて、 必要な物はすべて儲けたお金で輸入すればいい。そうしていれば豊かになれるのなら、コーヒーの生産が比較優位な国はコーヒーの生産に特化して、 それを輸出して必要なものを外国から買えばいいということであれば、 なぜそうした商品作物の生産農家の多くが、貧困に苦しんでいるのでしょう?
コーヒー農家の生活については、

「あのスターバックスにも、フェアトレードコーヒーが!」
http://www.fair-t.info/ft-coffee/index.html


をお読みください。

貧困に苦しむカカオの生産地の中でもとりわけ状況が厳しいのは、 コートジボアールなど西アフリカの国ぐにです。この地では、のカカオ農園主たちは貧困に苦しんでいるのでしょうか?

なぜ子供たちを奴隷にしなければならないのでしょうか?

21世紀の今でも奴隷を使った生産が行われています。奴隷を使っているのなら、給料を払う必要がないから、 農園主は儲けているはずと思うかも知れませんが、農園主もまた貧しいのです。

なぜ、理論どおりうまくいかないのでしょうか?


リカード理論には、ごまかしがあるからです。


先ほどのイギリスとポルトガルの例で言えば、両国内での毛織物やワインの価格は関係ないというのが、 この理論の特徴です。イギリスの毛織物が、ポルトガルの毛織物より高くてもかまわないのです。

イギリス商人は、ポルトガルに行って自国の毛織物をポルトガル価格にダンピングして売ります。

イギリス商人が損するように見えますが、彼らは毛織物を売ることで、 ポルトガルのお金を手に入れることができます。

そのお金で安いポルトガルのワインを買ってイギリスで売れば高く売れるわけで、 商人は利益を得ることができます。

同じようにポルトガルの商人も、自国のワインをイギリスで売れば高く売れて、 それだけ多くのイギリスのお金を得ることができます。そしてポルトガルで買うより多くの毛織物をイギリスで買うことができます。

比較優位の考え方を使えば、お互いの商人が儲かるというのが、リカードの理論です。

もっとも、商人などという言葉は使わず、もっと学問的な言葉を使って説明し、 当時の経済学者たちを説得しましたが。

比較優位の理論は、経済学者たちが本や学問の世界だけで勝手に議論していてくれているだけなら害はないのですが、世界中がこの理論を信じてしまい、実行してしまったために、様ざまな問題が起こることになりました。

現実の世界にはイギリスとポルトガルだけでなく、もっとたくさんの国ぐにが存在します。毛織物とワインだけでなく、もっとたくさんの生産物が存在し、貿易が行われています。それに、リカードの理論ではお互いの国が儲かることになっているのですが、 実際に貿易を行うのは国ではなく、貿易商です。

それでもイギリスやポルトガルの商人が活躍して、利益を上げれば、 税金と言う形で国家は利益を得ることができます。が、ここに第三国の商人が介入したらどうでしょうか?


比較優位のウソ〜商人だけが儲かるしくみ


ここで、金と銀の貿易を例として、国際貿易について考えてみたいと思います。

A国とB国があって、A国では金1キロが銀5キロと同じ値段だとします。

そしてB国では、金1キロと銀100キロが同じ値段だとします。


A国:金1キロ = 銀5キロ
B国:金1キロ = 銀10キロ


私がA国の商人だったら、金1キロを持ってB国へ行きます。

そしてその金を売って銀を10キロ買います。

そしてA国に戻って金2キロを買います。A国とB国をただ往復するだけで、 手持ちの金を2倍にすることができます。

B国の商人も、国内で銀10キロを買ってA国に行き、金2キロを買うことで、 手持ちの金を2倍にすることができます。

いづれにしても両国ともに利益を得て儲かるように見えます。が、ここに第三国、 C国が加わると話が違ってきます。

C国の商人10キロを手に入れます。

その銀をA国に持って行けば、金が2キロ手に入ります。

手持ちの金を2倍にすることができるのです。しかし、A国とB国はどうでしょうか?

まずB国は、C国商人が持ってきた金1キロと、銀10キロを交換しただけなので、損得はゼロです。

A国も銀10キロと金1キロを交換しただけなので、同様に損得ゼロです。

両国ともに何の利益もありません。

C国商人だけが一方的に儲かるのです。


これが自由貿易によって商人が利益を手に入れる仕組みです。実際には関係国であるAB両国は、何の利益も得ていないのに、巧妙なトリックによって、 リカードは両国が儲かると主張し、世界はだまされたのです。

リカードは、お金儲けがうまい貿易商人でした。だから自分に都合の良い理論を作り出したのです。自分の理論の矛盾は承知の上で、一人大儲けをしてほくそえんでいたことでしょう。


C国商人を、多国籍企業とします。A、B国はアメリカと日本。


C国商人は、日本で比較優位の自動車を買い付けてアメリカに持っていきます。
そして自動車を売った金でアメリカの比較優位の安い米を大量に買い付けて日本で売ったら...。

こう考えると失業や貧困に苦しむ人が出ることなど、比較優位の理論で様ざまな矛盾、 問題が発生することが良くわかると思います。

次にぜひ、あなたに知っていただきたいのは、代表的な商品作物である、カカオについてです。 おいしいチョコレートの原料になるカカオですが、その生産に、 「奴隷」が使われていることを知っていましたか?

奴隷といっても10代前半くらいの少年の奴隷です。世界最大のカカオ産地、 西アフリカのコートジボアールの奴隷を使ったカカオ豆生産について、 それから自由貿易がもたらした単一栽培も問題点についてをご覧ください。

カカオ農園の少年奴隷問題 
http://www.fair-t.info/ft-cocoa/index.html

http://www.fair-t.info/economy-society/freetrade-ricardo.html

TPPや自由貿易は未だにリカードの比較優位論を根拠にしており、そして比較優位論は以下の三つが成り立たないと巧くいかないためです。


◆セイの法則:供給が需要を産み出す(逆じゃないです)
◆完全雇用
◆資本移動の自由がない


 最後の資本移動の部分ですが、工場などの資本移動が自由自在になってしまうと、リカードの比較優位論も何もあったものではないという話です。実際、アメリカは日独などの製造業の猛攻を受けた時期('70〜'80)に、本来であれば「技術開発投資」にお金をつぎ込むべきだったのですが、資本を外国に移すという道を選び、製造業の一部が「産業ごと」消えてしまいました。

 残った製造業(自動車ーメーカーなど)も、やはり技術開発投資を軽視し、自国や各国の制度システムを変えることで生き残りを図ります。すなわち、市場にあわせた製品開発をするのではなく、市場を自分に合わせようとしたのです。

 制度システムを変更するのは政府にしかできませんので、アメリカの自動車メーカーなどはロビイストや献金を通じて政府に影響力を発揮し始めます。しかも、アメリカの自動車メーカーは自国のシステムならともかく、外国(日本など)の制度システムも目の敵にし、「非関税障壁だ!」と叫び、政治力を使い、「市場を自分に合わせようと」したわけです。結果、現在のTPPに繋がる日米構造協議が始まりました。

 世界経済はいま、上記リカードの比較優位論の前提条件を三つとも満たしていません。こんな状況でTPPを推進したら、日本は物価がますます下落し、失業率が上昇することになります。恐ろしいことに、アメリカの方もそうなる可能性があります。

 木下栄蔵先生は、デフレに突っ込んでいる国同士の自由貿易協定は「ロス−ロス」になると警告していらっしゃいます。日本とアメリカがTPPで「ロス−ロス」になった日には、冗談抜きで世界は大恐慌目掛けてまっしぐらということになりかねず、そんな未来は心から願い下げだと思うわけです。


22 ■型に嵌めたがる習性の多面的考察

>比較優位論は以下の三つが成り立たないと巧くいかない

 リカードモデルに限らず、あらゆる自由貿易賛美論には、

「自分の求める品質の財・サービスを相手国が作れる」

という前提条件が組み込まれています。日本人なら「おい、おい、ちょっと待ってよ」と、この前提条件がいかに現実離れしているかすぐに気づくでしょ。

はっきり言って、「モデル」って名付けるのも馬鹿らしい「リカちゃんハウス」なんです、あんなもの。


 そもそも経済学は、「品質」なんて取り扱えません。

例えば、PS3とXboxの「品質」をポイント計算できる「客観的」基準なんて存在しない。近代以降の経済学は、そういった非客観的要素を排除し、市場売買価格を基礎に据えることによって数学を自在に取り込み、科学の装い(あくまで装いですよ)を身に纏うことができたんです。

 ここに気づいてない学者連中がほんとうに多いんです。経済学にそもそも出来ることと出来ないこと、を根元から考えたことがない。経済産業省の「信者」さんも恐らく同じなんでしょう。、自分のやってる学問を外から冷静に眺めたことがない。ただただひたすら「覚えた」だけ。いい意味で「遊んだ」経験がなく、例えば「自動車の排気音の文化的価値」なんてものを感じたことがない。そりゃ、「品質」なんか気になりませんよ。学歴はあっても、文明人・文化人じゃないんです。
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11049519345.html




3. 中川隆[-5590] koaQ7Jey 2018年3月04日 16:09:28: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

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リカードの比較優位説 2011年11月18日

『列強の植民地化政策と、比較優位』


悪魔の碾き臼 新自由主義の推進者池田信夫などが賞賛するTPP賛成論の中では、リカードの『比較優位説』なる聞き慣れない言葉が突然言い出されている。

デヴィッド・リカード(David Ricardo、1772年〜1823年)は、各国が比較優位に立つ産品を重点的に輸出する事で経済厚生は高まる、とする『比較生産費説』を主張したイギリスの経済学者。

『比較優位』とは比較生産費説ともいい18世紀の膨張するイギリスの帝国主義を経済学の立場で合理化・説明している。

比較優位論は、『国際分業の利益』を説く理論であるが、ダーウィンの進化論の悪しき庶子である社会ダーウィニズムや優生学との共通点を考えることが出来そうです。

この『比較優位論』とは18〜19世紀当時全盛だった過酷な帝国主義(植民地主義)的な、自由貿易を推進する考え方でリカードモデルの基本である。

穿って考えれば、この『比較優位論』の意味とは、1813年よりイギリスの対インド貿易が自由化(関税自主権の剥奪)され、産業革命のイギリスから機械製綿織物がインドへ流入、インドの伝統的な綿織物産業が完全に破壊され植民地化された例や、『自由貿易の確立』を口実にしたアヘン戦争(1839年〜1842年)でイギリスが清を半植民地化した、当時の西欧列強諸国の無慈悲で過酷な植民地化政策を経済理論的に正当化する為の武器でもあった。

屁理屈と膏薬は何処にでもつくとは言うが、幾ら『悪魔の碾き臼』の新自由主義とは言え、200年も前のこんな血まみれの禍々しい過去の亡霊『比較優位』が今頃蘇るとは地下のデヴィッド・リカードも苦笑いしているだろう。


『水説:比較優位とTPP』潮田道夫 毎日新聞 2011年11月16日

ある女性弁護士がその町で1番のタイピストでもある場合、彼女が利益を最大にするには、タイピストを雇わず自分で書類をタイプするのがよいだろうか。

答えは給料を払ってでもタイピストを雇い、自分は弁護士業務に専念すべきだ、というものだ。

仮に10万円給料を払っても、その時間を弁護にあてれば15万円の報酬を得られる。ふたりともトクする。

タイピストはタイプの能力で弁護士に劣るのに、2人の関係においてはタイピングで『比較優位』を有する。

この『劣っていても優位』というのがミソである。

経済学者リカードが自由貿易の正しさを説くのに初めて使った経済学上の大原理だ。何でもかんでも自国で生産するより、各国が比較優位を有するものを分業し、貿易する方が利益になる。

女性弁護士のたとえ話はあのサミュエルソンが、教科書史上空前のベストセラー「経済学」のなかで、比較優位の応用問題として述べていることである。分かりやすい。

今度の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)について、経済学者はほとんどが賛成に回った。比較優位の観点からは自由貿易を推進することがどの国にとっても利益になるのは明白で、経済学の教えに忠実であれば賛成するのが当然だからだ。
で、TPP推進論を述べるに当たって、多くの経済学者は『比較優位』を説き、

『であるからTPP参加は当然である』

と胸をはったのであるが、多くの場合、人々を納得させられなかった。ある先生は

『タイピストという例えが古すぎたかな。そういう職種はもう存在しないと注意された』

と反省していた。ま、それは軽口として、経済学者がTPP問題で人々をうまく説得できなかったのは事実で、まじめな方々はちょっとショックを受けているようだ。

JPモルガン証券の北野一氏によれば、1950年代、『法皇』と称された一万田尚登日銀総裁や民社党委員長になる西尾末広衆院議員らは、日本は乗用車生産を中止し輸入したほうがよい、と主張したそうだ。


『比較優位からすると両者は正しいことを言っていたのかもしれない。当時、日米自由貿易協定(FTA)で合意していれば、いまの日本にトヨタもホンダもなかっただろう』

と言う。なるほど。

ともあれ、自由貿易論も自由貿易神話論も、TPPを機にボンヤリ聞いていれば分かるという段階を過ぎ、聞き手に学習を強いている。やれやれ、えらいことになってきたなあ。
(専門編集委員)


『科学と偽科学』

毎日新聞など大手マスメディアは全員がTPP推進の方針で一致しているので、この上記のコラム『水説:比較優位とTPP』潮田道夫専門編集委員も、勿論推進の為の記事を書いている。・・・はず、なのである。


確かに、コラムの前半の4分の3はリカードの比較優位を使ってTPPの効用(正さ)を説いている。ところが続く6行は、この『比較優位』論が誰にも支持されなかった事実が述べられている。

最後の8行に至っては、正反対に前半部分(リカードの比較優位説)が真っ赤な嘘(偽科学)である明確な事例を書いている。潮田氏はコラムで何が言いたい(目的)のだろうか。


半世紀前には日本の自動車産業など、アメリカの足元にも及ばないほど貧弱な、リカードの比較優位説では絶対に無理な(産業として無駄な)代物だったのです。当時のトヨタクラウンはアメリカの高速走行には耐えられずエンジンが焼け付いたし日産エコーは98キロ以上だとプロペラシャフトが脱落して仕舞い大事故を起こしている。

過去のイギリスとインドや清の歴史が証明している様に、国内産業保護の関税がなければ(自由貿易なら)今の日本の自動車産業の隆盛はあり得ない。日本政府の手厚い保護政策(関税と消費税の戻し税以外にも免税や各種の優遇策)の結果、日本の自動車産業は、今では絶対的な比較優位を獲得した。

自動車に限れば『比較優位』は、今では日米の立場が逆転しているのです。トップメーカーGMまでが倒産の危機に瀕し、連邦政府の全面支援で息を吹き返したアメリカの自動車産業は、日本のマスコミでは報道されていないが実はTPPに反対している。


科学の仮説とは、誰が何を説いても良いが必ず第三者の検証作業に耐えて初めて定説となる性質を持っている。『事実』とは違いすぎる、間違っていた仮説は捨て去られる。

究極の新自由主義であるTPPの賛成論が、崩壊した18〜19世紀の帝国主義の経済論理(間違いが証明されている偽科学)を出すまでに落ちぶれ果てたとは驚くばりで、実は潮田道夫氏は、毎日新聞専門編集委員の立場なので嫌々TPP推進を言っているが、本心でTPP推進が売国行為である事実を、誰よりも良く知っているのです。

だから潮田氏は、迂闊に一見するだけならTPP推進に見えるが最後まで読めば正反対になる支離滅裂で意味不明のコラム『水説:比較優位とTPP』を書いたのでしょう。


『ブードゥー教経済学池田信夫の比較優位論』


『無制限の規制緩和』が格差拡大やワーキングプアの大量発生など間違いであることが証明されている新自由主義のミルトン・フリードマンを、未だに『最強の経済学者』として信奉する目の前の事実が見えない自称マクロ経済学者の池田信夫が、今回は比較優位論を絶対視して『リカードの比較優位も知らないのか』と、TPPに反対する人々を口汚く罵っている。

比較優位とは、巨大な対象を扱うマクロ経済学ではなくて、その正反対の微細な経済単位が対象の経営学の御粗末な誤用である事実に気が付かないふりを装う。

リカードの比較優位が成立する為には、完全雇用とか為替の完全な固定相場制とか人口増加率がゼロであるなど形而上学的な絶対にありえない経済モデルを採用した時だけ限定的に成り立つが、普通はその逆で成立しない。

貿易で一国が大きな貿易黒字を得る場合、その相手国は輸入超過となって貿易赤字なる。貿易では(グローバリストの好きな)Win-Win はない。片一方が黒字なら、片一方は必然として絶対に赤字になる。

相撲の白星の数と黒星の数が必ず『同じ』であるように国家間の貿易でも原理は同じで、それ以上でもそれ以下でもない。例外は一つも生まれない。

この事実は中学生でも気が付くが、池田氏は

『リカードの比較優位の原理を知らないバカ』

と罵るばかりで、この子供でも判る論理には絶対に答えない。答えたくとも答えられないのですよ。池田信夫は、


『日本のような製造業に比較優位をもつ国が農産物に高率の関税をかけて農業を保護するのは、製造業を犠牲にして世界経済を収縮させているのだ。
このとき貿易黒字になるか赤字になるかはどうでもよい。』


と、無茶苦茶である。

経済学では、経常収支の『赤字』は大問題である。日本を除く世界各国の普通の政府も同じで、池田信夫的には『どうでも良い貿易などの経常収支の大赤字』を問題とするのですよ。

そして今世界経済の大問題のアメリカのデフォルト危機や欧州のPIIGS諸国のソブリンリスクも同じで、各国の抱える大赤字が全ての原因である。

勿論オバマアメリカ大統領のTPP推進の目論みも全く『同じ』である。日米の倍近い貿易不均衡の是正(アメリカの大赤字の解消)であることは論を待たない。


『貿易黒字を目的にするのは17世紀の重商主義で大間違いである』

と主張する池田信夫の非科学性には呆れるばかりで、科学的に正しいものは時間には無関係で例え17世紀であれ紀元前であれ正しい。

まともな国家(政府)なら貿易赤字を忌避し黒字を目指すのは、力士が白星を目的に土俵に上がるのと同じで、(八百長を除けば)時代に関係ない絶対的な真理である。

21世紀の今でもアルキメデスの原理は矢張り正しくて、否応なく誰も逆らえないのですが、今とは大違いのアメリカが絶対的な比較優位を保持していた時代のポール・サムエルソンの『経済学』など、今では誰も信用していない。

サミュエルソン『経済学』の明確な間違いが、半世紀の時間の検証によって証明されているのです。

http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/ec52d4bbc8ecd0e74524b831157f3363


経済成長の定式(モデル)08/9/15(541号)


構造改革の定式化


自民党の総裁選で経済論争が行われている。その中で積極財政派と財政再建派の主張は、正しいかどうかを別にして分りやすい。しかし上げ潮派(構造改革派)の言い分が曖昧である。そこで今週から筆者なりに上げ潮派の主張の背景にある経済理論を解明してみる。

まず最初に理論経済における経済成長の定式(モデル)を示すと次のようになる。


g(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)


v(資本係数)とはY(生産・所得)1単位を増やすのに必要なK(資本・・生産設備など)である。つまり


v(資本係数)=K(資本)/Y(生産・所得)


となる。そこでv(資本係数)が一定ならば(技術進歩がなく生産設備の効率が不変ならば)、s(貯蓄率)が大きい国ほどg(経済成長率)が大きくなる。

つまり生産されたもの(所得)が、なるべく消費されず貯蓄され、これが投資に回される国ほど経済成長率は大きくなる。極端なケースで生産されたものが全て消費されるような国は、経済成長率はゼロになる(外資の導入はないものとする)。またs(貯蓄率)が同じ大きさであっても、資本係数(生産(所得)1単位を増やすのに必要な資本量)が小さい、したがって生産効率の高い資本備えている国の方が経済成長率は大きくなる。

次にこの定式にn(労働人口増加率)の要素を加味すると次のようになる。


g(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)+n(労働人口増加率)


この式は

s(貯蓄率)/v(資本係数)が一定ならば、n(労働人口増加率)が大きい国ほど経済成長率が大きくなる。


よく上げ潮派の政治家やエコノミストが

「人口がこれから減るのだから、日本は経済成長のため積極的に移民を受入れる必要がある」

と主張するのもこのような定式が頭の中にあるのであろう。


さらにここにt(技術進歩あるいは生産性の向上)の要素を加味すると次の通りになる。


g(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)+n(労働人口増加率)+t(技術進歩)


ただしこのt(技術進歩あるいは生産性の向上)は、資本(生産設備など)と労働の双方の効率化の成果を外に出して一つにまとめたものである。

具体的には、生産工程の改良や新しい技術を体現した設備の導入であり、労働者の教育・訓練による生産性の向上である。


またt(技術進歩あるいは生産性の向上)を外に出さない表現も考えられる。

この場合「技術進歩あるいは生産性の向上」は、v(資本係数)を小さくするとか、n(労働人口増加率)を大きくするものとして理解される。


上げ潮派(構造改革派)は

「構造改革なくして経済成長なし」

と主張する。しかしこの「構造改革」という言葉がはっきりしない(もっとも構造改革派の人々もこれを本当に理解しているか疑わしいが)。そこで筆者の示した経済成長の定式(モデル)でこれを考えてみる。

構造改革とは端的に言えばt(技術進歩あるいは生産性の向上)を大きくすることである。その方法はの

v(資本係数)を小さくし、n(労働人口増加率)を大きくすることである。

たしかにこれによってg(経済成長率)は大きくなる。


これをさらに具体的に説明する。


v(資本係数)=K(資本)/Y(生産・所得)


である。v(資本係数)を小さくするには、K(資本)が一定ならそれから産まれるY(生産・所得)を大きくするような「技術進歩あるいは生産性の向上」を行うことになる。

またY(生産・所得)が一定ならば、一単位のY(生産・所得)を産出するためのK(資本)を小さくするような「技術進歩あるいは生産性の向上」を行うことになる。

さらに教育・訓練による労働の生産性を向上させることがn(労働人口増加率)を大きくする。


これらを一つの企業で考えた場合、当り前の話である。しかしこれを一国の経済で考えた場合は多少複雑になる。

一国の資本(K)と言った場合、民間の生産設備や販売設備などだけではなく、道路や港湾と言った公共資本や社会資本も含まれる。

また一国のY(生産・所得)はGDPということになる。

したがってY(生産・所得=GDP)の増加に結び付かないような公共投資を構造改革派は「無駄な公共投資」と批判する。


また上げ潮派(構造改革派)は「官」が「民」より非効率と考え、政府部門の縮小を訴える。

「「民」にできることは「民」」

ということになる。そして社会全体の「技術進歩あるいは生産性の向上」のために行う施策が、規制緩和などの競争促進政策である。このように構造改革に必要な具体的な施策は、規制緩和や公企業の廃止や民営化ということになる。


スッポリ抜けているもの


ところが上げ潮派(構造改革派)が念頭に置いていると思われる経済成長の定式(モデル)には、大事なものがスッポリ抜けている。

抜けているのは「需要」である。

彼等が訴える施策は全て「供給サイド」に関するものに限られる。

しかしどれだけ企業や国を効率化しより多くの生産物を生産しても、需要がなければ生産物は余る。生産物が売残れば、その次には資本や労働が余剰となり、資本や労働の遊休が生じる。

しかし上げ潮派(構造改革派)の考えには、

作った物は全て売れ消費される

というびっくりするような前提条件が、暗黙のうちに設定されている。ところが上げ潮派(構造改革派)の人々は、このことに気付いていないか、もしくは気付いていても誤魔化す。多くの場合、単に需要不足が原因で遊休設備や失業状態になっていることを、上げ潮派(構造改革派)は認めない。


彼等は遊休設備や失業という現実を突き付けられても、遊休状態の設備は既に陳腐化して使い物にならないと決めつける。また失業者は、生産性の向上に追いつけない人々であり、新たな教育・訓練が必要であると主張する。したがって一時的に余った資本や労働といった生産資源は、もっと生産性の高い成長分野にシフトさせるような構造改革が必要があると説く。このように上げ潮派(構造改革派)は供給サイドのことしか言わない。

しかし筆者は遊休設備の全てが陳腐化しているとは考えない。また職に就いている人と失業している人の間に、技術や知識に大きな差は認められない。そういう事ではなく、多くの場合需要の不足によって遊休設備や失業が発生していると考えるべきである。特に日本は慢性的に需要不足(内需不足)に陥る体質にあり(このことを本誌は何回も取上げてきた)、むしろ構造改革を目指す政策がさらなる需要不足を促進している。


上げ潮派(構造改革派)の考えの背景には、

「作ったものは全て売れる」という古典派経済学の「セイの法則」がある。


しかし現実の経済を知っている者は「そんなばかなことはない」とすぐ分る。ところが頭がおかしい構造改革派は、この単純な経済理論の信奉者なのである。

「セイの法則」が成立つのは極めて特殊な時だけと指摘したのはケインズである。

たしかに「作ったものは全て売れる」のは、例えば戦争で大半の生産設備が破壊され極端な物不足に陥った国や、新興国における経済の高度成長期くらいのものである。古典派の特殊理論に対して、彼は一般的な一国の経済状態での理論展開を行った。ケインズは著書「一般理論」で、ごく普通に需要不足が起き、遊休設備や失業が発生するメカニズムを解明した。またケインズの弟子のハロッドは、経済成長理論を展開したが、供給と需要の増大の過程での両者の関係の不安定さを指摘した。

ケインズは需要不足による不況が起ることを理論的に解明した。彼はその場合には金利を下げるだけでなく、政府が財政支出を増やすことによって需要を創出することが有効とした。今日このような政策は世界中の国で採られている。これもあってか第二次世界大戦後、先進資本主義国家は深刻な不況に陥っていない。


また上げ潮派(構造改革派)が盲目的に信奉する「供給サイド重視」の考えは、貿易収支が慢性的に赤字の米国で生まれた。たしかに米国のように供給サイドに問題のある国で、このような考えが一定の支持を得るのは解る。しかし慢性的に貯蓄が過剰で内需が不足し、過剰生産のはけ口を外需に頼っている日本に「供給サイド重視」の考えを適用しようとするからおかしくなるのである。

だいたい供給サイドに問題のある米国でさえ、今日サブプライム問題で不況になったため、減税などによる需要創出政策、つまりケインズ政策を行っているのである。需要創出政策を「オールドケインズ政策」と否定的な決めつけをするエコノミストや、自民党の総裁候補の中で今だに「私は構造改革派」と言っている人々は、頭の中の構造の改革が必要だ。

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技術進歩の恩恵 11/11/28(688号)

意味のない経済成長の定式(モデル)

人々の所得が増え、一人一人の国民が豊になるのが国家の理想と筆者は思う。

そのためには経済が成長する必要がある。本誌はこの経済成長の定式(モデル)を08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」で取上げた。これを示せば


g(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)+n(労働人口増加率)+t(技術進歩)


となる。つまり机上の経済理論では、

s(貯蓄率)とv(資本係数)が一定ならば、労働人口が増え技術進歩がなされれば経済は成長することになる。

実に簡単な話である。しかしこの理論の最大の弱点は、これが供給サイドのみに着目していることである。したがってこの定式(モデル)が有効なのは生産力が乏しかった時代や、よほど産業の発展が遅れている国だけである。

今日、少なくとも先進国でこの経済理論があてはまる国はない。どの国も余剰の生産設備と労働力を抱えている。ところがいまだに構造改革派は「改革」が必要と寝ぼけたことを言っている。


今日、国の経済成長を決めるのは供給ではなく間違い無く「需要」である。毎年、10%前後の経済成長を続けている中国は、供給サイドに様々な大きな問題を抱えている。例えば慢性的な電力不足といった致命的な問題をずっと抱えて来ており、当分、これは解消される見通しがない。しかし旺盛な民間と政府の投資、さらに輸出の伸長といった需要増がこれまで続いて来たので(今後の見通しは不透明)、高い経済成長が実現できたのである。

つまり現実の経済においては、中国のように供給サイドに問題があっても需要さえあれば経済はどれだけでも成長する。つまり伝統的な古典派の経済理論なんて、現実の経済において何の役にも立たない。しかし経済学者は、これしか知らずまた現実の経済に興味がないので、今でも意味のない経済理論を学生に教えて生活をしている。


彼等は、日頃の言動と現実の経済の動きとの辻褄を合わせるため、供給サイドと潜在需要にミスマッチがあるといった奇妙な事を言う。彼等のいう潜在需要とは例のごとく医療や介護といったものである。

「この分野の規制緩和がなされないから、潜在需要が顕在化しないのだ」

と主張する。しかし仮にかれらの言っている事が正しくそれが解決したとしても大してGDPは伸びない。また医療や介護の需要を伸ばす有効な方法は、筆者は規制緩和ではなく予算の増額による医療や介護に勤務する人々の待遇改善と考える。決して規制緩和やフィリピンやインドネシアから看護士を連れてくることではない。


彼等は何十年も前から

「規制緩和が不十分で潜在需要が顕在化しない」

という間抜けな主張を続けている。つまり何でも需給のミスマッチと言って誤魔化そうとしている。しかし民間は、四六時中、どこに潜在需要があるのか必死になって探し回っている。供給力が需要をはるかにオーバーしている日本においては当り前の話である。実際、


09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
http://www.adpweb.com/eco/eco565.html


で述べたように、少なくともリーマンショックの前までは日本の製品在庫率指数はずっと100前後で推移していた。つまり日本では、消費者が必要とする商品はピタリと供給されてきた。またサービスについても供給サイドにネックが生じているとは思われない。つまり日本経済はコンビニみたいなものであり供給サイドにさしたる問題はない。

ちなみにリーマンショック後の世界的な経済の混乱以降、この数値が乱れ始めた。ただし2010年から東北大震災の直前まではこの数値も落着きを取戻していた(100〜110程度で推移)。ところが震災後は再び120程度まで上昇している。おそらく復興事業の遅れによる、関連製品の在庫増が影響していると筆者は見ている。


豊かさを与えない技術進歩

昔の経済学のメインテーマは、供給力をいかにして上げるかであった。消費を抑えながら生産力を増やすための資本の蓄積(つまり投資)が重要であった。また生産資源の適正な配置が経済成長に有効と考えられた。そのためには価格メカニズムを働かせることが大切と考え、規制緩和による競争政策が必要とされた。

この経済理論の背景には、需要は無限にある(セイの法則)という錯覚がある。しかし前段で述べたように、たいていの先進国はどこも生産設備と労働力の余剰を抱えている。必要なのは供給力の整備ではなく「需要」である。


たしかにギリシャのような例外的な国がある。このギリシャのように慢性的に経常収支が赤字の国は、供給サイドの強化が有効である。そのためには一刻も早くユーロから離脱し、自国通貨を大幅に切下げることが必要と考えられる。

一方、少なくとも日本は需要不足の経済が常態化している。必要なのは需要創出政策であり、ギリシャのような国にとって必要な「改革」ではない。ただし通貨の切下げ(円安)は日本にとっても有効と考える。ただし経常収支の黒字が常態化している日本の通貨の切下げは、なかなか国際的に認められるものではない。


筆者は、先進国における需要不足の一つの原因を、長らく平和が続いたことによって生産設備の破壊がなかったことと考える(大きな戦争がなくせいぜい大災害があったくらい)。そしてもう一つ重要なことは、第二次世界大戦後、生産技術が飛躍的に向上したことである。つまり世界的な供給力の余剰が生じている。さらに世界的なバブル生成の過程で凍り付いたマネーサプライが積み上がった(GDPより金融資産の方が伸び率が大きく、これによって大きな有効需要の不足が生じている)。


筆者は、生産技術の向上、つまり技術進歩に注目している。技術進歩によって小さな生産資源(生産設備投資と労働力)の投入によって、より大きな産出が生まれるようになった。たしかに


需要は無限にある(セイの法則)


といった改革派の戯言(たわごと)が本当なら、問題(設備の遊休や失業)は生じない。ところがこれが大嘘だから今日問題が起っているのである。


毎年10%前後の高度経済成長を続けている中国で失業がなくならないといった奇妙な現象が起っている。同じような高度経済成長を経験した日本では、当時、人手不足が深刻で人件費がどんどん上がったが、中国の現状は対照的である。これについて本誌は10年前

01/11/12(第230号)「中国通商問題の分析(その2)」
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で、この原因を中国が先進国の進んだ技術を取り入れながら経済発展したからと指摘した。

今日、中国でもバブルが起って物価上昇が起っているが、日本の高度経済成長期と比べれば大したことはない。むしろ中国の雇用問題は深刻で、人気のある公務員の募集に1,000倍の応募があったという話さえある。これだけの経済成長を達成しても失業問題が解消しない背景には、労働力をさほど必要としない進んだ生産システムを中国が取入れたからと筆者は考える。


技術進歩は人類にとって大事であり、人々に豊かさを与えるものと思われてきた。筆者も技術進歩は絶対に必要なものと考えている。技術進歩は、過酷で長時間の労働から人々を解放してくれるものと考えたい。実際、技術進歩によって日本では労働者の単純作業が軽減され、労働時間も短縮されてきた。例えば週休二日制も技術進歩なくして実現しなかったと考える。つまり日本もある時期までは良い方向に進んでいたのである。

ところが今日、日本ではむしろ労働強化の方向に向かっていて、雇用条件がどんどん悪くなっている。日本でも中国と同じように技術進歩の恩恵が人々に行き渡らず、むしろ人々を不幸にしているかのようだ。いつ頃からこのような事態が目立つようになったのか筆者も考える。大雑把な感想で申し訳ないが、筆者は日本で財政再建運動と構造改革運動が盛んになってからと思っている。
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経済成長の三つのパターン 14/7/7(804号)
•経済成長の定式(モデル)

今週は、改めて経済成長のメカニズムについて述べる。このテーマはこれまで何回も取上げてきた。まず


08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」
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で説明したように、経済学の教科書には、

g(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)+n(労働人口増加率)

で示される経済成長の定式がある。


しかしこの定式が規定しているのは供給サイドである。

つまりこの定式は暗黙のうちに生産されるものが全て消費されることを想定している。

まさにこれは古典派経済学(新古典派を含め)の「セイの法則」の世界である。


しかしケインズは「セイの法則」が成立するのは特殊な状況においてのみと説明する。彼は古典派経済学がこのような特殊理論であることを証明するため「一般理論」を著したのである。

筆者も、「セイの法則」が通用するのは、生産力の極めて乏しかった大昔や大きな戦争で生産設備が徹底的に破壊されるといった特殊なケースに限られると認識している。


教科書で学ぶ経済成長理論は、事実上、古典派経済学の世界である。

上記の定式に従えば、経済成長率を大きくするには貯蓄率を大きくし、資本係数を小さくする必要がある。資本係数を小さくするには、技術進歩による生産性の向上や社会の構造改革ということになる。また労働人口を増やすことも有効ということになる。

しかしこれらは全て供給サイドの話であり、またこのg(経済成長率)は潜在的な成長率に過ぎない。したがってケインズの指摘したような需要不足が起れば、これは全く成立たない定式になる。

ところがほとんどの経済学者やエコノミスト(さらには多くの政治家やマスコミ人まで)は、今日でも役立たずのこの定式にしがみついている。

それどころか自分達がこの定式にしがみついているという事さえ理解していないのである。


筆者は、単純に需要があれば経済は成長し、反対に需要が減少すれば経済は停滞し、場合によってはマイナス成長になるとずっと主張してきた。つまり少なくとも今日の日本にとって、供給サイドの経済成長の定式なんかまるで関係がない。また世間に流布している経済成長への処方箋はほとんどが嘘である。

新興国や途上国が高い経済成長を続けているのは大きな需要があるからである。何もない途上国の人々には、物やサービスに対して飢餓感に似た大きな需要がある。たしかにこのような国には経済成長の定式が適用できるかもしれない。

実際、ある程度の条件(具体的には政治の安定や基礎的な国民教育など)が揃えば、今日、元々十分な需要がある新興国や途上国は経済成長を続けることができる。仮に資金が不足していても、投資機会が乏しくなった先進国から潤沢な余剰資金が流れてくる。つまり貯蓄の必要性は小さい。また技術がなくとも先進国から技術を伴った最新設備を導入することができる。

また経済発展に必要なインフラも、例えば携帯電話などの登場によってハードルが低くなっている(以前は電話線網の設置工事から始める必要があった)。要するに旺盛な需要さえあれば、どのような国でも経済成長は可能なのである。いずれにしても規制緩和や構造改革なんて経済成長にほとんど関係がない。


先進国の中で、米国は比較的高い経済成長を続けてきた。これについて筆者は

01/6/18(第212号)「需要があっての経済成長」
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で米国の貯蓄率が低下していることに着目した分析を行った。しかし今になって思えばこれは不十分な説明だったと感じる。筆者は、米国に流入した膨大な移民(合法・違法を問わず)の影響をもっと考えるべきだったと今日思っている。

米国は先進国の中でもめずらしく人口増加率が大きな国である。これは移民の影響が大きい。特に移民の出生率は大きく、移民の代表であるヒスパニック系住民だけでも既に5,000万人(全人口の17%)を越えている。何千万もの移民の流入は、米国に新興国・途上国の一国が生まれたようなものである。何も持たずに米国へやってきたのだから移民には旺盛な需要がある。これによって

07/11/5(第503号)「米国のサブプライム問題」
http://www.adpweb.com/eco/eco503.html


他で述べたように、これまで米国の経済成長率がある程度かさ上げされてきたと筆者は考える。


•精神的に分裂状態

先週号でフランス経済学者のトマ・ピケティが、1930年代から1980年まで小さかった米国の経済格差が、1980年(レーガン大統領時代、つまり新保守主義台頭期)以降大きくなったと指摘した話をした。そして経済格差が大きくなると、国全体では貯蓄が増え経済成長にはマイナスに働くとトマ・ピケティは主張している。すなわち米国では特にヒスパニック系の移民が増えることによる需要増が、このマイナスを打ち消していたとも見られる。

ところが米国の比較的高い経済成長率は、レーガン大統領以降の規制緩和や構造改革のお陰と新古典派のエコノミストは間抜けたことを言い続けている。

彼等は、経済成長が需要で決まるということをどうしても認めたくないのである。

そして経済成長の定式から導かれる理論と「経済成長は需要が決める」という経済理論(筆者などが主張する)との間には大きな溝がある。

ここをはっきりさせず曖昧なまま日本で経済論議が進められてきた。これが原因で日本の経済学者やエコノミストが言っていることが分かりにくく混乱している。


経済学者は、学校で供給サイドの新古典派の経済成長理論の定式を教える。

ところが彼等は、実際の経済成長の実績や予想の分析には、内閣府が作成する経済成長の数値(速報値、改定値など)を使う。

この内閣府の数値は、供給サイドではなく需要サイドを積上げたものである。具体的には、個人消費、設備投資、公共投資、住宅投資、政府消費、在庫投資、そして純輸出(輸出−輸入)を合計したものである。


つまり彼等は、経済理論は供給サイドであるが、現実の経済分析は需要サイドで行うといった精神的に分裂状態である。

これを誤魔化すために、彼等は極めて悪質な細工を使う。

例えば需要と供給のギャップであるデフレギャップを異常に小さく算出するのである。


経済成長理論を構築したのは、ハロッドやサミュエルソンといったケインズの弟子達である。しかし彼等が作った経済成長の定式は、供給サイドだけに着目したものであり、事実上、需要サイドを無視している。

唯一需要サイドも考慮したのがハロッドである。ハロッドは、自分達が作った経済成長理論では、需給の不均衡に陥る危険性があることを認識していた(均衡点はナイフの刃の上を歩くように不安定と説いた)。今日の日本などの先進国の経済を見れば、ハロッドの認識が正しかったと言える。もっともサミュエルソンやソローなど当初新古典派と呼ばれた経済学者も後に考えを変えている。これについては来週号で触れる。


筆者は、経済発展段階によって適用できる経済成長のメカニズムは異なると考える。これを筆者は三つのパターンに分けて理解している。

一つは新興国や途上国のような十分な需要のある国のものであり、

もう一つは日本や欧州の先進国のように慢性的な需要不足に陥る国の経済成長メカニズムである。

もう一つ加えるならば、米国のような新興国・途上国の要素を併せ持つ国の成長パターンがある。

つまり供給サイドの経済成長の定式がある程度当てはまる国と全く適用できない国、そして米国のようなそれらの中間の国ということになる(ただし米国は今後日本などのグループに近付くと考える・・つまりサマーズの言っている長期停滞)。

このようなその国が置かれている状況を無視して経済政策を押し進めるから、訳の分からないことになる。例えば国内に十分な需要がない状態で設備投資を刺激しても、民間企業が設備投資を行うはずがない(設備投資が需要のある新興国・途上国に流れるのは当たり前)。またNISA(少額投資非課税制度)を拡充すれば、ますます個人消費が減少することになる。ましてや消費税増税なんてもっての他である。
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ポンコツ経済理論の信奉者達 14/7/14(805号)


「セイの法則」が意味を持った時代もあった

先週号で、

g(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)+n(労働人口増加率)

で示される経済成長の定式は古典派(新古典派を含む)の経済理論の本質を示すものと説明した。

これは供給サイドだけを規定したものである。一方、需要サイドでは作ったものは全て消費されるという「セイの法則」が暗黙のうちに想定されている。したがって現実の経済で需要不足が当たり前になれば何の価値もない定式になる。


つまり慢性的に需要が不足している今日の日本など先進国にとっては、ほとんど関係のない定式である。今日のような低成長になれば、需要サイドだけを見ていれば十分であり、供給サイドはほとんど無視して良い。

ところが役立たずの経済学者やエコノミストは、相変わらず既にポンコツとなったこの定式にしがみついて経済成長戦略とか言っているのだから驚く。


この理解を容易にするため、s(貯蓄率)とv(資本係数)についての説明を行う(ただし平均値と限界値への言及はややこしくなるので割愛する)。

v(資本係数)は資本(K)/総生産額(Y)で算出される。

資本(K)は総資本ストックであり、総生産額(Y)はGDP(国内総生産)や総国民所得と読み替えても良い。

v(資本係数)はより小さな資本(K)でより大きなGDPを産み出す国では小さくなる。つまりこの数値が小さいほど生産効率の良い国である。


また古典派経済学では

S(貯蓄)=I(投資)と s(貯蓄率)=i(投資率)

が成立していることになっている。したがってI(投資)やs(貯蓄率)が大きくv(資本係数)が小さい(生産効率の良い)国ほどg(経済成長率)は大きくなる。

つまり貯蓄(つまり投資)が大きく生産効率の高い国ほど経済成長が高いという、分かりやすい話である(正しいかどうかは別)。


また生産物(GDPと見なして良い)を消費財と資本財に分け、この議論を補足する。

生産物の全てが消費財で資本財がゼロの国は、総資本ストックが増えないので生産力が増えない。したがって古典派経済学の世界では経済成長ができなことになる。反対に消費を切り詰め(貯蓄を増やすことと同じ意味)、それを投資に回す国は高い経済成長が実現できるということになる。


第二次世界大戦で生産設備が壊滅的な打撃を被った日本は、戦後、消費を削り設備投資に資金を回した。貯蓄が奨励され、預貯金の利息への課税を免除するマル優制度まで導入した。また企業は多額の銀行借入れを行い、最新鋭の生産設備を導入した(古くて生産効率の悪い設備が戦争で破壊されたことが幸いした)。このため日本の企業の自己資本比率はずっと小さかった。

人々も新技術を学び日本全体の生産性は飛躍的に向上した。これによって日本のv(資本係数)は欧米先進国より小さいまま推移している(傾向としては近年大きくなっているが)。この結果、日本製品は驚異的な競争力を持つことになった。しかし生産力が大きくなり過ぎたため日本国内では生産物が全部消費されず、余った生産物は輸出されるようになった。戦後、日本の貿易収支は慢性的に赤字であったが、1964年の東京オリンピックの年を境に貿易収支が黒字に転換した。この様子は

11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
http://www.adpweb.com/eco/eco653.html


で紹介した。


少なくとも1973年のオイルショックまで日本は高いレベルの設備投資が続いた(それ以降も日本の設備投資のGDP比率は欧米に比べ大きい)。これが原因で日本は過剰生産力を常に抱えることになった。したがって日本経済は景気後退で国内需要が縮小すると、直に輸出ドライブが掛かるという状態になった。

しかし日本の貿易収支と経常収支の黒字幅が拡大するにつれ、欧米からの批難が大きくなった。この貿易のインバランス解消のため円高が要求され、従順に日本はこれに従ってきた(この点が中国と大きく違う)。しかしどれだけ円高になっても、日本はそのハードルを乗り越え貿易黒字を維持してきた。この結果、とうとう1ドル76円と言った明らかに行き過ぎた超円高に到った。

このように見てくると1973年までの高度経済成長期は、日本経済は古典派(新古典派)経済学の経済成長の定式がほぼ当て嵌まっていたと考えて良い。戦争で着の身着のままになった日本国民の需要(テレビや冷蔵庫を買い、次は車や住宅を買いたいといった時代)は旺盛であった(人口構成も関係するがこの話は後日に)。また一時的に生産過剰になっても余剰生産物は輸出すれば良かった。特に日本製品は圧倒的な国際競争力を持っていた。つまり作ったものは全て消費(輸出を含め)されるといった「セイの法則」がある程度意味を持った時代はたしかにあった。


•高所得国の罠

今日の平均的な日本人は、一応の耐久消費財と住宅を所有している。したがってこれから日本で飛躍的に消費が伸びることは考えられない。消費物資が不足しているとしたなら、これは若い年代層、特に低賃金の非正規労働者であろう。しかしそれも彼等の親が住宅や車を所有しておれば、これらを購入する意欲は弱くなる。

ただし購買意欲が弱いと言っても、昔の日本(高度経済成長期)や今日の新興国・途上国と比べた話である。実際のところ今でも日本の耐久消費財や住宅の購入はそこそこ高いレベルにある。例えば日本では自動車が年間500万台程度売れている。中国は自動車ブームと言われているが、年間の販売台数は2,500万台程度である。中国の人口は日本の10倍であるから、つまり一人当りの平均では日本は中国の倍の車を購入している計算になる。

住宅も日本は年間100万戸建築されていて、人口が2.5倍の米国とほぼ同じ数字である(ただし米国の方が住宅の耐用年数は長い)。また資産家や株価上昇の恩恵を受けた者達は、高額商品を盛んに買っている。しかし国全体の消費の伸びという点では極めて弱く、ここが問題であり、このままではとてもデフレ脱却なんて無理と言いたい。


日本など比較的高い所得水準が続く国においては、国民は既に一揃の耐久消費財や住宅を所有していると考えて良い。したがって需要と言っても買い替え需要が中心になる。つまり爆発的な需要増というものは生まれにくくなっている。

また日本のように高い消費レベルが続いている国では、これ以上の消費はどうしても選択的になる。消費が個人の考えや趣味に左右されるのである。多くの人々が同じような電化製品や車を買い求めた現象は過去のものとなった。つまり昔のような大ヒット商品というものが現れにくい。要するに今日の日本の平均的な消費レベルが低いわけではないので、これを飛躍的に伸ばすことが難しいのである。


これまで経済成長が著しかった新興国の経済が今日怪しくなっている。このような現象を「中所得国の罠」と呼ぶケースがある。「高所得国」になる前に既にもたついているのである。

しかし「中所得国の罠」が存在するなら「高所得国の罠」があって良いと考える。筆者は、前から人々に消費意欲に限界みたいなものがあるのではないかと考えてきた。これに関連し

98/4/20(第62号)「消費の限界を考えるーーその1」
http://www.adpweb.com/eco/eco62.html

99/8/30(第128号)「日本経済と欲求の限界(その1)」
http://www.adpweb.com/eco/eco128.html

などで、消費者の欲求にも限界があるという仮説を唱えてきた。


しかし一方には消費や需要は無限という経済論を唱える者がいる。

作ったものは全て消費されるという、例の間抜けな「セイの法則」の信奉者達である。

また中には規制緩和で需要が増えるといった奇妙な経済論を平気で説く者までいる。これについて

04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
http://www.adpweb.com/eco/eco338.html


他で筆者は、純粋に需要が増えるのは、麻薬、銃、売春、賭博といった公序良俗に反するものの規制緩和だけと述べた(規制緩和の影響はほぼ中立と説明)。

しかし筆者は、日本の消費や需要を確実の伸ばす方法はあると主張してきた。

それは国民の所得を増やすことである。

増えた所得の一定割合は消費に向かう。国民所得を増やすには財政支出を増大させれば良い。

一時的に国の財政赤字が増えても、将来、税収増となって返って来る(政府紙幣の発行や永久債の日銀買入れという手段もある)。また今日の長期金利が0.5%と、市場は国債の増発を催促しているのである。

この手の肝心な政策を考えず、「特区」とか「岩盤規制の緩和」による成長戦略とか言っているからおかしいのである。

これを言っている人々は、既にポンコツで廃棄処分にすべき経済成長の定式(モデル)の信奉者なのである。
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一家に一台が需要の天井 14/7/21(806号)


•需要サイド重視という風潮

先週まで述べたように、教科書の経済成長理論は供給サイドだけを規定したものである(需要は常に十分あるというばかげた暗黙の前提がある)。当然、これは日本など成熟した国の現実の経済には全く当て嵌まらない。ところが教科書のこの間違った記述を本当のことと信じている者が極めて多い。特に学校で、一生懸命、経済学を学んだ秀才タイプ(教科書に書いてあることは真実と思い込み、柔軟に物事を見ることができないタイプ)がこれである。また公務員試験などの各種試験の経済学の出題もこの教科書からなので問題は大きい。

このタイプは経済学者やエコノミストだけでなく、政治家や官僚、そしてマスコミ人などによく見られる。彼等は「自分は教科書でよく勉強し間違っていない。間違っているのは現実の方」と堅く信じている。そのためかこのタイプが好むのが「構造改革」である。「構造改革」によって、現実の経済を自分が信じている経済理論が機能する形に変えようというのである。ところがこの間違った認識を持った人々が、現実の経済政策に影響力を持っているのでさらに問題を大きくしている。実際、今日の経済成長戦略のほとんどは、この教科書の記述に沿ったものである。


教科書の古典派経済学の中心命題は、資本の蓄積と生産性の向上である。これに関連した例え話がある。ある漁師が魚を一匹ずつ釣っているとする。しかしこれでは自分が食べる分の魚しか釣れない(つまり生産物が全て消費される自給自足時代の経済である)。そこで魚を釣る時間を割いて、漁師は網という資本財を作製する。この網という資本財によって以前より多くの魚を獲ることができる。

この結果、漁獲(生産物)に余剰が生まれ、これによって漁師はさらに別の網を手に入れることができる。網という資本財がさらに増えるので、漁獲量ももっと増え、余剰はさらに大きくなる。そこで漁師を資本家と読み替え、経済の概念を一人の漁師から一国全体に広げると新古典派の経済成長理論になる。


新古典派の

g(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)+n(労働人口増加率)

で示される経済成長の定式が正しければ、資本主義経済は自律的に成長するメカニズムを内在していることになる。したがって経済はこれによってどこまでも持続的な成長が可能という話になる。

この経済成長理論の信奉者は、日本経済がこの定式通りに成長しないのは、政府の経済への余分な介入や労働組合の存在が原因と訴える。彼等は、例えば政府が資本家から税金を取ることによって資本蓄積の邪魔をし、これを無駄な公共事業に使っているとずっと主張してきた。また彼等は各種の規制によって資本蓄積(投資)の機会を奪われ、さらにこの規制が国の経済の生産性を低下させたと言っている。まさに供給サイドだけを見ている者の言い分である。


この古典派経済学に沿った経済成長のメカニズムは単純である。したがってたとえ法律しか学んでこなかった政治家や官僚でも簡単に理解できる。実際、高度経済成長期の日本を思い浮かべたり、これまでの中国などの経済成長を目の当たりにすると、この定式がもっともらしく見える。

大学の教師はこの単純な経済成長論を学生に教えて生活をしている。しかし経済理論そのものは単純であるが、厳密性という名のもとに複雑な数式で化粧しているので学ぶ者にとって難しく感じる。彼等が教える経済理論は、なにか新興宗教の教義や密教の奥義と通じる所がある。したがって学ぶ者は苦労して数式が解けると、自分のステージが上がって経済が解ったような気になる。

ただこの単純であるが幼稚な経済理論を唱えてきた日本の経済学者も最近では少し不安になっている(ほぼノイローゼ状態になっていると言って良い・・これについては翌週取上げる)。これまで彼等は低成長になったのは日本の政府の対応や日本の社会の在り方に問題があったと片付けてきた。つまり日本固有の障害で日本経済は低成長に陥ったと誤魔化しておけば良かったのである。


ところが日本における経済認識が大きく変わる兆しが出てきた。

14/6/30(第803号)「サマーズとトマ・ピケティ」
http://www.adpweb.com/eco/eco803.html


で取上げたように、欧米の経済成長の論議において、供給サイドではなく需要サイドを重視するという考えが注目されるようになっている(筆者に言わせれば当たり前の話)。筆者は、そのうちこの流れが日本にも及んでくるのではと考える。

まずトマ・ピケティの著作の日本語版翻訳がそのうち出版され、反響が出ると予想される。また米国経済が長期停滞に陥ったと説くサマーズは、この対策として米国の老朽化したインフラの大改修を主張している(まさに批難を浴びながらも昔から日本でやってきたこと)。日本でもこの需要サイド重視という風潮が及んでくれば、これまで「真っ赤な嘘」を風潮してきた経済学関係者の立場がなくなるのである。


•日・米・中の年間新車販売台数

古典派(新古典派を含め)の経済成長理論がおかしいことは、昔から相当の人々が気付いている。たしかに需要が旺盛で作れば全てが売れる時代の企業経営者は、どれだけ生産力を引上げるかが経営の最重要課題であった。日本の高度経済成長期の企業経営を思い浮かべれば良い。銀行からの借入金でどんどん設備投資を実施し、人を雇い入れ、生産工程を改善して生産性を上げることが経営の要諦であった。まさに新古典派の

g(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)+n(労働人口増加率)

で示す経済成長の定式が適用できる世界であった。

ところが段々と売上が伸びない時代になる。経営者は、新製品の開発や販売促進を行うだけでなく、従業員のリストラをおこなって合理化を進めるようになった。そして国全体で売上(需要)が伸びない事態に陥ったのがここ20年くらい(筆者は、既に40年も前からこの徴候は出ていたと言ってきた)の日本経済である。

資本主義経済では需要不足が起るというケインズ理論は、戦後一時的にもてはやされた。しかし米国産業の競争力が弱くなった頃から、ケインズ理論に対する風当たりが強まった。ただケインズ理論を否定した後の埋草に使われたのが、なんとポンコツ同然の古典派経済学であった。


経済成長が続き生産力が増せば、そのうち需要不足が起ることは誰でも分かる。ところが日本の経済学者は、この当たり前のことを絶対に認めようとはしない(生活が掛かっているのであろう)。このばかばかしさを示す一つの方法として、各国の新車販売台数の推移を取上げ、これを分析してみる。

次の表は日本、米国、中国の年間新車販売台数の推移を示している。ただし日本だけは、ベースが年度であり、また98年度から01年度までは乗用車のみの集計である。


日・米・中の年間新車販売台数(万台)


年  日本  米国  中国 

98
(414) 1,544 167

99
(419) 1,677 208

00
(426) 1,724 215

01
(430) 1,702 237

02
587 1,681 325

03
589 1,664 456

04
582 1,686 520

05
586 1,694 587

06
562 1,650 722

07
532 1,608 879

08
470 1,319 963

09
488 1,040 1,365

10
460 1,155 1,806

11
475 1,273 1,851

12
521 1,444 1,930

13
569 1,549 2,198


まず目を引くのが中国の物凄い伸び率である。ここ10年間は毎年10〜30%程度の増加を示している。中国の国民所得の伸びはすごく、自動車に対するニーズが極めて高いことは分かっていた。しかし国内産業振興という中国政府の政策があり自動車に対する輸入関税は極めて高い。また人民元が低く操作されていることもあり、中国への自動車輸出はほぼ不可能であった。

したがって中国で車を売ろうという外国企業は中国政府の方針に従い、現地企業との合弁で中国国内に生産拠点を設ける他はなかった。しかし車に対して旺盛な需要があったから、外資は大挙して中国に進出した。つまり中国には十分な需要があったので、むしろ問題は供給サイドであった。まさに中国の自動車産業こそ新古典派の

g(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)+n(労働人口増加率)

の経済成長の定式が適用できる世界であった。

はたして外資は、設備資金の提供に加え、生産性の高い最新の生産設備を中国に導入した。つまり

s(貯蓄率)/v(資本係数)

は外資導入によって大きくすることができたのである。また中国にはタダ同然(人民元が極めて低く抑えられているため)の余剰労働力がありn(労働人口増加率)は確保されていた。このように中国の自動車産業はほぼ古典派経済学の理論通りの経済成長を成し遂げているのである。


一方の日・米は08年のリーマンショック後のスランプを除き、年間に売れる車の台数はほぼ一定である。まさに日米は買い換え需要が全てと言って良い。つまり生産力増強の投資はほぼ必要がない。投資が行われるとしたなら設備の減耗を補う程度か合理化に伴う投資であり、その他では車に新装備を施すもの(例えばハイブリッド)に限られる。実際、少なくとも日本国内ではここ10年くらいは、新工場の建設は全くない(米国は、新工場の建設される場合、どこかの工場が閉鎖されているケースが多い)。

つまり日米はともに需要の天井にぶつかっているので、新古典派の

g(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)+n(労働人口増加率)

の経済成長の定式は無関係である。しかし日本も米国も、今の中国と同じような高度成長期が過去にあった。ところがある程度まで来ると、全く伸びなくなったのである。


ここまでの話は自動車産業だけを例に採った。これは自動車産業の規模が大きく、また関連産業が広く(ガソリン販売、保険など)、適当と思われたからである。実際、中国では車以外の産業でも同じような高度成長が続いてきた。これからの関心は、中国の高成長がいつまで続くかということになる。

しかしその中国で成長に陰りが既に出ている。一つは過剰在庫を抱えた住宅産業である。他にも自動車産業に先行して成長してきた電機産業が既に需要の天井にぶつかったと見られる。今年のテレビの販売が減少に転じると予想されている。おそらくエアコン、冷蔵庫、洗濯機といった他の家電製品も近々減少に転じるものと考えられる。これも家電製品は既に一家に一台以上普及していて、旺盛ただった需要が消えているからである。

やはり耐久消費財は、一家に一台というものが一応の需要の天井になるようである。唯一中国で一家に一台普及していないのは自動車だけということになる。つまり中国でさえ、新古典派の経済成長理論が適用できなくなる時代が近付いているのである。それにしても日本でこのポンコツ経済学を教えている人々は、一体何を考えているのであろうか。
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三教授のサマーズ論の解説 14/7/28(807号)


•サマーズとトマ・ピケティへの大きな反響

本誌14/6/30(第803号)「サマーズとトマ・ピケティ」
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で取上げた、米国経済の長期停滞論が日本でも注目され始めた。サマーズ元財務長官は消費や投資の減少などで、米国経済が長期停滞に陥ると警告している。この話は、筆者が本誌にこれまで述べてきたことに合致するところが多い(筆者は長期停滞論に関してこの他にいくつかの原因を仮説として提示している)。

サマーズ氏は、この対策として米国のインフラの大改修や成長産業への投資促進策を提言している。またフランスの経済学者のトマ・ピケティは所得格差の拡大が全体の消費を抑え需要不足を生むと指摘している(この点についてサマーズも同じことを言っている)。両者の主張は欧米で反響を呼んでいる。長期停滞論に人々が何となく共感を覚えるからであろう。リーマンショック後の落込みから日・米・欧の経済は、程度の差はあるが回復基調にある。しかし期待したほどの力強い回復ではないと人々は感じている。


先進国においてこれまでの経済論壇の主流派(つまり古典派、新古典派経済学)の議論は、もっぱら供給サイドを重視するものであった。例えば職業訓練によって労働市場のミスマッチをなくすといったものである。また彼等、主流派は供給サイド重視の観点から、潜在成長率を高めることを主張してきた。このためには規制緩和による構造改革が必要と言い続けている。

一方、サマーズとトマ・ピケティは消費と投資の不振による需要不足を問題にしている。ただ各国政府も全く需要サイドを無視してきたわけではない。実際、リーマンショック後の急激な経済の落込みに対して、財政出動などによる需要創出政策を実施した。しかしギリシャの財政危機が起り、各国は一転して緊縮財政に転じた。英国は付加価値税、そして日本は消費税を増税し、また米国は軍事費などの財政支出を削減している。


ところでIMFは14年の先進国の需給(デフレ)ギャップが110兆円(GDPの2.2%に相当)と推計している(しかし筆者はこれを小さ過ぎると指摘した)。サマーズは米国のGDPは潜在GDPを10%も下回っていると主張している。ところが日本では内閣府がデフレギャプを0.2%、日銀はなんとデフレギャツプが解消し、逆にインフレギャップが0.6%生じていると実にばかげたことを言っている。これも主流派(供給サイド重視派)の影響であろう。

実際、現実を見れば欧州は若者の失業率が10%を越えており、設備投資も盛上がりに欠けている。米国も失業率は低下しているが、非正規雇用が増えているだけである。各国政府は、この状況を見て苦慮している。しかし財政が逼迫していると思い込んでいるので、財政政策は打てず、もっぱら金融緩和に頼っているのが現状である。ところがトマ・ピケティは、今日の状況においての金融緩和はさらに所得格差を拡大すると批判している。

筆者は、経済論壇の主流派が世間から相手にされなくなる時期が近付いていると見ている。サマーズやトマ・ピケティの説が全て正しいかどうかは別にして、需要サイド重視という考えが、世間に何か新鮮なものと受取られている。これも今日の経済論壇の主流派がボロボロになっているからであろう。


サマーズやトマ・ピケティの主張は、当たり前のことと筆者は考える。需要があれば経済は成長し、需要が不足すれば経済は停滞する。したがって先週号で取上げたように需要が旺盛な新興国や途上国は、条件さえ揃えば高い経済成長が可能である。

逆に供給サイドがネックになって経済成長が出来ないなんて、例外的なケースである。過度に一次産品に依存し製造業が貧弱な、ブラジルやアルゼンチンなどの南米諸国やロシア、そして近代産業のほとんどない途上国の一部などに限られる(一方、少し前の中国なんて一週間に電気が3日間しか供給されない状況で高い経済成長を続けてきた)。この限られた国々にしか適用できない主流派経済学のポンコツ理論で、成熟した日・米・欧の経済を分析し経済政策を進めようとしてきたことがそもそもの間違いだったのである。


•日経新聞のサマーズ理論の解説

昨年11月サマーズはIMFの会議で長期停滞論を初めて論じ注目された。IMFは元々経済論壇の主流派色(つまり古典派、新古典派経済学)が強い機関である。このIMFでさえ先進国全体でデフレギャップを前述の通り110兆円と推計している。たしかにこの数字は異常に小さいが(サマーズは米国のデフレギャップをGDPの10%としているので、米国だけで110兆円なんて軽く越える)、IMFでさえデフレギャプの存在を認め問題にしたことに意味がある。ちなみにデフレかどうかは、このデフレギャップで見るべきなのに、ポンコツエコノミスト達はいまだに物価の上がり下がりで見ようとする。

本来、長期停滞論は日本で言い出すべきものである。ところがバブル崩壊後、何を勘違いしたのか日本では供給サイド重視の論調が一斉を風靡し、今日でもこの路線が続いている。逆に日本では、サマーズ氏のような需要サイド重視や積極財政を唱える経済学者やエコノミストがほとんど排斥されて行った。

ところが欧米経済も日本経済を追い掛けるようにデフレが深刻になったのである。ようやく欧米もデフレに真面目に取組もうという雰囲気が出てきたのである。この先駆けとなっているのがサマーズとトマ・ピケティと筆者は捉えている。


情けないのが日本の経済論壇であり、いつも米国の経済学の流行りを追い掛けるしか能がないのである(人材不足が深刻)。おそらく米国の経済論壇で需要サイド重視の流れが定着すれば、日本も追随する可能性がある。そしてその徴候が既に出ていると見られる。

7月26日発行の週刊東洋経済は、トマ・ピケティの特集を組んでいる。また日経新聞は7月14日から3日間に渡り、サマーズの長期停滞説を経済学教室で取上げている。経済論壇の主流派(古典派、新古典派経済学)色が極めて強い、つまり供給サイド重視一辺倒の日経がサマーズの長期停滞論を取上げたのには筆者も驚いた。


3日間の執筆者は、福田慎一東大教授、池尾和人慶応教授、そして岡崎哲二東大教授である。3氏ともサマーズ氏が需要不足を根拠に長期停滞論を展開していることを紹介している。ただ岡崎氏だけは、米国の投資率(GDP比率)はまだ15%程度とまだ比較的高く投資と実質金利の関係では米国の停滞説は早計と見なしている。

ただ三氏とも長期停滞という点では日本の方が事態は深刻という分析をしている。それなら、何故、これまで日本で需要不足に起因する長期停滞を警戒する声が出なかったのかという話になる。やはりこれも米国が動かなければ日本は動かないという情けない図式なのであろう。


しかし三氏ともサマーズ氏の総需要政策には必ずしも賛同していない。今日のような過度の金融緩和状態での需要政策は、バブルを発生させると三氏は主張している。筆者は現状では簡単にバブルが起るとは考えないが、中には先走りしてバブル崩壊の惨状を説いている者までいる(福田教授)。

三教授は、サマーズ氏の長期停滞論を受けた対策をそれぞれ提示している。少子高齢化と財政健全化に正面から向き合って経済の構造を改革することが急務(福田教授)。サマーズ氏は成長戦略に消極的であるが、政治的忍耐力を持って成長戦略を実行(池尾教授)。高齢化社会に適合する経済構造への移行(岡崎教授)。それにしても「これらは一体何だ」といった惨めな政策のオンパレードである(対策を思いつかないのなら「ない」と言えば良い)。三教授の対策を見ると、やはり今日の日本の経済学者にサマーズ論の解説は無理だったようである。

日経新聞がサマーズ氏の長期停滞論を取上げたので筆者も日経も少しは変わったのかと思った。しかし23日の「エコノミクス・トレンド」では、柳川東大教授が「供給能力の天井 克服を」とまさに供給サイド重視一辺倒の文章を書いている。柳川氏はサマーズ氏の長期停滞論を引用しながらこれを書いているのだから驚く。また24日には「大機小機欄」に隅田川氏が同様の論調で間抜けなコラムを書いている。

そもそも日本経済は需要の天井にぶつかっても、供給の天井にぶつかることは百パーセントない(三教授でさえ日本のデフレが一番深刻と言っているではないか)。現実の経済の実態を知らずに経済を論ずる人々は幸せである。どうも日経新聞は、リハビリ程度では治らないほどの重病である。
http://www.adpweb.com/eco/




5. 中川隆[-5588] koaQ7Jey 2018年3月04日 16:12:42: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

▲△▽▼

貯蓄と貧困 再論(セイの法則をめぐって)
http://www.asyura2.com/11/hasan72/msg/908.html
経済学には、売り切れる経済学と、売りきれない経済学がある。

(私の説明がつたなくて何のことを言っているのかわからないという方がいらっしゃるかもしれないので、

小室直樹『資本主義のためのイノベーション(革新)』
http://www.amazon.co.jp/%E5%B0%8F%E5%AE%A4%E7%9B%B4%E6%A8%B9-%E7%B5%8C%E6%B8%88%E3%82%BC%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AB-%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E9%9D%A9%E6%96%B0-%E5%B0%8F%E5%AE%A4-%E7%9B%B4%E6%A8%B9/dp/4822229025


から、

第4章 イノベーション(革新)理解のための経済原論 の冒頭部 
−「有効需要の原理」と「セイの法則」だけ分かれば、あなたも立派な経済学者− 
を数ページこちらに引用→ (『情況へ…shn』19.1小室直樹)しておきます。

「経済学は、アダム・スミスから始まり今日にいたる古典派とケインズ派とからなる。古典派は自由放任を唱え市場万能論者である。ケインズは古典派を批判した。本章は中学1年程度の数学で理解できる。」だそうです。)


売り切れる経済学とは古典派で、セイの法則が成立するとします。

セイの法則を小室直樹は少し長く説明していますが、私が昔読んだときにはもっと単純な説明であったと思います。
"supply creates its own demand"、供給は自分自身に対する需要を生み出す。

一番単純な例を考えると、床屋さんの商品は散髪することで、散髪料金が2500円なら、一人散髪をすると2500円の収入が発生する。市場に或る商品を提供すると、同額の収入がもたらされる。少し複雑な場合を考えると、120万円のトヨタカローラが一台売れると120万円の収入がもたらされる。120万円は土地(自然)、労働、資本という生産の三要素にそれぞれ地代、賃金、利潤として支払われ、それらは地主、労働者、資本家の収入になる。商品の総額と収入の総額は等しい。

ここまでは当たり前で、ケインズ派もマルクス派もだれも反対しない。
ここから先が違う。

古典派は、人は商品を売って収入を得てそれで何かを買い(消費)、残りは必ず投資するだろう、と考える。自分で投資しないときは人に貸し、借りた人はただ利子を払うのではなく必ず投資する。500兆円の商品が市場にもたらされるときは500兆円の収入が発生し、それは必ず500兆円の需要になる。収入は必ず支出される。ため込まれてしまうことはない。だからたとえ市場の一部で売れ残りが発生してもそれと同額の購買力が他方に残っているのだから、市場に任せておけば必ず売り切れるように市場自身が調整する。…

マルクスは、資本主義においては「売り」は強制されるが「買い」は強制されない、だから必ず「買い」が不足する、と批判しました。売り上げを握りしめて模様眺めをすることだってできるわけです。

ケインズは流動性選好という言葉で説明しています。
たとえば「投機」目的のためには自分の収入をなるべく現金に近い形で(流動性の高い形で)持っている必要がある。すると、収入が現金で持たれている分だけ商品が売れ残り、失業が発生する。

収入が貯蓄され、貯蓄が投資されずに溜め込まれると失業、貧困が発生する。

ここまで説明すると必ずと言っていいほど
いや、「三面等価の法則」があって、必ず売り切れることになっているのだ、というコメントが寄せられるのですが、「三面等価の法則」というものはない、あるのは「三面等価の原則」なのだそうです。
野口悠紀雄もたしかビデオニュースドットコムで「貯蓄が失業の原因だという考えがあるが」と意見を求められて「三面等価の法則があって、売り切れるのです」と答えていました。

三面等価の原則に関してはこちらがわかりやすくまとめられています。
→   http://free-learning.org/?page_id=390#05
検索する場合は、フリーラーニング→速習マクロ経済学→part2国民経済計算−日本経済をどう測る?→第5回 三面等価の原則 です。

テキストでは
「三面等価の原則は統計上の操作を行うことによって常に成立する統計上の原則にすぎません。しかし、この原則より、現実経済の需要と供給も等しいと勘ちがいする人が多いので気を付けましょう。」
と中扉で注意を呼びかけられています。(石川秀樹 「速習!マクロ経済学」65ページ)

その「三面等価の原則」というのは
 (生産面からみると)国内総生産・500兆円
=(分配面からみると)国内総収入・500兆円
=(支出面からみると)国内総支出・500兆円
ですが
「国内総生産より、国内総支出が小さい場合、生産した分より支出が少ないので、ものが売れ残り、倉庫に売れ残り品が増えます。ところが統計上は、この売れ残った分は、その作った企業が支出したと考え、在庫品増加という項目にして国内総支出に加えるのです。(中略)
 このように考えれば、統計上は、支出面の国民所得(国内総支出)と生産面の国民所得(国内総生産)とは常に等しくなります。」
「しかし、これは、統計上は、売れ残った分は作った企業が支出して買ったことにしてしまうので、等しくなるというだけで、現実の生産量と需要量(支出額)が等しく売れ残りがないということではありません。」(同67ページ)

個々ばらばらの生産額の数字を集計すると、個々ばらばらの収入額の合計とは誤差や漏れがあって必ずしも一致するとは限らないから、統計上はその数字をそろえる、というのはわかる。しかし総支出額も操作して揃えてしまうというのは一種のトリック、インチキで、「勘ちがいする・させる」の元になるのではないか。

貯蓄の一部が投資されないでため込まれると商品が売れ残り失業が発生するからその分を(政府が)新たに投資しなければいけない、と話を進めると
「売れ残り在庫は在庫投資という投資だから、投資しているのだ」
という反論が寄せられたことがあったのですが、それが「勘ちがい」なのでしょう。
で、野口悠紀雄もその勘ちがいをしている一人なのでしょうか。

例えば薄型テレビ業界に参入するために1000億円をかけて工場を建てた、労働者も雇った、部品も仕入れた、これが1000億円の投資だ。一方、売れるはずの見込みが外れて10万円のテレビ100万台が売れ残ってしまった、これが1000億円の在庫だ。この二つが同じだ、投資だ、という人にまともな経済運営は可能なのでしょうか。

結局小室直樹の結論も一緒で、貯蓄が投資されずに溜め込まれると失業が発生する。

だから貯蓄を吸収しきるだけの国債を発行して公共事業をするなり、「何とか手当」という口実を作ってお金を使いたいという人にばらまけば売れ残りが一掃されて市場の機能が回復する。市場を否定するのではなくて、市場の機能を回復させるために、貯蓄分をプラスマイナスでゼロにするだけのバラマキをしなければいけない。
または、初めから、お金を使う必要のない人にはお金が回らない所得体系にしなければいけない。

 また、いったん売れ残り・失業が発生すると、立場の弱い商品から投げ売りが始まる。

底辺の「労働力」は一番立場の弱い商品だから、すぐ値崩れが起こる。つまり貯蓄によって不当廉売を強いられることになる。すると、不当に安値を付けられた労働の買い手はその分不当な利益を得ることになる。

だから、アメリカ大統領選で語られたという「真面目」に働いて自分の生活を成り立たせてきた人間(53%の納税者)、対、「税金で食わしてもらっている人間」(47%非納税者)という対比そのものが不当なものだといえる。

労働力の供給に関する古典派・新古典派の理論では労働者は労働するかしないか自分で選べることになっている。ある時間働いて得られる収入と、そのために失われる余暇とをはかりにかけていいほうを選ぶのだという。そんな労働者を見たことがあるか。それはまるで食べるには事欠かない親がかりの学生アルバイトだ。
 ならば国民一人当たり100万円のベーシックインカムを保証して働くか働かないか自由に選べるという条件を作り出せば古典派・新古典派の市場の理論が実現するといえる。

(「セーの法則」を眺めていたらこんなことも言えるのではないか。
日本は労働賃金が高いから国際競争力が失われる。…
 ある業界で賃上げが行われ、計10兆円賃金が上がり、それがすべて価格に転嫁されて、国内の全商品の値段が計10兆円上がったとする。けれどその時、その商品を買う国民の総収入も10兆円増えているのだから、国民全体が損をするわけではない。損をするのは輸出業界だろう。輸出のために労働者の賃金を貧しい国並みに引き下げるというのは、本末転倒ではないか。

 特に農業問題でも同じだ。

 日本の農業が全体で10兆円の農産物を生産していたとする。しかし外国では同じものを8兆円で作っている。ならばといって日本の農家も値下げして8兆円で作ることにしたら、国民の総収入も2兆円減ってしまう。国民の利益が全体として増えるわけではない。

 その8兆円の農産物を輸入してしまったら、国民の総収入が8兆円失われ、8兆円の商品が売れ残り、8兆円分の失業が発生する。…)




6. 中川隆[-5587] koaQ7Jey 2018年3月04日 16:14:19: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

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【青木泰樹】「経済学を学ぶ理由は、経済学者に騙されないためです」


「経済学を学ぶ理由は、経済学者に騙されないためです」と経済学者ジョーン・ロビンソンは警句を発したと言われています。

経済論理は、特殊な前提条件の下で成り立つ理屈にすぎません。

いわば「狭い土俵の中」での話であることを忘れてはならないのです(学説ごとに土俵の広さは異なりますが)。

しかし、世間には経済学の原理原則を現実経済の分析に直接適用しようとする経済学者やエコノミストが後を絶ちません。

彼等は、経済学という土俵の中の理屈で、現実経済という土俵の外の話を論じるという過ちを犯しています。

言うまでもなく、現実経済は経済学の要求する前提条件を満たしておりません。
それゆえ現実経済を論じる(土俵の中に入れる)ためには、前提条件を緩める(土俵を拡げる)ことが必要です。

さしずめ私の指向する経済社会学はこれにあたります。

しかし、現在の主流派経済学(新古典派経済学の後継の諸学説)は、土俵を狭くすることに専心していきました。

その結果、経済学と現実経済の距離はますます開いていったのです。

経済学者の経済認識と現実経済のズレが拡大している以上、もはや経済学者の言をそのまま信じては現実経済の動向を見誤ることになります。

彼等の提言通りに経済政策が実施されたら、国民経済はたいへんな災厄(人災)を被ることになってしまうのです。

本日は、経済学の原理原則を絶対視すること、もしくはそれに基づき現実経済を認識することの危険性について具体的にお話ししたいと思います(分量の関係で二回に分けます)。

経済学の原理原則の具体的な題材として、著名なニュー・ケインジアンの学者であるグレゴリー・マンキューの提示する「経済学の10大原理」のうちマクロ経済に直接関わる二つの原理を取り上げます。

ちなみに10大原理は、マンキューの世界的なベストセラーである著書『経済学原理』に示されているもので、その邦訳書『マンキュー経済学』は経済学の教科書として有名ですので、ご存知の方も多いと思います。

今回取り上げるのは、「政府がお金を発行しすぎると物価は上がる」という貨幣に関する原理で、次回は「社会はインフレと失業の間の短期トレードオフ関係に直面している」という物価版フィリップス曲線に関する原理です。

いずれもリフレ派の経済学者の依拠する理論的基盤ですね。

これらの原理(いわば経済学者の経済観)で現実経済を認識するのは不適切であることを説明します。

以前、このコラムで三橋さんが貨幣の定義についての話をされていました。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/09/28/

その記事の中で興味深かったのは、貨幣(この場合は通貨)の定義をめぐる岩田規久男氏(現日銀副総裁)と三橋さんのやり取りです。

岩田氏は「貨幣はマネタリーベース(現金)」と考え、三橋さんは「貨幣はマネーストック(現金プラス預金)」と考えておりました。

実は、このやり取りの中に「経済学における貨幣の定義」と「現実経済における貨幣の定義」の相違が潜んでいるのです。

もちろん、岩田氏は前者の立場、三橋さんは後者の立場です。

この貨幣の定義の違いを理解するためには、国民経済の基本構造を知る必要がありますので、簡単なイメージを示しておきます。

国民経済は「政府ムラ」と「民間(経済)ムラ」から成り立っており、それぞれのムラには2軒の家が建っていると考えてください。

政府ムラの2軒は、「親(政府)」の家と、「子(日銀)」の家です。

民間ムラの2軒は、「銀行」の家と個人と企業が暮らす「実体経済(民間非金融部門)」の家です。

経済学の支配的な貨幣観は、「貨幣は民間経済の外で造られる」と考える外生的貨幣供給論です。

この点に関してはケインズ経済学もマネタリズム(新貨幣数量説)も同じです。
すなわち、貨幣は政府ムラの造る現金(マネタリーベースもしくはベースマネー)と定義されます。

民間ムラで現金を保有しているのは、銀行と実体経済に住む個人と企業ですから、その合計額を貨幣量と考えているのです。
ちなみに銀行は保有する現金を「準備」として日銀に預けております(日銀当座預金)。

他方、マネーストックは「実体経済内で保有されている現金と預金の合計額」として定義されます。

そこには現金に加えて、民間内部で銀行によって造られる「預金通貨」も含まれています。

言うまでもなく、マネーストックの動向、特に国内の財サービスの購入に使われるカネの量(アクティブマネー)の動向が景気動向(実体経済の規模の変動)に直接関係しています。

逆に、銀行の現金保有量の変動は景気に直接関係するものではありません。

超過準備が発生しようと、融資が増えるか否かは景気に依存するからです。

それゆえ、実体経済の動向を見る指標としてベースマネーよりマネーストックを重視するのは自然なことです。

それではなぜ支配的な経済学の貨幣の定義には、預金通貨が含まれていないのでしょう。

先に示した国民経済の簡略イメージを思い出してください。

個人や企業(実体経済)の保有する預金とは、「預け入れ」という名称がついておりますが、実際は銀行への「貸し付け」のことです。

すなわち実体経済の預金(資産)は、銀行にとっての同額の負債であり、民間経済内で合計すると純額としてゼロになってしまうのです。

その場合、民間ムラで資産(購買力)として残るのは現金だけとなります。

このように経済学の基本的な考え方は、単純に「政府」と「民間」を対峙させるだけで、各部門の内部(2軒の家の存在)にまで洞察を加えないために、どうしても現実経済を考える場合に齟齬が出てしまうのです。

しかし、経済学の貨幣の定義と現実のそれが異なっていようと、両者を関連づける概念があります。

それがマネーストック(M)とベースマネー(H)の比率として定義される「貨幣乗数(M/H)」です。

この貨幣乗数の値が一定の値として安定しているならば、「貨幣とは現金のことだ」とする経済学の定義を現実に適用しても問題はなくなります。

その場合、ベースマネーとマネーストックの間に一定の比例関係が常に維持されます(貨幣乗数の定義式を因果式と解釈すれば)。

例えば、貨幣乗数が7で安定していれば、ベースマネーを1兆円増やした時、マネーストックは7兆円増えることになり、政府はベースマネーの量を操作することでマネーストックを制御することが可能になるからです。

実際、岩田氏は、かねてからベースマネーによるマネーストックの制御は可能とする学問的立場を取っておりました(経済学の教科書の立場)。

ベースマネーによる制御が可能か否かに関して、以前、彼は当時日銀に所属していた翁邦雄氏と「岩田・翁論争」を起こしたくらいです。

それゆえ、岩田氏が、三橋さんに問われた時、「貨幣の定義はマネタリーベース」と答えたのは、当然でしょう。

しかし、岩田氏の強弁は、現実経済を前提とすれば成り立ちません。

貨幣乗数は、(金融政策の結果として)「事後的に算出されるHとMの比率」に過ぎないのです。

事前に決まっている数値(パラメーター)ではありません。

そのことは、政府から民間へ現金を注入する経路を考えれば容易にわかります。

日銀の量的緩和策を考えてみましょう。

日銀は民間ムラの銀行の保有する国債を買い取り、現金を渡します。

しかし、実体経済に現金を渡しているわけではありませんから、マネーストックは増えません。

なぜなら、「ベースマネーとして定義される現金(民間保有の現金)」と「マネーストックを構成する現金(実体経済保有の現金)」は、同一ではないからです。

先述したように、マネーストックの定義の中の現金に銀行保有分は含まれないのです。

このことさえ認識されれば、需給ギャップを解消し2%インフレを目指すとする量的緩和策の限界はおのずから明らかでしょう。

確かにベースマネーを増やすことは出来ます(量的緩和策とは、銀行保有の現金を増やす政策ですから)。

しかし、マネーストックを増やすには銀行による実体経済への融資が必要なのです。もちろん、融資の前提は実体経済の資金需要です。

それも不動産投資向けやM&A資金向けではなく、(景気浮揚のためには)国内の実物投資への融資の増加が必要なのです。

今後も量的緩和は継続されますから、貨幣乗数は下がり続けることになります。
それはベースマネーによるマネーストックの制御が不可能なことの端的な証(あかし)なのです。

政府から民間へ現金が流れる現実的経路を考慮しないどころか、融資自体を無視するのがマネタリズムです。

実は、銀行融資を考慮すると、

「貨幣的要因は実物的要因に影響しない」、

簡単に言えば、

「価格が変化しても取引量は変化しない」

とするマネタリズムの理屈(「貨幣の中立性」)が破綻するのです。

融資を受けた投資家は、自分の必要なものしか買いません。

それによって追加需要の生じた特定の財の価格は上昇しますから、相対価格体系(諸財の交換比率)は変化してしまうのです。

その結果、取引量も変化します(貨幣が非中立的となる)。

マネタリズムは、融資の代わりに、実体経済へ直接現金を渡す荒唐無稽な経路を考えました。

それが「ヘリコプター・マネー」です。

ヘリコプターで現金を実体経済へばらまくのです。

これは例え話と言われていますが、民間への貨幣の注入経路を持たないマネタリズムにとっては極めて重要な前提なのです。

さらに現金を拾う側にも厳しい条件が課されます。

例えば、10%の物価上昇を目指す政府が当該額の現金を民間にばらまくとします。

このとき拾う側は、現在保有している現金の10%だけ拾わなければなりません(それ以上でも以下でもいけません)。

そして拾った人達が、拾う前と同じ嗜好(消費パターン)を維持していたとすると、その時初めて、物価が10%上がり、かつ取引量は不変という状況が現れるのです。

如何ですか。

経済学の理屈は、厳しい前提条件を受け容れれば成立する真理であることに疑いはありません。

しかし、その条件が現実にどの程度妥当するかを考えずに、結論をそのまま受け容れてはなりません。

政府がお金を発行しすぎても、それを使わなければ物価は上がりません。

銀行へお金をたくさん渡しても、実体経済の人々がそれを借りて使わなければ物価は上がりません。

民間が使わない状況であるなら、政府が使う(公共投資)しか物価は上がりようがないのです。

ロビンソン女史は、「経済学を学ぶことは、同時に経済学の限界(適用範囲)を知ることでもある。それを理解した上で、経済学の原理原則に盲従するのではなく、現実経済の分析に適した方法を選択せねばならない」と言いたかったのかもしれません。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/11/07/aoki-20/


27. 中川隆 2015年11月23日 11:35:39 : 3bF/xW6Ehzs4I : b5JdkWvGxs

生産したら必ず売れる世界
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/11/23/mitsuhashi-320/

財・サービスは生産すれば、必ず売れる。

預金は必ず借り入れられ、投資に回る。

法人税を引き下げれば、必ず企業の設備投資が増える。

雇用環境は常に完全雇用が成立している。

金利を引き下げれば、必ず企業の投資が増える。

為替レートが下がれば、必ず輸出が増える。

国債を発行すると、金利が上がり、企業の設備投資が減り、成長率が下がる。

デフレ脱却のために必要なのは、マネタリーベースの拡大である。

個別価格が低下しても、余ったおカネが必ず他の財・サービスの購入に回るため、一般物価は上がらない。

潜在成長率を高めれば、成長する。

生産性向上は常に正しい。

消費税を増税しても、十分な金融緩和(定義不明)を実施すれば、デフレにはならない。


などなど・・・・。


上記、現在の日本で全く成立していない「常識」は、全て「ある仮設」を前提にしています。すなわち、セイの法則ならぬ「セイの仮説」です。

セイの仮説。「供給が需要を生み出す」という経済学の基本となる考え方に基づくと、経済成長のためには潜在GDP(供給能力)を高めればいいという話になります。

そのためには、規制緩和、自由貿易を推進し、競争を激化すればいい。政府の財政出動は、不要な需要を創出するだけなので、NG。

という話なのですが、上記は「デフレーション」という現象を想定していません。さらに、国民の安全保障も無視します。

そして、決定的な話なのですが、なぜかデフレ対策は「国民」を豊かにする政策であり、逆に緊縮財政・構造改革(規制緩和・自由貿易)というインフレ対策は、国民ではなく一部のグローバル投資家を潤す政策になってしまうのです。

ここで言うグローバル投資家には、もちろん一部の日本人も含まれています。

現在の世界は、デフレ期にも関わらず「インフレ対策」に各国が血眼になり、状況を悪化させてしまっています。その根っこには、そもそも、

「緊縮財政や構造改革というインフレ対策が、グローバル投資家を利する政策である」

という現実があるわけです。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/11/23/mitsuhashi-320/





7. 中川隆[-5586] koaQ7Jey 2018年3月04日 16:15:15: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

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2016年 04月 20日:トランプ氏は正しい、自由貿易は米国民を殺す
Robert L. Borosage

[14日 ロイター] - 2016年の米大統領選に向けた政治論争のなかで、通商政策が焦点となっている。共和党指名争いでトップを走る不動産王ドナルド・トランプ氏は中国からの輸入品に45%の関税を主張している。

また、民主党指名を目指すバーニー・サンダース上院議員からのプレッシャーを受け、ヒラリー・クリントン前国務長官まで、オバマ米大統領が進める環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に反対している。同氏は以前、貿易協定の「模範」とまで称賛していたにもかかわらずだ。

いま明らかになりつつあるのは、米国のグローバル通商政策・関税政策がいかに破壊的なものだったかという点だ。確かに、輸入品の価格低下とその多様化は、米国民に恩恵を与えた。だが、その一方で米国は過去に類を見ないほどの貿易赤字を抱えており、その額は現在、年間約5000億ドル(約54.5兆円)、すなわちGDP(国内総生産)の約3%に相当する。

中国との貿易に限っても、米国は1990年から2010年までに、推定240万人の雇用を失っている。対中貿易収支も、記録を開始して以来となる過去最大の赤字である。企業は人件費が安く環境保護・消費者保護の規制がほとんどない中国のような国々へ良質な雇用を移転させてしまい、米国には地域社会が丸ごと荒廃してしまった例がいくつもある。

エコノミストの試算によれば、人件費の安い国々との貿易に伴い、米国のブルーカラー労働者の賃金は年間約1800ドル低下してしまったという。解雇された労働者は所得も家も失い、結婚もできず、希望を失っている。次の職を見つけるために驚くほど長期にわたって苦労したあげくに、多くは以前よりも低い収入の職に就かざるを得ない。

貿易協定による恩恵の大部分は、企業のバランスシートを改善し、投資家、経営上層部を潤わせる。一方で労働者は、所得も、雇用の安定も、力も失っている。

では、米国の新たな通商政策とはどのようなものだろうか。

第1に、批准待ちの状態になっているTPPを放棄し、現在進行中の環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)の交渉を中断することにより、最近の貿易協定のテンプレート(ひな形)とは縁を切ることだ。

新たな通商政策は、今までとは異なる原理に基づくものになる。ハーバード大学ケネディスクールで国際政治経済学を研究するダニ・ロドリック教授が主張するように、貿易は、それ自体が目的ではなく、手段として見なされるべきだ。連邦政府は、米国が、そして他国が、自身の価値観を追求できるような貿易システムを模索すべきなのである。

良識あるシステムの下では、各国は労働者の権利保護や環境関連法制など、自国の社会的な取り決めを守っていけるだろう。議会は、貿易協定について明確な目標を定め、何を交渉の対象とするかを決定する権限を取り戻し、進行中の交渉内容を知ることができるようになる。大統領に秘密交渉を認め、議会は合意内容を修正できずに賛否だけを表明せざるを得なくなるファストトラック権限は撤回されるだろう。

また、貿易協議の実質も大きく変わるだろう。たとえば、製薬会社の特許権の執行に関する詳細な交渉の代わりに、労働者に影響を与える差し迫った問題が新たに注目を集めることになる。「パナマ文書」が暴露した租税回避スキャンダルが裏付けているように、グローバル企業に対する課税の強化と調和、タックスヘイブン(租税回避地)の閉鎖と協調的な税務執行が交渉の中心になるだろう。気候変動対策としてグローバルな炭素排出価格の設定推進も優先課題になる。各国が通貨操作に対して報復する権限を与えることも重要だ。

経済政策研究センターのディーン・ベイカー共同所長が提案する取り組みとして、医師、歯科医師、弁護士の過剰な所得を守っている障壁の排除がある。海外で訓練を受けた医師や歯科医師が米国で開業できるようになれば、年間900億ドル、1人あたり約300ドルの医療費が節約できるとベイカー氏は試算している。

また国際的な交渉によって、医療研究に対する公的な直接融資を行うグローバル基金が誕生する可能性もある。研究の成果はパブリックドメインのままとなる。ベイカー氏の試算では、米国において、医薬品のコストが下がれば、年間3600億ドル、対GDP比で2%、1人あたり約1100ドルの節約になるという。これはTPP推進派が同協定から得られるとする恩恵よりもはるかに大きい。

下院最大の議員連盟として70名以上が参加する「進歩的議員連盟」は、思慮に富む代替的な包括通商政策を提示している。この計画では貿易の拡大、ただしバランスの良い貿易を目標として掲げている。米大統領の立場から、米国が5年間で貿易収支をほぼ均衡状態にまで持っていくことを計画していると発表することもできる。そうすれば貿易黒字を抱える諸国は、国内需要を増やし、輸出主導の成長への依存を低下させなければならないと気づくだろう。またグローバル企業も、もし米国市場にアクセスしたければ、米国内でもっと投資した方がいいことに気がつくはずだ。

より均衡のとれた貿易を求める声は、2009年の金融危機発生後に開催された主要20カ国・地域(G20)会合でも支持されていた。だがドイツと中国が危機を脱するために輸出に力を入れたことで、この合意は長続きしなかった。

貿易収支均衡は、かつて著名投資家ウォーレン・バフェット氏が提唱したように、トレードバウチャー制度によって実現することも可能だ。一定の額の財を輸入する権利を企業に与え、毎年その額を予想輸出額に近づけていく仕組みだ。または、米国の主要貿易相手国について、米国が遵守すべき貿易赤字の上限をそれぞれ定めてもいい。そうすれば貿易相手国には、輸入増加と輸出削減を迫るプレッシャーがかかり、さもなければ事実上の関税として作用する課徴金を支払うことになる。

第2に、議連が提案する計画には、労働者の権利、人権、消費者保護、環境保護を実現する手段を詳述している。これらの課題について各国がその希望に応じてより厳しい法制を定める権利も保護される。貿易協定によって必須医薬品に対する妥当な価格でのアクセスが確保されることも必要とされる。こうなれば、特許による保護を拡大しようとする製薬会社の企ても抑制されるだろう。

第3に、議連の計画では、貿易協定が「国家としての権利」を尊重することを求めている。これを実現するために、投資家対国家間の紛争解決制度(ISD制度)は撤廃され、グローバル投資家は各国の法制度に依拠せざるをえなくなる。グローバル企業が腐敗した国内制度に懸念を持つのであれば、自家保険をかけるか、別の国に投資すればいい。

また計画は、政府調達に関する「米国製品優先購入(バイ・アメリカン)」政策を拡大し、擁護することになる。自分が納めた税金が、世界中の雇用を支えるためではなく、自国の雇用を支えるために使われることを要求できるようにすべきなのだ。

第4に、実はこの計画は、自由貿易主義者が理屈のうえで支持していることをうまく達成することになる。つまり、グローバル貿易の勝者が敗者に補償を与えるということだ。

失業した米国の労働者は、拡大貿易調整支援法に基づく支援を得られる。以前より賃金の低い仕事に就かざるを得なければ、拡大された失業給付・賃金保険を受けられる。新たなイニシアチブでは、工場閉鎖によって打撃を被った地域社会に対する的確な支援が提供されるだろう。米国よりも労働者の賃金が高いデンマークとドイツでは、労働者が貿易システムの犠牲にならないよう、米国よりはるかに多くのリソースを高度な研修・就職斡旋プログラムに投じている。

明快な産業戦略も、より均衡のとれた貿易のためにプラスになる。すなわち、すでに世界を席巻しつつある「グリーン産業革命」に欠かせない製品の発明、製造、販売における優位を生かすことに特化した戦略である。

米政府の現在のシステムの支持者は、自由貿易か保護主義かという選択を装っている。だが、現在のような貿易協定は自由貿易を生み出すものではない。特定の利権のための選択的な保護を行っているだけだ。米国の破滅的な貿易赤字は、グローバリゼーションの避けがたい帰結ではなく、通商・関税政策の意図した結果なのである。


サンダース、トランプ両候補は、米国の現在の針路の愚かしさを暴くのに貢献した。

我が国の通商政策は、少数の利益に有利なルールの典型的な例である。労働者が不利になり、CEOたちがますます高額の所得を得るなかで、エコノミストたちも、米国の異常なまでの格差拡大に彼らが直接貢献していることを認めるようになっている。進歩的議員連盟の提案は、理にかなった代替案が可能であることを示している。米国の現在の窮状は、政治と権力の問題であり、運命ではないのだ。


*筆者は進歩主義的な米シンクタンク「Institute for America’s Future」の設立者。姉妹団体「Campaign for America’s Future」の共同ディレクターも務める。
http://jp.reuters.com/article/borosage-trade-idJPKCN0XH05T?sp=true

 




8. 中川隆[-5585] koaQ7Jey 2018年3月04日 16:16:00: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

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2016年07月04日
訪日外国人2000万人も経済はマイナス 外国人観光は経済に貢献しない
外国人が何千万人来ても、それで経済成長することは絶対に無い。


http://livedoor.blogimg.jp/aps5232/imgs/a/5/a5a20193.png


外国人観光客は2016年も増え続けていて、この調子なら2000万人達成も可能だと言っています。

だが外国人がいくら増えても日本の景気は良くならず、むしろマイナス成長になっているのは何故でしょうか。


無策のツケを誰が払う?

政府は訪日外国人が1000万人を超えたとして、次は2000万人、あるいは3000万人だと言っています。

2011年の原発事故の後、増え続けた訪日客は特に安部政権が始まった2013年から、目だって増加しました。

安倍首相は「訪日外国人が増えたのは自分の手柄だ」と言っていて、それは別に構わない。

だが不思議なのは外国人が2倍に成っても日本のGDPがマイナス成長な事で、むしろ外国人が増えるほど経済が悪化している。

訪日外国人が増える事と、日本の経済成長に関係があるのかないのか、議論されませんでした。

皆当たり前のように「訪日客が増えれば経済効果がある」と言っているが、わたしはそう思いません。


訪日外国人がお金を使うのは、お金の流れを見ると輸出と同じで、例えば自動車1台輸出すると200万円のドルが得られます。

実際は原材料費などを輸入しているので1台100万円として、外国人が5人くらい訪日すると、交通費込みでそのくらい使います。

外国人がお金を使うのだから日本は儲かっている、と輸出論者は言うのだが、それは戦前から1980年頃までの話です。


その頃までは通貨は事実上固定相場制で、日本が何台自動車を輸出しても、1ドルは360円や200円で固定されていました。

ところが日本の輸出で大損をしたアメリカはぶち切れてしまい、ある日日本の大蔵大臣をNYに呼んで「今日から変動相場制にするから」と通告しました。

これが1985年のプラザ合意で、以来30年間日本はずっと円高不況で苦しんでいます。


同じ場所でクルクル回るだけのハムスター経済
f0189122_15113970
引用:http://pds.exblog.jp/pds/1/201209/15/22/f0189122_15113970.jpg


日本はハムスター経済?

変動相場制では輸出すればするほど円高になるので、輸出で儲ける自体不可能で、むしろ輸出するほど損をします。

アメリカのような輸入超過国のほうが儲かるように出来ていて、その為にアメリカはルールを変更したのでした。

観光客がドサドサやってきてお金を使うのも同じ事で、彼らの買い物のせいで円高になり、余計輸出企業が苦しむだけです。


固定相場制では「輸出するほど儲かった」が、変動相場制では「輸出するほど罰を受ける」のです。

2016年に入って中国ショックやイギリスショックで円高になり、一時99円に達してまた戻っています。

評論家はイギリスのEU離脱の影響と言っていますが、何も無くたって輸出と観光客のせいで円高になるのです。


安倍首相の経済政策をみると、円安に誘導して輸出や観光客を増やしているが、輸出が増えたら必ず円高になります。

輸出とはドルを円に交換するで、観光客もドルや人民元を円に交換し、際限なく円高になります。

なんだかハムスターが車輪を回しているが、同じ場所で自分が走っているだけ、というのを連想してしまいます。


輸出や観光客でお金を集めようとして必死に働いているのだが、こんな事をいくら頑張ってもゼロ成長のままです。

観光と輸出にはもう一つ大きな問題があり、日本人が働いた成果が国外に流出し、蓄積されない事です。

日本で自動車を生産しアメリカに輸出したら、日本には何もなくなり、アメリカには自動車が1台増えます。


輸出や観光で経済成長はしない

お金という紙切れを受け取る代わりに、高度な工業製品である自動車を渡すのは、あまり有利な取り引きではありません。

アメリカは受け取った自動車を何年か有効に使いますが、日本の自動車メーカーが受け取ったお金は有効に使われているでしょうか。

大抵は中国や海外に別な工場を建てたりして、日本人には何の恩恵ももたらしはしません。


あるいは企業の内部留保になったり、株価や地価を吊り上げたり、ロクな事に使われないのが現実です。

輸出や観光で日本が受け取った外貨は、一般国民のために使われる事は、まずありません。

外国人旅行者より国内旅行者を増やした方が経済効果が大きいのに、外国人を泊めるために日本人をホテルから追い出しているのです。


この政策を続ける限り、来年も再来年も、日本はゼロ成長でしょう。

ではどうすれば経済が成長するかと言うと、今まで書いた逆、つまり輸入を増やして貿易や観光を赤字にすれば、その分円安で輸出し易くなります。

貿易黒字の日本より貿易赤字のアメリカ企業の方が、成長力があり儲かっているのはこの為です。
http://thutmose.blog.jp/archives/62830797.html




9. 中川隆[-5584] koaQ7Jey 2018年3月04日 16:17:02: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

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経済コラムマガジン 16/10/24(913号)

落日の構造改革派


•スッポリ抜けているもの

日本経済は低成長が続いている。筆者達はこの原因を需要不足と分析している。この主な要因は、日本で30才台、40才台の「消費年齢世代」の人口が減少していることである(需要不足なのだから「生産年齢世代」の人口の減少は主な問題ではない)。また所得(可処分所得)が伸びないこともこの一つの要因になっている。さらに他にも需要不足の要因は色々と考えられるが、ここではこれ以上の言及は省略する。

これに対して、低成長の原因は需要サイドではなく、日本の供給サイドに問題があるからと主張する者が実に多い。この考えから導き出される対策は日本の構造改革ということになる。先週号で述べたように、この構造改革派によとって、筆者達が主張する財政支出による需要創出政策は、むしろ日本の構造改革にとって邪魔であり障害になるらしい。


構造改革派の発想は古典派経済学理論(新古典派経済学を含む)に根ざしている。いわゆる「セイの法則」、つまり作ったものは全て売れるという法則が成立つ世界である。したがってもし売れ残りや失業が生じるなら供給サイドに問題があるということになる。具体的には生産設備が陳腐化していて製品が時代に合わないとか、労働者の質に問題があるということになる。

構造改革派の対策は、まず規制緩和などによる競争政策の強化ということになる。これによって劣化した生産設備やゾンビ企業の退出を促すことになる。また技術的に劣る労働者には教育・訓練を施すということになる。これらの話は、構造改革派に染まっている日経新聞などのメディアでもよく見かける。


構造改革派の経済成長理論の支柱となっている定式がある。それについて

08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」
http://www.adpweb.com/eco/eco541.html

14/7/7(第804号)「経済成長の三つのパターン」
http://www.adpweb.com/eco/eco804.html


などで説明した。

これは経済学の教科書に載っている

g(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)+ n(労働人口増加率)

である

(これに技術進歩を加味すると

g(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)+n(労働人口増加率)+t(技術進歩)

になる)。

したがってs(貯蓄率)が一定なら、経済成長率を大きくするには合理化などによって資本係数を小さくし、労働者に教育・訓練を施し労働投入量を増やせば経済は成長することになる。

上記の経済成長理論の定式は、一見正しく当たり前のように感じる。ところがこれには「スッポリ抜けているもの」がある。それは「需要」である。もし需要不足が常態化しているなら、上記の定式は何の意味もない。つまり構造改革派は、需要サイドを全く見ていないのである。まさに「作ったものは全て売れる」という「セイの法則」の世界にいる。このように構造改革派の経済理論は著しく現実離れしている。


ところが安倍政権の登場で状況は一変した。安倍政権は第一の政策をデフレ経済からの脱却とした。つまりデフレギャップの存在を公式に認め、この解消を第一の政策目標に置いたのである。政府機関も渋々とデフレギャップの存在を認めるようになった。

ところが政府機関の公表するデフレギャップはいつも1〜2%と異常に小さい。これは

16/8/1(第902号)「大きな車はゆっくり回る」
http://www.adpweb.com/eco/eco902.html


で述べたように、デフレギャップの算出に「可変NAIRUアプローチ」という浮き世離れした手法を採っているからである。またデフレギャップ異常が小さいため、潜在成長率も異常に小さく算出されている。

筆者達は、ヘリコプター・マネーによる需要創出政策を唱えている。しかし構造改革派に染まった日本の経済の論客は、デフレギャップが小さいのだからたちまち日本経済にインフレが起り物価が高騰すると脅かすのである。これもヘリコプター・マネー政策への一つの雑音である。


•有り得ないデフレギャップの1〜2%

日本経済の成長率を高めるには、生産性の向上しかないという話をよく聞く。この根拠は潜在成長率がこれだけ小さくなっているのだから、生産性を上げる他はないというのである。具体的には規制緩和によって競争を活発にすることや生産工程への新機軸の導入、そして労働者の教育・訓練などである。ちなみに本誌では過去

01/9/10(第221号)「「生産性」と「セイサンセイ」の話」
http://www.adpweb.com/eco/eco221.html


で、この話を取上げたことがある。

しかしこれらの全てが前段で紹介した構造改革派のセリフと一致する。つまり生産性を上げるということは構造改革を実施することと同じ意味である。言い方を変えると構造改革を行うことによって生産性が上がるという話である。

たしかに国全体ではなく一つの企業で考えると、注文が殺到し生産が間に合わない場合は生産工程の改善(新機軸の導入などを含め)や従業員の教育・訓練が必要になってくる。つまりこの生産性の向上によって注文増に対応するということは有りうる。しかし反対に注文が少なくなるケースが有りうる。この時にはリストラによる生産性の向上という方法が考えられる。また場合によっては不採算部門の整理といういうことが必要になる。


しかし一国の経済を考える場合と一企業を対象にする場合では事情が異なることがある。たしかに国全体の需要が伸びている時代なら、国も企業もやるべきことは似ている。言っているように生産性の向上ということになる。企業はこれによって限られた生産資源(生産設備と労働者)をより効率的に使って最大限の生産を行うのである。国はこの動きを税制などで支援することになる。

ところが今日のようなデフレ経済で需要不足が常態化している現状では、国と企業では利害が異なるといった事態が起る。例えば企業は売上が落ちれば、当然、前述のような生産性の向上のためリストラを考える。しかし国にとって企業のリストラによる失業者の増加は由々しき問題となる。


このように構造改革派の論客は、経済の高度成長期のように需要がどんどん増える時に適合したかもしれない稚拙な経済理論(供給サイドの重視)を、慢性的な需要不足が続く今日の日本にも適用しようとしているのである。筆者はこのことを間違っているとずっと言って来た。

精一杯優しく言えば、構造改革派の面々は現実の経済に疎い「おバカ」の集りということになる。少しでも現実の経済を知っているなら、1〜2%のデフレギャップとかほとんどゼロの潜在成長率といった現実離れしたことは決して言わない。本当にデフレギャップが1〜2%なら、景気は超過熱状態であることを意味する。そのような状況ならほとんどの生産設備の稼働率は100%であり、商店やデパートの店先には買い物客が殺到し長い行列を作っているはずである(終戦直後の日本や旧ソ連時代の店頭と同じように)。

また本当にデフレギャップが1〜2%なら、どの企業や商店ではこれ以上売ることのできる製品や商品の在庫がなくなっていて、営業担当者のほとんどの仕事は注文を断ることになっているはずである。したがって販売促進のための広告・宣伝なんてとんでもないことである。このように「可変NAIRUアプローチ」によって導き出されるデフレギャップの数字はばかばかしく有り得ないものである。


さすがに構造改革派の中にも、段々と問題は供給サイドだけでなく、需要サイドにもあるのではないかと考える者が現れるようになった(日本の供給サイドは特に大きな問題がないと筆者は見ている)。明らかに構造改革派は落日を迎えている。しかしいきなり財政支出による需要創出というわけには行かない。筆者の記憶では、最初に需要サイドに着目した構造改革派は「霞ヶ関埋蔵金」を問題にした人々である(埋蔵金を使っての需要創出をしろと主張)。

その次は外国人観光客の誘致を唱える人々である。これは外国人観光客の買い物による需要増を狙っている。そして最近ではTPP締結が注目されている。ところでアベノミクスの第三の矢である「成長戦略」の柱は規制緩和などによる構造改革だったはずである。ところが奇妙なことに最近になって「成長戦略」の第一はTPPという話が出るようになっている。これは TPP による輸出増が狙いである。

このように外国人観光客の誘致やTPPの目的は需要増といっても外需の増加ということになる。たしかに構造改革よる供給サイドの強化といった現実離れした考えからは、これらはいくらか進歩していると言える。しかしこれに対して筆者達は、これ以上外需依存を高めるのではなく(外需依存はいずれ円高で苦しむことになる)、財政政策(ヘリコプター・マネーなどによる)による内需拡大政策を主張しているのである
http://www.adpweb.com/eco/




10. 中川隆[-5583] koaQ7Jey 2018年3月04日 16:22:02: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

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2016年10月25日
自由貿易時代の終わり 世界の貿易額が縮小

自由貿易が人々を豊かにしたと主張するIMF幹部は、中国から賄賂をもらって統計をごまかして不正蓄財してきた。
引用:http://e.noticias.americadigital.pe/ima/0/0/2/1/4/214319.jpg


世界の貿易額が減少

今世界の貿易額が縮小していて、2015年の世界の貿易額は、前比12.7%減の16兆4,467億ドルに沈み、2016年もマイナスで推移している。

さらに今までは世界経済の伸び率を、世界貿易の伸びが上回っていたが、現在では貿易の伸びが下回っています。

「スロー・トレード」現象と言い、2016年の世界経済成長率は3.1%予想だが、貿易伸び率は2.8%予想です。


     


2016年4月から6月の世界貿易量はマイナス0.8%、1月から3月もマイナスだったので通年でもマイナスの可能性が高い。

2014年の世界貿易も、前年比0.8%増の18兆7,461億ドルに留まっていて、短期的な景気循環ではなく長期的な大きな流れになる可能性が高い。

IMFや世界銀行、欧米の経済責任者は「反グローバリズム」と呼び経済の敵だと主張しているが、果たしてそうなのだろうか。


IMFのラガルド専務理事は自由貿易が世界を成長させ、人々の福祉を向上させてきたと話しているが、日本ではそんな現象は起きていない。

むしろ自由貿易をするほど仕事を中国人に取られて貧しくなり、収入が減って消費もできなくなり、外国人観光客相手に物乞い商売に励んでいる。

実は欧米においても同じであり、アメリカでこの20年間にお金が増えたのは「富裕層」だけで、他の全員が貿易によって貧しくなりました。


アメリカ人の50%は資産を10万円以下しか持っていないそうですが、一方でアメリカ人の平均収入は日本人よりずっと多い。

年収数百億円や数千億円の人が「平均所得」を上げている一方で、アメリカ人の9割は昔より貧乏になっている。

欧州でも同様でギリシャは自由貿易で経済破綻し、イタリアや東欧諸国も右へ倣え、儲かっているのはドイツだけになっている。


自由貿易はくそだった

そのドイツでも豊かになったのは富裕層と「国営企業」のフォルクスワーゲン労働者などで、国営企業と公務員以外の労働者は難民のために家を追い出されている。

自由貿易なんか駄目だという否定論者が出てくるが、偉い人たちは彼らを保護主義者と呼びヒトラーと同列に批判している。

彼らの理論では第二次世界大戦は保護貿易によって自由貿易を止めたのが原因で、保護主義はヒトラー礼賛と同じ罪だそうです。


実際には自由貿易なんか世界の人々を豊かにせず、ただ金持ちを豊かにして、貧困者を作り出すシステムなのが分かってきた。

EUはイギリス離脱で崩壊しようとしているが、要するにEUの自由貿易なんかイギリス人を貧乏にしただけだというのが離脱の理由でした。

北米自由貿易圏NAFTAにしても、それがアメリカやメキシコの人々を豊かにしたという統計はない。


せいぜいで金持ちは豪華ヨットを増やし、貧乏人はシートで路上にテントを建てただけのことでした。

グローバリズムを主張する人たちは例えば日本政府が国内の産業や農業を促進することも「保護貿易で世界経済の敵だ」として批判している。

日本の農業が壊滅すれば貿易額が増えて世界経済は拡大するというのだが、日本人には何のメリットも無い。


公共事業や新たな産業への政府の投資も全て「保護貿易」で貿易を阻害して世界経済に打撃を与えるそうだ。

世界経済なんかくそ食らえと考える人が世界中に増えているのも無理からぬ事で、自国の雇用を捨てて自国民を貧乏にするようにIMFや世界銀行は仕向けている。

1991年にソ連が崩壊し世界貿易は拡大し続けたが、日本のGDPは縮小し続け、日本人は貧しくなり続けた。


国内の産業や農業を犠牲にして自由貿易を推し進めたからこうなったのであり、貿易は国民に何の役にも立たないのを実証しただけだった。
http://thutmose.blog.jp/archives/66835420.html


2017年10月20日
輸出神話の間違い 輸出は日本を貧しくしている
「貿易黒字が回復」「貿易赤字が悪化」のように言うのは間違い
引用:http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20161024001223_comm.jpg


「輸出は良いこと」と言う間違い

日本には「輸出は良いこと」で「輸入は悪いことだ」という考え方が、徳川300年の因習のように染み付いています。

しかもこう信じている総本山が自民党幹部だったり、経産省や財務官僚、東大教授、経団連トップだったりします。

無学な人間ががどう喚いても総本山は自分が正しいと思っていて、改める気配すらありません。


安倍首相のアベノミクスも良く言われるように大企業偏重で、もっと言えば輸出企業偏重でした。

それを象徴するように大新聞やテレビは日本の貿易黒字が増えると「稼ぐ力が戻った」と大喜びしました。

財務省や経産省や自民党も「貿易黒字が”回復した”」とガンが直ったように喜んでいました。


アベノミクスでは貿易黒字を増やすために観光客誘致に力を入れ、2016年に2000万人を達成し、2017年は2500万人以上が確実になっています。

外国人が金を使うのは自動車を輸出するのと同じで、日本が儲かる=良い事だと皆思っています。

政府は輸出や観光客を増やすために円安に誘導し、現在は1ドル112円程度で推移しています。


ところが為替レートは日米の物価上昇率によって、同じ数字でも実効為替レートはどんどん変動しています。

たとえば日本の物価上昇率が20年間ゼロ、同じ期間アメリカは2%だったとすると、同じ為替レートでも実質的に、毎年2%円安になっています。

現在の1ドル112円は1995年時点の、130円か140円に相当する「超円安」になっています。


仮に今後1ドル80円になっても、1995年時点の1ドル100円以上でしかない筈で、円安の恩恵を受けて貿易黒字になったのが良く分かります。


輸出と観光偏重が日本を貧しくする

では貿易黒字で儲かったからこのまま続ければ良いのではないか、とも思えるがそうは行きません。

日本の貿易黒字で喜ぶのは日本人だけで、貿易相手はみんな不愉快になり怒り出します。

中国の貿易黒字が増えたとき、日米では中国人への反感が高まりましたが、80年代には欧米で「ジャパンバッシング」がありました。


日本がこのまま輸出を増やして貿易黒字を増やすと、間違いなくジャパンバッシングは復活するでしょう。

さらに貿易黒字だけが拡大し続けると、儲かった外貨の一部は日本円に交換されるので、円高圧力がどんどん高まります。

80年代に貿易黒字を溜め込んだ日本は、1995年の超円高で全て吐き出す破目になりました。


超円高や阪神大震災の傷も癒えて、小泉政権で再び貿易黒字を溜め込んだが、2011年の超円高でまた吐き出しました。

言っては悪いが「大食い選手権」で食えるだけ食って、トイレで吐いている大食い芸人と同じです。

これらで分かるのは輸出で儲けてから吐き出すには10年以上の時間差が有った事で、恐らく安部首相も引退する2030年までに次の超円高が起きます。


もっと前にも「高度成長期」に溜め込んだ貿易黒字を1985年プラザ合意の超円高で吐き出しています。

1971年にはニクソンショックによって1ドル360円の固定レートが廃止され、変動相場制に移行しています。

これら全ては、日本が貿易黒字で儲けすぎたのに欧米諸国が反発し、為替レートを上げる事で調整した結果でした。


10年か20年ごとに同じ事を繰り返しているわけで、偉い人達もいい加減に学習して欲しいです。


輸出するには同額の輸入が必要

ではどうすれば良いのかというと、実は非常に簡単な話で、輸出と同じ金額の輸入をすれば良いだけです。

自動車を100万台輸出しようが1000万台輸出しようが、同額の輸入をすれば為替相場は円高に動きません。

”偉い人達”は輸出を喜んで輸入を毛嫌いしていますが、その原因になっているのは恐らく、財務省の勘違いです。


財務省はGDPの計算方法で「輸出はプラス」「輸入はマイナス」にしていて、間違いではないが非常に誤解を与えています。

「輸出はプラス」に異論はないが「輸入はマイナス」の部分は、まるで輸入するほど日本のGDPが下がっているような印象を与えています。

毎回同じ例を挙げるが、例えばアメリカから100グラム50円で牛肉を輸入したとします。


スーパーで売るときには100gあたり150円とか300円になり、3倍から5倍もの値段で販売されています。

さらに牛肉は牛丼になったり、しゃぶしゃぶ、ステーキなどになり国内で付加価値がついて販売されています。

日本が輸入する大半は原料なので、輸入した価格の何倍もの価値が国内でつけられ「輸入によってGDPが増えている」のです。


アイフォンのような完成品でさえ、輸入したものを販売しサービスし課金されることで、やはり何倍もの付加価値が国内で生まれます。

輸出がGDPに貢献しているのと同様に、輸入もGDPに貢献していて、国内で付加価値が生まれているので分かり難いのです。

日本政府が輸出を増やしたいのなら、同額の輸入を増やすべきだが「輸出だけ増やせ」と言うから必ず失敗するのです。


今回の「安倍景気」も輸出だけに偏重するのなら、小泉景気と同じく、10年後に無残な失敗に終わるでしょう。
http://www.thutmosev.com/archives/73197193.html


「公平な貿易」は誰を幸せにするか?日本が知らないフェアトレードの今と未来=田中優
2018年1月30日 ニュース
http://www.mag2.com/p/money/368677


「フェアトレード」を知っているだろうか? 途上国の生産物を「適正な価格」で買おうという運動だが、南北格差の根本解決にはほど遠い状態になっている


子供の奴隷労働が支える豊かな生活。世界に「観客席」などないのに

「フェアトレード」とは何か

先日友人に話したら、「フェアトレードって何?」と聞かれてしまった。「公正な貿易」と答えたとしても、理解はされないだろう。現象としては「貧しい国とされる南の国の生産者に公正なレベルの報酬を支払い、適正な価格で商品取引を継続すること」となるだろうか。とりわけ近年は理解されにくくなった。おそらく人々の意識が内向きになり、海外に対する意識が乏しくなっているせいもあるだろうが、もっと大きい点は貧しくて生きるのがやっとという人々が世界の中で見えにくくなったことが影響しているだろう。

それは海外ばかりでなく、同じ国に住んでいても見えにくい。子どもの5人に1人が貧困状態にあるなどと言われても、具体的には見えないのだ。だからまず、貧しさによる生活困窮の状態を知ってもらった方がいい。2001年にはこんな事件があった。

2001年に発覚した悲惨な事件


・さまよえる奴隷船と児童労働

2001年4月17日未明のこと、西アフリカのベニンの港町「コトヌー」に一隻の船が帰港した。船はナイジェリア船籍の「MVエティレノ号」だ。全長60mほどの小さな船舶だが、その船の中には23人の子どもがおり、みな病気で食糧や水も不十分な状態だった。

この船が3月30日に同港を出港したとき、多数の子どもたちが積み込まれたというのだ。その数は130人とも180人とも伝えられた。「ユニセフ(国際児童基金)」など諸団体は警告を発した。「その子どもたちは近隣諸国の農場や家庭に人身売買される『奴隷』である」と。

このため船は近隣諸国で入港を拒否されてさまよっていたという。帰港を待ち構えていたベニン政府、警察、ユニセフなどの関係者はくまなく船内を捜索したが、船内で確認できた子どもは23人だけであった

その後調査がおこなわれ、実際に人身売買が確認されたのは13人とされた。親には子ども1人につき14ドル相当のお金(当時のレートで1400円)が支払われていたという。しかし100人以上の子どもの消息は不明のままだ。

子どもたちはどこに消えたのか。

出典:カカオとチョコのほろ苦ものがたり(4) – mamataroの未来のつくりかた(2009年5月17日配信)

しかしこの事件は氷山の一角だ。ユニセフによれば、この地域で人身売買される子どもの数は少なく見積もっても年間20万人。ブルキナファソやマリなどより貧しい国々の子どもたちが30ドルほどで売買されてくるという。受け入れ先は「ガボンや赤道ギニア、コートジボワール、ガーナ」で、待っているのは「家内労働」、「農場や漁場の労働」、「児童買春」などの強制労働だった。

船に乗せられた子どもたちは10才から14才で、強制労働や債務労働、少年兵士、児童買春などは「最悪の形態の児童労働」に就かされるという。調べると、それは奴隷労働に等しい酷使の実態であった。

なかでも注目されたのが「コートジボワールのカカオ農園」だった。「コートジボワール」は世界最大のカカオ産出国で、世界中で食べられているチョコレートやココアの40%がここで作られている。そのカカオ生産が過酷な児童労働に支えられていたのだ。

新しい21世紀だと世界が祝賀を挙げていた頃、世界の一方の片隅では、こんな事件が発生していたのだ。

たわわに実ったバナナ畑の脇で、飢えて死ぬ子どもたち

ぼく自身も海外で実際の状態を見ている。フィリピンの片隅では、山頂に近い荒れたはげ山の土地に先住民が追いやられ、そこからバナナのプランテーションに働きに出ていた。バナナの房は1つ20キロ程度あるが、それは人間が肩に担いでいかなければならない。日本に輸出されるバナナは、傷があると売れないので機械で運び出すことができないのだと聞いた。

そのバナナは、現地の人々の口には入らない。輸出専用だからだ。それを洗浄して防腐して箱詰めしてトラックで運び、船の船倉に運び込むまでが彼らの仕事だった。それでも1日の賃金は100円ほどにしかならない。そのため飢餓の状態で亡くなる子どももいるのだと。

想像してみてほしい。たわわに実ったバナナ畑の脇で飢えて死ぬのだ。書かれてはいないが、そのバナナは「日本人食用専用」だ。自らは飢餓の状態でいながら、輸出しなければならない。文字通りの「飢餓輸出」が起こっていた。

奴隷労働で学校に通えない子どもたち

マレーシアでは油やしのプランテーションを見に行った。子どももプランテーションの中で働いている。親の傍で働くので楽しそうにしているのだが、その子は学校に行っていない。学校に行こうにもそれだけのおカネが稼げない。ましてや油やしのプランテーションは、切り落としてから1日以内に精製しなければ良い油が取れないので、工場の周囲に市町村1つ分のプランテーションがなければ操業できない。市町村1つ分の面積の外に学校があっても、通うことができないのだ。

そして数字も文字も習わないまま結婚に至る。その相手もまたプランテーションの中に住む労働者の子だ。なんと一生に渡って遠くない距離にある街に出たことがない人々が住んでいた。これは奴隷ではないのか。

このようにして私たちの「豊かな」暮らしが成り立っている。そんな血塗られたチョコレートやバナナ、揚げ油にやし油を使ったスナック菓子など食べたくないと思うのは当然ではないだろうか。

「適正な価格で買ったものを食べたい」という運動

そこで人々を奴隷労働させたのではない、適正な価格で買ったものを食べたいと思ったところから「フェアトレード」は始まった。

西欧のクリスチャンに始まったフェアトレードの運動は、多分に慈善運動の要素を含んでいた。だからよく教会で販売するものは、バザーのように買うことが慈善につながると思って買われていた。だから当初は生産現場の公害問題や使っている薬品、デザインや環境的なダメージまでは考えられていなかった。

そのせいで徐々にフェアトレードの品は売れなくなっていった。いくら慈善のためと言っても、その文化圏では着られないような服を購入することはできなかったからだ。

現在もバングラデシュのジュートを使った「ジュートワークス」の籠や服などを販売している「グローバルビレッジ」が、日本にありながらそれに対応できる答えを出した。「グローバルビレッジ」の代表のサフィア・ミニーは、普通のおしゃれなお店で売られているような衣服を販売したかった。そのためにはデザインが良く、素材や染料まで天然のものに代えて、十分センスに対応できるものにしたのだ。これがいち早く日本で広がり、その手法は海外にも広がっていった。

ここからフェアトレードは「2.0」の段階に入る。海外生産者の内部にまで踏み込んで、女性や子どもの労働環境改善といった外部不経済の解決、持続可能社会の実現に向けた環境的配慮にまで活動の裾野が広がってきたのだ。慈善活動からここまで広がることによって、フェアトレードは、「買い物を通してできる身近な国際協力の形」となってきたのだ。


埋まらない南北格差

ここで「一次産品のフェアトレード」の話に戻そう。

世界での南北問題が1960年代に焦点となり、地球の北半球に位置する豊かな先進国と、南半球に分布する貧しい工業発展途上国との対立が先鋭化した。

1961年の国連「開発の10年」を契機として、南北格差を解決すべくUNCTUD(国連貿易開発会議)が国連に常設機関として決議された。ところが、発展途上国間の関税削減と非関税貿易障壁の排除・削除をはかる特恵関税は1988年になってから、一次産品の輸出に大きく依存する発展途上国に援助を提供する政府間金融機関の一次産品共通基金(CFC)は1989年と、実現までに「開発の10年」から25年以上も経っていた。1990年代からは債務削減に関するさまざまな合意へと進んだが、実に緩慢な動きだった。

その間に1973年からは第一次・第二次のオイルショックに見舞われ、南の国々は激甚な被害を受けることとなった。下図はオイルショック当時の原油、食料品、その他の一次産品の価格を指数で示したものだ。

http://www.mag2.com/p/money/368677/3

これを見ると、原油価格が急激に見上がりしたにもかかわらず、石油を使って生産している食料品も一次産品も価格が追いついていない。生産しても原油価格の値上がりに追いついていないのだから、より利益が少なくなるか赤字輸出に陥っていったのだ。これがそもそも「国連貿易開発会議」が必要になるほど困窮していた開発途上国に襲い掛かったのだ。

このオイルショックによって世界全体が不況に陥る中、世界銀行は不況によってだぼついた資金を、開発途上国に振り向けた。先進国は生産のためのプラントなどを途上国に輸出することで不況から脱していった。

特にこれら生産プラントを輸入して工業化をめざした国を「ハイ・アブゾーブドカントリー」と呼ぶが、そうした政策を取り入れた国であればあるほど赤字化した。それらの輸入したプラントは、旧式の品だったのだ。ここから世界中を貧富の格差で分割するような債務問題が発生したのだ。

先進国の付け値で販売を続けるしかない途上国

そして債務問題が深刻化すると、債務を返済させるための仕組みが始まった。国際通貨基金(IMF)が「構造調整プログラム」を債務国に課し、それに従わないと追加融資しないだけでなく、実質的に国際貿易から締め出した。

従わないという選択肢はない。そこで押しつけられる政策は、「社会構造を調整して債務を返済できるようにする」ものであり、具体的には途上国の通貨価値を引き下げること、「福祉・教育・医療」に使うようなおカネがあるなら返済させること、国内で消費するような産物は生産せず、海外への輸出に振り向けて返済に充てることを求めた。同時に途上国にある採算性の良い企業を、先進国企業に身売りさせた。

これは上の「国連貿易開発会議(UNCTUD)」の方針と真逆であることに気づいてほしい。しかも国連よりはるかに強力な国際金融機関によって推進されたのだ。この構造調整プログラムに世界銀行もまたすぐに参加した。しかし世界銀行こそ古いプラントを売り込んで借金地獄に陥れた張本人なのに。

その結果は悲惨なものだった。次の図をみてほしい。

http://www.mag2.com/p/money/368677/3

上で述べたように「一次産品の輸出に大きく依存する発展途上国」なのだ。しかし否応なしの債務返済の圧力によって、「価格が上がって戻るまで待つ」のではなく、「より多量に輸出する」ことを選んだことによって、一次産品の価格は下がり続けたのだ。

実質的に「国連貿易開発会議」の方針と「構造調整プログラム」の方針は真っ向から逆になっている。しかし国連は「一国一票」だからある程度民主主義が進められるが、IMFも世界銀行も出資国の出資額に応じて票になる。なんと先進国G7だけで投票数の過半数を超えるのだ。実質先進国が過半数を得て進めている。

このような仕組みと社会で一次産品共通基金(CFC)を作ったところで、どうなるかは火を見るより明らかだった。

途上国で生産されるコーヒー、紅茶、バナナなどの食料・飲料類、非食用原料、油脂、鉱物性燃料、金属、鉱産物などの一次産品に対しては、途上国経済が大きく依存する品である。そのため価格安定・輸出所得の改善を目的として「国際商品協定」が締結されたのだが、すでに一方には「構造調整プログラム」が進んでいた。やがて「国際商品協定」は実質的に意味を失い、人々の認識の中ですら忘れ去られていった。

実質的に失敗したまま、現在に至っている。途上国の側には価格形成権などなく、ただ先進国側の付け値で販売するしかなくなったのだから。

さらに進む先進国有利

このように実質的に途上国には全く闘う術がないという状況の中、世界はさらに先進国に有利な「経済のグローバリゼーション」の時代に入っていったのだ。その後の世界の価格市況を見てみよう。

http://www.mag2.com/p/money/368677/4

いまだに一次産品の価格指数は下がり続けている。その間にブリックス諸国の台頭、とりわけ中国の資源輸入の急増があったというのに、下がり続けている。

こうして世界の中には貴族のようにマネーゲームで暮らすような先進国と、奴隷のように働きながら食べることも困難な途上国とに分離したのだ。

フェアトレードに期待するのは難しいが…

この経過をきちんと知るなら、フェアトレードに過大な期待などできないことがわかるだろう。国連自ら機関を作って進めたのに敗北したのだ。それを強大な力で叩き潰したのが、多国籍企業とその手先と化している国際通貨基金(IMF)と世界銀行なのだ。

ところが今では「フェアトレードは偽善だ」とか、「効果がほとんどない」とか「相手の団体の組織運営が民主的でない」とか、非難するのが流行っている。もともとそんなに大きな効果はないのだ。国連すら敗北する強大な力に対して何ができるというのか。

しかしだからといって、貧しい国の人々の努力を踏みにじるような行為に加担したくないというのが「フェアトレード」なのだ。そしてさらに言えば、それをさらに進化させたい。「グローバルビレッジ」のサフィアさんは以前に言っていた。国内の農産物も販売したいと。そこに格差があるなら、なくなるようにしたいのだ。

大きな企業の「フェアトレード」への参入もある。否定したい気持ちもわかるが、それでも「悪人」にはしたくない。それほどの効果がなかったとしても、企業の企画に取り入れるのは大変なことだからだ。

フェアトレードを活かす方法とは

その中でぼく自身はさらに夢を見る。インターネットの発達と決済方法の多様化、国際的な物流の発達は、やがて世界中を覆うだろう。その時、個人から発信する商品が販売されていく時代が来るのではないか。

ぼくの友人は「現代農業」という出版社から、『小さな農家で稼ぐコツ(西田栄喜著)』という本を出版し、2年経つというのに未だに売れている。本に書かれている農場では、たった30アールの農地(普通の農地の10分の1しかない)で、年間1200万円の売り上げを出しているのだ。


しかし、インターネットを活用するにしても、画一的な価格だけが競争力になるものの販売には向いていない。私は「一品物」を販売するのに適したツールではないかと思っている。「貿易」がインターネットの発達などによって次世代の販売方法に移っていくなら、新たな「フェアトレード」が可能になるかもしれない。

ただ「フェアトレード」をそしるより、参加する人の気持ちを実現できる仕組みを編み出した方がいい。この世界の中には「観客席」はないのだ。







11. 中川隆[-5561] koaQ7Jey 2018年3月05日 08:08:21: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

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外国人観光客が増えると日本人はどんどん貧しくなっていく
2017年12月28日
外国人観光客3,000万人へ バブルの行き着く先


膨大な経常黒字を観光収支の黒字がさらに拡大させている。
こんな事をすれば将来の超円高を招く
引用:https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/r/recomme_jp/20170824/20170824170841.png


外国人が増えると嬉しいか?

2017年は訪日外国人数が2,800万人に達したと推測され、年間で4兆円のインパウンド消費が見込まれている。

政府はさらに外国人観光客を倍増させるつもりで、2018年は3,200人の訪日、5兆円近い消費を予想しています。

ところで外国人が日本に来て消費するのは経済的に、日本から外国に輸出するのと同じ経常黒字になります。


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物を輸出するのと、外国人が日本で消費するのは、お金の流れとしては同じ「外国から日本へ」です。

その経常収支は10月に過去最大2.1兆円の黒字を記録し、通年でも過去最高に近い数字が出ると予想されます。

経常黒字が大きくなると、「やった!日本が儲かった」と喜ぶ人が居ますが、これは「儲かる、損をする」とは関係ない数字です。


経常収支が黒字なのはお金が日本に流れた一方で、日本の労働力が外国の為に消費されたのを意味します。

トヨタが300万円の自動車をアメリカに輸出すると、日本はお金を受け取り、アメリカは日本の労働力を自動車1台分受け取ります。

受け取った300万円分のドルを有効に使えれば良いが、日本の労働者を300万円で買ったアメリカ人の方が、得をしているかも知れません。


90年代から2000年代に日本は空前の経常黒字を積み重ねたが、貧しくなるばかりで経済は縮小を続けました。

これを振り返っただけで「経常黒字(貿易黒字)=日本の儲け」は完全に間違っているのがわかります。

「輸出=儲かる」「経常黒字(貿易黒字)=日本の儲け」という間違った考えのせいで、日本は自国の労働力を外国のために使ってしまいました。

外国人観光客が増えるのも同じであり、日本人の労働力を中国人や韓国人のために使い、日本はお金という紙くずを受け取っています。


円高の戦犯は小泉元首相

要するに日本人が中国に出稼ぎメイドをしているのと同じであり、日本が儲かっているとかでは有りません。

中国人相手に接待している労働力を、日本のために使ったほうがずっと良いのだが、政府の上の人はそう思っていません。

外国人が増えたといって喜んでいると、80年代に自動車や家電輸出で儲けたときと同じく、最後は悲惨なバブル崩壊で終わります。


なぜなら国の経常黒字が増えると、変動相場制によってその国の通貨を上昇させる圧力が生じ、耐え切れなくなった時に超円高になるからです。

最近では2007年から2011年にかけて円高が進み、1ドル70円台になったが、その原因は2007年までの輸出攻勢にありました。

小泉首相は日本経済を再生するため円安に誘導し、その時は輸出が拡大して経常黒字が増えて、日本はかなり儲けました。


当然の結果としてこのような経常黒字は円高圧力を生じさせ、2007年の1ドル124円を天井として、2011年に80円を割るまで下がり続けました。

2011年の超円高を引き起こしたのは、2000年代前半に円安誘導した小泉首相や竹中財務大臣、福井日銀総裁らでした。

そして現在、小泉時代と同じように安倍首相と黒田日銀総裁は円安に誘導し経常黒字を増やし、「日本は勝った!日本は儲けた」と言っています。


彼らのせいで再び超円高になるのは、2020年代以降と予想されるので、小泉元首相と同じように責任を認めないでしょう。
http://www.thutmosev.com/archives/74237738.html


2018年1月22日【三橋貴明】外国人に媚びない観光サービス

現在の日本における観光サービスは、
何というか「外国人に媚びまくる」形で
発展していっています。

いつの間にか、鉄道の電光掲示板に
簡体字やらハングルやらの文字が。

英語なら百歩譲って分かりますが、
なぜ特定のアジアの方々に向けた
掲示板のせいで、日本国民が
迷惑をこうむらなければならないのでしょう。

一事が万事、この調子。

そもそも、世界で最も外国人観光客が
訪れるフランスのパリには、
英語の表記すらありません。

パリのホテルで、

「英語のマップをくれ」

とフロントマンに言ったところ、
冷たく「ない」と言われました。

フランスの観光サービスは、
外国人に対して全く媚びていない。

それにも関わらず、
世界一なのでございますよ。

日本が本格的に「観光大国」を
目指すならば、あの煩わしい
簡体字とハングルを外すべきでしょう。

日本国民が、日本中の観光地を訪れ、
結果、日本の観光サービスが隆盛を極め、
質が高いサービスを目指して
外国人が「苦労しながら」やってくる。

これならば、分かります。

とはいえ、現実の日本の観光サービスは、
外国人観光客「様」に媚びるのが基本です。

良質のサービスを「安く」供給することで
リピーターを増やすという、まさしく
デフレ国の国民に相応しい落ちぶれた
スタイルで「観光立国」を目指しています。

挙句の果てに、民泊を拡大。

兵庫県養父市の特区では、白タクを解禁。

東北新幹線を走る「E5系」などの車両で、
今年の夏から順次、乗客がWi─Fi(無線LAN)の
サービスを利用できるようにすると発表。

理由は「中国人観光客様」の
利用需要が高まっているためです。

外国人「様」にひたすら媚び、
観光サービス業が外国人に懸命に
頭を下げ続けたところで、年間の
訪日外国人の旅行消費額は4・4兆円。

高々、4.4兆円。

それに対し、日本の個人消費
(民間最終消費支出)は
300兆円規模になります。

国民が一年間にわずか2%、
消費を増やすだけで、訪日客の
消費以上の経済効果になるのです。

それにも関わらず、政府は
緊縮財政で国民の消費を押さえつけ、
観光関連の規制を次々に緩和していく。

結果、日本国民は東南アジアで
トゥクトゥクを漕ぐがごとく、その日の
生計を立てるまでに落ちぶれるわけです。

大本の緊縮財政路線、財政均衡主義を
打ち破らない限り、我が国は観光サービスを
先頭に発展途上国化していくと思います。
https://38news.jp/economy/11544


緊縮財政と観光サービス 2018-01-17


 さて、いつの間にか「安いサービスを、外国人様に買って頂く」という、まるで発展途上国のごときスタイルの観光立国化の道を突き進んでいる我が国ですが、外国人観光客の2017年の旅行消費額が4兆円を超えました。


 とはいえ、たかが4兆円です。


『訪日客の29年旅行消費額は4・4兆円 5年連続で過去最高額 初の4兆円超え
http://www.sankei.com/economy/news/180116/ecn1801160029-n1.html
 観光庁が16日発表した訪日外国人消費動向調査によると、平成29年の訪日外国人旅行者による買い物などの旅行消費額(速報値)は前年比17・8%増の4兆4161億円と5年連続で過去最高額を更新した。初の4兆円台に乗せた一方、32年に8兆円の政府目標までは“五合目”に届いた程度で、目標達成には一層のてこ入れが求められる。(後略)』


 なぜ「たかが」と表現するのかといえば、訪日客の「消費」と日本国民の「消費」では、桁が二つ違うためです。


 日本の個人消費(民間最終消費支出)は300兆円規模になります。国民が一年間にわずか2%、消費を増やすだけで、訪日客の消費以上の経済効果になるのです。


 日本の民間最終消費支出は、消費税増税により名目金額が強制的に膨らんだので、今回は「実質値」でグラフを作ってみました。


【図 日本の民間最終消費支出の推移(単位:十億円)】

http://mtdata.jp/data_58.html#Jsyohi

 


 日本の個人消費の実質値は、2013年度には301.5兆円だったのが、2014年度に294兆円と大きく落ち込みました。


 その後は一応、増えてはいますが、未だに2013年度の値を回復していません。


 消費税増税は、こと「消費」という点においては、訪日観光客の1.5倍のネガティブな衝撃をもたらしたことになります。


 怖いのは、2019年に再び消費税を増税し、またもや個人消費が大きく落ち込み、
「やっぱり、外国人観光客に頼るしかない・・・」
 と、なってしまい、民泊やら白タクやらの「規制緩和」が進むのが、あまりにも明らかなことです。


 昨年の5月に、例により規制改革推進会議が民泊の規制緩和を答申。
●客室の最低数の規制については、撤廃する。
●寝具の種類の規制については、撤廃する。
●客室の境の種類の規制については、撤廃する。
 などの提言を受け、政府は着々と民泊の規制緩和に動いています。


 リクルートの不動産情報サイトSUMOは、民泊の世界最大手米Airbnbと業務提携。民泊事業に参入する方針を固めたと報じられました。


 国民の生活を「犠牲」にし、外国人観光客を増やし、民泊ビジネスに新規参入して儲ける。緊縮財政で個人消費を増やせない日本国民は、文句を言えない。というわけでございますね。


 日本各地の観光地も、何しろ「貧困化」した国民が訪れないわけですから、民泊だろうが何だろうが、外国人観光客様に来て頂くしかないわけです。


 兵庫県養父市(国家戦略特区)では、今年の5月から、自家用車(白ナンバー車)を使い、ヒト(主に外国人観光客)を有償で運べる事業を開始するとのことです。


 要するに、白タクです。


 我々日本国民は、東南アジアのトゥクトゥクの運転手のごとく、外国人観光客様にサービスを提供して生きていくわけでございますね。


 緊縮財政⇒国民貧困化⇒国内の規制緩和・自由貿易という流れで、我が国の外国人観光客向けサービスが「新規ビジネス」と化していっているのがお分かり頂けると思います。


 全ての根っこである緊縮財政路線を転換しない限り、我が国の観光業が「外国人様に頼らなければならない」状況は終わらないでしょう。
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12345134084.html


2018年02月12日
輸出や外人観光客を増やして外貨を稼いでも日本人は豊かにならない

輸出企業の収益はついにバブル越え、だが賃金はマイナス
引用: (NIKKEI STYLE) - Yahoo!ニュースhttps://amd.c.yimg.jp/amd/20180130-00010000-nikkeisty-002-1-view.jpg


儲けても給料払わない輸出企業

輸出企業の業績拡大が続き、2017年は過去最高、2018年3月決算も過去最高が続出する見通しになっています。

一方で実質賃金は2017年を通してマイナスと、企業は儲けた金を労働者に渡していないのが明らかになった。

物価上昇率も年間0.5%前後と政府目標の2%には遠く及ばず、企業と株主だけが儲かった。


ビットコインなどマネーゲームに興じる人達も恩恵を受け、株価が値上がりして発生した余剰資金が還流している。

労働者は去年より貧しくなったのに、遊んで暮らしている連中がどんどん豊かになる異常社会になっている。

上場企業の2018年3月期純利益は27%増の27兆円、2年連続で過去最高、売上合計は561兆円でこちらも過去最高だった。


設備投資や鉱工業生産も高い伸び率を記録し、企業がITやAIなど新たな設備を導入しているのが見て取れる。

「IoT」やロボットなど先端分野への投資が世界で増え、高品質な日本製品の需要が高まったのも一因になっている。

企業はこれだけ儲かったが、労働者の賃金は逆に減少しました。


輸出偏重の経済政策を見直すべき

厚生労働省の毎月勤労統計調査(速報値)では、2017年の実質賃金は0.2%減少に沈んだ。

現金給与総額(名目賃金)は0.4%伸びたが、物価上昇率が賃金上昇を上回ったためマイナスになった。

賃金調査は常用労働者を5人以上雇用する事業所で、1ヶ月以上雇用の非正規労働者も含まれている。


先ほどの企業収益は上場企業のみであり、雇用している人数としては1割程度に過ぎません。

日本の大企業労働者は1,433万人を占めているが、この中には非正規も含まれるので正社員は実質的には1000万人程度でしょう。

中小企業労働者は従業者数で3,361万人、この中にも非正規が含まれるので、日本の労働者の正社員とは3000万人か4000万人に過ぎません。


安倍首相が毎年賃金を上げるよう要請しているのは、一部上場企業の1000万人だけで、それすら去年はマイナスだった。

日本人の3分の2は無職か自営業、非正規、扶養家族なのでこの人達の収入が増えない限り、物価も実質賃金も上昇しない。

日本政府は輸出と観光客を増やして外貨を稼ぐ政策をやってきたが、この考えは1950年代のもので、半世紀以上時代遅れです。


日本はフィリピンや韓国ではないので、国内で需要を喚起して国内で消費する事でしか、経済成長や賃金上昇は起こりません。

新興国なら輸出で儲ければ経済成長して賃金が上がるが、今の日本で輸出を増やしても、円高を招いて不況になるだけです。

政府に強い影響力を持つ経団連もおかしな組織で、大半を輸出企業が占めているが、現在の日本で輸出が経済に占める割合は10%以下でしかない。


GDPの9割を占めている国内産業にはほとんど政治への影響力がなく、経団連での発言力もない。
http://www.thutmosev.com/archives/74888354.html


2018年02月09日
10年ぶりの大幅経常黒字が日本を亡ぼす

経常収支(国際収支)と円高円安は原因と結果、黒字が大きいほど超円高を招く
引用:http://www.mof.go.jp/international_policy/reference/balance_of_payments/preliminary/bpgaiyoupg2017cy.gif


国滅んで黒字あり

2月8日に財務省が発表した国際収支状況で、経常収支は7972億円の黒字となりました。

42ヶ月連続の経常黒字で、2017年は21兆8742億円もの大幅な黒字となり、リーマンショック以前の2007年と同水準だった。

内訳は輸出が5389億円の黒字だったが黒字額は約33%減少しました。


貿易以外の所得収支は6148億円の黒字で10%減少、サービス収支は2045億円の赤字だった。

2800万人に達した外国人観光客の旅行収支は1兆7626億円の黒字で、政府が掲げる観光大国に近づいた。

こうして日本は貿易でも投資でも観光でも、黒字を積み重ねているのだが、それが良い事かは別問題です。


財務省が言っているように2007年以来10年ぶりの巨額経常黒字だが、10年前の2007年に何が起きたか日本人はすっかり忘れてしまった。

2007年の春頃にチャイナショック、続いてサブプライムローン破綻が発生し、2007年のお盆にはリーマンショックが始まっていました。

2007年7月には1ドル124円の円安だったのが、年末には110円を割り、翌2008年には100円も割り込みました。


黒字が大きいほど貧しくなる

2009年には1ドル90円を割り、2010年には一時80円割れ、そして2011年には80円も割り込み70円台に突入しました。

現在とは関係ないように見えますが、2007年までに溜め込んだ「経常黒字」とその後の円高が、原因と結果だとしたらどうでしょうか。

経常黒字あるいは貿易赤字は日本からアメリカなどに何かを渡し、代わりにアメリカから日本にお金を渡します。


20兆円の経常黒字なら20兆円分のドルが円に交換され、20兆円分円高ドル安になります。

通常企業はアメリカで儲けた金をアメリカで再投資するので、すぐには円高にならず、なるべく日本への送金を先送りにします。

だが世界経済危機が発生すると本社にお金を集める必要が生じて、あらゆる輸出企業が一斉にドルから円に交換します。


2008年や2011年の円高はこうしたパニック的な動きが一役買ったと見られ、溜め込んだ膨大な経常黒字がこのときドルから円に交換されました。

それではアベノミクスで2013年から溜め込んでいる、膨大な経常黒字は最後にどうなるか、やはりいつかはドルから円に交換されます。

円安の間は輸出などで大儲けできても、経常黒字や貿易黒字そのものが超円高を引き起こします。


これでは現在の日本の好景気も、2007年までと同じく幻想だと指摘せざるを得ません。
http://www.thutmosev.com/archives/74850367.html


2018年02月09日
10年ぶりの大幅経常黒字が日本を亡ぼす

経常収支(国際収支)と円高円安は原因と結果、黒字が大きいほど超円高を招く
引用:http://www.mof.go.jp/international_policy/reference/balance_of_payments/preliminary/bpgaiyoupg2017cy.gif


国滅んで黒字あり

2月8日に財務省が発表した国際収支状況で、経常収支は7972億円の黒字となりました。

42ヶ月連続の経常黒字で、2017年は21兆8742億円もの大幅な黒字となり、リーマンショック以前の2007年と同水準だった。

内訳は輸出が5389億円の黒字だったが黒字額は約33%減少しました。


貿易以外の所得収支は6148億円の黒字で10%減少、サービス収支は2045億円の赤字だった。

2800万人に達した外国人観光客の旅行収支は1兆7626億円の黒字で、政府が掲げる観光大国に近づいた。

こうして日本は貿易でも投資でも観光でも、黒字を積み重ねているのだが、それが良い事かは別問題です。


財務省が言っているように2007年以来10年ぶりの巨額経常黒字だが、10年前の2007年に何が起きたか日本人はすっかり忘れてしまった。

2007年の春頃にチャイナショック、続いてサブプライムローン破綻が発生し、2007年のお盆にはリーマンショックが始まっていました。

2007年7月には1ドル124円の円安だったのが、年末には110円を割り、翌2008年には100円も割り込みました。


黒字が大きいほど貧しくなる

2009年には1ドル90円を割り、2010年には一時80円割れ、そして2011年には80円も割り込み70円台に突入しました。

現在とは関係ないように見えますが、2007年までに溜め込んだ「経常黒字」とその後の円高が、原因と結果だとしたらどうでしょうか。

経常黒字あるいは貿易赤字は日本からアメリカなどに何かを渡し、代わりにアメリカから日本にお金を渡します。


20兆円の経常黒字なら20兆円分のドルが円に交換され、20兆円分円高ドル安になります。

通常企業はアメリカで儲けた金をアメリカで再投資するので、すぐには円高にならず、なるべく日本への送金を先送りにします。

だが世界経済危機が発生すると本社にお金を集める必要が生じて、あらゆる輸出企業が一斉にドルから円に交換します。


2008年や2011年の円高はこうしたパニック的な動きが一役買ったと見られ、溜め込んだ膨大な経常黒字がこのときドルから円に交換されました。

それではアベノミクスで2013年から溜め込んでいる、膨大な経常黒字は最後にどうなるか、やはりいつかはドルから円に交換されます。

円安の間は輸出などで大儲けできても、経常黒字や貿易黒字そのものが超円高を引き起こします。


これでは現在の日本の好景気も、2007年までと同じく幻想だと指摘せざるを得ません。
http://www.thutmosev.com/archives/74850367.html




12. 中川隆[-5540] koaQ7Jey 2018年3月05日 13:23:28: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

▲△▽▼

アダム・スミス2世の経済解説  2015-05-10
アベノミクスがもたらした株価上昇による100兆円の損失
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-184.html
アベノミクスの評価は、現時点においてもさまざまである。その中で多くの人たちが認める功績は、株価を上昇させたことであろう。アベノミクスの否定論者でも、アベノミクスは株価を上昇させたこと以外にメリットは存在しないという評価を下す人は多い。

株価を引き上げたことは功績であるにしても、現在の株価は上がりすぎであり、バブルであるとの批判は存在する。

今回は、アベノミクスが株価上昇により巨額の損失を日本経済に与え、最近ではその累計額が100兆円にまで到達したという事実を説明する。

最後に、このような巨額の損失が発生した原因として、最近、株価の需給コメントのシリーズで書いているものと同じ内容を記すことにする。

繰り返すが、アベノミクスの否定論者でも、株価を上昇させたことだけは功績として認める人が多い。一方、私は、株価上昇のプラス面、マイナス面の両方を今までに何度も書いてきた。今回はプラスの面には触れず、マイナスの面だけに触れることにする。唯一の正しい見方ではないが、一つの有力な観点から見た場合、大変大きなマイナスにもなりうる、ということを書くことにする。

そもそも、利益、損失、純資産の増加、純資産の減少というものは、会計基準によって変わるものである。民間企業でも、日本会計基準、国際会計基準、米国会計基準によって利益や純資産は異なる。利益、純資産というものは、万人の意見が利益、純資産であると一致するものは当然存在する。しかし、利益か利益でないか、純資産の増加か増加でないか、専門家の間で意見が分かれるものも当然存在する。そのため、会計基準によって利益や純資産は異なってしまう。

正確性が他の会計基準より明らかに低い会計基準は、過去には使われていた。しかし、そのような会計基準は修正され、現在では使われていない。現在使われている複数の会計基準の利益、純資産の中で、どの基準が一番正しいかは、専門家の間でも一致してはいない。そもそも会計基準というものは、国や時代が異なれば、「正しい」内容が異なっても当然なのかもしれない。

より難しいのは、民間企業以外の利益、あるいは純資産である。日本という国レベルで、純資産が毎年どれだけ増加、または減少しているかについての会計基準は、事実上、一つしか存在しない。現在、日本で使われている日本の純資産に相当するものは、国民経済計算ベースでの国富(=正味資産)である。この会計基準は、いろいろと問題点が指摘されることが多い。しかし、現在、国ベースでどれだけ資産を増やした、あるいは減らしたかを認識できる統計は、国民経済計算ベースの国富しか存在しない。問題点があることは頭に入れながらも、事実上、一つしか存在しない日本の国富を表すグラフを下記に示す。


国富
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/img/20150510172757912.gif/


国富の大半は非金融資産である。それ以外は、金融資産の一部である対外純資産だけである。国富の大半をしめる非金融資産が減少傾向を示している最大の原因は、地価の下落である。対外純資産は増加傾向にある。

国富には、対外純資産以外の金融資産が存在しない。これは、金融資産が存在すれば、必ずそれに等しい金融負債が存在していると国民経済計算では考えるからだ。この場合、株価が上昇しても、株価の時価総額の増加額に等しい金融負債が増加していると考えるのである。この考え方に基づけば、アベノミクスの結果株価が上昇しても、プラスは発生しない。株価の時価総額と同金額の金融負債が同時に増加すると考えるからだ。株式保有金額の増加額のうち海外投資家による日本株保有分については、海外投資家の資産増加と、国内部門の負債の同金額の増加が発生すると考える。これを日本から見れば、国内の負債の増加分と同金額の国内資産が増えているのではなく、同金額の対外負債の増加だけが発生していると見える。対外負債の増加であるから、対外純資産の減少、すなわち国富の減少を意味する。日本の株価が上昇すればするほど、資産は増えず、対外負債だけは増加し、対外純資産と国富は減少する。

国民経済計算は年1回公表され、最新のものは2013年度版である。非金融資産については国民経済計算が唯一の統計である。しかし、対外純資産を含む金融資産については、国民経済計算に準じるものとして、日銀の資金循環統計が存在する。これは年4回公表、最新のものは2014年版である。両者の会計基準は、主体や項目などの分類の定義に違いがあり、一致しない数字も多いが、理論的には同種のものと考えてよい。そのため、前回と同様に、国民経済計算ではなく資金循環統計の数字を使って、株価上昇による損益を計算する。なお、国民経済計算の株式は未上場株をも含めたすべての株式が対象であり、上場株だけの数字を求めることはできない。ここで使う数字は、資金循環統計における上場株だけの数字である。

2014年末における投資部門別の株式保有金額(上場株だけが対象)を表すグラフを下記に示す。


投資部門別保有金額
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/img/2015051017282459d.gif/


2014年末における最大の大株主は海外投資家であり、その金額は165兆円、全体の31%を占めていた。

次に、アベノミクス相場の開始以降、上記の株式保有金額がどれだけ増加したかを表すグラフを下記に示す。


投資部門別保有金額の増加額
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/img/201505101728253d4.gif/


アベノミクス相場の開始日は、野田前総理が衆議院解散を明言した2012年11月14日である。しかし、その日からの統計は存在しないので、代わりに2012年9月末を基準にした。保有金額にだいたいは比例しており、海外投資家による株式保有金額の増加額が95兆円と一番大きい。

次に、アベノミクス相場開始以降の投資部門別の売買状況を表すグラフを下記に示す。

投資部門別売買
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/img/201505101728224f6.gif/


このグラフの起点も、2012年9月末にした。見てわかるとおり、買いの大半は海外投資家である。2014年から公的資金が買い始めたので、信託銀行が少し買い越しになっている。最大の売り越し主体は家計、すなわち個人である。

次に上記の2つの表で示される金額の差を表す投資部門別の調整額というグラフを下記に示す。

調整額
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/img/20150510172758332.gif/


調整額の定義は、資産の変動金額と売買金額の差である。具体的には、調整額の大部分は株価の値上がり益であり、かなり広い意味ではあるが統計上の不突合が一部に含まれている。最大の大株主である海外投資家が一番大きな株価の値上がり益を獲得している。

最初に示した国富の中の対外純資産は、フローベースでは「経常収支+資本移転等収支」の累積金額になる。一方、ストックベースではそれ以外のさまざまな資産価格の変動の影響を受ける。さまざまな資産価格の変動の中で最も寄与度が高いのは、為替レートと株価の変動分である。

日銀の資金循環統計ベースの対外純資産は、2012年9月末の277兆円から、2014年12月末の376兆円まで98兆円の増加となっている。このうち、海外投資家の日本株投資残高は、先のグラフで示したとおり95兆円、うち買越金額は20兆円、調整額、すなわち株価の値上がり益は75兆円である。海外投資家は日本の株価上昇により、75兆円前後の値上がり益を獲得した。このため、日本の株価が2012年9月と2014年末が同じであったと仮定するならば、対外純資産は376兆円より75兆円多い451兆円になっていたはずである。株価が上昇したがために、75兆円もの対外純資産と国富が減少したことを意味する。

しかし、アベノミクス開始以降の対外純資産は、株価上昇によるマイナス効果以上に円安によるプラス効果の方が大きかった。フローベースの「経常収支+資本移転等収支」の金額は小さかった。そのため、主として円安の結果として対外純資産は増加し、株価上昇によるマイナス効果は見えにくかった。

株価上昇によって海外投資家が獲得した75兆円の調整額は、2014年末の金額である。2015年に入ってからも、日本の株価は上昇している。ここで海外投資家の保有株式金額はTOPIXと同じ動きをすると仮定する。今年に入って、海外投資家は現物株を買い越しているが、残高との比率では大きな数字にならないので、ここではゼロと仮定する。この仮定に基づいて、2014年末からの海外投資家の日次の調整額累計を表すグラフを下記に示す。


海外投資家の調整額
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/img/201505102339329ee.gif/


調整額の起点である2012年9月末の株価は、2012年11月14日の株価より少し高い。従って、基準点が2012年11月14日のグラグが作成可能であったと仮定したならば、その金額は上記のグラフの金額を少し上回ることになる。それ以外の調整額についての仮定も、実際の調整額より少なく算出される仮定になっている。ただし、統計上の不突合は上下のどちらにも存在する。それでも、より正確なデータが存在すれば、上記のグラフの少し上を進んでいる可能性が高い。

少しばかりの仮定をおいて算出される累積調整額は、2015年4月22日に100兆円に到達した。この金額は、アベノミクス相場開始以降、日本の株価上昇によって失われた国富の金額にほぼ等しい。アベノミクスによる株価上昇が原因で失われた国富は、4月22日についに100兆円に到達してしまったのである。4月22日は実に悲しむべき日である。しかし、4月22日という日は、2000年4月14日以降、日経平均株価の終値が2万円台で引けた記念すべき日でもある。株価が上がってめでたし、めでたしの日でもあった。私が悲しむべきと考える日と、みんながお祝いをしている日が、同じ日になってしまった。


アベノミクス相場の開始以降の株価上昇による(上場株だけから発生した)国富の損失100兆円という数字は、多少の誤差があるとしても、ほぼ正しい金額である。

ただ問題点は、国民経済計算という会計基準、その会計基準に基づいて算出された国富の金額が、正確な富の変動を本当に表しているかどうかという点である。会計基準を少し変えれば、100兆円の損失が大きく変わる可能性はありうる。会計基準に絶対的に正しいという基準は存在しない。

国民経済計算という基準、中でも、ストック統計の会計基準についてはいろいろな批判が存在する。しかし、日本という国レベルで、純資産、あるいは国富が毎年どれだけ変動しているかを知るための会計基準は、事実上、一つしか存在しない。その唯一の基準とも言うべき国民経済計算という基準を使えば、アベノミクスによる株価上昇で失われた国富の累計額が、4月22日に100兆円前後に到達したという事実を動かすことはできない。

株価上昇はアベノミクスの最大のメリットというのは正しくない。国民経済計算という有力な会計基準を使った場合、アベノミクスは、株価上昇の結果として日本の国富を100兆円も失わせた。アベノミクスがもたらした株価上昇の結果は、大変大きな利益ではなく、100兆円という巨額の国富の損失であったという観点が存在することは重要であり、この事実を忘れてはならない。

最後に、最近、株式需給コメントのシリーズに書いているものと同じ内容、すなわち100兆円の巨額の損失が発生してしまった原因とその対策を記すことにする。
 

政府・日銀の犯罪的な政策について

日本企業の株というものは、日本国民にとっての大変貴重な財産である。それに対して政府・日銀が過去にとってきた政策は、1989年12月29日の高値38,915円から2009年3月10日の安値7,054円まで、19年強の期間、最大で82%も日経平均株価を下落させたことである。

そして、国内投資家に、株価はもう上がらないという非常に強い予想、期待、確信と、株価が戻れば売らなければならないという非常に強固な信念を抱かせてしまった。そして、1991年以降、結果として取引所という流通市場だけで92兆円、発行市場も含めた国際収支ベースでは114兆円もの日本の現物株を国内投資家が海外投資家に安値で売り渡すことになってしまった。

これは犯罪的とも言えるレベルの政策である。アベノミクス相場が始まってからも、国内投資家は取引所という流通市場だけで20兆円の現物株を海外投資家に売り渡しており、犯罪的な政策は是正されていない。


ここまで来てしまった以上、完全に手遅れであり、経済をデフレ不況に戻すことなくこの問題を解決する方法はもはや存在しない。できること、可能なことは、損失のさらなる拡大をくい止めることだけである。そのためには、国内投資家が株を買い越すようになるまで金融緩和の強化を続けるしかない。

2013年4月の異次元緩和は、あまりにも遅すぎであり、金額も少なすぎた。実施の翌週に、国内投資家が過去最高の金額の現物株を海外投資家に売り渡すという非常に大きなマイナス効果が現実のものになってしまった。2014年10月の第2弾の翌週も、国内投資家が海外投資家に現物先物合計で過去最高の金額を売り渡すという巨額のマイナス効果しかもたらさなかった。

現在も効果がマイナスという状態が続いている。金融緩和を大幅に強化すれば、巨額の残高が存在する国債という運用先を失った国内投資家は、高値でも株を買わざるをえなくなる。この場合、国内投資家に、安く海外投資家へと売り渡した株をバブルに匹敵する高値で買い戻すように誘導することになる。実にバカバカしいことだ。しかし、これ以上海外投資家に株を売り渡せば、株価上昇と並行して増える損失がさらに拡大する。過去の政策があまりにも犯罪的すぎたので仕方がない。

株価が2万円前後にまで戻っても、国内投資家がまだ海外投資家に大量に株を売り渡し続けているという現状は異常である。過去における政府・日銀による犯罪的な政策を容認し、現在の異常な状態を異常と思わない人が多すぎることは、大問題である。
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-184.html


アダム・スミス2世の経済解説 2017年6月第3週 株 コメント


日銀の量的質的金融緩和策には効果がある。第2週の2万円を少し下回ったところでは個人を中心に買い越しを維持していた。しかし、2万円台を抜けて上昇すると個人と投信の現先合計で週間5000億円以上の売り越しになってしまう。

これは、金融緩和に効果はあるが、不足しているから起こる現象である。

アベノミクスが始まってから、株高によって100兆円前後というとてつもない国富の損失が発生している。しかし、その損失はほとんど認識すらされていない。

ここでテーパリングではなく思い切った金融緩和の強化を実施すれば、国内投資家が上値でも買い越しになる可能性が高まる。

海外投資家に安く売った株を高値で買い戻す。実に馬鹿馬鹿しい買いである。

しかし、株価上昇による損失拡大とデフレ不況の両方を避けるためには、国内投資家は今からでも買うしか方法がないのである。
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-328.html#more




13. 中川隆[-5460] koaQ7Jey 2018年3月17日 09:55:55: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

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2018年03月17日
トランプ大統領 中国に1000億ドル貿易赤字削減要求

トランプは貿易赤字を減らせば経済が良くなると考えている
トランプ氏-輸入関税計画で「貿易戦争も構わない」
引用:https://dou-kaitori.com/post-16627.html


米中貿易戦争が本格化

トランプ米大統領は中国への圧力を強めていて、米中の貿易不均衡を問題視している。

大統領は3月7日、中国に10億ドルの貿易赤字削減を求めると投稿し、ホワイトハウス報道官が『1000億ドルの誤りだった』と修正していた。

1000億ドルは2017年における対中貿易赤字の25%に相当し、かなりの規模といえる。


米商務省によると2017年の対中貿易赤字は8.1%増加し、過去最大の3750億ドルだった。

この貿易によって約40兆円が中国のGDPに上乗せされて中国人の所得になり、逆にアメリカのGDPから差し引かれている。

実際にはアメリカも、中国から輸入した物に付加価値をつけて販売しているので儲けているが、保護主義者はそう考えていない。


これは日本でも見られ、輸入したらGDPが減少するのでマイナスだという考えを、財務省や閣僚すら持っている。

実際には輸入した石油はガソリンや石油製品に加工され何倍もの価値を生んでいるし、輸入したアイフォンは国内で利用され何倍もの価値をもたらしている。

輸出すると自国の労働力を渡す替わりに相手国のお金をもらえるが、これが割に合う商売かは分からない。


却って相手国が生産した物を輸入して、国内で付加価値をつけたほうが良い場合も多い。

例えば現在の日本では水不足はあまり起きないが、これは食料の多くを輸入しているので「水を数億トン輸入している」のと同じになる。

もし食料自給率を100%にしたら、おそらく飲料水も不足するほど大量の農業用水を消費してしまう。


輸出が良いとは限らない

また工業製品を輸出すると公害問題が深刻化し、中国の河川は赤青黄色など信号機のような色をしている。

輸出が経済に良く輸入は経済にマイナスというのも、フィクションか都市伝説の類に近い。

アメリカは膨大な貿易赤字で日本は膨大な貿易黒字だが、アメリカの成長率は高く日本の成長率は低い。


これは日本が自国の低賃金労働力で生産した製品をアメリカに売っているからで、日本人はアメリカのために働いている事になる。

逆にアメリカは1億人の日本人を低賃金労働者として雇っているのと同じで、アメリカは輸入物に国内で付加価値をつけて儲けている。

しかも為替は変動相場制なので、輸出を増やすほど円高になり、長期間で見ると輸出でもうけた分も後で損をしている。


どちらかと言えば損をしているのは輸出国であり、輸入国のほうが多くの利益を得ている。

このようにトランプの対中制裁はアメリカ自身の首を絞める気がしないでもないが、同時に中国の首も絞める。

中国は自国の労働者を低賃金で働かせて輸出するモデルなので、輸出を制限されると経済が行き詰る。
http://www.thutmosev.com/archives/75342564.html



14. 中川隆[-9627] koaQ7Jey 2018年4月14日 09:50:52: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-10270]

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米国の関税戦略に「日本封じ込め」の意図あり
トランプに対抗し、再び「富国強兵」を目指せ
中野 剛志 : 評論家 2018年04月13日
https://toyokeizai.net/articles/-/216132

日本を関税の適用対象にすることで、米国との二国間貿易交渉に追い込もうとしているのは明白だが…(写真:REUTERS/Carlos Barria)

米国は、3月23日からの鉄鋼とアルミ製品への関税適用について、カナダ、メキシコ、欧州連合(EU)、豪州、アルゼンチン、ブラジルそして韓国を4月末までの期限付きで対象から外したが、日本は対象とされた。安全保障を理由とする関税であるにもかかわらずだ。

なぜ日本はこうした事態に陥ったのか。

『富国と強兵 地政経済学序説』
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4492444386/toyokeizaia-22

でポスト・グローバル化へ向かう政治、経済、軍事を縦横無尽に読み解いた中野剛志氏は、トランプ大統領が日本を関税措置から外さなかったのはむしろ当然の結果だが、米国の要求を受け入れつつ、日本にとっても大きな利益となる方法があるという。どういうことか、解説してもらった。

トランプ大統領の明確な戦略性

米国の鉄鋼とアルミ製品への関税の適用に対して中国は、4月2日、報復として米国からの輸入品に関税を上乗せした。すると米国は、3日、知的財産権侵害を理由に通商法301条に基づき、半導体などハイテク分野を中心に約500億ドル相当の関税を課すと発表した。

4日には、今度は中国が航空機、大豆、自動車を含む106の米国製品への500億ドル相当の報復関税計画を発表すると同時に、米国を世界貿易機関(WTO)に提訴した。

すると米国は中国の報復関税に対する報復として、5日、1000億ドル相当の中国製品に対する追加関税措置を検討すると発表した。

こうした中、習近平国家主席は10日、自動車への輸入関税を今年引き下げ、自動車合弁の外資出資規制を緩和する方針を表明したが、これに対する米国の反応は、本稿執筆時点においては明らかではなく、米中関係は、まさに典型的な貿易戦争の様相を呈している。

しかし、この米国による関税措置を、トランプという非常識な言動の多い大統領による理不尽な政策として片づけてしまうと、その本質を見失うことになろう。

まず、関税の適用対象となった国々を見てみると、米国の明確な戦略性が浮き彫りとなる。

たとえば、米国の鉄鋼の主な輸入先の約半分を占めるカナダ、ブラジル、韓国、メキシコの4カ国が、暫定的に適用対象から外されている。関税引き上げは、輸入品の価格高騰によって国内経済に打撃を与え、国民からの反発を招くおそれがある。それを計算に入れて、この4カ国の適用を除外した可能性がある。

また、暫定的に適用除外とされた韓国、カナダおよびメキシコ、EUは、米国と貿易協定の協議中である。この関税措置を利用して交渉相手国に譲歩を迫る意図があることは明白だ。そして、日本に対しては、関税の適用対象にすることで、米国との二国間貿易交渉に追い込もうとしていることは言うまでもない。

各国が米国に対して対抗措置をとり、米国が孤立するというリスクについても、トランプ政権は考慮に入れている。たとえば、事前に断固たる報復措置を示唆していたEUやカナダは、適用対象外となった。また、一律・無差別な関税措置ではないので、各国が一致団結して反発し、米国が孤立するという構図にもなりにくい。適用除外国にとっては、他国に関税が課せられていることは、むしろ望ましいからだ。

中国との「貿易戦争」は狙いどおり

これに対して、中国との貿易戦争については、米国は織り込み済みであったと思われる。むしろ、それが狙いであったとすら言える。

第一に、中国との貿易によって米国が不利益を被っているというトランプ大統領の主張は、必ずしも間違いではない。

経済学者は伝統的に、自由貿易は各国の経済厚生を向上させると信じてきた。そして、自由貿易に反対する者を、経済学の初歩をも知らぬ愚か者と見下してきた。

ところが、ここ数年、デイヴィッド・オーター、デイヴィッド・ドーン、ゴードン・ハンソンといった優れた経済学者たちの一連の研究によって、中国がWTOに加盟して自由貿易体制に参入して以降、米国の製造業の雇用が打撃を受け、労働者が不利益を被っていることが明らかにされている。

自由貿易論者は、この労働者の不利益を過小評価している。なぜなら、自由貿易の理論は、自由貿易によって失業した労働者が出たとしても、その労働者はすぐに別の産業で雇用されると仮定しているからだ。

しかし、一般常識で考えても、ある産業で失業した労働者がすぐにほかの産業で雇用されるなどということは現実にはありえない。

オーターらの実証研究
http://nber.org/papers/w21906

は、この常識を確認するものであり、1999年から2011年の間に、米国は中国からの輸入の増加によって240万人の雇用を失ったと推計している。

中国との自由貿易によって米国の雇用が奪われたというトランプの主張には根拠があるのだ。また、今般の関税措置の理由の1つとなった中国の知的財産権の侵害についても、周知の事実である。

ちなみに、自由貿易論者は、1930年代の米国による関税引き上げ(スムート・ホーリー関税法)とその報復の連鎖が保護主義の台頭を招き、世界恐慌を悪化させたという説を歴史の教訓として持ち出すが、この説は誤りである。実際には保護主義の連鎖による悪影響はわずかであったことが複数の研究者によって明らかにされている。景気の悪化が保護主義の台頭を招くのであって、保護主義の台頭が景気を悪化させるのではないのだ。

しかも、今回の関税措置は、すでに述べたように適用対象国を限定している。したがって、今回の関税とその報復の連鎖については、もちろん、被害を受ける個別の産業はあり、また株価の下落による一時的な不利益もあろうが、マクロで見た世界経済や米国経済への悪影響については、さほど怖れる必要はないであろう。

第二に、中国との自由貿易によって米国が被った不利益には、安全保障上の問題も含まれる。

冷戦終結後の米国は、中国に自由貿易体制の恩恵を享受させれば、中国が米国主導の国際秩序に挑戦することはなくなるだろうという戦略に立っていた。その背景には、自由貿易は平和をもたらすというリベラリズムの信念があった。米国が中国のWTO加盟を後押ししたのも、このリベラルな戦略ゆえであった。

ところが、中国の戦略は「富国強兵」であった。中国は自由貿易体制に組み込まれた2000年代初頭以降、目覚ましい経済成長を遂げるのと並行して、軍事力を驚異的なスピードで拡大し、東アジアにおけるパワー・バランスを動揺させるに至ったのである。自由貿易によるリベラルな国際秩序の建設という米国の戦略は、中国の富国強兵の前に敗北を喫したのだ。

米国も、さすがに2000年代後半には、「自由貿易による平和」が幻想にすぎなかったと気づいた。前オバマ政権がアジア重視戦略を打ち出したのも、そのためだった。しかし、このアジア重視戦略は、中国の富国強兵を阻止するうえでは、ほとんど何の効果もなかった。

今回の関税措置は、この冷戦終結後の米国の対中戦略の失敗とその反省という脈絡の中に位置づけて、理解すべきなのである。

ただし、米国は、1つ、大きな戦略的ミスを犯している。

米国は、今回の関税措置において、中国に対して特に強硬な姿勢で臨むと同時に、ロシアも適用対象国とした。その結果、米国市場へのアクセスを制限された中国は、ユーラシア大陸の内陸部への進出をより強めるであろう。ロシアもまた、中国への接近を図るであろう。

こうして、トランプの関税措置は、ユーラシア大陸を勢力圏におさめようという中国の「一帯一路」戦略を加速し、強化してしまうのだ。ユーラシア大陸内陸部を勢力圏におさめたら、中国は、今度は南シナ海、そして東シナ海への進出を本格化させるであろう。要するに、日本の安全が危うくなるような地政学的変化が引き起こされるのだ。

日本は報復措置を怖れる必要のない相手

ところで、なぜ米国は、安全保障を理由とする関税措置の適用対象から、同盟国の日本を除外しなかったのか。実は、これは、さほど不思議なことではない。

まず、押さえておかなければならないことは、そもそも日米同盟は、かつてのソ連や現在の中国・北朝鮮に対する封じ込めであると同時に、日本に対する封じ込めとしての性格を併せ持つ「二重の封じ込め」であったということだ。つまり、親米派がどう信じようと、米国にとって日本は、安全保障上の潜在的な脅威の1つに数えられるのだ。

この日米同盟の「日本封じ込め」の側面に着目するならば、米国が安全保障を理由に日本を関税措置の対象としたことは、驚くには当たらない。

次に、「二重の封じ込め」の「中国・北朝鮮封じ込め」の側面に着目するならば、日本は、確かに日米同盟のおかげで、中国・北朝鮮という地政学的脅威に対抗している。しかし、このように自国の防衛を米国に依存している状態にありながら、米国の要求をはねのけるなどという選択肢は、日本にはないに等しい。つまり、米国にとって日本は、EUやカナダとは異なり、報復措置を怖れる必要のない相手なのだ。

米国が、この日米同盟の「二重の封じ込め」の構造を利用して、日本にさまざまな経済上の要求をのませる。これは、何も今になって始まったことではなく、これまでもそうであった。「それは、トランプ政権の下でさらに決定的なものとなろう。これは構造的な問題であって、日米首脳が信頼関係を構築すれば回避できるといった類のものではない」と、筆者はトランプ政権発足直後に警告を発しておいた

(日米首脳の蜜月こそが日本経済の「足かせ」だ)。
https://toyokeizai.net/articles/-/157972


米国の要求を受け入れつつ、日本にも利益となる方法

さらに深刻な事態も予想される。

もし米中貿易戦争がエスカレートし、巨大な中国市場へのアクセスを制限された場合、米国は東アジアへの関心を大きく低下させるであろう。そのとき、米国の東アジアからの撤退がいよいよ現実味を帯びてくる。それを怖れる日本は、今後、ますます米国の要求を拒否できなくなるであろう。反対に、中国が米国の要求に応じた場合には、米国はその標的を日本市場に絞ることとなる。


『富国と強兵 地政経済学序説』

さて、以上のような全体構造を直視するならば、今回のトランプの関税措置に対し、わが国が打てる手はほとんどないかにみえる。

しかし、1つだけ、米国の要求を受け入れつつ、日本にとっても大きな利益となる方法がある。

それは、米国の貿易黒字削減要求に対して、内需拡大によって応じることだ。内需拡大による経済成長は、米国からの輸入を増やすというだけでなく、日本国民を豊かにする上でそもそも必要なことだ。

内需拡大の実現には、積極的な財政出動が不可欠であるが、日本が財政赤字を懸念する必要がないことは、すでに証明しておいた

(「財政赤字の拡大」は政府が今やるべきことか)。
https://toyokeizai.net/articles/-/164105


さらに、拡大した財政支出の一部を防衛力の強化に向けるならば、なお賢明である。

明治維新からちょうど150年の今年、再び「富国強兵」を掲げるべき、いや掲げざるをえない時代が来た。今回の米国による関税措置は、そのシグナルとして認識しなければならない。自由貿易、日米同盟、財政再建を巡るこれまでのドグマにとらわれていては、この富国強兵の時代を乗り切ることはできないのだ。




15. 中川隆[-12770] koaQ7Jey 2018年6月02日 18:08:27: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14761]

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2018年06月02日
日本の対外資産1千兆円 国内に投資が必要

これだけの金が国内で投資されず、海外で投資されたとも言える
日本の対外純資産(対外資産ー対外負債)推移20171101-620x349
画像引用:大切なのはおカネじゃない2017/11/09 http://ryusuke-m.jp/


対外投資は大幅に拡大

財務省の5月25日発表によると、日本の対外資産が初めて1千兆円を超え、対外純資産は328兆円だった。

対外純資産328兆円は中国を上回り3年連続世界一だが、金額では3年連続で減少している。

対外資産は1012兆4310億円で前年より26兆円増加し、内訳では企業買収や工場建設などの直接投資が19兆円増えた。


対外資産が増えたことは日本にとって良い事なのか、悪いことなのかは議論がある。

日本企業や個人が海外で会社を買収したり土地を買ったり、政府が外国に援助や融資すると、海外資産は増えます。

確かにこれは日本の資産が増えて、お金持ちになったのだが、別の見方もできる、


本来日本国内に投資されるべきだったお金が、海外に流出して外国は経済成長し、その分日本の成長率は鈍化するからです。

例えば対外資産のうち100兆円が海外ではなく国内で投資されていたら、それだけでGDPの20%にも匹敵します。

見方を変えると日本は外国に投資するよりも、国内に投資していたほうが、より豊かになれた。


日本は国内で投資すれば豊かになる

逆に日本から投資された国から見ると、日本に借金したことになり、対外債務が増加して貧しくなります。

だが日本が投資したお金で工場を建てたりインフラ整備したりするので、受け入れた金額分の経済成長がおきます。

日本は対外資産を増やす変わりに自国には投資せず、相手国は対外債務を増やす変わりに経済成長します。


どちらが得をするかと言えば、日本が投資した相手国の方がより得をするのです。

相手国は日本に金利をつけて借金を返済したり、配当や利益を支払うが、それ以上に経済成長しています。

日本の対外資産はバブル崩壊後の1990年代から急増しましたが、対外資産は増えたのに、経済はうまく行かなくなりました。


この理由は日本人のお金が国内で投資されずに外国で投資されたからで、日本人が豊かになるには国内で投資しなくてはなりません。

M&Aの大型買収は企業に利益をもたらしますが、投資するのは外国に対してなので、日本人は豊かになりません。

反対に外国が日本に投資すると、日本の対外債務になって日本の純資産が減り、一見すると貧しくなります。


だが相手国が日本に投資したお金で日本は経済成長し、GDPは増えて国民所得も増えます。

どちらかというと日本は外国への投資に精を出すよりも、外国からの投資を積極的に受け入れたほうが良い。
http://www.thutmosev.com/archives/76323986.html




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悪い冗談?日本が「観光立国」を目指すのは間違っている深い理由 by 冷泉彰彦 2018.07.25
https://www.mag2.com/p/news/365943


2020年の訪日観光客数4000万人、2030年には6000万人を目指すなど、「観光立国」の実現に向け遮二無二進んでいる観のある日本ですが、「観光業が国を立てる存在として期待されるのは経済敗北主義」とするのは、アメリカ在住の作家・冷泉彰彦さん。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』の中でその理由を記すとともに、我が国は金融やソフトウェアと言った21世紀の最先端の産業を立て直すべきと提言しています。


大疑問、観光立国とアベノミクスの相性は大丈夫か?

最初に申し上げておきますが、私は日本の観光業が発展することはいいことだと思います。その意味で、現在は年間3000万人ペースで推移している訪日外国人を、4000万から6000万に拡大する計画についても異論はありません。

また、観光業界などが「観光立国」を宣言したり、2014年に日本観光振興協会が「観光立国推進協議会」という会合を発足させたりしている動きにも反対はしません。それぞれの業界が、自分たちが国を背負うという気持ちで、産業の拡大に努力することは正しいからです。また、個々の都道府県レベルで、知事や各市町村長などが観光業の拡大、旅行者受け入れの拡大に努力するというのも当然のことと思います。

ですが、その観光立国協議会に経団連や日本商工会議所といった、全国レベルの財界が強く関与したり、政府の高官が「日本は観光立国を目指す」とか、あるいは「観光先進国を目指す」という発言をするのは間違っていると思います。

観光業というのはまず「余暇産業」です。可処分所得が大きく、労働時間の短い、従って一人当たりGDPの高い先進国は、この観光業の消費側(カスタマー)になります。日本の場合も、高度成長の結果として好景気を謳歌していた70年代から90年代というのは、海外旅行というのは大ブームになっていました。

一方で、観光業というのは「労働集約型のサービス産業」でもあります。供給側から見ればそういうことです。その場合に、全産業の平均では旅館にしても、交通機関にしても固定的な設備投資が相当に必要ですから資本収益率は決して良い商売ではありません。また多くの現場要員を必要としますから、全平均の賃金水準も産業として、高くはありませんし、厳しい長時間労働が伴います。


ですから、他に主要産業があって健全なGDPを形成していて、そこに乗っかる形で、「プラスアルファ」の経済として、観光業が存在するのであれば、正しいのですが、観光業が「それで国を立てる」存在として期待されるというのは、これは経済敗北主義であり簡単に見過ごせるものではありません。


更に言えば、この「観光立国」というのは、アベノミクス全体のストーリーが「マズい方向に」行っているということも示しています。


アベノミクスについては、まず「通貨政策による円安誘導」で株高が現出しました。それは良いのです。2000年代までのように「円安になると輸出産業が潤う」ということよりも、「円安だと海外で稼いだ利益や、海外市場で形成された株価が膨張して見える」ということの方が大きかったわけですが、それも別に悪いことではありません。

ですが、当初の計画では、「そのように国内で株高を実現しておいて」その間に、「第三の矢」である構造改革を行って、国内の生産性を高め、産業構造を先進国型に戻していくということが(言葉は多少違いますが)想定されていたのだと思います。

ですが、この「第三の矢」つまり構造改革は、ほとんど手がついていません。その結果として、産業界では「先端部分をドンドン外に出す」ということが加速しています。トヨタがAIの研究をシリコンバレーでやっているとか、日産のデザイン部門はカリフォルニアというように、市場に合わせた生産機能ではなく、基幹の最先端部分をドンドン空洞化させているのです。

市場ということでも、収縮する国内は見捨てて海外比率が高まっています。その結果として、収益は海外で発生し、それを連結で(合算して)決算すると「史上空前の利益」になるが、その利益は国内還流しないという構造でグルグル回っているのげ日本経済の現状です。

貧困の問題も、地方衰退の問題も、非正規の問題も、全てはそこに原因があります。正しい構造改革を行って、先端産業を呼び返さなくては、日本経済は先進国経済にはならないのです。


それでも、ホワイトカラー労働は残っています。それこそ「本社機能」だけは日本に残している会社は数多くあります。ですが、そこには「生産性の低い日本語による事務仕事」が残っているだけで、こんなことをやっていては、やがて、その「日本語で事務をする本社」というのは淘汰されて行ってしまうでしょう。

その結果、日本国内のGDPを支える主要産業としては、観光ぐらいしか残らないということになります。それは、21世紀の世界で最も重要な産業である、金融とソフトウェアが壊滅的であるということと見事に裏返しになっています。

その意味で、「アベノミクス+観光立国」というのは、亡国の政策としか言いようがないのですが、それでも多くの野党が「これ以上の経済成長はいらない」などという引退世代の身勝手な寝言につき合っている中では、安倍政権以外のチョイスはないという現実もあります。これは悲劇を通り越して、喜劇としか言いようがありません。


しかも、これに加えて「人手不足だから移民を入れる」というのですから、大変です。観光業に関して言えば、現在は宿泊が中心ですが、飲食業界も移民導入の対象にする話が進んでいます。


どうしていけないのかというと、「やがて日本語の事務仕事が淘汰された」時には、猛烈な人余り現象が起きてしまうからです。国内に観光や福祉の仕事しか残っていない状況で、そうした仕事は生計費をスリム化できる外国人が抑えていたとして、日本人の雇用はどうなるのかという問題があります。

とにかく、金融とソフトウェア、あるいはバイオ、製薬など21世紀の最先端の産業を立て直して、高い教育を受けた人口がそれに見合う生産性を上げるように構造改革を進めるべきです。その上で、観光業が「おまけのGDP」として乗っかるのであれば大いに結構ですが、その改革から逃げて「観光立国」というのは、これはダメだと思います。「観光先進国」というのは悪い冗談にしか思えません





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2018年08月01日
貿易赤字は損 黒字は得なのか?

アメリカは赤字が増えるほど経済が拡大している


画像引用:経済社会を知りたい - Jugemhttp://img-cdn.jg.jugem.jp/c01/265151/20130210_291142.png

貿易赤字は打撃を与えていない

米トランプ大統領はアメリカの対外貿易赤字を問題視していて、減らすべきだと言っています。

ニクソン大統領あたりからずっと言っていて、ニクソンショックも貿易赤字(経常赤字)を解消するために実施しました。

貿易以外のサービスや投資など全て合計したのが経常収支ですが、ここでは分かりやすく貿易赤字とします。

ニクソンは為替相場を変動させて、円高ドル安にすれば赤字を解消できると考え。変動為替制度にしました。

この時から日本はずっと円高に苦しめられ。円高のたびに大不況に陥りました。

ところがアメリカの貿易赤字そのものは、変動為替制でも拡大し続け、相手国が中国やドイツに変わっただけでした。


それにアメリカは貿易赤字が年々拡大したのに、反比例するように経済は絶好調です。

確かにニクソンやカーターの時代は貿易赤字で苦しんでいたが、90年代以降は苦しんでいません。

貿易赤字がアメリカ経済に打撃を与えるなら、1990年から現在まで、リーマンショックを除くとずっと経済成長してきた説明はつきません。


日本は黒字で儲けていない

もしニクソンやトランプの言う通り「貿易赤字で被害を受けた」なら米経済はマイナス成長のはずです。

リーマンショックはアメリカ自身がバブル経済を破綻させたからで、貿易赤字とは関係なかった。

最大の矛盾は「貿易赤字は米経済に打撃を与えていない」という点です。


アメリカは貿易赤字で被害を受けなかったのだが、これを逆に言うと「日本は貿易黒字で儲けていない」ことになります。

その証明はバブル崩壊の1991年以降経常黒字が急増したのに、経済成長率はマイナスに転じたので証明できます。

もし経常黒字で儲けたなら、マイナス成長はありえないし、誰も説明できないでしょう。


日本企業は上から下まで輸出で利益を出していますが、彼らがどれだけ輸出しても、日本の経済成長率はマイナスでした。

輸出によって日本が代金を受け取るという、個人商店のような考え方では、輸出するほど儲かっていなくてはなりません。

現在では「輸出で儲かる」「輸入で損をする」という理論は経済学では否定されていて、両方が利益を得ることになっています。


「輸出で儲ける」はもはや幻想

輸出は競争相手がなければ確かに利益が出るが、世界に強力な輸出国がひしめいていたら、売れば売るほど損をすることもあり得ます。

最近はまさにそんな状況で、どんな輸出商品でも買いたたかれて、日本の工場労働者は低賃金長時間労働を強いられています。

競争相手の中国や韓国やベトナムに勝つには、日本の労働者の賃金を10分の1にするか、10倍働かなくてはならないのです。


これが輸出しても国が儲からなくなった原因で、逆に輸入国にとっては、外国の労働者を低賃金で雇っていることになります。

中国の労働者が時給1ドルでスマホを作ってアメリカが輸入したら、アメリカ人は時給1ドルで中国人を雇っているのと同じです。

時給1ドルで作ったスマホはアメリカで数年間使用され、活用されて国内の経済成長に貢献します。


日本は原材料を輸入して加工して高値で輸出する商売から抜け出せず、「輸入したら損をする」と考えている人が多い。

そうではなく時給100円の労働者が作ったスマホを国内で活用し、経済成長すると日本が得をするのです。

現代ではむしろ輸出国(黒字国)よりも輸入国(赤字国)のほうが貿易で利益を得ていると考えられます。


中国は輸出で大儲けして成長したという神話があるが、実際は輸出で得た外貨を元手に、国内投資して成長しました。

成長分のほとんどは国内の公共事業や不動産投資で、輸出による経済成長はわずかでした。
http://www.thutmosev.com/archives/77076603.html

5. 中川隆[-13060] koaQ7Jey 2019年1月12日 09:28:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22222] 報告
勝又壽良がまたド素人丸出しの見当外れの事書いてたからコメントしといたけど、削除されるかな?

日本、「円高」今年はそろそろ1ドル=100円説「その影響は?」
勝又壽良のワールドビュー 2019年01月12日

円高基調に転じてすでに6年3ヶ月目を迎えている。安倍第二期政権が発足する2ヶ月前からだ。これだけ長期の円安基調が続いているのは、日本のマイナス金利で米国との金利差が拡大していることが上げられている。

実際は、米国の利上げで日米金利差が拡大しているにもかかわらず、じりじりと円高方向に動き始めている。こうなると、金利差を無視する動きが為替相場に出ているわけで、海外から「今年は円高」という声が、現実味を帯び始めてきた。

   


為替相場を動かす要因として、次の点が指摘されている。

1.テクニカル要因

2.投機要因

3.ファンダメンタルズ要因

日々の為替相場の動きは、ほとんど金利などの景気指標のファンダメンタルズ要因に左右されるが、長期的にはテクニカル要因も無視できない。為替需給の均衡点を表わしているからだ。その均衡点は、購買力平価である。

1985年のプラザ合意以降の円=ドル相場の実勢を見ると、日米両国の企業物価・輸出物価から計算された購買力平価(1ドル=100円)の動きと非常に相関度が高いと指摘されている。その時々の円=ドル相場は乖離して変動するが、長期的に見ると日米購買力平価に収斂している。

こういう長期的な円=ドル相場の流れの中で見ると、ファンダメンタルズ要因を強調し過ぎても正しい為替相場の動きを予測できないことになろう。投機要因も加味しなければならなくなるのだ。


『ブルームバーグ』(1月11日付)は、「今年こそ1ドル100円か無理な水準ではないとの見方も」と題する記事を掲載した。

(1)「円は2019年、衝撃のスタートを切った。年末年始の連休中のフラッシュクラッシュ的な動きでドルに対して短時間に4%近く上昇した。ファンドマネジャーらは1ドル=100円まで円高が進む可能性を受け入れつつある。ジャナス・ヘンダーソン・インベスターズのマネーマネジャー、ライアン・マイアーバーグ氏は『世界の成長が減速し、米金融当局が利下げをし、ボラティリティーが高まる。そんな環境になれば、円はファンダメンタル的には割安なので、1ドル=100円の水準も無理なものには思われない』と述べた。

年初の隙間をつくような突然の円高であった。これまでの円安相場修正への前兆のような動きであったが、国際的には1ドル=100円を無理な相場でないという認識が出ていることに注目すべきだ。購買力平価の100円に接近する相場であれば、円高でも円安でもない適温相場水準と言える。

(2)「ドイツ銀行は円が年内に1ドル=100円に達するとの見通しを示した。ジョージ・サラベロス氏らストラテジストはリポートで、『フラッシュクラッシュ的な動きは薄れたが、円高の原動力はそれだけではないと考える』とし、『日本人投資家の行動の構造的シフト』が今年の円を支えると予想した。このほか、ラッセル・インベストメンツとクレディ・アグリコルは20年に1ドル=100円に達するとみている」

ドイツ銀行は、年内に100円相場があり得ると見ている。その背景には、日本の投資家がすでに円高に備えた投資行動を取っていることを上げている。「渡辺夫人」と言えば、日本の為替投資家の代名詞だ。この渡辺夫人の出動が、為替相場の一大「投機集団」と見られて注目されている。円高への投機要因が、日本国内にある。そういう意味で、為替相場を動かす要因2で上げた投機要因がテコとなりそうだ。

株式市場では、円高=企業業績悪化=株安というパターンである。確かに、国内からの輸出にはブレーキとなるが、日本経済全体にとっては、円高による交易条件の改善効果がある。ただ、円高で輸入物価が下落することで消費者物価が頭打ちとなり、日銀の物価目標2%がさらに遠くなるというジレンマを抱える。

このように、円高のもたらす悲喜こもごもの情景はあるが、日銀は金利政策のターゲットを物価目標2%に置かない兆候を見せている。すでに、米国のFRB(連邦準備制度理事会)の金利政策は、中立金利(自然金利=均衡金利=潜在成長率)に置かれていることが明言されている。日本もこれに倣う様子が窺えるのだ。日本の中立金利は、0.8〜1%程度(潜在成長率)と推測されている。日本もこのような状況になれば、無理に1ドル=100円に向けた円相場を阻止する必要はない。静観すれば良い。ここでさらに、金利政策に小細工することをやるべきでないだろう。

日本では、円高になって輸出が減るとしても、経常黒字には大きな影響が出ない構造的な変化が起っている。2017年度の国際収支速報では、経常収支の黒字は21兆7362億円と、前年度より3.4%増えて過去3番目の水準になった。4年連続で黒字は拡大した。最大の要因は、第1次所得収支の伸びである。企業が海外子会社から得る配当金などを示す2017年度の第1次所得収支では、海外子会社による稼ぎを示す直接投資収益は前年度から1割増え、8兆9459億円だった。かつては貿易黒字が稼ぎ頭だった。今は海外の直接投資収益が、経常黒字額の4割を占めるまでになっている。国内でモノを作って輸出する形態から、海外への投資で稼ぐ姿に変わりつつある。この変化こそ、日本の国際収支構造が高度化した証拠である。

為替相場の動向は、重要であることは事実としても、円高=株安という点だけで受け止めるべき時期を過ぎた。


コメント

1 中川隆:円安は金利とは関係ないです 2019年01月12日 09:24 id:yMs1T.fC0

アベノミクスで円安になったのは

日本の銀行が日本国債を日銀に売って得た円をドルに替えてアメリカ国債を買ったからですよ

6. 中川隆[-13056] koaQ7Jey 2019年1月12日 14:34:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22222] 報告
>>5 の続き


2 勝又壽良 2019年01月12日 12:57 id:RCi4F4Ky0

そういう解釈は、現象面を見ているだけで、その底にある構造要因に無関心なだけでしょう。私とは、視点が異なります。


4 円安は金利とは関係ないです 2019年01月12日 14:32 id:yMs1T.fC0
>>2
>そういう解釈は、現象面を見ているだけで、その底にある構造要因に無関心なだけでしょう。私とは、視点が異なります。


アベノミクスで円安になった構造要因というのは
アメリカが金融緩和を止めるので日銀に肩代わりさせたという事ですね
それで日本の銀行にアメリカ国債を買わせてアメリカの景気と米株の値段を維持させたのですね。

7. 中川隆[-13054] koaQ7Jey 2019年1月12日 15:33:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22222] 報告
続き

5 通りすがり 2019年01月12日 14:42 id:pFeXHdvS0

>>4の方
世界中、無数の個人投資家から、名だたる銀行、ヘッジファンドが、
国家の意思と関係なく資産運用(株もそうですし、為替も例外ではありません)を行う、という視点がすっぽ抜けているように思いますが。
金利が高くなった、安くなった、という「構造要因」というのは、水が低きへ流れるかの如くに投資家が大移動を行う、
その結果、円安・円高が進行する、ということですよ。


6 円安は金利とは関係ないです 2019年01月12日 15:31 id:yMs1T.fC0
>>5
金利が高くなった、安くなった、というのは「構造要因」にはなりません。

日本が貿易黒字で沢山儲けたドルを円に換えたので超円高になった

とか

日本の投資資金を、国内が不景気な為に、アメリカに投資したので超円安になった

というのが「構造要因」です。

8. 中川隆[-13048] koaQ7Jey 2019年1月13日 11:35:30 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22222] 報告

朝鮮ヘイトのアホに真実を教えてやったけど怒るかな?

韓国、「気楽」文氏は会見で成長・革新50回使うが「政策変更なし」2019年01月13日


文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、国民生活に責任を持たない主義のように見える。昨年と今年で最低賃金を約30%も引き上げ、それが韓国経済にどのような負の衝撃を与えているか。とんと、関心を持たないようだ。ただ、言葉の上では、それらしきことを述べているが、実際には何らの政策変更もない。ただ、国民に「我慢してくれ」と言うだけ。こういう不思議な為政者が、韓国に現れたのだ

『中央日報』(1月11日付)は、「文大統領新年記者会見、雇用状況は極めて残念、『話す言葉なくなった』」と題する記事を掲載した。一問一答を示す。

(1)「(質問)雇用政府を標ぼうしてスタートしたが、雇用状況が良くない。

(答弁)極めて残念な点だ。話す言葉がなくなった。しかしいくつかプラスの効果もあった。全般的に家計の所得が高まったこと、日雇い労働者の比率が減ったのはプラスの指標だ。もちろん全体的に雇用が期待ほど増えなかったため、国民が感じる雇用は依然として厳しいはずだ。これを克服するのが我々の課題だ」

文氏の答弁は、雇用悪化について、「極めて残念な点だ。話す言葉がなくなった」と自覚はしているが、その対策がないどころか、今年も大幅な最低賃金引き上げを行なって、「涼しい顔」をしている。自らの責任を感じていない風である。

一方では、「全般的に家計の所得が高まったこと、日雇い労働者の比率が減ったのはプラスの指標だ」と言い逃れしている。これは、最賃の大幅引上げが組織労働者の賃金を引上げた結果だ。日雇い労働者が減ったのは、財政資金で救済して正規職員化したもの。民間の就業者は大幅に減っている。雇用の受け皿は民間企業である。それが減少したのでは、言い訳にもならない。


(2)「(質問)雇用状況悪化の原因は?

(答弁)最低賃金の急激な引き上げに原因があると言われているが、根本的には製造業が構造調整を進めながら持続的に雇用が減っている。それで強調するのが革新だ」

ここでも、言い逃れしている。重厚長大産業が不振であることは確かだが、最低賃金の大幅引き上げが、100万にも及ぶ自営業者の廃業をもたらしている。ここで働いていた人々が職を失った。最低賃金引き上げは、もちろん必要である。だが、2年間で約30%にもなる引上は異常である。労働組合は、最賃の引き上げによってさらに賃金を押上げるので歓迎しているが、自営業者にとっては人件費増で経営が立ちゆかないのだ。文氏は、韓国全体の大統領でなく、組織労働者の味方に過ぎない偏った位置にある。

『中央日報』(1月11日付)は、「文大統領新年記者会見、成長・革新50回使ったが政策基調維持」と題する記事を掲載した。

(3)「多くの経済界人々が、「文在寅政府の新年経済政策基調が過去と大きく変わるとは思えない」。文大統領による10日の新年記者会見を見て下した結論だ。今回の新年の挨拶で、文大統領は現政権の経済路線のトーレードマーク『所得主導成長』と、所得主導成長を支える核心政策である『最低賃金引き上げ』はそれぞれ1回ずつ言及した。『最低賃金引き上げは韓国経済の体質を変える意味のある決定であり、家計所得を高めて所得主導成長の基盤になる』という昨年の新年の挨拶とは温度差がかなりあった。その空席を埋めたのは経済(35回)・成長(29回)・革新(21回)などだった。典型的な保守の話題だ。総合的には『革新的包容国家』を成し遂げると締め括った」

今年の新年の挨拶では、経済(35回)・成長(29回)・革新(21回)が主なフレーズである。言葉は踊ったが、中身の政策は聞かれずじまいだ。結論は、「革新的包容国家」である。成長よりも分配を重視するという「陳腐」な内容である。

韓国経済は、今年の経済成長率予測で2.5%が多数説になっている。これは、楽観的に過ぎる。昨年の4〜6月期と7〜9月期が前期比0.6%成長である。これは、年率換算で2.5%成長である。

昨年の成長率では、前記四半期の内需(総需要から純輸出と在庫を除いたもの)が、すでにマイナスになっている。純輸出が減少すれば、マイナス成長に落込む際どい所まで追い込まれている。この現実を無視していると、「どんでん返し」を受けて、マイナス成長もあり得る。それほど危険な局面に立たされている。文大統領にその認識はゼロだ。

コメント


1 名無しさん 2019年01月13日 08:05 id:EeugkeDI0

元駐韓大使 武藤正敏さんが、『韓国人に生まれなくてよかった』と言ったそうですが、私も日本人に生まれて、本当につくづくよかったと思います。でも私が朝鮮人として生まれたのなら、朝鮮人バンザイと叫ぶのかな。日本は恵まれた国だなと思います。


2 中川隆:日本の支配層は昔から朝鮮からの渡来人ですけどね 2019年01月13日 11:23 id:FCT7gnGD0


記紀には天皇家はソウル出身だと書かれていて、そこから北九州の伊都国に移住してきたのですね。

八咫の鏡もアマテラスの墓も既に見つかっています。


3 中川隆:日本の支配層は昔から朝鮮からの渡来人ですけどね 2019年01月13日 11:31 id:FCT7gnGD0

中共はアメリカが毛沢東を支援して作らせた国だし、朝鮮戦争は八百長戦争で
韓国と北朝鮮の対立はヤラセだというのが定説ですね。

というより、大東亜戦争はスターリンとルーズベルトが組んで世界を共産化する為に行ったというのが有力な説で、
天皇一族や蒋介石は反共だったのでアメリカに潰されたのですね。

文在寅はインテリでそういう過去の経緯を良く知っているので、北朝鮮や中国と関係を深めたいのです。

ただ、その後共産主義は上手くいかないのがわかったので、現在は移民政策で世界を一つにする方向に変わってきたのです。
http://hisayoshi-katsumata-worldview.com/archives/14960940.html

9. 中川隆[-13043] koaQ7Jey 2019年1月13日 14:06:09 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22222] 報告
>>8 の続き


4 名無しさん 2019年01月13日 13:22 id:nqzl1nGi0

騎馬民族征服王朝説は考古学的に見て支持に値しないファンタジーとして、学会では葬り去られていますよ。
「記紀には天皇家はソウル出身だと書かれていて」とはおっしゃいますが、
端的に、じゃあどうして記紀に、馬に乗った英雄が全く出てこないんでしょう。
おかしな陰謀論を振りまくのもおやめになった方がよろしいかと。


5 日本の支配層は昔から朝鮮からの渡来人ですけどね 2019年01月13日 14:02 id:FCT7gnGD0

>>4
騎馬民族征服王朝説とは関係ないです。
日本は多民族国家で民族によって宗教が全く違うのですね:

鏡信仰は漢民族
鳥信仰は長江人
蛇信仰は縄文人

天皇家は鏡信仰なので漢民族、弥生人は長江人

になります。そもそも、当時高価な中国製の鏡を何百枚も持って居たり、漢文を書いていた天皇一族が日本人の訳ないですね。

10. 中川隆[-13039] koaQ7Jey 2019年1月13日 17:03:03 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22222] 報告
続き


6 名無しさん 2019年01月13日 16:08 id:nqzl1nGi0
>>5
最初におっしゃっていた「ソウル出身」というのは、どこに行っちゃったんですか?
即ち、ソウルに居た漢民族が日本に渡って来た、ということなのでしょうか。


7 日本の支配層は昔から朝鮮からの渡来人ですけどね 2019年01月13日 16:23 id:FCT7gnGD0

民俗学的考古学的に調査を行った話としては、天皇のルーツは朝鮮半島の38°線付近の小さな集落に、風習がとても似た村があると指摘されていて、それらは紛争地帯であるために容易に近づく事は出来ないだろう、

同行した当時KCIA局員の話としては、そうした天皇の由来について何らかの事情を知っていたらしく、意見を聞かれ
「知らない方が良いこともあるのだ」と答えたという研究者の話が伝わっています。

この話はあるメディアに流れました。


8 日本の支配層は昔から朝鮮からの渡来人ですけどね 2019年01月13日 16:23 id:FCT7gnGD0


天降りの神話です。そこで『古事記』(上巻)に[史料1]

「故爾に天津日子番能邇邇藝命に詔りたまひて、天の石位を離れ、天の八重多那雲を押し分けて伊都能知岐知和岐弓、天の浮橋に宇岐土摩理、蘇理多多斯弖、竺紫の日向の高千穂の久士布流多気に天降りまさしめき」。

高千穂の峰と書けばいいのにわざわざ古事記は「久士布流」という形容をしている。亀旨と同じです。高千穂の峰にクシという言葉がついている。

 「此地は韓國に向ひ、笠沙の御前を眞来通りて、朝日の直刺す國、夕日の日照る國なり。故、此地は甚吉き地。」

という言葉があります。

 高千穂伝承には[史料2]

「筑紫の日向の高千穂の槵觸峰」

「日向の槵日の高千穂の峰」

「日向の襲の高千穂の槵日の二上峰」。

いずれもクシという字があります。

朝鮮の神話と日本の神話に類似性があることを教えてくれます。

それだけではなく

「日向の襲の高千穂の添山峰」。

それを『日本書紀』(巻第二)[史料3]では「曾褒理能耶麻」と云ふ。
わざわざ「そほりの山」と読むと書いてある。

朝鮮半島では聖なる場所のことを「ソホリ」と言う。
韓国の都をソウルというのは聖なる場所という意味なんです。

『三国史記』には百済の最後の都・泗沘(シヒ)のことを所夫里(ソホリ)といっています。
高千穂の聖なる山ということが朝鮮の言葉のソフルと記されています。

天から神が降りてくる、その場所をクシとかソホリという言葉を使っていることに注目して下さい。


9 日本の支配層は昔から朝鮮からの渡来人ですけどね 2019年01月13日 16:28 id:FCT7gnGD0

高天原故地碑(たかまがはらこちひ)は、大韓民国慶尚北道高霊郡の加耶大学校内にある石碑。日本神話の天津神が住む高天原は、ここであると記されている。

慶尚北道 高霊郡 地図
https://map.konest.com/daddr/4783034032

高天原は実在の地域を反映しているとする説は古くから存在し、第二次大戦後は主としてアマチュア研究家によって朝鮮半島説も唱えられることがあった。当初その比定地とされたのは、戦前から一部の研究家によってスサノオが立ち寄ったという新羅のソシモリの候補とされた、『冬のソナタ』のロケ地として知られる江原道春川市であって、慶尚北道高霊郡ではなかった。

春川に代わって名乗りをあげたのが高霊郡であった。加耶大学校の李慶煕総長がこの説の主唱者で、1999年6月28日に「高天原故地」と記された石碑が建立された。
李慶煕総長によると

高皇産霊尊は、高と霊の字が含まれるので、高霊郡で誕生した[1]。

東国與地勝覧に書かれている伽耶の天神夷毗訶の次男伊珍阿豉(イジンアシ)はイザナミと発音が似ている。そのため、伊珍阿豉はイザナミである。

任那の任は現代の韓国語で「主人」「母」を意味する。そのため、任那は『主人の国』や『母なる国』を意味する。

高千穂の添山(そおりやま)は韓国の首都ソウルと発音が似ている。そのため、添山はソウルを指す。
と、いうことだそうである。

これらの主張は、2001年に訪韓した筑波大学の馬渕和夫名誉教授らの賛同を得ている。このとき、馬渕教授は李総長の主催する学会で「朝鮮民族が日本を征服し大和王朝を建てた」と発表している

11. 中川隆[-13015] koaQ7Jey 2019年1月14日 00:11:45 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22222] 報告

10 名無しさん 2019年01月13日 23:04 id:nqzl1nGi0

あまり勝俣先生のブログに関係のないことを続けてコメントしてもご迷惑でしょうが、一点だけ。
僕がお聞きしたのは、
あなた自身がおっしゃった「天皇家はソウル出身」ということと「天皇家は鏡信仰なので漢民族」ということとの関連性についてのみです。

「ソウル出身」と聞けば、「朝鮮族ということなのか」と思ったのですが、「漢民族」とおっしゃったので「おや?」となったのです。
この二つの事項はどういった関係があるんですか?


11 勝又壽良 2019年01月13日 23:27 id:MyRxtoVM0
>>10
私は、この天皇家や朝鮮の問題について、何も発言していませ。ブログにも書いてありません。読者の皆さんがご議論されているだけです。私の専門外のことですので、発言を慎んでおります。宜しくお願い致します。

12 日本の支配層は昔から朝鮮からの渡来人ですけどね 2019年01月13日 23:56 id:FCT7gnGD0

>>10
>「ソウル出身」と聞けば、「朝鮮族ということなのか」と思ったのですが、「漢民族」とおっしゃったので「おや?」となったのです。
この二つの事項はどういった関係があるんですか?

朝鮮は昔から独立国だった事は無く、常に漢民族や蒙古人に支配されていたのです。

朝鮮も日本同様に多民族国家で、長江の稲作民と支配階級のツングース人・漢民族からなります。

天皇一族は朝鮮を支配していた漢民族の一員だったのですが、権力闘争に負けて北九州に逃げて来たのですね。

日本の縄文人と弥生人は武器を持たない平和な民族だったので、いくら弱い天皇一族でも簡単に征服できたのです。


13 日本の支配層は昔から朝鮮からの渡来人ですけどね 2019年01月14日 00:10 id:Hzo3bHu40

因みに、畿内は朝鮮から次々に移民してくる渡来人に完全に乗っ取られ、
先住の縄文人と弥生人はエタ部落に押し込められて、現在の被差別同和部落民として細々と生きながらえています。

縄文人と弥生人は人口増加率がゼロ。
一方、朝鮮からの渡来人はどんどん人口が増えるので、放っておくとすぐに国を乗っ取られるのですね。

12. 中川隆[-13012] koaQ7Jey 2019年1月14日 08:23:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告

中国ヘイトの勝又壽良さんは中国の事が何もわかっていないですね:


中国、「奇妙」昨年末は腐敗闘争圧勝宣言し今度は腐敗運動「継続宣言」2019年01月14日


習近平国家主席は12月14日に開かれた政治局会議で、反腐敗との戦いに「圧勝を収めた」と宣言した。2012年の共産党大会後に同運動が始まって以来の「勝利宣言」だった。ところが、年が明けた1月13日、汚職摘発を担う中央規律検査委員会の全体会議終了後のコミュニケでは、「効果のある抑制措置を増やし、反腐敗運動の圧倒的な勝利を揺るぎなく発展させる」と強調した。一体、どちらが本当なのか。

正味1ヶ月足らずの間に、反腐敗闘争で全く意味の違うことを言い出した。この裏には、習氏をめぐる「暗闘」が繰り広げられていると見るほかない。昨年12月の「勝利宣言」は、党内融和を図るべく、「これ以上は腐敗取締をしない」というサインを出した。ところが、これに乗じて、「反習」の動きが始ったのであろう。

中国高官であれば、程度の差はあっても誰でも「収賄」をやっている。習氏が、政敵を陥れるには「賄賂調査」をやれば効果的と知り抜いている。そこで、増長してきた「反習」の動きを止めるために、「腐敗闘争継続」を宣言して、「反習派」を牽制しているのであろう。

『日本経済新聞 電子版』(1月13日付)は、「習氏、反腐敗緩めず、中国規律委の全体会合」と題する記事を掲載した。

(1)「中央規律検査委員会は、毎年初めに開かれており、2019年は11日に開幕した。コミュニケは金融分野の腐敗や収賄、職権乱用のほか職務怠慢などを重点分野として列挙。党や政府を見回る巡視制度を強化する方針を打ち出した。習氏を核心とする党中央が統一的な行動を取るべきだとも指摘した。習氏は開幕日の演説で、『国を治めるには必ず先に党を治め、党が中国の特色ある社会主義事業の大黒柱となることを確保しなければならない』と指摘。共産党の一党支配を続けるには自浄作用が必要だと訴え、『党中央の決定と配置は必ず毅然ときめ細かく実行に移さなければならない』と語った」

習氏は、共産党(党員数8900万人)が13億8600万人の国民を治めると臆面もなく言い切っている。13億人台の国民を収めるのは、中国国民のはずだ。習氏は、中国国民が自ら国を治められないほど、「民度が低い」と言っているようなものである。なんと、傲慢なエリート主義に酔っていることか。中国の腐敗を止めるには、孫文が『三民主義』で指摘したように、国民が選挙権を持つことだ。国民の監視が行き届けば、いくら賄賂が中国文化と言えど、歯止めがかかるはずだ。

(2)「開幕に先立って規律委が公表した18年の規律違反による処分件数は62.1万件と17年比17.8%増えた。16年比では1.5倍となった。規律委はあらゆる公職者の摘発を担う新機関『国家監察委員会』が18年3月に発足し、捜査対象が広がったことが処分増加の一因だと説明した。一方、習氏が『大虎』と呼んだ高官の摘発ペースは減速しており、閣僚級の処分は17年より7人少ない51人だった。規律委は『(庶民に近い)末端組織への監督を強化した』と説明した」

18年の規律違反による処分件数は、62万1000件という。党員数8900万人から見ると、0.7%である。この比率は、多いか少ないか問わないが、収賄するのは政府高官であろう。

ところで、昨年末に習氏はなんと言っていたか。それを見ておきたい。

『大紀元』(12月17日付)は、「中国、反腐敗運動で圧勝宣言、米中対立で危機的な状態の反映との分析」と題する記事を掲載した。

(3)「中国の習近平国家主席は14日に開かれた政治局会議で、反腐敗との戦いに『圧勝を収めた』と宣言した。2012年の共産党大会後に同運動が始まって以来の『勝利宣言』となった。同発言について、貿易問題に端を発した米中対立が先鋭化するなか、中国共産党政権は執政の危機にさらされ、『内部の団結』を優先させた、と専門家は分析した。反腐敗運動の進展について、習主席は昨年10月の共産党大会で汚職対策が『圧倒的な態勢』に入ったと述べていた」

昨年末の反腐敗闘争勝利宣言は、偽りのものだったことがわかる。習氏が、米中貿易戦争で不利な立場に立たされて、やむなく「これ以上は取り締まらない」と言わざるを得なかった。習氏の権力基盤は、決して安泰でないことを証明している。事実、1月になって「反習」の動きが活発化しているのであろう。

(4)「この勝利宣言が反腐敗の収束を意味するものではないとの分析が出ている。北京大学の荘徳水教授は『サウス・チャイナ・モーニング・ポスト』の取材に対して、反腐敗の取り組みが6割ほどしか進んでいないと圧勝までまだ程遠いと述べた。香港紙『蘋果日報』の記事は、この圧勝宣言が共産党政権の危機を意味すると分析した。米中対立で経済状況が悪化し、執政危機に立たされている今、止むを得ず『団結』をアピールし、『一丸となって外敵と戦う必要があるからだ』という」

下線を引いた部分では、習氏の「圧勝宣言」は共産党危機の証明と見ていた。今年1月の「闘争圧勝宣言」は、まさにそれを裏付けている。

私の「メルマガ21号」は、危機に立つ中国共産党を分析した。どうか、読んでいただきたい。


コメント

1 中川隆 :中国人は自分が金が欲しくて賄賂を貰っている訳じゃないですからね 2019年01月14日 08:21 id:Hzo3bHu40


中国人は自分が属する宗族から宗族の利益になる様な悪事をやる事を毎日強要されているんですね。

もし賄賂を貰わなければ宗族から追放されて生きて行けなくなるので、止めるのは不可能なのです。
http://hisayoshi-katsumata-worldview.com/archives/14983542.html?1547421694#comment-1

13. 中川隆[-12997] koaQ7Jey 2019年1月14日 14:57:26 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告
中国ヘイトの勝又壽良さんは中国の事が何もわかっていないですね _ 2 :


中国、「対米持久戦」意図的に退却戦法を取って必ず「復活する?」2019年01月14日


「孫子の兵法」の本家・中国が、米中貿易戦争で米国に押しまくられている。これは、米国に負けた振りをして「戦力」を温存している証拠。必ず、中国は米国に打ち勝つであろうという、「三国志演義」を彷彿とさせるコラムが登場した。

『朝鮮日報』(1月13日付)は、「中国は米国に敗れたのか」と題するコラムを掲載した。筆者は、同紙のアン・ヨンヒョン論説委員である。

(1)「現在の米中貿易戦争は、米国が乾杯する方向に向かっているように思える。実際に軍事力、経済力、技術力などで米国は中国を圧倒している。中国が短期間で追い付くことは不可能だ。それでも昨年には、全世界の特許出願件数の40%を中国が占めた。7年連続で世界トップだ。米国の特許出願件数は中国の半分にも満たない。最近米国による制裁のターゲットになった通信設備大手、華為(ファーウェイ)は年間売上高の14%を研究開発に充てる。アップルやクアルコムよりも多い」

中国の特許件数が多いことを過大評価している。基礎技術の足りない中国の特許は、その中身が薄いことで有名である。特許申請すると政府から補助金が出るので、補助金目当ての特許申請である。現に、特許期間の更新をしない比率が多い。この事実こそ、「役にも立たない中国特許」の真相だ。


(2)「中国の戦略的な伝統に諸葛亮の『空城計』がある。かなわない敵が攻撃してきた場合、正面から戦って全滅したり、後のことを考えずに降伏したりせず、あえて自分の陣地に悠々と敵を招き入れる戦略だ。敵は待ち伏せを恐れ、下手に手出しできない。中国が市場を完全に開放したとしても、米国企業が自国内のように振る舞うことは難しいだろう。中国市場があっという間に『ブラックホール』と化す経験を何度もしてきたからだ」

このパラグラフは、『三国志演義』の読み過ぎである。WTO(世界貿易機関)のルール改定が、日米欧の三極で話を詰めている。従来のような「中国一人勝ち」を許さないルールに改め、違反したらWTOから追放する「罰則」が待っている。これまで、中国の「空城計」に騙されてきた米欧企業は結束して、中国に対抗する構えだ。多民族国家・米国の「知恵」を甘く見ていると、中国は首根っこを抑えられる。

今回は、先進国全体が中国に立ち向かう態勢を取っている。これまで、米国トランプ大統領の「米国第一」に泣かされてきた日欧が、あえて米国へ対抗せずに米国と共同で、中国包囲網をつくっている。これは、中国に野放図な発展を許していると、世界秩序が破壊されるという危機感が強まっている結果だ。「ファイブ・アイズ」(米・英・豪・カナダ・ニュージーランド)の5ヶ国が結束して、中国の世界諜報戦に立ち向かっている。日本も密接な関係を持って協力している。中国には同盟国が存在しないのだ。中国が包囲網をつくられたら、クモの糸に絡まれるようなものだろう。中国は、調子に乗ってはいけないのだ。

(3)「中国共産党にとっては、米国の全方位攻勢がかえって有り難いかもしれない。『外部勢力による攻撃』は、ぐんぐん成長した市民社会の自由化要求と少数民族の独立意欲を弾圧する絶好の口実になる。構造調整に伴う失業も米国のせいにできる。中国にとって最大の悪夢は、経済難と社会不安が重なり、政治的危機に発展することだが、現在の中国には共産党に代わる政治勢力はない。現在の米中貿易戦争が20〜30年後、結果的に中国を勢いづける可能性がある。米中の覇権争いは始まったばかりだ」

今年の中国経済は、設備投資が大幅に落込む「中期循環」(10年に1度)の年に当っている。過去の「9が付く年」は、すべて低成長に落込み、「経済難と社会不安が重なり、政治的危機に発展」した。その典型例が、1989年の天安門事件だ。今年の低成長経済を予想すると、「何が起るか分らない」情勢である。中国共産党が崩壊することはないにしても、習近平氏の権威が揺さぶられるだろう。

中国経済が20〜30年後に、米国に勝てる可能性はあるだろうか。劇的な少子高齢化の進行で、中国は最大の労働力不足に直面する。総人口に占める生産年齢人口比率は、米国を下回るという人口動態統計が出ているのだ。つまり、中国の経済成長率は今の日本並に低下している。これで、米国に勝てるはずがない。「三国志演義」は中華民族の世界で起ったことである。世界史を舞台にする「三国志演義」の再演はあり得ない。四方八方が、すべて中国の敵になっているのだ。この冷厳な事実を見落としてはならない。

コメント

1 名無しさん 2019年01月14日 11:33 id:7h75OgxJ0

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」というのが孫子の言葉です。
統計で散々誤魔化しを入れて、ために自分自身の経済力が分からなくなっているのですから、
「スパイをいかに用いるか」という方法論ばかり孫子に学んでいる場合じゃないだろうと。
大体、戦に勝つために「できることをできないように見せ、相手を油断させよ」という記述こそあれ、
逆に「できないことをできるように見せよ」とは書いていないのです。
どうしてもやむにやまれず敵国と矛を構える他ない時に、「本当はできませんでした」ではあまりにリスキーだからであって、
「逆は必ずしも真ならず」の典型だと思います。

共産党員のエリートたちには、ちゃんと孫子を最初から読み直してこいと言ってやりたいです。


2 中川隆:中国は普通の戦争でも、貿易戦争でも勝った事は一度も無いんですよ。 2019年01月14日 14:54 id:Hzo3bHu40
>>1
中国は普通の戦争でも、貿易戦争でも勝った事は一度も無いんですよ。

というより、過去すべての戦いで負けているにもかかわらず最後は中国人だけが生き残っているというのが過去の歴史ですね。

中国は人口が多過ぎるから餓死者が何億人か出た方が将来の為だし、
シベリアや日本に中国人移民を送り込んで人口を増やせば国ごと乗っ取れるし

そういう戦略なのですね
http://hisayoshi-katsumata-worldview.com/archives/14984593.html?1547445264#comment-2

14. 中川隆[-12983] koaQ7Jey 2019年1月15日 11:10:05 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告

中国・朝鮮ヘイトの勝又壽良さんは中国・朝鮮の事が何もわかっていないですね

北朝鮮、「異例」金正恩は習近平会談でなぜメモ取る「二重人格」2019年01月15日

北朝鮮の金正恩委員長は、中国の国家主席習近平氏と会談する際、必ずメモを取っている。生徒が先生に教えを請う形であり、首脳会談には似つかわしくない光景だ。中国のTVは、この場面を意図的に繰り返し流し、中国の優位性を誇示している。

金正恩氏は、今回も特別列車を利用して訪中した。その理由について、いろいろと取り沙汰されている。帰途、土産物を沢山積み込む必要上、特別列車を仕立てているというのだ。経済制裁中で、中国は北朝鮮への輸出が制約されている。ところが、列車に積めば税関を通すわけでもなく、遠慮なく北朝鮮へ「禁輸品」を持ち込めるという解釈である。


『朝鮮日報』(1月14日付)は、「習近平主席の言葉をメモする金正恩委員長」と題するコラムを掲載した。筆者は、同紙のアン・ヨンヒョン論説委員である。

(1)「金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は先日、66年前の金日成主席と全く同じ服装で4回目の中国訪問を行った。しかし中国側の対応は当時と全く違っていた。中国の最高指導部とされる共産党政治局常務委員7人のうち、金正恩氏と食事をしたのは習近平・国家主席と王滬寧書記の2人だけだった。金正日(キム・ジョンイル)総書記の時も常務委員全員が会談や食事に同席していた。金正恩氏は中国を4回訪問したが、常務委員全員と食事をしたことはまだない。中国は北朝鮮との上下関係を明確にする儀典をすでにはじめているようだ」

中国は、金正恩氏を迎えるに当たり「臣下」という扱いをしている。格下扱いだ。金日成や金正日の時代は、中国最高指導部の常務委員全員が会食に出席した。正恩氏の場合、習近平国家主席と王滬寧書記の2人だけだという。北朝鮮は、中国の庇護を求めて行動しているのだからやむを得まい。

(2)「中国国営テレビ(CCTV)は今回の中朝首脳会談を報じる際、金正恩氏が習主席の言葉についてメモを取る様子を意図的に3−4回映し出した。中国の国家主席が地方の官吏を指導するような光景だ。金正恩氏は北朝鮮では神にも等しい立場にあるため、誰かの言葉をメモする様子など想像もできないだろう。CCTVは金正恩氏が習主席の歓迎に感謝の意を伝えたと報じたが、その歓迎と関心については『関懐(配慮や思いやり)』という言葉を使っていた。上の立場が下の立場に示す関心と配慮に感謝したという意味だ。金正恩氏をさりげなく『下の人間』と表現していたのだ」

今の北朝鮮は、中国をバックに米国と首脳会談をしようという苦肉の演出だ。中国には、米国への橋渡しを依頼し、経済封鎖の一部解除を実現すべく助力を依頼している。問題は、北朝鮮が本当に核放棄の意思があるのか。時間稼ぎの手段に使っているのか。そういう疑惑が付きまとっている。

実は、金正恩氏の発言や周囲の状況をAI(人工知能)で分析したところ、「北朝鮮は『核・経済並進路線』を放棄しておらず、2020年に核保有国になることを目指しているとの結果が出た」(『朝鮮日報』1月4日付)。この分析方法は、2016年に米国の大統領選挙でトランプ大統領の当選を予測したことでも知られるという。システムダイナミクスは複数の事象間の動態的な関係を把握し、それを視覚化する理論である。

外交交渉で、AIが登場したのは珍しい。ついでに、日韓対立の結末をこのAIによる分析では、どういう形になるかぜひ聞いて見たいものだ。


(3)「中国は韓国に対しても同じように扱っている。中国は国内でさほど職責が高くない人物を駐韓大使として送り、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が中国に派遣した特使は2回もテーブルの下座に座らせた。香港行政長官や地方官が習主席に報告をするのと同じような席の配置だ。これに対して同じ頃に中国を訪問した日本、ベトナム、ラオスの特使は習主席と対等に並んで座った。文大統領自身も訪中の際には露骨な形でぞんざいに扱われた。中国が韓国を飼い慣らそうとする意図が明らかだ」

中国は、北朝鮮のみならず韓国も「格下」扱いをしている。韓国は、中国へ卑屈になっているのと対照的に、日本へやりたい放題である。日本は、中国のように露骨な対応を韓国に対して行なわないことが、逆に韓国を増長させているのであろう。韓国には、「忖度」という相手の心を思いやる繊細さがないのだ。

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1 中川隆:北朝鮮はアメリカと中共が協力して作った国 2019年01月15日 11:06 id:ZoHXmFYy0

北朝鮮はアメリカと中共が協力して作った国

朝鮮の支配階級は3000年前から漢民族ですしね

北朝鮮がミサイル打ったり、核開発するから、日本が高価な防衛ミサイルを買ってくれたり、思いやり予算を沢山出してくれるのですね。

北朝鮮の拉致も、北朝鮮政府が単独でそんな自国に損な事をやる筈がないので
アメリカが指示してやらせたんですね

慰安婦問題や南京大虐殺で中国・朝鮮が騒いでいるのもアメリカの指示だとわかっています


所謂、分割統治という植民地支配の方法ですね。
中国・朝鮮・日本が仲良くなってアメリカに対抗してくると困るのです
http://hisayoshi-katsumata-worldview.com/archives/15005018.html

15. 中川隆[-12972] koaQ7Jey 2019年1月16日 07:38:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告
中国・朝鮮ヘイトの勝又壽良さんは中国・朝鮮の事が何もわかっていないですね _ 2


韓国、「新国防白書」米を基軸に中国を優先し安保体制「日本三番手」2019年01月16日

 

日本政府は昨年12月、安全保障政策の基本的指針である「2018年の防衛計画の大綱」を決めた。2010年と2013年の防衛大綱では、安全保障協力パートナーとして韓国が、米国に続いて登場した。今回の防衛大綱では米国、豪州、インド、東南アジアに次いで5番目に韓国が明記されている。これは、中国の海洋膨張を共同で防ぐ目的である。韓国が外れたのは、信頼度が落ちた結果である。

韓国が、先に発表した『新国防白書』では、米国との同盟を基軸にして中国との協力を優先する。日本を三番手に落としてきた。日本がすでに、韓国を五番手に格下げしているので、韓国もこれに対抗して日本を格下げすることになったもの。「おあいこ」である。

韓国は、日本へ報復したつもりで胸の溜飲を下げているだろう。だが、この「新国防白書」は米国がどう反応するか見物である。米中関係が「冷戦状態」になっている中で、その両方の国に韓国の安保体制を委ねるという、前代未聞のストーリーが展開するからだ。米国は、ますます韓国への信頼度を低めるにちがいない。韓国は、中国にも「通じる」危険性を秘める訳で、極めて厄介な存在となってきた。

日本の安保体制は、中国軍の膨張を防ぐ点にある。韓国は、その中国と手を組むと言うのである。日本にとっての韓国は「リスクのある国」となってきた。韓国が、防衛面で日本から離れるのは、願ったり叶ったりの事態であろう。「旭日旗」を意味もなく蛇蝎(だかつ)のように嫌う韓国軍と共同歩調はとれないのだ。

もともと、日本は韓国への信頼度が極めて薄い関係にある。安全保障面でこれまで「つながって」きたのは、米国という触媒によって関係を持ってきたにすぎない。米国も、韓国には嫌気がさしており、日米が揃って韓国との溝を深めれば、韓国は立ちゆかぬはずである。日本は、感情論の韓国に振り回されてきただけに、日韓関係を冷静に見る上で、チャンスとなった。

『中央日報』(1月15日付)は、「新しい国防白書から韓日が基本価値を共有、文言削除」と題する記事を掲載した。

(1)「韓国国防部が15日に刊行した『2018国防白書』の中の周辺国との国防交流協力に関する部分で、韓中協力が韓日協力よりも先に記述され、韓日間の『基本価値を共有』という記述も削除されていたことが分かった。今回の国防白書では、『わが軍は韓半島(朝鮮半島)と北東アジア地域の平和と安定のために韓米同盟を基盤に、中国、日本、ロシアと国防協力関係を発展させている』と記述した。前回の2016年版では、韓日国防交流協力を先に記述して韓中、韓露はその後に紹介していた」

日本は、韓国に重要な軍事機密情報を提供している。人工衛星や日本海で得た北朝鮮軍の動向などだ。日本は今後、こういう機密情報も韓国へ通報する義務もないし中止すべきである。日本という存在がいかに大きいか。それを韓国に自覚させるために、手を引くべきだろう。

(2)「また、『第3節 国防交流協力』の中の『韓日国防交流協力』の部分で、『韓日両国は地理的、文化的に近い隣国であり、世界平和と繁栄のために共に協力していかなければならないパートナー』と表現した。2016版では韓日関係について、『韓日両国は自由民主主義と市場経済の基本価値を共有しており、北東アジア地域はもちろん、世界の平和と繁栄のために共に協力していかなければならない隣国』と記述していた。2018年版からは『自由民主主義と市場経済基本価値の共有』という文言が消えたのだ」

下線を引いた部分は、極めて象徴的である。日韓には、「自由民主主義と市場経済基本価値の共有がなくなった」としている。韓国の文政権は、北朝鮮との統一を前提にして、教科書の書換えを始めている。韓国の国是は「自由と民主主義」だが、この中から「自由」を削除している。北朝鮮の「人民民主主義」と歩調を合わせるためだ。

韓国には、「市場経済基本価値」も消えかけている。文政権になってから始めた「最低賃金の大幅引上げ」は、経済実勢(市場経済基本価値)を無視してものだ。皮肉にも、韓国は日本との間に、「自由民主主義と市場経済基本価値の共有がなくなった」というが、それは、韓国自身が捨て去った事柄である。日本を誹謗する積もりの表現が、韓国自身のことを指していることに気付くべきだろう。

(3)「一部では、このような国防白書の記述の変化は、韓国大法院(最高裁)の日帝強制徴用賠償判決や『レーダー照射葛藤』などをめぐって両国関係が悪化した影響だという分析が出ている。またこれに先立ち、日本政府が韓日関係に関連して『基本的価値を共有』という文言を政府関連文書から削除したことも影響を及ぼしたと分析されている。日本外務省は2015年3月、ホームページの『最近の日韓関係』の項目で、『わが国と自由と民主主義、市場経済などの基本的価値を共有する重要な隣国』という韓国についての文言を削除し、『最も重要な隣国』という表現に変更していた」

これで、日韓それぞれ長年にわたり相手国に抱いてきた不平不満が、すっかり洗い流された感じもする。もはや、過去のことを持出されて賠償しろとか謝罪しろと言われなくなろう。必要最低限の交流だけに止めて、冷却期間をおくべきだ。



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1 中川隆:そもそもアメリカは最初から中共と同盟国 2019年01月16日 07:35 id:S9zJu4q30

そもそもアメリカは最初から中共と同盟国で、アメリカの製造業の工場もすべて中国に移転している。

北朝鮮はアメリカと中共が協力して作った国

周恩来とキッシンジャーは日本がアメリカと中国の潜在敵国だから
日本には絶対に再軍備させない、核武装させないという密約をしている。

トランプ現象は最近の一時的なものだから、すぐにアメリカと中国は同盟関係に戻る
http://hisayoshi-katsumata-worldview.com/archives/15027898.html?1547591717#comment-1

16. 中川隆[-12962] koaQ7Jey 2019年1月16日 13:22:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告

中国・朝鮮ヘイトの勝又壽良さんは中国・朝鮮の事が何もわかっていないですね _ 3


韓国、「ダボス会議」文氏は今年も欠席、内弁慶で「経済論不発」2019年01月16日

文大統領は、先進国と異なる経済政策を追求すると大見得を切っている。成長を追わず平等な分配を目指す、と大学生の書くレポートのような内容である。ご自身は、得意満面だが一度、国際会議の場でそういう崇高な理念を語って見るべきだ。

スイスのダボスで、来週22〜25日まで開催される世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)は、安倍首相やドイツのメルケル首相ら60カ国・地域の首脳らが参加する。世界経済フォーラムが15日発表した。各国首脳の名前の中に韓国大統領はない。昨年に続き今年も欠席する。

韓国は、最低賃金を2年間で約3割も大幅に引き上げるので、失業率は高まり成長率が低下する事態に追い込まれている。この独善的な経済政策が、国民を不安の坩堝に落とし込んでいるが、ご本人は全く意に介さず、だ。自らのこういう経済哲学が、国際的にどのように評価されているか聞いて見るべきだろう。現実には、その勇気もなくダボス行きを回避している。

今年のダボス会議では、安倍首相がメルケル・ドイツ首相と並んでメインになる。その発言は世界に発信されるが、韓国では違う点で注目が集まっている。それは、日韓の主催する晩餐会が、同日同時刻だというのだ。これは、全くの偶然というが、日本は安倍首相、韓国は康外相がそれぞれ主宰する。韓国メディアは、この晩餐会のほうに注目している。


『朝鮮日報』(1月16日付)は、「ダボス会議、韓日、よりによって同じ日に晩さん会開催」と題する記事を掲載した。

(1)「スイスで開幕する世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)で、韓国政府と日本政府がそれぞれ開く晩さん会が同じ日の同じ時刻に行われることが15日、分かった。最近韓日関係が悪化している中で、両国政府主催の晩さん会の日まで重なったものだ。昨年に引き続き、今年も文在寅(ムン・ジェイン)大統領の代わりに康京和長官が出席するが、「立食晩さん会」形式で韓国企業や国際機関関係者など約50人を招待するという、規模があまり大きくない、つつましい行事となる」

ダボス会議は、世界的な名物となっており、世界企業の経営者と政治家が集う貴重な場である。外資を呼び込む上で、これに優る会議はないと高く評価されているのだ。韓国が、世界で位置を高めるには是非とも文大統領が参加すべき会議である。

(2)「一方、同時刻に日本政府は安倍晋三首相が主宰する「日本の夜」行事を開くとのことだ。世界の政財界関係者が多数出席する盛大な晩さん会にする方向で進められている。安倍首相は今回のダボス会議で世界各国の主な最高経営責任者(CEO)と相次いで会談を行う。外交消息筋は『例年なら日程を調整して双方の行事にお互い出席し合うこともできたはずだが、それだけ意思疎通がないということだ』と話す。昨年は『韓国の夜』行事が一日先に開かれ、日本の関係者も多数出席していた。この消息筋はまた、『招待の対象となる主な人物は異なるが、韓国と日本の晩さん会が同時刻に行われるため、対照的に映る可能性が高い』とも言った」

日韓が主宰する晩餐会が、同日同時刻になったのは、日韓が事前に時間調整しなかったためという。これだけ日韓で問題が起ると、担当者同士が接触する機会も減るから、連絡が途絶えるのだろう。韓国は、「日本なんて」という気持ちでいても、同日同時刻の開催では、どうしても比較される。今から「敗戦」覚悟のようだ。「反日」の報いをスイスで受ける感じだ。

(3)「韓国政府当局者は、『康京和長官の日程上の都合で、『日本の夜』と偶然重なったが、日本と張り合う構図というわけではない』『日本の場合、首脳が主導する行事なので規模が大きいが、韓国は出席者間の対話が可能な規模で行うので、より充実した会となるだろう』と語った。しかし、一部では『韓国政府は外交のすそ野を広げる機会を自ら放棄した』と指摘する声も上がっている」

日本と対立したばかりに、韓国は50人程度の内輪の集まりだという。ならば、スイスで開く必要はなく、ソウルで行なうのも一緒である。せっかくの機会を自らの狭い視野で捨てるに等しい愚行となった。「反日」とは、こういう結果になる最初の例となろう。

コメント

1 中川隆:文大統領の経済政策は基本的には正しいのですけどね 2019年01月16日 13:19 id:S9zJu4q30

文大統領の経済政策は基本的には正しいのですけどね

富裕層は生活に必要な金額の数百倍や数万倍ものお金を持っているので、大半を資産運用に使っています。

資産100億円年収10億円の人は、毎月の生活費100万円以内としたら、保有資産の1万分の1しか毎月消費していません。
大半は株式や投資信託や土地を買って運用して、新たなお金を増やし続けます。

富裕層になったら普通に生活するだけではお金を使いきれなくなり、使っても使ってもお金は増えていきます。

逆に貧困層は、お金がないので給料を100%消費に使います。

よく言われる話で富裕層対象の減税とか給付金を実施しても経済効果はほとんどありません。

富裕層は受け取った給付金の分を資産運用に回すだけで、1円も消費に使わないので経済効果がゼロです。

対する貧困層は政府から受け取った金を100%使い切ってくれるので、景気対策効果は抜群です。

このように富裕層がいくら資産を持っていても、それは永遠に消費されない「死んだ金」です。

ただ、韓国の場合は、富裕層が韓国ではなく海外の資産家だというのが問題なのですね。
最低賃金を上げるだけでなく、同時に法人税や株式への配当課税・売却益への課税を強化しないと上手くいかないのです。
http://hisayoshi-katsumata-worldview.com/archives/15037643.html

17. 中川隆[-12942] koaQ7Jey 2019年1月17日 07:45:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告

今日、

勝又壽良のワールドビュー
http://hisayoshi-katsumata-worldview.com/

にコメントしようとしたら、コメント禁止になっていました。

自分の書いた事に自信が有るなら、反論すればいい事なんですけどね。

18. 中川隆[-12931] koaQ7Jey 2019年1月17日 09:53:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告

韓国文政権の内需拡大方針は正しい

元々、輸出だけで稼ぐというのが国際的に何時までも通用するものではない間違った経済政策だったので、韓国文政権の内需拡大方針自体は正しいのですね。

問題は、韓国人がいくら頑張って働いても、利益はすべて外国資本に吸い上げられ、韓国人には生活するのがやっとの金しか残されないという事なのです:

各企業が公表してる最新のIRでは、

 サムスン - 外資比率60%
 ポスコ - 58%      ←日本が筆頭株主です
 現代自動車 - 49%
 LG - 50%
 SKテレコム - 55%

さらに韓国の主要銀行はウリ銀行以外はすべて外資。

韓国の銀行は最大規模でも300億ドル前後と、日米英に比べて資金力が欠如しているために、外資比率がドンドン高まっている。

日本と比較しても、銀行の資金力は5〜10倍程度差がある(英米と比較すると20倍程度の開き)
ポスコは新日鉄との提携強化を進めた結果、ボスコの筆頭株主は新日鉄に。

つまり、韓国文政権は最低賃金を上げるだけでなく、同時に法人税を上げ、株式の配当課税・売却益への課税を強化して、韓国からお金が外国に逃げない様にしないと上手くいかないのです。

19. 中川隆[-12674] koaQ7Jey 2019年1月27日 11:46:09 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231] 報告

中国共産党のバックにはロンドンシティが付いている

2018.12.17 ファーウェイは MI6?
https://golden-tamatama.com/blog-entry-huawai-mi6.html


さて、今週末に原田武夫さんとのトークライブやります。
22日(土)今週末ですね。

原田武夫氏になんでも聞いちゃいます!in福岡
良かったらお越しください。そろそろ締め切りです。

それにしても、
ん?なんだ?

原田さんはFacebookで、こんなことを書いてますよね。

https://golden-tamatama.com/wp-content/uploads/2018/12/WS20180618AZC21AGAG000790.jpg

なんでしょうこれは。

ファーウェイのバックはMI6?

MI6とい言えば、あの007のジェームズ・ボンドさんで知られる英国諜報部じゃないですか。

でもアメリカはイギリスを含めて5か国でファーウェイを禁止しましたよね。
ファーウェイのバックがイギリスとなると矛盾してます。

何を意味してるのでしょうか。

ちなみにかなり前に書きましたが、
中国とイギリスはずるずるべったりですよね。
特に金融の面。

中国の第二の巨大商業銀行の中国銀行とRBS(ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド)は事業提携してる。


RBSはロンドンシティの中核銀行です。

そして北京銀行とオランダの銀行INGとも提携しています。


イギリス王室の本家はオランダです。

で、イギリスは、中国の人民元を世界の基軸通貨にしようと頑張ってるのです。


したたかな英シティ、人民元の国際化でもう一儲け
http://jmcasemi.jp/column/article.php?article=1491

同 年4月にはオズボーン英財務相が金融関連のセミナーで「ロンドンを人民元取引の西洋のハブにする」と発言、同時にシティに拠点を持つ13の銀行が人民元の 国際化推進に動き出した。この13行の中には英中行以外にANZ、Citi、ドイツ銀行、JPモルガンも含まれている。残念ながら邦銀の姿はない。

人民元と英国ポンドは3年前に通貨スワップ協定を結んでます。


中国人民銀行と英中銀、通貨スワップ協定を3年延長
2018年11月12日
[北京 12日 ロイター] – 中国人民銀行(中央銀行)は12日、イングランド銀行(英中銀)との3500億元(約502億5000万ドル)の2国間通貨スワップ協定を3年延長したと発表した。人民銀のウェブサイトに声明を掲載した。

つまり中国経済が潤えば、英国経済も潤う。

ちなみに香港は、昔からイギリスの植民地でしたよね。

香港で使われるお金の香港ドルはどこが発行しているかというと
HSBC(Hong Kong Banking Services:香港上海銀行)が発行してます。
巨大銀行です。


それとスタンダードチャータード銀行も発行してます。


HSBCとスタンダードチャータードはイギリスの銀行です。
つまり、金融の面では、未だに香港はイギリスの植民地ってことです。

香港で香港ドルを人民元に交換して、中国に行って人民元で商売する。
で、戻ってきて、儲けた人民元をまた香港ドルに戻す。

そうすると大量の人民元がイギリスの銀行に蓄積される。

中国が潤えば、イギリスが潤う。

とにかく中国経済のバックは未だにイギリス。

ちなみに以下は、スマホのファーウェイの利用規約だそうです。
これは酷い。

ファーウェイのCFOさんのパスポートが公開された。

まぁ、こういうのを見ると確かに
ファーウェイはイギリス諜報部=MI6=ジェームズボンドさんの仲間。

確かにそんな気もする。

ちょっと詳細を22日に聞いてこようと思ってます。
https://golden-tamatama.com/blog-entry-huawai-mi6.html


▲△▽▼

イギリスとロシアの動き 2019.01.26
https://golden-tamatama.com/blog-entry-england-rosia-north-korea.html


さて、最近いろいろ動きがありますよね。

あの原田武夫さんは以下で潮目が変わったと言ってますた。

日ロ首脳会談。
中身はゼロ、なんも進展しなかったと言われてますが。
それは表向きの話です。

裏では色々話し合われたのでしょう。
何かが動く時はロシアが動くと言ってましたね。

で、2月下旬に米朝首脳会談が行われます。

以下は去年のニュースですが、なんでイギリス?
なんでまた、イギリスが自衛隊と合同演習やってんの?

イギリスはブレグジットとかなんとかで忙しいはずでは?
なんで極東アジアで合同軍事演習やってるんでしょうか。

日英が合同でやるのは初だそうです。

不思議に思わないでしょうか。

原田武夫さんはファーウェイはMI6って言ってますた。
中国の裏はイギリスということです。

では、なぜイギリスの軍艦がやってくるんでしょうか?

もし今後、中国vs米英という図式になるのなら
両陣営にイギリスがいるということになってしまいます。

で最近、以下の方を知ったのですが。
この人、凄いこと言ってますね。

原田武夫さんもそうですが。
外交官さんというのは、リアルに現場で真実を知ってしまうのでしょう。

この馬渕睦夫さんという方は元ウクライナ大使だそうです。

つぁぁあ。
元大使が、こんなこと言っちゃっていいの?


第1回「世界を統治する者との最終戦争が始まる!」- YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=L06Zs03T2D0

第2回「日本解体!ディープステートによる日本のグローバル化、その尖兵としての霞ヶ関官僚」- YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=tOqOn3ttvPg

調べると馬淵さんはこんな方でした。


Wiki 馬渕睦夫

京都府船井郡八木町日置出身。八木町立富本小学校、福知山市立大江中学校、京都府立園部高等学校第16回を経て、京都大学法学部3年次在学中に外務公務員採用上級試験に合格し、1968年(昭和43年)に外務省入省。

研修先であったイギリスのケンブリッジ大学経済学部に入学し、1971年(昭和46年)に卒業。

外務本省では、国際連合局社会協力課長(1984年-1986年)、大臣官房文化交流部文化第一課長、東京都外務長(1995年-1997年)などを歴任。

在外では、在英国日本国大使館、在インド日本国大使館、在ソビエト連邦日本国大使館、在ニューヨーク日本国総領事館に勤務し、EC代表部参事官(1989年-1991年)、在イスラエル日本大使館公使(1991年-1995年)、在タイ日本大使館特命全権公使(1997年-2000年)を務めた。

2000年(平成13年)に特命全権大使キューバ国駐箚に就任。2003年(平成15年)5月には財団法人国際開発高等教育機構専務理事に就任[4]し、2005年(平成17年)より駐ウクライナ兼モルドバ大使を3年間務め、2008年(平成20年)11月、外務省退官。同月防衛大学校教授に就任し、2011年(平成23年)3月、定年退職。

錚々たる経歴の方です。

馬渕さんは動画でこう言ってます。

アメリカの正体は全く理解されてない。
今、ナショナリズムとグローバリズムの戦いが起きてる。

ディープステートとは、ウォール街を中心とした勢力だ。

そして、トランプがメディアを攻撃にすることによってそれをあぶり出した。
そして本来のアメリカ人にアメリカを取り戻そうとしている。

そして、イスラエルも2つの勢力がある。
ナショナリズムとグローバリズムで分かれてる。

トランプはイスラエルのナショナリスト(民族ユダヤ)と組んでる。

第二次世界大戦はやらせだった。

そして戦後のソ連とアメリカの冷戦もやらせ。八百長だった。
ディープステートがやってた。

例えば、以下の第二次世界大戦後の不可思議な現象は誰も説明できない。

朝鮮戦争当時の力関係で言えば、
その当時の中国共産党軍にアメリカ軍が負ける訳がなかった。

マッカーサーが中国共産党軍が押し寄せた時、
朝鮮半島の鴨緑江(おうりょくこう)にかかった橋を爆破する作戦の許可をワシントンに打診したら、

ワシントンはそのような戦線を拡大するような命令は、イギリスの許可がないとできない。
と答えたという。
それは、ちゃんと正式な記録に残っている。

その当時、イギリスがイエスと言わない限りアメリカは重要な作戦が立てられなかった。

世間一般では第二次世界大戦後は、覇権はイギリスからアメリカに映ったと言われてるが、
なんのことはない覇権はイギリスにあるままだった。

イギリスのシティとアメリカのウォール街は同じ勢力なのだ。
そういうディープステートがシナリオを立てて朝鮮戦争を作ってた。

そして、東西冷戦というが、事実は、ロシアのスターリンがアメリカに協力していた。

例えば、国連の安全保障理事会で国連軍を作る時、スターリンのソ連は欠席した。
つまり黙認したのだ。

こう考えると、一体東西冷戦ってなんだったんだ?
という話になる。

つまり、その当時、ソ連のスターリンやアメリカのルーズベルトを操ってた存在がいたのだ。
ディープステートが世界をコントロールしてやらせ、八百長の戦争をやってる。

他にもロシア革命にも言及してます。

今までロシア革命の真実が隠されて来た。
実は、共産主義者が革命を起こしたとかなんとか言ってるが、
実際はユダヤ系の革命家がその革命を乗っ取ったのがロシア革命をだった。

その革命勢力はその当時のロシア人を大量殺戮した。

ヒトラーが大虐殺したとかなんとかではなく、
ロシア革命をやった連中がユダヤ人を大虐殺したのだ。
この事実を連中は広めたくない。

人類史上最悪の悪者をヒットラーにしたて、本当のことは世界から隠されて来たのだ。

ロシア革命を背後から応援した勢力が今現在もメディアもすべて牛耳ってる。

これが、そんじょそこらの評論家が言うんじゃなく、
元ウクライナ大使が言ってるんですからね。

これは黒い教皇と言われたアルバート・パイクさんです。

世界を統一するには3度の世界大戦が必要だ。
そんな有名な言葉を残してます。

このことはこのブログでずーっと前から書いてます。
最近は、多くの人が知るようになってますが。

今、イギリスが両陣営の裏で蠢いてる。

ならば近々、何かが起きる?
ちょっとこれ以上の詳細は表では書けない話です。
https://golden-tamatama.com/blog-entry-england-rosia-north-korea.html

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