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日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...「文学界の異変」が起きた本当の理由
巽 孝之(慶應義塾大学文学部名誉教授、慶應義塾ニューヨーク学院長) によるスト/ニューズウィーク日本版
https://www.msn.com/ja-jp/news/world/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E3%81%8C%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%A7%E7%88%86%E5%A3%B2%E3%82%8C%E3%81%97-%E8%8B%B1%E7%B1%B3%E3%81%AE%E6%96%87%E5%AD%A6%E8%B3%9E%E3%82%92%E5%B8%AD%E5%B7%BB-%E6%96%87%E5%AD%A6%E7%95%8C%E3%81%AE%E7%95%B0%E5%A4%89-%E3%81%8C%E8%B5%B7%E3%81%8D%E3%81%9F%E6%9C%AC%E5%BD%93%E3%81%AE%E7%90%86%E7%94%B1/ar-AA1N6Ez8?ocid=hpmsn&pc=EUPP_LCTE&cvid=68d2fca3ac664969b403d888303e97a9&ei=11
<「クールジャパン」を超えて世界的人気と評価を勝ち取る日本文学。その背景にある文学市場と英訳者の知られざる変化とは?>
異変に気が付いたのは、2009年の春。私は勤務先から半年間の在外研究を許され、4月より北米東海岸はマサチューセッツ州ボストン近郊で過ごしていた。ハーバード大学やブランダイス大学、タフツ大学における講演や共同研究をこなす日々。折も折、以前から愛読していた若手作家と遭遇した。
その名は、マシュー・パール。03年、まだ28歳の時に19世紀中葉のボストン知識人たちを主役にした歴史改変ミステリー『ダンテ・クラブ』(邦訳・新潮社、04年)を放ち、たちまち時の人となった。
ハーバード大学英文科を卒業後にエール大学法科大学院を卒業した秀才パールは、ダンテ研究の業績を評価され、アメリカ・ダンテ協会賞を受賞。小説タイトルの「ダンテ・クラブ」とは、19世紀中葉、ハーバード大学周辺の知識人たちがイタリア中世の文豪ダンテの『神曲』、それも『地獄篇』の共訳に励んでいた架空の翻訳共同体を指す。
その中心にいるのは、天才作家エドガー・アラン・ポーの論敵として知られる、実在の大詩人にしてハーバード大学教授ヘンリー・ワズワース・ロングフェロー。ところが、ちょうど彼らの翻訳作業の完成間際、まだ公刊されていない草稿を盗み読んだかのような事件が──それも『地獄篇』の描写そっくりそのままの残虐極まる連続殺人事件が──発生し、ダンテ的残虐劇が現実世界に反復されていく、という物語だ。
ダンテを「真っ赤な血で翻訳」した小説で時の人となったパール(写真)がほれ込んだのは桐野夏生作品 AP/AFLO
ランダムハウス版『ダンテ・クラブ』の付録インタビューでパールは、こう語る。「ダンテを黒いインクで翻訳しようと躍起になる連中がいる一方、真っ赤な血で翻訳しようとした奴もいるというわけさ」
素顔のパールは、あの残虐極まる小説の作者とは思われないほど、元気いっぱいでさわやかな青年だった。ハーバード・スクエアのカフェで2時間ほど話し込んだが、話題が現代日本文学のことになると、彼が挙げたのはただ1人。「桐野夏生が最高だよ。『OUT』にはブッ飛んだ」
1980年代末から英訳が相次ぎノーベル文学賞候補にもなっていた村上春樹については、読んでもいないという。新世代の日本作家がいるように、新世代の日本文学読者が生まれていることを実感したゼロ年代末であった。
なるほど私は既に04年の時点で、『OUT』(原著97年)のスティーブン・スナイダーによる英訳が、アメリカ探偵作家クラブが贈る北米ミステリー界最大の文学賞エドガー賞の長編賞最終候補になったことについて、新聞取材に応じている。この時の受賞作はイギリス作家イアン・ランキンの『甦る男』(02年)で、桐野作品は惜しくも受賞を逃した。
東野圭吾『容疑者Xの献身(The Devotion of Suspect X)』 MINOTAUR BOOKS
だが最も印象深かったのは、それまで日本文学の国際的評価ということなら主流文壇中心のノーベル文学賞一点張りだったジャーナリズムが、日本作家が初の候補になったということで、エンターテインメントに贈られるエドガー賞に目を向けたことだ(ただし日系アメリカ人作家ならナオミ・ヒラハラが07年に同賞ペーパーバック賞を受賞しており、作家以外なら早川書房社長〔当時〕が98年に同賞特別賞エラリー・クイーン賞を受けている)。のちの2012年には東野圭吾の『容疑者Xの献身』(原著05年)英訳が同賞長編賞最終候補となった。
2022年と24年、英ダガー賞最終候補に選出された伊坂幸太郎 THE NEW YORK TIMESーREDUX/AFLO
一方、イギリスには英国推理作家協会が授与するダガー賞があり、伊坂幸太郎の『マリアビートル』(原著10年、英訳21年)と『AX アックス』(原著17年、英訳23年)が、22年度と24年度にそれぞれ、同賞翻訳部門賞と同賞イアン・フレミング部門賞の最終候補作に選出された。
伊坂幸太郎『AX アックス(The Mantis)』 ABRAMS(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
今年ダガー賞翻訳部門賞に輝いた王谷晶 ©ISAC
本年25年度には、王谷晶のクィア・ミステリー『ババヤガの夜』(原著20年)がついに同賞翻訳部門賞を受賞。こうした流れだけでも、既にゼロ年代より、わが国の主流文学のみならず大衆文学の国際化にも熱い視線が注がれるようになった傾向がうかがわれよう。
王谷晶『ババヤガの夜(The Night of Baba Yaga)』 FABER & FABER(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
何より強調したいのは、新鋭作家マシュー・パールをも魅了した翻訳の質である。04年、桐野がエドガー賞候補になった時、私は原著と英訳を徹底的に読み比べた
桐野夏生『OUT(OUT)』 VINTAGE(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
よく知られるように、『OUT』の主人公は深夜の東京郊外の弁当工場でベルトコンベヤーの作業ラインを前に分業に従事する女性たち。彼女たちが、ふとしたことから「最後の一線を越える」──つまり殺人から殺人へと次々に手を染めていくのを重視したスナイダーの訳文は、そうした「流れ作業」をthe lineと訳すとともに、殺人を意味する「一線を越える」行為をcross over the lineと表現する。
原著者の日本語原文ではこのアナロジーはとりたてて強調されていないものの、原著者の意図を一層増幅する戦略であるのは疑いない。英訳だからこそ可能になった秀逸な創造的翻訳なのだ。そのぶん英語圏読者は英語小説としての豊饒な読書を約束されたわけで、それによって桐野作品が、同様に連続殺人を扱うパール作品に影響したのかもしれないと思うと痛快ではないか。
今や影響関係は日本側の受容一直線ではない。米小説家カート・ヴォネガットの影響を受けた村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』(94〜95年)のジェイ・ルービンによる英訳(97年)が、息子世代の若手イギリス作家スティーヴン・ホール(75年生まれ)の長編小説『ロールシャッハの鮫』(原著07年、邦訳・角川書店)へ影響を与えるという双方向的作用が、今日のグローバル文学を成立させているのだから。
1989年という分岐点
今から40年以上前、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が叫ばれた1980年代には、バブル前夜における日本経済の急成長とは裏腹に、優れた現代日本文学の翻訳家は、質量共に限られていた。
例えば筆者は、84年にフルブライト基金の援助によりコーネル大学大学院で3年間の留学生活を送ったが、同年のウィリアム・ギブスンの長編SF小説『ニューロマンサー』刊行とともに沸き起こったサイバーパンク旋風の中で、86年10月、ギブスンの盟友ルイス・シャイナーから、日本SFの翻訳紹介に協力したいという申し出を受け、第1世代作家の1人である荒巻義雄のニューウェーブ思弁小説「柔らかい時計」(72年)の英訳に関与した経験を持つ。
サイバーパンクは、ハイテクで全地球が電脳化した近未来社会の盲点を突く新しい文学運動であり、荒巻作品はまぎれもなくその先駆けだった。とはいえ当時日本SFを継続的に英訳していたのは、筒井康隆の「佇むひと」などを翻訳したデービッド・ルイスのみ。そこで、「柔らかい時計」については、たまたまコーネル大学大学院で知り合った友人で完璧なバイリンガルのカズコ・ベアレンズにまず翻訳草稿を作ってもらい、それにシャイナーが徹底的な脚色を加え、私自身が最終的に監修するという手順を踏んだ。
かくして「柔らかい時計」は、イギリスを代表するSF雑誌「インターゾーン」89年1/2月号に掲載され、日本SFがシュールレアリスムと共振して生み出した思考実験は高い評価を得た。
ナノテクノロジーの進化した「ブヨブヨ工学」が、超現実画家ダリの名画のごとく全てを可食化してしまった未来の火星で、拒食症の美少女VIVIの花婿候補たちが争う──というこの物語は、以後、ジェフ&アン・ヴァンダミア夫妻編『世界SF傑作選』(2016年)をはじめとする数々のアンソロジーに再録。
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