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松下政経塾と「中田人脈」の研究 (2)
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投稿者 なるほど 日時 2004 年 2 月 27 日 03:41:23:dfhdU2/i2Qkk2
 

(回答先: 松下政経塾と「中田人脈」の研究 (1) 投稿者 なるほど 日時 2004 年 2 月 27 日 03:08:59)

 2003年7月7日

平 智之(商学部教員)

?V 松下政経塾・PHP総合研究所の「中田人脈」のブレイン・公職登用

私がこの数年、本来の専門の日本経済史から離れて研究するアメリカ史全般のなかでも、ともに民主党の偉大な大統領が19世紀前半と20世紀前半に確立した「政治制度」を中田市政は見事に意図的に導入しつつあると思う。1つは第7代大統領、A.ジャクソンが民主党の確立とともに決定づけた「スポイルズ・システム」であり、訳せば「猟官制度」である。その後に成立した共和党とともに、二大政党制のアメリカ合衆国では、大統領を勝ち取った政党が、閣僚のみならず高級公務員のポストを独占(一人勝ち)するのは周知のことである。共和党のブッシュ現政権も、大統領自らの「家業」のウォール街や石油などエネルギー産業の経営者・代表者が大挙して政権入りして次々と「対テロ戦争」に狂奔しているように、それが第2次大戦中からは「軍産複合体」と緊密に連携している。

 もう1つは、南北戦争後には共和党に圧倒されていた民主党の「中興の祖」となり、現在のアメリカ社会の基礎を構築した第32代大統領、F.D.ローズヴェルトが、登場とともに率いてきた「ブレイン・トラスト」という大学教授中心の政策顧問団の形成である。そのリーダーは、ニューヨークの名門、コロンビア大学のRモーレーとR.G.タグウェルの両教授が有名かつ有能であったが、歴史に汚点を残した学者も存在した。それは、現在の長期不況からの脱却を模索する日本でも根強い「インフレ・ターゲット」論の元祖、イェール大学教授、I.フィッシャーである。ローズヴェルトは彼らの献策を容れ、インフレによる世界恐慌からの景気回復をめざし、ドルの金価格の引下げや銀貨の大量鋳造を行なったが、貨幣の数量・価値の操作を景気政策とする「マネタリズム」の実験は大失敗に終ったのである。

さすがに、中央・地方とも「政治的独立」の公務員制度が確立している日本では、中田市長がいかに主張しても「スポイルズ・システム」はそう簡単に導入できず、私が知る限り、正式の公職ではもともと首長権限の旧助役の副市長1名を任用し、あとは強引に教育長の「天下り」人事を行なったのみである。しかし、「参与」という私的な非常勤ポストを設けてブレインを任用して、曖昧な形で大学教授に政策決定を左右させたり、市大の場合の「あり方懇」はじめの各分野の私的諮問機関の座長ら中心メンバーに、ブレインを遠慮なく送り込む不公正、非民主的な手法は、一連の拙稿で明らかにした通りである。また、「ブレイン・トラスト」の弊害にとどまらず、アメリカでも歴史上著しい「スポイルズ・システム」に基づく人事や利権をめぐる政治腐敗が深刻化したが、中田市政でそれが噴出したのが、この連載の「はじめに」で批判した、中田与党の最側近の佐藤行信市議の公選法違反や入札妨害の「汚職事件」であることは論を待たない。

 ところで、6月下旬の中田市長のアメリカ出張の「復命書」が先週、記者会見で発表された。http://www.city.yokohama.jp/se/mayor/interview/2003/03070203.html そのなかで、市長は、バイオ企業の誘致活動以外では、首都ワシントン市にある戦略国際問題研究所(CSIS)で6月23日に「日本を変える:横浜から始まる改革」と題した講演を行なったそうである。当初は公表されなかった日程なので、昨夏までワシントン駐在の文部科学省の視学官を務めていた、後述する伯井美徳教育長らが、あるいは市長外遊の「権威づけ」に企画・仲介したのかもしれない。

 それはともかく、私も前述した『横浜市史』の資料収集のために、のべ2ヵ月ほどワシントンに滞在し官庁街をくまなく歩き回ったので、CSICは訪れたことはないが、そのホームページ http://www.csis.org/index.htm をブラウズしても、民間シンクタンクとしてアメリカ政治に大きな影響を与える存在であることは容易に理解できる。上の記者発表文が誇るように、H.キッシンジャー(第37代R.ニクソン、第38代J.フォード両大統領の国務長官)やJ.シュレジンガー(同じく両政権のCIA長官、国防長官)を顧問に擁し、約130人の研究スタッフを抱えるという。

 日本の民間シンクタンクの草分けの1つは、そのアメリカに敗北し占領中の1946年に松下幸之助翁が設立した「PHP研究所」である。PHP(Peace and Happiness through Prosperity,繁栄によって平和と幸福を)という言葉は同名の雑誌の広告などを通じて、まさにそれが「国是」のようでもあった高度成長期の1960年代には、小学生だった私まで「ナショナルの松下社長の社会運動」くらいは知っていたほど全国に普及していた。しかし、その「知名度」にもかかわらず、現在は「PHP総合研究所」というホームページ http://research.php.co.jp/ を閲覧してみると、シンクタンクとしては意外なほど小規模で、10数年後に創立された上のCSISには及ぶべくもないことが分かる。むしろ、雑誌や書籍・CDなどの商業出版社といった方が全体的には正しいと思われる。すなわち、シンクタンクとしては、京都にあり、主に「松下幸之助研究」を行なう第一研究本部が研究員は4〜5人、東京で政治、行財政、経済、安全保障、地域問題などを研究する第二研究本部が10人程度の研究員で、総勢でも15人たらずの研究スタッフしか擁していないのである。しかし、特に第二研究本部でも、研究活動のリーダー格は専任研究員というよりも、客員研究員のような大学教授が務めており、むしろ研究会やレポート誌の活動ではオーガナイザーとして活躍しているのである。彼ら、PHP総合研究所の常勤・非常勤の研究員が、随時、茅ヶ崎の松下政経塾での講師に派遣され務めていると見てよいだろう。以下では、特に中田市長就任とともに、そのブレインとして名が挙がっている2名の大学教授と、前述の公職の市役所幹部に抜擢された中田市長の関係者2名について、特に各人に即して触れておきたい。

?@ 宮脇淳・北海道大学教授

 今年3月に普及するやいなや、初めて中田ブレイン一派の全体像とその狙いや手法について、総合的に明らかにする画期的な分析を行ない、わが市大はじめ横浜市の各方面に大きな反響を及ぼし、中田「民営化」反対の労組と市民が提携した運動の「起爆剤」となったのが、「中田市政を考える会」準備会の論文「構造改革論者・中田宏市長の目指すもの」http://www8.big.or.jp/~y-shimin/doc03/yo-model.pdf (以下、「中田批判論文」と称す)であったことは、これまで何度も紹介してきた。これと前後して、特に横浜市大と関係がある「あり方懇」委員や市役所出身者のブレイン、橋爪大三郎、森谷伊三男、南学、北沢猛の各氏については、拙稿も含めて佐藤真彦氏や荻原昭英氏らによって紹介と分析が行なわれてきた(拙稿「中田宏・横浜市長のブレイン研究」http://www8.big.or.jp/~y-shimin/doc03/n-brain.pdf、2ページ参照)。

 しかし、今年1月 16日に、中田市長が臨時記者会見まで開いて、市役所総務局で職員が策定していた「新時代行政プラン」の原案をひっくり返して「役人の限界」とまで市長に言わせて、市役所に大ショックを与えた一大事件があった。http://www.city.yokohama.jp/se/mayor/interview/2003/030116.html その「首謀者」が、私には中田ブレイン一派の「最高指導者」のように思われる、北海道大学大学院法学研究科の宮脇淳教授であった。その後は、「中田批判論文」がつとに看破したように、宮脇教授を中心に、南・北沢両氏のブレインと市長・助役2名が新たな原案を作り、それに職員のブレイン集団と市長の拠点、都市経営局で練り上げ3月18日に発表されたのが、市長権限を下部へ委譲する反面で、行政サービスの全面的な「民営化」をねらう「新時代行政プラン ?T」である(http://www.city.yokohama.jp/me/soumu/gyoukaku/shinjidai/shinjidai1.html その解説は前掲「中田横浜市政はどこに向かおうとしているか」http://www.siju.or.jp/kenkai/images/nakatashisei.pdf、10ページ)。

 宮脇教授の人物像については、北大の勤務先のホームページでは簡単なことしか分からず、むしろある文部科学省科学研究費プロジェクトのプロフィール http://www.global-g.jp/miyawaki/ の方が、写真付きではるかに詳細である。それによれば、やはり大学院でアカデミックな研究者教育を受けたわけではなく、大卒後10年余りは参議院事務局中心に国家公務員を務め、その後5〜6年はその間の研究歴を生かして民間シンクタンクの日本総合研究所に「転職」し、7年前に北大教授に抜擢採用されたという、トントン拍子の「出世」をとげている。そして、こういう民間出身の研究者にありがちな特徴として、「調査レポート」的な論文を大量生産するという特徴を宮脇教授も示しているようである。

 というのは、宮脇教授の研究拠点は、札幌の北大よりも、東京のPHP総合研究所にあるように思われる。前掲のホームページを見ると、同研究所は月刊誌の『政策研究レポート』を1998年から刊行しているが、2000年から宮脇教授が現在まで毎号、「パラダイム」と題する「巻頭言」を執筆している。また、メインの「レポート」もほとんどが無署名という首を傾げるものだが、財政投融資や行財政改革などのテーマが多いことから見て、おそらく宮脇教授がかなりの数を執筆していると思われる。まさに、非常勤の研究員ながら宮脇氏は同誌の「主筆」格なのである。さらに執筆活動にとどまらずに、きわめて精力的なのが講演や研究会活動である。すなわち、「公共経営研究会」という講演会の講師を2002年から10回以上も務めた上に、地元北海道の「地域創造フォーラム」などの地方セミナーを年に数回はコーディネートしている。 http://research.php.co.jp/2002/2002index.html 

以上の宮脇教授の旺盛な活動の中核テーマに最近なっているのは、あたかもローズヴェルトのブレイン・トラストが好んで命名した有名なAAA, NRA, TVAなどを彷彿とさせる、3文字略語のPFIとPPPである。PFI(Private Finance Initiative)は最近はマスコミでも報道され、徐々に知れわたってきたが、まだ一般の市民にはなじみが薄いだろう。一言でいえば、1980年代に国鉄民営化によって廃止されたローカル鉄道やバブル経済期のリゾート開発や臨海部開発(横浜の場合はMM21)の民営化手法の「第3セクター」が1990年代のバブル崩壊とともに相継いで破綻すると、衣替えをして登場してきた民間資本による公共事業開発のための手法である。http://www.city.yokohama.jp/me/kikaku/seisaku/chukiplan/yokohama_d/d02.html 横浜市でも、宮脇教授の主導で「新時代行政プラン ?T」の発表の1週間後にPFIの「ガイドライン」が制定され、今後は戸塚駅西口再開発事業などに導入される予定という。

他方、PPP(Public and Private Partnership)についてはもっと一般には知られていないし、政策というよりも理念に近いので、いっそう理解しにくいであろう。前述の「中田批判論文」では、PPPの考え方は以下のように説明されている。

 

……中田市長とそのブレインは、今まで行政が担っていた福祉について、市民の善意を利用してNPO等に肩代わりさせる“ボランティア社会"を作り出そうと考えているように推察されます。「協働」というタームは、中田市長のような構造改革論者の「競争原理」に対抗するタームとして市民のなかからうみだされたものですが、それを逆利用しています。また、最初、松下政経塾出身議員が使う「民の力」というタームは「企業の力」を意味するものでしたが、中田市長は、「民の力」を「市民の力」と「企業の力」を合わせた意味に使い、さらに、市民を前にだし、次に企業をだしています。(3ページ)

日本のPPP研究・導入の「第一人者」である宮脇教授は、実はPHP総合研究所でばかりなく、別の民間シンクタンク、富士通総研の「PPP推進室」と共同で『行政のためのPPP NEWS』いう、「メルマガ」の発信事業まで行なっているのである。 http://www.pppnews.org/ そして、彼の指導の下に、つい数日前の7月2日に「マンション・アドバイザー派遣事業」という新機軸が中田市長の記者会見で発表された。http://www.city.yokohama.jp/se/mayor/interview/2003/03070201.html その趣旨は「横浜市では様々な問題を抱えるマンション管理組合活動に対し、専門家・NPO・行政が協働して支援する」というものであるが、その具体的な事業内容を参照して、PPPの特徴を理解していただきたい。

?A 跡田直澄・慶應義塾大学教授

 次に、財政金融論の専門家、跡田直澄・慶大教授についても勤務先のホームページでは断片的なことしか分からないが、「中田批判論文」が以下のような的確な紹介をしている。

【中田市長は−引用者】財政改革(中期財政改革ビジョン検討チーム)のチーフとして跡田直澄慶応大学教授を指名し、ブレインとしました。跡田教授は、構造改革の断行、NPOと企業・行政のパートナーシップを主張していて、99年に日本NPO学会を、構造改革政策の推進者である本間正明大阪大学教授(小泉内閣経済財政諮間会議委員)とともにたちあげています。財政改革の検討チームは9月から1月まで、6回開催されました。(4ページ)

すなわち、PHP総合研究所を通じたブレイン仲間の宮脇教授と専門や関心も近く、2人で行財政改革のための「車の両輪」の役割を果たしている。跡田教授は、学習院大学から慶應大学院と正規のアカデミック教育は受けているが、数校も大学を渡り歩いており、前任校の大阪大学で、テレビ出演も多く有名な上記の本間教授とパートナーを組んでいた。慶大に移籍しても学部は違うが、小泉内閣に入閣するまでの竹中平蔵教授らの同僚や、東大・一橋大の新自由主義やマネタリズムを信奉し「小泉改革」を支える著名な近代経済学者のグループと幅広い交流を保っているようである。

そして、PHP総合研究所では、本間教授の弟子で専任研究員の田中宏樹氏らの若手研究者を率いて、『政策提言 政府金融リストラプラン』を今年5月に発表している。http://research.php.co.jp/suggestion/kinyu03/kinyuu.html これは、副題のように「民主導の資金循環を作り出すための7つの提言」を行なっている。この内容は、複雑で専門的なので省略するが、1つには個人向けの国債販売・消化を提言し、あとは郵貯・簡保事業の民営化やそれを通じた財政投融資制度の改革、政府系金融機関の統廃合など、「小泉改革」下の国の公的金融制度の改革をパラフレーズしているものである。

したがって、横浜市に直接関係するものは少ないが、実は上の中期財政改革ビジョン検討チームに跡田座長は田中氏を委員として入れており、http://www.city.yokohama.jp/me/zaisei/vision/1st/meibo.html 他には学者より実業人が多いので、当然、来るべき答申はこの2人のプランに沿ったものとなるであろう。その第一歩として6月には、国債に相当する横浜市債の20年物という新たな長期債の発行・消化について、やはり個人向けを重視するとし、また従来は市の指定金融機関の横浜銀行が主幹事の発行団で市債を引き受けていた制度を見直し、他銀行の発行団参入も発行手数料の競争の結果しだいで、認めるということにしたという。http://www.city.yokohama.jp/se/mayor/interview/2003/030611.html しかし、最近の個人向け国債発行も低利で人気が徐々に失せて、金融機関が大量に保有している国債自体の価格暴落が心配されている現状では「画餅」に終るのではないかと、私も金融研究者の端くれとして思っている。また、今回の入札妨害事件に現われたように、大小を問わず、指定業者の公正な「完全競争の理想」は、現実的には「幻想」ではあるまいか。

?B 前田正子・副市長

中田市長の就任以来、1年間も空席だった3人目の助役として、通称が「副市長」と変わった4月の新年度から、まさに中田市長の松下政経塾の7期先輩に当たり、松沢成文・県知事と同期生の前田正子氏が就任した。前田副市長については、同塾のホームページにもプロフィールがあるが、何と岩波書店の「著者紹介」のページの方が、写真付きでずっとよく分かるので、そちらを掲げておこう。 http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0228300/top.html 前田氏は、早大から政経塾を経てアメリカのMBAに幼児連れで留学し、そこで子育ての研究に目ざめ、民間シンクタンク勤務のかたわら、保育関係の著書を数冊出している。

 この点で、高秀前市政でも登用された女性の助役(副市長)として抜擢されたと思われるが、それ以前から中田市政の保育所「民営化」政策に対してブレイン役を務めていたのは、副市長就任と前後して執筆・出版した上記の岩波書店刊の著書『子育ては,いま―― 変わる保育園,これからの子育て支援 ――』の目次からも明らかである。その結果が4月23日の、中田市長による一方的な保育所「民営化」方針と4園の今年度実施の指定の発表だったのであり、前田副市長のこの問題での責任は重大である。

 また、その後の5月7日の、これも一方的な中田市長による、市大の「改学宣言」発表にも際しても、市長が場合によっては「強権発動」さえちらつかせた、市役所幹部で構成される「大学改革推進本部」の本部長に任命された。したがって、前田副市長の福祉と教育、大学に対する今後の姿勢は注目されるべきものがある。

しかし、女性副市長としての評価は低くないようであり、市議会の実質的には「唯一の野党」の共産党でさえ、今年3月の市議会では「焦点となった松下政経塾出身の前田正子氏の助役選任で、氏の著書等の保育所問題での見識を評価して同意した」ということである。http://www.jcp-yokohama.com/seisaku/policy-54.htm また、前大学教育委員で市大問題もよく担当した同党の荒木由美子市議のホームページでも超党派の女性市議と前田副市長の友好的な交流が報告されている。http://www.araki-yumiko.jp/katsudou/html/1056431502.html 

?C 伯井美徳・教育長

最後に松下政経塾もPHP総合研究所も直接の関係はないのかもしれないが、中田市長が横浜市の人事慣例を破って、旧知の文部科学省の官僚を教育委員会の教育長に出向、いわゆる「天下り」させた人事についても触れておこう。新年度の4月から、横浜市では教育委員会の事務局の長である教育長と教育委員を兼務するポストに文部科学省企画官から伯井美徳氏が就任した。http://www.city.yokohama.jp/me/kyoiku/soshiki/index.html ちなみに、教育委員長は市大の元学長の梅田誠氏であり、学長在任中は私も批判はありつつも親しく接していただいたが、今となっては市大史上に残る民主的かつ見識ある「名学長」だったと思う。残念ながら、市当局追従の「利益誘導」路線をしいた加藤祐三氏に再選を阻まれた。それを転換しようとした私ども教職員の期待と支持を集めて当選したのに、就任早々、見事にそれを裏切って、加藤前学長をしのぐ市長・市役所への卑屈な従属と迎合を破廉恥にエスカレートする小川恵一現学長とは梅田元学長は「雲泥の差」である(この点は、佐藤真彦氏の最新の小川学長批判を参照。http://satou-labo.sci.yokohama-cu.ac.jp/page142.html)。

それはともかく、期待される梅田教育委員長とは対照的に伯井教育長の就任には、各方面で物議をかもしている。まず、前述のように前田副市長は承認した共産党も伯井教育長は不承認であったし、何より市役所の内部から人事慣例を侵すものとして不満が出ているという噂である。そもそも、政令指定都市で国の官庁から「高級官僚」の出向を受け容れるのは、都道府県とは違って稀だということである。また、教育長は事務方の「上がりのポスト」で市立高校関係の最高幹部が定年間際に就任する慣例を破り、中田市長が文部科学省の圧力に屈しポストを譲り渡した、と陰で非難されているそうである。

中田市長は、同世代の伯井氏との関係を、4月1日の記者会見で次のように述べている。http://www.city.yokohama.jp/se/mayor/interview/2003/030401.html 

私が国会にいる時に教育議論をやらせてもらった。私は文教関係も議員の時にタッチしていたので、伯井さんとよく議論をした。中々、ユニークな、そしてきちんと物をわきまえてやれる、そういう人だなと思ったので、今回お願いした。

 伯井氏の「キャリア」についてはよく分からないが、おそらく文部科学省の生涯学習振興課の課長補佐を務めていた頃に中田衆院議員と知り合い、その分野の専門家の南学参与とも関係が深いのではないかと想像される。その後、伯井氏は前述のように昨年までアメリカ駐在の視学官に赴任して、帰国後に企画官を経て、市の教育長に招聘されたのであろう。とりわけ、そのキャリアからも前述の前田本部長の「大学改革推進本部」のメンバーとして、伯井教育長も加えられたので、要注意の人物である。

以上、今回は予定の分量をはるかにオーバーして、松下政経塾・PHP総合研究所を中心とした「中田人脈」の解明で終ったので、主眼の「連合」関係は次回に回すことにしよう(続く)。

http://satou-labo.sci.yokohama-cu.ac.jp/030707taira.htm

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