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松下政経塾と「中田人脈」の研究 (1)
http://www.asyura2.com/0401/bd33/msg/918.html
投稿者 なるほど 日時 2004 年 2 月 27 日 03:08:59:dfhdU2/i2Qkk2
 

(回答先: 『改革』に揺れる横浜市立大(解説)[五十嵐仁の転成仁語] 投稿者 なるほど 日時 2004 年 2 月 22 日 02:36:46)

 2003年7月3日

平 智之(商学部教員)


T はじめに −佐藤市議・菊池理事の入札妨害事件での逮捕に寄せて−

 中田宏市長が6月下旬に1週間のアメリカ外遊をしても、その間に横浜での「民営化」反対運動は各方面でいっそう高揚したばかりか、5月下旬以降、与党の最側近の佐藤行信市議の公選法違反容疑での逮捕・起訴以来、噴出した不祥事・スキャンダルは、市長の帰国を待っていたかのように、7月1日の横浜市役所の幹部職員、菊池晁・総務局行政部長(兼理事)の入札妨害容疑での逮捕となって、ますます燃え広がったのである(本ホームページ掲載の諸記事をご参照いただきたい)。

 

 特に、佐藤市議が「中田市長を当選させたのはおれ。副市長のようなものだ」としばしば口にしたため、菊池容疑者が「左遷させられることを恐れ、保身のために入札情報を漏らしてしまった」と供述しているのは(『読売新聞』神奈川版、2003年7月2日付け)、まさに中田市長の「ブレイン政治」の本質を露呈している。

 

この責任を1日の記者会見で問われた中田市長は、 佐藤市議らが結成し所属する政治団体「ヨコハマから日本を変える会」の顧問であることには「責任を感じる」として顧問辞任の意向を示したが、以下のように述べているのは白々しく、あきれるばかりである。


市長は「自分の名や地位を利用しようという流れの中でこうした事件が起きたとしたら悲しいなどとコメント。「『トラの威』を借りるような行動は許されない。佐藤議員は辞めるべきだ」と指摘した。(『神奈川新聞』、7月2日付け)


これはまさしく「トカゲのシッポ切り」の論法そのものである。佐藤市議のホームページに掲載されている、さる3月15日の「ヨコハマ会」主催の講演会で中田市長はじめ中心メンバーが佐藤市議をこぞって激励している写真http://www.f6.dion.ne.jp/~yukinobu/katudou.htm 、小幡正雄「横浜みらい」市議団長のホームページには、中田市長を顧問に戴く同会結成に関する『神奈川新聞』の昨年12月19日付けの記事が得々と掲げられている事実はhttp://plaza17.mbn.or.jp/~obata/kaeru.htm 、決して消せないのである。


それにしても、容疑事実のあった1ヵ月余り後の本年4月から、高卒の「たたき上げ」ながら、局長待遇の理事および総務局「ナンバー2」の行政部長に定年を前にたどり着いたあげく転落した菊池容疑者が供述した上の「保身の論理」は、まじめ一徹で40年も市役所で勤め上げた役人としての余りにも悲しい性(さが)であろう。


実は、私はこの4月に就任した菊池行政部長とはまさに「すれ違い」に終わり、まったく面識はないが、すんでのところで関係浅からぬことになり、このように書くことは忍びない立場であったかもしれない。というのは、私は総務局所轄の『横浜市史』編集委員を18年間も務めその編さんに当たってきたが、言うまでもない中田市長と市役所の「あり方懇」路線の大学政策に明確に抗議するために、同委員をこの3月限りで辞任した。その編集事業の室長が総務局長、次長が行政部長であるので、私は3月の編集会議で前任者の行政部長はじめの職員を前に、抗議の意を込めた異例の辞任の挨拶を行なったのである。それから半月後に、菊池新部長が着任したという事情だったからである。


ともあれ、たまたまこの逮捕事件が発生したので、思わず長く書き連ねたが、その解明や追及は今後の司法当局や市議会、マスコミの仕事に委ねることにしよう。今回の拙稿の趣旨は、この事件とも深く関連するのだが、中田市長、松沢成文県知事らそうそうたる「政治家」を中央・地方政界に多数輩出して、今を時めく「松下政経塾」について、まさに佐藤、小幡両市議も重要な出身メンバーである、日本最大の労働組合の全国組織、「連合」(日本労働組合総連合会)などとの人脈的な関係を追ってみようとするものである。以下、3回程度に分けて、連載を試みたい。


U 松下村塾と松下政経塾

松下政経塾のホームページhttp://www.mskj.or.jp/index.html に掲載されている創立者、松下幸之助翁による「設立趣意書」の類を見ても明確には書かれていないが、翁の心や肚の中には、幕末に長州藩で幾多の有能な志士を育成した吉田松陰がその学舎とした「松下村塾」(しょうかそんじゅく)のイメージが、自分の姓との符合も含めてモチーフとしてあったことはまず間違いない。ちなみに、長州・萩藩士の松蔭は、ちょうど150年前の1853年に最初のペリー来航で密航を決意し、翌年の再来航に際し企てたが未遂に終わり長州で下獄した。許されて萩城外の松本村(松下村ではない)で叔父が開いた松下村塾の事実上の主宰者となり、藩士の逸材を尊皇攘夷の志士に育てたが、自ら日米修好通商条約の反対運動に投じ、その結果、「安政の大獄」に連座して1859年に30歳たらずで処刑されたのである。その弟子として、江戸の英国公使館焼打ちや下関戦争に奮戦した久坂玄瑞やその同志として闘い、農民出身兵を中心とした「奇兵隊」を創設して挙兵し長州藩の主導権を握った高杉晋作がいたが、共に明治維新を見ることなく戦死や病死をした。維新の動乱を生き延びて明治政府の高官となり、共に総理大臣まで上りつめた元老として、伊藤博文と山県有朋を輩出したのである。


まったく偶然だが、私はさる5月中旬にその長州、山口県を旅する機会があり、最後に萩市に足を伸ばし、萩城址やその城下町、特に晋作や木戸孝允の生家、そして松下村塾も駆け足で見学してきた。現在の萩市の地図にあるようにhttp://www.city.hagi.yamaguchi.jp/portal/miru/index.html、小都市ながらもやはり大藩の由緒ある城下町であった。地勢は、日本海に注ぐ阿武川の河口に広がる「亀形」の三角州であり、その頭の位置にかつてはそびえた萩城天守を望んで、家臣の身分順に家老・大臣、一般藩士(高杉家、木戸家など)の屋敷が広がり、松下村塾は川をはさんで城下外の現在は松陰神社の境内に位置し、すぐ近くに最下級の武士の伊藤家があるという配置であった。前に写真で見た記憶はあったが、本当に「離れ」のような八畳と十畳の二間しかない粗末な学舎に「松下村塾」の看板が掲げられ、付近には松蔭らの旧宅もあり、往時の雰囲気を偲んで帰途についたのである。


                                                                                

        松下村塾全景            「松下邨(村)塾」の看板


 幸之助翁は「敵方」の和歌山城下近くの出身であるからまったく縁はないだろうが、きっとその目で松下村塾を視察して、自らの「政経塾」の構想をめぐらしたことは疑いない。その結果、翁が巨額の私財を投げうって創設された「昭和の松下村塾」たるべき松下政経塾は、横浜市大からもそう遠くない茅ヶ崎市の湘南海岸近くに、下のような比較にならない瀟洒で立派な学舎を擁しているのである。


松下政経塾の全景図


 松下政経塾の理念や現況・実績などは前掲のホームページが極めて詳細であるし、これらに基づき簡潔に紹介した、横浜市従組合などが中田市政の批判的検討をした論文「中田横浜市政はどこに向かおうとしているか」http://www.siju.or.jp/kenkai/images/nakatashisei.pdf の一節を以下に引用することで、とりあえず今回は留めよう。


 中田市長を養成した松下政経塾は、松下電器の創始者である松下幸之助氏が、1980年に私財70億円を投入して設立しました。1970年代は石油危機と世界同時不況、100兆円に及ぶ財政赤字、金権腐敗政治、国民春闘やスト権ストの高揚、革新自治体の広がりなど、世界とわが国の資本主義が大きく揺らぎ、政財界に深刻な危機感が広がった時です。松下氏は、この危機を「明確なビジョンと志の高い政治家と経営者」が欠けていることによるものととらえ、そうしたリーダーとしての政治家・経営者を育成しようとしたのです。塾の運営はこの70億円の基金と寄付、利子、出版物などの収入でまかなわれます。

 塾は茅ヶ崎郊外にあり、全寮制で、毎年22才から35才までの男女を公募、数人を厳選し、政治・経営リーダーの卵として3年間訓練し、養成します。塾生には1年目は研修資金月額20万円、2年目からは研修資金月額25万円の他活動資金年額125万円〜175万円が支給され、寮費はわずか月額 4,500円です。

 ……松下氏の建塾の精神は「新しい人間観の提唱」(「人間は万物の霊長である」を下敷きにした人間礼賛)、「塾是」(国家と国民への敬愛、新しい人間観に基づく生活・経営理念の探求、人類の繁栄・幸福と世界平和への貢献、塾訓(素直心で衆知結集、自修自得で本質探求、日に新たな生成発展の求道)、「五誓」(素志貫徹、自主自立、万事研修、先駆開拓、感謝協力)」にまとめられ、塾生が肝に銘ずべきものとされています。

 塾のカリキュラムは、まず最初の1年目は指導者にふさわしい見識の基礎を固めるとし、前半は建塾の精神や政治・経済の基礎知識習得のための座学とリーダーとしての資質涵養(役員などによる各種講義、政治選挙講座、プレゼンテーション講座、論理的思考講座、ディベート講座、文章講座、広報戦略講座、英会話、日本研究、茶道、剣道、書道、座禅など)後半は国内外の現場での実践活動(3週間の米国研修も含む)が中心とされます。年度末には塾生自身が次年度以降の活動計画を立案し、有識者の審査会で厳しい審査を受けます。2〜3年目は、各自の活動計画に従い現場で活動し、年に数回の報告を行い、年度末には実践活動審査会の審査を受け、3年目には卒塾論集を作成します。財界が求めるリーダーを養成する上でよく考え抜かれたカリキュラムです。中田市長はごみ問題で実践活動を行い、熊本県人吉市のリサイクルアドバイザーを努〔ママ〕めました。(10〜11頁)


しかし、同塾のホームページでもよく分からないのは、基本的には専任教員を有さないので外部から講師を招請しているようだが、その具体的なカリキュラムは意図的かどうか、ほとんど明らかにされていないのである。それで、その中核となる政治・経済中心の講師陣は、「先輩格」に当たる系列機関のPHP総合研究所の常勤・非常勤の研究員などが多く務めていると推定されるが、次回は、それから再開するこることにしよう(続く)。

http://satou-labo.sci.yokohama-cu.ac.jp/030703taira.doc



★関連
Re: 松下政経塾 財団役員 【御用学者・評論家がいっぱい】
http://www.asyura2.com/0311/war41/msg/1368.html

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