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TOKYO少女 東京少女
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投稿者 ねこ 日時 2004 年 10 月 03 日 16:07:11:9Uw8PbWd453oQ


クリスマスイブにデートの娘を買ったことがある。
Hなしっていう条件。拘束時間は明け方まで。
高いなぁと感じつつ、綺麗だからまあ仕方ない。
食事して映画みて、すこし飲んで、場所を変えてまた飲んで。
話が弾んで楽しくてあっという間に明け方になった。
こういうのも悪くないと思った。
時間になったから開こうと言って、電車動いてる時間だし駅まで送ったら
「帰りたくない」と言われた。
金ないし。延長はしないよってきっぱり告げると
じゃあわたしが出すからホテル誘って…と。
繁華街にそのまま歩いて戻り、
結局ホテルでその娘に子供みたいにしがみついて、長いことぐっすり眠った。
髪から煙草とミツコと何か甘ったるい少女系コスメの匂いがした。
ハンドバッグに10センチくらいのピンクのクマのぬいぐるみが入ってて
やけに汚れてて、イメージと随分かけ離れたもの持ってるんだねと聞くと
お守りなんだと言ってた。
翌日の頭がすっきりした感じと爽快感は今でもはっきり覚えてる。
もう長いことあの爽快感を経験してないな。


彼女と渋谷駅で別れる瞬間
彼女が山手線の開いたドアに今にも吸い込まれようとしたそのとき
彼女は何を考えたかいきなり回れ右をして電車をやり過ごしてしまった。
「アドレス交換しよ」
と言って強引にぼくのポケットからケータイを引っ張りだす。
向こうはおそらく仕事専用ケータイ。
こっちは隠れることのできない丸裸の自分自身情報。
こういうのは好きじゃないし、自分らしくない。
イブの日にお金で女の子を買った情けない男だけど
そこに溺れるほど子供でもないんだけどな。
得たいの知れない営業メールが今後山ほど送られてくることを思うと鬱になる。
だけどケータイは彼女の手にあって、素早い指先技でぼくのアドレスは彼女の中へ。
勘弁してくれと口に出すのはさすがにかっこ悪いから
誤魔化すように彼女のさらさらの髪を撫でてみた。
「じゃあね」と言って、彼女はふざけて全力でぼくにしがみついてきて顔を上げ。
女の嫌らしさ全開の笑顔で
「また会いたいよ」って言った。
笑顔はぼくの下半身を一撃で起立させるほどのパワーがあって。
あの甘ったるい匂い。
小さな肩。
また電話しちゃうんだろうな、おれ。


書いてたら、どんどん自虐的な気分になってきた。
当時を思い出しながら書こうとするが、
記憶は曖昧で時間の順序もめちゃくちゃなことに気づく。
最初の出会いをきっかけに彼女とは微妙な関係が長く続く。
どうせだから最後まで書こうと思う。
一日にアップできる量は多くないけど
続きを希望してくれる人がいれば書きつづけようと思う。
当時のデートクラブのお姫様に魅了された哀しい喪男の物語だ。これは。
笑ってやってほしい。
それからトリップつけてみた。


大晦日になっても片付かない仕事に悪戦苦闘しながら
同僚と年越しするのだけはやめようと
缶コーヒー飲みながら誓い合い、
その数秒後に無理だと即答されて大笑いした。
そのときケータイが震えた。と記憶してる。
彼女からだった。メール。

 >-クリスマスは一緒にいてくれてありがとう。
 お正月の三日間のどこかでお会いできませんか?

営業メールの第一号が早速やってきた。
それにしても早い。すごく早い。
彼女は仕事熱心なのか世間の時間の流れに無頓着なのか…
でも正直に言うと実はすごく嬉しかった。
向こうはお金のため、と頭では分かっていても口元が緩む。
それから彼女の香水、ミツコじゃなくて、
あのかすかな甘ったるい匂いを思い出そうとして何度も失敗。いらいらする。
彼女の手管に見事にはまったようだけど
全面降伏はさすがにかっこ悪いから意地の悪いレスで応戦してみた。

 >元旦は無理。2日、3日なら空くと思う。
 隠さず素直にカムするけど、ぼくは制服フェチ。君が学校の制服で来てくれるなら会いたい。
 下着見えるぎりぎり丈でよろしく。

たぶんもうレスはこないだろうと思った。
なぜかというと、最初の雰囲気からこういう内容には拒絶反応しそうな気がしたから。
完全に割り切った風俗の娘って感じでもなかったし。
もう一度会いたいのは素直な気持ちだけど。
待機画面になったままロゴを回転させてるPCをつついて起動する。
徹夜覚悟のpm11:00ってなんでこんな眠くなるんだろうな。
しかもさみしい。


元旦の昼過ぎにケータイが鳴った。
前夜はそのまま朝まで仕事が続き、家に戻って爆睡予定のつもりが
寝つけずに雑煮をすすりながらぼんやりテレビを眺めてた。

 >-りょうかい。マジ制服でいくけど引かないように。
 で、いつ?明日、あさって?

引いてしまった。ほんとに来ると書いてある。
だらだら気分が吹っ飛び、頭がしゃきっとする。
脳内ではグレードレッドの非常事態。ニューロン兵士があわただしく駆け回り
黒人軍曹の口汚い罵りとちかちかまたたくハザードランプの高速回転。

 >明日にしよう。場所はまるきゅう2の地下。あの喫茶店。
 なあ。ところでまさかイブ料金のままじゃないよね。

速攻のレスが返ってくる。

 >-おっけぃ。ちなみに、にがけ。

こっちもすぐに返す。

 >よんがけ。嫌だったら他の娘探す。君ほど綺麗な娘はみつからないだろうけど。

 >-無茶いってるよ。おっけい。りょーーかい。今回だけ、よんがけ。特別だよ。
  あなたにきれいって言われるとうれしい。ほんとだよ。

ケータイを閉じるとどっと疲れが戻ってきた。
雑煮を下げようとする母を止めて、自分の食べた分を台所に運ぶ。
それから自分の部屋に戻ってベッドに倒れこんで翌朝まで眠り続けた。
キャラメル色の長い髪。
かきわけると、白くてつんととんがった顎につらなるラインがあって
顎骨に薄く乗った皮膚はかたいようで柔らかくて
そこに自分の顔を重ねたところを想像する。
でも、どうしてもあの甘ったるい匂いが思い出せない。

新年2日の渋谷は人で溢れてた。
待ち合わせ場所は地下道で繋がっていて向かうのは楽だったけど
入店することができなかった。満員だ。
そこで、ぼくは場違いなほどでかい声を上げてしまったんだと思う。
やんわりと入店を拒否する店員の後ろに彼女が立っていた。
約束を守って制服姿で。
店内の客が一斉に振り返りぼくと彼女を見つめ、そしてすぐに興味を失う。
かわいい女子高生と、どこにでもいそうな年上の友人。
そんな風に見えるんだろうか。
考えてみればいままでこういう経験ってなかった。
この狭い室内で、ぼくは彼女の側にいてもおかしくない存在なんだろうか。
客があたりまえのように、ぼくと彼女がここにいることを容認してくれた気がして
安心したような、嬉しいような、得意な気分になった。
ふつうの女性はぼくなんかに興味を示さない。デートはしたこともないし、誘ったこともない。
今まで一度だって味わったことのない感覚。
金で買った擬似的イケメンの体感。
「出よう。ここ空気悪いし」
彼女がぼくのコートの袖を引く。そしてまた渋谷の喧騒の中。

寒い中、地上を30分近く彷徨ったのち
南口のスターバックスで暖かいコーヒーにありつく。
ここは席すらない。バス亭と路肩を仕切る、たるんだチェーンに腰掛けてコーヒーをすする。
「これ、今日の」
彼女の手を握りたかったのかもしれない。
唐突に紙幣を筒状にまるめた束を彼女の手のひらに乗せる。見えないように。
ぼくの手のひらはやけに汗ばんでいたけど、彼女の手のひらは冷たかった。
「ありがとう」と言って彼女は素直に笑った。
グレーのミニスカート。丈はかなり短かい。
Pコートに包まれて、残念だけど太ももはちょっとしか見えない。
ここの慧眼なスレ住人の前で制服の細かい描写は避けるけど
紛れもない本物のじょしこーせーが目の前にいた。
寒そうに猫背にまるまって、紙のカップを両手で持っている。
彼女はまじまじと見つめるぼくの視線に気づいたのか
「化粧してないよ」と言った。「制服好きな人ってさ、お化粧嫌がるんだよね」
それから「ほんとはちょっとだけしてるけど」と付け加えた。
「お腹はへいき?」
「うん。まだへいき」
「じゃあ、行きたいところは?」
「え?付き合ってくれるの?行ってもいい?」
どこへでも、お姫様の行きたいところへ。
まるきゅうで服を、原宿に移動してスニーカーを見てまわり
キディランドで巨大なガムボールを2個買った。
お姫様はご満悦で、それからだしぬけにお腹がすいたと言い出した。
原宿かぁ。
このあたりの知識はほぼゼロ。しかも新年2日に営業してる店なんてない。
しばらくして、ふと年中無休のスタンドカフェを思い出した。
あそこなら何か食べさせてくれるかもしれない。

ベーコンのサンドイッチ4切れをぺろりとたいらげてココアを飲み
トマトをガーリックで炒めたのが美味しいと、もう一皿おかわりして
ストーブにしがみついたまま、カルアミルクを飲んでた。
あっというまに男の店員と仲良くなるのは、顔の綺麗さと血のせいか。
ぼくは自分が買ったスニーカーの箱を「ほら」といって彼女に渡した。
「お年玉。安物でごめんな」
「ん。なにこれ?ヒロのスニーカーじゃないの?」
「君のスニーカー。さっきの店で欲しそうに見てたでしょ。買うときに入れ替えてもらった」
話ながら、いきなり自分の名を呼ばれてドキっとした。
自分の名を女性にこんなに親しげに呼ばれたことなんてない。キョドったかもしれない。
履いていたローファを箱に詰めなおして、新品のスニーカに履き替える彼女。
ほんとうに嬉しそうでとても演技には思えなかった。
体が温まり、お腹もよくなって店を出た。
「すぐ帰っちゃう?」と彼女
「いや、どっちでも。でももう充分楽しかったよ。駅まで送るよ」
東郷神社境内に入ったとき、彼女が腕を組んできた。
「ねえ、ホテルいこ」
「は?Hは無しなんじゃなかったっけ」
「今夜はホテルまでサービス料金に含まれてますけど。キャンセルされますか?
ただしホテル代は別途料金になります」
制服でも平気なホテルは目黒にあった。彼女の案内。
反射照明だけのいかにもなモーテル。
空調の振動音だったか、ほんとうに雨が降り出したのかもう覚えてない。
そのあと彼女の腕の中に全部忘れた。
静かな寝息。
甘ったるいあの匂い。

深夜に目が覚め、トイレ。
エビアンを冷蔵庫からひっぱりだしてガブ飲み。
冷蔵庫から漏れる明かりで彼女のバッグがひっくり返っていることに気づく。
始まりはそんなに激しかったっけ?
バッグを手に取って、散らばった中身をひとつづつ放りこんでいく。
ピンクのクマに化粧品に、なんだこれ、手のひらサイズのおもちゃのピストル、財布、
ハンカチ、ボシュロムのレンズケース、ケータイ…
そこで手が止まった。
一枚のフロッピィが指先に触れた。ピンクスケルトンの3.5インチ。ラベルは無い。
いつもなら気にも留めないんだろうけど、持ち主は10代の女子高生。
おまけに可愛くて、ぼくの心に住み着きつつあるその本人。
何も考えずに備え付けのPCを起動し、フロッピィを突き刺す。
カタカタと音がして、彼女の秘密があっさり表示される。
メモ帳のファイルがふたつ。
エクセルのファイルがひとつ。
メモ帳はすべて英文で馬鹿なぼくには読解不可能。
エクセルのほうは、ケミカルっぽいちんぷんかんぷんな英単語と数字の羅列。
結局のところ、ぼくには彼女の秘密に触れるその資格すらないらしい。
自分の捨てアドを呼び出し、内容をコピーして放りこむ。
それから友人のオタにメールしてエクセルの内容よろしく、と可愛い顔文字付で送付した。
ベッドに戻り彼女を背後から抱きしめるその前に
ちょっと気になって彼女の手首と、太ももを調べた。
真っ白。なんの痕跡もない。
お姫様の寝顔は、お姫様そのものだった。
フロッピィのことはすぐに忘れた。
眠かったしひどく寒くて彼女の温まった背中の方が、あのときはよほど魅力的だった。

明け方近くに目覚めて、彼女を叩き起こした。
まだ眠いとグズる彼女をなだめ、制服を着せてやり、靴下を履かせた。
転がったスニーカの片方を探そうとベッドの下を覗きこんだとき
ミニスカートと太ももの境界線
えっちサイトに転がってるローアングルな定番画像がフラッシュバックして
突然、彼女を傷つけてやりたい衝動に駆られた。
右足首をつかんで、手前に引くと彼女はあっさりベッドに倒れ
ぼくは柔らかい真っ白なふとももに顔を埋める。
何の抵抗もない。
しわくちゃになったベッドのシーツに顔を半分埋めたまま
眠いような焦点を結ばない綺麗な瞳がぼくをじっと見ていた。
いつかテレビで見た
ライオンに倒されたシマウマの子供を思い出した。
どこを見ているのか分からないあの大きな黒い眼球。
喰われながら痛いのか怖いのか悲しいのか判別不能な、だけど憐れみを誘う瞳。
欲望は一瞬に蒸発して
それからぼくは少し落ちこんだ。


ホテルを出た。
ぼくが先に通りに出て、
人がいないことを確認してから彼女に手招きした。
場所柄、こんな早朝新年3日目に人がいるはずもないけど制服はやはりまずい。
機敏な動作でさーっと駆け出してきた彼女が、ぼくの腕をブレーキにとまる。
同じタイミングで、いかにもなおやじと女子高生が一組出てきた。
早足で歩き去りながら後ろをちらっと一瞥して
勝った。と叫び声を上げた。頭の中で。
勝負になってなかった。髪の毛の一本まで姫様の圧倒的でまったく一方的な勝利。
これも金で買った勝利か?と自問自答したけど考える意味も無い。
ぼくはこと女性に関してはガキで子供だってこと。
かわいい姫様が隣にいて有頂天になっているだけだ。
目黒駅まで長い距離を歩きながら
「今夜もお姫様を買いたい」と言ってみた。
彼女は前をみて歩きながら瞳だけこっちに向けて意外。と言いたそうだった。
済ませたい用事があるとかで、彼女は渋谷方向の山手線ホームに消えた。
ミルクスタンドで牛乳を買った。
冷たすぎて味がわからなかったが、頭はすっきりと冴えた。
ケータイを取り出して友人のオタにメール。
こいつは電話が嫌いでコールするだけ無駄。絶対に出ない。
昨夜のメール届いたか?内容は把握できそうか?いたらレスくれ。
駅構内は閑散としていて寒さがつらくなってきたので
営業開始したばかりのスタンドカフェへ。
暖かいコーヒーを注文して、うとうとしているとメールが届いた。

メールは彼女からだった。

 >-今日も誘ってくれて嬉しかった。
  家に帰りたくないから、どこかホテル予約してもらえませんか?
  それから割引はなしで。でも、ホテル代はその中から払ってもらっていいです。
  今夜もいっしょだね。楽しみ。

何度も読み返してしまうのは、本気で好きになりつつある証拠なんだろうか。
コーヒーをすすりながらレスする。

 >わかった。探してみるね。それから制服じゃなくてもいいよ。
  制服フェチは嘘。お姫様の好きな服で。

送信が終わると登録アドレスから、
仕事柄よく使う都内のミドルクラスのホテルに電話する。
たまたま偶然にも友人本人が出てくれた。
正確には友人といえる仲じゃないけど、仕事で知り合って数年になるし
年も近いせいで何度かいっしょに遊んだこともある。
嘘をつかず正直に話をして、予約を入れた。
向こうが電話を置くとき、「安心して利用してほしい」と言ってくれた。
明日には忘れるという意味だと思う。
持つべきものは友達。

チェックインの時間までホテルのロビーで過ごした。
仕事を終えた友人が来てくれ、飯でも食おうということになった。
美味いチキンライスを出してくれる洋食屋があるというので、迷わずそこへ。
しかし入れ込んだものだね。とスプーンの先をぼくに向けて友人は言った。
経験あるし分からなくもない、と。
うん。とだけ言っておいた。まあ、本気にならないこった。
会話の内容は、いつの間にか昔行ったビリヤードのスコアの話になり
スコアが友人の勤務記録の話になり、仕事を変えたいっていう愚痴になり始めた頃
オタがメールしてきた。
内容は重く、あっさりとしたものだった。

 >アンフェタミン。意味わかるかい?詳しく知りたかったら、まずそっちの情報教えろ。
  このファイルはどこで拾った?なぜこの内容を知りたがる?
  とにかく全部話すこと。話はそれから。

嫌な予感がした。
友人に、部屋にPCが欲しいと頼んでみた。
構わないよ。ぼくのを使ってくれていい。とふたつ返事で了解してくれた。
すぐに部屋に運ぶよう、誰かに頼んでおくよ。
店の前で友人と別れ、ぼくはそのままホテルに戻った。
さすがにホテルのサービスらしく、ノートPCがベッド脇のサイドテーブルに早速用意されてた。
彼女が来るまでに、面倒なことは済ませておこう。
メールをまとめるのに数分。
送信してからベッドに横になってすこし眠った。


1時間もしないでオタからメール。

 >まずエクセルファイル。
  ここに載ってるのはストリートドラッグのリスト。
  ほとんどが合法なんだけどやばいのもある。
  でも、まあそんな目くじら立てるほどじゃない。
  ほんとうにやばいのは最下行のひとつ。
  βエンドルフィン。分かりやすく言うとモルヒネ。
  たくさん地紋のようにならんでる数字はおそらく買い付け個数と
  支払った額と残高。
  これはただの推測だけど、このファイルのみで考えると
  このファイルの製作者は126万の未払いがある。

目がしょぼしょぼした。
なんでぼくはいつもこうなんだろう。
関係ないことに首を突っこんで、面倒に巻きこまれる。
2通目が送信されてきた。

>テキストエディタの2通。
  こっちはよくわからん。
  とにかく一見すると英語がネイティブで使える誰かが
  その家族に宛てた手紙。
  それ以上のことは何も書いてないようにとれる。
  エクセルファイルにこじつけると
  中に書かれてある住所が特別な意味を持つとか。。。
  もちろんエクセルファイルと因果関係は
  まったく無いのかもしれない。
  たまたま同じメディアに記録しただけとか。

しかしすごいな。さすがオタ。医大出身のひきこもりだけのことはある。
顔がキモイってだけでヲタ扱いされてた可哀想なオタ。
ぼくだけは愛してるよ。


ありがとう。もうお腹いっぱい。それから助かったと追加して
オタにメールした。
送信と同時に、入れ替わりで3通目が送られてきた。

>ただ盗み見したいだけなら、もう充分だろ。
そのくらいでやめとけ。
おまえがモテないのはよく知ってる。
だからって誰でもいいと言うなら、心の底から軽蔑してやろう。
その手の女はやめとけ。
おまえの手には負えない。
悲しいならいっしょに飯食ってやるから。
出すもの出してさっぱりして、すぐに帰ってこい。

ありがとう。オタ。
飯をいっしょするのは願い下げだけど気持ちはうれしいよ。
オタからの意外なメールにじ〜〜んとなってると
ケータイが鳴った。彼女からのメール。

>-買い物してから向かいます。もうすこし時間かかるかも。

またオタから。

>書き忘れた。リストに日付があって、何度か変更されてる。
日付の変更といっしょに、数字がいくつか更新されてる。
在庫を動かしたとか?まあ、どうでもいいか。

彼女から

>-ね。淡いグリーンと白とどっち好き?

ルール違反はわかってるけど
声を聴きたいからほんとうのケータイ番号を教えて欲しいと彼女にメールした。
あっさり一蹴されるだろうと思ってたのに
彼女からすぐに電話がかかってきた。
ぼくはホテルの名と場所を教え、早く会いたいと言い、どっちかっていうと白かな。
って馬鹿丸出しで答えた。ごめんなオタ。


180 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/08/23 19:27
フロントから連絡があり、来客とのこと。
部屋へ通してほしいと伝えると、間もなく彼女がやってきた。
たくさんの紙袋を肩から下げたまま第一声は
「綺麗なホテルだね。こんなとこはじめて」
気に入った?と尋ねると、うんうんとうなずく。
口からチュッパチャプスの白いスティックが飛び出してて
首の動きに合わせて大きく上下する。
ぼくは最初に話しておこうと考え、手をとり
ふたつあるベッドのひとつに彼女を座らせた。
この頃になると、ぼくは完全に彼女に魅了されていて
離れることが考えられなかった。
お金のことはどうでもいいとさえ思った。
貯金すべてを失うわけじゃなし、
そのうちの何割かで、美しい思い出を買うのだと自分に言い聞かせ
しかもその言い訳を本気で信じさえした。
話があると言った。
きょとんとして、ぼくを覗きこむ彼女。
チュッパチャプスのスティックの動きがぴたりと止まる。
「ぼくの休みは6日まで。あと3日だね。その間ずっと君といっしょにいたい。
場所はこのホテルかな。実はもう6日までキープしてあるんだ」


181 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/08/23 19:31
彼女の視線が宙を泳ぐ。
スティックの先を小さな指先でつまんで
紫色のキャンディーを口から引っこ抜いて彼女は言った。
「うん。いいよ。お家に帰りたくないから、泊まる場所探そうって思ってた。
このホテルなら最高。ヒロともいっしょにいれるし」
ほっとするぼく。
じゃあ、そんなわけで値段交渉なんだけど…
ベッドから彼女をひきずり下ろし、後ろから抱きとめるようにして
ちょっとシリアスに彼女とふたりで彼女の残り3日間の値段を決めた。
結局、ぼくが考えていた範囲の最大値で彼女はOKをくれた。
「よゆー」と言って笑ってくれた。
あと3日。
その間、全部忘れようと思った。
仕事とか、友達とか、ぼくのまわりのこと全て。
彼女のことだけ考えよう。
彼女の着ていた黒のノースリに顔をくっつけると新品の匂いがした。
買い物ってこれだったのか。
よくみると上から下まで新調したらしい。
制服はコインロッカーへ?
家には帰らなかったんだね。
用事ってあのフロッピィを誰かに渡すことだったのかな。
ああ。まあいいや。
考えるのはやめよう。
彼女を抱きしめていよう。


222 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/01 00:38
ごめん。
>>70だけど最後の書き込みからしばらく
アク禁くらってて書き込めなかった
その後レスもなかったし飽きられたかと思ってた
要望があれば続けます

227 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/02 04:12
いまさらこんなことを言っても誰も信じないだろうけど、これは体験談です。
当時の時間の流れたままを小説ぽく書いています。
なぜ、そうするかというと、照れもなくなく自分じゃないように書けるからです。
いくつかはもう忘れてしまっていて曖昧で、もちろん脚色もあります。
例えば彼女の口調とか。
実際にはもっと今っぽくて、簡潔で、手短で、もっともっと可愛いかった。
ぼくの筆力なんてたかが知れてるのでこんな風にしかまとまりません。
メールもここに書いた何倍もの量を、彼女とそしてオタの間で交わしました。

ありがとう。>>223
じゃあリスタートします。

228 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/02 04:16
「お腹すいてない?」
「ぺこぺこ。何か食べないと死んじゃう」
おーけい。
ホテルからちょっと歩くけど、すごく美味しいイタ飯がある。
あたかも詳しいそぶりで説明する。
でも実は仕事で何度か行ったことがあるだけ。
店に向かう途中、母から電話があった。
食事を作ってるのに父さんまで消えたと抗議の電話。
仕事で6日まで戻れないと手短に説明すると、ため息と空電のノイズ。
良心がちくちくしたから、母の電話を切ったのち弟に

 >母さんが風邪。倒れたみたいだ。すぐ帰ってくれ

とメールしておいた。
弟は晦日から彼女の部屋に入り浸り。
ぼくはお金で彼女の側にいれる可哀想なやもめ。
労働と賃金は平均化されるべきなんだよ。弟よ。
ぼくと弟ではすさまじい不平等にあるからね。
彼女がニヤニヤしながら、ぼくを見てた。
それから
「いいよね。お母さん優しくてさ」と言った。


229 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/02 04:21
ぼくと彼女のつかの間の仲じゃ当然かもしれないけれど
ぼくは彼女の家庭とかいつも暮らしてる環境を知らない。
帰りたくない。
と何度か聞いた彼女のセリフをすぐに思い出した。
何かあるんだろうな、と憶測しながらも聞けないし
あれこれ考えてから
「白と緑って何だったの?」と間抜けな質問をしてしまった。
彼女は笑いながら、「うん。白と淡いグリーン」
ニヤニヤ笑いを浮かべたまま、今夜のお楽しみだと言った。
あ、なるほど、そうか。
だったら緑だったのにな。
ぼくの前を走ったり、いきなり腕を組んだりせわしなく歩く彼女を見つめる。
ローライズのデニムに小さい紙のタグが残ってるのに気づいたから
彼女の腰に手をまわして、バリっと剥ぎ取ってあげた。
ん?と訝る。
タグ残ってたよ。とぼく。
小さな紙切れには「ミスシックスティーン」と英文で書かれたロゴが
ピンクの文字で印刷されてた。
16歳ね。
彼女は実際には20くらいなのかもな。
妙に大人びてたりするけど15だったりして。
真実は闇の中。最後までぼくは彼女の年を知る機会がなかった。


231 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/02 04:24
店は意外にも人が多かった。
はぁ。予約しといて正解だった。
3日だから。という理由は都心じゃ関係ないのか。
席に案内されると、コートを店員に渡した彼女が
「ヒロってさ。実はすごく遊んでるでしょ」と言った。
これには笑った。
実は、と彼女が言ったのには、見かけと違ってというニュアンスが強く含まれてて
喪男なのになんでこんなとこ知ってるの?と言いたげだった。
「いや、仕事でさ」
と正直に答える。
でも、彼女にはそれが真実とは伝わらないだろうな。
ぼくは彼女の頭の中でちょっぴり再構築され、彼女の男を見る目がやや改善される。
そんな馬鹿げたことを想像して笑ってしまった。
ぼくは姫様が推測するままの男。
食卓には高そうな分厚い刺繍のクロスが2枚かけられてて
店員が運んできたパンをぼくがいくつか選ぶと
直接クロスに無造作に並べられた。
彼女が好奇心に溢れた子供っぽい熱い視線で、給仕の手の動きを追う。
「食べてもいいのかな?」
「もちろん」とぼく。「コーヒーとか先にもらう?」
「ん〜。お酒飲みたい」
「好きなワインとかある?」
「よくわかんない」
ぼくもよく分からないから、給仕に選んでもらった。
パンを千切る彼女の手の動きは子供みたいに元気で
蝋燭の明かりと飲めないお酒でぼんやりしながら
ぼくは彼女の指先から肩
華奢な鎖骨から首すじ
そして唇が上下する様を見つめてた。
綺麗だよ。姫様。ここで食べたいよ。


232 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/02 04:28
>>227 大げさにも「筆力」なんて書いてしまった。後悔。


233 :('A`) :04/09/02 04:44
>>232
そんなこたどーでもいいから早く続きを書け


234 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/02 07:37
メインが運ばれてきたあたりから
ふたりとも無口になって、それこそ食事に夢中になった。
なにしろ飢えてたし、こんな美味いとこ滅多に来れないし。
食事の後ぼくはエスプレッソ
彼女は飲み続け、デザートに手をつけないでそこからワインをもう1本空けた。
彼女がテーブルにだらっと、でも心地よさげに投げ出した手を握った。
閉じていた目をさっと開いて「どうしたの?」と小声で言う。
「綺麗だな。と思ってさ」
彼女の唇が左右へ引っ張られて、柔らかな笑顔、形のいいハイフンが作られると
彼女は突然テーブル越しにヘッドバッドしてきた。
彼女は美味しい食事を心の底から楽しんでて
こういう店でみょうにかしこまったり、ぎくしゃく上品に振舞ったりしないで
気後れすることもなく、ぼくといることを仕事と割り切ってないように見え
しかもリラックスしていた。
やばいな。ほんとうにやばい。
好きになってしまいそうだ。心底。
彼女は、はたと自分の前に置かれたケーキに気づいたかのように
それをしげしげと眺め、それからつつっとぼくの方へ押し出した。
「どうした?」
「ケーキ嫌い」と彼女。
「甘いの嫌いなの?」
「甘いの好きだけど、ケーキは嫌い」
しめたとばかりに2つめのケーキを頬張るぼく。
2杯目のエスプレッソを飲み出したあたりで
ぼくはだしぬけに気づいた。
彼女の首筋とか衣類にかすかに残ったあの香り。
バニラエッセンス。
すると彼女の実家は菓子屋なんだろうか。
いや、それにしてもバニラエッセンスの匂いってそんな強いのか?
バニラエッセンスの匂いだけ付着するものなのか?
彼女は菓子屋を経営する両親と上手く折り合ってない?
だからケーキが嫌い?
「さきっちょだけかじらせて」
そう言って手を伸ばした彼女の一言で、ぼくの推理は跡形もなく消し飛んだ。


235 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/02 07:45
気分よく店を出て、それからタクを拾おうとすると彼女が制した。
次はわたしが案内すると言い、まだ飲み足りないと付け加えた。
彼女の手を握り、ゆるやかに蛇行しながら繁華街からは逸れた方へと向かう。
夜風が気持ちよくて、珍しく彼女は身の上話をした。
「ヒロには優しいお母さんがいていいね」と。
「わたしね、お父さんにはもうずっと会ってないんだ」と。
向かった店は青白く光る模造真鍮の路上行灯が出ていて、
いかにも今っぽい安普請な、でもかっこいい造りで
中は雑誌の中でしか見たことのないようなおねえさんが沢山いた。
これじゃ場違いだ。ぼくがいていいような場所じゃない。
カウンタの一番奥のさらにその奥のテーブル席に座ると
すぐにホールのおねえさんがやって来て注文を急かされた。
肌がプラスチックみたいな、均一の茶色。染みひとつない。
頭も小さくて髪を後ろにひっ詰めてるせいで黒人女性のように見える。
白いストライプの入った黒の光沢のあるジャージ。
お腹はむきだしで、美しい筋肉で覆われている。
ジンジャエルとカルアミルクを注文して、それからやけに恥ずかしくなった。
「ここね、変なやつがあんまりいないし、朝までやってるし、
店員がちゃんとしてるからひとりで酔っても平気」
変なやつに何かされるんだろうな。彼女が酔ってると。
それから10分もしないで彼女はすやすやと寝息を立て始めた。
ワイン2本のうち1本と半分は彼女の胃袋の中。そりゃ寝ちまうか。
テーブルで勘定を済ませて、彼女を連れ出そうと抱えあげると
店内の客から、おおっ、と声が上がった。
内心ぼくは、彼女がダウンしてしまったせいで、心細かった。
こんな場違いな場所にひとり残された心境で臆病になり、早く退散したかった。
別に気取ってお姫様だっこしたわけじゃないんだけど、
妙な焦りで思わずやってしまったんだと思う。完全にキョドってしまってた。
ホールの女の子が気を利かせて、彼女のコート、
ウサギ毛の手首がふくらんだ灰色のプードルみたいな毛の塊とバッグを運んでくれ
おまけにドアまで開けてくれた。
「お気をつけて」と言ってくれたホールの女の子の口調は機械的で
見透かされたような気分が和らいで、それがせめてもの救いだった。


236 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/02 07:53
店を出ても彼女はいっこうに起きる気配がなく
タクが通るまで彼女を抱え上げたまま待つことなった。
ちっとも苦痛じゃなかった。
彼女は軽かったし、感触は心地よかったし、彼女の髪に顔を近づけたりもできた。
背後でさっきいた店の音楽とざわめきが大きく聞こえたので振り返ると
ドアが内側にやや開いたようだった。音が漏れたんだ。
次に、ドアが大きく開かれ、あの女の子が走ってやってくると
「これ、りかに渡して上げてください」
と言って一枚のフロッピィを彼女のバッグに押し込んだ。
タク呼びます?と言ってくれたけど、丁寧に辞退して、大きい通りまで歩くことにした。
タクはすぐに捕まり、彼女を乗せるとき
「りか。タクシー来たよ。これから帰るよ」とわざと彼女の名を入れて話しかけた。
彼女は一瞬目を開いてぼくの顔を確認したけど、すぐに興味を無くてまた深く眠った。
りかっていうのか。
どういう字なんだろう。いや、それすら偽名なのかもな。
道路は渋滞ぎみで、ホテルに到着するまでけっこうな時間がかかった。
ぼくもいつの間にか眠ったようで、運転手にホテルの近くで起こされた。
場所をそう指定したので、ホテルのロビーに横付けな間抜けは避けることができたわけだ。
部屋に戻って2時間ほど眠った。
寝苦しくて目が覚めたんだけど、彼女がしがみついてきてたせいで寝汗をかいてた。
そういえば、着替えとか用意してなかったんだよな。
シャワーを浴びてクロゼットからバスローブを取り出して着た。
鏡に映すと笑えるくらい似合ってなかった。
服だけでも取替えに朝早くにでも家にもどるか。
そんなことを考えながら、寝てる彼女をひっくり返し、服を脱がせ
ブラだけ取ってシーツでくるんだ。
彼女の下着は真珠貝の殻のような曲線が刻まれていて白で
その下着に包まれて横たわる彼女はおそろしく魅力的だった。
でも酔って寝てるし、まぁ仕方ないか。
煙草を吸ってから、彼女のバッグからフロッピィを取り出した。
ぼくは誰か他人の持ち物をひっかき回したりなんて普段しない。
けど、不思議と罪悪感はなかった。
フロッピィの中には、10kの画像ファイルが3つ。
拡張子はgifでブラウザでロードすると真っ黒な画面。
またまたオタに登場願うか。

244 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/02 19:05
画像ファイルをダウンロードしてオタにメール。
特に注釈は付けずにこれもよろしく。と。
それにしても一体なんだろう?
どう見てもただの真っ黒な画面だ。
液晶のせいで微妙な色合いが見えないだけなのか?
彼女は寝ているとはいえ、傍らにいるのに、注意が足りなかったのかもしれない。
それとも浅い罪悪感のせいで、大胆になっていたとか。普段はもっと繊細なはずだ。
そのとき寝ているはずの彼女がむくっと起きた。
なんの前触れもなく、機械仕掛けで動く人形が内部時計に反応して動きはじめたように。
あまりに唐突過ぎて声を出すことも、その場を動くこともできなかった。
もちろんPCにはフロッピィが刺さったままで、丁寧なことに画像まで表示してある。真っ黒だけど。
唾液くらいは飲みこめたかもしれなかった。
彼女は目を開けているのか、閉じているのか判然としない
菩薩像のようなとろんとした目で、あたりを見回し、それからぼくを認めると
「だめじゃんヒロ。早く消さないと」と言った。
「け。消す?なにを?」
彼女はとてもゆっくりと起き上がり、ベッドから降りると
ぼくの頭をぎゅっと抱きしめ、優しく額にキスしてくれ
それから四つん這いになって前進しながら、部屋中のコンセントを探し、そして抜きはじめた。


245 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/02 19:07
「りか。りか?」
何が起こったのかさっぱりわからなかった。
彼女はどう見ても意識がないように見えた。
確かに自立で歩いてはいるんだけど。
しばらくして、これって夢遊病ってやつ?
と乏しい知識の中から今の状況を上手く説明する言葉をなんとか探し出してみる。
「りか。なんでコンセント抜くの?何かまずいのかな?」
これじゃ不審者はぼくの方だ。
彼女はまるでそうするのが当り前のように、部屋の隅を戦闘中の兵隊みたいに這いまわっている。
「雷のときはね、コンセント抜かないといけないんだよ。わかった?」
PCのアダプタだけは足の指で押さえて抜かせなかった。
そういえば、寝言を言ってる人に話しかけちゃいけないとか、なんとか…返事だったっけ?
そんなことを思い出して、気味が悪くなった。
冷蔵庫のパワーが落とされ、サイドスタンドが消され、部屋は折り畳んだPCから漏れる光だけになった。
「さあ、大丈夫だよ。もう泣かないんだよ」
彼女はそう言うと、ぼくをあやすように抱きしめてくれた。
そう。あやすように、だ。
少なくとも、年上の男に接する感じじゃなかった。
まるでぼくを小さな子供だとでも思ってるみたいだった。
さっき服とブラを脱がせたせいで、彼女の乳房がじかに顔に触れる。
ぼくは複雑な心境で彼女を抱きしめ、ベッドに運んだ。
それから彼女は泣き出した。
長く泣き続けたために、やがて目を覚ましてしまい
再度ぼくを目の前に認めたあと、「ヒロ?」と確認するように言い、
次は自分が子供みたいにしがみついてきた。


246 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/02 19:10
「ごめん」と彼女は言った。
「怖い夢だったのかな?」
「怖いっていうか…わたし歩き回ったりしちゃった?」
ぼくは正直に、歩き回って部屋中のコンセントを全て抜いたと説明した。
疲れてるときとか、お酒をたくさん飲んだ夜はよく歩きまわるのだと彼女は言った。
見られたことを恥ずかしいと思っているのか、
やったことを後悔しているのか分からなかったけど、
その時の彼女は何かを深く思いつめてるようだった。
それから。子供。
「そう。子供。男の子なのかな?上手く言えないけどそんな気がした。君の?」
一瞬、彼女の両腕の筋肉がわずかに収縮したように感じた。
「ううん。弟」
「小さいんだね。まだ」
「ううん。小さいままなの。死んじゃったから」
「病気だったのかな?あ、答えたくなかったらいいよ。いろいろ聞いちゃまずいしね」
彼女は鼻をすすり続け、そしてぼくから離れようとしなかった。
離れるのがまるで悪いことみたいに、むしろ彼女がしっかりぼくを抱きしめてた。
「でも、ヒロはお客さんだしさ…」
「構わないよ。もう充分驚かされてる。ふつうの客なら怒ってるでしょ」
彼女はちょっと笑って、だよね、と言った。
「殺されたの」
「え?殺された?誰に?」
「おじいちゃんと、おばあちゃん」
彼女は喉から溢れようとする声を押さえ切れずに、肩を振るわせた。
目が真っ赤で鼻水が出てて、そんな顔を見られまいとしてか、またしがみついてきた。
「インフルエンザだったの。でも病院に連れてってもらえなくて、寝てれば直るって言われて。
でもね、おかしかったの、ずっと熱が下がらなかったし、そんな状態が二日も続いたのね。
わたしそのとき240円しか持ってなくて、それでもなんとか弟を病院に連れて行かなきゃって思って
でも、どこの病院に行ったらいいかなんて分からなくて、タクシーに乗ろうとしても
ぜんぜん相手にしてもらえなくて、すごい寒い夜だったの。
寒いのに弟の体は熱くて、子供でも水を飲ませなくちゃって思ったんだよね。
ポカリスエットを自販で買って飲ませようとしたんだけど
もう、ちっとも飲んでくれなかった。
呼びかけても目も開いてくんなかった。」
彼女は一気にまくしたてると、それから大声でわあわあと泣き始めた。


247 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/02 19:13
ぼくは彼女をベッドに横たえることが、なぜか不謹慎な気がして
ベッドとベッドの間の床に座って長いこと彼女を抱きしめてた。
彼女を抱きしめたまま、フロントに電話してコーヒーをポットで頼み
ついでにレモネードをひとつ注文した。
「ヒロっていうんだよ。弟。ヒロと同じ名前…わたしが殺したって言われた。
そうだよね。あのまま部屋でおとなしく寝てたら、もしかしたら熱は下がったかもしれなかったよね。
わたしも死んじゃえばよかった…」
彼女が泣き止んだ頃には空は明るくなりはじめてて、4日の朝。
ふたりでコーヒーを飲みながら、お互いの身の上話をした。
話題を、ぼくが意識して外したから。
彼女が泣くのは、なんていうか、条件反射のようになっているように思えた。
もう何年もたっぷり泣いてきたんだろうし、罪はあがなえただろ。とっくに。
もっとも罪なんてあればの話だけど。可哀想な姫様。
彼女は最後にこう言ってくれた。
「ヒロが大きくなってたら、ヒロみたいに優しい男の子になってたかな」
ぼくは笑った。
優しくなんかないよ。ぼくだってお金で君を買おうとした。
その他大勢の男達と何もかわらないんだよ。


248 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/02 19:51
2ちゃんで丁寧なレスもらうと、すごい違和感がw
まあ、みっともない話をみっともない文章で上げ続けてるので
読んでるってレスがあるだけで嬉しいです。
話はまだまだ続きます。が、飽きたらアキターと。


260 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/03 18:31
コートのポケットに放りこんでたケータイが
ぐぐぐと振るえた。
ぼくにもたれて、うとうとしていた彼女がさっとまぶたを開く。
ぼくはまったく気づかないでいたけど、彼女の動作でメールと分かった。
オタからメールかな。

 >ざけんなよ。お袋ぴんぴんしてるじゃねーかよ。
 >おまえひとつ貸しな。ぜってぇひとつ貸しな。

弟だ。
家に帰ってもらえたようでよかった。
だけど、彼女といるときは勘弁してくれ。
いい年して「ぜってぇ」なんて言葉使ってるんじゃないよ。
DQNな文章。頭が痛くなる。
彼女がメールを読むぼくの無表情に心配したのか、仕事?と聞いた。
弟からだよ、と口にして、しまったと後悔した。
なんていうタイミングの悪さだろう。
ついさっきまで彼女は弟を思い出して泣いてたっていうのに。
ところが、次の言葉をさがしてぼけっと立ったままでいるぼくを
逆に彼女が気遣ってくれた。
汗かいたからシャワー浴びると言って、ベッドのシーツに潜りこみ
クロゼットに手だけ伸ばしてハンガーからバスローブをつまみだした。
素早い小動物の動き。
真っ白な長い脚が絨毯の上で数回跳ね、彼女はすぐにバスルームに消えた。
裸でいたくせに、汗なんてかいてるはずないのにな。
バスルームからシャワーの音が聞こえてくると
ぼくは散らかった部屋を掃除しはじめた。
彼女が抜いてまわったコンセントを元にもどし
彼女が買い集めた買い物袋、そこから飛び出して部屋中に広がった包装紙を拾い集め
ベッドメイクし、そして最後に
折り畳んだPCからフロッピィを抜き出して彼女のバッグにしまった。
「ああ、そうだ、昨日ね」
ぼくは大きな声でバスルームの彼女に話かける。
「君が案内してくれた店。そこの女の子からフロッピィ一枚渡されたよ。
君のバッグに入れてくれた」
バスルールで反響した篭った声がすぐに返ってきた。
「うーん。わかったぁ。ありがとう」
特に動揺する様子もない声。焦りもなく、ごく普通の彼女の返事。
彼女は中身が何か知らないのかもな。
あれこれ思案しながら、彼女の衣類をバスルームの入り口に置く。
綺麗に畳まれた四角い色の層を見つめながら
もちろん昨夜ぼくが畳んだのだけど
ふつう、男ってこういうことをするものなのかな?とぼんやり考えたりした。


261 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/03 18:33
バスルームからアラブ人みたくタオルを巻いた頭をひょっこり突き出すと
彼女はまず部屋を見、それから足元に畳まれたブラと衣類があることに気づいて
にこっと笑い、そしてげらげら笑いはじめた。
バスルームに反響する彼女の笑い声。
「ヒロってさ。変わってるよね。几帳面なのはすぐにわかったけど」
ああ、やっぱりおかしかったんだな。
商売女の下着を畳んでしまう男ってことで、彼女の脳内で分析が始まってるに違いない。
自分では親切なつもりで気遣ったんだけど、同時にどこかおかしいとも気づいてる。
結果的にはかなり可笑しい行動。つまりいつものぼくの行動。
クライアントを気遣ったつもりの行動が、いつのまにか要領の悪い男の烙印に変化する。
「ヒロぉ。聞いてる?」
「うん。あのさ、別に君の下着に触りたかったわけじゃないんだよ…つまり」
「じゃなくて。あのね。わたしこんなことしばらくやってるでしょ。
男の人ってわたしに優しくしてくれてる風でいて、実はそうでもなかったりするの。
わたしがベッドに投げたコートに平気で腰を降ろすし、平気でわたしの靴を踏んづける人もいる。
下着持ってかれるなんてしょっちゅうだし」
プラスチックの化粧品のキャップか何かがバスルームの床で跳ねてコン、コーンと響く。あっ、と彼女の声。
「わたしなんて所詮そんな存在。ホテルに備え付けの便利機能。
そりゃ、ちょこっとは値も張るかもしれないけど…」
彼女はぱたぱたとバスルームから駆け出してきて、ぼくにジャンプした。
ベッドが大きく揺れる。
「なんかうれしかったよ。ヒロ。すごーーくうれしかった」


262 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/03 18:35
とは言うものの。
Hはだめらしかった。
彼女の細い腰に腕を回して、引き寄せようとすると、逆回転であっさり逃げられてしまった。
アメリカ製カトゥーンのキャラクタよろしく、彼女は人差し指をまっすぐに立て、左右に振り
ちっちっちと口で言い、それから声に出して笑った。
彼女が子供っぽいしぐさできゃあきゃあ笑っていると
部屋のドアがノックされた。
ホテルの従業員だった。
彼はサンドイッチとコーヒーポットの載った銀の四角いトレイを持っていて
ホテルの便箋に書かれたメモをいっしょにぼくに渡してくれた。
友人からだった。メモには、ただ「おはよう」と書かれてるだけだった。
ベッドに行儀よく並んで座ってコーヒーを飲みサンドイッチを頬張りながら、今日の予定を話し合った。
ぼくが一度家に戻って着替えてくると言うと
彼女は渋谷に用事があって、それはすぐに終わるということ、その後で
どうしたのかぼくの家についてくると言い出した。
ぼくの部屋と家族をほんのちょっとでいいから見てみたい、
ぼくの部屋の窓から外が見たいと言い出した。
何となくわからなくもない気がした。彼女の気まぐれについて。
彼女が家族の団らんを欲しがってるとか、そんなふうには思えなかったけど
そこが気まぐれの理由だったりもするんだろう。
何より、ぼく自身に興味を持ってもらえたことが、ひどく嬉しかった。
ぼくはすぐにおーけいした。
見られて困るものなんてなにもない。
貧乏家族がいるだけだ。
結果彼女が1時間ほど早く出発することになり、ぼくが使ってる最寄駅で待ち合わせることになった。
もしかすると御節の残りくらいあるかもしれない。
馬鹿な弟が全部食べてなければだけど。


263 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/03 18:36
彼女が出発してすぐにオタからメールがあった。
忘れちまってたよ。昨夜はいろいろありすぎたし。

 >まだ探偵ごっこですかヒロくん
 >君をそんなに魅了してやまない嬢様はきっととびきりの美人と判断します
 >見ただけで射精しちまうとか。おっと失礼。
 >画像アップよろしく。希望が聞き届けられない場合は
 >返信もありませんのでどうかご理解のほどよろしくお願いいたします

頭が痛くなった。弟といいオタといい。
話をしてると、いつも何かしら面倒なオマケがついてくる。
オタは無慈悲だ。ことこういうことに関しては。放っておけばまずレスはない。
仕方ないから初めて姫様に会った晩、渋谷のどこか、たしかホテルに向かう途中の路上、
自販で買ったコーヒーを飲む彼女を撮った画像を送った。
ケータイの画像だし、写りはよくない。
不自然な強い影のせいで、彼女があまり美人でないように見える一枚。
オタはすぐに興味をなくして、レスをよこす。
ぼくのほうが一枚上手ってこと。
送った途端、早くもレスが来た。これには驚いた。

 >ヒロくん。ぼくが芸能界に疎いと知ってて適当な一枚を送ってきたのでしょうか
 >どこかのサイトに転がったアイドル写真など興味ありません
 >嬢様の画像を希望します
 >それでも尚わたくしめを愚弄なさるおつもりならば、金輪際返信はないものとご理解ください


264 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/03 18:39
頭がいたい。すぐにレスを返す。

 >嘘じゃないよ。ほんもの。さ、早く情報希望。あの3枚のgifはなんだった?

オタから。

 >あせってもらっては困るよヒロくん
 >まだこっちの条件に答えてもっらてない
 >ほんものというならあと2枚別アングルを所望

だめだ。意地になってる。どうもこういうところが大人気ない。オタの悪いところだ。
とはいえ送らないではレスもない。絶対に。
缶コーヒーを持って笑ってる彼女の画像。
それから決定的な、ぼくとふたりで写ってる画像の2枚を送った。すぐにレスが来た。

 >嬢様幾ら?おれも買う
 >つか、めちゃめちゃいい女。おれも好きになった
 >これじゃ不公平だ。おまえはおれに分けのわからん何かを突然送りつけてくる
 >おれは必死になって解読する。おまえだけ得。おれは損。こんな馬鹿な話があるか?

だめだ。相手にするのはやめた。
ポットに1杯だけ残った最後のコーヒーをすする。すごく美味い。
カーテンを開けて部屋から見える都内の風景を眺めた。
鳥が飛んでて、申し訳程度に緑もあって、そんなに悪くない。
ウインカーを点滅させながらゆっくりとカーブを進む車。
雨が降り始めたせいで、足早に歩くサラリーマンの黒い点。
風景を眺めてると、姫様との数日がまるで嘘のように思えた。
頭の中で、風景から人の動きを線で結んで切り取ってみる。
もちろんそこから何かを拾ってくるほど、ぼくは頭がいいわけじゃないし
閃きに突然襲われる天才であるはずもない。
でも、高速で移動する点を眺めるのはぼくにはどこか息苦しかった。
ホテル壁面に遮蔽されて、動かない点。
それがいまのぼくだ。
姫様の中へ逃げ込もうとするぼく。気まぐれにぼくを求める姫様。
つよい風が吹いて、大きなぴかぴかの窓に雨粒を叩きつけた。
雨粒は人を結ぶ線と重なって、頭のなかで弾け飛んだ。
ああ、そうだ。
ぼくには奥の手、オタが目の色を変えて飛びつくワイルドカードがあったんだ。

 >オタ。君はたしかぼくが持ってるエアジョーダンに興味があったよね
 >企業プレミアム
 >邪魔だから捨てようかと思ってたとこなんだけどさ

効果はてきめんで、すぐにレスがあった。

 >もうすこしお待ちください
 >分かり次第すぐにお送りします

オタのことだ、どうせ放っておいたんだろう。


273 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/04 00:05
最寄駅の改札を出ると、彼女はもう来ていて
駅前のパン屋のカフェでコーヒーを飲んでいた。
パン屋のガラスに貼られた大きなロゴを通して、ぼくに手を振った彼女。
こういうときって、不思議にすぐ気づくんだよな。
会計は済ませてあるのか、彼女はすぐに腰掛けてたストールから降りると
足早に店から出てきた。
ぼけっと立ったまま彼女をみつめるぼく。
白いコート。キャラメル色の細い、踵の高いブーツ。長く降ろした髪。上品な化粧色。
心底驚いてしまった。
デートクラブから呼び出されてくる女の軽い匂いなんてどこにも残ってなかった。
はじめて会ったときの子供っぽさも、酔いつぶれてホテルまで運んだときのだらしなさも
昨夜泣いた可哀想な姉としての彼女もどこかへ消えて
近づき難いどこかのお嬢様が目の前にいた。
過去を詮索するなんてとんでもない。どこか存在感のない綺麗さ。
ぼくはすぐに、彼女を家へ連れ帰ったときの
「家族全員にたいする悪影響とそのダメージ」について考えてみた。
上がりまくる親父。キョドる弟。
白いコートを着た雪女が室内を完全冷凍したみたいに、空気もろともカチンと凍りつかせるだろう。
大げさなアメリカ製カトゥーンの1フレームが間違いなく我が家に再現されるだろう。
ぼくらは連れ立って家へ向かった。
だって、そうするしかないもんな。


274 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/04 00:08
小さな商店街を抜けるとすぐに郊外の田園風景。
風の匂いに草の香りが混ざる。それでもどこからか運ばれてきた車の排気と
人口肥料の鼻をつく匂いもかすかにあって、とてもノスタルジックからはほど遠い。
彼女は自分の家のまわりの風景に似てると言った。
そうだね。都内も郊外も都市近辺はどこも似ている。
画一化された緑化計画と企画品でつくられた建造物。
どこもかしこも、まったく同じプラスチックがシームレスに並んでるように見える。
なんだか生きてるみたいだ。
現実は非現実的で、夢物語が現実。
映画のストーリーやテレビドラマの中に生きながら街に溢れる人。
いつの頃からか、ぼくは姫様をこの世のものでなく
どこかしら遠い夢の世界の住人として捉えるようになってた。
どうしようもない現実の中で苦しんでる姫様を。
これは推測だけど、
彼女がお守りとして後生大事に持ち歩いてるクマのぬいぐるみは
きっと彼女が小さかった頃、もっと小さかった弟に作ってあげた大事な品。
首に下げれるように首のとこに紐通しがのこってて
いまではそこがほつれて、中身のビーズが飛び出しそうになってる。
このクマがつまりぼくそのもの。
現実には存在するのに、存在しないもの、意識のないものとして扱われる、でも愛すべき対象。
クマのご主人様はとうの昔に死んだ。
でも造り手はいまでもその名残と記憶を愛してやまない。
彼女が何年も前に失った弟はいまなお彼女の側にいて、彼女を苦しめてる。
つまり間違いなく実在する現実。


275 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/04 00:14
ただいま。と言って玄関で靴を脱ごうとしているぼくに
母親は愚痴のひとつも浴びせてやろうとして飛び出してきたに違いない。
「どこをほっつき歩いてるのこの子は」
そう言ったきり口を開けたまま動かなくなってた。
白いコートを着た雪女の犠牲者第一号。
彼女は控えめな演技で「こんにちは」だか「お邪魔します」とか
とにかくそんなことを言ったと思う。
母は、彼女をみつめたきりしばらく動かなかった。
居間へ彼女を通してからが見ものだった。
馬鹿な弟も、普段は陽気な親父も、正座したきりそれこそ借りてきた猫みたいに大人しくなってた。
言葉がありえないほど丁寧になり
何度も自分の後ろ頭を叩きながら喋る弟は、まったく馬鹿そのものだった。
中学のときの同級生で、ばったり駅で何年かぶりに会った。と紹介しておいた。
彼女と軽く打ち合わせてたので、スムーズだった。
とはいえ、いままでまったく女気のないモテナイ息子がいきなりこんな美人を連れ帰る説明としては
やや足りてなかったのかもしれない。
ただ、彼女にはアドリブのセンスもあって、高校生になってから少しだけ付き合いがあったこと。
ぼくの母が育てていたセントポーリアの鉢植えを、実はこっそり一株分けてもらってたこと。
そんなわけで、お母様にはお伺いして一言お礼を言っておきたかったこと。
そんな話をさも事実のように、柔らかな笑みで語ってくれたので
家族の注意はそこに注がれた。
これにはぼくも驚いた。居間に通されるまでのわずかな時間に彼女は何をみたんだろう。
そしてそこに反応したのはぼくだけじゃなかった。
母が、ぼくが高校生の頃に、鉢植えがいくつも盗まれたけど、あれはおまえの仕業だったのかと言い出した。
実のところ母はひどく喜んでいた。自慢もたぶんに入ってる。
盗まれるほどの自分の技量に対してと、姫様が草花に興味があったこと。
もっと驚いたのは、それきり母と姫様は意気投合してしまったということ。
世の中何が起こるかさっぱりわからん。
母がもう充分だと言う姫様に、食べろ食べろと御節の残りを勧め。
親父は姫様にお酌してもらって、悔い無しといった感じだった。
馬鹿弟は馬鹿よろしく、デジカメを持ち出し彼女を撮影すると言い張り
彼女にやんわり否定されて、心底落ち込んでた。
夕方になってぼくの部屋を見た彼女が、窓辺でやけに悲しそうに外の風景を眺めてるのを見て
ぼくはそろそろ行こうか、と切り出した。
彼女が帰ると聞いて、すっかりしょげてしまった親父。
駅へ向かう道の途中、泣き出してしまった姫様。
昨夜のように激しくではなかったけど、静かな鼻をすする音が夜道ではやけに響いた。
なんでわたしの両親は死んでしまったんだろう。
なんでわたしの弟は、まだ幼かったわたしを最後にひとり残して死んでしまったんだろう。
その理由が知りたい。この世で起こるありとあらゆることには何かしら理由があるんだと思う。
彼女はたどたどしい口調で、見つからない言葉にいらいらしながらそんなことを言った。
「ヒロはいいね。優しい両親と弟がいて」
彼女はそう言ったきり黙りこんでしまった。
セントポーリアの鉢植えの嘘とトリックを、ぜひ聞いてみたかったけど、
とてもそんな雰囲気じゃなかった。

278 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/04 00:43
書いたものをコピペでそのままアップしてます。
推敲はしてません。面倒臭いからです。
だからおかしな表現、誤字脱字は仕方ないと諦めてください(笑

例えば
彼女にやんわり否定されて、心底落ち込んでた。

彼女にやんわり拒否されて、心底落ち込んでた。
ですよね。あとであれ?ってところは何箇所もありますけど
そこを言い出せば、文章全体所詮素人ですから。
明日は休みなので、明け方までに眠くならなければもう一回アップします。
読んでくれてる人。ほんとうにありがとう。


283 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/04 03:31
渋谷駅に向かう山手線はひどい混みようで、姫様はぼくにもたれてご就寝。
まんざら悪い気はしなかった。
ぼくのシャツが姫様のヨダレで汚れようとも、ファウンデーションが付着して色が変わろうとも
ぼくは姫様が起きないように、電車の揺れに合わせて体をねじる。
電車が代々木駅のホームに滑りこむのと同時にケータイが震えた。
オタからだった。
珍しく長い文章で、2度に分けられて送信されてきた。

 >お待たせ。苦労したよ
 >この真っ黒な画像がほんとうに真っ黒、例えば#000000なんていう単色で塗られているなら
 >10kなんていう重さにはならない。実際にはもっと軽い。
 >じゃあなんでこの重さになっているかというと
 >それは間違いなくこれが画像データだから
 >ピクセルの配色にはバラつきがあるって証拠だ。

オタのメールに目を通した瞬間、それがオタにとっては造作もないこと
簡単に見破れるトリックだってことがすぐに分かった。
おそらく交換条件のスニーカと等価値になるよう、自分のやってることに
威厳を与えるべくもったいぶってるんだろう。
講釈をすっとばして、肝心の部分を探す。

 >ピクセルが数色あるとして、その配置に意味があるとすると
 >これはなにかコードを表してるのかもしれない。
 >統計解析してみればすぐに分かるんだけど、生憎そんな高価なアプリは研究室に

ウザイな

 >ふと思ったんだけど、これって画像をモノクロ変換して
 >コントラスト調整すればいいんじゃないかなと思ってさ

ビンゴ!これだ。思ってたとおりだ。

 >インド、デリーのペダルタクシィの画像が一枚
 >マドラス、チェンナイのペダルタクシィの画像が一枚
 >ボンベイ、ムンバイのペダルタクシィの画像が一枚
 >デリーはあるいは違う場所かもしれない。院に通ってるインド人に確認してもらった。
 >まあ、場所がどこにせよ全部輪タクの画像ってのもなんだかな、と思ってさ。で、ここからが重要。
 >タクシィのナンバープレート。全部あとで手が加えられてる。
 >数字ね。デジタルで。ひどい加工ですぐにわかるよ。とにかく送り返しとく。
 >それにしてもさ。なんでこの製作者はこんな手のこんだことをするんだろうな。
 >たぶんどこかにスタンドアロンで稼動してるPCがあって
 >人が手でデータを運んでるわけだろ。嬢様がさ。秘密は守られてるだろうに。
 >とはいえ、こうやっておれ達が覗き見してるわけなんだけどさ。

ありがとうオタ。
やっぱりお前は最高だ。


284 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/04 03:36
渋谷駅に到着しても、姫様はムズがって降りようとしなかった。
眠いのだ。仕方ないので、持ち上げて運ぶ。
うー。と姫様のうなる声。
今朝から、ずっと泣いてたからね。すこし気分転換しよう。
そんなわけで、ぼくらはハンズ近くのアーケードに繰り出した。
迫り来るゾンビを撃ち殺すゲーム。そいつをまずふたりでやった。
はたで見てると簡単そうなんだけど、実際に遊んでみるとけっこう難しい。
弾のリロードが遅れてやられたり、避けようとして自分の体が動いたり。
一番つらかったのは銃を水平に長時間構えることだった。
姫様はすぐに耐えられなくなって、腕を降ろしてしまう。
で、ゲームオーバー。
すぐに追加コインを投入して再度参戦しても、あっという間にやられてしまう。
ぼくは途中から射撃を中止して、彼女を見ていた。
笑顔が戻っていて、楽しそうで、熱中している。
腕は平気かい?と大声で聞くと、「よゆ〜」とやはり大声が返ってきた。
無理して誘ってよかった。
レースゲームをやり、それからちっとも拾えないUFOキャッチャーに粘着して
喉が渇いたところで、アーケードを後にした。
東急デパート前でタクを拾い、昨夜姫様が誘ってくれたあの店へ。
彼女は昨夜のような無茶はもうしなかった。
あの彼女の変わりにバーテンがやって来て、ぼくに名詞をくれた。
普通サイズの変則で、ひょろ長く、白黒のキザったらしい名詞。
彼の発音は今風で、浩二でも、孝治でもなく、自分はコウジだと名乗った。
注文があればなんでも。彼はそう言って店のホールカウンタへ歩いて行き、そこに腰を降ろした。
彼がけたたましい音楽の中に去ると、姫様は中指を立てて、ぼくにこう言った。
「あいつ、ちょーきらい」
ぼくはこの店の中に間違いなくある、どこかしら冷たく感じる、よそ者に容赦ない排他的な空気より
肌に合わない音楽の方が気になった。
でも、1曲だけぼくにも分かる曲があった。
YesのYou and I。
ぼくが生まれるずっと以前に書かれた曲。大好きだ。
へぇ。こんな場所でもかかったりするんだな。
ぼくが口ずさむと姫様が、おや、という顔をして。
それから突然「カラオケ」に行こうと言い出した。


285 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/04 03:45
仕事メールが途切れず、こっちのアップと重なって疲労困憊。
すんません。今夜はもう寝ます。
>>279
ご指摘ごもっとも。ありがとう

291 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/04 18:42
店を出ようとドアを開くと、雨脚が強くなってた。
今年の正月はなんだかずっとこんな空模様だ。
弱い雨が降ったりやんだり、忘れてると強く降って気にすると弱くなる。
カラオケ店は歩いてすぐらしいけど、雨の中歩くとなると辛い距離だ。
寒さも水滴と湿度のせいで堪えるし、姫様の鼻の頭はもう真っ赤だった。
その時後ろから誰かが声をかけてきた。
「よう」
と言って傘を差し出してくれたのは、昨夜の彼女だった。
店の屋根というか、突き出したわずかなでっぱり伝いに歩き
そこで止まってるぼくらを見かねて、傘を持ってきてくれたらしい。
「事務室の窓から見えるんだよね」
彼女はそう言って笑った。
「助かるよー、カナ。仕事はもう終わり?」
「うん。事務室で着替えて煙草吸ってた。邪魔しちゃ悪いと思ってさ、声はかけなかった」
カナと呼ばれた子は、防寒用のアーミーコートを着ていて
動物の毛が縁に巻かれたフードいっぱいにドレッドが広がってて
雌ライオンにもたてがみがあるとしたら、きっとこんな感じだ。
引き締まった体。女っぽい服装じゃないのに、でもどこか色っぽい。
怒らせると、Xmanのウルバリンよろしく凶暴なライオンに変身しそうだ。
カナと姫様はしばらく立ち話をしていた。
会話の途中、カナがコートのポケットからフロッピィを取り出して
姫様に渡すのをぼくは見逃さなかった。
煙草を受け取るみたいに、特に気にとめる様子もなくバッグに放りこむ彼女。
白い封筒にそれは包まれてたけど、間違いなかった。
持ちやすいように封筒が折られてたために、サイズと形状からフロッピィだと特定できる。
「カナさ。暇だったらカラオケ一緒に行かない?あとは帰って寝るだけでしょ?」
彼女はバイバイする代わりに、カナにそう言った。
「カラオケ?これから?」
「うん。ヒロが歌いたくて仕方ないんだって」
言ってないよ。歌いたいなんて欲求は生まれてこのかた一度だって持ったことない。
そりゃ、部屋で好きな曲が流れてれば口くらい動かすけど、歌いたいって気持ちとはちょっと違う。
カナが笑いながらぼくを見、ぼくの顔つきから姫様の冗談を見抜くと
「おっけい。いいよ。わたしも歌いたい気分」
意見が一致したとたん、ふたりは雨の中カラオケ店目指して一直線にだだだと駆け出した。
傘なんて必要ないじゃん。
二人のあとをとぼとぼついて行くぼく。


292 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/04 18:45
椎名林檎、椎名林檎、椎名林檎と3曲続いた。
4曲目はまた姫様で、椎名林檎だった。
5曲目のカナの椎名林檎がはじまると、姫様が楽曲リストをぼくに投げつけてきた。
「ヒロも歌うの。ほら早く入れて」
冗談ぽく「椎名林檎なんて歌えないよ」と言うと、熱唱中のカナが突然大笑いした。
「なんでもいいですよ。好きな曲。ほら入れて」
マイクを通したでかい声で急かされる。そういえばはじめてカナを見たときも急かされたっけ。
だけど困ったことになった。
気取るわけじゃないけど、この楽曲リストはぼくには無意味。
邦楽は聴かないから、知ってる曲なんてたぶん登録されてない。
だからカラオケにはほとんど行ったことがなかった。行ってもまわりをしらけさせるし。
中学の頃、ぼくはイギリス産ロックにはまった。
過ぎ去った時代の過去の遺物。ザ・フーにはじまって…
それにしても、何か探すかとぱらぱらめくるフリだけでもする。
そこで五十音リストのアーティスト欄の「E」にイーグルスを見つけた。
へぇ。イーグルスなんてあるんだ。
一曲だけでも歌っておかないと。ってことで「言い出せなくて」を姫様に指で示した。
数桁の識別コード。
これならなんとか歌えそうだ。
姫様は慣れた手つきでリモコンのスイッチを押す。
入力が完了した途端、緊張に襲われる。
どこにいてもそうなんだよな。目立ってしまうシチュエーションでは、ぼくは必ず緊張する。
緊張することがおかしな場合でも、心拍数が急カーブを描いて高まり、挙動不審に陥る。
可愛い女の子ふたりのいる密室で、心拍数の高まる男はたくさんいるだろうけど
挙動不審になる男は、たぶん少ないだろうな。
器の小さい男。楽しめない男。まわりをしらけさせる男。つまりぼく。
イントロがはじまると、緊張はピークへ。そこからはもう覚えてない。
テレビモニタに表示される英文の歌詞を必死に追った。
聴いたことのない曲が流れると、自然と視線が集まる。マイクを持った者に。
こういうことは以前にも経験したことがある。
歌い始めた途端、皆は興味を失うんだ。
そんな曲知らない。何歌いたいわけ?って具合に。


293 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/04 18:48
歌い終わると、次の入力がされてないのか、異様な静けさが戻ってきた。
ぼくはたった一曲のために汗までかいてた。
かっこわるすぎだ。
場を取り繕おうとして、次の曲、彼女達の好みを入力するために触ったこともないリモコンに手を伸ばす。
次の曲は?と促すように、その実、哀しみに満ちたすがるような視線をふたりに送る。
その瞬間だったと思う。
カナが「すげぇ」と言った。「かっこいいじゃん」
それから口調を変えて、ぼくを見て
「イーグルスわたしも好きですよ。あの。in the city歌えないです?」
思ってもみなかった感想と展開。
英語の歌詞は大好きだとカナが言ってくれた。
うん。歌えると思う。あろうことかぼくは2曲連続の暴挙に出た。
姫様はにこにこ笑ってた。
そこで注文してあった簡単な料理が遅れて届き、三人はゆっくり盛り上がっていった。
椎名林檎はさすがに飽きたみたいで、Jwaveで聴いたことのある当時のヒットナンバーが延々と続く。
女の声は好きだ。高い域でさえずるようなアリア。
心地よくてぼくはいつの間にか眠ってしまってた。
いつか見た夢。
子供の頃、近所の空き地に寝転がって見上げた冬の空。羽ばたく雀。
姫様が手を握ってくれてたと思う。たぶん。
彼女の気配がすぐ側にあって
マイクの振動と体を揺するタイミングがシンクロして伝ってくる。
派手な雷が近所に落下して、停電の中、闇に包まれて母の側で眠った幼かったあの日の夕方
あの闇と同質の、暖かい安心してじっとしていれる闇がここにもあって
ぼくはどこまでも深く、彼女の傍らで眠った。


300 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/05 00:13
姫様に揺り起こされた。
姫様の顔が目の前にあって、ぼくを覗きこんでた。
姫様の頭のうしろ、直線で結ばれた先にダウンライトがあり、逆光で顔が見えない。
ぼくは再び目を閉じ、記憶を手繰って姫様の綺麗な顔を目の前の気配に重ねる。
イメージが重なったその刹那
ぼくは半身を起こして姫様の髪に触れた。
煙草の煙がゆるやかに流動するこの部屋で、姫様の髪も煙草の匂いがした。
「カナはもう帰った。午前中はたいていダンスの練習なんだって」
ああ、そうかなるほど。彼女のあの筋肉はそのためなんだな。
しなやかな野生動物のような四肢。ゆっくり記憶を再生してみる。
そういえば、彼女はあまり笑わなかったな。
ふつうの女の子ほどには。
大きい瞳がよく動いて、ぼくを監視するように見てたっけ。
鼻をこする癖があって、両手はたいていポケットに納まってた。
外見ほどにはきつくなくて、話し掛けると、倍の量の言葉が返ってくる。
彼女は、いい、とか悪いとか、そんな言葉をよく使った。
いい曲だね。とか、その曲は嫌い、ではなく悪い曲、と言った。そんな具合に。
いつだったか、仕事で一緒した若いイラストレータの女性のことを思い出した。
彼女は企業に押し付けられた配色を、悪い色。と言った。
もちろん色の配合に、いいも悪いもないのだけど、そんな考え方をする彼女に
ぼくは密かに嫌悪感を抱いていた。
仕事の進行に差し支えないかなと、そんな心配をしていた。
だけど、彼女もまたプロだった。
彼女の指定通りに進めると、最終的には彼女が最初に力説した
漠然とした曖昧な言葉で押し切った「いい色」が出来上がった。
ぼくにもそれは理解できた。
問題があるとすれば、ぼくはいまだにそのプロセスを上手く説明できないってこと。
間違いなくそこに存在するのに。論理的には上手く紐解けない。
姫様がいて、カナがいて。
ぼくはどれだけ姫様のことを理解できてるんだろう。
もちろん音符の連鎖に、いいも悪いもない。
でも彼女は、ぼくの歌った歌を、いい曲と言った。
面倒だな。単純に考えてみようか。
カナから見たぼくは、姫様の側にいる男としてふさわしかったんだろうか。


301 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/05 00:18
姫様はバッグからピンクのクマを引っぱり出して
ぼくになんどもキスさせたり、パンチしたり、意味不明な言葉で喋りかけたり
たまにジンジャエルを口に運んで、膝枕しているぼくの顔に垂らそうとふざけてみたりした。
「ねえ」とぼくは言った。
ん?と彼女。
「今日の昼間。ぼくの家で何をみたんだ?セントポーリア。あの嘘はぼくも驚いた」
彼女の口元に笑みがこぼれる。
「さあ、なぜでしょうねぇ」
「推理してみようか」
「いいよ。やってみて」
彼女の膝は最高に心地よかった。何度も寝返りをうち
さも考えてるふうを装ってその感触を楽しむ。
「少なくとも君はセントポーリアに詳しい。その栽培方法を知ってる。これは間違いないよね」
彼女はジンジャエルを口に含んだまま、うんうんと答える。
「問題は、なぜぼくの母がセントポーリアを好きだと分かったかってことなんだよね」
うんうん。
「家にセントポーリアの鉢植えはひとつもなかった」
うんうん。
「機材かな。有名なメーカの何かがあったとか。栽培に適切な鉢が転がってたとか」
彼女はクマをぼくの顔めがけてダイブさせた。
「ぴんぽん!正解です。玄関にね。たくさん栽培用ライトの残骸が残ってたの。
家のおじいちゃんが使ってたのと同じメーカ。それから居間の隅にあった空っぽのガラスケース」
「ふーん。なるほどねぇ。でもさ、そんなたくさん育ててなかったかもしれない」
「それはあり得ないですねぇ。鉢植え自体は小さいもん。
あのライトの量は昨日今日はじめた人じゃないってことくらい分かる。
単純にいっても10鉢。たぶんそれ以上あったんじゃないかな」
「ふーん。なるほどね」
「それに間違ってたとしても、ヒロのリカバリに期待してたし」
おいおい。
ぼくはテーブルの上に転がってたジンジャエルのペットボトルのキャップを
なんとなく、ピンクのクマの頭に被せてみた。
あれ。ぴったりだ。
トルコの兵隊みたいだ。
彼女はきゃあきゃあ笑った。
「よかったねクマ。明日はコカコーラのキャップの帽子を買ってあげるね」
彼女はそう言って両手でクマを抱いた。
きっと幾晩もそうしてきたせいで、クマのフェルトのボディはそんな色になったんだろうな。
汚いぬいぐるみは、愛された証拠か。


302 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/05 00:20
ホテルに戻るとぼくは真っ先にPCを起動した。
姫様がシャワーを浴びてる間に確認しておきたかった。
画像は届いていて、3枚ともいっぺんにブラウザに突っこむ。
ひどい画像だった。
何かフィルタでも施したんだろう。
モノクロのざらざらした感じは、何度もファクスして劣化したようにも見える。
まるでアンダーグラウンドのロックバンドのチラシだ。
オタの言ったナンバープレートを確認する。
すべて6桁の数字。
たしかにそれは、あからさまにコラージュされたように、
輪タクのホロにアングルの補正もされないままくっついてた。
そもそも輪タクにナンバープレートなんて付いてるんだろうか?
とにかく考えてもはじまらない。情報が少なすぎる。
ぼくは次に、彼女のバッグから白い封筒を引っぱり出した。
封はされてない。
中身はやはりフロッピィだった。
ブートして中を確認してみたけど、ファイルに触れることはしなかった。
見てもたぶん何もわからないだろう。
このPCには画像処理用のソフトウェアがインストールされてない。
それに交換条件の分、オタにはしっかり働いて貰うとしよう。
オタのアドレスを呼び出して、そこに全部突っこむ。
gifファイルがひとつ。
エクセルのファイルがひとつ。
メモ帖がひとつ。
すべて送信が終わって、時計を確認した。
起動してから終了するまで10分。ちょっと時間がかかりすぎかもな。
慎重にやらないと。緊張感がなくなったときが一番危険だ。
ぼくは姫様の秘密を覗き見している。これは背信行為なんだと自分に言い聞かせた。
やるからにはクールにやろう。完璧を目指そう。


303 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/05 00:26
今夜のアップはこれが最後です。
おやすみなさい。


310 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/05 11:24
カーテンを開け、窓の外を見ると雨脚が強くなってた。
眼下に広がる東京の街は死んだように静まりかえっている。
街灯のまるいドーム状の明かりとネオンサイン。
ぼくらはついさっきまで、このミニチュアの街の中にいた。
ここから見ている風景は、どこか遠くの街、子供の頃何かの本で見た異国の街のようにも思える。
絶対に訪れることない、ほんとうに実在するのかどうかさえあやしい
説得力に欠ける噂と、重みのない貼付写真でしか知りえないどこかの街。
ぼくはときどきこんなふうに考えることがある。
自分にとっての現実なんて、たかだか半径2メートル。
その目の届く範囲、そのボール状の球体の内側に入ってきた何かだけで成り立ってるんじゃないかって。
たいていの人は、その球体の外には自分の知りえない
巨大で膨大なデータが流れてることを信じて疑わない。でも、ほんとうにそうなんだろうか。
ぼくの手の届かない場所は、じつはからっぽ。
ぼくがノックしたドアにだけ電源が投入され、入り口のネオンがちかちかまたたいて
はい。スタート!って具合。
ぼくはときどき、自分のそんな閉鎖的な考え方を、自分の意志とは裏腹につき破ってみることがある。
漫画にでてくる、いびつな海上機雷の腕みたいに
球状の現実と夢の境界ラインを変化させて、その外にある何かを探ってみようとすることがある。
それは、獲得しえなかった仕事の後日談の裏側だったり
今回のように、偶然出会った姫様だったりもする。
結果はさまざまで、もちろん中には知らないほうがよかったと思えることもある。
姫様はクリスマスの夜、サンタクロースがぼくにDHLで送りつけた、たちの悪い冗談だ。
異空間に広がる針葉樹林のどこかの漫画みたいな家のなかで、意地の悪いサンタは
ぼくがいずれ来る現実に叩きのめされる様を、いまかいまかと待ち望んでるに違いない。
かまうもんか。とぼくは思った。
姫様がクマを大事にするように、ぼくにも彼女が必要なんだ。


311 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/05 11:25
1ブロックだけです。続きはまた今夜。

315 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/06 00:14
バスルームのドアが開いて姫様がでてきたとき、
ぼくは寝そべってテレビを見ていた。
深夜枠の馬鹿なお笑い。ところが、その笑いは巧妙に練られており
つくり手が視聴者を馬鹿にするような構成になっていた。
見ているうちに引きこまれ、姫様がベッドを揺らして近づいてくるまで
ぼくは口をぽかんと開けたまま、間抜け面でブラウン管を凝視してたんだと思う。
風呂上りのいい匂いにつられて、ベッドの揺れる先に目をやったぼくは
おや?といぶかった。
まだどこかへ出かける気でいるのかな姫様は。
丈の短いバスローブの下にはもう出かける下準備がととのったのか
細い脚には白いストッキングまでつけている。
「お出かけですかお姫様」
「なぜ?どこにも行かないよ?」
姫様はそう言ってサイドテーブルの上にあるメインライトのボリュームをつまんだ。
まるで映画でもはじまるみたいに、部屋から光が失われてゆく。
姫様はぼくの視線の先につま先で立ち、悪戯っぽく微笑んでから
バスローブを腰の位置でしぼった、タオル地のベルトをゆっくり抜きとった。
「気に入ってもらえたかな?」
ぼくは言葉がみつからなかった。無言。
この手の写真のお世話になったことは何度もある。
だけど現実に、まのあたりにしたことは一度もない。
たぶん最初で最後になるんじゃないかなとも考えてみたりした。
ガータベルト。ガーターベルトだっけ?
ああ、そんなことはどうでもいいや。
姫様は全体が同じデザインでまとまった、なんていうかかなりセクシーな下着を身に着けていた。
華奢なチェストを覆うベアトップのビスチェから垂れる4本の紐の先に
4匹の金属でできた蝶がいて、そいつが太もものまわりにとまっている。
下着全体にも青い蝶が、刺繍と絡んでプリントされてた。
凝視していると下着は下着でなくなにか別のもの、彼女の皮膚のようにも見えた。
眺めてる時間が長くなればなるほど、姫様に触れなくなるような気がした。
綺麗すぎるんだよ姫様。
美術館にやってきた巨匠絵画。馬鹿馬鹿しくも近寄ることを禁止された来場客。
君がぼくを客と割り切ってくれてたら、どんなにか楽だったろうな。
君はぼくの気持ちまで満たそうとした。
それはたぶん、君的に言えば、嬉しかったから。なんだろうけど。
刺激も、あるピークを過ぎると人の脳はそれをカットするために
βエンドルフィンを放出すると何かの本で読んだ。
安心して、落ちつきたい。
ぼくはまさにそんな気分だった。


316 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/06 00:19
持ち歩いてたCDプレイヤーからCDを取りだしてPCで再生した。
音はひどいけど、ないよりぜんぜんいい。
たしかSmashing Pumpkins。
ぼくが好きに選んだ曲だけを集めて焼いたCDで激しいのはカットしてある。
姫様といるときに聴きたいと思ってたけど、これまで機会がなかった。
ベッドにふたりで横になって、それからとりとめのない話をした。
姫様は自分の大胆な下着姿に、ぼくが引いたと誤解した。
きっと喜んでもらえると信じてたみたいだったし、そう口にもした。
もちろん喜んださ。でも説明するのがひと苦労だった。
姫様は男の生理を完璧には知らない。
いや、知りうる機会がなかったんだろうな。
だからお願いだから着替えないで欲しいと、ぼくは懇願した。
ちょっとは寒いかもしれないけど、シーツにくるまってればいいし。
コーヒーでも飲もうか?レモネードのほうがいいかな?さもなきゃ暖かいスープ。
見ていたいんだよ姫様。
ぼくのそばにいてほしい。
何度も挑戦した結果、この気持ちの説明は無理だと悟った。
ぼくは君を娼婦だとか商売女だとか、そんなふうには思っていない。
その下着は素敵だし、まったくそういうこととは関係がない。
とはいえそれを伝える術がなかった。
「好き」だとか「愛してる」からだとか
そんなお決まりの台詞を持ちだすのは抵抗があったし、しかも微妙に違う。
ただ君が綺麗だと思ったんだよ。
ほんとうに。嘘偽りなく。
ずっと見ていたかったんだよ。


317 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/06 00:24
姫様は子供の頃の話をしてくれた。
ある日突然消えてしまった父親のこと。
母親は父の失踪について、幼かった兄弟には何も説明してくれなかったこと。
それから1年もしないで自殺した母親のこと。
言動がおかしくなり、育児のいっさいを放棄して自室に閉じこもりぎみになったこと。
弟は姫様の後をついてまわり、後追いの年齢をとっくに過ぎてるのに決して離れようとはしなかったこと。
彼女は自分のいた世界が変わり果ててしまったことを
はじめは信じられなかったと言った。
それは永遠に普遍的で、そこにいることはごく当たり前の約束されたことで
しばらく我慢すればまた元通り、何事もない毎日が戻ってくると信じていた。と。
ところが、父親の妹の家族として再編成されたあたりから
子供心にも、こいつはおかしい。
自分と幼い弟は見知らぬ世界に住むことになったのだ。
と、ようやくそのときになって、耐えがたい悲しみに襲われた。
近所の公園が自分と弟のいる場所であり、実際そこで過ごす時間が多かった。
食事は一日一回だけ。夜眠る時間なってようやく暖かい部屋に入れた、と笑いながら言った。
それでも暴力にさらされなかっただけ、姉弟はついていたのだとも言った。
公的施設の門をくぐることもなく、むしろ姉弟はいつもいっしょで、
あの公園のいたるところに弟の思い出があり、たまには親切にしてくれる大人もいて
熱い夏の盛り、アイスキャンディや花火をもらうこともあった。
悪い思い出ばかりでもないんだよ。と。
ぼくは何も言わなかった。
肩を抱き、ただ彼女の唇からもれる言葉に耳をかたむけた。
姫様が公園の隅で弟といっしょになって蝉を追いかけてた夏
ぼくはどこで何をしていたんだろう。
弟とゲームソフトの奪いあいで喧嘩をして、泣きわめく弟にとどめの蹴りをいれたときだろうか。
それとも、弟がぼくの大切なCDに落書きした報復として
弟専用ゲームマシンのソフトウェア接続口に接着剤を流しこんだときだろうか。
ぼくはいたたまれない気分になった。
でも、ぼくは憐れんでいるわけでもなかった。姫様の古い時間は残念ながら過ぎ去った。
悲しいのは、いまここにいる姫様が悲しんでるということ。
ぼくの目には彼女は自暴自棄に陥ってるようにみえた。
自分の未来は不要なもの、弟が消えた夜からこっちを残酷なオマケとしてとらえている。
だけど今にして思えば、そんなぼくの分析こそが甘く幼稚だったわけだけど。


318 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/06 00:41
今日は朝から大量アップ。を目指していたんですが
友人の誘いに負けて遊びに。。。
そんなわけで、今夜のアップはこれが最後です。
面白いとか楽しみにしているというレスが
書こうとする気持ちの後押しをしてくれます。
わざわざレスをつけてくれる人ありがとう。


327 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/07 11:10
いま午前中、時計を見ると11時ちょいまえ。
昨夜は仕事で明け方まで会社に。そんなわけでまだできてません。
マダー?のレスは嬉しいけど、複雑な心境w
これからまた前線復帰するため、今夜のアップも難しそうです。
楽しみにしてくれてる人ゴメンナサイ

>>319つまりこんな感じです。まま次を書き足してアップしてます
>>326素人っていうかド素人。才能のかけらもないことは文章からkせrぉlsdmx@

335 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/08 05:08
Smashing Pumpkinsを3回ほどリピートしたあたりで、姫様はうとうとしはじめた。
シーツでしっかりくるんであげて、ヒーターを高めの温度に再設定した。
眠っているようで頭はしっかりしていて
それでいて、複雑な質問には答えられない。
彼女は何か話しをしてほしいと言った。
しばらく考えたあとで、ぼくは夢の話を持ち出した。
昨夜みた夢。いや、いつだってのいい。嘘だっていい。
彼女は興味深々で、はやく早くとぼくを急きたてた。

ぼくは病院の待合室にいる。
風邪をこじらせたのかもしれない。
理由ははっきりとしないけど、ぼくはそこにいて、ぼんやりテレビをながめている。
急患ではなかったんだろうね。
ぼくは焦ってはいなかったし、行き交う看護婦もぼくには無関心だった。
ただ順番がまわってくるのをおとなしく座って待っていたんだと思う。
テレビのチャンネルは退屈なワイドショーで
そのうちぼくは、もっと退屈そうな医学雑誌を本棚から引っぱりだした。
ほら、よくあるでしょ。退屈さをまぎらすために、もっと退屈な何かをはじめてしまうことって。
雑誌の最初のページは特集でナノテクノロジーの話だった。
ナノテクっていうのは、驚くほど小さな世界の話。
細菌と同じくらいか、もっとちいさなロボットでもって体の掃除をしたり
場合によっては手術までしちゃうこともある。
でもさ、おかしなことにそこに書いてあるのはそんなことじゃなかった。
微細ロボットをつかって人を大量死させる計画とか
どこかの国がもう実験をはじめてるとか、そんな怖くなるような話だった。
嫌気がさして雑誌を空席に投げ出し、それからぼくはまたテレビに目をやった。
たしかそのときだったと思う。
ワイドショーの画像が一瞬グニャと曲がって、それから緊張したアナウンサーを映し出した。
ほら、よくあるじゃん。報道部からの生中継。まわりで忙しそうに走りまわるスタッフがいてさ。
そしてアナウンサーは、カメラの手前にいる誰かと話をして
視線をカメラに戻さないままソビエト連邦が崩壊したと言い、
ついで旧連邦軍の一部が日本に侵攻を開始したと告げた。
どれほど怖かったか。
テレビはそれきり何も映らなかったし
病院はソビエト軍に制圧、閉鎖されてぼくは外にでることもできなかった。


336 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/08 05:09
戦争になったの?と彼女は聞いた。
「さあ、どうなんだろうね」とぼくは姫様の頭を撫で、「そこでいつも夢は途切れるんだよ」と説明した。
「よく見る夢?」
「頻繁には見ない。でも子供の頃から見てる怖い夢。侵略軍は子供の頃は火星人だった。
いつの間にかぼくから空想力がなくなって旧ソビエトになったけどね。
でもさ、いつもほんとに怖いんだよ。
毎回新しい恐怖があって、それに慣れることはないんだ」
「わたしも怖い夢みるよ」と彼女は言った。
「誰にだって怖い夢はあると思う。気にしないことだよ」
「ヒロは死んじゃう?えっと、その夢の中で」
「死ぬことはないね。途切れるから。ぼくが味わうのは恐怖だけ」
「わたしは死んじゃうの。夢の中で」
「誰かに殺される?追いかけられて?」
「ううん。自殺しちゃうの。ビルからジャンプして」
姫様はあくびをして、すぐに眠りに落ちた。
半ば寝た状態での話だったから、脳の大半は寝てたのかもな。
もうじき夜が明けようとしていた。
5日目の朝。


337 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/08 05:12
姫様がセクシーな下着姿で眠りについたあと、ケータイに着信があった。
送り手はオタで、メッセージはPCで確認してほしいとのこと。
早いな。すごい士気の高さだ。
PCを起動してメールを確認すると、数時間前に送付したファイルの解説がもう届いてた。

 >ヒロくん。確信とまではいかないけど、今回の中身は当りだ。
 >いままで意味のなかったジグソーパズルの断片に、収まるべき位置を指示することができるかもしれない。
 >最初にまず確認しておきたいことがある。
 >どうにかして、嬢様の本名を調べることができないかな。
 >おまえは嫌がるかもしれないけど、彼女のバッグをひっくり返してまず免許証を調べることをすすめる。
 >彼女の本名は、佐藤恵子。19歳。国内での運転免許取得済み。
 >その若さでアジアのほとんどの国と、ヨーロッパの数ヶ所を旅したことがある。
 >広東語を少し話せる。
 >それからジュネーブ商業銀行に口座を持ってて預金額は日本円で2800万円。
 >さらに詳しい説明は、彼女の免許証の確認のあとで。
 >もちろんおまえには、彼女のバッグに触れないという選択肢だってある。
 >おれにでも理解できる。そのくらいは。
 >ここから先は彼女の本物のプライバシーだ。おまえは立ち入るべきじゃない。
 >いづれにしても連絡をくれ。急いで。寝ないで待ってる。

大袈裟なことになっちまったな。
ぼくが知りたかったことはそんなことじゃなかったのに。
彼女のフロッピィの中身が分かればそれでよかったんだ。
こんな大事の予定じゃなかったんだ。
ぼくはオタに返信した。

 >もう充分だよ。ありがとうオタ。ここで降りる。

そして、送信ボタンを押したあと、ぼくは彼女のバッグをひっくり返した。
説明し難い衝動に駆られて。
ぼくは確かに彼女のフロッピィを盗み見た。でもそれはおそらくは解明できない難しい何か、で終わる予定だった。
彼女はなにかよくないこと、をやってるようだったし、
あるいはぼくの助力を必要としているのかもしれない、という勝手な思いこみもあった。
しかし、彼女の財布を開いてみること、それは彼女のプライバシーに直接触れる行為だ。
そんなことはしたくなかった。するつもりもなかった。
でも、ぼくはそうした。
何枚かのクレジットカードに紛れて、免許証は見つかった。
見覚えのある端正な顔立ち。
名前を確認すると、佐藤恵子と書かれてあった。
生年月日から彼女の年齢が19歳だとわかった。

 >オタ。彼女は、佐藤恵子。間違いない。免許証を確認した。
 >ファイルを送信してほしい。説明が聞きたい。


346 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/08 22:23
オタは待っていてくれた。
ぼくからの連絡に待機してたかのようなスピードでレスが返ってきた。
1通ごとにアップしてそのまま送ってくれてるんだろう。
紙芝居のように、ファイルがひとつづつ届き、ぼくの指先で開かれる。

 >いきなり戸惑うかもしれないけど
 >その免許証は偽モノ。つまり偽造。
 >嬢様は免許取得後1年以内に免停を喰らってる。
 >その後再発行された形跡はない。理由はわからない。
 >これを調べるために、やばいことをやった。内容は説明しないけど。
 >蛇の道はheavy。その手の情報をすぐに洗ってくれるやつがいるってことだけ。
 >金もかかった。請求なんて野暮なことは言わない。
 >しかしだ。スニーカをいますぐ梱包しておれに送るくらいのことをしても罰はあたらないじゃないかな。
 >ああ、それから彼女の名前だけは、ほんものだ。
 >だから確認する必要があった。彼女の免許証の名はつまりパスワードだったってわけだ。
 >19歳ってのも嘘。名前以外の情報はその後誰かが更新してるらしい。
 >黙ってて悪かった。
 >でもさ、知ってたらおまえは間違いなく彼女のバッグを調べたと思うんだ。
 >正直そうはしてほしくなかった。最初におまえが「降りる」とレスくれたとき
 >心底ほっとしたんだけどな。でもおまえはやはりやった。残念だったよ。

免許証も偽者か。驚いた。
とはいえオタのレスにあった「蛇の道はheavy」の一行を見逃すほど動揺はしてなかった。
その言い回しはいまいちだ。できれば止めたほうがいい。


347 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/08 22:25
2通目。

 >まずgifファイル。
 >この日本人の男の子が手に持ってるウォータガンに注目。
 >登録商標が刻印されてるはずの場所に、例の不明な数字。
 >見てもらえばわかるけど、前回の3枚よりはかなり程度がいい。
 >一見したくらいじゃ、そうとは分からない。
 >疑ってはじめてそうだとわかるレベル。プロっぽい。

写真の男の子は日本人だった。
なぜそう断定できたかというと、頭に被った紅白のキャップは
幼稚園、小学校で、ぼくが被ってたそれと同じだったから。
リバーシブルで、運動会のとき白組でも赤組にでもなれる。
男の子のキャップは、サイズが合っていなくて、極端に大きかった。
垂れ下がったひさしが唇以外の顔の部品を隠している。
男の子はレンズを見ようとしたんじゃないかな。
そうするために、顔を上げようとした。でもシャッターのほうが僅かに早く作動したんだ。
君の弟なのかな。この子が。
5歳くらい。ひどく痩せている。
手に持った水鉄砲は大きくてアメリカ製で新品で、男の子がそれを大切にしている様がわかる。
大切なものは両手で抱くようにして持つんだ。
ちょうどこの写真の子のように。
他の誰かに持っていかれないように。


348 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/08 22:27
3通目

 >エクセルファイル。
 >嬢様は偽造旅券を使ってる。
 >4年前に日本政府から発行された。ように見えるけど、実は1月前に新宿で偽造された。
 >あるいは新宿で誰かに手渡された。
 >その製作費用と必要な素材のリスト。
 >驚くほど高いな。きっとほんものそっくりなんだろうな。効果まで。
 >一度見てみたいよ。嬢様のそのパスポート。
 >それからその他こまごまと、いろんな偽者の書類。預金とそのリスト。
 >余談だけど、嬢様は過去にも何度か偽名でパスポートを作ってる。違う場所で。
 >ご丁寧にその住所も載ってる。
 >見ても仕方ないだろうけど、一応送り返した。

 >テキストエディタ。
 >これに関しては推測でしか言えない。前回のと同じだ。
 >誰かが誰かに宛てた手紙。メールのコピー。
 >おまえだって推理ドラマを見ながら、推理したことくらいあるだろう。
 >そんな程度の説得力しかないけど
 >嬢様は近いうちにインドへ旅行の予定。場所はデリー。
 >もし嬢様が1週間近く消えることがあったら、おれも名探偵の仲間入りってわけだ。
 >以上。

 >たぶんこれらは謎とかそんな複雑なことじゃなくて
 >ファイル製作者はやるべきとこを当たりまえのように自然にやったんだ。
 >覗き見してるおれたちが、よけいなことを考えすぎてしまった。
 >美人の嬢様のせいで、なにか特別のことように扱っちまった。
 >他になにかあれば送ってくれ。
 >もう、そんなに難しいことじゃないと思う。


349 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/08 22:29
ぼくはときどき君が現実には存在しないんじゃないかと錯覚することがある。
君が話してくれた町も公園も絶対に訪れることのできない架空の地。
ほんとうにあるのかどうかもあやしい。
いまだってそうなのかもしれない。
ぼくは君のことは何も知らない。
名前さえ。
オタは間違いないと言ったけど、それは確認のプロセスでのことだ。
誰も君のほんとうの名を知りえない。
君はぼくのすぐ手の届くところで眠っている。
柔らかい前髪がおでこのとこでいっせいにカーブして
ちいさな背中へと流れる髪の本流へと消えてる。
それは見てとれる。
ぼくはそれに触れることができる。そうしようと思えば、いつでも。
でも君の額の中にある脳は、まったく違う夢を見てるのかもな。
それこそぼくが永遠に知ることのない、異国の地、
そこで過去に起きたいろんな出来事と悪夢。
なあ、姫様。
君が目覚めたらどこへ行こう。
今日も何も考えないで、はしゃいで飲もう。
君が望めばどこか遠くを目指してもいい。
ぼくじゃ役不足なのは承知してるけど
それでも君が喜んでるとこがみたい。
君の笑ってる顔をしっかり覚えておきたいんだよ。


350 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/08 23:04
オタからのメールにすべて目をとおして
ぼくはしばらく考えてから、もういちどオタにメールした。
貼付するファイルはない。
気まぐれかただの暇つぶしか
たいして重要じゃないことのために、ぼくらは大量の文字を使う。
ぼくとお前は友人なんだと、だからいいじゃないかと、
迷惑このうえないくだらない2バイトの羅列を突然送りつける。
オタは、たいていレスをくれた。
それがどんなくだらない内容でも。
そんな仲でも、1年に数えるくらいは、おたがい真面目で相手を思いやるメールが
届いたり届けられたりした。
これもそうなのだと思う。そんなときはどうしてもメールしたくて仕方ない。

 >なあ、オタ。
 >姫様はリッチなのに、なんでおれと遊んでるんだろうな。
 >そうすることになんの意味があるんだろう。

たぶん思考力がひどく落ちこんでたんだと思う。
オタも察してくれてたのか、いちもの罵詈雑言はくっついてこなかった。
しかも素早いレス。

 >嬢様の名を使ったからって、それが彼女のものだとは限らないだろう?
 >逆におれが触ったファイルのすべてが、彼女に関係したことなのかどうかも証明できない。
 >嬢様は譲様だよ。
 >おれから見れば、まあ、美人はすべて妖精みたなものだけどさ。
 >そこにいるのに手に取ることはかなわん。
 >実在しないのといっしょだ。
 >しかしおまえから見ればまた事情も違うだろう。

似たようなものさ。ぼくもオタも。
ぼくはひとりごちた。


351 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/08 23:16
>>343
ほかの誰かに「ご自愛ください」なんて言われるのは、
これがたぶん最初で最後か。
つい藁ってしまいました。いや、なんていうか、ありがとう。

358 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/10 00:33
昼過ぎに目覚めた。
姫様といっしょにベッドの上でまるまって
2匹の猫みたいに寄り添い、窓を通過して差しこんでくる暖かい陽射しにくるまって
いつまでもだらだら眠り続けた。
先に起きたのはぼくのほうだった。
ベッドからすべるように落ち、一回転して走ってトイレへ。それからシャワーを浴びた。
頭はすっきり爽快。バスタオルで濡れた頭をごしごししながら、姫様を揺り起こす。
そのとき頭のなかでカチっと音がした。
ぼくの脳にモードが変更されたようなあからさまな変化があって
自分でもあらがうことのできない強い衝動が、体中に沸き起こった。
ふつうの男がそうやるように、ぼくは姫様を求めた。
彼女はちょっと驚いたような顔をした。抵抗はなかった。
優しく抱きとめられた気がする。
そのあとはよく覚えてない。
姫様がバスルームに消えたあと
ぼくは彼女のために何かしてあげたいと真面目に考えはじめた。
ぼくにしかしてあげれないような特別な何か。
できればあまり大袈裟じゃないほうがいい。
彼女がそうとは気づかない程度の何か。


359 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/10 00:34
姫様は例によってちょっとした用事のため渋谷に戻ると言い
ぼくはゆっくり食事してから、彼女の後を追った。
待ち合わせは東京駅。
あのあとぼくは彼女にこう提案した。
バスルームから出てきた彼女をつかまえ、髪を乾かすとか化粧とか
そんなことをはじめる前に、彼女にぼくの提案を聞いてもらった。
ぼくは君が昔いた公園は遠いのかと尋ねた。
つまり、弟と過ごした、君にとっては特別な意味のあるあの場所。
彼女は最初、あそこへ行くことになにか意味があるとは思えない
とかなにかそんな意味合いのことを言ったように記憶している。
でも、そのすぐあとで、ぼくの嘘のない真剣な表情を見てとると
ありがとう。と言った。
ほんとうは何度もひとりで行こうと考えた、と彼女は言った。
あそこを訪れるのが怖かった。と。
ヒロがよければ、ぜひ行きたい。
彼女は最後に、わたしをそこへ連れて行ってほしいと言った。
東京駅はひろい。
いつ来てもそう思う。
規模だけなら新宿駅のほうが上な気がするけど
東京駅はやけに広くて、大きい気がする。
遠いどこかとどこかを結ぶ、その拠点として考えてしまうからだろうか。
まあ、たしかに新宿駅で感傷的な気分になったりはしないよな。
せいぜい気をつけることだ。
そんな気分はあまりいい結果を生まないことを、ぼくは経験則から知っている。
思い起こしてみると、説明のつかない奇怪な行動や
思わず赤面しそうな言動の元凶になってる場合が多い。
そんなわけで、ぼくは早くも芽生えた感傷的な気分を頭から追い出して
姫様がやってくるのを待った。
急がないと。
あまりゆっくりしてられるほど時間が残ってなかった。
戻ってくるのは深夜になるかもしれない。


360 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/10 00:36
お互い迷ってしまわないように
東海道新幹線改札の前と指定しておいたのがよかった。
姫様が広いタイル張りのプラットホーム連絡通路を走ってくるのを
すぐに捕まえることができたから。
ふたりでとりあえずコーヒーを飲み
それから横須賀へと向かう電車ホームを目指した。
お互いあまり口をきかなかった。
姫様はぼくに寄り添うようにして、ぼくの腕をしっかりつかんで歩いた。
ぼくらが目指すのはかの地。
過去の時の中で永遠に凍りついて、絶対に溶け出すことのない場所。
彼女が過去にごっそり失った何かが、そこに散らばっているんだろうかと
考えてみるけど、それはたぶん現実的じゃない。
彼女はただそこを訪れることを望んでる。
自分の傷ついた気持ちがそこにある何かであがなえると、
本気で信じてるわけじゃないだろう。
単純に考えよう。
彼女は弟に会いたがってる。
だからぼくも同行する。
ぼくはウーロン茶と途中来るときに買ったベーコンサンドの包みを彼女に渡して
ホームに滑りこんできた電車に飛び乗り
彼女のために窓際の席を確保した。
ぼくは彼女がよく見えるようにと、対面の席に腰掛けたけど
彼女が小声で「手を握ってて」とささやいたので、彼女の隣に座った。
客はまばらだった。
ぼくはCDウォークマンのイヤリングみたいなスピーカのRを彼女に渡した。
バッハの無伴奏チェロソナタ。
気分じゃなかったら聴かなくていい。
でもさ、こういうときは気分が落ち着く。と姫様に勧めた。
電車がゆっくりと動きはじめると彼女はぼくの手をぎゅと握った。
頭をお互いにくっつけると、頭蓋骨が振動してボーンフォンみたく聴こえないかな。
ぼくの耳にあるのはL。
聴こえてきたのは小さな風の音だった。
車内を循環する空気の流れが、ぼくと姫様の頬をすり抜ける音だった。

371 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/09/13 11:56:37
仕事でしばらくの間遠くに行くことになりました。
週末そのせいでばたばたして、レスどころじゃなかったです。
次マダーのレスくれた人、楽しみだと言ってくれた人、ほんとにスミマセン
長期ではないので、戻ったらまたはじめようかと考えてます。
スレなくなってれば自立でやります。
ホントニゴメンナサイ…

511 :ここまでのまとめ 1/4 :04/09/30 23:52:47
【12月24日】
>70 クリスマスイブにデートの娘を買ったことがある。
>90 渋谷駅で別れる瞬間、「アドレス交換しよ」と強引にケータイを
>91 デートクラブのお姫様に魅了された哀しい喪男の物語だ。これは。

【12月31日】
>93 営業メールが早速やってきた。意地の悪いレスで応戦してみた。

【1月1日】
>135 昼過ぎにケータイが鳴った。引いてしまった。ほんとに来ると書いてある。

【1月2日】
>136 待ち合わせ場所は人で溢れてた。「出よう。ここ空気悪いし」
>145 まるきゅうで服を、原宿に移動してスニーカーを見てまわった。それからスタンドカフェへ
>146「すぐ帰っちゃう?」「ねえ、ホテルいこ」と彼女。制服でも平気なホテルは目黒にあった。
>147 深夜に目が覚めた。彼女のバッグがひっくり返っていることに気づく。一枚のフロッピィが指先に触れた。
>170 明け方近くに目覚めて、彼女を叩き起こした。突然、彼女を傷つけてやりたい衝動に駆られた。


512 :ここまでのまとめ 2/4 :04/09/30 23:53:43
【1月3日】
>171 ホテルを出た。目黒駅まで長い距離を歩きながら「今夜もお姫様を買いたい」と言ってみた。
>172 彼女からメール。「今日も誘ってくれて嬉しかった」。都内のミドルクラスのホテルに電話する。
>174 オタがメールしてきた。内容は重く、あっさりとしたものだった。「アンフェタミン。意味わかるかい?」
>175 1時間もしないでオタからメール。「エクセルに載ってるのはストリートドラッグのリスト」
>179 3通目が送られてきた。「その手の女はやめとけ。悲しいならいっしょに飯食ってやるから」
>180 間もなく彼女がやってきた。話がある。「あと3日、ずっと君といっしょにいたい」
>181 彼女の視線が宙を泳ぐ。「うん。いいよ。このホテルなら最高。ヒロともいっしょにいれるし」
>222 ==== Intermission ====  ごめん。しばらくアク禁くらってて書き込めなかった
>227 ==== Intermission ====  誰も信じないだろうけど、これは体験談です。
>232 ==== Intermission ====  大げさにも「筆力」なんて書いてしまった。後悔。
>228 イタ飯に向かう途中、母から電話があった。彼女が「いいよね。お母さん優しくてさ」と言った。
>229 当然かもしれないけれど、ぼくは彼女の家庭とか暮らしてる環境を知らない。
>231 店は意外にも人が多かった。予約しといて正解だった。
>234 彼女が閉じていた目を開いて「どうしたの?」と小声で言う。「綺麗だな。と思ってさ」
>235 彼女は次はわたしが案内すると言い、...、注文して10分もしないで寝息を立て始めた。
>236 店を出ても起きる気配がなく、...、さっきいた店の子が「渡して上げてください」とフロッピィを
>244 画像ファイルをダウンロードしてオタにメール。それにしても一体なんだろう?

【1月4日早朝】
>245 何が起こったのかさっぱりわからなかった。これって夢遊病ってやつ?。それから彼女は泣き出した。
>246 その時の彼女は何かを深く思いつめてるようだった。「弟は殺されたの。おじいちゃんと、おばあちゃんに」
>247「ヒロっていうんだよ。弟。ヒロと同じ名前…」ふたりでコーヒーを飲みながら、お互いの身の上話をした。
>248 ==== Intermission ====  2ちゃんで丁寧なレスもらうと、すごい違和感がw
>260 ケータイが振るえた。メールと分かった。弟からだよ、と口にして、しまったと後悔した。
>261 畳まれた衣類に気づくと、駆け出してきて、ぼくにジャンプした。「なんかうれしかったよ。ヒロ」
>262 どうしたのか、後でぼくの家についてくると言い出した。最寄駅で待ち合わせることになった。
>263 彼女が出発してすぐにオタからメールがあった。「嬢様の画像を希望します」
>264 頭がいたい。すぐにレスを返す。そうだ。ぼくにはオタが飛びつくワイルドカードがあったんだ。
>270 ==== Intermission ====  今夜中に、もう一回アップできそうです。


513 :ここまでのまとめ 3/4 :04/09/30 23:54:42
【1月4日昼】
>273 最寄駅の改札を出ると、彼女はもう来ていて、...、心底驚いてしまった。近づき難いお嬢様が目の前にいた。
>274 これは推測だけど、彼女がお守りとして後生大事に持ち歩いてるクマのぬいぐるみはきっと
>275 母は、彼女をみつめたきりしばらく動かなかった。彼女にはアドリブのセンスもあって、セントポーリアの鉢植えを...
>278 ==== Intermission ====  おかしな表現、誤字脱字は仕方ないと諦めてください(笑
>283 渋谷駅に向かう山手線、姫様はぼくにもたれてご就寝。ケータイが震えた。オタからだった。
>284 渋谷駅に到着してハンズ近くのアーケード。タクを拾い昨夜の店へ。それから突然「カラオケ」に行こうと
>285 ==== Intermission ====  すんません。今夜はもう寝ます。

【1月4日夜】
>291「カナさ。カラオケ一緒に行かない?」会話の途中、カナがフロッピィを渡すのをぼくは見逃さなかった。
>292 困ったことになった。知ってる曲なんてない。一曲だけでもってことでイーグルスを。入力した途端、緊張に襲われる。
>293「イーグルスわたしも好きですよ」三人はゆっくり盛り上がっていった。
>300 姫様に揺り起こされた。「カナはもう帰った。午前中はダンスの練習なんだって」ああ、そうかなるほど。
>301「ぼくの家で何をみたんだ?セントポーリア。あの嘘はぼくも驚いた」「さあ、なぜでしょうねぇ」

【1月5日早朝】
>302 ホテルに戻る、彼女のバッグから白い封筒を引っぱり出した。中身はやはりフロッピィだった。
>303 ==== Intermission ====  今夜のアップはこれが最後です。おやすみなさい。
>310 ぼくはときどき、現実と夢の境界ラインの外にある何かを探ってみようとすることがある。
>311 ==== Intermission ====  1ブロックだけです。続きはまた今夜。
>315 バスルームのドアが開いて姫様がでてきた。眺めてる時間が長くなればなるほど、姫様に触れなくなるような気がした。
>316 お願いだから着替えないで欲しいと、ぼくは懇願した。見ていたいんだよ姫様。ずっと見ていたかったんだよ。
>317 姫様は子供の頃の話をしてくれた。突然消えてしまった父親のこと。それから1年もしないで自殺した母親のこと。
>318 ==== Intermission ====  大量アップ。を目指していたんですが友人の誘いに負けて遊びに。。。
>327 ==== Intermission ====  昨夜は仕事で明け方まで会社に。そんなわけでまだできてません。
>335 彼女は何か話しをしてほしいと言った。しばらく考えたあとで、ぼくは夢の話を持ち出した。
>336「わたしも怖い夢みるよ」と彼女は言った。「わたしは死んじゃうの。夢の中で。自殺しちゃうの」


514 :ここまでのまとめ 4/4 :04/09/30 23:55:39
【1月5日朝】
>337 メールを確認すると、数時間前に送付したファイルの解説がもう届いてた。「まず免許証を調べることをすすめる」
>346 1通目「いきなり戸惑うかもしれないけどその免許証は偽造。19歳ってのも嘘」
>347 2通目「まずgifファイル」君の弟なのかな。この子が。5歳くらい。ひどく痩せている。
>348 3通目「嬢様は偽造旅券を使ってる」
>349 ぼくはときどき君が現実には存在しないんじゃないかと錯覚することがある。
>350 ぼくはしばらく考えてから、もういちどオタにメールした。「なあ、姫様はなんでおれと遊んでるんだろうな」
>351 ==== Intermission ====  「ご自愛ください」なんて言われるのは、これがたぶん最初で最後か。

【1月5日午後】
>358 昼過ぎに目覚めた。ぼくは彼女のために何かしてあげたいと真面目に考えはじめた。
>359 ぼくは彼女に、君が弟と過ごした公園へ行こうと提案した。待ち合わせは東京駅。
>360 ふたりでとりあえずコーヒーを飲み、それから横須賀へと向かう電車ホームを目指した。
>371 ==== Intermission ====  仕事でしばらくの間...長期ではないので、戻ったらまたはじめようかと


515 :計数屋 :04/10/01 00:04:48
まとめ職人で御座います。御愛顧を願っておきます。
良スレで御座いますれば、途中では御座いますが、
ここまでを勝手にまとめさせていただきました。
なお、文字数節約の為、敢えて>>は使って居りませんで、
専用のブラウザで御覧頂ければと存じます。

70 ◆DyYEhjFjFU さんの御話は、良かった頃の
村上龍みたいで、実に宜しいですナ。
70 ◆DyYEhjFjFU さん、御好きでしょ?。
龍とか春樹とか。

539 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/01 21:06:24
間違いなく忘れ去られてるだろうな。
と思ってたのでひっそりアップしとこうと考えてましたが。
レスがしっかりついてたのを読んで正直驚いてます。
驚くのと同時になんだか嬉しい気分でした。
わざわざ保守してくれた人もいたようで…ありがとう。
続きをはじめたいと思います。
その前にレスにくっついてた質問とかちょっと気になったことを先に。

このスレを最初に立てた1はまだいるのでしょうか?
途中からひっそりいい加減にてきとうに書き始めた頃は
まさかこんなにレスがつくようになるとは、ぼくだって想像してなかったので
実はちょっと気にしてたりします。
風俗嬢について2ちゃんらしい世間話を毎晩アップしたり読んだりすることを
楽しみにしてる人だっていると思うからです。
じゃあスレッドを自立したほうがいいかというと、ぼく自身そうは考えてはいません。
つまり、いままでのとおり風俗嬢について書き込む人がいて
そのあいだに埋没するみたいに、ぼくのくだらない文章の塊が挟まる。
ってふうにしたいのです。いままでと変わらないように。
理由は
ひとつには、スレを自立するような大袈裟なものじゃないってことと
ぼく自身このスレタイがとても気に入ってるからです。
70ウザイ!って人もいると思いますけど
できればこのまま続けたいのです。

ぼくを読書家だとか、そんなふうに考えてくれっちゃったりした人達。残念でした。
ぼくは普段、小説とか文学なんてものからはほど遠い人間です。
村上龍も春樹も読んだことありません。
ぼくが書いてアップし続けてる文章は、およそ小説なんて呼べるものじゃないです。
時間軸に沿って話を、ただ「説明」しているだけだからです。
もちろんここには主人公の視点となるべきテーマもありません。
夜、就寝する前の、「すべての喪のためのデタラメな子守歌」と受けとめていただけると助かります。w
お互い喪同士。脛の傷の痛みは分かってますってば。

これから書きます。
が、残務あり。アップの時間は約束できそうにありません。


548 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/02 01:53:50
横浜を過ぎたあたりから電車は闇の中へ。
小さく区切られた田んぼに突き刺さった地方企業の看板やガソリンスタンドのオレンジ色のライトが
窓ガラスに反射した彼女の顔に重なって、視界の隅へと流れて消えてゆく。
まばらに見える民家の灯りはどこか淋しくて
たぶん彼女も同じように感じてたんじゃないかな。
ぼくの手を握る細くて長い指が
彼女の気分にリンクして弱く開かれたり強く閉じられたりした。
寒くないかと訊くと、彼女は平気と答えてから
バッグをごそごそかき回し、それからピンクのクマをひっぱり出して窓ガラスに立てかけた。
クマにも外が見えるように、頭のジンジャエルのキャップを少しひねって自立するように置いた。
クマは足が短くて、胴体が異様に長い。
そのバランスの悪さが愛らしくもあって見ていると切なくなってきた。
ずっと昔、このクマはこの風景を見たことがあると彼女は言った。
ただ風景の流れは今とは逆で、東京駅へむかう電車だった。
そのとき、クマのご主人様はもうこの世界にはいなかったんだと言った。
ぼくはヘッドフォンのLを外して彼女にかけてやり、ボリュームを少し大きくした。
悲しい気分とかつらい気分を、音楽は押し流す力がある。
即効性はないかもしれないけど音楽には傷を癒す力がある。
ぼくはそう信じて疑わないタイプだ。
「ウ ル サ ク ナ イ カ ナ?」
口パクと身振りで彼女に聞いてみた。
たぶんボリュームサイズからぼくの声は聞こえない。
彼女はすぐに理解して「ヘ イ キ」と答えてくれた。
ぼくの耳から音楽がなくなって、電車の規則正しい振動音だけになった。
乗客の話し声もしない。
電車は横須賀を目指していて、それはそんなに遠い場所ではないのに
ぼくには長い時間に感じられた。
それは彼女の痛みがぼくに伝染したせいだった。
彼女のぼくの手を握るその爪が白くなっているせいだった。


549 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/02 01:56:25
横須賀駅に到着すると
ぼくはキオスクの自販機に走った。
ミネラルウォータとコーラを買い
コーラのキャップを外してミネラルウォータで洗い
残りをボトルごとゴミ箱に捨てた。
クマの新しい帽子だ。
姫様の口元にかすかに笑みが戻ってきて
そいつが消えてしまわないうちに、タクを捕まえた。
話では車で5分くらいの距離らしいから、一気にあの場所を目指そうと考えた。
タクの運転手は陽気な中年で
駅前の美味いラーメン屋とか安く飲める居酒屋の話をひたすら喋り続けてくれた。
願ってもないことだった。
余計なことを考えなくて済む。
ぼくは帰りにそこへ寄っていこうと彼女に言い、運転手の喋りにいちいち相槌をうち
たいして面白くもない冗談に声を出して笑った。
運転手がほんとうにここでいいのか?と言った場所は確かに公園だったけど
想像していた雰囲気とは随分違っていた。
そこは公園ではなくて神社だった。
まわりの空き地を盛り土で円形に持ち上げた感じの神社には
滑り台とブランコと模型のような背の低い木が数本あるだけだった。
鳥居は朽ちて色がほぼなくなっていたし、ひどいことに傾いていつ倒れてもおかしくない状態。
滑り台に砂場はなく、ブランコにはブランコが下がってなかった。
「ここでいいのかな?」
と訊いた。
彼女はこくりと頷いた。
ぼくは彼女に手を引かれて歩いた。
足下は暗くて木ぎれとかプラスチックのゴミが散乱しているようで
ここが人の記憶から置き去りにされている場所なんだとわかった。
明かりも音もなかった。
澄んだ空気のせいで星と月がやけにくっきりと見える。
はき出した息が白い雲のように月に重なって、姫様は流れる影。
ずっとずっと長いこと、彼女は渋谷の夜の闇の中で出口を失って苦しんでた。
だからここにある暗がりなんてちっとも怖がってない。
彼女の気配まで闇に溶けこんでしまったとき、ぼくはなぜかちょっと安心した気分になった。
上手くいえないけど、彼女がここへ戻ってきたことを後悔してるようには思えなかったからかもしれない。
彼女が溶けこんだ暗がりを、ぼくも怖いとは感じなかったからかもしれない。


550 :('A`) :04/10/02 01:56:59
きたよ。乙カレ!>70


551 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/02 01:58:14
苔に覆われてしまった水道の蛇口。
風が砂をどこかへ持ち去ったあとに残った砂場だった場所の窪み。
首のなくなった狛犬。
高さの半分から下のすべての樹皮を失った樹。
そのぜんぶに思い出があると彼女は言った。
缶蹴りをやるときの陣地があの樹の生えてる場所で、
子供達がつかまって回転するものだから、あの樹は樹皮を失ってしまった。
でも、こうやってまだ生きてるんだと、春にはしっかり芽吹くための準備をしているんだと
感心したように言った。
あの夏。
彼女の弟もここで鬼ごっこやら、缶蹴りをやって走りまわったんだろうな。
彼女だってきっと同じことをやったんだ。
ぼくらはお互いの距離を狭めるでも拡げるでもなく
闇の中で等間隔を守りながら狭い境内を彷徨った。
やしろの崩壊もひどいものだった。
子供達の遊び場所としての機能もとっくに失われていて
いまでは幽霊の噂を提供するくらいしか使い道がなさそうに見えた。
歩くと不気味な音を立てる床板に気をとられていたけど
何かのはずみで見上げた天井はちょっとした驚きだった。
見事に彩色された古い絵の数々。
そのほとんどは間仕切りの格子だけ残して滅茶滅茶に破壊されている。
でも、それが新ピカだった頃の派手さは容易に想像できた。
欠落した部分は、目を閉じた彼女の唇が魔法のように正確に復元してくれた。
黒い牛。
神官と黒い袈裟のたくさんの僧侶。
たくさんの雲。
荒れる海面。
龍。
そして太陽。
彼女は太陽が描かれた天井板の一枚を指さして、はあっと白い息を吐き出した。
あの太陽。
朱に塗られた一枚の板。
ぼくは彼女の顔を見た。頬につたって流れるきらきら光る水滴を見た。
きっと何かを思い出したんだろう。
あの板には何かがあるんだろう。
ぼくはあちこちに散らばるガラクタとゴミの山の中から、物干し竿を探しだしてきて
力任せにその天井板を打ち抜いた。
大量の埃といっしょに、あっさりと板はやしろの床に落下した。
古いデザインの缶コーヒーの空き缶といっしょに。
彼女はその空き缶を拾い、指先でつまんでくるくるまわして確認したあと
ゆっくりと声を立てずに泣きはじめた。
「やっと帰ってこれたよ。ヒロ」
彼女はそう呟いたけど、ヒロがぼくのことなのか弟のことなのかは分からなかった。
彼女はぼくの手を握って静かに震えるように細かく、白い息を吐き続けた。


552 :('A`) :04/10/02 01:59:10
キタ━(゚∀゚)━(∀゚ )━(゚  )━(  )━(  )━(  ゚)━( ゚∀)━(゚∀゚)━ !!
>>70
おつ!!


553 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/02 01:59:46
缶コーヒーは姫様が弟へ、小遣いのぜんぶを使って買ってあげた
誕生日のプレゼントだった。
ところが姫様も途中で飲みたくなって、結局は半分づつ飲むことになったのだとか。
弟は空になった缶をやしろの天井に放りあげ、ゴミ箱には捨てなかった。
弟がなぜ必死になって天井へ投げようとしてたのか当時は不思議だったけど
いまになって考えてみると、なんとなく分からなくもない。と彼女は言った。
天井を壊すからと注意したにもかかわらず弟は缶を投げ続けた。
聞き分けのよかったはずの弟が投げ上げた缶は、外れた板と板の隙間から天井へ突き抜け
太陽の絵に乗っかってとまった。
もう充分。と彼女は言った。
帰ろう。東京へ。
ぼくらは県道を横須賀駅目指して、てくてく歩いた。
都心を離れると、冬の風はとても冷たい。
ゆるくひっかけた彼女の指だけに温度があった。
この土地を訪れてみると、今度は東京のあのホテルの部屋が存在感を失う。
おかしなものだと思う。
ぼくの斜め後ろを歩いてついてくる彼女。
うつむきかげんで、左手にはクマをしっかり握りしめている。
長い髪が突風にあおられて右へ左へ激しく揺れる。
空き缶はちゃんと持ったのかな。
鼻水がとまらないね。
ホテルに戻ったらヒーターを最強にセットして眠ろうな。
その前に何か食べなくちゃな。
頭をフル回転させてみたけど、ろくな考えが浮かばなかった。
ぼくは彼女になにもしてあげることができない。
今夜だからこそ彼女の笑顔が見たくなったのに、ぼくの頭は空回りするだけだった。
なんとかして彼女の笑顔を見なくちゃいけない。
そうしないと、ぼくはまた姫様を求めてしまうだろう。
あのやしろの天井画のように滅茶滅茶に壊してやりたくなるだろう。
なのに、ぼくの頭は空回りするだけだった。
ずっとずっと空回りするだけだった。


554 :('A`) :04/10/02 02:04:40
お。

おかえり〜。


555 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/02 02:20:37
ちょっと疲れました。

538〜すべてのレスをくれた人に。thx。
皆褒めすぎてる気がします。特に>>541
ぼくの書いてるものなんて糞ですよ。糞。
もう一回言いましょうか?
糞です。
じゃあ、なぜぼくは長いこと糞をアップし続けるのかというと
ぼくも書くことで癒される気になるからです。
そんなわけで、物語っつーかぼくの吐きだしたゲロみたいなものは
これからもまだまだ続きます。つきあってあげてください。
続きはまた明日。


586 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/03 01:22:55
横須賀駅は利用者の多い割にこぢんまりしていてぼろい。
日が落ちてしまうと商店街に混ざって、はじめて訪れたものには駅らしく見えなかったりする。
ぼくらは駅間近の海岸沿い直線コースのどこかで立ち止まり
潮の匂いを嗅ぎ、汚れた海面に反射する光の束をじっと眺めた。
この頃には寒さが直接皮膚にまで浸入していて、コートの内側にさえ温度がないように感じられた。
彼女の手も顔も海からの風に撫でられて真っ白。頬の赤みもない。
ぼくは彼女の指先をなんどもこすって摩擦で熱を戻そうとしたけど効果はなかった。
ポケットから指を出し、外気に触れたとたん感覚がなくなる。
彼女の頬を触っても自分の指先に触感がなく、
頬は冷凍されたあと常温で自然解凍された肉みたいな不自然な柔らかさだった。
「夜景きれいだね」と彼女が言った。「あの光にジャンプしたらすぐ死ねるかな」
「1分で死ねるかもね。充分に冷えてるし、あまり苦しまないでいいかもしれない」
彼女が本気で海へダイブするとは思えなかった。
ひどく落ちこんでいて、感傷的になってるのはわかるけど
そんな思い詰めた雰囲気でもなかった。
彼女がジャンプするならいままで何年もそのチャンスはあったはずだ。
ぼくは彼女の気が済むまで付き合った。
彼女の足が駅へむかって動き出すまで長いことそこに佇んだ。
「ねえ。ヒロ」
「ん?」とぼく。
「もしいっしょに死んでって言ったら、どうする?」
ぼくは笑った。
「死なないよ。絶対に。ぼくはお姫様を東京へ連れて帰る。あのホテルで暖かいコーヒーを二人で飲みたいから」
彼女はようやく歩きはじめた。
クマを海に向かって突きだし、ちっちゃなフェルトの腕をつまんで海にバイバイさせた。
そのときぼくは、ここへ来る途中利用したタクの運転手を思い出した。
あのおっさんの話だと、この直線コースの先にたしかラーメン屋があるはずだ。
美味いかどうかなんて、この際どうでもよかった。
ラーメンのスープはどんな不味い店で食べたって熱いはずだ。
道の先に横須賀駅が見え、その手前に記憶してた店の名をみつけたとき、彼女も黙ってぼくを見つめた。
ぼくらは言葉を交わさないまま店のドア目指して早足で歩いた。
意外にもラーメンは美味かった。
彼女は熱いスープをふぅふぅやりながら、鼻をすすり
「ありがとう今夜」と言ってから、またぐずぐず泣きはじめた。


587 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/03 01:25:15
東京駅に戻ったときには日付が変わろうとしていた。
終電にはまだちょっとだけ余裕があったけど
ぼくらは道草しないで乗り換えホームを目指した。
ひどく寒くて寒すぎて笑ってしまいそうなほど寒かった。
体ががたがた震え、治まったと思うとまた震える。
寒くて麻痺してた皮膚にまともな触感が戻ってきたと思ったら
今度は鋭敏すぎるほどで、彼女が絡めてくる指先が直接神経を刺激するみたいに
ぴりぴり反応した。痛いほどだ。
ホテルに戻ったのが午前1時。
体に力が入りにくく、おかしいなと思いつつフロントのソファに押しを下ろし
コーヒーを注文して部屋に届けてもらうよう頼みエレベータに乗りこんだのが1時30分。
体が高熱を発して、とうとう倒れるようにベッドへ崩れ落ちたのがきっかり午前2時だった。
慌てたのが彼女だった。
どう見たって尋常じゃないぼくの赤くなった顔に驚き
額に手をあてて騒ぎはじめ、どこかへ消えたと思ったら解熱剤と風邪薬を持って戻ってきた。
ホテルの常備薬かな、とぼんやり考えながら飲む振りだけしてゴミ箱に捨てた。
いったん発症した風邪を押さえこむ特効薬なんてない。飲むだけ無駄だ。
それにぼくは薬が大嫌いなんだ。
彼女はぼくを厄介事に巻きこんだと、ひどく後悔していた。
こんな冷えこんだ夜に横須賀の闇の中へぼくを連れ出したと、本気で思いこんでいた。
それはぼくが言いだしたことなんだ。
君じゃなくて、ぼくが連れ出したんだ。
ぼくが君を泣かせてしまった。
もしかすると姫様に会った最初の晩に、ぼくは風邪ウイルスに感染していたのかもしれない。
電車のつり革かもしれないし、会社の同僚のくしゃみを知らずに吸いこんだのかもしれない。
ひっそりと潜伏して、たまたま今夜発熱したんだよ。
ぼくはゆっくりとそう話して聞かせた。
子供を相手に話す口調で優しくいい聞かせた。
でも彼女はまったく聞き入れようとはしなかった。
あの神社の境内があまりに寒すぎたために、ぼくが風邪を引いた。
そう、まるで賽銭クジでも買ったみたいに、ぼくが風邪を引き当てたと本気で信じていた。
ぼくは眠った。
自分の意志とは関係なく、突然ひどい眠気に襲われて意識を失った。
それでも深夜に何度か目が覚め、人の気配を感じ、そしてまた眠る。
そんなことを何度も繰りかえした気がする。
傍らのすごく近い位置に姫様のかすかな匂い。
あの甘ったるい香り。
女のやわらかな体温。
姫様がぼくの手を握ってくれている。
このまま死んじゃってもいいや。
こんなに平穏で静かで安堵できる暗がりに包まれて逝けるなら、それでもいいや、と思った。


588 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/03 01:27:27
ぼくは夢を見た。
横須賀駅前の直線コース。
街頭の灯っていない暗闇の中をすさまじい勢いで滑空する。
タクで移動した道順をトレースして、ぼくはあの公園、神社境内に至る。
そこにあるのはあの夏の日。
ぼくの知らない夕方。
子供達の笑顔の群れと高揚した声と騒がしい足音。
その先に白い服の少女がいて、ぼくをじっと見つめていた。
いや、ぼくを通過してぼくの背後にある何かを見つめていた。
ときどき蝉の声が聞こえた。
テレビから漏れてくるようにその音は鮮明で、ありえないほど近い。
ぼくは蝉の位置を探る。
少女が目の前にいる。
少女の手に握られたもの。
中国製の三十八口径。
首にはピンクのクマのぬいぐるみと、菊の紋章が刻印された赤いパスポートが下がっている。
少女はぼくが見つめていることに気づいていないようだった。
素足で立ち、指先は泥だらけで、その指で鼻の頭を触ったために
鼻の頭まで泥で汚れている。
その指先が三十八口径の遊底にも触れる。
遊低には遊びがあり、それが可動することがわかると
指先はかちゃかちゃと音のする重たい金属を引っ張ろうとムキになる。
リコイルスプリングが、少女の指の動きに逆らって遊低を押し戻そうとした瞬間
三十八口径は少女の手のひらで踊り
乾いたパンという音をたてて地面に落下する。
一瞬のできごと。
たっぷりと汗をかいて目覚めるぼく。
目の前にホテルの部屋の天井があり
驚いた姫様がベッド脇から立ち上がってぼくを覗きこむ。
彼女はなにか言っていた。でもよく聞き取れない。
外はまだ暗い。
何時くらいなんだろう。
そんなことをぼんやり考えていると、姫様がボカリスエットのペットボトルを口に運んでくれた。
ありがとう、も言えないままぼくはまた眠りへと落ちる。
ひどくつらかった。
風邪の熱も、いま見た夢も。
遠いどこかからバッハの無伴奏チェロソナタが聞こえてきた。
姫様がヘッドフォンつけてくれたのかな。ぼくのために。
音楽には傷を癒す力がある。
ぼくはそう信じて疑わないタイプだけど、
彼女がしっかり握っていてくれる手のひらの触感には、とうてい及ばない気がした。

594 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/03 01:52:01
ぼくの書いてるいるものなんて糞ですよ。
ぼくは間違いなくそう思っているし、発言に気をつけるつもりもありません。
これは正確な自己評価です。
ただ、ぼくの吐きだしたものを、楽しみにしているとレスがつくことを
純粋に嬉しく感じているぼくもいます。
>>541が過剰に褒め称えてくれるのも悪い気はしません。
しかし、2ちゃんだろうがどこだろうが感じたことは正直に書くし、発言もします。

本人まで風邪をひいたらしく、今夜はここまでです。
レスつけてくれたひと、発言に怒ってしまったひと、あわせて読んでくれてありがとう。


606 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/03 03:17:08
話は決まってるし、全体の尺だけなんとなく頭にあって
どう割りつけるかは決まってないかな。
半分にも到達してないような気がします…


607 :('A`) :04/10/03 03:17:50
気長に行こうぜ。
締め切りがあるわけじゃなし。


608 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/03 03:29:47
>>607 thx

ぼくが上げ続けてるものについてレスが返ってくるのがひどく妙な気分です。
しかも楽しいとまで言ってくれる。
ぼくも書くことで癒されるし、お姫様を思い出すことができる。
楽しんでくれてる人が、最後まで楽しめるといいけど
半分以上は自分のために書いてたりするから。。。

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