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日本を米財務省証券の大量売却へ追い込んだ米英支配層の長期戦略
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202605230000/
2026.05.23 櫻井ジャーナル
日本が保有するアメリカ財務省証券は2026年2月の1兆2393億ドルから3月には1兆1916億へ減少した。減少額は477億ドル。この売却がアメリカとイスラエルのイランに対する奇襲攻撃と関係していると推測するのは必然だろう。


日本がアメリカの属国だということは世界的に知られていることで、日本において深刻な事態が生じていると考えるのが自然。その行動がアメリカの債務問題に影響を及ぼし、日本へ跳ね返ってくることも避けられない。
アメリカとイスラエルがイランを奇襲攻撃した2月28日は土曜日である。株式、債券、原油などの取り引きが再開されるのは3月2日の月曜日だ。この攻撃でイランの最高指導者だったアヤトラ・アリ・ハメネイ師、参謀総長を務めていたアブドルラヒム・ムサビ、そしてアジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、そして最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含むイランの要人が殺害された。
オマーンのバドル・ビン・ハマド・アル・ブサイディ外相によると、アメリカとイランはイランの核開発計画について9カ月の間に2度協議、最後の協議から数時間後にアメリカとイスラエルはイランを攻撃した。騙し討ちだ。これでイランの現体制は崩壊、取引所が再開されることには決着がついているとドナルド・トランプ大統領は考えていたのだろうが、そうした展開にはならなかった。それでもトランプは週末に攻撃、平日には平和を語るというパターンを繰り返した。
この奇襲攻撃は失敗、イランの逆襲でアメリカとイスラエルは窮地に陥ったのだが、こうした事態が生じることは指摘されていた。イランに勝利するだけの戦力をアメリカやイスラエルが持っていないことは明白だったのだ。それでもトランプとイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はイランを攻撃したのだ。
シオニストの一派であり、イギリスとの関係が深いネオコンは1980年代からイランを征服する計画を立てていた。イラクのサダム・フセイン政権を倒して親イスラエル体制を築いてイランとシリアを分断、両国を乗っ取ろうとしたわけだ。
シオニズムはエリザベス1世の時代(1593年から1603年)のイングランドで生まれた「ブリティッシュ・イスラエル主義」が始まりだと見られている。
15世紀から17世紀にかけての「大航海」時代、スペインやポルトガルはアメリカ大陸を侵略、1521年にエルナン・コルテスは武力でアステカ王国(現在のメキシコ周辺)を滅ぼして莫大な金銀を奪い、インカ帝国(現在のペルー周辺)ではフランシスコ・ピサロが金、銀、エメラルドなどを略奪しながら侵略を続けて1533年には帝国を滅ぼした。
彼らは莫大な量の貴金属を盗んだだけでなく、ヨーロッパの侵略者は先住民を酷使して鉱山開発も行っている。その象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山。1545年に発見されたこの銀山だけで18世紀までに15万トンが運び出されたとされ、スペインが3世紀の間に南アメリカ全体で産出した銀の量は世界全体の80%に達したと言われている。
その略奪した財宝を運ぶ船を海賊に襲わせて富を築いたのがイギリスにほかならない。エリザベス1世のために略奪していた海賊は財宝だけでなく、人もさらっている。人身売買だ。名の知られた海賊にはジョン・ホーキンス、フランシス・ドレイク、ウォルター・ローリーなどがいる。
ホーキンスは西アフリカでポルトガル船を襲って金や象牙などを盗む一方、人身売買のために拘束されていた黒人を拉致、その商品や黒人を西インド諸島で売り、金、真珠、エメラルドなどを手に入れている。こうした海賊行為をエリザベス1世は評価、ナイトの爵位をホーキンスに与えた。
ドレイクは中央アメリカからスペインへ向かう交易船を襲撃して財宝を奪い、イギリスへ戻るが、ホーキンスと同じように英雄として扱われた。女王はそのドレイクをアイルランドへ派遣して占領を助けさせているが、その際、ラスラン島で住民を虐殺したことが知られている。その後も海賊行為を働いたドレイクもナイトになっている。
ローリーはアイルランドの住民が侵略者に対して立ち上がったデスモンドの反乱を鎮圧するため、アイルランドにも派遣された。ローリーも後にナイトの爵位が与えられている。(Nu’man Abo Al-Wahid, “Debunking the Myth of America’s Poodle,” Zero Books, 2020)
エリザベス1世の時代、イングランドの支配層の間で、アングロ-サクソン-ケルトは「イスラエルの失われた十支族」であり、自分たちこそがダビデ王の末裔だとする信じ、人類が死滅する最後の数日間にすべてを包括する大英帝国が世界を支配すると予言されているという妄想が広まっていた。
イギリスや西側世界にシオニズムを広めた人物としてブリティッシュ外国聖書協会の第3代会長を務めた反カトリック派のアントニー・アシュリー-クーパー(シャフツバリー伯爵)が知られている。彼が生きた17世紀にイギリス王として君臨したジェームズ1世も自分を「イスラエルの王」だと信じていたという。
その息子であるチャールズ1世はピューリタン革命で処刑されたが、その革命で中心的な役割を果たしたオリヴァー・クロムウェルをはじめとするピューリタンも「イスラエルの失われた十支族」話を信じていたとされている。クルムウェルはユダヤ人をイングランドへ入れることを許可したが、稼ぎ方を海賊行為から商取引へ切り替えるためだった灯されている。ユダヤ人は商取引や金貸しに長けていた。
その時代、イングランドはアイルランドを軍事侵略、先住民を虐殺してイングランドやスコットランドから入植者をアイルランドのアルスター地方へ移住させた。
ピューリタン革命の時代にもクロムウェルたちはアイルランドで先住民を虐殺、侵攻前の1641年には147万人だったアイルランドの人口は侵攻後の52年には62万人へ減少している。50万人以上が殺され、残りは「年季奉公」や「召使い」、事実上の奴隷としてアメリカなどに売られたという。後にアメリカ、オーストラリア、そしてパレスチナで同じことが行なわれた。イスラエルの「大イスラエル構想」とも関係しているだろう。
19世紀のイギリス政界では反ロシアで有名なヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)が大きな影響力を持っていた。彼は戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任した後、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで首相を務めている。ビクトリア女王にアヘン戦争を指示したのもパーマストン卿だ。
このように始まったシオニズムは19世紀に帝国主義と一体化し、パレスチナ侵略が具体化してくる。イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設し、その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査、イギリスの首相を務めていたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収。そして1917年11月、アーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ書簡を出してイスラエル建国への道を切り開く。いわゆる「バルフォア宣言」だ。
ディズレーリが書いた小説『コニングスビー』の中に、次のようなことが書いてある。
「(ジョン・)ハムデン(オリバー・クロムウェルの従兄弟)による最初の運動から1688年の最後の最も成功した運動(名誉革命)に至るまで、イングランドにおけるホイッグ党指導者たちの最大の目的はベネツィア共和国をモデルとした高貴な貴族制の共和国をイングランドに樹立することであり、当時のあらゆる思索的な政治家がそれを研究し称賛することだった。」
今年2月28日にアメリカとイスラエルが始めたイランに対する無謀な攻撃にはこうした背景がある。トランプやネタニヤフはシオニズムを生み出した権力集団の駒にすぎず、アヘン戦争や明治維新を仕掛けたのもその集団である。その集団は彼らの長期戦略に基づいてい動いている。
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【櫻井ジャーナル(note)】
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