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731部隊と医療被曝 _ 無事に内地に帰還した731部隊員は何をやったのか?
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/471.html
投稿者 中川隆 日時 2019 年 6 月 09 日 08:07:37: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 朝鮮や中国からの徴用工が日本の職場でバタバタと死んでいった理由 投稿者 中川隆 日時 2019 年 1 月 03 日 11:40:09)


無事に内地に帰還した731部隊員は何をやったのか?

東海アマブログ 731部隊と医療被曝 2019年06月08日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-769.html


 6月6日のグーグルニュース配信に、こんな記事があった。

 巨大利権か。被ばくリスクのX線胃がん検診を受けさせたい人々
 https://www.mag2.com/p/news/401095

 以下 抜粋引用

 現在、先進国でバリウムによる胃がん検診を行っているのは日本だけともいわれる。
 毎年1回、30年以上にわたってX線検査を続けていたら、どれだけの放射線被曝量が体のなかに累積していたか?
 5月30日の参議院財政金融委員会において問題を提起した風間直樹議員は次のようなデータを示した。

「大きなフィルムで撮影する直接撮影では1回15ミリから25ミリシーベルト、検診車による小さなフィルムでの間接撮影方法では、1回20ミリから30ミリシーベルトも被曝する。胸部レントゲン撮影の被曝線量は1回あたり0.1ミリシーベルトだから、いかに胃のX線検査の被曝量が多いかがわかる」

このデータについては多少、疑問がある。胃部X線検査はさまざまな角度から最低8カット撮影するほか、撮影の合間もX線を当てたまま胃の状態を見る「透視」が必要だ。その分、被曝量は多くなる。だから、透視の時間を考慮しなければ実際の被曝量は推定できない。

 名古屋大学の調査では、間接撮影で2.9ミリシーベルト、直接撮影で4.0〜13.4ミリシーベルトという数値が出ている。風間議員が指摘した数字に比べて低いが、それでも十分、健康被害が懸念されるレベルだ。
 福島原発事故の直後にさかんに使われた一般人の年間許容量「原則1ミリシーベルト以下」という基準値を思い出せばわかるだろう。

 集団検診を受けるだけで、たやすく年間1ミリシーベルトという許容基準を上回ってしまう。なんらかの病気でCT検査を受けると、さらに10〜20ミリシーベルトも被曝線量がプラスされる。

 70歳となった筆者の場合、直接撮影による胃部のバリウム検査を35年にわたって続けたと仮定すれば、最低でも4×35で140ミリシーベルトを体が受ける計算だ。累積で100ミリシーベルトをこえたら、健康被害が出る可能性が指摘されている。

 そもそも日本は世界一、医療による被曝が多い。オックスフォード大学研究グループによると、75歳以上の日本人の年間がん発症者の3.2%にあたる7,587人はX線撮影の被曝が原因だという。
 外国に比べX線CT装置の台数が多いこともあるだろうが、それに加えて、日本がいまだにバリウム検査を重視していることを見逃すわけにはいかない。

 国立がんセンターの「有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン」を読めば明白だ。2014年に改訂されているのだが、胃X線検査については従来通り「住民健診型」「人間ドック型」のいずれについても「推奨する」とされている。
 胃カメラ検査に関しては、2005年版で「住民健診」を「推奨しない」とされていたが、14年版でようやく「推奨する」に引き上げられた。

 一方、ピロリ菌の有無などを調べる胃がんリスク検診は「推奨」されていない。「死亡率減少効果を判断する証拠が不十分」というのがその理由だ。
 血液検査でピロリ菌の有無と胃粘膜の萎縮度を調べ、胃がんリスクの程度によってグループ分けし、最もリスクの低いグループは定期胃がん検診を不要とするのが胃がんリスク検診である。

 胃がん患者の99%がピロリ菌感染者だということは医学的に証明されている。ピロリ菌に感染していないと判定されたグループは、無駄な検査を回避し、その他のグループだけが、胃カメラ、つまり内視鏡検査を受ける。そのほうがはるかに合理的ではないか。この検査を排除しょうとするのは不可解である。

 WHOの専門家会議は、胃がん診療で最も大切なのはピロリ菌対策だと結論づけているのに、なぜかバリウム集団検診がいまだに偏重されているのが日本の現実だ。

 厚労省によると胃がん検診のうち77%がバリウムによるX線検査で、内視鏡検査は22%にすぎない。その理由について厚労省の佐原康之審議官は次のように述べた。

 「有識者による議論をいただきながら国の指針を定めて科学的根拠に基づくがん検診を推進している。内視鏡に切り替えにくい理由としては、被験者の負担感が高く、巡回のバスによる職場での検診ができないので利便性が低下することがある」

 ほんとうにそのような理由なのだろうか。

 がん検診事業を進める国内最大の民間組織は「日本対がん協会」である。東京を除く46道府県に提携団体(支部)があり「日本対がん協会グループ」を形成している。

 1960年に同グループの宮城県対がん協会が東北地方に胃X線の健診車を巡らせ住民検診を始めたのが日本で最初の集団検診だ。現在では、子宮、肺、乳房、大腸の集団検診も行われている。

 グループ全体で約1,000台の検診車を持ち、申し込みを受けて地域や職域を巡回する集団検診には、市区町村から補助金が出る。国から自治体に配られる地方交付税のうち約180億円がその原資だ。

 日本対がん協会は1958年に朝日新聞の80周年記念事業として設立されたため、現在でも事務局は朝日新聞からの出向者が中心だが、役員の顔ぶれをみると、国立がん研究センターの強い影響下にあることがわかる。

 国立がん研究センターはもともと厚生労働省直営の機関で、2010年4月1日に独立行政法人へ移行し、国立がんセンターから国立がん研究センターに改称された。
国立がん研究センターと密接に結びついた日本対がん協会を「検診ムラ」の総本山と呼ぶのはジャーナリストの岩澤倫彦氏だ。

 胃がんリスク検診が導入されると…国が定める5つのがん検診のなかで最も大きな収益をあげるバリウム検査を失う…ここ最近で買い替えが進んでいる1台5,000万〜9,000万円という高額なデジタル式X線検診車が無用の長物と化して、大量の診療放射線技師が職を失うことになる。
 つまり、バリウム検査は、全国に存在する検診組織、天下り役人、バリウム製剤、X線フィルム、X線装置メーカー、診療放射線技師、さらには科学的根拠というお墨付きを与える研究者まで、実に幅広い利害関係者を抱えているのである。

 「バリウム検査」が「リスク検診」にとって代わられるのを避けるため、日本対がん協会と天下りを通じて密接な関係にある国立がん研究センターは「胃がん検診ガイドライン」で、リスク検診を「推奨」から外し、排除しようとしたのではないのだろうか。

 参院での質疑で、厚労省の佐原審議官は「有識者による議論をいただきながらがん検診を推進している」と答弁したが、国立がん研究センターの意見が通りやすいメンバー構成になっている有識者会議で、どこまで公正な判断が期待できるのか、はなはだ疑問だ。

 バリウムによる胃の集団X線検査は、“要精検率”が他のがん検診に比べて圧倒的に高いという。要精検の判定を下された受診者に別料金で胃カメラ検査を行って二重取りをすれば、検診による収益はさらに増える。

 以上のような諸事情により、バリウム検査を手放せないのだとすれば、バカを見るのは受診者だ。国会でもっと議論を深めてもらいたい。

*********************************************************************

 引用以上

 厚労省(厚生省)の不可解な発癌加担リスクの高いX線被曝検診は、戦後、長期間にわたって法的強制によって行われてきた。
 学校保健安全法
 http://wwwinfo.aichi.med.or.jp/ippanishi/gakkouhoken/gakko_hoken/documents/10_dai6.pdf

 労働安全衛生法66条
 http://www.rodoeisei.or.jp/09_kyokai/2015/nenpo2015_2.pdf

 個人が、被曝リスクを認識して「健康調査」と称する発癌エックス線検診を拒否しようとしても、罰則付きの法的な強制検診であるため、拒否は会社側からコンプライアンスの圧力がかかるようになっている。

 また、ネット上の情報でも、医療被曝を問題にし、集団検診被曝を否定するような内容のサイト・HPはほとんど検索できないように、ヤフー・グーグルなどの検索エンジンに設定されている。
 十数年前、自分が書いたはずのブログでさえ、今はどこかに消えてしまって探し出せない。
 
 たまたま、珍しく医療被曝のリスクを告発するサイトを発見した。
 http://muroutahito.blog33.fc2.com/blog-entry-453.html

 集団検診被曝問題の背後には、ほとんどの人が知らない、恐ろしい勢力の暗躍がある。
 それは、旧日本軍731部隊である。

 森村誠一が1981年に発表した「悪魔の飽食」が出版され、ベストセラーになるまで、731部隊のことは徹底的に隠蔽されてきたので、その恐ろしい内容は当時の人々を驚かせた。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E9%AD%94%E3%81%AE%E9%A3%BD%E9%A3%9F

 私は、過去に731部隊に関連するたくさんのブログを書いたはずなのだが、今は検索しても、ほとんど出てこない。私のブログは「反政府的」とレッテルを貼られているので、どんなに閲覧者が多くても、絶対に検索上位には出ない。最近では「東海アマブログ」とつけても検索から排除されていることが多くなった。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/731%E9%83%A8%E9%9A%8A

 https://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2018-01-13/2018011303_01_0.html

 731部隊は、日本軍司令部の命令により、中国東北省(ハルピン)で、石井四郎を司令官として組織され、当時の優秀な若手医学生が徴兵されると、ほとんど、ここに赴任を命令されたといわれる。
 中国の子供たちを街頭で捕獲し、「マルタ」と称する人体実験に利用し、大半の子供たちは強制的にペストなどの致死的病原を感染させられて殺害されたといわれる。

  https://www.lit.osaka-cu.ac.jp/user/tsuchiya/class/vuniv99/exp-lec4.html

 このPDFは相当に詳しいので、ぜひ一読を!
 http://avic.doc-net.or.jp/syuppann/120909panel-syu.pdf

 ハルピンという土地は、扶余・高句麗国の中心地でもあり、近世では、金・清などを作った愛新覚羅氏の根拠地でもあった。
 明仁天皇の「桓武天皇生母発言」でも分かるように、秦氏(弓月氏)の末裔である天皇家は、2000年前に、まさしくこの地の主人公=女真族であったことが明らかであり、いわば満州は日本国家の先祖地ともいえるし、同じ先祖を持つ同族に対して、日本軍はナチスも目を背けるほどの残酷な迫害を行ったのである。

 その731部隊は、凄まじく悪質な戦争犯罪の主役であったにもかかわらず、敗戦後、誰一人処罰を受けることもなく、戦犯にも認定されず、全員が無事に日本に帰還している。
 なぜ戦犯認定されなかったかというと、石井四郎や内藤良一が、731部隊で得た膨大な実験データを、戦犯不起訴と引き換えに米軍に提出することで、取引に成功したからといわれている。
 http://netizen.html.xdomain.jp/Monthly.html

 そして、無事に内地に帰還した731部隊員が何をやったのか?
 https://matome.naver.jp/odai/2150268676836515401

 大半の隊員が、医師免許を持っていて、帰還後、大学の研究者になったり、厚生省の医官になったり、あるいは、新しい医療産業を創立したりした。
 例えば、ロボトミー実験手術で悪名高い、東大医学部教授、台弘の名前も、帰還者名簿に掲載されている。
 731部隊員を疑われていた山下俊一の恩師、重松逸蔵の名前は記載されていないが、関係者だったと疑われている。

https://web.archive.org/web/20150807215132/http://hirukawamura.web.fc2.com/731/731.htm

 戦後、数十年の間は、厚生省医官や六大学医学部教授は、731部隊出身者でなければなれないともいわれるほど、医学界での確固たる地位を占めていた。
 内藤良一らは、731部隊での研究成果を生かして、戦後、血液関係の企業を興し、ミドリ十字社を創立し、血液製剤・ワクチン製造業を始めた。代替血液として開発されたフルオゾールも731部隊の研究成果といわれるが、有毒性のため医療からは消えた。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%89%E3%83%AA%E5%8D%81%E5%AD%97

 内藤らが戦後、最初に行った事業は、日本ブラッドバンクという血液事業であった。
 私の記憶では、1960年代まで、名古屋市の太閤通3丁目の交差点から黄金通りに入った右側に、血液銀行の建物があって、ここに年中、浮浪者が集まって血を売りに来ていて、周辺の雰囲気は頗る悪いものだった。
 売血に来るのは顔色の悪い麻薬常用者などばかりで、人が倒れているのは普通のことだった。ほぼ全員が、肝炎を患っていたのではないだろうか?

 これが日本に肝炎ウイルスを蔓延させたと社会的糾弾を受けて、日赤に事業を譲渡してから、今度は、血液製剤事業であるミドリ十字社を設立したのだが、これも、帝京大、安倍英らによるHIV感染拡大などで、信じられないほどの杜撰さ、人権軽視が暴露されて、今は三菱ウェルファームに譲渡されている。

 問題は、日本ブラッドバンクが社会的に否定されてから、たくさんの社員を食べさせるために、あるいは金づるを維持するために、同じ731出身の厚生省医官と結託して、「エックス線検診協会」を作りだし、児童結核集団エックス線検診を法的に強制することで、新たな検診巨大利権を作り上げたことだ。
 先に書いた、中村区の血液銀行が消えた跡地には、結核集団検診協会ができて、エック線撮影バスが停まっていた。

 これが、冒頭に紹介した労働安全衛生法の集団胃がんエックス線検診という巨大利権に発展し、バリウム検診によって癌を発見するよりも、もの凄い被曝量によって癌を発生させるイニシエーションと認定されている、日本以外の国で、すべて否定されているエックス線強制検診が、厚生省による法的強制の上にあぐらをかいて行われるようになり、未だに強固な組織で続いている。

 バリウム胃がん検診では、一回につき、冒頭に書かれている20ミリどころではなく、動態観察では50ミリシーベルト近い被曝量が常識といわれている。
 ICRPは、「累積線量」が100ミリシーベルトを超えると、発癌リスクがあると明記していて、仮に毎年20ミリを検診で浴びていれば、5年でリスク線量を突破するのである。普通は、二回も受診すれば、100ミリシーベルトを軽く超える可能性がある。
https://www.anktokyocancer.or.jp/endoscope/barium/

 https://biz-journal.jp/2016/08/post_16493.html

 また、厚生省によって児童エックス線検診が始まったのは、1950年頃で、この当時のX線技術は、まだ未熟だったので、被曝量がもの凄かった。
 https://jata.or.jp/rit/rj/373-18.pdf

 50年代では、詳しいデータが消されているが、一回あたりの結核胸部エックス線検診の被曝量は、直接法でさえ少なくとも30ミリシーベルトはあったといわれ、間接法が実施されてからは、さらに線量が増している。
 現在のように、数百マイクロシーベルトまで落とされたのは1990年代以降である。
 我々の時代、当時の小学生は、全員、上半身裸にされて、バスに積まれた恐ろしいエックス線照射機で一回30ミリシーベルト、取り直しも普通だったので、下手をすると100ミリシーベルト近い被曝を強要されたのである。
 小中学校9年間で累積する被曝量は、胸部で軽く100ミリを超えていただろう。

 この結果、何が起きたのか?

 実は、ICRPは、外部ガンマ線の線量リスクを過大に見積もり、内部被曝を極端に過小に見積もるという、原子力産業のための改竄を行っていたので、エックス線被曝については、原発放射能被曝よりも影響が小さい可能性があるのだが、それでも、乳癌のように、表皮に近い部分での発癌イニシエータとしては、ガンマ線の影響は公開されているリスク係数どおりに危険なものである可能性が強い。
 (エックス線はガンマ線よりエネルギーレベルが弱いので、体表に近い細胞組織に対する影響は吸収されやすいという意味で、逆にガンマ線よりもはるかに大きい。)

 乳癌が放射線被曝によって発生しやすい理由は、ベルゴニー・トリボンドーの法則における「細胞分裂の多い、未分化な細胞ほど被曝感受性が高い」というもので、表皮に近い位置に、細胞分裂の盛んな乳腺細胞が存在するためである。
 乳癌は、エックス線被曝によって、非常にイニシエーションを受けやすい癌である。
 https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/130726_3-09.pdf
 (上のリンクでは、150ミリシーベルトで統計的に有意な被曝誘発乳癌が明らかにされた)

nyuugan1.jpg


 
乳癌の潜伏期間は10〜30年といわれているので、仮に1960年に8歳で胸部エックス線を浴びていると、20年後の1980年で28歳、30年後の1990年で38歳野の発癌年齢に達する。
 このグラフにおける乳癌の増加は、もちろん1960年代の大気圏核実験による放射能汚染も大きいが、それ以上に、60年代の児童胸部強制検診によるイニシエーションを考えなければならないのである。
 もちろん、これは肺癌にも当てはまることになる。しかし、肺癌は、体内奥深い位置なので、乳癌に比べて、エックス線からの影響はやや弱く、潜伏期間が20〜40年と長い。

 731部隊残党と厚生省による、強制集団検診(胸部レントゲン検診)は、全国で数十名程度の結核患者を発見したかもしれないが、数百名の乳癌患者を生み出した疑いがある。肺癌についても大きなリスクが生じたはずだ。
 (以下のリンクに1975年の結核発見率は、0.016%と書かれている=全小中学校児童数1600万人程度)
 https://jata.or.jp/rit/rj/masuya0202.html

 なぜ、世界が驚くような強制被曝を伴う検診を子供たちに強要し、大人たちにもバリウム胃がん検査で強要しているのかというと、冒頭の記事に書かれている通り、731部隊帰還者たちが作り上げた巨大な検診利権が存在するからである。
 しかも、この利権は、厚生省医官などにより、法的にがっちりと固められていて、これを崩壊させるためには、バリウム胃がん検診の不合理性と、実際に被曝発癌被害を受けた人々による訴訟が必要である。

 ただし、被曝障害というのは、因果関係を証明するのが非常に困難であり、統計理論を使って疫学的に証明することしかできない。だが、時間が経てば経つほど、他の原因が紛れ込んできて、ますます証明が難しくなる。
 これをいいことに、原発事故などは、発生した癌や白血病の責任を詭弁を弄して回避する事故当事者が後を絶たない。
 その典型例が、福島の子供たちに発生している甲状腺癌で、世界平均の300倍を超える発症があっても、東電や政府に雇われた自称専門家がしゃしゃり出てきて、「原発事故と甲状腺癌は無関係」と平然と公表しているのである。

 これは10年前に書いた私のブログ。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-212.html

 そして、福島の甲状腺癌検診評価部会
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-765.html


 だから、集団検診の被曝被害を世に訴えるにしても、疫学的証拠があってさえ、平然と無関係とうそぶく連中を相手にしなければならない。

 我々としては、広く事実を公開宣伝する手段しか残されていない。
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-769.html  

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コメント
1. 中川隆[-13945] koaQ7Jey 2020年2月07日 20:30:40 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-618] 報告
細菌戦「731部隊」の新資料発見 「ないはず」の戦後公文書 細菌生産を明記
京都新聞社 2020/02/07
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/細菌戦「731部隊」の新資料発見-「ないはず」の戦後公文書-細菌生産を明記/ar-BBZJYnx?ocid=ientp



© 京都新聞社 関東軍防疫給水部行動経過概況図の実寸複写と西山名誉教授

 第2次世界大戦中に細菌戦の準備を進めた旧関東軍防疫給水部(731部隊)について、戦後に日本政府が作成した公文書が6日までに、発見された。京都帝大などから派遣された医師らが人体実験を行ったとされる731部隊について、政府はこれまで国会で政府内に「活動詳細の資料は見当たらない」と答弁をしており、発見した西山勝夫滋賀医大名誉教授は「まだまだ731部隊に関係する資料が埋もれている可能性がある」と話している。

 発見された公文書は戦後5年目の1950年9月に厚生省(現・厚生労働省)復員局留守業務第三課が作成した「資料通報(B)第50号 関東軍防疫給水部」との文書。西山名誉教授が昨年11月、国立公文書館から開示決定を受けた。文書は計4ページあるが、もっと分厚い資料の一部だった可能性がある。戦後中ソに取り残された元731部隊の軍医や軍人らの状況を把握するために作成された資料で、「関東軍防疫給水部の特異性 前職に依る(サ)関係者が多い」と書かれている。
 うち1枚は「関東軍防疫給水部行動経過概況図」と題された縦約90センチ、横約60センチある大きな図面。「防給本部」について「部隊長 石井四郎中将以下約1300人内外 本部は開戦と共に全部を揚げて北鮮方面に移動すべく」などと満州(現・中国東北部)から日本に帰国するまでの経路が図説され、本部第一部が細菌研究、第四部が細菌生産などと部隊構成も記載されている。

 図は大連支部や牡丹江支部、ペスト防疫部隊など、関東軍防疫給水部の各支部がソ連参戦時にどういう部隊構成だったか、武装解除や敗走経路、ソ連に抑留された人数や指揮官の氏名、中国側に残留している人数なども記載している。731部隊はハルビン近郊にあった本部と実験施設を爆破し研究資料も廃棄処分したとされるが、撤退の経路が日本側公文書で裏付けられるのは初。731部隊の本部では日本に帰国し、戦後の医学界や製薬会社で活躍した人物が多いが、今回の資料で各支部は混乱した状況だったことも明らかになった。

 731部隊の生体実験やペスト菌散布などを示す戦時中に作成された文書や論文は国内や中国で発掘が相次ぎ、占領期に米国が石井元731部隊長や解剖した医学者らに尋問した調書も機密開示されているが、戦後に日本政府は731部隊について「調査しない」との見解を繰り返しており、公文書が存在した意義は大きい。
 日本政府は、731部隊のペスト菌散布を裏付ける金子軍医少佐論文(1943年付)が国会図書館関西館(精華町)で発見された際も、2012年の国会答弁で「政府内部に資料が見当たらないのが実態」と答弁している。
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/細菌戦「731部隊」の新資料発見-「ないはず」の戦後公文書-細菌生産を明記/ar-BBZJYnx?ocid=ientp

2. 中川隆[-13799] koaQ7Jey 2020年2月13日 18:11:10 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-424] 報告
2020.02.13
アメリカ軍はロシアを囲むように細菌戦の研究施設を建設してきた
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202002130000/


 病原体を兵器として使おうと研究している人びとがいる。日本では軍医学校、東京帝国大学医学部、京都帝国大学医学部などの下で兵器の研究開発が進められ、生体実験を行うために関東軍防疫給水部本部、いわゆる第七三一部隊が編成される。

 日本軍の降伏が間近に迫っていた1945年8月に部隊は関連施設を破壊、貴重な資料や菌株は運び出す。監獄に残っていた捕虜は皆殺しになった。

 この部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めたのは石井四郎中将、1942年から45年2月までは北野政次少将。日本へ逃げ延びた石井たちは1946年に入るとアメリカ軍の対諜報部隊CICの尋問を受けているが、厳しいものではなかった。その過程でGHQ/SCAPの情報部門G2の部長を務めていたチャールズ・ウィロビー少将と親しくなる。

 アメリカ軍は日本で細菌戦に関する活動を開始するが、その中心になったのが「406医療一般研究所」。アメリカにおける生物化学兵器の研究開発で中心的な存在であるキャンプ・デトリック(55年からフォート・デトリックに格上げされた)へ406部隊は定期的に報告書を提出していた。(Stephen Endicott & Edward Hagerman, "The United States And Biological Warfare", Indiana University Press, 1998)

 そのキャンプ・デトリックから1947年4月にノーバート・フェルという研究者が来日し、第731部隊の幹部を尋問している。

 1950年6月に朝鮮半島で戦争が始まるが、その2年後に朝鮮の外務大臣はアメリカ軍が細菌兵器を使用していると国連に対して強硬に抗議している。また戦争で捕虜となった約30名のアメリカ人パイロットが生物兵器を投下したと告白するが、アメリカ政府はプロパガンダだとして全面的に否定。パイロットたちは帰国すると国家反逆罪に問うと脅され、告白を取り消したが、実際に使われた可能性は高い。使用した細菌兵器には炭疽菌や腺ペストが含まれていたと見られている。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)

 21世紀に入り、炭疽菌が注目される事件が引き起こされた。トム・ダシュル上院議員とパトリック・リーヒー上院議員を含む人びとに炭疽菌で汚染された手紙が送られてきたのである。

 炭疽菌の付着した手紙は世界貿易センターや国防総省本部庁舎が攻撃された(9/11)直後の2001年9月18日から送られ始め、5名が死亡、約20名が病気になっている。後に菌の出所はフォート・デトリックだということが突き止められた。容疑者とされた学者は何も語らないまま「自殺」している。

 9/11を利用してジョージ・W・ブッシュ政権は「愛国者法(テロリズムの阻止と回避のために必要な適切な手段を提供することによりアメリカを統合し強化する2001年法)」を成立させるが、これはアメリカ憲法の機能を停止させるものだった。

 大半の議員は法律案を読まずに賛成するが、ダシュル議員とリーヒー議員はこの法律に疑問を持ち、反対していた。そうした両議員の立場を炭疽菌付きの手紙は変えさせることになる。

 2013年になると、​アメリカがウクライナ、アゼルバイジャン、アルメニア、カザフスタン、キルギスタン、モルドバ、タジキスタン、ウズベキスタン、ジョージアで細菌兵器の研究施設を建設している​と話題になった。

 現在、新型コロナウィルスの感染が話題になっているが、この件では​アメリカ国防省のDARPA(国防高等研究計画局)やDTRA(国防脅威削減局)が注目され始めている​。DARPAやDTRAは2018年からコロナウィルスのコウモリからヒトへの感染に関する研究を進めてきた。DARPAと関係の深いアメリカのデューク大学が中国の武漢大学と提携、2018年にデューク崑山大学を開設していることも注目されている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202002130000/

3. 中川隆[-13489] koaQ7Jey 2020年2月25日 18:51:15 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1] 報告
2020.02.25
新型コロナウイルスは人種によって罹患しやすさに変化があるのか?

 アメリカの​CDC(疾病管理センター)によると​、アメリカにおける今シーズン(2019年から20年)のインフルエンザ感染者数は少なくとも2900万人、死者は1万6000人を超えたという。その死者の中に新型コロナウィルスの患者が含まれているのではないかという推測が日本のテレビ番組の中で語られたと話題になっているのだが、この推測が正しいなら、新型コロナウィルスの深刻度は若干、軽減される。新型コロナウイルスは東アジア系の人びとが罹患しやすく、重症化する傾向があると噂されてきたが、それは非東アジア系の人びとが開発した生物化学兵器である可能性が高いことを示しているからだ。

 もしアメリカで広く問題のコロナウィウルスが広がっているなら、非東アジア系の人びとにも感染、犠牲者が出ている可能性が高い、それが生物化学兵器であったとしても使いにくい。いわば自爆攻撃になってしまうからだ。

 中国の武漢で新型コロナウィルスが広がり始めた頃、西側では中国が開発した細菌兵器が漏れ出たとする話が伝えられたが、本ブログでも書いたように、現在ではアメリカ国防総省のDARPA(国防高等研究計画局)やDTRA(国防脅威削減局)が注目されている。

 両機関は2018年からコロナウィルスのコウモリからヒトへの感染に関する研究を進め、​DARPAと関係の深いアメリカのデューク大学が中国の武漢大学と提携、2018年にデューク崑山大学を開設​していることも理由のひとつだ。

 アメリカにおける生物化学兵器の研究開発で中心的な役割を果たしてきたのは陸軍感染症医学研究所があるフォート・デトリック。アメリカで細菌兵器の研究開発が始まったのは1920年頃だと言われているが、劇的に変化したのは第2次世界大戦後のことだろう。日本から重要な研究資料がアメリカへ渡されたと言われているのだ。それ以来、アメリカは生物化学兵器の研究開発で先頭を走っている。

 1930年代から日本軍は捕虜を使い、中国で生体実験を始める。生物化学兵器を開発する一環で、その責任者が京都帝国大学医学部出身の石井四郎中将だった。生体実験のため、秘密裏に部隊が編成される。当初は加茂部隊と呼ばれたが、その後東郷部隊に名を変え、1941年からは第731部隊と呼ばれるようになった。

 戦犯に問われることなく帰国した石井は1946年1月から2月にかけて自宅でCIC(米陸軍対諜報部隊)の尋問を受けているが、厳しいものではなかった。その際、GHQ/SCAPの情報部門G2の部長を務めていたチャールズ・ウィロビー少将と親しくなっている。(Peter Williams & David Wallace, “Unit 731”, Free Press, 1989)

 1947年4月にはキャンプ・デトリック(1955年からフォート・デトリックへ格上げ)から研究者がやって来て、第731部隊の幹部を尋問している。その直前、厚木基地からほど近い倉庫でアメリカ軍の極東医療分隊に所属する「406医療一般研究所」が活動を始めた。そこは病原体の媒介昆虫に関する研究用の「倉庫」と見なされていた。後に同部隊は東京都千代田区丸の内の三菱ビル内に本部を移し、朝鮮戦争の際には戦闘地域へ要員を派遣することになる。(Stephen Endicott & Edward Hagerman, "The United States And Biological Warfare", Indiana University Press, 1998)

 本ブログでは何度か書いたことだが、アメリカはロシアや中国の周辺に細菌兵器の研究施設を建設してきた。そうした施設が作られた国として名前が挙がっているのは、ウクライナ、アゼルバイジャン、アルメニア、カザフスタン、キルギスタン、モルドバ、タジキスタン、ウズベキスタン、ジョージアなど。アフガニスタン、パキスタン、台湾、フィリピン、韓国、そして日本にもアメリカ国防総省の影響下にある細菌に関する研究施設が存在しているという。

 また、今回のケースでは、2018年に​「弱毒化されたコロナウィルス」に関するアメリカの特許​が認められたことも注目されている。​特許を申請したピルブライト研究所の主要出資者はWHO(世界保健機関)、EC(欧州委員会)、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ基金​など。

 コロナウィルスのワクチンに関する特許をこの研究所は持ったのかもしれないが、ロシア駐在中国大使の張漢暉によると、​新型コロナウィルスに有効なワクチンを中国は作り出すことに成功、最終的な試験を行っている​という。

 2019年3月にはカナダのNML(ナショナル細菌研究所)から中国へ非常に毒性の強いウィルスが秘密裏に運ばれて中国当局から抗議され、7月にはそのNMLから中国人研究者が追い出されたことも話題になったが、10月にジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターが世界経済フォーラムやビル・アンド・メリンダ・ゲイツ基金と共同でコロナウィルスの世界的流行に関するシミュレーションをするために集めたことも注目されている。

 この会合にコロナウィルスによる病気と関係の深い中国人は招かれなかったが、アメリカ軍の幹部やネオコンが参加していた。そして会合の翌日、軍事演習に参加するために300名のアメリカ軍将兵が武漢に到着、その2週間後にコロナウィルスの最初の感染が見つかる。新型コロナウィルスの潜伏期間は14日だ。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202002250000/

4. 中川隆[-13424] koaQ7Jey 2020年2月27日 21:21:03 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[80] 報告

 猿の頭痛
2020年02月27日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1043.html

 武漢肺炎が生物兵器として開発中だったウイルス株が、何らかの理由で、外部に漏れて世界的なパンデミックが起きていることは、ほぼ疑いのない状況になっている。

「ウイルスは野生動物由来ではない」大紀元が調査報告を発表
 https://www.ntdtv.jp/2020/02/42667/

ハーバード大教授「来年まで世界人口の最大70%が新型肺炎に感染」 2/26(水)
 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200226-00000004-cnippou-kr

 これは、100年前のスペイン風邪と同等で、このときは、ウイルス株の突然変異や抗原抗体反応などで、世界で5000万人〜1億人が死亡したと推定されている。
 (致死率2%と推定されているが)
 スペイン風邪の流行は、数次にわたっていて、初期の病状は、それほど深刻なものではなかったが、感染・再感染を繰り返すうちに病毒性の高い突然変異を起こしたものと考えられている。また繰り返し感染がもたらすアナフィラキシーショックやサイトカイン症候群も取り沙汰されている。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%B3%E6%94%BE%E5%87%BA%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4

 元々、免疫が脆弱になっているアレルギー体質の糖尿病や喘息、COPDや間質性肺炎、膠原病、リウマチ、多発性硬化症など免疫難病を基礎疾患として抱えている人々は、非常に重篤な症状になり、命に関わることを理解しておくべきだ。
 世界人口の7割が感染するなら、そのうち1割くらいが免疫系基礎疾患を抱えていると考えるべきで、結局、スペイン風邪と同等の致死率が出ても不思議ではない。
 また、このくらいの感染率だと、安全な逃避地は地球上に存在しないかもしれない。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E5%85%8D%E7%96%AB%E7%96%BE%E6%82%A3

 日本国内でも、若年層の重症者が増えている事情は、やはりRNA突然変異を疑うべきだろう。これから繰り返し感染者が増えれば、それはRNA遺伝子の突然変異を裏付ける現象なので、病原体の毒性が強まる可能性も大いに考えられる。

 それにしても、日本政府=安倍政権の馬鹿さ加減には開いた口が塞がらない。日本人は安倍晋三をトップに据えたことで、何割かが死ぬほどの凄まじいお灸を据えられていると考えるべきだ。
 トップが無能だと、官僚たちまで、これほどの馬鹿しかいなくなるのかと感嘆するしかない。
 劉伯温の(南北朝時代の)予言によれば、8月後半にとんでもない事態になるそうだ。

 さて、中国政府が細菌兵器を開発してきた理由は、自分たちが日本軍731部隊による細菌兵器人体実験の大規模な被害を受けたことで、この安価なBC大量殺戮兵器の価値に気づかされていたからだろう。
 実際、731部隊の活動していた、中国東北省(満州)、遼寧省では、現在、中国共産党による、731部隊の悪行をそのまま受け継いでいるような、人体模型工場とか、法輪功加盟者を拘束して生きたまま臓器を摘出して殺害するような病院が稼働している。

 私は、武漢の細菌兵器研究所も、731部隊の残党が生み出したのではないかと強く疑っている。その内容が、あまりにも酷似しているからだ。

 https://www.epochtimes.jp/p/2018/04/32382.html

 https://www.epochtimes.jp/jp/2006/04/html/d99548.html 

 これらは、日本軍が敗北し、731部隊が証拠隠滅のため、散り散りに逃避してから、人脈が流れて人体実験医学を受け続いてきた可能性がある。

 731部隊とは何か? 大半の証拠が、敗戦時に石井四郎らによって爆発隠滅されたが、当時の被害者からの資料提供で、何が行われたのか、復元が進んでいる。
 http://eritokyo.jp/independent/aoyama-col5813.htm

 http://www.kyoritsu-wu.ac.jp/nichukou/sub/sub_gensya/history/Asia_is_Japanese/731.htm

ウィキの資料は、ネット上から削除されているものも含めて、証言証拠が充実している。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/731%E9%83%A8%E9%9A%8A

 ここで、ごく最近、現代ビジネスに掲載されたコンテンツが面白いので紹介することにしたい。

 これは、京都大学医学部教授の戦後学位論文中に、猿にペスト菌を接種して発病実験した経過が描かれているのだが、そのなかに「猿が頭痛を訴えた」と記録が残されていた。
 これを見た研究者たちは、この教授が実験に用いた「猿」は、実は人間ではないかと疑い、学位の剥奪を要求したのだが、京大側は、調査を拒否したものだ

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 731部隊の闇…日本社会がどうしても隠したい「残酷すぎる過去」 2月27日現代ビジネス
  https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70626

新型肺炎を巡る報道が連日、洪水のように流されている。ほとんど否定されているようだが、一部には武漢にある武漢ウイルス研究所で生物兵器として開発されていたものが流出したのではないか、という噂も流れている。

奇しくもこうしたタイミングで、日本国内でも、先の大戦中に生物兵器の実験をしていた「731部隊」に関する報道が相次いでいる。

ひとつは人気コミック『僕のヒーローアカデミア』に登場する「志賀丸太」という登場人物の名前が無神経だと海外、特に韓国からの批判を受け、著者の堀越耕平氏が謝罪と名前の変更を余儀なくされたニュース。

そしてもう一つは、京都新聞に「サルが頭痛」という見出しで報じられた、731部隊に関するニュースである。

731部隊とは、結局何だったのか

731部隊の正式名称は「関東軍防疫給水部」。「関東軍」とはよく聞く名前だと思うが、正式には、日露戦争の勝利により獲得した遼東半島南部(関東州)と旅順・長春間の鉄道沿線防衛のため創設された部隊を前身とした軍のこと。その後、日本による満洲の植民地化において中心的役割を担うこととなった。

731部隊は満洲北部の平房(現在の黒龍江省哈爾濱〈ハルビン〉市平房区)という寒村に、一大細菌・生物戦施設を設け、捕虜とした中国人やロシア人約3000人を「マルタ」と称し、文字通り「丸太」のごとく非人道的な扱いをしながら、ペスト菌やコレラ菌など細菌の感染実験、生体解剖を重ねていた。

「僕のヒーローアカデミア」の件は、この「マルタ」を連想させるという批判なのだ(なお、著者はそうした意図を否定している)。

 731部隊の責任者は石井四郎という軍医で、最終的には陸軍中将にまで昇進した人物だ。その部隊は、彼が東郷一という偽名をよく使用したことから東郷部隊、出身地である千葉県の加茂から多くの職員を募ったことから加茂部隊とも称されたが、戦争末期には石井部隊か、敵国に内情を知られないための秘匿名の「関東軍七三一部隊」の名で呼ばれるのが普通となった。

731部隊は実験を重ねるだけでなく、日中戦争が本格化してからは、参謀本部の要請に応じ、中国戦線に限って化学兵器と細菌兵器を実戦投入してもいたから、日本の軍事史上においても大きな汚点と言わざるをえない。

化学・細菌兵器の使用は1928年に国際連盟で採択された国際紛争平和的処理一般議定書(ジュネーブ一般議定書)で、捕虜に虐待については1929年に締結された「捕虜ノ待遇ニ関スル条約」で禁止され、日本は批准を見送るが尊重する立場を表明していた。

731部隊の存在と活動は明らかな国際法違反であったが、大戦終結後の極東国際軍事裁判(東京裁判)において、責任者が罰せられるどころか、被告人席に立たされることさえなかった。なぜなら、訴追が見送られただけでなく、存在さえも隠蔽されたからである。

 731部隊の免責は、石井四郎ら同部隊幹部の取り調べに当たった連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の参謀第2部(G2)が、生体実験の研究成果は他に例のない貴重な資料との判断から、研究資料すべての提供することと引き換えに石井らの免責を上申。最高司令官ダグラス・マッカーサーもそれを認め、アメリカ本国の統合参謀本部(JCS)からもそうするよう指示が下されたことから、速やかに遂行された。

 かくして731部隊の存在と行状は、ソ連が実施した情報公開と一部関係者の証言を除いては闇に葬られてしまった。

 731部隊の幹部たちはいずれも沈黙を貫いた。戦時中は「石井の番頭」を公言して憚らず、階級が最終的に中佐まで進んだ内藤良一博士も同様であった。この内藤博士は戦後、のちに大手医薬品メーカーに成長するミドリ十字を創業し、その会社が薬害エイズ事件を引き起こしたのは何かの因縁であろうか。

明かされ始めた当時の記録

 欧米では、よほどの国家機密でもない限り一定期間が過ぎれば、あらゆる公文書が公開される。731部隊関連のそれとて例外ではなく、これにより731部隊の実態と免責に至る経緯について、多くのことが明らかとなった。

 この分野については神奈川大学名誉教授にして科学史と科学論を専門とする常石敬一が多くの著作を世に送り出しているが、ジャーナリストの青木冨貴子が著わした『731 石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』(新潮文庫)も有益な作品である。
 石井四郎本人の日記や先述した内藤博士に関する新たな資料も見つけ出したのだから。

 なかでも内藤博士に関する話は群を抜いて興味深い。それはメリーランド州カレッジパークにある国立公文書館で公開されていたもので、青木が目にした資料によれば、内藤がワシントンの日本大使館付陸軍武官の紹介状を手にロックフェラー研究所の国際衛生研究室を訪れ、黄熱病の病原株を分けてほしいと申し入れたのだが、それがなんと1939年2月23日のことだった。

 すでに国際会議の決議で、アジア諸国にウイルスを持ち込むことが禁止されていた後である。当然同研究所では所長のセイヤー博士が直接内藤に会って、きっぱりと断りを入れたが、内藤はそれに懲りず、再び訪問し黄熱病ワクチンの扱いについて質問を浴びせ、さらに同月26日には、同研究所の技師が内藤と同一と思しき人物から、黄熱病ウイルスを渡すよう脅迫されという記述まであった。

 このようにアメリカが占領期に収集した資料が次々と日の目を見るなか、日本政府は国会で追究されるたびに731部隊に関する資料の存在を否定してきた。2012年に国立国会図書館関西館で、731部隊によるペスト菌散布を裏付ける金子順一軍医少佐論文(1943年付)が発見された際も、「政府内部に資料が見当たらないのが実態」と答弁していたのである。つまり「政府内部には」ないというわけだ。

 しかし、どれだけ政府がないと言っても、あるものは隠せない。2011年の公文書管理法施行を受け、厚生労働省が国立公文書館に順次移管している戦没者等援護関係資料の中から、731部隊に関する新たな公文書が発見されたのである。これが冒頭に触れた、京都新聞の「サルが頭痛」の見出しで報じられた記事である。

 その資料は1950年9月に厚生省(現・厚生労働省)復員局留守業務第三課が作成した「資料通報(B)第50号 関東軍防疫給水部」と題された文書で、戦後、中ソに取り残された元731部隊の軍医や軍人らの状況を把握するために作成されたと目される。

 計4ページある文書のうちの一枚は「関東軍防疫給水部行動経過概況図」と題され、ソ連軍との開戦に伴う撤収方法について詳しく、本部第一部が細菌研究、第四部が細菌生産などと部隊構成まで記載されていた。

 しかも、新資料の発見は、まだ埋もれいる資料がたくさんあるのではないかとの疑念を募らせると同時に、すでに発見されている資料を真摯に受け止めねばならないとの機運を盛り上げることにもつながった。

 その具体的な動きが、同記事で取り上げられている、滋賀医科大名誉教授の西山勝夫を事務局長とする「満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証を京大に求める会」(以下、「求める会」)である。

 終戦時、731部隊の人員は約3900人を数え、軍医52、技師49人、雇員1275人、衛生兵1117人という部隊構成だったと具体的に示されている。京都大学医学部講師の身から731部隊に派遣されて凍傷研究を行ない、戦後は京都府立医科大学長になった吉村寿人の回想によると、「京大の助教授・講師級の若い者が8名(病理学3、微生物学2、生理学2、医動物学1)が派遣されることになった」。

 同じく戦後、吉村以外の京大出身の元731部隊員たちが医学界に戻り、金沢大医学部長、京大医学部長などを務めた。学者以外にも京大出身者はいて、石井四郎の片腕と言われたM元軍医大佐や、先ほどから何度も取り上げている内藤良一もまた京大医学部の卒業生だった。

 京都大学の出身者やかつてそこに籍を置いていた者が戦争犯罪に手を染めていたというわけだ。真っ当な人生を送る卒業生にとって許しがたいことで、実験成果をもとに博士論文を認め、博士号を授与されたとなればなおさらであった。

 「サルの頭痛」

 京都新聞の記事で問題として取り上げられたのは、1945年に戦死した将校の論文「イヌノミのペスト媒介能力に就いて」で、ペスト菌を、イヌノミを介してサルに感染させ死亡させた特殊実験中に、サルが「頭痛を訴え」と記述されていた点である。

 「求める会」は、サルが頭痛を訴えることはありえず、このサルは捕虜を指す隠語の一つで、実際に人体実験が行われたのではと疑い、博士号の取り消しも視野とした再調査を申し入れたのだった。

 調査を中止した京大

 2019年2月、大学当局は予備調査から得られた結論として、「どのようにサルの『頭痛』を判断したか記載されていないが、何らかの行動指標によって頭痛が起きていると判断していたと推察できる」などと説明。その上で「ねつ造の疑いの根拠には科学的合理的理由がなく、実験ノートや生データがないため調査を継続することは不可能」と回答している。

 大学側がさらなる調査を行わない方針とも伝えてきたことで、「求める会」の大学当局への不信感はさらの膨らみ、「使用された動物がサルであるか、ヒトである可能性を明確に否定できると証明しなければならない」と声明を出した。

 会の共同代表を務める立命館大教授の松宮孝明も記者からの質問に、「疑わしい時にどう推定するべきかという問題。学位を授与する大学として、可能な限り調査をして、疑わしいなら学位は取り消すべき」とコメントしていた。

 今後この問題がどう展開するかは予断を許さない状況だが、今回の新資料でも明らかなように埋もれた資料はまだまだ存在する可能性がある。だれかが意図的に隠したとしても、歴史の闇はいずれ明るみに出る時が来るだろう。

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 731部隊を創立したのは、千葉県出身の石井四郎である。同郷である加茂出身の医師ばかりを集めたので「加茂部隊」と呼ばれたが、「同郷者」には、極悪戦犯として知られる「麻薬王・里見甫」がいたことも知られている。
 里見は、二反長音蔵の力を借りて北京郊外の通州に麻薬精製工場を作り、日本人婦女子ばかりを集めて、ヘロインとアヘンの精製販売を行わせていた。
 これに対し、古くからアヘン利権を手にしていた青幇が怒り、頭目の蒋介石が通州工場の残虐な襲撃を行わせたのが「通州事件」の真相である。

 これに激怒した陸軍第十軍が南京大虐殺を実行するわけだが、731部隊の残虐さは、上のウィキリンクを見れば分かるように、吐き気を催して、とうてい説明する気になれない。
 おまけに、731部隊は、敗戦後、誰一人戦犯起訴されなかった。人体実験の資料を米軍に手渡すことと引き換えに免罪されたのだ。
 これは麻薬利権戦犯でありながら、莫大な麻薬資金を米軍に手渡して引き換えに釈放された、岸信介や里見甫と似ている。

 無罪放免となった石井四郎・内藤良一。北野政次ら司令官らは、そのまま日本に帰還し、戦後日本医学界の基礎を担った。
 内藤は、ミドリ十字者を設立、現在の公衆医学検査協会=検診協会も内藤の生み出した仕組みであり、子供たちに「結核検診」と称して、強制的にレントゲンを照射して、一人の患者を発見する代償に、50名の被曝癌患者を出したといわれる。

 日本で、女性の乳癌と肺癌が激増した理由は、この結核集団レントゲン検診が極めて大きな役割(乳癌・肺癌イニシエーション)を果たしている。
 また、内藤の会社は、エイズウイルスを不活化せずに血漿医薬として利用、多数を殺害したことも知られる。これで事実上ミドリ十字社は解体され三菱ウェルファーマに代わった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%AC%E5%AE%B3%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 すなわち、731部隊の残虐な犯罪は、戦後日本医学を呪い続けているのである。
 今のところ、証拠は見つけていないが、武漢コロナウイルス肺炎も、もしかしたら731部隊との接点があるかもしれない。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1043.html

5. 中川隆[-13224] koaQ7Jey 2020年3月02日 17:53:30 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[305] 報告

岡田晴恵教授の告発と731部隊 2020年03月02日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1048.html

 1989年7月22日、東京都新宿区の厚生省(当時)戸山研究庁舎建設現場で多数の人骨が見つかった。

 陸軍731部隊の防疫研究室があった場所で、完成後は、国立感染研究所が開設されている。

 https://tablo.jp/archives/3246?zkzk=13868

 人骨を鑑定した専門家は、数十年前に死亡した100体以上のアジア人の骨と推定。大人の男性が多く、生前に刺したり切ったりされた跡や、死後に銃弾を受けたと考えられる骨もあったという。

(つまり、死罪人で刀の鑑定を行った山田浅右衛門のように、死亡後、銃弾損傷研究の対象にされたということ)
 
 厚生省は、防疫研究室が属した731部隊や陸軍軍医学校の関係者らに問い合わせたが、誰一人、口を開く者はいなかった。
 ここには、敗戦まで軍医学校があり、731部隊の国内における研究拠点だった。
 https://www.asahi.com/articles/ASM7F7DLPM7FUTIL01P.html

 そして、現在に至る国立感染研究所の沿革を調べてゆくと、世にも恐ろしい事実が浮かび上がってきた。
 https://www.niid.go.jp/niid/ja/

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 テレ朝、羽鳥モーニングショーにおいて、すでに一ヶ月以上も、連日、武漢肺炎=新型コロナウイルス肺炎問題だけが取り上げ続けられ、他の話題はほとんど出ないほど、かつてなく緊張した戦時番組のような取り組みが続けられているが、その主役は、連日連夜、テレビに出ずっぱりの、白鳳大学、岡田晴恵教授といってもいい。

 2月28日、岡田教授は、出演者全員が身を硬直させるような告発を行った。凍り付いたスタジオのなかで、玉川徹の「これは全メディアが問題にすべきだ」という発言だけが響いた。
 http://udrpinfo.com/archives/6606

 岡田氏が何を言ったのか?

 【民間でのPCR検査が進まない理由は「オリンピック開催国として汚染国というイメージをつけたくないから」と思っていた。
 某政治家にこれをぶつけたところ「そのような肝の据わった官僚はいまどきいない」と否定。
 某政治家はつづけて、民間でのPCR検査が進まない本当の理由は「テリートリー争い」であると発言。
 テリトリー争いの詳細については、「衛生研から上がってきたデータは全部感染研で掌握したいと言っている感染研OBがいる」と述べた】

 「つまり、国立感染研究所が、コロナウイルス肺炎のデータを独占したいために、民間委託のPCR検査をさせないようにしている。」
 という恐ろしい内容なのだが、私のように、731部隊に対する告発を続けてきた者にとっては、
 「731部隊直系の国立感染研究所なら、そういう非人道的な発想は、ごく自然な流れ=体質であって、何の不自然さもない」
  と大いに頷くしかないのだ。何せ、とんでもない生体殺人実験を繰り返してきた悪魔たちなのだから。

 「国立感染研究所が731部隊の直系だって?……ただ、場所が同じだけだろ?」

 と思う人は以下のリンクを見ていただきたい。
 現在まで15名の研究所所長が任命されたうち、実に半数以上の8名が731部隊出身なのだ。

 http://eritokyo.jp/independent/aoyama-731orgf3.htm

731-1.jpg


 
実は、731部隊は、ナチスによる600万人ユダヤ人大虐殺に匹敵するほどの残酷な人体実験(生体実験)と細菌兵器散布実験を重ねて、中国人数万人〜数十万人を殺戮したのだが、誰一人、戦犯として起訴されなかった。
 実験データを米軍に渡すことで取引を行い、起訴断罪を免れ、全員が日本に帰国し、戦後医療界の要職に就いて、医学界の重鎮として尊敬されている。

 戦後30年ほどは、「731部隊出身でなければ、旧医6大学教授(千葉大学、金沢大学、新潟大学、岡山大学、長崎大学、熊本大学)と厚生省医官は731部隊出身でなければなれないとさえいわれた。
 また旧帝大、東大・京大も731の縄張りであり、例えばロボトミー手術で知られた台弘も731部隊出身の東大教授だった。
 http://www.arsvi.com/d/m01h1971u.htm
 https://www.cool-susan.com/2015/10/28/%E8%84%B3%E7%B5%84%E7%B9%94%E6%91%98%E5%87%BA%E3%81%AE%E4%BA%BA%E4%BD%93%E5%AE%9F%E9%A8%93/

 これが、戦後秘密にされながら、アメリカ情報公開法から暴露された名簿リストである。
 http://eritokyo.jp/independent/aoyama-731orgf2.htm

 上のリンクを見れば、無罪放免で帰還した731部隊員は、戦後医学界の中核にいて、要職を歴任していることが分かる。
 また内藤良一大佐のように、日本ブラッドバンク・ミドリ十字社や結核検診、集団医療検診の企業を設立して、同じ731部隊仲間である厚生医官と結託し、戦後集団検診や医療検査の利権を独り占めにしたような人物もいる。

 その内藤の事業は、血液事業を通じて、売血者から日本中に肝炎を蔓延させ、血漿事業から、血友病者にエイズウイルスを感染させて数百名を殺害した、
 日本の戦後悪徳医療産業の大半が、731部隊出身者によって行われたのだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%AC%E5%AE%B3%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 だから、私は、これまで何度も繰り返して、731部隊に対する告発を続けてきた。戦後日本医療には「731部隊の呪い」がかけられているのだと。(いくつかはヤフーによって無断削除された)

 731部隊と医療被曝 2019年06月08日
  http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-769.html

 我々の世代は、小中学校の義務教育で、内藤良一の作った結核集団検診(ブラッドバンクが肝炎蔓延で追放されて、同じメンバーが集団検診協会に移行した)
 を強制されてきた。
 今から60年近い前なのだが、この頃のレントゲン一枚撮影の被曝量は、間接法で実に30ミリシーベルトだったのだ。(現在は0.15ミリシーベルト前後)

 しかも失敗が多く、一人の子供が数回もレントゲンを撮り直されることも珍しくなかった。だから、半世紀以上前のレントゲン検診は、たくさんの子供たちに、乳癌や肺癌のイニシエーションを与えている。
 この集団検診被曝が原因で、日本おける乳癌・肺癌が激増した可能性が強い。

 問題なのは、厚生省医官も内藤ら医療産業も、いずれも同じ731部隊の釜の飯を食った仲間ということで、戦後医療産業の利権を支え合ってきたのであり、そのなかに戸山の国立感染症研究所がある。
 
 したがって、も731世代の多くが死亡しているとしても、連綿と受け継がれた体質が、いきなり良質になるとは考えにくく、今でも、医療利権の根底に731部隊の利権が脈々と受け継がれていると考えるしかない。

 その一端が、岡田氏の告発で飛び出して見えているのだ。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1048.html

6. 中川隆[-13971] koaQ7Jey 2020年3月15日 13:09:16 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[856] 報告
2020.03.15
米国の生物化学兵器開発は日本が行った生体実験のデータに負うところが大きい

 COVID-19(新型コロナウィルス)にHIVの遺伝子が組み込まれているいるとインドの学者が主張しているようだが、このHIVは生物兵器として開発されたと疑う人がいる。ワクチンの中にそうした発癌性のウイルスが混入したこともあると考えている人もいる。

 HIVが人工的に作られたという疑いが持たれている一因は1969年に開かれたアメリカの下院予算委員会における公聴会での発言にある。伝染病からの感染を防ぐための免疫や治療のプロセスが対応困難な「伝染性微生物」が1974年から79年の間に出現すると予告されているのだ。発言者は国防総省の国防研究技術局の副局長を務めていた人物。予算獲得のため、研究内容の一端を口にしたのだ。この発言は誰でも確認できる。

 アメリカにおける生物化学兵器の開発に日本人が果たした役割は小さくない。日本では日中戦争がはじまる直前、軍医学校、東京帝国大学医学部、京都帝国大学医学部などの下で病原体を兵器として使う研究が進められ、中国では生体実験を行うための部隊が編成された。加茂部隊、東郷部隊、そして第731部隊と名称は変化している。

 この秘密部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めたのが石井四郎中将で、1942年から45年2月までは北野政次少将が務めた。

 日本へ逃れた石井たちは1946年にアメリカ軍の対諜報部隊CICの尋問を受けているが、厳しいものではなかった。その過程で彼らはGHQ/SCAPの情報部門G2の部長を務めていたチャールズ・ウィロビー少将と親しくなり、アメリカ支配層から保護されるようになる。

 アメリカにおいて生物化学兵器の研究開発で中心的な役割を果たしてきたのはキャンプ・デトリック(55年からフォート・デトリックに格上げされた)。そのキャンプ・デトリックから1947年4月にノーバート・フェルという研究者が来日し、第731部隊の幹部を尋問している。

 1950年6月に朝鮮半島で戦争が始まるが、その2年後に朝鮮の外務大臣はアメリカ軍が細菌兵器を使用していると国連に対して強硬に抗議している。また戦争で捕虜となった約30名のアメリカ人パイロットが生物兵器を投下したと告白するが、アメリカ政府はプロパガンダだとして全面的に否定。パイロットたちは帰国すると国家反逆罪に問うと脅され、告白を取り消したが、実際に使われた可能性は高い。使用した細菌兵器には炭疽菌や腺ペストが含まれていたと見られている。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)

 2001年9月11日に世界貿易センターや国防総省本部庁舎が攻撃された直後、アメリカのトム・ダシュル上院議員やパトリック・リーヒー上院議員の下へ炭疽菌で汚染された手紙が送られている。

 当時、ジョージ・W・ブッシュ政権はアメリカ憲法の機能を停止させるため、「愛国者法(テロリズムの阻止と回避のために必要な適切な手段を提供することによりアメリカを統合し強化する2001年法)」を成立させ、国内の収容所化、国外での侵略戦争をを推進しようとしていたのだ。そうした政策にダシュル議員やリーヒー議員は反対していた。

 当初、イスラム過激派の犯行であるかのように伝えられたが、その後の調査で菌の出所はフォート・デトリックだということが突き止められてしまう。そこでFBIはブルース・アイビンスという細菌学者の名前を出してくる。2008年8月のことだ。公表の8日後にアイビンスは死亡、裁判で事実が検証されることはなかった。

 アイビンスは自殺だったとされている。ジーン・キャロル・デュリーなる女性の証言から彼は精神的に不安定だとされてのことだが、かつての同僚たちはそうした主張を否定している。リーヒー上院議員もFBIの説明を信じていない。

 ベネズエラをアメリカの巨大資本から自立させるため、大統領として2013年3月に死亡するまで戦った​ウーゴ・チャベスは生前、アメリカ政府が南アメリカの指導者を癌にしているのではないかと発言​している。実際、癌を誘発する物質や発癌性ウイルスは存在する。死亡したとき、チャベスは58歳だった。

 アメリカでは病原体を武器/兵器として利用するための研究開発が進められているが、それだけでなく実際に使われていると少なからぬ人が疑っている。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202003150000/

7. 中川隆[-13246] koaQ7Jey 2020年3月27日 13:10:34 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1658] 報告
 アメリカがロシアや中国の国境線沿いに細菌兵器の研究施設を建設してきたことは本ブログでも指摘してきたが、その総本山はフォート・デトリック。

 2001年9月11日に世界貿易センターや国防総省本部庁舎が攻撃された直後、アメリカのトム・ダシュル上院議員やパトリック・リーヒー上院議員の下へ炭疽菌で汚染された手紙が送られた。その際、有力メディアは「イスラム過激派」の犯行であるように伝えていたが、その後の調査で菌の出所はフォート・デトリックだということが突き止められた。そこで働いていたブルース・アイビンスという細菌学者が実行したという話が流されたが、名前が公表された8日後にアイビンスは死亡、裁判で事実が検証されることはなかった。

 日中戦争がはじまる直前、日本は軍医学校、東京帝国大学医学部、京都帝国大学医学部などの下で病原体を兵器として使う研究が進められ、生体実験を行うための部隊が中国で編成された。加茂部隊、東郷部隊、そして第731部隊と名称は変化している。その資料や主要な研究員は戦後、フォート・デトリックへ運ばれた。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202003270000/

8. 中川隆[-13333] koaQ7Jey 2020年4月12日 15:50:07 : NaLPQxSvL6 : U3IwbnAxZmR6YUE=[-24] 報告
2020.04.12
伝染病とワクチンの黒歴史


 日本でも戒厳令を彷彿させる政策が打ち出されている。COVID-19(新型コロナウイルス)の感染拡大を防ぐためだという口実だが、安倍晋三政権は当初、感染の拡大を防ごうとしていなかったように見える。

 風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く時は全国の保健所に設けられた「帰国者・接触者相談センター」に相談するよう求めた「相談・受診の目安」を加藤勝信厚生労働相が公表したのは2月17日のことだった。この目安を根拠にしてウイルス検査を拒否される人が相次ぎ、問題になっている。

 その13日前、横浜に停泊中だったクルーズ船ダイヤモンド・プリンセスでCOVID-19に10名が感染していると確認され、乗員乗客3700名は隔離状態になった。7日には感染の確認された人が61名に増え、乗員や乗客だけでなく厚労省の職員や検疫官も罹患したという。

 この船内の感染対策が批判された。防護服を着なければならない区域と脱いでかまわない区域が明確でなく、常駐してるプロの感染対策の専門家がいないと神戸大学病院感染症内科の岩田健太郎教授は指摘、橋本岳厚労副大臣は反論の中で「清潔ルート」と「不潔ルート」が合流していることを示す写真を公表して失笑を買った。

 2月17日に公表された目安をまとめたのは安倍政権の専門家会議。座長を務める脇田隆字は国立感染症研究所の所長だが、この研究所も批判の対象になっている。検査拡大の障害になっているというのだ。

 国立感染症研究所はかつて国立予防衛生研究所(予研)と呼ばれていた。設立されたのは1947年だが、その歴史は私立衛生会附属伝染病研究所(伝研)が作られた1892年までさかのぼることができる。1916年に東京帝国大学附属伝染病研究所となり、その教授や助教授の半数が予研所員となった。

 東京帝国大学は1930年代から京都帝国大学や陸軍の軍医学校と共に病原体を兵器として使う研究開発を進めていた。その研究開発で生体実験を行うために中国で部隊が編成される。当初は加茂部隊や東郷部隊と呼ばれたが、1941年からは第731部隊と呼ばれている。東京帝大で病原体を研究していた伝研も重要な役割を演じることになり、その人脈は予研、感染研に引き継がれたわけだ。

 第731部隊の隊長は1936年から42年、そして日本の敗戦が決定的になっていた45年3月から敗戦までが石井四郎、その間、42年から45年2月までを北野政次が務めている。1945年8月には関東軍司令官の山田乙三大将の名前で部隊に関連した建物は破壊され、貴重な資料や菌株は運び出された。捕虜の多くは食事に混ぜた青酸カリで毒殺されたが、事態に気づいて食事をとならなかった者は射殺され、死体は本館の中庭で焼かれ、穴の中に埋められたという。

 1950年6月に朝鮮戦争が勃発するとアメリカ軍は輸血体制を増強する必要に迫られ、その年の11月に「日本ブラッドバンク」が設立される。その時に中心的な役割を果たした内藤良一は軍医学校防疫研究室に所属していた人物。1964年にこの会社はミドリ十字へ社名を変更、北野は同社の役員になった。ミドリ十字は薬害エイズやフィブリノゲン問題を引き起こした。その後、同社は合併を繰り返して現在は田辺三菱製薬に含まれている。

 本ブログでは繰り返し書いてきたように、日本へ逃げ帰った石井は自宅でCIC(アメリカ陸軍対諜報部隊)の尋問を受けているが、厳しいものではなく、石井の娘によると、チャールズ・ウィロビー少将と夕食を一緒に食べるまでになる。それ以降、同少将は石井たちの擁護者となった。(Peter Williams & David Wallace, “Unit 731”, Free Press, 1989)

 1947年にはアメリカ陸軍の生物化学兵器の拠点であるメリーランド州のキャンプ・デトリック(後のフォート・デトリック)からノーバート・フェルという研究者がやって来て、第731部隊の幹部を尋問しているが、その直前、厚木基地からほど近い倉庫でアメリカ軍極東医療分隊に所属する「406医療一般研究所」が活動を開始、後に丸の内の三菱ビル内に本部を移した。朝鮮戦争中、この部隊は戦闘地域へ要員を派遣している。(Stephen Endicott & Edward Hagerman, "The United States And Biological Warfare", Indiana University Press, 1998)

 1952年2月に朝鮮の外務大臣はアメリカ軍が細菌兵器を使用していると国連に対して強硬に抗議、中国の国営通信社、新華社はアメリカ軍が旧日本軍で細菌戦を担当していた元軍人に協力させて細菌戦争を行っていると伝えている。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)

 戦争で捕虜になった30名ほどのアメリカ人パイロットは生物兵器を投下したと告白、これをアメリカ政府はプロパガンダだとして全面的に否定した。パイロットたちは帰国すると国家反逆罪に問うと脅され、告白を取り消しているが、その時に作られたのが「洗脳」だ。(前掲書)

 こうした背景を持つ感染研は日本におけるワクチンの総元締めとしても機能している。ワクチンは病気に対する有効な対策ではあるのだろうが、問題があることも事実だ。

 例えば、ポリオ・ワクチンをジョナス・ソークが1950年代に開発して子どもたちへ投与しているが、そのワクチンを投与したサルがポリオを発症することにバーニス・エディという研究者は気づき、警告している。その警告は無視され、多くの被害者が出た。

 アルバート・サビンが開発したワクチンの場合、製造に使われたサルの腎臓に人間を癌にするウイルスが混入したともいう。アメリカでは1970年代の終盤から皮膚癌、リンパ腫、前立腺癌、乳癌が増え始め、その傾向は1987年まで続いたとされているのだが、その原因は1950年代にアメリカで使われたポリオ・ワクチンにあるという考える人もいる。

 アメリカで感染症対策の拠点とされているのはCDC(疾病予防管理センター)だが、​ここやFDA(食品医薬品局)と医薬品業界との癒着を指摘する声​もある。

 アフリカ西部のギニアでは2013年12月からエボラ出血熱が広がりはじめ、リベリア、シエラレオネ、ナイジェリア、さらにアメリカやヨーロッパへ伝染、1万1323名が死亡(致死率は70から71%)したが、その地域ではCDCはテュレーン大学と研究所を運営し、フォート・デトリックを拠点とするUSAMRIID(アメリカ陸軍感染症医学研究所)も活動していたと伝えられている。

 COVID-19の場合、西側では「不適切な対応」で感染を拡大、それを口実にして戒厳令的な政策を打ち出し、収容所化を推進中だ。こうした政策は最近になって始まったことでなく、遅くとも1960年代には具体化している。1968年にマーチン・ルーサー・キング牧師が暗殺された直後、暴動鎮圧を目的として2旅団を編成したガーデン・プロット作戦が有名だ。

 また1970年には令状なしの盗聴、信書の開封、さまざまな監視、予防拘束などをFBIやCIAなどに許そうというヒューストン計画が作成されたが、これはリチャード・ニクソン政権の司法長官、ジョン・ミッチェルが激しく反対、大統領を説得して公布の4日前、廃案にしている。(Len Colodny & Tom Schachtman, “The Forty Years Wars,” HarperCollins, 2009)

 こうした収容所化政策は1978年、つまりジミー・カーター大統領の時代にネオコンのサミュエル・ハンチントンがズビグネフ・ブレジンスキーと一緒にFEMA(連邦緊急事態管理庁)という形で復活させ、それがCOGへ発展している。その延長線上に現在の情況はある。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202004120000/

9. 中川隆[-12948] koaQ7Jey 2020年4月26日 10:23:19 : sULIRnJVvI : RFlqRFhpaVdkVjI=[7] 報告
2020.04.26

新型コロナウイルスに関するシミュレーションと有力メディアの報道


 コウモリに寄生していたコロナウイルスが豚を介して人間へ移り、人間から人間へ伝染するようになり、全世界で流行するというシミュレーションが昨年10月18日にニューヨークで実施された。​イベント201​である。主催者はジョンズ・ホプキンス健康安全保障センター、WEF(世界経済フォーラム)、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団だ。

 その​シナリオ​によると、ブラジルの農場で感染は始まり、1週間で倍増するというペースで患者は増え、ポルトガル、アメリカ、中国など多くの国へ感染は拡大していく。当初、コントロールできるように見えても拡大は続き、再流行もあってコントロール不能になる。シナリオが終わるのは18カ月後、6500万人が死亡してからだ。

 イベント201では有効な薬はなく、最初の年にワクチンはできないことになっているが、実際は2018年にアメリカで​「弱毒化されたコロナウィルス」に関する特許​が認められている。特許を申請したのはピルブライト研究所。​その主要出資者はWHO、EC、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団など​。

 2019年3月にカナダのNML(ナショナル細菌研究所)から中国へ非常に毒性の強いウィルスが秘密裏に運ばれて中国当局から抗議され、7月にはそのNMLから中国人研究者が追い出される。この時点で何かが始まっているようだ。

 ところで、第2次世界大戦後のアメリカ軍による細菌戦の研究は日本軍が基板を作った。1930年代から日本では東京帝国大学、京都帝国大学、陸軍軍医学校が中心になって病原体を兵器として使う研究開発が進めたが、その研究開発で生体実験を行うために中国で編成された部隊がある。

 当初は加茂部隊や東郷部隊と呼ばれたが、1941年からは第731部隊と呼ばれている。降伏が間近に迫った1945年8月に部隊は関連施設を破壊し、貴重な資料や菌株は運び出している。監獄に残っていた捕虜は皆殺しにした。

 この部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めたのが石井四郎中将、1942年から45年2月までが北野政次少将だ。日本へ逃げ延びた石井たちは1946年に入るとアメリカ軍の対諜報部隊CICの尋問を受けているが、厳しいものではなく、その過程でGHQ/SCAPの情報部門G2の部長を務めていたチャールズ・ウィロビー少将と親しくなる。

 アメリカ軍が日本における細菌戦の中心にしたのは406医療一般研究所。アメリカにおける生物化学兵器の研究開発で中心的な存在であるキャンプ・デトリック(1955年からフォート・デトリックに格上げされた)へ406部隊は定期的に報告書を提出していた。(Stephen Endicott & Edward Hagerman, "The United States And Biological Warfare", Indiana University Press, 1998)そのキャンプ・デトリックから1947年4月にノーバート・フェルという研究者が来日し、第731部隊の幹部を尋問している。

 敗戦まで東京帝大で伝染病の研究そしていたのは大学に附属した伝染病研究所だが、その前身は私立衛生会附属伝染病研究所。この人脈が中心になって世界大戦後の1947年には国立予防衛生研究所(予研)が設立され、現在は国立感染症研究所と呼ばれている。

 この人脈は1950年11月に日本ブラッドバンクを設立した。その年の6月に朝鮮戦争が勃発するとアメリカ軍は輸血体制を増強する必要に迫られたのだ。その時に中心的な役割を果たした内藤良一は軍医学校防疫研究室に所属していた人物。1964年にこの会社はミドリ十字へ社名を変更、731部隊の北野は同社の役員になった。ミドリ十字は薬害エイズやフィブリノゲン問題を引き起こした後、合併を繰り返して現在は田辺三菱製薬に含まれている。

 ところで、西側の有力メディアが新型コロナウイルスについて伝えている話はイベント201のシナリオに似ているが、実際は違う展開を見せている。中国や韓国では沈静化に成功、台湾やシンガポールはコントロールできたようだ。そこで、発表された数字は嘘だと言わざるをえなかったのだろう。

 公表された人口10万人当たりの死者をみると、ベルギー49.8、スペイン43.8、イタリア39.2、フランス29.4、イギリス24.2、オランダ21.4、アメリカ10.9だが、東アジアは低い。韓国0.5、日本0.5、オーストラリア0.3、中国0.3、シンガポール0.2、台湾0.1未満、香港0.1未満といった具合だ。中国は「不自然に低い」ということはない。不自然なのは日本の政治家や有力メディアの扇情的な宣伝。イベント201に基づく「予定稿」に従って発言、あるいは報道しているのではないだろうか。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202004260000/

10. 2020年7月12日 10:22:12 : 9xC4spK28g : OFNOTTJva0VYdVk=[3] 報告
2020.07.12XML
米国が生物兵器を使ってきたことを忘れてはならない

 アメリカは生物化学兵器を使ってきたと信じられている。対個人でも使われたが、戦闘でも利用された可能性が高い。


 例えば朝鮮戦争の最中、1952年2月に朝鮮の外務大臣はアメリカ軍が細菌兵器を使用していると国連に対して強硬に抗議、中国の国営通信社である新華社は、アメリカ軍が第731部隊の元部隊長、石井四郎や北野政次、また同部隊と姉妹関係にあった第100部隊の元部隊長、若松和次郎らに協力させて生物兵器を使ったと伝えた。また捕虜となった約30名のアメリカ人パイロットが生物兵器を投下したと告白している。パイロットたちは帰国した後に政府から国家反逆罪に問うと脅され、告白を取り消しているが、実際に使われた可能性は高い。病原体には炭疽菌や腺ペストが含まれていたようだ。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)


 本ブログでは何度か書いたが、日本軍が生物兵器の研究開発の一環として生体実験を目的とする部隊を編成したのは盧溝橋事件の直前だった。当初は加茂部隊や東郷部隊とも呼ばれたが、1941年からは第731部隊と呼ばれている。この部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めたのは石井四郎中将、1942年から45年2月までは北野政次少将だ。


 日本軍の降伏が間近に迫っていた1945年8月に部隊は関連施設を破壊して貴重な資料や菌株は運び出す一方、監獄に残っていた捕虜は皆殺しにした。日本へ逃げ延びた石井たちは1946年に入るとアメリカ軍の対諜報部隊CICの尋問を受けているが、厳しいものではなく、資料はアメリカ側へ引き渡された。尋問の過程でGHQ/SCAPの情報部門G2の部長を務めていたチャールズ・ウィロビー少将と石井は親しくなり、隊の幹部たちはアメリカの保護を受けるようになる。


 こうした資料の提供や部隊員の協力を受ける中、1946年にアメリカ軍の極東医療分隊に所属する「406医療一般研究所」が厚木基地からほど近い倉庫で活動を開始する。後に同部隊は東京都千代田区丸の内の三菱ビル内に本部を移し、朝鮮戦争の際には戦闘地域へ要員を派遣することになる。1951年当時、406部隊には309名が所属し、そのうち107名は日本人だったという。(Stephen Endicott & Edward Hagerman, "The United States And Biological Warfare", Indiana University Press, 1998)


 アメリカはキューバに対しても生物兵器を使ったと考えられている。キューバでは1981年にデング熱が流行したが、これはアメリカによる攻撃だったと見られているのだ。新型コロナウイルスではキューバで研究が進んでいるインターフェロン・アルファ2bが有効だと言われているが、デング熱に対しても使われ、効果があったという。この薬は病原体を攻撃するのではなく、リンパ球を刺激するのだという。


 これも繰り返し書いてきたが、1969年に国防総省国防研究技術局の副局長を務めていたドナルド・マッカーサーはアメリカ下院の歳出委員会で、伝染病からの感染を防ぐための免疫や治療のプロセスが対応困難な病原体が5年から10年の間、つまり1974年から79年の間に出現すると語っている。これはエイズの出現を予言する発言だとして世界的には話題になった。


 SARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)は自然に出現し、これからも人為的な病原体をアメリカが伝染させるようなことをしないと考えることは現実的でない。アメリカをはじめとする西側諸国を支配する価値観は「自由、民主主義、そして法による支配」だという主張は荒唐無稽だ。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202007110000/

11. 2020年11月17日 09:55:36 : GmJ0HtwMbI : NzRCRVhEMHdYY1E=[7] 報告
2020.11.17
SARS-CoV-2は昨年9月、イタリアに存在していた
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202011170000/


 イタリアのミラノ癌研究所とシエナ大学の研究者が実施した血液サンプルの調査よると、​2019年9月にはSARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)がイタリアに存在していた​という。2019年9月から20年3月にかけて肺癌のスクリーニング試験を行うために採取された959名の血液サンプルを分析した結果、111名のものにコロナウイルスの抗体が存在し、23名は2019年9月に感染したとしている。

 イタリアのISS(高等衛生研究所)は今年6月、下水からSARS-CoV-2の遺伝子の痕跡が発見されたと発表していた。ミラノとトリノの下水は昨年12月18日に採取されたもの、ボローニャは今年1月に採取されたものだという。中国の武漢で患者が確認されたのは12月だとされていたが、そうなるとイタリアには武漢と同じ時期に感染者がいたことになってしまう。

 武漢に患者が初めて現れたのは11月17日頃とも言われているが、そうなると、​武漢で10月18日から27日にかけて開催された国際的な軍人の競技会​に疑惑の目が向けられてしまう。その大会にはアメリカ軍も選手団を派遣、その競技者は172名、全体では369名だったという。

 アメリカ軍はフォート・デトリックを拠点にして細菌化学兵器を研究開発してきた。第2次世界大戦の直後、その基地にはドイツや日本の研究者や資料が持ち込まれたと言われている。

 日本軍が生物兵器の研究開発の一環として生体実験を目的とする部隊を編成したのは盧溝橋事件の直前で、当初は加茂部隊や東郷部隊とも呼ばれたが、1941年からは第731部隊と呼ばれている。この部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めたのは石井四郎中将、1942年から45年2月までは北野政次少将だ。

 日本軍の降伏が間近に迫っていた1945年8月に部隊は関連施設を破壊して貴重な資料や菌株は運び出す一方、監獄に残っていた捕虜は皆殺しにした。日本へ逃げ延びた石井たちは1946年に入るとアメリカ軍の対諜報部隊CICの尋問を受けているが、厳しいものではなく、資料はアメリカ側へ引き渡されている。尋問の過程でGHQ/SCAPの情報部門G2の部長を務めていたチャールズ・ウィロビー少将と石井は親しくなり、隊の幹部たちはアメリカの保護を受けるようになった。

 第731部隊の幹部はアメリカ軍に保護されたわけだが、日本の生物化学兵器開発を主導したのは東京帝国大学、京都帝国大学、陸軍軍医学校で、特に重要な役割を果たしたのは東京帝大に附属した伝染病研究所。この人脈が中心になって1947年に国立予防衛生研究所(予研)が設立され、現在は国立感染症研究所と呼ばれている。現在、日本の伝染病対策は感染研が中心になっている。

 伝染病研究所の人脈は1950年11月、朝鮮戦争で増える血液需要に対応するため、日本ブラッドバンクを設立した。その時に中心的な役割を果たした内藤良一は軍医学校防疫研究室に所属していた人物。1964年にこの会社はミドリ十字へ社名を変更、731部隊の北野は同社の役員になった。ミドリ十字は薬害エイズやフィブリノゲン問題を引き起こした後、合併を繰り返して現在は田辺三菱製薬に含まれている。

 SARS-CoV-2の問題でもフォート・デトリックは注目されている。​昨年夏、この施設は数カ月にわたって閉鎖されたと伝えられている​のだ。廃液に絡む安全上の問題が発覚したことが原因のようだが、詳細は不明。その際、何らかの病原体が環境中に出た可能性もある。

 アメリカでは2019年から20年にかけてインフルエンザが例年以上に流行していたが、​インフルエンザの症状はSARS-CoV-2が引き起こす症状と基本的に同じ​で、区別することが難しい。​流行状況はCDC(疾病管理予防センター)が調査、発表する​のだが、今シーズンはインフルエンザに関するデータを集めないのだという。

 現在、欧米の支配者はSARS-CoV-2が引き起こすCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)を悪霊のように描き、人びとを恐怖させ、世界を「リセット」しようとしている。

 ロックダウン(監禁政策)やそれに準ずる政策によって社会や民主主義を破壊、人びとに主権やプライバシーを放棄させようとしている。リセット後の「新しい生活様式」では市場と道徳が柱になり、監視システムが強化され、人びとは分断される。富の集中を当然だと考えられ、貧富の差を拡大させる政策に反対する意見は「ねたみ」にすぎないと言われるようになるだろう。

 そうした「新しい生活様式」を実現するため、人びとをCOVID-19で脅さなければならない。イラクを先制攻撃する前に「大量破壊兵器」という作り話で人びとを脅したのと同じであり、脅す仕組みも基本的に変化はない。あのときと同じように、大多数の人びとが支配者の描くシナリオに従うのだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202011170000/

12. 2020年11月20日 06:07:52 : S5bGioZVpw : LjkueHFzZmNmeFU=[1] 報告
日本における伝染病対策の中心は国立感染研究所であり、PCR検査のデータもそこへ集められていた。この研究所はかつて国立予防衛生研究所(予研)と呼ばれていた。予研が設立されたのは1947年だが、その歴史は私立衛生会附属伝染病研究所(伝研)が作られた1892年までさかのぼれる。1916年に東京帝国大学附属伝染病研究所となり、その教授や助教授の半数が予研所員となった。

 東京帝国大学は1930年代から京都帝国大学や陸軍の軍医学校と共に病原体を兵器として使う研究開発を進めていた。その研究開発で生体実験を行うために中国で部隊が編成される。当初は加茂部隊や東郷部隊と呼ばれたが、1941年からは第731部隊と呼ばれている。東京帝大で病原体を研究していた伝研も重要な役割を演じることになり、その人脈は予研、感染研に引き継がれたわけだ。

 第731部隊の隊長は1936年から42年、そして日本の敗戦が決定的になっていた45年3月から敗戦までが石井四郎、その間、42年から45年2月までを北野政次が務めている。1945年8月には関東軍司令官の山田乙三大将の名前で部隊に関連した建物は破壊され、貴重な資料や菌株は運び出された。捕虜の多くは食事に混ぜた青酸カリで毒殺されたが、事態に気づいて食事をとならなかった者は射殺され、死体は本館の中庭で焼かれ、穴の中に埋められたという。

 1950年6月に朝鮮戦争が勃発するとアメリカ軍は輸血体制を増強する必要に迫られ、その年の11月に「日本ブラッドバンク」が設立される。その時に中心的な役割を果たした内藤良一は軍医学校防疫研究室に所属していた人物。1964年にこの会社はミドリ十字へ社名を変更、北野は同社の役員になった。ミドリ十字は薬害エイズやフィブリノゲン問題を引き起こした。その後、同社は合併を繰り返して現在は田辺三菱製薬に含まれている。

 本ブログでは繰り返し書いてきたように、日本へ逃げ帰った石井は自宅でCIC(アメリカ陸軍対諜報部隊)の尋問を受けているが、厳しいものではなく、石井の娘によると、GHQ/SCAPのG-2(情報部門)を率いていたチャールズ・ウィロビー少将と夕食を一緒に食べるまでになる。それ以降、同少将は石井たちの擁護者となった。(Peter Williams & David Wallace, “Unit 731”, Free Press, 1989)

 1947年にはアメリカ陸軍の生物化学兵器の拠点であるメリーランド州のキャンプ・デトリック(後のフォート・デトリック)からノーバート・フェルという研究者がやって来て、第731部隊の幹部を尋問しているが、その直前、厚木基地からほど近い倉庫でアメリカ軍極東医療分隊に所属する「406医療一般研究所」が活動を開始、後に丸の内の三菱ビル内に本部を移した。朝鮮戦争中、この部隊は戦闘地域へ要員を派遣している。(Stephen Endicott & Edward Hagerman, "The United States And Biological Warfare", Indiana University Press, 1998)

 フォート・デトリックは現在でも生物化学兵器開発の拠点だが、​昨年夏、数カ月にわたって施設が閉鎖された​と伝えられている。廃液に絡む安全上の問題が発覚したことが原因のようだが、詳細は不明だ。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202011200000/

13. 中川隆[-9619] koaQ7Jey 2020年11月25日 00:15:22 : s0KWgdgip6 : Wm12b1o3YzVJYms=[37] 報告
2006.08.19
A級戦犯の岸信介が処刑を免れたのは何故か?
http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-239.html#ixzz1JrlFeesx


写真提供先:中国語のサイトから

「昭和天皇が嫌っていた松岡洋右と安倍晋三は親戚だった!そして岸信介がA級戦犯不起訴になった本当の理由。」と言う記事で安倍晋三の祖父であるA級戦犯容疑の岸信介が死刑を免れたのは、アメリカに731部隊のデータを売り渡したからではないかという推測を書いたのだが、それが阿修羅に投稿されたり、ネット上で結構話題になっているようだ。このブログのエントリーランキングでもトップページアクセスに次いでアクセス数は第2位となっている。ここに関連記事を書いたブログを同意派と反対派に分けて紹介し、反対派の疑問に答え、最後に参考資料を追加させていただく。

同意派:

『Good by! よらしむべし、知らしむべからず』
「御殿場の妖怪が満州国国務院実業部総務司長だった」

『タカマサのきまぐれ時評』
「増補版Wikipedia:安倍晋三2=富田メモに過剰に反応してみえる理由」 


反対派:
『トラッシュボックス』
「岸信介が731部隊の実権を握っていた?」

『thethe』
「何度も死んでいるTBS」

『トラッシュボックス』
この記事へのコメントに、「つかぬ事を伺いますが「軍獣防疫廠(関東軍 軍馬防疫廠 ?)」と「満州国 国務院 実業部」との関係とはどのようなモノなのでしょうか? 」というものがあった。私も全く同じ疑問を持つが、これに対する返答はない。

手元の『戦前期日本官僚制の制度・組織・人事』で満洲国の国制について調べてみた。それほど詳しいことは載っていなかったが、建国当初、国務院には実業部のほか民政・外交・軍政・財政・交通・司法の計7部が置かれていたという。部はわが国の省に、司長は局長に相当するという。実業部には総務司のほか農鉱司、工商司が置かれていた。実業部の総務司の職務権限についてはわからないが、7部のうち軍政部以外には全て総務司が置かれている。となると、総務司というのは、各部内での総務的な仕事をする部署であると推測される。したがって、「人体実験や細菌兵器の開発」を許可するような部署ではなかったのではないだろうか(そもそも、「実業部」にどうしてそんな権限があると断じることができるのか不思議だ)。

私は、安倍氏を次期首相として強く支持しているわけではない。別に、見解の相違などを理由に、彼に反対する人がいてもいいと思う。しかし、安部憎さのあまりにデマをまき散らすようでは、いかんだろう。
岸が戦犯で731部隊の黒幕だから、孫の安部も首相にはふさわしくないという理屈も、それ自体あんまりだという気もするが。

まず、「軍獣防疫廠(関東軍 軍馬防疫廠 ?)」と「満州国 国務院 実業部」との関係だが、七三一部隊は4つの支部以外に、大連にあった南満州鉄道の研究所も傘下に収めて支部としており(「昭和天皇が嫌っていた松岡洋右と安倍晋三は親戚だった!そして岸信介がA級戦犯不起訴になった本当の理由。」を参照のこと)、満州国国務院の実業部で満州鉄道と深い関係のあった岸が731部隊の南満州鉄道の研究所となんらかの形で関与していたということは言えるのではないだろうか。この推理のヒントとなったのは、なんと言っても安倍晋三のTBS番組に対する異常な反応だったということも追加しておこう。731部隊の番組に少しだけ安倍の写真が映っただけで、「政治生命を脅かす行為」とまで憤慨したのはなぜか、考えてみて欲しい。

又、岸がどれだけ満州国の支配権を有していたかは、満州国の国政について書かれた下記の引用文を参考にして欲しい。

満州国(ウィキペディア)より

行政
康徳2年(1935年)に満州の独立宣言を発した東北行政委員会の委員長の張景恵が、国務総理大臣(首相)に就任した。しかし実際の政治運営は、満州帝国駐箚大日本帝国特命全権大使兼関東軍司令官の指導下に行われた。元首は首相や閣僚をはじめ官吏を任命し、官制を定める権限が与えられたが、関東軍が実質的に満州国高級官吏、特に日本人が主に就任する総務庁長や各部次長(次官)などは、高級官吏の任命や罷免を決定する権限をもっていたので、関東軍の同意がなければこれらを任免することができなかった。関東軍は満州国政府をして日本人を各行政官庁の長・次長に任命させてこの国の実権を握らせた。これを内面指導と呼んだ(二キ三スケの節を参照)。

二キ三スケ
満州国を実質的に支配していた、5人の日本人実力者たちに対する蔑称。

東條英機(関東軍司令官)
星野直樹(国務院総務長官)
鮎川義介(満州重工業開発株式会社社長)
岸信介(総務庁次長)
松岡洋右(満鉄総裁)
このうち、鮎川義介・岸信介・松岡洋右を満州三角同盟ともいう。

これからも、731部隊で人体実験が行われていた時に、岸の親戚でもある満鉄の総裁(1935年8月2日-1939年3月24日)であった松岡や鮎川と共に満州国の実権を握っていたことがわかる。つまり、岸の単独行動でなければ、これらの人物と組んで人体実験のデータをアメリカに売り渡していた可能性は高い。岸がアメリカCIAなどの情報部と密接なつながりがあったことからしても岸がこの件に絡んでいた可能性は否定するのが難しいだろう。

トラッシュボックスさんは、
「しかし、安部憎さのあまりにデマをまき散らすようでは、いかんだろう。岸が戦犯で731部隊の黒幕だから、孫の安部も首相にはふさわしくないという理屈も、それ自体あんまりだという気もするが。」と言っているが、まずは、この「安部」という字が間違っていることを指摘させていただこう。そして、推測とデマの違いがわかってないと見えるが、これは、あくまでも歴史的資料を元に私が推測したことであると断ってあるし、全くのデマではないということがこの記事から読み取れたはずだ。推測というのは、本人がリサーチしたことを根拠に正しいと思って書いていることであり、結果的には間違っていたということもあるかもしれないが、デマというのは、初めから100%間違った噂を流すことだ。

岸のような売国奴によって、日本の歴史事実が歪曲され、現在にまで加害が及んでいるのであり、そんなアメリカの手先である売国奴のDNAを受け継ぐ安倍が総理になったら、再び日本はアメリカにシッポを握られ、悲惨な目にあうということも簡単に想像していただけることと思う。

例えば、多くの信者や一般市民を殺人の罪で問われているオウム真理教の麻原の孫が総理大臣になったとしても、トラッシュボックスさんは全く気にならないのだろうか?実力とは関係なく、祖父の七光りでここまでのし上がってきた安倍は、自分でもはっきりと岸信介のDNAを受け継いでいるということを言っており、祖父の影響が安倍の政治・政策に少なからず影響するのは必至であろう。

又、この私の推論を覆すために反論を書く場合、なぜ岸信介が死刑を逃れたのかという理由を明らかにするのが一番説得力のある反論になると思うので、次回はぜひ、その理由について書いた上で反論していただきたい。

『thethe』の場合は「731部隊と安倍晋三官房長官に関しては、満州国の官僚だった祖父・岸信介元首相を介して関連がある(731部隊は関東軍に所属、満州国は、関東軍の領土だった)のだが、点と線が繋がる以上は、「731部隊と安倍長官とは無関係」」ではないだろうと半分私の推論を支持しているが、岸が死刑を免れたのは、「彼が満州国の官僚で、満鉄の経営者も務めたということが、釈放の理由」だと主張している。岸を釈放したのは、当時満州でビジネスパートナーであった鉄道王ハリマン財閥のアヴェレル・ハリマン氏でしょうと推測しているが、今ひとつこの説を支えるこれといった証拠の提示がないため、これも又説得力に欠けるものとなっている。

最後に満州鉄道と岸信介のキーワードで見つけたジャーナリストの近藤昭二氏によって書かれたサイトを是非読んでこの件に関して、知識を積み重ねていただきたいと思う。

日本の国家意思による細菌戦の隠蔽

ここにも、やはり、岸信介が731部隊の研究データと引き換えに死刑をまぬがれたとは書いてないが、政府がアメリカ軍に対して研究データの提供を代償に戦争犯罪の訴追を免れる取引をし、一切を隠蔽したことは明らかであると結ばれている。


終戦時、責任追及が天皇に及ぶことを恐れて、国家をあげて、細菌戦や毒ガスの犯罪を隠蔽したことも事実である。

その証拠を湮滅し、終戦後にそれを追及するアメリカ軍に対して研究データの提供を代償に戦争犯罪の訴追を免れる取引をし、一切を隠蔽したこともまたアメリカに残る記録から明らかである。

本来ならば、政府はポツダム宣言を受諾した時に、宣言が望んだように「日本国民のうちに民主的傾向が復活され強化されるように」、非人道的な犯罪行為を国民と国際社会の前に明らかにする義務があった。それにもかかわらず、現在に至るまで事実を認めようとはせず、隠蔽をし続けているために、被害者ばかりでなく当の部隊関係者まで救済されず、さらに、歴史事実が歪曲することで後代にまで加害が及ぼうという事態にいたっているのである。

このように日米政府によって隠蔽された事件であるが故に、日本語や英語の資料だけでその証拠を見つけるのは至難の業だが、中国やロシアなどの資料の中にきっと事実が隠されているような気がする。どなたか、ロシア語や中国語が出来る方で、岸と731部隊関係の資料を見つけられた方はご一報いただけると大変嬉しい。

追記:
ひさなべさんからもコメント欄に私の考えに反するコメントをいただいたので、ここにそれにお答えしたい。

>岸と731部隊あるかもしれないつながりを、岸を支持する孫息子を非難する材料として使うべきでないとおもいます。

まず、TBSの番組への異常な安倍の反応によって、もしかしたらという気持ちが起こって書いたものであり、731部隊と岸の繫がりを証明できるものがないため、あくまでもこれは私の推論であるということを断っておきたい。

安倍が岸の孫であるを政治家として宣伝文句にしているんだから、それを責められてもおかしくないのではないでしょうか?詳しくはkojitakenさんのコメントと「DNA政治主義者・安倍晋三の危うい知性」をご参考に。

>犯罪者の子どもというレッテル貼られても、社会にがんばっている人にとっては、すごく厳しい言葉に聞こえるのです。孫は殺人者の祖父として尊敬しているのではなく、政治家の祖父として尊敬している。父は脱税などでの罪を抱えているが、父として経営者として尊敬はしている。それで社会対して貢献していきたいと考えている孫子どもはいっぱいいると思うのです。「殺人者の孫は総理になるべきじゃない。」、、総理を目指していなくても、犯罪者の子ども、孫とレッテル張られている人にとっては、非常にショックな言葉ではないのでしょうか?

私は、一般市民に犯罪者の子供というレッテルを貼った覚えはないし、安倍を社会でがんばっている一般の犯罪者の子供に置き換えることはこの議論の要点からかなりずれることになる。

以前同じようなコメントをいただいたときにYannisさんがお答え下さったコメントをここに引用させていただきたい。

この御意見は、遺伝や儒教などの知識を出して、一見常識的な装いをこらしていますが、事実を見落としておられると思います。

つまりいくら安倍晋三氏が戦後生まれでも、やはり育った環境がその人のパーソナリティや、政治家であればその政見、政策を作るのに影響するのは大いに可能性があります。さらに長じてからは祖父や親戚などの政策や思想に影響を受けることもあり得ます。それらを考慮せず、美爾依さんの記事を一面からのみ批判するのはフェアではありませんし、人間の人格形成、政治家としての形成について当然するべき考察を欠いています。

安倍氏の言動を見れば、彼が祖父の故岸信介氏の対米従属政策を別の形で実行する(アメリカ的新自由主義の導入)、及び岸氏がある意味で戦後でも代表していたであろう戦前、戦中の体制を靖国参拝で容認していることなどです。これらは安倍氏が祖父の思想、政策の後継者をもって任じていることを行動、言論で示していると考えます。

http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-239.html#ixzz1JrlFeesx

14. 2020年12月17日 12:13:30 : SMYbfqjacQ : QnBSVDdBVUxacTI=[13] 報告
アメリカで細菌兵器の研究開発が始まったのは1920年頃だと言われているが、同国における生物化学兵器の研究開発は日本とドイツからの情報が基盤になっていると言われている。

 日本軍は1930年代から捕虜を使い、中国で生体実験を始めた。その責任者が京都帝国大学医学部出身の石井四郎中将。生体実験のために秘密部隊が編成され、加茂部隊や東郷部隊と呼ばれた。1941年からは第731部隊と呼ばれるようになる。

 第731部隊は生体実験を担当しただけで、生物科学兵器の研究開発は軍医学校、東京帝国大学医学部、京都帝国大学医学部が中心になって行われていた。日本の医学会が総掛かりだ。その過去を医学会が清算したとは思えない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202012170000/

15. 中川隆[-8256] koaQ7Jey 2021年1月15日 15:25:17 : 4KxyW7JbrY : NkpSMXBPdG5Hdm8=[18] 報告
731部隊の直系末裔、厚労省感染研が、PCR検査拡大を意図的に阻止して、パンデミックを引き起こした
2021年01月15日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1373.html

 1月14日現在の日本国内感染データ

 感染者数 30.4万 回復者数 22.9万 死亡者数 4,059
 https://hazard.yahoo.co.jp/article/covid19tokyo

 2018年のインフルエンザによる死亡者数は、厚生労働省、人口動態統計によると3325人
 新型コロナウイルスの致死率は、80歳以上では15%くらい、全年齢で平均してみても0.1%〜4%程度。季節性のインフルエンザの致死率は0.1%程度、2009年に流行した新型インフルエンザでも0.01%程度とされているため、新型コロナウイルスの致死率は高い。
 https://www.clinicfor.life/articles/covid-072/

https://www.okino-clinic.com/blog/742/

 なぜ、このような、100年前のスペイン風邪に匹敵するほどの劇的なパンデミックになってしまったのか?
 個別の感染事情は大きく異なるにしても、数十万人の感染では「大数の法則」から、統計学上の意味が出てくる。つまり、感染を数学的に解析できることになる。

 感染状況に統計的解析を行った計算結果を公開する西浦教授
 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210114/k10012813311000.html

 感染拡大の本当の理由を振り返ってみれば、数理的に、PCR検査の不備が浮かび上がってくる。感染拡大を阻止する武器として、PCR検査・マスク防御・三密回避などの方策があったが、これを意図的に抑制した勢力があったことが、パンデミックの最大の原因というしかない。

 それは、厚労省感染研である。新宿区戸山にある感染研の正体とは何か?

 http://jinkotsu731.web.fc2.com/hb-problem/index.htm

 以下一部引用
 
 1989年7月22日、新宿区戸山の国立予防衛生研究所建設現場から、ほとんどが頭骨と大腿骨という多数の人骨が発見された。
個体数35体
死後経過年数20年以上
犯罪と認められる加害の証跡なし
この結果を受けて厚生省は、管理責任を持つ新宿区からの身元確認などの調査要請に対し、人骨の速やかな焼却・埋葬を要求した。

 そこに陸軍軍医学校があった。「人骨」が発見された場所は、太平洋戦争終結の1945年まで陸軍軍医学校があった土地だ。
「満州事変」以後、石井四郎軍医はその軍医学校に関東軍防疫給水部(731部隊)を設立、生物兵器を開発、細菌戦を行なった。
 軍医学校や防疫研究室があった新宿戸山という場所は、「七三一部隊」をはじめとする戦時医学犯罪の拠点であった。

 土中経過年数は数10年から100年以下
個体数は100体以上(前頭骨だけで62体)性別は男性:女性=3:1、大部分が成人であるが、少なくとも一体の未成年者を含む
 モンゴロイド系の複数の人種が混在(一体だけモンゴロイドではないと思われるもの在り)
複数の頭骨にドリルによる穿孔、鋸断、破切などの人為的加工の痕跡(そのうちには脳外科手術の開頭術中耳炎の根治手術などに類似するものも)切創、刺創、銃創の痕跡。また四肢骨の鋸断したものあり
**************************************************************
 引用以上

 出土した遺骨は、戸山に本部を置く731部隊が、中国人・朝鮮人らを拉致して、生体人体実験で殺害したものと思われた。
 関係者に対して大規模な事情聴取が行われたが、誰一人として口を割った者はいなかった。言えば、誰一人戦犯として追及されていない731部隊の残酷な犯罪性を蒸し返すことになるからだ。

 731部隊と医療被曝 2019年06月08日
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-769.html

 岡田晴恵教授の告発と731部隊 2020年03月02日
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1048.html

 731部隊残党は、石井四郎大隊長が、米軍と人体実験の資料を引き渡すことと引き換えに戦争犯罪訴追を免れて帰国することができた。
 大半が医師資格を持った大所帯の731部隊員は、帰国後、そのまま医療関係にスライドした。

 行く先は、@厚生省医官 A六大学医学部教授 B政府系中枢病院幹部などであり、戦後医療体制の骨格を占めた。
 厚生省や六大学では、731部隊出身でなければ任命されないといわれていた。例えば、ロボトミー手術で有名な東大医学部教授=台浩は部隊員名簿に名前がある。名前がなくとも、長崎大=長瀧重信も部隊員だという強い噂があった。ちなみに師弟人脈に山下俊一や高村昇がいる。いずれも731部隊の非人道的発想そのままの人物だ。

 厚労省感染研の人脈も、長い時間の経過で直接人脈は失われているが、間接的な師弟関係で多くが731部隊の系譜を受け継いだ人々だといわれる。
 http://chihoujichi-center.jp/jichiro-fukuoka/main/kazetachinu/kaze-62.html

  https://blog.goo.ne.jp/chiharu196/e/e8f2d3c81702cdbeb92db95613a4bb12

 その感染研がPCR検査の拡大を止め、アビガン・イベルメクチンなどの治療薬の認可を妨げていた。
 フランスで勲章まで受けたPCR自動検査機械も、厚労省官僚に難癖を付けられ、いまだに認可されていない。
 http://www.pss.co.jp/information/pdf/20200917.pdf

 なぜ厚労省・感染研は、PCR検査拡大を否定し、全面ローラー検査を行って、未発症感染者を特定して隔離するという常識的で効果的な手法を拒否したのか?
 なぜ、「クラスター潰し」という無症状者を地下潜伏させてしまうような愚かな手法ばかりを用いたのか?

 児玉龍彦は、「官僚が最初に方針を誤ると、メンツだけを守ろうとして、最後まで誤った方針に拘泥し、事態を悪化させることしかできない。」
 と指摘している。

 PCR検査拡大抑制に対しては、世界の常識から厚労省幹部に激しい批判が加えられているが、厚労省側は、あらゆる官僚人脈を駆使して、それを正当化する屁理屈を宣伝してきた。
 以下の論文が、代表的なPCR検査抑制の屁理屈だ。
 https://diamond.jp/articles/-/234135?page=3

 ここで、何を言っているかというと、以下引用

「検査を意味なく渋っている」のではない。病状のない人にまで検査を乱発すると見逃しやぬれぎぬを続出させるだけだ。正しい絞り込みなしに検査したところでまともに感染者は見つからない。
 検査の数を増やせば増やすほど偽陰性・偽陽性が増える。仮に1000万人に広げるとしよう。すると先の図で示した通り、有病率が全体の90%と高くとも、最大で360万人の偽陰性者、つまり「本当は感染しているのに誤った陰性結果に安心して野に放たれる人」をつくり出すことになる。
************************************************************

 これが感染研を代表するPCR検査抑制の正当化屁理屈だが、「病状のない人にまで検査を乱発すると見逃しやぬれぎぬを続出させるだけだ。正しい絞り込みなしに検査したところでまともに感染者は見つからない。」
 これは、ひどいデマだ。厚労省・感染研側は、PCR検査の擬陽性率を1%以上と言ってきたが、これは真っ赤なウソだ。
 本当のPCR検査、精度は99.9%である。
 https://www.aireikai.jp/news/detail.php?seq=178

 現在、政府系の対策会議も、擬陽性1%説を撤回して0.1%と言い換えている。
 【厚労省は一貫して、PCR検査を抑制してきた。シンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ」(船橋洋一理事長)の調査により、政府中枢に対して「PCR検査は誤判定がある。検査しすぎると陰性なのに入院する人が増え、医療が崩壊する」と説明に回っていたことがわかっている。】

東アジアで1人負け、日本のコロナ対策が「非科学的」といわれる根拠
 https://diamond.jp/articles/-/258353?page=5

 つまり、厚労省官僚によるPCR検査抑制の根拠は、虚偽捏造データに基づいたものであり、真実性がない。ただ、自分たちのメンツを守るために、子供のように屁理屈を並べて正当化しているだけだ。

 これまで、くり返しブログに書いてきたが、「正しい感染抑制策」は一つしかなかった。
 それは、住民に大規模なPC検査をローラー作戦によって実施し、未症状感染者をあぶり出して、徹底的に隔離することだけだった。
 未症状者を放置して、「クラスター潰し」に奔走することは、科学的・数学的にまったく無意味なことであり、感染源、スプレッダーをあぶり出すことだけが感染拡大の唯一の手段だったのだ。

 これに対して「PCR検査を拡大実施すれば医療崩壊が起きる」という信じがたい、奇っ怪な屁理屈をタテに抵抗し、世界一有効な治療薬であるアビガン・イベルメクチンの認可を嫌がらせのように遅らせて、世界最優秀のお墨付きを得ているPCR自動化検査機材さえ認可を遅らせているのが、軽薄なメンツに拘泥した厚生官僚どもだ。

 彼らは、新型コロナ禍が一段落ついたとき、徹底的な検証のなかで、なぜそんな馬鹿げたデマをまき散らして、感染を拡大させてしまったのか、何か特別な理由があったのかを明らかにし、断罪しなければならない。
 これはフクイチ放射能汚染のなかで、住民の避難を妨害した、細野豪志や、安全デマを吹聴して住民避難を阻止し続けている山下隆一・高村昇・坪倉正治も同じだ。

 このコロナ禍を人為的に悪化させている厚労省幹部の発想は、岡田晴恵も告発している。それは、感染研が、ワクチンや治験薬に自分たちの利権を設定するため認可を遅らせ、PCRを阻止しているというものだった。

 こんな発想は、普通の医師にはできない。可能であるとすれば731部隊の末裔だけだろう。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1373.html

16. 2021年2月22日 17:04:59 : oq5zUFActo : QWNSMU5Pa0tNLms=[32] 報告
 京都大学と石井四郎 2021年02月22日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1412.html

 石井四郎とは731部隊(659部隊を含む)の創始者であり最高司令官である。
 1892年(明治25年)に出生、1959年に新宿区若松町で死亡。
 1920年、京大医学部卒業。
 出身地は、千葉県山武郡芝山町加茂で、京成本線終点、芝山千代田駅の東側に位置する。
  https://www.google.com/search?newwindow=1&safe=off&tbm=lcl&sxsrf=ALeKk0049ZzQRiMD5oHqSHZNB2naGUTUSQ%3A1613963107418&ei=Yx8zYNT-GMr7-QbmnaSYDw&q=%E8%8A%9D%E5%B1%B1%E7%94%BA+%E5%8A%A0%E8%8C%82&oq=%E8%8A%9D%E5%B1%B1%E7%94%BA+%E5%8A%A0%E8%8C%82&gs_l=psy-ab.12...0.0.0.85732.0.0.0.0.0.0.0.0..0.0....0...1c..64.psy-ab..0.0.0....0.9kADEE8WK9w

 なぜ出生地を引用したかというと、ここが成田空港南東で、私が半世紀前、三里塚芝山、空港反対同盟の戦いに馳せ参じた土地でもあるからだ。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%87%8C%E5%A1%9A%E9%97%98%E4%BA%89

 当時の私は、まだ高校生で、すでに学校へは行かなくなっていたが、ベ平連のデモや三里塚闘争デモには積極的に参加していた。
 うろ覚えだが、反対同盟行動隊長は石井さんで、やはり加茂地区の人だったと思う。

 実は、石井四郎が、関東軍の命を受けて、細菌兵器開発のための731部隊を創設したとき、最初のメンバーの大半を、自分の郷里である芝山町加茂から引っ張ったのだ。医師は、自分の出身大学である京大から招き寄せている。

 731部隊の歴史的な悪行は、ナチスのホローコストや、中国共産党の臓器殺人移植に匹敵する人間に対する巨大犯罪として知られるようになった。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/731%E9%83%A8%E9%9A%8A

 上のウィキリンクは、最近改変されて、当時の残虐行為に関する資料が削除されてしまったので、歴史改竄を目的とした保守系の関係者が隠蔽を図ったと考えられる。
 また、ネット上で731部隊の悪行を系統的に証拠立てて編集したサイトも、検索不能にされている。
 http://avic.doc-net.or.jp/syuppann/120909panel-syu.pdf

 私が、たくさん書いた731部隊関係のブログも、ほぼ検索不能にされてしまっている。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-769.html

 政府関係者が、どれほど731部隊の歴史を闇に葬り去りたいのか、よく分かるが、グーグルによる検索隠蔽は激しく糾弾されなければならない。
 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/74905

https://books.google.co.jp/books?id=b_r0CwAAQBAJ&pg=PT33&lpg=PT33&dq=731%E9%83%A8%E9%9A%8A&source=bl&ots=-1lKMk_glm&sig=ACfU3U3FgSuGHBICh_gSum9ovrtkHuJYyA&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwiO2Nj5x_zuAhWPGaYKHYZUCQg4PBDoATAJegQIDBAD#v=onepage&q=731%E9%83%A8%E9%9A%8A&f=false

 石井四郎は、超A級戦争犯罪者にもかかわらず、米軍と人体実験資料を取引した結果、訴追されずに帰国し、新宿区若松町で旅館(名が公開されていない)を経営、67歳で死亡している。なぜ、若松町なのか? それは地図を見れば一目瞭然だ。

isiisirou01.jpg


 関東軍防疫給水部の日本本部は、現在の厚労省感染研が置かれている新宿区戸山の国立感染研にあった。石井の帰国後の家があったのは若松町電停前で約500メートルしか離れていない。徒歩5分ほどだ。
 【若松町という停留所で降りると、向いに小鳥屋がある。その横を真っすぐ入ると、やがて「トイチ」と呼んでいた東京第一陸軍病院(国際医療研究センター)につき当たる。病院の左側の塀にそってしばらく歩き、左に折れた先に、隊長のお宅があった】

 つまり、石井四郎は、帰国後も731部隊に関係していたと考えられる。そして、その国立感染研=旧731部隊本部で何が起きていたのか?

 https://jinkotsu731.web.fc2.com/

 石井が死んだのが1959年で、拷問を受けて損傷した大量の人骨が発見されたのが1989年であるから、30年間の空白があるものの、厚生省戸山感染研のメンバーの大半が、731部隊帰還者の人脈である。
 731部隊帰還者の大半が厚生省医官など政府系の医学関係者となり、「六大学医学部教授は731部隊出身者でなければなれない」とまで言われていた。

 1989年、100体を超える拷問と人体実験を受けたと思われる損傷遺体が発見されたとき、厚生省は調査を約束したが、関係者は誰一人口を割らなかった。
 実は、石井は、731部隊が敗戦で解散し、日本に引き揚げるとき、関係者の一人一人に口止めの恫喝を行っていた。
 「もしも、日本に帰国して、731部隊のことを少しでも口にしたら、私が制裁する」
 と言われたと関係者が証言している。
 石井が、帰国後、故意に731部隊本部近くに居を構えた理由は、それかもしれない。

 いずれにせよ、戸山の感染研で出土した、恐ろしい遺骨群の謎は、未だに解明されていないが、これが731部隊による「国内(戸山本部)における在日朝鮮・中国人に対する人体実験・拷問」による死者のものであることは間違いないであろう。
 もしかしたら、戦後、石井が帰国後に行われた可能性さえあるのではないか?戸山に拘留されていた生体実験捕虜を、戦後に殺戮したのではないか? という疑問さえ湧くのだ。

 石井が、何のために若松町に居を構え、旅館を経営したのかも、おおむね想像がつく。つまり、関係者を口止めし、監視するためにちがいない。

 今回は、石井四郎、731部隊の悪行を糾弾することが目的ではなく、石井細菌兵器開発を支えた京大医学部について触れたい。
 731部隊には、京大医学部から多数の関係者が参加し、帰国後、再び厚生省や京大で研究者となっている。
 
 731部隊関係の文献は、戦後も長らく非公開にされていたが、2001年度に制定された情報公開法で、731部隊関連の政府保有情報が明らかになった。
 この中に、731部隊軍医の学位論文に「猿にペスト菌を植え付けたら頭痛を訴えた」という内容が書かれていたことから、関係者が、「これは人体実験を意味するもの」と判断し、告発した。
 https://www.sankei.com/west/news/180525/wst1805250002-n1.html

 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1043.html

 なぜ、京大側が、この事件を隠蔽しようとしているのか? その理由は、もしも京大と731部隊の関係が明るみになると、戦後帰還して医学部教授を歴任した人物の過去が暴かれ、京大がどれほど戦争に協力していたかが暴露されるからということのようだ。

  https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/155149
【京大医学部講師から731部隊に派遣され凍傷研究を行い、戦後は京都府立医科大学長になった吉村寿人によると、「京大の助教授・講師級の若い者が8名(病理学3、微生物学2、生理学2、医動物学1)が派遣されることになった」(「喜寿回顧」より)。
 戦後、京大出身の元731部隊員たちは医学界に戻り、金沢大医学部長、京大医学部長などを務めた。学者以外にも京大出身者はおり、石井軍医中将の片腕といわれた増田知貞軍医大佐も、戦後ミドリ十字を設立した内藤良一軍医中佐も京大医学部卒。
 731部隊が行った実験の記録は、米国が占領期に行った尋問調書や持ち帰ったペスト菌、炭疽菌などを注射するなどした解剖記録(ヒル・レポートなど)が米国で機密解除されており、米国立図書館で閲覧できる。のちに京大医学部長を務めた医学者の「実験のため使用された500体を解剖した」との調書も含まれている。】

http://www.kyoto-up.org/archives/2952

  霊長類学者でありながら、関東軍731部隊軍医将校の「さる実験(人体実験)」に関する学位論文の検証を一貫して拒んできた山極京大総長、山極壽一京大総長の虚像と実像(その2)
 https://hiroharablog.hatenablog.com/entry/20200702/1593633210

 霊長類研究といえば京大の十八番、あの本多勝一も関係していたが、一番よく知られているのが進化論の今西錦司だ。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E8%A5%BF%E9%8C%A6%E5%8F%B8

 登山の大先達である今西の悪口を言いたくはないが、実は今西錦司も731部隊と関係があった証拠が残っている。
  https://www.youtube.com/watch?v=EXd7MkrChdc&ab_channel=%E9%BB%84%E7%A6%8F%E4%BC%A0

 今西は、戸田正三と二人三脚で京大を牽引してきたが、その戸田が石井四郎から莫大な研究資金を受け取っていたことが暴露されたのだ。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%B8%E7%94%B0%E6%AD%A3%E4%B8%89

 むしろ、石井四郎は、戸田正三人脈を731部隊で多用した可能性が強い。
 以下が731部隊の名簿だ。京大から、どれほど多数の研究者が入ったか分かる。
 http://eritokyo.jp/independent/aoyama-731orgf2.htm

 京大は、小出裕章ら反原発グループを輩出してはいるが、同時に、原発推進組も多い。だが戦前は、明らかに軍部に対する協力姿勢が鮮明だった。
 京大と731部隊の関係は、あまり表に出ていないが、戸田正三を通して想像を絶するほど強い結びつきがあった可能性がある。
 石井四郎は、郷土の加茂部落から多数の関係者を参加させたと同時に、母校の京大からも、731部隊に多数勧誘しているのが間違いないところだ。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1412.html

17. 2021年3月13日 10:39:05 : F4ypLK0IXM : NHNoY1VYZEpXUXc=[10] 報告
帝銀事件では伝染病を口実にして行員は青酸化合物を一斉に飲まされた
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202103130002/

 日本が連合国に降伏して間もなく、まだ占領されていた1948年1月26日の午後3時過ぎ、東京都豊島区にあった帝国銀行椎名町支店にひとりの男が現れた。男は「集団赤痢が発生した」として液状の「消毒薬」を16名の銀行員に飲ませ、そのうち12名を殺害している。その男の左腕には東京都のマークが入った消毒班の腕章を撒いていた。

 男は「GHQのホーネット中尉」の命令で来たと告げ、中尉が来る前に「予防薬」を飲むように促した。男は机の上にニッケルメッキの小型ケース(軍医の野戦携帯用ケース)と薬瓶を置く。瓶の中にある液は下層3分の2ほどが白濁していたという。さらに「SECOND」と書かれた紙が張られた大きな瓶を机の脚の脇に置く。そのうえで、ケースの中から駒込型ピペットを取り出し、それを使って薬瓶から液を吸い上げ、茶卓の上に並べられた茶碗やコップに注ぎ分けた。

 男は歯の琺瑯質を損傷するからとして、一気に飲む込むように指示、まず自分が飲んで見せた。男は上澄みの部分を飲んだと思われる。第2液は第1液を飲んでから1分後に飲むようにと言っている。

 その説明の後、16名の行員は第1液を一斉に飲むが、全員が苦しみを訴える。1分後に第2液が配られ、それを飲むが、直らない。水道の水を飲む人もいた。行員は次々と倒れ、意識を失っていく。それを見届けた男は現金16万4000円余りと小切手1万7000円余りを奪い、逃げ去った。解剖の結果、青酸化合物を飲まされたことが判明している。

 この事件では興味深い点がいくつかある。例えば男が口にした「ホーネット中尉」は実在、毒物の量は致死量ぎりぎりで、手際の良さから毒物による殺害に慣れていることが推測される。捜査に当たった警視庁捜査2課が「第731部隊」に目をつけるのは当然だった。

 本ブログでも繰り返し書いてきたが、第731部隊は生物兵器の研究開発の一端をになっていた。生体事件を担当していたのだ。設立されたのは盧溝橋事件(1937年7月7日)の少し前で、当初は加茂部隊や東郷部隊とも呼ばれた。第731部隊と呼ばれるようになったのは1941年から。この部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めたのは石井四郎中将、1942年から45年2月までは北野政次少将だ。

 日本軍の降伏が間近に迫っていた1945年8月に第731部隊は関連施設を破壊して貴重な資料や菌株は運び出す一方、監獄に残っていた捕虜は皆殺しにした。

 日本へ逃げ延びた石井たちは1946年に入るとアメリカ軍の対諜報部隊CICの尋問を受けているが、厳しいものではなく、資料はアメリカ側へ引き渡された。尋問の過程でGHQ/SCAPの情報部門G2の部長を務めていたチャールズ・ウィロビー少将と石井は親しくなり、隊の幹部たちはアメリカの保護を受けるようになる。日本が提供した資料や研究員はドイツから提供された知識と同じように、アメリカにおける生物化学兵器開発の基盤になった。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202103130002/

18. 2021年4月17日 09:46:06 : RSLdzPRb1s : Y0wwMFV6MDlreDI=[13] 報告
2021.04.17
生物化学兵器を開発してきた人脈が指揮するCOVID-19の「感染対策」の信頼度
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202104160000/


 アメリカで生物化学兵器の研究が始まるのはUSBWL(陸軍生物兵器研究所)がキャンプ・デトリック(後のフォート・デトリック)に創設された1943年のことだが、研究開発が本格化するのは第2次世界大戦の後だ。日本やドイツから生物化学兵器に関する資料がアメリカへ引き渡され、日独の研究員と手を組んだのである。

 日本では1933年に軍医学校が生物化学兵器の研究開発を始めるが、その背後には東京帝国大学や京都帝国大学の医学部が存在していた。日本の医学界が研究開発の頂点にいたとも言える。

 正確なデータを得るため、日本では生体実験が組織的に実施された。生体実験の犠牲になったのは主に中国人、モンゴル人、ロシア人、朝鮮人。こうした人びとを日本軍は「マルタ」と呼んだ。

 生体実験を実施するため、軍の内部に特別な部隊が占領地である中国で編成される。当初は加茂部隊や東郷部隊と呼ばれたが、1941年からは第731部隊と呼ばれている。第731部隊の隊長は1936年から42年、そして45年3月から敗戦までが石井四郎、その間、42年から45年2月までを北野政次が務めた。

 1945年8月には関東軍司令官の山田乙三大将の名前で部隊に関連した建物は破壊され、貴重な資料や菌株は運び出された。捕虜の多くは食事に混ぜた青酸カリで毒殺される。事態に気づいて食事をとならなかった捕虜は射殺され、死体は本館の中庭で焼かれ、穴の中に埋められたという。

 石井たち第731部隊の幹部は大半が日本へ逃げ帰るが、日本の生物化学兵器に関する情報はアメリカ軍も入手していた。1946年に入ると石井たちアメリカ軍の対諜報部隊CICの尋問を受けることになるが、厳しいものではなく、資料はアメリカ側へ引き渡された。1947年にはキャンプ・デトリックからノーバート・フェルという研究者がやって来るが、この頃からアメリカ軍は第731部隊の幹部たちと協力関係に入る。

 尋問の過程でGHQ/SCAPの情報部門G2の部長を務めていたチャールズ・ウィロビー少将と石井は親しくなり、隊の幹部たちはアメリカの保護を受けるようになる。日本が提供した資料や研究員はドイツから提供された知識と同じように、アメリカにおける生物化学兵器開発の基盤になった。

 1950年6月に朝鮮戦争が勃発する。その頃、アメリカで細菌戦プログラムの中心的存在だったのはジェームズ・サイモンズ准将。その指揮下にあった406部隊は病原体の媒介昆虫に関する研究用の「倉庫」と見なされていたが、1951年当時、309名のうち107名が日本人だったとされている。

 1952年2月に朝鮮の外務大臣はアメリカ軍が細菌兵器を使用していると国連に抗議した。アメリカ側は事実無根だと主張したが、1970年代にウィリアム・コルビーCIA長官が議会で行った証言の中で、1952年にアメリカ軍が生物化学兵器を使ったと認めている。

 朝鮮戦争が始まると、アメリカ軍は輸血体制を増強しなければならなくなり、「日本ブラッドバンク」が設立されたが、北野政次が顧問に就任するなど、この会社は第731部隊と深い関係がある。後に社名は「ミドリ十字」へ変更され、「薬害エイズ」を引き起こすことになる。現在は田辺三菱製薬の一部だ。

 第731部隊を含む日本の生物化学兵器人脈は「伝染病対策」の中枢を形成することになる。その拠点として1947年には国立予防衛生研究所(予研)が創設された。当初は厚生省の所管だったが、1949年には国立になる。1997年には国立感染症研究所(感染研)に改名された。

 大戦後、日本の生物化学兵器人脈が協力してきたフォート・デトリックの研究者はアフリカでも研究を続けている。2010年頃からギニア、リベリア、シエラレオネの周辺で研究していた。

 その地域、つまりギニア、リベリア、シエラレオネで2013年12月からエボラ出血熱が広がりはじめ、ナイジェリア、さらにアメリカやヨーロッパへ伝染が拡大し、大きな騒動になった。2014年7月にはシエラレオネの健康公衆衛生省がテュレーン大学に対し、エボラに関する研究を止めるようにという声明を出している。

 生物兵器の専門家として知られているイリノイ大学のフランシス・ボイル教授の説明によると、テュレーン大学やCDC(疾病管理センター)が西アフリカで運営していた研究所では生物兵器を研究していたが、同じ場所にフォート・デトリックのUSAMRIID(アメリカ陸軍感染症医学研究所)の研究者もいた。


 エボラは1976年8月にザイール(現在のコンゴ)で初めて確認されているが、エイズと同じように病気の始まりが明確でない。1976年の前は気づかれなかっただけなのか、病気自体がなかったのかは不明だ。

 その直後、1980年代の前半からエボラを引き起こすウイルスを含む病原体を細菌兵器にしようとする極秘研究「プロジェクト・コースト」が南アフリカで進められた。その中心にいた科学者はウーター・ベイソンだが、アメリカ、イギリス、スイス、フランス、イスラエル、イラク、リビアといった国々からも資金が出ていたとされている。CIAとは特に緊密な関係なったとする噂もある。このベイソンが1985年に生物兵器を専門とするイギリス人研究者デイビッド・ケリーと会っていたことは本ブログでも書いた通り。

 2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたが、それから間もない9月18日から炭疽菌の付着した手紙が送られ、5名が死亡し、約20名が病気になっている。そうした手紙を送りつけられた人びとの中には、トム・ダシュル上院議員とパトリック・リーヒー上院議員も含まれていた。

 攻撃の直後、アメリカ議会には憲法の機能を停止させる「愛国者法(USA PATRIOT Act / Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001)」が提出されていた。大半の議員は法律案を読まずに賛成したが、ダシュル議員とリーヒー議員はこの法律に疑問を持ち、反対している。ところが手紙を受け取った後、両議員は法案に賛成するようになった。​この法律のモデルになった対テロリズム法案を1995年に提出したのは自分だとジョー・バイデン大統領は自慢​している。

 後に炭疽菌の出所はフォート・デトリックだということが突き止められ、ある研究者が容疑者だとされたが、その人物は何も語らないまま「自殺」している。この研究者が犯人ではないと考える人も少なくない。

 こうした生物兵器に関する歴史を振り返ると、COVID-19騒動の見え方も変わるだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202104160000/

19. 2021年7月03日 18:36:48 : 6y6TJKPkns : RGlaQzljL1o5YVk=[19] 報告

2021.07.03
COVID-19ワクチンの犠牲者は増え続け、VAERSへの報告では6985名が死亡
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202107030000/

 アメリカのCDC(疾病予防管理センター)とFDA(食品医薬品局)が共同で運用しているVAERS(ワクチン有害事象報告システム)への報告によると、​「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」を接種して間もなく死亡したと6月25日までに報告された人数は6985名​に増えた。


 ​アメリカ軍の調査でもmRNA(メッセンジャーRNA)技術を使ったファイザー製とモデルナ製の「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」が心筋炎を引き起こすという結果​が出た。これらを含め、「COVID-19ワクチン」が深刻な副作用を引き起こすことは間違いないと言えるが、​通常のワクチンと違い、被害者は法的に救済されない​という。「ワクチン」推進派はその危険性を知っているのだろう。

 アメリカにおける生物化学兵器の研究開発はフォート・デトリックを中心にして行われている。ここにUSBWL(陸軍生物兵器研究所)が創設されたのは1943年。当時はキャンプ・デトリックと呼ばれていた。第2次世界大戦後、ここへ生物化学兵器に関するドイツや日本の研究者が集められ、重要資料が持ち込まれる。

 日本で生物化学兵器の研究開発が始まったのは1933年。軍医学校を中心に、東京帝国大学や京都帝国大学の医学部が協力、生体実験を実施するため、中国で特別な部隊が編成された。当初は加茂部隊や東郷部隊と呼ばれたが、1941年からは第731部隊と呼ばれている。

 第731部隊の隊長は1936年から42年、そして45年3月から敗戦までが石井四郎、その間、42年から45年2月までを北野政次が務めた。日本の敗戦が間近に迫ると第731部隊の幹部は大半が日本へ逃げ帰り、アメリカ軍の対諜報部隊CICの尋問を受けることになる。

 しかし、その尋問は厳しいものでなく、尋問の過程でGHQ/SCAPの情報部門G2の部長を務めていたチャールズ・ウィロビー少将と石井は親しくなる。隊の幹部たちはアメリカの保護を受けるようになった。

 1946年にアメリカ軍の極東医療分隊に所属する「406医療一般研究所」が厚木基地からほど近い倉庫で活動を開始する。後に同部隊は東京都千代田区丸の内の三菱ビル内に本部を移し、朝鮮戦争の際には戦闘地域へ要員を派遣。1951年当時、406部隊には309名が所属し、そのうち107名は日本人だったという。(Stephen Endicott & Edward Hagerman, "The United States And Biological Warfare", Indiana University Press, 1998)

 1952年2月に朝鮮の外務大臣はアメリカ軍が細菌兵器を使用していると国連に対して強硬に抗議、中国の国営通信社である新華社は、アメリカ軍が第731部隊の元部隊長、石井四郎や北野政次、また同部隊と姉妹関係にあった第100部隊の元部隊長、若松和次郎らに協力させて生物兵器を使ったと伝えた。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)

 捕虜となった約30名のアメリカ人パイロットが生物兵器を投下したと告白したが、パイロットたちは帰国した後に政府から国家反逆罪に問うと脅され、告白を取り消している。病原体には炭疽菌や腺ペストが含まれていたようだ。ウィリアム・コルビーは1970年代にCIA長官として議会で証言した際、1952年にアメリカ軍が生物化学兵器を使ったと認めている。(前掲書)

 第731部隊を含む日本の生物化学兵器人脈は「伝染病対策」の中枢を形成することになる。その拠点として1947年には国立予防衛生研究所(予研)が創設された。当初は厚生省の所管だったが、1949年には国立になる。1997年には国立感染症研究所(感染研)に改名された。

 その間、1950年にアメリカ海軍はサンフランシスコ上空に細菌を散布、55年にはCIAがフロリダ州タンパ湾の周辺で生物戦の実験を行い、百日咳が急増、12名が死亡している。1956年と58年にアメリカ陸軍はジョージア州サバンナとフロリダ州エイボン・パークで黄熱ウイルスを持つ蚊で実地試験を実施、66年には陸軍の特殊部隊がニューヨーク市の地下鉄でバチルス(桿菌)を捲き、68年と69年にはCIAがワシントンにあるFDA(食品医薬品局)の上水道設備で飲料水へ毒物を入れる可能性を調べる実験を行った。

 アメリカはキューバに対しても生物兵器を使ったと考えられている。キューバでは1981年にデング熱が流行したが、これはアメリカによる攻撃だったと見られているのだ。「SARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)」に対して有効だと言われた薬のひとつ、インターフェロン・アルファ2bはキューバで研究が進められてきたが、デング熱に対しても使われて効果があったという。この薬は病原体を攻撃するのではなく、リンパ球を刺激、免疫力を高めるのだという。

 これも繰り返し書いてきたが、1969年に国防総省国防研究技術局の副局長を務めていたドナルド・マッカーサーはアメリカ下院の歳出委員会で、伝染病からの感染を防ぐための免疫や治療のプロセスが対応困難な病原体が5年から10年の間、つまり1974年から79年の間に出現すると語っている。これはエイズの出現を予言する発言だとして世界的には話題になった。

 フォート・デトリックの研究者はアフリカでも研究を続けている。例えば、2010年頃からギニア、リベリア、シエラレオネの周辺で研究、その地域では13年12月からエボラ出血熱が広がりはじめた。さらにナイジェリアからアメリカやヨーロッパへ伝染が拡大し、大きな騒動になったが、2014年7月にはシエラレオネの健康公衆衛生省はアメリカのテュレーン大学に対し、エボラに関する研究を止めるようにという声明を出している。

 生物兵器の専門家として知られているイリノイ大学のフランシス・ボイル教授の説明によると、テュレーン大学やCDC(疾病管理センター)が西アフリカで運営していた研究所では生物兵器を研究していたが、同じ場所にフォート・デトリックのUSAMRIID(アメリカ陸軍感染症医学研究所)の研究者もいた。

 1980年代の前半からエボラを引き起こすウイルスを含む病原体を細菌兵器にしようとする極秘研究「プロジェクト・コースト」が南アフリカで進められた。その中心にいた科学者はウーター・ベイソンだが、アメリカ、イギリス、スイス、フランス、イスラエル、イラク、リビアといった国々からも資金が出ていたとされている。

 2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたが、それから間もない9月18日から炭疽菌の付着した手紙が送られ、5名が死亡し、約20名が病気になっている。そうした手紙を送りつけられた人びとの中には、トム・ダシュル上院議員とパトリック・リーヒー上院議員も含まれていた。

 攻撃の直後、アメリカ議会には憲法の機能を停止させる「愛国者法USA PATRIOT Act / Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001)」が提出されていた。大半の議員は法律案を読まずに賛成したが、ダシュル議員とリーヒー議員はこの法律に疑問を持ち、反対している。手紙を受け取った後、両議員は法案に賛成するようになった。​この法律のモデルになった対テロリズム法案を1995年に提出したのは自分だとジョー・バイデン大統領は自慢​している。

 後に炭疽菌の出所はフォート・デトリックだということが突き止められ、ある研究者が容疑者だとされたが、その人物は何も語らないまま「自殺」した。この研究者が犯人ではないと考える人も少なくない。

 フォート・デトリックは現在でもアメリカにおける生物化学兵器開発の拠点だが、2019年夏、​数カ月にわたって施設が閉鎖された​と伝えられている。廃液に絡む安全上の問題が発覚したことが原因のようだが、詳細は不明だ。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202107030000/

20. 2021年7月03日 21:22:30 : 6y6TJKPkns : RGlaQzljL1o5YVk=[20] 報告
【ゆっくり解説】3000人で残虐な実験...隠蔽された闇組織『日本軍731部隊』
2021/07/03





今回は「日本軍731部隊」の話です。
聞いたことがある人もいるかもしれませんが、ナチスだけでなく日本でも捕虜を使った人体実験が行われていたと言われています。
そして戦後は証拠隠滅し、無かったことにしたという噂も。
他国に引けを取らないほど恐ろしい内容です。
21. 2021年8月15日 14:12:29 : 70oYF1QPwo : TFRDT1E0QXFmWFE=[26] 報告
安倍の「福島隠し」が蘇らせた731部隊<本澤二郎の「日本の風景」(4174)
http://jlj0011.livedoor.blog/archives/30143288.html
2021年08月14日 jlj0011のblog


<従軍慰安婦向けに性病人体実験までした731部隊秘事初公開>

 中国・黒竜江省のハルビンに数回訪問したことがある。関東軍731部隊の本拠地である。日本人は、特に右翼の人たちは現地を歩くといい。現場を見ないでわめくだけでは、説得力がない。数年前、北京で友人と足底マッサージをした時、珍しく彼らはハルビンの地方出身の農民だった。さっそく731部隊のことを聞いてみたのだが、分からないと答えた。

 最近の学校教育も、進学に力を入れ過ぎて、肝心の歴史をじっくりと教えていないのだろう。むろん、戦後の日本の歴史教育もいい加減すぎて、盧溝橋・南京・ハルビンの史実を知らない若者も少なくない。第一、日本の戦後の自民党文教族の多くは、森喜朗ら極右「神の国」神社神道派が、歴代文部大臣・文科大臣を独占する例が少なくなかった。

 森の清和会政権以降の20年で、日本人の偏狭ナショナリズムへの抵抗力が激減してしまった。右翼言論人が跋扈する新聞テレビばかりで、左翼の出番どころか、日本国憲法を尊重するリベラル派さえも、影が薄くなってしまった。

 戦後の読売・日本テレビを仕切った正力松太郎、続く政権と癒着するナベツネ支配に、日本新聞協会・日本記者クラブもまともさを喪失してしまっている。

 そうした中で、フクシマ隠しの4兆円利権の東京五輪が、コロナ禍で人々が呻吟していても強行、目下のところ、医療崩壊をきたしている異様な日本である。フクシマ隠しとは、その陰で放射能被ばく者の人体実験を繰り広げることで、核を制御した!日本を内外に誇示している。五輪の影に隠れて、国民も気付こうとしていない。

 しかしながら、そのことが戦前のハルビン・731部隊のことを想起させている。ここに目を凝らす日本人でありたい。人々の命の救済よりも、生体・人体実験する日本、731の手法を用いて「心臓」を隠す政府に驚愕するばかりだ。

 新たに確認できた。従軍慰安婦対策として731部隊が、性病の生体実験までしていたのである。生物兵器実験や凍傷実験どころか、天皇の軍隊を性病から守るために、性病生体実験ましていた!悪魔の軍隊を祀るとされる戦争靖国神社に、今年も安倍側近が相次いで参拝している。  

<「子供だけは助けて」と哀願した生体解剖妊婦=ハバロクス法廷で判明>

 目を覆う痛々しい証言が記録されている。性病に感染させた妊婦の、胎児への影響を見ようとして、軍医は生きた女性にメスを入れる。その時に「子供だけは助けて」と大悲鳴を上げる母性本能の姿を、戦後を生きた元医師は忘れようとしても忘れられない。墓場に落ち込もうと心に誓っていた。

 しかし、恐ろしい天皇の軍隊の不条理に耐えきれず、とうとう取材に折れて証言、性病実験の731部隊の知られざる秘事が活字になっていた。敗戦後の東京法廷では隠されたが、ソ連のハバロスクでは一部が露見、その後の取材で元軍医が詳細を告白して、今日知ることが出来る。竹野内真理ファイルを以下に貼り付けようと思う。

<原子力ムラ=フクシマの人体実験に協力する科学者は人道の大罪>

 「もう心配はない」「除染したので安全」と、新たな安全神話を受け入れさせられた200万福島県民は、今どうしているのだろうか。ごく一部の市民は、法廷闘争をしているが、根本は人々を人体実験、そのデータを集めている原子力ムラのことを忘れてはならない。

 何のことはない、731部隊の手法が、ヒロシマとナガサキで、いまフクシマで公然と繰り広げられている。新聞テレビの取材は封じ込められて、市民は知らない。原子力ムラの威力にあきれるばかりである。 

 したり顔の日本学術会議も野党でさえも屈してしまっている。「低線量内部被ばく」の恐怖を訴える正義は、途中で折れ曲がってしまっている。それどころか4兆円五輪で覆い隠してしまった現在だ。科学者が正義の声を上げる日は、来るのだろうか。悔しい限りだ。

<コロナは生物兵器なのか=国連は研究機関閉鎖を決議せよ!>

 原子力ムラに封じ込められてしまった日本政府は、国連での核禁止条約の批准に事実上、反対している。ならば生物兵器研究所の閉鎖はどうか。これも、喫緊の課題である。

 WHOの対応も怪しい。コロナ五輪を支援しているくらいだから、お話にならない。まずは生物兵器の研究所を、地球のすべての国から排除すべきだろう。日本は隠れてやっているのかどうか?大分怪しい。

 生物兵器研究は、731部隊の研究データを独り占めしたアメリカが、天皇の軍隊に代わって、確実に現在も先行している。確定できないが、新型コロナについて、アメリカに疑念を抱く識者は少なくないだろう。

<竹野内真理記録に驚愕する日々>

 ジャーナリストの多くは「無知の知」からスタートする。「こんなことも知らないのか」と専門家に馬鹿にされながら、そこから始動する。思えば西村謀殺事件を、市民運動家の資料を元にして再現したことから、竹野内blogと遭遇、日々驚愕している。わが無知も極まれり、である。

 以下のURLを開いて、731・従軍慰安婦の記録を、じっくり読んで覚醒してもらいたい。

2021年8月14日記(東芝製品不買運動の会代表・政治評論家・日本記者クラブ会員)


https://uglyjapanese.blogspot.com/2021/07/unit-731-and-comfort-women-731.html

Unit 731 Testimony

By Hal Gold

ある元731部隊の技師の話で、彼は慰安婦の健康検査も担当し、慰安婦から血液サンプルを採取して、分析のため731部隊に渡していたという。

A former Unit 731 medical technician took charge of medical inspection of comfort women for Japanese Army. He took blood sample from them and passed them to Unit 731.

あちこちの慰安所を訪ねて、一日何十人、多い時には100人を超える慰安婦の検査をしていた。

He visited comfort stations here and there and conducted blood inspection for dozens of women or even 100 per day.

731部隊についての日本の書籍の多くがこれに触れていない。

Most Japanese 731 related books do not refer to comfort women issues.

731部隊に関する唯一の法廷審理だったハバロフスク裁判の記録を調べると、731部隊内部に性病研究班が組織されていた旨が記されており、二木氏が指導する結核研究班が性病研究も行っていたことがわかる。

However, in the sole 731 related legal case called Khabarovks Trial, there is a record of organized sexually transmitted diseases group within Unit 731, which was under the tuberculosis group conducted by the leader Hideo Niki.

二木氏は口を閉ざしたまま亡くなったが、西野女史は同じ班の80歳を超えた入院中の生存者を捜し出し、なぜ彼が医師を止めて山にこもり、自給自足の生活をしてきたのかを尋ねた。

Hideo Niki passed away without testifying, but the journalist Ms. Nishino looked for a survivor in his group and found a hospitalized man in his 80s. She asked him why he quit his job as a doctor and went to a village in a deep mountaneous area leading self-sufficient life.


初日は何も語らなかった彼は、翌日尋ねると帰りがけに、彼は涙をどっと滝のように流してこう言ったという。

On the day 1, he didn't say anything. But when she was leaving his hospital room on the day 2 greeting for good-bye, he stopped her, broke down in floods of tears and confessed the following.

「昨夜いろいろ考えました。私はこの話を地獄にもっていくつもりでしたが、この世に置いていくことにしました。」

"Last night, I was thinking various things. I thought I was going to bring this story to hell, but I decided to leave this story to you."

彼自身は6人の中国人女性の生体解剖をした。

He himself participated in vivisection on 6 Chinese women.

麻酔薬を使う事もあったし、使わないこともあったという。

The vivisection had been conducted sometimes with anaesthetic and sometimes without it.

ある女性は麻酔をかけたが、解剖台の上で目覚めて起き上がり、「私を殺しても構わないが、どうか子供だけは殺さないでください」と叫んだという。

One day, a woman under anaesthetic woke up on the operation bench, and cried out, "It is OK to kill me, but please do not kill children!"


解剖を行っていた彼を含めた4〜5人は彼女を取り押さえ、再び麻酔をかけて生体解剖をつづけたという。

4 or 5 people including him tied her onto the bed and applied anaesthetic again and conducted her vivisection.

それ以来、その記憶が彼の頭から離れないそうで、この記憶は「地獄」まで持っていくつもりだったという。

Since then, this memory could not be detached from his mind, and he thought he was going to bring this memory with him to Hell.

その彼が性病感染の研究をしていた元731部隊員から聞いた話が以下である。

He also heard the following stories from former Unit 731 members.

従軍慰安婦問題と731部隊の接点

Connection between Comfort Women and Unit

731 issues


731部隊が性病を研究していた理由は、当時、日本軍が慰安婦を使っていたからである。731部隊は、性病の発症メカニズムを研究し、日本兵の性交渉感染を防ごうとした。

Unit 731 had been studying STDs because Japanese Army utilized comfort women in those days. It was their mission to make a research on the mechanism of STD development and tried to prevent Japanese soldiers' STDs.


性病は軍隊内部で深刻な問題となっていた。性病蔓延のため、軍紀と軍の効率が脅かされ、司令部は731部隊がこの問題を解決するよう期待した。

STDs became a serious issue inside the Japanese Army. Due to the spread of STDs, disciplines and effectiveness of military was threatened, and the Japanese Army's General Headquarter expected Unit 731 to solve this issue.

当初、731部隊員は注射で女性に梅毒を感染させたが、有益な結果が得られず、性交渉を通じて感染させることにした。

At first, Unit 731 made women infected with syphilis through injection, but they couldn't get good results, so they decided to make Chinese POWs infected with STDs through sexual intercourse.


研究者たちは捕虜を強制して性行為を行わせた。白い実験衣で身を包み、目と口だけを露出した隊員4〜5人が実験を行った。

The researchers made the POWs conduct sexual intercourse forcefuly. The group of 4 or 5 unit members in white robes with only eye and mouth areas open conducted the experiments.


どちらかが梅毒にかかった男女を小部屋に入れてセックスを強制し、抵抗するものは射殺した。

They put a couple of man and woman, one of which had been infected with shyphilis, and forced them to have sex in front of them. Anybody who resisted to their order was shot dead on the spot.

健康な者が性病に感染すると、その経過を丹念に観察して、1週間後、3週間後、1か月後における病気の進行状態を確認する

When a healthy person gets infected with STD, Unit 731 reserachers observed the development process of the disease, and confirmed the progress one week after, 3 weeks after and one month after the infection.

研究者は、性器の状態など外部兆候を観察するだけでなく、生体解剖を行い、様々な内部器官の病気が、どの段階に達しているかを検査した。

The researchers not only observed the outer signs of the diseases such as reproductive organs, but also conducted vivisection to check various organs to see what stage the lesions were in.

子供を使った実験

Experiment using Children

現在注目を受けているもうひとつの問題は子供に関連する。

Currently, another issue is getting attention; experiment on children.


後に京都府立医大学長になった吉村寿人氏は、凍傷実験を担当、卓越した研究者として知られる。

Mr. Hisato Yoshimura, who conducted frostbite human experiments in Unit 731, is known to be a renowned researcher.

彼は実験の一つで生後3日の乳児を使い、氷水の中に漬け、温度変化を丹念に記録した。

He even used 3-day-old baby and dipped the baby in ice water and thoroughly recorded the temperature changes.

中国の記録によれば、731部隊が使ったこれらの乳児たちは性病実験の強制セックスで妊娠した女性たちと、捕まる前に妊娠していた女性捕虜が生んだとされている。

According to the records in China, these babies were born among Chinese POWs who were forced to have sex for STDs experiment and POWs who were originally pregnant.

生体実験の直前まで強姦

Rape until the Last Moment

別の元研究者の話だと、生体実験をある日予定しており、仲間と二人で小部屋を訪れ、一人がある中国人女性を強姦した。

According to another researcher, one day along with another researcher, they tried to rape Chinese women. His colleage raped one in a small room.

彼ももう一人の女性を強姦しようとしたところ、凍傷実験による壊疽で彼女の指の何本かはなくなり、壊疽が進行、骨が黒変していたという。それでも強姦しようとしていたら、彼女の性器は膿んでおり、膿が表面にしみだしていたという。彼はそのまま部屋を出て、あとで彼女を生体実験した。

When he was trying to rape another woman, he saw some of her fingers missing due to frostbite experiment. Due to progressed gangrene, her finger bones were black. Still he tried to rape her and found her genital area was festered and pus was oozing. He left the room and later used her for his vivisection.

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(Unit 731、広島、長崎、チェルノブイリ、福島についてのこちらのページもどうぞ。いまだに、放射線汚染地帯での妊婦や子供たちも含む人体実験が続いています。)
Please also read this on Unit 731, Hiroshima, Nagasaki, Chernobyl, and Fukushima.

Experiments are still going on including pregnant women and children in radiation contaminated areas.

https://savekidsjapan.blogspot.com/2013/01/japan-victim-and-perpetrator.html 

Save Kids Japan : Vaccination is human experiment?ワクチン接種も人体実験?XII) 731部隊、広島長崎、チェルノブイリ、福島 Unit 731, Hiroshima/Nagasaki, Chernobyl, Fukushima

22. 2021年9月09日 07:31:26 : RIeGMRjDA2 : WWJhdXU0aU1Kdms=[18] 報告
2021.09.09
COVID-19騒動で米国防総省のDARPAと関係のある武漢大学の研究所が浮上
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202109090001/


 中国の研究所で行われてきたコロナウイルスを含む病原体の研究にアメリカから資金が流れていたことを示す文書をインターネット・メディア​「インターセプト」が入手、公開した​。これまで中国科学院の「武漢病毒研究所(WIV)」が注目されていたが、この文書によると、「​武漢大学動物実験センター​」が重要な役割を果たしている。

 2014年まで中国はアメリカの強い影響下にあると見られていた。アメリカと中国は経済活動で結びつき、中国からエリートの卵がアメリカへ留学、そこで新自由主義的な考え方をたたき込まれるという仕組みができていたのだ。その際、さまざまなトラップが仕掛けられ、弱みが握られるはずだ。

 それに対し、ロシアは遅くとも2013年夏の段階でアメリカがロシアに対して生物兵器による攻撃を目論んでいると警戒していた。アメリカ軍がウクライナ東部にあるハルキーフやメレファで危険な病原体を研究する施設を建設しようとしていると問題になったのだ。その段階でウクライナには似た9つの施設が存在していた。

 ロシア軍の放射能・化学・生物防御部隊を率いるイゴール・キリロフ少将によると、アメリカは中国だけでなくロシアとの国境近くに細菌兵器の研究施設を建設してきたという。

 そうした施設が作られた国として名前が挙がっているのは、ウクライナ、アゼルバイジャン、アルメニア、カザフスタン、キルギスタン、モルドバ、タジキスタン、ウズベキスタン、ジョージアなど。アフガニスタン、パキスタン、台湾、フィリピン、韓国、そして日本にもアメリカ国防総省の影響下にある細菌に関する研究施設が存在しているという。

 ​ウクライナの東部では2016年にキエフ軍が送り込んだ兵士が薬の効かないウィルス性の病気になり、20名以上が死亡​したと報道された。ハルキーフやメレファの施設から近いことから細菌兵器が漏れたのではないかと推測する人もいた。

 アンソニー・ファウチが所長を務めるNIAID(国立アレルギー感染症研究所)は2014年からコロナウイルスの研究費としてピーター・ダスザクの「エコヘルス連合」へ数百万ドルを提供、その一部は武漢病毒研究所の石正麗へ渡っていると伝えられてきた。NIAIDの上部機関である​NIH(国立衛生研究所)からWIVへ研究費として370万ドルが提供されていた​とも伝えられた。エコヘルス連合はWHO(世界保健機関)にアドバイスする立場にもある。

 ​彼女を中心とするチームはSARSに似たコロナウイルスのスパイク・タンパク質が人間などの細胞のACE2(アンジオテンシン変換酵素2)と結びつくメカニズムを研究​、石はノースカロライナ大学のラフル・バリックとも協力関係にあった。

 石とバリックは2015年11月にSARS1ウイルスのスパイク・タンパク質をコウモリのウイルス(SHC014-CoV)のものと取り替えて新しいウイルスを作り出すことに成功したとも言われている。コウモリのコロナウイルスを操作してほかの種を攻撃させる方法をバリックは石に教えたともいう。

 今回の文書で武漢大学動物実験センターが注目されているが、この研究所はアメリカのデューク大学と関係が深く、両大学は2013年に昆山杜克大学を創設している。このデューク大学はアメリカ国防総省の「国防高等研究計画局(DARPA)」と協力関係にあり、そのDARPAは2018年からコウモリからヒトへコロナウイルスを伝染させる研究を開始、中国との国境近くに研究施設を建設している。

 言うまでもなく、DARPAが資金を提供する相手は軍事技術の開発に利用できる研究を行っていると判断されている。そうした資金を得ている研究所のひとつが「ホワイトヘッド生物医学研究所」。そこには​遺伝子編集を行うCRISPR技術​を開発している人がいる。DARPAから渡った資金は6500万ドルだと2017年には伝えられていた。

 2014年から15年にかけてアメリカの政府機関と中国の研究者との間で重要なことが行われているようだが、この時期は中国がアメリカから離反、ロシアとの関係を急速に強めている。2014年2月にバラク・オバマ政権はウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを成功させ、同年9月から12月にかけて「佔領行動(雨傘運動)」と呼ばれる反中国政府の運動を仕掛けている。

 こうした工作でオバマ政権のネオコンはロシアと中国を弱体化できると考えたのだろうが、裏目に出る。ロシアとEUとの関係を断絶しきれず、しかもロシアと中国を接近させ、今では戦略的同盟関係にある。こうした現実を受け入れようとしない人もいるが、現実は現実だ。

 DARPAは国防総省の研究機関だが、アメリカ軍の生物化学兵器開発はフォート・デトリックを軸に行われている。その​フォート・デトリックの研究施設がCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動の直前、2019年夏に閉鎖された​と伝えられている。廃液に絡む安全上の問題が発覚したことが原因のようだが、詳細は不明だ。深刻な事故が発生した可能性が高く、何らかの病原体が環境中へ漏れ出た可能性もある。

 本ブログでは繰り返し書いてきたが、フォート・デトリックは日本の医学界と深い関係にある。

 日本では1933年に軍医学校が生物化学兵器の研究開発を始めるが、その背後には東京帝国大学や京都帝国大学の医学部が存在していた。その研究開発のために生体実験が行われたが、その実行部隊が中国で編成される。

 当初は加茂部隊や東郷部隊と呼ばれたが、1941年からは第731部隊と呼ばれている。第731部隊の隊長は1936年から42年、そして45年3月から敗戦までが石井四郎、その間、42年から45年2月までを北野政次が務めた。

 敗戦が間近に迫ると石井たち第731部隊の幹部は大半が日本へ逃げ帰るが、1946年に入ると石井たちアメリカ軍の対諜報部隊CICの尋問を受けることになる。ただ、厳しいものではなかった。資料はアメリカ側へ引き渡された。

 尋問の過程でGHQ/SCAPの情報部門G2の部長を務めていたチャールズ・ウィロビー少将と石井は親しくなり、隊の幹部たちはアメリカの保護を受けるようになる。日本が提供した資料や研究員はドイツから提供された知識と同じように、アメリカにおける生物化学兵器開発の基盤になった。

 第731部隊を含む日本の生物化学兵器人脈は戦後、「伝染病対策」の中枢を形成することになる。その拠点として1947年には国立予防衛生研究所(予研)が創設された。当初は厚生省の所管だったが、1949年には国立になる。1997年には国立感染症研究所(感染研)に改名された。「COVID-19対策」を指揮しているのは感染研だ。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202109090001/

23. 中川隆[-14542] koaQ7Jey 2021年12月18日 05:56:42 : 4rnKbFhGMY : bm85c0tyZmk0RlE=[2] 報告
第2次世界大戦後、アメリカでは軍や情報機関が心理操作を目的とするプロジェクトを進めている。1950年には「ブルーバード」を開始、その翌年にCIAのチームは東京でソ連とのつながりが疑われた4名の日本人を尋問、その際にいくつかの薬物を試している。結局、ソ連との関係を白状し、4名は射殺されて東京湾に沈められた。1953年に始められた「MKウルトラ」は有名だ。(Stephen Kinzer, “Poisoner in Chief,” Henry Holt, 2019)

 尋問に使われていた幻覚剤のLSDを製造するのは、言うまでもなく、薬品会社だが、毒薬の開発も進められた。日本で1995年に使われたサリンをCIAは1970年代に暗殺のために使っていたと言われている。

 1948年1月26日に東京都豊島区の帝国銀行椎名町支店で12名の行員が殺された「帝銀事件」では遅効性の青酸化合物が使われたが、こうした薬物を入手、使用できるのは生物化学兵器部隊の元隊員だろうと警察の捜査官が考えたのは当然だ。

 日本における生物化学兵器の開発は軍医学校、東京帝国大学医学部、京都帝国大学医学部が中心になって行われていた。毒物や病原体の効果を調べる目的で生体実験が行われたが、そのために中国で部隊を編成している。「関東軍防疫部(731部隊)」、「関東軍軍馬防疫廠(100部隊)」、「南方軍9420部隊」、「北支那方面軍1855部隊」、「南支那派遣軍8604部隊」などだ。特に有名なのは「731部隊」だろう。

 この部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めたのは石井四郎中将。日本の敗北が不可避になると石井たちは日本へ逃げ帰り、1946年にはアメリカ軍の対諜報部隊CICの尋問を受けていることになるが、これは厳しいものではなかった。

 その過程で石井はGHQ/SCAPの情報部門G2の部長を務めていたチャールズ・ウィロビー少将と親しくなり、日本側の資料や研究員はアメリカにおける生物化学兵器の研究開発で中心的な存在であるキャンプ・デトリック(55年からフォート・デトリックに格上げされた)へ運ばれている。

 アメリカでも生物化学兵器の研究は行われていた。1943年にUSBWL(陸軍生物兵器研究所)がキャンプ・デトリックに創設されているが、研究開発が本格化するのは第2次世界大戦の後。日本やドイツから生物化学兵器に関する資料がアメリカへ引き渡され、日独の研究員が合流してからだ。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202112180000/

24. 2021年12月18日 06:04:30 : 4rnKbFhGMY : bm85c0tyZmk0RlE=[13] 報告
アメリカの生物化学兵器の研究
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/1380.html
25. 中川隆[-13991] koaQ7Jey 2022年2月01日 15:49:21 : bGUqVB3sRo : LnVQaG84bEpIMUk=[13] 報告

阿修羅掲示板より転載 驚愕!731部隊は戦後、学長や社長で復帰! 2018 年 1 月 23 日
2022年02月01日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1753.html
 
 http://www.asyura2.com/18/senkyo238/msg/758.html

 戦後日本の医療が、どれほど731部隊の影響を受けてきたかを知ったなら、多くの人々が驚愕し、なぜ、これほど日本で冷血医療が多いのかの理由に納得がいくはずだ。

 731部隊の生み出した戦後医療体制は、中国における人体実験、殺戮の呪いがかけられている。731部隊は、中国人数百万人の虐殺に対して、一切責任をとらないばかりか、反省も後悔も微塵も存在しない。それゆえに、同じ人間疎外が日本でも繰り返されるのだ。それは、誰一人責任をとらないで、そっくり帰還した日本で再現されている。

 驚愕!731部隊は戦後、学長や社長で復帰!
http://85280384.at.webry.info/201801/article_207.html
2018/01/22  半歩前へ

 岡田晴恵教授の告発と731部隊
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1048.html

▼驚愕!731部隊は戦後、学長や社長で復帰!

 21日夜、放映のNHKBS1の番組、スペシャル「731部隊 人体実験はこうして拡大した/隊員たちの素顔」は大きな反響を呼んだ。
 731部隊に関与した関係者について小俣和一郎氏が詳しい情報を調査した。

 それを見ると、人体実験を繰り返した面々は戦後、日本社会に復帰。大学学長や医学部教授、日本学術会議委員、さらには大手製薬会社の社長、重役などの要職についていた。

 驚くばかりだ。あれほどの深い罪を犯しておきながら、堂々と要職に就く神経が分からない。彼らは人間の仮面をかぶった悪魔である。

 その典型がミドリ十字による薬害エイズ事件だ。ミドリ十字は1950年に日本最初の民間血液銀行としてスタート。設立は731部隊の元締めで中将、石井四郎の片腕だった元軍医の内藤良一。取締役には二木秀雄ら731部隊の残党が多数いた。

 薬害エイズ事件は、非加熱製剤を治療に使用し、多数のHIV感染者を生みだした忌まわしい事件である。その後、ミドリ十字は合併、再編などを繰り返し、現在は「日本血液製剤機構」として存在している。

731部隊のメンバーのその後。詳しくはここをクリック
https://web.archive.org/web/20150807215132/http://hirukawamura.web.fc2.com/731/731.htm

http://www4.nhk.or.jp/bs1sp/x/2018-01-21/11/15669/2892014/

https://web.archive.org/web/20150807215132/http://hirukawamura.web.fc2.com/731/731.htm

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 引用以上

 731部隊は、成田市芝山(千代田村)加茂出身の石井四郎(後に中将)が、同じ加茂部落出身の青年を集めて部隊を形成したので「加茂部隊」の別名となった。
 https://731butaiten.web.fc2.com/sannriduka31.pdf

 三里塚芝山空港反対同盟の一翼を担ったのも「加茂部隊」だった。
http://himadesu.seesaa.net/article/462419450.html
 これを知って、若き日に成田、三里塚闘争に通った私はショックを受けたことがある。

 731部隊は、全員無事おとがめなしの帰還後、医大教授や病院創始者、医療産業創始者、厚生省医官などに復帰した。
 民間医療企業を創始したのが、内藤良一など731部隊指令官だった。彼は、最初(1950年頃、「日本ブラッドバンク」を設立、輸血血液の買取販売業務を開始した。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AF

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E8%97%A4%E8%89%AF%E4%B8%80

 この会社は、浮浪者の売血で血液を集めたことで、被輸血者に、膨大な肝炎を感染させたといわれ、その指弾を受けると、さっさと企業ぐるみで放射線検診業務に転身した。
 会社本体は、「ミドリ十字社」という名前に改名し、血液製剤を一手に引き受け、薬害エイズ事件で摘発されると、吉富製薬に合併して名前を変え、現在は、三菱ウェルファーマに吸収されている。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%89%E3%83%AA%E5%8D%81%E5%AD%97
 薬害エイズ事件
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%AC%E5%AE%B3%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6#:~:text=%E8%96%AC%E5%AE%B3%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6%EF%BC%88%E3%82%84%E3%81%8F%E3%81%8C%E3%81%84,%E7%94%9F%E3%81%BF%E5%87%BA%E3%81%97%E3%81%9F%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82

京都大学と石井四郎 2021年02月22
  http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1412.html
 
  731部隊と医療被曝 2019年06月08日
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-769.html

 以下引用

  6月6日のグーグルニュース配信に、こんな記事があった。巨大利権か。被ばくリスクのX線胃がん検診を受けさせたい人々
 https://www.mag2.com/p/news/401095

 現在、先進国でバリウムによる胃がん検診を行っているのは日本だけともいわれる。
 毎年1回、30年以上にわたってX線検査を続けていたら、どれだけの放射線被曝量が体のなかに累積していたか?
 5月30日の参議院財政金融委員会において問題を提起した風間直樹議員は次のようなデータを示した。

 「大きなフィルムで撮影する直接撮影では1回15ミリから25ミリシーベルト、検診車による小さなフィルムでの間接撮影方法では、1回20ミリから30ミリシーベルトも被曝する。胸部レントゲン撮影の被曝線量は1回あたり0.1ミリシーベルトだから、いかに胃のX線検査の被曝量が多いかがわかる」
 (註=肺のX線CTでは被曝量が30ミリシーベルト、胃では20ミリシーベルト)

 このデータについては多少、疑問がある。胃部X線検査はさまざまな角度から最低8カット撮影するほか、撮影の合間もX線を当てたまま胃の状態を見る「透視」が必要だ。その分、被曝量は多くなる。だから、透視の時間を考慮しなければ実際の被曝量は推定できない。

 名古屋大学の調査では、間接撮影で2.9ミリシーベルト、直接撮影で4.0〜13.4ミリシーベルトという数値が出ている。風間議員が指摘した数字に比べて低いが、それでも十分、健康被害が懸念されるレベルだ。
 福島原発事故の直後にさかんに使われた一般人の年間許容量「原則1ミリシーベルト以下」という基準値を思い出せばわかるだろう。

 集団検診を受けるだけで、たやすく年間1ミリシーベルトという許容基準を上回ってしまう。なんらかの病気でCT検査を受けると、さらに10〜20ミリシーベルトも被曝線量がプラスされる。

 70歳となった筆者の場合、直接撮影による胃部のバリウム検査を35年にわたって続けたと仮定すれば、最低でも4×35で140ミリシーベルトを体が受ける計算だ。累積で100ミリシーベルトをこえたら、健康被害が出る可能性が指摘されている。

 そもそも日本は世界一、医療による被曝が多い。オックスフォード大学研究グループによると、75歳以上の日本人の年間がん発症者の3.2%にあたる7,587人はX線撮影の被曝が原因だという。
 外国に比べX線CT装置の台数が多いこともあるだろうが、それに加えて、日本がいまだにバリウム検査を重視していることを見逃すわけにはいかない。

 国立がんセンターの「有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン」を読めば明白だ。2014年に改訂されているのだが、胃X線検査については従来通り「住民健診型」「人間ドック型」のいずれについても「推奨する」とされている。

 胃カメラ検査に関しては、2005年版で「住民健診」を「推奨しない」とされていたが、14年版でようやく「推奨する」に引き上げられた。

 一方、ピロリ菌の有無などを調べる胃がんリスク検診は「推奨」されていない。「死亡率減少効果を判断する証拠が不十分」というのがその理由だ。
 血液検査でピロリ菌の有無と胃粘膜の萎縮度を調べ、胃がんリスクの程度によってグループ分けし、最もリスクの低いグループは定期胃がん検診を不要とするのが胃がんリスク検診である。

 胃がん患者の99%がピロリ菌感染者だということは医学的に証明されている。ピロリ菌に感染していないと判定されたグループは、無駄な検査を回避し、その他のグループだけが、胃カメラ、つまり内視鏡検査を受ける。そのほうがはるかに合理的ではないか。この検査を排除しようとするのは不可解である。

 WHOの専門家会議は、胃がん診療で最も大切なのはピロリ菌対策だと結論づけているのに、なぜかバリウム集団検診がいまだに偏重されているのが日本の現実だ。

 厚労省によると胃がん検診のうち77%がバリウムによるX線検査で、内視鏡検査は22%にすぎない。その理由について厚労省の佐原康之審議官は次のように述べた。

 「有識者による議論をいただきながら国の指針を定めて科学的根拠に基づくがん検診を推進している。内視鏡に切り替えにくい理由としては、被験者の負担感が高く、巡回のバスによる職場での検診ができないので利便性が低下することがある」

 ほんとうにそのような理由なのだろうか。

 がん検診事業を進める国内最大の民間組織は「日本対がん協会」である。東京を除く46道府県に提携団体(支部)があり「日本対がん協会グループ」を形成している。

 1960年に同グループの宮城県対がん協会が東北地方に胃X線の健診車を巡らせ住民検診を始めたのが日本で最初の集団検診だ。現在では、子宮、肺、乳房、大腸の集団検診も行われている。

 グループ全体で約1,000台の検診車を持ち、申し込みを受けて地域や職域を巡回する集団検診には、市区町村から補助金が出る。国から自治体に配られる地方交付税のうち約180億円がその原資だ。

 日本対がん協会は1958年に朝日新聞の80周年記念事業として設立されたため、現在でも事務局は朝日新聞からの出向者が中心だが、役員の顔ぶれをみると、国立がん研究センターの強い影響下にあることがわかる。

 国立がん研究センターはもともと厚生労働省直営の機関で、2010年4月1日に独立行政法人へ移行し、国立がんセンターから国立がん研究センターに改称された。
国立がん研究センターと密接に結びついた日本対がん協会を「検診ムラ」の総本山と呼ぶのはジャーナリストの岩澤倫彦氏だ。

 胃がんリスク検診が導入されると…国が定める5つのがん検診のなかで最も大きな収益をあげるバリウム検査を失う…ここ最近で買い替えが進んでいる1台5,000万〜9,000万円という高額なデジタル式X線検診車が無用の長物と化して、大量の診療放射線技師が職を失うことになる。

 つまり、バリウム検査は、全国に存在する検診組織、天下り役人、バリウム製剤、X線フィルム、X線装置メーカー、診療放射線技師、さらには科学的根拠というお墨付きを与える研究者まで、実に幅広い利害関係者を抱えているのである。

 「バリウム検査」が「リスク検診」にとって代わられるのを避けるため、日本対がん協会と天下りを通じて密接な関係にある国立がん研究センターは「胃がん検診ガイドライン」で、リスク検診を「推奨」から外し、排除しようとしたのではないのだろうか。

 参院での質疑で、厚労省の佐原審議官は「有識者による議論をいただきながらがん検診を推進している」と答弁したが、国立がん研究センターの意見が通りやすいメンバー構成になっている有識者会議で、どこまで公正な判断が期待できるのか、はなはだ疑問だ。

 バリウムによる胃の集団X線検査は、“要精検率”が他のがん検診に比べて圧倒的に高いという。要精検の判定を下された受診者に別料金で胃カメラ検査を行って二重取りをすれば、検診による収益はさらに増える。

 以上のような諸事情により、バリウム検査を手放せないのだとすれば、バカを見るのは受診者だ。国会でもっと議論を深めてもらいたい。

*********************************************************************

 引用以上

 厚労省(厚生省)の不可解な発癌加担リスクの高いX線被曝検診は、戦後、長期間にわたって法的強制によって行われてきた。
 学校保健安全法
 http://wwwinfo.aichi.med.or.jp/ippanishi/gakkouhoken/gakko_hoken/documents/10_dai6.pdf

 労働安全衛生法66条
 http://www.rodoeisei.or.jp/09_kyokai/2015/nenpo2015_2.pdf

 個人が、被曝リスクを認識して「健康調査」と称する発癌エックス線検診を拒否しようとしても、罰則付きの法的な強制検診であるため、拒否は会社側からコンプライアンスの圧力がかかるようになっている。

 たまたま、珍しく医療被曝のリスクを告発するサイトを発見した。
 http://muroutahito.blog33.fc2.com/blog-entry-453.html

 集団検診被曝問題の背後には、ほとんどの人が知らない、恐ろしい勢力の暗躍がある。
 それは、旧日本軍731部隊である。

 森村誠一が1981年に発表した「悪魔の飽食」が出版され、ベストセラーになるまで、731部隊のことは徹底的に隠蔽されてきたので、その恐ろしい内容は当時の人々を驚かせた。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E9%AD%94%E3%81%AE%E9%A3%BD%E9%A3%9F

 https://ja.wikipedia.org/wiki/731%E9%83%A8%E9%9A%8A

 https://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2018-01-13/2018011303_01_0.html

 731部隊は、日本軍司令部の命令により、中国東北省(ハルピン)で、石井四郎を司令官として組織され、当時の優秀な若手医学生が徴兵されると、ほとんど、ここに赴任を命令されたといわれる。
 中国の子供たちを街頭で捕獲し、「マルタ」と称する人体実験に利用し、大半の子供たちは強制的にペストなどの致死的病原を感染させられて殺害されたといわれる。

  https://www.lit.osaka-cu.ac.jp/user/tsuchiya/class/vuniv99/exp-lec4.html

 このPDFは相当に詳しいので、ぜひ一読を!
 http://avic.doc-net.or.jp/syuppann/120909panel-syu.pdf

 ハルピンという土地は、扶余・高句麗国の中心地でもあり、近世では、金・清などを作った愛新覚羅氏の根拠地でもあった。
 明仁天皇の「桓武天皇生母発言」でも分かるように、秦氏(弓月氏)の末裔である天皇家は、2000年前に、まさしくこの地の主人公=女真族(後の呼称)であったことが明らかであり、いわば満州は日本国家の先祖地ともいえるし、同じ先祖を持つ同族に対して、日本軍はナチスも目を背けるほどの残酷な迫害を行ったのである。

 その731部隊は、凄まじく悪質な戦争犯罪の主役であったにもかかわらず、敗戦後、誰一人処罰を受けることもなく、戦犯にも認定されず、全員が無事に日本に帰還している。
 なぜ戦犯認定されなかったかというと、石井四郎や内藤良一が、731部隊で得た膨大な実験データを、戦犯不起訴と引き換えに米軍に提出することで、取引に成功したからといわれている。
 http://netizen.html.xdomain.jp/Monthly.html

 そして、無事に内地に帰還した731部隊員が何をやったのか?
 https://matome.naver.jp/odai/2150268676836515401

 大半の隊員が、医師免許を持っていて、帰還後、大学の研究者になったり、厚生省の医官になったり、あるいは、新しい医療産業を創立したりした。
 例えば、ロボトミー実験手術で悪名高い、東大医学部教授、台弘の名前も、帰還者名簿に掲載されている。
 731部隊員を疑われていた山下俊一の恩師、重松逸蔵の名前は記載されていないが、関係者だったと疑われている。

https://web.archive.org/web/20150807215132/http://hirukawamura.web.fc2.com/731/731.htm

 戦後、数十年の間は、厚生省医官や六大学医学部教授は、731部隊出身者でなければなれないともいわれるほど、医学界での確固たる地位を占めていた。
 内藤良一らは、731部隊での研究成果を生かして、戦後、血液関係の企業を興し、ミドリ十字社を創立し、血液製剤・ワクチン製造業を始めた。代替血液として開発されたフルオゾールも731部隊の研究成果といわれるが、有毒性のため医療からは消えた。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%89%E3%83%AA%E5%8D%81%E5%AD%97

 内藤らが戦後、最初に行った事業は、日本ブラッドバンクという血液事業であった。
 私の記憶では、1960年代まで、名古屋市の太閤通3丁目の交差点から黄金通りに入った右側に、血液銀行の建物があって、ここに年中、浮浪者が集まって血を売りに来ていて、周辺の雰囲気は頗る悪いものだった。
 売血に来るのは顔色の悪い麻薬常用者などばかりで、人が倒れているのは普通のことだった。ほぼ全員が、肝炎を患っていたのではないだろうか?

 これが日本に肝炎ウイルスを蔓延させたと社会的糾弾を受けて、日赤に事業を譲渡してから、今度は、血液製剤事業であるミドリ十字社を設立したのだが、これも、帝京大、安倍英らによるHIV感染拡大などで、信じられないほどの杜撰さ、人権軽視が暴露されて、今は三菱ウェルファームに譲渡されている。

 問題は、日本ブラッドバンクが社会的に否定されてから、たくさんの社員を食べさせるために、あるいは金づるを維持するために、同じ731出身の厚生省医官と結託して、「エックス線検診協会」を作りだし、児童結核集団エックス線検診を法的に強制することで、新たな検診巨大利権を作り上げたことだ。
 先に書いた、中村区の血液銀行が消えた跡地には、結核集団検診協会ができて、エック線撮影バスが停まっていた。

 これが、冒頭に紹介した労働安全衛生法の集団胃がんエックス線検診という巨大利権に発展し、バリウム検診によって癌を発見するよりも、もの凄い被曝量によって癌を発生させるイニシエーションと認定されている、日本以外の国で、すべて否定されているエックス線強制検診が、厚生省による法的強制の上にあぐらをかいて行われるようになり、未だに強固な組織で続いている。

 バリウム胃がん検診では、一回につき、冒頭に書かれている20ミリどころではなく、動態観察では50ミリシーベルト近い被曝量が常識といわれている。
 ICRPは、「累積線量」が100ミリシーベルトを超えると、発癌リスクがあると明記していて、仮に毎年20ミリを検診で浴びていれば、5年でリスク線量を突破するのである。普通は、二回も受診すれば、100ミリシーベルトを軽く超える可能性がある。
https://www.anktokyocancer.or.jp/endoscope/barium/

 https://biz-journal.jp/2016/08/post_16493.html

 また、厚生省によって児童エックス線検診が始まったのは、1950年頃で、この当時のX線技術は、まだ未熟だったので、被曝量がもの凄かった。
 https://jata.or.jp/rit/rj/373-18.pdf

 50年代では、詳しいデータが消されているが、一回あたりの結核胸部エックス線検診の被曝量は、直接法でさえ少なくとも30ミリシーベルトはあったといわれ、間接法が実施されてからは、さらに線量が増している。
 現在のように、数百マイクロシーベルトまで落とされたのは1990年代以降である。
 我々の時代、当時の小学生は、全員、上半身裸にされて、バスに積まれた恐ろしいエックス線照射機で一回30ミリシーベルト、取り直しも普通だったので、下手をすると100ミリシーベルト近い被曝を強要されたのである。
 小中学校9年間で累積する被曝量は、胸部で軽く100ミリを超えていただろう。

 この結果、何が起きたのか?

 実は、ICRPは、外部ガンマ線の線量リスクを過大に見積もり、内部被曝を極端に過小に見積もるという、原子力産業のための改竄を行っていたので、エックス線被曝については、原発放射能被曝よりも影響が小さい可能性があるのだが、それでも、乳癌のように、表皮に近い部分での発癌イニシエータとしては、ガンマ線の影響は公開されているリスク係数どおりに危険なものである可能性が強い。
 (エックス線はガンマ線よりエネルギーレベルが弱いので、体表に近い細胞組織に対する影響は吸収されやすいという意味で、逆にガンマ線よりもはるかに大きい。)

 乳癌が放射線被曝によって発生しやすい理由は、ベルゴニー・トリボンドーの法則における「細胞分裂の多い、未分化な細胞ほど被曝感受性が高い」というもので、表皮に近い位置に、細胞分裂の盛んな乳腺細胞が存在するためである。
 乳癌は、エックス線被曝によって、非常にイニシエーションを受けやすい癌である。
 https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/130726_3-09.pdf
 (上のリンクでは、150ミリシーベルトで統計的に有意な被曝誘発乳癌が明らかにされた)
 
 乳癌の潜伏期間は10〜30年といわれているので、仮に1960年に8歳で胸部エックス線を浴びていると、20年後の1980年で28歳、30年後の1990年で38歳野の発癌年齢に達する。

 このグラフにおける乳癌の増加は、もちろん1960年代の大気圏核実験による放射能汚染も大きいが、それ以上に、60年代の児童胸部強制検診によるイニシエーションを考えなければならないのである。
 もちろん、これは肺癌にも当てはまることになる。しかし、肺癌は、体内奥深い位置なので、乳癌に比べて、エックス線からの影響はやや弱く、潜伏期間が20〜40年と長い。

 731部隊残党と厚生省による、強制集団検診(胸部レントゲン検診)は、全国で数十名程度の結核患者を発見したかもしれないが、数百名の乳癌患者を生み出した疑いがある。肺癌についても大きなリスクが生じたはずだ。
 (以下のリンクに1975年の結核発見率は、0.016%と書かれている=全小中学校児童数1600万人程度)
 https://jata.or.jp/rit/rj/masuya0202.html

 なぜ、世界が驚くような強制被曝を伴う検診を子供たちに強要し、大人たちにもバリウム胃がん検査で強要しているのかというと、冒頭の記事に書かれている通り、731部隊帰還者たちが作り上げた巨大な検診利権が存在するからである。
 しかも、この利権は、厚生省医官などにより、法的にがっちりと固められていて、これを崩壊させるためには、バリウム胃がん検診の不合理性と、実際に被曝発癌被害を受けた人々による訴訟が必要である。

 ただし、被曝障害というのは、因果関係を証明するのが非常に困難であり、統計理論を使って疫学的に証明することしかできない。だが、時間が経てば経つほど、他の原因が紛れ込んできて、ますます証明が難しくなる。
 これをいいことに、原発事故などは、発生した癌や白血病の責任を詭弁を弄して回避する事故当事者が後を絶たない。
 その典型例が、福島の子供たちに発生している甲状腺癌で、世界平均の300倍を超える発症があっても、東電や政府に雇われた自称専門家がしゃしゃり出てきて、「原発事故と甲状腺癌は無関係」と平然と公表しているのである。

 これは10年前に書いた私のブログ。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-212.html

 そして、福島の甲状腺癌検診評価部会
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-765.html
*********************************************************************
 引用以上

 中国や韓国などから、戦前の日本政府、軍部などの悪行に対する告発、糾弾が未だに続いていて、自民党や保守関係者は、「被害妄想にすぎない」と否定するようになったのは、被害関係者の多くが死亡してしまう時間の流れがあったからだ。

 しかし、731部隊本部があった、新宿区戸山の厚労省・国立感染研究所の所在地で、1989年、大量の白骨遺体が発見されたことについて、厚労省側は、徹底した隠蔽工作に走っているが、この遺体の大半は、強制連行された朝鮮人が、731部隊に生体実験によって殺害されたものといわれている。
 もし、この経緯が明らかになれば、韓国の反日主張も勢いを増すにちがいないし、日本側の否定工作も無意味で犯罪的なものとして糾弾されることになるだろう。
 https://www.asahi.com/articles/ASM7F7DLPM7FUTIL01P.html

 日本政府が、どれほど韓国の反日姿勢を嘲笑しようと、この事件の真相が明らかになれば、国際世論が韓国側に傾くことになる。
 すべてのキーポイントは、731部隊の悪行にあるのだ。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1753.html

26. 2022年4月07日 13:30:16 : UZ1ShPGIms : RXBHS2VjSFJuMUk=[5] 報告

『731部隊全史――石井機関と軍学官産共同体』 著・常石敬一
書評・テレビ評2022年4月2日
https://www.chosyu-journal.jp/review/23156

https://www.amazon.co.jp/731%E9%83%A8%E9%9A%8A%E5%85%A8%E5%8F%B2-%E5%B8%B8%E7%9F%B3-%E6%95%AC%E4%B8%80/dp/4874987834/ref=sr_1_1?adgrpid=115432642546&hvadid=492581348383&hvdev=c&hvqmt=b&hvtargid=kwd-335178018861&hydadcr=16034_11399741&jp-ad-ap=0&keywords=%E5%B8%B8%E7%9F%B3%E6%95%AC%E4%B8%80&qid=1649305794&sr=8-1


 ウクライナ危機をめぐって、ロシアが「米国がウクライナでの生物兵器開発計画に関与している」と批判すれば、アメリカは「ロシアこそ生物兵器を使おうとしている」と応酬している。これをめぐっては3月8日、米上院公聴会でヌーランド国務次官(政治担当)が「米国はウクライナ政府と協力して生物学研究施設の材料がロシアの手に渡るのを防いでいる」と発言している。

 生物兵器は、日本にとって縁遠い話ではない。日本軍は戦時中に旧満州(中国東北部)に石井機関(731部隊)を置き、PXというペスト菌兵器の人体実験を中国人捕虜を使っておこない、実戦にも使用していたこと、敗戦後は米軍が石井機関のメンバーを戦犯から外すことと引き替えに、その研究成果をすべて奪いとり、歴史から抹殺した――という歴史があるからだ。

 著者は神奈川大学名誉教授(科学史)で、40年以上にわたって731部隊について研究してきた。今回、改めて本書をまとめるきっかけになったのは、2015年に防衛省が大学などの研究機関を補助する制度(安全保障技術研究推進制度)を始めたことだ。軍学共同が進み、再びかつてと同じ過ちをくり返さないため、学術界に警鐘を鳴らそうと本書の執筆に至ったという。軍の公文書などの資料や関係者のインタビューをもとに、731部隊の全体像を明らかにしている。

 731部隊の本部は、1931年から1945年まで旧満州のハルビンに置かれた。部隊の創設者で部隊長を務めた石井四郎は、京都帝大医学部卒業の軍医中将だった。

 1931年の満州事変勃発とほぼ同時に、陸軍は東京の軍医学校に防疫研究室を設けた。責任者となった石井はハルビンに731部隊(約3000人)を、また姉妹部隊である防疫給水部を北京、南京、広州、そしてシンガポールに置いた。総勢1万人をこえるこの組織が石井機関と呼ばれた。

 石井機関の任務は細菌兵器の開発と戦場での使用(散布)だ。細菌の感染力は長期保存すると低下する。感染力の回復と増強のために、モルモットに接種する方法が海外でもやられていた。石井機関でやっていたのは、病原菌をモルモットでなく人間の身体に通すことで、兵器としてのより強力な病原菌を得るという作業だ。そのために1000人とも2000人ともいわれる中国人捕虜の人体実験をおこなった。

 初めて使用したのが1940年から41年にかけて、中国の三つの町での実戦で、600人の犠牲を出したと731部隊の記録にある。1942年の作戦では、ペスト菌は主としてPX(ペストノミ)の形で航空機から投下するなどし、コレラなど消化器系の病原体は水源や井戸、貯水池に大規模に散布した。

 この1942年の淅作戦では、第一線にいる現地の司令官や参謀は「(細菌兵器を使えば)日支関係に100年の傷痕を残す。そのうえ利益はなく、我が方の防疫の手続きだけ厄介である。山中や田舎の百姓を犠牲にしてなんの利益があるのか」と「陣中記録」に記すほど強く反対していた。だが作戦は、東京の参謀本部中枢の命令で強行された。

 ところが、石井機関が細菌攻撃した地域を日本軍の部隊がそうと知らずに占領したとき、短時間で一万人以上が罹患し、1700人以上がコレラで死に、赤痢やペストで死んだ兵士も多く出た。参謀本部は日本兵には細菌兵器を使っていることを知られないようにしていたこと、「コレラや赤痢の流行は敵の謀略によるもの」といって情報操作していたことが、後に明らかになっている。全国各地から徴兵された多くの兵士たちは、天皇はじめ権力中枢にとってはたんなるコマでしかなかったことを暴露している。

 そして1945年8月9日、日本の敗戦直前にソ連が旧満州に攻め込んできたため、日本陸軍は731部隊だけを特別扱いして即時日本への全面撤退を決めた。証拠隠滅のため、4日間かけて建物を爆破し、人体実験の被験者として捕えていた数百人を殺害した。国際条約であるジュネーブ議定書で細菌兵器の研究開発や使用が禁止されており、日本軍の犯罪を隠すためだった。

 だがこの瞬間、満州には日本軍兵士70万人と民間人150万人がいた。民間人で日本への帰還が果たせず現地で死亡した人が25万人ともいわれ、一家離散して「残留孤児」となり中国に残された人も多数出た。国民の命はまったく顧みられなかった。

 だが、731部隊をめぐる問題は戦後も続く。1947年1月、ソ連が731部隊による細菌戦と人体実験を告発した。するとアメリカは731部隊の科学情報がソ連に渡るのを阻止するため国際裁判を認めず、みずからが独占して隠蔽をはかったのだ。

 著者は本書のなかで、米占領軍が731部隊の元部隊員に対し、戦犯を外すというアメを与えて、細菌戦や人体実験の極秘情報を米軍に提供せよと迫った事実を示している。それに応えて元部隊員らは、1939年から43年の期間に人体実験により作成された8000枚の顕微鏡用スライドなどの研究成果を米軍に提供した。G2のウィロビーは、このとき25万円(今の912万円に相当)の「現金、食べ物、土産物、宿泊代」などを与えたとのべている。

 こうして極秘情報は米軍が独占し、石井機関を裁く法廷は開かれず、事実は世間から抹殺された。機関に関わっていた大学教授らはその犯罪が明らかにならないまま、戦後もそのまま生き延び、学界の権威であり続けた。具体的には本書を見てほしい。

 731部隊の活動の核は医学研究だ。そして防疫研究室がスタートした1932年、天皇制政府は大規模な科学研究支援制度を開始した。日本学術振興会の発足がそれで、専門の垣根をこえた先端技術研究に潤沢な予算を与える仕組みをつくったわけだ。そして石井の防疫研究所が窓口になり、日本医学界の人材を吸収したり、潤沢な研究費を供給したりするネットワークができていったという。目的は軍事研究の活発化であり、そのために大学の医学部長クラスを防疫研究所の嘱託に据えたり、その弟子を731部隊に派遣したりした。

 つまり、医学界のなかの一定の人々は、軍部の命令にものがいえなくなってそうしたのではなく、カネと地位がほしいために、研究者の名に値する学問の自由をみずから投げ捨てて権力者の要求に迎合していったのだ。著者はそれを「ウインウインの軍学官産共同体」と表現している。だが、その結果国民はどうなったのか。同じ過ちをくり返すなという著者の訴えは、そうした意味を含んでいると思う。

 (高文研発行、四六判・415n、定価3500円+税)

https://www.chosyu-journal.jp/review/23156

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