★阿修羅♪ > 近代史3 > 678.html
 ★阿修羅♪
▲コメTop ▼コメBtm 次へ 前へ
日本人を憎む被差別同和部落出身者 3 _ ユニクロ柳井正
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/678.html
投稿者 中川隆 日時 2019 年 10 月 18 日 18:04:19: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 日本人を憎む被差別同和部落出身者 2 _ 竹中平蔵 投稿者 中川隆 日時 2018 年 12 月 26 日 05:47:46)


日本人を憎む被差別同和部落出身者 3 _ ユニクロ柳井正


2019年10月18日
ユニクロ柳井正の日本人への憎悪はどこから来るのか?

「日本は最悪」「韓国人が反日なのは分かる」と日本人への憎悪を語る柳井正


画像引用:ユニクロ柳井氏の「国が滅びる」論は正論か暴論か? – アゴラhttp://agora-web.jp/archives/2042055.html

柳井正の日本人への憎悪

ユニクロの柳井正はまた日本人を侮蔑する発言をして話題になっています。

今回は日経ビジネスのインタビューで「日本人は異常で全部ヒステリー」などとこき下ろした。

さらに「ああいう国民性だから、韓国の人が反日なのは分かる」「日本人が劣化した証拠」「日本は最悪」と畳みかけた。


日本全否定とも言える内容で、柳井正は今までも日本侮蔑を繰り返してきたが、さらに過激になっている。

「泳げない人間は沈める」「年収100万円以下が当然」など数々の名言を残してきた。

柳井正の言葉の端々から感じられるのは日本への強い憎悪だが、その理由は柳井一族の出自にあった。

(『ユニクロ柳井正 語られない一族の出自と解放運動』http://www.thutmosev.com/archives/48935161.html


ユニクロの起源は柳井正の叔父である柳井政雄の「小郡商事」が始まりで、政雄は要するにやくざでした。

柳井政雄の叔父(つまり柳井正の父の叔父でもある)柳井傳一は、部落解放運動の先駆けである全国水平社の創設メンバーでした。

なぜ柳井傳一が最初期の解放運動メンバーだったかは、柳井一族が住んでいた山口県の村と関係がある。


「部落」というものを東日本の日本人はほとんど知らない筈で、首都圏周辺に少しある他は東日本にはあまりない。

ない理由は「渡来人」が西から上陸したからで、当時日本の中心だった九州から奈良周辺に多く居住した。

部落の起源は渡来人集落とされていて、新たな渡来者が来るたびに部落に加わり、今も大阪などでは拡大が続いている。


渡来人と部落民の関係

柳井傳一の出身地は山口県陶(すえ)で柳井政雄の出身地は同県小郡町、現在はどちらも山口市小郡郵便局の管区内にある。

全國部落調査(1935年)によると山口県陶には200戸、1000人以上の部落民が確認されていた。

また調査時に山口県には「柳井」という地名の部落が多数確認されていました。(山口県 - 同和地区Wiki)


部落は江戸時代に身分制度の底辺とされ、出身地で身分が固定されていて暮らしは過酷だったと思われる。

明治、大正、昭和期になっても格差は存在し、部落出身者とは結婚させなかったり就職できないなどの問題があった。

これには実際に部落出身者は低学歴で低収入だったり、部落出身者の犯罪率が他の10倍以上高いなどの事実もあった。


このように他の地域と隔離された理由は、渡来人と他の日本人の間に対立があったため、渡来人は渡来人だけの集落を作らせたと想像できる。

渡来集落は弥生時代から始まったが、江戸時代になっても新たな渡来が続き、現在でも大阪の鶴橋などは流入が続いている。

ヤマト王権や徳川幕府や明治政府は、新たな渡来人を渡来人集落に居住させて他と区別した。


上は弥生時代の渡来人集落、下は部落所在地で完全に一致する。

部落とは渡来人集落が元になっていると推測できる


画像
https://livedoor.blogimg.jp/aps5232/imgs/c/c/cc729254.jpg


柳井一族の日本人への怨念

渡来人集落が存在する場所と部落が存在した地域は完全一致していて、2つは事実上同じであるのが分かる。

さて江戸時代まで部落で産まれた者は永遠に部落民だったのが、明治維新によってどこにでも自由に引っ越したり起業できるようになった。

柳井傳一がいち早く解放運動に参加した理由はここにあり、彼は水平社の初期メンバーとして一目置かれる存在になった。


柳井傳一の甥の柳井政雄は職を転々とした後やくざになり、足を洗って傳一から資金を出してもらい簡易宿舎を始めた。

これが1932年の事で、当時の500円(現在の100万円相当)で始めた事業は木賃宿、材木商、運送業と拡大した。

柳井政雄は1946年に日本社会党公認で山口市議、次いで山口県議会議員に当選し、佐藤栄作から請われて自民党に活動を移した。


柳井政雄の弟が柳井正の父、柳井等(ひとし)で最初兄の会社の呉服部門だったのを1949年に独立して「メンズショップ小郡商事」を開業した。

柳井等も兄と同じでやくざ関係の交友が多く、小郡商事もその手の会社として始まりました。

柳井正は早稲田を卒業したが就職に失敗しぶらぶらしているのを見かねて、父が小郡商事に入社させた。


柳井正は「努力しろ」「苦労しろ」が口癖なのだが、学生時代はパチンコとマージャンにハマり、就職に失敗し親の会社にコネ入社して社長になった。


親から受け継いだのは会社だけではなく、日本人への憎悪と復讐心でもあるようです。


(この記事は公表されている客観的事実のみによって構成されており、個人を中傷するものではない)
http://www.thutmosev.com/archives/81267487.html


▲△▽▼

2019年10月17日
ファーストリテイリング会長の柳井正の思考停止
From 小浜逸郎@評論家/国士舘大学客員教授


10月9日、ファーストリテイリング会長の柳井正氏が日経ビジネスのインタビューに答えています。
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00357/?fbclid=IwAR0q2FElDohYtgGKOwaZE4OykqTNXOKN70joIMZ7zM0ypMj-U4AftKtixUk


このインタビューで、柳井氏は、日本はこのままでは滅びるから、大改革が必要だというのです。

ではその大改革とは何かといえば、次のようなトンデモ政策です。

《まずは国の歳出を半分にして、公務員などの人員数も半分にする。それを2年間で実行するぐらいの荒療治をしないと。今の延長線上では、この国は滅びます。

参議院も衆議院も機能していないので、一院制にした方がいい。もっと言えば、国会議員もあんなに必要ないでしょう。町会議員とか村会議員もそう。選挙制度から何から全部改革しないと、とんでもない国になります。》

これは、維新が掲げている政策と酷似していますね。
アメリカで盛んな(盛んだった)「小さな政府」論への盲従です。

柳井氏は、日本の公務員が人口比で世界一少ないということも知らないらしい。
これ以上公務員を減らしたら、公共サービスの劣化はますます進むでしょう。
災害時などの繁忙期に、公務員がいかに心身をすり減らして死にたくなるまで働いているか、氏は想像したことがあるのか。

公務員は少なくとも、いまの2割は増やさなくてはならないのです。

また、歳出を半分にして、デフレ脱却、社会福祉の充実、インフラ整備、教育、医療、防災、国防その他、いま日本にとってぜひ必要とされる案件をどうやって解決しようというのか。

何よりも、こういう「大改革」をすれば、どうして「滅びゆく日本」を少しでも食い止めることができるのか、その理路がまったく立っていません。

いまの日本の衰退のおおきな原因が、柳井氏のアイデアとは真逆の、緊縮財政路線にあるということも、彼はまるで分っていないようです。

要するに、ふだんから、「小さな政府」を実現して、自分たちのビジネス領域を拡大しようとしか考えていないので、何の根拠もない思い付きをフカしているだけなのです。

儲けることに専念して(それはそれで結構なことですが)経営に成功してきた者が、ちょいと偉くなって政治に口出しなど始めると、バカなことしか言えない、その無残な例がここに現れています。

日本の衰退を政治的に問題にするなら、もう少し政治について勉強してはどうでしょうか。

あなたのような人がいるから、日本は滅ぶのだと言いたい。

御用学者のたぐいにも無知をさらしている人はたくさんいますが、それはこのメルマガでも何度か取り上げてきましたので、今日は控えておきましょう。
いずれにしても、これら著名人の発言が、じつは私的利害や主観的信念や自己保身のためだけなのに、公共的な体裁のもとになされている例が氾濫しています。
こういう無責任な言論状況が積み重なることもまた、「滅びゆく日本」をいっそう前に進めるでしょう。

一国が滅んでゆく最大の原因は、その国の国民が、自国の滅亡過程を自覚しないことです。
https://38news.jp/economy/14775  

部落は元々縄文系先住民を隔離した所で、戦後在日に乗っ取られたんですけどね。  

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
1. 中川隆[-12872] koaQ7Jey 2020年4月28日 17:58:22 : YElpaElxQo : SlZsNTJqMVlNVFE=[2] 報告

2020年04月28日
ユニクロ柳井正 語られない一族の出自と解放運動

「泳げない人間は沈める」「労働者は年収100万円以下で当然」など非情な言葉を口にする


引用:http://i.huffpost.com/gen/1415832/images/o-UNIQLO-YANAI-facebook.jpg


日本有数の資産家になった柳井正のユニクロは、その始まりが元非合法組織の構成員で、解放運動とも深い関わりを持っています。

柳井正は事あるごとに労働者を侮辱したり、日本人を批判する発言をしているが、そのルーツは江戸時代の身分制度にありました。


柳井一族の出自

柳井正は父親からユニクロの前身「メンズショップ小郡商事」を受け継いだが、元は叔父の「小郡商事」が始まりだった。

柳井の叔父の柳井政雄は日本の部落解放運動の活動家で、解放運動から政治家に転じ、山口県議会議員を勤めました。

中央政界にも人脈があり、山口出身議員の後援会会長をつとめ、総理府同和対策協議会や同和対策審議会委員も勤めた。


実業家としても成功し、38歳で1946年「小郡商事」を創業、弟の柳井等(柳井の父)が洋服事業を担当していた。

1949年に「メンズショップ小郡商事」として独立店舗を開業して1972年に現在の社長の柳井正が入社しました。

柳井政雄の叔父(つまり柳井正の父の叔父でもある)柳井傳一は部落解放運動の先駆けである全国水平社の創設メンバーでした。


全国水平社は1922年に創設された部落解放組織で、江戸時代の身分制度の最底辺に位置した人たちの集まりとされています。

日本の慣習や制度を打ち破る事を信条とし、自然に反政府活動や日本人に批判的な人と協力するようになった。

水平社は水平(平等)より権力を握って日本の支配層を目指す運動に変化し、部落解放同盟に変化していきました。


つまりユニクロとは部落解放同盟の創設に参加した一族が創業した会社であり、柳井一族は筋金入りの部落運動活動家という一面を持っています。

社長の柳井正の数々の反日発言や、日本と日本人を敵視する思想、言動は柳井一族の出自から受け継いでいます。

言うまでもなく現代の柳井正も父や叔父から、解放運動人脈を受け継いでいると考えられる。

ユニクロ前史

1984年に「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」を開店しユニクロになり、直後に柳井正が社長に就任しました。

実質的に「ユニクロ」方式の店舗を始めたのは柳井正だという事が分かります。

創業者で叔父の柳井政雄は、父が部落出身者だったらしく牛馬商を営み、父の手伝いをした後、京都の板前の兄の元で働いた。


だが隣の犬を刃物で傷つける事件を起こして首になり、山口県の炭鉱で働くうちに裏組織の組員になった。

数々の事件を起こした後に23歳で足を洗い、解放同盟の叔父、柳井傳一から資金援助を受けて簡易宿舎を始めた。

これが1932年の事で、当時の500円(現在の100万円相当)を元手に木賃宿、材木商、運送業と事業を広げて行った。


この頃の柳井政雄は足を洗ったとは言っても元組織の一員であり、荒っぽい男達を雇って働かせていたのは想像に難くない。

柳井政雄は1946年に日本社会党公認で山口市議、次いで山口県議会議員に当選したが、むろんクリーンな政治とは無縁な活動をしていた。

非合法組織や部落運動に顔が利き、警察にも通じていて事業で得た金もあり、金権政治を地で行っていた。


選挙で後押ししたのは後に部落解放同盟となる水平社の叔父、柳井傳一だった。

因みに「餃子の王将」を創業した加藤朝雄とユニクロを創業した柳井政雄は共に部落出身で、解放運動を通じた友人だったと言われている。

柳井政雄は貧乏臭い社会党とは合わずに仲たがいし、総理の佐藤栄作から誘われて自民党系で解放運動を始めた。

このように現在「ファーストリテイリング」という名前の会社の始まりは、実は組織の親分と部落解放運動が始まりだった。

柳井正の信条「泳げない人間は沈める」

このような一族の遺伝子は柳井正にも脈々と受け継がれていて、日本人への憎悪と日本という国への憎しみは隠しようが無い。

ユニクロはブラック企業として有名だが、その現状はどういう物なのか、元従業員らの告発から知る事ができる。

柳井正は「泳げない人間は沈める」「企業には年収100万以下と1000万円以上の人間しか必要ない」など数々の名言を残して来ました。


柳井の父と先祖は最底辺労働者であり、そこから這い上がるために解放運動をしていたのだが、自分が支配層になると労働者を貶めた。

ファーストリテイリングは『ユニクロ帝国の光と影』という本を告訴したが裁判で敗れ、書いてある内容は事実だと裁判所が認定しました。

ユニクロを批判するマスコミや告発者には、高額賠償金をチラつかせ、批判させないようにしているとされている。


『ユニクロ帝国の光と影』によるとタイムカードを押して退社したように見せかけ、月300時間以上の労働をさせていた。

これに対し柳井正は「人より良い生活がしたいのなら、頑張らないと賃金は上がらない」などと述べ、質問しても話をはぐらかすのが特徴です。

「経営者になれない人間は賃金100万円以下になり、賃金を上げたいなら頑張らないといけない。」が口癖である。


ユニクロでは社員は朝7時に出勤し、夜10時過ぎに退社するのが常態化していて、しかも残業はしていない事にしていました。

ユニクロでは「フルボリューム開店」する事になっていて、開店した時点で棚に「隙間」があったらペナルティを受けたり叱責される。

前日に売れた分を朝10時まで完璧に並べなおさねばならず、朝7時に出社しなければならないという訳です。


勤務中は制服としてユニクロ製品の着用が義務付けられているのに、服は買い取りで店が補助をしたりはしない。

しかも毎日同じ服を着てはいけないので、ユニクロで働くとユニクロをどんどん買わされます。


努力しろが口癖の柳井正は入社した時点で重役であり「賃金を上げるための努力」なる物を自分はしていない。

http://www.thutmosev.com/archives/48935161.html

2. 地下爺[11737] km6Jupbq 2020年6月24日 18:35:57 : cnW20anmHI : WTFQNEljbnlHUk0=[1501] 報告


  ユニクロの実態については 否定しませんが 。。。


3. 地下爺[11738] km6Jupbq 2020年6月24日 18:36:40 : cnW20anmHI : WTFQNEljbnlHUk0=[1502] 報告

  はやく みんなが こうなって 欲しいものと 思う。。。



4. 地下爺[11739] km6Jupbq 2020年6月24日 18:48:58 : cnW20anmHI : WTFQNEljbnlHUk0=[1503] 報告

   古来より 日本は 外来種を 貴種として 暖かく向かいれてきました。


   昔  電機メーカの 営業部でSEをしていて 和歌山に行ったときの

  
   話ですが 現地のエンジニアの方が 名刺をくれました。 目が点になり


   固まりました。 なんと そこには 千葉の暴走族かと思うような当て字


   で 西洋風の名字が 書かれていました。


   固まったまんま いますと その方の上司が こう言われました。


   「 こちらは 難破した船の船員さん のご子孫なんですよ 」 と


   本来 部落差別は 2代将軍の秀忠 に 作られたものですが 日本人は


   ちゃんと していたてことだと 思います。

   ひどくなったのは 明治維新以降のことですよ !!


   長州田布施 部落の連中のせいです !!


   ほんと 意味がわからんわ 。。。


   
 

5. 2020年6月24日 21:02:39 : LFdj7v4TY2 : Wjd2WFhmd1NEbzI=[1343] 報告
被差別部落とは、なぜか「海なし県」が多い。

群馬、埼玉、山梨、長野、岐阜 奈良

海がある県では内陸部にある。なぜ海のない所に部落差別が発生するのだろう?
この問題を考える上で大きなポイントになると思うのだが。

▲上へ      ★阿修羅♪ > 近代史3掲示板 次へ  前へ

  拍手はせず、拍手一覧を見る

フォローアップ:


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)|(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(なしでも可能。あったほうが良い)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法

▲上へ      ★阿修羅♪ > 近代史3掲示板 次へ  前へ

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/ since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。
 
▲上へ       
★阿修羅♪  
近代史3掲示板  
次へ