★阿修羅♪ > 近代史3 > 695.html
 ★阿修羅♪
▲コメTop ▼コメBtm 次へ 前へ
東海アマ 「いったい、自分の人生とは何だったのか?」
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/695.html
投稿者 中川隆 日時 2019 年 10 月 24 日 21:13:49: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 東海アマ 名古屋の記憶 投稿者 中川隆 日時 2019 年 6 月 20 日 13:17:09)


東海アマ 「いったい、自分の人生とは何だったのか?」


東海アマブログ  還暦を過ぎて振り返れば…… 2019年10月24日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-914.html


 還暦を大きく過ぎて、さまざまな欲望からも解放され、自分の人生を振り返ってみる心の余裕もできてくる。つまり、人生に諦めがついたわけだ。

 「いったい、自分の人生とは何だったのか?」
 
 と、問い詰めてみてみるのだが、一向に答えが浮かばない。

 ただ、「心の赴くままに、誰の強制を受けることもない、自由な人生だった」
 という小さな満足感はある。
 大きな外力によって、自分の意思を無理やり曲げることも、たぶん少なかった。
 もちろん、自由に強盗や強姦を働いたわけではない。
 ただ、「王様は裸だ!」と大声で叫び続けたかった。

 私の人生を概括してみれば、たぶん、周囲の人に笑顔や安心感をもたらしたいといいう姿勢ではなかったかと思う。
 と、きれい事を言いたいところだが、本当のところは、穴があったら入りたいような恥ずかしい失敗ばかりで、過去を思い出せば、自分にうんざりするばかりで、あらゆる希望を失って、暗い気持ちになってしまう。
 事実を言えば、周囲の人に不安や怒りを与えただけの人生だったかもしれない。
 自分を美化したくても、失敗が多すぎて、絶望しか残ってないんだ。

 たぶん、これは、何も私に限ったことではなく、ほとんどの人が、自分の過去の失敗を消化できずに、無理やり正当化しながら、内実では、自分の間違いへの不安に怯え、弁解ばかりを考えながら毎日を過ごしているような気がする。
 つまり、この社会は、ウソの仮面を被った社会なんだ。

 何せ、失敗しない人なんか、一人もいないし、それを正しく総括して、未来に生かせる人もほとんどいない。
 そのくせ、ほとんどの人が他人の失敗を責めてばかりいるから、それが因果応報で自分を苦しめているわけだ。他人を責める理由は、自分を正当化したいからである。

 「他人を責めれば、自分が責められる。他人を苦しめれば、自分が苦しめられる」

 「人生は与えたものが、還ってくるプロセス」と、某は言った。これが「因果応報」の唯一の意味である。
 他人を不幸にすれば、自分の不幸を呼び寄せるのだが、もう少し正確に言えば、「他人を不幸にした」と気づいた瞬間に、自分が不幸になるのである。
 人々を皆殺しにしているときでも、「皆殺しが幸福をもたらす」と信じていれば、その愚かさに気づくまでカルマは生じない。

 私は、自分の愚かさを思い知らされる年齢になったので、過去のあらゆる悪行が、カルマとして自分に降りかかって、さんざん苦しめられているのである。
 苦しくて自殺したってダメだ。死後も、いつまでもカルマはついて回る。

 私が1995年以降、約25年にわたってネット上で、さまざまな発言を行った結果、ほとんど誰からも明確な支持を得られなかったのだが、口に出すことも汚らわしいほど、凄まじい誹謗を受け続けた。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-65.html

 それは、大半が自民党支持者の「ネトウヨ」からのものだった。なぜ分かったかというと、彼らのコメントのIPを調べると、共通して自民党本部の位置から発信されていたからだ。個人ではなく組織として誹謗嫌がらせを行っていたのだ。

 なぜ彼らが、無意味な誹謗中傷を好むのかと考えると、原発反対の私をやっつけるという意味だけでなく、私の価値観が気に入らないということに尽きると思う。
 彼らの価値観では、学歴も地位もない私の主張が社会に存在すること自体が許せなかったのだ。

 まず、社会的な場で発言するには、高学歴であり、社会的地位があり、権威があり、競争に勝ち抜いたことが必要であり、発言の中身は、ウソや捏造であっても関係ないし、ほとんど無意味であっても構わない。
 それらしい権威を装って、人々を欺して大きな力に従わせるようなウソを書いていれば満足するのだ。

 人を欺してウソをつく人間でも、権威さえあれば信奉するのが自民党ネトウヨである。
 彼らにとっての人間の価値は、真実など関係ない。権力と金なのである。競争に勝ち抜いた大きな力を、オコボレを狙って信奉するのである。
 幼い頃から競争社会の洗礼を受け続けていると、人間を競争させて序列をつけることが世界の、人生の唯一の価値であると思えてくるのだ。

 また、自民党支持者・ネトウヨを見ていると、弱者に優しさのない傲慢な利己主義者が多いのだが、全般に、少し知能が劣る者が多いように見える。
 調べてゆくと、IQ知能が劣ると、ネトウヨになりやすいということが分かった。
 https://biz-journal.jp/2015/09/post_11657.html?utm_source=rss20&utm_medium=rss

 これをみて、信じられないほど下劣で、知的センス絶無のネトウヨによる誹謗中傷の意味が分かってきた。極端な言い方をすれば、誹謗の好きな自民党ネトウヨは、競争主義が好きなこととともに、そもそも知能が劣っていたのである。

 以下は大垣の某市民病院検査科の医師、Iが、私を誹謗するために7年間も続けているツイッターアカウントである。全部で5つ確認しているが、いずれも吐き気を催すような下劣さだ。
 その人間性のレベルを見ていただきたい。この男は、東大卒を自慢しまくっているのだが、その人間性と表現のレベルは、明らかな知的障害者である。
 @tokaihomo
 @otokomizoguti

 「知能が劣る」ということの意味は、私が安倍晋三を例にとって何回か説明してきたが、妊娠三ヶ月の胎児が被曝させられると、良くても軽度の知的障害を引き起こすことが多い。
 安倍晋三は、三ヶ月齢胎児のときにビキニ水爆ブラボーによる放射能の世界的な洗礼を受けている。だから、明らかに軽度の知的障害が見られる。
 http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-2949.html

 https://matome.naver.jp/odai/2153387361683321401

 親兄弟は、全員が東大卒で、実兄は三菱のトップ社長なのだが、安倍だけが突然変異のように障害が出てしまった理由は、おそらくビキニ水爆被曝しか考えられない。

 福島第一原発事故がもたらした放射能汚染は、日本人胎児全体に、激しい被曝をもたらしていて、これから生まれてくる子供たちは、みんな軽度(重度も)知的障害を背負ってくると、私は何度も指摘している。
 また、遺伝子を壊されて、膠原病や多発性硬化症のような免疫疾患=難病を抱えて生まれてくる子供も大量に出現しているだろう。

 すると、彼らもまた、あるいはネトウヨの道を歩む可能性を私は心配しているのだ。
 また、今の、嫌がらせ誹謗中傷に邁進しているネトウヨたちの多くも、おそらく1962年の世界的な大気圏核実験放射能汚染による犠牲障害者かもしれないと考えている。
 ちょうど、今57歳前後のはずだ。
 
 冒頭に述べたように、私の人生も、自慢できるものは何一つなく、ろくでもない人生だったと自分で分かっているのだが、その私を下劣に誹謗してきた連中もまた、愚かで気の毒な人生だと思う。

 胎児被曝して、知能に障害を負っていたって、他人を誹謗した因果は、すべて自分に還ってくる。

 それは、私への誹謗が愚かだったと理解した瞬間に、カルマとなって襲いかかってくるのだ。死ぬまで誹謗を続けたいなら、自分の馬鹿さ加減に気づかないのが一番だ。

 実は、今日は、私の人生で、良かった山歩きや温泉などを紹介する観光ブログにするつもりだったのだが、書いてるうちに愚痴ブログに変わってしまった。

 よほど潜在意識が怒っているのだろう。読者におかれては、大変申し訳ない。
 明日は、特別なニュースがない限り、1990年に日本百名山を完登した私が記憶する「良い山」でも紹介したい。
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-914.html  

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
1. 2020年9月05日 19:04:55 : MiikQNbYFc : SExPd1N4T0pwU2M=[30] 報告

もう持てない重さに…… 私の行く先は?
2020年09月05日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1239.html

 今から約半世紀前、私は、一人で家を出て、東京に向かった。
 友人のツテを頼りに名古屋の某高校から三鷹の高校に転校した。最初は牛乳配達のバイトをしながらだった。

 私は政治的早熟児で、中学生の頃には、朝日新聞の本多勝一の記事に夢中になって、強い影響を受け、ベトナム戦争に対する強烈な怒りをモチベーションにして、政治活動に加わった。
 東京に出た理由は、新宿駅西口の反戦フォークゲリラ集会がたまらなく魅力的で、自分もその場の空気を吸ってみたかったのだ。
 https://www.youtube.com/watch?v=lld8pqk6Pdk&ab_channel=%E4%B8%AD%E6%97%A5%E6%98%A0%E7%94%BB%E7%A4%BE

 私が参加したのは、1970年頃だったから、もう激しく弾圧を受けて、事実上終わりを迎えていた頃だった。土曜日の夜は、西口広場は大量の機動隊員で埋め尽くされていて、ゲリラ的に歌おうとすれば、たちまち、機動隊が飛んできて羽交い締めにされた。
 あの頃は、毎日のように、都心のどこかでデモが行われていたが、私は「ベ平連」に憧れていたから、一人でデモに加わった。

 誰かが投じた火炎瓶の炎を見て、機動隊の催涙弾に逃げ惑いながら、みんなで手をつないで大通りを駆けた。
 あの頃の高揚感を思い出すと、香港における若者たちの気概が、手に取るように理解できる。参加者には、人生最大級の連帯感と高揚があったのだ。
 何十年経っても、あのときのデモの仲間と分かれば、何の気兼ねもなく兄弟のように話すことができた。

 私は、やがて、早朝、高田馬場駅に出向いて、人夫寄場で稼ぐことを覚えた。
 当時、まだ東京は1964年オリンピックの余波が残り、至る所でビル建設ラッシュがあり、仕事には事欠かなかった。

 朝5時前に立川を出て、6時台に寄場で仕事を探し、7時過ぎには現場にいた。
 建設現場で、特殊技能がなくとも「片付け」とか「手元」という助手の仕事を一日頑張れば4000円くらいもらえた。
 みんなが嫌がる苛酷労働の「根切り」とか「汚物仕事」などは、1日、5000〜7000円くらい、もらえたことがあった。

 当時、学生アルバイトの相場は、日2000円程度だったから、一日で大金を稼ぐことができた。しかし、仕事は苛酷で、終われば魂の抜け殻のように疲労困憊し、翌日も続けて仕事に出られることは少なかった。
 当時の建設現場の仕事は、セメントやアスファルト、足場板や丸太の運搬なんかだ。もちろん、まだフォークリフトも普及していない時代だったから、すべて手作業だった。

 とても危険な仕事が多かった。ネコという一輪車にコンクリートを積んで、幅が30センチの板の傾斜で打ち込み現場まで運ぶ。足場も、当時は、枠組み足場や単管足場も普及してなくて、間伐材の檜丸太を荒縄で縛ったものが普通だった。
 だから、足場から転落して大怪我した職人を何度も目撃した。

 人夫寄場から連れてこられる我々の仕事の大半が、不安定な足場の上にセメント袋やアスファルトを運び込むという、現場の古参職人が嫌がる仕事ばかりだった。
 今、ホームセンターで売られているセメント袋は20kGしかないが、当時のセメントは一袋50Kgだった。アスファルトも同じだ。
 一本20Kgくらいある丸太を1本ずつ運ぼうものなら、たちまち「怠けるな」と怒鳴られ、三本くらい肩に載せられた。

 今、あの当時のセメント袋を運べといわれても、たぶん、持ち上げることさえできないだろう。当時の建築現場は、すべて、もう遠い別の国の出来事のようになってしまった。
 今から、当時の世界に戻れといわれても、私は忌避するしかない。

 私は、一日5000円の人夫仕事(沖仲仕のようなものだ)をやったあとは、新宿の小便横町の鶴屋でホッピーを飲んで泥酔するのが常だった。
 そのまま西口にあった浄水場前の公園のベンチで寝てしまうことも多かった。
 翌日は、全身が痛くて、とてもじゃないが仕事には出られなかった。

 そんなとき、重い体を欺しながら奥多摩に向かった。持っていた五万図が赤鉛筆で真っ赤になるくらい、いろんなルートを歩き回った。
 仕事は三日に一度出れば、十分に食べていけた。アパートの家賃は1万円もしなかったし、食費は三食外食でも1000円くらいですんだ

 やがて、建築現場に、フォークリフトやコンベアが導入され、50Kgもあったセメント袋は、40Kg になり、さらに30Kgになり、今では20Kgになったが、それでさえ重くて取り扱うのは大変だ。
 私は、自宅の改造などでセメント袋を運ぶときは、ネコという一輪車を使わなければ無理になった。

 足場は、丸太や荒縄が消え、代わりに単管鉄パイプとクランプが登場した。さらにALCという枠組み工法のユニット足場が登場してきた。
 もう足場板が真っ二つに割れて職人が高所から転落する事故も聞かなくなった。

 最近では、足場組工法よりも、さらに簡便で安上がりな、バケットリフト車が多く使われるようになった。これは最大で40メートルもの高さの高所作業が可能らしい。
 足場工法の一割以下の費用で、同じ作業が可能になったらしい。

 人間の能力が、どんどん機械に取って変わられてゆくのは、建築現場に限ったことではないが、これが、さらにAI進化するということになると、最後には、人間はまったく不要ということになってしまう。

 だが、ベトナム戦争に怒った我々が街頭に繰り出して、憤りをぶつけるデモは、機械化されているわけではなく、AI化される予定もない。デモは機械化できない。人間の息吹なのだから。
 しかし、権力側は違う。
 
 今では、人類史上最悪の極悪集団、中国共産党の臓器抜き取り売買に激怒して街頭に繰り出しても、無数にある街頭監視カメラに撮影され、顔認識システムから個人を特定され、メールや個人情報を抜き取られて監視対象にされる。
 これが中国国内なら、DNAを採取され、理由もなく拘束されたあげく、外国に売り飛ばす臓器の提供囚人にされてしまうのがオチだ。

 今、中国共産党の考えていることは、香港のデモに参加した若者たちを拘束して、法輪功修練者のように臓器を抜き取って売り飛ばすことだけだろう。
 https://www.youtube.com/watch?list=PLxejGDsVviQgOwFurnG95V1mFfchQ2chr&v=womh3crgBck&ab_channel=NTDTVJP

 人生を顧みるに、あれほどきつかった仕事は、どんどん機械化されて楽になっていったが、そのことが、仕事から人を追放し、ごくわずかなオペレーターだけで、何でもこなせてしまう社会になった。
 社会に対する憤りをデモで示そうとしても、コンピュータと監視カメラによって、身元を特定され、表現者は、社会から排除されるようになった。

 ありとあらゆる仕事から、人間が追放されるようになった。今はまだ、少数のオペレーターを必要とする仕事でも、AI化が進めば、その彼らも追放される。
 人間社会なのに、あらゆる部門から、次々に人間が排除されてしまう。コストカットのためだ。

 中国を見ていると、それらの機械、それらのAIの上に君臨する中国共産党幹部だけが、利益を抜き取り私物化し、人々を監視し、ときには臓器を抜き取って殺してしまう社会が成立している。
 日本でも同じだ。合理化された仕事は、最終的に誰の利益になるのか?
 それは、社会のごく少数の(中国共産党のような)特権階級だ。

 でも、何もかも仕事を失った我々、底辺に生きる普通人の居場所はどこにあるのだろう?
 AI社会は、私には幻想にすぎないように見えるが、それでも、どんどん進めば、どんどん仕事を奪ってゆくのは間違いない。
 仕事を失った我々の行き先は?

 それは「臓器牧場」なのか?

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1239.html

2. 2020年10月10日 13:46:30 : msryfI7UiI : dGI1b3FNSXNHQnM=[16] 報告
直視できない心は、夢物語に逃避すること
2020年10月10日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1275.html

 
 私が、浄化槽や池に湧いた大量のユスリカの死骸を吸い込んだせいで、激しい喘息アレルギーを起こし、やがて間質性肺炎に移行したのは2014年頃のことだ。
 喘息は悪化する一方で、やがてブツブツバリバリと変な呼吸音になった。ある程度喘息が治ってからも、今度は激しく息切れを起こすようになった。

 山へ行っても、それまでの半分程度の呼吸能力に落ちてしまったため、登山時間が二倍になった。だが、そのときは「いずれ治るさ」とタカをくくっていた。
 しかし、いつまでも治らず、症状は悪化し続けた。そこで、ネットで症状を調べて、間質性肺炎、肺線維症であることがわかり、これが治癒の可能性がないばかりか、進行性で致死的な病気であることを知って心底驚き、恐怖した。

 原因としては、ユスリカの死骸の他に、肝臓が悪いため小柴胡湯を服用していたこと、それに、若い頃、建築現場で石綿の運搬を行ったことなどが思い浮かんだ。
 いずれにせよ、この病気は進行性で、治癒の可能性がなく、発病後6年程度で100%近くが死亡すると書かれていた。

 今年は、その6年目なのだ。私は、診断確定のために数百ミリシーベルトのX線CT撮影被曝と肺穿刺細胞診を強要する医療体制(診断確定マニュアル)を見て、とうてい信用することができなかった。
 とりわけ、偉そうな教授様が「診断のための放射線被曝は被曝ではない」と決めつける様を見て、「こんなデタラメを信奉する連中は絶対に信用できない、殺されるだけだ」と感じた。

 私は放射線生物学を学んでいたので、一回50ミリシーベルトを超えるX線CTがどれほど必死に再生しようとしている肺胞細胞を痛めつけるか想像がついたので、医療の世話になるくらいなら自爆死した方がマシと決意し、私自身で考えた治療法、森林浴と毎日標高差200メートル、5Kmの呼吸トレーニングに取り組むことにした。

 発病後、相当必死に、蒸気機関車のように呼吸しながら激しい呼吸トレーニングを続けてきたおかげか、6年目にして、まだ酸素を必要としないが、やはり、ごくわずかながら悪化傾向がある。特に、蚊取線香や殺虫スプレーを吸入後、数日間は非常に苦しい。
 風邪でもひこうものなら、まるで全身打撲で意識を喪失するような激しいダメージがあり、一気に呼吸も不調になってゆく。

 このことは、すでにこのブログで何回か取り上げた。今回は、こうした死病=ほぼ膵臓癌のステージ3に相当する状態で、人の心が、どのように追い詰められるかについて若干の考察を行いたい。

 最初に「自分が死の病にかかった」ことを認識させられたのが2015年頃のことだが、このときは、意識の半分がアルコールで麻痺したかのように、現実から乖離してふわふわと空中を彷徨っていた。
 そして、事態を直視せずに、夢の物語の世界に逃避しようとした。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%B2%E8%A1%9B%E6%A9%9F%E5%88%B6

 どんな世界に逃避しようとしたのかは、プライバシーに関わるので書けないが、今の生活の外に、新しい価値観の自分を見いだそうとしたという程度に書いておこう。
 要は別人になりたかったのだ。そうして、自分が死神に招き寄せられている現実から逃避しようとした。
 なるべく現実と向き合いたくなかった。

 以上が導入で、本題は、東日本大震災以降の日本社会だ。
 
2011年3月、東日本震災とともに、東京電力福島第一原発で、6基の原子炉のうち4基がメルトダウンを起こして、なかでも3号機は、一種の核爆発(私の見解では、プルトニウム240による不完全核爆発)を起こして、莫大な放射能を環境に放出した。

 この事故による放射能は、近隣の大熊町で、土壌平米あたり5500万ベクレルと人類史上最悪の放射能汚染を引き起こし、事故後一ヶ月を経ても、大熊町では近寄れないほどのガンマ線を発する遺体が千体も放置されたままになっていた。

 私の調査では、フクイチ事故の放射能によって、事故直後に死亡した近隣住民は2000名を超えている。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-785.html

 福島県、そして東日本は、東京電力によって激しく放射能汚染された。
 しかし、東電も日本政府も、この事実に向き合っていない。それどころか、被曝死の事実を徹底的に隠蔽し、被曝被害を統計を捏造してまで「なかったもの」として隠し通そうとしている。
 安倍首相は、オリンピックで自分の名前を残したくて、ひどい嘘八百の声明を行った。 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-979.html

 自民党、安倍晋三らの真っ赤な嘘にもかかわらず、福島県、東京を含む東日本の放射能汚染は、10年後を目前にした今でも激しく続いている。
 この結果、いよいよ乳癌・前立腺癌など、セシウム内部被曝の潜伏期間を超えて劇的な発症が始まることになる。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1245.html

 ところが、相変わらず福島県など汚染の核心的自治体は、長崎大の高村昇や、東大の坪倉正治のような、東電から多額の金を注ぎ込まれたインチキ研究者たちが、「被曝の被害は何も起きていない」と、根拠もデタラメな、ひどい嘘をまき散らし続けている。

 だが、多くの住民は、とっくに放射能汚染の意味を理解し、福島から逃げ出しているのだ。
 http://mekarauroko2000.blog.fc2.com/blog-entry-31.html

 内堀福島知事をはじめとした自治体幹部や、福島県周辺における成功者たちは、まるで催眠術にかかったかのように、東電に支配され、事故や汚染の現実と向き合えないでいる。
 本気で、「福島では被曝死が一人も出ていない」というデマを吹聴している。

 だが、現実は、南相馬市民病院の偶然出てきたデータに示されている。
 
驚愕!!南相馬市立総合病院の患者数が公表される 原発事故前とくらべ成人甲状腺がんは29倍、白血病は10倍に上昇 2018年10月11日
  http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-506.html

  南相馬市立総合病院の公表データ、その後 2019年03月04日
  http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-668.html

 フクイチ事故による高濃度汚染地区では、大半が、上のデータと同じ事態が起きているはずだが、それらは厳しい箝口令が敷かれて表には出てこないし、政府は明らかに人口動態統計データまで捏造して、被害を隠蔽してきた。
 現に、福島県の統計データからは、上の記事内容はうかがい知ることさえできない。あたかも、福島県民は他府県よりも健康であるかのようなデマが記載されているだけだ。
 https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/333858.pdf

 この欺瞞に満ちた統計データを与えられた福島県民は、これを信用する者と、嘘を見抜いている者に完全に分裂し、周囲の人々の健康状態を見せつけられている若者たちは、続々と福島を脱出している。

 私の見解では、県や国のデータを信用したがる人々は、おそらく東電株を保有しているのではないだろうか?
 目の前で、友人、知己が癌や心臓病で死んで行ってるのに、それがフクイチ放射能事故による汚染が原因と理解できないのだ。

 チェルノブイリ事故後、ロシア・ベラルーシ・ウクライナの被害三カ国では、土地の放射能汚染度を区分して、平米128万ベクレル以上の土地は永久立入禁止にした。
 http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Yr96B-J.html

 平米55.5万ベクレル以上の汚染地は居住禁止にし、住民を強制的に移住させたが、政府は移住補償を行った。

 ところが、日本ではどうだったか?

 今でも、飯舘村の大半や、伊達市、郡山市、福島市渡利地区などでは、平米あたり1000万ベクレルを超える土地がザラにある。除染しても、数年すると元に戻ってしまうのだ。
 平米128万ベクレル以上の土地を立入禁止にすると、福島県中通り、浜通りや栃木県那須塩原市や黒磯などは、ほとんど人が居住できない土地になってしまう。

 こんな土地では、ICRPが年間1ミリシーベルト以下に規制してきた被曝基準では、大半の土地が住めないことになるので、年間20ミリシーベルトまで許容すると、信じられない規制緩和を行った。
 年間1ミリシーベルトで、1.3億日本国民全員が被曝すると、年間8000名以上の死者が出る。20ミリシーベルトなら、年間16万人が被曝死する可能性がある。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-525.html

 こんな恐ろしいデータを示されて、政府の許容量方針に賛成する者などいるわけがないのだが、それでも内堀雅雄らは、何の検討もせずに、政府の言いなりになり、反対者を弾圧している。
 国連から児童帰還延期要請が出ているのに、それを無視し、逃げ出した人々への懲罰的な家賃徴収訴訟を行っている。
 http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/blog-entry-466.html?sp

 もちろん、福島の汚染は、原発推進者だから軽減されるわけではない。内堀たちも、他の県民と同じように被曝し、発癌イニシエーションを与えられているわけだが、彼らにとっては、自分の発癌よりも東電の株価を守ることの方が大切なのだ。

 冒頭で、私は、死の恐怖に追い詰められた人は、自分の置かれた立場を直視できず、空想の世界に逃避すると書いた。
 まさに、内堀雅雄らは、東電からの利権にしがみつき、自分の置かれた立場を直視できず、東電の利権を死守すれば、やがて自分たちに幸運が訪れると、発癌リスクに目もくれずに信じているのだ。

 フクイチ事故の放射能は、東京都をも直撃している。皇居でさえ、恐ろしい汚染だった。だが、放射能汚染は、老人たちには大きな影響を与えず、もっぱら若い細胞、胎児、新生児、若年者ばかりを狙い撃ちにするのだ。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%B4%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87

 内堀らが、被曝を直視せず、福島県民に強要しているうちに、内部被曝の恐怖は、内堀の孫や親族、女性たちにも襲いかかってゆく。
 恐ろしい因果関係から目を背けているうちに、自分の依って立つ足下が崩壊してゆく。

 やがて、福島どころか、東日本の被曝地の大半で、恐ろしい発癌ラッシュが起きるはずだ。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1254.html

 被曝癌の潜伏期間は10年程度であることが多い。来年3月をもって10年の節目を迎えるフクイチ事故。
 どんなに目を背けて被曝の結果を見たくなくても、それは被曝地に住まわされてきた人々の体の中で、発芽し、肉体を食い荒らしてゆくのだ。
 その被曝地は、福島だけでなく、東日本の大半を覆っている。
 日本人の半数が、直視してこなかったツケを支払わせる時期が迫っている。
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1275.html

3. 2020年10月22日 22:56:14 : 3HB6WmkKNY : SXUyVU9IR0VUaWs=[26] 報告

 老いとは何か?2020年10月22日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1287.html

 夫の操作ミス、スーパー駐車場で急発進…はねられた妻死亡 10/22(木)
 https://news.yahoo.co.jp/articles/dbf2a684164784f1ee06cbc85fabba70db1ffafa

止まれ暴走老人!脳を見て分かった「高齢交通事故」急増の理由 2017/12/07
 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/53708

 昨日は、久しぶりに用事で名古屋に出かけた。一般道を片道3時間程度かけて行くのだが、帰路はいつでも眠気につきまとわれる。
 駐車場に入って一眠りと思ったのだが、生憎満車ばかりで入れなかった。仕方なしに、眠気を我慢して運転したのだが、我が家に近づいたある瞬間、ふっと意識が遠のいている自分に気づいた。

 ハンドルを握ったまま、目を開けたま、ほんの1秒に満たない間、自分が眠っていたことに気づいた。
 幸い過疎地の広い道路だから、中央線を踏んだ程度で、ハット我に返ったが、運転歴半世紀、大型二種免を取得して30年以上、かつて旅客輸送に携わった元職業運転手としては、もの凄くショッキングだった。

 例え1秒でも運転中に眠ることは、100%事故に直結する。半世紀の運転歴でも、こんなことは数えるほどしかない。
 前夜、とりあえず普通に寝たつもりだったが、1時間ほど早く起きてしまったことが眠気を呼び込んだのだろうが、旅客輸送事故では、そんなことは弁明の理由にならない。

 2012年に関越道で起きたバス運転手居眠り事故では、たぶん運転中に数秒間寝込んでしまったのだろう。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E8%B6%8A%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A%E9%81%93%E9%AB%98%E9%80%9F%E3%83%90%E3%82%B9%E5%B1%85%E7%9C%A0%E3%82%8A%E9%81%8B%E8%BB%A2%E4%BA%8B%E6%95%85

 結局、「ああ、自分も年をとったんだ……」と思い知らされた。
 私が、自分が「年をとった」と最初に思ったのは、たぶん50才くらいだろうか?
 ある日突然というわけではないのだが、人間誰でも50才くらいになると、固有名詞が出てこなくなり、指示代名詞=「あれ、それ」ばかりが出てくるようになる。
 https://diamond.jp/articles/-/2602

 私の場合は、二十歳くらいにバイクの事故で転倒し、頭蓋骨折脳挫傷・大脳萎縮という診断を受けた。この病態は、海馬の萎縮を招くので、「高次脳機能障害」をもたらす。
 ずっとクラシックギターを勉強していたのだが、事故以降は、譜面の記憶が極端にできなくなった。一曲を覚えるのに、普通の人も何倍もかかる。
 台詞も覚えられなくて、一緒に舞台に出ていた講談師の田辺鶴英から見放されたほどだ。

 同じ頃から、直前記憶が極端に悪くなり、何か買うつもりで店に行っても、何を買うんだったか、どうしても思い出せなくて、目についた全然別のものを買ってしまうことが続いた。また、必要もないのに、同じものを何度も買うことがあった。
 古い記憶は、かなり鮮明に出てくるから、大脳表皮細胞や海馬が壊れたのは間違いない。同時に、臭いを嗅ぐ力が非常に悪くなった。

 そこで、自分はアルツハイマーになったのではと、焦っていろいろ調べたのだが、普通の認知症なら情報を思い出す力が弱くなったということだが、アルツハイマーは、情報が消えてしまって何をやっても思い出せないという違いがあるということで、自分は認知症の初期症状であると判断した。

 私は30才くらいから会社で将棋が流行っていたので、将棋を学んだのだが、30才代の頃は、詰め将棋に凝ったおかげで、自称アマ一級程度の実力に達していたと思う。
 しかし、50才を過ぎたら、王手が見えなくなった。角筋を間違えるのだ。こうなれば、アマ7級以下だ。今は、8級とやっても手筋を思い出すのが面倒なので勝てないかもしれない。とにかく、 二手三手と深く考えるのが極度に苦手になった。

 このブログを書いていても、目が悪くなったせいもあるが、誤字脱字、文法間違いを見落としたままアップすることが非常に増えた。

自分が老人になってわかったこと 2019年02月26日
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-662.html

 だから、バスの運転手の慢性的な不足のなかで、求人は多いのだが、もし運転中に眠気を覚えたら、もしバス停を忘れて飛ばしてしまったら、とか余計な心配が心に覆い被さってきて、カネがなくとも応募する意欲が失われた。
 まあ、ライセンスだけなら20くらいは持っているのだが、中津川のような田舎で役に立つライセンスと言えば、二種免くらいしかないので、超低年金生活のなかで贅沢を避けて心細く生きてゆくしかないと思った。

 それに、60才くらいから、体中が壊れ始めた。元々、腎臓が弱くて、肉食が続くと尿が出なくなるし、前立腺肥大で小便が出にくいし、血尿が二年も続き、挙げ句の果ては間質性肺炎まで罹患した。
 まあ、医者を信用していないので、基本的に自家治療ではあるが、朝起きて「爽快」という日は、過去数十年記憶にない。

 「老い」という現象は、私の専売特許ではなく、すべての人が公平に享受する自然の摂理である。
 誰だって、50才には老いを感じる運命であり、60才になれば、管理職面をしていても、実際には職場の迷惑、お邪魔虫でしかない。判断力が衰えているのに、自我だけは肥大して、偉そうにしたがるから一番始末の悪い年代だ。

 もう70台に達して、企業で使い物になる人は、社長や重役を含めても、そうそういるものじゃない。大半の人は、「無能=役立たず=お邪魔虫」の烙印を押されながらも、行くべき場所がないので、会社にしがみついているだけだ。
 そんなことを、はっきりしてしまうと、定年制を50才に戻さなくなるので、みんな黙っているだけだろう。
 私の若い頃、企業の定年制は50才で、実力だけでいえば、それは正解だった。

 まあ、こんなことは、誰もが心の表面下で思い知っていることなのだが、それを口にしてしまうと、自分自身の老後の設計もできなくなるので、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の理屈で、共同幻想に埋もれているだけのことだ。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1287.html

4. 保守や右翼には馬鹿し[92] lduO54LiiUWXg4LJgs2Ubo6tgrU 2023年3月26日 16:49:50 : P7uxIG0yIE : ckFZLm9WS3k5UTI=[1] 報告

雨の日に想うこと
2023年03月26日
https://ameblo.jp/tokaiama20/entry-12795486803.html

 滅多にない三連続降雨で、何もできることがなく、のんびり風呂に入りながら、自分の衰えた肉体をしげしげと眺めつつ想うことは、

 「この肉体とも、もうすぐお別れになるのだな」

 という感慨だ。

 とにかく、体中が痛い。起き上がるときは、「よいしょ」と声をかけなければならなくなった。無理をすれば、たちまち腰痛に襲われる。

 きつい運動をすれば、体を止めて激しく呼吸しなければならないので、家が片付かない。まさにゴミ屋敷だ。

 ブログを書いていても、細かい文字が見えないので、アップしたものは間違いだらけだ。誤字脱字などあたりまえ。

 肉体以上に知力が衰えている。

 今思い浮かんだアイデアを数秒後に忘れてしまう。昨日、どんなブログを書いたのか思い出せない。鍵やメガネをポンと置いても数秒後には見失ってしまう。何かを買うつもりで店に出向いても、何を買うつもりだったのか思い出せない。

 明らかな認知症の初期段階だ。

 必死になって、歩くことや、DHAサプリを飲むことで抵抗しているのだが、物忘れや精神力、アイデアの衰えが日々進行する現実から逃れることができない。

 「これが老いというものなのだ」

 と、直視したくない現実が覆いかぶさってくる。

 若い頃、これほど自分が劣化することは想像もしていなかった。

 一人暮らしなので、老いてゆけば、やがて調理の火を消し忘れたり、バイクで出かけるときに転倒したり、事故を起こしたりする確率が、若い頃よりも格段に上がってゆくので、いつか致命的な失敗をして命を落とすことは避けられないと思う。

 間質性肺炎も必死に歩くことで半分程度は治ったが、残りの半分は、どうしても治らず、ときどき呼吸が苦しなくなって、死を意識することが多い。

 死が一歩一歩近寄ってくる。まるでモーツアルトが自身の死を予感して作ったレクイエムを聞きながら怯えているようだ。だが、もう死を避けたいとは思わなくなった。

 父や母は、90歳以上生きたので、死んだとき何の感慨も起きなかった。それは、雨が降って風が吹くような、自然の一シーンにすぎなかった。

 両親は、子供たちを死によって悲しませないために、必死に生きたことがよくわかる年になった。

 自分は子供がいない。だから、ただ老いて風化し、朽ちてゆけばよいので、むしろ家族に恵まれなくて良かったかもしれないと思うこともある。

 ちょうど、山の獣たちが死を悟ると、誰にも見られないように姿を隠す気分に似ているかもしれない。この世に何も残したくない。まるで存在しなかったかのような人生で終わりたい。

 私は若い頃から、たくさんの山歩きを行い、人の行かない千古斧鉞の入らぬ森が好きで、アルプスの沢登りなどで積極的に歩いてきた。

 しかし、半世紀以上、数千回もの山歩きを重ねても、「獣たちの屍=獣墓場」を目撃したことがほとんどないのが不思議だった。

 獣たちは、自らの屍を見せることを極端に嫌っているように思える。もしかしたら、人の行かない山奥のどこかに、獣たちが死期を悟ってゆく墓場があるのかもしれないと思った。

 深沢七郎の楢山節考には、おりんが息子の辰平に負ばわれて楢山の七谷に捨てられる。そして帰路、雪が降ってきて、息子は「良かった」と思う。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%A2%E5%B1%B1%E7%AF%80%E8%80%83

 私は、山の中で七谷を探し求めて彷徨ったのかもしれない。しかし、とうとう見つけることはできなかった。

 私は、自分で幻の七谷に向かって歩いてゆかねばならない。飛び降りで知られた近所にある高い橋の上からダム湖を見て、「これが七谷なのか」と思ったりした。

 ほとんどの人は、「世間」を意識し、比較のなかで生きている。

 「みんな」というアイデンティティのなかで、「みんなと同じ人生」という落とし所に人生の当たり障りのない満足を見出そうとしている。

 だから、「世間による同調圧力」とは、逆に「世間に対する甘え」でもあった。

 世間から外れまいとして生きているのだ。

 それが日本という社会における人生観、価値観の根源にある。

 私は、若い頃から霊的世界について考える機会が多かった。それは、常識では理解できない超常的な体験をすることが少なくなかったからだ。

 しかし、釈迦は、「霊的世界を考えることには意味がない」と語っている。「見えない世界」に囚われるよりも、「見える=現実の世界」のなかで、人生を全うせよと言っている。

 「高尚な理屈のなかに生きるのではなく、目の前の人の笑顔を求めて生きよ」

 と言っているのかもしれないと思った。

 「見えない世界」を論じ、実在するかのように生きることは、もしかしたら間違っているのかもしれない。宗教的世界は、あってはならないのかもしれない。

 「優れた理論」の実現を求めるのではなく、ただ、目の前にいる人々の幸せを喜ぶ心だけで生きなければならないのかもしれない。

 そう思いだしたのは、たぶん40歳を過ぎてからのことだ。

 だが、私は考える必要はないと釈迦が指摘した「死後の世界」を考え続けた。そして、今生きている世界と死後の世界が2つある意味を考えていた。

 私は、現実世界が茶番劇であって、死後の霊的世界の方が、実は本当の世界ではないかと感じるようになった。

 そうでなければ、現実のリアルな世界が、数え切れないほど「生まれ変わり」ながら続くことの意味がないからだ。

 今あるリアルな感覚的世界は、感覚を通した体験を重ねることで、その意味を理解することに存在理由があるのではないかと感じる。

 一つ一つの人生の積み重ねによって得られるものがある。一つの人生だけでは不十分だ。無数の人生が必要なのだ。そこから導き出される形而上学的価値観が、実は生命体の本質なのではないかと考えるようになった。

 あらゆる現象の経験から、本質=知恵を抽象して、合理性を導き出すこと。

 これが、ヘーゲルが指摘した「絶対精神=イデー」のプロセスなのではないかと思った。

 終末を感じる私の肉体は、ずいぶん感傷的な思いを引き出すのだが、ひとつの人生の終わりを感じる向こう側に、絶対精神へと向かう私のプロセスでも見出しておかないと、なんとなく惨めさを感じてしまう。

 今は、衰える肉体と頭脳に、特別な意味を付与しておきたいと勝手に考えている。そうでもしないと、今の私は、あまりに悲しいのだ。

 もうすぐ、たぶん数ヶ月以内に、東日本大震災を超える規模の凄まじい巨大震災がやってくると確信している。

 私は、これまでの人生で積み上げた宏観観測経験を総動員して、毎日、巨大震災の前兆現象に神経を尖らせている。

 次に起きるであろう南海トラフを震源とする超巨大地震は、たぶん何百万人かの命を奪うことになると思う。

 伊方原発や川内原発も崩壊させるかもしれない。

 そのタイミングで中国やロシアが核攻撃を行う可能性さえある。また新型コロナどころではない凄まじい疫病に襲われる可能性も増している。

 私より若い人たちは、寿命を残したまま、あの世に旅立たねばならなくなるかと思うと残念だ。

 しかし、肉体が滅んだとしても、必ず次の肉体が得られると考えてほしい。

 我々は、肉体という船を乗り換えながら、「絶対精神」に向かう航海を続ける宿命なのだ。

 次に作り出す社会は、はるかに合理的で、人々が大きな笑顔のなかで、平等に過ごせる社会にしたいと思う。
https://ameblo.jp/tokaiama20/entry-12795486803.html

▲上へ      ★阿修羅♪ > 近代史3掲示板 次へ  前へ

  拍手はせず、拍手一覧を見る

フォローアップ:


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法

▲上へ      ★阿修羅♪ > 近代史3掲示板 次へ  前へ

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/ since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。
 
▲上へ       
★阿修羅♪  
近代史3掲示板  
次へ