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【幸福の科学】マルクス主義退潮の余波で派生したオカルト文化人の憂うべき跳梁跋扈
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投稿者 提供人D 日時 2009 年 8 月 05 日 07:47:20: zjIwxfdYJcbls
 


噂の眞相 98年7月号別冊『日本の文化人』
マルクス主義退潮の余波で派生したオカルト文化人の憂うべき跳梁跋扈
● 木村龍夫(評論家)
 
● 汚染は文壇からアカデミズムまで
「彼は四十数年間宗教学をやって、脳腫瘍になって死にました。誤った思想を四十年間考え続けると脳腫瘍ができるということでしょうか」(『現代宗教学批判序説』)かの景山民夫も出席している座談会での、「幸福の科学」本部講師Kの発言だ。
「誤った考え」を持ったため脳腫瘍になって死んだと誹謗中傷されている故人は、宗教学者の柳川啓一。当時「幸福の科学」と激しく対立していた島田裕巳の師匠に当たる人物である。脳腫瘍とは「幸福の科学」によると、悪しきことを考えているとかかる病らしい。この病気と日々闘っている患者やその家族たちに聞かせてやりたい差別的発言である。
だが、教祖・大川隆法の教えにイヌのように忠実であった景山も、自宅で「不審火」のため焼死(本誌九八年四月号参照)という悲惨な運命からは逃れられなかったようだ。もちろん、「幸福の科学」の差別主義者どものように、不慮の事故死(?)は「淫祠邪教にかぶれた報い」などと嗤う気はない。死は誰にでも平等に訪れるし、前世も来世も、あの世もありはしないからである。
しかし、自宅で焼け死ぬという死にザマを理想として「幸福の科学」に入信する者など一人もいないだろう。これだけでも、信心による功徳だのご利益だのが嘘八百であることは明らかなのだ。
「幸福の科学」発行の雑誌『ザ・リバティ』は「帰天」した景山にこう語らせている。「このたびはお騒がせしてすみません。永遠の生命と信仰の不滅を実感しました。文字どおり『完全燃焼の人生』で、僕らしかったかもしれません」残酷なものである。教団は景山の変死にひるむどころか、徹底的に利用し尽くそうとしている。「広告塔」の運命は死後も憐れだ。あの世の存在や生まれ変わりを信じ込み、死の恐怖を感じなくなった人間は、他人の死を厳粛なこととして受け止められない。死者をコケにしたような「あの世からのメッセージ」に、この教団の非情さが読み取れる。それは「幸福の科学」がいくら否定しても、オウムの冷血に通底する。信者たちは、これで本当に納得できたのであろうか。
信じる者こそ度し難し。オウム事件で少しは懲りたかと思われた日本人の宗教、オカルト好きだが、一向に治る気配なしである。それどころか、スターリン型社会主義諸国崩壊の巻き添えになって、左翼思想全体があらぬ攻撃を受け、唯物論に基づく社会科学的な発想じたいが論壇主流からパージされてしまったために、大川隆法や船井幸雄や福永法源のような邪教商売人ばかりか、文化人や言論人までもが、霊界だの超能力だの神の存在だのに平気でうつつを抜かすような時代になってしまった。
まず、低級なところでは、横尾忠則、高橋克彦、井沢元彦のUFO=霊界三バカトリオをはじめ、街の拝み屋・宜保愛子に入れ揚げたタレント文化人ども――吉村作治、市川森一、大島渚、ビートたけし、林真理子、天野祐吉――、オカルト医療の典型TDEに熱中し『「超能力」から「能力」へ』という礼賛本まで出して持ち上げた村上龍などが挙げられる。
ところが、オカルト汚染はタレント文化人に留まらず、最近では文系アカデミズムの世界にも蔓延している。中沢新一、栗本慎一郎、植島啓司の「古参組」を頂点として、「氷山の一角」を挙げておくと、愛媛大の中村雅彦(超心理学)、京大のカール・ベッカー(比較文化論)、福島大の飯田史彦(経営学)、宮崎大の狩俣恵常(教育学)、東邦大の渡辺恒夫(心理学)、桃山学院大の沼田健哉(宗教学)、桜美林大学の湯浅泰雄(思想史)、神戸芸術工科大の北沢方邦、文化女子大の高橋和夫(哲学)、慶応大の小林節(憲法学)、同志社大の落合仁司(数理神学)といった学者連が、オカルトやニューエイジや宗教の下僕となって、大学講壇で日々「布教」に精を出している。
増殖中のオカルト汚染文化人のなかでも、特にケッサクなのは佐藤愛子である。佐藤といえば、俳人、児童文学者の佐藤紅緑を父に持ち、異母兄が『リンゴの唄』で知られる詩人のサトウハチローという華麗な家系出の小説家だが、この大正生まれのオバサン、いい齢ですっかり心霊術の世界にハマってしまったらしいのだ。神戸の連続児童殺傷事件について、佐藤愛子は、悪霊に憑依されたのが原因とぶち上げている。(『新潮45』九七年九月号)
それによると、「犯人は三十代前後の男」という憶測をマスメディアが盛んに垂れ流していたころ、佐藤が懇意にしている「スピリチュアリズム研究家」のEが、「おかしいですよね。わたしが霊視すると三十代から四十代じゃなくて、若い細身の男が見えるんですがね」「それに目がつり上がった顔なんですよ」と首をひねったという。容疑者逮捕後、『フォーカス』に、法も人権も無視して掲載された、その少年の顔写真を一目みて、佐藤愛子、飛び上がらんばかりに驚いた。それだけでは飽き足らず、Eはさらに「少年には悪霊が憑依している」と霊視した。そして佐藤も、少年を犯行に走らせたのは、悪霊のせいと信じ込んだのである。
この事件では、数多くの推理や解釈や憶測が飛び交ったが、そのなかでもサイコー級の珍説である。「常識では理解不能なことが起きる」「目に見えない、不可思議なチカラのせいにする」とは、まるで原始人のような安直さである。安直なだけなら罪もないが、被疑者や被告人を、自分たちだけに通じる妄想によって、一方的に断罪するとは人権無視も甚だしい。
佐藤は五十を過ぎた頃から、頻繁に身のまわりで「超常現象」が起きるようになったのだそうだ。佐藤に憑いているのは、霊魂ではなかろう。老化した意識、衰弱しきった精神に決まって憑く、幻想の一形態である。佐藤愛子には、ご贔屓の霊能者がいるらしい。老い先短い年寄りをたぶらかしてアコギな奴という他はない。
 
●スプーン曲げにハマった文化人たち
政治家や財界人がいかがわしい占い師や拝み屋のタニマチになるというのは、昔からよくある話だが、今日びでは、学者や文化人が超能力者や霊媒の後援役や露払い役を務めることが多々ある。
八〇年代後半には、スプーン曲げ芸で、エスパーを詐称した清田益章に群がった連中がいた。その代表格が、本誌九八年六月号でも取り上げた立花隆だろう。立花は、八四年頃清田に入れ込み、テレビの特番の制作にまで参画したが、途中でスプーン曲げのトリックに気づき、それを暴くことになった。しかし番組の最後には、海外の「本物の」超能力者のフィルムが紹介され、立花自身が日本における超常現象研究の必要性を強調して終了した。
トリック暴露にもかかわらず、番組全体としては、超能力の存在についてポジティブな印象を与えたことはいうまでもない。典型的なペテンの手口である。十数年後、立花は『臨死体験』で同じやり口を繰り返す。同書では、一応、臨死体験を死後の世界の入口とする見方は科学的説明として不十分としたものの、その後の対談や翻訳書では、すっかり死後の世界肯定派に鞍替えしてしまっている。
じつは立花のオカルト狂いは、昨日今日にはじまったことではないのだ。二十代の後半、文藝春秋を退社して、東大哲学科に学士入学した立花が専攻したのは、オカルト、ニューエイジの源流である古代から中世にかけての神秘思想であり、「神秘家コリン・ウィルソンに導かれて」読み耽った「神秘主義者としての」ウィトゲンシュタインであった(『文明の逆説』)。一般には、近代的知性の権化のようにみなされている立花隆だが、その実態は根っからのオカルト系オタクなのである。
政治評論家の小室直樹も、清田にまんまとたらし込まれたクチだ。深夜テレビで、清田のスプーン曲げを目の当たりにして「これはホンモノだ!」と叫んだのは有名な話だが、小室も、立花同様、もともと宗教や超常現象に興味津々で、明治時代に念写実験を鳴物入りで行い、東大心理学科の助教授職を追われた福来友吉の「業績」を高く評価しているし(『アメリカの逆襲』)、「三島由紀夫の魂は再びこの世に転生する!」という超サイキック本まで出している(『三島由紀夫が復活する』)。
最近は「幸福の科学」と蜜月関係のようで、『ザ・リバティ』誌上での景山民夫の最後の対談相手は小室だった。その他、清田信者になったのは、糸井童里、ビートたけし、田原総一朗、景山民夫、細野晴臣、長谷川和彦、細川隆一郎、天野祐吉、いとうせいこう、さくらももこ、手塚眞、吉本ばなな、宮内勝典……。
宮内について、ある文壇関係者はこう話す。「オウム事件後、糸井やいとうせいこう、吉本ばななをはじめ、多くのオカルトかぶれの文化人たちがこの領域から撤退し、清田からも離れていったのに、近作『ぼくは始祖鳥になりたい』を読めばわかるように、宮内は頭が悪いからいまだに引きずっているんですよ。他の奴等は利口ですぐ逃げたけど、宮内はオウムの上祐にすら小バカにされるような鈍臭い男だからね(笑)」確かに、いとうせいこうなどは清田に頻繋に接触し、いろいろなメディアで絶賛してまわったくせに、いまではすっかり他人の素振りである。
いとうは、当時次のような「企画」まで立案していたのだ。「昔、清田のために考えた大イベントがあるんです。海の向うに大きなコンサート会場が浮かんでいる。浜辺に清田登場。何万人という客の目の前で、ヤツが海を割る。モーゼですよ。そのモーゼ清田のあとに続いて海底を歩く群衆は、手に手にスプーンを持ち整然と隊列を組んで会場に向う……」(『超能力野郎』)こんなタワゴトをホザいていた奴が、いまや『批評空間』に知性コンプレックス丸出しの駄文を書き散らし、やれキルケゴールだ、ソシュールだ、中上健次だと、いっぱしの左派インテリ気取りでいられること自体、笑止千万なのである。
 
●吉本親子のオカルト狂い
いとうせいこう以外にも、若手サブカル系文化人でオカルト、ニューエイジに手を染めながら、オウム事件以降は口を拭ってしまった連中は掃いて捨てるほどいる。とくに忘れてはならないのが、吉本ばななの存在だ。
ばななは、オウム以前は、さしずめ「文壇の女フナイ」といっても過言ではないほどのオカルティック・センターとして機能していた。彼女が、持ち上げたり影響を受けたりしたオカルト界著名人は、清田をはじめ、宜保愛子、サイキック予言者ロナルド・バード、『理性のゆらぎ』『アガスティアの葉』の青山圭秀、そしてサイババ……。
ばななは、子供の頃から小説よりも超常世界の本に興味を持ち、タロットカード占いに凝ったこともあるという。霊的な体験にも悩まされ、そうした志向や経験をベースにして書かれた『アムリタ』は、ニューエイジ小説としてしか読みようのない物語である。彼女は、清田との対談で「私にも、ある程度は超能力的なものがあると思う。だけど、やっぱり違うんだよね、本当にある人というのは」といい、ロナルド・バードとの対談ではサイパンでの霊障体験を告白している。「空港からホテルに向うまでの道の途中で、いてもたってもいられないような特殊な具合の悪くなり方を初めて体験したんです。ホテルで調べてみたら、その場所は七万人の兵士が亡くなった場所だとわかりました。夜寝ていると、ありとあらゆる気持ちの悪い夢を見て、息苦しくて目覚めて起きると、部屋のなかにザワザワザワザワ、何千人もの兵士がいるような音がする」これでは、神経過敏症ぎみのOLが肥大化した自意識でもって、自分の「体調不良」を過剰に意味づけているのと、ほとんど変わらない。
まともな小説を書くには冷徹なまでの自己切開、自己分析が必須だが、吉本ばななにも、宮内勝典や景山民夫にも、そうした資質が完全に欠落している。彼らの小説が基本的につまらない原因だろう。こんな吉本ばななについて、戦後思想界の「虚人」隆明パパはどう思っているのか、興味深いところだ。なにせ吉本隆明といえば、かつて今西錦司の進化学説に対し、その方法論が非科学的であると噛み付いたほどの御仁だ。
あるいは糸井重里、中沢新一、浅田彰の鼎談で、例によって詐話師・中沢が、インドのヨーガ行者が念力で縄を空中に浮かせて、それに子供を上らせたという与太を披露して座が盛り上がっているのを捉えて、「こういういかがわしいことを言ってもらうと困るわけで、こういうの誰れも見ていないところだと出来るかもしれないですよ。だけど、公開になったら、ことごとくペテンですよね。こんなのスプーン曲げとおんなじでね。共同幻想の中のね、自己幻想の運命みたいなもんでね」(『大衆としての現在』)と手厳しく批判している。こういう厳格な科学主義者の側面もある吉本のことだから、オカルトかぶれの娘、ばななを叱り飛ばすのかと思っていたら、これが猫なで声でこう語るのだ。「これは本当に超能力と言うより仕方ないんじゃないかっていう、本格的な超能力を登場人物があらわす。それを描写した小説もあるよね。もちろん『アムリタ』でも、『とかげ』そのものでもいいんだけど。これはちょっと超能力小説だよって言いたいくらいに高度に超能力性みたいなものがあらわれている作品もあるしね。(中略)超能力が作品を解いちゃってるっていうよりも、一種の内在性を超能力が解いちゃってる」(『吉本隆明×吉本ばなな』)重々しくバカをいう、とはこのことである。単に通俗的な宗教性(共同幻想)をモチーフにした小説といえば済むことではないか。反原発も、エコロジーも暗黒思想と切り捨てるほどに単細胞な吉本の科学至上主義も、愛娘を前にしては、このようにフニャマラになってしまう。要するにご都合主義、テキトーなやつなのである。
「ばななの家庭教師をやっていた」(吉本に近い文芸記者)という、吉本家の忠犬ハチ公・芹沢俊介あたりになると、ニューエイジへの傾倒がもっと激しくなる。芹沢は、インドのイカサマ聖者・サイババを大々的に評価している。
「手首を三、四度回しただけでヴィブーティ(聖灰)を取り出す。それだけでなく時計や指輪も取り出す。額に入ったサイババの写真からはいつの間にかアムリ夕(聖なる蜜)がとめどなく流れ出す。それらは既存のどのような物質組成とも異なることが分ってきている。それをサイババの日本の紹介者は、物質化と呼んでいる。この物質化現象は、人びとの認識の枠組みに革命的な衝撃つまりカタストロフィーをもたらした」誰にも、そんなもん、もたらされてねーよ(笑)とツッコミを入れたくなる珍論だが、「人びと」は、自立ブタ風にいってやると「大衆」はだ、芹沢などよりよっぽどマトモ。
「大衆」は、サイババの「奇跡」に最初は物珍しさから見入っていても、すぐ子供だましの「奇術」であることを見抜いている。こんなバカげた文章が『「オウム現象」の読解』と題された評論集に入っているのだから、愚かしさの二乗という他はない。しかも、こんな駄文集を絶賛するバカ知識人も数多いのだから、なるほど、この国の文化状況は「いささか絶望的」にオカルティックだ。
 
●中沢新一のオカルト的犯罪
サイババには、他に作家の桐島洋子、糸井重里、作詞家の湯川れい子といった面々がハマっている。とくに湯川れい子は要注意だ。彼女は「あの世」研究家の天外伺朗(こと世界のソニーの常務取締役・土井利忠)が主催するニューエイジ組織「マハーサマーディ研究会」の特別会員でもあり、いまや、「この世界」の有力者の一人である。湯川れい子といえば、天河神社詣でブームのときにも名を出している。
湯川が、ニューエイジ界の大御所シャーリー・マクレーンを天河信仰に引っ張り込んだことは有名である。奈良県にある天河神社は、正式には天河大弁財天社という。歴史は古く、修験道の開祖・役小角によって開山されたと伝えられる。とくに、古典芸能の奉納で名高く、八〇年代の後半から九〇年前後にかけては、細野晴臣、喜多郎、ブラインアン・イーノ、坂本龍一らミュージシャンたちに熱く信奉された。長渕剛、志穂美悦子夫婦にいたっては、この神社で結婚式を挙げたほどである。さらに信仰の輪は文化人に広がり、中沢新一、植島啓司、鎌田東二ら宗教学者、少女マンガ家の美内すずえ、角川春樹・辺見じゅんの姉弟、作家の内田康夫にも及んだ。
詐話師・中沢新一は「(初めて天河に)足を踏み入れた時、土地の“霊気”を感じましたね。超常現象も体験した。UFOを見たんです。(中略)天河は今ブームの新興宗教の類とは全然違う。原日本人の宗教だという気がする」とメディアで「広報」役まで務めている。九〇年代に入ると、天河神社は、宮司・柿坂神酒之祐の放漫経営のツケで、十億円規模の借金を抱えたうえ、その返済が滞ったため、境内と神社所有の山林が競売に掛けられるという異常事態に陥った。こうした金銭トラブルが続くうちに、有名「信者」たちは夢から醒めるように、徐々に遠のいていった。宮司自らが、大宇宙の根源につながる磁気に満ちた大霊場だの、UFOの通過点だのと、浮世離れしたイメージを振り撒いていた天河だが、バカバカしいほど現世的な事情でブームに幕が引かれたのである。
だが、中沢新一ほどペテンが堂に入ってくると、天河程度のしくじりでは懲りたりしない。自分が指導したに等しいオウム真理教が起こした事件ですら、蛙の面にションベン、涼しい顔でやり過ごそうとしている。田中康夫が正しく見抜いているように、責任も取らずにぬくぬくと生き延びている「大蔵官僚みたいな奴」なのである。最近では愛知万博に加担して、新たな利権の構造に首を突っ込もうとしているようだ(本誌九八年五月号)。
しかし、そんな中沢にも「失意」の季節はあったのだ。「西部邁が中沢を東大助教授に迎えようと画策して失敗したとき、彼はひどい落ち込み方で、酒場で『西部に騙された』とクダを巻き、深夜、西部の家に電話して『母が落胆しています』と詰め寄ったといいます」とその「人となり」を語るのは、当時中沢、西部の両方と親交があったテレビ関係者である。マザコン、権威の座への執着、責任感の欠如、恥知らず、利己的性格など、大蔵官僚と中沢には確かに共通項が多い。
しかし、中沢の身辺には、ノーパンしゃぶしゃぶ接待とは比べものにならない奇っ怪な噂が付きまとっている。なんと中沢は、桐山靖雄が立てた新興宗教・阿含宗の二代目教祖になるところだったというのだ。
阿含宗の月刊誌『アーガマ』の編集長を務め、さらに同教団の広報部長、国際部長を歴任した松澤正博は、宗教ジャーナリスト・室生忠との対談でこう述べている。「中沢新一さんが(桐山の三女と)結婚をして、阿含宗を継ぐというような噂もありました。この噂というのは、実に当を得た噂であり、当時、ぼくは教団側に立って、ずいぶんドキッとしたものです」この噂の前後には、かの麻原彰晃と桐山三女との結婚の噂も立ったという。
この発言を受けて、やはり阿含宗と因縁のある室生は、次のように、その噂の信憑性を補強している。「ああ……、三女と結婚して阿含を継ぐというのは、私も聞いたことがありますよ。ただし、それは中沢新一氏の話でした。当時、TBSの『ニュース23』だったと思うけど、中沢氏と出演する機会があって、本番が終わってからの雑談で、彼がボヤキとも自慢ともつかぬ口調で『桐山に口説かれて困っている』と言っていました。その後の中沢氏と麻原の親密な関係を考えると、どこかキナ臭い感じがしますがね……」(室生忠『対論オウム真理教考』)
もし、この噂が本当なら、桐山―中沢―麻原という、オウム事件の背景を考えるうえで大変興味深い構図が浮かび上がってくる。教義的にも、中沢がチベットで修行した宗派はニンマ派であり、桐山の好んで使う肩書きのひとつが「チベット密教ニンマ派仏教大学名誉学長・客員教授」であり、麻原が最後に信奉したタントラ・ヴァジラヤーナの原形がニンマ派からきたことを思えば、三者の関係が浅いものであったとは到底考えられない。一体、当時彼らのあいだに何が起こったのか。
「オウム報道が過熱ぎみだった頃、浅田(彰)さんは、かつての仲間である中沢をなんとか救おうとしたわけですが、途中でむしろ中沢の関与性、危険性を察知してさっと身を引いたわけです」オカルティズムの動向に詳しい、あるジャーナリストの言である。実際、中沢を「救おうとした」『諸君!』(九五年八月号「オウムとは何だったのか」)での対談の直後、浅田は態度を豹変させ、『批評空間』(第U期第9号「座談会・『悪い年』を超えて」)では、柄谷行人、坂本龍一とともに中沢批判にまわっている。「だいたい、細野晴臣と中沢新一がテクノ―オカルティズム、坂本さんとぼくがテクノ―マテリアリズムという感じで、友好的な中でも闘争を続けていたわけじゃない」(浅田)/「それにしても、細野さんや中沢さんにはオウムに関して責任があると思うんだけど」(坂本)/「そうですよ」(柄谷)という具合なのだ。
 
●死後の世界を信じることの意味
しかし、捨てる神があれば拾う神もいる。柄谷や浅田に愛想を尽かされた中沢を拾ったのは、ユング派心理学の大家にして、国際日本文化研究センター所長の河合隼雄であった。河合の威光のおかげで、中沢は、オウム事件後も、岩波書店、朝日新聞社という戦後の言論界の中軸ブランドから本を出すことができたのである。怖るべきは河合隼雄の政治力である。
河合隼雄が中沢を救おうとする理由は、じつは河合の思想が、そもそも中沢と同種のいかがわしさに満ちているからではないのか。前出のオカルティズムに詳しいあるジャーナリストはその事情をこう説明する。「河合はユンギアンでしょ。これはつまりオカルトの人ということなんですよ。例えばユングには『死者への七つの語らい』という著作があって、これは古代の神秘宗教、グノーシス主義の神話に出てくる『原初の人間』の霊魂がユング自身に乗り移って、救われざる死者たちと対話するという内容です。さらに最近、ユングはナチスに積極的に加担した人種差別主義者であったという研究も出てきています。ユングは、人間の無意識をアーリア的、ユダヤ的と民族特性で分けて、ユダヤ的無意識を劣った心性としたのです。オカルトと民族主義は、元来結びつきやすいものですが、河合も、穏やかな物腰でありながら、その正体は、日本人の『民族的無意識』を実体視し、それを保守しようとしているナショナリストです。それが、中沢が唱える『日本人の霊性の伝統』とやらにぴったり合致したんじゃないですか」
さらに、河合は「死後の世界」の存在も認める発言をしている。終末医療の研究家であり、霊魂の不滅と転生を信じるキューブラー・ロスの自伝を、ノンフィクション作家の柳田邦男とともに賞賛している(『文藝春秋』九八年五月号「対談・『死ぬ瞬間』と死後の世界」)。
「ロスの自伝でもユングがちらっと出てきましたが、彼は『人間は死後のことを考えなかったら話にならない』ということを何度も言ってるんです。あなたは旅行に行くときに、旅行先の地図も知らずに行きますか、と。死後の世界へわれわれは行くわけですからね。死後の世界の地図を何も知らんで死ぬって、そんなバカなことはないと」
本人はこんな「理屈」を真に受けているんだろうか?死後の世界を信じる者は、現在の生から目を背けるいいわけを手にすることになる。他者の生死に対して、さらには自分の生や死に対してすら正しく向き合わなくなるだろう。死は確かに不条理であるが、その不条理に対峙し得て、はじめて人間は個となる。形だけの近代化を果たした日本人は、これを自らのものにすることができなかった。この国に近代的な個人は生まれなかった。近代的な個の存在しない国には、「社会」は成立しない。
「社会」とは、同質均質のメンバーによって成り、無限の永続を前提とする「共同体」ではなく、それぞれが異質で、有限な他人ばかりによって構成される共生の空間だからだ。マルクス主義退潮後、文化人、言論人たちが自己慰藉を求めて、大挙してオカルト、ニューエイジ、宗教へと駆け込もうとしている現状は、できそこないの個人とできそこないの社会から成り立つこの国の醜悪さを端的に示しているといえよう。〈敬称略〉


 

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コメント
 
1. 中川隆[2712] koaQ7Jey 2016年6月02日 12:36:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2983]

釈迦は何故日本に再誕したか _ 我は大川隆法であって、大川隆法ではない。 エル・カンターレであ-る!!!
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/341.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/342.html

幸福の科学 大川隆法先生の有難い性の儀式
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/341.html

何故大川先生はハーレムに居ても満たされなかったのか? _ 『会員NO3』の女性とは…
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/220.html

お金とアレにしか興味が無い大川隆法先生を背後から操っている組織とは…
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/218.html

景山民夫を殺した“組織”とは?
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/263.html

景山民夫は脱会して“組織”の事を暴露しようとしていた?
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/230.html

景山民夫を殺したのは? _ 景山民夫の人生を狂わせた幸福の科学と夫人との出合い
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/228.html
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/229.html


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