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https://www.tokyo-np.co.jp/article/468084?rct=takaichi_cabinet
評論家たちの批判投稿が目立ち始めた・・・という。
安全圏から分析して、批判する人間、いわゆる大樹の陰に隠れた御用評論家たち。
曰く、レッテル貼りだ。
曰く、思考停止だ。
そういう自分が、まさにレッテル貼りをし、思考停止に陥っていることを気づく能力も無い。
あるのは「金目」。
以下に記事の全文を転載する。
衆院選の最終盤、「#ママ戦争止めてくるわ」というハッシュタグが広がった。要するに「バズった」。
◆「みんなの言葉」だと腑に落ちたけれど
隠さずに言えば、最初にこのハッシュタグを見た時には反射的に思った。なんでまた「ママ」という女性性に反戦を負わせるような表現をしているのだろうかと。しかし、すぐにこのハッシュタグを最初に使った清繭子さんの発信にたどり着き、自分の子どもにかけた言葉としての「ママ」だと理解した。
さらにハッシュタグを拾っていくと、「パパも」「オタクも」「独身も」「物書きも」「漫画家も」「癌で闘病中の私も」と多様な一人称が溢れていて、後に清さん自身も書いているように、このハッシュタグはちゃんと「みんなの言葉」なのだと腑に落ちた。
何かが広がると、批判も広がる。選挙が終わった頃からこのハッシュタグに忌避感を抱く評論家たちの投稿が目立ち始めた。
いわく、「#ママ戦争止めてくるわ」という表現は自民・高市首相を支持する人たちを「戦争をしたがっている」と決めつけるもので、そのようなレッテル貼りは分断をうむだけであると。そもそも「冷静に考えれば」高市さんが戦争を起こす側になるというのは無理のある解釈で、同時に「戦争を止めよう」と言っていれば戦争が止まると考えている人たちは思考停止したまま平和主義に浸っているにすぎない、と。
◆平和に根ざした安全保障の議論は必要
「平和」や「反戦」とだけ唱えていても平和は守れないし戦争は防げないという点について異論はない。平和運動や反核運動の中で、積極外交や地域の信頼醸成を基調とした具体的な安全保障政策が必ずしも充分に語られてこなかった部分はたしかにあるかもしれない。人々が世界を見渡し安全保障上の不安を抱く中、完璧でなくともそこに応えることのできる平和に根差した安全保障論議は必要だ。
高市首相が今すぐどこかの国に戦争をしかけるとも思わない。数日前までソウルで日韓の政策研究者が集う会議に出ていたのだが、高市首相がいわゆる「タカ派的」「極右的」な主張を実際にどれだけ実行できるかについては冷静になる必要があるという意見が多かった。今回の選挙で高市自民を支持した人の中には、いざ憲法改正などとなれば自分たちが歯止めになるのだと考えている人も多いはずという見方もあった。
◆「安全圏」からの批判に感じたこと
一方で、急速に軍拡をした国は戦争をし、巨額の資金を費やして開発や輸入された兵器は使われる。これは歴史の教訓だ。戦争は突然やってくるわけではないからこそ、そこにいたる動きをできるだけ手前で止めたいと考える人がいるのは極めてロジカルだと思う。
現に、与党の政策のもと、防衛費はこの数年右肩上がりであり、武器は原則として輸出できるようになった。他の国と共同で次期戦闘機の開発も進む。それこそ「冷静に」これらの政策をみつめた時に、その先に戦争、あるいはなんらかの武力行使がみえるという意見を私は決して「ヒステリックなもの」だとは思わないし、「議論がかみ合わない」と一蹴されるべきだとも思わない。
それでもなお「戦争を回避したいからこその軍拡なのだ」という意見が根強い。しかし、そのような主張には往々にして「どこまで軍拡するのか」「軍拡した先はどうなるのか」という問いに対する答えがない。米露の歴史をみれば、軍拡は軍拡を呼び、冷戦時のピークには核兵器で互いを破滅しかけた。冷戦が終結したあとも、結局どちらの国も戦争をしている。
ただ、中身に関する反論はさることながら、実は私が最も気に入らないのは、「#ママ戦争止めてくるわ」を批判する人たちが、声をあげようとする人たちの勇気と行動をあまりにもないがしろにしていると感じるからだ。このハッシュタグに「のれない」と思う人もいるだろう。でも、このハッシュタグがあるから声を上げてみようと思った人もたくさんいるはずなのだ。私は声を上げようとする人たちを安全圏から分析して、批判する人間にはなりたくない。
◇ ◇
〈世界と舫う 畠山澄子〉
「舫(もや)う」とは船と船、船と陸地をつなぎとめること。非政府組織(NGO)のピースボートで、被爆者と世界を回る通称「おりづるプロジェクト」や若者向け教育プログラム「地球大学」などに携わり、船に乗って人々がつながる手助けをしてきた畠山澄子さんが、活動を通じて深めた見聞をもとに、日々の思いをつづります。
畠山澄子(はたけやま・すみこ) 埼玉県生まれ。国際交流NGOピースボートの共同代表。ペンシルベニア大学大学院博士課程修了(科学技術史)。専門は核のグローバル史、科学技術と社会論。
記事の転載はここまで。
「#ママ戦争止めてくるわ」という表現。
「・・・自民・高市首相を支持する人たちを「戦争をしたがっている」と決めつけるもの・・・」
という批判は正しいのか。
そもそも「戦争をしたがっている」と決めつける、と言うのは藁人形論法という詭弁の一つ。
自分が論破しやすいように解釈を装って言い換えている。
反論を許さない状況での意識的な印象操作で、悪質と言わねばならない。
「#ママ戦争止めてくるわ」という表現が不適切だ、と印象付ける狙いが透けて見える。
昨日の私のスレ建ての中でも書いたが、
常識的に考えれば、狂人でない限り、人と人が集団で殺し合う「戦争」を望む者はいない。
高市首相を支持する人たちを「戦争をしたがっている」と決めつける人は、非常識な人達というレッテル貼りすることを狙ったものだ。
高市首相と自民党が、憲法改正を通じて日本を「戦争のできる国」にしようとしていることは間違いはない。
既に安保法では、海外で米軍と他国の軍隊との間で戦争が始まったとき、集団的自衛権を口実にその戦争に自衛隊が参戦する道を開いた。
すなわち、日本を「戦争のできる国」に変ぼうさせた。
しかし彼らは、そのことが憲法違反であることを誰よりもよく分かっている。
であればこそ、憲法改正を通じて、後付けでも「安保法」を合憲とし、日本を「戦争のできる国」にしようと躍起になっているというわけだ。
以下は昨日の私のスレの中の記述を再掲。
高市・自民党政権がそこまでして、日本を「戦争のできる国」にしようとする狙いは何なのか。
人殺しゲームの鑑賞でないとすれば、残るのは「金目」。
武器商人は、継続的に武器、弾薬が売れなければ生きていけない。
継続的に武器、弾薬を買ってもらうには、それらが一定期間で消費されなければならない。
すなわち、武器商人は、武器、弾薬を消費してもらうために定期的に世界のどこかで「戦争」が起きていることが必要という宿命を抱えている。
米国の姿がそれだ。
それでも足りなくて、米国の軍事産業を税金で支えているくらいだから、救いようがない。
それも限界を超え、各国に防衛費の増額を強要し、米国の武器を高額で押し付けようとする米国。
拡大抑止などと恩に着せられ、日本は格好の「カモ」にされてしまっている。
高額な武器購入を正当化するために、政府・自民党はいたずらに戦争の危機を煽り、あろうことか、中国の主権を侵害してまで「台湾有事」を煽って中国を挑発する始末だ。
高市首相の狙いは、そんな米国の猿真似、「戦争が必要な国」にすることだ。
後ろで糸を引いているのは、日本の支配者然とする旧財閥の武器商人。
既に、余った武器・弾薬を同志国という訳の分からない造語で語る国に無償で引き渡すことを始めている。
そうして武器倉庫を空け、似たような武器・弾薬を血税を使って新たに調達する。
武器輸出五原則も雲散霧消の態。
武器商人の考えそうなビジネスモデルとは、こんなものだ。
買い手は常に「政府」。
その財源は常に「血税」。
当然のように癒着し、必然的に腐敗する。
そんなビジネスモデルも、世界が平和であれば瞬く間に限界を迎え、行き詰る。
その行き詰まりを解決する唯一の方策が「戦争」。
「戦争が必要な国」となった日本。
その行き着く先は、自らが当事者となる侵略戦争。
(再掲はここまで)
武器商人たちにとって「戦争」は無くてはならないもの、そして自らが当事者となる侵略戦争をも辞さないとなるのは論理的帰結だ。
武器商人にとっては「戦争」こそが命綱。
戦争を止められたら、生きていけないのが武器商人の宿命。
御用評論家の出番が必要な理由がここにある。
「#ママ戦争止めてくるわ」
これは、平和を願い、守ろうとする人「みんなの言葉」。
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