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滝田洋二郎 秘密 1999年 東宝
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/861.html
投稿者 中川隆 日時 2018 年 5 月 26 日 23:30:29: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: KUMANO - 熊野 投稿者 中川隆 日時 2015 年 7 月 18 日 12:14:49)

滝田洋二郎 秘密 1999年 東宝


動画
https://www.youtube.com/watch?v=W-N2h-q4Rl0


監督 滝田洋二郎

原作 東野圭吾

脚本 斉藤ひろし


キャスト
杉田藻奈美・直子 - 広末涼子
杉田平介 - 小林薫
杉田直子(入れ替わり前まで) - 岸本加世子

個人賞
第23回 日本アカデミー賞 優秀主演女優賞(広末涼子)
第23回 日本アカデミー賞 優秀主演男優賞(小林薫)
第23回 日本アカデミー賞 優秀助演女優賞(岸本加世子)
第33回 シッチェス・カタロニア国際映画祭 最優秀女優賞(広末涼子)
第33回 シッチェス・カタロニア国際映画祭 最優秀脚本賞(斉藤ひろし)
第4回 日本インターネット映画大賞 監督賞(滝田洋二郎)
第4回 日本インターネット映画大賞 主演女優賞(広末涼子)
第4回 日本インターネット映画大賞 主演男優賞(小林薫)

作品賞
第7回 フランス・ジュネーブ国際テレビ映画祭 グランプリ
第2回 イタリア・ウーディネ極東映画祭 最優秀作品賞
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%98%E5%AF%86_(%E6%9D%B1%E9%87%8E%E5%9C%AD%E5%90%BE)  

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コメント
 
1. 中川隆[-12617] koaQ7Jey 2018年5月27日 00:27:02 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14416]

テレビ朝日 テレビドラマ 秘密

動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E7%A7%98%E5%AF%86++%E5%B0%8F%E8%81%B0+


放送期間 2010年10月15日 - 12月10日(9回)

原作 東野圭吾
脚本 吉田紀子

キャスト
杉田藻奈美・直子 - 志田未来
杉田平介 - 佐々木蔵之介
橋本多恵子 - 本仮屋ユイカ
小坂洋太郎 - 橋本さとし
吉本和子 - 池津祥子

第1話 2010年10月15日 東野圭吾!! 伝説のベストセラー 心は38歳、体は16歳の妻
第2話 2010年10月22日 東野圭吾原作〜今夜16才の妻を抱く!!
第3話 2010年10月29日 東野圭吾原作〜16才の妻、同窓会へ!!
第4話 2010年11月5日 東野圭吾原作〜私の記憶が消える日!!
第5話 2010年11月12日 東野圭吾原作〜妊娠!! 唐木希浩
第6話 2010年11月19日 東野圭吾原作〜許されない恋の始まり
第7話 2010年11月26日 東野圭吾原作〜妻の恋人
第8話 2010年12月3日 最終章〜妻との永遠の別れ…
最終話 2010年12月10日 運命は妻を二度奪う…そして驚愕最終回!!
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%98%E5%AF%86_(%E6%9D%B1%E9%87%8E%E5%9C%AD%E5%90%BE)


2. 中川隆[-12611] koaQ7Jey 2018年5月27日 07:18:27 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14416]

秘密 (文春文庫) – 2001/5/1 東野 圭吾 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E7%A7%98%E5%AF%86-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9D%B1%E9%87%8E-%E5%9C%AD%E5%90%BE/dp/4167110067


妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美を乗せたバスが崖から転落。妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。その日から杉田家の切なく奇妙な“秘密”の生活が始まった。

映画「秘密」の原作であり、98年度のベストミステリーとして話題をさらった長篇

運命は、愛する人を二度奪っていく。

自動車部品メーカーで働く39歳の杉田平介は妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美と暮らしていた。

長野の実家に行く妻と娘を乗せたスキーバスが崖から転落してしまう。
妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。
その日から杉田家の切なく奇妙な“秘密"の生活が始まった。

外見は小学生ながら今までどおり家事をこなす妻は、やがて藻奈美の代わりに 新しい人生を送りたいと決意し、私立中学を受験、その後は医学部を目指して共学の高校を受験する。

年頃になった彼女の周囲には男性の影がちらつき、 平介は妻であって娘でもある彼女への関係に苦しむようになる。

98年度ベストミステリーとして話題をさらい、広末涼子主演で映画化、志田未来主演で連続ドラマ化もされた東野圭吾の出世作。累計200万部突破の伝説のベストセラー。


3. 中川隆[-12640] koaQ7Jey 2018年5月27日 07:37:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14446]

「秘密/滝田洋二郎;1999年劇場公開作品」 

 雪山でバスの転落事故に遭った直子(岸本加世子)とその娘の藻菜美(広末涼子)は救急病院に収容されるが、直子は手当ての甲斐なく死亡し、藻菜美だけがかろうじて生き残る。しかし、昏睡から目覚めたとき、鏡を覗き込んだ直子の目に映ったのは藻菜美の顔だった。つまり、藻菜美が意識を取り戻したとき、その意識は直子のものだったのだ。夫の平介(小林薫)は事実を知って混乱するが、やがて直子は藻菜美としてその人生を全うすることを決意する・・・。

 登場人物の人格が入れ替わってしまうという設定の作品はけっこうある。代表的なものは大林宣彦の「転校生」だが、二人の人間の意識がそっくりそのまま入れ替わる、などという現象はさすがにフィクションの中だけに起こるものであるものの、一人の人間の意識が別の人格に取って代わられる、という現象は現実に起こりうる。解離性同一性障害、つまり俗に言う「多重人格」である。

 ある人間の「魂」が別の人間に乗り移り、その人を支配してしまう現象をオカルトの世界では「憑依」と呼ぶのだが、それも一種の解離性同一性障害として捉えることができる。通常の多重人格では、新たな人格は独自に創り出されることが多いが、当人が自らを他に実在する人物である、と思い込んでいれば、その人格が実は創作か否か判断することは難しい。現実に、ジョン・レノンを殺したマーク・チャップマンは一説によると自らをジョン・レノンであると思い込んでおり、殺害事件はその延長線上にあった(本物を殺害することで自らが世界に唯一のジョン・レノンになろうとした)とも言われている。

 基本的にファンタジー作品なので、登場人物はありえない話をあっさり信じてしまう。現実に自分の娘がこんなことを言い始めれば、普通ならまず統合失調症を疑って精神科医に診せるところだが、それでは物語が成り立たない。藻菜美(の中にいる直子)が話す二人の結婚前のエピソードを聞かされ、平介はいとも簡単にそれが直子だと確信するのだが、よく考えればそんな話は平介がいないところで母子の会話として話されていたかも知れず、藻菜美が母の話を自らの記憶だと誤認している可能性もなくはない。

 そう思いながら本編を観続けていると、広末の演技力の限界もあるのだろうが、やはりこの話はファンタジーとしてよりも、一種の解離性同一性障害の症例として観るべきではなかろうか、という気分が抜け切れなかった。

   

 娘の体内に宿る妻に触れられないジレンマに悩む平介を見かねて、直子がある決意をする中盤から物語は急展開を見せる。この手の「憑依」ものの定番は、憑依した何者かが結局は宿主に体を返し、自らは消え去っていくというものだが、本編もまた表面上はその通りの展開を見せる。ある日突然藻菜美は「藻菜美」本人として目覚めるのだ。藻菜美の人格は直子の人格と交互に現れ、やがて藻菜美の方が優位に立って直子の影は次第に薄くなっていく。

 やがて、完全にもとに戻った藻菜美はバス事故を起こした運転手の遺児である文也(金子賢)と結婚するのだが、このあたりの展開はやや唐突で、しかも結婚指輪を封入したぬいぐるみを唐突に伏線として登場させるなど、かなり無理のある話になってしまった。結局のところ直子は消え去ってなどおらず、元に戻った藻菜美はすべて直子の演技であり、それが表題の意味するところであったわけだが、正直言ってこのあたりの演出はあまりうまいとは思えず、定番の展開に酔いしれていた観客に冷水を浴びせるような結末になってしまった。

 原作ではこのあたりを映画ほど断定的に描いてはおらず、主人公の夫は憑依という現象それ自体をも完全には信じていないようなのだが、こうした曖昧さを受け入れる余地は、映画という何でも光と影で表現しなければならないジャンルには、存在しづらいのかもしれない。・・・
http://sky.ap.teacup.com/kasatosi/169.html


4. 中川隆[-12639] koaQ7Jey 2018年5月27日 07:57:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14446]

東野圭吾 秘密 のあらすじ 妻が娘で娘が…???
2016年6月25日 [文学/あらすじ, 東野圭吾]
http://rhinoos.xyz/archives/20387.html


今回は現代日本屈指の人気作家、
東野圭吾さんのミリオンセラー
『秘密』(1998)で行ってみます。
 

もちろんこれ、2010年のテレビドラマ
(佐々木蔵之介、志田未来主演)の
原作ですし、その前には広末涼子さん、
小林薫さん出演、滝田洋二郎監督で
映画化もされています(1999)。


さて、一口に「あらすじ」を、といっても、
話の骨子だけでいいという場合から、
読書感想文を書くんだから分析・解説
つきの詳しいものがほしいという
場合まで、千差万別でしょう。

そこで出血大サービス((((((ノ゚听)ノ

「ごく簡単なあらすじ」と
「やや詳しいあらすじ」の
2ヴァージョンを用意しましたよ~~(^^)у


ごく簡単なあらすじ(要約)
まずはぎゅっと要約した
「ごく簡単なあらすじ」。


杉田平介の妻・直子はバスの転落事故で
死亡するが、その意識は身体だけ
生き残った11歳の娘・藻奈美の中で
生き続ける。

世間的には娘になりすます直子は、
成績優秀で私立中学を経て有名進学校へ
と進むが、男子との交際のことなどで
平介との間に波風が立つ。

  
やがて藻奈美の身体に藻奈美の
意識が復活し、直子の意識と交替
する「二重人格」の状態になる。

藻奈美と直子の2人格は交換日記の
ようなノートで意思を伝え合うが、
直子の意識は徐々に弱まる。

藻奈美は直子の指示通り、二人の
最初のデートの場所へ平介を誘い、
そこで……


どうでしょう?

え? これだけじゃ意味ない?

ハハハ、まあそうでしょうね。

本当は父娘以外にも多くの個性的な
登場人物が絡み合って進む本格的な
長編小説をムリヤリ凝縮し、
しかも一応、ネタバレを避けてますしね。

では、様子見にちょっとだけ
テレビドラマの方を覗いてみて
もらいましょうか。

ん? やっぱりよくわからん?

そういうわけでやはり「やや詳しい」
ヴァージョンのあらす」を読んでいただく
ことになるわけですね、ハイ;^^💦


やや詳しいあらすじ
では始めましょう。

わかりやすさのため「起承転結」の4部に分け、
もちろんラストまで包み隠さず完全ネタバレありで
参りますので、結末を知りたくない人は
読まないでくださいね;^^💦

ひっかかるかもしれない部分には【CHECK!】印で
注釈を入れていますが、うるさいと思う人は
飛ばしてください。

なお「 」内及び「”」印のグレーの
囲みは原文(上記文庫本)からの引用です。

🌓【起】
自動車部品メーカー社員、39歳の
杉田平介は愛妻・直子と11歳の娘・
藻奈美との3人で暮らしていた。

1985年冬、長野の実家に向かう
直子と藻奈美の2人が乗った
スキーバスが崖から転落。

2人は病院に運ばれたものの、
直子は死亡し、藻奈美は一時は
回復不能といわれながらも、
奇跡的に助かる。


が、意識を回復した藻奈美のその
意識は実は直子のものとわかる。

「あたしがあの子の
身体を奪っちゃった。
あの子の魂を追い出して……」

  2ac43d78d6bda892ba304df76eb43f04_s

この信じがたい事態に戸惑いながら、
平介と直子(身体は藻奈美)は、
世間にはあくまで父娘と見せかけて
生活していくことにする。

直子は仏壇の引き出しに入れてあった
結婚指輪を、かつて自分が作り
藻奈美が大切にしていた
テディベアの頭の後ろに縫い込む。

「正体は二人だけの秘密ね」


🌓【承】
直子は小学校に通い始め、平介は
バス事故の「被害者の会」に出席。

会には死亡した運転手の妻である
梶川征子が現れて謝罪するが、
相手にされない。

会の終了後、平介は新宿駅で征子を
見かけ、階段で彼女が倒れたので、
タクシーで自宅まで送る。


その後、連絡を取り合うようになり、
亡夫(梶川幸広)の超過労働や、
札幌にいる前妻とその子に仕送りを
していたことなどを知っていく。

     shame-799097__180

やがて直子に初潮があり、
「あっちのほう」どうする?
「我慢していられる?」と尋ねる。

「そんな……じつの娘と。
しかも小学生の」
「じゃあほかの女の人と
するってこと?」といった
微妙な会話が交わされる。


藻奈美に自分のようなただの
専業主婦になってほしくないと
思う直子は私立中学受験を目指し、
担任の若い美人教師、橋本多恵子と
平介との接触が増える。

その橋本に気があるのではと
直子はからかうが、それは事実で
平介は欲求不満のとき多恵子を妄想。

橋本の側でも運動会の日に弁当を
用意してくれるなど好意を示す。

    teacher

遺族会が一周忌に企画した事故現場への
慰霊旅行のあと、梶川征子が病死。

その葬儀に出た平介は娘の逸美から
父の遺品として古い懐中時計を
渡される。

蓋が開かないので専門店で開けて
もらうと、蓋の裏に幸広の子らしい
5歳くらいの男児の写真。


札幌出張の際に梶川の前妻、
根岸典子を訪ねるが、息子の
大学生、文也によって拒絶される。


🌓【転】
有名私立女子中学に進学した直子は
そこでも成績優秀で、医学部に
入りたいから、高校は共学の
進学校を目指すと宣言。

その動機には男への欲求も?
と平介は疑うが、ともかく
猛勉強して有名進学校へ進学。

 

高校では体力も必要だからと
テニス部に入り、練習で遅く帰って
食事の支度もするという多忙な生活。

不満がたまった平介はつい「男と
玉遊びをしてる」などと悪態をつき、
二人の間は気まずくなる。


お盆休み、十年ぶりに直子の実家に
帰省した平介は、義父の三郎に再婚
すればいいと言われ、直子自身にも
聞かれて「いいんだ」と答える。


テニス部の一年先輩、相馬春樹から
直子への電話が繁くなり、心穏やかで
なくなった平介はついに電話盗聴
セットを仕掛け、二人の仲を探る。

   クリスマスツリーkids_dragging_Christmas_tree_1914

クリスマスイブ、平介は盗聴で探知
した待ち合わせ場所にが姿を現し、
直子と相馬を驚かす。

「なぜだめなんですか」と問う相馬に
「世界が違うんだよ」と平介。
「私や娘が生きている世界と、
君のいる世界は、全く別物なんだ」


帰宅後、「あたしはふつうにしてた
だけよ」と訴える直子に、妻である
以上「ふつうにする権利なんかない」
と平介は言い放つ。

「若い身体を手に入れて、もう一度
人生をやり直せるような気に
なっているようだけど、それは
あくまで俺の許せる範囲内
だってことを忘れるな」

   dream-1308791_960_720

俺は今でも浮気もしていないし、
再婚のことも考えてない。

小学校の橋本先生が好きで
「交際したい」とも思ったが、結局
電話すらしなかったのは「おまえを
裏切りたくなかったからだ」


一月半ば、クラスで行くスキーの
チラシを破り捨ててみせた直子に
「俺のこと、憎んでるのか」と平介。

そうではなく「途方に暮れてるだけ」
「そうだな。俺もだよ」という会話の
あと、「ねえ、あれしようか」と直子。


二人はベッドでふれ合い「あれ」を
試みるが、平介の中の何かが拒否し、
「やめよう」…「そうね」…。


🌓【結】
別用で上京した根岸典子と会った平介は、
梶川は自分が実父ではないことを知り
ながら文也を愛し、大学進学後は毎月
必ず10万円を仕送りするように
なっていたのだと知る。

家族の幸せが自分の幸せだと語っていた
という梶川の生き様に打たれ、平介は
自分も、直子が藻奈美として生きて
いくことの幸せを願う気持ちになる。


帰宅して「長い間、苦しめて悪かった」
と詫びると、直子は泣いて自室へ。

眠って目覚めると、パジャマ姿で
庭を見下ろしていた直子が
「お父さん、あたし、〔中略〕
どうしてここにいるのかな」

 
藻奈美の意識が戻ったのだ。

その後、彼女の身体には直子の意識と
藻奈美のそれとが交互に出入りする。

「二重人格」の状態となったのだが、
直子の人格は出現頻度が徐々に減り、
二人の人格は交換日記のような
ノートで意思を伝え合う。


七月、就活で平介の会社に来た大学院
生の根岸文也が、平介に面会を求め、
以前の非礼を詫びる。

平介が是非にと誘って、夕食を家で
一緒にということなり、藻奈美に電話。

二人で帰宅し挨拶すると、文也と
藻奈美の「視線が空中で絡んだ」。

       097778

勉強も見てくれた文也を見送ってから、
藻奈美は、明日の土曜日、横浜の
山下公園に連れて行ってと頼む。

平介と直子が最初にデートしたこの
場所へというノートでの指示という。


その日、山下公園のベンチで海を
見ながら松任谷由実の曲を流すと、
直子の人格が現れ、「ありがとう。
さようなら。忘れないでね」。

数年後、25歳になった大学助手、
藻奈美と文也との結婚式。

梶川幸広の形見の懐中時計が動かないので
松野時計店へ行った平介は、9年前、
直子がテディベアに縫い込んだ指輪を
藻奈美が取り出して自分用に
作りかえさせたことを知る。

二人の「秘密」を知っていたことから、
直子は実は消えておらず、藻奈美の
演技を続けているだけなのでは
ないかと平介は考え始める。


文也を控え室に連れて行った平介は
「殴らせてくれ」「二発だ」と
拳を固めるが、振り上げる前に
涙があふれ、声がかれるほど泣く。


まとめ
さあ、いかがでした? 

さすがによく出来たミステリーで、
しかも主題は夫婦愛。

さらにそこに父娘間の情愛が微妙に
絡むので、これはもうグッと来て
しまう読者が多いのも頷けます。


直子の意識がほんとうはまだ生きて
いるのか…と匂わせて謎のまま閉じる
オープン・エンデイングもよい。

ただ私個人の感想として言わせてもらえば、
むしろそこ(45章)で終わってしまった
方がよかったのでして、ラストの
46章は蛇足の感が大きいですね。


なぜって、主人公が花婿に言う
「殴らせろ」ってのは、
あまりにも通俗的で古臭い
クリッシェ(決まり文句)。

これを使ってまとめようとしたことで、
作品全体の品性を下げてしまったのでは?
と東野氏のために憂える次第です。


いや、そこでこそ泣ける…という
意見もあるでしょうし、それは
それで結構なんですけどね。


さて、読書感想文を書こうという場合も
ネタはすでに十分ご覧に入れたと思います。

考えさせられる名言やポイントも
泣かされる展開も、いくつも
拾うことが出来ますよね。
http://rhinoos.xyz/archives/20387.html


5. 中川隆[-12643] koaQ7Jey 2018年5月27日 08:21:42 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14452]

異常に嫉妬深い彼女に別れ話を持ちかけた。


やさしい人だったが妙にネガティブでさびしがり屋だった。 本格的に付き合いだしてはじめて彼女の異常さに気付いた。

俺の携帯がなるたびに誰からなのか何の話だったか執拗に問い詰める。 休日には必ず自分と一緒にいるように強制。 やむをえない仕事などの理由で一緒にいられない特はそれこそ十分おきに連絡が来る。とにかく俺の行動のすべてを管理したがった。

また自分以外の女性と俺が会話するのを一切認めない。近所の人に挨拶もさせない。 レストランとかでも店員が女性のときは必ず彼女が注文をとった。 仲のよかった姉が急に連絡してこなくなったのも彼女がさまざまな嫌がらせをしていたからだと知った。

さすがにやばいと思って彼女の実家に相談してみたが

「うちの子は前の男にふられてからだんだんおかしくなった。あなたと付き合うようになって(あれでも)だいぶ落ち着いた。
少々変なところもあるがかわいそうだから見逃してほしい」

言外にこれ以上娘がおかしくなるようなことをするな(別れるな)といってきた。
警察にいる友人にも相談してみたが、警察は色恋沙汰には死人でも出ない限り関わろうとしないらしい。 しかしさすがにこれ以上面倒も見切れない。話し合うにも言葉が尽きた。 これ以上一緒にいると俺が狂う。

彼女のマンションに行き、できる限り穏やかに遠回りに別れ話を持ち出してみた。

とたんに人とは思えぬ形相でめちゃくちゃに俺につかみかかる彼女。 必死で抑えつつ説得を試みるも執拗に俺の眼球を引っかこうとするさまに恐怖をおぼえ突き飛ばす。 思いっきり転んだ彼女は飛び起きながら台所に走りこむ。 今までに感じたこともない悪寒を覚え彼女が台所にいるうちに靴を残して彼女の部屋を飛び出した。

エレベーターをそわそわしながら待ってると彼女がドアをぶち破るように部屋から出てきた。 裸足で、手には包丁を持っている。それだけ確認して、来ないエレベーターを見限り階段に走る。 マンションの階段を転がり落ちるようなスピードで駆け下りるが追いすがる彼女の声を引き離せない。

一階正面ゲートから駐車場に着くより早く彼女が追いついてくる。 必死で走っている耳に彼女の荒い息が聞こえてくる。 逃げ切れないと判断してぎりぎりまで彼女が追いすがってきたところで急にしゃがみこんで足を払った。

彼女は俺につまづく形で勢いよく顔面からアスファルトに突っ込む。包丁を落としたので柄を蹴って遠くに飛ばした。 彼女が起き上がるより早く自分の車に駆け寄りながらポケットを探りカギを取り出す。 カギを開けてドアを開け中に滑り込むのをほとんど同時にやってのけエンジンをかける。

バックして方向転換、駐車場の外に向かってアクセルを踏もうとしたとき運転席ががばっと開いた。

息を吸った弾みに「ひいっ」とかぼそい情けない悲鳴がこぼれる。彼女を正視できない。 ゴミ処理用の焼却炉を稼動中にのぞいて猛烈な熱気に顔を背けたことがあるが
今の彼女はあれに似ている。

ほとんど反射的にアクセルを踏み込んで車を走らせた。 彼女はドアにつかまって併走しながら俺の名前を絶叫していたがスピードが上がってついに手を離した。爪がはがれたようで運転席側のドアの内には血の線が残った。

夜の街を制限無視で走りながら俺は泣きじゃくっていた。その日のうちに荷物をまとめて実家に逃げ込んだがその日から二度と彼女を見ることはなかった。 彼女からも彼女の実家からもまったく音沙汰がないので自殺でもしたのかとおびえていたが件の友人がさりげなく見てきたところ何事もなく普通に暮らしていたという。

時間がたって楽観的になった俺はまた自分のアパートに帰った。 夕食でも作ろうと冷蔵庫を開けると小包が出てきた。 いやな予感がしたがあけてみると中からは手紙らしい封筒と、あの日マンションにおいてきた靴が短冊状にずたずたにされた物がでてきた。

それを見たとたんあの日の恐怖がよみがえった。 心臓が急に暴れだし、口の中がが干上っていやな味がしてきた。 ひゅーひゅーと荒い呼吸をなだめながら恐る恐る同封されていた封筒を開けてみる。

予想した手紙ではなく、硬い花びらのようなものが手のひらに散らばった。 それが根元からはがれた十枚の爪だとわかったとたんに声を上げて手の平から払い落とす。

慌てて友人に連絡を取ろうとするが家の電話機が動かない。よく見ると電話線がちぎられていた。 喉から変なうめき声をもらしながら充電中の携帯を手に取るのと同時に着信。彼女から。さっきの爪の時のように携帯を放り出してへたり込んだ。

腰が抜けて座り込んでいる俺の後ろから玄関の鍵を開けてドアを開く音がした。
「早くでてよ」
http://syarecowa.moo.jp/114/40.htm  


6. 中川隆[-12642] koaQ7Jey 2018年5月27日 08:42:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14452]

多重人格者だった恋人の話
http://an.to/haru/


僕が実際に体験した不思議な恋愛についてお話します。

三年程前、僕はある一人の女性と付き合っていました。

彼女は僕よりもいくつか年上だったのですが、子供っぽい雰囲気を持つ人でした。
容姿から喋り方、仕草まで全てが幼い子供のような人でした。
今思うと、彼女は本当に子供だったのかも知れません。

付き合い始めた切っ掛けは、偶然にもお互いに一目惚れだったのです。

もちろん、初めて会った日から交際を始めたのでは無く、それから随分経ってから交際が始まりました。

最初はお互いに容姿から好きになったのですが、喋ってみると趣味などの共通点も多く、気が付くと彼女の全てを好きになっていました。

共通の友達がいたのですが、彼女の事を好きな友人がいた為、仲間内では内緒で交際をしていました。

友人に隠し事をするのはいい事ではありませんが、共有する秘密を持つ事でより親密な関係になっていったのだと思います。

極々普通のカップルで相思相愛、何の不満も無くお互いに幸せな日々を過ごしていました。

しかし、ある日を境に信じられない展開になります。

話の始まりは、彼女と付き合って半年ほど経ったある日の事です。
いつものように彼女が夕飯の支度を、僕はその横でお手伝いをしていました。
料理を作りながら二人で仲良く話をしていると…

何が切っ掛けか分かりませんが、突然、彼女は僕の事を忘れてしまったのです。
半年付き合っていて、今の今まで話していて、喧嘩したワケでも無く、唐突に

「あなた誰?」

と真顔で言われたのです。

僕には何が起きたのか理解できませんでした。
何を話しても僕の事を思い出してくれないのです。

何故、自分がここにいるのか?
何故、知らない貴方と料理を作っているのか?

彼女は僕に質問をマシンガンのように浴びせました。

しかし、状況を理解できず混乱している僕に彼女の問いに答える余裕はありませんでした。

最初はイタズラかと思いましたが、少し落ち着いてから順を追って話をしてみると、どうやら本当に僕の事を知らないみたいなのです。

そして、彼女の喋り方や仕草は明らかに僕の知っている彼女では無かったのです。
言うなれば完全に別人でした。

事態を把握できないまま、僕は自分自身の事や僕の知っている彼女の事などを彼女に話す事から始めました。

そして彼女の話を聞いている内に彼女が多重人格である事が分かりました。

今、話をしている彼女は僕の知らない人格の彼女だったのです。

つまり、彼女からしても僕とは初対面なので、まったく知らない人だったのです。
しかし、僕の事を知ったもう一つの人格の彼女はその後も頻繁に僕の前に出てくるようになりました。

これを境にごく普通の幸せな恋愛から現実離れした特異な恋愛に変わっていったのです。

後になって知った事なのですが、彼女は幼い頃に家族から受けた虐待が原因で人格が分離してしまったようです。

本当に極一部の人にしか当てはまらない事なのですが、そういった虐待などの経験を持つ人の中には、通常の思い出を記憶する場所とは別のところに辛い思い出を記憶してしまう人がいるのです。

簡単に言うと辛い事を記憶する場所が別に用意されているのです。

人の人格は経験…、つまり記憶から作られていると言っても過言ではありません。
辛い事を別の場所に記憶すると、その記憶が溜まるにつれて一つの別人格が生まれてくるのです。

言わば同じ一つの身体の中にまったく違う過去を持った二人の人間が存在するようになるのです。

一つの人格は普通の生活を送ってきた記憶しかないので、とても純粋な子供のような性格です。

社会に出すのが怖いほど純粋過ぎる性格でした。

もう一つの人格は、家族からの虐待など辛い事だけを味わってきた人格です。

精神的にはとても強いのですが、やはり辛い現実ばかりを見てきた為に、考え方が曲がった部分も多く、性格はツンツンしていて突っ張った印象を受ける人格でした。

しかし、彼女は自分が辛い思いをしてまで、もう一人の純粋な自分をずっと守ってきたのです。

気の強い人格の彼女は口調もきつく、多少接し辛いところもありましたが、今まで辛い思いをしてきたのだと思うと、僕は彼女のきつい性格を嫌いになる事はできませんでした。

元々はもう一人の自分を守る為に生まれてきた人格なので、きつい口調の中にたまに優しさを垣間見ることもあり、次第にその人格の彼女の事も好きになり始めました。

純粋な人格が妹だとすると、気の強い人格の彼女はまるでお姉さんのようでした。
知識も豊富なので、もしかしたら今まで殆どの時間は気の強い彼女が過ごしてきたのかも知れません。

それほどに辛い時間が多かったと言う事でしょうか…。

出会った頃の僕は、純粋な人格の彼女を好きだったのです。

気の強い彼女は付き合い始めの頃は、僕の前に出てくる事も無かったからです。

次第に僕は両方の人格を好きになっていたのですが、そこで問題が起きたのです。
気の強い人格の彼女が純粋な性格の彼女に対して嫉妬をし始めたのです。

それは僕が純粋な性格の人格の彼女をも好きだったからです。

それに対し気の強い人格の彼女は強く嫉妬しました。

僕にはどっちか一方の人格だけを好きになる事なんてできませんでした。
人格は二人であれ、身体は一つしかない一人の女性なのですから。

その一人の女性を人格によって好き・嫌いと別ける事など僕にはできません。
ただ僕自身もまるで二人の女性を愛しているような、そんな錯覚に陥っていたのも事実です。

そこで僕が導いた答えは二つの人格を一つにする、つまり多重人格を治すという事でした。

ここまで極端に違う性格を一つにしたらどういう人格になるかなんて想像できません。

しかし、一つにする事は今後の彼女の為を考えても必要な事だと思いました。

僕なりに色々と調べたのですが、多重人格と言うのは一度かかると癖になるらしいのです。

最初は辛い事だけを別の場所に記憶する事から始まるのですが、それに慣れてしまうと無意識に辛い事以外の思い出も複雑に記憶する場所を別けてしまうのです。
その場所が増えれば増えるほど人格も増えていきます。

それは彼女にとって日常で差し支えになる事は言うまでもありません。
僕は彼女の人格を一つに統一させる事を決意したのです。

人格を一つにするのに必要なのは、別々に別れた全ての記憶を繋げるという事です。

それぞれの人格から彼女の記憶を聞き出す事から始まりました。

彼女の記憶をたどって行くと、小学生の頃の親の離婚が原因で母親が暴力を振るうようになった事から人格が別れ始めた事が分かりました。
この時期を境に彼女の兄も暴力を振るい始めました。

背後を蹴られ階段から突き落とされたり、沸騰した鍋の中の湯に顔を突っ込まれそうになったりなど…
殺されてもおかしく無い程の酷い虐待だったようです。

本来ならば守ってもらえるはずの家族に殺されそうになるという、とても残酷な話でした。

頼れる相手のいない彼女は鏡の中の自分に相談して自分自身を慰めるようになっていったのです。

そして、鏡の中の自分が今の自分とはまったく違う人格だと信じ込み、その人格に憧れを抱くようになったのです。

当時、小学生であった彼女にはあまりに過酷な環境だったのでしょう。
行き場を無くした彼女は、自分を守る為に徐々に新しい人格を作っていったのです。

まるで鏡の中の自分を現実の存在にするように…。
この話は気の強い人格の彼女から聞いたものです。

純粋な人格の彼女はまったく知らない事実です。

しかし、その事実を彼女に話さなくては症状は改善されません。
純粋な人格の彼女は家族を愛していました。
家族にも優しかった時期があるのです。

それは両親が離婚する前でした。
全ての歯車は両親の離婚を境にずれ始めたのです。

離婚の事や女手一つで子供二人を養って行く厳しさが原因で、母の精神状態はストレスで限界に達していたのでしょう。

優しかった母は子供に暴力を奮うようになり、それまで仲良く遊んでくれていた兄も次第に彼女に対し暴力を奮うようになり、彼女は孤立していったのです。

純粋な人格の彼女はそんな虐待の記憶は無く、優しいお母さん、頼りになるお父さん、一緒に遊んでくれるお兄さんの記憶しかありません。

そんな彼女に真実を語る事は、家族との綺麗な思い出を壊してしまう事になるのだろうと思いました。

しかし、真実を知らないままでは彼女の症状は改善されないでしょう。

彼女の悲しむ顔を見るのは僕もとても辛かったのですが、ありのままを話す事にしました。

家族による虐待があった事から、中には第三者による性的な虐待を受けた話もありました。

その話を聞いた僕も辛かったですが、事実を知った彼女はもっと辛かった事でしょう。

それを物語るかのように、純粋な彼女は気の強い彼女に何度も入れ替わろうとしていました。

気の強い彼女が出てくる度に、僕は純粋な人格の彼女を出すように頼みました。
そういった事を繰り返しながら、ゆっくりとゆっくりと真実を彼女に伝えて言ったのです。

最初は僕の話を信じず、ただ泣くだけだった彼女も次第に信じ始めました。

時間はかかりましたが、最後には全ての事実を彼女は受け止める事ができました。
せめてもの救いが、家族と彼女は既に離縁しているので二度と虐待を受ける事は無いと言う事です。

彼女には身内がいません。

家族と離縁してからは、付き合っていた彼氏と同棲するなどして暮らしていました。

幸いにも彼女はかなりの美貌の持ち主であった為に、男性には困った様子も無く、恋人と別れたとしてもすぐに新しい彼氏を見つけ同棲をする事ができたようです。

中には多重人格の症状に気付いた彼氏もいたようですが、彼女のあまりの変貌振りについていけずに別れた人も多いようです。

治そうと試みた彼氏もいたのですが、結果的には失敗に終わり、精神的な辛さから別れてしまうケースが殆どでした。

その度に彼女は自分の居場所を探さなくてはいけないかったのです。
そういった不安定な生活が彼女を苦しめたのは言うまでもありません。

記憶の糸を繋げていくにつれて彼女に変化が表れ始めました。

今までは一人の人格が出ている時はもう一人の人格は暗闇の中に閉じ込められて身動きが取れないような状態であったようですが、症状が改善するにつれてその暗闇が無くなっていったのです。

暗闇が晴れる事によって、一人の人格が今何処にいて何をしているか、もう一人の人格が認識できる状態になったのです。

少なくともこれからは、それぞれの人格で記憶が違ってくる事は無くなったのです。

それから毎日のように彼女の記憶が分離しないように、一日の終わりに今日は何をしたかなど詳しく聞くようにしました。

普通の人には簡単な事でも彼女のように記憶障害を持つ人にとっては、一日全ての行動を正確に思い出す事は容易な事では無いのです。

それでも日が経つに連れ、彼女の症状が次第に良くなっていくのが分かりました。

そして、暫く経ったある日…。
ついに彼女の中の二つの人格が一つになる時が来たのです。

これほど突然に多重人格の症状に終止符を打たれるなど思ってもいませんでした。
もしかしたら、彼女の中の暗闇が取り除かれた時から、いつでも多重人格を治せる状態にあったのかも知れません。

あとは彼女の決意次第だったのでしょう。

彼女の話によると、多重人格を治すにはどちらかの人格が今後の人格のベースになる必要があるようなのです。

つまり、どちらか一方の人格は完全に消えてしまうという事です…。

もちろん、僕にはそれを選ぶ事はできません。
もし選ぶ事ができたとしても、僕には答えは出せなかったでしょう。

消えてしまう人格にとっては、それは永遠の眠りなのです…。

僕は二つの人格を共に同じくらいに好きでした。

二人の人格を愛していた僕にとって、どちらが選ばれるにせよ、それを受け入れる事ができそうにありませんでした。

僕の心の準備も出来ていない内に

「消えるのは私の方だよ。」

と、気の強い彼女が言いました。

気の強い彼女が今まで見せた事のないくらいに悲しい顔をしていました。
今思うと、彼女自身、どちらの人格がベースになるかなど選ぶ事はできなかったのでしょう。

ただ、僕に気を使って…、まるで彼女自身の意思で消える事を決意したかのように…

そう演じようとしていたのではないでしょうか…。

元々、彼女は純粋な人格を守る為に生まれてきた人格です。

自分の存在意義から残るのは自分じゃない…、そう自覚していたと思います。
僕は彼女との思い出など絶え間なく話し、最後の時間を過ごしました。

絶え間なく話しをした事は、彼女の気を紛らわす為でもありましたが…

何よりも、話を止めたら、すぐに彼女が消えていなくなってしまいそうだったからです。

彼女は何も言わずに話す僕の顔を見つめていました。

彼女に僕の声が届いているのか、それさえも分かりませんでした。
それでも僕は話を続けました。

しかし、彼女の意識が薄れていくのがはっきりと分かりました。
意識の限界を感じたのか、彼女は少し笑みを浮かべて

「ありがとう…。」

と、呟きました。
それが彼女の最後の言葉です。

彼女は小さな体を震わせ、大粒の涙を流していました。
気の強い彼女が見せた最初で最後の涙です。

僕は震える彼女の体を包み込む様に抱きしめました。
もっと話をしたかったけど言葉にする事もできず、そのまま静かに抱きしめていました。

本当にこれで良かったのか?
と、僕は何度も何度も自分の胸に問い掛けました。

そんな僕の想いとは裏腹に、彼女は苦しみから解放されたかのよう、まるで生まれたての赤ちゃんの様な表情を浮かべていました。

彼女を苦しめてきた全ての物を心の底から憎みました。
家族から愛を与えられず、虐待を受け、性的な暴行など受け、幼い心に深い傷を負い…。

何が起きているのか、誰に助けを求めてもいいかも分からない。
とても言葉では表せない程に、辛く悲しい体験をしてきたのでしょう。

「もう何も辛い事は無いよ…。」

せめて今だけでも気持ちよく眠りについて欲しいと願いました。

彼女が消えた後、彼女が存在した事を証明するものは何も残りません。

人の死は記録に残りますが、彼女のように人格だけの存在では何一つ記録には残りません。

彼女にとって、それは言い表せない程の孤独感だったと思います。

「体が二つあったらいいのにね。」

時折、彼女が言っていた言葉の意味の深さを改めて感じさせられました。

暫くすると、彼女の体の震えも収まり、彼女は深い眠りについた様でした。
僕は眠る彼女を静かに見つめていました。

このまま目を覚まさないかと思う程に静かに眠っていました。
それからどのくらいの時間が流れたのか、僕には分かりません。
ふと、彼女の体が動いたかと思うと、彼女は目をゆっくりと開けました。
その眼差しは、今まで僕と話していた彼女のものではありませんでした。

目を覚ました彼女は、幼さは残っているものの何処か垢抜けたような、そんな印象を受けました。

気の強い彼女とまではいきませんが、何処と無く大人っぽく見えました。
二つの人格が一つになったようです。
僕も彼女も望んだ結果です。

彼女が生きていく為、そして、僕と彼女が一緒にいる為。
そう信じてやまなかったから、二人で困難を乗り越える事ができたのです。
しかし、人格の統合は想像もしない結末を招いたのです。

一見、今までで言う純粋な人格の彼女なのですが…。
記憶が繋がり全てを知った彼女は、今までの彼女とは大きく違うところもありました。

記憶が繋がる事で人を知り、人を疑う事を覚えました。

人を疑う事は時には必要な事です。
しかし、僕は疑う事を知らない純粋な彼女に惹かれていたのも事実です。
望んだ結果であるはずなのに…、僕は不安を感じ始めていました。

彼女は、僕を含めたこの世の中に対する見方が変わりました。

疑う事を知った彼女が、僕だけ疑わないなどと都合の良い事はありません。
彼女には今まで経験してきた全ての記憶があるのです。

幼い頃にあのような辛い経験をした彼女が、そう簡単に人の事を信じれるはずは無いのです。

二つの人格を一つにすると言う事は二つの人格を失う事…。
そう気付いたのは僕と彼女の関係に終焉が迫っていた頃でした。

僕は彼女の多重人格を治す事に二人の未来があると盲目的に信じるあまり、一つになった彼女にどのような変化が起きるかなど考えもしなかったのです。

一時期は結婚という話も出ていたのですが、次第にそういった話をする機会も無くなってきていました。

そして時は経ち、僕と彼女は別れる事になりました。

別れた事は辛かったのですが、それでも月日が経つにつれ精神的にも落ち着きを取り戻し始めました。

あの時の状況の変化に耐えれる程に、もう少し僕に精神的な強さがあればと悔やみました。

しかし、多重人格が治った事で彼女の為になったのならそれは満足です。

あれから数年の月日が経ちました。

彼女が受けた幼い頃の心の傷は一生背負い続ける事でしょう。
だけど、せめて今は幸せな生活を送っている、そう信じ願います。
http://an.to/haru/


_____

 僕の実際に経験した変わった恋愛についてお話します。
http://an.to/haru/i/


2年程前に僕はある一人の女性と付き合っていました。

彼女は僕よりもいくつか年上だったのですが子供っぽい雰囲気を持つ人でした。
見た目も僕の方が断然年上に見られる事が多かったです。

容姿から喋り方や仕草まで全てが幼い感じでした。

よく真夜中に寝ている僕を強引に起こしてコンビニに一緒にアイスを買いに行こうと誘うなど少しワガママな面もありました。

都内でも近くにコンビニの無いところに住んでいるのでバイクに乗って一番近いコンビニまで行ってました。

寝ぼけた頭で二人乗りはちょっと怖かったですが…。(^^;

何だかんだ言っても彼女の事が好きだったのでどんな形であれ一緒に過ごす時間はとても幸せでした。

ワガママな面も含めて僕は彼女の事を愛していました。
最初は偶然にもお互いに一目惚れだったのです。

悪い言い方をすれば顔だけで好きになってしまったのですが喋ってみると趣味などの共通点も多く気が付いたら彼女の全てを好きになっていました。

ごく普通のカップルでお互いに幸せだったのですが,ある事を切っ掛けに意外な方向へ急展開するのです。

その話をする前に言ってしまうのですが最終的には彼女とは別れる事になります。
この事が無ければ彼女と別れる事は無かっただろうとまで言い切る事はできませんが少なくともその要因にはなった事は確かです。

それではその話をしていきます。

話の始まりは彼女と付き合って半年ほど経ったある日の事です。

二人で一緒にいる時に何が原因か分からないのですが、彼女はいきなり僕の事を忘れてしまったのです。

半年付き合っていて今の今まで話していて喧嘩したワケでも無く、いきなり「あなたは誰?」と彼女は言い出したのです。

僕には何が起きたのか理解できませんでした。
何を話しても僕の事を思い出してくれないのです。

最初はイタズラかと思いましたがどうやら本当に僕の事を知らないみたいなのです。

そして彼女の喋り方や仕草は明らかに僕の知っている彼女では無かったのです。
言うなれば完全に別人でした。

事態を把握できないまま僕は自分自身の事や僕の知っている彼女の事などを彼女に話す事から始めました。

そして彼女の話を聞いている内に彼女が多重人格だという事が分かりました。

今、話をしている彼女は僕の知らない人格の彼女だったのです。

つまり彼女からしても僕とは初対面なのでまったく知らない人だったのです。
この事を切っ掛けに僕の事を知ったその人格の彼女はその後も頻繁に僕の前に出てくるようになりました。

これを境にごく普通の幸せだった恋愛から特異な恋愛に変わっていったのです。

後になって知った事なのですが彼女は幼い頃に家族から受けた虐待が原因で人格が分離してしまったようです。

本当に極一部の人にしか当てはまらない事なのですが、そういった虐待などの経験を持つ人の中には通常の思い出を記憶する場所とは別のところに辛い思い出を記憶してしまう人がいるのです。

簡単に言うと辛い事を記憶する場所が別に用意されているのです。

人の人格は経験…つまり記憶から作られていると言っても過言ではありません。

辛い事を別の場所に記憶してその記憶が溜まるにつれて一つの別人格が生まれてくるのです。

言わば同じ一つの身体の中にまったく違う過去を持った二人の人間が存在するようになるのです。

一つの人格は普通の生活を送ってきた記憶しかないので純粋な普通の性格です。
無知すぎる程の純粋な性格でした。

もう一つの人格は家族からの虐待など辛い事のみを味わってきた人格です。
精神的にはとても強いのですが、やはり辛い現実ばかりを見てきた為に考え方が曲がった部分も多く性格はきつい印象を受ける人格でした。

しかし彼女は自分が辛い思いをしてまでもう一人の純粋な自分をずっと守ってきたのです。

気の強い人格の彼女は口調もきつく多少接し辛いところもありましたが、今まで辛い思いをしてきたのだと思うと僕は彼女のきつい性格を嫌いになる事はできませんでした。

元々はもう一人の自分を守る為に生まれてきた人格なのできつい口調の中にたまに優しさを垣間見ることもあり、次第にその人格の彼女の事も好きになり始めました。

純粋な人格が妹だとすると気の強い人格の彼女はまるでお姉さんのようでした。
知識も豊富なのでもしかしたら今まで殆どの時間は気の強い彼女が過ごしてきたのかも知れません。

それほどに辛い時間が多かったと言う事でしょうか…。
出会った頃の僕は純粋な人格の彼女を好きだったのです。

気の強い彼女は付き合い始めの頃は僕の前に出てくる事も無かったからです。

次第に僕は両方の人格を好きになっていたのですがそこで問題が起きたのです。
気の強い人格の彼女が純粋な性格の彼女に対して嫉妬をしはじめたのです。

それは僕が純粋な性格の人格の彼女をも好きだったからです。それに対し気の強い人格の彼女は強く嫉妬しました。

僕にはどっちか一方の人格だけを好きになる事なんてできませんでした。
人格は二人であれ身体は一つしかない一人の女性なのですから。

その一人の女性を人格によって好き、嫌いと別ける事は僕にはできません。
ただ僕自身もまるで二人の女性を愛しているような錯覚に陥っていたのも事実です。

そこで僕が導いた答えは二つの人格を一つにする、つまり多重人格を治すという事でした。

ここまで極端に違う性格を一つにしたらどういう人格になるかなんて想像できません。

しかし一つにする事は今後の彼女の為を考えても必要な事だと思いました。
僕なりに色々と調べたのですが多重人格と言うのは一度かかると癖になるらしいのです。

最初は辛い事だけを別の場所に記憶する事から始まるのですが、それに慣れてしまうと無意識に辛い事以外の思い出も複雑に記憶する場所を別けてしまうのです。
その場所が増えれば増えるほど人格も増えていきます。

それは彼女にとって日常で差し支えになる事は言うまでもありません。
ですから僕は彼女の人格を一つにまとめる事を決意したのです。

人格を一つにするのに必要なのは別々に別れた全ての記憶を繋げるという事です。
それぞれの人格から彼女の記憶を聞き出す事から始まりました。

彼女の記憶をたどって行くと小学生の頃の親の離婚が原因で母親が暴力を振るうようになった事から人格が別れ始めた事が分かりました。
この時期を境に彼女の兄も暴力を振るい始めました。

背後を蹴られ階段から突き落とされたり、沸騰した鍋の中の湯に顔を突っ込まれそうになったりなど…殺されてもおかしく無い程の酷い虐待だったようです。

本来ならば守ってもらえるはずの家族に殺されそうになるというとても残酷な話でした。

頼れる相手のいない彼女は鏡の中の自分に相談して自分自身を慰めるようになっていったのです。

そして鏡の中の自分が今の自分とはまったく違う人格だと信じ込みその人格に憧れを抱くようになったのです。

当時、小学生であった彼女にはあまりに過酷な環境だったのでしょう。

行き場を無くした彼女は自分を守る為に徐々に新しい人格を作っていったのです。
まるで鏡の中の自分を現実の存在にするように…。

この話は気の強い人格の彼女から聞いたものです。
純粋な人格の彼女はまったく知らない事実です。

しかしその事実を彼女に話さなくては症状は改善されません。
純粋な人格の彼女は家族を愛していました。
家族にも優しかった時期があるのです。

それは両親が離婚する前でした。
全ての歯車は両親の離婚を境にずれ始めたのです。

離婚の事や女手一つで子供二人を養って行く厳しさが原因で母の精神状態はストレスで限界に達していたのでしょう。

優しかった母は子供に暴力を奮うようになり、それまで仲良く遊んでくれていた兄も次第に彼女に対し暴力を奮うようになり彼女は孤立していったのです。

純粋な人格の彼女はそんな虐待の記憶は無く優しいお母さん、お父さん、お兄さんの記憶しかありません。

そんな彼女に真実を語る事は家族との綺麗な思い出を壊してしまう事になるのだろうと思いました。

しかし真実を知らないままでは彼女の症状は改善されないでしょう。

彼女の悲しむ顔を見るのは僕としても辛かったのですがありのままを話す事にしました。

家族による虐待があった事から、中には第三者による性的な虐待を受けた話もありました。

その話を聞いた僕も辛かったですが事実を知った彼女はもっと辛かった事でしょう。

それを物語るかのように純粋な彼女は気の強い彼女に何度も入れ替わろうとしていました。

気の強い彼女が出てくる度に僕は純粋な人格の彼女を出すように頼みました。
そういった事を繰り返しながらゆっくりとゆっくりと事実を彼女に伝えて言ったのです。

最初は僕の話を信じずにただ泣くだけだった彼女も次第に信じ始めました。

時間はかかりましたが最後には全ての事実を彼女は受け止める事ができました。
せめてもの救いが家族と彼女は既に離縁しているので二度と虐待を受ける事は無いと言う事です。

彼女には身内がいません。

家族と離縁してからは付き合っていた彼氏と同棲するなどして暮らしていました。
幸いにも彼女はかなりの美貌の持ち主であった為に男性には困った様子も無く恋人と別れたとしてもすぐに新しい彼氏を見つけ同棲をする事ができたようです。

中には多重人格の症状に気付いた彼氏もいたようですが彼女のあまりの変貌振りについていけずに別れた人も多いようです。

治そうと試みた彼氏もいたのですが結果的には失敗に終わり精神的な辛さから別れてしまうケースが殆どでした。

その度に彼女は自分の居場所を探さなくてはいけないかったのです。
そういった不安定な生活が彼女を苦しめたのは言うまでもありません。

記憶の糸を繋げていくにつれて彼女の症状が目に見えて改善されて行くのが分かりました。

今までは一人の人格が出ている時はもう一人の人格は暗闇の中に閉じ込められて身動きが取れない状態であったようですが、症状が改善するにつれてその暗闇と言うのが無くなっていったのです。

つまり暗闇が晴れる事によって一人の人格が今、何処にいて何をしているのかがもう一人の人格が認識できる状態になったのです。

これで今後はそれぞれの人格で記憶が違ってくる事は無くなったのです。

暗闇が取り除かれてから数日後、ついに彼女の中の二つの人格が一つになる時がきました。

想像では少しずつ症状が改善されていくものと思っていたのですがある日突然、多重人格の症状に終止符を打たれるとは思ってもいませんでした。
もしかしたら彼女の中の暗闇が取り除かれた時からいつでも一つになれる状態だったの知れません。

あとは彼女の決意次第だったのでしょう。

彼女の話によると多重人格を治すにはどちらかの人格が今後の人格のベースになる必要があったのです。

それはどちらか一方の人格が完全に消えてしまうという事らしいのです。
もちろん僕には選ぶ事はできません。答えは彼女自身の中で決められる事なのです。

もし選ぶ権利があったとしても僕には答えは出せなかったでしょう。

何故なら僕は二つの人格を共に同じくらいに好きだったわけですし、消えてしまう方の人格にとってはそれは永遠の眠りなのですから…。

二人の人格を愛していた僕にとってはどちらが選ばれるにせよ辛く悲しい事です。

僕の心の準備も出来ていない内に気の強い彼女が「消えるのは私の方だよ。」と言いました。

気の強い彼女は今まで見せた事のないくらいに悲しい顔をしていました。
元々彼女は純粋な人格を守る為に生まれてきた人格です。
自分の存在理由から残るのは自分じゃないと判断したのでしょう。

僕は彼女との思い出など絶え間なく話しました。
それは彼女の気を紛らわすためでもありましたが、話を止めたらすぐにでも彼女が消えていなくなってしまいそうだったからかも知れません。

彼女は何も言わずに話す僕の顔を見つめていました。
彼女の耳に僕の言葉が聞こえているのかも分かりませんでしたがそれでも僕は話し続けました。

しかし彼女の意識が薄れていくのがはっきりと分かりました。
意識の限界を感じたのか彼女は少し笑みを浮かべて

「ありがとう…」

とつぶやきました。

それが彼女の最後の言葉です。

彼女は小さな体を震わせ涙を流していました。
気の強い彼女が見せた最初で最後の涙です。
僕は震える彼女の体を包み込むように抱きしめました。

もっと話をしたかったけど言葉にする事もできずにそのまま静かに抱きしめていました。

本当にこれで良かったのか?と僕は何度も自分の胸に問い掛けました。
そんな僕の想いとは裏腹に彼女は苦しみから解放されたかのようにまるで生まれたての赤ちゃんの様な表情を浮かべていました。

彼女を苦しめてきた全ての物を心より憎みました。

家族から愛を与えられずに虐待を受け、性的な暴行なども受けた人生。
誰に助けを求めてもいいか分からない。
言葉では表せない程に辛かったのでしょう。

「もう何も辛い事は無いよ…」
せめて今だけでも気持ちよく眠りについて欲しいと心から願いました。

間もなく体の震えも収まり彼女は眠りについた様でした。

僕は横に眠る彼女をずっと見つめていました。
このまま目を覚まさないかと思うほどに静かに眠っていました。

暫くして彼女の体が少し動いたかと思うと彼女は目をゆっくりと開けました。
それは今まで僕と話していた彼女ではありません。

目を覚ました彼女は純粋な性格の人格を少しあか抜けさせたような雰囲気でした。
気の強い彼女とまではいきませんが、純粋な性格の彼女は何処となく見た目も大人っぽくなっていました。

どうやら二つの人格が一つになったようです。

もちろんそれは僕も彼女も願っていた事なのですが、僕にとっては失ったものも大きかったようです。

一見、今までで言う純粋な人格の彼女なのですが記憶が繋がり全てを知った彼女は今までの彼女とは大きく違うところもありました。

記憶が繋がる事で人を知り人を疑う事を覚えました。
確かに多少は人を疑う事も必要です。

しかし疑う事を知らない純粋な彼女を僕は好きだったのも事実です。
望んだ結果であるはずなのに何処か僕と彼女の歯車が噛み合わなくなっていました。

一時期は結婚の話もしていたのですが次第にそういった話をする機会も無くなっていました。

それから暫くして僕と彼女は別れる事になりました。
結局、最後まで僕は彼女に馴染む事ができなかったのです。

僕自身、精神力を使い果たしていた事もあり人格が一つになった彼女を見る気力も残っていなかったのです。

僕の精神的な弱さが仇になった別れでした。

最後の最後に僕自身で彼女を幸せにする事ができなかったのが悔やまれます。
せめて彼女が今、幸せな生活を送っている事を願います。
そして虐待で苦しむ人達が少しでも減ってくれる事を願います。
http://an.to/haru/i/


7. 中川隆[-12641] koaQ7Jey 2018年5月27日 09:41:27 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14452]

『私という他人 〜多重人格の精神病理〜』を読んで その@ — 幻聴が聞こえたら
http://www.gennchougakikoetara.com/index.php?id=watasi

2005年1月8日

 最近、

H・M・クレックレー、C・H・セグペン[著]川口正吉[訳]『私という他人 〜多重人格の精神病理〜』(講談社プラスアルファ文庫)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/406256145X/


を読みました。この本は1973年に邦訳・発行されたハードカバーの文庫版なのですが、著者の患者であったイブ・ホワイトという名の女性の、多重人格症状の発症から回復までの過程について書かれています。精神的な分野の書籍であり、今回は、この本の内容について触れていくことにします。

 一連の出来事は、彼女がひどい頭痛に悩まされはじめ、町の診療所に行くことにより始まります。その診療所の医者にクレックレー・セグペン精神科クリニックを紹介されるのですが、実は、そのクリニックの治療者が著者であるクレックレーとセグペンの両博士であり、彼女に対しての精神療法による治療が始まることとなるのです。そして、その治療の過程で著者は、当時、非常に珍しい症状であった多重人格症状の症例に接することとなったのでした。

 治療者である著者は、面接を行うことによりイブ・ホワイトの話(症状)を聞いてきます。彼女は、夫婦生活をする中で、度々、夫に腹を立てられ、時には平手で打たれる事があると告白し、自分では何故そういうことを夫にされるのか理解できないと言います。著者も、この小さな女性と接した感触では、性格が大人しく、腹を立てられるようなことをするとは想像できない。夫が尋常な男ではないのか、それとも、他に何か原因があるのか。問題の原因を探りはじめることになります。

(本書、第1章「それは偏頭痛からはじまった」17頁より)
 彼女はしばしば、「目がくらむような」頭痛と形容した。どんな意味でこの形容詞を使っているのか、なかなか正確にはわからなかった。どうも字義どおりに視覚を失う、あるいはまったく見えなくなるということではなさそうであった。ただ、偏頭痛の患者によく見られるような視覚障害があったことだけは事実のようであった。彼女はまた、頭痛発作のあとに意識喪失があるともいった。彼女が意識的に説明を避けたというのではないが、こうした発作期間にいったい何が起こったというのか、診療者ははっきりとした意味合いをつかむことがむずかしかった。

 ときに、彼女のいう言葉から、ただの卒倒だったのではないかと思われるフシもなくはなかった。たるいは彼女のいうのが、もっと悪質な記憶喪失を意味しているのではないかと疑われることもあった。しかし、神経病学検査では、脳腫瘍の徴候は見られず、意識喪失を起こすような他の器質障害の徴候も見られなかった。また痙攣症の病歴も彼女にはなかった。

[中略]

 彼女のパーソナリティ(人格)は誰が見ても、異常とか強烈とかの特徴の全く欠けた、どんな驚くべき可能性もありようのない、ごく陳腐なものであった。

 治療を始めて数週間で彼女はかなり良くなり、もう意識喪失の発作を訴えなくなったので、事態は好転したかに思われました。しかし、安心したのもつかの間、その後、彼女は夫であるラルフ・ホワイトに連れ添われて再度診療所にやって来ます。ラルフが語るには、妻の気質が時々奇妙に変化し、それが原因で彼が癇癪を起こすことがある、とのこと。また、そういう事件があったにもかかわらず、彼は妻のことを、そういう病的な面を除いては大体において魅力的な女性、非常に貞淑で、辛抱強く、子供に対して献身的な、良い母親であると見ています。

(同、第2章「幻聴を聞く」23頁より)
 「先生、こんなやさしいしっかりした女が人を怒らせるなんて、とても信じられないでしょう。ですがそれは事実なんです。僕が悪いのかもしれません。いや、妻はあまりに善良すぎて、そのために時々、僕は癇癪を起こすのかもしれません……先生は妻のいいところばかり見ていらして、それに慣れきっていられるのです。もし先生も……それとは全然ちがった反面……それが出たとすれば……どう解釈すると当惑されると思います」

 もっと詳しく話してくれと私たちは頼んだ。イブはときとすると、いつもの辛抱強さと冷静さとは似ても似つかない様子で、別人のように振る舞うことがあるという。

 その後、治療者の症状を解決させようという努力の効果が表れたのか、夫婦の間柄はかなりよくなったように察せられました。しかし、再度ラルフから期待を裏切る手紙が来ます。ひどい頭痛がぶり返したので、なるべく早く面接をお願いしたいとのこと。診察室でイブ・ホワイトに会うと、ひどい頭痛が続いて、生活が極めて惨めだったと訴えられます。そして、彼女は、何度も繰り返し同じ不思議な夢を見ると告白します。

(同26頁より)
 医師は、催眠術をかけてみようかといった。

 彼女は別にいやな顔もせずに承諾した。何度もすぐさめて、うまくいかなかったが、最後にやっと催眠状態になった。医師は、眠っている彼女に、そのままもう一度夢を語ってくれるよう命じた。そして目が覚めてからその夢が現実の経験とどの部分で一致しているのか、よく考えてみるのだとよといいふくめた。

 催眠状態からさめたあとで、彼女は、夢のその部屋が彼女の存在全体を意味しているらしいこと、よどんだ汚水は夫がカトリック教会のメンバーだという意味らしいことを、きわめてスラスラと申したてた。こう見ると、夢と現実とはまったく一致しているのであって〜[中略]。

[中略]

 この夢の解釈で新しい事実が発見されたわけではない。
彼女がこれまで意識的には、そしてはっきりとは気づいていないことが、一つでもこの夢の解釈で明らかになったというものではなかった。だが夢の解釈を医師と話しあうことは、彼女がこれまでの面接でふれることを避けていた重要な意味を持つある部分の感情を、明瞭に彼女に意識させるには役だったようである。

 事実、彼女自身も驚いたように、頭痛は突如として消え去った。彼女はすっかり元気を回復して診療室を辞していった。精神治療医(セグペン)がこれまでの面接で見たこともないほど彼女の気持ちはほぐれ、明るくはればれとしていた。


 それから約1年間、イブ・ホワイトの状態はかなり良好な状態を保ちます。しかし、ある日、治療者の元に彼女から一通の手紙が来るのでした。夫と、とり返しのつかない争いを起こしてしまった、という内容の手紙です。催眠術による治療は有効であったが、このケースでは、約1年間しか効果が続かなかったようです。

(同27頁より)
 大変な喧嘩、そのあと夫も妻も逆上して、もはや二人の関係もこれまでだと宣言しあった。ラルフはすぐ一人で家に帰り、妻があとで衣類や自分の品物をとりにくるのを待った。

 彼女がもどってくると、態度がまるで変わっていた。夫は、妻のほほえみ、やさして声のちょうしにびっくりしてしまった。彼女は、何事もなかったかのように、夫の頬に軽く接吻し、いつものとおり家の中の仕事をやりだした。彼女の行動に当惑をおぼえながらも、夫は妻の態度に心がやわらぎ、妻が、あの時のはげしい憎悪と破局的な意向を何かの考えでひるがえしたのだろうと思って気をやすめた。今さらあの喧嘩のことを持ち出して危機をおしすすめるべきではないと考えた。それからの数日、家庭は平和にあふれ、夫婦の間柄はこれまでにないようなものであった。

 するとある日の夕方、旅行に出かけるつもりか、スーツケースに物をつめている妻を見つけた。彼女は冷静で、事務的で、そして軽く微笑していた。夫は何気なく、なぜ旅行の支度をするのかと妻に聞いた。

 「なぜ……?私、フローのところへ出かけるのでしょ?」

 彼女は、夫の質問にびっくりしたような表情で答えた。夫がなぜそんなわかりきったことを聞くのか彼女はとまどっている様子であった。悲劇的な終わり方をした先ほどの旅行は、じつはこのフローのところを訪ねたことであった。

[中略]

 「おい、何をバカいっているんだ。君のフローを訪ねる旅行はもうすんだじゃないか!」と夫は声を荒げて妻をなじった。彼女はただ呆然とするだけであった。

 治療者との面接でも彼女は、納得がいかない、フロー夫妻を訪ねて数日を過ごしたことも、あとから夫が来たことも、全然覚えていない、と言いました。これはひどい記憶喪失だと思った医師は、再度彼女に催眠術をかけることにします。すると、フロー(従姉妹)と仲良く数日を過ごしたことを明瞭に思い出すことができるのでした。しかし、 夫との口論の原因については、なぜか曖昧なことしか言えず、おかしなフシも見られました。

 治療者は、面接をしているときの彼女の穏やかな態度と、夫の述べる、喧嘩の際の彼女のはげしい行動との間に辻褄の合わないものを感じ取ります(夫の証言は、その口論の場に居合わせたフローの夫に会うことにより誇張でないことが証明されていました)。その後、治療者との面接により少し自信を取り戻した彼女は夫に伴われて帰っていくのですが、直後に手紙が届きます。それも、未完の手紙であり、途中で突然、筆跡と内容が変わっている手紙なのです。その変わり様は、子供がイタズラ書きしたように、同一人物が書いたとは、とうてい思えないようなものなのでした。この手紙を受け取り、医師は様々な可能性を模索します。

(同36頁より)
 これまでイブ・ホワイトはいつも変わりなく慎重で実直な人柄であって、几帳面なくらい誠実な女であった。その真面目な彼女が、正気でこんないたずらをするとは、とうてい考えられない。とすれば、コロンビア市の従姉妹を訪問したときの健忘発作という事実と考えあわせて、この場合も、それに似たようなごく短時間の夢遊病、あるいは遁走(フユーグ)が発生したのかもしれない。それが医師のいちおうの説明であった。


 この手紙の一件から一週間もせず、著者は、今度は夫であるラルフから連絡を受けることになります。彼女が、今度は夫に相談なしに町に行き、非常に高価なドレスをたくさん買い込んできたという。それで急遽、翌日に面接することになるのですが、会うと、また彼女はそのことについて何も知らないと言います。彼女は、夫の怒りを(誤解を?)解けずにいる、子供も失うかもしれない、そういう不安により地獄にいるように苦しめられている、そう察せられるのでした。

 自分を救って欲しいとすがるような目で医師の方をまじまじと見る彼女。治療者である医師との間に、緊迫した沈黙の時間が生まれます。その時、医師は深い呼吸をし、自分でも何故そうしたかわからないのですが、微かにほほえみます。すると、彼女の意識の中で何かの変化が起きたのか、初めて幻聴の体験を告白するのでした。それまで、彼女の性格もあり告白できないでいたのです。彼女も、幻聴という異常現象から統合失調症(精神分裂病)という重い精神病をイメージし、精神病院に入れられて、二度と外に出られないことを恐れていたのでした。

(同41頁より)
 「もう、何ヶ月にもなります。あの声が聞こえだしてから。めったにしかないのですけれども……」

 ところが、ここ数日はそれがとても頻繁になってきて、いまではどうしても避けることができなくなってきた。聞こえるのはいつも女の声である。誰の声だかどうしてもわからない。が、聞き慣れた声のように思われることが時々ある。その声は軽快な調子のしゃべり方で、時どき下品な言葉を使う−と彼女はいった。

[中略]

 精神病者の幻聴というものは、通例こんなにはっきりした声を聞くものではない。精神病者は、聞きなれぬ声がしゃべるその内容に恐怖を覚えはするが、異常な知覚そのものをとくに恐ろしいと思うことはめったにない。幻聴を聞く精神病者はほとんど一様に、自分の聞く声が現実にある声だと考えている。彼らはラジオとか、レーダーとか、あるいは無限の距離に音波を発射する放射性物質、さらには霊能者の内部に潜む心霊体に、目には見えぬ波動が作用してそうした声が聞こえてくるのだ、と絶対に信じている。

 精神分裂病の患者は、幻聴が精神病の一つの証拠だとはけっして思っていない。幻聴の声が現実のものでないと、いくら説明してやっても、とうてい彼らを納得させることはできないのである。

 これに反して、イブ・ホワイトの反応の仕方はまことに奇妙なものであった。すなわち、彼女は、精神病学の理論としては重症の精神病者にだけしか起こらないはずの幻聴を感じると同時に、それに対して正気で健康な通常人のするような反応を示しているのであった。

 今回は、ここまでの内容で筆を置かせていただきます。全29章の中の、はじめの2章についてのみ触れていったのですが、それだけの内容の中にも、有益な情報が多くあるように私には感じられました。最初は激しい頭痛、そして、意識の喪失を訴えるイブ・ホワイト嬢。脳に問題があるのかというと、脳腫瘍などの異常はないという。そして、夫による証言では、妻の気質が変わり別人のように振る舞うことがあるとのこと。病院にかかるほどの問題を抱えていなくても、気分屋であったり、時として別人のように振る舞う人は、現在の日本にも多く見られるのではないでしょうか。

 その後、頭痛がひどく、日常が惨めで、不思議な夢を繰り返し見るという彼女の訴えにより著者は催眠術という方法よる治療を試みます。その結果、一年間ほど症状は好転するのでした。催眠術というと、私はブライアン・L・ワイズ[著]『前世療法』を連想しますが、ワイズ氏のケースでは、退行催眠により患者の病気の原因になった時期まで記憶を遡ることを試みたところ、患者の生前にまで記憶が遡ってしまい、そこから新しい事態が展開されていくのでした。

 話を元に戻します。治療から約一年後、再び彼女に事件が起こりはじめます。夫からの視点によると、彼女は気質が変わることがあり、癇癪を起こしたり、そうかと思うと、そのことをすっかり忘れていたりする。彼女にしてみたら、頭痛で悩まされる上に、自分がしてもいないことで夫に激しく怒られ不条理に感じるし、気分は沈む。不安にもなる。解決することがむずかしい状態に、彼女たちはおかれているように察せられます。

 著者が再度催眠術による治療を行うと、彼女は忘れていた記憶を大部分思い出すのですが、問題の核心については何故か曖昧なことしか言えません。そして、後になって、彼女が幻聴の体験をしていながら告白できないでいたことが発覚するのでした。彼女は、幻聴が聞こえることにより自分は統合失調症であるのかと疑うのですが、私の場合と同じく、幻聴という症状により統合失調症と診断され、精神病院に入院、二度と外の世界に出られないことをイメージし、彼女はクリニックの治療者である著者にも言えないでいたのです。しかし、ある切っ掛けにより治療者との信頼関係が気づかれることにより、、遂に彼女は告白することになるのでした。

 著者によると、精神病患者の幻聴と、彼女の幻聴との間には明確な差異があります。それは、精神病患者は現実の声と幻聴との区別をすることができないのですが、彼女は幻聴を幻聴だと認識し、現実の声と区別することができるということです。ともかく、彼女のこの幻聴の告白により、治療に関しても新しい展開を迎えることになるのでした。
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『私という他人 〜多重人格の精神病理〜』を読んで そのA — 幻聴が聞こえたら
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今回も、前回に引き続き『私という他人 〜多重人格の精神病理〜』の内容について触れていきたいと思います。前回、イブ・ホワイト夫人は幻聴の体験についての告白をしました。その後、彼女は精神病と診断されていないことに安心しながらも、娘を手放すことに対する恐れ、夫との問題、などにより神経をすり減らし続けます。そして、頭痛の回数は増え、激しくなり、意識が喪失することも多くなっていくのでした。

 そんなある日、医師が彼女と面接している最中に、信じられないような事件が起こります。彼女に聞こえる「女性の声」が話題であり、その声のことをうまく説明しようとして、彼女が考えあぐねていたときでした。

(本書、第3章「もう一人の女」44頁より)
 彼女の考え込んでいる目の表情が、ほとんど凝視の形をおびてきた。イブは、瞬間、眩暈を感じたらしかった。突然、彼女の姿勢が変化しはじめた。彼女の体はおもむろにこわばっていき、ついに硬直したまっすぐな座り方になった。と、見なれない、わけのわからない表情が彼女の顔をサッとかすめた。が、次の瞬間にはそれも消えて、完全な無表情となった。容ぼうのあらゆる線が、ほとんど認められないくらいの、さざ波が立つような変化で移っていくように思われた。しばらくのあいだ、何かひじょうに計り知れぬ神秘的な表情がそこにただよっていた。両目を閉じ、彼女は両手をコメカミにやり、そこを強く押さえ、急激な痛みと闘うように交互に上下へひねりながら、顔をしかめた。かすかな震えが彼女の体全体を通り過ぎた。

 それから−両手は軽くおろされた。そして彼女の姿勢は、医師がこれまでこの患者について目撃したことのないゆったりとしたものに、たわいなくほぐれていった。青い目がぽっかりと見開いた。すばやい大胆なほほえみ……。

「ハイ!……そこなの、先生(ドック)!」

 人格が交代する瞬間の描写についての記述になります。イブ・ブラックという未知の人格が、イブ・ホワイト人格と交代して医師の前に初めて現れたのでした。記述から、喋り方が変わっているだけではなく、姿勢なども変化していることが理解できます。

(本書、第3章「もう一人の女」49頁より)
 ここでもうすこしくわしく、この新しい幽霊の女と、消えさったイブ・ホワイトとの外見上のちがいを説明しておこう。あの平凡なイブ・ホワイトが、内気な稀に見るしとやかさと節度とをわきまえた女性であるのにたいし、新しく出現したこの女は、子供のようにものおじしない気質、エロチックでいたずらっぽい流し目、滾々と湧き出るような活力、遊びを求める貪婪な意欲などが特徴であった。このまるで屈託のない女は、イブ・ホワイトとその悩みを、人ごとのように口にし、イブ・ホワイトを指すのに「彼女」という三人称を用い、自分自身とのあいだにはっきりとした境界線をもうけていた。

(中略)

 二人の女性のあいだの数えきれないほどのちがい−態度、物腰、表情、姿勢、反射の度合い、視線、眉のかたむけ方、目の動き、そういったもののすべては、たしかにこの女が全く別人であることを主張しているかに見えた。だが、そうした差異が実際何であるかと正面きって問われると、まったくどう返答していいかわからなくなるのであった。

 二つの人格の間には数多くの異なる特徴があり、例え同じ肉体を共有しているにしても、同一人物であるようには感じられないし、その差異をうまく解釈することができない、ということです。つまり、ある人が二重人格者と会い両人格と接した場合、それぞれ別の人と会ったように感じるのですが、それが何であるのかよく理解できない、そういう状態です。二重人格という症例は、精神科医もめったにお目にかかるものではなく、その解釈に著者自身が非常に困らされるのでした。

(本書、第5章「二重人格−その人格交代に直面して」87頁より)
 多重人格はしばしば、ヒステリーの一形態だといわれる。これまでに報告されたケースでは、たしかに、意識の分裂を示すとともに、転換ヒステリーの古典的なまちがいのない症候を示しているものが少なくはなかった。誰でも知っているように、ヒステリー患者はひじょうに暗示にかかりやすく、芝居がかった行動をする。こうしたヒステリー患者が、自分はいますばらしいものを発見しつつあると思いこんでいる医師の熱心な呼びかけに答えて、凝りに凝った、信じられないくらいの仕草をやってのけ、観察者の期待にそうような、いや観察者の想定を上まわるような変貌を見せるであろうことは、想像にかたくない。

 読者も見聞きされただろうが、およそ薄気味のわるい怪奇な現象−たとえば空中浮遊だとか、死者との通信だとか、物理的な力が働いていないのに物が動くとか、遠隔の人と会話をするとかいう現象−は、むかしは「騒ぐ霊(ポルターガイスト)」の仕業だと思われていたのだが、今日でも、相当の学識ある人でさえ、これを死者の心霊によるものだと信じているようである。ところがよく調べてみると、術者はたいてい、じつは悪意のないヒステリー症の少女か何かなのであって、彼女をあやつる黒幕の人物の命令するままに、無意識のうちに行動し、演技が度重なるにつれてますます芝居がかり、神秘性をおび、ついには信じがたいまでの「奇跡」をやってのけるにすぎないのである。

 多重人格の解釈について書かれていますが、ヒステリー症の一形態だといわれることが多いのだそうです(本書が執筆されたのは1958年です)。また、著者は、ポルターガイスト現象について、黒幕の人物に操られたヒステリー症の少女か何かが引き起こしている、との解釈をされています。

 私は、そういうことも多くあるのかなと感じます。もう、心霊的な世界には怪しげな山師が多数潜んでおり、詐欺的な行為を多くしてきたために信頼性を失っているという現状があるように感じるからです。そのことも一因となり、学識ある人々の多くは心霊的な世界について語ることを嫌がるのではないでしょうか。つまり、物欲に囚われているような人間は、精神的な世界について語ってはいけないということです。特に、金儲けや虚栄心のために精神世界・心霊的なものを利用してきた人々が少なからずおり、結局は、そういった行為が心霊的なものの信頼性を低めてきたのでした。

(本書、第6章「孤独な魂の記憶」99頁より)
 だが、いま直面している患者は、ありきたりの精神障害とはまったくちがう。私たちは二十年近く、共同で精神科クリニックを経営してきたのだが、イブ・ホワイトのようなユニークなケースに出会ったのは、これがはじめてである。この患者は無数のむずかしい問題を提起し、いかなる不測の可能性を秘めているかもわからない希有のケースである。

 精神医学の教科書ではしばしば、二重人格はヒステリーという周知の名称のもとに、他の意識分離症といっしょに分類されている。だが私たちには、この患者をはたしてヒステリーの分類に入れていいかどうか自信がなかった。彼女がはたしてヒステリーに共通なありきたりの反応を示すかどうか疑わしく思った。この患者には、私たちの知識の限界をはっきりと自覚させる何かがあった。人間という統一体あるいは人間の生命という小さな核的事実をとりまいて、そこに広がる無限の神秘性についてわれわれの知識がいかに乏しいか、そしてまた精緻な精神病理学の諸理論がいかに疑わしく、頼りないかを思い知らしめる何ものかがあった。

 著者は、このイブ・ホワイトのケースを、ヒステリー症として分類していいかどうか悩みます。著者の知識を超えるものが現状としてあり、自分たちの力の限界を自覚させられたからでした。

 心霊的な知識からは、このケースを霊魂の交代だと解釈しすることができます。霊魂が交代する。だから、肉体以外の部分は全て交代する。そういう解釈になりますし、著者は、それを無限の神秘性として感じられているのではないでしょうか。また、心霊的な精神病の解決方法として、霊媒に霊を憑依させて解決していく、というやり方があり、そのことについては後述します。

(本書、第6章「孤独な魂の記憶」110頁より)
 観察期間中、彼女には多い隠された、あるいはごく初期の、精神分裂病の徴候はなかった。また分裂病質傾向すら全然見られなかったということを、とくにここで強調しておきたい。よく、一件常人であって、行動も言語も非の打ちどころのない合理性をもっていながら、その内側の奥深い個所にきわめてかすかな分裂病的な異常さが隠されており、何かのはずみに察しても、彼女の動作、姿勢、その他いっさいの外部に現れる部面で、おかしな気味のわるい徴候などは毛筋ほども見られなかったのである。

 彼女には、多重人格といわれる人格の交代は起こっていたが、現実と幻覚を混合するといったような一般的に統合失調症患者に見られる傾向はなかった、ということです。

(本書、第7章「意識がとぎれた間」131頁より)
 イブ・ホワイトと対座しながら、治療者は静かに、イブ・ブラックの名を呼んだ。そして、何も知らないこの患者に、直接に話しかけてくれと、医師は要求した。

 反応はただちに、しかも印象的に表れた。イブ・ホワイトの顔は、突如として表情を失い、中略。すべての表情と感情とをはぎとられた空白の一瞬がすぎて、その顔には、原始の驚きともいうべきむきだしの感情が表れた。そして寸時の沈黙ののち、彼女の相貌は、またいつもの静かな落ち着きをとりもどした。かすかな、聞き取れぬほどのため息を一つもらし、彼女はおもむろに、ささやくようにいった。

 「……ありえないことですわ」

 患者の心は深部から揺すぶれ、乱された。彼女の医師はその午後ずっと彼女につきそってやらなければならないと思った。彼女の感情が、この不気味な、恐ろしい自己了解に順応していくように、できるだけ彼女を力づけてやらなければならないと思った。

 これは、著者とイブ・ブラックがあらかじめ話しあい、イブ・ホワイトにもう一つの人格(イブ・ブラック)の存在を知らせるため、彼女にその声をわざと聞かせたのでした。それは、イブ・ホワイトにもあらかじめ説明してから、意識の奥の方からイブ・ブラックが語りかけたわけです。

 イブ・ブラックの方は、イブ・ホワイトの考えていることがわかるといい、その存在を以前から知っていました。しかし、イブ・ホワイトの方は、それまでイブ・ブラックの存在を全く知らなかったので、著者は、その存在を知らせることが治療の役に立つと考え、彼女に幻聴(イブ・ブラックの声)を聞かせたのでした。

(本書、第9章「第二の人格はいつできたか」160頁より)
 私たちは、イブ・ブラックとの対談で、彼女がイブ・ホワイトの幼少期からずっと独立の生活をもっていたと聞かされて、驚くとともに、その真実を疑った。イブ・ブラックなるものが、患者のここ数年経験した破壊的な情動ストレスから生まれた産物らしいと推測していた私たちは、これをまた例のイブの誇大な作り話の一つではないかと思っていた。彼女は、二十年前、あるいはそれ以前の挿話を、隠しだてせずに語った。みんな、彼女が出現した話で、いたずらをしたり、両親のいいつけに従わなかったというような話ばかりであった。

(中略)

 私たちが両親と面談するにおよんで、イブ・ブラックの語った挿話のあるものは、両親その他の家族の証言で、これを裏づけることができた。(中略)。両親ともイブ・ブラックが私たちに話したことのあるいくつかの事件を記憶していた。

 イブ・ブラックは二十年前から記憶をもっており、その記憶が両親の証言で裏づけられた、とのことです。これはイブ・ホワイトにとっては、信じられないような、恐ろしいことではないでしょうか。自分の知らないところで、自分のことを知っていて、考えていることもわかる人格(霊魂)がいたのですから。しかも、イブ・ブラックの場合は、時どき肉体に表面化しては問題を引き起こし、後始末はイブ・ホワイトにとばかりに、責任は取らずにまた奥に引っ込んでいくのでした。こうなってくると、興味は、どうしてこのような事態になったのか、どうしたら問題が解決するのか、という方に移ります。


(本書、第10章「自殺願望」176頁より)
 ごくはじめのころの面接で、イブ・ブラックはこういうことがあった。彼女の中のイブ・ホワイトの記憶(memory)が、ごくわずかの時間ではあるが、ひどく妨げられることがあった。それは、イブ・ブラックの支配がなおつづいていながら、しかも彼女の交代人格が必死にもがきでようとするので、意識にありつこうとする両者の争いがはげしくなり、いっときどちらが勝ちをしめるかわからないようなきわどい一時期に、そのような記憶の妨げが起こるということができる。いつもできるとはかぎらないが、時々はできる、といった。しかし、これをするには、かなり不快な努力がいるので、めったにそうはしないのだという。

 恐ろしいことに、イブ・ブラックにはイブ・ホワイトの記憶を妨げる能力があるのでした。イブ・ブラックの場合は、滅多にそういうことはしないとのことでしたが、もしも、そういう行為ばかりするとなると、「『霊感者スウェデンボルグ』にみる幻覚の心霊的解釈」における、憑依霊と同様の行為をしている、より悪質な霊であるということになるのではないでしょうか。

(本書、第11章「誰にも本当のことは言えない」188頁より)
 「偽善者」という言葉がある。その人の主張、自負が、実際の行動とあまりにくいちがっている場合、彼は「偽善者」といわれるのだが、そのくいちがいが極端な場合は、彼は「二重の人生を送っている」といわれる。

 このように、意識からしりぞけられシャットアウトされた傾向、態度、性質が、その人の心の内奥に、気づかれぬまま一つの潜在能力として存在し続けるという説は、けっして根拠のないものではない。かく、意識からしりぞけられ分離されたものが、何かのきっかけで動員され組織化され、ついには一つの目に見えるものとして表面に表れてくる−それがいわゆる二重人格の中の第二の人格であると説明されているわけである。

 この考えにもとづけば、治療の道はおのずから明らかであろう。すなわち、二つの人格相互認知をすすめてゆき、最終的な再統合へもってゆくということである。かくて、数十ヶ月にわたり、おのおののイブを一歩一歩その幼児期までたどっていかせるという努力がつづけられた。

 何らかの原因により、一つの肉体に二つの人格が宿るという状態になり、片方は真面目で、もう片方は不真面目なのでした。そして、時どき、不真面目な方の人格が肉体を支配しトラブルが起こる、という構図になります。著者は、人格が分離した幼児期まで記憶をたどること、そして、二つの人格の相互認知をすすめることが、この問題を解決する治療方法であるといいます。

 「C.A.ウィックランド著『精神科医ウィックランド博士の迷える霊との対話』」にみられるように、精神病の心霊的な治療方法として、精神病患者に取り憑いている憑依霊を霊媒に憑依させ、霊能者(この場合は精神科医)がその憑依霊と対話することにより、解決を探る(病気を治していく)というやり方があります。実は、このイブ・ホワイトとイブ・ブラックのケースについても、これら心霊的なケースとの類似性が見られるのでした。肉体を支配している主人格(この場合は、イブ・ホワイト)に対して、非協力的(この場合は、イブ・ブラック)であったり、攻撃的な他人格がおり、主人格が苦しめられるという構図がそうです。そして、そういった不満分子の理解を得ることが、問題解決のポイントであると考えられています。

(本書、第13章「内向を深める性格、外向に走る性格」217頁より)
 しかしながら、ミス・ブラックのロールシャッハ・テストが、私たちが依頼した臨床心理学者によって、「ホワイト夫人のそれよりはるかに健全である」と解釈されたことは注目に値する。この臨床心理学者によれば、イブ・ブラックの記録はヒステリー傾向が顕著であるのに対して、ホワイト夫人には、「しめつけられている感じ、不安状態、強迫神経症傾向」が見られるという。(後略)。

 これは、現代人の生き方の違いにも通じる両人格の間の差異になります。抑制的で大人しい性格のイブ・ホワイトよりも、開けっぴろげで我慢を知らないイブ・ブラックの方が、精神的には健康であるということです。

 現代の日本にも、流行を追い、クラブに踊りに行き、乱痴気騒ぎが大好きで、大した向上心もなく日々を生きているA君と、本を多く読み、勉学に打ち込み、倫理・道徳的な生活規範で自分を縛り、目標を持ち日々生きているB君がいます。私は大体はB君でありたいと思っていますが、実は、精神的にはA君の方が健康的であるといわれています。A君はストレスを感じない生き方をしているのに対して、B君は、自分をより向上させるためにストレスを溜める生活をしているからです。

 では、みんなA君のような生き方をするのがいいかというと、私は決していいとは思いません。B君のように目標を持ち努力し、時には、人の道に外れない範囲内で羽目を外し、ストレスをうまく処理して生きていくことが、最良の方法ではないのでしょうか。つまり、バランス良く生きていくことが大事であるように感じます。

(本書、第13章「内向を深める性格、外向に走る性格」219頁より)
イブ・ホワイト
 つつしみぶかく、控えめで、ある点では聖女に近い。
 顔は静かな甘美さを示す。休んでいるときの表情は悲しみをじっと噛みしめているといったふうである。
 声にはいつもやわらかでなだらかな抑揚があり、つねに、ひときわ女性的な抑制に支配されている。

(中略)

 過酷な環境に苦しみ、悲劇に恐れおののき、そうした中でわが子を守りぬこうとする健気な努力は非常に印象的であるが、本質的には破れやすいものであるだけに、いいようのない悲壮感を誘う。はたから見て、いまの環境にやがて圧しつぶされるのではないかと、ハラハラさせられる。
 ナイロンに対するアレルギーはない。

イブ・ブラック
 どう見ても、パーティ・ガールで、抜け目がなく、子供のように見栄っぱりで、自己中心的である。
 顔はピクシーのようで、目は、いたずら小僧が瞳の奥からのぞいているように、躍っている。
 表情は変化しやすく、いつも何かおもしろいことがしたくてたまらないといった衝動的な光をただよわす。目つきはカゼのごとく移りやすい。顔には悲壮のかげがまったくない。時どき子供のあどけなさを見せるが、ほんとうは、それは表面だけの無邪気さである。
 声はすこししわがれている"ディスカルチュアな"(本人の住む文化的枠組みから逸脱した)ところがあり、陽気さと、相手をなぶるひびきがある。

(中略)

 およそ思索的などではない。真剣になることは、彼女にとっては、退屈なバカバカしいことである。男はこの女を見るとすぐおもしろい女だと感じ、人好きのする女だと思うだろう、そういう魅力がある。つまらぬ日常経験の細かいことまで、異常な好奇心で観察しようとする。そして不思議にも、「じわじわとくる外部世界の汚濁が伝染してこない安全地帯に引っこんでおり」、あらゆる精神的苦悩と悲哀とから離れて安泰である。
 彼女の皮膚は時どきナイロンによってジンマシンを起こすと本人がこぼしている。だから「出ている」ときは、靴下を長時間はかないようにしている。


 イブ・ホワイトとイブ・ブラック、両者の性格の違いについての記述になりますが、これはもう、完全な別人だということがわかります。そして、イブ・ブラックは20年前からの記憶があるといいます。それでは、なぜ、その時からの記憶があるのか、ということが疑問として生まれてくるのです。そして、両人格の間の相互理解がこの症例の解決策になると著者は考え、その方向での治療が行われていきます。この、両人格の相互理解が達成されたら、症状は好転するのか、どういう結果を招くのか、非常に気になるところです。

 わたしは、この両人格を心霊的に霊魂であると考えていますが、何らかの事件が二十年前に起こり、それまでは一つであった人格なり魂が、二つに分かれたのではないかと考えている点において、精神科医である著者の解釈と何も異なるところはありません。

 丁度、太陽のように一つの丸い球体が、ヒョウタンのような形状を経て、二つの球体に分かれるような感じに分かれたのではないかとイメージしています。そして、片方の真面目で責任感のある霊魂(人格)が普段は肉体を支配し、もう片方の不真面目な方の霊魂(人格)が奥の方に引っ込んでいたということになります。両者は分裂する前はバランスのよい人格であったが、分裂時に、「真面目で病的な人格」と「不真面目で生き生きとした人格」とに分かれた、と考えることができます。

 また、別の話になりますが、この本の内容について考えていて、クローン人間を連想することがありました。クローン人間とは、ある人間と遺伝子配列が全く同一の複製人間のことです。一人の人間にさえ、複数の人格が存在することがあるというのに、それが、クローン人間ではどうなるのか。イブ・ホワイトの肉体のクローンを作成したら、そのクローン人間にもイブ・ホワイトとイブ・ブラックという二つの人格が宿るのでしょうか。非常に興味深い点だと思います。

 それでは、今回は以上の内容で筆を置かせていただきます。
http://www.gennchougakikoetara.com/index.php?id=watasi2

『私という他人 〜多重人格の精神病理〜』を読んで そのB — 幻聴が聞こえたら
http://www.gennchougakikoetara.com/index.php?id=watasi3

今回も、前回からの続きを書いていきたいと思いますが、少々お伝えしておかなければならないことがあります。題名にある通り、H・M・クレックレー著『私という他人 〜多重人格の精神病理〜』を読んだことが、今回の連載を書き始めるきっかとなっています。

 しかし、現在、たった一冊の本を読んだことにより多くのことを理解したと考えることは浅はかであった、と実感している次第です。どういうことかといいますと、先日、酒井和夫著『分析・多重人格のすべて』l(リヨン社)という著書を読んだのですが、これが非常に勉強になる本でした。そして、『私という他人』についても多くの頁数が割かれており、私の認識が改められるとともに、今回の連載の締めくくり方に関してかなりの路線変更が必要であることが判明したのでした。そのことをご了承いただけますよう、お願いいたします。

 以下、『分析・多重人格のすべて』内、「私という他人の要約」の一部からなります。

本書「多重人格のはじまりの物語」67頁より
 面接を進めるにつれて、イブ・ブラックは患者が流産した時からではなく、患者の幼児期からすでに時々出現していたことが明らかになった。そして、記憶の奥に眠る<陶器の青いコップ>のことが語られるようになった。

 ところが、今度はイブ・ホワイトの頭痛が再び悪化し、第三の人格であるジェーンが出現したのである。
 ジェーンは、二人のイブの中間物というべき人格で、円熟した、奥行きのある人格であった。ジェーンは以前の記憶はなく、まさにゼロからの出発であったが、どんどんと奥を自分のものとし、三人の人格の中で大きな地位を占めていった、そして一人の肉体をこの三人が共有する混乱のなかで、患者は夫との離婚を決意したのだった。

 くり返される面接のなかで、セグペン博士が催眠下で<青いコップ>のことについて探索するにつれて、あの見栄っぱりのイブ・ブラックが涙を流し、「私の形見に赤いドレスを持っていて」と懇願した。そしてイブ・ホワイト、ジェーンが出現したところで患者は両手でこめかみをおさえ、いきなりバンシー(恐ろしい泣き声で家人の死を予言する女妖精)のような悲鳴をあげる。

 そして第四の人格であるエブリン・ホワイトが誕生したのである。

 エブリンは幼児期に<青い陶器のコップ>で遊んでいた時に母に呼ばれ、祖母の葬儀に参列し、祖母の死顔に触るという儀式を強要されたことを思い出した。

 そして、この瞬間に一つの新しい人格が溶接されたのである。

 その後の変化は、「分裂していた人格が融合してしまったあと、彼女自身が見いだした個性を形成していく過程」であり、やがてエブリン・ホワイトはアール・ランカスターという男性と結婚し、ようやく幸福な人生を手に入れるのである。

 このようにこの物語は、三人の人格が一つの肉体を共有するという混乱した状況から、人格の分裂の根本的な原因である、祖母の葬儀での外傷体験を想起することによって人格の統合が得られたというハッピーエンドなのであるが、現実は少し違っていた。

 以上。要約より。イブ・ホワイトの症状について、やはり幼児期に原因があったのでした。解離性同一性障害(多重人格障害)の発症の原因の多くは幼児期の性的虐待による心の傷であり、退行催眠により原因となった事件までさかのぼり、再体験することが治療に有効だといわれています。イブ・ホワイトのケースでは、葬儀の際に祖母の死に顔に触ることを強要されたこと、それが発症の原因であり、治療の過程で退行催眠を行い事件を再体験することにより、人格が統合してハッピーエンドになった、と『私という他人』においては記述されています。

 しかし、後になってから、『私という他人』の内容は、実際の現実とは違っていたことが明らかにされました。それは、イブ(クリス)自身と、彼女のよき理解者である従姉妹・そして心理学者でもあるエレン、による共著『私は多重人格だった(私はイブ-ある多重人格者の自伝)』によって明かされるのでした。本書は、イブの真実の姿を正確に描こうとしたものであり、彼女は良くなっていなかったのです。実際は、第三の人格であるジェーンが自分が消えゆく危機に際して自殺を図り、盲目のレディが登場したのでした。そして、再度、頭痛と人格変換の日々が始まります。このような過程のなかで、イブは少しずつ自分自身を統合していったのでした。

 つまり、治療者であるセグペン博士とクレックレー博士は、無意識のうちに中立性を失い、その著作は少なからず主観的な内容になってしまっていたということです。イブは著作の最後で「48年もして初めて私は自由になった」と宣言しますが、『私という他人』の内容(ハッピーエンド)とは全く矛盾した宣言です。

 セグペン・クレックレーの両博士は、イブの人格を統合させて、それで治療が終わった、問題は解決されたとしたのですが、実際の彼女は、その後も苦しみ続けたわけです。では、どうすれば解離性同一性障害(多重人格障害)は解決するのか?治療するためのプロセスについて、『分析・多重人格のすべて』から抜粋して見ていきます。

本書「多重人格の治療」215頁より抜粋(箇条書き)
@多重人格の治療には、二つの異なった側面からのアプローチがある。

A一つは精神分析療法だが、その治療効果は疑わしい。

Bもう一つは催眠法であり、数年にわたる根気よい治療が必要である。

C催眠とは解離状態を作り出す技術であり、解離することは否定的な側面ばかりではない。自己の痛みを解離することにより、生存の役に立つ。解離状態は、無意識の扉を開くための重要な鍵なのである。

D多重人格の原因は、幼児期からの無数のトラウマになっている出来事に対する、本人が知らずに行っている防衛のメカニズムにある。

Eそれに対して、催眠は解離状態を人為的にコントロールする技術。

Fマッピングとは、さまざまな人格が個性と悩みを抱えているが、それぞれの人格と人格の関係、人格の特性を、あたかも地図を作るように配置し、一望できるようにすること。複雑な関係を整理する作業は、精神内界の探求の糸口になる。

Gマッピングが可能になる条件は、催眠なしで出現する人格たちと良好な関係を築く、それらの人格をあるがままに認め受け入れる、このことにより、各人格は安心して治療者と接触できるようになる。各人格に対して、普通のカウンセリングの技法で接して治療を行うことも可能であり、それは望ましいことだ。

H患者の許可がない限り、決して入ってはいけない部屋を心の中に創り、確実なものにしていく。

Iマッピング以降、患者は幼児期から思春期迄のつらい体験の再体験が求めれるが、そんなときにも、心の中に安全な部屋を持っていれば、「いつも安心して帰っていける場所」として、新たな傷を受ける可能性を最小限にできる。

J全人格に「自己催眠」を学んでもらい「自分をリラックスさせる技法」を会得してもらう。それは、ある人格から別の人格にスイッチすることを自分の意志で出来るようになる基礎的な訓練になる。このような心を守る方法を身につけてから、本格的な治療をはじめる。

K感情の再体験をする。ありありと当時の状況を想い出して、その時の感情をその時のままに感じ取る経験をすること。心の古傷をリアルに、現実のものとして再体験することは、その傷を取り除く上で、とても重要になる。傷を更に深くすることを避けるため、最初は催眠下で比較的強い人格に軽度のトラウマを再体験するように試みる。催眠下の想起で歯の治療を想い出させれば、現実に痛みを伴って想い出すことが可能。同じように、催眠下で、思春期に出会った不快な記憶を想起させると、実際にその時の不快−苦痛な感情を経験し「解放」される。

L多重人格の成因の仮説によれば、幼児期の性的虐待のような避けることのできなかった、自分の力ではどうすることもできないような経験を直接感じなくてすむように、人格を解離させて、自分を守ってきたのである。しかも各人格はそれらのつらい出来事を忘れている。そこで、人格のなかで比較的自己のコントロールをする力の強い者を選んで、治療の出発点にし、その人格を鍵として治療を行う。

M人格同士の友好関係を強化し、多くの記憶を共有させるように、催眠法を用いて変えさせる。どのようにマッピングを変化させたら、最も安全で本来の自己に近くなるかを洞察し、治療に協力する人格を選び、協力させ、それぞれの人格に記憶体験をさせて、それをできるだけ多くの人格が共有するように方向づける。

N人格を融合させようとしてはいけない。多重人格障害を単一の人格とすることは、現実に無理なだけでなく、非倫理的とさえ言える。多重人格であることが問題なのではなく、問題は、それぞれの人格が不幸であり、何らかの傷を持っていて、回復できていない点にある。

 以上、非常に有益な情報であるように感じます。とても印象に残ったのは、治療の目的が分裂した人格の統合ではないということです。そうではなく、分裂してしる各人格の心のケアを行い、お互いの人格相互の理解を深め、治療者に対しても協力的になっていくように促す。そうして、心の中でしこりになっているものを徐々に取り除いて、精神的な健康を取り戻していく、それが目的だということです。

 ところで、病気の治療を霊的に行う場合、大きく分けて二つのやり方があります。一つは、取り憑いている霊を追い払うというやり方です。その霊が障害を引き起こしているので、その場から排除してしまえばいい。そういう考え方によります。そして、もう一つは、取り憑いている霊を諭して、理解・協力を得るというやり方です。治療者である霊能者が、霊と直接話をすることにより、霊を納得させ問題を解決するのです。現在、前者より後者の方が、より高度であり正しい治療の仕方だといわれています。

 それは、悪い影響を与えている霊を追い払っても、なにも根本的な解決にはならないからです。その場から居なくなっても存在していることに代わりはないので、いつ戻ってくるかもしれない。それに対して、霊を納得させるということは、問題が根本から解決されたことになります。

 そして、そういった心霊的な治療のプロセスと本書「多重人格の治療」における治療プロセスの間には、類似性を感じずにはいられないのでした。人格であれ霊魂であれ、治療者に対して協力してもらう、そして、それぞれの人格(霊魂)に相互理解を深めてもらい、しこりになっている問題を解決していく、そういうプロセスを経るという点において非常に似ている点があるのではないでしょうか。

 最後に、私は今回、自分にとっては全く関係のない病気だとばかり考えていた多重人格を扱い、とてもよかったと感じています。それは、非常に勉強になったということです。幻聴とは関係がない話だと思ったら、イブ・ホワイトは幻聴体験をしており、その告白が重要なポイントになっていました。そして、いくつもの人格が登場することにより、心霊的な世界とのつながりを感じさせられました。何より、治療法に関する記述(『分析・多重人格のすべて』)は非常に勉強になるもののように感じます。やはり、本を読むことに得られるものは、非常に多くあるようです。

 それでは、今回で『私という他人 〜多重人格の精神病理〜』についての連載を終わります。
http://www.gennchougakikoetara.com/index.php?id=watasi3


8. 中川隆[-12640] koaQ7Jey 2018年5月27日 10:45:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14452]

女性は放っておくとみんな多重人格になりますけどね:

2018-05-21
広末涼子の関東連合灰皿プレイ事件、薬、枕営業に驚愕【黒歴史】
https://vipper-trendy.net/hirosue-ashtray

広末涼子(37)が「CHINTAI」のCMで20年ぶりに女子高生姿を披露。でも、その透明感、清潔感には実は裏の顔がある・・?S〇X依存症、ヤク、関東連合との灰皿プレイ・・。広末涼子の過去の奇行の数々を紹介します。

CMがかわいい広末涼子には裏の顔があった?過去の奇行の数々

透明感があって、清純なイメージの広末涼子ですが、その見た目からは想像がつかない真っ黒な裏の顔があるという噂です……。

表向きはかなり素直な感じなのにすごくもったいないですよね。でもそれが広末涼子の黒歴史で真実。

広末涼子2001年あたりから見られる奇行の噂の数々を見ていきましょう。

@関東連合との灰皿プレイ

広末涼子がこれまでに交際していた人物、俳優の金子賢と元旦那の岡沢高宏の両者とも関東連合との繋がりがあります。

特に元旦那は関東連合といっても過言ではありません。

そのため広末涼子は関東連合との関わりがあることは間違いありませんね!

そんな広末涼子の有名な話しといえば「灰皿プレイ」。みなさんはご存知でしょうか?事の発端は広末涼子が金子賢と交際している間にメディシンに手を出した事。

噂によると、メディシンを追加するためにクラブへ行った時、金子賢や関東連合のメンバーから


「メディシンが欲しければ灰皿にう◯こしろ!」

と命じられ、その言いなりになってしまったようです。

広末涼子は言われるがままテーブルの上に置かれた灰皿にう◯をして、メディシンを懇願していたとあります。

一般人でもそんなことできないのに、広末涼子はよく承諾したものです。それほど薬が欲しかったのでしょう……。


@aoi_i.xさんの投稿

広末涼子が過去の痴漢被害を告白!お尻を触った犯人に激怒!?


A麻薬

当時付き合っていた金子賢が覚せい剤の使用疑惑のある人物でした。関東連合と関わる時点でかなり怪しい感じですよね。

金子賢との関わりが深かった広末涼子は、番組の収録後にフラフラになって現れたと言うこともあります。

まあ、もしかしたら麻薬ではなく酔っ払っていただけなのかもしれませんが。

Bタクシー無賃乗車疑惑

都内のクラブで朝まで騒いでいた広末涼子は150キロ先の千葉にある撮影現場までタクシーで出勤!でも、かなり酔っ払っていたのでしょう。財布がない状態でタクシーに乗り、支払い4万が払えなかったという話しもかなり有名です。

しかしこれはガセで、スタッフが支払ったとも、財布をすられて支払えなかったともいろいろな噂があります。

C枕営業疑惑

中尾彬にご飯に誘われた広末涼子は「今日、生理でできないですけどそれでもいいですか?」と第一声。そのつもりが全くなかった中尾彬は驚き、広末涼子に怒ったとも言われています。

普通に枕営業をしていることに腹が立ったのでしょう。しかし、これもガセでは?という声が多いです。

D映画の制作発表で泣く

1999年に日仏合作映画『WASABI』でジャン・レノと共演して、国際派女優デビューと話題になりました。

広末涼子はこの映画の制作発表で号泣してましたね。一時期おかしかったがきっかけはリュックベッソンのせいだという人もいます。

リュックベッソンに上記のように言われ、簡単に電話番号を教えた広末。当初よくデートしていたが、映画のオファーがないことに焦りを覚え、事務所に言わずフランスにGO! 半同棲したのち、「WASAB」出演に結びつけました。

ヒットはしたものの、リュックは広末に飽きたこともあり、メガホンを捨て他が監督したと言われています。

制作発表で号泣したのはそれが原因だったとか。

E広末涼子の男性遍歴

早稲田時代に振られた伊勢谷友介を始め、最近では佐藤健に至るまで結婚後もお盛ん。

金子賢や真剣交際だった、永井大など恋多き人生だったようです。最近では不倫疑惑の、佐藤健などが耳に新しいですね。

FS〇X依存症

広末涼子は合体依存症(要するにヤリマン)で有名だと有吉ジャポンで暴露されてしまいました。

クラブで「私と合体したい人〜」って挙手させて、別室へ行ってパコパコ、またフロアに戻ってきて「したい人〜」別室行ってパコパコを永遠と繰り返しおこなっていたようです。

ただのヤリマンですよね……。清純派の見た目でこんなにもひどいとは誰も想像がつかないでしょう。

原美優がニコ生の番組で同じ話をしているようなので、このヤリマン疑惑は間違いないと考えられます。ちなみにこれも関東連合絡みだろうってと言われています。

広末涼子は「仕事を辞めたかった」

早稲田大学中退し、その後2ヶ月で結婚。当時売れっ子だったので、芸能界から離れるにはでき婚しかなかったと広末が当時を回想しています。


@kumarei_02)さんの投稿

しかし、金銭面で困窮していたのか1年後には仕事復帰。実際、当時旦那様だった岡田さんはデザイナーで、セレクトショップなども展開したが上手くいっておらず、常に金欠状態だった模様。

広末涼子が告白した辛かった過去

運動も得意だった聡明な子が奇行をする……若い時に成功してしまった不運なのでしょうか。実際、奇行が行われたかどうかは別として、相当20代は苦しんだようです。

彼女自身がこんなコメントをしています。


「もうしんどすぎて、これ以上頑張れないなって――。いつも気づいたら高い所にいって、誰か背中を押してくれないかな――っていう感じだった」

広末の20代といえば、育休から女優業へ復帰、離婚の発表と大きな出来事が重なった時期です。


20代前半の頃は「『いい子だ』って言われるのがイヤでイヤで」と“優等生イメージ”に苦悩し「仕事を辞めたくて仕方なかった」と明かす。その後、結婚をしますが・・「あの時点でフェードアウトしないと壊れていたと思うし、女優業は続けていられなかったと思う」「私の人生において、すごく大切」なものだったと振り返る。

いろいろあったかもしれませんが、時代を駆け抜けてきた彼女をもう少し見届けてあげたくなりますね。

確かに火がないところに煙は立たないと言いますが奇行話が多すぎるのは確かです。

が、実は全て真相は定かではありません。

広末涼子が女子高生を演じたCMって?かわいい過去画像と比較!

そんな奇行を繰り返す広末涼子ですが、芸能界から消えないのは破壊力のある美しさ。

2018年1月、37歳の広末涼子がなんと10代の女子高生役でCMに出演。「かわいすぎる!」「全く違和感がない!」と話題になりました。

広末涼子が女子高生役で出演したのは、賃貸物件情報を提供する企業「CHINTAI」のCM。大学進学を機に一人暮らしをしようとする女子高生、遠距離恋愛をしている20代の女性、そしてバリバリ働く30代の女性という3人を、広末涼子が一人で演じ分けています。

制服を着た広末涼子は透明感たっぷりで、本物の女子高生と言われても素直に信じてしまう若々しさです。

とても37歳とは思えません。

ちなみに、こちらは広末涼子が本当に女子高生だった頃の過去の画像。

端正な顔立ちでかなりの美少女です。さすがにこの当時のほうが若い感じはしますが、「CHINTAI」CMの広末涼子も衰えていないですよね。

CMでは大学進学をひかえた女子高校生役でしたが、広末涼子本人も高校卒業後は早稲田大学に進学。初登校の際には大学中がパニックになっていました。

広末涼子を一目見ようと学生だけでなくファンもやってきて、合計3,000人もの人が集まったそうですよ。


CMの広末涼子(37)のかわいい女子高生姿に対するネットの声

広末涼子が20年ぶりに演じた女子高生姿について、ネットでは以下のようなコメントが上がっていました。

37歳の広末涼子が披露した女子高生姿のあまりの若々しさとかわいさに、驚きの声が多数でした!

15歳でデビューしてからずっと芸能界のトップを走り続けてきた広末涼子。今回のCMは、その美貌のレベルの高さを再認識させてくれたかもしれませんね。

CMの女子高生姿がかわいいと話題!広末涼子のプロフィール

高知県出身の広末涼子。中学校時代は陸上部で走り高跳びをしており、県大会2位になるほどの実力だったそうです。

15歳の時にクレアラシルのCMで芸能界デビューしました。


@tamachan760)さんの投稿



生年月日:1980年7月18日(35歳)
出身地:高知県高知市
身長:161p
血液型:O型
兄弟:妹(4歳下)
学歴:高知市立城北中学校、品川女子学院高等部卒業、早稲田大学教育学部国語国文学科中退

広末涼子は過去に2回結婚しています。2003年に、モデルの岡沢高宏との結婚。このとき妊娠5か月でした。

しかし2008年3月13日、公式ホームページで離婚を発表。

2010年にはキャンドルアーティストのCandle Juneと再婚。

当初、妊娠はしていないということでしたが、2010年11月中旬、週刊誌に腹がかなり膨らんだ姿を撮られ、妊娠16週目と発表。再婚時(発表通りなら妊娠3か月時点)は妊娠に気づいていなかったそうです。

この厳しい芸能界に第一線でまだ生き残っている点や実は賞も数多くとっており(演技が下手という話もありますが)、スタッフの中では定評があるようです。

これからも、旦那様であるキャンドル・ジュンさんと共に子供3人育てながら、噂に負けず、これからも我が道を邁進して欲しいと思います。


まとめ:広末涼子の裏の顔(素顔)はヤリマンだった

どんなに可愛くても美人でも、さすがに裏の顔がわかると引いてしまいますよね……。

灰皿プレイやら関東連合との関わりやら、かなり鬼畜な行動をしているとなると、どうしても見る目が変わってしまいます。

ようやく最近テレビで見るようにはなったものの、この黒い噂が出始めてからは、広末涼子の印象は変わってしまいました。一時は干されたという噂もありましたし。

表の顔が良くとも、裏を知るとすぐに広まってしまうから芸能界ってすごく怖い世界なのです。
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広末涼子の枕営業や灰皿に排便した噂!写真があるとかないとか…。
http://magocsi-news.net/5746.html


広末涼子さんと言えば!

1995年にデビューし瞬く間に人気を博した女優、タレント、歌手です!

今回はネット話題の枕、灰皿、写真、排便など凄いワードに迫ります。(笑)

広末涼子さん、デビュー2〜3年は、歌も大ヒットし!

一世を風靡していたと言って良いでしょう。

ですが、恋愛関連のスキャンダルから様子がおかしくなり…。

奇行や仕事に穴を空けることが目立ち、表舞台から消えていました。

結婚などを機に、再び表舞台に復活した際は!

アイドル的要素を一切排し、本格的女優として活動するようになりました。

それでも色々と危ない噂が絶えない女優…。

広末涼子さんにスポットを当てていきたいと思います!

→広末涼子が太った劣化したと話題のスターマン!結婚や離婚についても!

→藤原紀香の宗教は誠成公倫と言う噂!枕営業と言われているがガチ!?

広末涼子に枕の噂が?

広末涼子 枕営業 灰皿 排便 写真
出典:http://www.crank-in.net/

広末涼子さんには常に枕営業の噂が絶えません。

デビュー当初から、大きな特徴もなく…。

現在の「ごり押し」的に活躍していた為に、大衆から

「何故?」

と疑問を抱かれていたことが始まりでしょう。

広末涼子さんの場合、人気が出る要素がゼロであった為!

何故歌手デビューや多くのCM出演、ドラマや映画出演が出来るのか?

と不思議に思われていたのです。

そこで、出てきたのが枕営業の噂なのです。

更には、大した実績もないのに、リュック・ベッソン監督の

フランス映画「WASABI」

に抜擢されたり!

広末涼子 枕営業 灰皿 排便 写真
出典:http://www.ss.co.jp

その記者会見では

意味無く泣き始めたり

と奇行が噂に拍車をかけました。(笑)

フランスでの撮影期間はベッソン監督とは半同棲状態で…。

ありとあらゆる要求をされていたようです。

しかし、撮影が終わるとアッサリと捨てられただけではなく!

映画自体も誰の記憶にも残っていないほど駄作であり。(笑)

出演は評価を下げただけだったのです。

その後も、男性関係の噂は絶えず、非常に派手で隠すこともなく!

衆目の中での奇行が継続していたのです…。

枕営業が過ぎて、精神的に病んでしまったせいではないか?

ともずっと噂されていました。

女優として消えていた広末涼子さんが復活できたのも…。

演技力から推察すればこれもまた、枕営業によるものと考えることは!

不自然とは言えません。(笑)

広末涼子が灰皿に排便した?写真があるとか?

広末涼子 枕営業 灰皿 排便 写真
出典:http://livedoor.blogimg.jp/

広末涼子さんの奇行については充分世間を騒がしたので!

衆知のことでしょうが、流石にクラブで衆目の中

灰皿に脱糞した

と言う話は広まっていません。

ですので、ネットで広末涼子さんを検索すると排便などのワードが…。


とは言っても、この奇行は10年ほど前の話ですが!

ネット社会では根強く伝わっている話です。

・道のど真ん中で寝てしまったり

・無銭でタクシーに乗ったり

・町中で暴れたり

と、異常なほど奇行が目立った時期と符合しますので!

ただの噂とも片付けられません。

これは、目撃証言もいくつかある話ですので…。

事実であった可能性は極めて高いと言えるでしょう。

ですが、写真は存在しません。(笑)

広末涼子と関東連合の関係

広末涼子 枕営業 灰皿 排便 写真
出典:https://c2.staticflickr.com/

関東連合と言えば…。

俳優の押尾学元受刑者の麻薬がらみの事件!

歌舞伎役者の海老蔵への暴行事件などで有名になった集団です。

大物芸能人とのつながりはほとんどありませんが…。

下っ端から中堅処の芸能人とのつながりはかなり深いと言われています。

そんな関東連合と、広末涼子さんとの繋がりは長い間噂されていました。

元々は2001年に広末涼子さんが交際していた俳優の金子謙さんが…。

見た目や性質通り、関東連合とのつながりが強く!

そのラインで広末涼子さんも関係を持つに至ったのです。

広末涼子 枕営業 灰皿 排便 写真
出典:http://29.media.tumblr.com/

ちょうど、この時期から奇行が目立ったために!

関東連合絡みで、広末涼子さんが麻薬にも手を出しているのでは?

とまで言われていました。

また、2003年に広末涼子さんが結婚したモデルの岡沢高宏さんも…。

関東連合との繋がりが深いとされ…。

広末涼子さんもスッカリ手を引けない状況に陥ったのでしょう。

まとめ

いかがでしたか。

今回は女優の広末涼子さんの黒い噂などについて掘り下げてみました。

枕、灰皿、写真、排便など…。(笑)

いつまで経っても、広末涼子さんの黒い噂は消え去りません。

真相は藪の中ですが、火のないところに煙が立たないことも事実です。

広末涼子さんの交友関係に黒い関係者が、多いこともまた事実です。

これからは、そういった闇の噂で世間を騒がすのではなく!

本業での活躍に期待したいものです。(笑)

この記事をまとめると!

・広末涼子の枕営業の疑惑は昔からあるが、無いとは言えないくらい疑問がある。

・灰皿に排便した噂は今やネット上を騒がせているが、これまでの奇行を見ると無いとは言えない。

・関東連合との繋がりも噂されているが、ほかにも黒い関係が浮上しており、今後の行く末が気になる。

と言う結果になりました!
http://magocsi-news.net/5746.html


広末はやっぱり枕営業していた!
同じ事務所に所属していた元タレントが証言!
https://matome.naver.jp/odai/2139401448389523701


キャンドル・ジュン氏と結婚し、2児の母親となり、佐藤健との不倫が話題になった広末涼子。

関東連合との「灰皿うんこ事件」の噂も有名ですが、中尾彬に食事に誘われた際、「今日生理なんですけどいいですか?」と聞き、中尾彬が怒ったという話や、リュックベッソンと半同棲してフランス映画WASABIを勝ち取ったとか。


数々の奇行伝説


広末涼子 - 芸能人麻薬ルート - アットウィキ
https://www21.atwiki.jp/drughunter/sp/pages/18.html


広末涼子 プッツン奇行癖の“真相”
http://www.geocities.jp/keisukeinoue2001jp/uwashin2/ いしだ壱成御用達 西麻布「クラブM」潜入レポート http://megalodon.jp/2008-1219-1755-38/gendai.net/?m=view&g=&c=050

川奈毅(川名毅) - 芸能人麻薬ルート - アットウィキ
https://www21.atwiki.jp/drughunter/sp/pages/13.html


メニュー 芸能人麻薬ルート
川奈毅(川名毅) 【関東連合・川名毅】朝青龍暴行事件の被害者 暴走族元リーダー 傷害で逮捕
http://www.youtube.com/watch?v=lWOuwKkKAkc

【関東連合・川名毅】朝青龍暴行騒動の男が傷害容疑で逮捕
http://megalodon.jp/2011-0913-1716-42/www.nikkans

クラブから朝帰り後に路上で泣きわめく奇行も


クラブから朝帰り後に路上で泣きわめく奇行も


402 :名無しでいいとも!:2009/01/06(火) 12:48:47.83 ID:SSdEnVce
広末は5年前くらいクラブに行くと、いつも酩酊状態で踊ってたな
連れの男になんか言われて、テーブルの上で灰皿にうんこしてるのをよく見た
うんこは灰皿に入るんだけど、同時に出た小便は床にビシューって垂れて、
時間が経つとすごく臭かった記憶がある


266. 匿名 2014/03/06(木) 15:25:49

私トランスが(トランスって言ってもハイパーではない大人しか来ない所)好きで昔よくクラブに通ってたけど
広末は時々VIPで見かけたよ
後はもっと昔にのりピーはよく目撃情報があった(イメージと違ってタバコふかしてビッチ風でびっくりしたけど)
他にも芸能人は見たけど(確実にドラッグでキマってて大丈夫?ってのもちらほら)
クラブ行くの止めたのは、ドラッグ問題
私はやらないので(当たり前だけど)、VIPやスタッフルームでは暗黙の了解になってて、通って知り合いが増えるほどこいつの前ではやっても大丈夫!みないな馴れ合いみたいなのが出来て、巻き込まれたくないのでスッパリ止めた
堅いかも知れないけど、違法は違法なんだよね
やましい気持ちもって遊びたくないし、ストレス発散にならない

自分語りしちゃったけど、まあ、広末はさもありなんって感じです
上手く遊んでるとは思うけど

出典
広末涼子、不倫疑惑を否定「主人も理解してくれて“こういう仕事だから仕方ないね”って」 | ガールズちゃんねる - Girls Channel -

「伊勢谷に続き岡沢も……!」関東連合暴露本で広末涼子 vs 長澤まさみの“一触即発バトル”が勃発!? - エキサイトニュース(1/2)


http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20130708/Cyzo_201307_post_785.html


6月末に発売された、関東連合の元最高幹部・工藤明男氏(仮名)の『いびつな絆関東連合の真実』(宝島社)が、一部で話題になっている。同書では、市川海老蔵殴打事件や六本木襲撃事件で世間を震え上がらせた関東連...(1/2)


https://rr.img.naver.jp/mig?src=https%3A%2F%2Fs.eximg.jp%2Fexnews%2Ffeed%2FCyzo%2FCyzo_201307_post_785_1_s.jpg&twidth=300&theight=300&qlt=80&res_format=jpg&op=r

159. 匿名 2014/03/04(火) 22:16:20 [通報]
友達が、昔この人と同じ事務所でタレントだったんだけど、当時から「あいつはまじ枕で仕事とってるからなー。あんだけ枕できれば売れるよ!
あそこまでの男好きは尊敬するわ」
って言ってたので、やっぱりねーとしか思わないな。

出典
広末涼子、不倫疑惑を否定「主人も理解してくれて“こういう仕事だから仕方ないね”って」 | ガールズちゃんねる - Girls Channel -


200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 14:08:23
8年ぐらい前?中尾彬と親しい映画監督がテレビで暴露。
中尾彬がたまたま共演した広末涼子を何の気なしに食事に誘ったら
広末は「今生理中で出来ないんですけどそれでもいいですか?」と言い出した。

中尾彬は「枕営業しているのか」と怒っていたらしいね
広末はそんなことどうとも思っていなかったみたいだ
たしかに一時のテレビの露出度は田舎顔のアイドルにしてはありえないものだった


●広末涼子が記者会見で泣いたワケ 4/8
おすぎがトークショーで暴露した話です。なんでも、2年前の東京映画祭でロリコンの
リュック・ベッソンが広末涼子の携帯の番号を聞きだして、主演映画に出してやるって話を
口実に東京やフランスで何度もデートしていたそうです。んでもって、いつまでたっても
実際の話が出ないので、あせった広末涼子が事務所に内緒でフランスに行っちゃって、
リュック・ベッソンの知り合いの家にホームステイしてフランス語の学校に行ったり、
リュック・ベッソンと半同棲みたいなことまでして、やっと「WASABI」にありついたと。
その時、広末涼子はリュック・ベッソンにSM的行為も受けていたそうです。


でも、フランス語は結局ダメで、リュック・ベッソンがテープに吹き込んだ台詞を
覚えるという形で撮影したんだけれども、演技が全然で、リュック・ベッソンが
撮影開始直後からメガホンを他の人に渡してしまって、自分は参加しなくなって、
広末涼子にもあきてしまったそうで、記者会見の時、広末涼子が泣いたのは、
捨てられたことのショックだそうです。撮影もほとんど東京で行われて、
「あんなのフランス映画じゃないわよ!!!」って言ってました。
何でも広末涼子って偉い人と寝ると、いい仕事をもらえるってやり方で
来てたんで、それがフランスでも、アメリカでも通用すると思っていたらしく、
「あの子は世間知らずのかわいそうなバカな子なのよ。女優は女に優れる
って書くんだから、女優じゃないわ!!!!!」とおすぎさん力説していました。


87. 匿名 2014/02/27(木) 08:53:27 [通報]
広末涼子はセックス依存症で有名だって有吉ジャポンで暴露されてた。
店内で「私とセックスしたい人〜」って挙手させて、別室へ行ってパコパコ、また店内に戻ってきて、「したい人〜」別室行ってパコパコ、
を繰り返してたとか。
上原美優がニコ生の番組で、同じ話してたから間違いないって。関東連合がらみだろうって。


有吉ジャポン「怪しいウワサ話SP」
2013年1月11日 130111
内容:巷の怪しいウワサ話を大特集!禁断整形、ゲイ疑惑芸能人など
出演:有吉弘行、田中みな実、逸見太郎、太田光代、鈴木正文、西川史子


915 :名無しでいいとも!@放送中は実況板で:2013/01/12(土) 16:07:15.34 ID:q4qsGbsd0
セックス依存症の女ってやっぱり〇原〇〇み?

出典
有吉ジャポン

932 :名無しでいいとも!@放送中は実況板で:2013/01/12(土) 19:00:54.98 ID:maBnNyt30
セックス依存症の女優と整形グラビアアイドルだれ?

出典
有吉ジャポン

936 :名無しでいいとも!@放送中は実況板で:2013/01/12(土) 19:16:14.48 ID:4lO74qGEP
>>915
早朝の道路にベタと座って泣き喚いてるような写真とられるような人だから
広◯涼◯かなと思ってググったら。そうみたい。
整形は手◯なんとかとか知らない人

出典
有吉ジャポン

940 :名無しでいいとも!@放送中は実況板で:2013/01/12(土) 19:22:11.48 ID:2K1ly0Qh0
>>915
>>936
うわ、軽くショックだ
そういえば芸人達と飲み歩いてる写真撮られてたけど
まさかその席で・・・?

941 :名無しでいいとも!@放送中は実況板で:2013/01/12(土) 19:37:40.38 ID:4lO74qGEP
>>940
灰皿にうん◯とか2chで書かれてるから半信半疑だったけど
西川センセと有吉の相槌からやっぱり・・ホント?って感じw

出典
有吉ジャポン

950 :名無しでいいとも!@放送中は実況板で:2013/01/12(土) 21:18:51.30 ID:q4qsGbsd0
>早朝の道路にベタと座って泣き喚いてるような写真とられるような人だから
>広◯涼◯かなと思ってググったら。そうみたい。
>整形は手◯なんとかとか知らない人

そうなんか!あのとき丁度ちゃんと見てなくて、
口元を隠した吹き出しが「女優」なのか「アイドル」なのか分からなかった‥

「私とセックスしたい人〜」と店内で手を挙げさせて別室へ行ってパコパコ
また戻ってきて「したい人〜」また別室でパコパコ‥という所は観たw

出典
有吉ジャポン

978 :名無しでいいとも!@放送中は実況板で:2013/01/18(金) 16:35:07.02 ID:lnOdiVQS0
そういやセックス依存症の女優の話だけど石原さとみじゃなくて広末涼子だと思う。
以前ダウンタウン浜田がニコ生でやった番組でその当時まだ存命だった上原美優が全く同じ話をしてた。
関東連合繋がりの話だと思うんだよな。

出典
有吉ジャポン


有吉自身も広末が「ヤリ○ン伝説」で有名なため「ヤリ○ン」と思っていたと語っていた
https://matome.naver.jp/odai/2139401448389523701


9. 中川隆[-12638] koaQ7Jey 2018年5月27日 10:52:09 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14452]

広末涼子、CMで20年ぶり制服姿「恥ずかしかったです」 「CHINTAI」新CM - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=AGmF36bOSxk

広末涼子、20年ぶりの女子高生役 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=xls_E2_MuKE


10. 中川隆[-12638] koaQ7Jey 2018年5月27日 11:50:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14458]

日本の伝統的な結婚式に中国人はびっくり!「まるで葬式だな」―中国ネット 2017年1月5日
http://www.recordchina.co.jp/a159976.html


4日、中国のポータルサイト・今日頭条が、日本の伝統的な結婚式について紹介する記事を掲載した。これに対し、中国のネットユーザーからさまざまなコメントが寄せられた。写真は白無垢。

2017年1月4日、中国のポータルサイト・今日頭条が、日本の伝統的な結婚式について紹介する記事を掲載した。

中国の伝統的な結婚式といえば、新郎新婦が共に赤い衣装を身にまとう。赤色はおめでたい色とされているからだ。記事は、日本の伝統的な結婚式では、花嫁が真っ白な服を着ると紹介。これは白無垢(むく)のことだが、中国では葬式の時に真っ白な服を着るため、中国人からすると非常に違和感があるようだ。

これに対し、中国のネットユーザーからさまざまなコメントが寄せられた。

「まるで葬式だな」
「これって結婚式なのか?それとも葬式?」

「結婚はおめでたいことだが、結婚式で喪服を着るのを初めて見た」
「結婚はおめでたいことで、葬式の時にのみ全身真っ白な服を着るものだろ。日本人の世界は全く理解できないな」

「日本人にとっては白黒がおめでたい色なんじゃないか?」
「だったら日本人は葬式で何を着るんだ?」

「日本人は結婚式で白を着るなら、葬式で赤を着るのか?」
「これはだめだ。やはりわれわれの赤色の方がいい」

「まるで中国人は西洋のウエディングドレスを着ないかのような言い方だな」
「でも現代の結婚式では中国人も白いウエディングドレスを着るだろ」

「中国では赤はめでたい色、白は葬式、緑は浮気された男を表すが、日本では赤は血なまぐささ、白は純潔、緑は平和を表すんだな。観念が全然違う」(翻訳・編集/山中)
http://www.recordchina.co.jp/a159976.html

死と再生というテーマ
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/4875/kangae/kangae_02.htm

ユング心理学の本を読んでいて「死と再生」というテーマにたびたび出会うことに気がつきました。

ここでいう「死」は肉体的な死を意味するのではなく、象徴的な「死」のことです。

それは、「ひとつの世界から他の世界への変容を意味し、古い世界の秩序や組織の破壊を意味」しています。

象徴の世界の「死」は肉体の死と直接結びついているものではなく、ある人が象徴的な死を繰り返し体験しても、肉体的生命は生き続けていることが多いのだそうです。

ユング心理学では、たとえば「結婚」は娘にとっては処女性が失われるという死の体験であり、両親にとっては娘が失われる死の体験という、2重の死が含まれていると考えます。


肉体的な死と象徴的な死はかならず結びつくものではないですが、微妙なかかわりを持つものでもあるといいます。

生死をさまよう体験をしたときに、それを転機としてそれ以降の人生が大きく変わるようなことがそうです。

これは特別新しい考え方ではないですよね。夏目漱石が生死をさまよう大病をわずらったあとでその後の作品が変わっていった例、また精神科医であった神谷美恵子さんが若い頃結核になったが自分が死ななかったことが心の中で大きな部分を占めていたこと、作家の辻邦生さんも生死に関わる病気をしていたことがその後の作品に影響を与えていると思います。


このような死と再生のテーマを、河合隼雄さんが自殺との関わりについて述べたものがありました。

自殺しようとする人が、象徴的な意味での死の体験を求めていることについてです。

人は深い意味での死の体験によって、次の次元に生まれ変わることができる。
このような体験を求めたが、しきれなかった(死の体験をしそこなった)ために自殺未遂を繰り返すことになるというものでした。

深い意味での死の体験には充分な自我の力が必要になるといいます。自我の力がそのときに充分強いかどうかで、ひとりでその体験を行ったり、セラピストの力が必要であったり、または今はそのときではないとして、それが肉体的な死の体験へつながってしまうことを予防するのだそうです。

死の体験はいちどすれば終わるのではなく、その体験を繰り返しながら長い成長の過程をたどっていくものでもあるそうです。

自殺が精神の再生や新生を願って行われることもあるという考え方は、自殺がすべてそのようなものと考えるのではないですし、自殺をすすめるものでもありません。ここで私が伝えたかったのは

象徴的な死の体験が、次の次元へ生まれ変わる意味をもっていること、

そう考えることで自分自身の「死」についての考えに何かが加わったように感じたことです。

死と再生についてのテーマは私にはまだよくわかっていなくて説明できない部分も多いです。また、みなさんそれぞれのとらえかたもあると思います。このテーマについてもっとよく知りたい方は、ユング心理学やその他死と再生に関する本を読んでみてください。

私が参考にした本は、少し古い本ですが、

「絵本と童話のユング心理学」(朝日カルチャーブックス)山中康裕/大阪書籍/1986年
https://www.amazon.co.jp/%E7%B5%B5%E6%9C%AC%E3%81%A8%E7%AB%A5%E8%A9%B1%E3%81%AE%E3%83%A6%E3%83%B3%E3%82%B0%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6-%E6%9C%9D%E6%97%A5%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E5%B1%B1%E4%B8%AD-%E5%BA%B7%E8%A3%95/dp/4754810678


「カウンセリングと人間性」河合隼雄/創元社/1975年 
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%81%A8%E4%BA%BA%E9%96%93%E6%80%A7-%E6%B2%B3%E5%90%88-%E9%9A%BC%E9%9B%84/dp/4422110209

です。[10.Mar.2002]


11. 中川隆[-12637] koaQ7Jey 2018年5月27日 12:03:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14458]
葬式の夢の心理学的な意味3つ 2017年2月7日
https://yumesirube.com/funeral-ceremony

葬式の夢を見ると、悲しい気持ちになったり不安になったりするのですが、基本的に吉夢です。というのも、ユング心理学的には、死は常に再生とセットですので、葬式が行われているということは、同時に新しい何かが生み出せたり、始められるサインです。

具体的なケース毎に意味合いを解説します。


葬式に出てきた人が、実際に危ないケース

夢の中で葬式をあげられていた人が、現実でも入院していたり、危篤な状況の場合は、その人が亡くなりそうな今の状況に対する「悲しさ」を夢の中で浄化しようとしている現れです。ひょっとしたら看病で忙しく、悲しさを感じるどころではない状況かもしれません。

自分の中の悲しさをクリアにした上で、生きているうちに出来る事をやっておきたいという自分から自分へのメッセージ。

自分の葬式の夢

葬式の夢の中で、最も多いのが自分の葬式に自分が出席しているケースです。

意味合いとしてはシンプルに死=再生で、これまでの自分を変えて、新しい自分を作っていきたい思いの現れです。自分自身の考え方や状況、価値観、人との関わり方等を一旦ゼロにして、新しいやり方を築いていきたいというメッセージ。転職を考えていたり、恋人・配偶者との関係を変えたいと感じている時に見やすいです。

通常自分を変化させる時には抵抗感や葛藤が強いのですが、自分の葬式に出席出来ていますので、そんな変化しようとしている自分を、客観的に落ち着いて見れている状態です。

自分以外の人の葬式の夢

意味合いとしては2つあって、1つ目はその人と自分との関係性を新しくしていきたいという思いの現れです。それまでの恋人や好きな人、父や母との関係性や付き合い方を終わらせて(=死)、新しい関係性を築いていきたい、いけるというメッセージ。

2つ目は、自分自身のその人のような所が変化しつつあるという意味合いです。どちらかというと、関係性の薄い人の葬式を見た場合は、こちらの意味合いの事が多いです。もしその人のイメージが、「堅実な人」であれば、ご自身の中の堅実な部分が強くなっているのかもしれませんし、逆にチャレンジ性が高まっている事もあります。

よくあるケース毎に解説します。

父親、親戚の葬式

この場合は、自分自身と父親や親戚との関係性を変えていきたい場合に見る事が多いです。例えば、それまでは父親に決めてもらったり、父親に対して言いたい事を抑える事が多かったけれど、それはもう嫌なのでこれからは自分で選択・決断したり、思った事を出来るだけ言うようにしたいという心理状態の時等に見やすいです。

それまでの関わり方・関係性を一旦ゼロにして、新しい関係性を築いていきたいという自分から自分へのメッセージですね。そのイメージが葬式となって夢に現れています。

恋人や元彼、好きな人、片思いの人の葬式

この場合も上に同じく、その人と自分自身の関係性を新しくしていきたい、新しく変えられる時期という自分から自分へのメッセージです。ヤフー知恵袋で相談されていたケースを紹介します。


片思いの彼のお葬式の夢をみました。私は遺影をみて死んだのが彼だと確信した瞬間泣きわめきました。

今その彼との関係は色々あってあまりよくはなく、連絡もとってなく、私は大好きなのに諦めなければいけない状態です。この状況でなぜ彼のお葬式の夢を見たのでしょうか(´・_・`)

引用元:ヤフー知恵袋

好きな人の事を諦めなければならない悲しさを、夢でクリアにしようとしている状態だと感じます。今までの好きな気持ちを諦めて(=葬式)、新しく切り替えられる時期という自分から自分へのメッセージではないでしょうか。その上で、彼に対して悔いの残らないように、今出来る事を何かやっておきたい思いが強いのかもしれません。

既に亡くなっている人の葬式(葬式から数日後に、故人が夢に出てくる)

この場合は、その人が亡くなった悲しさを抑えていて、その悲しさが夢で葬式となって現れている場合があります。

特に亡くなってすぐの時は、実際の葬式や手続きで忙しく悲しさを感じる隙もない事が多いです。誰かにその人との思い出をしっかりと話して、いなくなった悲しさをクリアにして欲しいという自分から自分へのメッセージ。

もしくは、自分自身の中のその人のような部分が、何らかの変化を起こしている場合もあります。

知り合い程度の人の葬式

この場合は、例えば知り合い程度の人が学校の先生であれば、「先生のようなイメージの人と新しい関係性を築いていきたい」という思いの現れの事もありますし、ご自身の中のその人のような部分が変わってきている場合もあります。

知らない人の葬式の夢

この場合は、ご自身の大きな変化を現しています。

というのもユング心理学では、知らない人は自分自身の中の認められない・受け入れられない思いを現すからです。例えばもの凄く真面目な人は、休んだりゆっくりすると罪悪感が強く、無意識のうちに「常に一生懸命でなければならない」といった思いが強くなっている事があります。

本音では「休みたい、休む必要がある」と思っていても、「常に一生懸命でならなければならない」という思いがそれを打ち消していて、自分の中の「休みたい」という思いが受け入れられていない状態です。

これが度を過ぎると過労死にも繋がるのですが、そういった部分を変えていきたいという自分から自分へのメッセージです。

まとめ

葬式というと良いイメージが無いので、この夢をみると不安になりやすいのですが、全般的に吉夢です。新しいステップアップの時の区切り(儀式)として出てきやすい夢です。
https://yumesirube.com/funeral-ceremony


12. 中川隆[-12646] koaQ7Jey 2018年5月27日 13:51:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14476]
「死と再生と、象徴と/考える人 河合隼雄さん」 2008/01/12

大晦日だったか、元旦だったか、
新聞の広告に、大きな笑顔があった。

親しんだ、名前があった。

「さようなら、こんにちは 河合隼雄さん」
(新潮社 考える人 2008年冬号)

その中で、こんな話が出てきます――

今増えてきているのは、抑鬱症(デプレッション)ですね。それはわりと説明が可能なんです、人生が長くなったこととか、社会の変動が速くなったことで。つまり自分の獲得したパターンというのが、意味を持たなくなることが多いんですね。


今まで大丈夫だったものとか、
今まで大切にしてきたものとか、

もっというと、今までそうやって生きてきたものが、<意味を持たなくなる>。

あるいは、通用しなくなる。

たとえば、私が算盤(そろばん)のすごい名人になったとします。算盤さえあれば、と思っているときにコンピューターが出てきますね。そこで自分の持っていたシステムそのものが、まさに行き詰るわけです。そうすると、これはもう抑鬱症になりますね。


自分の大切にしてきたものが、突然、価値を持たなくなる。

いい悪いではなくて、ともかく、そうなる。

それではどうしようもなくなる。

(大丈夫だと思いたい、でも、現実、大丈夫じゃない)
(一部をとったら大丈夫、でも、総体として、危うくなる)
(大丈夫だといえば大丈夫、危ういといえば危うい)

状態というか、環境というか、
取り巻く状況が変化しているのに、
自分というものが取り残されてしまう。

(もちろん、それはいい悪いの問題ではない)

それは、例えば(ヘンテコリンな例だけど)、

厚着をしているうちに、春になり、夏になったようなもので、
薄着をしているうちに、秋になり、冬になったようなもので、

冬に厚着をするのは間違ってないのだけれど、
暖かくなったのに厚着のままでいると、さすがに暑い。
真夏となると、なおさら。

夏に薄着をするのはその通りなんだけれど、
寒くなったのに薄着のままでいると、さすがにつらい。
真冬となると、なおさら。

身体も壊す。
壊す前に、つらい。


ファッションだとか、生き様だとか、
それはその通りで、ある意味、個人の聖域だけど、

だけど、実際問題、
凍えたり、汗だくになったり、
困ったことになってしまう。


気温は測定できて、温度計とか、天気予報とかで、
それを確認できるけれど、

時代の流れとか、社会の流れとか、
己を取り巻く状況とか、
そういうものは、なかなか数字として測定できません。

人生観でもそうでしょう。たとえば節約は第一なんて考えているうちに、息子は全然節約せんで無茶苦茶やっているのに、あれはいい子だ、なんて言われる。そうなると自分の人生観をいっぺんつくり変えなきゃいかんわけです。


こういうことが、14歳(思春期)とか、中年の時期に問題化するのかもしれません。

思春期には、思春期なりの、<今まで積み重ねてきたもの>があって、
でも、それが行き詰ってしまう。

中年期には、中年期なりの、<今まで積み重ねてきたもの>があって、
でも、それが行き詰ってしまう。

いいとか悪いとかじゃなくて、
ともかく行き詰ってしまう。(*1

(理由なんかない。ないことはなくても、明確ではない)
(言葉を持たないから、納得も表現も、伝えることもできない)
(つまり、なかなか意識化できない)
(そういう風になっている)

ともかく、通用しなくなってしまう。

こうなると、壊すしかなくなる。

そこをうまく突破した人はすごく伸びていく人が多いんです。突破し損なった場合は、極端な場合は、死んでしまう、自殺するわけです。もう生きていても仕方ないと。抑鬱症というのは、常に自殺の危険性があります。それがわれわれとしても非常に大変なんです。


ここが難しいところで、
根本的な崩壊を防ぎながら、いかに壊すかということが、突破するための必然になるのだと思います。

言葉をかえると、
いかにうまく壊すか、ということになる。

もっと奥に突っ込むと、
いかに生命としての死を避けながら、象徴的な死を経験するか、ということになる。


我々は破壊や死を避けるあまり、<そこを突破すること>まで拒否してしまう。

それは一方で正しく、もっともでありながら、
もう一方では、それだけでは語れない部分がある。

何を壊し、何を殺すか、
生命としては壊さず、殺さず、
(むしろ、生かし、残し)
どうやって、壊し、変革させていくか。

そのために、互いにつながった、深い部分にある、内なるものを、
どう壊し、変容させていくか。

それには、どうしても悲しみというものと付き合わなければならない。

そして、象徴ということが、非常に意味を持ってくる。

実際には壊さず、実際には死なず、殺さず、

それでいて、殆どそれに近い、
それでしか語れぬもの、
それでしか代替が利かないものを、
経験し、経ねばならない。

(ここに象徴の魔法がある)

しかし、そのものは見えず、
(また、見たくないものである場合が多いし)
実際と同じくらいの、悲しみも経験する。

(ギリギリ、皮一枚を隔てて、あちらとこちらが隣接する)

ここに、象徴の意味が出てくる。

実際にはそうでなくて、
しかし、ほぼ実際に近く、

深いところでつながっていて、

実際と同等の悲しみを経験する。

そして、最終的に、実際に変容する。


これをうまく表現するには、
もっと言葉が熟さねばならないのだろうな…。

実際にやらずに、実際にやるというのは、
たいへん意味深い。


(それは安易な代替では行えんことだ)


(*1
環境の変化や、身体の変化が、
生じやすい時期でもありますね。
https://jungknight.blog.fc2.com/blog-entry-819.html


13. 中川隆[-12645] koaQ7Jey 2018年5月27日 14:12:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14476]
ユングは、「死後の生」のような神秘的な考えがもつ意味について、次のようにも述べます。

彼は母親が死ぬ前日に彼女が死ぬ夢を見ます。
悪魔のようなものが彼女を死の世界へとさらっていったのです。

しかし彼女をさらった悪魔は、じつは高ドイツの祖先の神・ヴォータンでした。ヴォータンはユングの母を、彼女の祖先たちの中に加えようとしていました。

この高ドイツの神・ヴォータンはユングによれば「重要な神」「自然の霊」であり、あるいは錬金術師たちが探し求めた秘密である「マーキュリー(ローマ神話の神)の精神」として、「われわれの文明」の中に再び生を取り戻す存在でした。しかしその「マーキュリーの精神」は歴史的にキリスト教の宣教師たちにより悪魔と認定されていました。

ユングにとってこの夢は、彼の母の魂が、「キリスト教の道徳をこえたところにある自己のより偉大な領域に迎えられたこと」を、そして「葛藤や矛盾が解消された自然と精神との全体性の中に迎えられたこと」を物語っていました。

母の死の通知を受け取った日の夜、ユングは深い悲しみに沈みつつも、心の底の方では悲しむことはできなかったと言います。

なぜなら彼は、結婚式のときに聞くようなダンス音楽や笑いや陽気な話し声を聴き続けていたからです。

彼は一方では暖かさと喜びを感じ、他方では恐れと悲しみを感じていました。

ユングはこの体験から、死の持つパラドックスを洞察します。

母の死を自我の観点から見たとき、それは悲しみになり、「心全体」からみたとき、それは暖かさや喜びを感じさせるものになります。

ユングは「自我」の観点からみた死を、「邪悪で非情な力が人間の生命を終らしめるものであるようにかんじられるもの」と述べます。

「死とは実際、残忍性の恐ろしい魂である。…それは身体的に残忍なことであるのみならず、心にとってもより残忍な出来事である。一人の人間がわれわれから引き裂かれてゆき、残されたものは死の冷たい静寂である。そこには、もはや関係への何らの希望も存在しない。すべての橋は一撃のもとに砕かれてしまったのだから。長寿に価する人が壮年期に命を断たれ、穀つぶしがのうのうと長生きする。これが、われわれの避けることのできない残酷な現実なのである。われわれは、死の残忍性と気まぐれの実際的な経験にあまりにも苦しめられるので、慈悲深い神も、正義も親切も、この世にはないと結論する」(下p.158)。

しかし同時に夢は、母をヴォータンの神が死を通じて祖先たち下へつれていったと教えます。死は、母にとって、またユングにとって、喜ばしいものであると夢は教えます。

「永遠性の光のもとにおいては、死は結婚であり、結合の神秘である。魂は失われた半分を得、全体性を達成するかのように思われる」(下p.158)。
https://blog.goo.ne.jp/vergebung/e/eea5611531d7f83630a078b001261c2c


14. 中川隆[-12644] koaQ7Jey 2018年5月27日 14:17:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14476]

憑依・降霊現象

イタコの口寄せ

恐山
http://www.youtube.com/watch?v=-WUGBMDBC2E&feature=related

イタコおろし
http://www.nicovideo.jp/tag/%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%82%B3%E3%81%8A%E3%82%8D%E3%81%97

死者の名前や命日などの手がかりを元に、動物の牙や骨のついた数珠を鳴らしながら行う儀式。

1回あたり約20分。謝礼として数千円を払う。

神社で働く巫女とは区別され、口寄せ巫女や村巫女と呼ばれる。起源は不明だが、江戸時代後期に東北を旅した紀行家・菅江真澄の日記に登場する。イタコの語源は「神の委託(いたく)」とも、アイヌ語の「イタク(言うの意味)」とも言われる。


「イタコ」にはどこで会える

 当地域(むつ・下北)では、

恐山大祭(毎年7月20日〜24日)と恐山秋詣り(毎年10月、体育の日を最終日とする土、日、月の3日間)の年2回、

恐山境内の中にいるので、入山料を支払って恐山へ入る。

時間は、恐山開山時間(6:00〜18:00)。

予約等はなく、順番待ちとなる。また、最近ではこの期間以外にも恐山にいる場合があるらしい。

料金には特に決まりはなく、”気持ち”や”志(こころざし)” で金額や品物を渡すそうだが、目安として一口(一人降ろして、一人につき)3,000円位からといわれている。


”口寄せ”の雰囲気

サウンドFILE1(386K)35秒
サウンドFILE2(276K)24秒

http://www.mutsucci.or.jp/kanko/itako-03.htm

消えゆくイタコ 修行を敬遠・高齢で廃業…今や十数人


盲目の女性が死者を呼び寄せる。「口寄せ」と呼ばれる儀式を受け継いできた東北地方の巫女(みこ)が姿を消そうとしている。厳しい修行が敬遠され、福祉政策の充実で生計を立てる手段としての意味も薄れている。


目の不自由な巫女は、青森県の「イタコ」が有名だが、それ以外の東北各地にも存在していた。

 秋田「イタコ」、岩手と宮城が「オガミサマ」、山形「オナカマ」、福島「ミコサマ」。近親者を亡くした人たちからの要請で「死者の霊を体に乗り移らせ、言葉を伝える」という儀式が「口寄せ」だ。依頼者のタイプに合わせて定型の口上を使い分けているとの見方もあるが、健康や縁談、商売などのよろず相談にも応じている。いずれも国の無形民俗文化財に選ばれている。

 かつて東北には500人以上いたが戦後、廃業が相次ぎ、秋田、山形、福島県では途絶えたとされる。いまは青森、岩手、宮城県に十数人残っているだけだ。

 遠洋漁業の基地である宮城県気仙沼市の唐桑町で「オガミサマ」をしている小野寺さつきさん(85)は14歳の時、病気で視力を失った。20歳から岩手県の巫女の家に住み込みで修行をした後、独立した。この半世紀、海難事故と隣り合わせの漁師町で、「口寄せ」や行方不明者捜しの相談に乗ってきた。多い時には1日に十数人の訪問者があったが、最近は体調を崩し寝たきりになった。

 戦後の一時期まで20〜30代の若い女性も珍しくなかった巫女は今、高齢化が進み平均年齢が70歳を超えている。


日本三大霊山の一つ、青森県下北半島の恐山では年数回の祭事の際、北東北各地から「イタコ」が集まってくる。かつては40人近くが参加していたが、近年は4人だけだ。大半の女性が高齢化で足腰が弱くなり、外出が難しくなってきた。


■視覚障害者の環境、変化

 青森県八戸市で63年間、「イタコ」を続けている中村タケさん(78)は「厳しい修行が敬遠され、後継者がいなくなった」と話す。

巫女は少女期から師匠役の先輩巫女の家に住み込み、家事をこなしながら技術を習得する。すべてが口伝えで、断食の一種である「穀断ち」や水ごりもある。修行は3〜5年かかり、師匠への「お礼奉公」も義務だ。

 文化庁伝統文化課の石垣悟調査官は「目の不自由な女性を取り巻く環境が大きく変わった」と分析する。巫女は戦前まで、三味線と歌で各地を巡り歩いた「瞽女(ごぜ)」などとともに視覚障害者が社会で生きるための重要な仕事だった。ところが、戦後は盲学校への就学が義務化され、修行を支える徒弟関係が成り立たなくなった。音声ソフトの普及でパソコンへの入力作業が簡単になり、視覚障害者の職業選択の幅も広がってきた。眼科医療の進歩で幼少期の失明も減っている。


_________


青森の恐山のイタコについて


1 名前: こわい 投稿日: 2000/07/16(日) 11:58

青森の恐山のイタコと呼ばれる霊媒師達は本当に死者の霊を自分の体に落として遺族に
話が出来るのでしょうか?知ってる人教えてください。


2 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2000/07/16(日) 13:12

本当に出来る人も居る・・と聞いた事があります。
まあ・・あくまで噂ですけどね。


3 名前: いたろう 投稿日: 2000/07/16(日) 14:19

ある男が恐山のイタコに死んだ女房の口よせをしてもらった。 女房が降りてきて、

「私は、あなたより○○さんの方が好きで、関係もっていた」

というような内容を話した。 男は、イタコを死んだ女房だとマジで思いこみ、逆上してその場でイタコを絞め殺した。
恐山で本当にあった話です。

5 名前: 名無しさん@おっぱいがいっぱい 投稿日: 2000/07/16(日) 17:50

「すいません友人の○○を呼んで貰えますか?」
「仏さんの没年月日は?」
「昭和○○年○月○日、交通事故で死んでます」

ジャラジャラと数珠を鳴らすと経を唱えしばらくすると何かが降りてきたようで歌うように話し始めた・・・・・
実は呼んで貰った友人の○○は今でもピンピンと生きておりイタコが本物かどうか試したのです、

9割方のイタコは偽物でその能力はかなり低い物です、でも中には

「これ仏さんでねぇ、悪戯は止めてくれ」

とズバリ言い当てるイタコも居ます。


12 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2000/07/18(火) 22:32

ホンモノのイタコにあいたけりゃ、冬、行け。

籠もってるイタコがそうだ。見つけだせるかな?

閉山されてるから、途中で凍死するかも知れないし、間違いなく幽霊に会える。 それでも行くなら、止めはしないが。


ホンモノのイタコはすごいよ。

当人しか知らない事、例えば銀行の暗証番号を当てたもん。誕生日とか、簡単な数字じゃないぞ。 俺と、死んだ人の体重をあわせた数字だったから。

それがビンゴだったのは驚いた。それに、メッセージを聞く事も出来て、すっきりした。

ホンモノのイタコに間違いなく会いたかったら、冬、行け。 ただし、命の保証はないぞ。


36 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2000/09/10(日) 02:24

家では毎月お払い行ってるけど(あおもりにいないおでしさん)
その人は新聞にも載った行方不明者のいどこを突き止めたよ。

新聞は汚いからその辺を伝えなかった(作りと思われたくないから)。 みんなメディアで知ったのはうそだよ。
ほんとにあった話はメディアに載らないから。

39 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2000/09/10(日) 02:35

入院先の病院名をあてたイタコが一人います。調べようはなかったって話。
千葉の旅館の女将から聞きました。
http://piza.2ch.net/occult/kako/963/963716325.html

イダコ祭り


去年亡くなった義母をおろしてもらいに親戚と一緒に、青森県おいらせ町のイダコ祭りに向った。普通はイタコだがここではなまってタが濁音のダになって「イダコ」とよぶ。イダコ祭りは午後1時からと聞いていたので、途中、八戸で昼食をとり午後1時過ぎた頃においらせ町の法運寺に到着した。一人200円の入場料(下足代)を支払い、入り口で手渡されたビニール袋に履物を入れて手に持ち、およそ100畳近い本堂の中に足を踏み入れると、すでにイタコの口寄せを聞く為に集まった人々で一杯だった。中年のカッチャ(おかあさん)もいるが見た所ほとんどがバッチャ(お婆さん)である。横になって仮眠をとったり、お菓子をたべたり、それぞれ畳の上でイタコを囲み自由な姿でくつろぎ順番待ちをしている。バッチャ(お婆さん)の住む霊界に迷いこんだような一種独特な非日常的な風景である。

 近くのバッチャ(お婆さん)に話を聞こうとしたらどうも様子がおかしい。素性のはっきりしない者にいきなり話しかけられたのでバッチャ(お婆さん)は驚いて引いてしまったらしい。それと長髪の男を身近で見かけることがなかったのか私を男か女か判別できなかったらしい。目もそうとう悪いのかイルカのTシャツのお陰なのか50過ぎの中年男を20歳の大学生と思ってくれた。それでも思いっきり地元の訛りをいれて話すと安心したのか口を開いてくれた。

イタコの順番待ち


 「早朝4時から来て待っていた。」という。すでになんと8時間も経過している。それでも誰かに先を越されたらしい。

「1年に一度は先祖の声を聞かないと落ち着かないので、毎年欠かさず来ている。」
「ほとんどの人が死んだ旦那や両親、兄弟姉妹、子どもと次々におろす。」
「ほとけを一人おろす度に千円をはらう。」


恐山では一霊三千円なので何故か法運寺は二千円も安い。昔は二十銭、百円だった。

おそらく恐山は全国からバスで大挙してやってくる観光客を相手にしているので値上げしても客足は落ちず、恐山と違って法運寺はどちらも地元なので口寄せもリピーターが多いからではないかと思われる。それでも大抵5〜6人も降ろすのでバッチャ(お婆さん)達にとっては結構な金額になり、さらに値上げすればかなりの金銭的な負担になってしまう。

「一人で何人もほとけを降ろす人が多いので待つ人ごとに30分以上かかるのがざらだ。今からだとあんたたちは夜になるのではないか。」という。

イタコが何人いるか数えてみると6名いてそれぞれ膝元にメモ帳が置いてある。順番を待つ人が多いのでそこに名前を記入することになっている。すでに名前が20名ほど記入済みである。

衰退するイタコ祭り


 イタコは恐山が有名だが、恐山にイタコが住んでいるのではなく、普段は青森に散らばって住んでいる。イタコが恐山の大祭の時だけ各地から集まって来るのである。

青森県は昔、右側は南部藩で左側は津軽藩に分かれていた。以前は盛んだったイタコの市も最近では恐山の他に津軽の川倉地蔵堂と南部の法運寺の三カ所だけだという。法運寺の本堂は明治14年に建立され翌年の15年よりイタコの口寄せがはじまり、その歴史は昭和10年頃から始った恐山よりも古い。

法運寺に集まったイタコの人数は最盛期80人もいたが昭和29年には50人、昭和40年に31人で今年は6人である。イタコはあきらかに衰退の一路をたどっている。

シャーマニズムの形態

 最も古い日本の宗教の形態はと問えば仏教でも神道でもなく、それはシャーマニズムである。シャーマニズムはおそらく数十万年も遡ることができる人類最古の宗教的伝統でもある。世界中の狩猟採集民族にはあらゆる事物には精霊が宿るというアニミズムの信仰がほぼ共通して見受けられる。そして霊的存在と交流する人々をシャーマンと呼ぶ。

エリアーデによるとシャーマンにはトランス状態になって肉体から抜け出して霊的存在と交流して帰還するエクスタシー(脱魂型)と霊がシャーマンの肉体に憑依するポゼッション(憑依型)がありイタコは憑依型である。


東北地方におけるシャーマンが誕生するプロセスには2つのタイプがありイタコ系とカミサマ系に分かれる。

カミサマ系はある日、突発的に神懸かり、シャーマンの病とよばれる変容をへて、祈祷師としてデビューする。信者を持つ新興宗教の教祖タイプである。南部では屋号をつけて○○のカミサマと呼ばれる。津軽ではゴミソと呼びカミサマ系は死者の口寄せをせず予言や託宣、占い、災難を祓う祈祷を主に行なう。

イタコ系はほとんどが盲目の女性でイタコの師匠に弟子入りして一定期間修行して、死んだ人の霊をおろさせる口寄せの技術を学んで自立する。

イタコの口寄せ

 イタコの順番待ちが22番で遅くなるのは明らかなので、夕方まで外に出て海に行くなり、ゆっくり温泉につかるなりすることにして法運寺を後にした。三沢市内の200円の温泉につかり、さっぱりした所でとりあえず5時頃戻ってみると待っているのはちょうど後一人で、次にはあっけなく順番が回って来てしまった。順番待ちのメモ帳を見るとかなりの人がキャンセルしている。どうやら待つことを嫌って、あきらめたのか、すぐに口寄せ可能なほかのイタコに移動したようだ。

中村タケ

私たちが口寄せを依頼したのは中村タケ巫女である。

現在75歳、3歳の時に麻疹で失明して、13歳のころイタコの修行に入り、15歳で法運寺でデビューした、この道約60年のベテランである。

CD「日本語を歌・唄・謡う」(アド・ポポロ企画、制作)では人間国宝の中村鴈治郎や桂米朝とともに中村タケ巫女の口寄せも収録されている。マスコミに登場することもあるが、かといって尊大なところはなく人柄はいたって純朴で謙虚だ。

昔の口寄せ


昔の口寄せには決まりがあり「百日過ぎているかどうか?」をイタコは問題にした。

百日すぎなければ霊はよんでも答えず、別な霊を呼んでしまうからだという。

しかし厳格に定められていたこの決まりも守られなくなり最近はなんでもかんでも降ろすイタコもいるようだ。

明治以前の仏おろしは一回の口寄せで話が出来なくなるくらい消耗し、1日に1〜2回が精一杯だったらしい。

特に恐山はあまりにも有名になったために、商売目当てにイタコのほかにカミサマやゴミソも参加するようになった

短時間で現金収入が得られるので、口寄せの時間も2〜3分と短くなり、本来の地元のイタコによる死者の巫儀の意義はすたれ、観光客相手に簡単な口寄せで済ましてしまうお粗末なものになってしまった。


 イタコはかつては地元の人々との繋がりの中で部落のオシラサマの儀礼や正月の恵比寿まわり、農作物の作柄を占ったりと濃密な関係を保っていた。

口寄せには死口(しにくち)といって行方不明になった死者の霊を憑依させ「ワ(私)のからだはどこそこにある。」と遺体の場所を遺族に告げることもあった。

ほかに生口(いきくち)といって行方不明の生霊(いきりょう)を憑依させ居場所をつげることさえあった。生口(いきくち)は最も辛く3時間も汗だくになりながら全国の神さん稲荷さんにお願いして四方八方手を尽くして探してから魂を抜きイタコの身体に寄せる、

そうしてタコ部屋に監禁させられていた行方不明者をあてたイタコ(三浦かしの)もいた。

昔の東北は津々浦々までイタコが大勢いた。かつては生者と死者の境界が分たれてはおらず生と死は連続していた。その名残りをイタコは今に伝えている。

形骸化した口寄せ


間山タカ(1988年恐山)

嘘のほとけでも降ろすからイタコはインチキだといわれるがイタコにもピンからキリまであり、よく当たると評判がたつイタコには長蛇の列ができた。

特に最も評判が高かったのは伝説のイタコ間山タカだった。

しかし優れたイタコもよる年波には勝てず次々と他界しイタコの数はかなり激減した。真性のシャーマニズムを期待して出かけても恐山でのほとけおろしは型にはまった口寄せしかみられないのが現状である。

恐山の口寄せパターン


イタコが数珠を鳴らしながら仏おろしの祭文を歌う。


「あーいーやーあー」
「今日は呼んでくれてうれしい。」
「本当は死にたくなかった。」
「家族の健康を願っている。」
「夫婦、兄弟、親子、仲良く暮らしてくれ。」
「某月某日、喜びあり。良いことがある。」
「某月某日、交通事故に気をつけろ。戸締まりに気をつけろ。」
「今日はおまえに会えて良かった。喜んで帰る。」


イタコが数珠をじゃらじゃら鳴らす。
はい3000円です。

イタコの修行

 昔の全盲の女性はイタコになるしか生活の道はなかった。盲目の娘は特に霊能力がなくとも、まわりの勧めにより、しかたなく、イタコの師匠のもとに弟子入りするのである。入門は早いほど良いとされる。

J・ピアスによると7歳くらいまでの子どもは透視、テレパシー、予知能力がありESPも多数報告されるという。そして7歳から14歳 ころまでの子ども達は暗示にかかりやすく、8歳から11歳がその頂点だといわれる。子供は大人の様に世界と自我との境界がはっきりと確立されてはいない。自我がまだ未発達の方がイタコの世界感を受け入れやすいのである。

師匠も弟子も盲目なので般若心経や観音経などのほか三十から四十のイタコの巫歌を口うつしでおぼえる。様々な仏教、神道、修験道、民間宗教の神々、権現、大明神、菩薩、諸天善神の名前とダラニ、祝詞をおぼえなくてはならず、おぼえが悪く10年もかかったイタコもいたという。

イタコの入魂儀礼

 仕上げの入魂儀礼は「大事ゆるし」と呼ばれる。祭壇が祀られている行場で弟子に神懸かりが訪れるまでおこなわれる。食事は精進で塩断ち、穀断ちをして干し柿、干し栗、などの果実で餓えをしのぐ。水垢離の行場にはしめ縄がはられ、師匠も弟子も真新しい白装束に5尺のはちまき、白足袋を身につけ、冬でも暖をとらずに食事前に日に三度、毎日水を三十三杯かぶる。マントラを唱えながら右回りにぐるぐる旋回したり、気合術師を呼んで気合いをかけることもあったらしい。イタコの弟子は極度の疲労と緊張の中ではげしく身体を震わせて失神する。師匠はその時に「何がついたか?」と問いかける。そうして答えた神仏の名がイタコの生涯の守護霊になるのである。
 

 最後に「師匠上がり」といって商売道具の数珠を譲り受けて師匠から独立するのである。イタコの数珠はイラタカ数珠と呼ばれ普通の数珠と違い独特である。珠は無患子(むくろじ)の実で子安貝、熊の爪、獣の牙と角が使われている。イタコはこのイラタカ数珠をじゃらじゃらならしながら「仏おろしの祭文」を語って仏に来てもらうのである。

シャーマンの病


 イタコの入魂儀礼も時代と場所によって多様であるが、いずれにしても神懸かりになる為に大変な苦行をする。寒い冬の水垢離は冷気に耐えかねて逆に身体に熱を発生させる。下半身に発生した熱が背骨を通って頭まで達成して変化が生じるのである。蛇や龍はこの熱エネルギーの象徴である。不動明王が右手にもつ、倶利伽藍(くりから)の剣に蛇が巻きついているのは、このことを表しているように思える。正常な意識では耐えられないので思考から切り離すため祝詞や祭文といったマントラを延々と唱え続ける。イタコは変成意識状態の中で神や仏と出会うのである。

 右耳の上にある大脳の右側頭葉は魂の座と呼ばれている。自己と意識の接点があり、右側頭葉を刺激するとテレパシー、光のヴィジョン、音の幻聴、人格の変容、体外離脱体験が起きることが解っている。この領域に脳の損傷がおきると魂の抜けた自動機械の状態になり、さながら生きる屍のようになる。


イタコの入魂儀礼は堪え難い疲労と緊張によるストレスが引き金になり大脳の右側頭葉の回路にスイッチが入るのだ。儀礼はスイッチが入るまで続く。

そうして右脳の中から声が聞こえるようになって、はじめてイタコが誕生するのだ。

イタコ系は人為的だがカミサマ系の教祖達は人生の中で極端な不幸、災難、困難を経験して発狂寸前まで追い込まれる。病気や苦悩の頂点でカミサマと出会うのである。

日常を超えたこのような体験はシャーマンの病と呼ばれる。

意識の成長・進化


 体験を否定して自我の崩壊、分裂が起こることもある。自我がある程度発達していないと恐怖のあまり退行してしまうのだ。閉じこもってそこから出て来ようとしなくなる。退行してしまうと、自我を越えることも社会にも適応できない状態に置かれてしまう。

 体験が肥大化すると、自分は凄い人間なんだとうぬぼれてしまう。教祖が信徒に攻撃的になったり人に対して抑圧的、支配的になってしまうのは抑圧された無意識のエネルギーに巻き込まれてしまっているからである。カルトや新興宗教の教祖にこのようなタイプがいるので注意が必要だ。

 私たちは自分の思考や感情を波動として周囲に放射しているので自我の境界が薄くなった人は気をつけなくてはいけない。霊能や特殊な能力をえて人に認めてもらいたいというのは自己評価欲求が満たされていない段階なので、問題を生じやすいのである。

 不思議なヴィジョンを見たり、異常な肉体の感覚を経験したり、このような普通では考えられない体験を大いなる自己に統合できれば意識の成長・進化がおこる可能性がある。

 それには抑圧されたエネルギーを解放し、体験を否定も肯定もせずただあるがままに見てゆく観察的な自我を育てることが必要だ。
http://homepage.mac.com/iihatobu/work/itako.html#anchor11


15. 中川隆[-12643] koaQ7Jey 2018年5月27日 14:19:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14476]

憑依・降霊現象 2


シャーマンのイニシエーション

イニシェーションは宗教用語で、入会儀礼と訳されている。
仏教の出家もフリーメーソンの入会もこのイニシェーションを通して確実なものとなる。
この儀礼の重要な要素は個人として「死と再生」を象徴的に体験することである。
キリスト教では洗礼をすることで、これまでの自分を清算し、キリスト者として再生する重要な儀礼となる。
この洗礼はもともと川に行き、頭まで水の中に沈めてしまうという力強いものであった。
スタインベックの小説『怒りの葡萄』にも川での洗礼の場面が出てくる。
この水をかける儀礼は、インドの場合には王様の即位儀礼と関係がある。
これを仏教では潅頂といい、王の資格を持つ者の頭頂に頭から水をそそぎかけた。

この水は聖なる力の象徴であり、この水をかけられた瞬間、彼は個人ではなく天国の代理人となるのである。

  残酷な風習と考えられる割礼も、イニシェーションのひとつである。
正式に割礼を受けた者は、それまで母親の所有物であった関係を断ち切り、その象徴である血を出すことで、初めて男の世界の仲間に入るという象徴行為であった。
しかしこうしたイニシェーションの伝統は、地縁、血縁の結びつきが生きている時には効果的に働いていたが、現在ではイニシェーションの伝統そのものが失われ、また維持されているところでもその効果は疑わしい。
それは時代の要請によって、新しく生まれた宗教団体の閉鎖的な空間のなかでしか力を持ちえないのかもしれない。 
http://www.s-net.ne.jp/benri/institut/dw/199606.html


イニシエーションとは、入社式または加入礼とも呼ばれる、通過儀礼の一つである。
外部の人間が新たに共同体に加入する時、しばしば苦痛を伴う儀式の洗礼を受けなければならない。

こうしたイニシエーションがなぜ必要なのかをシステム論的に考えてみよう


@ イニシエーションとしての成人式


代表的なイニシエーションは、男の子(場合によっては女の子)が、母親との甘えた関係を断ち切り、成人の仲間入りをするときに受ける割礼である。
割礼とは性器の一部を「断ち切る」儀式で、男の子の割礼の場合には陰茎包皮を切除し、女の子の割礼の場合には陰核の全体あるいは一部を切除する。
割礼は、イスラム教圏、ユダヤ教圏、アフリカ、アジア、オーストラリア等で行われ、全世界の割礼人口は10億人と推定されている。

日本の成人式では、割礼は行われないが、縄文時代では、上顎の両犬歯と、下顎の前歯2本を左右対称に抜き取る抜歯が、成人となるためのイニシエーションとして行われていた。

今でもオーストラリアでは、抜歯をしている民族がいる。
この他、小指や耳たぶの切断、鼻の隔膜や処女膜の穿孔、頭蓋変形、唇や首の伸長、瘢痕文身など、痛々しい身体毀損と暴力がイニシエーションとして世界各地で行われている。


A イニシエーションとしての入学式


暴力を伴うイニシエーションは、遠い過去のあるいは未開の社会で行われている野蛮な習慣というわけではない。

現代の日本でも、イニシエーションを目にすることができる。
個人的な体験談で恐縮だが、応援団の先輩が一年生全員をしごく歌唱指導という行事は、私が高校に入学した時に経験したイニシエーションだった。
一週間にわたって、新入生は二種類の校歌に寮歌を加えた三種類の歌と応援を練習する。
歌や振り付けを間違えたり、たるんでいると受け取られたりすると、応援団員に「ふらふらしてんな!」と怒鳴られ、ど突かれる。
こうしたバンカラなセレモニーは、創立が古い田舎の高校によく見られる。

そうした練習が、その後何かの行事で本番を迎えたことはなかったし、大体、寮など廃止されてなくなっていたから、寮歌を覚えることなど無意味である。
歌唱指導は、それがイニシエーションであることを除けば、正当化する理由は何もない。
すなわち、歌唱指導の本当のねらいは、応援団員という最も愛校心の強い先輩たちが、校歌という集団との自己同一の象徴を新入生に叩き込むことによって、彼らに集団の一員としての自覚を持たせるところにある。


一般的に言って、日本の大学や高校は、海外の学校とは異なって、卒業よりも入学の方が難しい。
このことは、日本の学校が、機能的・手段的性格よりも、共同体的性格を強く帯びていることを示している。
入学試験に合格するために、受験勉強という苦難を経ることも、一種のイニシエーションである。


B イニシエーションとしての入社研修


学校だけでなく、会社に入る時にも、似たような、苦痛を伴うイニシエーションを受けなければならない場合がある。
最近では、企業も、定年までの人生をそこで過ごす共同体ではなくなりつつあり、機能的・手段的になっているから、しごき型の研修は減ってきているが、かつては、次のような研修がよく行われていた。

「仕事は男の戦場だ」
「気力は体力に先行する」

1969年(昭和44年)、都内の電機メーカーの社員だった男性は、箱根山中の研修所で、大きな声を張り上げた。
天井からは、黒墨で書かれたげき文がつるされていた。
2泊3日のスケジュールで、テーマごとの討論会は、相手を論破するまで延々続く。
討論というよりは、ば声の飛ばし合いに近い。
中には、精神的に追い詰められ、泣きだす社員もいた。
睡眠をほとんど取れないのに、早朝からは2キロのマラソンも強制され、講師がムチのようなものを持って追いかけてきたという。
現在、50代になるこの男性は研修を振り返り、

「参加しつつどこか冷ややかに見ていた。今も酒の席で話題になったりするが、あの研修が仕事で役に立ったとは思わない」

と語った。 この男性は、研修の意味をあまり理解していないようだ。

しごき型の研修が実用的でないのは、私が受けた歌唱指導が実用的でないのと同じことである。
何十年も経った後でも、酒の席で話題になるのなら、この研修は、本来の目的を達成しているということができる。

もしも、入社の時、社長の退屈な話を聞くだけだったならば、それも一種のイニシエーションではあるが、決して、これほど記憶に残ることはなかっただろう。


C イニシエーションとスケープゴートとの関係


通過儀礼の原型は、出産である。

子宮から、狭い隘路を経て、この世に生まれ出る過程は、死ぬときと同様に、大変に苦痛に満ちたものなのだそうだ。
成人になるなど、新たな生まれ変わりをするとき、擬似的に出産のプロセスが反復される。

しかし、イニシエーションとしての通過儀礼には、システム論的観点からすると、別の機能もある。
入所式としてのイニシエーションとスケープゴートは、方向は反対だが、機能は同じである。
すなわち、自分たちと異質であるにもかかわらず、自分たちと同じ共同体に属する中間的存在を完全に排除することにより、共同体の境界(システムと環境の差異)を明確にすることがスケープゴートであるのに対して、外部から自分たちと同質のメンバーとなる中間的存在者に、境界を意識させることにより、共同体の境界(システムと環境の差異)を明確にすることがイニシエーションなのである。
どちらのケースでも、中間的存在者が境界を通過する時、暴力がふるわれるという現象が起きることが多い。

通過儀礼一般には、暴力は必ずしも必要ではない。
例えば、結婚式は、イニシエーションとしての性格がない通過儀礼であるから、既存のメンバーから暴力を振るわれるということは、まずない。
しかし、既存のメンバーがいる集団に入る時には、境界を通過する新参者に何らかの苦痛を味合わせることによって、境界をはっきりさせ、システムと環境との差異である、システムの秩序を維持しなければならないわけである。
http://www.nagaitosiya.com/a/initiation.html

部族社会では危機が訪れるとシャーマンが変成意識状態の中で啓示を受け部族を導き、部族を危機から救おうとする。

 シャーマンのイニシエーションには「シャーマンの病」と呼ばれる精神的な危機がある事が知られている。
その構造は神話の構造と共通している。


1、セパレーション(分離・旅立ち) 
地下世界 天上界 異界への長く苦しい旅立ち


2、イニシエーション (通過儀礼) 
異界で神々、悪霊、祖先霊、動物の霊と遭遇する。
精霊に出会ったシャーマンは苦痛の中で象徴的にバラバラに引き裂かれる。
死と再生のプロセスを通過して シャーマンは深い人格変容をとげる。


3、リターン(帰還)
シャーマンは宇宙の智慧と癒しの力を得て共同体の一員として再統合する。

 現代の、拝み屋、新興宗教の教祖などの霊媒体質のシャーマンに共通するのは人生の中で突然、極端な不幸、災難、困難に出会い、発狂寸前まで追い込まれることだ。
病気や苦悩の頂点でカミサマと出会うのである。
危機状態を通過したのち霊能力を活かし、相談事を請け負う拝み屋になるのである。
ただし祈祷師、拝み屋、今風にいえばスピリチュアル・カウンセラーにもピンキリがあり、無意識が浄化されていないと物質的な現世利益に走り精神を病んだり、体調を崩したりする者がいる。
シャーマンの危機は現代医学では重度の精神病と診断されている。


精神的な危機に陥った住民を経験豊富なシャーマンは歌や踊り、祈りによって適切な処置を施し共同体の中に着地させる。
精神的な危機を理解できる指導者がいない文化では精神病の患者は共同体から隔離され誰からも相手にされない。

薬づけにされ、病室に閉じ込められる。
シャーマンがいない共同体では危機状態に陥った者の精神の苦しみはより増すばかりである。


 神話に表れる英雄、シャーマン、神秘家の体験、精神分裂病患者(統合失調症)の旅には共通の構造がが見られる。
自我の境界を超えると様々な無意識のイメージやヴィジョンの洪水に襲われる。
同じ無意識の海に飛び込んでも神秘家やシャーマンは泳ぎ、精神分裂病患者は溺れてしまうのである。

 20世紀の初頭イヌイットのシャーマンはデンマークの探検家に偉大な精霊シラについて話した。

「宇宙の霊であるシラは、目には見えない。声が聞こえるだけだ。
わたしらが知っているのは、シラが女のようにやさしい声をしているということだ。
とても上品でやさしい声なので、子どもでさえこわがらない。
そしてシラはこう言う。『宇宙を恐れるな。』」 と


 シャーマニズムの研究によるとシャーマンになるには二つのパターンがある。
召命型と探求型である。

沖縄と奄美には「カンカカリャ(神懸かり)」「ムンスイ(物知り)」「カンヌプトゥ(神の人)」と地域によって呼び名がことなるユタが存在する。
ユタはほとんどが女性であるがカミグルイ、カンブレ、カミダーリィと呼ばれるイニシエーションを経験する。

ある日、結婚生活を送っていた主婦の心身に異常が起きる。
夢や日常の中に神々が表れたりして精神状態が不安定になり、様々な体の不調を訴えるのである。
そのうちに神の歌を歌い一日中踊り続けたりするようになる。
当然、「モノグルイだ」「神グルイだ。」と近所で噂になる。
シャーマニズムの伝統が生きづいている地域ではこれが「聖なる病」であることが理解され家族は精神病院ではなくユタを訪れる。

やはり、カミダーリィとわかり一人前のユタを目指す。
ただしカミダーリィが起きた人が全員ユタになる訳ではないようだ。

「精霊から何代か前の先祖の葬られた場所を探し当てて供養しなければいけない。」

といわれ何年も探し歩いて彷徨しているユタもいる。
精霊にもやり残した仕事があるのだろう。
又、精霊と交流するうちに自分は特別な存在としてエゴがますます強化することもある。

無意識の抑圧に無自覚な人が妄想の中で神社巡りをつづけることもあるのである。
無意識に抑圧や緊張がある者が霊的な能力を得るとその能力故に自滅するケースもある。
突発的に神懸かりになる召命型のユタには人生でさまざまな災難が降りかかり、病気、貧乏、友人、家族、兄弟の死、夫の浮気、離婚などの苦悩と極端な不幸な経験をつむものが多い。

絶望しても死ねないことは普通の人では耐えきれない人生である。
しかし3次元の世界では不幸だがのちに神様の世界から見れば素晴らしい経験だという事を知るのである。
そして超自然的な出来事の中で思考が落ち、神に選ばれた自分の運命を受け入れ自覚した人がユタになるのである。
生まれながらのユタとして人々は「ウマレユタ」と呼び神と直接交流出来る人として特別視する。

ユタには人々をカミンチュ(神の人)に導くことを使命と自覚している人もいる。
カミダーリィを経ないでユタのもとに通っているうちに、ユタのシステムをおぼえていつのまにかユタ稼業を始める者を「ナライユタ」と呼ぶ。
探求、修行型は東北のイタコに相当する。


カミダーリィをシャーマンの病とも呼ぶが召命型のイニシエーションは世界中の先住民の文化に共通してみられる。

変成意識状態の中でシャーマンの今までの肉体は完全に解体される。
頭は切り離され手足と骨盤、関節はバラバラに分解される。
心臓や内蔵が生きたままとりだされる。
筋肉が奇麗にそぎ落とされ目がくり抜かれたりする。
体液が抜き取られ、そして釜で煮込まれたりする。
シャーマンはその間ほとんど息をせず臥せっているのである。
最後に骨が拾い集められ、肉がかぶせられる。

解体と再生は3日から7日続きイニシエーションは終了する。
これらはLSDやメスカリン、アヤワスカなどの向精神物質の摂取でも同様な報告がある。

シャーマンの病とはまさしく跳ぶ前に屈むことなのである。
http://homepage.mac.com/iihatobu/index.html


うつとシャーマニズム


以前このブログで、私のうつ体験について書いたとき、インディアンのシャーマニズム(呪術的民間信仰)について詳しいある人が、

「先生の体験って、シャーマンのイニシエーション(呪術師になるための通過儀礼)そのものですね」

と話してくれた。


そう言われてみれば、自分ばかりでなく、うつの人のカウンセリングをしていても、自然とシャーマニズムについて話すことが少なくない。

どうやら私の目には、うつの人々とシャーマンとが、重なって見えることが多々あるらしい。

一体なぜそうなるのか、話の流れなどを具体的に思い出し、考えてみた。


シャーマンは、世界各地、特に古くから続く文化を踏襲している地域において、より多く存在し、日本語では「呪術師」あるいは「巫師(かんなぎ)」と訳される。

多くはトランス状態に入り、神の言葉を伝えるという職能の人々のことである。

日本で代表的なものとしては、巫女があげられるが、現在なお実質的な影響力を持つ人々として知られるのは、沖縄周辺の「ユタ」や青森県の「イタコ」が有名である。

青森県の「イタコ」の場合、視力障害を持つ人などが、その職能を身につけるために厳しい修行を行い、その立場を得る。

しかし、沖縄地方の「ユタ」の場合、一部の例外を除き、それまで一般人として生活していた人が、何らかのきっかけで一種の精神病様状態「カミダーリ(神障り)」に陥り、それを克服する中で、自らの「ユタ」としての能力と天命に目覚めていくという経緯をたどる。

イニシエーションにおいてシャーマンがたどるプロセスについて、井上亮(故人)という心理学者から聞いた話がある。

井上氏は大学に助教授として在任中、海外留学先を決める際、周囲の驚愕をよそに、さっさとアフリカはカメルーンの呪術師のもとに留学することを決め、1年を経て、実際に呪術師の資格を得て帰国した人で、さほど口数は多くないが非常に魅力的な人物であった。
シャーマンになるためのプロセスの中では、いくつかの課題を克服せねばならないという。
中でも、特に私の記憶に強く残っているのは、「孤独」と「恐怖」の克服である。

氏自身も、「恐怖」の克服こそがもっとも大きな課題であるとして、通過儀礼の中心に位置づけておられたように思う。

シャーマンの通過儀礼においては、「恐怖」の対象は、単なる観念ではない。

戸のない小屋で、夜一人で睡眠をとることを命じられ、ベッドに横たわっていると、黒豹が小屋の中に入ってくるというのである。

この黒豹は、たしかに実体ではあるが、ある大きな存在の化身らしく、普通に自然の中で生活している生きた黒豹とは違うようだ。

通過儀礼を受ける者は、これから逃げてはならないし、起き上がってもならない。

氏が儀礼を受けていた際も、確かにこの黒豹が、小屋に侵入してきた気配があったということである。

これまで自分が生活していた日常の世界から、未知の異世界へと通路が開かれていくとき、夢や物語の中では、異世界を象徴する存在は、しばしば獰猛な動物的性格を帯びる。

以前、このブログで『こぶとり爺さん』の解釈を試みたことがあったが、爺さんが最初に見た異世界の姿もまた、異形の鬼(妖怪)どもの宴であった。

そして、やはりこの爺さんも、「鬼に食われてもよい、わしは踊るのだ」という形で、恐怖を克服したのである。

ごく普通の人の場合でも、外部からの圧力によって表現することを妨げられた感情は、「怒り」という様相を帯びる。

それは、檻に閉じ込められた、あるいは鎖につながれた獣が、怒りのためにより凶暴になるというイメージに似ている。

異世界も異世界への通路も、潜在的にはとっくに存在していたのだが、ただ人の側にそれを受け入れる準備ができていなかったために、意識の向こう側に閉じ込められていたに過ぎない。

かなり前の放送だが、NHKスペシャル『脳と心』の最終章「無意識と創造性」に、宮古島のユタである、根間ツル子さんという女性が出演しておられた。

先に述べたユタの例に漏れず、彼女もまた離婚という節目をきっかけに精神病様状態となり、他のユタのもとを訪れて、「この人はユタになる人だ」と見抜かれたのだという。

都会であれば、「精神病」あるいは「人格障害」で片付けられてしまう状態だ。

根間さんに初めて神がかりが起きた頃、ある一つのことが強く訴えられた。

番組では、当時の神がかり中の根間さんの肉声が放送されていたが、まさに壮絶なまでの叫びであった。

「ああ私が悪かったぁー!…………
何としてもこの井戸を、これだけは、これだけは頼みます……!」

と、すでに使われなくなり、埋もれてしまっていたある井戸を再び掘りなおすことに、強く執着したのである。

根間さんは実際にこれを実現し、そしてユタとなった。

万物の根底にある地下水脈、地下世界という異界と、この世とをつなぐ通路。

根間さんの魂、あるいは宮古島の人々や自然の魂にとっては、それがその井戸だったと言えるだろう。
この場合、「井戸は、単に象徴に過ぎない」と言うことはできない。

心理的に大きな何かを乗り越えるというのは、単に「心の持ちようを変える」というのとは、まったく次元を異にする。

うつという病を乗り越えるにも、まず例外なく、ある現実との実際の闘いなくして、遂げられることはない。

だから根間さんも、実際に井戸を開通させねばならなかったのだ。

万物の根底にある地下世界のイメージによって表現される領域を、ユング心理学では「普遍的無意識」と呼ぶが、ユング自身もまた、当時ヨーロッパを席巻していたフロイト心理学と袂を分かった後、精神病様状態をともなう極度のうつを経験している。

そののち、ユングはこの考えを体系化するに至るのだが、彼もまた、フロイトとの決別という苦難に満ちた過程を経ることで、普遍的無意識に達する井戸を開通させたのだと言える。


うつの人々の特徴は、一言でいうならば、ものごとの本質・本筋・矛盾を見抜く目に、曇りがないことである。

だから、まわりの雰囲気や、慣習や、馴れ合いに流されず、いつも本当のことが見えてしまう。

要するに、非常にシャーマン的なのだ。

こういった人々の割合は、どれほど多く見積もっても1パーセントくらいではないかと、私は考えている。

はっきり言って、特殊と言わざるを得ない。

そして、そこにこそうつの人々の苦悩と劣等感がある。

一般の人々は、自力では大きな存在とは繋がれない。
それを導き、繋げてやるのがシャーマンである。

本来の姿のままに自然と人間とが有機的に絡み合い、人間性が生き生きとした文化の中であるならば、シャーマンのような立場となるべき人が、うつになるタイプの人々の中には少なくないのではないかと思うのである。

本来ならば、常に真実を見、正しい言葉を語り、尊敬を集めてこそしかるべき人々が、踏みつけにされ、もがき苦しまねばならない社会。

一体われわれは(というよりも私は)、これをどうすればいいのだろうか。

http://kohocounsel.blog95.fc2.com/blog-entry-55.html


■カミンチュ(ユタ)とは  


沖縄本島・離島・奄美諸島に古来から存在する民間の巫女・シャーマンのことを一般にユタと呼ぶ。

運勢の吉凶を見たり、死者の口寄せ、先祖事などの霊的相談に応じる。

昔からカウンセラーや精神科医の役割も果たしていた。

他の地方のシャーマンたちと同様、ほとんどのユタは女性である。
カミンチュになった動機を聞くと、ほとんどが「好きでなったのではない」と言う。

他の地方の霊能者と違い、沖縄や奄美のユタは、ユタになることを運命づけられていると思われる人が多い。

そういう人々のことを「サーダカウマリ(性高生まれ)」とか「カンダカウマリ(神高生まれ)」などと言う。


  ■ユカミンチュの成巫(せいふ)過程  


カミンチュの多くは人生のあるときに、離婚や親族との死別などの不幸な体験をきっかけに神懸かりになり、「カンダーリィ(神ダーリィ)」と呼ばれる巫病を患う。

この期間中は精神状態が不安定になり、人によっては不眠、拒食、意識喪失、大声で歌い騒ぐ、身体が震えるなどの状態が続き、精神病者と紙一重になる。

しかし、これはほとんどのカミンチュが経験する「関門」なのだ。

この間、彼らは自分に憑いた神霊や先祖霊に命じられるままに、いろいろな御嶽を回って祈らされたりする。

こうして彼らは自分と関係が深い神霊や先祖霊によって祖先の道を悟る。

するとカミダーリが収まり、霊感が得られる。
この状態をチヂアキという。

そして、ユタと神霊との関係ができ、判示をする存在ができる。

こういう存在のことを「ジヂブン(守護霊)」などと呼ぶ。

カミンチュになった後でも、病気、貧乏、身近な人の死、離婚などの不幸な体験を何度も経験する。
また、幼少時から病弱な人が多い。

ユタのほとんどを占める女性のユタは、ほとんどといって良いほど離婚歴がある。

こうして、ユタになることを拒む彼らにさまざまな災難が降りかかり、けっきょくイヤイヤながらカミンチュに招命されることを承諾するのだ。


  ■カミンチュの分類  


カミンチュには2つのタイプがあり、宮古では天ヌザーを扱う者と、グソー(あの世)ザー
を扱う者にわかれる。

前者は、主に神や遠い先祖に向けた儀式を行う。

後者は死に関連した儀式を専門とし、宮古ではグソーザスとかスンガンカカリャと呼ばれたりする。

沖縄では死者が出ると一族揃ってユタのところへ行き、ユタは死者の胸の内を家族に語り聞かせる

「生まれユタ」と「習いユタ」という区別をする場合もある。

生まれユタは生まれつき神懸かり能力をもっていたり神事を直接神から習った人で、習いユタは、そういうことを他のシャーマンから習ったという違いがある。


  ■カミンチュの役割  


沖縄文化圏では古くから、ユタ禁止、ユタ征伐、ユタ狩りなど、琉球王国時代から明治政府、戦時体制下まで幾度もユタを禁圧した歴史がある。

だが、民衆の要求に支えられて潜伏し、いままで生き続けてきた。

青森のイタコなどは絶滅寸前のようだが、沖縄・奄美のユタは、民衆の必要性に応じて、その数は増える一方であるようだ。

ユタの存在に対して否定的な見解をもつ人々の多くは、祖先の祟(たた)りをことさらに強調し、人の心を畏怖(いふ)させることを問題とする。

だが近年は学者の間でもユタに対する肯定的な意見が多くなってきつつある。

たとえば1997年の多文化間精神医学会のシンポジウム「癒しと文化-土着の中の普遍」では、沖縄土着の癒しの三つのキーワードの一つにユタの「判じ」を挙げ、ユタはある意味で地域の精神保健を担っていたという意見も出ていた。

専門家の間にも、ユタによって「精神的安定」が得られ、それが沖縄人の長寿の秘けつの一つとする見解さえあるようだ。

ユタに見てもらうことを「ユタ買い」という表現をする。

沖縄の精神科医は、患者さんにユタを薦めることもあるという。

こういう習慣を「医者半分、ユタ半分」という。

お医者さんも、その効果をある程度認めているからこそ薦めるのだろう。

多くの人は「カミンチュ=霊能者」と思うだろうが、まったくイコールだとは言えない部分があるように思われる。

カミンチュの多くは先祖ごとを主として行い、人々に「癒し」を与える。

だが、社会や人間を罪から救うというもっと普遍的な目的のために、カミンチュとして立つ者も存在する。

私(百瀬)が会ったある女性カンカカリャは、自分の使命は皆を公平に扱い、神の教えを広め、新しいカンヌプトゥ(神の人)を産み出すことにあると信じている。

だからこそ、われわれはユタの存在を無視できないのだ。
http://www.ne.jp/asahi/pasar/tokek/TG/mikoclub/yuta01.html


神人(カミンチュ)=ユタへの道先日、伊良部島でお会いした女性から、お電話をいただきました。

その内容は、沖縄の神人(カミンチュ)から、

「あなたは、神さまから、神人(カミンチュウ)にならなければいけない時期に来ています」

と告げられたので、そのことを受け入れて宣言した後、今、毎日、拝所(ウガンジョ)を回っているんですが、何か、アドバイスはありますか?ということでした。

神人になるということは、最終的に、

自分の神を持つ = 神につながる = 神の役目として生きる道

のことを言います。

これは、決して、なまはんかな気持ちではできないことです。

今年の3月の宮古島・伊良部神事のときに、伊良部島に住んでいる方で、現在、神人修行中という女性に逢いました。

その方の苦しさがよくわかりますので、これからのアドバイスをしましたが、神の声と、自分の気持ちをどうバランスよく調和をとるかが、とても難しい期間なのです。

この神人になる道は、普通は、”三年修行”と呼ばれていて、三年間は何をさしおいても、最優先のテーマとして、神の言葉に素直に動かなければいけません。
特に、沖縄以南の神人と呼ばれる人たちは、昔からこのこの期間の苦しさを経験していますので、よく知っています。

でも、周りの人に頭がおかしくなったと思われたり、変な人になったと敬遠されたりするので、この苦しさから逃げ出そうとして、家族の命をとらえたり、大きな事故が起きたり、想像を絶する経験をしている神人も少なくありません。

だから、ほとんどの神人は、自分の三年修行の話はしません。普通の方には、理解できない苦しみがあるからです。

この期間がどんな感じかというと、まず、自分のしたいことは、ほとんでできません。
すべての意思は、神にあるからです。
自我を完全に消すための修行期間ですので、自我と神のいうこととのはざまに陥る苦しい時期なのです。

そして沖縄地方独特の神さまごとに手をあわせる祈りには、必要なものを買い揃えたりもしますので、祈るたびに、お金もかかります。

さらに、祈る時間は、朝も夕も夜中も関係ありません。
神が必要とするときに、動けなくてはいけませんから、ほとんどの方は、仕事ができなくなってしまいます。

こういう経済的な問題や生活パターンの変化は、家族の問題を引き起こしたり、夫婦関係や親戚関係にも、大きな影響がでてきます。

皆さんが、普通だと思っている日常の現実世界での優先事項が、一切できないこともよくあるからです。

神に使え、神の一部となり、神の役目をする神人(カミンチュウ)とは、そういう役目の方たちなのです。

伊良部の神人と話しているときに、”大和の国の人”と私たち日本人のことを呼んでいましたが、現在の日本で活躍しているセラピストやヒーラー、また、スピリチュアルカウンセラーよ呼ばれる人たちとは、まったく違う存在くらいに、ものすごい経験をしなければできない仕事だと理解してください。

私も昔は、自分のことを”霊媒師”としか説明できなかった時代がありますが、今は、癒しの時代のおかげで、世間で受け入れられていることに感謝しています。

しかし、神人は、土地を守り、先祖を守り、すべての御霊のふるさとの神さまの伝言を正しく伝える役として、一生、働らかなければいけない役目の人なのです。

私も実は、大和の人間ではめずらしく、”三年修行”を経験しています。

だから、沖縄や伊良部島の神人に逢っても、互いの歩んできた道の苦しさを理解しあえますし、その結果で得られたお互いの”霊格”を尊重しあえるのです。

お電話いただいた60代の女性は、琉球地方に最初に神が降りた場所と呼ばれる久米島出身ですし、さらに、現在、沖縄本島でも、自分なりに祈ることをずっと続けていた方ですが、それまでの祈りとは、桁はずれの修行の道に入ったことになります。

守るべきところを守る方がいない場所が多くなってきているのも、沖縄以南の島々の現在の大きな問題です。実は、そういう方たちがいないと、天災や災いから、守る霊力や神さまの力が弱まってしまうからです。

現代の風潮の面倒なことはなるべくしないで楽をしようとする一方で、こういう苦難の道へ進んでも、みなさんの土地や日本や地球を守ろうとする方もいらっしゃることを知っておいてください。

だから、皆さんにお願いしたいのは、ウタキや拝所のルールを正しく知り、神人(カミンチュウ)の方たちとの付き合い方も覚えて、その大切なルールを誰かに伝えていかなければ、この日本を守る大きな霊力バランスが、崩れてしまうことになることを知っておいてほしいのです。

現在、それぞれの土地を守っている神人たちと、これから神人(カミンチュウになられる方たちへのご理解と、大切にすることの意味を知り、これからもさらなるご理解とご支援をよろしくお願いいたします。

すべての過去を司る神々たち、そして、その役目を果たす神人たちに、心からの感謝と愛をこめて。
http://heartland.ti-da.net/e979275.html


ノロ神様に会いに行く

蝉のシャワーを浴びながら、緑の森の中を登っていきます。
 どこへ向かうかというと…

ノロ神様という生き神様に会いに行こうと山を登っていきました。

 奄美大島には「ノロ神様」とか「ユタ神様」といった生き神様がいらっしゃる。
見てもらったという友達が「すごいよ〜。」と言っていた。
 何がすごいって、例えば電話で話をしていたら

「テレビの上に赤ちゃんの写真を飾ってあるわね。やめた方がいいわよ」

と見てもないのにぴたりとあてるんだそうだ。

 実は奄美に来てから病気やケガばかり、いいことがないなあと思う今日この頃。
今後の指針のために見てもらおうと思って以前から考えていて、やっと実現したわけ。

「卯年の子供がいるね」
「馬がいるね〜。男の子みたいに活発な女の子」

 などなど、不思議にピタリと何年かを当ててくる。
「何に気をつけなさいね」など注意した方がいいこととか、色々お話ししてくださった。

 最後に持ってきた焼酎に何やら唱えてくださってから
「これを家の水回りに全部流してお清めをしてね。
それから外に塩を撒きなさいね。それで家の状態が良くなるから」

「あなたは下をよく見て気をつけて歩きなさいね」

 ハハハそういえば、何もないところで転ぶのは私の特技。

 実は男の子が欲しいと切望してはいたのでちょっと聞いてみたのだが、
「二番目は男の子みたいに活発でしっかりしてるから男の子だと思ってその子に期待なさいな」
と笑顔で言われてしまった。

 それにしても、生き神様。
そこまでみることができるとは。結構すごいのではないかな?
うなずきながら、また道を下っていった。高く昇った太陽が眩しい……。


____________


ユタ神様の所へ行かれたんですね!

島の皆さんもユタとノロを混同してノロ神と言うことが多いのですが、ノロは那覇ン世の時代琉球王朝から辞令を受けて政を担った神女のことでもちろん制度としても今は残っていません。

tokorineさんが行かれたのは奄美の土着信仰のユタ神様です。
同様の例に青森むつのイタコがありますね。
よく当たると言われるユタ神様が島内には二人か三人いらっしゃいますね。
一般の人が普段の生活で意識することはまずありませんし、話題にすることもありませんが、人をみることの出来るユタ神まで昇華できた方はほんの一握り氷山の一角です。

それは過酷な修錬(奇怪な言動を伴なう心身分裂状態)を乗り越えられた稀有な方です。

突然の天命に打たれその道に踏み込んだ殆ど大多数の人たちは心身分裂の迷路を抜け出すことなくその状態のままひっそりと各シマの家々で半隔離状態のまま忘れ去られたように生涯を終わります。
その数はかなり多いようです。またその状態から元の健全な状態に戻ったという例は殆ど聞きません。
普通人からすれば怪しい幻聴の天声に操られ彷徨い行った修行祈念の跡(人知れず夜中に徘徊して行った呪術の跡)を、(少しだけ霊場を感じとれる)私は泉や林や山中の随所でみかけます。
奄美の土にしみ込んだこの霊力が島の闇にぶきみな奥深さを与えているのかも知れません。
投稿: tokorin | 2006/07/13 17:36


ユタ神様に会われたのですか?

私も奄美時代にユタ神様体験あります。
本当にいろいろぴったり当てるので、びっくりしてしまいます。
私はユタ神様のような自然から力を授かった人たちを尊敬します。
だって、その力を悪い方向で使わず、私たちを助けようという良い方向で使ってくださるから・・・。
投稿: patinha | 2006/07/13 19:57 
http://tokorin.cocolog-nifty.com/sky/2006/07/post_83da.html


こんにちは…私は沖縄県に移住して、10年になる男性です。
人間は、二つの人がいます。

1つは、無宗教・無関心・信じない人
もう1つの人は、信じる人

以前は、正直前者でした…
何が、霊だ?はぁ〜?って感じでした。

しかし、災いや、女性関係のもつれや、事故に不幸、まるで、映画の中にいる気分でした。

ある日突然呼吸が出来なくなり、首を締め付けられ、耳元では何やらゴチャゴチャ…

頭がおかしいのか? それとも、アルコール中毒か?
おっかしい自分がいました。

精神科はチョット抵抗があったので、うつかな?と思い、心療内科へ行く。

しかし、処方された薬は効果なし。
7つの心療内科に出向いたが、薬の副作用が…

おかしい…おかしい…あ゛ーーーーーーって感じでしたが、ある日友人が、
お前変やね。
さっきから、水ばかり飲んでるよ。
ん?
それと炭水化物ばかり採る。
?????

友人は、私のことを心配してくれて、ユタと呼ばれる人や神人と呼ばれる人に、僕の写真を持って
相当相談に行ってくれたのですが、
どれもこれも、偽者で、3万円5万円のお金がドンドン出て行きました。

ホームページを調べては、出向き、偽者。
新聞読んでは出向き、偽者。

自分も動ける時は、ネットで調べて、東京へ行ってみたりしましたが、最後には、壷買えとか
供養するには、100万円かかるとか、ほんと、偽者しかいない…。

ある日の事、もうこうなったら、ヤケくそで、適当に会えそうな霊能者に予約を入れ、言われた
10万円を封筒に入れて、ICレコーダー(録音機)をポケットに入れて、大阪まで出向いてみました。

話をしている最中に、色々試してみようと思った。
結局話し上手なただのオッサンだった。

ホテルで、再生すると会話は全て、聞きだした情報から、もっともらしい事を言っているだけ。

あきれたもんだ…

そうこうしている間、ドンドン調子が悪くなり、病院へ。
お医者様から、あなたの場合、私たちの領域では何も出来ない。

と言われたり、原因不明の病気(症状は当てはまるが病名はつけれない)などに、6ヶ月間苦しみ
続け、
総合病院のMRIや血液あらゆる観点から4ヶ月もかけて入退院、
挙句の果てには心臓にカテーテルをグサリさして、全ての検査を沖縄で二つの病院で行ったが、原因は解からず、
結局、実家に逃げ帰り、皆さんも知っている程の大病院で検査しましたが、何の回答も無い。


戻った時に友人からの電話 → いたいた! 本物!!

慌てて飛行機に飛び乗り、向かうは沖縄。

着陸した瞬間に、ドーンと重たい。
ロビーを出て、友達の車へ飛び乗った。
彼は無言で、見知らぬ山へ…
で、友達に本物?
まず、間違いない。

何で?
金いらんらしい…

そんなん、後で壷か?

行けば解かる…

そうこうしてると、到着。
ん?
敷地に入った瞬間、軽い…? 何で?
友達もニヤリ?

お邪魔したのは、だだっ広いフローリングの25畳はある小屋。
座布団も無い。
ひんやりしたお寺みたいな空間だった。

鏡がでっかくて、自分が写った。
んー確かに、死人みたいな色してる。

待つ事10分。
きったない、軽自動車で、オバサンがお待たせ♪

って、大丈夫か?
どう見ても、ただのオバサンで、時計もしていないし、化粧も無い。
貧乏臭い…

でも、近くで目を合わせた瞬間!!!!

眼光の鋭さに、びびった。

何一つ会話せず、膝を突き合わせて、じーーーーーーっとこっちを伺う。

ドンドンずけずけズバズバ、人の過去喋る喋る。

全て当たり。

そして、今度は、質問した瞬間に、涙がポロポロでて(男なのに恥ずかしい)号泣した。

それから、しばらくして、私の側面から出てきた、(誰か知らん)に、文句と罵声を浴びせ

この子に構うな!!
離れろ!!
さもなくば…
って言う、対決をしてくれました。

オバサンは、取り除いてくれた。
苦痛も1週間ほどでウソみたいに無くなった。
http://blogs.yahoo.co.jp/okinaha001/1121743.html



16. 中川隆[-12642] koaQ7Jey 2018年5月27日 14:21:42 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14476]

憑依・降霊現象 3


アイヌのシャーマンの治療分野として大きく以下のジャンルがある。

1.ウェインカラ(透視・千里眼)
霊的障害(サイキック・アタックなど)、心的要因、具体的要因を透視して呪術を施したり、その障害の具体的な治療方法で対応するもの。「空」の境地に入るといわれる。

2.トゥス
治療師のトレンカムイ(憑き神)や患者の先祖などを降ろし、トゥスクル(トゥスする人)の肉体をそれらに支配させ、病因や治療の方法を託宣いただくもの。 いわゆる「トランス状態」に持っていくため、トゥスクルの神憑りの間の記憶はないらしい。

3.ウェポタラ
祈祷師による呪術に準すると考えられる。魔実的要素が濃い。

4.フッサラ
悪霊の嫌う薬草や植物などをを用いて祈りと共に病人に憑く悪霊を追い払うもの。 ウェンカムイ(悪霊)払い。

6.薬物療法(単品・複数のアレンジの治療法)
多くは、民間伝承によるが、霊的なアドバイスにより薬草は個別性に応じて配合するらしい。 筋骨格系、神経系に働きかけ、歪みの矯正、身体のバランス保持やリラクセーションをはかる。 カイロ、整体、指圧、マッサージなどのボディワークの概念を含むとされる。

9.テクマウ(手当て療法)
カムイへ祈り、行う手当て療法。外気功に対応するらしい。

これらの秘儀の継承は家系的に受け継がれるのもと、臨死体験し、魂が持っている要素を引き出し秘儀を授かることが多い。


REF034 二風谷アイヌのウェポタラ 1     Ainu
Exorcism Rites Uepotara in Nibutani, Hokkaido: 1         N.G.Munro D-2
13'00" 1933 白黒サイレント
94011001 (ORG・RETAKE)(Hi8), 92090202 93052603 (AGFA版・字幕無・チセノミと混)(Hi8), 96030801 (非復元版・日本語字幕・チセノミ混)(β-CAM)     

帰化スコットランド人医師N.G.マンローは、第二次大戦前、二風谷アイヌへの医療と健康改善につくしながらアイヌ研究を続けた。その中で撮影され、生前未完成に終った悪霊払いの儀礼の記録、オリジナル版その1(原版16mm)。エカシの祈祷(アッツシ、イナウ)、儀礼(庭先、家の脇:樹の枝)、治療(庭先・川岸、数種類のイナウ)、樹に祈祷(刀、着物を治療に使用)、火のついた草束を患者がくぐる、エカシの踊り(イナウ、刀の使用)、女性の踊り


REF048 二風谷アイヌのウェポタラ 2      Ainu
Exorcism Rites Uepotara in Nibutani, Hokkaido: 2     N.G.Munro D-2
15'00" 1934 白黒 サイレント
92090202 93052603 (チセノミと混じっている)(Hi8)     

N.G.マンローの悪霊払いの儀礼の記録、オリジナル版その2(原版35mm)   

川辺での治療、家の脇での呪い・治療、織物(糸紡ぎ、アットゥシを織る)、揺り篭の子供をあやす、赤ん坊を背負う、頭にのせたものを運ぶ、炉端の周りに集まり食事をする、女性の踊り、輪舞(男女)

http://tokyocinema.net/far-eastlist.htm

不思議なアイヌの超能力


アイヌの霊の世界 (小学館創造選書 56)を取り上げたいと思います。
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E3%81%AE%E9%9C%8A%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C-%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E9%A4%A8%E5%89%B5%E9%80%A0%E9%81%B8%E6%9B%B8-56-%E8%97%A4%E6%9D%91-%E4%B9%85%E5%92%8C/dp/4098200562


著者の藤村さんは、アイヌ研究の第一人者で、
現在は北海学園大学の名誉教授ですが、
以前、開拓記念館の研究員をなさっていたときに
主に道東各地のアイヌ文化に関してフィールドワークを実施し、
さまざまな長老の方々と語り合う中で徐々に受け入れられ、
その本質に触れていくことができるようになったということでした。

この本の中で「憑き神」について述べられているところを要約しますと、


・誰にでも憑き神は憑いている。

・憑き神は人が生まれるとともにこの世にやってきて、
 その人が死ぬとその霊共々あの世に返っていく。

・先天的に憑いて来る霊には2種類あり、1人から最大3人で-ある。

・後天的に憑く霊は4種類ある。
 非常事態(たとえば病気)などのときに助けに来たりする霊もいれば、わるさする霊もいる。

・個人以外に人間の集団に憑く神もある。家系や村などの集団組織ごとにいる。

・同じ憑き神が複数の人を渡り歩くことはない。

・その人の動きやしぐさを観察すると、その人の憑き神がわかったりする。

・憑き神を知るためには「トゥス(シャーマン)」のところへ言ってみてもらうと判明する。

・その個人が成長するとともに憑き神も成長し、老化する。


…などなど、という感じですね。

現代スピリチュアリズムで言うところ「守護霊」とは同じ雰囲気のところもあれば、
そうでないところもありますが、大きな差異が見られるわけではない、とも思います。
「わるさする神もいる」、ということですから、それは「憑依霊」として分類されますね。

「守護霊」というと、なんでもかんでも守ってくれるもの、と勘違いしそうですが、
「その人(集団)の成長を助けてくれる見えない存在・神さま」と考えるほうがあっているようですね。


そして、それらの憑き神などの存在を、
普段は意識できないように、この世界もできているわけですが、
どうもこれはちゃんといるんだなーと感じる体験ができるのが、
上記にもあったシャーマン的な特異能力を発揮するような人に出会ったときですね。

http://www.donavi.com/contents/column/spiritual_nonaka/023/


本の中に「不思議なアイヌの超能力」という章があり、
そこには巫術行為(トゥス)の系統について述べられています。


 ・トゥスは世代世襲制である。家系をはずれてトゥスができるようになる人はいない。

 ・母親がトゥスをする人であって、子供が誰もできない場合、
  母方の兄弟の子供にできる人が現れたりする。

 ・例えば、姉がトゥスをよくする人で、その姉が急死した場合、
  ぜんぜんできなかった弟が代行する場合などもある。


ということで、霊能力には家系が非常に大切と言うことも分かります。

そういえば有名な霊能者さんのお話を聞くと、ご先祖様が霊能者をやっていた方もいらっしゃいますし、
そのままでなくても、お医者さんだったり神主さんお坊さんだったり、という方が多いような気も致します。

そうするとその方の拝む対象や、浄化の仕方なども自然とその系統を受け継いでいくようです。


また「ノイポロイクシ」と呼ばれる能力もあるそうで、
著者の藤村さんがご存知でそれができるという方はお二人いて、まずある古老の方は、


 ・あるときに「頭痛」がして、そうすると五分以内に来客が来ることがわかる。

 ・その来客も遠方から来る見知らぬ人に限って起こる。

 ・必ず頭痛する部位が、頭の右か左に偏り、
  左の場合は位の高いような大切なお客であるし、右の場合は並の人である。

 ・「はげしい頭痛」がある場合は、とてつもなく偉い人の来客である。


ということであり、もう一人のおばあさんの場合は、


 ・来客する1時間か30分くらい前に頭痛が走る。

 ・荒々しい頭痛の場合は女性の来客で、緩やかなときは男性の来客である。

 ・訪問理由の概略と来客の年齢まで分かる。


という感じで、来客に関して分かるという共通点はあるものの、
細部の情報の伝わり方はそれぞれ違うようなのですね。


それで、「どうして分かり方がちがうのか?」というのは、
私の考えでは、おそらく頭痛が走るようなやり方で、その方々の「憑き神」、
つまり「守護霊」さんたちが教えているのからなのではー?と思うわけですね。
つまり、憑き神さんたちとその受け取る人の能力差によって、
サインの受け渡し方法が違うのだろうと思うのです。

ですから、いろいろ便利そうだからと
若い人などが興味本位で超能力を伸ばそうとしてもそうならないのは、
きちんとそれぞれの憑き神さんが受け取る人の能力や人格を配慮して、
受け取る準備ができている人のみに、お知らせを送っているためと思われます。


ちなみに後のおばあさんの場合は、嫁いだ先のお姑さんがそういう能力があった方で、
離婚した後、自分の故郷に帰ってからご自分にも能力が出てきた、ということですから、
霊能力には実際の血のつながりだけでなく、さまざまなご縁も非常に大切なのかもしれませんね。


そのほか、この本にはカラスの鳴き方でもって来客や死別、
向かいの家でご馳走がある、それが自分の家に回ってくるか、こないか(笑)、
天気のよしあし、豊漁の有無などもわかる、ということですから、
カラスさんもいろいろ考えておしゃべりしているものなのだなーとも思いますが、
今ではすっかり忘れられている以心伝心的なコミュニケーションがあったおかげで、
昔の人々も厳しい自然の中で生き延びて来られたのかもしれないと思いましたね。
http://www.donavi.com/contents/column/spiritual_nonaka/024/


アイヌ文化の中のスピリチュアル的な行為の代表としては、
ツス(降霊現象)とウエインカラクル(観自在・千里眼能力)が挙げられるかと思います。

要するに、恐山のイタコさんのような力のある方が村の中にいて、
何か問題が起こるとお伺いを立ててことなきをえた、ということですね、
いわゆる「シャーマン」がいたわけです。

具体的にはどのような感じだったかということで、
今でも活躍中の方がいらっしゃればよいのですが、
なかなか「アイヌ式」などと謳っておやりになっていらっしゃる方は居ないようなので、参考文献として


『アイヌお産ばあちゃんのウパシクマ―伝承の知恵の記録』
 青木愛子 述 長井博 記録
   樹心社 1983年 新版2001年 ¥2000+税

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4795224803/reborn0a-22/250-1298541-7861852

の記述をお借りしますね。

『ウエインカラをするためのカムイノミ等の儀式形式は何もない。
対座する相手と話をしながら、相手の過去や未来のことが見えてしまうのである。

これは目の前にいる相手でなければならないということはなく、
電話に出ている1千キロ離れた相手であってもかまわないし、
今どこに居るかわからない人のことであってもかまわない。
想うと見えてしまうのである。

…病人が来て愛子の治療を受ける。
治療の謝礼として金子(きんす)を包みに入れて差し出す。

開封せずに中の金額がわかる。その金子を借金してきたこともわかる。
貧しい家庭の様子まで見える。財布の金額もわかってしまう。
こうなると貧しい人からは謝礼を受け取れないということになる。

牧場主が1〜2ヶ月後に出産予定の子馬の性別を知りたがる。
生まれる時の様子が見えるので、雄か雌かわかる。

商売の運勢を見てもらいに人が来る。
その商売で動くおかねの様子が見える。
ついでにその人の浮気の様子まで見えてしまう。』


…ということで、この本に出て来る青木さんも、
なかなかお見通しな方だったようですねー。
見たくなくても見えてきてしまう、とのことですから、
とても霊感がおありの方だったようです。

それで、そのような能力というのも、
青木さんの場合は、若い頃に死の淵を彷徨ったことから始まったようですね。

臨死体験をして、あちらの世界へ行きかけたのだが、
「お前はまだやりのこしたことがある!」とかなんとか
守護天使さんのような方に言われて舞い戻ってきたら、
いつのまにかそのような能力が付いていた、という体験談も良く聞きますよね。

また強制的に臨死体験をするようなことをして霊感を高める修行は、
各地の伝統宗教などにも良く見られますね。

ネイティブアメリカンの方などでは
呪術師見習いがひとりで少しだけの食糧を持って荒野をさまよい、
精霊の声の導きを待つ、といういわゆる「ヴィジョンクエスト」などもあり、
ほんとに命がけで行なったようです。

ただ共通しているのは、「見える」ようになるということは、
自分ひとりの力で行なっているわけではないと言うことですね。
ただ、聴きに来る方は「その人自体がエライ先生」と言う風に祭り上げやすくなってしまうので、
霊能者自身も勘違いしやすい、道を誤りやすい、という弱点もあるようです。

そのような能力があっても青木さんのようにずっと謙虚な姿勢を保つというのは
霊能者自身にとっても難しいでしょうから、様々な人にできるだけ救いの手を差し伸べると言う事と共に、人間的にバランスを保つというのは、この世に学びにきている大きなテーマかもしれません。
http://www.donavi.com/contents/column/spiritual_nonaka/020/


アイヌ最後のシャーマン_青木愛子フチは「ウエインカラ」ができたそうです。

それは何かというと「千里眼」ですね。

「陰部まで見える」って書いてありましたから、よっぽど見えたそうです、でも見たくない人のも見えて困ったと思いますが。それはがんばってようやっと女湯覗けたらおばあちゃんだらけだった(小6の修学旅行にて)、という感じでしょうか?(^^;)

まぁつまり彼女は数少ない本物のアイヌ霊能者「ウエインカラクル」だったのですね。


たとえばある方が見てもらいに来て、封筒にお金をいただく、そうするとあける前に金額がわかる、そしてそのお金は借金したものだということが見える、だとするとなかなか受け取れない、というような感じだったそうです。

この方は10年位前までご存命だったそうですから、なかなか現代の神人のようだったんだなぁーって思いますね。

あとは「ツス」といって神がかりになることですね、イタコさんのようになることがおできになったようです。

それでその「イタコ」という言葉の語源もアイヌ語にあるようで「イタック(言葉)オイナ(宣託)」の変化だそうです。

それでははー出てきました、アイヌ語で「守護霊さん」というのは「トレンペヘ」って言ったそうです、「憑き神」っていうことですね。

だいたいどんなに凡人でも3人くらい憑いていて、守っているようです。自分の子供の憑き神は大体見ていれば親がわかったそうですが、わからん場合はこういう人に頼んでみてもらったそうです。ご先祖様がどうとかもですね、沖縄ではユタさんがそうですね。

そして書いてあります。


『一人ひとりが持っている光(注:オーラ?)が見える。

明るい人、非常に明るい人はごく少なく、暗く見える人が多い。

何も見えないほど暗い人もある。

暗い人の過去現在をウエインカラしてみると、詐欺、泥棒、異性関係の乱れている様子、売春や覚せい剤、物欲の強い様子等が見える。


ウテキアニ(愛)の精神で生きようとしている人は明るく、無慈悲な人、愛のない人は暗く見えると解釈している。

現在財宝をたくさん所有しているかどうかということとは関係なく、その光の量が見えてしまう。』


ということですね。自分なんかは細かいことは見えないですが、おそらくこの光の量というのは良くわかるんだと思うんですね、ですから、自分が遠くから見ていてもそれは結構良くわかるので占いができるんだと思いますし、あまりはずさないのかな?って思うんです。でももっとはっきりわからないとあかんなぁーっては思いますね(^^)。
http://blogs.yahoo.co.jp/fy3on3/6770078.html

ウテキアニ(育みわかちあう愛) 青木愛子ババの一周忌に思う

1989年の秋、日本列島の「気の文化」を考える上で、また日本人の生き方を見つめ直す上でも国内の先住民族・アイヌの伝統文化を学ぶことが最も重要なことだと考えた津村喬さんから、「アイヌ自然医学を訪ねて」という研修名で私と連れ合いにコーディネートをしてほしいという要請があった。 

その前年、私は一年近くアイヌの人達と仕事をしたおかげで、道内のかなりの数のアイヌの人達と知り合っていた。とりわけアイヌ語でカムイノミ(神事)のできるエカシ(長老)や伝統的な女の手仕事を身に付けているフチ(おばあさんの尊敬語)との出会いは強烈で、北海道で生まれ育ってはいたものの今まで実際には知る機会がなかった目に見えない世界・魂の領域を私が意識するようになれたのもこの頃からだった。

 ぜひ年内に第一回目を実施したいという津村さんからの要請を引き受けてはみたものの具体的な提案はなく、全てこちらにおまかせ方式。これは大変な課題を背負ってしまったと悩みつつも、自分が出会い感動したアイヌのコスモロジーをなんとか他の人達にも伝えたいという気持ちがいわば私のエネルギーになっていた。

 アイヌの伝統文化の根幹に学ぼうとするならばシャーマニズムは不可欠なものだが、沢山出会ったアイヌの人達から今もシャーマンがいるという話は一度も聞いたことがなかった。よく考えてみれば、和人がいっきにおしよせた明治以降、厳しい同化政策が一方的に進む中でアイヌの信仰やシャーマニズムの世界は特に差別の対象にされてきたのだから、私が知り合ったアイヌの年輩者達がそれらの事を今でもそう簡単に口にすることはできなかったのだろう。

はたして薬草や呪術的な世界に精通したシャーマンは今も存在しているのだろうか。

どういう組み立て方にしようかと考えあぐねた私は、「アイヌ自然医学」というテーマの研修をするならばやはりこの本しかないと思ったのが『アイヌお産ばあちゃんのウパシクマ(樹心社)』だった。

これは札幌在住の写真家で伝承医学研究家の長井博さんが記録した本で、アイヌの伝統医術の世界、とりわけ人間の誕生・出産に関するコスモロジーが青木愛子ババを通して驚くほど豊かに語られていた。

アイヌに関する書籍は次々出版されていたが、この本のように一人の実在するシャーマンの口から伝承医術が具体的に語られている内容のものは当時これ一冊といってよかった。

 表紙の言葉をそのまま紹介すると

「青木愛子はアイヌコタンに代々続いた産婆の家に生まれ、古代から継承されて来た産婆術(イコインカル)、診察・治療のための特殊な掌(テケイヌ)、薬草(クスリ)、整体手技、あるいはシャーマンとしての技量をも駆使して(ウエインカラ ツス ウエポタラ)、地域住民の心身健康の守り役、相談役として活躍している。

本書は十年にわたって愛子の施療の実際を見、その言葉の一つ一つを丹念に記録して、アイヌの信仰と文化の実態に迫った伝承の知恵の書。」

と書かれていた。

 研修の核となりうる存在はこの人だと思ったもののいっさいの噂を耳にしたことがなかった当時の私は、もしかしたら亡くなっているのではという不安をいだきながら大急ぎで愛子ババ探しを始めた。しかし、意外にも出会いは短距離で実現した。ババは二風谷に健在で、親しくしていた樺さんの母方の叔母さんにあたるというのだ。

「連れては行くが、それから先の話は自力でやるように。」と樺さんに念をおされながら私達が訪ねて行ったのは研修実施一ヶ月前の事だった。

初めて訪ねて行った時の愛子ババは、すでに産婆としての現役時代を終えてはいたものの、鋭い眼光でいきなり「アイヌのモンキー見物に来たのか!」と煙草をふかしながら言った。

参ったなあと思うほどこちらを見透かすような強い眼力と迫力で、こういう人には素直にしなくてはと思った途端、

「なしてそんな青っちょろい顔してる。」とババは連れ合いに向かって言いながら自分の近くに手招きした。

私達がそばににじりよるとババはポイと煙草をほおってよこした。

「いいから二回吸ったらババさよこせ。」。

連れ合いが言われるままに煙草を吸いババに戻すと、今度はババがまたその煙草を一口大きく吸い、薪ストーブの焚き口を開けて火の神様にアイヌ語でなにやら祈りはじめた。私達にはアイヌ語は解からなかったが、何か連れ合いのために神々にお願いしてくれているということはよく伝わりありがたい気持ちになった。


 この時、愛子ババは私達と初めて会ったのにもかかわらず、連れ合いが帝王切開かつ仮死状態で生まれ、決して丈夫とはいえない体で育ち、一ヶ月前に母親を癌で亡くしたせいで身も心も疲れており、父親も病弱で心配の種であることなどを瞬時にして感じとっていた。

質問などいっさいなしで、ババの心の中には連れ合いのことが色々観えてしまっていた。ババはこういうふうにいろいろ観えてしまうことを“胸の知らせ”と言っていたが、初対面で私達はいきなりシャーマンが持つウエインカラ(千里眼)の力を思い知らされた。

 祈り終わるとババはすぐに

「ババのこと信じるか。」

とたずね、私達が信じますと心からそう思って答えると、

「ババのことを信じてこの薬草がなくなるまで煎じて飲めば丈夫になる。間違いないから。」

と言いながら部屋中にぶら下がっている薬草の中から連れ合いに必要なものを選び、無造作に渡してよこした。そして何度も

「あんたのためにやる薬だから他の人には絶対やるんじゃないよ。信じて飲めば効くんだから。」

と言った。

その時ババが連れ合いのために選んだ薬草は、ヤマニンジンとシケレベ(きはだの木の実)、キトピロ(行者ニンニク)だった。

この日、私達はアイヌのシャーマンがウエインカラ(千里眼)と薬草術によって人を癒やすことを身をもって体験した。そしてババは一ヶ月後に研修で訪ねて来る人達にも会うことを約束してくれた。

 再び二風谷を訪れるまでの間、連れ合いはババの薬草を毎日煎じて飲み、どのくらいからか記憶はさだかではないが一ヶ月後には慢性的な下痢が止まり、血色の良い顔になっていた。

生まれつき胃腸が弱いせいか下痢状態の便があたりまえだった彼にとってこれは画期的なことで、どんなに沢山食べても痩せていた体に少しづつ肉がつきはじめていた。


■89年12月、慌ただしい師走の隙間をぬうようにして「アイヌ自然医学を訪ねて」の第一回研修ツアーは実施され、冬〜夏〜秋〜春と季節を変えながら4年続き、5年目は京都気功会の企画として、さらに翌年は春なお寒い道北の白樺樹液採集の森を訪ねつつ通算6年間行なわれ、延べ120人余りの人達が参加した。

 研修内容は毎回かならず二風谷を訪ねて愛子ババと歓談することをはじめ、大長老の葛野エカシや亡くなった織田フチ、木幡エカシ、当時まだ国会議員ではなかった萱野茂さん、杉村京子フチ、千歳コタンのフチ達、その他多くのアイヌの人達の様々な協力に支えられた。チプサンケ(舟おろしの祭り)やラォマップ・カムイノミ(伝統漁法による鮭迎えの儀式)にも参列させてもらった。

また、不治の病いを愛子ババに助けられ、それ以後伝承医学の研究をライフワークにされている長井博さんには、ほとんど毎回お話を聞かせていただいた。


しかしなんといってもこの研修の核となったのは愛子ババである。回を重ねるごとに急速に体調を崩していったババは、入退院を繰り返し、こんどは無理かなと思っていても不思議に研修ツアーの時は自宅に戻っていて皆に会い続けてくれ、毎回参加者とババとの間にはなにかしらのドラマが生まれた。

 ババはウエインカラでその人の不幸や心の傷を観てとると、「かぁわいそうにぃ〜。」と独特の言い方と眼差しでその人を包んだ。いきなりとも言えるその愛の癒しに沢山涙を流した人達がいた。

「いつまでも空家(独身)にしとかないで、もっと素直になれ。幸せになんないばだめだ。」と言われた人。

「真っ直ぐいけ。真っ直ぐいってどんとぶつかれ。」と言われた人。

「あとはここ(胸のチャクラを指差して)、ここの窓を開けばいいだけ。すぐそこまできてるんだから。」と言われた人。

「今のこの人と一緒になれば幸せになるから。」と言われて翌朝すぐに相手の所に行って結婚を決めた人。


ババは終始一貫して皆に最愛の人を見つけ、結婚して幸せな家庭を育むようにと言っていたが、大宇宙の法則からしてそれが自然な営みなのだから自然に逆らわずに生きることが一番だと説いていた。

 また、ババは参加者の何人かの手を握り、ほんの少し手相を観てはその人の不幸や具合の悪さをいったん自分に引き受けその人を癒した。

「なんともない。だいじょうぶだから頑張って。」とババに言われた人は、手を握られている間に悪い手相が消えていた。不思議な話だが本当だ。

ババの説明によるとその人を癒そうとする時、その人の病いや悩みをババはいったん我身に引き受け、その後自力あるいは自分の憑き神様達の力で、引き受けた悪いものを自分の外に祓い落とすのだそうだ。 

皆と歓談しているうちにフゥーフゥーと肩で大きく息を吐きながら、水をがぶがぶ飲むこともしばしばで、

「憑いてた悪いもん引き受けてやったしょ。したから火照って、火照ってどうもなんないしょ。」

と私に耳打ちしながら着ている物を次々脱いで肌着一枚になったこともあった。


こうした“いったん我身に引き受ける癒し”の行為にはものすごいエネルギーを必要とし、歳をとり体が弱ってきたババにはだんだんそれがしんどくなっていた。それにもかかわらずババは自分に助けを求める人が傍らにいれば、たとえ相手が無意識でもつい手を差し伸べ悪いものを引き受けてしまっていた。

 愛子ババは、優れたイコインカラクル(助産婦)であり、ツスクル(降霊能力者)であり、ウエインカラクル(観自在者)であり、薬草や整体を含める各種療術師であった。カムイノミ(神儀)やウエポタラ(まじない)も行ない、さらにはウェプンキネ(看取り)も行なっていた。その人がさわやかにあの世へと旅立つことができるようにその人のトゥレンペヘ(憑き神)と話し合ったりしながら臨終に立ち会うこともしていた。

 これについては昨年9月に出版された『女と男の時空: /ヒメとヒコの時代(藤原書店)』という本の中で、旭川医科大学助教授の松岡悦子さんが「魂を見守る人」というタイトルで愛子ババのことを書いている。84年から88年までの4年間に松岡さんが愛子ババのもとに通って話を聞いたもので、これを読むと愛子ババを通して知るアイヌのシャーマンの役割とは、総じて「魂を見守る」ということなのがよく解る。

助産を意味するイコインカルは見守るという意味であり、臨終を看取るウェプンキネということばも見守るという意味なのだそうだ。

つまり愛子ババは直接的には生まれてくる赤ちゃんや死にゆく人を見守りながら、この世とあの世とを行き来する魂を見守る役目をはたしてきた。そしてこれまでアイヌのコタン(共同体)には、愛子ババのようなシャーマンがかならずいて人々の健康と生と死を見守ってきたのだ。


■私達が「アイヌ自然医学を訪ねて」という研修ツアーをきっかけにして愛子ババと出会った時、ババはすでに現役時代を終えて少しづつあの世へ旅立つ準備を始めていたともいえる。八人の子宝に恵まれ、皆無事に成人してはいたものの私と同じくらい歳の末の娘さんは不治の病いで病院生活が長く、どんなに他人を癒すことができても我が子にその力は効かないのだとババは時々シャーマンの運命を悲しそうに語った。

 私達は6年間、ババと一緒に食事をし、歓談し、研究者のような質問をさけ、ただただ一年に一度皆でババに会うのを楽しみとした。「たまげたなあ。皆、心のきれいな人ばっかしでないの。」とババは大きな目を見開いて言い、かならず皆のためにアイヌ語で祈ってくれた。津村さんが愉気をしてあげるととても気持ちが良いと喜び、「先生こんどいつ来る?。ババの生きてるうちにもう来ないっしょっ。」とわざとだだっ子のように言うのが口癖だった。

 そんなババが第4回目春の時には一緒に山に入り、子供の時よく遊んだというカンカンの沢まで行った。途中茂みの中に生まれてまもなく亡くなったお父さんの霊が姿を現わし、ババはうわさ通りの立派な風貌だとすごく喜んだ。その日の夕方、ババは今まで自分が祝い事の儀式の際、神々と交信するために用いてきたトゥキ(お椀)とトゥキパスイ(捧酒箸)を参加者全員の前で津村さんに贈った。

唐突にお祈りを始め「このトゥキをシサムのツムラに贈るのでカムイよどうかそれを許して祝ってください。」というような内容の祈りが終わると、なんの説明もなしにいきなり津村さんにあげるから持って帰れと言った。津村さんが驚いて「こんな大事なものはいただけない。」と断わると、「甥っこや娘らが持つよりも先生んとこさいくほうが生きる(トゥキが)から。祝い事にしか使ってこなかったんだよ。なしてさっさとしまわない。」とババは相変わらず乱暴な口のききかたをし、隣りにいる私になぜ津村は受け取らないのかと目で言った。ババは津村さんを代表にこうして自分のもとに集い、自分からの一方的な愛だけでなくお互いに癒し合う交わりを本当に喜んでくれていたのだ。

そしてこれから先も手渡した神器が愛と幸せを祝う働きをなしていくようにとババは願っていた。恐縮している津村さんをうながしてババからの贈り物を受け取ってもらいながら、私は全員がこの神器と共に大事な心をババから託されたという実感を抱いた。


■ババがあの世へ旅立ってからも、時々私にはあの独特な話し声が聞こえてくる。

「自分が今までこうして生きてこれたのも、愛のおかげさ。こんな田舎の、それもうんと昔に、なしてババに愛子なんて名前ついたのさ。“愛”でしょ。愛のために生きる人になれって、愛をみんなさ伝える人になれって、どっか上の方(神様)でババの親にそういう名前をつけさせたのさ。

アイヌもシャモ(和人)も全国世界中、神の道は一つなんだよ。“ウテキアニ(註:ウ・互いに テク・手 イ・それを アニ・執る)”さ。解かるかい。

こうやって(自分の両脇にすわった人の手を握り)あんたもあんたも(目で一同に手をつなぎ合うよううながす)ほらこうすれば伝わってくるっしょ。これがウテキアニ。これが愛でしょ。」。研修ツアーで遠くから訪ねて来た皆にババが一番伝えたかった話だ。

 癒しにおいて大切なのは超能力や技術よりもむしろ愛だということは、愛子ババだけでなく多くのヒーラーが語っていることで、気功でもそれは同じことだろう。世界が健康でなければ個人の健康もないという立場も愛を基にしてこそ成り立つものだ。

自分では何も書き残すことのなかった愛子ババは直接触れ合った私達に、大切なものの伝え方、遺し方を教えてくれた。ババの愛に包まれた者は、また自分が出会った人にその愛を手渡していけば良いのだと思う。今は神戸で暮らすババの神器が、協会のこれからの活動の中で、津村さんのそして私達の人生の中で、愛と幸せを祝うことができるようにと祈りたい。
http://www2.comco.ne.jp/~micabox/grugru/aiko1.html


青木愛子の人となりを簡単に紹介するならば、収入になるかどうかの問題は置くとして、アイヌ世界のプロフェッショナルとしてのイコインカルクル(助産婦)であり、ツスクル(降霊能力者)であり、ウエインカラクル(観自在者)であり、クスリや生体を含める各種療術師であるといえよう。

…巫女の側面としては、ツス(降霊現象)とウエインカラ(千里眼)がある。ツスは昭和二十一年五月(三十二歳)に始まり、ウエインカラは章は三十年(四十一歳)、癌の手術で死にかけた時から始まっている。

例えば人生相談のものが来て、すでに他界している先祖の霊にお伺いしたいというようなことで、愛子の肉体に死者の霊を降ろして語らせる現象をツスと呼ぶ。

ウエインカラ、いわゆる千里眼で何でも見えるようになると、人生相談の者が来てもツスをする必要がなくなり、もっぱらウエインカラして見るようになる。巫女として、他の種々のカムイノミ(神儀)やウエポタラ(まじない)等も行う。


というわけで、愛子さんも小さいころから能力があってということではなく、途中からよくわかるようになって来た方のようですね、さらに、女系の方は代々そのような能力をお持ちの方のようです。

では実際にはどのような感じでわかったかというと、

距離と時間を越えて見える

ウエインカラをするためのカムイノミ等の儀式形式は何もない。対座する相手と話をしながら、相手の過去や未来のことが見えてしまうのである。

これは目の前に居る相手ではなければならないということはなく、電話に出ている一千キロ離れた相手であってもかまわないし、今どこに居るかわからないある人のことであってもかまわない。想うと見えてしまうのである。

…病人が来て愛子の治療を受ける。治療の謝礼として金子(きんす)を包みに入れて差し出す。開封せずに中の金額がわかる。その金子を借金してきたこともわかる。貧しい家庭の様子まで見える。財布の金額もわかってしまう。こうなると貧しい人からは謝礼を受け取れないということになる。

牧場主が1〜2ヵ月後に出産予定の子馬の性別を知りたがる。生まれるときの様子が見えるのでオスかメスかわかる。
商売の運勢を見てもらいに人が来る。その商売で動くお金の様子が見える。ついでにその人の浮気の様子まで見えてしまう。

…例えば、一緒に居る人たちには見えないのだが、愛子にだけは大蛇が沼に居るのが見える。

死者の霊が見える。例えば愛子の親しい友人が交通事故で死亡した。死亡してから四十九日目の間は、その友人の例が愛子のところに遊びに来るのが見えて、対話する。愛子にとっては日常的なことなので恐ろしいという気持ちは起きない。

四十九日が来ると、すでに死亡しているその友人の親族の霊が友人の霊と一緒に現われて歌をうたったりする様子が見え、その声も聞こえる。これは四十九日で終わる場合である。


またオーラはこのように見えていたようで、大変興味深いですねー。


一人一人が持っている光が見える。明るい人、非常に明るい人はごく少なく、暗く見える人が多い。何も見えないほど暗い人もある。

暗い人の過去現在をウエインカラしてみると、詐欺、泥棒、異性関係の乱れている様子、売春や覚醒剤、物欲の強い様子等が見える。

明るく見える人をウエインカラしてみると、他人に対して尽くしている様子が見える。ウテキアニ(愛)の精神で生きようとしている人は明るく、無慈悲な人、愛のない人は暗く見えると解釈している。現在財宝をたくさん所有しているかどうかということとは関係なく、その光の量が見えてしまう。


と、なるほど、私も光の量が違うということは良くわかるようで、くすみが内ない人ほど良い人ですよね、しかし、もともと心が温かい人でも、さまざまなストレスがたまっているとその周りにくすみがたまっていってしまって、そのストレスを発散できていない状態が長い間続くと、もともと明るい朗らかな方もふさぎ込むようになってしまったり、ガンコになってお酒に走ったりというわけで、オーラの明るさというのはまず非常に重要かつわかり易いその方の性格、状況の指標になったりしますよねー(^-^)。

ですので、まずスピリチュアルなこと学び、またそれを人生上で活用していくときに、オーラがわかるのとわからないのでは結構差がつくような感じも、実は致しますね。

「そんなオーラなんて普通の人がわかるようになるはずがな〜い!レインボーブリッジも封鎖できませ〜ん!」

とあきらめてしまうのは簡単なのですが、まぁ自分としては自分が一応わかるようになったということは、もっと霊感体質で、かつ慈善的な活動なさっているような人はたくさんいらっしゃるわけですから、そのような方もうまくその能力を特に難しいことを学ばなくても活用できるようになる時代が来ると思うのですね。
http://www.uranaiblog.net/user/fy3on3/fy3on3/62550.html

歴代継承者について 本書より引用


この本の原稿締めきり間近になって、愛子からこれまでになかった伝承記憶を思い出して語られ、また筆者が再度フィリピンを訪れて確認した事実により、これまでの原稿をそのままにした上で、更に歴代継承者の項を設けたい。この部分を加えることによって歴代の輪郭がよりはっきりしてくるかと思う。


初代の産婆は1756年(宝暦6年)頃、現在のフィリピン共和国・バギオシティー、ラクナムの地、ルソン島北部山岳地方を支配したイゴロット族の聖地アシュラムで生を享けている。

この初代に産婆や薬草等の治療の技術、及び信仰について授けたのは、アシュラムの開祖である

ティエンチンイー(天静一)という名前の男性であった。ツスの中で初代の霊が名乗っている

天静一の名は、実は初代その人の名前ではないことがはっきりした。初代は降霊現象(ツス)の中で、自分の名前を名乗っていないというのが事実である。


天静一は、中国人名のようだが、現在までの筆者の調査によっても、その出身地は不明のままになっている。現在までに判明していることは、船でルソン島に渡りついた異国人である。

薬草その他の治療の技術にすぐれた男で、彼が瞑想の地と定めて住みついた場所が、後にアシュラムと呼ばれるようになったようだ。この地方はイゴロット族の居住域で、天静一はイゴロット族を中心にして周辺の少数民族の畏敬を集めた人物であったようだ。

初代の産婆はそのアシュラムから北海道まで渡って、シトシというアイヌレヘ(アイヌ語名)のシャモと結婚している。シトシはコタン(村)の人々をトバットミ(強盗集団)から護る役目等を持ち、初代の方は産婆や子育ての技術、薬草等の治療術を生かしながら、夫婦で北海道各地のアイヌコタン(村)を巡回した。

初代81歳の時に訪れたヤマモンベツコタン(現・沙流郡門別町庫富)が最後の地となる。初代は、アトイサムという名のシャモの老婦人のチセ(家)に身を寄せている内に急に容体が変化し、おせわになったその老婦人にテケイヌ(診療・治療のための特殊な能力を持つ掌)を継承して他界した。

この時、初代を追って来ることになっていた夫のシトシは、まだコタンに到着していな
かった。この時の老婦人、シャモの女性が二代目継承者になるのであるが、初代との間には血縁関係のないことを、念を押しておきたい。

この二代目アトイサムは出生地不明、1775年頃に生を享け、1855年頃に他界したようだ。

初代からの教育的伝承はほとんど受けておらず、カムイノミ(神儀)の儀式的な継承のみであった。アトイサムは自分の子供に継承せずに、1851年頃に生れたまだ幼ない孫に三代目するカムイノミを行ない、他界している。やはり実践教育的な継承の期間が、ほぼなかったといえる。

三代目ハイネレの夫はアイヌ語名・門別アンリケチュウという名で、比較的若くて他界したと伝えられている。シャモであったようだ。

四代目は、三代目ハイネレの第二子長女・ウコチャテクが継承して、20歳頃に13歳年上の貝沢ウトレントクと結婚している。ウトレントクの父親はウカリクン、母親はシュトラン、祖母カシテクン、二風谷地方の古いニシバの家系であったようだ。

五代目継承者の愛子は父ウトレントク、母ウコチャテクの第七子四女である。以上を簡単に整理すると、青木愛子に伝わるアイヌイコインカル(助産術)やテケイヌ等は、ルソン島のイゴロット族のアシュラム(聖地)から運ばれていることになる。

アシュラムの方にはヒーリング(心霊技術)が歴代継承され、既に他界したが、トニー・アグパオアが現れて、その手術の真偽が世界的な話題になったようだ。

真偽の問題を論ずる趣味は筆者にはないが、聴診器も注射もメスも使わずに手当てを
行なう特殊な掌をアイヌ語でテケイヌと呼ぶことを報告しておきたい。

二代目、三代目はヤマモンベツコタンに、四代目、五代目は二風谷に定住した。初代以降五代目まで、アイヌの信仰と文化の中で人生を送っている。

しかし、アイヌと結婚した者は、現在までの調査では四代目ウコチャテク一人が判明しているだけである。

http://www.aritearu.com/Influence/Native/NativeWorld/Books/Upashikuma.html


青木愛子さんについては

アイヌ民族 (朝日文庫) (文庫)
本多 勝一 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E6%B0%91%E6%97%8F-%E6%9C%9D%E6%97%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9C%AC%E5%A4%9A-%E5%8B%9D%E4%B8%80/dp/4022613572

でも詳細に紹介されています。  



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01. 2010年7月17日 07:35:34: MiKEdq2F3Q

輪廻転生とシャーマニズム

 われわれには自我があり、それは脳などの有機的な組織に依拠しておらず、ゆえに死後も存在し続けると仮定してみよう。

では、その次にはどうなるのか?

一つの可能性として、霊魂は死した身体を離れた後ただちに、あるいは間隔をおいて生まれ変わり、別の身体に入って新たな人生を始めるという考え方がある。

実際、太古から特定の信仰を持った人々は死後の生まれ変わり、すなわち『輪廻転生』を疑わざる事実として受け入れてきた。

世界の主要宗教のうちヒンドゥー教と仏教の二つはとりわけそういった思想の中核を成しており、初期のケルト人のキリスト教会でも積極的に輪廻転生を教義として導入していた。
 
 近代科学の登場以前、人間には霊魂が存在するということ、そして死後の世界の存在は疑問を差し挟む余地もない“事実”であって、その存在を疑う者などほとんどいなかったのである。

世界宗教の教えはそれぞれ、独特の死後の世界観を持っていて、それは基底となる精神風土あるいは文化潮流によって大きく異なっている。前述したヒンズー教や仏教の教えでは、人は最終的に現世の苦しみを逃れ、最高原理である梵天との神秘的で至福に満ちた合体に至るか、涅槃に入るとされる。また古代ギリシア人、ローマ人、ヘブライ人は、死後の霊魂は暗いハデスや冥土に向かって旅立つものと信じられてきた。
 
 肉体は滅んでも霊魂は永遠に消えず、再びこの世に生まれ変わる――催眠術での『過去生』への退行、子供が突然思い出す他人の経験、あるいは大人の中にある『遠い記憶』、デジャ・ビュ(既視体験)の経験――生まれ変わりの証拠であるとされるこれらの体験を徹底的に収集かつ分析するため、中国国際生命科学院が大規模な調査を実施した。

同院の性現象研究室の科学者、賈天全(カーテンゼン)、張建佛(チョウケンウェイ)両教授はその調査結果から、輪廻転生の存在を確信している。調査では6人の転生が確認され、分析の結果、中国で起こった転生には次のような特徴があることが分かった。

転生は都市部では起こらない。中国の転生事例は辺鄙な山奥の小村に多く、人口の多い都市部には一例もない。

前世から今世への転生時間は一定しない。

収集した事例では4時間、4ヶ月、11年あるいは18年と“再生”に要した時間はバラバラであった。

前世の記憶は、3〜7歳くらいまで残る。

言葉を話せない2歳以前は不明だが、7歳以降は前世の記憶よりも今世の生活の比重が重くなるため、前世の記憶は薄れるか、時には完全に消滅してしまう。

転生した人間は、超能力を持つ人が多い。

調査では千里眼、予知能力、念力を持つ人や、心霊能力(死後の霊を実体として見る能力)を持つ人が確認されている。

前世と今世の性は同じとは限らない。

前世で男性だった人が女性に生まれ変わる場合もあるし、その逆もある。

生活習慣や趣味嗜好には前世の影響力があるとされる。前世で煙草好きだった人は、今世でも三歳の頃から煙草を吸っていたとか(オイ…)。

前世を思い出すのは、肉体的負担を伴う。前世のことを連日話したあと2、3日間、思い風邪のような症状になる人もいる。


 前世を覚えていると主張する人は世界中に数多く存在する。

しかし、よく耳にする批判の一つとして、有名な歴史上の人物の生まれ変わりと称する人があまりにも多すぎるというものがある。

1930年代には、ジョアン・グラントというイギリス人女性が、古代エジプト(ギリシアと並んで前世の話によく出る行き先)の華やかな人生の思い出を続けざまに脚色してみせて名声を得た。

他にも、スコットランド王ジェームズ四世としての前世を思い出した女性や、チャールズ二世の愛妾ネル・グウィンだったと称する女性などがいる。

しかし、アメリカにおける188件もの事例を対象とした最近の調査では、大半の被験者が矛盾だらけのお粗末な前世を思い出していることが分かっている。


◆逆行催眠と前世

 逆行催眠というものがある。

催眠術を使うことで、人を青春時代や子供時代、幼児期へと年齢退行させ、忘却の彼方にある過去の記憶を取り戻そうというものだ。

この逆行催眠を徹底すると、胎児の状態を超えて前世にまで遡ることができるという。

輪廻転生の研究においては、当初、意識的に前世を思い出すケースが対象となる事例の中で大部分を占めていたが、1950年代初めに催眠術の被験者が誕生の瞬間からさらに前世まで逆行することで、輪廻の証拠となる比類ないほど大量の情報を採集できることが発見され、この分野の研究は飛躍的に進歩した。俗に『前世逆行』と呼ばれる初の重要な事例は、1952年コロラド州で行なわれている。
 
 モーリー・バーンスタインという名のアマチュア催眠術師が、ヴァージニア・タイという若い女性に催眠術をかけ、精神を前世まで逆行した結果、彼女が1798年から1864年まで中流階級のアイルランド女性ブライディー・マーフィーとして生活していたことが分かったというものだ。

その時、タイは中西部アクセントからアイルランドなまりにすっかり切り替わると、19世紀前半のコークやベルファストでの日常生活について、説得力ある細かい内容をとうとうと述べたという。

バーン・スタインが1956年にこの事例の記録を出版すると、たちまち大評判となり、彼に倣って催眠術による前世逆行実験を行おうとする者が雨後の筍のように続出した。
 
 もっとも当時のアイルランドに関する記録はほとんど残っておらずタイの話を確認することは難しいことから、バーンの実験に疑問を呈する人も少なくない。

結局、逆行催眠で得られた記憶が本当に前世の記憶なのかどうかは、歴史的にも確認できる詳細な前世記録を収集し、その中に時代錯誤と思われるものを探すことでしか証明され得ないのだ。

催眠術によって極めて暗示にかかりやすい状態にある被験者が、催眠術師の誘導的な尋問によってヒントを得たか、あるいは知っている歴史記録をもとに空想を作り上げただけという可能性を完全に除外することはできないだろう。

 
 例えば、ハリー・ハーストという被験者は、前世逆行によってラムセス三世時代のエジプトに古代都市テーベが存在したことを記憶していた。

その他にも、彼はローマで広く使用されたセステルティウス硬貨を持っていたと述べた。

しかし、ハートの証言の細部を確認するように依頼されたエジプト学者は、そこに明らかな矛盾点を数多く見出した。

ラムセス時代のエジプト人なら、この都市を“オン”とは呼んでも“テーベ”とは言わない。テーベとは後代のギリシャ人作家たちがつけた地名なのだ。

さらに、エジプト人は歴代のファラオに番号をつけたりはせず、誕生や王位や治世の名前を複雑に大系立てて、同名異人の支配者を区別していた。
 
 当時のエジプト人がラムセス“三世”などという現代的な称号を知ってるはずがないのだ。

また、セステルティウス硬貨が初めて流通したのは、ラムセスの治世から1千年後のことだった。

しかし、このような決定的な矛盾点にさえ、逆行催眠による前世の記憶の妥当性が完全に否定されるわけではないと主張する研究者もいる。前世の記憶が現世の体験にどの程度ふるいにかけられるかの問題にしかならないと言うのだ。

研究者たちがこうした前提を認める以上、前世でイタリア人だった人がその記憶を英語で述べたとしても、被験者が空想にふけっているという決定的証拠にはならないということになる。

一方で、被験者が異国語を話した数少ない事例を調べれば、前世の記憶の信憑性をより確実に評価することができるという主張も確かであろう。
 
 心理学者イアン・スティーヴンソンは、逆行催眠の被験者がノルウェー語を的確に交えながら当時のスウェーデン語を流暢に話したという事例を紹介している。

しかし、こうした事例に対して心理学的な立場から有力な批判・反駁を行おうという研究者も存在する。その一人イアン・ウィルソンは人間の驚異的な記憶力を証明するある事例を挙げている。

ジャンというマージサイト出身の若い被験者は、1556年にチェルムズフォードで行なわれた巡回裁判で魔女として裁かれたジョアン・ウォーターハウスという少女の劇的な前世を思い出したと言う。

ウィルソンは古い記録を徹底的に捜索し、確かに同名の女性がこのときの巡回裁判で魔女として裁かれたことを確認した。
 
 では、ジャンの事例は輪廻転生の確固たる証拠になり得たのかというと、それとは逆だったのである。

当時の資料によれば、実際に裁判があったのはジャンが述べた日時から10年後の、1566年7月だったことが分かったのだ。

この混乱の元凶と思われる情報源は巷に流布していた巡回裁判に関する書籍であった。

ジャンの語った1556年とは植字工が犯した致命的な写植ミスであったのだ。

ジャンが、どこからその記憶を仕入れたのかは正確には指摘できなかったが、安っぽいラジオ・ドラマか少女漫画、あるいは図書館で隣の人が開いていたページから偶然的に拾った記憶だったのかもしれない。


ウィルソンは自分の研究結果をまとめて、次ぎのような結論を下している。
 
 催眠術下で得られる前世の記憶は、実際は、脳が記憶とは認識しない内容を想起するときに起こる無意識の剽窃、つまり“隠された記憶”という心理学的現象の例である。

ウィルソンはさらに、催眠術下でさまざまな人生を思い起こすのは、一般的には子供時代の精神的外傷(トラウマ)の結果として、一部の精神病患者に現われる多重人格になぞらえることができるとも示唆している。

生まれ変わり現象に対して、多重人格障害を理由に持ち出したウィルソンの主張は物議をかもしたが、1950年代以降、多重人格障害は催眠逆行療法と並行して増加傾向にあり今や世界的な広がりを見せている以上、彼の論点は軽視されるべきものではないであろう。


◆シャーマニズムと人格分裂

 興味深いことに、多重人格症の患者の中には分裂した人格のほかに不可解な人格、例えば死んだ人間の“魂”の人格が存在する例があり、『悪魔憑き』や『憑依現象』と勘違いされることがある。

また交代人格が、自分は複数の人間に乗り移っていた『霊』だと主張したケースもあり興味深い。

当然、そのような死者の記録を調査して、実際に該当する人物が見つかった例は皆無に等しく、被験者が潜在意識の奥で作り上げた空想上の“魂”であることは歴然としている。

このように近年、退行催眠で“思い出した”記憶には多分に被験者の空想が混在することが分かったため、すでに欧米では退行催眠の妥当性に対する信頼は大きく後退している。
 
 確かに被験者に催眠術かけ、記憶を遡って昔の自分に戻させることで、顕在意識の上では忘れてしまった潜在的記憶を呼び起こす退行催眠は、現在でも幼少時のトラウマをさぐる目的で心理カウンセリングなどで活用され、また宇宙人に連れ去られ記憶を消されたと主張する人たちの記憶を取り戻す目的で用いられることがある。

しかしその一方で、催眠術師あるいは心理療法師の誘導の仕方如何によって、退行催眠が偽の記憶を作り出してしまう可能性も警告されている。

カールトン大学のニコラス・スパノスと共同研究者は、このことに関する興味深い実験を行っている。
 
 スパノスらは被験者に、「自分の眼球運動と視覚探索能力がよく連動している」と信じさせ、それはベビーベッドの上で揺れるモービルのある病院で生まれたからと説明した。

そして、被験者の半数には「実際にそう確かめる」という名目で退行催眠をかけ、半分には幼児期の体験をイメージするようにという“記憶再構成誘導”を施した。

すると、催眠をかけられた人の56%、誘導を受けた人の46%が、実際にはなかった揺れるモービルの病院の様子を思い出したのだ。

あるいは退行催眠に依って前世を思い出したという事例は古来から存在したシャーマニズム、ないしシャーマンによる憑霊現象などと比較することができるかもしれない。

 
 多くの部族社会で重要な地位を占めるシャーマンは宗教や呪術を司る特殊技能者で、シベリア、中央アジア、北アメリカ、オセアニアなどの狩猟採集文化に広く見られる。

シャーマニズムは、シャーマンを中心とする宗教形態で、通常、そこでは精霊や冥界や霊の世界が一般的に信じられている。

シャーマンは恍惚状態に入ることで自己の魂を霊の世界に送り込み、霊と意思を通じ合わせる特殊な存在であるとされる。

その際シャーマンはしばしば幻覚や幻聴を引き起こす――彼らに言わせれば“神聖な薬物”を使用する。

例えばシベリアのシャーマンは、トランス状態や幻覚を起させる薬として、ベニテングタケやカラカサタケなどのキノコを煎じた液を飲む。
 
 多数の人類学者や古代宗教の研究者によれば、このように意識の変革を起させるためにキノコなどの幻覚性物質を用いるのは極めて古い時代、おそらく人類の歴史と同じくらい古いのではないか、と述べている。

古代ギリシアでは、エレウシスの神秘宗教の新入会員に“女神の姿が見えるようにするため”、特殊な菌類を飲ませた。

同じように、古代インドでは、ソーマというものが“神々の食物”であると同時に、神々の顕現に接したいと考える人々のために選ばれた食物でもあると言われていた。このソマの正体が、シャーマンが飲んだ何らかの幻覚性物質のようなものであろうことは現在では異論がない。
 
 さらにスペインの年代記作家ゴンサロ・ドビエドによれば、ネイティブ・アメリカンのシャーマンたちは、霊と意思を通じ合わせることができる秘密の手段を持っていたという。

「シャーマンは恍惚状態にあるように見え、また不思議な苦痛を感じているようでもあった。……

彼は意識もなく地面に横たわり、族長やその他の人々が自分たちの知りたいと思うことを尋ねると、霊がシャーマンの口を通して、きわめて正確な答えを与えた」


と彼は書いている。しかし、古代のシャーマンたちと同様、トランス状態に入る現代の霊媒師たちは幻覚性物質など用いていない。彼らが霊を憑依させる(厳密にはそう信じ込む)ための主要な手段はおそらく“自己催眠”であろう。

 
 先に多重人格障害について述べたが、シャーマンや霊媒師が“支配霊”とか“霊の導き”と呼んでいるものの大半は、この多重人格症の一例に過ぎないのではないか、という解釈である。

この場合“別の自我”は、表面に現われると本来の人格を完全に乗っ取ってしまうため、当人には別の人格になっていたときの記憶はまったくない。

こういうと、通常の多重人障害のパターンと、シャーマニズムの憑霊あるいは交霊会で霊媒が支配霊を呼び出すときの様子はあまりにも違いすぎる、という反論もあるだろう。

しかし、シャーマンや霊媒師は霊魂を呼び出す際に、ほぼ例外なくトランス状態に入る。とすれば、トランス状態の下で、霊媒が自分でも気付かないうちに別の人格を出現させたと考えることも可能なのだ。
 
 実際、この現象は精神病歴のない正常な人に催眠術をかけた際にも、不意に起こる場合があることが知られている。

ではこの場合、霊媒の出現させた“第二の人格”が特定の限られた人しか知り得ない情報を知っているのはなぜだろう。

これを説明するには、人間の心に潜む驚異的な力、俗に『神話作成』として知られる能力を引き合いに出さねばならない。神話作成とは、誰かが催眠術にかけられてトランス状態にあるときに、よく“過去生”という形で語られるものだ。

これは非常に説得力のある詳細な話や、神話を創作する能力を伴っており、その結果が一部の霊媒に“潜在意識の偽造”の能力を与え、死者の声や生前の癖や筆跡、さらには作曲やデッサンのスタイルまで真似る力を与えるという。
 
 実際に、催眠術にかかった被験者が、突然、通常の生活では気付いてもいなかった才能を示す場合があることはよく知られており、ある人は催眠状態で見事な絵を描き、またある人は巧みな歌を歌う。

人間は通常、脳細胞の1割しか使っていないといわれ、残りの9割の部分は無意識状態で普段は意識できない領域である。

催眠中に失われていた記憶を呼び戻したり、あるいは非常に重たいものを軽々と運んだりするなど、催眠術には脳細胞の残りの9割を活性化させる働きがあると言えるのだ。

潜在意識の偽造は、交霊会の霊媒師や恐山のイタコなどに特有の心理現象というわけではない。意識的であれ無意識的であれ、おそらくは死人の生まれ変わりを称する多くの人々に適用できると言わなければならないだろう。
 
 いわゆる前世を記憶していると主張する人々は、宗教的に輪廻転生が認められてるインドやスリランカ、その他アジア地域などで出生している場合が多い。

ヴァージニア大学の朝心理学者、イアンスティーヴンソンがインドで収集した事例の3件のうち2件は、貧しい境遇の子供が上位カーストの一員として前世を記憶していたという。

この場合、子供の側に願望的思考が窺えるだけでなく、生まれ変わった人格が元の家族に財産の所有権を主張する可能性も認められる。

実際、ヴィア・シンという子供が、前世での父親ラクシュミ・チャンドに財産の三分の一の分与を公然と要求したが、チャンドが不運にみまわれて新しい父親より貧しくなってしまうと、元の家族への関心を失ってしまったという妙に現実的な事例まである。
 
 スティーヴンソンが収集した有力な事例には、前世で負った傷跡に相当するアザを持った子供たちが数多く含まれている。

その一例がラヴィ・シャンカールというインド人少年の場合で、この少年は前世で惨殺されて首をはねられたアショーク・クマーという少年だったと主張した。

実際、スティーヴンソンはシャンカールの顎の下にナイフの傷跡に似た、細長いアザがあるのを発見している。しかし、アザは生まれ変わりが実在する決定的証拠にはとてもなり得ないのが実状である。

むしろ、このようなアザに合理的な説明をつけるために、わざわざ前世の記憶を作り上げたというのが本当のところだろう。とはいえ、多くの事例の中には、虚言や精神分裂症そして催眠による神話作成だけでは説明できない事例があることも確かである。
http://www.fitweb.or.jp/~entity/shinrei/rinnetensei.html 


「神々の糧」:トリプタミン幻覚剤と意識のビッグバーン

ホモ・サピエンスは5万年前に知性が爆発的に急成長し、アフリカから脱出した150人程度のグループが現在のすべての人類の祖先となったとされている。アフリカで意識のビッグバーンを引き起こしたものは何だったのか。

『神々の糧(Food of the Gods)』のテレンス・マッケナは、強いエクスタシー感覚をもたらす世界中の向精神性植物を比較検討し、アフリカ中部で幅広く植生し、人類祖先の食糧となった可能性があるのはトリプタミン幻覚剤を含有する植物・キノコ類ではないか、と推理する。

トリプタミン系のシロシビンを摂取すると視覚が鋭敏になり、性的な興奮を誘発するという実験を引き合いにしながら、マッケナは5万年前の激変を以下の3点から考察している。


■ 1. 鋭敏な視力は狩猟や採集を大幅に向上させ、食糧の大量確保が可能になった。

■ 2. 性的な興奮を引き起こし、人類の急速な繁殖に役に立った。

■ 3. シャーマン的なエクスタシーを経験し、超自然的な判断力・予知能力・問題解決力をもつ指導者が現れた。


視力向上によって「狩猟される側」から「狩猟する側」に転換したともいえる。裸眼視力が3.0〜5.0に上がっただけではなく、心の目による察知能力も高まり、安全な住み家や集落を確保したうえで、生めよ殖やせよ、が起こったのかもしれない。

やがて超自然との交流を専門にするシャーマンの家系が生まれ、神秘世界や生命現象が徐々にコトバで表現されるようになり、ここから宗教や文字社会へと発展した、と想像できる。

わたしが主張したいのは、初期人類の食物に含まれていた突然変異を起こさせる向精神性化学化合物が、脳の情報処理能力の急速な再編成に直接影響を与えたということである。

植物中のアルカロイド、とくにシロシビン、ジメチルトリプタミン(DMT)、ハルマリンといった幻覚誘発物質は、原人の食物の中で、内省能力の出現の媒介を果たす化学的要素となり得るものだった。<中略> 

この過程のもっと後の段階で、幻覚誘発物質は想像力の発達を促し、人間の内部にさまざまな戦略や願望をさかんに生み出し、そしてそれらが言語と宗教の出現を助けたのかもしれない。(p41)


著者はエクスタシー感の高い“ドラッグ”を以下の4つに分類する。


1. LSD型化合物・・・近縁はヒルガオ、麦角など

2. トリプタミン幻覚剤・・・DMT、シロシン、シロシビン(豆類など)

3. ベータ・カルボリン系ドラッグ・・・ハルミン、ハルマリン(アワヤスカのベース)

4. イボガイン科の物質・・・アフリカと南米に存在


余談だが、本書では『神々の果実(Magic Mushroom)』にも登場するベニテングダケについては、若干の向精神性はあるものの、安定的なエクスタシーはもたらさないとして除外されている。

私も『神々の果実』を読んでみたが、インドのソーマ(Soma)に関しては文献学的に説得力があるが、飲尿習慣を絶対の前提とするところが難点だ。また、神話学やユダヤ・キリスト教に関しては、拡大解釈が甚だしい。


ともあれ、人類の祖先がアフリカのトリプタミン幻覚剤で意識のビッグバーンを経験したと仮定すると、その後の放浪地では良質の幻覚剤に恵まれなかったということか。

エジプト脱出のモーゼは麦角(LSD)の知識が豊富だったという説もある。エレウシスの秘儀は麦角ビールのような特殊大麦飲料を使っていたという考察もある。だが、麦角は一歩間違うと大量の死者を出す猛毒物質でもあるため、扱いが困難だ。


アヘンは中国を攻略する薬物となり、“スピリット(精神)”と呼ばれるようになった蒸留アルコール飲料も、大量の中毒者を出して社会不安を広げた。

アヤワスカは現在注目されているものの、これを使っていた中南米の民族が戦略的な優位に立てていたかどうか。

砂糖・コーヒー・茶・チョコレートは、医薬品や催淫剤としては期待倒れだった。現代社会が抱えるタバコの害についてはすでに周知の通りだ。


現代社会では草原で狩猟をするような視力は不要であり、人類全体の視力は低下する一方だ。生めよ殖やせよの効果が効き過ぎたせいなのか、地球上の人口がこれだけ増えても年中型の発情は続き、それでも満足できず、「もっともっと」とドラッグを求めている。

残された快感と英知の世界は、シャーマン型のエクスタシーの世界だ。このエクスタシーを一般庶民が常時体験するような革命の日々は、果たして訪れるのだろうか。


モーゼが視たヘルメス蛇の幻想 ― 龍神イエスを導くマトリックス


ヘブライ大学の認知心理学の教授がモーゼ研究で面白いことを言っている。


◆AFP:十戒を受けたときモーゼはハイだった、イスラエル研究報告(2008/3/6)  旧約聖書に登場するモーゼ(Moses)はシナイ山(Mount Sinai)で神から10の戒律を授かったとされているが、それは麻薬の影響による幻覚経験だった――イスラエルの研究者によるこのような論文が今週、心理学の学術誌「Time and Mind」に発表された。

 ヘブライ大学(Hebrew University)のベニー・シャノン(Benny Shanon)教授(認知心理学)は、旧約聖書に記されている「モーゼが十戒を授かる」という現象に関し、超常現象、伝説のいずれの説も否定。

モーゼもイスラエルの民も麻薬で「ハイになっていた」可能性が極めて高いとしている。

 モーゼが「燃える柴」を見たり、聖書によく出てくる「声を見た」という表現も、麻薬の影響を示しているという。

 教授自身も麻薬を使用して同様の感覚を味わったことがあるという。

1991年、ブラジルのアマゾンの森林で行われた宗教儀式で、「音楽を見る」ための強力な向精神薬、アヤフアスカを服用。精神と宗教のつながりを視覚的に体験したと言う。

 アヤフアスカには、聖書の中でも言及されているアカシアの樹皮でつくる調合薬と同程度の幻覚作用があるという。

「アヤフアスカ」はアヤワスカとも呼ばれる幻覚調合剤で、エハン・デラヴィやグラハム・ハンコックなど意識の冒険家たちが何度も服用している。

このアヤワスカを飲むと大蛇の幻覚を例外なく見ると言われているが、シャーマンとしてのモーゼがアカシア樹脂を使って同様の幻覚作用を得ていたとすると、モーゼの「蛇の杖」や「炎の蛇」や「青銅の蛇」も説明がつく。


蛇信仰は世界中で普遍的に存在するが、旧約聖書の創世記では蛇はサタンの化身であり、イブをけしかけて知恵の実を食べさせた。

一方、エジプト脱出のモーゼは杖を蛇に変えたり、堕落した民を炎の蛇で殺してしまうという“蛇使い”だ。


◆旧約聖書 『民数記(Numbers)』 21:4−9 (新共同訳)

彼らは、ホル山を旅立ち、エドムの領土を迂回し、葦の海を通って行った。

しかし、民は途中で耐え切れなくなって、神とモーセに逆らって言った。

「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのですか。荒れ野で死なせるためですか。パンも水もなく、こんな粗末な食物では、気力もうせてしまいます。」 

主は炎の蛇を民に向かって送られた。
蛇は民をかみ、イスラエルの民の中から多くの死者が出た。

民はモーセのもとに来て言った。

「わたしたちは主とあなたを非難して、罪を犯しました。主に祈って、わたしたちから蛇を取り除いてください。」 

モーセは民のために主に祈った。主はモーセに言われた。

「あなたは炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれた者ががそれを見上げれば、命を得る。」 

モーセは青銅で一つの蛇を造り、旗竿の先に掲げた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぐと、命を得た。

最も不思議なのは、ユダヤの民が許してくださいと哀願したときに、蛇にかまれても死ぬことのない“解毒装置”として、「青銅の蛇」を用意したことだ。蛇にかまれても、この青銅の蛇を見ると命を得るという。

偶像を拝んではいけない、他の神を拝んではいけないといいながら、チャッカリ蛇の偶像を用意したことになる。

みんな死ぬのが怖いので、この青銅の蛇をありがたや、ありがたやと拝むに決まっている。どうして蛇の天敵である「鷲」や「鷹」の像を使わないのか。あるいは「ヤウェ、ヤウェと10回繰り返せば直る」という言葉のパワーを使わないのか。


◆旧約聖書 『列王記 下(II Kings)』 18:1−4 (新共同訳)

イスラエルの王、エラの子ホシュアの治世第三年に、ユダの王アハズの子ヒゼキヤが王となった。

彼は二十五歳で王となり、二十九年間エルサレムで王位にあった。

その母の名はアビといい、ゼカルヤの娘であった。

彼は父祖ダビデが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行い、聖なる高台を取り除き、石柱を打ち壊し、アシェラ像を切り倒し、モーセの造った青銅の蛇を打ち砕いた。

イスラエルの人々は、このころまでにこれをネフシュタンと呼んで、これに香をたいていたからである。


時代が下ってヒゼキヤ王の時代になると、モーゼの造った青銅の蛇は打ち砕かれてしまう。

蛇神は拝んではいけませんよ、何度注意しても、人々は蛇を拝んでしまっていたということだろう。

しかしながら、この蛇拝みの元を造ったのはユダヤ教の開祖モーゼなのだ。


蛇神というとおどろおどろしいが、いわゆる地の神の象徴であり、龍神さまと言ってもいい。龍神の側に立って、旧約聖書にある「ヤウェ vs 龍神」の対立構造を読み取ると以下のようになる。


ヤウェがこの世を創造したけれど、ロクなもんじゃないよ、この世界は。

アダムとイブを救うべく、知恵の実を食べさせる龍神さまの電撃作戦がついに決行!

ところがヤウェが「原罪」と恐怖政治の手法を使って闇の人間支配を継続。

これに反撃すべく、モーゼが登場。ヤウェだけを拝むように見せかけて、「青銅の蛇」を拝まざるを得ない仕組みを構築。

ヤウェの化身ヒゼキヤ王がこの工作に気づき、龍神の通信機「青銅の蛇」を破壊。

互角の戦いといったところか。

で、この後にユダヤの律法主義を批判しながら登場するイエスは、さて、どちら側の化身なのか。

正統派のキリスト教会は口先でユダヤ教を否定・超克したと言いながら、<ユダヤの神=キリストの神>という路線を選択。

一方、キリスト教の異端であるグノーシス派は<ユダヤの神=サタン、キリストの神=龍神>を選択している。

ユダヤ教の神ヤウェがサタンであるとすると、アダムとイブに知恵づけをした蛇が本当の神さま(龍神さま)だったということになる。

また、イエスこそが龍神の化身であり、ヤウェが仕組んだ「原罪」を浄化するために、あえて十字架に掛かって犠牲になったという解釈や、スキをついてサタンをコブラツイストで締め上げたという解釈も成り立つ。

中世のキリスト教では、旧約の神様が偶像崇拝はいけないと何度も警告したにもかかわらず、イエスの磔刑や聖母マリアを偶像にしてしまう。

一方、東欧で栄えたグノーシスのボゴミール派は、龍神イエスを処刑した十字架を拝むなんてトンでもないということで、十字架を含めいっさいの偶像を否定した。

ルネサンスになると、エジプトのヘルメス主義やギリシャの秘儀、ユダヤ教のカバラなどを融合した新プラトン主義が台頭する中で、「十字架に架かる蛇」(フラメル紋章)も現れる。

反カトリックの神秘主義者は<蛇神=イエス>をほのめかし、詭弁のキリスト教徒は<これはモーゼの青銅の蛇を意味し、イエスの磔刑を予言したもの>とうそぶいて、“旧約は新約の予表”という預型論(タイポロジー)に溺れる。

いずれにせよ、一方が神で他方はサタンであるという善悪二元論を超越しない限り、旧約を“聖”書に仕立て上げたバイブルであれ、旧約を全面的に否定したグノーシスであれ、英知に至ることは不可能であろうね。
http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1714647


17. 中川隆[-12641] koaQ7Jey 2018年5月27日 14:37:18 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14476]

引用が長くなりましたが、結局 滝田洋二郎 秘密 は

直子自体は完全に死んでいて、藻奈美の無意識内の直子の記憶が人格化されて憑依状態になっていた

という設定なんですね。


滝田洋二郎 秘密 1999年 東宝

動画
https://www.youtube.com/watch?v=W-N2h-q4Rl0


監督 滝田洋二郎
原作 東野圭吾
脚本 斉藤ひろし

キャスト
杉田藻奈美・直子 - 広末涼子
杉田平介 - 小林薫
杉田直子(入れ替わり前まで) - 岸本加世子


18. 中川隆[-12640] koaQ7Jey 2018年5月27日 15:04:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14476]

娘が母に飲み込まれる母娘の一体的関係


2017.08.10
女性の心理的発達に関する一試論:過食症症例の面接過程と夢の分析を通じて (思春期青年期精神医学,5(1):63-76,1995.)
http://koteraclinic.jp/monograph/187

女性の心理的発達に関する一試論

─過食症症例の面接過程と夢の分析を通じて─

A STUDY OF FEMININE PSYCHOLOGICAL DEVELOPMENT : The Psychoanalysis of the Interviews and the Dreams of a Female Bulimia Case

小寺 隆史※

※浅香山病院精神神経科 〒590堺市今池町3-3-16

Takashi Kotera : Department of Psychiatry, Asakayama Hospital

抄録: 女性の心理的成長を考える上で、それが阻害されている多くの症例に、「娘が母に飲み込まれる母娘の一体的関係」というモチーフが散見される。このような状況は、女性の心理的発達の原始的な段階と考えられると同時に、かなり後まで残存し、その影響を背後から与える構造でもある。

一方、この母娘の一体的関係に割って入るものは男性性に他ならない、それ故、このような女性にとって「男性像は父親も含め侵入的、侵略的なものとして認識される」ことが多い。このモチーフはギリシャ神話のデメテルとコレーの物語にその典型を見ることができる。この侵略的男性像を受容することによって、女性は強固な母娘関係から脱することができる。今回、過食・嘔吐を主訴として来院した21歳の女性の面接過程と夢の過程について、以上の文脈からの分析を試みた。その中から母親との関係の編み直し、男性像の変遷、女性性の受容、といったテーマを抽出し、母娘の一体的関係から、次の段階に展開する移行期を見ることができた。

Key words: Primitive mother-daughter relationship,

Invading male image, Demeter and Kore, Hades, Bulimia


1.はじめに

臨床場面において、女性のクライエントと会っていると、母親との結び付きが強固で、そこに“娘が母に飲み込まれる母娘の一体的関係”というモチーフが見いだされる例に数多く出会う。それ故、このモチーフは女性の心理を考える上で重要な視点を与えるものの一つではないかと思われる。このような女性の状態に関して、Neumann,E.11)はそれを「女性の自我が、母性的な無意識や母性的な自己といまだ結ばれたままでいる自己保存の段階」と指摘している。Ne-umannは女性の発達と男性の発達との基本的差異について、男性の場合、最初の対象である母から異化することのなかに自己発見を達成するのに対し、女性の場合、母との同化のなかに自己を発見することができ、そのため「あの原初の関係にみられる母親との関係は引き続いて存続することがある。」と指摘している。そしてこの母娘の関係が母権制社会の中心的心理構造をなしていると考えている。つまり、彼のいう原初的母娘関係とは、単に女性の発達のprimitiv-eな段階という意味にとどまらず、母権制社会を支えるarchaicな心理構造でもある。この母権制社会の心理構造については、これに先立つBachofen,J.J. 2)の研究がある。

また、Freud,S.5)もこの構造に言及しており、「婦人の本質のかなりのものが、根源的な母親への愛着の中に残ったままになっており、男性の方向へ向かう、正しい変換をしないでしまうという可能性もある」と述べている。Freudは女性の愛の対象が母親から父親へと「性の変換を経なければならない」点が男性の発達と根本的に異なることを強調している。さらに「エディプス・コンプレックスは、女性の場合にはかなり長い発達の最終成果」であるとし、女児の発達においてはプレエディパールな母子関係が男児に比べて延長し、かなり後まで存続し続ける場合がありうることを示唆している。Freud派における女性の研究としては、Deutsch,H.4)によるものが重要である。彼女は思春期・青年期の女性の心理に関して、この時期に、幼児期の発達課題が再現することを指摘したうえで、「エディプス・コンプレックスを卒業するばかりではなく、思春期前期と早期思春期に始まった働き、すなわち母親との古くかつ根深く、いっそう原始的な絆を大人にふさわしいものに編み直すこと」が、その課題となることを述べている。Blos,P.3)も思春期女性の症状形成がその強力な母娘関係に起因していることを指摘している。また、中村10)は青年期女性の治療に関してエディプス的葛藤に先立つ「母子関係がさまざまの意味で問われる」と指摘している。 Deutsch、 Blos、 中村ら、これらの研究者は共通して、思春期・青年期の女性において、母娘関係の課題の比重が男性の場合より高いことを示唆している。このことと、上記のNeumannの指摘、F-reudの指摘は整合するものと思われる。即ち、女性の幼児期において残存しやすいこの関係は、その分、女性の思春期・青年期にも課題性の比重が高いものと考え得る。

さて、一方このような母娘関係が思春期・青年期に強固に存続している場合、“男性は父親も含め侵入的、侵略的なものとして認識される”ことが往々にして起こりやすいのではないかという臨床上の印象がある。このことに関して、Neumann,E.12)は、このような母と娘の一体感があるとき、「女性が心理的または社会的に母系集団のなかに留まり、(略)女性的なものとの一体化とそれへの接近は、男性的なものの排除とそれへの冷淡さを生まずにはいない。」「女性がそこで経験する男性的なものとは、敵対的な征服者にして否定的な略奪者ということになる。」と述べている。そしてこのような、侵害的な男性像を女性が受容し、それが肯定的で親和的な男性像に変容して行く中で、女性は強固な母娘関係を脱し次の段階へと展開して行くものと考えられる。この展開は幼児期の発達にも、思春期の発達にも、螺旋状にくりかえされるものであろう。また、その母娘関係の様態によって、その男性像の侵略性もさまざまなスペクトルをもつことが予想される。幼児期においては、最初の男性像として、父親が現出するだろうが、母との結び付きが未分化である場合、父親像は侵略的となり、その関係の中に入れず、除外されてしまう危険性がある。(母親との両価的関係を解決するものとしての父親の役割について、Abelin,E.1)の発達的研究がある。)また、思春期においては、“異性の受容”という大きな課題に直面しなければならず、それまでの展開性が不十分であればあるほど、男性像の侵略性は顕著なものとなるだろう。そして、それが展開するためには、男性像は一旦は侵略的なままで受け入れなければならないという、一つの筋道が考えられる。(このモチーフは後述するギリシア神話:デメテル・コレー・ハーデスの物語に、典型的に現れる。)その場合は、母娘関係は一旦切断されたうえで、新たな関係として編み直されるのではなかろうか。(もちろん、この筋道は巨視的な筋道であり、微視的には、男性の侵入と、母娘関係の改編は相補的に起こるものと考えられる。)また一方、母娘の結び付きが強く、男性が弾き飛ばされてしまう場合も臨床的に見受けられる。

以上のような観点から、本小論においては、過食・嘔吐を訴えて来院した21才の女性が、就職という一つの節目を乗り越えて行く過程を一例として提示し、その夢分析を含む面接過程のなかから「母への取り込まれとそこからの離脱」「そこに現出する侵略的な男性像とその変容」といったモチーフを抽出しようと思う。その二つの文脈を軸として青年期の女性の心理的成長について考察を試みたい。

2,症例の概略

◆症例:B子(21才 女性)

◆主訴と現病歴:過食・嘔吐を主訴として来院した。初診時大学の4回生在学中であったが、大学1年生のときより過食症状が出現し、大学3年生頃より太るのがいやになり過食後吐くようになった。過食はひどいときはほぼ毎日あった。このとき161 の身長に対し、体重は55 まで増えたが初診時は46 まで減少している。初診時過食は週1回程度であった。初診時の母親からの情報では、大学4年生になってから、実家に帰宅時、情動が高まり大声で泣き叫びつづけたり、ドアをたたきつづけるということが幾度かあったという。また、自殺をほのめかす発言が幾度かあったという。

◆生活歴:中学・高校と女子校。中学校の途中で親の意見により公立中学から私立の女子中学に転校している。初診時大学4回生在学中。大学の選択についても、主に母親の意見で決まっている。なお、B子の実家は大都市圏にあり、通っている大学は地方都市にある。◆家族歴:父、母、兄、本人、妹の5人家族。兄は境界例人格障害の診断にて、筆者の勤める病院に受診歴がある。

3,面接と夢の過程

面接は大学の夏休みを利用して行われた。筆者の勤める病院は、B子の実家の近くの大都市圏にあり、また、B子の兄もこの病院に受診歴があることから、当院に来院したと言う。この際、受診がB子の意思でなされたのか、母親の意向でなされたのか、あるいはその両方であるのかは、あまり明確ではないままに面接が開始された。この、本人の意向なのか母親の意向なのかが不明確であること自体が、この症例の特徴であることに筆者は後に気づくことになる。面接過程においては、主訴であった過食・嘔吐の訴えはあまり前面に出ないで、家族関係などに関する話題が中心となっていった。また、面接期間中に手首を尖ったもので刺すという自傷行為が出現した。(このとき手首は傷だらけになっていた。)面接は、一般外来にて予約制にて行った。予約はそのつど次回日時を決め、最初の4回は1週間間隔、少し安定してきた4回目以降は2週間間隔で、2カ月間に7回の面接を行い、一応の終結となった。ただし、夏休み中に終わるというような契約で始まったものではない。その間に全部で15の夢が報告され、今回はその中から重要と思われる5つの夢を選んで提出した。また、夢の分析については[考察]の欄でまとめて述べる。なお、治療の中で、夢の解釈を返すことはほとんどせず、夢についての本人の連想を聞いたり、夢を媒介として話し合うことが多かった。これは、筆者が夢自体に治癒力があると考えているためで、あえて治療者が夢の意味を解釈することをせず、夢を真ん中において、患者と治療者があたりを散策し、「夢自体に語らせる」というようなイメージで治療をすすめた。

なお、「」内はB子及び家族の発言、『』はB子がノートに記録して来た夢の内容、それらの内の()内は筆者による補足、内は筆者の発言である。

◎第1回面接

初回面接の最初に過食・嘔吐の問題が訴えられたが、初回面接の中でも、その後の面接の中でも過食・嘔吐の問題は重大なテーマとして繰り返されるということはなく、むしろ家族の話題が中心となった。筆者は受診の目的の明確化を図るよりは、B子の話について行く方向を選んだ。以下は面接でのやりとりである。

「過食症で受診したんですが、おかしいのはそれが一番ではなくて、食べるのは自分のすることがないときに食べ、そのあと太るのがいやで吐くんです。」

<何が一番問題なのかな?>

「わからないけど・・・今下宿している。家を出たかったから。おかしくなったのは3年前から。父は信用できない人で、私は母に守ってもらって育った。将来私が家族をささえないといけないと思って。将来に、私の夢がないのです。結婚も・・離婚しなかったらいいとか・・暴力ふるわなかったらいいとか・・・父は母に暴力をふるった。私にもふるった。警察を呼んだこともあった。私は無力感を感じた。生理は1年間止まっている。」

この回の最後で、この面接についてこれからどうしますかとの筆者の問いに対し、ここに通いますと言う。薬は飲みたくないとのことで不投薬にした。あなたの心の風景を知りたいのでと夢の記録と提出を提案するとB子は承諾し次回から夢の記録を持参してもらうこととする。本人退室後、母親が面会を求めて入室し、今までの経過をやつぎばやに述べて、薬をだしてほしいと言ったが、本人と話し合って決めたことだからと母親を説得し不投薬とした。これは、娘の不都合な点を羅列的に述べ、それを「除去してほしい」と訴える母親の姿勢の中に、母親の娘に対する支配性の強さを筆者が直感したため、少なくとも治療者が母親が娘を支配するための代理人とされないように、歯止めをかけておくというねらいもあった。

◎第2回面接(前回から1週間後)

1週間後、B子は夢の記録を持って受診した。過食の問題には触れずに母親との関係を語り出した。前回、守ってくれるものとして語られた母親が、今回はB子を困惑させるものとして語られた。

「1週間疲れました。毎日母の言葉にいちいち反応して、泣いてしまって目もはれている。どんどんいらいらがひどくなっている。

母は私の言ったことに間髪入れずに違うと言う。それで昔のすべてのいやだったことが思い出される。」

母親の言葉が直接的にB子の情動を刺激しているように語られ、問題の重心はむしろ母親に移されて語られている。ここに母親との間の自我境界の不鮮明さを筆者は感じていた。また、問題の重心の母親への移動は投影性同一視の問題を示唆していると考えられた。このことについては考察にて後述する。

また今回も、父親はいわば悪者として語られる。

「自分も母親と同じように満足できない人生を歩むのではないかと心配する。父親は信頼したくても信頼してはいけない人なのです。人間的に冷たい気持ちをもっている。あの人を理解しようとすると、こっちが変になる。私はあの人を自分から排除したい。父親は母、兄、私と一緒に電車に乗るときは自分だけ違う車両に乗る。生活費が乏しくても自分の小遣いは確保する。生命保険もすべて解約した。」 このような日常的な話題が一段落ついたところで、記録してきた夢を読んでもらい、それについて連想を聞くという方法をとった。[夢1]

『大きい部屋で、輪になって踊る。2人がペアになって踊る。私はうまく踊れない。少しの間1人の友人と輪から抜けて、へやのはしで踊っているのを見ている。後で輪の中に入れてもらったが私の右手にいる人(踊っている相手)が、前の人(B子の前にその人が踊っていた相手)の方が良かったと言い、心の中で、悲しい思いをするが、笑いながら、ごめんねと言う。私は上手に踊れるつもりだったが、また同じように踊れなかった。回りの皆は楽しそうに踊っている。』

(連想)

「今、彼がいるんだけれど、男の子との付き合い方が全くわからなくて。クラブに入っても男子と1年間しゃべれなかった。うわべだけならしゃべれたけれど。大学2年の終わりまではクラブの女子は私1人だった。2年の終わりに女子2人が入ってきた。仲の良い2人で、私は仲良くなれなかった。その2人の女の子はクラブの男の子とすぐに仲良くなってしまって、夜、下宿を行き来したり。心の中では嫉妬心、羨ましさ、劣等感でいっぱいだった。そのころ、私はクラブの1人の男子と付き合っていた。3年生でふられた。そして、その人は新しく入って来た女の子と付き合うようになって、それがとてもつらかった。そのころから生理が止まった。ふられた男の子と4カ月後によりをもどした。私は彼のことを好きじゃない。ずっと、初めから、今まで好きという感情がない。それより心おきなく思ったことをしゃべれる方がうれしい。」

◎第3回面接(前回から1週間後)

この回では友人に対する関係の取り方が話題となった。ここでも、B子の対象(ここでは友人)に依存している姿がうかがえる。ここで筆者は彼女の対象に依存している自らの姿を彼女自身が気づけるよう、また、対象(相手)が自分の期待どうりに動かないときに生じる葛藤を、自らの心の中に包含することが、実は対象からの独立性を確保することになることを、以下のような働きかけのなかで提示しようと試みている。いわばここで対象からの分離、自我境界の強化を働きかけのテーマとしている。

「落ち着いてきているような気もするけれど、立ち直れないような気もする。閉じこもったままみたいな。」

「自分の中でどうしても納得できないときどう処理してるんですか?例えば、友達が泣きながら電話して相談してきたら、私は次の日私からその子に電話する。でも、逆の立場なら、友達は私に電話してきてくれない。」

<相手はこちらの期待どうりに動いてくれないこと、多いよね。>「そうです。」

<そのとき悲しい情けない気持ち起こって来るでしょう。>

「そう、それです。」

<その気持ちは自分の中にあるもので、それを消そうとして相手を動かすとなってきたら、その分、相手に頼ってるということになってくるよね。>

「わかります。そのとおりと思います。結局、友達に頼ってることになるんですね。」

<もし、その気持ちを自分の中に置いとけたら・・相手から自由になれるんだけどね。>

◎第4回面接(前回から1週間後)

この回、自分が憎く、その自分を消してしまいたいという自傷行為が報告される。尖ったもので手首を突き、手首はそのため傷だらけであった。その反面、過食した日は1日すべてが悪いのではない、という発言がなされる。これは自傷行為にみられる極端化した思考に対し、程度感覚をふまえた思考が部分的にではあるが、可能であることを示している。筆者はその重要性を指摘し、印象に残すねらいの発言を入れている。 またこの回より、部分的にではあるが、落ちつくときがあることを報告している。現実状況についても、明るい展望が開けつつあり、就職について某公共機関の事務職の一次試験に合格したことが報告された。以下はそのやりとりである。

「起伏が激しい。落ちつくときは前より落ちつく。イライラするときは自分が憎くて・・・アーっとなる。」

<どうなるの?>

「怒りとイライラがたまらないほど噴き出してきて、自分をたたくとか、はさみで手首をついた。自分が嫌い、もう無くなればいいのにって。でも落ち着いたらなんでこんなことになったんだろうと・・・過食しても1日が全部だめなんじゃないと思える。」

<全部だめ、とならないのは、大切なことだよ。だめな部分もあるけど、いい部分もあるって思えるのはね。>

「就職試験の1次試験にパスした。うれしかったのは苦手な作文で通ったこと。でも、悪かったのは、就職の願書を出さないといけなくて、特技、本人希望が書けなかった。自分からアピールすることができない。」

[夢2]

『(略)妹を見ると、妹の前髪と後髪にカーラが巻いてあった。どうしたのかと聞くと、母にしてもらったと言う。私はまえからその髪型にしてみたいと思っていたので、怒りがこみあげ母親に抗議しに行った。どうして私の気持ちを逆なでするの、どうして私の気持ちを分かってくれないの、と私は大声をはりあげた。母親とは面と向かっていたが、母親がバケツに汲んだ水を持ち上げた。私にぶっかけるのかと思ったが、母はその水を自分からかぶった。

家族で奈良に旅行に行った。あるお寺に泊まることにしており、どんな所か見に行った。お坊さんが、寝る場所を案内してくれたが、そこはお寺の本堂で、大きい大仏さんがどーんと座っている。その大仏さんに向かい合って、ふとんが敷かれていた。でも、私だけ1人離れている。大仏さんの横に黄色い菊の花と、誰か亡くなった男の人の写真が飾られており、私は気持ち悪くなり、母親に、ここはいやだ、こわくて寝れそうにないと言った。母は私も小さいとき、そういう思いをしたことがあるよ、と言った。それから、お寺を出て、歩いて行った。そして、うどん屋さんが見えてきて、母親が食べて行こうと言った。私はお腹一杯だからいいと言ったが、母はそういうときもあるの。食べて行きましょうと言う。私は後ろを歩く兄と父に、行きたくないよねえと同意を求める。すると2人とも行かなくてもいいと言って、うどん屋を通りすぎようとした。そのとき、母は急に胸を押えて倒れそうになった。私は母が、私が健康でいるうちに早く自立しなさいと言っているように思えた。』

(連想)

「兄と父に同意を求めるのはめずらしいこと。家族の要は母親だった。兄妹同士の関係も希薄。」

[夢3]

『学校から帰る前の教室で、教室には私を含めて4人の高校生の同級生が残っている。(略)私が傘を持って教室を出ようとすると、1人の子が「Bちゃん」と呼んだ。私は振り返って、何か言われるのを待っていたが、クラスのもう1人の子がその子に耳打ちして、その子は「何でもないよ。ばいばい。」と言った。その子は何か言いたげな顔をしていた。私は呼びに来た友人と階段をかけ降りて、下足室に出た。私の下駄箱の横に大人の男の人が立っていて、私がごそごそ履きかえていると「乱暴だな。」とぼそっと言った。近くに、その大人の人の知り合いの男の子が立っていたので、私はその子に「私のことみたい。」と言った。「おまえのこと?」「うん、私の靴ね運動靴なんだから。」と言って、靴をポンとほうり投げた。まわりは黒い靴ばかりだが、私の靴だけ運動靴だった。男の子はへえーと言たげな顔をしていた。私は下足室から出た。さあ、帰ろうとしたとき、服の両脇のリボンがほどけているのを思い出し、しっかりと結びなおした。』

(連想)

「学校は高校。教室の3人は高校の制服を着た高校3年生。私と、私と一緒に帰った子と、下足室の男の子の3人は私服を着た小学校6年生。その男の子は小学校6年生のときの同級生。心理的に成長できてないのかなあと。小学校のときは活発でいたずらしていた。いたずらが一番楽しかった。一番思い出が生き生きしていた。Bちゃんと呼んだ子は高校の同級生。仲がよかった。高卒後も手紙のやりとりがあった。恋に悩む子。手紙で恋の葛藤を書いてきてたのに、私には、それが読み取れなかった。返事に何を書いてたんだろうかと思う。(彼女は、夢の中で)忠告のような、アドバイスのようなことを言おうとしていたよう。」

◎第5回面接(前回から2週間後)

この回から、B子の発言は落ち着きを取り戻して来たという内容に重点が移ってくる。それと同時に自己受容が幾許か可能となって来たことを示す発言も出現する。

「良くなって来ている。らくになってきている。しばられていたものから、放たれたような気がする。でもイライラしたら自分をたたいたりする。はさみで手首をつっついてしまった。包丁でも少しつっついた。」

「コンピューターの人生ゲームをしていて、大学入試で2浪してしまった。こんなこともあるんだ、望みをかなえられないときもある。やってみてできなかったら、それでもいいと思えるようになった。できることしかしなかったから。」

「家の周りを走っていて、中学校のときの運動クラブのことを思い出し、クラブはやっててよかったと思えるようになった。以前は否定していたが昔のことを否定しなくてもよいと思えるようになった。」[夢4]

『女の子が、一生懸命に、紙を探している。何をしているのかと聞くと、ある人の退部届けを探しているのだという。退部届が受理されないように抜き出すつもりのようだ。彼女はその人と以前つきあっていて、最近別れたばかりだが、クラブまでやめられるのは、いやだそうだ。彼女と一緒に、下へむかうエレベーターに乗った。エレベーターの中で会話を交わすが、そのとき、彼女は、彼がやさしかったこと、クラブに入ってすぐにまわりの人に内緒でつきあいだしたこと、でも一部の後輩に知られてしまって、その後輩が、やってられないと言ってクラブをやめたことを話してくれた。笑顔で話していたが、その表情には少し悲しみが感じられた。』

(連想)

「クラブは大学のクラブ。女の子は、私の彼がいったん私をふってつきあっていた子。この子のことは嫌いだった。日本人形みたいなきれいな子で、センスとか良くて。(夢の中での)話し方は、私の話し方と良く似ていた。悲しくても笑いながら話すところなど。やっと、彼女の存在を認めることができた。自分の中に受け入れられない面があった。」

<あなたに無くて、彼女にあったものって思い付く?>

「きれいなこと。物事にあまりこだわらない。感じがいい、生き生きした面。男の子と平気で話すし、男の子の家に押しかけて行ったりするし。お化粧もうまくて,セクシャルな彼女。」

◎第6回面接(前回から2週間後)

この回では就職の内定が出たり、また、失敗には終わっているものの、初めて父親との会話を持とうとしたことなど、現実場面の進展が語られる。

「事務職に内定した。でも、2次試験パスしたらの話。今までは自分の心の中に入り込んでいたけれど、今からは外を向いて行こうと思う。」

「お父さんに、私がいままでこうだったからと言うと、お父さんは自分は自分で立ち直った、お前は弱いと言った。これでは話にならないと思った。」

◎第7回面接(前回から2週間後)

この回で就職決定の報告がなされる。B子は某公共機関の事務職と、某官庁への就職試験の両方に合格する。母親は後者を勧めるがB子は自分で前者を選ぶ決心をする。

「就職が決まった。事務職の2次試験に受かったから。母親は官庁の方がいいと言った。いつも母に従ってきたが、やっぱり自分で決めた。自分で決めれたのが良かった。以前、自分では選択できないのではないかと思っていた。今の(在学中の)大学にしたのもそうだった。今回は自分で決めたから責任がある。」

「もう、手首も突いていない。こないだの診察から今日までアーっとなるのは1回だけだった。」

<ちょっとは自分のこと好きになれそう?>

「うん・・・死にたいと思い詰めることがなくなった。結局、自分で決められなかったから、その結果に責任を持てなかった。」

[夢5]

『私ともう一人の人が一緒に手をつないで逃げている。こわくて、こわくてたまらない。追いかけて来る人(男性)は、石をなげてくる。石が当たると体の中に入ってくる。骨の間を石が通過するのが分かる。前へ前へ逃げるときには、石が当たるときも当たらないときもある。でも、追いかけてくる人をかわそうと、後ろに下がると必ず2回続けて石が当たる。ズボッ、ズボッと石が体の中に入り込む鈍い音がする。しばらく休んでいると、石がお腹の前のほうに出てきた。肉と皮の間にはさまっている。私はこれから逃げて走るとき、邪魔だからと言って、皮がめくれるのも構わず、石を体から取った。横に母親がいて、大丈夫?と聞く。大丈夫だからと言って、パシッ、パシッと取る。私のお腹は赤くただれたようになった。』

(連想)

「本当に怖い夢だった。逃げているのもこわいけど、逃げても石が当たる。とりあえず前に逃げないと当てられる。石は直方体の石。グレー。石を取るとき痛かった。半分目をつぶって。投げてくる人は2個づつ連続で投げてくる。後ろに、と言うのは少し逃げてかわすこと。」

<当たると痛いの?>

「いや、ズボーって音がする。一緒に逃げている人はたぶん男の人。顔は見ていない。中性って感じ。女性でもない。(略)私は女の子してないし。昔から、自分自身を大切にしていない。自分を自分でかわいがることができないんです。今、考えると過食して吐くというのもおかしいな・・・」

<おかしいというのは?>

「自分がきらいで、吐くとすっきりするから。自分をかわいがっている行為ではない。赤くただれたというのは、吐いたときに母親に、食道が赤くただれると言われたことがある。吐くのは自分がいやなときしかしない。」

<吐くというのは自分を受け容れないことかもしれないね。>

「これはいらないって、放り出してるのかもしれない・・・私は・・例えば家族とか。 家族に感謝している。就職にしても、家族がささえてくれた。口出しもしないで、必要な援助はしてくれた。今からは自分の人生は自分の人生と。幸せになるかもしれないし、不幸せになるかもしれないし。今までは周囲に私を幸せにして欲しいと思っていたけれど、不幸でも自分で対処していけばいいと考えられるようになった。」

この回の面接では一段落がついたという雰囲気がB子と筆者の間に漂っていた。当初より、B子との面接では彼女の判断を引き出しそれを尊重することが治療的にも重要と考え、その姿勢をとってきたため、ここでも<ちょっと一段落ついたみたいだけれど、この面接はどうする?>とB子の意向を聞くと、「ええ、今日で一応おわりにしようかなと思います。」と答えたので、一応の終結となった。

4.考察

この症例について、様々な問題点を抽出することができると考えられるが、ここでは先述したように第一に母に取り込まれている娘、そこからの脱出というテーマ、第二にそこに現れる男性像の変遷という2つの視点から考察を進めたい。

1)母への取り込まれと離脱のテーマ

初回面接において、B子は「母に守ってもらって育った」と述べる一方、父親を迫害者としてとらえていることを述べた。しかし一方第2回面接においては、「毎日母の言葉に一々反応して泣いてしまって(略)母は私の言ったことに間髪入れずに違うと言う。それで昔のすべてのいやだったことが思い出される。」と述べ、母親の言葉に直接的に動揺させられてしまうことを語った。このことが、母親からの情報にあった「家の中で大声で泣き叫びつづける」という行為となっていたようである。初回面接で語られた母親像と第2回面接にて語られた母親像とは手のひらを返したように異なっており、2つの母親像は split している。さらに、第2回面接での発言では問題点の重心が母親の側にあるように語られている。このことは、自分の問題領域を相手の問題領域に移し替えているわけで、投影性同一視の機制が働いている可能性が考えられる。これらは重層的に母娘の境界の不鮮明さを示唆するものでもあろう。また、この来院自体が本人の意向であるのか、母親の意向であるのかが、不明確であったこともこのことと軌を一にするものであろう。母親は、初回面接において、B子が退出した後1人で入室し、B子の問題点を羅列的に並べて述べ、薬を出して欲しいと言っている。ここで母親は、娘の心の悩みを理解しようとはせず、すぐにそれを取ろうとしており、葛藤の共有が困難な人であることを示唆している。このことは母親が自らの心に生じた葛藤を娘に一方的に投影し、娘を操作することでそれを取り除こうとしている姿勢と捉えることもでき、ここに母親の側の、娘に対する投影性同一視の機制を読み取ることができる。葛藤を内面にしっかりと抱えることによって人間は対象からの自律性を獲得できることを考えると、母親の葛藤を内面に抱えられないこの傾向は、娘との間の自我境界の不全と平行しており、このことは鏡像的に娘にもあてはまる特徴となっていると考えられる。

さて、このような境界の不明確な母−娘関係がこの面接過程の中で、微妙に変容をとげる。それは、まず夢2で自分のことを分かってくれないと抗議する“夢の中の自分〃(以後、夢自我と表現する)に対して、夢の中の母親はバケツの水を娘にかけるのではなく、自ら被る。ここで夢自我は自分が水をかけられると思っているが、夢はそれと反対の展開となる。さらに、夢の後半、母親がうどん屋に入ろうと提案するにもかかわらず、夢自我はそれを拒否する。その際、現実場面では話もろくにしない関係にある、兄、父に同意を求めている。

明らかに、この夢は現実のそれまでの母−娘関係とは異なった関係の可能性を提示している。現実場面で母は娘にとって反抗できないもの、動かしがたいもの、「言い争うと、いつも母の方が正しい」ような存在であるが、その絶対性はこの夢では相対化されている。また、母親は正しくて、父親は誤っているという現実のB子のイメージはこの夢の中では逆転している。

Jung,C.G.はじめ多くの研究者が、夢が現実の自我に対して補償的な機能を果すと考えている。Jung,C.G.は、「夢はそのときの意識状態に対して補償的に行動する」7)と述べ、補償という概念を用いることについて「意識と無意識とは、(略)互いに補い合って一つの全体を形作るからである。」8)と説明している。この夢の補償的な機能を視野に入れることは必然的に夢の目的志向的観点を我々に要求する。Jungは「夢には前方への連続性もある(略)夢は意識的な精神生活に目に立つほどの影響を残すことがある」7)と述べている。この夢2の場合にも補償的、目的志向的な機能を考えることは的外れなことではないだろう。この夢が提示した新しい関係可能性は、その後現実のものとして展開する。即ち、第7回面接において、B子は母親の勧める就職をやめ、自らが選んだ職場への就職を決意する。そして「自分で決めれたのがよかった。自分で決めたのだから責任がある。」と述べている。またこの夢2の最後で、母は胸を押えて倒れる。これは飲み込む母の、ひいては母娘一体関係の象徴的死とも考え得る。ここで「母が早く自立しなさいと言っているように思えた」とB子が印象を述べているのは、この夢の本質をついている。

2)男性像の変遷

さて、ここでもう一つの視点としてこの症例にとっての男性像について考察を進めたい。Neumann,E.11)12)は母−娘関係が未分化で一体性の強い状態を「女性の自我が、母性的な無意識や母性的な自己といまだ結ばれたままでいる」状態として、これを女性の「自己保存の段階」と表現している。さらにこの状態の中に「女性の自分自身ならびに男性にたいする特有の関係の仕方を規定している母権的心理というものが、まざまざとうかがえる」と述べている。この状態が往々にして、「男性的なものの排除とそれへの冷淡さを生まずにはいない」とし、男性がその中では侵入者としてとらえられることを指摘している。このモチーフをギリシャ神話の女神デメテルとその娘コレー(ペルセポネー)の神話が象徴的に表現していると述べている。その物語りの概略は次のようなものである。

『デメテルは大地の守護神であり、豊饒と収穫の女神である。デメテルには愛しい娘、ペルセポネー(コレー)がいた。ある日、ペルセポネーは仲の良い娘たちと花畑で、思い思いに花を摘んでいた。そのとき、突然大地が割れ、冥界の主神ハーデスが、黒馬のひく戦車に乗って出現しペルセポネーを略奪する。デメテルは必死にペルセポネーを探し、この間デメテルの恨みのために、大地は枯れ果て飢餓が地上を覆う。これに手を焼いたゼウスの調停によって、ペルセポネーは母に会うことを許され、地上に戻る。しかしこのとき、ペルセポネーはハーデスが手渡したザクロの実を4粒食べてしまう。冥界のザクロは、もしそれを食べれば冥界の住人になるという「禁断の木の実」であった。このためペルセポネーは1年の内、4カ月だけ、冥界に住まなくてはならなくなった。その4カ月の間、地上は暗い冬に覆われる。その後、冥界にもどったときのペルセポネーはハーデスの妻となり、冥界の堂々たる王妃として君臨したという。』

(丹羽隆子著「ギリシャ神話」6)より抜粋)

この神話においては男性は冥界の主神ハーデスとして現れ、コレーを冥界に誘拐する。本症例においても第1回面接で「父は信用できない人で」「父は母に暴力をふるった。私にもふるった。警察を呼んだこともあった。私は無力感を感じた。」と語られるように、父親は侵害者、悪者としてとらえられている。父親像は男性像の一つの重要な柱となるものである。先述したようにこの悪い父親像は、夢2において補償的にとらえ直される。また、夢2において大仏の横に亡くなった男性の写真がおかれ、夢自我は家族と離れてその写真のそばで寝なければならなくなる。ここに、男性は冥界の存在として現出している。女性の夢に男性が死者として現れることはまれなことではない。Neumann,E.は母性世界という観点から見るとき、女性にとって男性の接近は常に分離を意味し、ひいては死としての意味を持っていることを指摘している。11)そして、それを「死の結婚」のモチーフとして取り上げ、この体験によって、少女は女性になると述べている。13)ハーデスが冥界の神であることの意味もここにある。この夢にも分離と死のテーマが織り込まれている。このとき、夢自我は母親に怖いと訴え、それに対して母親が「私も小さいときそういう思いをしたことがあるよ。」と言っているのが印象的である。現実の母親と父親の関係を考慮すると、母親にとって、今でも男性性受容の問題が解決していない可能性が濃厚である。そうだとすれば、夫が侵略者として現出するのも夫側の要因だけではないように思われる。Jung,C.G.9)は、「デメテル/コレーは男性に異質の、そして男性を寄せつけぬ母と娘の体験領域を表現している。」と述べている。しかし一方、この夢2はB子が母親との一体感を断ち切る男性像との本当の意味での出会いへの導入をも示しているように思われる。いわば、これから始まる長い物語の序章としての意味が考えられる。B子には現実にボーイフレンドがいるが、「好きだと思ったことはない」が「話をきいてくれてたら良い」というように、彼女にとっては部分対象としてしか立ち現れておらず、例えば夢に現れたような侵略者としての側面をも包含した全的対象とはなっていない。

一方、女性にとっての男性像の成熟は自らの女性性の受容と切り離して考えることはできない。それらは表裏をなす事象と言えるだろう。夢1では他の同級生がうまくダンスを踊っている中で、自分だけがうまく踊れず、ペアにおいて女性としての役割がうまくとれない。連想において、つきあっていたボーイフレンドが他の女性に取られるという経験を思い出している。この夢はいわば彼女の紹介夢としてとらえることができる。夢3の夢自我は小学校時代のおてんばな少女の段階に未だ留まっており、思春期の課題である女への脱皮を通過していないことを表現している。つまり彼女の靴だけが運動靴で周りは黒の革靴である。恋に悩む同級生が夢自我になにかを言おうとするのも印象的である。連想においてもB子は自らの心理的未熟性に言及している。しかし、この夢の最後で女性性を象徴するかのようなリボンを結び直しているのは、彼女における女性性の受容が前向きに動き出していることを暗示しているのではなかろうか。夢4においてB子が嫌っていた実在の女性が夢に登場する。この女性は夢1の連想にて述べられた彼女のボーイフレンドを横取りした女性である。B子によるとセクシャルな女性で、男性との交際も活発で、いわばB子とは対称的な女性である。ところがB子は夢の中のその女性の話し方が自分とどこか似ていたと言っている。つまりこの女性は、彼女が今まで発達させてこなかった彼女自身の半面を象徴しているのではなかろうか。しかもそれが、全く遠い存在としてではなく、かなり夢自我に近い存在として立ち現れている。また、彼女がこの夢をみることによって、その女性を初めて認めることができるようになったと語っていることはこの仮説の傍証となるものである。

彼女の女性性受容がこのように開示してくるとそれと平行して男性像も活動を開始する。夢5において夢自我は男性に追跡され、攻撃を受ける。夢2における冥界の存在(死者)としてあらわれた男性がありありと生き返って活動を開始したとも考られる。ここで夢自我はもう一人の中性的な男性と一緒に逃げているが、この男性には侵略的な側面はなく、去勢された男性といったおもむきで、現実の彼女とボーイフレンドとの関係を彷彿とさせる。この追いかけて来る男性と、一緒に逃げる男性とはどちらも部分対象的でありB子の中のsplitした男性像と考えることができる。Winnicott,D.W.14)は部分対象について「部分対象または部分対象としかいいようのないものとの関係は本能欲動が負荷されているわけだが、これは生のままの報復恐怖をひきおこす。」と述べている。

ここで追って来る男性は直方体の石を2つペアで投げて来る。この石については女性に侵入するものとしてphalicな象徴としての解釈も成立するだろう。またさまざまな解釈可能性があると思われるが、いずれにしてもこの石が何らかの彼女が受け取るべき課題を意味していることは確かなようである。彼女がそれを避けようとすればするほど石は確実に彼女に命中している。

また、彼女が自分の体内に入った石を自分で処理することができていることは重要なことと思われる。心配げに見守る母親を尻目に彼女は「大丈夫」と言いながら独自の対処をしているわけで、母が直面してきた問題を今度はB子が自分の問題として受け止めているかのようである。さらに、その石を取り出す際に生じた腹部の赤い瘢痕から、B子は自分の過食・嘔吐を連想している。彼女にとっての嘔吐が女性としての自分の受容困難という意味をもっていることは彼女自身がこの夢をみたあと連想していることからも確かであろう。しかしさらに一方でこの嘔吐には母親とは違う自分独自の対処という積極的な意味も考えることができるのではなかろうか。夢はそちらの意味をも示唆しているように思われる。

この最後の夢5は、彼女の男性像の変遷という文脈からも今後、多くの課題が山積していることを示している。例えば、夢自我は追いかけて来る男の顔も一緒に逃げている男の顔も見ることができていない。その分それらは未分化な位置に置かれている。当然のことながら追って来る男性は自我に親和的なものにはなっておらず、男性像が受容されたとは言い難い。この夢はむしろ問題提起の夢である。この意味からも筆者はB子の問題が解決したとは思っていない。いわば第1段落が終わったわけで、将来再び彼女が面接の再開を求めて来院する可能性は大きいと思われる。その際には第2、第3の段落が展開されることが予想される。

5.結語

この症例は女性の心理的発達過程における母娘の一体的関係という段階から一歩踏み出そうとする移行の段階にいるものと考えられる。その際この一体的関係に割って入ろうとするものは男性性に外ならない。それ故男性は侵略者、略奪者として立ち現れる。この症例の夢2において男性は、冥界の存在として出現した。その後の夢5では侵略者として、彼女を追いかける。女性にとって外的、内的になんらかの形でその侵略を受容することがこの段階から次の段階に展開するために必要となるが、彼女はまだそれを達成したとはいえず、将来の課題として残されている。しかし全くの拒否となっているのではなく、彼女が受容の方向に動き始めていることも事実である。またこれら男性像の活動と平行して、夢の中での彼女と母親との関係は、微妙な変化をとげており、これらのことは治療者に明るい展望を与えている。

最後に本小論を書くにあたり、さまざまな貴重な御意見を下さった大阪大学医学部精神医学教室の井上洋一先生と浅香山病院院長の高橋尚武先生に心から感謝の意を表します。

文献

1)Abelin,E.: The role of the father in the separation-individuation process, In: McDevitt, J.B. & Sttlage, C.F. (eds.): Separation-Individuation. International Universities Press, New York, 1971.

2)Bachofen,J.J.: Das Mutterrecht.Verlag von Krais & Hoffmann, Stuttgart, 1861. 岡 道雄,河上倫逸, 監訳: 母権論, みすず書房, 東京, 1991.

3)Blos,P.: Modification in Classical Psychoanalytical Model of Adolescence. In: Adolescent Psychiatry. Vol.7, The University of Chicago Press Ltd., London, 1979.

4)Deutsch,H.: Psychology of Woman. Vol.1, Grune & Statton, New York, 1944. 懸田克躬訳: 若い女性の心 理(1), 日本教文社,東京,1964.

5)Freud,S.: Female sexuality. (1931.) The Standard Edition of Complete Psychological Work of Sigmund Freud. Vol.21, The Hogarth Press, London, 1961. 懸田克躬, 高橋義孝他 訳: 女性の性愛について (フロイト 著作集5), 人文書院, 京都, 1969.

6)丹羽 隆子:ギリシャ神話, 大修館書店, 東京,1985.

7)Jung,C.G.: Allgemeine Gesichtspunkute zur Psychologie des Traumes. (1948.) Die Gesammelten Werke von C.G.Jung. Bd8,Walter-Verlag AG., Olten, 1967. 秋山さと子, 野村美紀子 訳: 夢の心理学(ユングの人間論 ), 思索社, 東京,1980.

8)Jung,C.G.: Die Beziehungen zwischen dem Ich und dem Unbewuβten. (1935.) Die Gesammelten Werke von C.G.Jung. Bd7, Walter-Verlag AG., Olten, 1964. 松代洋一, 渡辺学訳: 自我と無意識, 思索社, 東京, 1984.

9)Jung,C.G. und Ker nyi,K.: Einf hrung in das Wessen der Mythologie. Rhein-Verlag AG., Z rich, 1951. 杉浦忠夫訳: 神話学入門, 晶文社, 東京, 1971.

10)中村瑠木子:前青年期・青年期前期女子の精神療法の一技法,小此木啓吾編,青年の精神病理 2, 弘文堂, 東京,1980.

11)Neumann,E.: Zu seelischen Entwicklung des Weiblichen. Ein Kommentar zu Apuleius . Rascher & Cie. AG., Z rich, 1952. 河合隼雄 監修, 玉谷直實, 井上博嗣訳:アモールとプシケー ————女性の 自己実現———, 紀伊国屋書店, 東京, 1973.

12)Neumann,E.: Zur Psychologie des Weiblichen. Rascher & Cie.AG., Z rich, 1953. 松代洋一, 鎌田輝男訳: 女性の深層, 紀伊國屋書店, 東京, 1980.

13)Neumann,E.: Die Groβe Mutter. Bollingen Series XL . Phantheon, New York, 1955. Rhein-Verlag,Z rich, 1956. 福島章,町沢静夫,大平健一他訳: グレート・マザー, ナツメ 社, 東京, 1982.

14)Winnicott,D.W.: The Maturational Process and the Facilitating Environment. The Hogarth Press Ltd, London, 1965. 牛島定信訳: 情緒発達の精神分析理論, 岩崎学術出版, 東京, 1977.
http://koteraclinic.jp/monograph/187


19. 中川隆[-12639] koaQ7Jey 2018年5月27日 15:27:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14476]

インセスト・タブーができた理由


39 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/03/29(土) 23:02:34


>家庭環境は娘の母親が勝手に出て行って

母親が父親を捨てて出て行って後に、父と娘に関係ができたと。

体験告白系でよくあるパターンですが、作り話ばかりではないんですね。


40 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/03/30(日) 11:18:10


父娘家庭で相姦になるというのは体験告白の王道パターンでその時点で信憑性を疑う(苦笑)。

ファザコン娘が母に捨てられた(又は亡くなった)父に同情して関係するという投稿を何回読んだことか。

ただ、このパターンの妄想で書く人が多いということは、そういう妄想を生み出す元となる事実があったのではとも思えるのです。

35 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/12/09(日) 01:01:30

告白系の妊娠話は99%は妄想か釣りだけど、残り1%はガチなのかもしれない。

ま、頭が悪い俺にはどれが嘘でどれが真実かなんてわからないけど。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/108/1180642354/

____________

[33789] おとうさん 投稿者:娘 投稿日:2010/10/11(Mon) 23:47


私のお尻の穴は、おとうさんのち×ぽ専用です。

お父さんは変態議員なので、おま×こには興味が無く、お尻の穴ばかりかわいがってくれます。

最初にお尻にち×ぽをいれられたのは、小学3年生の夏休みでした。

そのときは、おねいちゃんも妹も全員お尻にち×ぽを入れられました。

妹はまだ幼稚園だったので、お尻の穴が切れて血だらけになり大変でした。

おねいちゃんはチ×ポをぬくとうんこをしてしまい、お父さんにしかられました。

わたしのおしりの穴は切れなかったし、うんこもでなかったので、おとうさんにほめられました。

おかあさんも最初はお尻の穴でかわいがられたそうです。

おかあさんが子供が欲しいとお願いして、ようやくま×こに入れてもらったのよといっていました。

そうしたら、最初の子供が女の子だったので、おとうさんは、子供のお尻の穴をいじめることができると大喜びで、次々と子供を生ませるためにま×こにち×ぽ汁を注ぎ込んだそうです。

そうして生まれたのが、私たち三姉妹です。

おねいちゃんも妹も、もちろん私も、大学入学で家を離れるまで毎日のようにお尻の穴でち×ぽを喰わえてました。

おとうさんはお尻を可愛がるために、そんなにお金もないのにお風呂場をアナルプレー専用に改造してまで、私たちのお尻の穴をいじめました。

私たちが、お尻の穴にち×ぽを入れられても泣かなくなると、今度は浣腸や、拡張バルーンなどを使って、私たちが泣きわめくようにしました。

一度、マヨネーズとワインビネガーの連続浣腸で、おねいちゃんが意識不明になったことがあります。

妹はお尻の穴が緩くなり、おむつをして通学していた事もありました。その後はアナルプラグにかわりました。

私のお尻の穴は柔軟なのか、おとうさんのむちゃくちゃなプレーにもなんとか耐えることができました。

大学を卒業して家に戻ったのですが、おとうさんはまだ処女だった私を犯し、中だししました。

そうです、おとうさんは私を妊娠させて、女の子を生ませようとしているのです。

もう一週間毎夜おとうさんに犯されています。

妊娠するのは時間の問題です。

http://www.erotown.com/toupara/bbs/b04_2/index.cgi

パパとお風呂で…。

実は12歳になった今でもパパとお風呂に一緒に入ってるんです。

ママが病気で亡くなったその日の夜も、一緒にお風呂場へ。

パパと入るとあそこを指で丁寧に丁寧に洗ってくれて、気持ちいいんです。

まず指で私のクリクリした所をいじりながら、まだ洗ってない私のおしっこが出る所をペロペロ舐めるんです。

私が『パパ汚いよぉ』って言うと、パパは

『こんなに綺麗なピンク色をして汚いわけないだろう。
他の男には見せたらダメだぞ。』


と言ってハァハァ言いながら舐め続けるんです。

最初はくすぐったかっただけなのに私もだんだん気持ち良くなってきて、よく分からない気持ちになるんです。

パパが

『ほら、お前のおまんこからお汁が出てきたぞ。
まだ12歳なのにいやらしい娘だなぁ。』


って言って自分のおちんちんを触らせるんです。

パパのおちんちんはいつもと違って大きく硬くなってて、舐めてと言われるのでペロペロしました。


『パパはお前の事が好きだからこうするんだよ』


って言われて、私のあそこをパパのおちんちんでこすりつけるんです。

すでに私のあそこはすごく濡れていて、外側はヌルヌル。

思わず『パパ気持ちいいよぉっ』って言うと、パパが


『今まではお前のあそこにこするだけだったけど、もっと気持ちいいことをしようか。


お前がもう少し大きくなってからするつもりだったけど、パパはもう我慢できないよ』

って言われて、私は意味が分からなくて返事が出来ないでいると、私の中に急にパパのおちんちんが入ってきたんです。


『パパっ、何するの?』

訳が分からず聞くと、

『少しだけ我慢すれば良くなるよ』

って言われて私の中でおちんちんを出し入れするんです。

すでにヌルヌルだから、ちょっと痛かったけど気持ち良くて

『パパぁっ!パパぁっ!』

って叫んじゃいました。パパは何度も

『やらしい娘だ、やらしい娘だ』

って言っていつもは私の体にかける精子を中に出しました。

私のあそこからパパの出した精子がいっぱい垂れてきて、いつもより気持ち良くてびっくりしました。

それからと言うもの、お風呂場以外でもパパは私のあそこに夢中なんです。
夜お布団に入ってきては…。

http://plaza.rakuten.co.jp/reirei1988/diary/201008310040/

父に抱かれてしまいました。なんだか笑えてきます。…


嬉しそうに実の娘を相手にセックスしていた父が。

そして、そんな父にまったく抵抗する事無く抱かれていた私が。

高校を卒業して3年。

何もする事無く、無意味に近い生活をしてきた。

ひきこもりと言っても良いのかもしれない。

そんな私を、父は文句言う事無く保護してくれた。

もう二十歳を過ぎて、こんなことじゃいけないのに。

私の面倒をみてくれているんだ。

父には私を自由にする権利がある。

私が父のために出来る事は、父の望むことをすることくらい。

最初は、お風呂で背中を流してあげるくらいだった。

お互い照れあってた。慣れてきた頃、父が私の裸を見るようになった。

そして父の股間が男として立った。

かなり戸惑いました。

まさか実の父娘でそういう事があるなんて思ってなかった。

だけど私は、逃げませんでした。

そのうち父が、暑いから外で涼もうと言って私を外へ連れ出した。

外へ出たところで、私は父にキスされた。

生まれて初めてのキス。

ベッドへ連れて行かれ、色んな生まれて初めてのことをされた。

そして、生まれて初めてセックスを経験した。

少し悲しかった。

でも今は全然平気。

父が望んだんだから仕方ない。

私と父は、恋人になります。

人生が始まった。

お父さん、好きです。 (2010年06月27日)
http://plaza.rakuten.co.jp/reirei1988/diary/201006270007/

あの日から・・・私はオナる時、部屋で飼ってる小型犬のチェリーにアソコを舐めさせてます。


その日も、下半身裸になり舐め舐めさせていて、あまりの気持ちよさにバックの体勢で声を押し殺して感じていました。

その時です。ドアが開く音がしたかと思うと、いきなりパパが乱入してきて、

「お前はなんてことをしてるんだ!!なんでチェリーと・・・」

と取り乱し泣いていました。

私が布団で下半身を隠そうとした時、パパが信じられない行動に・・・。

パパは私のアソコにむしゃぶりついてきたのです。

そんなに気持ちよくなりたいならパパがやってやる!!と・・・。

指と舌の激しい動きに、ビクンッといってしまったのを確認すると、今度は執拗におっぱいを舐めたり揉んだり・・・。

もうだめ!!やめてーー!

と叫んだ瞬間、あっという間にパパが中に入ってきたのです。

それからは、すごい腰使いで、何度もいかされてしまいました。

ママが夜勤でいなかったから、朝まで3回も犯され続けて・・・。

後で聞いたら、以前からチェリーとのオナを覗いていたそうです。

ドアの向こうでパパもオナっていたんだと思うと変な感じですよね・・・。

今ではチェリーにアソコを舐めさせながら、パパのをフェラしたり、変態セックスを楽しんでいます。

ママには罪悪感があるけど・・・。

今度、ママをベッドに縛り付けて、アソコをチェリーに舐め舐めさせながら、私とパパがつながってるところを見せて、ママが我慢できなくなったところで一緒に犯してやろうと計画中です。

受け入れてくれるかな・・・。
http://plaza.rakuten.co.jp/reirei1988/diary/201009050001/

父と兄に私は昔、父と兄にやられてました。

父は私が小学生の頃から体を触ってきたりしてました。

最初はスキンシップぐらいの感じだったけど、中1の時私の寝てるベッドによく入ってきて ももとか撫で回してきました。

いつもは太ももくらいしか触ってこなかったけどある日私のアソコを撫で回し始めてそのま父はズボンを脱いで入れてきました。

処女は父に奪われました。父は

「俺は若い頃の母さんが大好きだった。

おまえは若い頃の母さんにそっくりだから我慢きなかった。ごめんな。」

と言われた。あの時の父の荒い息づかいは今でも忘れません。

ちょうど同じ時期に二つ上の兄は性に目覚めた頃で、押し入れになぜか2人で入って兄が大くなったアレを触ってみてと言って触らされたことがあった。

その時は触らされただけだったけど、それから数日後しばらく兄とセックスする日が続いた。

兄は付き合ってる彼女がいたのになんで私とするのか分からなかったけど、多分彼女の前で恥をかかないように?

私を練習にしてたっぽいです。

ちょうど兄としてる時に母親に見つかってしまい、もちろん母親は激怒しました。

その後父と母は離婚。

私は母親と2人で生活することになりました。

たまに父と会うとその都度体を求められました。

勿論断るんだけど、お小遣いをあげるからとお金でつってくるのです。

当時高校生だった私は色々買いたい物があったし、ついお金につられてやってしまいました。

親子で援交なんて今考えたらかなりヤバいことしてたなと思います。
http://plaza.rakuten.co.jp/reirei1988/diary/201009050004/


母似の私1ヶ月前、一人暮らししている私のマンションへ、田舎から父が突然やってきました。

私26歳、父51歳で、一人暮らしして4年が経っていました。

何でも父は出張だったらしく、2晩泊めてくれと言うんです。

私の彼氏も出張で、夜中やって来なかったのはよかったのですが、彼氏のシャツを見つかり父は激怒、私は「男物の服を干しておくと、泥棒や痴漢に入れないの。」と説明をし、何とか納得してもらいました。

しかしその夜、私が寝ているベッドに父がやって来て、

「本当に男はいないんだな。」と言い、私が「いないよ。」と言うと、

「だったら、寂しいだろ。」と言い、ベッドに入ってきたのです。


私も必死に抵抗しましたが、父の力には勝てず犯されてしまいました。

父は抵抗に疲れた私に覆いかぶさり、私の体を好き勝手にするのです。

私の体中を愛撫すると、正上位で繋がり、それに飽きるとバックから。

最後は何とか外に出してくれたんですが、私が泣いていると

「すまなかった。お前が死んだお母さんに似ていたから。」

と言って、部屋を出て行きました。

しかし、次の晩も私のベットにやって来たのです。

私はもう抵抗をする気にもなれず、父に背中を向けじっとしていました。

すると父は私を後ろから抱き、パジャマとショーツを脱がすと私の胸を揉みながら後ろから入ってきたのです。


「お前のお母さんもこの格好が好きだった。
この格好で一晩中繋がっていたこともあったよ。」

と言いながら、ペニスを出し入れするんです。

実は私も好きで、彼によくこの格好で抱かれながら寝るんです。

私もだんだん気持ちよくなってきて、いきそうになるのを必死に我慢していました。

しかしそれも父に分かってしまい、そうなると父の言うとおりにされてしまうんです。
父は私にペニスを咥えさせながら父の顔を跨げと言うんです。

私がしぶしぶ言う通りすると、今まで父のペニスが入っていてまんこを舐めてくるんです。

私はそれだけで父のペニスを離し、「いくうう、」と叫んでしまいました。

その後はもう何がなにやら分からず、父に身を任せてしまいました。

気が付くと朝になっていて、父が後ろから私を抱き、ペニスが私の中に入っているんです。

私は父を起こさないようにお尻を振り、ペニスを出し入れするのですがうまくいかず父を起こしてしまいました。

「お母さんと同じだ。お母さんもよくそうしてお尻を振っていたっけ。」

と言いながら、今度は勢いよくピストンしてくるんです。

その後お昼前まで、私は何度も何度も父にいかされ、最後には

「私の中に出して。」

と、叫んでいました。


今は彼とも別れ、お正月休みを実家で過ごしています。

実家には父だけなので、朝も昼も夜も関係なく毎日父と抱き合っています。

夕べは紅白と面白いテレビ番組があるので、夕方までに食事を済ませ、父と一緒にお風呂に入り、父の部屋で後ろから抱かれながらテレビを見ていました。

母の位牌もあるので気が引けますが、気が付くとテレビの事を忘れ、父に抱きついたりペニスを咥えていたり、父の腰に跨ってお尻を振っていたこともありました。

今、父は大きな鼾をかいて、私の隣で眠っています。

当然私も父も裸のまま。父のペニスに手を伸ばすと、だんだん硬くなってくるのが分かるんです。

実家に帰ってきて、私の気持ちに変化がありました。

それは、一人暮らしをやめて実家に帰ってこようかなと思っているんです。

父のペニスは挿入可能な堅さになって来ました。

父を起こさないように、いただきます。
http://plaza.rakuten.co.jp/reirei1988/diary/201009050008/

1 お父さんと関係 [えみか]


お父さんと関係を持っています。

お母さんは離婚して家出ていきお父さんと二人暮らしです。

ある日お父さんがオナニーしている所を目撃してしまい私もしばらくしてなかったし我慢出来なかったのでお父さんに告白しました。

するとお父さんは私をベットに押し倒してきました。

二人で全裸になり深いディープキスをしました。

お父さんは私のアソコ舐め私はお父さんのチンコ舐め一時間位舐めたり指マンされて何度もイカされました。

そして挿入の時ゴムはあったけど私はゴムが嫌いなのでそのまま生で挿入しました。
最後は中出しでした。

それから毎日お父さんとお風呂に入って寝るのも一緒で生理以外は毎晩愛し合ってました。

そして二年後女の子を産みました。

その子も今年で私がお父さんと関係を持った年になりました。

昨日お父さんはその子と関係を持ちました。

今日は3Pする予定です。

早く夜にならないかなぁ。

まてないからお父さん帰ってきたら襲ってしまうかなぁ。

子供は二人下の子も女の子です。
http://incest.ebo.jp/thread/79.html

1父と姉が目の前で [こう]


これは、私が小6の時に体験した話です。
とは言っても私自身の体験ではないのですが。

私が小4の時、父と母は離婚していて、当時中2の姉と三人の父子家庭でした。

夜寝る時、父の寝室で親子三人で寝ていました。

子供部屋もあったのですが、なんか父と一緒にいると落ち着くので私も姉も なんら抵抗もありませんでした。


ところがこの寝室で父と姉のとんでもない行為を目の当たりにする事になったのです。

ちょうど夏休みに入って間もない頃だったので今頃になります。

ある日の夜、隣の布団から異様な雰囲気が漂ってきました。

なんかが擦れるような音と共に、

『パパ、パパ、私ね…』

『優子、本当にかわいいぞ、パパは優子の事、大好きだぞ』

『私もパパが大好き…』…

それからは姉の子猫がなきじゃくるような、なんとも言えない喘ぎ声が低く聞こえてきました。

もちろん私には二人がどんな行為をしているのか充分理解していました。

目を凝らすと、薄明かりが点いているので二人の様子がはっきり見えました。

父の布団の中で二人は変な動きがしているのがはっきり見えました。


『ねえ、パパ暑いよ』

『そうだな、タオルケットをとるか』

そう言うとタオルケットを剥ぎ取り、枕もとの扇風機のスイッチを入れました。

私はそんな二人を布団を被った状態で観察していました。

『なあ、こう○は寝てるよな』

『うん、大丈夫よ』

そう言うと二人は下着姿で抱き合い始めました。

姉は白のスポーツブラに白黒のボーダー柄のパンティー、父は股間がモッコリと膨れあがっている、真っ黒のビキニを履いていました。


父と姉は、横向きに抱き合いながら、激しく足を絡ませていました。


私の視界には、姉のヒップをパンティーの上からマッサージするように愛撫する父の手がはっきりと見えました。


やがて、二人は正常位で重なると、お互いの下着をちょっと下にずらし、ガチでセックスを始めました。

二人は声はあまり出さずに、ディープキスをする音と、ピストンするたびに聞こえる『ギュッギュッギュッ』と言う音だけがテンポよく響いていました。

時折、姉の低くなきじゃくるような喘ぎ声も響いて来ました。


私自身もすごく興奮していました。

二人のセックスを直に見て、その場で初射精したくらいでしたから。

二人はセックスが終了すると何事もなかったかのように眠りについていました。

二人はその後も定期的にセックスを重ねていました。

この話には続きがありますので、また書きたいと思います。

約20年近く前の話でした。
http://incest.ebo.jp/thread/87.html

りみ [初投稿]

私の初体験は10歳です。 相手は父です。

夜中寝ていると体を触る手にきづきましたが、「体をなでられて気持ちいいな・・・」と思いました。

数日するとすべてを脱がされました。

股間を撫でられているうちに今までと違う気持ちよさが襲ってきて無意識に父にしがみつきいってしましました。

それからは、毎晩のように愛撫されました。

指だったのが唇で吸われ毎晩のように気持ちよくしてもらいました。

3週間もしたころでした。

「もっと気持ちよくなれる。最初は痛いけど我慢してごらん。」といわれました。

「うん」と頷くとすぐに父のおちんちんが入ってきました。

痛くて泣きそうになりました。

それでも股間を舐められるのが好きで毎晩父を待ちました。

たくさん舐めてもらって気持ちよくなった頃おちんちんが入ってきます。

痛みがなくなるとそれはそれで気持ちのいいものでした。

そして小学校を卒業する頃には愛撫され挿入されることが大好きになっていました。

成長するに従っていろいろなことをためしました。

中学入学式の晩は、おちんちんを舐めることを覚えさせられました。

「舌を出してごらん。」といわれて・・・

おちんちんが近づいてきた時はおどろきましたがソフトクリームを舐めることをすぐに覚えました。

「上手だ、いい娘だ。」とほめられ嬉しくなりました。

数週間の間、父が帰ってくるのを待っていてズボンを脱ぐとすぐに父のものをしゃぶりました。

「りみのおしゃぶりはパパのおちんちん。」と言いながら喜んでしゃぶりました。

うちは父子家庭なので誰の目も気にせずSEXできるのです。

気分のいい日は全裸で帰宅を待っていたりします。

誰に見せるわけでもないので、あそこの毛は剃ってもらっています。

そのほうが可愛い気がして・・・。

お尻の穴も少しずつ、刺激されて指が1本入り・・・2本はいるようになり気持ちよくなった頃おちんちんを挿入されました。

もちろん今はおまんこもお尻も両方気持ちよくなっています。

SEX大好き。気持ちいいこと大好き。毎日したいのです。

まだまだ父との生活は続くのですが・・・もっと刺激的なことがあれば試していきたいと思っている18歳です。
http://www.hi-ho.ne.jp/attsu/kindan/kindan412.html


20. 中川隆[-12638] koaQ7Jey 2018年5月27日 15:29:37 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14476]

お父さんの赤ちゃんを妊娠しました


1 :早苗:2007/06/01(金) 05:12:34

中2から、お父さんとセックスしてます。

お母さんが家を出て行ってから、関係が始まりました。

もう6年になります。これまでに、4回妊娠して、今回初めて産みます。

後悔はしてません。

これからも、お父さんの赤ちゃんを産んであげて、本当の家族を作りたいと思ってます。

信じられないでしょうが、本当のことです。

5 :早苗:2007/06/08(金) 09:10:01

お父さんは、38歳です。 若いでしょ?

8 :早苗:2007/07/24(火) 13:21:38

な、なんと、双子ちゃんでしたぁ。

一気に二児のママです。

女の子だろうって。

メッチャ嬉しいです。


9 :名無しさん@近親相姦が大好き:2007/08/01(水) 22:47:00

お父さんとsexする経緯なんて聞きたいなぁ


10 :名無しさん@近親相姦が大好き:2007/08/11(土) 00:41:16

お風呂で洗ってもらって気持ちよくなったから。


11 :名無し3:2007/09/08(土) 21:18:59

早苗ちゃん、その後の経過はどうなったのでしょうか?
最近のSEXの状況などを交えて、教えてください。

15 :早苗:2007/10/16(火) 23:51:46

10月1日無事生まれました〜!!!

双子の女の子ちゃんです。

パパもめちゃくちゃ喜んでくれて、生んでよかった〜。

今名前考え中なんです。


18 :早苗:2007/10/25(木) 14:46:58

・色々ありがとうございます。1日じゃなくて、10日って打ったつもりが間違ってました。

名前、私とパパが一人ずつ決めました。

19 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/10/26(金) 11:51:00

これからは避妊するんだよ。君のためにも。

早苗さんにとって理想の男性が父親であっただけ・・・

それと早苗さんの体が父親のペニスと精液を求めていた。

これって一種の運命かな? 

けど4回妊娠は危なかったよ。子宮がだめになって不妊や後遺症が残るからね。

健康で清潔な精液は女性のホルモン増進効能があるけど妊娠は別だよ。

お父さんにもきつく言っておいてね。


20 :早苗:2007/10/27(土) 15:56:40

・これから相談しようと思います。

ありがとうです。「家族と〜」さん


21 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/11/04(日) 13:06:22
パイプカットでもすれば良いと思う。


22 :SATIKO:2007/11/25(日) 22:52:01

早苗さん元気な赤ん坊、お誕生おめでとうございます。
これからは、お父さんと娘さん達と幸せに過ごして下さい。

私は、20代ときに、弟との間に子供が出来ましたが、結局堕胎することになりました。

お互い家庭があり、妊娠の発覚による家庭崩壊を防ぐ意味もありました。
しかし、今ではその事を少し、後悔しています。

それは、それ以降まったく私に妊娠の兆候がなく、今日まで何十年も過ごして来ました。

その間、夫は女を作り出て行き、弟は若くして交通事故で死んでしまいました。
もしあの時の子供が生まれていれば、と思います。

是非、早苗さんは愛する人と子供に囲まれて、元気に生きてください。

24 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/11/29(木) 16:49:03
>>20
>>19だけど、パイプカットもよいかも?  女性にとって性交痛って嫌ですよ。

>>22
難しいですね。  私は25歳と19歳で自ら父親の子を産んだ女性を知っています。
兄の子2人産んだ女性も知っているけど弟の子を産んだ女性って少ないね。

25 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/11/30(金) 07:22:05
>>24
>私は25歳と19歳で自ら父親の子を産んだ女性を知っています。
>兄の子2人産んだ女性も知っている

実話なら話を詳しく話してくれませんか。

その女性の方々が産んだ子供は障害はなかったんですか??


26 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/12/06(木) 16:51:15
>>25
兄の子を産んだ女性の子供2人とも男性だけど遺伝性のてんかんで入退院繰り返している。

25歳で父の子を産んだ女性の子供は女の子で健康児、21才で産んだ女性の子供は生後2才で死亡。

27 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/12/06(木) 16:53:49

そうそう19歳で父親の子を産んだ女性の子は健康児。男の子だった。

俺が出会った近親出産で一番多いのは、父娘姦だね。

33 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/12/08(土) 14:01:42

叔父が産婦人科、同級生が精神病院と介護施設の理事 
その関係で近親相姦の実態を聞くことがあった。

実際にあった事もある。
21歳で父親の子を生んだ女性はちょっと苦手って言うか恐かったね。。。

やはり差別表現かもしれないけど、表に出にくいが養護及び介護施設や精神病院に行くと近親相姦で生まれた子供から施設生活50年以上の寝たきり老人まで本当にいるんだ。

しかし一般と変わらない生活をしている人まで色々いる。

無責任な妊娠出産は生まれてくる子供がかわいそうだ。  
最後まで育てる責任感があれば別だけど。

35 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/12/09(日) 01:01:30
>>33
なるほど。合点がいきました。

あなたの言うことは信じますよ。

告白系の妊娠話は99%は妄想か釣りだけど、残り1%はガチなのかもしれない。

ま、頭が悪い俺にはどれが嘘でどれが真実かなんてわからないけど。

望んで性倒錯をしている側すれば責任をもって子作りするのはいいだろというだろうね。

必ず障害児が産まれるわけでないし、障害児だから産んではいけないわけではないし。

37 :匿名子:2007/12/29(土) 00:25:51

お母さんには悪いけど、たくましい父に抱かれたい
父の子供を妊娠したい


38 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/03/27(木) 19:26:28

上記で書いた19才で父親の子を合意で産んだ女性だけど、二人目を数年前に生んでいたらしい。

まあちょっと理解できない世界だけどね。

家庭環境は娘の母親が勝手に出て行って十数年行方不明。
父との関係は高校生からだって。

39 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/03/29(土) 23:02:34

>家庭環境は娘の母親が勝手に出て行って

母親が父親を捨てて出て行って後に、父と娘に関係ができたと。
体験告白系でよくあるパターンですが、作り話ばかりではないんですね。

40 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/03/30(日) 11:18:10

父子家庭で相姦になるというのは体験告白の王道パターンでその時点で信憑性を疑う(苦笑)。

ファザコン娘が母に捨てられた(又は亡くなった)父に同情して関係するという投稿を何回読んだことか。

ただ、このパターンの妄想で書く人が多いということは、
そういう妄想を生み出す元となる事実があったのではとも思えるのです。

38さん、その19歳で産んだ女性は現在では何歳なのでしょうか?

41 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/01(火) 12:58:18
>>40
どうもどうも。 どうなんでしょうね。。。?作話なのかどうかは本人達のみが知る事でしょう。


まだ三十にはなっていないと思います。
 
現実にどれだけの近親相姦による出産があるのか存じませんが存在するのも事実。  
結局永遠の謎かもね?

42 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/01(火) 13:01:37

産科から精神科に紹介されてわかった事実。
 
紹介された精神科医師は俺の高校時代の同級生。
やはり近親相姦がばれたら精神科受診するみたいだね。

43 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/03(木) 22:00:05
>>42
>産科から精神科に紹介

前に某巨大掲示板で産婦人科医が語るスレみたいのが立って、そこで自称“産婦人科医”が実際に近親姦による妊娠はあるよとコメしたことがありました。

本当かどうかはわかりませんが、体験告白でも産婦人科にちょくちょく近親相姦による妊娠の相談があるという話はでてきますね。

告白に書かれていることによると、医師は本人が出産を望んでいる場合はDNAと羊水検査をするだけで、強いて出産を止めることはないそうですが。
某掲示板の自称医師も同じことを言っていました。
だからって、それが本当かどうかは素人の僕にはわからないのですが。

44 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/03(木) 23:52:30

前に本サイトで投稿していた和子さんという方は現実話ですよ。

話が具体的で、女性しかまず使わない単語など書いていたのでネカマでは無い・

母子手帳やレントゲン撮影などを行い、出産までの経緯など医学的に見ても極めて正確な話をしてました。

母性本能がエスカレートして母と子の近親相姦に行き着くのが一番多いそうです。

45 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/04(金) 21:27:57
>>44
Blog「父に抱かれて 近親相姦」も妄想ではなく実話の可能性が高いように見えますよ。
父親の子供を妊娠していく過程がリアルすぎるんですよ。

46 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/08(火) 10:06:59
>>43
オ―ストラリアで父娘相姦の子が生まれて社会問題になっているらしい。
http://blog.goo.ne.jp/cheguerrilla/e/dd1b13af91917599bca5a1e670b2b99d


47 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/08(火) 16:37:05
>>46
読んだ。オーストラリアの田舎ならありそうな話だ。


48 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/08(火) 21:35:41
>オ―ストラリアで父娘相姦の子
一人目は心臓疾患があって死に、二人目は異常なしですか・・・。


49 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/10(木) 22:39:27
>>48
上記で紹介した21才で父親の子を産んだ女性の長女も2才で先天性心疾患で亡くなられましたね。

遺伝病はリスクが高いのでしょうね。
  
彼女は確か知り合いの話ですと流産も数度繰り返して結局は子供が出来ない体になったとか?

彼女は父親との関係を自ら受け入れているので後悔は無いかも?????

私は彼女に会った事があります。なかなかスタイルの良い女性でした。

が何か?普通と違う。

自分達の関係を否定される事に過敏になっていて恐かったです。 
 
もう30代ですね。
父親は知りません。父親の年齢は50代でしょうね?

50 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/11(金) 12:37:50

>遺伝病はリスクが高い

それでも異常がない子供が産まれる可能性もあるので、一部の女性は出産に踏み切るのでしょう。

>自分達の関係を否定される事に過敏

オーストラリアの父子相姦で妊娠した女性も父と関係を結んだことに過剰に肯定的ですね。
あの記事を読むと、体験告白の近親妊娠に関する投稿も実話が混じっているんじゃないかと思いました。

たまに妊娠を告白した投稿で真に迫っているのがあり、そういうのってオーストラリアの女性のように相姦に対して過剰に肯定的なんです。

マザコンや父子家庭に相姦が起こりやすいというのはよく言われているのでネカマやオタクをからかうのが好きな女性がそういう話を元にネタを書いて釣っているのもあるでしょう。

でも、オーストラリアの事件は実話を加工して投稿したのもあるんじゃないかと思わせました。

57 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/28(月) 14:26:47
>>50
お久しぶりです。

今日ネットで自分の娘を自宅の地下室の閉じ込めて子供を生ませていた父親がオ―ストリアで逮捕されたニュ―スを見ましたよ。

強要いかんね!   合意の無いセックスや出産は犯罪。


58 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/29(火) 14:43:32
>57
24年間監禁して7人の子供を産ませたそうですね。

こんな変態系掲示板にきておいてこんなことを言うのは偽善的ですが。
Fという父親がやった行為は鬼畜の所業としか思えません。

中絶させずに産ませたというのは何だかキリスト教社会独特の歪みを感じる。

アメリカのド田舎は近親相姦の問題が多いというのはよく聞く話ですが、オーストラリアの田舎も同じようですね。

59 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/29(火) 23:06:23
>>58
まあ合意があればすべてOKでもないですね。

生まれた子供が正常児でも、その子供は大きくなって自分の出生の秘密を知った時 問題がでる事もある。

結婚できない現実もあって、近親相姦は合意があろうが無かろうが生まれた子供の人生にも悪影響がある。

止めて無難だね。

61 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/30(水) 19:37:43

私の友人の病院に兄と妹の間に生まれた男の子が二人とも先天性てんかんで通院及び入院している。

やはり劣性遺伝が出やすいからね。

日本の正確な現状は???  作話ばかりで信憑性が薄いですね。

まともな資料がありません。

62 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/30(水) 20:39:59
>>59>>61
同意の場合ですが、僕は本人たちが望んでいるのなら妊娠は止めようがないと意見は違うのですが、産んだ後の問題が問われるのは仕方がないですね。

>日本の正確な現状は???作話ばかりで信憑性が薄いですね

NHKだったかで日本の性的虐待で明るみなったのは氷山の一角だみたいな報道を目にしたことがあります。

それに日本は近親による結婚は禁止していても、性交や妊娠は罪にならないので意外と実話もあるかもしれません。

日本の田舎なんか近親妊娠なんてありそうだなぁ。

まあ、ネット上に公開されている体験告白は作話が殆どだよね(苦笑)。

たまにディティールがリアルで「実話?」とどっきりする話がありますが。

63 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/30(水) 20:45:29

つけたしですが、日本の近親妊娠の実例は実話誌で度々取り上げられる娘が父を○害した事件がありますよね。


64 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/30(水) 20:56:25
>>62
個人的には警察や精神科医師より産婦人科医師が一番近親相姦の実態を把握していると思います。

がしかし患者の守秘義務と人権があって表に出ない。


65 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/05/01(木) 08:49:18
>>58
御存知ですか???アメリカの白人中産階級及び上流階級で意外と獣姦も行われています。

私達の印象評価では(精神異常の複雑な家庭環境で育った身なりの悪い男)が馬小屋や豚小屋に浸入して獣姦を行うと思い浮かべますが、

実はハイソで郊外の豪邸に住む身なりの良い独身白人女性及び夫婦が自宅で飼っている犬との獣姦を楽しんでいる実態もあるのです。

室内で大型犬を飼う家も珍しくも無い。アメリカってゲイも近親相姦も獣姦も日本より比率的に多いのは確実。

カトリック信者が日本の数倍で本来信仰に敬虔であるはずの韓国が日本の数倍の強姦発生率であるのもアメリカと同様何か社会の歪みと矛盾を感じます。

これは私の想像で表に出ませんが、中国の農村部や辺境及び少数民族社会における
近親相姦及び出産率もきっと高いと思います。

66 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/05/01(木) 16:22:18
>>58
根拠を出せと突っ込まれたら困りますが、合意及び強要虐待どちらであれ私の知り合いの病院でもネットのニュ―スでも、父娘相姦が一番多い???

と私は思っています。 
その次が兄弟姦?  最後に母息子姦?

どうでしょ?  調査資料が無いので想像の域を越えません。

67 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/05/01(木) 19:41:04
>>66
日本はマザコンが多いので母子姦が多いという俗説がありますが。

ほら、ココや他の体験告白掲示板も母子姦ネタが多いし(笑)

68 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/05/03(土) 23:16:17

大型犬を室内に入れて足袋をはかせて・・・、日本では都市部で結構あるみたいだし。

近親姦、特に母子相姦がハイソに多いのは日本も同じだよ。

マザコンもあるけど、子離れしたくない欲求不満の母親におもちゃにされてるって感じだけど。


69 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/05/05(月) 13:05:52
>>67
ここも他も作話だらけです。w

>>68
貧しく複雑な家庭環境に性的犯罪及び変態行為多いと言う神話が、実は綺麗でハイソな世界における変態行為を見落としますよね。

自分の娘を監禁して子供を生ませていたオーストリア男性も綺麗な住宅街に住む中産階級でしたし。

70 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/05/06(火) 14:02:25
>69
>ここも他も作話だらけ

ははは、わかっていますって。

でも、絶賛休業中の「近親相姦研究所」ですが。
あそこの父子相姦に関する投稿の一部は父親と関係をもった理由が筋が通っていて妙なリアリティがあったな。

実話を元にしたフィクションじゃないかと思えるぐらい。

かすみ、リンコ、YUYUYU、大猫熊の投稿がそう。

あと、母親が実父に強姦されて産まれた子供の投稿もリアリティがあった。


73 :連続コピペ投稿スマソ:2008/09/08(月) 23:07:28

No.6769 2008-06-06
近親相姦、孫娘にも毒牙の手

嘉義県で中年の男が17年前から娘にセックスを求め、妊娠させて2人の孫娘を出産させ、さらにこの孫娘(7歳、娘でもある)にも手を出そうとしたことが分かった。

現在27歳のこの女性は今までじっと我慢していたが、孫娘にまで猥褻行為を働いたため、支援者団体に事実を公開した。

父親は現在、姿をくらませている。警察はDNA鑑定をして事実関係を調べる。
http://www.naruhodo.com.tw/news/search.php?page_num=0&no=6769


74 :孫娘への嫉妬かも:2008/09/09(火) 06:48:53

嘉義県っていうのは台湾の中部あたりの地域です。

この娘さんはお父さんが孫娘に手を出したことがきっかけで事実を公開したということになっていますが、もしかしたらホントはじっとガマンしていたのではなく実はお父さんのことを娘妻としてちゃんと愛していたかも知れません。

お父さんの子供を2人も妊娠して出産してるんですから。

ホントにお父さんのことを嫌いだったら27歳になるまで一緒に住んでいないですぐに逃げ出しているのではないかと思います。

10歳のころから17年間もお父さんの性愛を受けて開発されているんですから父娘夫婦としての情愛はきっとあるでしょう。

このお父さんがさらにエッチしようとしたのは7歳の孫娘ということですから娘さんが20歳の時に産んだ子ですよね。

はたして20歳になった女性が無理やりに犯されて子供を産むまでじっとしているでしょうか。

妊娠して出産するまでに1年近くあるんですから、その期間には妊婦検診にも行くでしょうし病院のお医者さんの検診や保健所の保健師さんの訪問とか母親学級なんかもあるでしょうから。

どこか未開の地ならともかく台湾ならば日本国内とかわらない状況のはずです。

もしかしたらこれまで自分にそそがれてきたお父さんの愛情が孫娘にうつってしまうことを嫉妬したのかも知れませんね。

でもこのニュースは今年6月のことなんですけど続報とか何もないのでしょうかね。

娘さんのその後とか、失踪したお父さんのその後のことだとか…。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/108/1180642354/


21. 中川隆[-12637] koaQ7Jey 2018年5月27日 15:35:19 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14476]

父に抱かれて・・・

2005年05月31日
いまさら

父がSEXを求めてきたのを拒んだ。
何を今更とも思うけど。
別に嫌いになった訳じゃない。
最初は全然こわくなかったのに、今になって怖くなってきた。
お父さんは我慢してくれてる。


2005年05月27日
父は私を女としてしか見てない

私は内向的すぎた。
男の人とセックスすることで、何か変われれば良いなんて気持ちもあった。
そして一番身近にいたのが父。
っていうか私のまわりには父以外には男なんていなかったし。

いろいろ考えたけど、ちょっとでもタイミングとか意識の持ち方が違ってたら、近親相姦していなかったかも。
それとも、いずれこうなってた運命だった?
それなら諦めもつきやすいんだけどね。

もう父は私を女としてしか見れないらしいよ。
やっぱり私とセックスをやっちゃったからなんだろうね。
お父さんも被害者なんだよね。


2005年05月24日
距離をおこう

しばらく父とは距離をおこうと思う。
何か変だ。
父とはセックスするだけで、他は何もかわらないと思っていた。
でもそんなことはなくて、何もかもが変わってきてる。
全然落ち着けないよ。
父のいない時間が、なんとなく落ち着ける。


2005年05月22日
長かった

やっと朝になった。
すごく恥かしいおもいをした夜だったよ・・・。
裸をいっぱい調べられた。
さわられ、なめられ。
アソコも・・・中まで。
恥かしすぎて気絶したかもしんない。
あんまり長いこと調べてるんで、もうセックスしないのかと思ったら、挿入もされた。
すごくゆっくり入ってきて、ゆっくりと中で動いてた。
気持ちよかった・・・。
そして、だんだんはやくなっていって・・・。

これが今の現実ってことか。
私と父は、もう男と女なんだ。
こういうことをする関係なんだなって考えさせられた。


2005年05月19日
さいきん早いね

だんだん父が早く帰ってくるようになった。
それだけ私といる時間が長くなるんだけど。
そしてキスしたがるのよね。

キスはダメっていってるのに。
お父さんは恋人じゃなくて、やっぱり父親。
セックスは許しても、キスは許せないってやっぱり変?

確かにセックスのほうがすごいことなんだろうね。
だけど私の気持ち的なもんだから。
キスは本当に好きな人とするね。
・・・・って、そんな人、できるかな?
このまま、ずっと父と・・・っていう可能性のほうが高いかも(^_^;)
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2005-05.html


2005年06月27日
鏡の中の私

お風呂から上がって、なんとなく鏡を見た。
そこに映っているのは、裸の私。
父にすごく良い体だって言われた体・・・。

どうなんだろう?
自分では普通なんじゃないかなって思うんだけど。
太ってはいないけど痩せてもない。
胸は一応あるけど、巨乳でもない。

もうちょっと痩せたいって思ってるけれど、父は今のままで最高だからって言う。
きっと父好みの体なんだろうね。

これも父を私と本当に近親相姦させてしまった原因の一つなのかもしれない。
父好みじゃなかったのなら、こうならなかったのかも。

鏡に映ってるのは、血の繋がった父親とセックスを経験した女の体。
そして父親の性器を挿入された部分もある。
姿だけ見てたら、そんなことわからないのに。
人間って表面だけじゃわからないもんだよね。


2005年06月26日
すがしがしい朝

昨夜はあれほど暑かったのに、すがすがしい朝だ。
裸のまま、何もかけずに仰向けで朝を迎えた。
となりには、私の体を楽しんだ父がいた。

どうやら私の体をたっぷり鑑賞してたみたい。
すごく良い体だって言われた。
もう手放せないって。

嬉しいけど、素直に喜べないね。


2005年06月22日
父もまだ若い

父はまだまだ若い。
今は44歳だしオジサンなんだけど。

すごいパワーを感じる。
そのパワーが私を圧倒する。
セックスで私は圧倒されまくってる・・・。
普通にセックスしてても、とても気持ち良くされてる。

父以外とはセックスしたことないから、他の男性と比較は無理。
でもこんなに気持ち良いってことは・・・。
少なくとも相性は良いんだろうね。
父娘が体の相性良いなんて、超変なことだけど。


2005年06月19日
誓い

約束してもらおうと思った。
遊びじゃなく、本気で愛し続けることを誓うって。
もし誓うのなら唇にキスをして、遊びだから誓えないっていうならキスをしないでって言った。
もちろん、誓えないのなら近親相姦も終わり。

すると父の方からも、私に約束を求めてきたんです。
ずっとお父さんの女になって、他の男を好きになって離れていったら絶対にダメだって。

約束させるつもりが、逆に約束を返されるなんて思わなかった。
自分の首を絞めちゃったかな・・・?

でも自分から言い出したことだから、今更は引っ込められない。
私、まっすぐに立って目を閉じたよ。

イメージ的には結婚式でのキスを思い浮かべてた。
愛を誓わせるっていうのも、そんなイメージがあったから出たのかな。

目を閉じてるとき、父に言われた。
ずっと2人で暮らしていくんだぞ。わかったね。・・・って。

そして・・・・

唇と唇が重なった。


2人とも誓ってしまったんですね・・・。
なんだか本当に結婚してしまったみたいなキスだったよ。
キスの後、父に見つめられて緊張した。
そして再びキスされて、舌を入れられた。

もう誓ったんだからいいよね・・・ディープキス。
少しはそういうのあったけど、本当に解禁ってところかな。
こういうキスってなんだかエロいよね。

約束したから、セックスもなんだか安心して任せられた。
今まで相手がお父さんだったから、声を出すのも恥かしいし、ためらっていたけど、なんだか自然と声が出たよ。
お父さんにも言われてしまった。
今夜はすごく気持ち良さそうに声出してたねって(^_^;)

もう眠いから寝るけど・・・。
私、誓ってしまったんだね・・・。


2005年06月17日
考えてた

色々と今後のことを考えた。
父の女になるのを認めたといっても、実父と近親相姦をしている以上は不安は消えないし。

自分のひきこもり的な性格や今までの生活を考えたら、他の男性と出会って結ばれるなんて無いと思う。
今の状況から考えてもね。
たぶんこのまま父の女として関係が続いていくんでしょう。
そして今はまだ関係は浅いんだろうけど、どんどん深く深くなっていくんだろうね。

親子で愛し合っちゃいけないとは思わない。
父が私を女として愛するのなら、もうそれでかまわない。
ただ父娘同士だから、余計に冗談じゃ済まないんだよね。
冗談や遊びじゃ、近親相姦なんてやっちゃいけない。
だから私を愛するっていうんなら、父にもそういう気持ちじゃないとね。
私が欲しいなら、本気で愛してほしい。

安心してお父さんにセックスを許したいから・・・。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2005-06.html


2005年07月31日
諦めろって・・・

父に愛撫されてるときに言われた。
もう諦めろって。


諦めるって何を?
私はもう父の女になってるのに。
こんなに・・・父親相手にSEXをする女になってるのに。


でも父から見たら、まだまだなんだね。
確かにそうかも。
私は、まだ父の女だって思い込もうとしてる段階なんだね。
それに、父のことを男としてはまだ愛してない。
それって体は許してても、心をガードしてるってことかも。
父はそれを見抜いてるんだ。
やっぱりすごいよ。

セックスをしているんだから、やっぱり父のことは愛するようにならなきゃいけないんだとは思うよ。
相手に失礼だもんね。

父に出入りされながら、私が父のことを愛するようになってくのを想像してた。
もし想像通りになったら、もう今の私はいなくなるね。
その代わり、私のお腹には父との赤ちゃんが出来るよ・・・。


2005年07月29日
油断すると写される

ちょっと油断したら写される。
お風呂から上がったところを狙われた。

なんか嫌だ。
いくら想い出になるからっていっても。
そりゃ確かに私も10年後とかに今の自分を見たら、いろいろと思うんだろうけど。
この体が、父に愛されてセックスを許し始めたときの体なんだな・・・とか。

でもやっぱり裸とか、セックスしてるところが残るのって不安だよ。

Hなビデオとか撮影されてる人って、恥かしくないのかしらねぇ・・・。


2005年07月26日
父がパソコン使ってた

今まで父はあまりパソコンとか使うこと少なくて、ほとんど私が使ってた。
だけど父がパソコン使ってたよ。

なんかデジカメの画像とか扱うのにパソコンを使ったらしい。
ドキッとしたよ・・・。
これを書いてるのが父にバレるんじゃないかって。
これからは注意しなきゃいけないなぁ。

父がパソコンで見てた?画像がどんなものかは私もまだ知らない。
見せてっていったけど、まだ編集してないからって拒否された。
なんかコッソリとしてるなぁ・・・。

まあ見たい気持ちもあるけど、見るのも怖いから、気持ちは半々かな。


2005年07月25日
隠してるし

カメラの本体はあるけど中身がない!

さすがはお父さんだよ。
これじゃ何を写されたのかわからない。

こまったな・・・。


お酒のまされた

父にお酒を飲まされた。
まだ残ってて、なんか頭痛い。

昨夜はほんとフラフラ〜ってなったよ。
そしたらお父さん、カメラを準備しようとするし。

すごくやばいと思った。
だから撮影したいならキスシーンにしとこうよって言ったよ。

それから間もなく、ビデオカメラの前で、私は父に抱き寄せられキスをしたの。
これでも十分に父娘同士が愛し合ってる証拠になるね。
いっきに頭がクラッとしてきて、睡魔に襲われた。
キスしながら目を閉じてるのに、なんだか体全体がグルグルと回るみたいだったし。

キスが終わって、もう眠いからって寝させてもらった。

だけで気がついたら私、父に服を脱がされてた。
デジカメで撮られてる音もしてた。
ダメっていったけど抵抗力まったくなし。
父にゆっくりと股を広げられてくのに、それをなんとなく許してしまった。
撮影されてる音が聞こえてたよ・・・。

その後、セックスもされた。
私は、もう寝てるだけで、父のやりたい放題だったんだけど。
たぶんずっと正常位だったんじゃないかな。

たぶんセックスシーンも撮影されてしまったんだと思う。
父は近親相姦の証拠を自分で残してどーすんの?
見つかったら、むしろお父さんがヤバイんじゃないの?
私もヤバイけど。

お父さんのお宝ができちゃったな。
何を写したのか調べないといけないかな。

http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2005-07.html


2005年08月28日
父は迷っている

もうセックスは、以前のように戻った。
あれから父は、私に膣内射精をしていない。

あの旅行の時だけだったんだ。
もちろん、それが当たり前。
私も、理解している。

だけど私の記憶には残っている。
父と子作りをしたことが。

私は本気だった。
そして、今でも父がその気になったら受け入れるつもりでいる。
私は子供を作るとしたら、やっぱり早いほうが良いと思ってるから。

だけど、今は父の気持ちを尊重しよう。

父はまだ迷っているようだ。
気持ち的には、私を妊娠させたいらしい。
だけど、やはり近親相姦ということが、父を止めてる。

最近は子供の話をするようになって、父も戸惑い気味。
私が、そんなことを考えるなんて思ってもみなかったみたい。
それはそうでしょうね。
私自身も、子供が欲しいとこんなに思うなんてちょっとビックリ。

まだ先は長いし、どうなるかもわからない。


2005年08月21日
夢じゃない

どうしても思い出してしまう。
なんだか夢でも見ていたような。

だけど夢じゃないんだよね。

私、おとうさんとあんなすごいことしたんだ。
ぎゅっと抱きかかえられて、たぶん逃げようとしてもダメだったんじゃないかな?
事故なんかじゃなくて、お父さんが最初からやる気だったってことに意味があるよ。

口じゃいえないから、ここでこっそり書くね。
私、お父さんの子を産んでもいい。

たぶん安全日だったから、お父さんは私と子供作るようなことしたんだろうけど。
もう危険日でもいいよ。

なんだか、一気に私の中で盛り上がった。
今、本当にお父さんと子供作っていい気分なの。

2005年08月19日
超近親相姦

父と旅行しました。

そして私と父は、すごい世界に足を踏み入れたよ・・・。

出かける前に、墓参りもした。
そこで父は、お墓に謝った。
先祖に申し訳ないことをしてしまったって。
私も謝ったよ。

そして父は言ったよ。
もう本当に裏切ります。すみませんって。

すごい父の本気度が伝わった。
そして、この時、私は直感したよ。

その直感は当たった。
ほんと、私ってすごいと思ったよ。
これが女の感ってやつ?

すぐに旅行に出かけて、その宿泊先での最初の夜。
私と父は、そこで近親相姦をすることになります。
ただ今までと違ったのは、父がコンドームを付けなかったこと。

すぐに気付いたよ。
っていうか、付けないんじゃないかって思ってたら、本当につけなかったから。

私、そのまま続けさせた。
そして父に、運命を任せた。
すごい緊張したよ。ドキドキしたよ。

そして私の体に、永遠に残る記憶が刻み込まれました・・・。

忘れない。
どんどん私の中に入ってくる、あの暖かな感触・・・。
それが私の父親の精子だなんて。

ついにされてしまった膣内射精。
父は謝ったけれど、私は責めることなんてしなかった。

そして、すごかった2日目の夜・・・。
今夜も中で出すのかって聞いたら、出すって父はいうの。
だから、子作りするんだねって私は言ったんだ。
父は・・・そうだね。子作りしようねって・・・。

言葉だけでも、すごく動揺したよ・・・。

安全な日とかは父も知ってるし、そのへんは任せてるので、たぶん大丈夫な日を選んでるんだろうとは思う。
だけど、そんなこと関係なくなるくらい、あの言葉は強烈だった。

私、本気だったよ。
本当に子作りしてるつもりで、セックスしてた。
もちろん怖いって気持ちもあったよ。
でも、私は・・・お父さんの子供を産んで良いって気持ちになってた。

だから私のなかではすごいセックスだったよ。
また父に中出しされて、子供が出来たんだなって思えたよ。

今は、落ち着いてる。
すごいセックスしたんだなって、冷静に考えてるよ。
超近親相姦ってところかな?

だけど、お父さんもそのときは覚悟してるって言ってたけど、本当に子供が出来るかもしれない。
それほどのことをしたんだ。

そして、ひとつだけ確かなこと。
私達は、子作りしたんだ。
子供を作るつもりで、セックスしたんだ。
少なくとも、私はそう思ってるから。

2005年08月06日
おじさんの臭いをとろう

父の加齢臭ってのを、できるだけなくしてあげる。
夏は汗かくから、とくに気をつけないと。

ゴシゴシ洗い過ぎて、痛いって言われた〜。

そして反撃された。

よく泡立つタオルで、しっかりと洗われたよ。
すっきりした。

足を大きく広げられて、あそこもしっかりと洗われたけど。

その後、すごくなめられた・・・。
綺麗になってるから、たっぷり味わったんだね・・・。
石鹸の味しなかったかな?


2005年08月01日
パートナー

私達、いつもセックスばかりしてる訳じゃないんだよ。
確かに親子でセックスをするってことは、生活の全てに影響してるけどさ。

だけど一緒に生活していくことで大切なのは、心と心の繋がりなんじゃないかな。
気持ちが離れたらパートナーとしては終わるよね。

その点は、私達は繋がってると思う。
そのへんの夫婦に比べたらね。
ずっと暮らしてる親子なんだし。
たぶん父との関係を、夫婦として考えたら、良好なんじゃないかな。

私は元々はひきこもりぎみな、世間からちょっと離れた女。
これから父以上の相手と出会う可能性なんて、無いって思ってる。

お父さん・・・・これからももっとセックスしようね。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2005-08.html

2005年09月09日
将来

将来のことを考えてみる。

私はひきこもりニートのようなもの。
こんなんじゃダメだとは思う。
だけど父が私を守ってくれてる。
父の専業主婦に就職すれば、私はやっていける。
父もそれを望んでる。
その道は、永遠に父とセックスをし続ける道。

じゃ子供はどうする?
父とセックスをし続けるなら、やっぱり考えないといけないよね。
父がいらないっていうのなら、仕方ないって思う。
近親相姦で子供作るんだからね。

だけど、もし将来的には作りたいっていう気持ちがあるのなら・・・。
作るなら出来るだけ早く産みたい。
お父さんだっていつまでも若くないんだから。
子供のことを考えたら、お父さんは1つでも若いほうがいいよね。

でも母親になるなら、私ももっと頑張らないと。
社会勉強しなきゃ。
それためには、パートでもして仕事しようかな。
お父さんは心配するけど。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2005-09.html


2005年11月21日
好き

私の気持ちが、どんどん父の方へと流れていく。
以前よりも、もっと好きになってると思う。

もう近親相姦だっていい。
父に何回でもセックスしてもらいたい。

もう何をされてもいい。


2005年11月06日
やはり私は父の女

簡単な仕事だけど働きはじめて、だいぶ慣れてきていた。
まわりの人達も親切だし。

父と子供を作るってことも、非常識すぎるのが冷静になって思えてきてたし、父が決断しなかったのも理解できる。
近親相姦することも、だいぶ減っていた。

このまま普通の生活に戻っていくんだろうなって思うようになってた。
そしていつか、父以外の男性とセックスして、子供を作ることになるのかなって。
働きはじめてから、そういうのが感じられるようになってきていた。


だけど、やはり後戻りなんて出来ないみたい。
父も私を手放すつもりになってたらしいけど、やっぱりそれは無理なんだって。
とうとう父も我慢できなくなって、私を押し倒した。

そして近親相姦・・・。

セックスすれば、やっぱり私は父の女なんだって感じる。
父がその気なら、私は拒否することは出来ない。
前に誓ったとおりに、ずっと一緒だと言われた。

膣内射精もされた。

私にとっての現実は、他人とは逆なんだ。
父と近親相姦して暮らしてくのが私の運命なんだ。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2005-11.html

2005年12月25日
聖夜

とても素敵な夜だった。
こんなに愛してもらえるなんて・・・。

お父さんが私の体を優しく包み込み、とろけるようにしてくれた。
父娘だって、ここまでできるんだ。

これで、もう妊娠したかもしれないね。
私を愛してくれてありがろう。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2005-12.html

2007年11月26日
不安

私達はどうなるんだろうか?
漠然とした不安に包まれます。

見えない未来。
想像はする。
その想像がさらに不安を呼ぶこともある。
何も考えないほうが良いのだろうか?

久しぶりに自分で書いた過去を読んだ。
私達が初めて結ばれた日からずいぶん経ったんだね・・・。


やはり大変なことです。
子供を育てるということは。
父は今が一番大変な時期だからという。
もちろん私も頑張る。
母親なんだから。

むしろそれに加えて襲ってくる精神的なプレッシャーが、私を悩ますんだろう。
将来、父のことをどう説明すればいいのか・・・とか。
色々と・・・。

私は強くならなきゃいけない。
昔のような甘えは許されない。
だけどお父さん・・・私を安心させてください・・・。

いつお父さんがSEXを求めても受け入れるから。
なんでも許すから。
だから冷たくしないで。
私はお父さんだけが頼りだから。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2007-11.html


2007年12月31日
年越しですね

もう親戚付き合いとか無いんだろう。
私達は社会からは認められない家族なんだから。
でも、それはそれで良いね。
めんどくさいし。

だから、お正月は家族だけでのんびり。
父も仕事にいかないもんね。

3人で暮らしていこう。
後悔なんてないからさ。
それとも私をまた妊娠させて4人にしちゃう?
今度は、お父さんが欲しかった女の子かもしれないよ?
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2007-12.html

2008年01月28日
変化

父と私の関係は、以前とは変わってきたように思う。
悪化しているわけじゃない。
微妙な雰囲気の変化です。

子供が出来たからなんだろうね。
以前は男女としての関係。
今は父親と母親としての関係なんだろう。
近親相姦をしてしまう前の親子関係にも似てるね。
でもセックスはまだしてる。
やはり私達の関係を象徴しているのはセックス・・・。

結局、夫婦=セックスなのかな?
それなら私達は父娘でありながらやっぱり夫婦ですよね。


2008年01月17日
予言?の続き

父の予言は不思議と良く当たるんです。
だからちょっと考えてしまいました。
どれくらいでそういうことになる可能性が出てくるのかな?
男の子は何才くらいからセックスしたくなるんだろう?

中学生くらいになったら、もう出来るんだろう。
だけどはっきりいって中学生なんてまだ子供!
私のほうがなんとなく嫌だ。
実際には高校生くらいからだろうね。


父がこんなことも言うんです。
この子が相手というのなら許すって。
許すってのはセックスを含めて結ばれるということです。

冗談で言ってるのかも。
でも、そうなる頃には約15年ほどだし、父もそれだけ年齢を重ねてます。
自分が老いた時、私を託そうという気持ちがあるのでしょうか?

父に言われると、なぜかそうなってしまいそうな気がしてくる・・・。
確かにありえない。
でも、ありえないことを今まで父は何度も予言して当ててきた。
今の私達の存在そのものがありえない。

この子が成長した姿は想像できない。
だけど考えてしまいました。
この子とセックスしてしまっている自分を・・・。


2008年01月15日
予言?

父がこんなことを言った。

「この子とお前は、将来セックスすることになるかもな。」


私とあの子がセックス?
ふと、あの子の顔を見た。
現在の直感としては、まずあり得ないことですよ。
確かに私はこの子を愛してます。
だけど、この子の前で裸になり足を広げられ、父にされてるようなことするなんて・・・。
それに私は結婚できないとはいえ父と結ばれた関係なんですから。

でもまったく想像出来ない訳じゃない。
だって私達は、近親相姦で成り立った家族なんです。
普通の人達にはまったくないでしょうけど、私達の頭の中には常に近親相姦という意識がある。
もう感覚そのものが違うんですね。
する、しない、というのは別として、どうしても考えてしまう避けて通れないことなんだろう。

むしろ、まったく想像すらしないほうが不自然に思えるよね。

妊娠中は、私と父の関係をこの子にどう説明すれば良いのかということを考えてた。
その答えは今も出てない。
これからも、いろんな問題が出てくるんだろう。

もし、あの子が女の子だったとしたら、父とどうなってたの?
これから、また女の子が生まれたとしたら?
兄と妹で・・・ということもあり得るよね。

そして、この問題でもっとも重要なことがある。
それは私達は近親相姦を否定してはいけないということ。
近親相姦を否定することは、この子の存在をも否定することになるから。

もし将来、この子が私を望んだとしたら?
妹がいたとして、その妹と結ばれることを望んだら?
少なくとも近親相姦はダメだという理由で拒むことは出来ないのです。


もちろん、今は想像の話。
実際にこうなるなんてことはないかもしれません。
だけど親子で結ばれた現実もある以上、考えておかないといけないんでしょう。
かなり遠い話だろうけど。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2008-01.html


2008年02月28日

一人目の子の時は、お互いが求め合って本気で子作りをしてた。
私も当時は父にメロメロになってたし。
すぐに出来るもんだと思ってたけど、案外すぐには出来なかった。
そのぶん父にたくさん愛されたけど。
あの頃は本当にいけないことしてるんだなって気分でした。
そして、そのぶん父に出された時の刺激も凄かったよね。

今回はちょっと違うね。
個人的には子作りに関してそんなに乗り気じゃなかった。
あくまで父任せだったんだけど、避妊してセックスもしてた。

不思議なもんだ。
頑張ってたときは案外あたらなくて、そうでないときはすぐにあたるなんてね。

父の考えは違うかもしれないよ?
確かにあの時は父の希望で膣内射精を許した。
あの時のセックスは、父にしてみれば子作りだったのかも。

これも運命なのかな。
もちろん産むつもりです。

2008年02月26日
予想通り

検査へ行って来た。

やっぱり予想通り。
妊娠8週目。

私は父以外とはセックスしたことがない。
父との子供です。

さて・・・。

2008年02月22日
ほんとにヤバそう

前から感じてはいたけど・・・
体調がやっぱりおかしい。

もしかしたら?

ってゆうか、たぶんそうだろうね。
近いうちに検査にいってこなきゃ・・・。

http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2008-02.html

2008年03月30日
きもちわるい

ずっと気持ち悪いの続いてる・・・。
仕方ないけど、前と違ってもう一人の世話しなきゃならないから・・・。

ボールドのTVコマーシャル見てたら笑えてくる。

「いい香り」
「気持ちいい」

あの香り嗅ぐと、めちゃ気持ち悪いんですけど;

2008年03月12日
大切に

父は喜んでたよ。
それと、やっぱり妊娠させるつもりで出したんだって。
それで妊娠したのには驚いてたけど、よく考えれば驚くことじゃないんだよね。
男が女の中に出すってことは、そういうことなんだし。

しばらくは父とセックスしないよ。
それで流産とか嫌だもんね。
生まれたらいけない子だからとか思わない。
私の子供なんだから。
大切にしたいのね。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2008-03.html

2008年05月10日
久しぶりに

お腹がちょっと出てきた。
胎盤も出来たみたいで安心。

それで久しぶりに父とセックスした。
とうとう許したね。
ゆっくり・・・ゆっくりとしてもらった。
心地よかったよ。

お父さんはどうだんたんだろうね?
妊婦とのセックスはどんな感じなんだろう?
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2008-05.html

2008年07月30日
女の子です

かなりお腹が大きくなった。
女の子は確実なようです。
元気な子ならそれでいいです。
障害とかないか心配・・・・。

二人も子供を育てていくことが出来るんだろうか?
不安ばかりですよ最近は。

私と息子がいずれセックスする運命なんじゃないかとか、
娘が息子か父とセックスすることになるんじゃないか

とかは、大きく育ってからの話です。

今はこの子達をしっかり育てることが大事。
子供達がしっかり育ってくれさえすれば、息子とセックスしてしまう運命だとしても諦めもつく・・・そんな気分にすらなるよ。

まあね、まだわからないけど。
頑張って育てないと。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2008-07.html

2008年10月06日
産まれた

産んだよ。
女の子です。

お父さんとの事が心配?
今はそうでもないかな。
むしろ、これから二人も育てていく事を考えたら、そちらの方が心配です。

育児は大変だ。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2008-10.html

2009年01月09日
これでいい

やっぱり私は父の女。
これからもそうして続いていくんだろう。

それを嘆く必要もない。
自分で選んだ道だ。
子供もいる。
そこに幸せは存在する。

私は、実の父親とセックスしてしまった。
そして妻となった。
そして子供を設けた。

その事実は永遠に消えることはない。
悩んでも無駄なんだ。

父はこれからも私とセックスを続ける。
私はそれを許す。
それで良い。
私達の生活は、それでうまく行くんだ。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2009-01.html

2009年03月26日
生理

母乳をやってるので出産してからも生理はこなかったけれど、とうとう生理がやってきてしまった。
また痛い思いすることになるのか。

そして、また父に決められちゃうのかな・・・。
嬉々としながら私の中で出してさ。

父がそう望むのなら、それは運命と思って受け止めるしかない。
私達は、そのへんの夫婦以上に強く結びついた関係なんだから。

母乳やってるから、胸がパンパンに膨らんでる。
父は、その胸を喜んでる。
赤ちゃんのためのものなのにね。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2009-03.html

2009年04月09日
避妊

さすがに父も3人目となると躊躇っているようだ。
ちゃんとコンドームをつけてる。

これでしばらくは安心ですかね。
あとは子育てに専念といきますか。

子供が寝ている隣で、実の父親に抱かれる私・・・。
なんともいえませんね。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2009-04.html

2009年09月22日
仕事

仕事をする事を考えてる。
永遠に父に頼れる訳じゃないから。
これから、何が起きるのか分からない。
その時、子供達は守らなきゃいけない。

私は、変わらなければいけない。
母親になったんだから。

私は、社会から逃げていた。
そして、父の女になった・・・。
その先にあったものは、今の家庭。
それを後悔にしてはいけない。
間違いじゃなかったと言いたい。

この子供達の存在は、間違いじゃない。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2009-09.html

2009年10月12日
いつか・・・

子供の成長なんて早いものですね。
あっという間に大きくなる。
私も少しは成長してるのかな?
親として、妻として、一人の人間として・・・。

そうだよ。
近親相姦をしたって人間なんだから。
だから子供達も人間。

最近、よく考える。
このまま成長していけば、いずれ父親の事を聞く時がくるんです。
その時、何て答えるの?
正直に言うなら早い方が良いの?
それとも大人になってからの方が良いの?

誰にもわからないよね。
前例だってほとんどないしね。

もし怒るのなら、償いはする。
私に出来ることなら何でも。
もし償いとして、息子が私の体を求めたとしたら?


ふふっ・・・・。
許すよ。
そうなったら、好きなだけ私の体を奪えばいい。
気の済むまでね。
妊娠させられるのかな?
でも、それも仕方ないよね・・・。


そんなネガティブな事を考えてしまった。
私は近親相姦をした女。
その呪縛からは、もう逃げられないから。
逃げられないんだから逃げないよ。
今は、一番近くにいるのは父。

何もかも覚悟の上でこうなったんだよね?
お父さん・・・。

父は、当たり前の行為のように私を抱く。
強い人だ。
実の娘とのセックスに、何の迷いもないみたい。
頼りにしてるよ。
父であり、夫でもあるんだからね。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2009-10.html

2009年11月09日

実の娘に子供を産ませる。
世間からすれば、そんな父親は悪なのだろう。

妊娠させるだけでも常識外。(まだ堕胎する道がある)
父娘でのセックスだって、あってはいけない話。
父娘が唇を重ねてキスすることだって変態的なことなんです。

私達は、もう戻ることが出来ない。
産んだのだから。
父も悪なら、私も悪ね。


子供は悪じゃないけど。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2009-11.html

2010年01月07日
幸せ

子供の存在は、やっぱり幸せ。
笑顔を見るだけで元気になる。

産んで良かった。

誰もが近親相姦を間違いだと言うのでしょう。
でも、幸せはあった。

間違いなんかじゃないよ。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2010-01.html

2010年05月29日
仕事

仕事をすることにした。
その間、子供は保育園で預かってもらうことに。

将来の事を考えたら、私も今のままじゃダメだし。

父は最初は反対していました。
でも納得してくれたんで。
これから頑張らないと。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2010-05.html

2011年01月26日

汚れた

お父さん、ごめんなさい。

仕事先の人に、食事に誘われた。
そして、お酒飲まされました。

何なんだろう・・・。
気がついたら知らない部屋のベッドの上。
服は全部脱がされてた。

その人とセックスしていました。

私は人とは違う人生を歩いている。
なんでいまさら・・・。
近親相姦以外したくなかった。
知ってしまった。
他の人を。

泣いても「泣き顔も可愛い」と唇にキスされてしまうだけだった。
汚れました。
身体の隅々まで・・・。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2011-01.html

2011年02月26日

ダメ

ダメぇ・・・。
本当に堕ちちゃうよ・・・。

このままだと、あの人のものになるのを承諾しちゃう。
何も出来ない。
逆らえない。

ダメよ。
ダメなのに・・・。

puyopuyo_2 at 23:26|Permalink│

.


2011年02月19日

洗脳の儀式

許してしまったディープキスの代償はやっぱり大きかった。
もう止められない。
彼の求めるまま、唇を重ねる私・・・。
これは私にとって、まるで洗脳の儀式のよう。
分かってたんだ。
だから最後まで許さなかった。

「洗脳されちゃうよ・・・。」
ふと言ってしまった。
彼は「それじゃ洗脳してやる」とキスを続けた。
何度もしつこく・・・。

身体の力が抜けていったよ。
本当に洗脳されてるみたいだった。
もし、あのままセックスしていたら、私は本当の意味で彼のものにされていたかもしれない。
危ない所でした。

反省もこめて、父に抱いてもらおう。
私を元に戻して・・・。

puyopuyo_2 at 23:29|Permalink│


2011年02月17日

心が折れそう

このままだと心が折れてしまいそうです。

仕事中でもあの人にキスされる。
諦めてしまいました・・・。
大切なものを失った。
ディープキスを許してしまったんです。
何を今更と思うでしょうね。
もう何度もセックスを許してるのにと。
でも私にとっては違う。
セックスはしてしまってるけど、これは守りたかったの。

でも許してしまった。
なぜ?
わからない。
気が付くと彼の舌が入ってきてた。
終わったと思った。
諦めてそのままディープキスしてしまったよ。

あの人は喜んだよ。
嬉しそうに何度も私にキスをした。
仕事中なのに。

また放心状態になった。
弱い私。
仕事が終わると彼に連れていかれた。
そしてセックス・・・。

お父さん、許して・・・。

puyopuyo_2 at 23:45|Permalink│


2011年02月14日

やばい

近親相姦しかしたくなかった。
だけど私は、それ以外を経験してしまった。
もう取り返しの効かないものが、私の身体に残り続けるのね。

そのショックが今も尾を引いている。
無気力状態。
呆然としてばかり。
そんな私を彼は逃さない。
仕事中でも平気で唇を奪う。
もう抵抗する気力もない。

そして休日。
私は彼に身体を奪い尽くされた。
残念ながら父以外でも気持ち良い。
油断した時、あっという間にセックスにのみこまれる。
このままだと彼の女にされちゃう。


puyopuyo_2 at 00:39|Permalink│


2011年02月10日

どうなるの?

私はどうなるのだろう?
自分の弱さでこうなってしまった。
なんとかしないといけないのに。

私の体が汚れていく・・・。
あの人を止める事が出来ない。
応じてしまった私も悪いのね。
体を売ったようなものだし。

せめて父以外で気持ち良くされたくなかった。
ごめんねお父さん。
私も普通の女でした。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2011-02.html


2011年03月10日

ついに・・・

まさか、この私が・・・。
近親相姦しか興味なかったのに。
信じられないよ。
でも、これが現実なんだね。

私、とうとう堕ちました。
あの人のものになることを承諾してしまった。
その瞬間、私の気持ちを守っていた壁が溶けてなくなり、一気にあの人が私の気持ちを侵食した。
服従の証として、中に注ぎこまれました。

承諾してしまった以上は、彼に従うしかない。
全てをあの人に与えます。
あの人はどこまで求めるのだろう?
子供が2人もいる私を。

あの人のものになり、セックスが変わった。
今まで父に気を使って抱かれてた。
だけど遠慮なく抱かれたの。
あの人を求めて、大きい声で叫びながらイッちゃった。
すごかった・・・。

ごめんなさい、お父さん。
守れなかった。
堕ちてしまったの。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2011-03.html


2011年04月03日

父の決断

父に、母親としての自覚を持てと言われた。
子供の事を一番に考えるようにと。
まったくその通りだと思う。

そして子供の面倒をしっかり見れるのならば、私の好きにすれば良いと言った。
父にしても苦渋の決断だったでしょう。

全ては私次第。

puyopuyo_2 at 22:33|Permalink│

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2011年04月01日

気づかれた

ついに父に気付かれた。
いずれバレるとは思っていたけれど。

父は、あんな男を相手にしたらロクなことにならないからやめておけと言う。
父親を相手にしてる方がロクなもんじゃないでしょ!と言い返してやった。

父を怒らせるつもりじゃなかった。
追い詰める気もなかった。
悪いのは私。
父は怒りながら私を抱いた。
私は従った。
父は私の中に出しました・・・。

夢を見ていました。
あの人と結婚して、子供を授かる夢を。
でも、これが現実。
私は、また父との子を身籠る事になるのかもしれない。
父が怒るのは当然。
私は受け入れなければいけない。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2011-04.html

2011年08月29日

戻っていく私

戻っていく・・・。
私が父のところに・・・。

まだ気持ちは全部整理出来ていない。
でもこれで良いのだろう。
子供達の母親にも戻れる。

私的には、正直、父との間に三人目の子供を作ろうとは思わない。
あの人との子供なら作りたいと思ったけれど。
その気持ちを父に見透かされている。
だから父は、必要以上に私を愛し、取り戻そうとする。

父も傷ついたのだ。
まだ怒っているのね。

父に私の本音を正直に伝えた。
彼への未練と、三人目は望んでいないことを。
ただ父の望み通りにするとも伝えた。

それから間もなく、父は私を妊娠させようとしました。
それを私は受け入れました。

父に愛される私。
ちょっと前のことなのに、随分懐かしい。
父との近親相姦、気持ち良かったよ。
少しづつ戻っていった。
昔の私に。
父が、あの人から私を奪い返しているんだね。

puyopuyo_2 at 23:47|Permalink│

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2011年08月20日

捨てられた

彼に捨てられました。
遊ばれただけだったんですね。
一番愛したのは君?
それも嘘にしか聞こえない。

悲しい・・・。

結局、私が戻る場所は父。
やはり運命みたい。
父は、本当に良いんだな?と私に尋ねた。
そして、覚悟を見せてもらうと言って、父は私に子作りセックスをした。

仕方ないです。
これも罰ね。
私は受け入れた。
そして膣内へ出されました。

父はこれからも続けるのだろうか?
もしそうなら、私は再び父の子を身籠ることになる。
父が望むのなら、それも受け入れよう。
puyopuyo_2 at 22:36|Permalink│
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2011-08.html



22. 中川隆[-12636] koaQ7Jey 2018年5月27日 15:37:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14476]

女性は父親と顔が似た男性を選ぶ【NewScientist】


この度行われた研究によると、女性は恋愛、結婚の対象として父親の顔に似た男性を選ぶ傾向があるということが明らかになった。

今回の研究を行ったハンガリー大学教授タマス・ベレシュキ氏によると、女性は男性を選ぶ際に、自身の父親の外見をそのひな形として男性を見る、「性的刷り込み(sexual imprinting)」と呼ばれるプロセスを経て男性を選んでいることが明らかになったという。

研究に参加したウェイン州大学人類行動学者のグレン・ワイズフェルド氏は、この発見が男女関係における顔などの類似性を説明するかもしかもしれないと話している。

それは例えば、しばしば夫婦や恋人同士で顔が似ているという現象があるが、博士によれば、こうした現象は人間のみならず動物全般で見られる現象であるという。

またこのように顔などが似ているという事は、そのままその恋人/夫婦間で類似性の高い遺伝子を有している可能性を示唆している為、その類似性が夫婦や恋人の仲をより良いものにするのではないかと推測するのである。

「遺伝的に似ている者同士が惹かれ合うのは動物にとって何かしらアドバンテージがあるのかもしれません。」

「ひとつの試論としては、例えばそれぞれ男女の両親が似ている場合、二人は共に似通った遺伝子の組み合わせを持っているという事は考えられるかもしれません。

また人間においてはそうした関係の方が流産の確率が低くなるというデータも存在しています。」

しかしまた、博士は遺伝的に近い者同士の結婚、即ち同系交配が遺伝的に良くない結果を生む事も考慮に入れ、そのバランスが問題であると指摘している。

「おそらく理想的なポイントが存在すると思います。
それはおそらく従兄弟、あるいは又従兄弟程度の関係なのではないかと思います。」


刷り込みか、遺伝か

「刷り込み」は動物が生まれて早い段階で行われる、いわば本能的な学習である。
最も分かりやすい例としては生まれたばかりのアヒルが初めてみたものにくっついて行くという現象がある。

しかし今回、研究チームは果たして女性が本当にこの「性的刷り込み」効果によって父親に似た男性を選ぶかどうかという事を確かめるため、26組の養子家族の写真を用いて実験を行った。

この実験の意味するところは即ち、この「性的刷り込み」が必ずしも実父実娘の関係以外、即ち遺伝的な影響によるものではないことを確かめるためのものである。

テストには凡そ250人の学生が参加し、26組の養子家族の写真から三種類の組写真を用意し、それぞれ外見上の判断から似ている人を指摘させる形で、女性の夫がどの男性であるかを予想させた。

写真のセットは以下のような構成である。

セット1:女性の写真1枚 / それぞれ異なる男性の写真4枚(うち1人は本当の夫である)

セット2:女性が2歳から8歳だった頃の義父の写真1枚 / それぞれ異なる男性の写真4枚

セット3:女性が2歳から8歳だった頃の義母の写真1枚 / それぞれ異なる男性の写真4枚

そして実験の結果、セット2、即ち女性の義父と男性の写真を見せた場合の正解率が最も高く、38%という正解率を示したのである。

また更にセット1、女性の写真と男性の写真の組み合わせが続いて高い正解率を示したものの、セット3、義母と男性の写真の場合は非常に低い正解率を示したのである。


幼年期の愛着

博士は今回の実験から、女性が遺伝的な繋がりを持つ実父のみならず、養父の「外見」に心情的な愛着を感じ、夫選びの基準にしているという結果が示されたことは予想外の発見であったと話している。

「今回の実験結果は、幼年期の心情的な愛着がその後の婚姻相手選びに影響を与えるという説をより確なものとするものだと思います。」

また博士は実験の結果から、幼年期の異性の親の外見が、その人が後に異性を選ぶ「心的概念(メンタルモデル)」を形成するとして結論している。

しかしまた、ワイスフェルド博士は、人間の婚姻相手選びは非常に複雑な要素 - 社会的、生物学的な要素が絡み合うものであることも指摘している。

ある実験においては、それぞれの持つ人間の匂いが婚姻相手選びに潜在的に作用しているという説も示されているのである。
http://x51.org/x/04/04/2928.php

幼児虐待が脳に及ぼす影響 _ 7歳児ザッカリー君の経験
 
ザッカリー君が2歳の頃、左の目の下にタバコを押しつけた火傷が発見されて、病院の緊急処置室に運び込まれた。

6ヶ月後今度は右前腕の火傷で病院に運び込まれた。

幼児虐待が疑われて、政府は彼を家から引き取る事を決定して、里親を探したが、3ヶ所転々として2000年の7月にやっと里親が現れた。

3歳になっていたが、既にザッカリー君は精神的ダメージを負っていて、表現する能力は2歳の幼児にも満たなかった。

目を合わそうとはせず、部屋の隅でもじもじしていて、泣いて不満を訴えた。

しかしザッカリー君を引きうけた家族は、暖かい愛情を差し伸べ、更に充分な地域サービスを受け、彼は新しい人生を歩む事になった。

「今日は楽しく学校でやっているようです」とマールボロに住む里親であるキャスリン・リゾッティさんは言う。

今までは、臨床精神科医は幼児虐待、無視が発達期にある幼児の脳に、どのような影響があるかは想像するしか無かった。

しかし、最近の10年、その方面の神経科学的研究は大いに前進し、このような精神的衝撃が子供の脳にどのような影響、変化を及ぼすか、詳しい部分にまで分かるようになった。

これらの研究結果によると、肉体的、性的虐待、無視は発達期の脳に構造的にも化学的にも重大な影響を与える事が分かった。

児童福祉施設に入っている子供達の4分の3に行動的、学習的問題が生じているのが判明した。


ハーバード大学の精神科教授であり、ベルモントにあるマックリーン病院の生物精神医学研究室主任であるマーチン・チーチャー氏は虐待が引き起こす脳波異常を報告した。

ある子供若者専門の精神病院の入院記録を調べて、虐待の経験を持つ患者には54%の割合で脳波異常が見つかった。

それに対して虐待を経験していないグループでは脳波異常は27%の割合であった。

特に肉体的、性的虐待を受けた患者ではその割合が72%にも上昇していた。


「一般的に、虐待の度合いが激しい程、脳に加わる衝撃も大きい。

被害者と加害者の関係も重要であり、加害者が家族である場合は、神父とかベイビイシッターによるものよりダメージが大きい」

とチーチャー氏は言う。

研究によると、虐待は合理的思考をつかさどる脳皮質、あるいは記憶と感情の中枢である海馬にダメージを与える。

両分野は学習にも重要な役割をしている。

1998年に発表されたチーチャー等による論文によると、15人の重大な虐待を受けた子供と15人の健康なボランティアに対してブレインスキャンを実施し調べた。

結果は、虐待グループの左脳皮質に成長停滞が見られた。

又、イェール大学のダグラス・ブレムナー氏とカリフォルニア大学サンディエゴのマリー・スタイン氏の研究では、虐待被害者では左の海馬が健康な人に比べて小さいと報告している。

虐待は海馬ばかりでなく、感情の中心である扁桃体をも重大な影響を与える。

扁桃体とは、例えば急に曲がってきた車を避ける動作を命令するのが扁桃体である。

しかし虐待が重なると、危険が迫っているわけでもないのに、扁桃体は危険を知らせるシグナルを出すようになる。

「扁桃体に問題が生じている虐待児童では、ちょっとした事で恐怖を感じて後ずさりをする」

とヒューストンにある子供トロウマ研究所(非営利団体)の神経科学者であるブルース・ペリー氏は言う。

発達期の脳に対する強い精神的衝撃は、脳の化学物質の分泌にも影響を与える。

例えば、ストレスを調節するホルモンであるコルチゾルや重要な神経伝達物質であるエピネフィリン、ドーパミン、セロトニン等に変化が生じる。

これら物質のバランスに問題が生じると、障害が起きる。

例えば、虐待はセロトニンのレベルを下げる効果があるが、それは鬱や衝動的攻撃の原因になる。

オールストンにあるトロウマセンターで医学部長をしていて国際的にもトロウマの権威でもある、ベッセル・バンデルコルク氏は、プロザックのようなSSRIと呼ばれる抗鬱剤が、虐待児の治療に有効である事を認める。

しかし、薬は部分的に効果があるだけだとも言う。

「虐待と言うマイナスの経験に対して、プラスの経験を子供にさせる事が重要。

例えば、その子供に対して

『悲しい経験をしたね。おじさんもとても悲しんでいる』

と言うだけで、衝撃を受けた脳を回復させる事が出来る」とバンデルコルク氏は言う。

トロウマセンターで児童福祉の責任者であるアレキサンダー・クック氏はサリーと言う名の5歳の少女の治療を開始した。

彼女の父は彼女を性的虐待をした疑いで逮捕され、一家はマサチューセッツに引越しした。

サリーちゃんは気分の変化が激しく癇癪を起こしたり、1日3時間も泣いている事があった。


「サリーちゃんの受けた虐待、裁判で父親が彼女に性的虐待をしたと自分で証言したショック、引越し等が彼女の脳と体の神経伝達物質のバランスを変化させたのでは、と私は推論します。

彼女の扁桃体はシグナルを出しっぱなしになったのです」

とクック氏は言う。

クック氏はサリーちゃんの情緒を安定させる為に、癇癪を上手く爆発させる方法を教えてやった。

例えば、クック氏の事務所のテーブルの回りを走り回る時には、そのままやらせた。

そして、サリーちゃんにに紙の上にぬたくるような、めちゃめちゃな絵を書かせた。毎週面接をしながら4ヶ月経過した後、サリーちゃんは大分落ち着きを取り戻し、彼女の脳は安定から記憶処理向上へと移った。

サリーちゃんはその後激しい心の動揺を見せないから、彼女の脳回路は大分修復したとクック氏は見ている。

「動物実験では、新しい経験は新しい脳細胞を作り出すと報告がある。しかし、人間では未だ分かっていない」とボストン医科大学の小児精神科医であるグレン・サックス氏は言う。

残念だが、ザッカリー君やサリーちゃんのように特別な治療を受けるのは希であり、100万人の子供が毎年虐待を受けているにも関わらず、その10%以下の子供しか適当な治療を受けていないと、アメリカ健康福祉省が推測している。

「虐待を受けて大人になった人の脳は、壊れたコンピューターのハードドライブのように虫食い状態になっている」

とグリーンフィールドにある、虐待かけ込み相談所の責任者であるストロング・オーク氏は言う。
http://saito-therapy.org/new_finding/abuse_damage_brain.htm


【参考】■心理学講座「エディプス/エレクトラコンプレックス」 | 精神分析基礎1より


女児が父親に強い性的愛着を感じ,母親に嫉妬するのは「エレクトラコンプレックス」と呼ばれる。

男児の場合は,愛情の対象が母親のまま変化しないが,女児の場合は,はじめ母親に向けていた愛情がこの時に父親に移る。

女児は自分にペニスがないことを発見し,男児と比べて劣っていると感じる。(ペニスは力の象徴) 

ペニスがないのは母親も同じであることを知って失望し,自分もペニスを持ちたいと願う。(男根羨望)

男児の場合は去勢不安からエディプスコンプレックスが終結するのに対し,女児の場合は男根羨望からエレクトラコンプレックスが生起する点で大きな違いがある。
http://x51.org/x/04/04/2928.php

エディプスコンプレックスには批判も多く、有名なものとしては


「それは外向的な人間に限ったもので内向的な人間においてはそれに限らない」


というカール・グスタフ・ユングの批判がある。

実際、エディプスコンプレックス理論は父性的な社会である西欧ではよく利用される理論であったが、母性的な社会である日本ではさほど感覚的に合わなかった。

また、エディプスコンプレックスは父親が強いという事が前提であり、ブロニスワフ・マリノフスキの「母権性社会」の話は、こういった事の反証として用いられる。

多くの学者が指摘しているが、強い近親相姦的欲望が多くの人にあるとフロイトが主張したのは、フロイト自身が母親との近親相姦的願望と父親への憎悪を自己分析によって発見したという点も見逃せない。

シングルマザーやワーキングマザーが多くなり、父親不在となった現代の社会では、エディプスコンプレックスの存在に懐疑を抱くようになった者も多い。

1980年代にはアメリカで記憶論争が相次いだ。

両親に性的被害を受けたなどの訴えが中心であり、フロイトの無意識の理論を忠実に掘り起こして行った問題の出来事と言われた。

1980年頃にアメリカでは、催眠などを用いた回復記憶セラピーにより、偽りの性的虐待の記憶(虚偽記憶/false memory)を植え付けられ、家族関係が崩壊し、それに加えて甚大な精神的苦痛を受けたとして、多くのセラピストやカウンセラーが訴えられ敗訴した。

これは精神分析への批判というよりも、フロイトの初期の理論を援用したある種の心理療法への批判である。

この時にもエディプスコンプレックスは実際の近親相姦などと比較されたが、患者の訴えと違い、実際にそのようなことが行われている例は少なかったと言われる。

しかし当時においては実際に多くの人が記憶回復によって、「性的な虐待をされた!」と親を非難したり、またそれによって家族が崩壊するような事が続発したため、精神分析自体に対する批判へとつながった。

このように実際の事件においてエディプスコンプレックスや近親相姦を元にする考え方は危険視された。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%97%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E5%88%86%E6%9E%90%E5%AD%A6#.E8.A8.98.E6.86.B6.E8.AB.96.E4.BA.89

過誤記憶

精神分析の創成期にフロイトは、ヒステリー患者の心的現実(mental reality)に着目したが、やがて近親姦の記憶などを訴えるクライエントが彼の予想をはるかに上回って増えてきたために、「こんなに近親姦が多いわけがない」とフロイトの中で理論の撤退が起こり、かつて彼が心的現実と呼んだものは幻想(fantasy)へと変化していった。

このプロセスと似たようなことが、1980年代以降のアメリカにおいて繰り返される。

家庭内暴力や近親姦の被害を訴えるクライエントたちに、一部のカウンセラーがアミタールなどの催眠系薬物を使用する催眠療法である回復記憶療法(RMT:Recovered Memory Therapy)を用いて、無意識の中から抑圧された記憶(Repressed Memory)を引き出し、意識の上に回復された記憶(Recovered Memory)として置きなおすことによって諸症状を治療しようと試みた。

1988年、エレン・バスとローラ・デイビスの共著『The Courage to Heal』(邦題『生きる勇気と癒す力』)のなかで、女性の原因不明の鬱は幼少期に受けた性的虐待の記憶を抑圧しているからである可能性が高いから、虐待されたと感じているなら虐待されていると主張するべきである、ということが述べられた。

これが発端となって、アメリカでは多くの女性クライエントが、引き出された記憶をもとに、加害者である家族(近親姦をおこなった父など)を被告に相手どって法廷闘争をくりひろげるようになる。

『Trauma and Recovery』(邦題『心的外傷と回復』)の著者として名高い精神科医ジュディス・ハーマン(Judith Herman)なども原告側の立場に立ったが、司法の場は彼女たちに冷たいとあるていど予見していた。

これに対して被告側の弁護に立った認知心理学者エリザベス・ロフタス(Elizabeth Loftus)が、「ショッピングモールの迷子」という実験をおこない、クライエントの訴える近親姦の記憶は、セラピストやカウンセラーが捏造した事件をクライエントに植え込んだものであると主張し、原告たちの一連の訴えを偽記憶症候群(にせきおくしょうこうぐん:FMS:False Memory Syndrome)と名づけた。

また、虐待加害者として訴えられた親たちも、このロフタスと連動して、症候群の名前に基づいて1992年、偽記憶症候群財団(FMSF:False Memory Syndrome Foundation)を設立し、財源的にも裁判を有利に闘っていく体勢をととのえた。


ロフタスの実験

実験「ショッピングモールの迷子」とは、家族から聞いたほんとうのエピソード3つに、ショッピングモールで迷子になったという虚偽のエピソードを1つ加えて、被験者がその4つともほんとうの話だと思い込むようになるかどうかを試すものである。

その結果、被験者の4分の1が、植え込まれた記憶もほんとうの自分の体験だと思い込んでいることを示した。

しかも、偽りであるはずの記憶は非常に詳細であり、のちにこれが偽りであった事を知らされた被験者たちは皆驚いたという。

この実験に基づいて、家族という密室で起こった虐待などの犯罪を、司法の場で追及しようとした原告たちは敗訴し、原告たちから抑圧された記憶を引き出したセラピストやカウンセラーは莫大な賠償金を払わされることになった。

また、これによって回復記憶療法も用いられなくなり、2000年までに完全に行なわれなくなってしまった。


現在の評価

法廷での実験のように、治療者がクライエントに捏造した事件を過去の外傷として植え込むことはできないとしても、クライエントが診察室で語ることすべてが、物証主義的観点から事実であるかといえば、そうではない。

限りある診察時間で治療者の理解を得ようとするあまり、自らが受けた被害を象徴化したり、簡略化したり、ときには拡大・誇張して述べることはあるであろう。
また、語っているうちに事件の脈絡を変えて、自分を気の毒な被害者として扱ってもらおうと努力することもあるであろう。

稀なケースとして、健忘(amnesia)の対極にある過剰記憶(hypermnesia)や作話(confabulation)が起こる場合もある。

しかし、これらは何ら、クライエントが過去に受けた外傷を「否定」するものではない。

むしろ、なぜ記憶の叙述に関して、そのクライエントがわざわざ労力を使って、それら誇張や作話を行なっているのかに、臨床的な関心は向けられるべきであるとされる。

もっとも、誇張や作話が行なわれるときには、クライエントの意識状態の変化や、神経系統の随伴症状が伴うので、臨床家がそれを見逃すことは現実的にあまりないが、それでもなお事実関係の審理は司法の仕事であって、臨床家は叙述の真偽を見極めるのが仕事ではない。

以上のような現在の評価がありながらも、前述したように回復記憶療法は停止されている。

外傷性のある出来事による記憶障害は精神障害の診断と統計の手引きのPTSDの診断マニュアルでは確認されるが、FMSのような症状は認められていない。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8E%E8%AA%A4%E8%A8%98%E6%86%B6

今も生きるフロイトの影響


今も、アメリカには40位の精神分析医を養成する機関があるが、それ以外の一般社会では、フロイトは科学と言うより文学の人物として取り扱われている。

去年、ニューズウィークはある特集で、ダーウィンは今でも科学的妥当性を保っているのに対して、フロイトとカール・マルクスはその世紀は終わったと述べた。

フロイトの評価が最低にまで落ち込んだのは、多分1990年代の始めではないであろうか。

その当時、女性はテレビのトークショーに出て、子供時分に受けた性的虐待をしゃべったものだ。

子供時分の性的虐待とは、フロイト的手法により無意識から探り当てたものであったが、これがフロイトを窮地に陥れた。

このような場合、彼は何時も両方の立場支持するような言い方をする。

性的虐待をしたと非難を受けた親や兄弟の側に立つ人達は、フロイトが抑圧された性的虐待の記憶が神経症の原因になると言う、デタラメな理論を打ち立てたからとフロイトを非難した。

一方、性的虐待を受けた人達の側は、フロイトが臆病にも社会の圧力に負けて、幼児期の性的虐待の記憶は単なる子供時代の空想であると前言を翻したと非難した。

「フロイト派の精神分析医に女性を送るのはナチにユダヤ人を手渡すのとあまり違わない」

とグロリア・シュタイネム氏が当時言っていた。

フロイトの評価は未だ少しも改善していない。

抑圧された記憶をめぐる論争の結果、何十年も封印さえていたアメリカ議会図書館の中にある膨大なフロイトに関する文献が、専門家に公開された。

それにより、フロイトの嘘を裏付ける文献が次第に出てきている。

彼がしたとされる治療例の殆どが、希望的観測と意識的作り話の所産であり、彼の理論は循環論法の汚水溜めの上に成り立っているのが証明されつつあるのだ。

フロイトの理論を裏付ける為の、脳スキャンを含む各種の科学実験は、未だ始まったばかりであり、結果は出ていない。

「残念ながらフロイトが言った事は全て嘘であった。

こんな事を言うと裏切りになるが、エディプスコンプレックスからペニス願望、幼児期のセックス等、全てが間違っていた」

とフロイトの伝記を執筆しているピーター・クレイマー氏は言う。

一体どれほどの嘘曝露にフロイトは持ちこたえるであろうか。

シカゴ大学のジョナサン・リア−は、フロイト理論の中心コンセプトである、人間は基本的に葛藤していると言う考えが今の社会にも影響力を持っていると指摘する。

この葛藤は、欲望やら本能から出で来るものだから、水面下に隠されている。

欲望が親とのセックスを意味しているとは考えたく無いであろう。

何故なら我々はそんな欲望を認めるわけには行かないからである。

精神分析とは、この葛藤が何か別のシンボルの形を取って出現してきた時にそれを指摘して、解消するのが仕事であるとリアーは言う。

現在、精神分析用語は脳科学専門用語に取って代わられている。

例えば、エンドルフィンと言えば沈静を意味し、性急な人を”frontal”と呼ぶが如くで、ちなみにfrontalとは前頭前野皮質を意味し、衝動を抑える重要な脳の部分である。
http://saito-therapy.org/new_finding/freud_inour_midst.htm

精神分析は死んだ


恐らく歴史上の著名人でフロイトほど自分の言った事が全て誤りであった人物はいないであろう。 

フロイトファンにとっては1990年代は最も屈辱的な時代であった。

タイム誌はその表紙で「フロイトは死んだか」と大見出しを掲げた。

以前精神分析の本拠地であった”ニューヨーク書評”でさえフロイトを単なる思想家と酷評した。

1990年代はフロイト戦争の時代であり、精神分析運動の終焉でもあった。

2000年はどうなったか。

2000年はフロイトの”夢分析”が出版されてから100周年にあたり、フロイト派の人には勝利の年になるはずであったが、事実は祝賀どころか敗北であり葬式となった。

だから精神分析は21世紀になる前に終わっていたのであり、このタイム誌の問いかけに対する答えは

「そう、精神分析は実際に死んだ」

なのである。

知識人の中に莫大なお金と時間を使い、エゴ追求に身を費やした人が沢山いた。

これだけの努力を費やすと、おいそれと精神分析から身を引けない。

何故なら彼らは精神分析やその本の出版で名声を得ているからである。

今までに精神分析関連の膨大な書籍が出版され批評、論評、レクチャーも行われた。

しかしどれ一つとしてフロイトの限界を指摘したものは無い。

もちろんフロイト支持者も精神分析を止める気持ちは毛頭無いから、フロイト産業はそのまま生存し続けた。

フロイトは彼独特の世界にいる。

恐らく歴史の中で彼ほど自分の言った事の全てが間違っていたのは彼を置いていないはずである。

彼に幸いであったのは、精神分析の専門家が今もってフロイトの間違いを取り繕おうとしている事である。

しかし門外漢である一般読者は既にフロイトの築き上げた壮大な嘘に驚愕しているのだ。

フロイトの間違いの中で、20世紀中には分らなかったが21世紀には発見できるのは何であろうか。

フロイトは明らかに事実をでっちあげている。

例えば彼のコカイン使用を擁護する態度とその変遷や、患者アンナOに関する日和見主義的意見、誘惑理論に関する考え方の急変、彼の患者について語る時に毎回言っている事が変わる事実等、枚挙にいとまが無い。

例えばフロイトの患者の1人である狼男ことセルギウス・パンケジェフを調べると良い。

フロイトは彼を治したことにしているが、実際は彼はその後も60年間、精神分析を繰り返している。

当然ながらパンケジェフはフロイトに人生を駄目にさせられたと言っている。


又、フロイトは”暗示”を頻繁に言うがその割には暗示を真剣に扱って無い。

それ故に彼の臨床の報告の信憑世が怪しくなり、結果的に彼の理論を疑わしいものにした。

1890年の時点で既にこの”暗示”が多くの人に疑われていた。

暗示とは彼にとって都合の良い言葉であるが、暗示を受けるのはその体質的傾向がある人だけであり、彼の考えはおかしい。

このような疑いが既に存在していたにも関わらず、フロイトの言葉巧みな否定とその後の彼の名声の前に埋もれてしまった。

そして今、我々はもう一度出発点に戻った。

もう我々は過去の記憶だとか自由連想などを信用しない。大体こんなものは心理分析医と患者の馴れ合いの合作なのである。

そしてもう一つ、無意識理論がある。

無意識はフロイト全盛期には頻繁に使われた言葉でありフロイトが発見した事になっているが、これは嘘だ。

彼を溯る事かなり前に無意識が既に語られている。

キリスト教徒に乗り移った悪魔、分裂を引き起こす催眠術、18〜19世紀の二重、三重人格者、ビクトリア時代の文学作品に取り入れられた「二重」テーマ、今日ではくだらないハリウッドの映画の筋書きにあるいは心理療法にと皆無意識が取り上げられている。

この一連の流れを見ると、精神分析の霊媒(この場合は牧師、分析家、あるいは怪しい医者)が無意識を調べて心の暗い秘密の部分に到達できると主張しているのが分る。

そうだろう、貴重な代価を払えば我々の心の悪魔を追い出してくれるかも知れない。

しかし精神分析による治癒なんて言うものは悪魔払いの祈祷と大して違わなく、無意識世界と言う不確かな実体を信じ込む作業に過ぎない。

信じるの信じないのと言う議論になると、それは又暗示の世界に戻る。

現在での暗示効果は医療で良く使うプラセボ(偽薬)でありそれ以上のものでは無い。

しかし精神分析はカルトのようなものだから、人間の被暗示性を治療の為に利用するべきと強く我々に迫る。

カール・クラウスが随分前に述べているように、精神分析とは心の病を治すと言いながら、実際はそれ自身が毒になっている。

言わば欧米の魂を女性の男性器願望、エディプスコンプレックス、死の衝動等で汚染したのは精神分析そのものなのである。

このような精神分析流の考え方は何処かにあったものでは無いし、世界で何処にも存在しない。

正にフロイトの創作であった。
http://saito-therapy.org/new_finding/psychoanalysis_dead.htm


まあ、エディプスコンプレックスはデタラメだったけど、近親相姦の話は殆ど本当だと考えた方がいいですね。


23. 中川隆[-12635] koaQ7Jey 2018年5月27日 15:41:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14476]

■フロイトの罪〜セクシャル・アビューズ〜

 ヴィクトリア朝時代に「精神分析」を提唱したジグムント・フロイトは、「勇気ある先駆者」だと思います。

 この時代は、厳重なキリスト教的・社会通念により、性的な話題を出すことが禁忌でした。

 そんな風潮のなか、フロイトは性的欲望に関する学問への切り口を与えました。

性的嗜好に関して初めて分類したのも、彼です。


 彼は人間の意識には


「超自我」と「自我」、

「エロス(生に対する欲求)」と「タナトス(死に対する欲求)」、

「リビドー(欲動)」


などがある、と説いています。


 フロイトはヒステリー(解離性障害・PTSD・パニック障害などの神経症)の原因が、抑圧と性的原因にある、と提唱しました。

 が、彼の言は、後に性的虐待(sexual abuse セクシャル・アビューズ)を子供の願望によるものとし、20世紀後半になるまで、虐待を受けた子供達を苦しめることになります。

 ヒステリーのある女性には幼児期に性的な体験があり、これを引き起こすのが「エディプス・コンプレックス」だとはフロイト言いました。


 「エディプス・コンプレックス」はギリシャ神話のオイディプス神話が由来です。


__________


 テバイの王ライオスは息子に殺されると予言を受け、妻・イオカステが無理矢理生んだ息子――つまりオイディプス――を山の中に捨てます。

オイディプスはコリントの王に拾われ、成長しました。

 が、オイディプスは「父を殺して母と結ばれる」と託宣を受け、両親(育ての親)を殺したくないとコリントから出奔します。

 道中、ある老人に出会い、道を譲る譲らないで喧嘩になってしまい、オイディプスは老人を殺してしまいます。

 実はこれが、実父のライオスでした。

 オイディプスがテバイにやってきた時、丁度テバイはスフィンクスに苦しめられていました。

 オイディプスはスフィンクスを退治し、王として迎えられ実母・イオカステと結婚してしまします。

 ところが数年後に疫病が流行り、オイディプスは「ライオスを殺した者を探し出し追放せよ」という託宣を授かります。

 ライオス殺しの犯人を探そうとするオイディプスに対し、預言者・ライオスが「おまえがライオスの息子」と告げられ、知らず知らずのうちに父殺しと母子相姦を起こしていたことを知りました。

 オイディプスは両目を潰してテバイを去り、イオカステは自害してしまいます。


_________


 フロイトは、最初は心的外傷(トラウマ)が女性をヒステリーに陥らせているのだと思いました。

が、親の罪――ひいては、男の罪――を認めたくないのか、オイディプス神話が人間の普遍的に抱いている願望だと感じ、その幻想が娘に実父や義父・親戚などを誘惑させたのだと論破しました。

 彼は、幻想は人間の無意識が造り上げるのだと説き、幼児には親と近親姦をしたい欲動があるから、親との情事の幻想をつくるのだと説きました。

 つまり、娘が無意識の欲動により、父親を誘ったと言いたいわけです。

 この発想は、うつ病者にカウンセラーが


「うつ病ではなく、それはあんたのわがままではないのか」

とか

「あんたはうつ病ではない」


と言うのと同じです。

 これは、ドクターハラスメントです。

 二次虐待を受けた女性は、傷を深くします。

現に、フロイトの診察を受けて治っていない人がいます。


「自分が悪いから、あんなことになったんだ」


と女性のなかの子供は自分を責めていたでしょう。

 幼い子供は親に支配されるものです。

子供にとって親しか頼れる人はおらず、親元が安全な場所なのです。

 だから、親から虐待を受ければ、深い傷を受け、居場所を無くしてしまいます。

 性的虐待を犯す父親は大人として未熟です。

幼児性愛やストレスなどにより、力でもって子供を踏み躙ります。


 それに対して母親は弱い人間で、何も言えない母親は夫と娘の関係を見守るだけです。

娘を女だと思って嫉妬したりする母親は、娘を罵り父親とともにさらに傷つけます。


 父親などの絶対者に


「これは夢だからね」

とか

「お母さんや他のひとに言っちゃだめだよ」


などといわれたら、子供は従わずにはおれません。


 こうして虐待は繰り返され、子供の傷は深く、潜在化していきます。


 幼い頃に受けた心的外傷はその人の人生を崩壊させます。

被害者(サバイバー)は人間不信に陥ってアダルトチルドレンとなってしまい、酷い場合だと自殺してしまう可能性もあります。


 また、幼い頃に受けてしまった傷を、人間は知らず知らずのうちに繰り返してしまったりします。

 虐待の現場が夢となって何度も現われ、またずっと続く現実に子供自身が順応してしまい、まるで愛人のような慣れた様相を見せてしまうこともあります。

 傷がトラウマになった事象を人生に再現させたりします。

が、傷が子供の自我をねじれさせてしまったために起こったことで、子供の真実の本意ではないのです。


 性的虐待は未熟な大人が起こすものです。

子供は被害者です。

どうか、そのことを忘れないで下さい。

 そして、被害を受けたひとは、なにも汚れていないです。

自分を責める必要はありません。


 また、過剰な精神分析は危険です。

信頼できるカウンセラーの力を借り、ありのままの自分を取り戻すため、嘆きと癒しの仕事を行なってみてください。

 フロイトが提唱したことは真実を得ているところもあります。

性的虐待と心的外傷の関連性を発見したことも、彼の抜きんでたところでしょう。


 が、彼が性的虐待だと気付きながらも、目を反らしたのは、過ちだというほかありません。
http://d.hatena.ne.jp/toyouke/20050427/1114594274

近親相姦の話はみんな本当だと思った方が良い:

生まれて初めて出来た彼女が父親に性的虐待されてた


所謂やらはた(二十歳を過ぎても童貞)だった僕に生まれて初めて彼女が出来た。

モデルみたいに可愛い年下の彼女。僕は幸せの頂点だった。

「この子の為なら死ねる」

そんな臭いセリフを脳内でつぶやいてみては悦に浸っていた。

性的虐待の事実を知る

そんな幸せは長く続かなかった。

彼女が父親に性的虐待を受けている事実を知った。

彼女は夜な夜な父親に犯されていたのだ。

何不自由なく育ってきたボンボン大学生の僕はどうしたら良いか見当も付かなかった。

父親から彼女を奪え!

気付いたら、彼女を自分の部屋にかくまっていた。

(最初高1だと言っていた彼女は、実は春に中学を出て高校に進学していなかった)

自分の手元から彼女が居なくなって、父親は半狂乱になって娘を探したらしい。

一週間で僕の家に乗り込んで来た、無断拝借したトラックで玄関の扉を破壊しながらw

彼女は連れ戻された。でも、このまま彼女を父親の元に置くなんて耐えられない。

次に彼女は、自分を置いて男と逃げた母親の元に向かった。

「しばらくこっちに来なさい」そう言ってくれたそうだ。

彼女に逃げ場なんて無かった

数日後、彼女は痣だらけになって僕の前に現れた。

母親と同居して居る間男に、サッカーボールのように蹴られる暴行を受けたらしい。

挙句の果て、寝て居る彼女の布団に潜り込んで性的な悪戯をしようとした。

それで、真夜中にタクシーを拾って逃げて来たらしい。


途方に暮れた。

僕の部屋は父親にバレて居る。

母親の元に行けば今度は間男から暴行を受ける。

父親の元に行けば父親から性的虐待を受ける。

どうしたらいいんだ?


彼女といっしょに駆け落ちすればいいのか?

パチンコ屋の店員にでもなれば、贅沢は出来なくても彼女と慎ましく暮らす事が出来るはずだ。


悩んだ末の結論、僕は逃げた

数日間悩んだ末(その間、彼女は友人の元を転々としていた)

僕は児童相談所に全てを話した。

何故かけおちしなかったのか?

白状すると、自分可愛さに逃げただけだ。


大学生としての自分、将来国家資格を得れば最悪食うには困らない。

そんなアドバンテージを彼女の為に手放すのが惜しかった。

「この子の為なら死ねる」そんな臭いセリフ、大嘘だった。


相談所の職員はそんな卑怯な僕に

「もう大丈夫、私達がなんとかするからね。君は十分がんばったんだ。」

と、優しい言葉をかけてくれた。

涙が出た。自分の将来が無茶苦茶にならなかった安堵の涙。

僕は汚い。


児童相談所と僕と彼女の嘘

すぐに児童相談所の職員が彼女の父親の家を訪れた。


彼女の父親は虐待の事実を全否定した。そして彼女自身もそれを否定した。


「自分を犯す父親でも世界でたった一人の家族、離れ離れで暮らすのは嫌。

だから、私の自作自演だったことにして。あなたも私達に口裏を合わせて。

そうすれば、全部全部元に戻るから。」


彼女にそう頼まれた。


僕は「分かったよ」とだけ答えた。でも嘘だった。


犯されても家族なんて理解できなかった、

何よりも僕は彼女が今後も夜な夜な父親に犯されるという現実から逃げたかった。

とりつかれたように彼女が虐待されている証拠を集めた。

その甲斐あって、虐待の事実は認められ、彼女の保護施設行きは決定した。


彼女の保護施設行きが決まって電話で彼女に罵倒された


「アンタに何の権利があって、私達父娘を切り裂くのよ!


アンタなんか赤の他人なのに!

永遠にずっと私を哀れんで、可愛がってさえいればそれで十分だったのに。

もう、友達だってひとりも居なくなる。

私はひとりぼっちだ。みんなみんなアンタのせいだ。」


体中の血が逆流したような感覚、怒りとも悲しみとも恥ずかしさとも、なんとも形容しがたい感情が僕を支配した。

それまで一度も彼女に向かって声を荒げたことがない僕は、ヒステリックにのどが痛くなるほどの大声で彼女に向かってわめき散らした。


「僕は、君の現実逃避の道具じゃない。

心があるんだ。

君を幸せにしたかったし、今でも君を幸せにしたい。

今のままじゃいつか君の心は壊れる。

これは全部君のためにした事なんだ。」


「全部君のため」なんて欺瞞だ、大嘘。

しょせんは単なる自己満足。

僕は一人の男として自分の所有する雌が、他の男に犯されるのが嫌だっただけだ。


「虐待された子供は、自分の子供にも虐待してしまうんだよ。

だから私は一生子供は産まない、産めない」


そう言っていた彼女は元気だろうか?
http://anond.hatelabo.jp/20090506000425


24. 中川隆[-12643] koaQ7Jey 2018年5月27日 17:52:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14488]

9 名前:きち 投稿日: 2004/05/07(金) 23:18

すごいといえば、30年代の名張ぶどう酒事件の村のようなフリーセックスとかもすごいですね。

10年ほど前、仕事で3年ほど住んでいた僻地の村では近親相姦やら夜這いもどきやらで全校50人ほどの中学に知的障害の生徒が8人もいました。

でもこの事件も周りの人が何時間も待っていたというのが笑えますね。


12 名前:あんず 投稿日: 2004/05/08(土) 23:17

日本は近親相姦(父→娘)が多いのはどうしてだ?

と外国人に聞かれたことがあります。なんでも彼の周りだけでも
4人の日本人の女性がそういう過去があるそうです。

そういう話を聞くと病的で嫌悪感を感じますが、もしかしたら日本は昔そういう奇習が普通(と言ったら語弊がありますが)だったのかもしれないですね。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2776/1073909229/

身近にある近親者からの性的侵入


 家族というのは実に不思議なものです。同じ屋根の下で暮らしていながら、夫婦の寝室では、性行為そのものが行なわれているのに、他の家族に対しては、その性行為は厳重に隠されてしまうのです。そして、性の匂いを拭い去った家族の生活が、延々と続いて行くのです。

このような日常生活の中で、ときとして、親と子の間の性的な境界がゆるみ、本来なら夫婦の間だけで表現されるべき性欲が、子供たちに向かって滲み出していくこともあるのです。そして、それが性的虐待と呼ばれるものへと、少しずつ発展していくこともあるのです。

これは会社の同僚のことなのですが、その話の中で、幼稚園に行っている娘さんのことで、奥さんからひっぱたかれたというのがありました。

幼い娘さんをお風呂に入れているときに、娘さんに自分のペニスを洗わせたというのです。洗ってもらっているうちに感じてきて、ペニスが勃起してきたのですが、気持ちがいいのでそのまま洗わせていると、突然、奥さんが浴室に入ってきて、思いっきり彼の顔をひっぱたいたのだそうです。

 では、このケースでは浴室でどういうことが行われたのか考えてみましょう。幼い女の子が、お父さんと一緒にお風呂に入ると、男と女の体の違いに興味を持つようになることがあります。自分の体にはないオチンチンというものに関心を持つようになるのは自然なことです。そして、その機会に親が適切な知識を与えてやるのも必要なことなのです。

しかし、子どもの好奇心を利用して、大人が性的な興奮を得るとなると、これはまったく違う話になってしまうのです。おそらく、彼は性的な興味から、面白半分で娘さんにペニスを洗わせたのでしょう。親子の間で性的なことが行われる場合には、普通は秘密のこととして隠されて行われるのですが、彼の場合には、自分のやっていることの意味を理解していないために、まったく隠そうともせずに、ましてや罪悪感を抱くこともなく、堂々と開けっぴろげにやっていたのでしょう。

子どもは、父親のペニスをいじることで、妙な高揚感があって、いわゆるはしゃいだような状態になったのではないでしょうか。そこで、大きな声で「オチンチン」とか「大きくなった」とか、意味も分からないままに叫んでいたのかもしれません。

その声を、台所にいた奥さんが聞きつけて、普段の夫の言動からして、浴室で不穏な事態が発生していると感じたのでしょう。そして、浴室のドアを開けてみると、その不穏な事態を目の当たりにすることとなり、思わず夫の顔を力まかせにひっぱたいてしまったのでしょう。そして、おそらく子どもをすぐに夫から引き離したことでしょう。

 果たして、このような出来事は、この一回だけで終わるのでしょうか。幼い娘さんは、こういう父親と大人になるまでの間、ずっと一緒に生活していかなければならないのです。その間に、さらにいろいろな出来事があって、そのたびに性的な境界が少しずつ曖昧にされて行くことでしょうし、その他にもさまざまな影響を受けていくことになると思われます。

 ここで、性的虐待という言葉の意味をはっきりさせておきましょう。性的虐待というのは、いま書いた二つのケースのように、親などの立場の強い人が、子どもなどの弱い立場の人を「性的に利用する」ということなのです。どうゆうふうに利用するのかというと、大人が性的な刺激を得るために利用するのです。しかし、子どもを利用するにあたっては、暴力や脅しを使うというパターンもありますが、近親姦のような性行為にまでは行かないような場合には、日常的な何気ない行動を装って行われることが多いのです。

たとえば、よくあるのが入浴の時に子供の体を洗ってやる場面です。まだ幼くて自分で体を洗えないような子どもは、たしかに親が洗ってやらなければならないのですが、ここに微妙な状態が発生することがあるのです。

親であるとは言っても、子どもの性器に多少は興味を持つこともあるでしょう。しかし、中には体を清潔にするという大義名分のもとに、必要以上に念入りに子どもの性器を洗ったりする人もいるのです。

浴室という、閉ざされた密室の中で、子供の体を清潔にするという言い訳のもとに、親が性的な刺激を得る目的で、自分の子どもの体を洗うのです。幼い子どもは、自分がされていることの意味をまだ理解出来ませんし、親の方も、ちょっとしたイタズラ、あるいはちょっとふざけてみただけ、というような軽い気持ちでやっているだけなのかもしれません。しかし、ここには、自分の子どもを、性的に利用しているという「虐待」の一面が顔を覗かせているのです。

 その他にも、子どもは成長するのに従って、さまざまな独り立ちを体験していきますが、それを妨げるような形で行なわれることもあります。たとえば、子どもが一人で寝るようになるとか、一人でお風呂に入るようになるとか、そういう自立的な行動が、親の寂しさを埋め合わせるために妨害されてしまうのです。そして、ときにはそれが性的な色彩を帯びてくることもあるのです。


 一人寝と同じように、一人でお風呂に入るようになるのも、自立へのひとつのステップとなるわけですが、ここにも自立を妨害をしようとする親がいるのです。

もう胸が膨らんできて、父親と一緒に入浴するのが不適切な年齢に達しているにもかかわらず、うまく言いくるめてしまうのです。娘の方でも、まだ世間知らずで、中学生や高校生になっているのに、風呂には父親と入るものだと思っていたりするケースも、ときにはあるのです。

しかし、学校の友達との会話で、お風呂の話題になったときに、父親と一緒に入浴しているということを、何の疑問も持たずに話してしまい、その結果、友達から、異常だとか、父親が変態だとか言われて、強いショックを受けたりすることになるのです。

たしかに、父親との入浴に性的な雰囲気は一切無かったとしても、父親の方としては、娘の成長してゆく肉体を眺めて、秘かに楽しんでいたわけです。つまり、自分の楽しみのために、娘をだまして利用していたことになるのです。

一方、娘の方は、世間の常識を知ったことでその異常性に気づき、裏切られたという思いを抱きます。子どもというのは、親は自分のためになることをしてくれるはずだという期待を持ちますが、ただ単にそれが裏切られたというだけではなくて、自分の体が親の身勝手な楽しみのために利用されていたのだということも分かって、二重に裏切られた気持ちになるのです。

 自立心が正常に発達していけば、友達からバカにされるという思いが出てくるようになって、適当な年齢になれば、自分の方から一人で入浴すると言い出したりもするのですが、親にうまく利用されている場合には、このような自立心がなかなか育たなかったりします。それに、自分の体なのに、いつまでも親に洗ってもらっていたりしますと、自分が自分であるという感覚もあいまいになっていきますし、成長に伴って発生してくる「性的なプライバシー」も歪められてしまうのです。

この、性的なプライバシーの発達は、自分といものを確立するための重要な要素となってくるのです。このような性的なプライバシーについても、親から尊重してもらえずに、侵害されてしまうこともあるのです。

よくあるのが、年頃になった娘の裸を見たがる父親が、「つい、うっかりと」浴室のドアを開けてしまうケースです。そして、「ごめん、ごめん」と言って、笑ってごまかしたりするのです。

父親の方としては、冗談の延長のような軽い気持ちでやったりするのですが、見られてしまった方としては不愉快な気持ちが残ります。思春期になれば、そういうわざとらしい行動の意味を理解するようになるからです。

 このような性的なプライバシーへの侵害は、娘が部屋で着がえをしているときにも行なわれます。「つい、うっかり」ノックするのを忘れてドアを開けてしまった、というようなパターンです。しかも、着がえをする時間を見計らったかのようなタイミングで、ドアを開けるのです。

さらに、もっと侵略的な親になりますと、子どものプライバシーを侵害するために、もっと強力な方法を使ったりします。家が狭くて収納場所がないという理由で、子供の部屋の押し入れなどに、親が普段よく使うような品物をしまっておくのです。そして、それを取りに行くという口実で、頻繁に子供の部屋に出入りするのです。これは、子どもにとってはたまったものではありません。こうなると性的なプライバシーだけではなくて、「自我」への侵略を受けることにもなるのです。

このような度重なる侵略は、自分というものの境界を確立できずに、自他の区別があいまいなまま成長することにもなっていくのです。

 性的なプライバシーへの侵害は、親が自分の性的な部分を露出するという形で行なわれることもよくあります。たとえば父親が風呂上がりに、腰に巻いていたタオルが「偶然」落ちてしまい、年頃の娘にペニスを見られてしまうというようなケースです。

たしかに、偶然そうなることもあるでしょう。しかし、親が性的な刺激を得るためにわざとそうしたのなら、意味は違ってくるのです。ここには、隠された露出症的な意味合いが含まれてくるのです。

父親が湯船につかってから、石鹸を忘れたとか、タオルを忘れたとか言って、娘に持ってきてもらい、ドアを開けたときに、自分の股間をさらけ出したりするのです。

 このような行為は、すべて正当な言い訳のものとに実行されるのです。実際に石鹸を忘れることもあるでしょうが、たとえ意図的に忘れたとしても、いくらでも偶然を装うことが出来るのです。しかし、ときには冷静になって考えてみれば、その不自然さが浮かび上がってくるようなこともあります。

父親が腰痛になって娘に湿布薬を貼ってもらうときに、必要以上にお尻を露出させるとかいうケースでは、果たして自分で鏡を見ながら貼ることが出来ないのかとか、そんなにお尻の方まで露出必要があるのかとかいう疑問も出てきます。

 これらの露出症的な行為に共通しているのは、性的な誘惑の存在です。しかし、親としてもあまり大胆な行動に出るにはためらいがあるのです。親子間の性的なタブーを犯そうなどという、そんな大それた考えはないのです。ですから、何気ないような日常の行動を装うのです。そうすればいくらでも言い訳が出来ますし、罪の意識も持たなくて済むのです。


 このような、もっともらしい言い訳というのは、立場を逆転するために使われることもよくあります。たとえば、父親が幼い娘とプロレスごっこをして遊んでいるときに、父親の手が妙に娘の性的な部分ばかり触っているのを、母親が不自然に思ってとがめたりしたしても、「これはただの遊びであって、お前がいやらしい目で見るから、そういうふうに見えるんだ」と言いくるめるのです。そして、さらに、「いやらしい目で見ているお前の方が、おかしいのだ」と反撃するのです。

 このような、反撃は、たとえば、「偶然」裸を覗かれて不愉快になっている娘に対しても、「裸は自然で美しいものなんだ。見られて恥ずかしがったり、不愉快になったりするのは、お前の方がいやらしいことを考えているからなんだ」と、逆に強引に押し切ったりするのです。

そして、性的なプライバシーの侵害が行なわれているにもかかわらず、まるでなんでもないような自然なことにしてしまうのです。このようなやり方は、イジメのやり方と同じなのです。あくまでもふざけているだけなんだ、ということにするのです。もしも、イジメではないのかと抗議しても、冗談の分からないヤツだと言うことで、ごまかしてしまうのです。性的な虐待も、これと同じようにして行なわれることが多いのです。こういう状態にさらされ続けていますと、性的な境界が混沌としたものになって行くのです。

 もちろん、このような性的な侵略は、言葉によるカラカイという形で行なわれることもあります。生理が始まった娘に、卑猥な冗談を言ってみたり、成熟していく肉体に対して「色気付きやがって」などというひどい言葉を浴びせたりするのです。このような言葉によって、自分の体に対する嫌悪感を植えつけられていくのです。

 それから、性的な露出で、子どもに非常に大きな影響を与えるものに、夫婦の性生活をそれとなく露出するというパターンがあります。寝室のドアを「うっかりと」閉め忘れたことにして、子どもたちに覗き見をする機会を与えるとか、自分達のセックスの声が聞こえるようにしたりするのです。

このようにして、覗かれたり、あえぎ声を聞かれたりすることで、自分たちの性的な興奮を高めようとするのです。日本の住宅事情を考えてみれば、たとえ意図的ではなくても、子どもたちへの配慮がおろそかになると、性行為の気配に気付かれてしまうこともあるでしょう。

このような性行為の露出は、子どもに非常に大きな影響を与えます。たとえば性に対する嫌悪感や、羨望、嫉妬、恐怖、あるいは自分だけが除け者にされて見捨てられたような感情などをあおったりするのです。そして、こういう強烈な感情が、子どもの性的な方向性をゆがめてしまうのです。

 しかし、こういったこととは逆に、表面的には性的な要素がまったく無いような形で子供が利用されることもよくあるのです。

たとえば、父親が娘に接するときに、まるで妻であるかのようにして接するのです。親子ではなくて、夫婦のような心の親密さを娘に求めて来るのです。

娘の方でも、父親の求めに応じて、まるで妻にでもなったかのように振る舞うことで、父親との間に、ある種の一体感のようなものを感じることが出来るのです。

別に性的なことをするわけではありません。親と子の立場の違いをなくして、まるで夫婦のような対等な口のききかたをしたり、あるいは、妻ように父親の身の回りの面倒を見てやったりするのです。

しかし、妻であるかのように振る舞ったとしても、現実には、父親には本物の妻がいるのです。父親が娘の方に寄りかかっているときはいいのですが、本物の妻の方へ寄りかかって行ったときには、娘はまるで見捨てられてしまったかのような寂しさと、母親への激しい嫉妬を覚えるようになるのです。

そして、このような三角関係は、やがて性的な色彩を帯びてくることもあるのです。こうなると、親子の役割や境界が混乱したものになってくるのです。このような混乱は、娘を妻の代用品として利用しようとした父親によってもたらされるのです。娘はこのような混乱の中で、本来の子どもとしての自分を失ってしまうのです。

 
 このような、代用品としての妻の役をやらされて、ずっと親から利用され続けていますと、やがて自分が何者なのか分からなくなっていきます。親としては、子どもを利用しているなどという意識はなくて、ただ寂しかったり、話し相手が欲しくて、子どもにべったりと寄りかかって行くだけなのです。

子どもの方は、薄々自分が利用されているという持つこともありますが、何とか親の期待に応えようとして、代用品ではなくて、本当の妻になりたいという願望を抱くのです。そして、現実にはかなうはずのないこのような願望が、さまざまな葛藤を作り出して行くのです。

 このように、性的な出来事が無くても、少しずつ「近親相姦」的な感情が、植えつけられていくのです。ですから、もしも、子どもの方から親に性行為を仕掛けていったとしても、それ以前の段階で、親からの長期間にわたる刷り込みが行なわれているのです。日々の暮らしの中で、境界が少しずつ緩んでいって、親に対して性的な願望を抱くようにと仕向けられて行くのです。表面的には「相姦」のように見えても、そこに至るまでの、代用品として利用され続けていた、長い長い日々の積み重ねがあるのです。

いずれにしても、性行為に至らなくても、家族内での役割が混乱したり、性的な境界があいまいなものになったりしますと、それがさまざまな影響を子どもに与えることになるのです。そして、もし実際に性行為にまで進んでしまった場合には、さらに複雑で強烈な影響を与えることになるのです。
http://homepage1.nifty.com/eggs/jitai/incest/1mijika.html


近親姦の実態について


 実際に起きている近親姦の実態とは、どのようなものなのかと言いますと、どうやら近親姦にはおおざっぱに言って、「虐待」的な要素と、「お気に入り」的な要素の、両極端の二つの要素があるように思います。虐待的な要素というのは、言葉の暴力や、肉体的な暴力などを伴いながら、強制的に行なわれる性行為のことです。もう一方の、お気に入り的な要素というのは、いわゆる「お父さん子」とか言われるような、親子の親密で良好な関係を利用しながら行なわれる性行為のことを言います。この二つの要素は、それぞれが単独で現われるケースもありますが、二つの要素が複雑に入り混じっているようなケースもたくさんあるのです。

 ではまず最初に、虐待的なケースから書いていきましょう。これは、いわば家庭内レイプのようなものなのですが、通常のレイプ事件と違う点は、被害者には逃げ場がないということです。通常のレイプ事件というのは、もちろん被害者にとって非常にショックな出来事であり、精神的にも非常に大きなダメージを被るわけですが、それでも被害者には帰る家がありますし、そこには自分の寝室があり、自分のベッドや布団があるのです。しかし、家庭内で発生するレイプの場合には、どこにも安全な逃げ場がないのです。夜、眠っているときに、父親が勝手に寝室に侵入してきて、脅迫しながら力ずくで強姦したりするのです。そして、通常のレイプと大きく違う点は、被害者は子どもであり、しかも犯人は、自分を育ててくれている実の親なのだということです。つまり、被害者である幼い子どもは、犯人である親と一緒に生活しなければならないのです。まだ幼い子どもは、衣食住のすべてを親に依存しなければなりませんので、このような逃げ場のない状況が、さらに大きなダメージを与えることになるのです。

 さらに、家庭内レイプには、虐待的な行為が含まれてくるのです。たとえば、父親が幼い娘の膣に、むりやりペニスを挿入しようとして、膣口が裂けてしまったケースの写真を見たことがありますが、いったい、この親はなにを考えているのかと言いたくなるようなことが発生したりするのです。虐待的な親たちは、こいう唖然とするような非常識きわまりない行為を、性的な衝動に駆られたままに、平気でやってしまうのです。

 虐待は、このような性交を強要するものばかりではありません。幼い子供に対しては、ペニスをマッサージさせたり、フェラチオを強要したり、精液を飲むように言ったりするのです。もしも、子供が性的なサービスを拒否したりしますと、罵詈雑言を浴びせて、子どもの心をズタズタにしたり、浴室に連れ込んで、頭から小便を浴びせたり、あるいはトイレに連れて行って、泣き叫ぶ子どもの頭を便器の奥へ押し込んで、その上から水を流して溺れそうにさせたりするのです。ほかにも、肛門にアイスピックを挿入して直腸に穴をあけたり、膣や肛門への異物の挿入、さらに殴る蹴るだけではなくて、裸にして縛って部屋に監禁したり、食事を与えないで放置したり、何回も妊娠させて、そのつど子どもに嘘をつかせて堕胎を繰り返させたりするのです。このようにして、虐待的なケースでは、子どもの人間としての人格は完全に無視されてしまい、性的なオモチャのように扱われたりするのです。

 こういうケースでは、親は教育という名のもとに、子供のあら探しをすることがよくあります。そして、子どものやることに難癖をつけて、子どもを罰しようとするのです。そして、そのつど罰として性行為を強要して行くのです。このような親は、あらゆる思考が性行為へと結びついていくのです。このような虐待的な親の特徴としては、言うことがコロコロと変わったりして、非常に気まぐれなところがあったり、あるいは突然、怒りを爆発させたりするようなところがあるようです。怒りが暴走してしまいますと、親は自分でも感情をコントロールすることができなくなってしまい、場合によっては激怒に駆られて、突然子どもの首を絞めたりするようなこともあるのです。そして、このようなケースでは、首を絞めている途中で子どもが静かになってから、はっと我に返ったりするのです。まさに、殺人の一歩手前まで行ってしまうのです。このような、親の衝動的な行動というのは、まったく予測不可能な面があるために、子どもはいつどんなことをされるか分からないままに、常に虐待の不安にさらされることになるのです。

 こういう虐待の被害者というのは、言っておきますが、まだ幼い子どもなのです。たとえ、大人がこのようなひどい扱いを受けたとしても、精神的に大きなダメージを被ることになりますが、まだ幼い子どもたちは、大人以上に大きなダメージを被ることになるのです。普通の家庭の子どもであれば、テレビで「ドラエモン」だとか「サザエさん」だとかいう、平和な家族を描いたマンガなどを見て、無邪気に楽しんだりするのでしょうが、同じ年頃の子供たちの中には、親からフェラチオを要求されたり、むりやり強姦されたり、便器の中に頭を突っ込まれたり、首を絞められて殺されそうになったりしている子供たちがいるのです。「家族」という閉ざされた扉の奥で、このような虐待行為が行なわれているのです。しかし、それでも、子どもたちは生きていかなければならないのです。どんなにひどい家族であっても、子どもたちはそこで生きていかなければならないのです。その環境の中で、なんとかして生きて行く方法を考えなければならないのです。

 そして、その生きて行くための方法のひとつが、「心を凍らせる」ということです。心が何も感じなくなってしまえば、もう苦しむこともないのです。たとえば、手術のときに麻酔をかけて、痛みの感覚を麻痺させてしまうように、子どもは、自分の心を凍らせて、感情を麻痺させてしまうのです。そうすれば、心をズタズタに切り裂かれたとしても、もう何も感じなくなってしまうのです。なにも感じなくなってしまえば、虐待にも堪えることが出来るのです。そして、卑劣な親から強姦されるという、こういう忌まわしい出来事は、すべて忘れてしまえばいいのです。心を凍らせて、何も無かったことにしてしまえばいいのです。そうすれば、もうそのことで苦しむこともなくなるのです。このように、心を凍らせてしまうという行為は、激しいショックによって自分が発狂してしまわないようにするための、ひとつの安全装置として作用するのですが、しかし、後で詳しく書きますが、これが大人になってから、さまざまな心の障害となって現われて来るのです。

 さて、虐待的なケースについて書いてきましたが、これとはまったく正反対の位置にあるのが、いわゆる親の「お気に入り」になるようなケースなのです。この、お気に入りタイプでは、言葉による暴力や、肉体的な暴力はほとんど見られません。なぜかといいますと、親は子どもとの良好な愛情関係をうまく利用しながら、性行為へと誘導するからなのです。子どもは最初は少し抵抗を示すこともありますが、最終的には消極的ながらも、親との性行為を受け入れてしまうのです。あるいは、このような消極的な態度ではなくて、時として子どもの方から積極的に親を誘惑するようなケースもあるのです。このようなお気に入りタイプの子どもというのは、親と性的な関係を持つことによって、家族内でさまざまな特権を獲得していくことになるのです。たとえば、親の愛情を独り占めにすることができますし、自分の欲しいものを優先的に買ってもらったり、親との肉体関係を利用しながら家族内の人間関係を操作したりして、自分が家庭の中で中心的な存在になったりするのです。

 このような、お気に入りになってしまう子どもというのは、親との性行為を楽しんでいるようにも見えますし、親との間に濃厚な恋愛感情があったり、あるいは、まるで夫婦のような状態になったりするのです。しかし、子どもが大人になってから、自分のしてきたことやされてきたことの意味を知って、そのショックから精神的にボロボロになったりすることもあるのです。あるいは、いつまでたっても親との性行為を断ち切ることが出来ずに、自立の問題で苦しむことになるのです。たとえば、自分に恋人が出来たときに、親から妨害されたりして、なかなか親離れをすることが出来なかったりするのです。あるいは、たとえ親との肉体関係を終了させることが出来たとしても、精神的な分離や自立の問題を抱えることになるのです。

 お気に入りタイプでは、なぜ親が性行為へと誘導したのかといいますと、親が自分の子どもを、性的に利用したかったからなのです。親が勝手な都合によって、自分の子どもを利用しているだけなのです。こういう親というのは、子どもの自立の問題だとか、近親姦によって生じる心の問題だとか、そういうことはまったく考えていないのです。親は、性教育だとか、子どもへの愛情表現だとか、いろいろなことを言ったりしますが、それは言い訳にしか過ぎないのです。親は、ただ自分の性的な願望が満たされれば、それでいいのです。そのために、子供をうまく利用するのです。ですから、子どもが大人になって、性行為の意味を理解できるようになると、それに伴って、親が自分の体を利用していただけなんだという事も、理解できるようになるのです。そして、親の裏切り行為を知ったショックから、精神的に苦しむことになるのです。

 たとえ親が、「子どもの方から誘惑してきたんだ」と言ったとしても、大人同士の関係ならばともかく、子どもと大人の間では、このような言い訳は成り立たないでしょう。もし子どもが「あんなヤツ、殺して」と言ったら、子どもに言われるままに人を殺してしまうのでしょうか。善悪の判断をつけなければならないのは大人であり、それを子どもに教える責任が、親にはあるのです。

 こういうお気に入りタイプの近親姦の中には、ときとして歪められてしまった愛情や性欲のままに、親やきょうだいとの関係をいつまでも続けていくケースもありますし、なかには、近親姦の体験が自分にとっては有意義だったと言う人や、近親姦による悪い影響は何もなかったと主張する人たちもいるのです。しかし、こういう人たちの実態というのは、まだほとんど分かっていません。

 このように、近親姦には、虐待を伴う悲惨なものもあれば、親のお気に入りになってしまうものもあるのです。そして、実際にはこのような両極端な二つの要素が、複雑に絡み合っているような、中間的なケースもたくさんあるのです。たとえば、児童相談所などでの事例を見ますと、性交を強要する親に対して嫌悪感を抱いているにもかかわらず、ときには欲しいものを買ってもらったり、あるいは、今までほとんど親と話をしたことがなかったのに、関係を持つようになってからは一緒に食事に行くようになったりして、憎いはずの親に対して愛着を抱いたりすることもあるのです。こういう家族内の人間関係には、正反対の矛盾した感情が非常に複雑に絡みあっていたりするのです。

 このような近親姦の発生状況を見てみますと、赤ん坊の頃からずっと行なわれていることもあれば、子どもが思春期になってから発生することもあります。一回だけで終わることもあれば、何回か繰り返されることもありますし、継続的に長期間続くこともあります。そして、両親がそろっている家庭よりは、片親の家庭の方が発生率は高くなります。

 加害者は父親だけではなくて、母親も重要な役割を果しています。たとえば、夫と娘の近親姦に感づいていながら、見てみぬふりをしていたり、あるいは、夫から見捨てられて離婚になることを恐れる妻が、夫を繋ぎ止めるための材料として、娘を夫に差し出したりするようなこともあるのです。そして、最近外国で取り上げられるようになってきた、女性の加害者の問題があります。調査によりますと、従来から言われているような、夫から強制されて、仕方なく息子や娘と性行為をするようなケースよりも、女性が単独で自発的に性的虐待をするケースの方が、どうやらずっと多いようなのです。そして、このような女性の加害者というのは、どうやら想像以上に多く存在しているようなのです。この問題は、後で詳しく取り上げます。

 両親以外の加害者としては、きょうだい、親戚、知人などがあげられます。近親姦が発生する家族というのは、性的な境界があいまいなために、被害者は、複数の加害者から同時に関係を強要されたりすることがあります。たとえば、父親との近親姦と、兄との近親姦が同時に平行に進行していたりするのです。そして、ときには家族全員が近親姦に加わって、家庭内乱交のような状態になるケースもあるのです。それに、近親姦は異性間だけではなくて、同性間の近親姦も結構たくさん存在するのです。こういう近親姦の組み合わせにつきましては、後でそれぞれ個別に取り上げてみたいと思います。

 さて、このような近親姦を犯してしまう親というのは、どんな親なのでしょうか。一般的なイメージとしては精神異常者を思い浮かべるかもしれませんが、実際にはそうではないのです。たしかに、分裂病による精神的な混乱から近親姦に及んだり、知的障害者が近親姦におよぶようなケースもあります。しかし、これらは全体の一部でしかないのです。大部分は、一見普通の人たちなのです。所得や学歴、社会的な地位などには関係なく、近親姦は発生しているのです。しかし、あえて言えば、加害者には境界例的な要素が多分にあるのではないかと思います。たとえば、加害者に見られる性的な境界のあいまいさや、感情の不安定さ、アルコールなどへの依存傾向などは、境界例に通じるものがあります。それに、近親姦の被害者の症状は、境界例の診断基準にあてはまることも多いですし、世代間連鎖によって、被害者がやがて加害者になってしまうことも多いのです。

 次に、近親姦の問題を分かりにくくさせている、「秘密の共謀」という問題について書いてみたいと思います。前回、近親相姦タブーでも書きましたように、人間は進化の過程で隠れて性行為をするようになりましたので、その実態というのはなかなかつかみにくいのですが、近親姦の問題になりますと、秘密の共謀によって、さらに厳重に隠されてしまうのです。つまり、親が近親姦の事実を隠そうとするだけではなくて、子どもも事実を隠そうとするのです。加害者と被害者が、まるで共謀しているかのようにして、近親姦の事実を隠そうとするのです。

 まず親の方ですが、親としてはタブーを犯しているわけですから、もちろんなにがなんでも近親姦の事実を隠さなければなりません。もし、こんなことが他人に知られてしまったら、大変なことになってしまいます。アメリカですと、すぐに警察や福祉機関が介入しますし、親は逮捕されて刑務所に入れられてしまいます。そして、子どもが施設に保護されたり、親の親権が剥奪されたりして、あっという間に家族がバラバラになってしまうのです。アメリカでは、子どもに接する職業の人に対しては、虐待の事実を知った時には通報しなければならないという、罰則の伴った義務が課せられているのです。さらに、そういう職業の人たちだけではなくて、一般の市民の間にも、子どもへの虐待とか性行為というのは犯罪なんだという認識が、広く行きわたっているのです。ですので、もしも近親姦の事実が知られてしまったら、親は法的な処罰を受けるだけではなくて、仕事や社会的な信用なども一気に失うことになったりするのです。日本でも、不充分な形ではではありますが、警察や児童相談所などが子どもの保護に乗り出しますし、それに、もしもこんなことが近所の人たちに知られたり、あるいは妙な噂を立てられたりしますと、異常者あつかいされたり、変態あつかいされて、もうそこには住んでいられなくなってしまいます。ですので、なにがなんでも隠さなければならないのです。

 隠さなければならないという気持ちは、子どもにもあるのです。その理由のひとつは、親からの脅しです。卑劣な脅しや暴力による口封じが行なわれたり、あるいは親がうまく言いくるめたりするのです。そして、子どもは親からの報復を恐れて、口を開かなくなるのです。それだけではありません、子供自身にしても、親からひどいことをされている惨めな自分、親に性行為をさせられている自分、タブーを犯している自分、そういう自分を知られたくないという気持ちもあるのです。さらに、こんな忌まわしいことは忘れてしまいたい、無かったことにしてしまいたいという気持ちもあるのです。

 みなさんの中には、そんなひどいことをされているなら、なんで近所の人とか、学校の先生とかに訴えないのかと、不思議に思う人がいるかもしれません。これは、ふたたびレイプと比較して考えてみれば、理解が得られるのではないでしょうか。とは言っても、レイプの被害者に対しても、単純に「なぜ警察に訴えないのか」と言う人がいますが、被害者にとっては、これは非常に気の重い事なのです。訴えることによって、忘れてしまいたいような出来事に、裁判になったときに正面から向き合わなければならなくなるのです。さらに、自分自身が周囲の人から「レイプされた人」という偏見の目で見られることにもなるのです。こういうことと戦いながら、犯人を訴えるというのは、勇気と決断を必要とすることなのです。もしも、あなたが男性であれば、同性の人からレイプされた場合を想像してみてください。同性からレイプされた人として、警察で事情聴取を受けたり、裁判を戦ったりする勇気がありますか。

 近親姦の場合では、被害者は大人ではなくて、子どもなのです。大人でも訴えるには辛い思いをしなければならないのに、子供の場合には、なおのこと辛い思いをしなければならないでしょう。それに、子供の場合には、子どもの目の高さで物を見る必要があるのです。訴える相手は、他でもない自分の親なのです。生活のすべてを依存している親を訴えるということは、子どもにとっては恐ろしいことなのです。訴えた後、自分の生活はどうなるのかとか、まだ世間というものを知らない子どもにとっては、不安でいっぱいなのです。ですので、自分を絞め殺そうとした親であっても、それでも食事を与えてくれるますので、訴えるなどという見通しの付かないことをするよりは、今のままで堪えていた方がいいのです。

 さらに、このような秘密の共謀には、周囲の人たちの無理解も関係してくるのです。たとえば、もし被害者たちが訴えてたとしてもそんなことがあるはずがないということで取り合わなかったりすることがあるのです。あるいは、大人が精神療法の治療の過程で、幼いころにあった近親姦の体験を語ったとしても、こういう問題に理解のないセラピストたちが、「それはあなたの空想であって、実際には、そんなことはなかったんだ」などと決めつけてしまって、近親姦の事実が闇に葬られてしまうようなことがよくあるのです。これは、考えてみれば実におかしなことなのです。たとえば、患者が「私は若いころ、シンナーをやっていたことがあります」と言ったとき、「それはあなたの空想にしか過ぎないんだ。実際にはそんなことはなかったんだ」などと言うのでしょうか。あるいは、男の患者が、「実は五年くらい前に、女子トイレの盗撮をしたことがあるんです」と言ったら、これも空想だと決めつけるのでしょうか。

 通常の患者への接し方というのは、患者は本当のことを言っているのだ、ということを前提として話を聞くのではないでしょうか。そして、もしも途中で不自然な点や、矛盾した点が出てきたときに、初めて患者の言っていることを疑うのではないでしょうか。しかし、近親姦の場合には、最初から疑ってかかるのはなぜなのでしょうか。その理由としては、次回に書く予定の「逆転移」の問題もあるのですが、他の大きな要因として、近親姦というものが、まだ一般的には「あり得ること」として理解されていないからではないでしょうか。アメリカでは、多数の虐待の通報の中に、近親姦もたくさん含まれているために、実際にあり得ることなんだと言う社会的な認識が作られているのです。そして、たくさんの親たちが、過去の近親姦を子どもたちから告発されて、裁判で裁かれたりしているのです。

 しかし、最近になってこのような行き過ぎた告発への反動として、「偽りの記憶」という問題が社会的に取り上げられるようなってきました。これは、未熟なセラピストたちが治療の際に、過去に近親姦の事実があったのだという方向へ、患者を誘導してしまうことによって発生している問題なのです。そして、裁判になったときに、近親姦の事実関係を巡って、非常に混乱した状況が生まれているのです。そして、無実を主張する親たちが、子どもの記憶に基づいた証言によって、証拠が乏しいにもかかわらず、有罪の判決を受けているのです。その一方で、「偽りの記憶」を主張する人たちの「科学的な実験」にも、いろいろな問題点がありますので、こういった「記憶」の問題に関しましては、次回に詳しく書くことにします。

 では、日本では近親姦は「あり得ること」として認識されているのでしょうか。たしかに七十年代ころから、女性週刊誌などを中心として、盛んに近親姦の告白記事が取り上げられてきましたが、まだまだ「実際に」あり得ることとしては認められていないようです。やはり、なにかの大きな事件などがあって、警察によって近親姦の事実が立証され、さらにそれをマスコミが大きく取り上げて報道したりするようなことがないと、なかなか一般的に認められたと言う状態にはならないのではないでしょうか。

 しかし、日本でも、今から二十年ほど前になりますが、近親姦が絡んでいるのではないかと思われる、非常にセンセーショナルな殺人事件が起きているのです。川崎市に住む、予備校生の一柳展也が、金属バットを使って両親を惨殺したという事件です。当時、この事件は、過酷な受験戦争の影響による殺人事件として、マスコミで大きく報道されたのですが、ジャーナリストたちが取材をしていくに従って、不可解な点が次々と出てくるのです。もちろん警察は公式にはそんなことは一言も言っていないのですが、ここに「近親相姦」というキーワードを当てはめてみますと、たくさんの不可解な点が、すべて理解できてしまうのです。

 たとえば、検視官が意味ありげなことを漏らしていたり、殺し方に異常とも言えるほどの残虐さがあったり、あるいは警察の内部情報として、母子相姦の事実が分かって、これを公表するかどうかで非常にもめたという話があったり、その他にも事件に至るまでの家族の動向に、いろいろな不可解な点があったりするのです。そして、このような謎を解くキーワードとして、母親と息子の間に「近親相姦」があったのだという説が、浮上して来たのです。この近親相姦説は、一部のワイドショーでも取り上げられられたこともあるのですが、しかし、警察が公式的に否定している以上は、この説はあくまでも推測でしかないと言うことになってしまうのです。

 日本では、最近、子供への虐待が注目されるようになってきて、マスコミでも大きく取り上げられるようになってきました。ですので、いずれは近親姦による虐待や事件なども、大きく報道されるようになるのではないかと思います。そして、将来的には、近親姦という虐待も、身近に「あり得る」犯罪として、認識されるようになっていくのではないかと思います。
http://homepage1.nifty.com/eggs/jitai/incest/3jittai.html


25. 中川隆[-12653] koaQ7Jey 2018年5月28日 06:03:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14503]

15年にわたる実父の強姦が黙殺された、「栃木実父殺し事件」の時代
http://www.cyzowoman.com/2013/02/post_7940_1.html


栃木実父殺し事件(尊属殺法定刑違憲事件)

 昭和43年10月5日3人の子持ちの女、浅川サチ(29・仮名)が、父親の政吉(52)を殺害したとして逮捕された。罪名は刑法200条にあった“尊属殺人”である。現在では聞きなれない罪状だが、当時は歴然と存在していた罪だ。名前の通り、自分または配偶者の直系尊属――父母、祖父母、曽祖父母――に対する殺害であり、通常殺人より重い<無期または死刑>という罪が科せられるものだった。今の感覚からは時代錯誤で、人権、平等といった法理念からかけ離れたものだ。しかし家父長制度、家庭という社会的基盤維持、儒教的考えなどから、当時親殺しは重罪とみなされていた。

 だがこの父親殺しの背景には、サチに同情すべき事実が存在した。サチと父親の間には長年にわたる近親姦関係の強要、その上での妊娠、出産といったおぞましくも悲しい事実があったのだ。そのためこの事件は「尊属殺の重罰規定は法の下の平等に違反する」と、憲法議論にまで発展していく。

■異常な執着を示す父親と実家に逃げた母親

 サチが初めて父親に犯されたのは昭和28年、サチが中学2年14歳の時だった。父親の政吉は勤勉とは言いがたく一家は貧困だった。当時の浅川家は栃木県内で、両親と長女サチを含む子ども7人の計9人が、狭い2間の借家に暮らしてた。

 ある夜、酒を飲んだ政吉はサチを無理やり犯した。突然のことで訳もわからないサチは大声を出すこともできず、近くで寝ていた母親のコウはこれに気づかなかったという。その後も政吉は母親の目を盗んでは頻繁に実娘の体を求めた。「母ちゃんに言ったら承知しない」。政吉は事あるごとにサチに口止めし脅した。

 それから1年、ついに堪えきれなくなったサチは母親にことの次第を打ち明ける。父に従順な母だったが、この時ばかりは驚き政吉を責め立てた。「実の娘によくもそんな恐ろしいことを」。しかし政吉は開き直り、刃物を持ち出し狂ったように暴れた。「自分の娘を自由にしてどこが悪い!」。娘を守ろうとする母親をボコボコに殴った。母はサチを親戚宅に逃がそうとしたが失敗、その後政吉の暴力はより一層激しさを増し、人が変わったようにサチに執着した。母親は堪え切れず、下の子ども2人を連れて北海道の実家に逃げるように帰ってしまう。

 母親が出て行った後も政吉は相変わらず酒を飲みサチを犯した。サチが17歳になった昭和31年、政吉はコウの実家に転がり込む形で、一家は再び共に生活するようになった。政吉はコウの実父に「サチに2度と手を出さない」と詫びた上だ。だが約束は守られることはなかった。政吉は夜毎にサチを求め、庇うコウを殴った。母屋に住む叔父(コウの兄)も止めに入るが、聞き入れないだけでなく、叔父へも殴りかかる始末だった。

 そんな生活続き、17歳のサチは妊娠してしまう。もちろん胎児の父親は政吉だ。混乱したサチは知り合いの男(当時28)と逃げ出したが、激昂した父は狂ったように探し回り、結局サチは連れ戻されてしまう。サチに異様な執着を示す政吉は、何度も騒動を起こした。2人の異常な関係は、自然と隣近所のうわさとなり知れ渡っていたという。

 昭和32年、政吉はサチとその妹を連れ栃木県の長屋に引っ越し、サチは長女を出産した。サチは出産したことで一層「父から逃れられない」と諦観したと同時に、いつか逃げるためにと密かに着物などを1つにまとめていたという。だが昭和30年代、学歴もない未成年の女性が、何の当てもなく逃げても生活は困難だっただろう。幼子を抱えてはなおさらだ。そんな時代がサチを縛り、父親から逃げられなくした。

 こうして父親と娘は、その後も12年間に渡り“夫婦同然”の生活を送るのだ。この間、サチは5人の子どもを産んだ。うち2人は夭折したが、3人の娘は元気に育った。だが5回の出産のほか、妊娠中絶を5回も繰り返している。政吉は避妊を許さなかった。父は執拗に娘を求め、娘はそれに応えるしかなかった。拒否すれば応じるまで殴られた。助けてくれる人はいない。

■半裸で逃げるも連れ戻され、2度目の家出も失敗

 昭和39年9月、25歳になったサチは、すでに子どもたちも手がかからなくなり近所の印刷会社で働くようになっていた。サチはこまめに働き、周囲からも「朗らかで明るい女性」と人気が高かったという。サチもこの時だけは、父親の呪縛から離れ“普通の女”として働けることが楽しくて仕方がなかった。社員旅行にも行った。

 そして昭和43年、29歳になったサチは7歳年下の工員と初めての恋をした。この恋がサチの自立心、そして父親に対する反発心を呼び覚ましていった。サチは仕事帰りに父親に嘘を言って工員と喫茶店でデートをした。遅くなると「浮気をしているのか!」と政吉に怒られたが、残業だと言いつくろった。2人の交際は続き、結婚を申し込まれるまでになった。相手はサチに子どもがいることも承知していた。サチは決心する。ある日、父親に「結婚してもいいか」と訊ねたのだ。しかし相手が年下だと知るや政吉は血相を変えた。「今から男の家に行って話をつけてくる。ぶっ殺してやる!」。サチは父の怒りを静めるため、男と別れて印刷所も辞めると言わざるを得なかった。

 だがサチは諦めてはいなかった。家出を決意したサチは準備をして家を出ようとした。が、偶然にもそこに政吉が酔って帰宅、サチを問い詰め洋服や下着を引きちぎるなど公衆の面前で大暴れを始める。騒動を聞きつけた近所の人が父親を取り押さえ、サチは半裸で走って逃げたが、結局は父親に連れ戻された。

 この騒動以来、サチはほとんど外出もできなくなった。そして政吉からの責め苦もエスカレートしていく。酔っては「一生不幸にしてやる」「逃げたら3人の子どもを始末する」と脅し、暴れた。子どものことまで持ち出されたサチは限界だった。このままでは自分が殺される。サチは愚痴や脅迫をグダグダ言い続ける政吉を押し倒した。目についた股引の紐で政吉の首を絞めた。

「さあ殺せ。お前に殺されるなら本望だ」

 その際政吉はこう言ったという。サチはさらに夢中で締めあげた。しばらくすると政吉はぐったりして布団の上に倒れた。政吉は、自分が犯し続けた実の娘に殺されたのだ。

 サチは子どもを連れ近所の雑貨商に駆け込んだ。「おばさん、父ちゃんを殺しちゃった」。サチはこう告げると声を上げて泣き出したという。その後、駆けつけた警官によってサチは逮捕された。昭和43年10月5日、29歳のサチにとって、無意識ではあるが1つの“決断”だったのだろう。

 父殺しの背景にサチと政吉の異様な関係が明らかになるにつれ、世間のはサチへの同情を寄せていく。と同時に“尊属殺人罪”へも目が向けられていった。刑法の尊属殺人条項は憲法の「法の下の平等」に合致するのか、違憲なのではないか。こうしてサチの父殺しの法廷は憲法議論にまで発展していった。だがしかし、それ以前にもっと根源的な怒りが、疑問が残る。サチが父親を殺すことになるまで、事態はなぜ放置されたのかということだ。
http://www.cyzowoman.com/2013/02/post_7940_1.html


世間と身内に隠され続けた女性と子ども――「栃木実父殺し」から現在へ
http://www.cyzowoman.com/2013/02/post_7970_1.html


 14歳の子どもが実の父親に無理やりレイプされた。そのことを母親は知っていた。それを阻止しようとするが、自身が暴力を振るわれ、子どもを人身御供のようにおいて家を出た。母親の親族も父娘の近親姦を知っていた。だが、政吉の剣幕の前に手をこまねくばかりだった。また政吉の親族も然りである。事件後の政吉の弟の供述調書には以下のような下りがある。

「実の父と実の娘が夫婦然として生活しており、世間に対していろいろ恥ずかしい行為をしていた。他兄弟や親戚の者も軽蔑して寄り付かなかった」

 サチが何かと頼り、父親殺害後に駆け込んだ近所の雑貨商もそれを知っていた。いや近所の多くの者がそれを知っていたと思われる。またサチが勤めていた印刷所の工場長もだ。サチとの結婚を考えた工員はサチが印刷所を辞めた後「深入りするな」とその事実を工場長から聞いたという。工員は「がっかり」したものの、彼女を救おうとする姿勢は皆無だ。

 サチの周囲の多くの人間が父娘の近親姦を知っていた。しかし無法者の父親に恐れをなしたとして、有効な手立てを打とうとした者はいなかった。

■家父長制と世間体の下、排除された女性や未成年者

 昭和30〜40年代、高度成長期で3種の神器といわれたテレビ、洗濯機、冷蔵庫が普及しはじめ、戦後民主主義が一般にも浸透し、団塊世代が青春を謳歌した時代でもある。そんな中、未成年期も含め、15年間にも渡る父親と実娘の関係は単に「マユを顰められる」ものだけだったのか。周囲の多くの大人がこの“異常な関係”を知っていた。だが1人でも未成年に対する“犯罪行為”“強姦”と認識し、少女を助けることはなかった。当時の未婚女性が何度も妊娠・出産・中絶しても医師は疑問を持たなかったのか(医師は『これ以上中絶すると母体が持たない』と避妊手術を薦めただけだ)。

 しかし実を言うと当時、いや現在においても“近親姦”に対する刑罰は存在しない。よって近親姦は違法ではない。近代において、日本では一度親族姦の規定ができたが1881年に廃止された。近親姦は法の概念ではなく道徳的なものとの解釈からだ。近親姦は時代や宗教、国家、風習、道徳観などにより時に公然と認知され、時にタブーとなる。

 現在では児童虐待防止法があり、保護者による18歳未満への性的虐待はこの対象になる。だが当時の児童虐待防止法は対象が“14歳未満”だ(サチが最初に父親に犯されたのは14歳)。また強姦罪は親告罪だが、当時サチが父親を訴えるなどという知識はなかったのだろう。また周囲にもそうした“退避”行動をとる者はいない。当時はまだ家父長的考えが色濃かった時代である。家族や親族のつながりが強く、世間体も今より比較にならないほど人々を縛った。それが逆に悪弊となった。政吉とサチの関係は「身内の恥」として公然の秘密となった。誰も本気でサチを救おうとしなかった。

 だが当時、誰かが警察や関連機関に相談しても「家庭の問題」として積極的に取り合うこともなかっただろうと推察できる(そもそもDVが犯罪として認識されたのもつい最近のことである)。女性や未成年者の人権など、ほとんど省みられない環境と時代にあったサチに逃げ場はなかった。

 そもそも、当時の司法関係者の認識もあまりにひどい。一審判決においては、「尊属殺人の重罰規定は憲法違反」として刑を“免除”するという画期的判決だった。しかし検察は控訴する。その控訴審で検察は「彼女はなぜ長年逃げなかったか。父と娘が夫婦然と仲良く平穏生活していたのだ」と立証しようとしたのだ。まったくもって噴飯ものだが、そうした認識は裁判官も同様だった。

 「父親と夫婦同然の生活をして、父親が働き盛りの年齢を過ぎた頃若い男と一緒になる。(それは)父親を弄んだことになると考えたことは?」と質問し、「(2人の関係は)大昔なら当たり前」「被告人(サチ)は父親の青春を考えたことがあるか」「働き盛りに何もかも投げ打って被告人と一緒に暮らした男の貴重な時間」など父親に同情的な発言さえあったという(『尊属殺人罪が消えた日』より)。

 「親は子どもの所有物」であり「父親をたぶらかした悪女」そんな裁判長の恐るべき認識――。現在でも裁判官という人種は世間知らずであり、時折かなりズレた発言、判決を出し世間を驚かせるが、その体質は今も昔も変わらないものだった。そして2審では懲役3年6カ月の実刑判決が下された。こうして裁判は最高裁に持ち込まれた。弁護人は「鬼畜のような父親にも子どもは服従し、尊属として保護してもいいのか」と子どもの人権を展開。尊属殺人罪の違法性を主張し続け世間の注目を浴びた。そして昭和48年4月4日、最高裁は尊属殺人規定は違憲として執行猶予付きの判決を下した。当時、この判断は「道徳革命」とまでいわれた画期的なものだったという。

■現代でも表面化しずらい親という名のモンスター

 それにしても親の子どもに対する暴力は性的、心理的も含み現在でも大きな問題として現存する。現在は昭和30年代に比べ猛烈に核家族化が進み、親戚近所のコミュニティも崩壊している。そんな環境下、家庭という密室で親権という凶器を持ったモンスターが存在したら――。

 児童虐待防止法、未成年者淫行条例など、子どもを守るさまざまな法や取り組みがなされ、サチの時代に比べて少しはまともになってはいるようには見える。しかし、それが万全と機能しているわけではない。現在でも幼児虐待、虐待の末の殺害も後を絶たない。性的虐待だけを見ても表面化するのはごく一部、しかも虐待者の4割近くが実父との報告もあるほどだ。そして虐待で逮捕された多くの親が平然と「しつけ」と抗弁する。

 現在においても女性や幼児、未成年者の人権や権利、安全が守られている社会とは言いがたいのも現実だ。サチのように“鬼畜のような親”の下に生まれてしまった子どもたちにとって親の存在、そして親権とは何なのか――。現在でも解決していない“古くて新しい問題”を考えさせられる事件でもあった。

 サチの事件審理で最高裁は「尊属殺人加重規定」は違憲と判断し、昭和48年以降この刑の適用はない。しかし尊属殺人罪の記載が刑法から削除されたのは、判決から22年がたった平成7年になってからだ。
(取材・文/神林広恵)

参考文献
『尊属殺人罪が消えた日』(谷口 優子著、筑摩書房)
https://www.amazon.co.jp/%E5%B0%8A%E5%B1%9E%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E7%BD%AA%E3%81%8C%E6%B6%88%E3%81%88%E3%81%9F%E6%97%A5-%E8%B0%B7%E5%8F%A3-%E5%84%AA%E5%AD%90/dp/4480854088


エミナ


5つ星のうち5.0
被害者の女性としての人生は2008年3月8日
形式: 単行本

父親に犯されることで被告の女性としての人生が始まった、と当時の担当弁護士が表現している。実父との間に5人の子を生み、6人を中絶。実母はあきらめて娘を見捨てて実家へ逃げる。娘はあきらめて父との夫婦生活を10年以上続ける。

今では考えられないような展開を少しでも理解したいという思いから、本書を読んだ。
昭和28年に娘が犯されてから、父親を殺す昭和43年までの時代は、それ以降に生まれた私には想像できなかったからだ。

本書によると、当時の世の中は家父長制が色濃く残り、女性にとっての人生は今では考えられないくらい厳しいものだったらしい。

殺された父親は大正4年生まれ、母親は大正2年生まれ、栃木県の田舎で育った両親には、娘の人生を考える余裕がなかったのだろうか。

裁判の流れでも、一つびっくりさせられた事がある。東京高裁での裁判長は、このかわいそうな被害者である女性に

「30才から40才にかけての働き盛りに何もかも投げ打って被告人と暮らしたお父さんの青春を考えたことがあるか」

と言ったのだ。

「被告人とお父さんの関係は、いわば’本卦がえり’で、大昔ならあたりまえのことだった」

とまでも言っている。戦後26年経っても、この発言であることに衝撃を受けた。

あまりに救いようのない事件だが、すばらしい弁護士がこの事件を親子2代にわたり担当したこと、最高裁での違憲判決と執行猶予、そして被告人は理解ある人と再婚したらしいことを知ることができてよかった。

被害者の女性とその子供たちが、その後も幸せな人生を送ってくれているよう、祈りたい。
https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/RRQ6K5O2TR2WP/ref=cm_cr_dp_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4480854088

http://www.cyzowoman.com/2013/02/post_7970_1.html


26. 中川隆[-12652] koaQ7Jey 2018年5月28日 06:17:10 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14503]

近親相姦はともかく、昭和の頃まで東北地方では こういう家族関係が普通だったのですね:


嫁は夫ではなく家の所有物

669 :なまえを挿れて。 :2006/05/31(水) 23:29:05 ID:???

ド田舎の旧家の次男坊に嫁いだんですが、結婚して二年経ったころ姑に呼ばれて

「ここでは嫁は○○家に嫁いできたものなので、家事以外にも舅と長男の相手もなさい」

と言われた。「は?」と驚いて訊き直すと、要するに夜の相手もせよということらしい。義姉にも聞いたが、やはり私の知らないところで舅のお相手もさせられていたらしい。

「○○さん(私)には悪いけど、私の負担が減るから正直助かる」

と言われてショック。その地方では普通のことらしいけど、やはり義父・義兄とセックスするのは気持ち的にツラい。

まず舅がその日の相手(姑か義姉か私)を決め、旦那の兄がその次に指名(義姉か私)。新参者の私はほぼ必ず舅か義兄に指名されるので、肝心の旦那とのセックスがめっきり減ってしまった…


670 :なまえを挿れて。 :2006/05/31(水) 23:33:46 ID:???
>>669
それで子供ができたらどういうことになるの?
旦那は納得してるの?


671 :なまえを挿れて。 :2006/05/31(水) 23:42:23 ID:???
>>670
もちろん避妊はします。一応ですが。
もし仮に出来たとしても

「○○家の嫁が○○家の子供を産む」

ので問題ないとされる雰囲気です。義兄夫婦には子供(13歳)がいますが、これが義兄の子か舅の子かは怖くて訊けません。

旦那はしきたりを知っているので仕方ないといった風情です。「黙っててゴメン」
とは言われました。納得というか、たまに義姉とセックス出来るので満足してるんじゃないのかな。

672 :なまえを挿れて。 :2006/05/31(水) 23:43:31 ID:???
>>671
あ、次男が長男の嫁を抱くってのもありなのね

673 :なまえを挿れて。 :2006/05/31(水) 23:49:11 ID:???

そう。嫁は家の所有物という扱いなので。

それよりも私にとっての心配事は、甥(13歳)が今年元服ということです。
姑には今からそれとなく言われてますが、甥の相手もしなければならない雰囲気です。甥の相手が出来るのは当然私だけなので、ますます旦那との営みは減りそうです。


674 :なまえを挿れて。 :2006/05/31(水) 23:52:05 ID:???
>>673
なんだかすごい世界だ……本当に現代の日本の話?

676 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 00:08:34 ID:???
>>674
そうですよ。ぶっちゃけ福島。

村のお祭りで筆おろしの儀式も残ってるらしいです。最近は少ないらしいですが。

677 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 00:10:26 ID:???
>>676
うわあ……

よし、俺、福島の旧家の婿養子になる!


678 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 00:16:59 ID:???

そして家のモノとして60越えの姑に奉仕させられる677…


679 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 00:17:55 ID:???
>>678
それでも多分逝けそうだw

689 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 22:43:18 ID:???
>>687
家を出る気はないの?
元服したら筆おろしって、女子も似たような風習はあるの?
もしあなたのところに男の子ができて、年頃になったら義理のお姉さんと寝るの?


690 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 23:16:34 ID:???
>>689
批判覚悟で白状すると、かなり裕福な暮らしをさせてもらってるので離婚とかは考えてません。“それ”以外はすごくよくしてもらってるし。

正直嫌悪感というのもマヒしてくるというか、薄らいでくるので気の進まない家事くらいの位置づけになってます。

女の子はいないのですが、いても嫁に出す体なのでしきたりからは外れると思います。

うちに男の子が出来ても、14歳になるころには義姉もかなりの歳になってるので望まないんじゃないかな。親としてもあんまり気乗りしないので「やめなさい」ってこっそり言うと思う。


691 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 23:19:51 ID:???

近親相姦とかはないのか?
他に身内で女性は?

692 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 23:26:47 ID:???

旦那は男二人兄弟、兄夫婦は息子一人なので今のところ本家に女の子はゼロです。

近親相姦はないです。あったら義兄・旦那は姑を相手にしているはずだから。


693 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 23:30:22 ID:???
>>692
そうすると、お舅さんがあなたor義姉さん、義兄さんがあなたor義姉さんを指名した場合、あぶれたお姑さんと旦那さんは何をしているんでしょうか?

695 :なまえを挿れて。 :2006/06/02(金) 00:01:28 ID:???

旦那からの受け売りですが、血の濃い子供を作ることを避けるために嫁を共有するのだから、近親相姦は普通にタブーになってるのだそうです。
(「避妊するんだったら意味ないじゃん」って言いたいけど言えない)

うちは本家なので、親戚(分家)の男のところに行けといわれたことはありません。舅が行くという話も聞いたことはないです。実際行ってないかどうかは分からないですけど。


>>693

一番多いパターンは  舅→私、義兄→義姉で、


その次に多いのは  舅→義姉、義兄→私

というパターンなので、だいたい旦那はあぶれます(笑。

私に余力があるときは深夜に極力旦那の相手をします。私も旦那に抱いて欲しいから。舅とする夜はすごく疲れる(長時間になる)ので、ちょっとムリですが。


709 :なまえを挿れて。 :2006/06/02(金) 21:45:21 ID:???

舅は60歳を超えているので、挿入可能な状態になるのも射精するのも時間がかかる
のです。準備オッケーになるまでは私の体をいじりまわして気分を高めていくわけですが、20分とか30分とかナメられ続けることになります。

最初のうちは特に我慢もせず、気持ちよくなってきたら躊躇なくイッてましたが、それだと舅が挿入してくるまでに2度も3度もイかされてしまうので、一生懸命耐えなければならないのです。

射精してからももちろん長い時間をかけます。 

私の旦那や義兄はバチン!・ビタン!という感じでリズミカルに腰を打ちつけてくるので、私の声も「アッ、アッ、アッ、アッ…」というふうに出ます。

舅はさすがに勃起してもそれほど硬くならないので、そんなに早くピストンするとグニャッという感じに曲がってしまうので、出し入れがゆっくりです。

ぐにゅうううぅぅ…と差し入れて、ずるうううぅ…という感じに引き抜きます。

不思議とそうされると喘ぎ声は出ず

「っっっ…ハアッ、うッ……ッッッハアッ」

といった風にに息つぎをする感じになります。


息子のセックスがテンポよく点で感じるのに対して、父親のは線で感じるセックスと言えば近いと思います。どちらが好みとかはないのですが、なんせ舅は延々とそのリズムで動いているので、ほぼ確実にイかされてしまいます。

だから舅とした後はぐったりして、旦那と2度目のお勤めをするのは無理なのです。


714 :なまえを挿れて。 :2006/06/04(日) 10:50:35 ID:???

別に夕飯の席で重々しく今日の組み合わせが発表されるわけではなくて、
私は指名されるとき舅からは

「○○さん、今日僕の部屋に布団敷いといて」

といわれます。義兄から指名の時は普通に

「○○さん、今日いい?」

です。生理の日や舅から既にいわれてたりする日は

「あ、今日はちょっと…」

ですんなり通ります。


別にセックスするわけですから布団二組は必要ないので、実際に布団敷いたりはしません。夜舅の部屋に行くだけです。

コトが終わると当然自分の部屋に戻って寝ます。朝まで一緒にいたりはしません。夫婦の寝室も別です。終わって帰っても旦那は誰かとまだ最中だったりすることがあるからです。


717 :なまえを挿れて。 :2006/06/04(日) 20:02:06 ID:???

>終わって帰っても旦那は誰かとまだ 最中だったりすることがあるからです。

誰かって、義姉以外にもいるんですか?


718 :なまえを挿れて。 :2006/06/04(日) 22:19:57 ID:???

舅は歳の割りにすごく旺盛な方だと思いますが、それでも週に一度が限界だと思います。なので私は舅とはせいぜい月に3度、多くて4度です。

義兄は週に2・3度なので月だと10回くらいです。

残りの日は常に旦那とといいたいところですが、私が義兄の部屋にいるときには義姉が旦那の部屋にいるケースが多いので、それでは旦那が毎日ということになるので、私が空いてる日の半分くらいです。


舅がパス、義兄がパスした日に旦那が

「じゃあ義姉さん、今日お願いします」

となる日がたまにあるので、そういう時は後で旦那とケンカになります。

比で言うと舅:義兄:旦那で1:5:4くらいです。そのうち義兄と旦那の比は逆転すると思います。義兄が飽きるまではこのままでしょう。


>>717
主語がグダグダで分かりにくくなってしまってすみません。

3夫婦ともに寝室は別ということです。舅姑はもちろん義兄夫婦も私が義兄の布団に入っているときは義姉の居所がないからという意味です。

719 :なまえを挿れて。 :2006/06/04(日) 22:51:36 ID:oLQQY0ux
>>718
そういう事をしてる家はざっと何軒ぐらいあると思われますか??

720 :なまえを挿れて。 :2006/06/04(日) 23:12:17 ID:???

舅や義兄が指名してくる時って、あなたが一人の時なんですか?
それともダンナさんがいても構わずに誘ってくるんでしょうか?

それからエッチの時は口で奉仕することもあるの?
口内発射とか。

721 :なまえを挿れて。 :2006/06/04(日) 23:52:04 ID:???

旦那が私のそばにいるときは遠慮してくれます。舅も義兄も。

でもどっちみち雰囲気で分かるというか、舅や義兄と目が合えば旦那がスッと知らん振りして私から離れていくので同じことですが。

口を使うことはよくあります。でもあくまでも元気にさせるための補助という位置づけです。

旦那は義姉の口の中に出させてもらってるらしいです。義姉が

「遠慮してるつもりなのかもしれないけど、口に出される方が面倒」

といってました。


>>719
部落の人たちとは頻繁に会うわけではないので、確証はありません。
農作業の協力分担の会合のときとかに奥さん方と会いますが、「やってそう」と思えばそう見えるし、かといって当然のことのように話題にすると「はぁ?」みたいな顔されるようで怖くて訊けません。

今度勇気を出して姑に訊いてみようかな。


724 :なまえを挿れて。 :2006/06/05(月) 07:53:50 ID:???

お義姉さんとは仲いいの?
こういう事についてはどんな話してるの?

舅や姑や義兄とは普段の会話の中でもそういう話するの?
食事時などの団欒の席で

「○○さん、昨夜は激しかったなぁ」

みたいな。それとも昼と夜とはちゃんと区別してるのかな。

726 :なまえを挿れて。 :2006/06/05(月) 22:22:14 ID:???

昨夜の書き込みが23時52分。
昨夜はお休みの日だったのかな。

舅さんや義兄さんの部屋に行くのはいつも何時頃なんですか?
その後何時頃までいるんですか?


727 :なまえを挿れて。 :2006/06/05(月) 22:39:07 ID:???

ご近所さんが近所にいないくらいの田舎なので、同性の話し相手は義姉くらいです。姑ともいわゆる諍いみたいなのはないですが、仲良しというほどでもありません。

義姉ともそうひんぱんにあけすけな話をするわけではないですが、たまに際どい話題になることはあります。


私「お義父さんて、…ちょっと柔らかいですよね。ふにゃっと…」

義姉「あんなもんでしょ普通」

私「でもお義兄さんや旦那に比べるとやっぱり違いますよ」

義姉「私の旦那は私とするときはお義父さんと変わらないわよ、アナタとするときは頑張っちゃってんじゃないの(笑」


みたいな。

皆の前でそういう話題は出てきません。みんな知らんふりしてます。
昨晩は日曜だったので、全員仕事に備えてお休みだったです。まず日曜にはしないですね。

今日は今のところ言われてないです。食事も風呂も全部終わって部屋に帰ってきて一人です。11時頃まで言われなければ今日もナシだと思います。


742 :トコ :2006/06/06(火) 23:03:50 ID:???

コテハン/トリップはウザがられがちなので気乗りしませんが、名前だけ。
さとこなのでトコと家族には呼ばれています。

家の中は想像されるようなエロ満開の雰囲気ではないです。思春期の男の子もいるので。それに家がだだっぴろいのもあって、食事のとき集まることを除けばそう頻繁に行き交うこともないです。

私は自分の部屋ではセックスはしません。義姉もそうだと思う。内線電話で呼ばれていくことが多いです。食事の際に目配せや耳打ちされることもあるけど。

昨晩はPC落とした後、旦那の部屋に行って雑誌読みながらダラダラと過ごしてから帰って来て寝ました。

今日はさっき義兄の部屋から戻ってきたところです。夕飯の後お風呂の順番待ちをしていたら内線がかかってきて

「トコちゃん今日空いてる?」

と言われたので

「あ、はーい」と。

745 :なまえを挿れて。 :2006/06/06(火) 23:21:51 ID:???

甥っ子の筆おろしはトコさんになるのではないですか?


749 :トコ :2006/06/07(水) 00:10:46 ID:???

何度もクドくて申し訳ないですが、うちは家庭内でそういう雰囲気は漂ってないです。甥っ子がいるからです。

甥は多分まだ童貞だとは思いますが、我が家のしきたりについては知らないはずです。だから裸で廊下(すごく長いのに)を渡るとかありえないです。

甥の筆おろしについてはまず一番に義姉の意向が関係してくると思います。私ももちろん義姉が「させない」といってくれた方がいいし、きっと義姉もそういう気持ちだと思われます。どこかよそで済ましてきて欲しい。お祭りとかで。


元服式が済んだらどのみちしきたりについては教える予定なので、その際

「トコおばちゃんとする」

といえば私はイヤだとはいえません。多分その時点でも義姉が「まだダメよ」と止めると思います。


私たち夫婦が分家してよそに住み始める前に甥が奥さんを連れてきたら、義姉の意向に関わらず私は甥の相手をすることになるんですけど。今は甥をみてると

「この子とセックス?  ありえなーい」

と感じるんですけどね。まだ幼いし、第一その子の祖父とセックスしてるのにありえないです。


751 :なまえを挿れて。 :2006/06/07(水) 00:29:56 ID:???
>>749
避妊ってコンドーム?
それとも、ピル?

756 :なまえを挿れて。 :2006/06/07(水) 17:43:06 ID:???

>私たち夫婦が分家してよそに住み始める前に甥が奥さんを連れてきたら、義姉の意向に関わらず私は甥の相手をすることになるんですけど。


これはなんで?


それから、甥が嫁さんを連れてきた時は、その嫁さんは今の舅、義兄とトコちゃんの旦那さんの3人にも抱かれるって事なのかな。


757 :なまえを挿れて。 :2006/06/07(水) 19:16:29 ID:???

義父や義兄とエチするときキスは有りですか?


764 :トコ :2006/06/07(水) 22:37:30 ID:???

結婚した当初はピルを処方してもらってました。文字通りの家族計画と、私の子宮内膜症のためです。何年か経ってから子作りは始めようという予定でした。

2年経って家のしきたりに従うようになってからはピルを止めました。逆のように
感じるかもしれませんが、これでいいのです。

そろそろ子供が出来てもいい時期だと思ったことと、ピルを飲んでると舅と義兄にも中に出されてしまうからです。

「飲んでるんだからいいよね」というノリだと思うのですが、中に出されるとヤられちゃった感というか犯された感というのがじわじわとこみ上げてくるんです。

二人に悪感情は抱いてないですが、ちょっとこれは勘弁して欲しかったです。

それに後始末が段違いに面倒になるのがイヤだったんです。

中出しだと終わったあとシャワーを浴びるのが必須になりますが、お風呂場にいくまで廊下にポタポタと垂らしながら行くわけにはいかないので、下着を穿く必要があります。それはもう穿いて寝られないからその場でザブザブと洗うんですが、それが面倒で。

だから今は遠慮なく

「もうピルは飲んでないのでゴムを着けて下さいね」

といえます。後は


・キスはします

・甥と旦那の順列は、少なくとも成人するまでは旦那>甥だと思います

・甥は今のところ私に性欲を抱いているようには見えません

・甥が今すぐ嫁を連れてきたらそのお嫁さんは4人を相手にするはずです

・家長は舅です。絶対権力者(優しい人ですが)


769 :トコ :2006/06/08(木) 00:05:17 ID:???

ここに書き込んでから「ありえない」とか「明らかにおかしい」とか書かれて、
自分でも「ひょっとして…」と思わないでもないです。でも寄り合いでもない限りよそんちの人とは会わないので確認するのは難しいです。

あ、それから「家」のしきたりなので分家すると相手をする必要はなくなります。
私の代でなくなるかどうかは義姉次第じゃないでしょうか。私も義姉も姑の逆らえないオーラみたいなのに気圧されて従ったようなものですから。私にはまだ子供がいませんが、そりゃ止めるに越したことはないと思います。

私自身が舅や義兄に抱かれるのはいまさら感があるのでどうこうしようとは思いません。どうせ舅も現役でいられるのもそう長くないだろうし、分家すれば義兄とも断てるのですから。

ピルを止めてからはゴムは必ず着けてくれます。旦那以外の子を妊娠するというのは耐え難いので、絶対これだけは譲れません。


784 :トコ :2006/06/08(木) 23:07:31 ID:???

始めた当初は毎晩泣き暮らしてましたが、泣かなくなったころにはそういう気持ちとは関係なしに、身体の方が勝手に馴染んでいった覚えがあります。

そういう言い方だとなんかいやらしい感じがしますけど、相手のセックスのリズムが分かるというか呼吸の合わせ方を覚えるといった意味です。

舅とするときは

(0)(スタート)なんかゴソゴソといろいろする
→(1)舅が口でする
→(2)私が口でする
→(3)私が上に乗る
→(4)舅が上に乗る(フィニッシュ)


という手順が殆どなんですが、例えば(1)→(2)では私がギブアップ状態でグロッキーになってるのを舅が気付いてスッと身を引くので、二人無言で体を入れ替えます。

(2)→(3)は私が「もうこれくらい硬くなったらいいかな」と舅の顔を見ると、
舅がコクッとうなずくので私がゴムをはめて上に乗ります。

(3)→(4)のときは舅が上体を起こそうとするので私が上から引き起こしてやり、そのまま二人座って向き合った状態で少し動いてから、私が後ろに倒れ舅が上に乗る形になります。

こうやって殆ど会話をせずにセックスを終わらせるようになってました。こういう状態になってからは随分苦じゃなくなったように思います。


775 :なまえを挿れて。 :2006/06/08(木) 08:03:21 ID:???

トコさんのご両親はこの事をご存知なんですか?

>>775
知りません。知らせるつもりもないです。どういう騒ぎになるか想像しただけで恐ろしくなります。

776 :なまえを挿れて。 :2006/06/08(木) 11:03:16 ID:CvwIqudV

ホントにその地方のしきたりなのかな その家だけのしきたりじゃないのか?

しかし福島のド田舎だとそんな風習が本当に残っていそうで怖いな

>>776
私は福島出身じゃないのですが、なんとなく福島の人ってとっつきにくいというか排他的な感じがするんです。秘密主義というか。 だから姑から「風習だ」と言われたときは妙に納得してしまったのですが。


778 :なまえを挿れて。 :2006/06/08(木) 13:02:05 ID:???

探偵ファイルとかにメールしてみたら特集してくれるかも

>>778
逃げる頃合でしょうかね。ある日庭いじりしてたら見知らぬ2ちゃんねらが

「あなたトコさんでしょ。ね、そうでしょ」

…コワ過ぎる


787 :なまえを挿れて。 :2006/06/08(木) 23:40:35 ID:???
>>785
分家の人達は、その家で同じ事やってるのかな?

トコさんの近所の人と会った時に聞いてみたらどう?
同じ事してるかどうか

789 :トコ ◆cnKAU13406 :2006/06/08(木) 23:57:55 ID:???
>>787
本当にしつこく書いて申し訳ないですけど、あまり親しい人が近くにいないんですよ。というか隣の家とかなり離れてるんです。田舎なので。だから

>トコさんの近所の人と会った時に聞いてみたらどう?

そんな親しいわけでもない人に

「こんにちはごきげんよう。ところでつかぬ事をお伺いしますけど、あなたお舅さんとヤってます?」

とかいきなり訊いたらグーで殴られるんじゃないかな。


793 :なまえを挿れて。 :2006/06/09(金) 00:09:19 ID:???

トコさんの家では夫婦の寝室が別になってるみたいだけど、例えば

トコさんがお休みの時にダンナさんが義姉さんとしていたりしたら、
義姉さんの喘ぎ声とかがトコさんの寝室に聞こえてきたりしないの?

逆に義兄さんとしているトコさんの声を義姉さんに聞かれたりとか。


800 :トコ :2006/06/09(金) 21:16:30 ID:???
>>793
3夫婦のエリアは随分離れているので、舅・義兄の部屋の物音は聞こえません。
そもそも甥の事があるのでみんな意識して声や物音をたてないようにしているようです。

屋敷の3ヶ所でギシギシアンアン聞こえてきたらさすがに教育に悪いですから。
私も頑張ってタオル咥えるなどして声出さないようにしてます。

旦那の部屋に義姉が来ていたら部屋の前の廊下に義姉のスリッパがあってすぐ分かるから近寄らないようにしてますが、うっかりしてると中の声が聞こえてくることもあります。

それがあえぎ声だったらやはり嫌な気持ちにはなりますが、むしろひそひそ話の方がムカつきます。

「なにピロートークかましてんのよ!」

と後で大抵ケンカになります。セックスすることは分かってるので、義姉のあえぎ声が聞こえるとかえって

「よし、旦那がんばれ。やっつけてしまえ」

という気になります。旦那が

「いやー、お義姉さん具合いいわ。とろけそうだったよ」

と私にいうより、義姉が

「トコちゃんの旦那さんってすっごいのね。私もたないわ」

という方が嬉しいじゃないですか。


795 :なまえを挿れて。 :2006/06/09(金) 07:54:43 ID:???

>。ハスタート)なんかゴソゴソといろいろする

ワロタ


801 :トコ :2006/06/09(金) 21:31:46 ID:???
>>795
いくらなんでも部屋に入るなり無言でお互いの服を剥ぎ取り、ベッドに倒れこみながら野獣のように相手の体をむさぼり始める…

みたいなどこのエロ小説かというような行動はムリです。体力的にもキャラ的にも。


「お義父さん?失礼します」

「あ、さとこちゃん来てくれたね」

から始まって、天気とか庭の手入れとか旦那の話とかしながら徐々に(自分で)服を脱ぎます。私がパンツ一枚で座って二人の脱いだ服を畳んでいると、舅が横に座って足とか背中とかをサスサスとなでてきて、じりじりと二人で布団にもぐりこみます。

もう「なんかゴソゴソといろいろする」としか言いようがないんですよ。


804 :なまえを挿れて。 :2006/06/09(金) 22:01:37 ID:???

昨日は舅さんとのセクスの流れを書かれていましたが義兄さんとのセクスはどんな流れなんでしょうか

840 :トコ :2006/06/10(土) 23:30:00 ID:???
>>804
義兄はセックスのパターンが決まっていないので、舅のときみたいに流れを説明することは難しいです。

ただ、一つの状態を長く続けずに次へ次へと(例えば体位を)忙しく変えるので、立ったり座ったりで大変です。それこそ上へ下への大騒ぎ。

旦那も含めて「親子だなー」と感じるのは、3人ともに口でするのにすごく時間をかけてくれることです。旦那と付き合ってた頃は

「ずいぶん念入りにする人だなあ」

と思ってましたがお義兄さんも同様で、父親に至っては輪をかけてでした。舐めたり噛んだりすすったりよくこれだけ飽きもせず延々と続けられるよなと感心するくらいです。

性格って似るのかなと思ってましたが、ひょっとしたら若い頃から経験豊富な女性を相手に実戦を重ねてきたせいかなとも思います。

あと笑っちゃうのが3人とも「相手の服を脱がせてくれない」ということです。

要するに女性の方が自分で服を脱がなくてはいけないんです。服を脱ぐさまを眺めるのが好きなんだと思います。

義兄なんかは私が風呂上りでノーブラだったらちょっとがっかりしてるはずです。ブラをしてて、それを外そうとするときは決まってガン見してるから。


796 :なまえを挿れて。 :2006/06/09(金) 17:51:31 ID:???

トコさんのダンナさんはトコさんと結婚する前から義姉とセックスしてたの?


>>796
詳しくは書けませんが、旦那の上京の時系列から言ったらしてないはずです


803 :なまえを挿れて。 :2006/06/09(金) 21:59:20 ID:???

あ、トコさんだ。こんにちは〜

もうお風呂は済んだんですか?
舅さんや義兄さんに抱かれるのはお風呂の後ですよね。
呼ばれた時はメイクをし直して行くんですか?

>>803
あまりしないです、面倒だから。いまさらスッピン見られてどうもこうもないし。


815 :なまえを挿れて。 :2006/06/09(金) 23:46:25 ID:/IwQbv1S

トコさんありがとう。もしよければ、芸能人で例えると誰似か知りたい。
トコさん夫婦の関係は案外普通で安心した(良い意味で)


>>815
期待を裏切って申し訳ないんですが、私は器量よしではないです。
今まで似てると言われた中で一番マシだったのが『ピザハットのCMのお母さん役』
なんですけど分かります?

834 :なまえを挿れて。 :2006/06/10(土) 18:01:24 ID:49DPGGxX

トコさん

各登場人物の年齢を教えて下さい。

舅、義兄、旦那
義姉、トコさん

>>834
ちょっとそれは勘弁してください。舅は還暦を過ぎてて、甥は13歳。これが限界。


842 :なまえを挿れて。 :2006/06/10(土) 23:39:06 ID:???

今夜のお勤めはないんですか?
(これから?)

ちなみにバストカップは?

>>842
チチはないです。謙遜じゃなくて。

848 :なまえを挿れて。 :2006/06/10(土) 23:56:22 ID:???
>>トコさん

せめて甥御さんとの件がどうなるかまでは続けて欲しいです


>>848
元服式は成人式と同じ日にあるので、甥がこの件に関係してくるのは早くて来年一月です。また先に書いた理由もあって、仮に私が甥と関係するようになるとしてもそれはずっと先のことだと思います。よってムリ。


853 :なまえを挿れて。 :2006/06/11(日) 16:12:40 ID:???

このしきたりの事を姑から言われ、その後初めて舅や義兄に抱かれた時までの流れを聞かせて貰えませんか?

ダンナさんにも説得されたんですか?

>>853
最初は>>669に書いたとおりです。口調はもっと柔らかかったけど。

私は「は?」とか「え?」とか何度も訊き返しました。

「○○さん(旦那)は何て言ってるんですか」

というセリフは20回くらい言ったと思う。半ギレで。


話が終わると当然旦那のところにダッシュで行って

「お義母さんがこんなこと言ってるんだけど」

とオロオロして半ベソかきながら問い詰めました。旦那が

「え?ああそう…それはうーん、ちょっと待ってて」

と母のところに飛んで行ったので「ああマジなんだな…」と確信しました。

旦那は「今日トコに言うとは聞いてなかった」と後で白状しました。説得される
までの経緯についてはもう思い出したくもないです。

口も利かない日が続いて、徐々に会話するようになっても、その話題が出ると私がキーーーーッとヒステリー起こしてまた何日も口を利かないといったことが続きました。
姑に言われてから実際に舅の部屋に行くまでは3週間くらいかかりました。

最初に舅の部屋に行った日も、前の日に舅から

「さとこさん、明日の晩 何時でもいいから僕の部屋に来なさい」

とお達しがあったので、仕方なしにといった風にでした。

旦那は「大丈夫だから」というので

「大丈夫って何よ!
…ねえマジかな?
マジだと思う?」

と救いを求めているのに「大丈夫だから」としか言いませんでした。 舅に

「今から伺いますから」

と電話で知らせて部屋に行くと、

「ああ、さとこさん きてくれたね」

と招き入れてくれて、「そこに座って」と言われました。 舅が淹れてくれたお茶を二人で飲みながら、舅が淡々と説明してくれました。

私ももちろん子供が出来たときのことや、今時そんなのナンセンスだとかモノ扱いするのは非道いとか嫌です嫌ですイーヤーですとしつこく食い下がりました。 結局初日はセックスどころかそういう雰囲気すらなく開放されて、これは案外せずに済むのかなと思ってました。

でもそういうのが何日も続くとやがて

「お義父さんとこんなに長くお話することってなかったですよね」

「そうね、まあジジイは出しゃばってもいかんし」

「そんなことないですよ、こんなよくしてくれるお舅さんっていないですよ」

とか打ち解けた雰囲気になってしまい、結果的には懐柔されてしまいました。

今思うと、そういう作戦だったんだと思います。旦那は頼りにならないので自然と当事者である舅に相談するような形にもっていかせて懐柔するという。


860 :なまえを挿れて。 :2006/06/11(日) 21:24:28 ID:???

初めて舅に抱かれたのは今から何年(何ヶ月)くらい前なんでしょうか

>>860
そこまで注意深く読んでる人はいないと思いますが、舅・義兄との関係が始まってどのくらい経ったかを言うと、かなりの確度で旦那の歳がバレちゃうのでいえません。

861 :なまえを挿れて。 :2006/06/11(日) 23:13:24 ID:???

こうゆう場合、

旦那が助けてくれない(頼りにならない)→愛がなくなる→離婚。


と大半の人は流れていくと思いますが、トコさんがそうならなかったのはそれ以上に旦那さんを愛していたからですか?それとも何か他に特別な理由があるんでしょうか?

もう一つ、前記で“それ”以外はよくしてもらってるとありましたが、具体的に言うとどんな事がありますか?(かなりの田舎だと金銭的に恵まれても、その使い道等困ると思ったので。)

>>861
もちろん旦那のことを愛してます。大好きです。早くこの人の子供が欲しい。

離婚するとしたら舅との最初のセックスより前にするべきだったと思いますが、もって行きかたが上手くなし崩し的にセックスまで行ってしまったので、完全にタイミングを逸した感があります。

それから前も書いたけど裕福なんです、すごく。私はハーブとガーデニングが趣味なんですが、中庭のテニスコートくらいある敷地を「好きにしていいよ」といわれて理想のイングリッシュガーデンにしようといじり倒しているところです。そのくらい裕福。

もうそれだけで打算的だとか現金とか批判されて当然ですが、この際だからぶっちゃけてしまうと、性的に満足しているというのもあります。

今日みたいに“お勤め”がない日などは冷静に「間違ったことをし続けるのはよくないよなあ」と反省するのですが、いざ誰かとセックスして帰ってきて布団に入ると思わず余韻に浸ってうっとりしています。肉便器とか淫売とか言われても反論できません。


862 :なまえを挿れて。 :2006/06/11(日) 23:25:43 ID:???

義兄さんとの初めても聞きたいです

舅さんと初 → 義兄さんと初

まではどのくらいの期間が開いたんですか


>>862
すぐでしたよ。初セックスした後舅に

「○○(義兄)も心配してるんだよ。さとこさんがショックうけてるんじゃないかって。もしよかったら○○に心配いらないって伝えてくれないかな」

といわれて、その通りに義兄に伝えました。

「納得できたわけじゃないけど心配いりません。大丈夫です」

と。すると義兄から


「僕ともってのは聞いてるの?」

と聞かれたので

「…まあ聞いてます」

と答えました。


「で、どうする?気持ちの整理がつかないっていうんならムリにすることはないよ」

「いや、いいです。どっちみちしなきゃいけないんなら早く最初を済ませたいです」

という流れで、舅と最初にセックスした次の晩に義兄としました。

875 :なまえを挿れて。 :2006/06/12(月) 13:38:11 ID:???

トコさんは、その家に嫁いでからは、舅、義兄、旦那以外とはエッチしていないんですか?

また他の人ともしてみたいと思ったことはありませんか?

>>875
結婚してからはその3人以外の男の人と寝たことはないです。
他の人としてみたいと思ったことはあります。しないけど。

885 :なまえを挿れて。 :2006/06/12(月) 21:49:48 ID:???

トコさん

一応、家族の方達はこのようなしきたりは非常識な事だと認識はあるのですか?


>>885
言葉で「悪いね」とか「よく頑張ってくれてるね」など、気の毒に思ってねぎらってくれたりはしますが、根っこの部分では

「しきたりだからしかたないもんね」

というスタンスは一切ぶれていないと感じます。

899 :なまえを挿れて。 :2006/06/13(火) 04:13:34 ID:???

しきたりが始まったのは結婚から二年後か。
予め決められてあった時期だったのかな。

その時期を男達は指折り数えて待ってたんだろうか。はたまた様子を見てた時間の経過だったのか。「そろそろ頃合かな」なんて相談してる様とか恐すぎ。

>>899
二年というのは、男が種無しであるかどうかの見極め期間みたいなものだと舅は言います。その後、家の男衆で試してみてそれでもダメだったら石女(うまずめ)として三行半を出されてた嫁もいたとのことです。コワ


908 :なまえを挿れて。 :2006/06/13(火) 22:14:05 ID:???

赤ちゃんが出来やすい日(いわゆる危険日)は、それを理由に舅や義兄の誘いを断ってダンナさんとHできるの?

>>908
出来ます。「○○さん(旦那)と子作りします」と宣言したりもしないけど。

920 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 01:27:15 ID:???

分家しても風習って続くんだろうか。


>>920
うちの旦那がどれだけの屋敷を建てられるかにかかってると思います。
いま住んでる屋敷は代々のものなので広く、子供に気付かれないように営みを持てるというのが大きいです。

まあそんな大豪邸は必要ないので分家した先では続かないと思います。
すくなくとも私たち夫婦の子孫は。

879 :なまえを挿れて。 :2006/06/12(月) 18:42:58 ID:???

>>打ち解けた雰囲気になってしまい、結果的には懐柔されてしまいました。

そこんとこもう少し詳しくお願いします。

>>879
舅が淡々とこのしきたりというか風習について、いつ頃から続いているのか どうしてこういうことするのか、現在の社会規範と照らし合わせてどう考えているのかを話してくれました。

当然ハイハイと従う訳はないので、でもでもでもでもと一々反論してました。

それが何日も続くと肩の力も抜けて、舅が話してくれる

「かあさん(姑)のときは気の毒でねえ」とか

「○○さん(義姉)のときは大変だったんだから」


のようなエピソードにただふんふんふんふんと頷いて聞き入ってました。

さらにそういう日が続くと

「お義姉さんがそういうことしてたなんて全然知らなかったですよ」

「そりゃ月に何回かしかしないし、部屋離れてるだろ」

「イヤーー想像できない。本当にされてるんですか。普通の夫婦の営みみたいな?」


と自分から話を転がしたりするようになりました。 当然そうなったら

「さとこさんはどういう感じでしてるの?」


みたいな流れになりますよね。女の人なら共感してもらえるかもしれないけど、女性が自分のセックスについて話し始めたら、大抵はその話し相手と寝ちゃうと思うんですけどそうですよね?


まあ共感はいらないです。私はそうでした。舅が

「じゃあちょっと試してみて、それでもどうしても耐えられなかったらまたそのとき考えよう」

とお決まりの誘い方をしてきたので、

「本当にイヤだったら考えてくださいよ」

と念押しして服を脱ぎました。その日は口でだけされて

「明日も来なさい。そのとき続けるかどうか決めよう」


と部屋に帰されました。 大体の経緯はこんな感じです。その次の日にセックスまで行きました。


927 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 20:03:24 ID:???

てか、旦那が種なしかどうかは子供が出来なきゃ分からないし、(まだ子作り途中だし)それでもダメなら家族が……

ってそれじゃあ複数と交わる意味とか子作り前提のセックスとか色々矛盾してこない?

ましてやゴム着けてやってるし。

>>927
昔は2年子供が出来なかったら種無しの疑いありとしてたんじゃないでしょうか。
そもそも義姉にしても子供産んだ後でもお勤めしてるんだから、そんなの穴だらけのこじつけに決まってるじゃないですか。

矛盾だ矛盾だって私を責められても。

928 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 22:35:49 ID:???

トコさんを指名出来る順列は 舅>義兄>ダンナさん ですよね。


舅さんや義兄さんがトコさんを指名する時は連絡(もしくは「今日来てね」の合図)があると思うのですが、逆に指名しない日は「今日は指名しないよ」という意思表示はしてくれるのでしょうか?

その意思表示が無いと、義兄さんやダンナさんから指名を受けた後に舅さん(や義兄さん)から指名されてしまう事態が起きると思うんですが。もしもそうなった場合、先に指名していた人はキャンセルですか?

>>928
舅は月に数度しかないのだから、しない日に「しない」とは一々言ってこないです。 義兄から予約が入った後で舅にいわれたら一応

「もうお義兄さんに言われてるんですがどうします?」

と訊いて舅の決定に従います。 でも通常は義兄は「今からおいで」と電話をかけてくるので、舅とダブるとしても私はもう義兄の部屋にいる最中か帰ってきた後になります。

929 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 22:45:24 ID:???

義兄の部屋から帰ってくるトコさんと、ダンナさんの部屋から帰ってくる義姉さん。途中で擦れ違ったりすることはないの?

そんな時は、やっぱり「お疲れさま」って挨拶するのかな。

>>929
>そんな時は、やっぱり「お疲れさま」って挨拶するのかな

ワロタ。鉢合わせはないです。

931 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 23:20:00 ID:???
>>トコさん
妊娠しても、できるかぎり相手させられるのかな?
後、出産後どれくらいしたら、また相手させられるのかな?

>>931
子供は授かりものでとても大切なものなので、妊娠中は大切にされると義姉はいってました。普通の妊婦の話にしても安定期に入るまではご法度でしょ。

義姉が出産後どの程度お休み期間があったかについては知らないです。

932 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 23:27:15 ID:???

結構矛盾出てきたな。

933 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 23:29:57 ID:???
>>932
俺らが感じる矛盾を乗り越えた(まだ途中か?)トコさんが語ってるんだよ。
矛盾だらけっていうなら、この家の全てが矛盾なんだよ。

>>933
私をどんだけトンマだと思ってるかは知らないですけど、ここで言われるような矛盾点なんかもう既に200回くらい詰問してます。 答えはいつも

「それがうちの決まりだから」

です。話にならん。

934 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 23:32:43 ID:???

>>舅とダブるとしても 私はもう義兄の部屋にいる最中か帰ってきた後になります。

帰ってきた後に舅から電話があった時は再度出動ですか?


ダンナさんから指名があった後に義兄さんから呼び出された場合は?


>>934
一日に二度三度というのはムリなので、終わった後で言われたら普通に

「今日はもう無理です」

といいます。旦那は基本的に指名という形ではないです。夜も更けて

「え、今日トコ空きだったの?じゃあする?」

というパターンが普通です。一般的な夫婦でもそういう感じじゃないのかな

「する?」

みたいな訊き方。

935 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 23:40:37 ID:???

今日のお昼に親子丼を食べてたら、
唐突にトコさんを思いだしてモッキしてしまいました。

トコさんごめんなさい。

>>935
私の容姿も知らんと。義姉の方がずっと綺麗ですよ。本家の長男の嫁として厳選されてますから(見合い結婚です)。

936 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 23:46:37 ID:???

もう義兄や舅に裸を見られるのは慣れた?

義兄や舅とする時は電気点けたままするの?

>>936
慣れました。舅は豆球を点けたまま、義兄はこうこうと明かりを点けたままです。


946 :なまえを挿れて。 :2006/06/15(木) 04:18:25 ID:???

特にお義姉さんは、恋愛でなく見合いで本家の長男に嫁いできたようですが
トコさんのお話によると何もかも承知で嫁に入った訳ではなさそうだし
紆余曲折はあっても結局「しきたり」に従おうを決心したわけであろうし
お姑さん然り、お義姉さん然り、トコさん然り

「気の毒」だったお姑さんや、「大変だった」お義姉さんの床始めの悶着も気になるが

イヤ気になるのは、拒絶せずに「しきたり」を受け入れた本心なのだが歴代の嫁さんサイドに何か弱味でもあったのだろうか?

旦那に惚れた弱味とか、金に目がくらんでというのは決定打に欠けるきらいがするしもちろん背徳的な性風習に血が騒いでというのも説得力に欠けると思う

まさか金子銀子と引き換えに小作農家から本家へ奉公に出されたわけでもあるまいに

そもそも家の「決まり」事たる「しきたり」の発端とかには興味はなかったのですか?

家長制度維持や単純に快楽追及だけの旧家に代々伝わる「しきたり」に過ぎないのか

一子相伝で家長にしか与り知らぬ集落の存亡に関わるような重大な背景が存在するのか

現家長やお姑さんが亡き後、「しきたり」や「決まり」事を改める気配もなさそうですし何よりトコさん自身、来たるべき甥御さんのご指名には甘んじて受ける気構えですしね

そもそも将来の分家について旦那さんのご意見はいかようなものなのかと

直系や傍系となるご息女はおられぬようですが、ご生誕の暁にはその処遇も気がかりです

>>946
心からお詫びしたいのですが、私は専攻が電子工学だったのでそういった
民俗学とか文化人類学っぽい分野には全く興味がないです。
文章も漢字が多くて難しいです。バカで済みません。

948 :なまえを挿れて。 :2006/06/15(木) 08:07:26 ID:???

>>トコさん
初めて舅や義兄とした時に、ダンナさんは何て言ってましたか?

>>948
何にも言ってこなかったです。私も話しかけられたくなかったしその辺は空気を
読んでくれたのだと思う。どうせ近寄って来ても涙目でギッと睨むだけだったし。


949 :なまえを挿れて。 :2006/06/15(木) 09:17:35 ID:???

結局は正当な理由は無いのか。てっきり今の時代でも説得に足る(理論上)理由があるのかなぁと思ってたんで。

トコさんの旦那さんは、分家したらやめるつもりですか?
今の状況をみると比較的積極的にしているとおもうんですが、トコさんが反対しなければ「しきたりを続けたい」とか言い出しそうですか?


>>949
分家して旦那が「続ける」とか言ってもセックスする相手は私しかいないじゃないですか。

男の子を授かってその子がお嫁さんを連れてくるまで待つ?

待つとして息子が承知するかしら…などを考えると無理っぽいですね。だからこのしきたりって家長がいて何世代も同居している本家でしか続いてないのかもしれませんね。 知らんけど。

952 :なまえを挿れて。 :2006/06/15(木) 19:03:34 ID:???

福島県民の俺が来ましたよ

って、どの地域の話よ。農作業とかの話も出てるから、農家なのかと思うが。会津の方?

今の時代、そんな豪農があるのか?


>>952
>農家なのかと思うが。会津の方?

教えるわけには行かねーなー


954 :なまえを挿れて。 :2006/06/15(木) 22:48:49 ID:???
>> トコさん

舅さんや義兄さんとした後に、
ゴムをはずしてフキフキしたりするのはトコさんのお役目?


>>954
終わった後私はグンニャリ寝転がってるのでそこまで面倒は見てられません。

旦那がゴムを使ったときは私が後処理します。ゴムを外してウエットティッシュで拭くし、旦那が望むなら口でもします。

でもどうせその後シャワー浴びに行くんですけど。

974 :なまえを挿れて。 :2006/06/17(土) 21:46:49 ID:???
>>トコさん

現段階では、甥とのことは姑に何て言われているんですか?
それについてダンナさんや義姉は何と言っているんですか?

以前の書き込みで「甥が『トコおばちゃんとする』と言えば私は断れません」
と書かれていましたが「舅や義兄とはともかく、甥とするのは断固お断りします」とは言えないんでしょうか?

トコさんのカキコを読んでいると、なんとなく言えちゃいそうな雰囲気を感じるんですが。

>>974
姑は「相手して当然」という風情です。旦那はその話題には関わりません。
義姉は私よりずっと強い拒否反応を示しています。早すぎるそうです。

でもそれは逆に甥が義姉を説得するなり、義姉に「仕方ない」と思わせること
ができれば、私には否も応もないということです。

義姉が「しょうがないからトコちゃんお願い」といえば私は断れません。筋としても
雰囲気としてもです。ただその時でも私はいやだいやだ言ってると思います。

甥が大手を振って(?)私を好きにできるようになるのは成人するか結婚するか
した時ですが、私たち夫婦の計画ではそんなに長く本家にとどまるつもりはないので、現実問題として甥と私が日常的にセックスするようになることはないと思います。

ただし一度もないかといわれると「ない」と言い切る自信はないです。多分私達
が出て行くことが決定したら激しく甥が抗議すると思うからです。

だからありがちですが「一度だけなら…」と応じることになるでしょう。そして多分ほんの一度きりではなく何回か繰り返すのは間違いないと思います。

甥の性格からして「一回じゃ上手く出来なかったから悔いが残る」だのなんだの
いうでしょうから。

まあそれもこれも甥が「トコおばちゃんと?ありえねえ」といえばただの妄想ですが。


961 :なまえを挿れて。 :2006/06/16(金) 00:42:40 ID:???

だいぶ前の方でカキコされてた「筆降ろしのお祭り」とは,具体的にどんな感じで進行するものなのですか?

いわゆる乱交,みたいな感じですか?

>>961
お祭りに関しては殆ど詳しいことは分からないです。

祭りの喧騒の裏でそういうことがあるということだけで。

ただ姑の話では、お相手をする女の人がむしろ楽しみにしている行事らしいです。私が私が状態で。

ちなみに「筆おろしのお祭り」じゃないです。それが主眼のお祭りじゃないです。


963 :なまえを挿れて。 :2006/06/16(金) 01:59:13 ID:???

舅、義兄、旦那、義嫁、トコさんで、それぞれは個別につながっているんだから、5Pとかしても良い気がするんだけど、
それはないんだね。


>>963
ないです、絶対ありえない。

正直言うと旦那と義姉がどんな風にしてるのかというのに興味がないわけじゃないですけど、自分が参加してというのは恥ずかしくてイヤ。ましてや義兄・舅もいるとか考えられない。

そもそも舅がそういうのに乗りそうにない人ですからないでしょう。

982 :なまえを挿れて。 :2006/06/18(日) 10:25:51 ID:???

万が一 トコさん夫婦が子供を授からなかった場合
舅や義兄の種で子作りすることになるのでしょうか?
トコさんはそれを拒否することも出来るのでしょうか?

>>982
旦那の子供だから欲しいのであって、あくまでも私は子種をもらってまでつくろうとは思いません。子供ができなかったら普通に不妊治療すると思います。それでもダメだったら私は諦めます。旦那が望んでもイヤ。
http://logsoku.com/thread/love.2ch.net/kageki/1076854082/
http://moemoe.homeip.net/view.php/15359



27. 中川隆[-12651] koaQ7Jey 2018年5月28日 06:46:09 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14503]

近親相姦はともかく、昭和の頃まで地方では こういう家族関係が普通だったのですね _ 2:


結婚したDAIGOに祖父・竹下登の跡を継ぎ政界出馬説...でもDAIGOは竹下家の忌わしい過去を知っているのか
リテラ 2016年1月12日
https://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20160112/Litera_1883.html


1月11日、揃って入籍会見を行ったDAIGOと北川景子。これまでラブラブ交際が伝えられていた美男美女カップルのゴールインに多くの祝福の声が寄せられている。特にDAIGOは昨年の『24時間テレビ 愛は地球を救う』(日本テレビ系)の100キロマラソンランナーを務めるなど老若男女に人気で、好感度も高く、結婚会見も2人の誠実な人柄や爽やかさが全面に押し出されて祝福ムード一色だ。

 そんなDAIGOが最初に注目されたのは、第74代内閣総理大臣・竹下登の孫という"出自"だった。竹下登は代々続く島根県の酒蔵の御曹司で、作家の三島由紀夫や大物政治家の金丸信、また大叔父にあたる衆議院予算委員長の竹下亘など錚々たる血脈を持つ。

 バラエティ番組などで、その華麗なる血族ネタや「おじいちゃん」ネタを連発し、「ウイッシュ」の決め台詞ポーズや短縮アルファベットを駆使したバカトークとのギャップで人気を博していった。

 実は、その血脈の影は今もつきまとっており、地元・島根においてDAIGOの政界進出待望論は大きく、大叔父・竹下亘の地盤を引き継ぎ、衆院選に島根2区から出馬も取り沙汰されている。少し前には、地元でその大叔父とともにトークショーを行い、噂の信憑性を高めることになった。

 当初のバカキャラから最近、好感度タレントに変貌をとげているようにみえるDAIGOだが、本当に政界に進出するのだろうか。

 しかし、DAIGOがさんざんネタにし、今、その後継も取り沙汰されている竹下家、そして竹下登という政治家には、好感度タレントにまったく似つかわしくない忌まわしい歴史がある。

 そのひとつが、竹下登の最初の妻をめぐる、ある"事件"だ。

 大正13年(1924年)年、島根県の造り酒屋を生業とする旧家の長男として生まれた登だが、太平洋戦争末期の昭和19年3月に同郷で19歳だった政江と学生結婚している。だが新婚生活5カ月足らずで登は軍隊に入隊し新妻は竹下の生家に残った。しかし登が復員する3カ月ほど前の昭和20年5月23日、政江は帰らぬ人となっていた。死因は自殺だった。

 この「決して口外してはならない」という竹下家の過去については、評伝

『われ万死に値す ドキュメント竹下登』(岩瀬達哉/新潮社)
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%8F%E3%82%8C%E4%B8%87%E6%AD%BB%E3%81%AB%E5%80%A4%E3%81%99%E2%80%95%E3%83%89%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E7%AB%B9%E4%B8%8B%E7%99%BB-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B2%A9%E7%80%AC-%E9%81%94%E5%93%89/dp/4101310319


にその詳細が描かれている。

政江の悩みは、竹下の父、勇造との関係にあった。

勇造は、妻唯子を三月二十四日に失ったばかりで、寂しさからか、何かと政江に"干渉"しだしていたという。

「勇造さんは、敗戦を意識して自暴自棄になっていたのかもしれないが、その執拗な"干渉"は、毎夜のように政江さんを悩ませていました。政江さんはノイローゼ状態となり、睡眠薬を手放せなくなっていたのです」(竹下後援会「きさらぎ会」元幹部)


 勇造は政治談義が好きで、また上背も恰幅もあり女性にもよくもてたというが、こうした状況に政江は自殺の1カ月ほど前、立川で訓練を受けていた登をひとり訪ねている。しかしこの時、登は、国が大変な時に家庭のことで煩わすなと言って叱ってしまう。そして政江は自室の鴨居に腰紐を通して首吊り自殺をはかったという。

「あの日は、昼になっても政江さんは二階の部屋から降りてこなかった。それで、女中が昼御膳の用意ができましたよといって、政江さんを起こしにいったところ、鴨居で首を吊っていた。

階段を転げ落ちるように降りてきた女中から、急を告げられた高尾番頭が、あわてて二階に駆け上がり、政江さんを鴨居から降ろした。政江さんのからだは、まだ温かかったということです」(竹下家の内情を知る関係者)

 息子が出征して1年も経たない間に、舅・勇造のどんな"干渉"があったのか。同書では明記されていないものの、勇造と政江のただならぬ関係を示唆する証言がいくつもされている。

「この(死亡診断の)時、身重かどうかも調べられたが、妊娠はしていなかった」

「普通なら、親子の縁を切ってもいいような仕打ちですよ。勇造さんがやったことは......」

 同書ではさらに、衝撃的な"噂"も紹介されている。それが登の後妻となり、DAIGOの母親を産んだ直子にまつわるものだ。

登が直子と再婚したのは政江が自殺して1年も経たない昭和21年1月だった。


竹下との結婚から間もなく、直子は最初の赤ん坊を生む。

人事興信録によると、長女が生まれたのは「昭和21年4月29日」とある。
しかし、昭和二十年八月末に復員し、翌年の一月に結婚した二人の間に生まれた子供にしては計算があわない。

そこでいろんな噂が流れることになる

 こうした嫁を巡る"事件"はその後の登に大きな陰を落とす。




登は"耐え忍ぶ""気配り"の政治家といったイメージが強いが、それはこの一件以降のことだという。

あのことが遭って以来、竹下登は、人が変わってしまった。人の意見は、辛抱強く聞くが、自分の考えは決して出そうとしない。しかも、どうとでも取れる曖昧な話し方をするようになりました


 その後、登は政治家として権力の階段を努力と忍耐で駆け上がっていくが、同時に目的のためには非情に振る舞うことも厭わなかった。そのためさらなる"忌まわしい事件"がいくつも起こっている。

 そのひとつが総理在任中に起こった金庫番の秘書・青木伊平の自殺だ。リクルート事件によって、リクルートからの献金や未公開株以外に5000万円の借り入れまで発覚したことで窮地に立たされた竹下登は1989年4月25日、退陣表明するに至ったが、その翌日に青木秘書が自宅で自殺しているのが発見された。竹下事務所の金のすべてを仕切ってきた青木秘書は自死することで竹下の秘密を最後まで守ったと言われているが、その一方、あまりに不自然な自殺現場に謀略説まで囁かれたほどだった。

 前出の『われ万死に値す』でも、青木と旧制中学で同期だった人物が「遺書があったので、自殺ということになったのでしょうが、自殺にしては不可解なことが多い」と証言している。

 青木の遺体は、自宅のベッドにあおむけの状態で発見された。「首にはネクタイが巻きつけてあり、ネクタイには腰紐が継ぎ足され、その端が寝室のカーテンレールに繋がっていた。

青木はパジャマ姿で、左手首には両刃カミソリによる切り傷が十七カ所もあった。布団は血の海だったが、すでに乾きはじめていた」という壮絶なもので、またベッド脇には背広とズボンがきちんとたたまれ、夫人や竹下にあてた遺書も残されていたという。

 青木の同期の人物は、遺体の状況についてこう疑問を呈している。

「まず背広とズボンがたたまれていたことです。青木は、そういうことをしたことがない。(略)また、遺体の下着が汚れていなかったのもおかしい。(略)縊死の場合は、必ず、脱糞と精液で下着が汚れるものなんです。それがなかったというのは、殺されてから偽装のため縊死を装ったとしか思えません」

 いずれにせよ青木の死により疑惑は闇に葬られ、竹下は追及の窮地から逃れることになった。

 その後、総理大臣を退陣した竹下だったが、以降も政界に隠然たる影響を持ち続けた。だが92年に起こった佐川急便事件に関連し驚愕の事実が明らかになる。それがいわゆる「皇民党事件」だ。87年、前総理であった中曽根康弘の裁定により竹下が総理に就任したが、その際に民族団体「日本皇民党」からホメ殺しの執拗な攻撃を受け、精神的に追い詰められた竹下は暴力団・稲川会を使ってホメ殺しを中止してもらったことが発覚、いわば竹下内閣は暴力団の力を借りて誕生した内閣だという前代未聞の大スキャンダルだった。


竹下は、巨大組織の後ろ楯を得て、政界を歩んできた官僚政治家でも、田中角栄のように独創的な発想と爆発的なエネルギーで一家を成した党人政治家でもない。

目的のためには自分を殺し、どんな屈辱にも耐え、余人には真似のできない気配りによって少しずつ仲間を増やしてきた地味な努力家でもある。そして、ついには寝首をかくようにして派閥の領袖の座を奪い取った凄みのある策謀家でもある〉(同書より)

 もしDAIGOが政治家になって、祖父・登からの地盤や看板、カバンを引き継ぐことになるなら、否が応でもそうした"忌まわしい過去"まで引き受けざるを得なくなるだろう。イメージだけでなく、本当に人柄がいいと言われているDAIGOには、そんな世界に絡め取られてほしくない、という気もする。

 4月に調整中といわれるDAIGOの結婚披露宴だが、政財官界からどれだけの出席者があるのか。それが今後のDAIGO政界進出を占う布石になるのかもしれない。
https://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20160112/Litera_1883.html


28. 中川隆[-12648] koaQ7Jey 2018年5月28日 07:04:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14503]

近親相姦はともかく、昭和の頃まで地方では こういう家族関係が普通だったのですね _ 3:


この怪奇事件


1 名前:きち 投稿日: 2004/01/12(月) 21:07

ご存知の方も多いと思います。大分昔の事件ですが、ある(東北だったかな?)村でのこと。その村の風習で結婚式の日、初夜の前に新郎の父親と新婦が結婚式場の会場で交わるという儀式があったそうで。

もちろん、ついたての向こうで行なわれるのですが、その事件のとき4時間たっても2人はでてこない。

しびれをきらした新郎が「親父、いいかげんにしろ。」と叫び、出席者もいらいらしてついに覗きにいったそうです。

そうしたら、2人は、裸で抱き合ったまま死んでいたそうです。

結局、死因もわからなかったそうですが、私もいろいろ事件について考察するのは好きなのですが、この事件2人とも亡くなったというのは心中なのでしょうか?
その日以前から2人は関係があったのでしょうか?

父親が仮に腹上死したとしても花嫁が死んでいるのはおかしいですし、皆さんの推理はどんなものでしょうか。

大体、この村の新郎の気持ちは全般にどのようなものだったのでしょうか?

中には、結婚後も父親と関係が続くようなこともあったと思うのですが、どんなものでしょうね。

母親の嫉妬とかはなかったのでしょうか?色々気になります。

まあ、夜這いなんかも今の常識では考えられないことですし、その時代の常識がそれが当たり前だと思えばそうなのかもしれませんが。皆さんの思ったところをお聞かせ下さい。


2 名前:吉之助 投稿日: 2004/01/13(火) 00:04

この事件は私も永年、気になっているのですが、如何せんかなり古い話(明治16年)なのでソースも見当たらずよくわからないというのが正直なところです。ただ、こうは考えられないでしょうか?

そもそも仮の一夜で二人は死んだのではなく何らかの理由で死んでしまった。(それこそ心中かもしれません。)

きっと、その村では隠さなければならない理由だったのでしょう。

そこで、仮の一夜で不可思議な死を遂げたことにしたと・・・

奇習が残っていた古い部落ですから死因を隠蔽することぐらい口裏を合わせれば可能だったんじゃないでしょうか?

いずれにしろ、自然死とは考えにくく捏造された事件だったんじゃないかと思います。


4 名前:吉之助 投稿日: 2004/01/13(火) 23:32

この事件については資料がほとんど見当たらずなかなか調べにくいのですが
明治16年(1883年)1月24日宮城県宮城郡のある村で起きたとしか
私の持っている本には出ていませんでした。いつぐらいまでこの奇習が残って
いたかはわかりませんが、このHPでも取り上げられている名張毒ぶどう酒事件
(1961年)の起きた部落ではフリーセックスのような習慣があったらしい
のでかなり後年まで続いていたのではないかと思います。

繰り返しになりますが、義父が死ぬのは理解できるのですが(心臓麻痺等)
若い新婦まで亡くなる、しかも伝えられるところによると抱き合ったまま
死んでいたというのはやはり無理がある。

警察が来たのは当然、その後で現場にずっといたわけではない。
式の参列者は親戚と村の有力者。恐らく式が始まる前に既に二人は死んでいたのではないか?

その部落にとってその死はあってはならない死に方(心中?)で村の有力者
親戚が話し合って仮の一夜で不可思議な死を遂げたことにした・・・
的外れかな?


5 名前:猫田 投稿日: 2004/03/18(木) 22:52

大分前に読んだ本には、

義父が妻に内緒で囲っていた新婦と、それを全く知らない新郎が出会って付き合いだし二人が祝言を挙げる段で、急に新婦を息子に取られるのが嫌になり、閨で何らかの毒を飲ませて殺し、自分も後を追った…

とあったようです。出版社や著者は覚えていませんが、結構ありきたりな心中事件だったように思った覚えがあります。


9 名前:きち 投稿日: 2004/05/07(金) 23:18

すごいといえば、30年代の名張ぶどう酒事件の村のようなフリーセックスとかもすごいですね。

10年ほど前、仕事で3年ほど住んでいた僻地の村では近親相姦やら夜這いもどきやらで全校50人ほどの中学に知的障害の生徒が8人もいました。

でもこの事件も周りの人が何時間も待っていたというのが笑えますね。


12 名前:あんず 投稿日: 2004/05/08(土) 23:17

日本は近親相姦(父→娘)が多いのはどうしてだ?

と外国人に聞かれたことがあります。なんでも彼の周りだけでも
4人の日本人の女性がそういう過去があるそうです。

そういう話を聞くと病的で嫌悪感を感じますが、もしかしたら日本は昔そういう奇習が普通(と言ったら語弊がありますが)だったのかもしれないですね。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2776/1073909229/


29. 中川隆[-12647] koaQ7Jey 2018年5月28日 07:06:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14503]

奇習! 嫁も娘も父親の性奴隷になる近親相姦村 ― あまりに無慈悲な“男尊女卑”の習慣とは?
http://tocana.jp/2017/12/post_15260_entry.html

 本人の意思を無視した状態で、親兄弟の命ずるがままに、政略結婚をはじめとする女性の“望まない結婚”がしばしば行われてきたことからもわかるように、日本ではいわゆる“男尊女卑”の時代が長らく続いていた。無論、そうした時代においては、女性の人権を無視しているとしか思えない理不尽極まりない習慣も、少なからず存在していたのである。


「なにせ、女は一生、その家の家長の奴隷のようなものだったからね。今じゃとても考えられない状態だよ」


 かつて、甲信越地方のとある地域にのみ存在していたという、その奇妙な習慣について語るのは、同地域の出身だという辺見健三郎さん(仮名・82)。辺見さんの話によると、当地では男性の発言力があまりに強大で、女性たちはその生涯を通して、男性に命じられるがままに理不尽極まりない要求を受け入れるだけの人生を強いられていたのだという。


「まず、あのあたりじゃ、女房たちはひたすら旦那に傅く人生を送るのだけれども、それは家事や労働といったことだけじゃなくてね、夜の営みもそうでさ。全部、旦那が決めた通りにやらされてね、文句ひとつ言うことすら許されない。いかも旦那を満足させられなかったら、その場で平手打ちにされるっていう。本当に酷い話だよ」


身の回りの世話はもちろんのこと、夜になれば夫の性奴隷のように扱われ、ひたすら奉仕を求められるという当地の人妻たち。夫はそんな妻を虐げ、ただひたすらに自分勝手なセックスを繰り返すだけだという。だが、こうした災難に見舞われるのは、なにも妻だけではない。その妻との間にできた娘たちもまた、同様の憂き目に苛まれ続けるのだ。


「嫁さんだけならばまだしもね、娘たちにも手をつけるんだよ、あのあたりの男は。あの、なんていうの?“親子どんぶり”っていうのかな。娘もその母親もとっかえひっかえ自分の営みにつきあわされるっていう。それこそね、亭主を真ん中にして川の字になって、とっかえひっかえ楽しむだなんていう鬼畜も珍しくないわけ。だからあの当時、世間一般じゃ男の子の方がね、跡継ぎになるっていって喜ばれたもんだけど、あのあたりじゃ逆でね。娘が生まれた方が喜ぶんだよな」


 妻を自らの性奴隷とするだけでなく、その娘でさえも、理不尽極まりない性交渉の相手にしてしまうという、当地の男たち。辺見さんの話によると、それが“古くから続く習慣”であったがゆえに、誰一人文句を言うことはなかったというが、当地の女性たちの胸のうちを思うと、なんともやりきれないところだ。
(取材・文/戸叶和男)


30. 中川隆[-12646] koaQ7Jey 2018年5月28日 11:25:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14509]

近親相姦タブーと性的境界


 人間の性行動の調査をするときには、「性の秘密」という厚い壁に阻まれてしまい、その実態をつかむことが非常に困難であります。そこで、近親相姦タブーの問題を考えるにあたって、そもそも人間はなぜ隠れて性交するのかという問題から考えてみたいと思います。

 人間に近い動物であるサルは、堂々とみんなの見ている前で性交するのですが、最近、野性のチンパンジーの観察で非常に興味深いケースが報告されています。これは、極めてまれなことなのですが、群れの中で地位の低いオスが隠れてメスと性交していたというのです。観察によると、どうやらみんなのいる所で性交していると、地位の高いオスが割り込んできて、メスを横取りされることがあることから、それを避けるために隠れて性交しているらしいのです。これは、人間の性行動を考えるうえで、非常に示唆に富んでいると言えましょう。つまり、隠れて性交するということは、地位の低いサルであっても、子孫を残すチャンスが得られるということです。サルの観察でも、弱い者同士が群れを離れて別の群れを作るというケースも観察されています。ですので、おそらく人間もこれと同じように、弱い者同士が集まって、なるべく平等な集団を作ろうとしていく過程のなかで、性交もお互いに隠れてすることによって、子孫を残す機会を平等に分け合うようになったのではないか、というふうに私は推測しています。そして、隠れて性交することによって、メスとの継続的な夫婦関係や、夫婦の持ち物としての「家族の財産」といった観念が発達していったのではないかと思われます。つまり、性は公開すべきものではなくて、プライベートなものであり、隠すべきものであるというふうに位置づけることによって、そこから個人の所有の観念や、夫婦や家族などの観念が発達していったのではないかと思います。

 人間の社会にも、かつて二百数十年くらい前までは、乱交社会というのが現実に存在していまして、あの大航海時代にキャプテン・クックが初めてタヒチ島に上陸したときには、そのあまりのありさまに、ビックリ仰天しているのであります。そして、彼等が島に上陸したときに非常に困ったことは、露骨な誘惑もさることながら、島民には「所有」という観念が希薄だったということです。ですから、個人の所有物であろうと何であろうと、みんな勝手に持っていってしまい、それで島民との間でトラブルが多発することになったのです。西洋から来た人たちにとって、これはまさに泥棒行為そのものなのですが、島民にとっては何でもないことだったのです。このような所有の観念があまり発達しなかった背景には、やはり乱交による性の共有というのがあるのではないかと思われます。集団のしきたりとして、特定の異性とだけ性交することが許されず、頻繁に相手を変えて性交しなければならなかったのです。しかし、このような乱交社会であっても、若いうちはいいのですが、歳をとってくるとやはり特定の異性に愛着を持つようになるようでして、なかでも地位の高い人たちには夫婦のような関係になることも黙認されていたようです。このような乱交社会というのは、現代の我々の社会と比較すると、興味深い事がたくさんありますので、これはまた別の機会に書くことにします。

 さて、このような所有という観念も、発達の仕方がいろいろとありまして、それが性的な関係にも色濃く反映されることになるのです。たとえば、その最たるものに、家族の財産を誰が引き継ぐのかということがあります。男が代々財産を引き継いでいくのが父系社会であり、女が引き継いでいく場合が母系社会となるのです。この、両者の間には、性関係のあり方にも大きな違いがあるのです。たとえば、父系社会では、男が家の財産を継いでいきますので、生まれてくる子供は間違いなく父親の子どもでなければならないのです。妻が浮気をして作った他人の息子では困るのです。そこで、間違いなく妻に自分の子どもを産ませるために、いわゆる純潔だとか貞操観念だとかいった性道徳が発達することになるのです。そして、たとえば、結婚するまでは処女でなければならないとか、女は男を産んでこそ一人前の女であるとか、性的に活発な女はふしだらな女であるとか、そういったさまざまな価値観が、父系社会を支えるために発達していくのです。

 しかし、母系社会では様子がだいぶ違ってくるのです。女性の場合には、自分の子どもというのは、当然のことながら自分自身が産むわけですので、父系社会の父親ように、本当に自分の子どもなのかというような疑いを持つ必要はまったくないのです。ですので、子どもの父親がどこの誰であろうと、自分で産んだ子は、疑いもなく自分の子どもなわけです。このようなことから、母系社会では性に関しては全体的に開放的な傾向が見られるのです。そして、女が財産を継いでいきますので、産んだ子が男ですと「ハズレ」ということになってしまうのです。そして、女は女を産んでこそ一人前の女となるのです。

 このようなことは、民族によって風習やしきたりなどがさまざまなのでありすが、おおざっぱに言いますと、父系社会と母系社会にはこのような違いがあるのです。しかし、母系社会だからといってかならずしも女が威張っているわけではなくて、なかには、女は男の前を横切るときには四つん這いにならなければならないというような、非常に変わったしきたりのある母系社会もあるのです。

 さて、このようにして人間はさまざまな文化や性道徳を発達させていったのですが、では次に家族内での性関係はどうなのかという事について考えてみたいと思います。なぜ近親者の間では性行為や、婚姻関係を結ぶことが禁止されるのかという、いわゆる近親相姦タブーの問題です。これにはいろいろな説がありまして、だいたいみなさんは、すぐに遺伝の問題を思い浮かべると思いますが、どうもこの説にはあまり説得力がないのです。たしかに近親婚を繰り返すことによって、遺伝的に問題を持った子供が生まれる確率は高くなるとは思われますが、それは統計を取ってみて初めて分かることでして、乳幼児の死亡率が非常に高かった時代においては、死亡の原因が近親姦によるものなのか、病気などによるものなのかを区別することが不可能だったからです。では、現在では、近親姦による遺伝の問題はどうなっているのかというと、研究者によって非常に大きなバラツキがありまして、現在においても確かな事は分かっていないのです。たしかに、両親が最初から遺伝的な問題を抱えている場合には、それが子どもに遺伝していくことになりますが、そういう場合を除けば、おそらく今の高齢出産の危険率と同じくらいではないかという人もいますし、いや、もっと高いはずだという人もいます。相手が人間ですので、実際に交配して実験してみるわけにも行きませんので、おそらく危険率は高くなるだろうとは思われますが、それがどれくらいの数字になるのかということはまだよく分かっていないのです。しかし、歴史を振り返ってみますと、たとえば古代のエジプトでは、きょうだい婚による王位の継承が何代にもわたって続けられて、かのクレオパトラもそのようにして生まれてきたわけですし、クレオパトラ自身も実の弟であるトレミーと結婚しているのです。そして、遺伝的には何の問題もないのです。インカ帝国においても14代にわたってきょうだい婚が繰り返されましたが、健康上の問題は起きていません。その一方で、ヨーロッパの王家は、近親婚による血友病という遺伝的な問題を抱えていて苦しんだようです。

 では近親相姦タブーはなぜ存在するのかというと、いろいろな説がある中で、「社会化」説が一番説得力があるのではないかと思われます。これはどういうことなのかといいますと、家族の外部の人と結婚することで、親戚が増えることになりますので、このような社会化によって、たとえば農作業などの人手が必要な時に、親戚同士で助け合うことが出来ますし、食べ物やお金に困っているようなときには、お互いに融通し合うことも出来るのです。このように血の繋がりを家族の外部の人たちに解放することによって、みんなから社会の一員として受け入れられることになるのです。しかし、これを拒否して閉鎖的な近親姦をしていますと、それは社会化への拒絶となりますので、このような反社会的な行為は忌み嫌われることになるのです。しかし、これとはまったく逆に、強大な権力や莫大な財産を持っている人のような場合には、親戚が増えれば権力や財産が分散してしまいますので、古代エジプトのファラオのように、近親婚を繰り返すことで、自分たちの独占的な利権を守ろうとするのです。そして、近親婚を、王に許された神聖な婚姻であるとして、それを正当化したりするのです。

 このように、社会化がタブーの背景にあることから、そのタブーの範囲をどこまでとするのかということも、その社会の文化や価値観によって違ってくることになるのです。そこで、まず日本の現在の状況について言いますと、法律によって、直系の血族と、傍系の血族で三親等以内の人との結婚は禁止されているのです(備考欄に条文掲載)。ここで直系というのは、たとえば自分の両親、祖父母、曾祖父母というふうに、親をさかのぼって行ったり、あるいは自分の子ども、孫、ひ孫というふうに子どもをたどっていったりする、上下の垂直の血の繋がりのことで、これは何親等であろうと禁止されています。さて、ちょっとゴチャゴチャしてきますが、次の傍系というのは、直系の人たちの兄弟姉妹や、そこからさらに先に伸びていく血の繋がりのことを言います。たとえば、自分自身の兄弟姉妹との関係はどうなるのかと言いますと、これは直系ではなくて傍系ということになるのです。そして、何親等になるかと言いますと、親等の数え方は、私−親−私の兄弟姉妹、というふうに血の繋がりをたどるときに、一度親のところに戻って、それから兄弟姉妹のところに行くという数え方をしますので、2親等ということになります。そして、法律ではこの傍系の血の繋がりについて、3親等以内が禁止の対象になっているのです。

 私 −−−−−−−−−−−− 0親等
 私の両親 −−−−−−−−− 1親等(直系)禁止
 私の兄弟姉妹 −−−−−−− 2親等(傍系)禁止
 兄弟姉妹の子である甥や姪   3親等(傍系)禁止
 さらにその甥や姪の子ども   4親等(傍系)結婚可能

 ということになりますが、いくら法律上は結婚可能であるとは言っても、その年齢差を考えてみるとどうなんでしょかね。そこで、自分の年齢に近い線を探るのであれば、親のルートをたどることになります。
 私 −−−−−−−−−−−−− 0親等
 私の両親 −−−−−−−−−− 1親等(直系)禁止
 私の祖父母 −−−−−−−−− 2親等(直系)禁止
 その子、つまり両親の兄弟姉妹  3親等(傍系)禁止
 さらにその子、つまり私のいとこ 4親等(傍系)結婚可能

 ということで、いとことなら結婚できることになるのです。もしも、自分に配偶者がいるときには、配偶者の両親などは、血族ではなくて「姻族」というふうに呼ばれ、姻族については、直系についてだけが禁止の対象になっています。ですので、たとえば妻が亡くなった時は、夫は妻の妹と結婚することもできるのです。しかし、妻の母親、つまり義母は直系の姻族ということになりますので、結婚はできないのです。こういった、結婚できるかどうかという問題については、その他にも離婚や再婚をした場合とか、養子をもらった場合とかに、いろいろと複雑な組み合わせが発生してきますが、そこまで突っ込んで調べていくと、私も疲れてしまいますので、このへんでやめときます。
 さて、このような、何親等までの結婚を禁止するかということは、それぞれの国によって違いがありますし、時代によっても結婚できる範囲が揺れ動いたりすることもあるのです。なかには、非常にまれなケースではありますが、近親婚や近親姦が社会的に容認されているところもあるのです。たとえば、シエラ・マドレ山脈に住むインディアンの間では、農作業の事情と経済的な理由から、今でも父と娘の近親姦が普通に行なわれているそうですし、ジャワのカグラン族では母親との近親姦は繁栄をもたらすとされ、カシス族では母と息子の間以外であれば問題なく結婚でき、東アフリカのタイタ族では、経済上の理由から、息子が母や姉妹と結婚することがよくあったそうです。しかし、これらはあくまでも例外的なものでありまして、ほとんどの社会では、近親婚や近親姦はタブー視されているのです。

 この近親婚を禁止しようとする圧力の源となっているのが、先に書きましたように社会化という事なのですが、このことは個人レベルについても言えることでして、個人の社会化、つまり個人が精神的に成長していって、社会的な自立を達成するということでもあるのです。もしも、近親者の間で性行為が行なわれたりしますと、親離れや、子離れが非常に困難になってしまい、それが子どもの精神的な成長を妨げることにもなるのです。ですので、ほとんどの社会では、近親者の間に、何らかの境界を設定して、性の秩序を維持しようとしているのです。昔は性の秩序がルーズだった社会であっても、いわゆる「近代化」の波が押し寄せると共に、性の境界が明確にされる傾向があります。そして、このような性の境界の明確化は、同時に近代的な自我の確立を目指すものでもあるのです。

 たとえば、最近の日本では、性の乱れが指摘されることがよくあるのですが、近代化以前の性風俗を見てみますと、今の若い人たちには信じられないようなことが、ごく普通に行なわれていたのです。なかでも特に有名なのが、「夜這い」と言われる風習ですが、知らない人もいるかと思いますので、簡単に説明しておきます。これはおもに農村部で全国的に広く行なわれていたことなのですが、年頃になった娘のいる家に、夜中になると村の若い男が忍び込んでいって娘と交わるのです。昔の農村の家の作りは、ごく簡単なものであり、とくに戸締まりもしていませんので、そっと忍び込んでいって、真っ暗やみの中で娘の寝ている布団を探し出して、そこに入り込むのです。若い娘のいる家では、自分の娘の性を村の男たちに解放しなければならなくなるわけですが、もしも拒否したりしますと、村八分ということになって除け者にされてしまい、村に住んでいられなくなってしまうのです。このような夜這いは、嫁選びという意味もありますし、過酷な農作業の合間におこなわれる楽しみのひとつでもあったのです。このような村社会における女の性というのは、男たちの共有財産のように位置づけをされていたのでが、こうすることによって村の連帯感強め、水争いや百姓一揆のときなどに、団結して行動できるようにするという意味もあったのです。しかし、ここには当然のことながら、人権とか、性の自己決定権とかいうものはありません。たとえば、各地にいろんな風習があったのですが、新潟県の三条市の周辺では、明治のはじめころまで「盆かか」という風習が残っていたそうでして、お盆の三日間だけの妻になる人を、くじ引きで決めるのです。男たちは、組み合わせが気に入らないときには、男同士で互いの相手を交換する交渉をしていたそうなのですが、女性には変更する権利は、一切認められていませんでした。

 他にも、地方によってはフンドシ祝とか、腰巻き祝とかいうのがあって、親戚の年長者が若者に性の手ほどきをするとかいうのもありますし、あるいは、若い男たちが夜這に行って恥をかかないようにということで、年配の女性たちが神社などに集まって、若者に性交の実施教育をするというようなことも、地方によっては行なわれていたようです。あるいは、結婚していても、厄落としと称して、祭りの時などに夫も婦も見知らぬ人と交わったりするような風習もあったようです。ほかにもいろいろな風習があるのですが、農村部でのこのような性的にゆるんだ環境下では、おそらく近親姦もそれなりに行なわれていたのではないかと思います。全体的に言えば、子供の父親が誰なのかということにあまりこだわらないような、母系社会的な雰囲気が背景にあって、もしも父親の子どもでないことがはっきりしているときには、「祭りの子」などと言って済ませていたようです。しかし、このような淫靡な風習は、明治時代から始まる近代化の波が押し寄せるて来るに従って、しだいに消滅していったのです。

 そして、近代化と共に、「近代的な自我」の確立が求められるようになっていくのですが、これはつまり、人間としての、あるいは個人としての、自立した精神の確立が求められるようになって行くということなのです。社会においても、家庭の中においても、性の境界が設定され、性のプライバシーが尊重され、性の自己決定権が尊重され、そして個人の人権が尊重され、精神的な自立が促されるようになっていくのです。しかし、これは一つの理想でありまして、人間の心の中には、暗いドロドロとした欲望が渦巻いていたりしますので、時には歪んで屈折した心が、陽の当たらない場所で、毒々しい悪の花を咲かせたりすることもあるのです。

 しかし、1970年代にアメリカで「性革命」と呼ばれる性の解放運動が起こり、それと共に、今まで家族の秘密として厳重に隠され続けて来た近親姦の問題も、その暗いベールが剥がされて、社会の表舞台に登場することになったのです。そして、虐待的な近親姦の悲惨な実体も、世間に知られるようになっていったのです。
http://homepage1.nifty.com/eggs/jitai/incest/2taboo.html

奇祭、奇習、世の中には沢山ありまして、面白半分という部分はあるのですが、実際に知っていくとですね。口が段々重くなります。近親相姦、精神疾患、遺伝病の発症の理由、村の中での奇習を隠すための排他主義。私もちょっと見てみたんですが、何といいますかね。今まだ残る人に対して、困ることになるんじゃないかと。

私は特に、幼い頃から、「えたひにん」と呼ばれる人たちの生い立ちや生き様、「部落」と呼ばれるところの部落からどう脱していくか、そして、現在、口が裂けても言われないけれど、ある施設の近所の子供に対する「差別」を追っていった事がありました。それを専門に勉強したかったんですが、あまりに、悲しい事実があるので、私も知りうることに関して、口が重いことがあります。けれど、実地でそういう人たちの話を聞いて周った(はじめた当時の私はまだ、8歳くらいでしたかね)ので、口も重くなります。

どうしてここに、社が建つのか。どうしてここに、こんなものがあるのか。どうしてここにこんな施設があるのか。

紐解いていけば紐解けるのですが、だからと言って、残された人たちが、すっきりはっきり白状できない理由も、あるのです。

何度でも話に上がっては来ると思いますが、触ってはいけない問題もあるということで、やったやってないは関係ない世界があるんです。それを、個だけを尊重して尊んで美談にしようとすると、村全体が悪くなって、誰も嫁に来なくなってしまったり、後を取る人もいなくなったり、廃村に持ち込まれたりします。あなたは、掘り下げようと思うとき、全ての人の利益を考えて発言してください。

どさくさにまぎれて行ったことは、全て、美談にならない洒落にならないものばかりなんです。
http://blog.goo.ne.jp/nekotech/e/ff1deb2cfcd8c62ed0dced78d7521f04

38 :本当にあった怖い名無し:2012/05/25(金) 22:29:31.57 ID:izmPJ9ba0

おれの出身は軒数20くらいの山間地。苗字全部一緒だった。本家とかあったし。 母さん(違う地区から嫁いできた)が

「ここらは近親相姦してたところだから、あんたらが障害を持ってたり奇形児じゃないか心配だった」

っておれが大人になって教えてくれた。 昔はうちの地区はみんな苗字一緒なんだぜって変な自慢してたけど、それ聞いて背筋が寒くなった。

そこかしこに無縁仏はあるし、葬式の時変な儀式してるし・・・
今思えば不気味だな。


93 :本当にあった怖い名無し:2012/08/17(金) 01:52:54.80 ID:KAZVh3tz0

東北の父の実家で、知り合いはみんな意味を知らない謎の風習があるんだけど…。
お盆の頃になると赤い布でぐるぐる巻きにされて布に風車をいっぱい刺したボロボロの小さめのお地蔵さん?を設置する文化がある。
お地蔵さんは本当年期入っててボロボロだけど、かろうじて表情はわかる。優しそうな感じで笑ってる。多分女性。 

お盆の頃になると道を挟んだ村の墓地の目の前にある、ため池みたいな場所にでかい慰霊碑があるんだけど、お地蔵さんはその前に設置される。 お地蔵さんは道を挟んだ向こうのお墓の方を向いている。

慰霊碑にはとある戦没者の名前が書いてある。石碑の前にはお地蔵さん以外にも小さな石碑?が5,6個ある。 小さな石碑は季節関係なくある。梵字みたいなのが読めるけど意味はわかんない。これはお地蔵さん位古くて字が読めない。

ため池前の戦没者石碑の前にある梵字石碑の中に布ぐるぐる巻きのお地蔵さんを置く。これがお盆の光景。
で、このお地蔵さんはお盆が終わると山奥の川に流すらしい。流したらどっかに保管するらしい。どこに、誰が保管してるかは知らない。
お地蔵さんは父の実家では”ミズコ”と呼ばれてる。他の家ではなんと呼ばれてるか知らない。

なんで布を巻いて風車を刺して慰霊碑と梵字の中に置いて、どうして川に流してどこに誰が保管するのか、この風習に何の意味があるのか、こういう風習は他の所でもやってるのか。誰か心当たりがあったら情報おねがいします。

97 :本当にあった怖い名無し:2012/08/17(金) 02:20:52.11 ID:BNdhvcKO0
>>93-96
一般に「水子」と言えば、死産・流産などでこの世に生れなかった子供のこと。
赤い布は産着、風車は子供の玩具だから(恐山の賽の河原でも見る光景)、
普通に考えると水子を供養する儀式なのかなと思うけど……。
「地蔵を川に流す」というのがちょっと引っかかる。
土地の由来を知らずにうっかりしたことは言えないけど、 明治ぐらいまで、貧しい地域にはいろんな風習があったからね。

98 :本当にあった怖い名無し:2012/08/17(金) 11:08:13.64 ID:Zn97AIuu0

石の地蔵様が川に流れるというのはよほど地蔵が小さいのか
川が急流なのか
ドボンと沈むイメージから離れられんな


99 :本当にあった怖い名無し:2012/08/17(金) 14:29:01.63 ID:TpDgFTby0

古事記でもなり損ないの子は(葦舟にのせてだけど)、流し去られたよね。


101 :本当にあった怖い名無し:2012/08/18(土) 13:59:59.32 ID:kel8ZOeO0

「日本書紀」に弟橘姫の入水という話があって、弟橘姫は日本武尊の后で海神の怒りにあって波が荒れ船が進めないときに海に身を投げてその怒りを鎮めた場所は走水の海で現在の浦賀水道

面白いことに三浦半島の大浦山洞窟遺跡で弥生時代中期の人骨が発見されたが
骨には刃物で肉をそいだ跡があり、人肉食の風習があったことが疑われている
もしかしたら荒波を鎮めるための儀式的なものである可能性もあるかも

「三浦洞窟人バラバラ死体のミステリー」
http://homepage2.nifty.com/raputar/kansama1-4.htm

102 :本当にあった怖い名無し:2012/08/18(土) 14:18:28.46 ID:Pzw4Mv+N0

ヒルコはイザナギとイザナミの国産みで最初に生まれた子で出来が悪いとして流された
これは女神であるイザナミが最初に声をかけて子をなしたためと「古事記」にはあるけど
この男尊女卑的な神話は後代の中国の影響を受けているという説もある

ヒルコが流れ着いた場合はエビス神に変質したりする
祝福された漂着物といった意味合いか またエビス神は漁業の大漁を象徴したりもする
ただエビス神の性格は複雑で素性をたどるのは難しい
殺生を嫌う仏教の影響は少ないのではないかな

103 :本当にあった怖い名無し:2012/08/18(土) 14:21:14.82 ID:XHLHC4nn0
>>98
お地蔵様は30cm、梵字は20cm位です。川は一部の人しか知らない川らしいです。

>>99
父が水難事故の子供の供養かもとも言ってました…。
本当に古い土地だから謎の場所とか言い伝えが多いので、分かる方がいて安心しました…


104 :本当にあった怖い名無し:2012/08/18(土) 15:27:39.14 ID:tLucQCE00

水子は民俗学のほうでだいぶ研究があるな
現在のような水子供養の概念というのは人工妊娠中絶が盛んになってからのものでかなり新しい 特定宗教が新手の金集めのために始めたという話もあるくらい

昔の間引きや、石を抱いたりしての子堕ろしと現代の妊娠中絶が最も異なる点は、間引きなどは集落において容認されていたという点かな

ある程度の年齢の子がある日を境にいなくなったとなれば、集落内でははあやったか、とすぐにわかる

それに対して現代の妊娠中絶は人に知られぬ個人的な行為だから、どうしても罪悪感を個人で引き受けるしかない 

「現代日本の水子供養」
http://www.ne.jp/asahi/time/saman/index.htm

http://toro.2ch.net/test/read.cgi/occult/1333464457/

2005/3/4 東北地方の方に質問です。

東北地方は近親相姦が多いって本当ですか?
近親相姦で産まれたって人います?

なるべく方言で答えて下さい。

ベストアンサーに選ばれた回答

ま、聞いた話だけど…

たげにちゅーふうふがいて、そこのわらはんどがたげやべーったかんじらしくて、

まわりのふとだばみな、あそこのふうふだっきゃきょうだいでねーんずなってへってらったってや〜


というのはありました。

ID非公開さん

私の地元は漁師町ですが近親相姦の話は結構聞きます。

実際、異性との出会いが少なくて ついつい船小屋でやっちゃったとかね。
殆ど、身内同士で船に乗って作業しているところが多いし、個人の漁師は。

近親相姦で生まれた子供は、色素が薄く白人のように、髪の毛も白に近い金髪です。

私の同級生にいました。

12535640さん、津軽人?もしくは平内あたり?

実は、わーも津軽だよ。

___


ID非公開さん

事実多いですね。

一昔前の話ですが、群馬 、新潟、山形、福島など山奥の集落が有名です。

アメリカほどではないですが。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q103245165


65 名前:ロキ 投稿日:2006/01/06(金) 18:36:53

今日は僕は都内に住む30代の会社員です。現在結婚し子供もいます。
カズさんのHP見てビックリしました。 実を言うと私の実家も先祖代々近親相姦をしている家系だからです。秋田県の場所は勘弁してほしいのですが某村大字何某には今でもそういった風習が残っています。

何故その集落に近親相姦が風習として存在してるのか?というのは昔平家の落人の兄妹が先祖で、追っ手から逃れる為に隠れ近親相姦によって子孫を増やしたからです。その兄妹は集落の祠に奉られています。それから私の実家の村は標高がかなり高くその為稲作が出来ない程寒い為、裸でお互いに暖めあって夜を過ごす事もあり、今でも麓まで冬の燃料を買いに行く事は大変で、その風習は続いているようです。

私自身姉と母との近親相姦を経験していますが、私自身は自分の家族と同じ様に近親相姦をする気はありません。ただこの様な近親相姦がその土地の文化として又生活として残っている事実を知って頂きたくて此処に書きました。

私の実家は現在姉が家を継いでいます。姉には現在男の子二人と女の子が居ますが、長男の父は実父です。姉の旦那は同じ集落の男でその事も知っています。その村は15軒ほどの小さな集落で血がとても濃く、姉の旦那も又従兄弟になります。

村の人間は結構地所を持っているので今でも結婚して他所の家が入るのを嫌う傾向にあるのです。ですが色んな人間が言うほど奇形児や遺伝子病はないです。甥っ子も親子の子ですが全く普通です。唯昔から子の出来ない夫婦は全く出来ず。私の居た頃は少なくとも半数がそういった夫婦でした。そういった場合は村の男が種付けをしに行くのです。又未婚の女性が腹を貸しに行くこともします。

近親相姦や乱交では常識のある人から見たらとんでもない事ですが、今思うとその社会の中には其れなりの情や雰囲気があったと思います。

今年の正月にですね。田舎に家族つれて遊びに行った時のことです。家の小2の娘がですね。

「おばさんとお兄ちゃんが裸で抱っこしてた。」

って言うんですよ。朝六時頃娘が遊んで欲しくて小6の甥っ子探しにいったんですね。さすがにその時は私も戸惑いましたが、姉に話したら少し反省していましたが。妻には私の事は話してますので少し困惑していたようです。

現在私の実家には小学生の子供が5人中学生が2人高校生が3人しかいないそうです。そういったなかでする相手も少ないというのが理由の一つだと思います。私も大学に進んだのが切欠で村を出たのですが、矢張り女性がいっぱいいれば其方に興味を持つのが普通だと思います。事実私も大学を出てからは、母や姉との行為はしていません。姉や母も不思議とそれを受け入れてくれてます。

近親者や村の人間との行為は、その村の持つ雰囲気や情が関係あるのでしょう。今田舎に帰っても私とその家族は部外者であるように思えます。昔の友達と酒を飲んだときも私の昔の事についてはあまり触れなかったし、又今の事も語ろうとはしませんでした。唯結婚の話は別で友達は現在39歳ですが新しい嫁さんを貰ったと紹介してくれました。17歳でした。世間体があるのでまだ籍には入れてないそうですが、彼にとっては二度目の結婚で最初は19歳で農協の職員をしている時に36歳の未婚の母と結婚しています。実父の子供だったと思います。

世間では淫行ですが私の村では人が少ない故に結構こういう事が普通にあり、むしろ近い世代で結ばれることの方がラッキーなのです。姉の長男は現在15歳ですが23歳の娘とお付き合いしているそうです。

田舎ってすることないから子どもたちがみな早熟で、初体験を済ませる年齢が低いっていいますよね。暇をもてあまして、身近にいる親兄弟とセックスをしだす、っていう現象もあるんですかね。ですが、さすがに全部の田舎という事は無いと思います。私自身聞いたことはありません。

唯この様な事は普通外部には話しませんのでもしかしたらとは思いますが。もし性的にオープンな村で世代を超えた性交流があり、人数の少ない隔離された集落があれば、可能性はありますね。なんとも言えませんが家の村もそうでしたから

私の村はどちらかと言うと「家族でザーメンを楽しもう」というより、「家族で暖まる」といった感じでした。実際私の村では性行為を「燃す」と言います。心の中の嫌な物を燃やし元気な気持ちを燃え上がらせると言った感じですか。

「えのぎだなぁ」

と言う言葉がうちの村ではよく使いますが、意味は家が暑いという意味で

夜中喘ぎ声が多く聞こえる家は多く燃える=暑い=景気が好い。

という意味から金銭的に豊かな事もさし、近親相姦がけっして世間で言う悪いイメージではなかったように思えます。

「おがはんおじげあねがっこおめさままだね」

と言う言葉がありますが、味噌汁、漬物に身内を例え好きな子を主食であるご飯に例え、近親者との肉交よりお前の方が良いと言うある意味恋人への最高のほめ言葉になっています。

「ひながのばっち」

これは悪い意味で使われることが多く例えばお酒が止めれない人が「酒はひながのばっちだ」と言うようにやめようと思っても中々止められない時に使う事です。婚期を逃してしまうほど両親と末っ子の情交は凄まじくそれを比喩しているのでしょう。

76 名前:ピス・メンス 投稿日:2006/02/12(日) 20:04:15

 ロキさんの話を読んでいて、最近の大雪のニュースで、孤立した村落が話題になりましたが、もしかすると、あの村落や周辺でも近親相姦をやっているのでは?と思いました。 実際には、どうなんでしょうね? あの辺りは

77 名前:ロキ 投稿日:2006/02/14(火) 19:52:31

うーんどうでしょうかね。あの辺の地理は確かにわが村に似ていますが・・・
例えば交通事情とかがですが。私の場合既に村を出ていますのでたとえ匿名でもカミングアウトできたのかもしれません。私の経験では実際に近親相姦をしている人は、独特の恥ずかしさがあり中々外部の人には話したがらないのです。

分かり易くいうと、身近に手ごろな異性がいない為自分の身内や年の離れた異性と性行為をしているのですから、交通事情が発達したとしてもバスで30分以上町から離れていれば友達も、ましてや恋人もでき難いものです。又高校進学時に村を離れ下宿する子も少なくありませんが。その頃には村の人情や性が身に付いてしまい、多少不便でも通えるのであれば村に帰ってくる子も多いです。

そんな中で普通に恋愛してセックスする子に引け目を感じたりするのでしょうか。大人もやはり犯罪行為になるような事や一般人から見れば倫理観からかけ離れた事をしている訳ですから自ずと口はかたくなるのでしょうか。

ピス・メンスさんももし娘さんと体験する様になれば分ると思います。


78 名前:ピス・メンス 投稿日:2006/02/17(金) 00:29:51

 もし、娘ができ、近親相姦を行うに当たって、色々心配なことがあります。
 まず、そもそも、娘が体を許してくれるかどうか。
 もし、許してくれても、その後、精神に影響を与えないのかどうか。
 中には、精神分裂症に陥ってしまうのではとかですね。

 ロキさんの村では、いかがだったでしょうか?


80 名前:ロキ 投稿日:2006/02/18(土) 20:37:04

そうですね。近親相姦というのはやはり雰囲気が大事かと思います。ピス・メンスさんのご家庭が何より性に対してオープンである事が必要かと。いきなり襲うのは娘さんも嫌がるでしょう。

私の場合は横で両親がセックスしていた事で興奮したのを覚えています。私の姉の場合もそうだったと思います。精神的な影響は私の村では無かったと思います。たとえ親子でも普通の異性と同じ感覚なのでしょう。外部に隠したり引け目を感じたりするのは世間の倫理観とのギャップの問題だけだと思います。


私も叔母との経験があります。34歳の叔父が亡くなった時当時42歳の叔母の所へ行き。父と一緒に叔母を抱きました。私の村では後家さんや奥さんをなくした旦那を親族が身体で慰める風習があるのです。叔母は私の身体の上で叔父の名前を呼んでいました。懐かしくも悲しい話です。

叔父はとても優しく幼い時は可愛がってもらいました。村の中では近親相姦といってもアッケラカンですよ。そんなに問題はないです。
http://jbbs.livedoor.jp/movie/108/storage/1013361373.html


みんな隠しているけど部落では父娘相姦が基本

裏には裏の道があり  2011/2/25(金)


たまたま1月に新年のご挨拶ということで、工藤会系の事務所へ足を運んだ時、いろんな人と出会って話をさせてもらいました。その中にA氏はいました。


A氏は田川市の出身。部落差別の中で気が付いたら893のご職業をされているということだった。

残念ながら筑豊地方や北九州市内というのは無数の部落が存在している。15歳になって中学を卒業すると当たり前のように働きに出るのだが、もちろん仕事が無い。
部落出身ということを隠してうまく就職できても結局、後からバレてクビになる。

男性の場合はかなり働き口が狭いので、多くの人間が余ってしまう。それでしょうがないから裏社会へと入ることになる。

そちらのことはまた追々。今回は女の子の方の話。


とりあえず15歳になって中学を卒業したらお水商売の世界へ入るのが半ば、常識のようになってしまっている。在日の経営するパチンコ店などに働きに出るのもいいが、正直、稼ぎが段違いなのですぐに辞めてしまうという。


そのA氏は斡旋をする仕事をしてる。

中洲がもちろんメインではあるが、大阪の飛田新地、名古屋、札幌、東京などにも顔が広く通じていて、15歳になった女の子を広く斡旋しているということを話してくれた。


部落の地域だと常識なんて無い。 我々の考える常識とはかけ離れた世界がそこには存在している。暗く・・・絶望と悲観と・・・ 


A氏が、15歳になった少女と出会い、話を聞いてみると、

初体験は小学生の時で、部落の中でも何度も何度もレイプされたり、

時には父親にレイプされたり、祖父にレイプ、義父にレイプされたり、

さらにその全員に順番にレイプされたりして育つ。

ちょっとキレイめで可愛らしい子になると、15歳の時にすでに男性経験は500人というとんでもないのもいるのだそうな。


だから、中学を卒業したばかりの女の子に声をかけると、喜んでお水で働きたいと言うらしい。今までは襲われてもただ快楽を得るだけで、お金にはならなかったが、これからはセックスが金になると知って喜ぶのだそうだ。 私にはまったく信じられないが、それが部落の世界なのだそうだ。


15歳でいきなりソープデビュー。15歳という若さで本番ありということだから、料金は8万でも10万円にも設定しても客は殺到するという。ほとんど中学生のような少女と金を払えば合法的(?)にセックス出来ると聞いて金の使い道に困っている男達は群がる。1回10万円でも1週間に30回の予約を入れた強者もいたらしい。凄過ぎる。


本人の取り分は半額。それでも、中学を卒業したばかりの少女が1年でもの凄い金額を稼ぎ出す。


さすがにまだ本番までは抵抗があるという少女の場合はお触りだけのピンサロやキャバクラで働く。ソープにはかなわないが、やはり中学卒業したばかりの女の子がってことで固定客はいっぱい付くからなかなかの収入になるという。

入った金で整形をして綺麗にして、うまくいけばAVにでも出てまたそれなりのお金を稼いで部落出身の男と結婚してはすぐ離婚、また結婚してはすぐ離婚を繰り返す人生を送る。


娘が生まれると金になるってことで、金が欲しい父親は娘をレイプして子どもを産ませたりする。男の子だとガッカリし、女の子だと大喜びする。

私が出会ったことがある女性は、祖父との子どもを産み、義父との子どもを産んだことがあるって平気な顔で話してくれたから、驚いたことがありました。


精神病を患っている人も部落にはたくさんいて、産まれてくる子どももまた精神病に。


A氏が話してくれた悲惨な女の子の話。

産まれてすぐに精神病と分かり、父親が育児放棄。母親は自殺。

その後、祖父母が育てたが、小学校に行く頃からさらにおかしくなり、いつも下着姿でその辺を徘徊したりしてどうしようもなかったという。

で、部落の大人の男性たちが毎日レイプ。
集団で次から次へとレイプ。

中学生ぐらいの年齢の頃には2人の子どもがいたという。

そんな年齢でも服を着ないでその辺を徘徊しているものだから、男性が寄ってきては普通に道端でレイプされているとのこと。誰も止めないし、いつもの光景といった感じ。それで次から次へと精神病を患った子どもが出来たという話を聴いた。


A氏が言うには、その少女は部落の人間に毎日レイプされるためだけに生きている、とのこと。


なんだろうね・・・・悲惨を通り越して、言葉が出なかった。


A氏が言うには、そんな精神病患者でも植物を言われた通りに育てることぐらいは出来るのだそうだ。だから、大麻を育てさせては、少ない生活費を渡すということが行われているのも普通のことなんだそうな。たぶん、それが大麻だと知らずに育てるんだろう。育てるとお金がもらえるから一生懸命育てる。普通だったらおかしいと思うが、残念ながらそう思う回路を持っていない。


そんなことを繰り返しては、A氏は少女と大麻で組の中でものし上がっていったそうな。

やはり経済力を持った893は上からも当然重宝されるし、金を山ほど持ってる構成員は出世も早い。

「にいちゃん、金に困った時はいつでも電話ちょうだいな。金ならいくらでもあるからいつでも助けてやるわ」

って、にやっとしながら話してくれた。

「大丈夫、金には困ってないから」

そう伝えると、またにやっと笑いながら奥の部屋へ入っていった。
http://blogs.yahoo.co.jp/canon_beginner/64016850.html

俺の住む地域では近親相姦は珍しい事じゃない

少し昔では夜ばいもあったそうだ

しかし近親相姦といってもイトコ程度でキョウダイや親子での関係は珍しい

やはり子供が出来てしまい血が濃くなる事が心配だからだ

しかし俺は娘達と・・・

長女が中二の時から今、高校一年で次女が今年中二になり長女の目を盗み短い時間ながら次女とも交わる様になった

そして長女に目撃されてしまった 風呂に入っていると思っていたが突然 扉が開き次女の胸を舐めている姿を見られてしまった

長女はそのまま黙って自分の部屋に

俺は慌てて長女の部屋に行き言い訳をするが泣いている

しばらく長女を抱きしめていると次女も部屋に

その日から昔の様に三人で風呂に入り三人で寝る様になった

嫁が死んで5年なんとか子供達と仲良く出来ている

部落の中で新しく嫁を世話をしようとするが俺は今の生活が気に入っている
http://nan-net.com/kinshin/bbs/res/1/BV-5_Mm/  


1 : 名無しさん@お腹いっぱい。 : 04/01/06 20:23 ID:1jTpa9z0 [1/2]

昔の部落では近親相姦はあたりまえだったらしいが
どのあたりまでの近親と結婚(妊娠出産)してたのかな?

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 06:00:37 ID:aSvyzTk9O

部落では今でも父娘相姦は多いらしい。父が娘を無理矢理…みたいな。
ソースは近所の部落民(37歳男性・公務員)からの酔った勢いでのカミングアウト。
http://mimizun.com/log/2ch/rights/1142686940/


159 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/15 00:18 ID:o2R4oq5j[1/1]

部落のものは親子が基本。

父親が娘を犯して子供が生まれ
その子を父親の私生児扱いにする例がけっこうあったそうだ。


110 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/22 16:38 ID:qgsZGHnG[1/1]

俺の父親の集落では近親相姦ともいえるような複雑な結婚が行われている(た?)。
叔父と姪が結婚したり、叔母と甥が結婚したり。
実際に障碍者も生まれているし。

本当に山奥の集落だから昔からそういうことが行われているのかもしれないけど(信号機が一つしかないw)
周りを見渡せばほぼ全戸が夫婦の親戚という恐ろしい所があります。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/22 19:58 ID:aIeCyok0[1/1]

狭いバラックに大人数が暮らしていたため
嫁が妊娠しても誰の子供かわからなかったらしい
旦那が留守のときは平気で親父や兄弟、近所の男がまぐわっていた
http://logsoku.com/thread/tmp2.2ch.net/rights/1073388229/


61 名前: 名無し募集中。。。 投稿日: 2012/05/03(木) 09:04:27.48 0

児童虐待の報告書みたいなの読んだんだが

地方(部落?)によっては祖父や父親が小中学の娘とやるのがあたりまえの所があるんだよね

子供もそれが普通と思わされてるし


54 名前: 名無し募集中。。。 投稿日: 2012/05/03(木) 08:45:56.29 0

近親相姦があると遺伝子的に病気に弱くなる
近親との性交を好む遺伝子を持った人は死滅したから近親との性交を好まない人が増えたんじゃないかな


56 名前: 名無し募集中。。。 投稿日: 2012/05/03(木) 08:57:20.54 0
>>55
田舎特に古い家柄だといとこ同士なんてあたりまえ
田畑財産流出させないためにな
おれの実家もそうだが確かに障害リスクはある

57 名前: 名無し募集中。。。 投稿日: 2012/05/03(木) 08:58:08.01 0

むしろ田舎の方がそういう近親相姦婚多いよ

63 名前: 名無し募集中。。。 投稿日: 2012/05/03(木) 09:05:53.96 0

村社会だと女の子が生まれた時点でまんこは村の共有財産って考えあるからね
http://blog.livedoor.jp/samplems-bakufu/archives/51344448.html


サンカ生活体験記 11

 行き帰りに色んな事を聞いてしまったので、姉娘に上にかぶさってこられ、自分のラッキョウを入れられてオシッコをジャッとやってしまった私は、もうすっかりおどおそしきっていた。 すると、五銭玉を一つとっている手前か、年下の私が脅えたみたいにすくんでいるのに、

「女ごはな、初潮(サソヒ)があるまでは、まんだ子供で、女ではないから、兄妹でもママゴトにはする」

 娘は慰めるつもりか、父親が名古屋へ下駄の歯入れ屋をしに行き、母は津島へ注文の箕を届けに小さな子を二人連れていって、誰もいなくなった日。私を山陰へ連れてゆくと、そこで、「マグモノリ」とよぶ、謝国権の「LOVE」みたいな事を、人形の画でなく実地に教えた。

「タチ・クラ・ネ」という言葉は今でも、はっきり覚えている。「オタチ」というのは、今はレズビアン用語だが、その時は娘が下になって片脚を私の左右の肩に担がせるみたいに置き、そして抱えて持ち上げるみたいなやり方。

とてもラッキョではそれでは挿入できず、あてがえるぐらいだったので、次はクラだった。これは私が下になって、娘が上からおおいかぶさる前と同じ型で、またオシッコをかけられてはと、娘はこれは恰好だけで次は「ネ」だった。

私は左を下に叢に寝かしつけられ、娘は右を下にして、今言う横行位で、これはそのままで一回転して背向位と変わるのだが、これを繰り返して十回ぐらいは、ずっと続けねばゆかぬというのである。

 「マスラ」と呼ぶのが正常位だが、これは男が疲れるから仕事に差し支えるゆえ、女からは求めてはならぬし、三十から五十歳までといった掟まであって、殆ど女上位体勢が一般的だったらしい。

 向こうはオシッコの洗礼で懲りていたろうし、私は、もし見つかったらという心配から、その時もあてがうきりで挿入まではしてなかった。というのは、その前日の事だった。娘のすぐ下の弟と、その下の妹が、玩具もなく遊ぶ事もなくなったせいでの真似だった。

「天道(アノ)さんは、天(アマ)から見てるぞ。両親(カドイロ)の真似をしたら、生命がないぞ!」

母親のガナリ声がした。 運悪く現場を見つかってしまって、二人は厭という程まで叱られ、木太刀で打たれていた。 したがって、子供は絶対に両親の真似などしない事になっている。また、それは一人立ちして暮らしている親の特権であって、セブリを持たない者は決して誰も真似などしてはならない事として、厳しく教えこまれているのである。だから、私はとても恐ろしかったのである。

 ゆえに、いつ母親が戻って来て見つかって、自分も箕作りの木太刀で叩かれるかと気が気でなかった。まだ五銭玉を私が持っているのを知っている娘は、あわよくばもう一枚せしめるつもりか、すっかり恐怖からその気を喪失して縮こまっているものを手に持ちそえて挿入しようとするのだが、私としては、その時はとてもそれどころではなかった。

 娘の話では、初潮がある以前なら差し支えないから、父親が実地に性教育するセブリもあるそうである。今、ヨーロッパで父娘相姦が流行しているそうだが、その点はこちらが先進国である。他人と違って、父なら無理のないように優しく性教育もできるというものである。

 なにしろ、週に一度は娘も伜も親達から徹底的に奥の奥まで調べられる。もし、発育不全で婚礼が駄目になってはクズシリ様にも申し訳がないし、核家族の先鞭をつけ、セブリは夫婦だけという暮らしでは、もしも「行かず後家」となってしまった娘を背負い込んではどうにもならない。

 だから、一度縁づけたら万事そつなくやってゆけるように、差し障りのない初潮前に、タチ、ニ、ネから始まって四十八手をみな教えこんでおくのが親の責任でもある。だが、子供どうしでは遊びで終わってしまって学習にはならぬから固く厳禁されているのであるらしい。

 他に娯楽はないから雨天や仕事のない日は、日に十回も繰り返す夫婦も多いが、別に恥ずかしい事ではないので、客が来ても子供に見られても、途中で止めるという事は、まぁ絶対にない。

 私も姉娘も並んで、ヨシ夫婦の実演を何十回も、組んでほぐれるところを見てしまったか判らないほどである。テレビもない時代だし、夫婦は他にする事が別になかったせいだろう。
http://www.rekishi.info/library/yagiri/scrn2.cgi?n=1012

俺は62才同居の兄貴は64才兄貴の嫁は48才、といっても俺と兄貴の共通の嫁で俺が34才の時に20才で兄貴に嫁いできた。

俺の部落は全部で17世帯で全部姓は同じ、皆親戚になってる。 熊本県と大分県の県堺の町で最近三つの町が合併した、山奥深い部落なので昔から親戚同士の結婚でよそ者はいない。 昔から女は少なく男は多くてあぶれた男のために夜這いは普通に行われてきた、村の全員が黙認してきたので生まれてくる子供も誰の子かよく分からない。 村全体の授かり子として大切に育てられた、当時兄貴が嫁をもらった時も俺の嫁でもあった。

嫁は少し頭が弱かったけど働き者で兄貴と俺の嫁として この年まで頑張ってる。 子供は直ぐに続けて3人産まれたがその頃の夜這いの男も数人いたから本当は誰の子供か分かっていない。 3番目に女の子が産まれたが3人共母親の血を引いて頭が弱かった。 頭が弱くても村では仕事はなんぼでもあって差別なく生きていけた。

3人の子供が成長して大人の仲間入りしたが、それほど広くない家で兄貴と俺と嫁の行為を自然に見てきた子供達にとって家族同士で行うセックスに問題など感じなかったのはしかたのないことだった。

夏の夜、上の二人の男の子が母親にのしかかっているのを見て兄貴も俺も黙って許した。 狂ったように大声上げて腰を使いながら射精を繰り返す子供達に嫁も又狂ってしまい狂乱の声を上げ続けた。

隣りの部屋をふと見ると、娘が全裸でトロンとした目で母親と兄たちの行為を見ながら 右指を膣に入れて出し入れしていた。

俺は兄貴の顔を見ると兄貴の形相が変わり娘をジッと見ている、あっ兄貴は犯るかなっと思った。 俺も変になりかかってた、兄貴と顔が合った 引きずった顔でニャっと笑った。 俺も下卑た顔でうなずいた、兄貴が俺の前を通って娘に近づいた。 目の前を兄貴の太く長いチンポが揺れながら過ぎると俺も頭が白くはじけた。

娘に兄貴が被い被さると娘は甲高い声を上げた、俺が近づくと兄貴のチンポが娘を貫いているのが見えた。 そのままギシギシと攻めて膣から流れる愛液で兄貴のチンポがテラテラと光った やがて娘がウーンと唸って失神した。

兄貴がチンポを抜いて俺と交代した、俺もたまらず娘の膣にぶち込んだ。 あったけー 気持ちえー 娘が再び声を上げだした、俺はあらんかぎりの力で腰をぶつけ続けた。

その頃になってやっと娘が処女でなかったことに気が付いた、そうか兄弟妹でオメコしてたんだ それで兄貴と俺が入れたら失神したんだ そう思うと納得した。
その晩 明け方まで父娘 母息子の乱痴気騒ぎは続いた。 その夜を堺に親子兄弟の縁はなくなった、雄と雌の関係になった もう止まらない。 初めて 俺と兄貴が娘を犯してからは毎晩親子 兄弟妹で破廉恥な淫虐プレーが続いた。

俺も兄貴も久し振りの若い女体に狂ってしまい年を忘れてチンポが疼いた。
今晩はもう無理だと自重しても目の前で兄妹 母と子供のセックスを見せられるとつい三便宝を仕込み俺も兄貴もチンポが勃起してきて、いつの間にか俺も兄貴も嫁や娘にのしかかっていた。

俺も兄貴も太く長いチンポしていたが息子達はもっと凄いチンポを持っている。
二人の息子は生まれつき頭が弱かったが嫁と兄貴と俺のセックスを子供の頃から見ていた所為か早熟でセンズリも早く覚えチンポはもの凄く大きかった。

その太く長いチンポで貫かれる嫁も娘も歓喜の声を上げ続けた。

朝起きて仕事に行く時は普通の家庭なんだが、夜になると皆 淫乱獣に変身した。 嫁も娘も俺 兄貴 二人の息子が代わる代わる射精する精液で種壺状態でトロトロ垂れ流し乾く間もなく次々にチンポを刺し貫かれた。

嫁と娘が上げるよがり声 呻き声 男達が上げる歓喜の声、接合部が発する淫乱音 部屋中に漂う精液の臭いで頭は痺れ口からは涎が垂れて このまま死んでもいいやと思えるほど気持ちが良かった。

数ケ月後 娘が妊娠した、誰の子が分からないが たぶん二人の息子のどちらかだろう。 その年 娘が男の子を出産した、訳ありの子なので近くの親戚が男の子を引き取ってくれた。 村の誰もが知っていたが 非難するものは一人もいなかった、むしろ貴重な子供の出生を喜んでくれた。

流石に嫁は妊娠しないが 俺達男は娘に二人目の子供を宿すため 今晩も喜々として種壺に仕込むだろう。
http://dokusin.art.coocan.jp/cgi-bin/coocan/dokusin/new-incest-dokusin-0202/new/yybbs.cgi?list=pickup&num=477#477
http://dokusin.art.coocan.jp/cgi-bin/coocan/dokusin/new-incest-dokusin-0202/new/yybbs.cgi?list=pickup&num=482#482


昔の風習で初体験パート  2010/09/11

両親が相次いで泣くなり、僕は叔母に引き取られた。
叔母には僕と同い年の高校生の娘と中学生の妹がいた。

亭主は浮気して女と一緒に暮らしている。

叔母に引き取られて驚いたのは、僕が入浴するときは必ず叔母も一緒だということだ。
叔母に言い含められているのか従姉妹達もなにも言わない。

毎日脱衣所で二人服を脱いで全裸になって浴室で身を清める。
叔母が僕の全身を洗ってくれる代わりに、僕も叔母の裸体全身を洗わなければならない。

僕は石鹸を付けたタオルで叔母の乳房を触りながら洗っていく、叔母の巨乳を合法的に触れるので、揉み捲くり石鹸の泡だらけの乳房の谷間に顔を埋め、大きい乳輪の真ん中にある乳首をすい続けた。叔母は拒否すらせず双方の乳房を揉ませ僕のエロ行為を受け入れていた。

僕が興奮して

「叔母さん、やらせて!」

と言うと、ローションを肉棒に塗りしごきだす、ヌルヌル感で僕は気持ちよくなり白いザーメンを叔母の肉体にかけてフィニッシュ。

風呂から上がると従姉妹たちから

「お母さんに抜いてもらったの?」

と聞いてくる。もう習慣になり普通の出来事なのだ。

叔母は僕の前でM字開脚しクリトリスを舐めるように促す。

おばの指示通りに舐めていくと、叔母が気持ちよくなっていった。

「弘司、女は此処を舐められると気持ちよくなるんだよ。
今度は穴の中に指を入れてごらん。」

膣の中に指を入れると叔母が一瞬痙攣した。

「それを前後に動かして・・」

膣の中で指をズコズコと動かすと叔母は激しく興奮し悶絶した。

「おばさん、やらせて。」

と僕が言うと叔母は勃起した肉棒を口に銜えフェラチオをして僕の精液を飲み干した。

僕は叔母に

「なぜこんなことをするの?」

と聞いたことがある。叔母は

「男になるための儀式よ。」

と言うのみ。高校生も3年になると叔母と一緒に寝るように言われ、数々の性的行為を二人でして、僕は叔母の愛人のようになって近親相姦寸前の関係を続けて、叔母からSEXについて教わっていた。

僕は高校生の従姉妹と海水浴に行った。
泳ぎ疲れて日陰で休んでいたとき、彼女から真相を聞きだした。

僕が生まれ育った町は、昔から男を大切にする。
だから初体験の相手にと頼まれたら女は嫌とは言えず童貞卒業の手伝いをすることが多い。
童貞を卒業した者は一人前の男として見られるからだ。

僕もその風習は知っていたので、僕はこの従姉妹と初体験を済ませ童貞を卒業させようと思っていたのだ。ところが僕の部落では少し違う、男が年頃になると近所の年増に頼み初体験の相手をしてもらう。

相手をする年増は大抵後家か亭主が出稼ぎに行った女房だ、男は童貞を捧げた年増に結婚するまで面倒見てもらう、詰まる話が性教育をしてもらうのだ。経験豊富な年増の女から色々と教わった男は結婚してから嫁との夫婦生活が円満になり家が栄えたケースが多かったという。

だから僕の部落では母親みたいなおばさんと初体験する例が多い、我が一族では当主の跡取りに適当な年増が近くにいなければ親戚の年増が相手をすることになっていたらしい。血が遠い程いいのだが大抵は叔母が努めた。

今よりも避妊に対しての意識も技術も低かったので、当然妊娠する場合がある、そのときは産むしかない。甥の子を叔母が産むのである。しかしその子は里子に出された。

だから僕は当主の跡取りになるので、当家の風習に則り叔母が初体験の相手になり結婚するまで僕と肉体関係を結ぶのだ。

僕は推薦入試で大学進学が決まった、年の暮れに叔母が僕を居間に呼び、初体験の儀式を行うと告げた。

冬休みの期間正月まで、両親が死んで不在となった僕の実家で二人だけで行うと言う、雪の積もった中を二人は実家へ、布団を敷き二人は全裸になりその中へ潜り込む。

二人はキスを交わす、舌を絡め禁断の情事の開始を告げる。

叔母に今まで教わったとおり豊満な乳房を揉みほぐし乳輪から乳首へ愛撫を施す。叔母も負けずに僕の裸体を嘗め尽くし、若い男の肉体をむしゃぶりつくす。

叔母が肉棒を銜えフェラチオをし甥の肉棒をしゃぶる。叔母は当時まだ40代の半ば、従姉妹たちにはない豊かな乳房を始めとして、美しい裸体に僕は酔いしれる。

「弘司、弘司、私と結婚したいでしょ、私の裸綺麗でしょ、弘司は私のことが好きでしょ。」

叔母はもう僕を甥ではなく男としてみてるらしい。

僕は叔母の美脚を広げさせM字開脚の状態で僕は顔を埋め、クリトリスを舐めクンニを始めた。叔母は余りの気持ち良さに喘ぎ声を漏らし、

「ひろーーーーしーーーーー好きーーーーーー」

と叫び僕を求めた。しばらく続けると潮を吹きシーツが濡れてしまった。

「弘司、弘司に対する気持ちが潮を吹かせたのよ、弘司は誰にも渡したくない、私の男にしたい。」

叔母は僕を抱きしめ僕に深い愛を示した。叔母は勃起している肉棒を膣の中に挿入し

「コンドームはいらないから、この中で出して。」

と妊娠覚悟で僕を迎え入れる。叔母の子宮目掛け僕は腰を振り肉棒をズボズボさせる。叔母に教わったようにFUCKモーションに強弱を付け時間を持たせる。

「叔母さん、そろそろ行くよ。叔母さんと一緒に居たい。叔母さんが好きだよ」

そう言いつつ激しく腰を振って肉棒を膨張させ頭が真っ白になると

「どぴゅ〜〜〜〜〜〜〜」と膣の中で多量の精液が注がれていった。

正月まで実家に篭り、叔母と性の儀式を行い初体験は無事終了し叔母と肉体関係を続けることになった。
http://www.erotown.com/toupara/bbs/b01_1/index.cgi?mode=thr&no=2076

珍しくもない東北地方の近親相姦(フィクション)


○○家の秘密 投稿者:近親相姦 投稿日:2009/03/21(Sat) 19:08

  私は東北地方の人里離れた部落に暮らす、30代後半の男です。
農協で働く妻恵美子と10年程前見合結婚し、婿養子に入りました。
隣に家を建ててもらい、金銭的には何不自由なく暮らしていますが、この地方地域部落の風土仕来たり、特に○○家の奇行には驚かされるばかりです。

  近親相姦など珍しくもありません。性欲の強い男は暇さえあれば女を見つけ、己の欲望をみたしています。義理の父は60になりましたが、未だに性欲絶倫で、義理の母幸代50代を毎日容赦なく犯しています。男尊女卑。ここは未だ戦前の日本の名残、この部落は今でも女は男の奴隷です。


妻も近寄らない開かずの間に全裸で緊縛された義母

  私はこの家に入り1週間でこの異常に出くわしました。義母は気立ての優しい働き者です。小柄ですが胸は大きくふくよかで、色気漂う熟女です。そんな義母は私にメイドのように振る舞い、初めはこんな山奥に婿に来てくことに恐縮しての態度だと思っていましたが、この家では女は男に尽くすことが何よりの喜びと教育され、家の仕来たりだったのです。

  私はこの家に来た時から義母を異性として気にしていました。妻もあり新婚です。義理の父もいます。初めは良い夫を決めていたのですが、この家に入り1週間も経たぬ間に理性は吹っ飛び、義母を犯してしまったのです。

当時私たち夫婦は広い2階を、義理の姉がいるのですが、引き籠りの彼女が南側の1部屋を、大広間に台所客間、日の当りの悪い北側奥2部屋を義母夫婦が寝室に使っていました。

  家は古いのですが田舎ですから部屋は広く、義母夫婦の寝室も2部屋を引き戸で仕切り、手前の和室だけでも20畳はあったと思います。この家に来て間もない私は分からなかったのです。

  その日私は義母に用があり、義母を捜すうちに妻も近寄らない開かずの間を開けてしまったのです。雨戸の閉まった薄暗い部屋には、裸電球が灯され中央には大きな三角木馬が置かれ、奥を見渡すと古木で作られた十字の磔台が、その横には鉄格子の牢が設けられ、中には全裸で緊縛された女が放り込まれていました。

  その一糸纏わぬ全裸の姿は、女の秘肉こそ見えない状態でしたが、大きく垂れた乳房は縄で縛られ熟女を強調していました。義母のあられもない姿です。よく義父は義母を弄び、そのまま部屋を閉めて山に入ってしまうのです。きっと帰ってきてからまた義母をいたぶるのでしょう。

縄で片足を大きく開かされ、オマンコは丸見え

  数日後、私は義父が出掛けた隙に妻の目を盗み、義父の寝室に忍び込みました。薄暗い部屋の中で義母は全裸で後ろ手に縛られ、目隠しをされ、天井の梁から吊られていました。排尿を我慢し切れなかったのでしょうか、尿は垂れ流されていました。梁からさがった縄で片足を大きく開かされ、オマンコは丸見えでした。犯って下さいと言わんばかりに、熟れたオマンコが曝け出されているのです。

  その日を境に私の理性は吹っ飛び、義母を犯し続けています。数ヶ月が経ち義父も気づいたのでしょうか、普通なら殴られたり嗜(たしな)めたりたいへんなことになるはずなのですが、義父の奇行はエスカレートし、酒が入ると平気で私の前でも義母を罵り、その場で服を剥ぎ取り陵辱するようになりました。義母のおろおろする怯えた姿が、責める人間にはたまらない快楽なのでしょう。


引き籠りの義姉は、肉汁を垂れ流してイキ果てる

  妻恵美子には5歳年上の姉で洋子がいます。40になるのですが嫁にも行かず、小学校を卒業してから引き籠りだそうです。魂の抜けた人形のような女で、部屋の外に出ることはありません。こちらから何か話しかけると「ハイ」と頷く程度で、反応があまりない女です。

  キスしても抱きしめて、下着の中に手を入れオマンコをいじりまわしても、拒否することなく黙って従う従順ないい女です。私はそれをいいことに、洋子を性処理奴隷として使っています。洋子は仕事もせず家事もせず、いつも部屋にいるので犯したい時何時でもセックスできる都合のいいダッチワイフなのです。

  色白で細い腕に細い脚。痩せこけた胸を弄っても、女肉の楽しみはありませんが

「服を脱げ、股を開け」

と命令すると素直に従い、勃起した肉棒をオマンコに突っ込んでやると、普段無表情で反応しない女が、苦痛なのか感じてるのかうめき声をあげながらバタバタと暴れ、更に強引に押さえつけ膣奥の子宮にチンコをぶちあててやると、こんな人形のような女でも、肉汁を垂れ流してイキ果てるのです。

  洋子のオマンコは義父も使っています。義母のように私の目の前で陵辱こそしませんが、家から出ない女が妊娠し子供を堕したのです。


義父は義母を私に与えて、妻を性処理に使っている

  妻も私と結婚した時には処女ではありませんでした。もの心のつくころには母親と父親のセックスを目の当たりにし、母親からは、女は男に尽くすことを、何よりの喜びと教え込まれて育ったと聞いています。男根の咥え方に男の喜ばせ方、義母から教わったそうです。

  私と一緒になる前、妻は義父の玩具のひとつだったのでしょう。私も義母や義理の姉を奴隷にしてる以上、妻を義父の欲望から救うことは出来ません。義父は義母幸代を与えて私に提供し、未だ恵美子を性処理に使っているのです。私には娘がひとりいます。6歳になる愛らしい女の子です。私たち夫婦のセックスも見させています。
  妻を横に娘に肉棒を舐めさせ、上手くできた褒美に、娘の小さなオマンコを舐めてあげています。女にする日もそう遠くはないでしょう。
http://s.webry.info/sp/26624724.at.webry.info/201304/article_21.html

2011年05月16日21:00

私の生まれた地域に今でも残る風習です。

女子は初◯を迎えた段階で二つのうちから一つを選択しなければなりません。

・一つは、父親もしくは5歳以上年の離れた兄に処女を捧げる。
 これを選択した場合、処女喪失以降は自由恋愛が認めれれます。

・もう一つは、結婚するまで純潔を守ることができますが、結婚相手は親が決めます。
 簡単に言うと人身売買のような形になります。男性が娘の「家」から「処女の娘」を大金を以て買うということです。


 注意点として、男性の配偶者になれるとは必ずしも限りません。
 有力者の愛人になるというケースもありえます。
 「夫」との間に年齢差があって、「夫」が早くに亡くなった場合、実家に帰される場合があります。

 この場合、子供は「夫」の家に取られます。

私の場合、許嫁とか愛人とかは考えられなかったので一つ目を選択しました。

上に書いた文の通りの説明を受けるわけではありません。

「これからお父さんに女にしてもらうのですよ」

といった感じです。かといって、生理が終わった途端に父親に挿入されるというわけではありません。

渡しの場合は一人部屋で寝ていたので、風呂で母親から大人の女の嗜みとしての
体の洗い方を教えてもらい、自室で母と一緒に父親が訪れるのを待ちました。
ノックなどして父が部屋に入ってきました。トランクスだけの姿です。

父の登場を合図に母親が私を裸にし、立膝の角度まで仕込んでから退室。

退室時に母親が部屋を真っ暗にしました。

何をされるのかとドキドキしていたら、両膝を掴まれて、ほぼ同時にアソコに何かが触れる感覚がきました。クンニでした。

父の舌は正確にクリトリスと包皮の境目を愛撫してから私のワレメの始まりにまで舌を這わせ まだわずかにしか生えていない恥毛を確かめるるように撫で付けました。 あとは同じことの繰り返し。

クリトリスの快感に関しては、ふろに入った時に母から

「女はね、ここを触られると男の人を受け入れる準備ができるのよ」

といった感じに言われ、実際に触られもして、もう快感をしっていました。
けれども舌による快感は群を抜いていて、私は何度も腰をくねらせて抗いました。
その夜はそこまで。

私はその日のうちに処女を散らすものだとばかり思っていたので少し拍子抜けしました。

こんな日が毎日続くと思っていましたが、そうでもありませんでした。
父の「夜這い」はほぼ週一のペースで、事前に母親から伝えられます。

「今日はお父さんが来るからキレイにしておくのよ」

といった感じです。 父の愛撫はクリトリスから小陰唇に至り、やがては極度に慎重に膣の入口にまで来るようになりました。

何回目かからは灯りを暗くしなくなり、父が私のアソコを眺めている時間も長く
なりましたが、実際に父が何をしていたのか具体的には私にはわかりません。
母親が付き添いっぱなしのこともあって、私への父の愛撫が終わった途端に父が母に挿入して・・・ということもありました。

フェラチオの手ほどきもほぼ一から十まで父から受けました。

もう口に出してくれてもいいのにと私は思っていましたが、父はいつも寸前に口から抜いて、 主に自分の手の上に出していました。

父がいよいよ挿入してきたのは初めての日から半年ぐらいだったでしょうか。
コンドームを見せられて悟り、そして覚悟しました。

もう私の膣は父の指(一本?二本かも)を簡単に受け入れていたころもあり、恐怖は ありませんでした。

この日も母が横にいてくれて私の手を握ってくれていました。

痛みはありましたが、意外なほどにあっけなくて、それと父は正に処女膜を貫通させる仕事だけをしてペニスを抜き母の体で射精したのですが、それを見た私はちょっと悔しい気分でいました。

その日以降、父は夜這いこそすれ、私の下半身を裸にしてアソコを見つめるだけで
触れられることはなくなりました。(私は眠ったふりをしていました)
やがてはそれもなくなりました。

あれから10年以上が経って、私はまだ嫁にも行かずに両親に世話をかけているのですが年に数回は母親の目を盗んで父の入浴に突入してます。

母親の目を盗む必要はないとも思うのですが、女としての意地かな?

とにかく父が私をまぶしそうに目を細めて見て、アソコを元気にしてくれるのを見るのは幸せです。

口で抜いてあげようかと誘うのですが、それはいつも赤面して辞退されます。
父に処女を捧げてよかったなと今も思ってます。

・・・彼氏には絶対打ち明けられない秘密ですがw http://blog.livedoor.jp/erocopype/archives/4768834.html


1 :天之御名無主:2001/06/23(土) 23:05

祭りのときは乱交OK
処女膜破りの儀式
異性または同性の成人から性の手ほどきを受ける思春期の子供

などなど教えてください

14 :天之御名無主:2001/06/29(金) 08:44

高知のヨサコイ祭りは乱交しほうだいって聞きましたが本当ですか?


30 :Six ◆aTOy5bfc:2001/08/15(水) 14:12

東北・甲州・信州の夜這いの風習は有名ですし
瀬名秀明の「ブレイン・ヴァレー」に出てきた夜伽専門の村巫女(白拍子の類?)なんかもそうですね。

33 :天之御名無主:2001/08/16(木) 02:04
>>30
信州では諏訪地区(だったかな?)の「足入れ婚」も比較的近年まで残っていたと聞いてます。


46 :天之御名無主:01/08/28 09:49 ID:sLqx1aZ場所はいえませんが、私の田舎はいまだに祭夜の夜這いの風習があります。
私は18のときに、30代半ばのバツイチ女性のところに夜這いに行き、みごと筆おろしを済ませました。

52 :天之御名無主:02/02/08 06:17

15年ぐらい前にNHKで見たレポートで、瀬戸内海のとある島ではいまだにある風習が
続いていて、それはその島の子供が16歳になると、絶対にセックスをしなくては
ならないものでした。

ルールはこう。

その祭りは一定期間内に行われるもので、祭りになると男・女それぞれ3〜4人
同士でとある家に集まり、3日ぐらい共同生活を続けます。

そこで気の合う同士で事を行うのですが、選択権があるのは男子だけで、指名を
受けた女子には拒否権がありません。

可愛い1番人気の子には、当然、バッティングもあり得るのですが、そうなると
親同士の話し合いで、決着を付けなければなりません。

引き下がった男子は、他の女子を指名しなくてはなりません。
例え相手が凄いブサイクでもセックスしなくては一家の恥なのですから。
すなわち、何が何でもペアにならなくてはならないのです。

セックスする順番にもルールがあったはずなのですが、忘れてしまいました。
ペアになると両家の親同士があつまり、隣の部屋でセックスする自分たちの
子供の様子を伺うそうです。

親たちは伺いながら興奮するどころか、上手く仲良くなれるかが心配で仕方ない
とかなんとか言ってたことを覚えています。

勿論、TVではセックスの場面などは映すわけが無く、家に集まった子供たちが
ダベリあってる場面とか、親たちの顔を写してるだけでしたが、この放送を
見た当時はまじでショックでした。
どうしてこの島に生まれなかったのだろうかと。

だれかこの話に心当たりがある人、見てないかな?

56 :天之御名無主:02/04/13 21:16
>>52
十年くらい前に似た話し聞いたなぁ…
結論から言うとデマ

正確にはかなり昔の話。
たぶん、再現した映像を勘違いしたのでは?
もしくは風習と言うか、たんに集まってた風景とか…
あんま大きくない島だと何処かの家に集まる事って良く有るよ。

108 :天之御名無主:03/01/21 23:51

少し田舎に行くと、秋祭りの夜とかみんな異様にギラギラしてる。
日本人の中には乱交の文化は生き長らえているよ。

114 :天之御名無主:03/03/09 16:33

宮城の某村では、維新の頃まで、新婚初夜は花婿の父親が花嫁とセックスする因習
があったらしい。
封建時代の名残らしく、父権の威信を保つためだったとか。
惚れあった者どうしの若い二人なら、辛い一幕だったろう。

和歌山の有田は太平洋戦際、全国での徴兵検査の成績が最低だった地域だ。
理由はこの徴兵検査でヒューマンテイルの者が一村に3名もいたことが判明した
からだ。

紀伊半島の海浜地域は古くから近親婚の多い地域だ。それは地理上の理由がある
ためだが、当時の有田の「尻っ尾者」は、女も含めると実際は調査以上の潜伏数
がいたと推測できる。

147 :天之御名無主:03/12/09 21:08

茨城県の八○町の某部落で今でも18歳になると夜這いの風習が残っている
その為か結婚も早いが離婚も多い
そこの部落は、平家の落中人伝説のあるところで一族の家系を守る為に風習が残っています。
ただ、外との交流が少なく血縁関係で部落を編成している為、血が濃くなる為か障害者や天才が多い

172 :天之御名無主:04/02/20 04:54
>>59
愛知県某所出身ですが、そこでバイトしてた時にちょっと離れた所から車で通っている子が、

「今だに嫁貸しのしきたりとかあるんだよ〜早く出たい」

とか言ってたなぁ…。たしか客に嫁を貸すって聞いたような。

173 :天之御名無主:04/02/20 21:28
>>172
是非その村に遊びに行きたい、ってゆか
村の中だけで嫁の貸し借りをやってるんだろうか?


239 :天之御名無主:04/12/31 21:36:03

沖縄県の某島では代々近親相姦で筆おろしをすませる風習があるらしい。
男の子が思春期迎えたときの母親(或は姉)の仕事とか

少年→一人前の男になるための儀式は世界各地にあることからも信憑性はある。
具志堅が初体験は?との雑誌インタビューに「思い出したくない」とはぐらかしたのも証拠になろう

330 :天之御名無主:2005/04/02(土) 22:52:54

本島ではなく○○島(離島)での風習らしい。
男が16歳を迎えると、父親は黙って家を空け母親が筆おろしをするとか。
(稀に姉のケースもあり)

332 :天之御名無主:2005/04/02(土) 23:26:44

日本の関西に母親が筆をおろす近親相姦のの風習があるって聞いたことがあるよ

333 :天之御名無主:2005/04/02(土) 23:31:02

聞いたことある。
たしか、京都の近く、、、

382 :天之御名無主:2005/05/15(日) 14:12:51

雪国で寒くて家から出たら凍死するような、北の日本海側の場所で山間に囲まれた地方なら近親相姦みたいのがありそうだね。
情報きぼん


384 :天之御名無主:2005/05/24(火) 16:58:52

東北地方にはそういう風習多いな

390 :天之御名無主:2005/06/07(火) 22:36:51

東北の温泉入ったら、洞窟の中で巨根像に締め縄という荒ぶる神が鎮座されてました。
その地方では美少女たちがチンポ像を抱え顔を真っ赤にし練り歩く風習があると聞きます。

391 :天之御名無主:2005/06/08(水) 00:08:40
>>390
顔を真っ赤にてのはあんたの希望だろ。
俺が見たのは東北じゃないが、普通の顔してにこにこ歩いてたぞ。
実物を見た事がないと、木彫りの置物と同じであまり抵抗がないらしい。

397 :天之御名無主:2005/06/21(火) 20:50:34

もう昔のことだけど、全裸の女がお面をつけて盆踊りをしてたという地域なら聞いたことがある。
なんで裸なのかまでは教えてくれなかったけれど。


398 :天之御名無主:2005/06/23(木) 15:50:26
>>397
俺も聞いたことがある。
なんでもそのあと乱交に至ってたようだけど。
俺が聞いたのは盆踊りじゃなくて、それに似た神事だったけれどね。


406 :山形南部:2005/07/08(金) 17:34:48

平家の落人の隠れ里だったといわれる某所では近代になっても村の女性は
「みんなの物」でほぼ自由にセークス可能だったそうな。

そこは今はダムの底になったが、昔、そこを訪れた人の話では、

近親相姦が多いので出産の際に「奇形やダメポー」は即座に絞めるのだが
判別出来ずに生きた人間が成長したのが度々目についたと・・

事実、現存している。
可哀想でキーボードに涙が


408 :天之御名無主:2005/07/10(日) 03:31:58 ?

先々月までアフリカを旅行してました。モロッコでのことです。モロッコの南端は
サハラ砂漠と一部接しているのですが、周辺の砂漠への前線基地的なオアシスの街にしばらく滞在してました。遊牧や隊商的な生活をしている砂漠の民は少なくなったけれども今でもちゃんと存在していて彼らがオアシス近郊に立ち寄ると必ず市が立つので楽しかったです。

夜になると女奴隷が卑猥な見世物を見せたりするのですが、若い日本人の子が一人いましたね。

体中にヘンナと呼ばれる染料で模様を書き込んだ全裸の日本人の娘が男達の輪の中で腰を振ったり、触られたりしてました。

  彼女と日本語で話をしたので間違いないです。諦めの境地にあるようなことを
言っていましたが、どうやら彼女のショーを見るかぎり、男達の喝采を買って彼女自身すっかりはまっているような、恍惚とした様子でした。

彼女はその地域では結構有名で、もとは女子大生で砂漠まで来て輪姦されたあげく、ある金持ちの後宮にしばらく監禁されていた娘らしいです。

それで飽きられたうえで売られたと。まるでボウルズの小説の世界。
人間って案外簡単に壊れちゃうものなんですね。

455 :天之御名無主:2005/09/17(土) 20:29:48

日本人って近親相姦(関西)とかホモ(武田信玄)とか自殺(切腹)とかあんまり
タブーが無い民俗なんだね。


456 :天之御名無主:2005/09/17(土) 21:00:00

奈良時代以前の皇族・貴族は異母兄弟姉妹間の結婚を常としており、皇族女性でなければ皇后とはなり得なかった。

日本神話においてもイザナギとイザナミは兄妹であり、ウガヤフキアエズは叔母であり育ての母である玉依姫と結婚する。

日本と近親相姦で調べたら、いっぱい出るは出るは。
日本ってすごい国だよね。


458 :天之御名無主:2005/09/19(月) 16:13:06

北陸の漁村での話し(伝聞だからね)

戦前までは毎年旧暦の6月の新月の夜、奇祭が行われたと聞いた。

その年元服を迎える男女が秘密裏に村内から選ばれ、7日間神社に篭って禊を行う。

新月の夜、二人は神主や巫女、村の長や網元の前で海岸にふんどし一丁で立って海に飛び込み、100mくらい沖合いの小島まで泳ぐ。

神主たちは小船で二人を追う。小島には小さな祠があり、神の目の前でふんどしを外した二人は愛し合う。その後、少女の膣から流れ出る精液を曼荼羅模様の神紙で受け止め、その年の漁を占う、というもの。

461 : ◆arPoYs0ON. :2005/09/24(土) 20:24:39

京都伏見区のとある地域は異常に同姓の多い地域が有ります。
80代の方に伺ってみた。

「夜這いってあったんですかね、○○さん」

「さーねー。ははは」

とはぐらかされてしまいました。ますます興味が湧いてくる!

462 :天之御名無主:2005/09/24(土) 21:09:47

夜ばいはスレがあるけど、システム化されたものとしてかなり最近まで全国各地に「あった」のは事実みたいですね

466 : ◆arPoYs0ON. :2005/09/25(日) 09:39:50
>>463
けれどもその地域の人は本当に障害を持つ親族の家庭がおおく、座敷牢の存在を認める方もいらっしゃいます。なのでどうしても色々な想像をしてしまいます。

472 :天之御名無主:2005/10/21(金) 00:03:21

関東と東海地方の貞操観念が割合強く他の地方はおおらかな様な気がします。

青森ではだいたいが中三か高一で初体験を済ます様です。
チャンスが無い子は焦って誰かに相手を紹介してもらうそうです。

援助交際の相場は「いちご」で結構あっけらかんとおじさんとエッチを楽しむ。
東京だと嫌々お金の為にマグロ状態でセックスすると言う感じ。
関西方面の女と話をしていると「良くしてくれたお礼にしてあげた」とか「落ち込んでいたのでしてもらった」と言う話を聞く。実際どうなんでしょうか?


485 :天之御名無主:2006/05/01(月) 02:14:10

ネタ1 ある田舎の風習

18歳に達した少女達は祭りで神社の境内で神男に処女を捧げなければならない。
この行事を行って初めて大人の女性として認められるんだと。

486 :天之御名無主:2006/05/01(月) 02:35:10

ネタ2 ある田舎への婿入り

この地方へ婿入りする男は嫁の親類に挨拶しなければいけない。
夕方から嫁の親類たちと盛大な宴会が行われ、その後寝室に通される。
そして、その場に集まる嫁の親類(女性のみ)と一晩過ごし

婿入りの許しを得なければならない。
これは村の存続をかけ子孫を繁栄させるため、生殖能力の高い男であるかチェックする仕組みと思われる。

評価する女性は嫁の母、祖母、姉妹、すべての親戚で手技によって精液の濃さ、量も批評される。またその晩に限り婿と性交することも許される。

まぁ。逆輪姦みたいな感じになるようですね。


490 :天之御名無主:2006/06/08(木) 00:58:54

新潟の山間部にいまだに夜ばいやカガイっぽい盆踊りやってるところがあるって聞くけど、


508 :天之御名無主:2006/09/11(月) 02:49:54

某混浴温泉には裸合コンたる風習が残っている。
地方からくる若い男女客参加もOK
その日晩 男女入り乱れのセックスがある。
旅の恥は掻き捨て
彼彼女いる貴方もOK!

516 :天之御名無主:2006/10/19(木) 19:45:29

10年くらい前、母方の祖父の家にいったはずが、離婚したはずの祖母と同じ苗字の家に世話になっていた。よくわからず母に聞いたところ、代々2つの家系で婚姻しているとのこと。

本家には座敷牢があって精薄で生まれた子などはそこで暮らしていたらしい。
(その数年前の台風で流されて今はもうないです)

その時会った従姉妹?は高校生なのに親戚との婚姻が決まっていて、本人はおかしいともなんとも思っていない様子でびっくりしたけど何も言えなかった。
多分兄弟でとかはないと思うけど十分疑問。

526 :天之御名無主:2006/11/15(水) 18:58:11

 昔読んだ本のコラムかなんかに書いてあったけど

ある村では女ばかりの家(女系家族)だと跡取りがなくなってしまう。
そこで相談してくじ引きで半年に1回、その村の長男以外の男性が泊まりにいく。
で、その女系家族の娘たちと性行為して子供ができたら婿入りしてその家を継ぐのが決まりなんだと。

村存続のための掟なんだろう。

534 :天之御名無主:2006/12/28(木) 17:27:58

長野県の一部では、今でも祭りの後に童貞や処女を捨てる儀式があります。
というか、15年前ほど前には確実にありました。(私自身、それが初体験ですから)
このスレに書かれている事と違っているのは、実際にはコンドームを使う事くらいでしょうか

548 :天之御名無主:2007/01/12(金) 11:32:04

昔 親類の叔父が地域に伝わる言い伝えとして教えてくれた

元服を迎える男と同い年の女が村から一組選ばれて神主の前で性交したそうだ 
神事らしいけど何が目的かよくわからん

588 :天之御名無主:2007/09/29(土) 22:29:10

青森県は弘前市の南西に10kmほど入った山間部に「かこ村(かっこ村?)」
という小さな盆地状の村があり(地図には地名なし)今では廃村状態の所がある。
その村はかつて十二年に一度、凶作や飢饉に見舞われることの無いように悲惨な祭りが行われていた。

祭りの年には村の中で未婚の女性が選ばれ、人身御供として神社に奉納するという。
人身御供といっても命を奪うわけではなく、選ばれた女性(少女10〜16歳くらい)
(基準不明)が三日三晩すごす。同時に選ばれた8人の村人が「神のお面」をかぶり日没から日の出まで代わる代わる少女と性交することにより、神々に生贄をささげ、五穀豊穣をねがったそうです。

長時間の性交に絶えられず失神したり逃げだそうと試みる娘もいたそうですが、神罰を恐れる村人に厳しく監視されていたそうです。犠牲となった娘はその後村によって特別な待遇下におかれた。

601 :北海道民:2008/01/13(日) 23:36:52

本州は耽美の宝庫だね。
近親姦の風習とか、もう完全にファンタジーの世界だよ。


644 :天之御名無主:2009/01/15(木) 19:47:08 245 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:04/11/01 06:48:07 ID:h0Yp+Mkn
続き

村の合併前に、私の村の二十歳前の男性が、隣村の女性に夜這いをかけたことがあったらしい
もちろん、両者合意の上だったそうで、本人間の間では問題はなかった。

一度目の夜這いのあと、二度、三度繰り返しているうちに、相手の村の男衆にしられ夜這いの後、村境で捕まり、散々殴られて返されてきた。

当時の私の村の男衆は、怒り喧嘩直前までいったらしいが、両村の大人が中に入って、夜這いをかけた男性の母親が夜這いを受けた女性の夫の夜這いを受けるということで手打ちになった話があります。

村の合併後、新村になってから、新しい村域内でのその種のトラブルはなくなりましたが今合併後の新村の隣村との間には、掟は存在します。


>>230
そのような話ではありませんが、何年か前、その年18歳になった一組の双子を含む
男の子達の希望を聞きまわった時、当時27歳の新婚の地元出身の地元中学校の教師を務めている女性に希望が集中して、かなり村で話題になったことがあります。

毎晩一人ずつする掟なので、その女性が八月中のある週に毎晩、白装束で鎮守さんに夜出かけていきました。結局、彼女を相手に八月中に童貞を失った男子が双子をふくめいっぱい生れたことになります。

双子の場合、どちらを先に優先させるかでもめました。戸籍上の兄弟はあるのですが、その家の教育方針で一年おきに兄弟の序列を変化させていたので二人がどちらが先に、女性を抱くかでもめて、結局若衆の前で籤をひくことで解決しました。

恐ろしい連中
http://syarecowa.moo.jp/108/31.html

シリーズ・関連 呪い系
http://syarecowa.moo.jp/kanren/noroi.html

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?
http://syarecowa.moo.jp/


651 :天之御名無主:2009/03/25(水) 04:38:20
>>644
それ、たぶん、親父の田舎だと思う。

俺も、18のときに、親父の実家に夏休みの間、帰郷して同じ体験をした。
今、首都圏の大学に通ってるけど、将来は祖父を継いで田舎に暮らすことになると思う。
相手の女性は、三十前後の美人のバツイチの女性だった。

最初、騎上位で挿入してもらって、おっぱいを揉んだり乳首を吸ったりしてる間に
しらないうちに射精してた。

654 :天之御名無主:2009/04/15(水) 18:16:53

小学生の女の子だけの祭りがあったな。
露出の高い服装にさせて(ブルマTシャツだった)集団で家を回る祭り。
女の子達は家ごとにお菓子を貰う。全員でなく、先頭のリーダーの女の子にお菓子がたくさん入った袋をあげる。
公民館から出発して村の家を全部回ると祭りが終わるんだが、大抵、公民館に戻るころは人が少なくなっていた。
昔は可愛い子がいなくなってたってよく噂になってた。

寂しい老人が女の子を引き止めて家で話し相手にさせられるらしい。
当時はそんな祭り興味なかったし、男だから参加しなくてよかったと思ってたが、普通に売春とかしてたらしい。

681 :天之御名無主:2009/07/01(水) 00:51:36

母親が言っていたんだけど、
母親がいた村では、15、6歳になると同じ年の女の子&母親達が集まって
一晩性について勉強したんだって。
それも、学校で習うような文献だけのやつではなく、母親達が裸になって
結構な所まで教えてくれたんだって。

ちなみに母親は山形の村出身
http://desktop2ch.tv/min/993305147/
http://hentai4u.blog12.fc2.com/blog-entry-86.html

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/11/18(土) 10:59

近親婚を重ねた家族に生まれた人を知ってる。

彼も含めて、その家に子供は七人。
聴覚障害者が三人(!)。
能障害が一人。

まったく正常だったのは彼と弟さんの二人きり。
その上、三人が二十歳になる前に亡くなっている。

貧しい地域だから栄養失調で亡くなったのかも知れないが、それにしても・・・。

354 :藤村:2001/03/02(金) 23:38

近親相姦はかなり寿命が短いです。
50才まで生きることができればいい方。

http://mimizun.com/log/2ch/uwasa/971693212/

133 : 名無しさん@お腹いっぱい。 [] : 投稿日:2005/12/12 21:34:36ID:CJ3oj11hO [3/3]

屠殺行為をしてきた民の近親相姦による異常遺伝子の民、
それを同和運動により解放された訳だろ。

同和により野放しになり、現在異常犯罪が増えている。
血統が問題で差別になるのは必然なのでは???
http://logsoku.com/thread/tmp5.2ch.net/rights/1128839447/


144 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/04 23:35 ID:dqB5C2Vc[1/2]

N県では死んだ娘を父親が犯して成仏させるという風習があったそうな。

もちろん部落での話だが。

部落では父親が娘を犯すという風習があった可能性がある。
http://logsoku.com/thread/tmp2.2ch.net/rights/1073388229/

777 : (^-`)夢商 [Gotenyama] : 投稿日:2010/05/29 18:27:52ID:A+Ncr2F00

枹の部落では
性交前で亡くなった娘を慰めるために
父親が開通してから
棺桶に納めるところがあった

今はやってないと思うがのぅ

778 : 本当にあった怖い名無し [] : 投稿日:2010/05/29 19:12:34ID:aQQyEwJb0 [1/2]
>>777
幼女でもそれやるの?www


779 : 本当にあった怖い名無し [] : 投稿日:2010/05/29 19:40:03ID:xy1l7W/20 [1/1]

死姦を風習にしなくてもな、、、


780 : 本当にあった怖い名無し [sage] : 投稿日:2010/05/29 20:14:06ID:DAlIyxMu0 [1/2]
>>777
枹てなに?地名?
読みは「ばち」でいいの?


781 : (^-`)夢商 [Gotenyama] : 投稿日:2010/05/29 20:29:58ID:A+Ncr2F00 [2/3]
>>780
県名
詳しい場所は書けないよ

しかし目のつけどころの良いスレじゃのう

物の怪や猟奇的、変質者などの類いは部落にルーツあり
日本のオカルトの源流は部落と差別と穢れだと思う
http://logsoku.com/thread/anchorage.2ch.net/occult/1265477106/#804

日本に実在した恐ろしい風習とかしきたり

36:本当にあった怖い名無し:2009/01/13(火) 23:07:13 ID:J0exCnF50

おれも昔証券会社で働いてた頃いろんな所に行ったわ。
血とか骨とかが付いた地名からして凄いとこ。
特に何も無かったけどね。

ただ一度だけ部落のはずれの道端で白痴っぽい若い女を見た。
白いスリップとパンツだけでケラケラ笑ってるのよ。
横で小さい子供がフリチンで遊んでたかな?

車止めて見てたら通りがかりの親父に睨まれたので、そそくさとその場を去った。

帰り道で思ったんだけどね、その若い女って部落の男の公衆便所なのかなって?
なんの確証も無いけどそんな気がした。かれこれ10年前。

15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水)

地元のしきたり

十二年に一度本家か分家から赤ん坊と食べ物を山の神社に奉納する
まだやってる
翌日行くと赤ん坊、食べ物は消えてる


21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:05:50.71 ID:4cwhA+zH0
>>15
大まかでいいから地方おしえて


31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:13:42.25 ID:Sw6vRLo30
>>21
東日本とだけ
奉納する前は山に入れば八つ裂きにされたとか


129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:37:01.03 ID:Sw6vRLo30

で俺の体験

子どもの頃よく言われるのが大きくなるまではその神社にいくなと言われる
そう言われてもたまに友達と行ってしまってたが奉納のための赤ん坊は産まれても公表しない

その時の子供は本家の子供
地主で本家の子供なら村はけっこう大騒ぎするはずだが何もなかった

俺は赤ん坊をみてみたかったが婆ちゃんや父親に止められてた
一週間かそこらかな?奉納が行われる

村人が食べ物を持って来て、その整理や車に載せるのを手伝わされてたのもあって忙しかったのは覚えてる

食べ物を車に載せて神社の入るための山道にいく
子供は神社に入っちゃいけないから俺は車から食べ物を下ろすのを手伝わされた
軽トラに載せたりもしてたしすげー量で色んな匂いが混ざってた
全部下ろしたら車で帰った
その日の夕飯はすげー豪華だったけど静かだったと思う

翌日神社に友達といってみた
もちろん食べ物のためだ
魚や肉はダメでも果物はいけるだろと思ってた

神社に行って中をみると何もなかった
軽トラや車で運んだ食べ物がない
運んだのはここじゃないのかもと思ったが果物や魚の匂いが扉を開けた時少し残ってた

こんな話

85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:11:33.47 ID:Sw6vRLo30

地元はすげー田舎なところ
赤ん坊を奉納する家は元々そこの地主

森にはいって生活するわけだが奥に入りすぎると上でも書いたように八つ裂きにされた
社も建てて毎年食べものを奉納するがそれでも被害はでる

それで地主が自分の家の赤ん坊と一緒に神社に入りひたすらもう襲わないようお願いをした

けど眠ってしまい夢の中で声を聞いた
赤ん坊はうまい。おまえの家の赤ん坊を捧げるなら襲わないでおくと

起きると扉は閉めていたのに赤ん坊はいなくなってた
それから山に入っても襲われなくなった

これが婆ちゃんから聞いた話


65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:56:37.42 ID:RkYjO6AmO

子供の墓は基本的に大人とは一緒にされない。

床下や庭などにトロ箱やミカン箱に入れて埋められることも多かった。

古い家の庭にお稲荷さんとかじゃない塚があったりするが、あれは無縁仏と子供の墓だったりする。


4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/12(火) 23:54:26.53 ID:gV14b2+/0

奇形はごく潰しなのでキュッ

5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/12(火) 23:55:01.88 ID:/gEAURTL0

人工的神隠し

92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:14:51.98 ID:FHX1fQw40

地蔵盆の時にその一年で死んだ人と同じ数の提灯を飾って最後に子供が提灯を破く


76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:03:17.00 ID:C7WEk85Q0

赤ん坊を一度捨てる風習は結構あるのよ
なぜかというと拾った子供はよく育つという俗信があったから
自分の子供を一度捨てて近所の人に拾ってもらいそのあと返してもらうことで擬似的な拾い子とする風習

157. 名も無き哲学者 2012年10月23日 07:23

現代の常識では酷いとか人権がとか言って忌み嫌われる風習とか因習とかは大事だったんだよ…

姥捨ても、お産婆さんがキュッってするのも決して大きな声では言えないけど必要な事だったんだよ。老人ホームやら、優性保護法なんて言い訳作って誤魔化すのは良くないよな


6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/12(火) 23:55:08.51 ID:LCHumACv0

ある地域の屋根裏には牢屋があった
近親婚が多く、近親相姦で生まれる障害者を閉じ込めておくために

【閲覧注意】あなたの家の開かずの間『開かずのトイレの痕跡』
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4215369.html

27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:09:46.72 ID:f5zNDHWl0

明治のころまでは地下に牢屋などを作って精神的な疾患などを抱えた家族を監禁してた

147:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:54:08.57 ID:yF5K3ouQO

重い病気、ボケ老人を姥捨て。
障害持ちを幽閉や産まれた直後〆る
見合いや許嫁による半強制結婚

なんて風習は実は理に叶っていて村や地域社会が効率よく回る為に必要だったのかもしれないな
現代が抱える医療費の増大や未婚晩婚少子化もこういった風習がなくなってしまったが故かもしれない


156:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 02:01:30.22 ID:xeLUaf8l0
>>147
障害持ちを〆るのは普通にやってるだろ
高齢出産だと何も言わんでもチェックされるぞ
あと、安楽死は絶対早く合法化すべきだな
自殺の原因の半分は病気
かわいそう


419 名前:名無しさん@涙目です。 (空)[sage] 投稿日:2011/08/14(日) 14:45:37.10 ID:zV2yCDi70

畑の隅に必ず果樹が植わってて、人が死ぬとその木から少し離れた処に土葬される。 そうすると2,3年先に例年になくワッと果実 の成る年が来るから、その実を漬けて酒にする。 盆や命日がくる度に、故人の話しをしながら、それをチビチビと親戚一同で呑み交わす。

一度、止める様に指導があったけれど、うちの地域が今も土葬を認められているのは この習慣があるから。


82. あ 2012年10月22日 09:58

女とおし
村の有力者に初夜権と称して新婚初夜の嫁を掘られる
この処女膜をやぶる行為から女とおしと呼ぶ
気持ち悪いな〜

162. 名も無き哲学者 2012年10月23日 11:53

新婚の新妻は初夜に村の長老が味見をする、処女膜開通は長老の特権であった。

74. 名も無き哲学者 2012年10月22日 08:31

うちの実家岡山の山奥なんだが、昭和30年ごろまでは夜這いの習慣があったぞ。実際多くのお爺さんが若い頃経験したって話を経験者から聞いた。戦争で夫を失った後家さんに、若い衆が夜這して筆おろししてもらうんだそう。逆の場合もあって(やもめのおじさん×若い娘)そっちは子づくり目的な。

あと、昭和の中ごろくらいまでは田舎の山奥に歌垣の夜みたいな風習が残ってて、地区の祭りの後気に入った人と寝て、その結果できた子供は福の神と言われて大事に育てられたんだとか。でも解せないのが、夜這いや乱交祭りという風習に則った結果できた子供は大事にされるのに、強姦や不倫の子は母親ともども差別されて村八分にされるとか。

風習かな。うちの実家周辺では一般的にお盆に迎え火焚かない。でも最終日にお供えと故人の戒名の書いてある薄い木の板持って、鈴や鐘、家によっては小さい太鼓を絶え間なく鳴らしながら川まで行って、お供え流して板を燃やす。

その後帰宅するのだけど………帰宅途中決して後ろを振り返ってはならず、声を立ててもいけない。鳴り物すら懐にくるんで足跡も消して歩く。

そうしないと音にひかれて死人が返ってくるからって言われた。死人に気が付かれないように懐中電灯とかも消すから、途中田んぼに落ちたり側溝に落ちたりして怪我をする(笑)昔肥溜めに落ちた人もいたらしいが、誰も助けに行けなくって自力で這い出たらしい。

20. m9(^Д^) 2012年10月22日 01:12

神様同士が交じり合う儀式があって それを若い女性がチンコの形した棒もって見てるっていうのなかったっけ?

交じり合っている儀式はお面かぶった男同士だがそのまわりを若い女性が見ているってシュールだなぁって思った。 処女を守るって西洋から来た考えで日本ではむしろ嫁入り前に不吉な血の出る膜は破って嫁入りさせていたんだよなぁ。

地元ではもう残ってないけど 14前の女は稲荷の前で薪を3日焚き、その間、夜は稲荷の裏から鬼が出てきて 掛けていたらしい。

「掛ける」というのはもちろん「交わる」事。


鬼はどういう方法で選ばれてたかまでは 聞かなかったな。 無事、鬼に掛けられた女は、その次の日から夜ばいを受ける事を許され、兄弟以外の一番近い血縁から順番に紹介で次の男へと権利が渡っていく。 一巡し、もし身ごもっていたらいとこ婚だった。 身ごもっていなければ、他の男と結婚。

細かいルールまでは知らんが財産を守る知恵だったらしい。


43. 名無しさん 2012年10月22日 02:56

今と違って昔は処女性重要視されて無かったからな
それより今と違って性関係の情報無さ過ぎて
いきなり初夜迎えても出来ない事の方が深刻だった

52. あ 2012年10月22日 04:09

風習というか、嫁は家に嫁いできたものとして、兄が戦死したから弟が兄嫁と結婚とかならあるわな

あとは西武グループの初代の女癖みてると、息子の嫁と当たり前のようにやってるし、出身地ではそんな習慣があったんじゃないかとも思ってはしまうが
嫁と親父の子供を養育する息子とかなにが楽しかったのかね


216. 名も無き哲学者 2012年10月26日 00:21

シベリア抑留して帰って来た近所の爺さんは、 戻ってきたら後家扱いになってた新婚ほやほやの嫁が村の若衆の夜這いですっかり熟れてたのでショックで村を出たと言ってたよ。 それでも体面上、その後数年は法律上結婚し続けてたんだと。

後家は若衆のもの、という風習が残っていた地域の場合 同じように自分が苦労してる合間に嫁さんが公衆便所になっちゃって 涙飲んだ人は多々いただろうな。

どっちにせよ、人口の少ない村では若い人間はそれなりに貴重だし 一人に操を立てて生涯寡婦だと子供が生まれず村が栄えない。 だからこその風習なんだろう。

江戸から戦前戦後にかけて、それなりに人口が多く、移住者や旅客も多かった都市部はともかく、山間の村なんて自分の村と周囲の村くらいが世界の全て。
だからこその再婚・早婚システムといえなくもない。

無論、こうした風習や歌垣のシステムと、通常の不倫はまったく別。
寡婦を含む独身者は結婚が大きな仕事だし、歌垣は晴れの日の祭りだから許されたのであって、ケの日において秩序や和、信頼を乱す行為は御法度、ってことなんだろうな。

188. 名も無き哲学者 2012年10月24日 00:07

死後婚とはちょっと違うけど、アジアの一部やアフリカでは処女のまま死んだ娘は悪霊と結婚してしまうから、破瓜を済ましてから埋葬する習慣があったそうだ。
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4318420.html
http://blog.livedoor.jp/isther_s/archives/8698294.html


31. 中川隆[-12645] koaQ7Jey 2018年5月28日 11:34:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14509]
奇習! 身よりなき少女を犯す鬼畜男たち ― “もらい子レイプ”の悲しき実態
http://tocana.jp/2017/01/post_11439_entry.html


【日本奇習紀行シリーズ】 高知県某所

 1982年に公開された五社英雄監督の映画『鬼龍院花子の生涯』では、侠客一門を従える政五郎(仲代達矢)のもとに、ヒロイン・松子(夏目雅子/仙道敦子)が引き取られたことで、あまりに数奇な人生を送っていくさまが描かれているが、この映画の中では、美しい大人の女性へと成長した松子が、養父である政五郎に無理やり犯されるという衝撃的なシーンが登場する。しかし、かつての日本においては、この「養父に養女が犯される」という信じがたい現象が、さも当たり前のこととして行われている時代があった。


「そうだねえ…いろんな子たちがいたけれども、誰一人として、しあわせな人生を送れた子はいなかったんじゃないかねえ」


かつて自らが幼少期を過ごした地域で行われていたという「もらい子犯し」の蛮行について証言してくれたのは、くしくも、前出の映画『鬼龍院花子の生涯』の舞台にもなった高知県某所で今なお暮らしているという吉良満男さん(仮名・80)。吉良さんの話によると、彼がまだ子供だった終戦後間もない動乱期の高知の一部地域では、女衒のような人買い稼業の手合いによって全国各地から集められた身寄りのない少女たちが、毎日のようにセリへとかけられ、多くのやくざ者や色事を生業とする男たちに引き取られていったという。


「もともとセリに参加するのはヤクザ者ばかりでね。そうなると、そのセリにかけられた時点で、その子らは十中八九、地獄行きなわけよ。でもそれがたとえわかってたとしたって、そもそもが身寄りのないような子ばかりだからね、戻る場所なんかなかったんだよ」


 その全盛期には、週に1、2回ものペースで「セリ」が行われ、毎回毎回、少なくとも十人近くの少女たちに値段がつけられていったのだという。しかし、当時、「養父」として彼女たちを引き取る男たちの多くは、正妻、妾に次ぐ「将来の愛人」にすることを目的としたり、成長するまで待たずにそのまま“即戦力”として、彼女たちを「未成熟な性奴隷」とすることを目的として、彼女たちを入札していったのだ。そのため、彼女たちに待ち受けていたのは、あまりに過酷な毎日だった。


「まあ、拾ってくれた男のなぐさみものに、いつかなってしまうというのは当たり前としてもね、食事だってろくに食わせてもらえないしね、病気になったって薬ひとつもらえやしないとか、そんな毎日だよ。風呂だって、そういう相手をさせられる夜だけ入れさせてもらえるっていうさ…酷い世界だよねえ…」


 性奴隷として毎晩毎晩奉仕することを求められ、学校へ行くことも許されず、たとえ病気になったとしても、「土間に転がされるのがせいぜい」(吉良さん)だったという少女たち。そうした日常ゆえに無事に成年を迎える子は少なく、その大半が十七、八の頃には亡くなってしまっていたのだという。


「当時ね、自分と同じような年頃の子を何人も見たけど、何年かするといつの間にか消えてる。そういうのを繰り返していた記憶があるねえ。女の子が姿を消すと、逆に墓石が増えるっていうさ…今思い出しても、本当に胸が苦しくなるよ」


 吉良さんの話によると、今でも高知県の某所には、彼女たちのように「大人になることなく死亡した少女たち」の墓ばかりが、やたらと不自然な形で密集している地域があるという。貧困や孤独からの救いを求めてもらわれ、その泡沫の夢すら手にすることなく死んでいった彼女たち。その胸中を思うと、誰しもあまりにやりきれないものを感ぜずにはいられないところだ。
(取材・文/戸叶和男)
http://tocana.jp/2017/01/post_11439_entry.html


【日本奇習紀行シリーズ】 近畿地方

奇習! 少女は実父の子を孕み、母親は息子の筆おろし ― 近畿地方に実在した「近親相姦村」の実態
http://tocana.jp/2016/11/post_11425_entry.html


 これまでも日本各地に伝わる“性の禁忌”についてしばしばご紹介してきたが、今回取り上げるのは、男女ともにただひたすらに「親子セックス」とでもいうべき行為を続けてきたという“近親相姦村”の話である。無論、その性質上、今回我々の取材に応じてくれたその村の出身者・佐藤直道さん(仮名・73)からは、記事として取り上げる内容について「ある程度ぼかすように」と再三釘を刺されているが、今の時点で明かせるのは、それが「近畿地方にある集落」であるという点と、彼が知る限り「昭和50年代半ばまでは続いていた」という点だ。

「本当に隠してくださいね、そうしないと、私がどうなるかわかったもんじゃありませんから。なにせ、実の親子が交わるんです。交わって子どもも生まれる。生まれた子どもも交わる。そういう村の話ですから」

 佐藤さんが育ったその“近親相姦村”では、兄弟姉妹との関係は厳に禁じられていながらも、それとは逆に母子父子間のセックスは強要されるという、なんとも奇妙な習慣が存在していたのだという。佐藤さんの場合は、生まれて間もなく、この地域に住む親戚一家の元へと引っ越してきたため「範囲」に含まれていなかったというが、その親戚宅の場合は、親子間でのセックスが常態化していたという。

「ええ、だからその家でも、一家の大黒柱は娘たちと毎晩かわるがわるですよ。息子にしたってそう。実の母親の乳房を二十歳を超えたって吸い続けているんですから……。もらい子の私は蚊帳の外でしたけども、なぜそうした行為を自然に彼らが受け入れていたのか、今でも不思議に思います」

当然、そうした行為が「当たり前のこと」であり、むしろ「守るべきもの」として定着している以上、少女たちは実の父親相手に破瓜(はか)を経験し、少年たちは生みの親である母親相手に筆おろしを済ませるのが原則であった。そして、長じてもその行為自体は続き、実の親が死ぬまで、その忌まわしき性行為は続けられるのだという。そのため、この村においては、実の母親が息子の種を宿して出産し、父親は愛娘を孕ませるという事態が頻発し、それこそ「通常の家計図ではありえないような状態」(佐藤さん)となっていたのだという。

「私は就職と同時に村を離れて、その養父母一家とも徐々に疎遠になっていったのですが、その後、風の噂で何人もの子宝に恵まれたという話は聞いています。でも、それが一体誰を父親とする子なのか、誰が母親として生んだ子なのかということまではわかりませんね……」

 それが小さな村の中だけで起きていることであるとはいえ、組織的に近親相姦が行われていたのであれば、その歴史に鑑みると、遺伝子異常などの問題が頻発していると見るべきだ。その由来や定着過程も、一切が不明だという“近親相姦村”の奇習――。彼らの末裔たちが現在この日本でどのように暮らしているのか、いささか気になるところだ。
(取材・文=戸叶和男)
http://tocana.jp/2016/11/post_11425_entry.html



【日本奇習紀行シリーズ】 神奈川県東部
奇習! 醜きは「なかったこと」に… 赤子の“間引き”で保たれた「美男美女村」のおぞましき真実=神奈川県

1980年代から2000年代前半にかけての美容整形ブームの際、男女の容姿に関係するコンプレックスに乗じて高額な整形を勧めるコンプレックス商法が台頭し、その容姿に悩む人々を絶えず翻弄してきたが、それよりも遥か昔の明治末期には、そうしたコンプレックスの元ですらも「なかったこと」にしてしまうという、なんとも恐ろしい習慣が存在していたという。


「まあ、平たく言えば、なかったことにするっていうことです。あの地域には容姿の醜い人間はいてはいけなかった。だからなかったことにするっていう。そういう習慣です」


 自らが生まれ育ったという神奈川県東部の、とある地域に存在していたという“容姿に関する奇習”についてそう語りはじめたのは、現在、埼玉県の親戚筋に身を寄せているという中本義実さん(仮名・81)。中本さんの話によると、その地域では美形の男女しかおらず、近隣でも評判の地域となっていたという。


「美男美女しかね、いない地域ですからね、そりゃあもう近隣でも評判でしたよ。男たちは“美女村”だなんていうし、女たちは“美男子村”なんて勝手な呼び名で持てはやして憧れたりしてね。けど、自然にそうなったならばまだしも、わざわざそうしたんだから、そのカラクリさえ知ってしまえば、別に驚くほどのことじゃないんですよ、そもそも」


 しかし、この地域においてそうした不可解なバランスで“美男美女集落”という状況が保たれていた背景には、明治末期まで行われていたという、この地域特有の習慣が大きく影響しているのだという。


「まずね、もともと美男美女が夫婦になっているわけだから、子どももそう極端に器量の悪い子なんて生まれてきやしないわけです。でも、たまたま生まれる場合だってある。そうするとね、みんなであれやこれやと意見を出し合って、その子を育てるかどうかを決めるっていう。要は赤ん坊の品評会みたいなもんですわね」

中本さんの話によると、その始まりは定かではないものの、この地域では赤ん坊が生まれると、その集落に住む人々が集まり、そこで赤ん坊の「品評会」じみた行為が行われていたという。その結果、美形な成人になると判定されればそのまま親元で育つこととなるが、そうでない場合は、ひっそりと“間引き”されることとなっていたのだという。


「赤ん坊の顔なんてしょっちゅう変わるものだから、そりゃあ判断は慎重にしますよ。けどやっぱり今ひとつな子は間引かれちゃう。だけども親にしたらかわいいわけです。つらい状況ですわね。でもしょうがないんです、それが古くからの習わしですから」


 とはいえ、こうした醜男醜女候補とされる赤子であったとしても、やはりその親からすれば可愛いもの。しかし、この集落で暮らし続けるためには一緒に暮らせないという事情から、近隣の人々に対しては「間引き」したことにしながらも、その実、遠い親戚などへ里子に出したケースも存在していたそうだ。


「すべての醜い赤ん坊が殺されたわけじゃなくて、そうやってよそへとこっそり里子に出されたりして生きながらえたこともあるでしょうけど、それはあくまでほんの一握りでね……。そういう意味じゃ、こんな見てくれでも、村に残してもらえた私らなんかは幸せな方ですよ」


 かのクレオパトラがその美貌を維持するために、せっせと新鮮な胎盤を食べたように、「美」というものにこだわりすぎると、それはあらぬ形での悲劇を生み出してしまうもの。たとえ芸能人のような優れた容姿を持たずに生まれたとしても、決してそれを悲観することなく、親から受け継いだ宝と思って、大切にその人生を過ごしたいところである。

(取材・文=戸叶和男)
http://tocana.jp/2016/10/post_11235_entry.html

【日本奇習紀行シリーズ】 愛知県・北西部
奇習! 昼は過酷な農作業、夜は大人の性奴隷… 孤児たちの“生き地獄”、「貰い子虐待」の実態=愛知県


 フジテレビ系の深夜ドラマとして放送された『朝が来る』では、中学生にして妊娠・出産した少女と、その生まれた子を貰い受けた里親との人間模様が大きな注目を集めた。だが、この国では、こうした早すぎる出産によって生まれた子どもたちを、性的な虐待行為のために、率先してもらい集めていた地域が存在するという。


「それはもう、毎週のように新しい子どもがやってきましてね。一時期は、大人の数よりも子どもの方がはるかに多いんじゃないか? って思ったりしましたよ」


 かつて存在していたというその忌まわしき習慣について証言してくれたのは、愛知県北西部に位置する、とある地域で生まれ育ったという山本義之助さん(仮名・89)。山本さんの話によると、彼が幼かった昭和初頭、同地域では全国各地から子どもをもらい受ける活動がしきりに行われていたという。


「村長さんなんかが旗振り役をしていましてね。男の子も女の子も、10歳くらいまでの歳の子たちがやたらともらわれてきたものです」


 不運にも親から捨てられたり、死別したりと、その理由はさまざまながらも、親を亡くした子どもたちは、全国からこの地域に集まった。そこで、表向きは地域の希望者に里親になってもらい、養育されるという形となっていた。だが、実際にはまともな養育などされることもなく、単なる慰みものとして性奴隷のような毎日を過ごすこととなったという。


「男の子も女の子も、みんなやられたい放題だったようですよ……。本当ね、年からすれば、親兄弟から一番かわいがってもらえる時期だったろうに。でも、一番盛り上がったのはその頃だけども、もともと昔からあの辺りじゃ、そういうことが当たり前に行われてきたっていう話でね。だからあの頃だって、そんな惨い仕打ちをしても、誰一人咎める人なんかいやしませんでしたよ」


 山本さんの話によると、かつて江戸時代の半ばあたりから、この地域には女衒のような稼業に就く者が多かったという。彼らは全国を旅しては、飢饉や災害などに見舞われた土地で、親を失った子どもたちをもらいうけ、少女は遊郭や女郎宿、少年は今で言うところのホモ売春の巣窟となっていた陰間茶屋などに売り飛ばして暴利を貪ったそうだ。またその一方、買い手の付かなかった子どもたちを村へと連れ帰り、二束三文で土地の者へと払い下げていたのだという。要はそうした習慣が時代と共に変化し、こうした「貰い子虐待」へと繋がったのだと考えられる。

「そういう子らはね、ろくに食べ物も与えてもらえなかったものだから、まるで欠食児童のような感じでしてね。実際の年齢よりも体が大きくなっていないものだから、本当の歳を聞いてびっくりしたものですよ。ひどく痩せて、栄養失調になってね、手や足に斑点のようなものがある子もいたくらいですから」


 地域の人々にもらわれていった子どもたちは、ろくに学校へも通わせてもらえず、昼間は農作業を手伝わされ、夜は性の捌け口として奉仕させられる。そうした過酷な生活事情ゆえに病に没する子も多く、その大半は「知らないうちにいなくなってしまっていた」(山本さん)のだというから開いた口が塞がらない。


「誰だって自分で選んで生まれてくるわけじゃないんだから、一度生まれたからには、幸せになってほしいですよ。夜伽の相手をさせられて、大人にもならずに死んでいくだなんてあまりにも酷い話です。私もあなたも、生まれてきた家が違ったら、誰しもああなるかもしれなかったということ、みんなわかって欲しいものですよ」


 それがどういう形の誕生であるにせよ、親を失った子どもに何ら非はない。かの俳人・松尾芭蕉は旅の道すがら出くわした孤児に「唯これ天にして、汝が性の拙きを泣け」という言葉を残したが、その悲運でしかない短い生涯を思うとき、現代の世に暮らす我々は、ただただ胸の詰まる思いがこみ上げるばかりだ。
(取材・文=戸叶和男)
http://tocana.jp/2016/09/post_10644_entry.html


【日本奇習紀行シリーズ】 近畿地方・某地域
奇習! 村の共有物になった女児 ― 教科書には載らない“被差別部落の歴史”を古老が語る=近畿地方

これまで、本連載においては、日本全国に存在する、ないし存在していたとされるさまざまな奇習について紹介してきた。その大半が、当時の事象の一部、もしくは全部を体験したり目撃した人物による証言を元にしているという性質上、それら口伝的な内容は、学術的に主流とされる言説からはおよそかけ離れたものになりがちだ。

 だが、すべての歴史が書き言葉によって記され、史料として現存しているわけではないことからもわかるように、また、歴史というものが絶えず勝者によって継がれていくものであるという性質上、そこには必ずといってもよいほど「記されていない事実」というものが存在している。今回ご紹介する“とある古老”の話も、そうした歴史の教科書に載ることもなく、高名な学者先生たちからは見向きもされないような、そんな消え行く記録のひとつだ。


「最初に私がお話しなくちゃいけないのは、私の生まれ育った集落が、いわゆる“部落”だっていうことなんです。だから、地図上は同じ町内のように書かれていても、周囲とはまったく違った時間が流れていたんです」


 今回、我々の取材に、自らの生い立ちを交えつつ語りはじめたのは、近畿地方のとある地域に住む無職・金山力蔵さん(仮名・84)。金山さんの話によると、彼が生まれ育った地域は、いわゆる被差別部落に類するもので、そのせいか、集落全体が周囲の地域から隔絶された状態であったという。


「外から集落の入り口に差し掛かると、そこから急に道が悪くなっていたりとか。周りの家はちゃんとしているのに、あの界隈だけがバラック同然の板壁の家だとか。そういう見た目の違いもありましたけどもね、一番違うのは、我々の生活そのものです。たとえば、我々の地域じゃ、女の子が生まれると、それは共有財産というか、みんなのものだという考えがありましてね。それこそ、どの男とも籍ひとつ入れやしないんですが、嫁のようにいろんな男たちの子どもを生んでましたよ」


 金山さんの話によると、彼が暮らしていた集落では、女児が生まれると、その時点で誰が親なのかという点すら曖昧にし、それこそ地域の大人たちすべてが「父」であり、「母」であるという環境にするそうだ。そして、地域社会全体で彼女を養い育て、無事に成長した暁には、同じ集落にいる複数の男たちと性交させ、子どもを生ませる。やがて生まれた子どもは母親のいない私生児として扱われ、男児の場合は男の実家で育てられ、女児の場合は彼女の母親と同様に、村の共有財産として扱われる……そういう習慣が存在していたという。


なお、こうしたなんとも奇異な状況が生まれた背景について、金山さんは被差別部落ならではの事情があると指摘する。


「なにせよそから嫁に来るような娘はいないわけです。でも、村の中で生まれる女も限られてくる。だからみんなで養って、みんなの子どもを生んでもらう。そういう話だったんじゃないかなって思います」


「よその人たちからすればね、それこそ信じられないようなことだと思うんですよ。でもね、我々にとってはそうするのが当たり前だったんです。もちろんね、こういう話っていうのは、集落の外にいる人らだって当然、知っていたはずなんですよ。けれどもね、彼らはいつだって私らをね、腫れ物にでも触るかのように扱ってきたわけだから、見てみぬフリなんです。なにせ、火事で家が焼けようと、人が死のうと、お巡りも消防も来やしない場所なんですから」


 今回、金山さんが語ってくれた話は、無論、地元で保管されている郷土史料にすら、その記述が見当たらない。しかし、記述がないからといって、なにもその行為自体が実在しなかったというわけではない。もしかすると、彼らのように隔絶された時間と生活を過ごす人々にとっては、「表の歴史」として当たり前のように記載される年表の行間に、自らが辿った見えない生涯の記録を見出すことしかできないのかもしれない。
(取材・文=戸叶和男)
http://tocana.jp/2016/08/post_10598_entry.html



奇習! 実父と娘が常習的セックス、子どもができたら… 秋田県南部で行われていた“伝統的”近親相姦

その文化や宗教観などによって異なりはするものの、世の中には実に様々な“性のタブー”が存在する。そうしたタブーの中で割と知名度はありながらも、その実、踏み込む人がそれほど多いわけではないと考えられるものの1つが、親子兄弟姉妹間などにおける性交渉、すなわち「近親相姦」だ。


「……ああ、たしかにそうだよ。このあたりじゃ、昔はそれが当たり前でね。どこの家でもみんなそうしてたもんだよ」


 かつて秋田県南部のとある地域で行われていたという「近親相姦」に関する習慣についてそう語るのは、今でも同地域に住むという元養殖業・戸川盛一朗さん(仮名・69)。戸川さんの話によると、かつて当地においては、親と子がごくごく当たり前のように交わるという信じ難い習慣が存在していたのだという。


「親子って言ってもね、そういうことするのは、男親と娘だけなんだよ。だから兄妹とか姉弟とか、女親と息子っていう組み合わせはない。あくまで男親と娘だけなんだよな」


 当地における近親相姦の習慣において、その「組み合わせ」として認められているのは、男親と娘のみ。逆にそれ以外の組み合わせについては、絶対に行ってはならないものとされていたという。その理由は定かではないものの、戸川さんの話によれば、もしそれ以外の組み合わせで関係を持ってしまった場合は、当人たちはもちろんのこと、家人全員が村から追放されるという厳しい掟が存在していたのだそうだ。


「みんなそれが当たり前のものとして考えてたわけだから、誰一人、躊躇う人間もいないし、みんながみんな、そういうことをやっていたんだけどもね、一応は子どもができないように、中に挿れてはいけないことになっていてね。もっとも、実際には嫁入り前の娘が腹ボテになっていたりするのも見かけたから、守られていたわけじゃないんだろうけどな」

あくまで“建前上”は挿入ナシのセックスに限定されていたものの、戸川さんが言うように、実際にはそれを守る者はほとんどなく、実父の子を身ごもる少女たちが後を絶たなかったという。


「身ごもったのがわかるとね、薬を飲んでおろすんだよ。そう、虫下しをするみたいにね。だから村の共同墓地にはね、そういうのを供養するための地蔵がいくつも祀られていたよな…」


 なぜか「習慣」というだけで実父とのセックスを繰り返し、その子供を身ごもるたびに中絶を繰り替えしていたという当地の少女たち。どこをどう贔屓目に見たところで、現代人の我々の感覚からすれば、それは単なる性的虐待でしかない行為だが、いずれにしろ彼女たちが、その後の人生において、“普通の大人”として生きていけたのかどうか、誠にもって疑問である。
(取材・文/戸叶和男)
http://tocana.jp/2017/03/post_12314_entry.html


奇習! 花婿が義母からセックスを学ぶ「母娘どんぶり婚」 ― “良い息子”に成長するための秘密の夜伽=愛知県

【日本奇習紀行シリーズ】 愛知県西部

 作家・谷崎潤一郎の小説をもとに1959年に映画化された市川崑監督の『鍵』。この映画においては、中村鴈治郎演じる古美術鑑定家の剣持が、愛娘の敏子(叶順子)の婚約者で、大学病院のインターンとして多忙な毎日を送る木村(仲代達矢)に、妻の郁子(京マチ子)をあてがおうとするという、なんとも奇妙な性的嗜好の持ち主として登場するが、実はこの映画を彷彿とさせる奇習が、かつて愛知県西部のとある地域に存在していたという。


「まあ、言ってしまえば、娘婿と花嫁の母親が寝るという話ですよ。それが婚礼の際のしきたりとなっていましてね。今となっては変な話にしか思えないのですが」


 自身が知るその奇習について今回我々に証言してくれたのは、かつて当地で暮らしたことがあるという崎田善三郎さん(仮名・82)。崎田さんの話によると、その地域においては、娘の婚礼が決まると、その生みの親である母親を、娘婿に抱かせるという、なんとも奇妙な風習が存在していたという。


「まず結婚が決まると、婚礼の前の1週間だけ、村全体で共用している小屋というか、離れみたいな小さな家がありましてね、そこで花嫁の母親と花婿が暮らすと。それこそ新婚生活のような感じでしてね、要はそういう時間の中で、一番大切にされているのが、夜伽(よとぎ)と。そういうわけです」

崎田さんの話によると、花嫁の母と花婿との“営み”は、必ず毎日1回以上と決められており、それを1週間続けるのだという。我々の常識で考えれば、少々想像しづらい話だが、村人たちから崎田さんが聞いた話では、そうした行為を一定期間続けることにより、花婿は血の繋がっていない義理の母であっても実母以上に大切に想うことができるようになり、「良い息子」へと成長することに繋がるのだとされていたという。


「おそらくなんですが、熟練された母親にですね、若い娘婿を手ほどきさせて……っていう話なんだと思いますから、要は、広い意味での“子宝祈願”というのが建前であったのではないかと思います」


 この行為が持つ大義名分について、そう分析する崎田さん。実際のところ、その推測がどの程度正確なものなのかは定かではないが、たしかにそうした関係を持つことで、義理の母に対して、男性が格別の想い入れを持てそうな気もしてくることは事実だが……如何だろうか。
(取材・文/戸叶和男)
http://tocana.jp/2017/03/post_12305_entry.html



奇習! 逆らえばリンチ、輪姦、処刑… 紳士的村人の“裏の顔”と強烈すぎる男尊女卑地獄=青森県

【日本奇習紀行シリーズ】 青森県


「今は平気で女の人が男の人を振ったりするでしょ? けどね、私らのところじゃ、昔、そんなことをすると、えらいことになったものだよ」


 自らが生まれ育った地域の知られざる実態についてそう語るのは、青森県のとある地域で暮らす無職・世良善三さん(仮名・82)。世良さんの話によると、彼が生まれ育ち、三十路手前まで暮らしていたという同県の「有名な湖の近くの某地域」においては、「強烈な男尊女卑文化」ともいうべき、恐るべき風習が存在していたのだという。


「まあ、簡単に言ってしまうと、女が男に逆らっちゃいけないっていう。逆らったり、機嫌を損ねたら、むごい目に遭わされるっていう風習ですよ」


 要は結論から言ってしまうと、当地においては結婚はもとより、恋愛に関しても、女性側に何ら選択権はなく、婚姻関係にあったり、交際中にある際に女性は完全に男性に対して隷属し、男性の機嫌を損ねたりすれば、即座に、村人全員を巻き込んでの「処罰」が下されるのだという。


「もともと色恋に関しては、男から言うの。くっつくときも離れるときも。女からは言えない。くっつくきはまだしも、離れるときに女側からそんなことを言い出そうもんなら、それこそ袋叩きにされるからね。だから傍目に見ると、あの村で幸せそうに暮らし続けている夫婦というのは、夫も妻も完璧すぎるというか、どこをどう見ても善人でしかないんだよ。だって、そうじゃない人は殺されちゃったりするんだから」


 世良さんの話によると、男性側の申し出により、「処罰」が行われる際には、概ね、(1)集団でのリンチ(2)集団輪姦(3)処刑……のいずれかを選び、その「刑罰」が下されるのだという。一応、刑の執行にあたっては、女性側からの申し開きの場も設けられるが、それはあくまで形式上のことであり、現実にはほぼ100%、女性に対して先述した「三刑」のいずれかが下されるのだ。


「そういう目に遭うからね、女はものすごく気立てが良い嫁さんになるし、夫はそういう嫁を見て、とても大切にするんだよ。けど、それがもしね、うまくいかなくなったりしたら、嫁だけが間引かれるから。他所から嫁にきたってそう。夫婦喧嘩なんかしようものなら、晒し者にされた挙げ句に殺されて終わりよ」


無論、こうした一方的な「私刑」が公然と行われる一方で、世良さんが言うように、その日常において、必ずしもこの集落の男性が「男尊女卑」的な言動をとるわけではなく、むしろ、日頃は至って紳士的。それこそ100年以上も前から、「レディファースト」の習慣が定着し、結婚後も、家事や育児は夫婦で分担するなど、「いい男」揃いなのだという。にもかかわらず、ひとたび女性が男性の怒りを買うと、このような刑罰が下されるのである。


「昔からあのあたりは優男というか、いい男が多かったみたいだからね。そういう男たちによって、至れり尽くせりの生活をして、自分もいい女でい続けようと思って振舞えれば、何一つ不自由なんてありゃしないハズなのさ。けど、多くの女が増長して、いつしかそういうありがたみを忘れちまう。だからその歯止めにするために、ああいう風習ができたんじゃないかな」


 当地のおぞましき奇習について、ある種の「抑止力」としての意味合いがあると推測する世良さん。その是非はともかく、また、こうした奇習の有無に関係なく、日頃、身近な男性に対して傍若無人の振る舞いをして憚らぬ女性は、たまには自身の言動を顧みることがあっても良いのかもしれない。

(取材・文=戸叶和男)
http://tocana.jp/2016/10/post_11238_entry.html


奇習!母娘の「親子丼」を正当化した邪悪な男たち―ある資産家男性の告白

【日本奇習紀行シリーズ】 北関東


 今でこそインターネット上の情報交換が盛んとなり、性に関する情報が氾濫している状況となっている。だが、こうした時代になるまでは、一般とは少し違った性嗜好は、まさに「秘せるもの」であった。ましてやそれが、集団による不可思議な習慣として結実したものともなれば、それは後世の人々にとって、なおさら神秘のベールに包まれたものとなる。


「もともとは自分の中だけの秘密といいますかね、そういう行為だったんですけれども、行きがかり上、習慣になってしまった、と。そういう話です」


 自らの抱えている特異な性的嗜好と、そうした嗜好が生み出した行為、さらにはその賛同者によって定着したという「秘せる習慣」についてそう語るのは、東京都在住の元会社経営・堀江孝三郎さん(仮名・89)。彼の話によると、今を遡ること約60年前の昭和30年代初頭、北関東のとある地域では、彼が生み出した習慣が、その地域全体で「公然の事実」として定着していたという。


「私はね、若い頃から女というものに執着していましてね。特に、母と娘、姉妹といった近い血のつながりがある女に対しては、とにかく“味比べ”をしたくてしようがなかった。だからね、最初は自分の手近なところで、そういう嗜みとでもいいますかね、やっていたんですよ」


 もともと、母娘を同時に犯すという、いわゆる「親子丼」の行為について異常な執着を持っていたという堀江さんは、自らが経営していた会社で事務員として雇った当時30代半ばの女性を愛人として囲うようになった。その時点で既に彼の頭の中には、彼女の娘で、中学に入ったばかりの少女に対する強烈な執着と欲望が生まれ始めていたという。


「その女は三十路のいい女でしてね。となると、その娘だって、色気づく年頃には、母親と似てくるわけでしょう? そうなればどうしても“味見”したくなっちゃう。ましてや、母親よりも若いし、男を知らぬときたものですからね。私はね、母親の方の股を覗き込みながらね、『ここからあの娘が出てきたのか』って感慨深く思いますし、さらにここから出た娘が、もうこんなになっているって思ったら、もう…。だからね、話がまとまったときにはね、布団をふたつ敷いて、ふたりを並べましてね、交互に“味比べ”をね、したものですよ」


 沸き起こる性衝動を抑えきれずに、継父的な立場でありながらも、娘とその母を同時に性奴隷化したという堀江さんに対し、薄々事情を察しつつあった周囲の目は極めて厳しかった。それまで気さくに挨拶を交わしていた近隣住民たちは彼を避けるようになり、商売上、付き合いのあった人々ですら、彼と距離をとるようになっていったという。

 そこで彼は一計を案じ、有力な町議会議員や町で富豪として知られていた人物に接触。彼らに多額の金を握らせることで地域社会の「世論」を再構築することを思いついた。結果、彼は少女とその母親を同時に抱くという「親子丼」を、さも当たり前のことであるかのようにした上で、地域住民を巻き込む形で「古くからある習慣」として事実を歪曲・捏造し、定着させることに成功したという。


「人間なんてね、所詮は金です、金。金を握らせれば、常識も道徳もありゃしない。だから私は金を使ったんです。するとね、今まで私に陰口を叩いていたような連中までが私に従ってくる。あれは愉快でしたよ。気づいたらね、私のやっていることが、常識みたいな話になって。それからは毎日が幸せでしたね」


 それからというもの、堀江さん自身はもとより、彼と同様の行為に走る男たちが同地域で激増。「極めて自然な形」(堀江さん)で習慣として定着した。また当時ほど大っぴらではないものの、現在もなお、その地域では同様の行為が行われているのだという。


「私はね、もうこういう歳だからそんなにはしないけれども、あの時の私の努力が実ってね、今、こういう習慣として、残ってるわけでしょう? それは感慨深いことですよ。私自身だって、あの時の娘がね、子供を生みまして。その子供がまた娘を産んだんです、つい最近。もちろん、多少の“味見”はしましたけれどもね」


 自らが生み出し、定着させた「習慣」についてそう語る堀江さん。にわかに信じがたい話ではあるが、得てして、世の中に存在する奇習の類というものは、こうした個人のあらぬ欲望によって生み出され、ある種の力技によって、地域全体へと定着したものなのかもしれない。
(取材・文=戸叶和男)
http://tocana.jp/2016/08/post_10561_entry.html


奇習! 終戦直後の“母娘どんぶり”の実態! 継父による性的虐待推奨制度「二婦貰い」とは?

【日本奇習紀行シリーズ】 山梨県甲府盆地


 生別か死別かは別として、夫と離れた後に、女手ひとつで我が子を懸命に育てている女性は、今でも数多く存在している。そうした女性が、後に別の男性と所帯を持った場合に、女性の連れ子が女児の場合は、継父から性的虐待を受けたりといった深刻な事態が発生することも少なくない。しかし、かつてこの国においては、そうした継父による性的虐待が、当たり前のこととして行われて、むしろ推奨にも誓い形で定着していた地域が存在している。

 山梨県の甲府盆地から少し北方へと車を走らせたある寒村。周囲に点在する観光地とは裏腹に、ひっそりと静まり返ったその村で、今なお細々と農業を営む義家敬三さん(仮名・78)は、かつて当地で行われていたその儀式について知る、数少ない生き証人のひとりだ。


「戦争がね、終わりの頃にさしかかってくると、みんな兵隊でとられてしまってね、本当に誰もいなくなってしまったんですよ。私はまだ子どもだったからよかったけれども、ちょっと上の世代までは、兵隊で行って、戻ってこなかった。本当にいやな時代でしたよ…」


 たしかに、太平洋戦争末期となると、日本全国の男たちが戦地へと借り出された。ある者は南方のジャングルでその白骨を晒し、またある者は遠くシベリアの地に投獄されたまま餓死……、祖国の地を二度と踏むことなく、最果ての地でひっそりと息絶えた。また、同時にそのことは、国内において、多くの寡婦を生むこととなった。それは義家さんが住むこの山間の村とて例外ではなく、終戦を迎える頃になると、村からほとんど男衆の姿がなくなってしまったという。


「日本が負けて、少しずつだけども、みんなで力を合わせてまた元のような暮らしにしようっていうことになったけれども、もうその頃は村中が後家さんばかりでね。うちの集落だけじゃないよ、この辺はみんなそうだったんです。だから村の偉い人がね、後家さんたちを再婚させようとして、一計を案じたっていうわけです」


 義家さんの話によると、男手がなくなったことで田畑を耕す手も足りなくなったことから、付近一帯をとりまとめる有力者が手引きする形で、零細農家の寡婦たちは、一斉に再婚を目指したという。しかし、折りしも当時は日本全国で男手が足りなかった時代。そうやすやすと再婚相手が見つかるはずもない。そこで考え出されたのが、通称「二婦貰い」と呼ばれる制度なのだという。


「後家さんの年齢は様々だけれども、昔は今よりも子どもが多かったから、どの家にも必ずひとりやふたりくらいは、女の子がいたものでしてね。要はそういう子らをダシに使って、助平な男たちを集めようっていう腹でした。今にして思えば酷い話かもわかりませんけどね、当時はみんな生きるので精一杯でしたから。そのためには田んぼや畑だって耕さなくちゃならない。当の後家さんたちからすりゃあ、無念だったでしょうけども、迷っている暇なんてあったもんじゃなかったんでしょうね」


 男というのは心底救いようがないもので、山奥の田畑しか持たぬ寡婦相手には、再婚希望の手を挙げなかったものの、それがその家に暮らす娘と「セット」ともなれば話は別。邪な欲求に突き動かされた男たちによって、相次いでこの集落の再婚話はまとまり、終戦の翌年の夏頃までには、ほぼ全世帯が再婚した状態となっていたのだという。


「そりゃあね、“そういう目的”で集まってきた男たちだから、女の子が多い家の方が引く手がありましたよ。ひとりよりふたり、ふたりより3人っていう具合にね。けども、そういう継父のね、なぐさみものになるのがよほど耐えられなかったのか、中学を出る頃には、そういう子らはみんな都会へ出ていきましたよ」


 無論、現代の常識で考えれば、この「二婦貰い」の制度は、年端もいかぬ娘たちが犠牲になったことを思うと、胸の痛む話でしかない。しかもそれは彼女たちを生んだ母親、すなわち、夫に先立たれた寡婦たちにとっても、大きな痛みを伴うものであったはずだ。しかし、そうした苦渋の選択をせねばいられなかったほどに、生活が困窮していたこともまた事実。いつの世も、戦争における犠牲者というのは、兵士として戦場で命を落とす者だけではないのである。
(取材/文=戸叶和男)
http://tocana.jp/2016/03/post_8154_entry.html



奇習! 封印された平安貴族たちの蛮行 ― “恍惚”の赤ん坊レイプ

【日本奇習紀行シリーズ・番外】平安貴族たちの隠された悦楽


 かつて、小説家・芥川龍之介は、『今昔物語集』に残る逸話を基に、その著作である小説『羅生門』で、死体から髪を盗んで生業とする老女の姿を描いていた。だが、かつて、京の都が荒みに荒んでいた頃、死人の髪と同様に、常時では考えられぬ需要が生まれていた。それは、生後間もない嬰児の亡骸である。

 以前、世界各地の権力者たちが、幼児の性器から切除した包皮を好んで食していたという内容をご紹介した。(※【世界の奇習】割礼した幼い性器の包皮を食す―永遠の美と不老長寿を求めて)その時にも触れたが、嬰児が持つ生命力に魅了される形で、不可思議な行為を密かに行っていた者は、洋の東西を問わず意外と多く存在していたようだ。しかし、彼らの中には、そうした目的とはまた別の意味合いで、乳幼児の肉体を求めていた者も存在していたのだ。それは、その柔らかき肉体が、性的な快楽を得る上で、この上なく適したものであると感じていた人々である。

「現存する史料に乏しいため、正確な部分については不明な点も少なくないのですが、私は確実に“あった”と考えています」

 かつて平安貴族たちを中心に未曾有の大流行となったとされる“ある秘せる儀式”についてそう語るのは、歴史研究家・山種昭三氏(仮名・78)。彼は以前、定説を無視してまで半ば強引に持論を展開し、学会における地位を失った過去を持つ。氏が研究したところによると、今を遡ること900年以上前の1050年頃、京の貴族たちの間では、嬰児の亡骸を密かに買い入れては、それを性的な欲求を満たすために利用する者が続出した時期があったのだという。

「さる筋の傍流にあたる高貴な方が遺した書物によると、生後3カ月くらいまでの女児の性器は、まるで淡雪のごとく、柔らかき感触であるとのことなのです。またこれは別の史料から少しずつわかってきたことなのですが、ある時、京の北西部にある某寺の僧が、さる雅な血筋の赤子の遺体を弔う際に、なんの好奇からかは知る由もありませんが、その女性器に、自分の指を一本入れてみたそうです。

 すると、今まで感じたことのない感触に驚いたというんです。それで、その僧は仏罰が当たることを百も承知で、その嬰児の屍を抱き寄せて行為に及んでしまった。けれども、その行為の最中に見張りの者に見つかってしまい、彼はその場で斬られてしまうんですね。でも、切断されたその首は、とても恍惚に満ちたような表情を浮かべていたとか…。本当か嘘かはわかりませんが、もしかする当時、こうした逸話に尾ひれがついて、あのおぞましき習慣が広まったのではないでしょうか」


スルジャン・スパソイェヴィッチ監督の映画『セルビアン・フィルム』では、男が赤ん坊をレイプするという、なんとも信じ難い一幕が描かれていた。山種氏によると、平安の世においては、件の僧にまつわる逸話をどこからか聞きつけた一部の堕落した貴族たちにより、嬰児の遺体を買い集める行為が急速に広まっていったという。しかし、夜毎の快楽のためにそうした行為を繰り返していたのでは、死体がいくらあっても足りなくなってしまう。それがさらなる悲劇を生んだ。

「遺体が簡単に手に入らなくなると、今度は褒美を出す形で、貧しい庶民の家から生まれたばかりの生きた赤ん坊を買い集めるようになっていったと聞きます。しかしそれだけでは金も赤子も数が足りない。

 そこで結局は押し込み強盗のような真似をしてまで方々から赤子を誘拐しては、自らの屋敷へと運び込んでいく、と。その際に生死の別は問わなかったそうです。ですが、仮に死後間もない赤ん坊を1とすると、しばらく経ったものでその半分、逆に生きたままの赤ん坊であれば実に3倍のもの価値の褒美を惜しげもなく与えていたと言いますから、今風に表現すれば、とんだ赤ん坊バブルですね」

 夜毎、貴族たちの屋敷の裏手には、あちらこちらから赤ん坊を集めてきた者たちが、列を成してその「換金」を待つという、なんとも奇妙な光景が展開されていたという。折しも、平安時代と言えば、通常の男女であっても、親の承諾が得られない場合などは、誘拐という形で強引に婚姻関係を結んでいた時代。今の時代と比較すれば、いかにこの手の罪に対する意識が緩かったかがわかる。

「まあ、当時は“辻とり”といって、路上で女を浚ってそのまま結婚なんていう時代でしたし、乳幼児の死亡率も極めて高かった時代ですから、今ほど罪の意識はなかったんでしょうね。ましてや、婚姻対象となる年齢そのものも今に比べて格段に低かった。現代で言うところの小学生の女の子をいい歳の男が嫁にするなんていうのも当たり前でしたから、性の対象というもの自体が、あまりに自由すぎる時代だったと言えるのかもしれません」

 性に関するタブーという意味では、あまりに無秩序で、開放的過ぎた平安時代。当時の感覚を持たぬ現代の我々から見て、それが理解に苦しむものであることは、ある意味、致し方のないことなのかもしれない。
(文=戸叶和男)
http://tocana.jp/2015/11/post_7743_entry.html




2014年12月21日【呪い・祟り・復讐】近親相姦の障害?


うちの実家は東北の田舎なんだけど旧暦の正月に『ささら』っていう祭が有る。
祭事に詳しい人なら地区まで特定できそうだから明記はしないけど、そんくらい田舎だって話。

俺はガキの頃に屋根裏部屋とか物置とか探検するの好きだったと記憶している。
居間の隣に襖(ふすま)を隔てて、親戚が集まった時に宴会する様な応接間(?)が有り、その隣に仏壇や昔の調度品、旧家によく有る母親の子供の頃に買った人形とか母の兄弟の五月人形とかが、うっすら埃(ほこり)被って置かれてる様な部屋があった。

その部屋の押入れの奥に、小部屋が有るんだ。

もう何年も昔に、母方の親が相次いで亡くなって家を手放す時に俺の母の兄である叔父から聞いた話では、そんな感じの部屋ってのは、この辺の部落の旧家には何箇所か有って、その昔『夜這い』の風習とかが残ってる頃の名残だという。

戦前から子不足に悩んでた付近の住民が、あの小部屋で密会して、なんとか子供を増やそうとしていたらしい。


そんな中、ある家系に池沼の娘ばかり生まれる様になって、(近親相姦の障害?)近くの神社の家が「これは祟りだ」とか言い出した。

それで娘を引き取って、巫女として養ってたらしいんだが、戦後の貧しさから、その池沼の姉妹達に客取らせて金貰ってたんだと。
その売春に使われてたのが例の小部屋。

神主は祈祷(きとう)だと言って、夜な夜な巫女を旧家に行かせる。
その家の人間は巫女を小部屋に通し、順に客を招きいれて相手をさせて金を取り、その幾らかが神主の所に入る事になる。

『ささら』ってのは、その巫女がみごもった水子を慰める意味も有るらしい。
叔父は、「俺はこの事を、自分の息子には話さない。俺はここから離れるし、お前の母親も嫁にいった。事実上、この土地で○○(苗字)の家を継ぐのはお前になるから話すんだ」って、酒に酔いながら言ってた。

叔父も子供の頃に巫女が客取ってるとこ盗み見た事が有るから、「その頃はまだ、分家した家系に池沼の娘が生まれてたんだろう」との事。

ちなみにその部落の神社は、叔父が中学出る前に火事で無くなって、その家がどうなったかは知らんのだと。
http://kowainazofushigi.ldblog.jp/archives/18830302.html


日本の神社の境内、特に鎮守の森は、何の為にあると思う?

日本の神社の境内は、お祭りの為にある。鎮守の森は、セックスの為に用意されている。お祭りには、神輿担ぎと同時に、セックスのお祭りがあった。(江戸時代まで)

村祭りの時だけは、村人は誰とでも相手を選んでセックスができる。通常の掟が通用しない場所、という意味で神社があるのだ。

ただし、規則が一つだけある。それは、”お面をかぶる事”である。男がかぶるのが”ひょっとこ”。女がかぶるのが”おかめ”である。何で、男と女で面が異なるかと言えば、暗い場所で男女を間違えない様に、という事である。

21世紀の現在でも、名残がある。それがお面と鎮守の森である。
お祭りの後、鎮守の森でセックスする事は、日本古来の風習なのだ。

こういう風習を全てやめさせた上に、靖○神社という人工宗教(靖○は明治維新の数年前に作られた、オウム真理教みたいなものだ)を作って、男たちを戦争に駆り立てたのが明治政府である。セックスを禁止して、暴力に走らせる。

日本古来の神社には、”戦争に行けば軍神になれる”などという妄信は一切無い。

日本古来の神社とは、平和とセックスの象徴なのである。
http://www.asyura2.com/10/idletalk39/msg/611.html#c27



奇習! 村男全員の“肉便器”にされた「ヨシさん」 ― 栃木の寒村に実在した元娼婦の悲しき真実とは?

【日本奇習紀行シリーズ】 栃木県

 都市伝説上でしばしば登場する「オサセさん」よろしく、日本各地では不特定多数の男性を性行為に誘い、「無料で簡単にやらせてくれる女性」というものが、かねてよりその存在を噂されてきたが、かつて、栃木県のとある寒村では、村に暮らす全員の男性と肉体関係を結ぶことを「仕事」としていた女性が、存在していたという。


「“ヨシさん”って呼ばれてたかな。誰も本名なんて知らないんだけどね」


 かつて当地に実在したその女性について語り始めたのは、現在もその地域で林業を営む中谷清三さん(仮名・76)。中谷さんの話によると、その「ヨシさん」と呼ばれる女性は、彼が物心ついた頃にはすでに村に居ついており、その後、中谷さんが三十代半ばとなる頃まで暮らしていたという。


「私が小学生くらいの頃には、すでに大人の女だったからね。おそらく50代半ばくらいまでは、あの村にいたんじゃないかな。でも、別に家があるわけじゃなくて、夜になるとだいたいその辺の物陰で寝起きしてたんだと思うよ。まあ、夜って言ったって、そう遅くない時間は男と寝てるわけだし、そんなに長い時間じゃないんだと思うけどな」


 実はこの「ヨシさん」、その詳しい素性は不明ながらも、中谷さんが大人たちから伝え聞いたところによると、20代の半ばに、村の実力者によって他の地域から招かれて、村の男性全員との肉体関係を結ぶように依頼された女性なのだという。


 とはいえ、娼婦とは違い、そうした行為で金を得ることはなく、住む家すら与えられなかったのだ。しかし、食べるものだけは保障されており、彼女が腹をすかせて村人の家を訪ねた際には、必ずその家の人間が彼女に食事を与えるという、不思議な決まりごとが設けられていたという。つまり、彼女は毎日の食事を得る代わりに、村の男性へ“奉仕”し続ける暮らしを送っていたということだ。


「聞くところによるとね、もともとどこかの色町で体を売っていた女だったらしいんだけども、借金が膨らみすぎてやっていけなくなったそうでね。それを村の偉い人が肩代わりして、自分のところへ身受けしたようなんだよ。けどその人は、自分の妾にするとかでなしに、村の男衆たち全員が共有する捌け口とでも言うのかな。そういうものにしちまった。そうすることで男たちに貸しを作ってね、自分の言うことを聞かせてたっていう。だからその人はね、ヨシさんを使ってまず村長になって、その後、最後には県議の上の方まで上り詰めたっていう話だよ」


 苦界から拾い上げられたと思ったら、権力を求める野心家男性によって「票集め」の道具とされ、乞食同然の貧しい生活の中で、ただひたすらに村の男たちの肉便器とされたという「ヨシさん」。その人生の大半を、無気力に男たちと寝続ける行為に費やした彼女の胸中は、如何なるものであったのだろうか。
(取材・文/戸叶和男)
http://tocana.jp/2017/03/post_12308_entry.html


奇習!村人全員の嫁になった女 ― 深刻な嫁不足・セックス不足が生んだ寒村の悲哀!

東京から特急列車とローカル線を乗り継いでおよそ2時間強、その甲信越地方のとある山間の地域では、かつて相次ぐ自然災害などの影響により深刻な人口減少が発生。とりわけ、はからずも極端な形で男性ばかりが生き残ってしまったことから、地域で生まれた女児について、実に奇妙な養育がなされていたという。

「わかりやすく言えば、みんなで育てて、みんなで分かち合う。そういう話なんじゃないかな。昔は農作物だって、貴重なものはそうしてたわけだから、まあ、その頃の人らの感覚じゃ、それが自然なことだったんだと思うよ」

 この地域にかつて存在していたという、女児の養育に関する奇妙な習慣についてそう語るのは、米寿を迎えた今も、父祖伝来の田畑を守り続け、「現役」で農業を営み続けている高村伊佐夫さん(仮名)。

高村さんの話によると、その習慣が生まれたのは江戸時代のことで、深刻な嫁不足が起きていた同地域では、“貴重な女児”を村人全員で協力しあいながら養育し、その後、成人した後は、“村の嫁”として男たちが共有していた時期があったという。

「もともと嫁になり得るような女がほとんどいやしないからね、おそらく最初はよそからもらってきたり、さらってきたりしてはじめたことなんだろうけども、女の赤ん坊からね、育てていくわけよ、みんなで。

そうすると、いつかは大人になるだろう? そしたら、育てた男たち全員の“嫁”になるっていう。

となると、その嫁が今度は子供を生むだろう? 女の子だったら、その子もみんなで育てていく。もともとどの男が父親か? だなんてわかりゃしないからね、それでよかったんだろうね」


 今の時代の「誘拐事件」よりも、もっと“ありふれた事”として、人攫いや人買いが横行していた当時、遠く離れた地域から、この村の男たちによって連れ去られた女児たちは、本来の両親から引き離される形で、男だらけの集落で養育され、やがてはその“共有財産”として“村人全員の嫁”となっていく。

そして、その嫁が生んだ女児もまた、同様の運命が待ち受けていたのだ。しかし、彼女たち“村人全員の嫁”の生む子が、必ずしも女児であるとは限らない。

「……そうね、男の赤ん坊が生まれた時は、間引いてしまったっていう話だよ。

もっとも、こんな話、私だって死んだ爺さんから聞かされた話だし、その爺さんだって、ひい爺さんから聞いたっていうぐらいの大昔の話だからね、本当かどうかはわかりゃしないけれども」
http://tocana.jp/2017/07/post_13705_entry.html



奇習! 小作人の嫁や娘と強引セックス ― 女たちを孕ませ続けた豪腕名主のハーレム生活=東北地方
http://tocana.jp/2017/08/post_14068_entry.html

いつの時代も権力者というものは、得てして、その力のままに、無力な一般人を虐げるものであるが、そうした被害に遭う人々というのは、その理不尽さをわかっていながらも、それに抗うことすらなく、権力者の意のままに、多くの辛苦を味わい続けるものである。

「そうですね、当時はあのあたりの人間はみんながみんな貧しい小作農ばかりでしたからね。名主様に楯突く人間なんていやしませんでしたし、そんなこと、思い浮かべることすらありゃしませんでしたよ」

 かつて東北地方のとある地域で絶大な権力を誇り、“小農王”とまで呼ばれた名主による専横ぶりについてそう語りはじめたのは、現在、北関東の小さな町に住む元農業・川崎昭次郎さん(仮名・89)。川崎さんの話によると、彼が生まれたその地域に君臨していたその名主は、文字通り、地域の人々を隷属させ、傍若無人の振る舞いを続けていたという。

「日常生活の締め付けが厳しかったのはどこも一緒でしょうけれども、あの名主さんは本当に酷い仕打ちばかりをする人間でしてね。どの家の嫁も娘も、それこそ女という女は手当たり次第に手をつけては孕ませていましたよ……」

 英雄色を好むとは言うが、その名主、地域の取りまとめ役としては、ある意味、“優秀”な辣腕家ではあったものの、同時に、酒と女に目がなく、複数の愛妾を囲っていたのはもちろんのこと、それだけでは飽き足らず、小作人たちの中にいる女衆をかき集めては、強引に関係を持ち続けていたという。そのため、当地においては彼の子種を元に出産する女性が後を絶たず、まさに彼にとってはハーレムで、同時に小作人たちにとっては生き地獄のような悲惨な暮らしぶりが常態化していたというのだ。


「なにせどの家でも名主様に金を借りたりしていましたからね。というか、そういう方向になるように持っていかれているわけですから、当たり前なんでしょうけども、そういう借財がどんどん膨らんでいって、やがてはどの家も、身一つしかない状態になってしまう。そうなれば、嫁だろうと娘だろうと、言われるがままに差し出すしかない。かといって、そうした暮らしから逃れようとすれば、当然、夜逃げしかないですし、そうなると親類縁者や近隣のみんなに迷惑がかかるからそれもできない。となれば、従うより他ないんです」

 川崎さんの話によると、こうした名主による小作人への搾取は、彼が死ぬまで続き、その間、彼によって無理やり犯され、子供を生むことになった女性は数え切れないほどの人数に上るという。こうした話は、なにも我が国に限ったことではなく、類話は世界各地にリアルタイムで存在しているが、やはり富や権力というものは、いつの時代も、その所有者如何で、数多の悲劇を生むものなのかもしれない。
(取材・文/戸叶和男)




奇習! 村の実力者による伝統的“味見”の実態 ― 下は13から上は40代まで… 抱かれまくる妻・娘、無言で差し出す父・夫=北陸地方
http://tocana.jp/2017/10/post_14732_entry.html

【日本奇習紀行シリーズ】 北陸地方

 かつて隆盛を極めた遊郭文化がそうであるように、いつの世も、“実力者”と呼ばれる人々による“お遊び”は、我々一般庶民からすると、到底考えられぬような代物となりがちであるが、そうした“実力者によるお遊び”が、「奇習」として長らく受け継がれていたケースも、この国においては少なからず存在している。


「まあ、昔はその土地ごとに力のある人がいたものでね。古くは庄屋さんの家柄だとか、大昔から続く大店の家系だとか、そういうの。そういう力のある人がね、昔は本当におかしなことをやっていたものだよ」


 郷里である北陸地方のとある地域で、かつて実際に存在していたというその奇妙な習慣についてそう語るのは、現在も当地にほど近い小都市で余生を過ごしている横澤昭蔵さん(仮名・82)。横澤さんの話によると、彼がまだ少年時代だった昭和初頭までは、村の実力者による“禁断の遊び”が、平然と行われていたという。


「まあ、わかりやすく言うと、あそこらで一番力のある家の主人がね、一帯に住む女たちをすべて味見できるというしきたりだね。大抵は毎月決まった日になると、下は十三、四、上は四十路の奥さん連中までね、その家の広間に集められてさ。それで一人ずつ姿形を見ていって、主人が気に入った女を何人か選んで抱く。それでその中で一番気に入った女にね、結構なまとまった金を褒美として渡すんだよな」

潤沢な資産と、地域での発言力をフル活用する形で、近隣に住む女性たちを味見し続けていたという当地の実力者。横澤さんの話によれば、さすがに避妊だけはしていたようであるものの、大切な娘や妻、姉妹を、彼に抱かれるためだけに差し出す男たちはタマったものじゃない。たとえそれが、相応の対価を得られるものであるとしても、だ。しかし、そうした不平不満や怒りを口にする者は誰ひとりとして存在しなかったのだという。


「あそこらに住む人というのは、みんなその人の言いなりなわけ。なにせ暮らしの大半をね、握られてるんだもの。どうしようもない。だからああいうおかしなことをやってもね、誰一人文句なんか言いやしないんだよ」


 戦国時代の大名や、江戸時代の将軍たちが、何人もの側室を夜毎に交代させては抱き続けたように、地域の実力者が、近隣に住むすべての女性たちを味見し続けたというこの習慣。その無念さですらも口にできなかった当地の人々の胸中を想うと、なんともやりきれないところである。
(取材・文/戸叶和男)




奇習! 嫁も娘も父親の性奴隷になる近親相姦村 ― あまりに無慈悲な“男尊女卑”の習慣とは?
http://tocana.jp/2017/12/post_15260_entry.html

 本人の意思を無視した状態で、親兄弟の命ずるがままに、政略結婚をはじめとする女性の“望まない結婚”がしばしば行われてきたことからもわかるように、日本ではいわゆる“男尊女卑”の時代が長らく続いていた。無論、そうした時代においては、女性の人権を無視しているとしか思えない理不尽極まりない習慣も、少なからず存在していたのである。


「なにせ、女は一生、その家の家長の奴隷のようなものだったからね。今じゃとても考えられない状態だよ」


 かつて、甲信越地方のとある地域にのみ存在していたという、その奇妙な習慣について語るのは、同地域の出身だという辺見健三郎さん(仮名・82)。辺見さんの話によると、当地では男性の発言力があまりに強大で、女性たちはその生涯を通して、男性に命じられるがままに理不尽極まりない要求を受け入れるだけの人生を強いられていたのだという。


「まず、あのあたりじゃ、女房たちはひたすら旦那に傅く人生を送るのだけれども、それは家事や労働といったことだけじゃなくてね、夜の営みもそうでさ。全部、旦那が決めた通りにやらされてね、文句ひとつ言うことすら許されない。いかも旦那を満足させられなかったら、その場で平手打ちにされるっていう。本当に酷い話だよ」


身の回りの世話はもちろんのこと、夜になれば夫の性奴隷のように扱われ、ひたすら奉仕を求められるという当地の人妻たち。夫はそんな妻を虐げ、ただひたすらに自分勝手なセックスを繰り返すだけだという。だが、こうした災難に見舞われるのは、なにも妻だけではない。その妻との間にできた娘たちもまた、同様の憂き目に苛まれ続けるのだ。


「嫁さんだけならばまだしもね、娘たちにも手をつけるんだよ、あのあたりの男は。あの、なんていうの?“親子どんぶり”っていうのかな。娘もその母親もとっかえひっかえ自分の営みにつきあわされるっていう。それこそね、亭主を真ん中にして川の字になって、とっかえひっかえ楽しむだなんていう鬼畜も珍しくないわけ。だからあの当時、世間一般じゃ男の子の方がね、跡継ぎになるっていって喜ばれたもんだけど、あのあたりじゃ逆でね。娘が生まれた方が喜ぶんだよな」


 妻を自らの性奴隷とするだけでなく、その娘でさえも、理不尽極まりない性交渉の相手にしてしまうという、当地の男たち。辺見さんの話によると、それが“古くから続く習慣”であったがゆえに、誰一人文句を言うことはなかったというが、当地の女性たちの胸のうちを思うと、なんともやりきれないところだ。
(取材・文/戸叶和男)

奇習! 毎日違う男に抱かれては身篭り…!
自分の娘を村の“無戸籍・共有妻”として育てた西日本の悲しき伝統
http://tocana.jp/2018/03/post_16161_entry.html

(取材・文/戸叶和男)【日本奇習紀行シリーズ】 西日本


 現代の日本でも、実にさまざまな理由や経緯から、戸籍を持たぬ状態で生活し続けている人々が少なからず存在するが、かつて、そうした状況とはまったく異なる形で、特定の人物を“なかったこと”にする習慣が、西日本のとある地域に存在していたという。


「今の時代からしたら人権無視もいいところ。なにせ、存在していないことにされちゃうんですから」


 かつて、当地で大量に無戸籍者たちを生み出してきたという悪習について、そう眉を顰めつつ語るのは、現在もこの地で暮らし続けているという加納栄三さん(仮名・80)。加納さんの話によると、今でこそそうした悪習は姿を消したものの、昭和30年代半ば頃までは、特定の条件に当てはまる人々を、その誕生から“なかったこと”にしていたという。


「なんでしょうね、この地域ではね、女の赤ちゃんが生まれると、すべて“死産”という形にして、戸籍上は存在しないにもかかわらず、村の男たち全員の共有妻のような状態で囲う習慣があったんですよ」


男児が生まれた場合は、その家の跡継ぎないし、将来における貴重な労働力として育てられ、女児が生まれた場合は村の男たち全員にとっての“共有妻”になるというこの習慣。当人である女児はもちろん、その親にとっても身を切るような想いであったことは想像に難くないところだ。


「もともとこの一帯が深刻な嫁不足だった時期があるからなのかもしれないですが、それにしたって、今日はあそこの旦那、明日はこっちの旦那っていう具合に、毎日違う男に抱かれて身篭るわけですから、当人たちからすれば災難以外の何物でもないでしょう?しかも、そうやってまた女の子が生まれでもしたら、自分と同じ運命を辿ることになる。だから、あまりの苦境に気を病んで、身投げしてしまう人も多かったそうですよ」


 女性として生まれてしまったばかりに、自分が思うような生き方ができないことはもちろんのこと、村全体の“共有妻”とされた挙げ句に、その戸籍上の記載すら“なかったこと”にされてしまっていたという当地の女性たち。そんな彼女たちが耐え難い辛苦に身悶えしながらも生きたことを示すものは、当地を見下ろす小高い山の中腹に、ひっそりと打ち棄てられたままとなっている無記名の墓石群のみである。


32. 中川隆[-12668] koaQ7Jey 2018年5月28日 13:44:06 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14542]

奇習! 幼い少年少女による「SEX奉公」の実態! 旦那や女将の性奴隷に… 闇に葬られた「商家の秘密」とは!?=近畿地方 2018.05.26
http://tocana.jp/2018/05/post_16721_entry.html


【日本奇習紀行シリーズ】 近畿地方


 西村昭五郎が監督し、1982年に公開されたロマンポルノ『美姉妹・犯す』では、風祭ゆき演じる書店経営者の長女と、山口千枝演じる次女が、父親が経営する書店で勤労学生として働きながら下宿している清(演・内藤剛志)によって犯され、最後には姉妹同時にハメ倒されるまでになるという、なんとも複雑な人間模様が描かれているが、こうした「使用人との肉体関係」は、なにもロマンポルノや後世のAVの中だけの話ではないようだ。


「昔はちょっとした商売人の家じゃ、下男や下女を使用人として抱えていたものなのですがね、こと、このあたりじゃ、ちいとばかし事情が違っていまして。こうした使用人というのは、だいたいが、雇い主一家の性奴隷のような位置づけだったのですよ」


 自身が生まれ育った近畿地方のとある地域に、かつて存在していたという、“商家の秘密”についてそう証言するのは、自身も米問屋を営む大店の次男坊として生まれ、そうした“秘密”を幼い頃より「当たり前のもの」として考えていたという、白鳥耕三さん(仮名・89)。白鳥さんの話によると、当地における商家の使用人たちは、その大半が、表の商いで必要とされた人材ではなく、あくまで、経営者一族の性のはけ口としてのみ、その役割を果たしていた人々だったのだという。


「だいたい、昔で言ったら、中学を卒業したと同時に、うちみたいな商家に奉公に上がるんですけれどもね、入って早々に行われるのは、“性の手ほどき”なんですよ。といっても、だいたいがそのくらいの年頃の子たちですからね、最初は“イロのイロハのイの字”も知りやしない。だからね、いざ、そういうことになると、だいたい1/3ぐらいがそのまま里へと逃げ帰ってしまうし、1/3がしばらく呆けたようになってしまうっていう。けれども、残りの1/3ぐらいは、そのまま頑張って奉公を続けるんです。そういう子らをね、当時の大人たちは“筋がいい”だなんてうそぶいていたものですよ」


 そもそも、働き口を求めて奉公に上がった思春期の少年少女たちに、いきなり虐待でしかない性的行為を強要するという時点で、当世の我々にとっては俄かに信じ難い話だ。しかも、そうした被害に見舞われた奉公人たちのうち、度重なる辛苦を耐え忍ぶ形で、身を置き続けようとする者たちを、涼しげに“筋がいい”などと言ってのけるというのだから、鬼畜の極みとはまさにこのことだろう。白鳥さんは続ける。


「それでね、残った人間はどうなるか? っていうと、男は女将さんに、女は旦那さんに、弄ばれ続けるんですよ、それからも。要は旦那さんや女将さんが“飽きた”というまで、それが続くんです。しかも、場合によっちゃ、何人かの奉公人がまとめて相手をさせられることだってある。……ね? 今の人からしたら、信じられない話でしょう?」


 それぞれが個別に性の相手をさせられるどころか、時には複数プレイにまで参加させられていたという、当地の奉公人たち。これは現代社会問題となっている、いわゆる「ブラック企業」のそれを遥かに超えるといっても過言ではない、極めて劣悪な労働環境と言えるだろう。


「まあ、さすがにもうそういう時代ではないですから、今では大昔の昔話でしかないのかもしれないですけれどもね、当時を知る私なんかからすれば、今の若い人たちにも、“こういうことがあったんだ”、“こういう時代を経て今があるんだ”っていうことを知ってもらいたいですね」


 なお、白鳥さんの話によると、こうした極めて理不尽な経験をしつつも、無事に「年季明け」まで勤め上げた奉公人は、それぞれの“功績”を評価する形で、晩年、新たに店を一軒与えられるなど、“それなりのケア”はなされていた模様だが、果たしてそれが、彼らがその半生を通じて味わい続けた辛苦に見合った対価なのかと言えば、なんとも微妙なところである。
(取材・文/戸叶和男)


33. 中川隆[-12667] koaQ7Jey 2018年5月28日 13:54:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14542]

非婚の時代の先駆けを江戸時代にみる

●江戸時代の「家」は、家族ではなく企業

江戸時代における『家』とは、現代の家族とは違い、むしろ同族経営の中小企業のようなものでした。当時仕事は『家』に着いていることが多く、世襲によって継承されました。従って、生活の糧としての仕事を維持するためには、どうしても『家』を維持していく必要がありました。

従って、当主(親)にとって嫡男の結婚は、次世代の副社長か専務を選ぶようなもの。企業経営の器量があるか、自社にとって価値ある実家を持っているか、互いの会社(家)の釣り合いはいいか、など、嫁の選定は一大事業です。ですから結婚は親が決めます。息子自身は顔も知らずに祝言を迎えることが普通でした。

現代風に言えば、結婚を親が決めるのは理不尽です。しかし会社の専務の選定だと思えば、印象は違ってきますね。こうして選ばれた妻は、いわば優秀な重役候補です。現専務の姑に鍛えられ、世代交代後は、夫婦で会社経営に精を出します。家族と家来と使用人、それぞれの生活を維持するようにがんばらなければなりません。

また、こうして選ばれた妻(正室)の地位は、揺るぎないものでした。例えばそれは、跡取りの存在に現れます。妻(正室)に子がない場合は側室を迎えますが、側室は例え妻(正室)が死去した後でも、妻(正室)にはなれません。違う役割の者と見なされていました。つまり妻(正室)は、子がいるいないにかかわらず、その地位は確保されたのです。


●庶民は性的にも解放されていた

庶民にとって、結婚はしてもしなくてもいいものでした。当時はキリスト教を主体とした西欧文化の影響が薄かったので、女性の処女性はあまり価値を重視されず、従って性的にも自由でした。農村部で夜這いとして自由な性交渉が一般的だったのもその現れのひとつです。

離婚時に夫から妻に与える三行半は『再婚許可証』でもありました。これが法制化された理由は、離婚後の女性の多くが、再婚を含め、自由な男女関係を結んでいたからだと考えられます。

●恋愛は自由

恋愛は自由でした。それは例え武家のように結婚が必須であっても、男性は婚外で恋愛ができました。またその相手は、異性でも同性でも構いませんでした。日本には同性愛をタブー視する習慣はありませんでした。それが起こったのは西洋文化が蔓延する明治期以降です。

もうひとつ興味深いのは、遊女との結婚です。身請け、もしくは年季明けの遊女を妻にする例は少なくなかったと言います。それなりの遊女には高い教養があり、妻としての資質があると見なされていましたので、結婚後に差別を受けることもなかったようです。こうした女性は職業柄子どもに恵まれないと言われていましたので、これは当時、子を産むことが、妻の必須条件ではなかったことの例でもあります。

●現代との共通点 そしてヒント

当時の庶民は、男女共にほとんどが非正規雇用か、自営でした。つまり男女の別による職業的待遇の違いというものは、現在より小さかったと推察できます。一方、女中などの女性の仕事は、中間(武家に仕え、警固、供回りなどをする)などの男性の仕事と比べ、給金が良かったという記録があります。

当時も、社会は女性の労働力を必要としていました。また、経済的にも男性から自立し得た当時の女性は、その気になれば、一人で生きていく事もできました。現在では女性が働くためのネックになっている子育ても、家族や近隣のつながりの強い当時では、祖父母や、近隣の住人、さらには大きい子どもが小さい子供の面倒をみるなど、様々な手代わりがありました。

こうしてみると、豊かになった現在の方がとても窮屈に思えます。現代は、子どものいない女性、子育てを人に託さなければならない女性が、圧力を感じる社会になっています。でもこの考えは、決して日本古来のものではありません。むしろ明治以降、西欧文化が入ってきてから作られた考えです。

日本は古来、女性が自分の器量で生きて行けた社会だったようです。女性にとっての自由や平等は、西欧から来ると思っている人が多いとしたら、それは間違っているようです。
http://www.bs-kashiko.com/1309/


乱交制だった戦前の日本では何をすると不義密通とされたのか?

◆◇◆◇◆おかみさん文化◆◇◆◇◆◇

江戸期、日本の町屋社会(商家社会)には「おかみさん文化」と言うものが在った。

江戸期に入る前は、商工氏族は武士兼業だった。

日本列島に渡来した氏族は、夫々の得意分野で農業、工業(鋳造業)、商業、神主(宮司)、僧侶などを兼業していた。

代表的な例は平安末期の武門貴族・平清盛(たいらのきよもり)の宗貿易で、つまり清盛は大貿易商人でもあり、ついでに彼は僧侶にも成った。

その流れで渡来氏族の一部が武士に成ると、江戸期に商人が純粋に業種として独り立ちする前は、商人の大半は武士と兼業か武士が副業で商いをやっていた。

天皇の京都御所を守る「北面の武士」を出自とする松波峯丸(斉藤道三/さいとうどうさん)が山崎屋庄五郎として油屋を営んで居たのは有名な話である。

そして、もう少し時代が下がる室町時代〜戦国時代には武士兼業の豪商が力を持ち、財力を使って大名と協力関係を結んだり、一部の豪商は茶人として名声をはくす者も出た。


「おかみさん文化」は、武士兼業の商工氏族が多かった上方(関西地区)で始まったものだが、「商家特有の文化」として江戸期には日本全国に広まった。

昔の商家には一生を独身で済ませ、お店(たな)大事を貫く番頭の存在が落語や講談、読み本などで紹介されているがあれには裏がある。

実はその番頭は、おかみさんの肉体で満足していた。 けして不義密通ではない。
それが商家に嫁いだおかみさんの現実的な役目だった。


大店(おおだな)を内側から守るのがおかみさんの役目で、それには信用できる使用人の育成は欠かせない。

肉体的繋がりほど強いものは無いので、丁稚(でっち)はともかく、目端が利きそうな手代(てだい)辺りから、おかみさんが性欲の面倒を見て手懐ける習慣が、町屋社会(商家社会)では公然の秘密だった。

この関係、小使いは少なくても我慢させて忠誠を尽くすだけでなく、悪い遊びを覚えてお店(たな)の金に手を付けたり悪い病気を拾って来るのを防ぐ役割もあって、当然お店(たな)の旦那公認の「面倒見の行為」だった。

旦那公認で、使用人の性欲の面倒見の行為が、平然と行われていた。


すると不義密通話は何なのか?

あれは、情が通って駆け落ちなどをする場合いで、唯の性欲の面倒を見て使用人を手懐けるのとは訳が違うのである。
正に肉体的繋がりの信頼関係を、昔の町屋社会(商家社会)のおかみさんが勤めていた事になる。

「情が通わない肉体のみの性行為と言う点では昔の方が現実的な考え方で、今の上辺だけの考え方を「さも真実だ」とする主張の方が空虚なのである。

勿論、使用人に所帯を持たせて「のれんわけ}をする事も有るが、考えて見れば商売敵の同業者を増やす事になるのだから、理想はお店(たな)に縛り付けるに越した事は無いのである。

それにしても、大店(おおだな)の「おかみさん」も、「それを覚悟の嫁入り」と言う事になる。
当たり前ながら当時はそれが常識で、今の物差しで見るから読み間違う。何しろ、大店(おおだな)の旦那には妾の二〜三人は居て、その妾にもおかみさんの方が「旦那が世話になる」と盆暮れに付け届けの挨拶をする文化だった。

自分も手代(てだい)や番頭の性欲の面倒を見てから、それで互いのバランスを取って居た訳である。
つまり、繁盛している商家程使用人の数が多く、おかみさんの身体は、信用が置ける使用人の育成に忙しかった事になる。

そんなので旦那とおかみさんは、「上手く行っていたのか?」と言うのは当時の事情を知らず、現代の倫理観に当て嵌めようとするからである。

その辺はお店(たな)の旦那は商いの為と割り切っていたし、おかみさんもそう言うものだと割り切っていた。

商家の奥座敷は奥が深かったらしいが、それにしてもそう言う事であれば、内々において公然の秘密でなければ、おかみさんもとてもそんな事は秘密に出来ないであろうから皆それと承知していた事になる。

情が通わない性的な奉仕は、「単なる手段」と割り切った所が、現在の世の中の常識より余程現実的な事は私にも理解できる。

つまりは、わが国成立初期の昔から存在した「お家大事主義」の、肉体を使うお役目、閨閥構成社会(誓約・うけい)の正当性を、完全に認めるような話である。

この「おかみさん文化」の習慣は実に良く出来ている。

元々上方(当時の皇居所在地である京都近在の関西地区)で発生した商家の形態は、武家の感性を踏襲して「お店(たな)大事」が何よりも優先していた。
氏姓制度の名残を残す豪商の発想が、手本だったのである。

商売は商(あきない)と言うくらい永く続くのが信条で、後継ぎは絶やせない。
都合の良い事に、「使用人の性欲の面倒を見る」と言う、このおかみさん文化の習慣は、旦那が「種無し(子種が無く)」でも使用人が密かにカバーする。

嫁が「生まず女」なら妾がカバーする。

言わば商家存続の安全弁の役割も担っていて、「実は若旦那の実父は独身の大番頭だった。」などと言う人情話に、当時を伝えているのである。

まぁこの「若旦那の実父は独身の大番頭」を現代風の解釈で個人的な「おかみさんと番頭や手代の色恋沙汰」と解釈するか、その時代の「町屋商家の習俗」と捉えるかで随分当時のおかみさん文化の理解が違うものになる。

この物語ではもう毎度の事に成ってしまったが、この「おかみさん文化」を現代の倫理観や価値観の意識そのままに当て嵌(は)めては、到底信じられない事かも知れない。

現代風に考えれば、それこそ性に対する倫理観も女性個人の尊厳もあった物ではない。
良識派を自認する学者達には「無かった事にしたい過去」だろう。

しかしこの時代は、武家も豪商も、通常「お家の繁栄」が全てに優先する価値観であり、一般的に男も女もその「お家の為」にする犠牲行為は、不謹慎なものではなく「美徳」だった。

人間には「意識と行動を一致させよう」と言う要求(一貫性行動理論)がある。
つまり、現代の物差しとは違う価値観が昔存在した理由は、当時の女性は「お家大事を基本にした考え方が正しい」と考えていた意識の違いである。

従って、現在の意識を基にした「一貫性行動理論」の物差しを現代に当て嵌めて、「そんな事は有り得ない」と過去を判断するのは危険な判断方法である。


江戸期に於ける「おかみさん」のついでに、「商家の娘さん」についても少し書く。

「商家の娘さん」についても、修験道師絡みの、江戸期独特の風俗習慣が存在する。江戸時代から明治中期まで町屋(商家)を中心に流行した「狐つき祓い」が、まさしくこれである。

この時代、まだまだお店(たな)の娘としては自由恋愛とは行かず、親の都合の縁談が当たり前で、お店(たな)の示(しめ)しとしても、親に逆らってもらっては困るのだ。

この辺りの厳しさが商家の習慣にあるから、心中事件などと言う手段もあった訳である。

実はこの「狐つき」、商家の娘が、都合の悪い恋愛や恋わずらいをした時に、便宜上付ける厄病で、修験者を呼んで「狐(恋愛感情)」を落としてもらう為の方便だった。

修験者の「お祓い」と称するものの実体が集中的輪姦で、娘を犯し倒す性感の波状攻撃により、娘の人生観さえも変えてしまう。

簡単に言えば、既成事実を作って諦めさせるのが目的だが、修験者の「お祓い」ならば神事で、世間も納得する。

つまり、娘から「狐着き」が落ちて、親の薦める縁談がまとまり、経験を積んで性的に成熟しているから、嫁に行っても、婿を貰っても相手を飽きさせない。

これは、「性交による矯正」と言う事であり、昔からそう言う手段はあった訳である。

御祈祷の奇跡についてはこんな事例がある。

若い夫婦に中々子宝が授からなかった。

現代のように夫に子種が無いなどと言う科学的な思考の無い時代は、子宝が授からないのは何かの「呪い・因縁の類では無いか」と恐れを抱く。

それで評判高い陰陽修験の修行を修めた行者様に若妻を預け、加持祈祷をして頂く。

神前祭祀(しんぜんさいし)に於ける邪気払いの大麻(おおぬさ)は、修験道の「祈願・焚(た)き行」でも使われていた。

大麻草(マリファナ)は、真言密教の遠祖・チベット仏教(ラマ教)の地であるヒマラヤ高地一帯で自然に自生していた薬草である。

当然ながら密教・修験道師(山伏)は、大麻草(マリファナ)を焼(く)べればその煙を吸引した人が陶酔作用を引き起こす事をしばしば信者獲得に利用した。

大麻草(マリファナ)で陶酔すれば幻覚も見、それを素直で真面目な人物ほど「信仰の奇跡」と捉えるのは自明の理である。

つまり密室での「焚(た)き行」の陶酔の中で、願主と修験道師(山伏)が如何なる加持祈祷儀式を為して居たかは当事者しか知らない。

加持祈祷を済ませた若妻は家に帰り、そのご利益が薄くなる前に早速夫と同衾する。
陰陽修験の行者の祈祷は霊験あらたかで、「アァら不思議」と若妻に子宝が授かってメデタしメデタしとなる。

ただしこの御祈祷は秘伝中の秘伝であり、御祈祷中の行者様の気を乱してはいけないので、どんな御祈祷が為されるのかは行者様と若妻以外誰も知らない。

後はこれを読む方の御想像に任せるが、とにかく奇跡は起こるのである。

そんな馬鹿な事はない。

「真面目に祈祷をしている行者も居る筈だ。」

とお叱りを受けるかも知れないが、あなたは祈祷のご利益が本当に信じられるのか?

この現代科学で考えれば、突然子宝が授かるには合理的な理由がある筈である。

こう言う裏話をすると、直ぐに理想論者の反論が湧き起こるが、現実に密教的修験の「お祓い」の常套手段が立ち入り禁止の非公開(呪術が効かなくなると言う理由)であり、酷い話になると、「覗けば目が潰れる」などの予防線が張られていたりする。

現実に、十一代将軍・徳川家斉(とくがわいえなり)の側室・お美代の方(専行院)の父親、日啓が引き起こした大奥女中の醜聞、智泉院事件においては、「お祓い・祈祷」が名目だった。

そう言う部分は、現代の建前感覚より当時の現実感覚の方が、返って正直なのかも知れない。


これは余談に近いが、江戸期に入って盛んになった雛(ひな)祭り、子供は夢を託して無邪気な喜びの日である。

しかし、良く考えて見ると段飾り雛は、世界でも珍しい「身分制度を表したもの」で、上に上るほど高位の雛の居場所である。

これを平等の現代社会では「おかしい存在」とは誰も思わない所を見ると、およそ氏姓制度が「日本人の中に染み付いている」と言う事だろう。

一応「祭り」と言うからには信仰行事で、子供の健やかな成長を祈りながら、ついでに身分制度も学習させる寸法だったのではないか?

まぁ、目くじらを立てる程のものではないが、逆説的に言うと、存在するものは深く考えないで容認するのが日本人気質かも知れない。


誓約(うけい)の国・日本では、明治維新の文明開化まで日本人は性行為を「猥褻(わいせつ)」とする考え方は薄かった。

日本人は、人間としての性規範に対してはナチュラル(自然体)な考え方を持っていた。

性行為を「猥褻(わいせつ)」と強く感じる様に成ったのは、明治維新政府の急速な欧米化政策に伴う学校教育方針で、欧米キリスト教性規範を植え付けられたからである。

いずれにしても我輩は、「美しい国・日本」の答えが「地球を救う共生主義と言うイデオロギーに変換する事に在る」と考えている。


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◆◇◆◇◆お召し上げ・お下げ渡し◆◇◆◇◆◇

こうして書くと庶民だけが性に開放的だったように受け取られかねないが、勿論の事、この事ばかりは氏族も庶民もさして違いはない。

この辺りが、見事に「武士道の精神」の建前の形骸化が証明されるのだが、氏族(武士)社会にはそれなりの別のいささか残酷で都合の良い制度が確立していた。

血筋がものを言う氏族(武士)社会では、血筋を残す事が最優先の了解事項だから言い分として妾は正当な存在で、正婦人は言うに及ばず妾に到るまで勢力維持・拡大の具として「閨閥(けいばつ)」の対象に成る。

領主同士の婚姻関係は軍事同盟を意味し、出世を望む部下は我娘を領主の妾に送り込み、領主は見込みのある部下に妹や娘を下し置いて頼りとする。

氏族(武士)社会の主従関係には特殊な家臣(部下)を試す制度が存在し、家臣(部下)に娘が居るなら「召し上げ」て妾にし、忠誠心を試す。

意味合いとしては「稚児小姓文化」と同じで、誓約(うけい)の概念に置いて、絶対服従の具体的な証明は大事な者の身を任す事である。

独身男性の場合は「お下げ渡し」と称してお上(殿)の手の付いたその女性を娶る事を求められ、その家臣(部下)の忠誠心が試される。

試すべき家臣(部下)が結婚していて妻がいるなら、「お召し上げ」と称してその妻を差し出させ、暫らく寝屋を伴にしてから「宿下がり」と称して夫に返し、夫が自分のお手付き後でもその女性を大事にするかどうか試される。

敵対危惧関係や敵対関係と目される相手との場合はまた別で、「人質」と言う事になる。

これらは全て古代に在った誓約(うけい)の進化系で、 家臣(部下)の忠誠度や敵対及び危惧関係相手との信頼関係を試す手っ取り早く具体的な手段だった。

「お召し上げ」の例は枚挙に暇が無いだろうが、代表的な「お下げ渡し」の例は、斉藤道三の妻・小見の方(織田信長の妻・帰蝶(濃姫)の母)である。

斉藤道三がまだ西村勘九朗を名乗っていた頃、主君・土岐頼芸から美濃一番の美女と謳われた側室・小見の方を弓の手慰めの賭けで勝拝領している。

もうひとつお下げ渡しの代表格にあげられるのは、あくまでも俗説だが、第五代将軍・徳川綱吉と大老格側用人・柳沢吉保(やなぎさわよしやす)と吉保側室・染子の関係である。

側室の染子は、かつて綱吉の愛妾であり綱吉から吉保にお下げ渡しされた「拝領妻である」とも、懐妊した側室・染子を護る為に、柳沢吉保が「母子の身柄を預かった」とも言われている。

事の真相は定かではないが、柳沢家が異例の松平の姓を綱吉から許され、柳沢家を「連枝(将軍家血筋)の待遇」とした為に、柳沢家の家督を譲った長男の柳沢吉里(やなぎさわよしさと)は「綱吉の隠し子である」とも言われ、染子が吉保の側室になってからも息子・柳沢吉里(やなぎさわよしさと)の顔を見に柳沢私邸を訪れる将軍・綱吉は、側室・染子を「綱吉の寝所に召される事が多かった」とされている。

綱吉の柳沢保明(やなぎさわやすあき)の寵愛振りから、綱吉と吉保(よしやす)が男色(衆道)関係であれば、一人の女性(にょしょう)を共有しても然したる抵抗は無いかも知れない。

そして戦乱期、こう言う女性の閨閥(けいばつ)的価値観の扱われ方や近習(稚児小姓)は、何の疑いもなく信じられた氏族(武士)の男女として、家名のお役に立つ為の当然の役目だったのである。


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◆◇◆◇◆閨房術(けいぼうじゅつ性行為の技)◆◇◆◇◆◇

日本民族には、欧米のキリスト教文化と違い昔から「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」と言う姫方・女房方が積極的に殿方を喜ばせる性技があった。

殿方を喜ばせる性技「閨房術(けいぼうじゅつ)」は、姫方・女房方にとって大事な積極的に習得すべき心得だったほど、性に対しておおらかで積極的な考え方を日本民族は持っていた。

と言うのも、実は殿方が姫方・女房方の性技に喜ばされて操られる事は珍しくない為、「閨房術(けいぼうじゅつ)」に平和な武器としての価値が認められていた。

当然ながら勢力を競う氏族(貴族や武士)の子女は、誓約(うけい)の概念の元に所謂(いわゆる)「閨閥(けいばつ/婚姻による家同士の連携)」創りの役割を果たす為に世に生まれて来た様なものだった。

日本古来の「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」の発祥は不明だが、考えられる推測としては他の武術同様にその発祥を諜報活動を担っていた陰陽修験に見られる可能性が強い。

以後、修験組織が関わって成立した「白拍子(しらびょうし)遊技制度」の「床技」などで発展、戦国時代の武家の間で戦略的に子女を持って利用されて「術」として確立された。

この「閨房術(けいぼうじゅつ)」、「術」と言う範疇(はんちゅう)に入るからには、修練を積んでその「術」を自在に操れる様になる事が要求される。
つまり大げさに言えば、「閨房術(けいぼうじゅつ)」と言う性技が、氏族の女性に課せられたひとつの習得すべき積極的な技(わざ)だった。

殿方が武勇を競って領地を広げるなら、女性(にょしよう)の戦場(いくさば)は寝所(寝屋)だった。

寝所(寝屋)での事に、正妻と妾妻の分け隔ては無く「如何に殿方を喜ばせるか」の性技勝負の場に成る。

大胆かつ濃厚な性技で殿方を極楽浄土に導き、子種を授かるのが女性(によしょう)の勤めで「手柄」である。

時代により女性の性に対する価値観も違って当り前で、血統を唯一の特権の証明として受け継いできた氏族の女性にとって、この理屈に疑いなどある訳がない。

まず、当時の社会では性技は花嫁の必須条件で、十五歳と言えば嫁入りの時に性技の心得は充分に教わる。

何人もの妾妻を持つ事が普通の世界だったから、「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」を駆使して殿方を喜ばせ、殿方に気に入られる事から寝所(寝屋)での戦は始まる。

どちらかと言うと正妻は政略結婚で、妾妻は殿方に気に入られての事であるから、実は正妻ほど「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」を駆使して殿方を喜ばせないと、この勝負は気に入られている妾妻に負けてしまうから切実なのである。

そして当時の氏族社会は極端な「血統主義社会」であるから、殿方の種を受け入れ世継ぎを懐妊・出産する事が女性(にょしよう)の勝利だった。

現在の解釈など通用しないのが、歴史である。

氏族の娘にとって「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」は勝つか負けるかで、殿方の武芸武術に相当する手段だった。

当時の氏族社会は「妾妻」を持つのが当たり前で、実質一夫多妻だったから閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)は現在のように「愛を確かめるもの」と言う拠りも殿方を愉しませ「愛を獲得する為のもの」だった。

原点がその通りだから女性はむしろ性交には積極的で、凡そ人間に考えられる閨房行為に女性には禁じ手など無く、口淫性交や陰間(肛門)を使う事など技の内である。

例えば氏族(武士や貴族)の間では男色習(衆道(しゅうどう/男色)が当たり前で、ほとんどが両刀使いだったから、女性相手でも陰間(肛門)も使っての行為は現在よりも一般的で、武家の娘はその位の事は心得ていた。

恋愛は精神的もので、当時の肉体的接触は、かならずしも恋愛とは一致しない手段である事が常識で、その事を現代の女性に「昔の女性の扱いは悪かった」と同情される謂われも無い。

現代では、女性の肉体を目的達成の手段にするなど、理解され難い事だろう。
しかし親子兄弟でも領主の座を争い、たとえ叔父甥の間柄でも、隙あらば領土拡張の的にする氏族の価値観である。

「殺し合いをしても領土を手に入れる」と言う究極の価値観に生きる者達には、女性の肉体は「領土拡張の道具」と考えられても不思議な事ではない。
つまり、殺し合いも女性の色香も目的達成の手段で、当時は異常な考え方ではなかったのである。

そこの価値観の違いを分けて懸からない事には当時の女性の心情は理解出来ないし、奇妙な現代風の恋愛時代劇が成立してしまう。

しかし良い加減なもので、恋愛時代劇が成立してその物語を楽しみ、女性の敵かのごとくに拘(こだわ)る筈の妾妻と主人公の殿方との恋愛を美しく描いて楽しむ矛盾もロマンチックに受け入れてしまう。

「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」も含めて男女の仲は添ってから育むもので、精神愛まで達した仲が本当のゴールである。

本来一致させるのが難しい精神愛と性愛を、現代女性の願望を満足させる為に金儲けでロマンチックに歴史が歪められるのはいかがなものか?
http://www.geocities.jp/jiyoudan3_55/yobai.html


天皇の性教育係・乳母
天皇は元服すると一人前の男性としてみなされました
元服した数日後に「添臥(そいぶし)」という女性を与えて性教育が行われるのです

その役目に選ばれるのは乳母が多かった
江戸時代のように春画がないので、乳母は自分の体を使って指導するのであります

例えば89代目の後深草天皇のお相手は乳母で大納言・久我雅忠の妻

14歳の時に人妻と初体験したのであります

ちなみに、後深草は初体験の人妻が忘れられず、この人にソックリという14歳の二条という娘を入内させております

また、80代高倉天皇(平清盛の娘と結婚する)のお相手も乳母
が、この乳母は妊娠してしまうというスキャンダルが起きてしまいました
http://hagakurecafe.gozaru.jp/iro19heian.html

乳母 うば(めのと)

養君(養姫)に対して、生母に代わり、授乳、養育を行なう女性のこと。

「ちおも」、「にゅうも」、「まま」とも呼ばれた。


乳母は、養君(養姫)に対する授乳終了後は、養君(養姫)の食事をはじめ、
その生活全般に渡り世話をした。


古代、天皇家や豪族では、生まれた子に、 生母とは別に乳を与えて養育を専門に行なう女性を置いた。 後宮職員令が制定されると、天皇家においては、親王には3人、二世王には2人、それぞれ乳母を給付することが決められた。

天皇家のみならず、有力公家や有力武家、各地の有力豪族も、乳母を置いた。

そして、乳母の最大の仕事は、養君(養姫)への性教育であった。

乳母自らが性教育の一環として相手を務めることも数多く、高倉天皇の乳母である藤原公重の娘は、高倉天皇との間に功子内親王を出産している等、 養君と乳母との間に子供が生まれた例は珍しく無い。

養君同様に、養姫に対しても、性教育は行なわれ、 夫となる男性を魅了し受け入れ喜ばせる術を伝授した。

これは、養姫に一人でも多くの子の出産させることで、 養姫の生母一族の「外戚」としての繁栄を確実とするためであり、 同時に乳母一族の繁栄も約束するものであった。

このように、乳母と養君(養姫)との関係は、単なる授乳、世話だけでは無く、 性的な秘め事を含んだために、濃密で、生母との関係よりも深いものであった。

こうして、乳母の権威は絶大なものとなり、養君が後継者となると、 女房衆や侍女たちを手足の如く使い、奥向きを差配した。

江戸時代の徳川幕府三代将軍徳川家光の乳母である春日局のように、 幕府内において、女性としては空前絶後の権力を手に入れた者もいた。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~yoropara/tishiki/ks00592.htm

徳川幕府の将軍の性事情すげえwwwwwwwwwww


1:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 13:47:11.79 ID:YcvuxPmvO

大学で研究したんだけどさ、これがすげぇんだよ。
聞いてくれ


8:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 13:53:06.02 ID:YcvuxPmvO

まず将軍家って、正室が赤子に乳やったりはあんまりしないそうで、授乳のために、若くて可愛いヤンママを雇うの。大体十代中盤とかな
なんで若くて可愛い必要があるかと言うと、若殿の性教育係も後々兼ねることになるから


13:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 13:57:31.25 ID:YcvuxPmvO

性教育が始まるのは、若殿が大体八歳くらい。
まだ二十歳前後の乳母(しかも幕府が国中から選んだ美女)がショタのチンコをマッサージしたり、舐めたりする。しかも乳母は複数いる。
精通前だからさぞドライオーガズムを経験できるだろう。

さらに


15:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 14:00:00.55 ID:YcvuxPmvO

あらゆる方法でチンコを鍛えさせられる。
紐で縛ったり、ヌメヌメした海藻の汁で擦られたり。

勃起を維持させられたり。

小学校高学年の男子がだぜ。
しかも


18:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 14:02:31.40 ID:YcvuxPmvO

ある程度形になると。
プロの剥き師(やっぱり美女)に優しくむきむきされる。

無事完了したら次は


21:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 14:06:02.14 ID:YcvuxPmvO

妊婦からチョイスすんだよ。ちなみにこの乳母の子どもは将軍様の乳兄弟で出世確実になるわけ。

剥けたら剥けたで、次はパイズーリ、本番が始まる。

毎日毎日だ。相手は美女の乳母。
まだ精通前な。


27:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 14:28:38.70 ID:mrhVdr8bO

春日局はこれをやって出世したってことか……
ふぅ…


29:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 14:37:15.52 ID:YcvuxPmvO

10〜12の少年が、国内有数の年上美女と毎日本番。
射精しないから券じゃにならないし、そりゃめくるめく快楽の日々だろう。
さてそんなある日、少年も初めてほとばしる。もちろん日課中に中にだ

つまり将軍家の男子はほとんどみんな初めての射精が生中出しなわけだ

ちなみにこの時、子どもが出来たら、それはそれで大事に育てられる。
神君家康公の血脈だからね。大体将来は幕府の要人となると。
吉宗とか、分家は近いけどもう少し軽いかな


35:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 14:48:56.94 ID:YcvuxPmvO

さて、この時から乳母とはセクロスしなくなる。
大人になったと見なされるからだ。
多分寂しかっただろうね。赤ちゃんのときから可愛いがってくれて、成長したらやらせてくれた優しい女性を失うわけだ。

この性教育にはもちろん政治的理由がある。
大事な将軍家の跡取りだから、いっぱい子孫を残さないといけない。
だから性を鍛えることは、武芸や学問を納めることと同じくらい大事だったのだ。

将軍家は子どもが多いほうがいい。
世継ぎにならない子どもは地方の有力武家に養子に出す。無理やり押し付ける

送られたほうは嫌でも、その子を自家の跡取りにするしかない。

そうすると実質、その武家はそこから徳川の血脈になる。
こうして徳川家は血による日本支配を実施していたのだ


79:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:04:54.36 ID:koO3Rmqr0

僕の想像による現場描写を少々

若殿8歳。乳母23歳(佐々木希美似)

若「このようにところで、鍛錬とな?」
乳「はい。若様、どうぞ下帯をおほどきください」

若「なっ。なぜそのようなことを!?」
乳「若様、老中から、わたしにすべて身を任せるように、とございませんでしたでしょうか? 
若様も徳川の男児、時がきたのでございます」

若「ううむ。よかろう。(シュルシュル)これでよいか?」
乳「うふふ。はい。まぁ、可愛らしい珍宝様。それでは少々失礼します」

若「こ、これ。なにゆえそのようなところを…あっ」
乳「若様、やさしくさすってさしあげておりますが、痛みはおありでしょうか?」

若「いや、痛みなどはないが…。なんともいえぬ気分じゃ。くすぐったいような」

乳「あら、それでは今日はもうおやめになりますか?(手を離す)」
若「い、いや。もう少し続けるがよい…」

乳「かしこまりました。うふふ。どのようなお気持ちであられますか?」
若「あぁ…。あぁ…なにやら、心地よい」
乳「あら、もうこのような…。硬ぅございます。若様。」


80:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:05:48.66 ID:koO3Rmqr0

いや、やっぱ乳母は上に出てた。堀北真紀似

若様10歳 乳母25歳

若「今宵も鍛錬か」
乳母「はい。これは弓馬の道や四書五経と同じく、
ご世継たる若様にとって必要なことでございます。ご容赦を」

若「苦しゅうない。うむ。わたしも、この鍛錬は得意じゃ。さぁ、よろしく頼む(べろーん)」

乳「…このように雄雄しく猛っておられて、、うれしゅうございます。ペロっ」

若「!?」

乳「ふふ。どうなさいました? 若様」
若「なにをしたのじゃ? わたしの珍宝は食べ物では…。(ペロっ)あぁっ!」

乳「心地ようございますか? これも若様のためでございまする。ちゅぱっ、ちゅぱっ」

若「わしは…わしは…!」

乳「あらあら、赤子のようにお泣きになって、そのように感じいっていただいて幸せにございます」


81:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:06:53.66 ID:koO3Rmqr0

若様12歳 乳母27歳

乳母「さぁ、今日も若様をこの身に受けさせていただきます」
若「うむ。たのむぞ」
このとき、若はいっさい動かないのがしきたり、乳母が全部やるらしい

乳「(くちゅっ、くちゅっ)…はぁっ お迎えいれる準備がととのいました。では」
じゅぷ

若「おぉ…」
乳「(ぐちゅ、ぐちゅ)…いかかで、ああっ、いかがでございますか?」
若「…今日は、なにやら、いつもと違うようじゃ…ふぐりが。うずきよる」

乳「まぁ、よいのです。そのまま感じいるままに身をお任せください」

若「あっ、あっ、なにか、なにかあがってくるようじゃ!」
乳「(パン、パン)、さぁ、そのまま…そのまま。お心のままに…」

若「うっ、(どくっ、どくっ)」
乳「あぁ…。奥に、放たれております…」

若「…はっ、すまぬ。小水を漏らしてしもうたようじゃ」
乳「ふふ。これは小水ではございませぬ。若様がおのこになった証、子だねにございます」

若「な、それはまことか!?」
乳「めでたきことにございます。…されど、されど」
若「どうした、なにを泣いておる」
乳「若は大人になられた。
もう、この乳母めが若の猛りをお受けすることはかなわぬのでございます」

若「なにっ」
乳「申し訳ありませぬ。このようなめでたきときに、涙など…」


以上、幼年期〜少年期編でした。

つづいて、青年期編


84:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:12:58.91 ID:koO3Rmqr0

さて、そんあ少年時代をすごした若殿。
いよいよ将軍位を継ぐとどうなるか。
まぁ、有名だけど、大奥ってあるよね。

まず正室について

正室っていうのは伝統的に公家、宮家、天皇家から迎え入れるものなのよ。

まぁ、いってみれば政略結婚みたいなもんさ。

だから当然、正室は別にかわいいわけでもない。そんな背景もあって、

代々、徳川家の将軍は正室とはあんま仲良くない。

なんと正室との間に世継の子ができたのは、長い徳川幕府の歴史のなかでも
ほどんどいない。

有名どころでは、三代将軍家光なんて、結婚したあと、一回もセクロスしてないらしい。

これにはほかのひとが邪魔した説もあるけどね。

なので、将軍のエロスの矛先は、まぁ、当然側室タンに向かうわけだ。


85:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:16:31.25 ID:koO3Rmqr0

側室ってのは、基本、「御中ろう」という女性の集団の中から選ばれる。

もともとこの御中ろうは容姿端麗の人が多いけど、

将軍は日々、ずらっと並んだオナノコたちをみて、「お、いいねー」とか思ったら

小姓とかに「今日はあの子ね」とか言うわけよ。

そしたら、小姓が、御年寄という人に伝えて、女の子に準備させとく。

まぁ、要するに小姓がボーイで御年寄はソープのオーナーみたいなもんだ。

まぁ、バンコクみたいなスタイルだね。

さて、それで選ばれた子がその後どうするか?


88:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:21:57.85 ID:koO3Rmqr0

お声がかけられた女の子が、一生懸命風呂入って化粧して

閨で将軍を待つ、なんと二時間前から待機なのだ。

で、遅れて将軍がくる。
お茶とか飲んでいざベッドイン。

ちなみにこのとき、その日セクロスする子とは別の子が、二人「添い寝」という役割で、セクロスする二人の横で横たわる。

この二人は、セクロスを一部始終聞いて、次の日報告すんのね。

「昨日の将軍さま、すごかったー。めっちゃ腰ふって、気持ちよさげだったー」

みたいなね。羞恥プレイ好きならたまらんよホント


89:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:26:25.82 ID:koO3Rmqr0

ちなみに、このときセクロスした子は、まだ「側室」とは呼ばれない。
側室ってのは、子ども生んだあとだ。

毎日毎日、きれいどころをとっかえひっかえ、SEXSEXSEX

あと、この「添い寝」の役の女の子が登場したのも理由がある。

それは5代将軍綱吉が、セクロスしてるときに相手の子に

「ねぇ、ねぇ、わたしと仲のいい吉保くんに、国あげてよぉ」
「え…、それはちょっと」
「え〜だめぇ? もっと気持ちよくしてあげるから〜、ね? ちゅぱっ」
「ああっ、わかった。じゃあ甲斐の国やるわ」

みたいなやりとりがあって問題になったことがあるからだ。

たまらんな。本番するなら一万とかじゃないんだぜ。

国だぜ国。さすが将軍、レベルが違うぜ。


91:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:30:24.55 ID:wJNPWESz0
>>89
ということは実際に将軍の相手をした人数は正室&側室よりも多いのか……
裏山けしからん


93:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:38:02.73 ID:koO3Rmqr0
>>91
まぁ、そうだろうね。
だって君ならどうするよ。毎日、たくさんの美女が現れて
抱き放題だよ


90:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:30:21.10 ID:koO3Rmqr0

さて、ここで歴代将軍それぞれのエピソードを紹介したい。

まず三代将軍家光。

こいつはガチホモだった。戦国時代は男色が普通だから、家光くんはまだ、
その名残があったんだよね。

しかし将軍がガチホモって大変じゃん。DNA残す観点からいうとさ。

だから回りの人があせって、やべぇ、女のよさおしえねぇと

ってことで、わざわざ京都から、ものすげぇ美人を連れてきたりして

ガンガンSEXさせたのよ。いいよねー

でも家光くんは結局ホモは直らなくて、ギリ、両刀使いで収まった。

晩年にも男相手に夜這いしたりしてる。


92:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:35:54.81 ID:koO3Rmqr0

あ、将軍シリーズ続ける前に、

将軍に嫁ぐ名家の姫君に伝わるSEX指南書ってのもある。

これも紹介したい。

たとえば、島津家、宮崎あおいで有名な篤姫とかの所属だ。

まぁ、篤姫が読んだかどうかわかんねぇけどね。

@SEXするときは恥じらいをもって処女っぽくしろ。なれてきてる感じ
だすと嫌われるよ

A殿方が、エロ本(春画な)みながらSEXしてくるときあるけど、そんときも
ふてくされずリアクションとれよ

Bイクときは一緒。あるいは先にイケ。もし殿方が先にイッたら、それ以上
もとめるな。我慢しれ

CSEX終わったら、いつまでもベタベタしないで別の寝床で寝ろ。邪魔だから

すばらしい指南書だよね。

将軍最高だよ。


114:1:2011/12/29(木) 10:52:28.58 ID:QDhDVW/EO

綱吉はショタ好きだった。
将軍の小姓は定員12名と決まってたけど26名に拡大


美少年を探す役職「子供見立役人」っていうのも作った。

で、ショタとのプレイも楽しん。

しかも、綱吉のほうが「ウケ」

さぁ、わしを掘るがよい!
とか言ったんだろうな。多分


117:名も無き被検体774号+:2011/12/29(木) 10:59:53.34 ID:QDhDVW/EO

ストレートに精力一番なのは、多分11代将軍の家斉。

17歳で結婚。結婚の翌月には妻、出産。出来ちゃった結婚ではない。


結婚決まった家斉くんが挙式まてずにやっちゃっただけだ。

わしは、わしは我慢出来ぬ!とか言ったんだろうね、多分。

17だし、仕方ない。

その後、在位38年の間に40人、側室タンを迎えている。

年間一人以上のペースとかどんだけ。

ちなみに子供は53名。

徳川No.1の種馬


120:名も無き被検体774号+:2011/12/29(木) 11:24:24.55 ID:QDhDVW/EO

ちなみに、江戸時代にはすでに、鼈甲製のオナホもあったけど、
多分将軍様は生涯使用しなかっただろう。

四ッ目屋という有名なアダルトショップが当時あったが、ここは通販もやってた。

大奥にいるけど、将軍に抱かれない欲求不満美女はここで、
ち●この張型とかを購入したりもしたらしい。

124:1:2011/12/29(木) 11:48:33.17 ID:QDhDVW/EO

女の処女性が重要視されるようになった江戸中期以降は処女がマストとされた。

でも実際にはそうでもなかったとも言われてる


135:名も無き被検体774号+:2011/12/29(木) 13:23:43.87 ID:Hm7cm04c0

で、寝床の技は実在したのか?


138:1:2011/12/29(木) 14:11:36.40 ID:QDhDVW/EO
>>135
寝床の技は江戸時代には多種多様だったらしい

撫戯、掻戯、打戯、舐戯、乳房淫、舌人形、あいなめ、吸茎。

名前だけでも凄そうだ。

ちなみに江戸は巨大風俗街でもあった。

吉原は有名だけどここはクソ高い。

他にも夜鷹(たちんぼ)、湯女風呂(ソープ)、売比丘尼(デリヘル)、
船饅頭(船上売春)、深川芸者(男装娼婦)、
囲い旦那(素人援助交際)とか、

色々いた。

江戸に住む女性の50〜60人に1人は娼婦だったらしい。

値段も色々、吉原は現在の価値で100万くらいかかったりするけど、
夜鷹なら2千円くらいからあり。

これは江戸の人口比率が圧倒的に男が多かったからだ。
商家の次男とかは結婚も出来ないし、
風俗遊びしか余った男の性欲解消はなかったんだろうね。


まあ、それは庶民の話。

将軍様には関係ない


139:1:2011/12/29(木) 14:20:50.22 ID:QDhDVW/EO

安囲い、っていう文化もあった。
これは金のない庶民が、五人くらいで金を出しあって、1人の女を共有の妾にする。
というもの。

そんな庶民の事情とは裏腹に、今日も将軍は好きな女の子をチョイス。


これは前に書いた。子孫繁栄のための理由もあるけど、幕臣による陰謀説もある


142:名も無き被検体774号+:2011/12/29(木) 14:24:59.61 ID:rr/IN1Wf0
>>139
中華の宦官みたく、上様骨抜きにして幕臣共のいいように幕政を牛耳るため?


143:1:2011/12/29(木) 14:25:47.44 ID:QDhDVW/EO

政務を自分の意志で仕切りたい幕臣にとっては、将軍にごちゃごちゃ口出しされると嫌。

だから可愛い子にプレイさせて、セクロス大好きバカ殿様にしておこうというもの。

将軍「アヘアヘ、ち●こ気持ちいいお。もう政治とかどうでもいいお。
お前らかってにやっとけ。あーソコソコ!
もっと激しく

…ふうっ。明日はどの子にしようかなフヒヒ」


147:1:2011/12/29(木) 14:53:04.28 ID:QDhDVW/EO

さて、そんな中で気骨を見せた将軍もいた。

暴れん坊で有名な吉宗だ。

吉宗は若い時に正室を亡くしていて、将軍になったときは独身だった。

大奥の女の子からすりゃ、スーパー玉の輿チャンスキタコレなわけだ。

吉宗はそこで、家臣にこう命じた
吉「大奥の中でも、特別可愛い子選んでくんね?
そうね一気に50人くらいな。あ、わかってると思うけど、ババアは駄目な。25以下だろ常考」

そうすると大奥は大騒ぎ。ファッション頑張ったり、
セクシーな仕草出したり、女の子たちもうアピール


148:1:2011/12/29(木) 15:04:20.50 ID:QDhDVW/EO

そして厳選された日の本トップ50の美少女。

謁見してきた彼女たちに吉宗サンは言った。

吉宗「お前ら全員クビな。まあ可愛いからすぐイイ旦那できるべ?」

これは吉宗サンのリストラ大作戦だった。

当時幕府は財政難で、大奥は金かかってた。
でも吉宗サンは紀州の出だからいきなりクビとかすると角がたっちゃう。
だから綺麗な子、ってことにした。

クビにされた子も、天下の大将軍に美人さを認められたわけだから嬉しい。
しかも「大奥美人コンテスト入賞」の実績つくから、幕府辞めても、引く手あまたで生活困らないから文句無し。

凄いぜ吉宗。

多分「大奥美人コンテスト入賞」は現代で言う
「国民的美少女」とか「なんとかシンデレラ」とかあのへんの感じなんだろうね


165:1:2011/12/30(金) 00:18:54.23 ID:af8vWwLGO

さて、そんな青年期を終えて中年になった将軍様。
こうなると問題も出てくる。

ちなみに大奥では普通、将軍のセクロス相手はどんなに遅くても30で引退だ。
だから必然的に40代50代になった中年の将軍は10代20代のピチピチを相手する。

すると問題も出てくる。


167:1:2011/12/30(金) 00:31:18.04 ID:af8vWwLGO

いくら徳川さんだって人間だ。

年取るとち●こも元気なくなる。
だけどセクロスも仕事だからずっとは休めない。
だから気分乗らなくても美少女を抱く。

するとあるよね。たたなかったり、中折れしたり。
しかも最悪なのは、将軍のセクロスは添い寝の女の子が家臣に報告する

「将軍ったら途中でヘナヘナになって使い物になんなかったー」

ってね。すると悪循環


168:1:2011/12/30(金) 00:36:10.53 ID:af8vWwLGO

そんなとき、頼りになるアイテムがあった。


176:1:2011/12/30(金) 11:51:36.81 ID:af8vWwLGO

さて、ち●こが元気なくてセクロス出来なかった将軍。
しかも報告係がソッコー喋るから、家臣にもバレバレ。ハズカシス。

そこで将軍は思った

将軍「あ、あれ使えばいいんじゃね?おい誰か、四ツ目屋行ってあれ買ってこい」

こうして徳川くんは兜型、鎧型、ペイノコインポ、長命丸を入手した

将「フヒヒ、これでひいひい言わせたるねん」


177:1:2011/12/30(金) 11:58:46.46 ID:af8vWwLGO

まず兜型。これは水牛の角で出来たコンドームみたいな器具。
ち●こに装置すると亀頭の戦闘力がアップする優れ物。

でもなんかあんまり男は気持ちよくなさそう…

続いて鎧型。格子型の器具。細長い鳥篭みたいな感じだ。
コレはまあ、勃起補助器具だな。

年寄に爆発的に売れたらしいよ。


185:名も無き被検体774号+:2011/12/30(金) 16:22:49.60 ID:9gWPLhE00
>>177
なんか男が気持ち良くない上に中で壊れたりしそうで怖い


178:1:2011/12/30(金) 12:04:15.86 ID:af8vWwLGO

そして不思議な名前のペイノコインポ。

これも張型なんだけど、溝と器がついてて、ピストル運動すると、
女の子のま●こ汁が溝を伝わって流れて来て器にたまる。

え?そんなもん集めてどうすんだって?もちろん一気飲みすんだよ。

EDに効く、って言われてたんだよな。


179:1:2011/12/30(金) 12:15:25.75 ID:af8vWwLGO

一番効くとされたのは長命丸。

成分などはあんまり知られてないけど、これは塗り薬。
ち●こに塗るの。
するとガチガチに勃起して、堅さもデカさもいつもよりうえに。

使用説明書によると「どんな処女くせーお嬢ちゃんも、貞淑な妻も、人気の花魁も、コレ塗ってぶちこめば一発。即イキ」

らしいよ。バイアグラなんて目じゃねーぜ。僕も欲しい。
しかも値段はたったの32文(600円くらい)
ドラックイレブンに売ってたらダース買いするレベル。

ただ長命丸は避妊効果もある謎のクスクスだから、将軍様はあんまり使えなかったみたい。
可哀想ね


193:1:2011/12/31(土) 12:52:02.36 ID:oR0sXOWIO

ところで、大奥で働いてる女性の年収は現在の価値に換算するといくらくらいになると思う?


195:名も無き被検体774号+:2011/12/31(土) 12:58:34.39 ID:+JqokcZ30
>>193
いちよう、エリート会社員ぐらいで1000万円
プラス現物給付って感じかな?
美味であります〜って言ってるし


194:1:2011/12/31(土) 12:57:47.40 ID:oR0sXOWIO

大奥での収入は切米っていう年収のほかに、衣装代とか油、銀で払われる。

大奥トップのババアは大体1600万円前後、実際抱かれたりする若い子は420万くらい。

あれ?これおかしくね?
なんかおかしくね?


197:1:2011/12/31(土) 13:03:41.88 ID:oR0sXOWIO

だってさ。吉原で遊女抱いたら、50万くらいかかるんだぜ。

それ考えたら大奥嬢の給料やすすぎじゃね?

とか思うけど、実際彼女たちはそんなことあんまり思わなかった。

住居費、光熱費、税金がかからないのも在るけど、何よりデカイのが

将軍様に抱かれる、とゆー喜び


198:1:2011/12/31(土) 13:08:09.65 ID:oR0sXOWIO

当時、将軍様は天上人みたいなもんで、憧れ。

しかもある説によると代々イケメンだったらしい。
まあ良いもの食ってて武芸も鍛えてるから体格いいし、服も高価、子どもの頃からち●こも鍛え上げてる。
しかも上手くいけば、将軍の子を孕める。

だからあまり不満は出なかった。


199:1:2011/12/31(土) 13:12:43.48 ID:oR0sXOWIO

大奥子ちゃん「ああっ…上様、中に、奥深くにくださいまし…上様の精液が…子種がほしぃのぉ!!」

って言ったかどうかは知らないけど、100%思ってたはず。

大奥女性が将軍以外のち●こ入れたのは、記録にあるのは江戸時代でもたしか二回だけ。


200:1:2011/12/31(土) 13:20:18.97 ID:oR0sXOWIO

ホント、将軍ってイイ商売だよな。
多少忙しくても、たくさんの可愛い子に中出し求められるなら我慢するよ

しかしそんな中にも変わった意見の将軍もいた。
家斉くんである


201:1:2011/12/31(土) 13:27:24.96 ID:oR0sXOWIO

家斉「ふんふんふん!!」

大奥子「ひゃっ!あぁっ…んっ…上様ぁ、イっちゃう、イっちゃう…!!」

家「うむ」

大奥子「上様はぁ…?わたしのナカ、気持ちいい?ねぇ」

家「よいぞ」

大奥子「嬉しいっ!!いっぱい出して、上様のオチンポミルク、いっぱい出してぇ…っ」


終了。

家斉(なんかもう愛あるセクロス中出し祭り、
飽きてきたわ。いいよな〜一般人は。俺もあそこに行ってみてぇ)


205:1:2011/12/31(土) 13:58:10.85 ID:oR0sXOWIO

もちろん家斉クンが興味持ったのは、花魁。吉原である。
よくわかるわ。風俗は別腹だよな。
http://blog.livedoor.jp/kinisoku/archives/3228132.html


34. 中川隆[-12666] koaQ7Jey 2018年5月28日 13:59:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14542]

江戸時代の武家・町人文化

西欧の画家に衝撃を与えた浮世絵


 デフォルメされた男のイチモツが天井まで届かんばかりに隆々とそそり立ち、枕、炬燵(こたつ)、火鉢、食器も打ち遣る、アクロバティックな体位でねっとり絡み合う男と女。

 葛飾北斎、喜多川歌麿、菱川師宣といった江戸時代最高峰の浮世絵師も、多くの春画を描いた。外国では、日本人の男性器を指して「ウタマロ」と呼ぶこともあるほどにメジャーなジャンルだ。19世紀の終わりごろ、ヨーロッパでジャポニスム・ムーブメントがあり、印象派やアール・ヌーボーの画家たちに大きな影響を与えた。
http://www.cyzo.com/2009/12/post_3371.html


ゴッホやモネなどの印象派画家 春画から大きな影響受ける


江戸時代の人々の性生活を題材にした浮世絵である春画は、明治時代以降、西欧の影響を受け、「性」に対する意識が変化するとともに海外に流出。大英博物館にも所蔵されている。

春画は、描かれている内容だけでなく、構図や色彩感覚など、アートの技法に対しての評価も非常に高い。春画で特徴的な性器の誇張表現は、西欧の美術理論に多くの影響を与えたのだという。

「性器を大きく描く“デフォルメ”という表現は、当時写実主義全盛だった西欧にはない発想でした。日本には、現実そのままの描写では面白くない、いかに絵画を絵空事にするかという芸術理論があったのです。こうした日本絵画の装飾性は、『ジャポニズム』という形でブームを呼び、ゴッホやモネなどの印象派画家を生むきっかけとなりました」
http://www.news-postseven.com/archives/20110117_10354.html

33. ノイズn(コネチカット州) 2009/11/13(金) 09:11:26.65 ID:kurydIXX

いや真面目な話し、絵画を学ぶ者にとって、春画は貴重な良い手本なんだよ。

女性の毛髪の一本一本がもの驚くほど繊細に表情豊かに描かれていたり
デフォルメされた人間の絡み合う姿の動きある四肢の描き方だとか
それまでの西洋絵画にはなかった技法だったので
当時の海の向こうの画家達は、それこそ度肝を抜かれたらしい。
http://www.nihongodeok.net/thread/tsushima.2ch.net/test/read.cgi/news/1258043676/

浮世絵を学んだ印象派


1986年オルセー美術館がオープンしたとき、「ジャポニズム展」がパリと上野で開催された。その副題は「19世紀西洋美術への日本の影響」というもので絵画だけでなく版画・彫刻・工芸・建築・写真など400点が出品された。浮世絵は印象派の画家はほとんど学んで影響を受けている。あまり学んでいないのはピサロ、シスレー、スーラなど少数である。

モネは北斎の「富嶽三十六景」をもとに描いた、また200点をこえる浮世絵を収集して居間にも飾っていた。日本趣味がこうじて庭に太鼓橋をつくり、屏風絵のような庭園を造っている。「衣装・扇子・団扇のモネ夫人」という絵がある。ゴッホには広重の模写の絵がある。「タンギー爺さん」の背景には浮世絵の画がある。日本びいきで「僧侶としての自画像」という画も描いた。マネは日本の団扇、扇子を描いた屏風の画がある。セザンヌの絵の構成は浮世絵の影響が強く出ているといわれる。異国趣味もあるがジャポニズムとして多かれ少なかれ影響を受けていたことは確かである。
http://www.tranzas.ne.jp/~smikio/insyouha.html

春画が海外で人気な理由  あまりに自由で即物的な性描くから


計700万点を超える収蔵品を誇る大英博物館。その中の日本絵画、浮世絵コレクション内に江戸時代の人々の性生活を題材にした浮世絵である「春画」が含まれている。

 明治時代以降、西欧の影響を受け、「性」に対する意識が変化するとともに春画も海外に流出。反対に西欧の美術愛好家たちは春画に魅了され、芸術品として収集してきたという経緯がある。近年では世界各地の有名美術館で展覧会が開催されている。

 世界最古にして最大級の公立博物館である大英博物館にも、春画は250点以上も所蔵されている。2013年には、同博物館で春画展の開催も予定されているほどだ。

 ここまで春画が海外で人気なのはなぜか。長年にわたり春画を研究してきた、浮世絵研究家の白倉敬彦氏が解説する。

「性をタブー視するキリスト教的宗教観が強い西欧では、あまりに自由で即物的に性を描いた春画のインパクトは絶大だった。

江戸時代の日本ではセックスの禁忌事項はほとんどなく、オーラルセックスや複数プレー、媚薬や道具を用いての行為なども普通のことでした。現代にあるセックス関連の事項で、江戸時代になかったものは皆無といっていいでしょう。

しかも、日本人がそれら奔放な性を屈託なく享受していたという事実も衝撃的で、日本の性文化を表わす資料としても価値が見出されたのです」

※週刊ポスト2011年1月28日号
http://www.news-postseven.com/archives/20110115_10251.html


日本人がガンガン“性”楽しんでいた昔、欧米人は禁欲生活


江戸文化史研究の第一人者で、法政大学教授の田中優子氏が興味深い示唆を与えてくれた。田中氏には、浮世絵研究家・白倉敬彦氏との共著

『江戸女の色と恋――若衆好み』(学研刊)
https://www.amazon.co.jp/%E6%B1%9F%E6%88%B8%E5%A5%B3%E3%81%AE%E8%89%B2%E3%81%A8%E6%81%8B%E2%80%95%E8%8B%A5%E8%A1%86%E5%A5%BD%E3%81%BF-%E5%AD%A6%E7%A0%94%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E7%94%B0%E4%B8%AD-%E5%84%AA%E5%AD%90/dp/4054018440


などがある。
 
「性に関するタブーのほとんどは西欧文化、特にキリスト教的宗教観の強い影響の下にあります。日本は明治維新とともに、政治と社会制度や経済体制、教育システムを刷新するだけでなく、性のタブーも受け入れてしまったのです」(田中氏)

 キリスト教的セックス観はいたってシンプルだ。性の営みは子孫繁栄のためにだけ存在するものであり、愉悦や快楽が介在してはいけない、というものだ。
「オーラルセックスやゲイなど生殖に関係ないセックスは、法律で厳しく罰せられました」(田中氏)

 欧米の一部では、今もこれらのセックスを禁止する法律が存在する。
“正常位”がカトリックの定めた“正しい体位”であり、後背位は獣と同じと否定されていたことも有名だ。ちなみに、江戸期に正常位は存在せず、この体位は“四つ手”と呼ばれていた。

 田中氏も笑う。「そもそも江戸の性には、正常と異常の境界線がなかったんです」
 
 欧米では、オナニーも生殖に直結しないという理由で罪悪視され続けた。ところが、江戸の自慰観は実に健全なうえ、医学的見地にも立脚している。江戸の性指南書『閨中紀聞枕文庫』は「男女とも若時婬欲をこらへるも頗(すこぶ)る毒なり」と看破しているのだ。

「おまけに西欧では女の性が抑圧され、快感はもちろん性欲すら抱いてはいけないという理不尽ぶりです」(田中氏)

※週刊ポスト2010年11月12日号
http://www.news-postseven.com/archives/20101103_5019.html

今のエロ 江戸時代にほぼ全部あり、しかも彼らは楽しんでいた


江戸時代の浮世絵は芸術的な価値だけでなく、当時の市井に生きる人々の生活や風俗、習慣、事件、考え方などを見事に表現している。ことに「春画」は、セックスをテーマとした一大ジャンルを形成してきた。

 浮世絵の研究者であり、春画にも詳しく、『江戸の春画』(洋泉社新書y)や『春画にみる江戸の性戯考』(学研刊)などの著者がある白倉敬彦氏は、江戸のセックスライフの最大の特徴を「江戸期の性には、タブーがなかったということです」と断言する。

 白倉氏は同時に、江戸期のセックスライフが、今日をも上回る自由さと平等観に裏打ちされていたと力説する。

「もちろん階層別の法度や、婚姻などのルールは決められていました。でも、セックスの本質部分においてほとんど忌避事項は存在していません。フェラチオやクンニリングスなどのオーラルセックスばかりか、アナルセックスも日常茶飯事ですし、衆道とよばれるホモセクシャルだって盛んでした。不倫は男女を問わずに行なわれていたし、廓(くるわ)での売春や夜這いの風習は社会公認です。アダルトグッズも研究と改良が進み、バイアグラそこのけの媚薬もありました」

 白倉氏は「今の世の中にあるセックス関連の事項で、江戸期になかったものはほぼ皆無。しかも、すべてが、なんの衒(てら)いや遠慮もなく、嬉々としてエンジョイされていたんです」と語る。いやむしろ、まだまだ現在のほうが性の制約が強いくらいだ――。

※週刊ポスト2010年11月12日号

http://www.news-postseven.com/archives/20101101_4733.html


現代のようにラブホテルもなく、“公然わいせつ罪”のような罪もなかったため、江戸時代の男女は野外で行為に及ぶことも珍しくなかったという。

 不倫関係にある男女が庭の物陰に隠れて行為に及ぶ姿や、畑の中央に積まれた藁の上で性交する夫婦……。江戸時代の人々の性生活を題材にした浮世絵である「春画」には、そんな姿も描かれている。浮世絵研究家の白倉敬彦氏が解説する。

「出合茶屋という逢い引きの場所は存在しましたが、高額だったため利用者は限られていました。ですから、不逞な間男などは、野外で交わるか夜這いをかけることが多かったといわれています」

 夜這いといえば田舎の風習のように思われるが、江戸でも盛んに行なわれていた。その様子は春画にも多く描かれていて、女中が家の主人に狙われるシーンや、逆に女中が若旦那に夜這うものなどがある。

 一見して強姦のように見える絵もあるが、ほとんどが合意の上の夜這いなのだという。つまり、夜這いはノーマルなプレー。ここからもやはり、江戸時代が性をポジティブに受け入れていたことがわかる。

 春画は自由奔放で多種多様な江戸時代の性のすべてを活写した、“性の歴史絵巻”なのである。

※週刊ポスト2011年1月28日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110121_10489.html


春画 着衣のままセックスする絵柄はなぜ生まれたのか?


江戸時代の識字率の高さや教育制度の充実は世界的にも群を抜いていた。大名や武士などの上層階級だけではなく、職人や商人など庶民も書物に接し、高度な文化を享受した。

彼らは西洋的な性意識に縛られていなかったために、生活に根付いた色事の文学である浮世草子や、男女の性愛を活写した春画に記された書き入れなどを男女の隔てなくおおっぴらに愉しんでいた。出版文化という切り口から江戸時代の寛容で奔放なる性に迫る――。


 * * *

 エロティック・アートの普及は、肉筆から木版という出版文化の興隆と密接にリンケージしている。とりわけ元禄期は、『好色一代男』に代表される好色本(浮世草子)の井原西鶴や、『曽根崎心中』で知られる近松門左衛門ら実力ある作家の台頭で京・大坂の出版業者が活況を呈した。
 
 同時期、上方絵師の西川祐信や吉田半兵衛、月岡雪鼎らが春画を描き、浮世草子の挿絵も担当した。ことに祐信は、町人や庶民の性生活を、情景も含め思い入れたっぷりに活写してみせた。彼の着想と作品は江戸絵師たちに衝撃を与え、従来の武家社会や古典から、庶民へとモチーフを転換させる原動力となった。

 一方、江戸では菱川師宣が木版春画を創始し、肉筆浮世絵から墨摺絵へと形態を激変させた。そこに前記の上方出版文化がなだれ込むことで、エロティック・アート全盛の素地は固まったといってよいだろう。

 さらに、文化文政期は江戸庶民のパワーが爆発する。『江戸の出版事情』(青幻舎刊)の著者、昭和女子大の内田啓一教授に当時の状況を聞いた。

「カルチャーの中心は上方から江戸に移ります。文学では滑稽本、黄表紙、人情本や川柳などが流行しました。絵画も金銀摺、空摺、艶摺など技術の飛躍的向上により、縮緬模様や透かし、ぼかし、凹凸まで印刷できるようになり、浮世絵は一気にカラフルとなり大人気を博します。当然、江戸の出版業は繁栄し、流通システムも発達しました」

 春画に関する著書が多数ある、浮世絵研究家の白倉敬彦氏は頂点を極めた印刷技術と春画の相関関係を語る。「春画で着衣のままセックスする絵柄が多いのは、着物の色彩や柄、文様まで表現可能になったからです。女性にとって春画は、最新ファッションテキストでもありました」

 春画や艶本はたびたびの規制、弾圧を受けたものの、しぶとく生き残る。しかも購買層は庶民だけではない。大名や旗本たちは当代一流の絵師や戯作者たちを呼び、私家版の絵暦を春画仕立てで制作、正月には殿中で交換しあっていた――まさに、エロティック・アートは江戸の華だったのだ。

※週刊ポスト2011年3月18日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110312_14482.html


江戸時代は確かに生活に根付いた色事の文学である浮世草子や、男女の性愛を活写した春画に記された書き入れなどを男女の隔てなくおおっぴらに愉しんでいた。しかし、色道指南書は何も江戸期の専売特許ではない。

『衛生秘要抄』(1288年)は鎌倉時代に編まれた、わが国の代表的医学書であり同時に性指南書でもある。本書は隋唐医学を体系化した『医心方』や宋代の医書『証類本草』のダイジェスト版であり、その意味で、いわゆる「艶本」として編纂されたものではない。

 本書は右大臣で皇后宮権太夫だった西園寺公衡(1264‐1315)の命により、宮廷医師の最高位にあった丹波行長が撰述した。西園寺公の役職を考えれば、本書が当時の貴族や高位の武士に読まれたのは間違いない。

『衛生秘要抄』は全31章のうち、17章以降のすべてが「房中術」すなわち性に関する記述で埋められており、わが国におけるセックスの高い位置づけが窺われる。同時にセックスが日常生活の健康に大きく関わっていることの証左ともなろう。

 文章は中国の黄帝が女医の素女に質問しつつ、さらに采女なる神仙の方術に長けた者からアドバイスをもらうという形で進む。黄帝の目指すところは不老不死であることは論をまたない。

「一夜の中に、女色にふけることが十度に及んだとしても、決して射精をしないことだ」

 接して漏らさず――貝原益軒が『養生訓』で広めた訓戒の源泉はここにある。『衛生秘要抄』によれば、「射精しない者は、さまざまな病気が治り、寿命が一日、一日と長くなる」のだ。そればかりか「ひと月に2回、年に24回射精するように制限すれば、誰でも100歳、200歳と長生きできる」という。

※週刊ポスト2011年3月18日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110313_14516.html


江戸時代、日本の自由な「性」には「文化」があった。だからこそ性を描いた「艶本」もブームになったが、その中でも作者の英泉が、性にまつわるすべてが本書に凝縮されていると豪語し、初版が刊行されるやたちまち江戸の大ベストセラーとなったばかりか、10年を超すロングセラーを記録するに至った艶本『閨中紀聞枕文庫』(青林堂)では、交合の秘術を10に細分し、詳しく開陳している。その中から白眉ともいうべき心得を現代語訳で紹介してみよう。

 まずは、「量度情訣」。「女を口説くには、まず世間話などをして近づき、だんだんとエッチなネタへもっていくのがよい。さらに、女は欲深きものなれば、カネやファッション、流行の小物(本書では“煙管や煙草入れ”とある)で落とせ。あの手この手で迫れば、女は押し黙ったり、手が温かくなったり、頬が赤くなったり、乳房や腹も熱くなるものだ。そういうサインを見逃さす、ぐいと押し込んでいくべし」

「戯弄真情」では、セックスで大事なのは、まず女にエクスタシーを堪能させることだと強調する。「男が快楽にまかせて先に射精してしまうことは、大いに戒めなければいけない。男は真心をもって、女体を懇切丁寧に、焦ることなく愛撫し、クリトリスをやさしく弄んでやる。挿入に際しても、男は女の様子をつぶさに観察し、自分がいきそうになったら気をそらして、長く保つこと」

 いつの世も、男はガマンが大事ということか――。

※週刊ポスト2011年3月18日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110309_14395.html


江戸時代の人々の性生活を題材にした浮世絵である春画は、性の秘技も紹介されている。意外にもオーラルセックスを描く春画はそれほど多くないのだが、平安末期の春画にすでにその場面が登場しているように、古くから日本で行なわれていたプレーであることは間違いない。

 ただし現代のように前戯として当たり前に行なわれていたものではない。尺八は“吸茎”ともいわれ、江戸時代では、女性が男性に“再戦”を促すためにするものだとされている。そのため、春画で尺八を描く場合は、男性が疲れきった表情であることも少なくない。数多く存在した性の指南書に尺八の方法は描かれていないそうだが、それは「女性に秘技を覚えられると疲れて後が面倒」という心理が影響しているのかもしれない。

 一方、クンニリングスは“舐陰”と呼ばれていた。女性が“私への恋心が真実ならば舐めて”と、男性の心情をはかるための行為だったという。春画に描かれるオーラルセックスからは、男性以上に性欲旺盛な“肉食系女子”が多く存在したことがわかるのだ。

※週刊ポスト2011年1月28日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110118_10382.html

門外不出の性指南書、備州岡山藩秘伝『秘事作法』。『秘事作法』は上、中、下三巻構成で、江戸初期の1652年に成立した。筆者の秀麗尼は岡山藩の池田家奥御殿に仕えた女中だった。

『秘事作法』の特色は、何といっても懇切丁寧な記述にある。江戸期の性愛文化を代表するセックスガイドブックといっても過言ではあるまい。そのなかで明らかにされる、奥女中の性の秘儀の数々の中でも、上巻で述べられる、若君に対するセックスの所作は驚愕に値する。

 幼少君は、学問や武芸だけでなく帝王学の一環として、御殿女中たちから性の手ほどきを受けていた。当時の武家は現在の中学生の年齢で元服し、妻を娶って子づくりに励むののだから当然のことではあった。

 幼少君は5歳で割礼し、7歳になるとペニスの皮をむく(現代でいうところの「むきむき体操」)。早くから亀頭部を露出させ、刺激になれさせるのだ。10歳ともなれば、女中は若君の会陰部へのマッサージを入念に施してさしあげる。同時にペニスを布で巻き、厳しく鍛えることも忘れてはいけない。まだ子どもだけに、快感とは程遠く、痛みや辛さで泣き出すこともあろうが、それを叱り、あるいは慰め、励ますのも女中の務めであった。

 幼少君が12歳になったら、さらに本格的なセックス指南に進む。その作法を現代語訳してみよう。「最初は殿のペニスを指でさする。時には口に深く含み、亀頭を喉の奥深くに入れ強く吸う。続いて亀頭を舌で愛撫し、勃起の兆候がみられたら、舌先で鈴口を押さえ、亀頭をリズミカルに締めたり緩めたりする」

 いわゆる“手コキ”で奉仕するだけでなく、積極的にフェラチオをするように指導している。それもディープスロートあり、亀頭や尿道口への微妙かつ繊細な愛撫ありと、現代の性技と比べて遜色がない。いや、むしろ約360年前に、このようなテクニックが開発されていたことを称賛すべきだろう。

※週刊ポスト2010年12月24日号

http://www.news-postseven.com/archives/20101218_8130.html

江戸時代の大ヒット本は中国の性書や欧州の性知識網羅する艶本


江戸時代は、西洋的な性意識に縛られていなかったために、生活に根付いた色事の文学である浮世草子や、男女の性愛を活写した春画に記された書き入れなどを男女の隔てなくおおっぴらに愉しんでいた。
 
 艶本『閨中紀聞枕文庫』全4篇は文政5(1822)年に、版元青林堂から初篇が刊行された。作者は淫乱斎主人白水こと渓斎英泉で、文章のみならず挿絵も自ら手がけた。

「艶色の一道此巻中に尽きせり」 英泉は、性にまつわるすべてが本書に凝縮されていると豪語した。果たして、たちまち江戸の大ベストセラーとなったばかりか、10年を超すロングセラーを記録するに至った。改訂や増補、新版、ダイジェスト版などの編纂が重ねられ、8冊とも9冊とも10冊とも、いやそれ以上のシリーズがあるとも推察されている。

 浮世絵研究家で艶本にも詳しい白倉敬彦氏は話す。「この本は江戸の性指南書の白眉です。日本に伝わっていた性のエッセンスのみならず、中国の性書やヨーロッパの性知識までもが網羅されています。その内容の豊富さと広範さに加え、挿絵の精密さと意表をついたアイデアが江戸っ子たちのド肝を抜きました」

※週刊ポスト2011年3月18日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110310_14434.html

江戸の大ベストセラーとなった艶本『閨中紀聞枕文庫』(青林堂)。作者は淫乱斎主人白水こと渓斎英泉で、文章のみならず挿絵も自ら手がけた。そこでは、交合の秘術を10に細分し、詳しく開陳している。

「三峯採戦」とは上峯つまり唇、中峯の乳房、下峯の女陰という3つの性感帯を同時に責める技だ。「セックスの前戯としては、まず戯れにおかしき噺などして、乳を捻りなどして、そろそろ股へ手を入れろ」

 江戸期のセックスにおいて、前戯としてのキッスは皆無だと知りおきいただきたい。「三峯採戦」の法にもあるように、女の心を動かすトークで迫ったら、速攻でタッチに入っていく。しかも、攻撃目標は乳房よりも下半身重視だ。これを「くじる」という。

 浮世絵研究家で艶本にも詳しい白倉敬彦氏が解説してくれた。「パンティーを穿かない文化だったこともあるのでしょう、江戸の男はその気になったら、すぐ着物の裾をめくって女陰に手をやりました。さらに、春画の題材をみても歴然としているのですが、乳房や尻といった女性の第二次性徴には女性器ほど興味を抱かなかったようです」

 また、本書における女門の品別と解説の詳細さや、図版のリアリティー、さらには度を越した誇張(どの艶本、春画も性器をビッグサイズにデフォルメして描いている)を見ても、江戸のセックスにおける性器の重要視ぶりが理解できよう。

※週刊ポスト2011年3月18日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110308_14361.html

キスには挨拶、親しみと友愛、性愛と欲情という3種類があるが、江戸期の日本では、セックスにまつわる“舌偏重”のキスだけが一般化していた。軽く唇や頬、手の甲に押し当てるキスという形式は普及していない。だから幕末期に英語がどっと押し寄せてきた際、「口吸い」だけでは訳語に困り「接吻」という新しい言葉をひねくりだしたのだという。

 また、口吸いのセックスにおけるポジショニングも男女差があったようだ。口吸いが、交合への第2ステップであり決め手だったのは男の場合で、女から仕掛けるケースでは口吸いからスタートすることが多かった。まず、抱きつき口吸いして男を誘惑する。男がその気にならねば、果敢に股間へ手を伸ばす……こんな流れが春画に描かれている。

 もっとも「口吸い」にも時代的な変遷があった。当初「男の舌を女に吸わすことなかれ」だったのが、いつしか男が女体をくぢるときに欠かせぬ性技として定着した。やがて女も負けじと口吸いするようになり、結局は男女を問わず積極的なほうが、主導権を握る展開になっていく。

 艶本『艶紫娯拾餘帖』では、奥女中が小姓の若衆にかぶさり、しっかりと彼のペニスを握りながら、口吸いを強要している。書入れ(春画の中に記された説明書きやセリフ)はいう。「初心な男はままならないわ。まずは口をお吸わせなさい」

 江戸の性を大らかに描いた歌麿の春画にも口吸いのシーンは多く、この性技の日常化が見てとれる。『歌満まくら』のように、女のほうから舌を出して男に吸わせるスタイルもあれば、『艶本葉男婦舞喜(はなふぶき)』では、坊主にくぢり放題にくぢられた後家が、「舌をしごき、あるいは食いつき」と口吸いによる反撃に転じている。

※週刊ポスト2010年11月12日号

http://www.news-postseven.com/archives/20101101_4739.html

上半身は口吸い、中間部の乳房を手で愛撫するという同時三点攻撃を「三所攻め」といい、大事なセックス技術とされていた。

 何より江戸期の性指南書は、男だけが快感を満喫する身勝手を厳しく非難している。溪斎英泉の記した江戸時代を代表する性科学百科『閨中紀聞枕文庫』でも、男女和合のため二人が一緒にオーガズムに達するべきだと説く。

 その極意が、前書にいう「三峯採戦」の法として紹介されている。「三峯とは、女体の口と鼻の先を“上峯”、乳房を“中峯”、陰戸(ぼぼ)を“下峯”という」「上峯の口を吸いながら、中峯の乳首をひねったりさすったりしながら女の唾を飲めば、女の精気をとって薬になる。下峯では玉門(ぼぼ)が淫水で潤い、子宮(こつぼ)がひらいたときをみはからって、とっくりと玉茎を挿入し、ゆるゆると九浅一深(くせんいっしん)の法で交合する」

 ポイントは三所攻めで女にオーガズムを得させることであり、かくして男も安心かつ満足のうちに射精することができる。これぞ、同書にいう「男女相感をもつてたのしむ」だ。

 現代のAVへ眼をやってみると、潮吹きや電マなど下半身への愛撫と執着が著しい。残念なことに三所攻めのシーンは実に少ないのだ。一方、江戸の春画には、二所攻めからまさに三所攻めへ移行しようとする絵柄がたくさん見られる。

 たとえば『正写相生源氏(しょううつしあいおいげんじ)』における、後座位で抜き差しの快感を与えつつ、乳房をさわり、いよいよ口吸いをも狙って、三所攻めを完成させようという場面は秀逸そのもの。

 絵の書入れで、女の台詞がオーガズムの到来も近いことを予感させる。「あなたは、まァどうしてこんなにお上手でいらッしゃるか」――男なら、女にこういわせてみたいものではないか。

『色道取組十二番』でも、男が後側位の体勢から身体をねじって女の乳首を吸っている。彼の一連の動きからして、口吸いへ移行し、空いた手で再び乳房を弄ると想像できよう。 多くの性研究者は、江戸において「三所攻め」は珍しくなく、むしろ一般的な性技だったと指摘している。彼らの性技のレベルの高さを証明するエピソードといえよう。

※週刊ポスト2010年11月12日号

http://www.news-postseven.com/archives/20101103_5023.html


性の文化が花盛りだった江戸時代。さまざまな性に関する工夫があったようだ。たとえば、江戸時代の性指南書『好色旅枕』によると、射精を遅らせる鍵は「蟻の門渡り」だという。

発射しそうになったら、蟻の門渡り(肛門と陰嚢の間)を中指で押さえよ、と説き、また、左の人差し指で睾丸の根元を押さえ、両足の親指を強く反らして10回ほど呼吸をしても、射精を止めることができる、と解説している。

また、江戸時代は一流絵師たちが競いあって春画や艶本を描き、豊かな性文化を形成した。性指南書『房内経戯草』によると、女性の陰部には48の名があるという。

良い名は、「しほいずみ」(皺泉)、「りんゑのごう」(輪廻刧)、「てんやくのすけ」(典薬助)、「ちごのて」(稚児手)、「みずはじき」(水弾)、「さこめ」(小籠)など。悪い名は、「すぎばり」(杉針)、「あしのよ」(葦節)、「ふるせ」(旧瀬)、「にもちゐ」(似餅)、「ひきめ」(蟇目)など。

そして、江戸時代の人々は西洋的な性意識に縛られていなかったために、生活に根付いた色事の文学である浮世草子や、男女の性愛を活写した春画に記された書き入れなどを男女の隔てなくおおっぴらに愉しんでいた。そんな時代の性指南書は、女性器の鑑別や品定めが必須事項でもあった。『好色訓蒙図彙』によると、良い女性器の陰毛は「ラッコの皮」だという。

上開(良い女性器)の陰毛は濃すぎず薄すぎず、やわやわと柔和であり、猟虎(らっこ)の皮を想像させるばかりである。「猟虎の皮」は、手で撫でるとその方向になびくといわれる。

※週刊ポスト2011年3月18日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110307_14349.html


Gスポットは江戸時代からすでに発見されていた


江戸の性技法の特色であり、現代セックスとの際立った差異はイントロダクションにある。江戸の男たちは、女と言葉を交わし、春画や艶本などを見せてエッチなムードづくりにいそしんだ。

 艶本『艶道日夜女宝記』は、そのまま今のセックスに通じる技法を伝授しているから驚く。「膣の入り口の上側に、袋のようなものがある。そこを指腹で撫でよ」

 この「袋のようなもの」とはGスポットに他ならない。Gスポットの存在が江戸期、すでに知れ渡っていたのは間違いなく、『艶本幾久(えほんきく)の露』という喜多川歌麿の作にも「膣の奥に“名所旧跡”がある」の記述がみえる。ちなみに、性医学界でGスポットが紹介されたのは1950年、ドイツ人医師エルンスト・グレーフェインベルグによってとされているのだが――。

 春画『會本 拝開よぶこどり』では子宮口周辺のポルチオ性感や、オーガズムに達する際の膣の変化も鋭く観察し、描写しているから仰天だ。

「指を深く入れると、子宮が進み出てくる」――この状態を「玉が出る」といいGスポットと並ぶ“名所旧跡”に数えた。本番の交合前に、ストレートかつ、たっぷりと指でくぢる――なるほど、江戸のセックスは奥深い。

※週刊ポスト2010年11月12日号

http://www.news-postseven.com/archives/20101105_5021.html

江戸時代自作女性向け自慰グッズ 1650回以上の抜き差し推奨


古くから、適度なセックスは肉体ばかりか精神面にも良好な影響を及ぼすことが知られていた。だが、「大奥」の女中(奥女中)は男との性交渉のチャンスが極端に少なかった。

 江戸初期の1652年に成立した、セックスガイドブック『秘事作法』の中巻では、奥女中が積極的に実践すべき健康法として「独楽」すなわちオナニーを奨励。“マイ張形”の製法と独楽の楽しみ方の指南も述べている。

「わらび湯か葛湯に紅絹布を浸して丸め、乾かし、何重にも巻く」――これが作り方だ。 サイズは太さ約3センチ、亀頭部が約4.5センチ。全長は約20センチで、先端から16センチあたりに陰毛を模したつけ毛を施す。おそらくリアリスティックかつ勇猛な外観であろう。

 用意万端、いよいよ独楽を開始するわけだが、その回数が凄まじい。「性器の表面を愛撫すること50回、それと同時に乳房を100回ほど揉み、張型を浅く挿入し100回、クリトリスから陰唇への刺激を300回、騒水が湧き出たら深く挿入して200回」

 さらに張型を枕台箱で挟んで固定し、ヒップを落としていく。ここからの所作も回数つきで紹介しよう。「尻を上下にグラインドさせ200回、それをスローテンポに落としながら、空いている手で陰核にアップテンポの刺激を加え、尻を上下左右に強く揺らして200回……」

 ちなみに絶頂までの抜き差し、摩擦の回数は、割愛したものも含め実に1650回以上! これを生身の男に置き換えると……想像するだにおそろしい。

※週刊ポスト2010年12月24日号

http://www.news-postseven.com/archives/20101215_8101.html

春画とは江戸時代の人々の性生活を題材にした浮世絵だが、そこには人々の性への願望も描かれている。日本が世界と比べても自慰が盛んな国だったことは、数々の春画が証明している。

 かつて西欧では、自慰は生殖に直結しないというキリスト教的観念から禁じられ、中国では「接して漏らさず」の『養生訓』の教えのごとく精液の節約という意味で良しとされていなかった。ところが日本の春画は自慰シーンのオンパレード。その方法は実に多岐にわたり、現代からは想像もつかないような性具や媚薬が豊富にあったことがわかる。

 男性器を模した“張形”を使ったり、他人の行為を覗き見て、あるいは想像で手淫するなど、設定はバラエティに富んでいる。
男性器に巻きつけることで挿入時に女性を刺激する“肥後芋茎”や、金属の玉を女性器の中に入れて性行為をすると女性が快楽を得られるという“琳の玉”、また女性器に塗る媚薬など多彩だった。

 江戸時代は、『四つ目屋』というアダルトショップが堂々と表通りで営業されており、この手の性具は簡単に手に入ったという。
http://www.news-postseven.com/archives/20110119_10417.html

浮世絵 春画 枕絵 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5+%E6%98%A5%E7%94%BB+%E6%9E%95%E7%B5%B5


Kitagawa Utamaro
http://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Shunga_by_Kitagawa_Utamaro
http://www.akantiek.nl/shunga.htm


Prints by Utamaro, Kuniyoshi, Kunisada I/II, Eisen & Utagawa School
http://www.ukiyoe-gallery.com/gallery9.htm
http://www.ukiyoe-gallery.com/gallery9.htm#Toyoshige
http://www.ukiyoe-gallery.com/gallery9.htm#Tomioka


35. 中川隆[-12665] koaQ7Jey 2018年5月28日 14:25:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14542]

日本の男は放っておくと すぐにこうなる:


中学で一番の美少女に毎朝精液を飲ませていた旭川女子中学生校内集団レイプ事件


旭川女子中学生集団暴行事件を起こした 旭川市立 北都中学校


北海道旭川市立北都中学校 校歌
https://www.youtube.com/watch?v=gjStrLUUP8U
https://www.youtube.com/watch?v=9HS1_z-rVvo
https://www.youtube.com/watch?v=jZUpYmu38uk

旭川市立 北都中学校 - Google マップ
https://www.google.co.jp/maps/place/%E5%8C%97%E9%83%BD%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1/@43.7690762,142.3759313,15z/data=!4m5!3m4!1s0x0:0x62d5f9a392ef844a!8m2!3d43.7690762!4d142.3759313?hl=ja

旭川市立北都中学校 - 廃墟検索地図
http://haikyo.crap.jp/s/11914.html


旭川市立 北都中学校

〒070-0038 旭川市8条通16丁目


旭川市立北都中学校は北海道旭川市にあった中学校。

昭和22(1947)年5月旭川市立第七中学校として開校、昭和24(1949)年9月に北都中学校へと改称。

平成27(2015)年4月新設された中央中学校に常盤中学校、聖園中学校と共に統合され閉校。
1階部分の窓はベニヤ板で塞がれ厳重に管理されている。
体育館及びグランドは中央中学校の部活動等で現在も使用されている。

北都中ホームページ
http://www.hokuto.jhs.asahikawa-hkd.ed.jp/


北都中学(北海道旭川市)の口コミ みんなの中学情報

在校生 / 2014年入学
学力のレベルが低い 2014-12-18投稿


総合評価
学力の低下、生徒の質の低下、保護者のモラルの低下があるように思う。先生は一生懸命に指導してくれていると思う


学習環境
先生がテスト前に補習、夏冬休みに勉強会を開いてくれるので環境は良いと思う


進学実績
各テストの平均点が周辺の学校と比較してかなり低いので進学実績は良くないと思う


先生
一生懸命に生徒や保護者と向き合ってくれていると感じるので4にしました。


施設
周辺の学校に比べて、悪くもなく良くもないことから施設の評価は3にしました。


治安・アクセス
学校の周りでさまざまな事件がここ数年で何件もあり、とても治安が良い場所とは思えない


部活動
1つ2つは競合チームがあるが、ほとんどが初戦敗退してしまうような弱小チーム。もっと力を入れて本格的に部活動してほしい


いじめの少なさ
LINE利用者がほとんどなのでLINE上でのいじめが多々あると思います。不登校の子も多いと思います。


制服
昔ながらの制服で、全然可愛くない。評判が悪いので1にしました。


志望動機
区域で決められているから
https://www.minkou.jp/junior/school/review/5879/


旭川女子中学生校内集団レイプ事件
http://yo2605.blog114.fc2.com/blog-entry-72.html

中学校側の無策が輪姦に

347 名前:可愛い奥様 mailto:sage [2005/06/25(土) 09:16:59 ID:HnoB+bhu]

  何年か前に夜のニュースで見た事件。(実際の事件はさらに数年前に起きていたらしいのだが。)

北海道のとある地域にある中学校に入学したA子さん。A子さんは入学当時から同級生(同学年男子)に「性的なからかい」を受けていた。A子さんは両親に相談するが「無視しなさい」との言いつけで同級生のからかいを無視し続けるが、そのうちにからかいから「性的いやがらせ」へと進化していく。

  耐え切れなくなったA子さんは再度両親に相談。ここへきてさすがにA子さん両親は学校へと相談。しかし学校は「そのような事実は確認できていない」と真っ向から否定。(このご両親がここでA子さんを転向なりなんなりさせなかった事が本当に悔やまれる。)

  しかし現実にA子さんは、下着を下ろされたりといやがらせを受け続けていて、納得の出来ないA子さんご両親は再三学校へ訴えつづけるが、やはり学校の対応はぬるいものだった。

  そして事件が起きる。中学3年の受験を控えた頃、A子さんは同級生たちに校内のある場所に監禁されて、20名近くの男子生徒に輪姦される。怒った両親が学校に出向き激しく抗議するも、男子生徒の親が「A子にも落ち度がある」と主張。絶望したA子さんのご両親は学校を相手取り民事裁判を起こす。

  というのが大体の事件のあらましだったと思います。A子さんが今、幸せでありますようにと本当に思います。


旭川女子中学生校内集団レイプ事件
http://saki.2ch.net/youth/kako/980/980849555.html

1 名前: おかしい 投稿日: 2001/01/30(火) 19:12

■女生徒暴行訴訟で原告勝訴 旭川地裁
市と道に200万円の支払い命令

  北海道旭川市の市立旭川市立北都中学校で男子生徒らが女子生徒に暴行などを繰り返した事件で、被害者(19)と両親が「事件は教諭ら学校側が安全配慮義務を怠った結果」として、国家賠償法に基づき旭川市と北海道に総額約四千四百三十万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が三十日、旭川地裁であった。

  斉木教朗裁判長は「学校が加害男子生徒の指導を徹底すれば、女生徒が悲惨な性暴力にさらされることはなかった」として、旭川市と北海道に計二百万円の支払いを命じた。

  訴状によると、中学一年当時から始まった男子生徒らの被害者に対する性的嫌がらせは次第にエスカレートし、中学三年時の平成八(一九九六)年には、男子生徒十人に校内のトイレで暴行などを受けた。 

  担任教諭らは、女子生徒から被害の相談を少なくとも三回受けたほか、わいせつ行為を目撃したことがあったにもかかわらず、男子生徒らに適切な指導を怠り、事件後の真相解明を求める被害者側に対し責任逃れに終始した、としている。

  男子生徒十人は、旭川家裁により少年院送致や保護観察処分などをすでに受けた。


2 名前: 見てみぬふり 投稿日: 2001/01/30(火) 19:19

  斉木裁判長は判決で、訴えを全面的に認め、「少なくとも相談を受けた平成八年六月の時点で予見は可能だったが、詳しい事情聴取をせず、指導強化も怠った。女性はこの相談以降、少なくとも六回の暴行を受けた」と学校側の過失を認定。さらに、集団暴行事件について「教頭は両親に暴行の事実を隠して胸などを触られただけと説明し、事件が闇に葬り去られる危険性もあった。これだけでも重大な違法行為にあたる」と厳しく指摘し、「前代未聞の悲惨な事件」と断じた。

  その上で、損害賠償額は一千万円が相当としたが、加害生徒から支払われた示談金八百六十万円を考慮して、女性には市と北海道が連帯して百七十万円、両親にはそれぞれ十五万円を支払うよう命じた。


29 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/01/31(水) 20:29

  私の地元。その時私は高校生だったけどこの事件はかなーり衝撃的だったよー

 みんな「どこの中学?!」て騒いだなー 地元紙にもいろいろ記事載ったけど、なんだか釈然としないまま事件は消えて行ったと思った。

  でも今頃になってやっと判決が出たのね。裁判は時間かかり過ぎ。女の子はけっこう可愛かったらしいけど、集団レイプ最低。


08: 名前:名無しさん投稿日:2001/01/31(水) 17:14
  北都中だよ。同じクラスのやつがちょうどこの学年。

15: 名前:しゃもじ投稿日:2001/01/31(水) 20:05
  北都なの? じゃあ、ジャージプレイか。


21: 名前:名無しさん投稿日:2001/02/02(金) 12:27
  職員室と教室が遠いからなんでもあり! 学校中美術品飾って「学校美術館」てよんでた。(トイレの中まで飾ってあった。ツバとかついてるだけで全校集会で犯人探し!)

  事件が起こったのはエリート校長の時、(だから問題起こしたくなくて隠しに走ったのでは?)


126 名前: 北海道警察 投稿日: 2001/02/07(水) 22:00
  旭川市立北都中学校。被害者の女子は、俺の同級生の妹だった。俺が中学の時、いじめがあったが、先生はなにも役にたたなかったなー 担任の山?先生


127 名前: ↑ 投稿日: 2001/02/07(水) 22:43
  ひょっとして音楽の?


いじめられる方が全面的に悪い


378 名前: 名無しです 投稿日: 2001/05/30(水) 20:41

  私が旭川市内の中学生だったのは15年以上前の事。旭川出身者としては、担任教諭が被害者の相談を受け、現場を目撃してもなお動かない、という所が「いかにも旭川の中学校らしい」と思いました。

  「いじめは、いじめられる方が全面的に悪いのだから、止める必要はない」という考え方の先生が多いみたいなんですよ、旭川教育大の出身の先生には。私の3年の時の担任もそうでした。始業式の日の自己紹介の時に前述のような話を一席ぶって・・・。その年に配属されたばかりの新米でしたから、自身の経験から出た言葉とは思えないんで、大学の教育課程でそういう考えに染まった様で・・・。

  担任がそんなだから、クラスにいじめが起きて・・・苗字が同じだったもんだから、私、他人事に思えなくて、ムダだろうな・・・とは思いながらも一応担任に報告するんだけど・・・完全無視でしたね。

  賠償金、市と道が払ったんですか? 学校と教師どもが払うのが筋じゃないの?


386 名前:可愛い奥様 [2005/06/25(土) 18:16:16 ID:czkHlrDC]

  結婚前に勤めていた会社で聞いた話。ある社員(男40代中頃)が高校生の頃、友達数人で公園のアベックを襲って、彼女の方をみんなで強姦した話を酒の席で自慢げにしたらしい。

  その席にいた人はみんな驚いて、ドン引きだったらしいけど、本人は酔っていたようでそんな事にも気付かずに、ベラベラ楽しそうにしゃべってたって。本人は「青春のひとこま」みたいに「よき思い出」として語ってて、まったく罪悪感は感じてなさそうだったって。

  いわゆる一流大学を出て、奥さんも綺麗で、女の子2人の父親だった。
http://yo2605.blog114.fc2.com/blog-entry-72.html


旭川女子中学生集団暴行事件

旭川女子中学生集団暴行事件とは1996年12月に発生した北海道旭川市の市立中学校の女子生徒に対する集団性的暴行・強姦事件である。


事件の経緯

初めのうちはクラスのマドンナ的存在であった女子生徒に対する、スカートめくりなどの軽度の性暴力から始まったと言われる。

男子生徒10人は、女子生徒が1年生の時から胸や尻を触る等を繰り返した。女子生徒が誰にも訴えなかった為、その後行為はエスカレ−ト、中学2年生の夏に男子生徒の一人の家に連れ込まれるようになった。

男子生徒たちは公園や橋の下などで毎朝、口淫をさせた後

「今日もおいしい牛乳を有難うございました。」

という屈辱的な言葉を言わせていた。

中学3年の5月からは、下着の着用と自由な排便を禁止した上、公園内のトイレにて浣腸器具を用いて排泄を強要していた。

1996年6月に、その女子生徒が担任教師に性被害を告げた。だが、担任教師は男子生徒たちに少し注意しただけであった。この事をきっかけにして、その性暴力はエスカレートした。

12月には男子生徒10人に取り囲まれ男子トイレに連れ込まれ、6名が身体を触るなどしさらに1名が女子生徒を強姦した。

被害直後、友人と泣いている被害少女を見た教師が通報しこの事件は発覚した。

その後、旭川家庭裁判所において3人が少年院送致、6人が試験観察、1人が保護観察処分を受けた。男子生徒達は他校の生徒との暴力事件や、喫煙や窃盗などの非行を繰り返し起こしていた。また、被害は被害少女だけではなく他の女子生徒にも及んでいた。

担任教師らは女子生徒から被害の相談を少なくとも3回は受けたほか、わいせつ行為を目撃したこともあった。担任は被害少女が「笑みを浮かべながら」相談した等と主張した。また、事件後教頭は事件について公表をしなかった。

1998年4月、女子生徒と両親は「学校側が不適切な対処を行っていた」として、旭川市と教師の給料を負担している北海道を相手に慰謝料などを求め、総額4430万円の損害賠償を求める訴訟を旭川地方裁判所に起こした。

2001年1月30日、旭川地方裁判所は、判決で少女の事件全体の慰謝料を1千万円が相当と認定し、すでに加害少年グループとの間で成立している示談金860万円を差し引いた上で、少女に対して170万円、両親に対しては30万円を支払うよう、旭川市と北海道に命じた(判時1749号121頁)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%AD%E5%B7%9D%E5%A5%B3%E5%AD%90%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E7%94%9F%E9%9B%86%E5%9B%A3%E6%9A%B4%E8%A1%8C%E4%BA%8B%E4%BB%B6

旭川女子中学生集団輪姦事件

旭川女子中学生集団輪姦事件とは1996年12月に発生した北海道旭川市の市立 北斗中学校の女子生徒に対する集団性的暴行・強姦事件である。


事件当時の1994〜1996年は2000年代とは比べものにならない程に少年の素行が荒れていた。北教組公務員の教師は不良少年集団に怯えてまともに指導ができなかった。これが事件発生の要因である。

被害を受けた女子生徒は1994年の2学期頃から、男子生徒延べ11人により身体を服の上から触られるなどの被害にあっていた。初めのうちはスカートめくりなどの性暴力から始まった。

1996年6月、その女子生徒が担任教師に性被害を告げた。だが、担任教師は男子生徒たちに少し注意しただけであった。この事をきっかけに、性暴力はエスカレートしていった。

12月には男子生徒10人に取り囲まれ男子トイレに連れ込まれ、6名が身体を触るなどしさらに1名が女子生徒を強姦した。被害直後、友人と泣いている被害少女を見た教師が通報しこの事件は発覚した。

事件の舞台となった中学校は不良少年が荒れ狂う動物園のような状態だった。発情期の不良少年はスカートめくりや尻触りに熱中。被害者少女はクラスでも可愛い容姿であったため特に被害を受けていた。

軽いスカートめくりや尻触りが如何にして日常的な輪姦に発展したのか。事の発端は不良少年が被害少女に告白したことにある。しかし、普段からスカートめくりをしてくる猿みたいな不良少年の女になろうなどと思うわけもなく当然少女は告白を断った。そこから大勢の不良少年が少女への嫌がらせを過熱させていった。

不良少年達はそれから少女を囲いスカートの中に手を入れる、教科書を隠し代わりにエロ本を机に入れるなどのスカートめくりから一歩進んだセクハラを開始するようになった。

耐えきれなくなった少女が教師に報告したのが中一の秋頃、ここが二番目のターニングポイントだった。教師は不良少年を呼び出し女の子が嫌がるようなことをしてはいけないとやんわり注意した。パンツ越しに股間を触っても大して怒られなかったことが、不良少年達の暴走が始まることにつながった。

さて教師からの叱責を大して受けなかった不良少年達はそれから日常的に少女の身体を弄ぶようになった。中一の冬に少女を裸にし性交直前で止めた。日常的に裸にして身体を好きなようにしていたが、この時点ではまだフェラもセックスもなかった。処女が奪われたのが中二の夏と少し期間があく。

男子生徒10人は、A子が1年生の時から胸や尻を触る等を繰り返した。A子が誰にも訴えなかった為、その後行為はエスカレ−ト、中学2年生の夏に男子生徒の家に連れ込まれレイプされた。

公園や橋の下なので口淫を幾度となく強要。毎朝、呼び出され、口淫をした後「今日もおいしい牛乳を有難うございました」というセリフを言わされていた。

中学3年の5月に、公園内のトイレにて浣腸器具を用いて排泄行為を強制的にさせていた。又、女子生徒の弱みにつけこんで、同女子に下着を着用せずに学校に来させ猥褻行為をさせる等、非道な行為を繰り返した。

1995年の秋、女子生徒が放課後の教室で2人の男子生徒にわいせつな行為をされていたとき、男子教師が立ち入った。が、止めることはなく、立ち去っている。そのトイレで行われた暴行は、殴るなどの行為から始まり、男子生徒たちによる強姦にかわり、最後はトイレ個室に監禁され上から水などをかけられるなど長時間におよんだという。

中二の秋にはこのように校内の至る所でフェラを強要され、教師は黙認という異常な事態に発展していた。

また1996年4月ごろ、女子生徒が特別活動室に連れ込まれようとしたとき、そこに居た女性教師に「助けて」と叫んだ。が、この教師は男子生徒たちに「帰れ」と怒鳴られ、助けを求める女子生徒の声を無視し立ち去った。その後、女子生徒は特別活動室で男子生徒たちにわいせつ行為を受けることになった。

こうした異常事態は三年になっても続き、むしろエスカレートしていった。授業中に不良少年は少女の教室に入り、連れ出しにくるが教師は黙認していた。連れ出された少女は便所に連れて行かれ授業中にも裸にされてフェラチオを強要されていた。

その後リーダー格の少年がこっそりセックスをしていたことが仲間にばれ、フェラだけで我慢していたその他大勢が俺も俺も少女にセックスを迫るようになった。不良少年達に殴られ、代わる代わる中出しされ水をかけられた少女が廊下で泣いているところを友人の女生徒が発見。教師に事の経緯を説明し教師は少女を連れて少女の両親に報告を兼ねて家まで送り届けた。そこでようやく両親に事が伝わり警察が介入することになった。

少年2人が少年院、残りの8人が保護観察。賠償額は不良少年達から840万、学校から160万。

なぜ少女はもっと早くに解決に乗り出さなかったのか?不良少年達に家を燃やす、母親も犯すなどと脅されていたことや大の大人の教師までもがビビる不良少年の大群に心底怯えていたためであった。見て見ぬ振りをする教師の姿を見て大人を信用できなかった。事が長く続いてしまったのは決して少女に非があるからではなく、ひ弱な教師にある。


その後、3人が少年院送致、6人が試験観察、1人が保護観察処分を受けた。男子生徒達は他校の生徒との暴力事件や、喫煙や窃盗などの非行を繰り返し起こしていた。また、被害は被害少女だけではなく他の女子生徒にも及んでいた。

担任教師らは女子生徒から被害の相談を少なくとも3回は受けたほか、わいせつ行為を目撃したこともあった。担任は被害少女が「笑みを浮かべながら」相談した等と主張した。また、事件後教頭は事件について公表をしなかった。

1998年4月、女子生徒と両親は「学校側が不適切な対処を行っていた」として、旭川市と教師の給料を負担している北海道を相手に慰謝料などを求め、総額4430万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。

2001年1月30日、判決で少女の事件全体の慰謝料を1千万円が相当と認定し、すでに加害少年グループとの間で成立している示談金860万円を差し引いた上で、少女に対して170万円、両親に対しては30万円を支払うよう、旭川市と北海道に命じた。
http://ja.yourpedia.org/wiki/%E6%97%AD%E5%B7%9D%E5%A5%B3%E5%AD%90%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E7%94%9F%E9%9B%86%E5%9B%A3%E8%BC%AA%E5%A7%A6%E4%BA%8B%E4%BB%B6

週刊大衆平成10年5/28号より引用
不良グル−プに三年間レイプされ続けた女子中学生の悲鳴!

「・・・・・男子生徒10人は、A子が1年生の時から胸や尻を触る等を繰り返した。

A子が誰にも訴えなかった為、その後行為はエスカレ−ト、中学2年生の夏に男子生徒の家に連れ込まれレイプされた。・・・

公園や橋の下なので口淫を幾度となく強要。

毎朝、呼び出され、口淫をした後「今日もおいしい牛乳を有難うございました。」というセリフを言わされていた。・・・・

中学3年の5月に、公園内のトイレにて浣腸器具を用いて排泄行為を強制的にさせていた。・・・・

又、女子生徒の弱みにつけこんで、同女子に下着を着用せずに学校に来させ猥褻行為をさせる等、非道な行為を繰り返した。・・・・

女子生徒は現在、高校に通っているが、男性に対する恐怖心は消えてないという。


被害を受けた女子生徒は1994年の2学期頃から、男子生徒延べ11人により身体を服の上から触られるなどの被害にあっていた。初めのうちはスカートめくりなどの性暴力から始まったと言われる。

1996年6月に、その女子生徒が担任教師に性被害を告げた。

だが、担任教師は男子生徒たちに少し注意しただけであった。この事をきっかけにして、その性暴力はエスカレートした。

12月には男子生徒10人に取り囲まれ男子トイレに連れ込まれ、6名が身体を触るなどしさらに1名が女子生徒を強姦した。

「お昼休みになると、他のクラスの男子が教室に大勢来て、その子(被害者を)
引っ張ってどこかに連れていきます。抵抗するんだけど腕を掴んで引きずって
いきます。」

少女はこの後、男子トイレで裸にされ、フェラチオを強要された。

順番待ちの列ができるほどだった。主犯格の少年は更にエスカレートし
毎朝、口淫を強要し精液を飲ませた。

そして遂に授業中にもフェラチオを強要する暴挙に出たと言う。

被害直後、友人と泣いている被害少女を見た教師が通報しこの事件は発覚した。


家に火つけるぞとか母親もレイプするとか脅されたらしい
それで一人でがんばってきたと
http://blog.livedoor.jp/hna072-odoroki/archives/1474484.html


旭川女子中学生集団暴行事件
平成一〇年(ワ)第一〇五号 損害賠償請求事件判決要旨


主    文

一 被告らは、原告甲野春子(原告が女性のときの仮名として「甲野春子」に置き換えるのがこの業界の慣習です)に対し、連帯して、金一七〇万円及びこれに対する平成八年一二月二四目から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 被告らは、連帯して、原告甲野太郎及び原告甲野はな子に対し、それぞれ金一五万円及び右各金員に対する平成八年一二月二四目から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。


理 由 要 旨

加害少年達は「・・・・」という非行集団に属する生徒達であり、集団的な非行傾向のある生徒達は時として暴走化する危険をはらんでいるからこれを解消する方向で指導をしていた。

したがって、A教論としては、少なくとも平成八年六月のスーパーでの被害の相談を受けた段階で、たとえA教諭が理解したように服の上から身体を触るといった性的行為にとどまっていたとしても、これをこのまま放置しておけばいずれ本件学校内強姦事件等のような深刻な性的暴力事件等に発展するかもしれないと予見することが可能であった。

2 それゆえ、A教諭としては、少なくとも平成八年六月のスーパーでの被害の相談を受けた段階で、

(1)原告春子からわいせつ行為の状況を詳細に聴取するほか、加害男子生徒や、学校内で同様の性的被害を受けているという他の女子生徒らからも詳しい事情を聴取し、その内容を三学年の他の担任教諭らの他、教職員全体に報告すると同時に、
他の教諭らからも右性的被害に関する情報を収集し、学校内におけるわいせつ行為の実態をできる限り解明すべき義務があった。

また、

(2)A教論には、被害申告を受けた時点で直ちに被害の事実を被害生徒及び加害生徒の双方の保護者に報告すべき義務があった。

さらに、

(3)A教諭は、前記実態解明の結果を踏まえて、他の教職員や保護者と連繋した教育指導態勢を作り、教職員全体で又は保護者らと一体となって、原告春子を加害生徒らによる報復から保護しながら、加害生徒らへの指導を強化徹底すべきであった


3 そうであるのに、

(1)A教諭は、平成八年六月のスーパーでの被害に関する相談を受けてから以降も、原告春子に具体的な被害状況を詳しく聴取せず、加害生徒ら及び他の同様の被害を受けているという女生徒らからも性的被害の状況を全く聴取しなかった。


また、

(2)A教諭は、被害者及び加害者の双方の保護者らに対する報告義務を怠った。

さらに、

(3)A教諭は、原告春子の性的被害の相談について、加害生徒は他クラスの生徒であると聞いたのにその担任教諭に何ら連絡せず、職員朝会、学年会又は職員会議などにも報告しなかった。


結局、養護教諭に対して女子生徒から身体を触られたという訴えがなかったかどうかを確認してクラスの男子生徒の様子を二、三日見ていたにすぎず、 最終的には、クラスの帰りの会において、学級全体に対し、女子生徒の身体を触ることがセクハラになるなどと一般的な注意をしただけで終わらせ、その後は原告春子に新たな被害を受けていないかどうかを確認することもなかった。したがって、A教諭には、安全配慮義務違反の過失がある。


4 右過失がなければ、原告春子は、平成八年六月の相談以降、日時を明確にできる分だけでも学校内での口淫強要二回、学校外での口淫強要二回、友人宅での強姦一回、学校内での口淫強要・強姦一回といった悲惨な性的暴力を受けることがなかった。


5 本件は、非行化傾向のある特定の男子生徒らが集団で特定の女子生徒を標的にして、衣服の上から身体を触るといった段階から胸や陰部を衣服の下から直接触るという段階を経て、集団による口淫の強制及び強姦へと性的暴力を激化させ、最終的には教諭らや生徒多数がいる時間帯の学校トイレ内において被害女生徒を監禁した上、集団で口淫強要及び強姦に及んだという前代未聞の悲惨な事件であり、長期間にわたる集団的な性的虐待(いじめ)を本質とする事案である。


加害生徒らは、頭部を殴打するといった肉体的暴力や「殺すぞ。」といった激しい脅迫のほか、思春期の女子生徒が性的羞恥心等から被害を他の人々に話せないでいることにつけ込んで、同女を精神的にも隷属させ、その人格を著しく蹂躙するような性的虐待を学校の内外で長期間にわたって集団で加え続けたものであるから、思春期の悲惨な体験が原告に残し続けるであろう心の痛みには相当深刻なものがあろうと推察される。

また、原告春子は担任教諭に対して羞恥心を抑えて何度も深刻な性的被害を匂わせる相談をしたのにこれに気付いてもらえず、一層激しい性的暴力を受け続けたのであるから、本来は尊敬すべき教師に対して不幸にも不信感や恨みを持たざるを得なくなったというのも十分にこれを理解することができ、性的虐待の体験によって現在でも男性との会話を拒否する傾向にあることなどをも併せ考えると、原告春子の受けた心の傷は誠に深い。

したがって、原告春子の右精神的苦痛に対する慰謝料の金額としてはい、一〇〇〇万円が相当である。本件では、加害生徒らからの示談金八六〇万円を控除した一四〇万円が損害額となる。
http://blog.livedoor.jp/hna072-odoroki/archives/1474484.html


〜当時の風俗情報誌の記事から抜粋

加害少年らは家庭科教室からパクってきた漏斗でペットボトルに小便を貯めて、被害少女に飲ませていた。

また、被害少女に小便をさせて貯めたペットボトルを教室に持ち込んで、被害少女の目前でクラスの男子生徒に臭いを嗅がせて笑い転げていたという。

(中略)

中学3年の1学期には剃刀で陰毛をすべて剃られて下着を着けずに登校するよう命じられた。

毎朝、校舎2階の男子トイレに呼び出され、下着を着けていないか確認をしていた。

リーダー格の少年が「ノーパンチェック」と告げると被害少女自らジャージを下げて下半身を露出させ、下着を着けてないことを証明させられていたという。

そして口淫を強要されるのが日課となっていたそうだ。

また、剃毛した被害少女の陰毛を透明のカードケースに入れて持ち歩き、同級生の男子生徒らに触らせて勃起したら殴るという遊びをしていた。

被害少女から没収した汚れたタンポンでも同様のことをして遊んでいた。

下着の着用を禁止されて以降は、生理の時はタンポンの使用を強要されていたのだ。


校内で被害少女を見かけると、ファンがアイドルをコールするように

「シャブシャブ〜♪ヤリマン〜♪シャウエッセ〜ン♪」

と呼んで一般生徒の前で被害少女をからかっていた。

また、人気のない場所で加害少年らに「おまえは俺らの何だ?」と聞かれると「口マンコです」と答えるように指示されていた。

「そうか、じゃあ咥えろ」と言われて、複数の加害少年たちに毎日のように口淫を強要されいた。

口腔射精後は精液を吐き出すことは許されず、そのまま直に飲まされて「今日も美味しいミルクをありがとうございました」と言わされていたようである。


リーダー格の少年は、当時のオウム事件報道で有名になった言葉を使って「俺らはマインドコントロールの天才」と自画自賛していたようだ。

(中略)

本誌取材班は、事件当時被害少女と同級生だった旭川市在住の男性Aさんに取材をすることが出来た。

男性は、同中学校在籍時に少年らから金銭を取られたり使いっパシリ的な扱いを受けていたという。

男子トイレや特別教室などで、被害少女に猥褻行為をする時の見張り役や両親が不在時に自宅を提供させられていた。

すべての犯行現場に居たわけではないというが、当時見た猥褻行為の惨状や少年らが話していた悪事を出来るだけ詳しく証言してもらった。


被害少女は、色白で小柄な子でした。

目鼻立ちがはっきりしていて清潔感のある可愛い顔でクラスのアイドル的存在でした。

彼女に片想いしていた男子生徒が何人もいたと思います。
明るい性格で友達も多く勉強も出来る子でした。

(中略)

私は大人しい性格のためか、入学当初から彼らのパシリ役にされて金品も取られていました。

パシリ役は全員同学年の男子で常時5、6人は居たと思います。

クラス替えで解放される子もいましたが、私は気に入られていたのか不幸にも3年間付き纏われました。

カツアゲしていた生徒らに被害少女の胸を揉ませたり陰部を触らせていました。

「カツアゲのことを親にしゃべったらこのことバラすからな」と脅されていたんです。

(中略)

クラスの連中も彼らの集団が被害少女に猥褻なことを強要していると薄々は知っていました。

おそらく学年中で噂になっていたと思いますよ。

何人もの友達から被害少女がどんなことをされているのかや、被害少女の身体の特徴を教えてくれと聞かれたことがありました。

「自分も見張り役でいいからやってみたい、おまえが羨ましい」という友人もいたくらいです。

ですので教師も知らないはずはないと思いますし、現にリーダー格や中心メンバーと被害少女はクラス替えで一度も同じクラスになっていませんので、学校側もトラブルを起こされたくなくて配慮していたのかなと今になって思う部分もあります。


色々ないじめの中で被害少女が一番恐れていたのが、校舎2階のスペースに設置されていた六角椅子です。

六角椅子は蓋のような形状をしていて中が空洞になっている重くて頑丈な椅子です。

被害少女に正座をさせて頭を床に着け六角椅子を被せると背中が押し潰されて苦しい姿勢のまままったく身動きが取れなくなります。

そこへ加害少年たちが座ると、もう自分の力では椅子を持ち上げることも出来ません。

六角椅子の中は、真っ暗で息苦しく暑苦しいらしくて、1分も経たないうちに被害少女の許しを請う泣き声がしました。

終いには発狂したように泣き叫ぶ被害少女を、加害少年たちは六角椅子に座って笑い転げていました。

このいじめは、被害少女が衰弱して泣き止むまで続けられることもありました。

「六角椅子に入れるぞ」と脅すだけで平常心をなくして泣き出すほど怖がっていました。

ひとつ間違えれば命にかかわる危険な行為も、彼らには暇つぶしのお遊びだったんです。


最上級生になって校内で更に凶暴化した加害少年たちは、パシリ役の少年宅にて後輩の不良たちを集めて被害少女を辱めた。

総勢20人程の目前で被害少女にストリップを強要したのだ。

初めて直に女性の陰部を見た下級生に対しては

「好きなだけ弄って構造を勉強していいぞ。こいつすぐマ■コ濡らすから」

と言ってニヤニヤしていたそうである。

その後、被害少女に臀部を突き出す姿勢を取らせて、後輩一人一人に肛門の皴を数えさせたという。

「俺たちはこんな可愛い子にこんなことも出来るんだぞ」と後輩の不良たちに権威を示したのだ。

取材に協力してくれた男性Aさんは、この時は被害少女が可哀相で今でも思い出すと心が痛むと語った。


中3の2学期には当時流行っていた、たれぱんだの絵を被害少女の臀部にマジックで描いて尻を振らせて踊らせていた。

「落としたら焼きを入れるぞ」と脅し、火のついたタバコを被害少女の肛門に挿していたという。

肛門に力を入れてタバコを動かすように命じると、たれぱんだがタバコを咥えているように見えて加害少年らは腹を抱えて笑い転げていたという。

このいじめは被害少女が、たれぱんだのシールを文房具に貼っていたのを見たリーダー格の少年が「そんなに好きならお前の身体に描いてやるよ」と思い付きではじめたものが仲間うけが良かったためにしばらくは頻繁に行われていました。

(中略)

被害少女の尊厳を傷付けるような本当に酷いいじめでした。

これ以来、被害少女は文房具に貼ってあったたれぱんだのシールを剥がしてしまったと男性Aさんは語る。
http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/youth/1456145544/

715 :同級生 :04/05/15 00:30

肛門に指を突っ込まれた事件は結構有名で、

指に着いたウンコを壁になすりつけられてたけど、

そこに「***(被害者)のうんこ」って落書きがあったわ

それは中一だったから、犯されたのはもうすこし後だろうね
それからのことはしらない

奴らは悪だったし、一緒に参加しても、カツ上げされるの目に見えてたから


・加害者達は学校の廊下をバイクで走るキチガイ。同級生はおろか教師も平気で殴っていた。

・当初行われていたいじめは、被害者の胸が大きいことをからかうことから始まった。被害者の胸を触り、スカートをめくってお尻を触るような比較的軽い性的ないじめだった。

・加害者の1人が被害者に交際を迫ったが断われた。それ以降、性的ないじめの内容が激しくなった。トイレや空き教室に無理やり連れ込み、服を脱がせて被害者の身体を執拗に弄び、フェラチオを強要するようになった。

・中2の夏に処女を奪われた。それ以降、フェラチオの強要だけでなく度々強姦されるようになった。

・被害者は最初、激しく抵抗していたが、そのたびに過激な暴力を振るわれていた。たび重なる暴行と脅迫により、中2の半ばにはほとんど言いなりになっていた。

・被害者は加害者に敬語を使い、ご主人様と呼ばされていた。命令されればクラスメートのいる教室でも裸になった。フェラチオのときに精液を飲んだら「おいしいミルクをありがとうございます」と言わされていた。

・日常的に強姦されるようになった当初、加害者は膣外に射精していたが、徐々に膣内に射精されることが増えていった。妊娠を恐れた加害者は、被害者に売春をさせた金でピルを購入して常飲させていた。

・被害者が少しでも反抗的な態度をとったら容赦なく殴りタバコの火を押しつけた。「兄貴とセックスさせるぞ」「母親も犯すぞ」「少年院なんてすぐ出てこれる」と脅していた。

・陵辱現場に連行されている際、通りかかった教師に「助けて」と叫んだが無視された。被害者が教師に助けを求めたことに激昂した加害者は被害者の後頭部を殴り、背中にタバコの火を押しつけるなどの激しい暴行を加えた後に強姦した。

・加害者の機嫌が悪いと命令に従順でも暴力を振るわれることがあった。教室で裸にさせられて、肛門に指を突っ込まるいじめをされていたとき、「うんこついたじゃねえか」と激昂した加害者に長時間に渡る暴行を受けた後に強姦されている。

・授業中にもトイレに連れて行かれて強姦されていたが教師は何もしなかった。体育の授業ではサイズの小さい体操服を着るように命令されていた。授業中にも殴られて体操服を脱がさていたが教師は何も言わなかった。

・性器や肛門に様々な異物を挿入されていた。性器にタバスコを塗られたときには、あまりの痛みに絶叫して許しを乞うたが、加害者は大笑いしていた。「ま○こにタバスコぶっかけるぞ」と加害者が脅すだけで泣き出すほど怯えていた。

・下着をつけずに登校するよう命令されていた。加害者が「ノーパンチェック」と言うと自分でスカートめくって下着をつけていないことを証明していた。

・陰毛に火をつけられて縮れてしまったときには「汚ねえから剃ってこい」と加害者に言われた。それ以降は常に剃毛してくるように命令されていた。

・自由な排泄を禁止されていた。加害者の見ているところで裸になって用を足していた。また、浣腸器具を使って野外での脱糞を強要していた。「このうんこてめえに食わせるぞ」と脅されていた。

・尻に落書きをされた上、裸で踊るように命令されていた。手を抜くと暴行されるため、必死に尻を振って加害者の歓心を買っていた。

・被害者との日常的な性交はリーダー格である一部の加害者だけの特権だった。他の加害者の性処理はフェラチオやパイズリが主だったが、加害者の誕生日などには性交を強要されていた。


その女子中学生は日常的にフェラチオを強制され射精した精子をじかに飲まされたりしていた。

またある時、男子生徒同士で自慰をして出た精子を持ってこようという相談をし、それぞれが持ち寄った精子を一本のペットボトルに入れて 500ml一気に飲め!といわれた、

被害者の女子中学生は時間が経過し匂いがきつくなった精子を少しずつ口に含み半分ぐらい飲んだところで一人の男子が

「飲むのが遅せーんだよ!ムカツクな!ちょっとペットボトルを貸せ」

といって隣のトイレ個室に行き自分の尿をそのペットボトルに足して

「今度はドロドロじゃないから、飲みやすいぞ!」

といって、一気のみを強制した、

途中でむせて吐き出すとその吐き出した精子と尿の混ざった液体を近くの掃除用具置き場にあったモップに染み込ませ髪の毛や顔面になすりつけた。

その日は異臭が漂う女子生徒とはだれもSEXをしなかった

翌日はリーダー格の男子生徒に「チャンと頭あらってきたか?」と聞かれ「はい」と答えると「よし、それなら一発やってやるぞ」と言われ昼休みに男子トイレで立ったままパンツをひざまで下ろされ背後から性行為

放課後は体育館の倉庫でマットを敷きそこで正常位、それが終わるといつものように 7〜8人の男子生徒から次々と性行為をされた。


当時のテレビ朝日のザ・スクープで特集やってた。
同級生にインタビューもしてたよ。

「女の子は嫌がってましたけど。男子生徒が10人くらい取り囲んで両脇を捕まえて男子トイレに引きずっていくのです。

助けてって叫んでるんだけど先生も知らないふりでした。

女の子は男子トイレに連れ込まれて帰ってきませんでした。

昼休みとか毎日のように他所のクラスからも男子が来て、女の子を連れていきます。」

この橋の下で、女子生徒は激しい暴行を受けました。

口に出すのも憚られるほどの、陵辱を女子生徒は受けたのです。

橋の下で女子生徒は下着を剥ぎ取られ、性器を弄ばれました。

また、男子生徒数人は女子生徒に口淫(フェラチオ)を強要し、女子生徒に体液等を浴びせました。その行為を目撃していた人もいたようです。

女子生徒は長時間に渡り、陵辱の限りを尽くされました。

暴行は更にエスカレートしていきました。
暴行に加わる男子生徒も増えていきました。

口淫にとどまらず、性行為も頻繁に強要されるようになっていきます。

加わる男子生徒は10人を越えました。成人女性ですら耐えられないほどの猛烈な性暴力に女子生徒は晒され続けました。

もほや言葉にできない内容に唖然とさせられます。


加害者の●● アナル舐めがお気に入り。

「尻の穴もなめたら許してやるよ」

「じゃねーとてめー母親も同じ目に遭わすぞ」な?

加害者の○○のお気に入り目隠ししてチンチンなめさせて、

誰のやつか分かるかぁ?

「はずしたら浣腸か全裸で校庭3週たぞ?」


加害者の△△のお気に入り

小便を紙パックにして
「俺の小便おいしいかぁぁ????」
って聞いて被害者に「おいしいです」といわせる事。


加害者の▲▲のお気に入り
毎朝、ノーパンで登校させるのを強要して、
みんなのいる教室でのスカートめくり。


加害者の□□のお気に入り
放課後、酒を飲みながら被害者にストリップを強要。
その後にまわりの奴に押さえ込まして性交。


加害者の■■のお気に入り
被害者のアソコにありとあらゆる物をいれる。

加害者どもは校内を原付で走ったり、やりたい放題。
授業中でも被害者を平気で連れ出して、くわえさせていた。


むりやり裸にされてちくびにカッター突きつけられて、
くわえないと殺すぞとかあそこに包丁突きつけて
くわえないと殺すぞとか凄すぎ。

とにかく暴行が凄かったらしいね。

しょんべそ飲まされたり、浣腸させられその写真とられたり
むりやり水のませてションべそしてるところ写真にとったり

加害者の家にむりやりつれてかれてエロビと同じ事やらされたり、
教室でストリップさせられて、その後にくわえさせたり
10人以上にこんな事されたら・・・


公園内のトイレにて浣腸器具を用いて排泄行為を強制的にさせて写真撮影、

その2,3日後いとーよーかどーに写真をネタに「来ないと写真ばらまくぞ」と脅し、わいせつ行為。

浣腸器具を用いて排泄行為を強制的にさせて写真撮影をしたのは被害者の母を呼び出すためにしたらしい。


空き家、公園の遊具の中、公園のトイレ、公園の隅の木の辺、橋の下、 ヨーカドートイレ、カラオケ、プリクラの中、学校トイレ、美術室、部室、体育館裏&倉庫、夜の校庭 、犯人宅、被害者宅のそばの空き地 、 牛朱別川(うしゅべつがわ)


404 :少年法により名無し:2007/06/26(火) 00:17:37 0
浣腸はいつどんな風にされたの?

408 :少年法により名無し:2007/06/26(火) 20:48:25 0
浣腸は公園のトイレで

初強姦はグループの一人の家で。

学校のトイレでの輪姦が発覚のきっかけになったんだな。

660 :少年法により名無し:2007/08/07(火) 17:19:33 0
放課後に学校の男子トイレ内で集団わいせつ行為というのが多かったようだが
8月の今頃のような夏休みの時はヨーカドーの障害者トイレをよく利用していたようだ


753 :少年法により名無し:05/02/14 16:11:29

1、剃毛

2、公園のトイレで浣腸

3、下着付けずに登校させる

4、夜の学校のグラウンドを全裸で走らせる

5、毎日のようにフェラチオさせて精液は飲ませる

6、「今日もおいしいミルクをありがとうございました」と礼を言わせる

7、中2の夏に、少年達の一人の家で強姦されて処女喪失

8、ついには学校のトイレ内でも挿入されて、これがこの事件がばれる原因となった


757 :少年法により名無し:05/02/16 01:47:08

5、7、8は裁判の記録にも出てくる話だから
本当よ。
あとは当時の週刊誌に出てた内容。

挿入は裁判で触れられてたのはその2回だけど
実際はやりたい盛りの連中だからね。

週一ぐらいのペースではやられてたんじゃないの?

77 :少年法により名無し:2016/06/27(月) 16:02:35.36 ID:6HxGVXYh0.net[5/5]

当時は被害者のイニシャルや実名も書かれていた。
家庭のことも事細かに。


92 :少年法により名無し:2016/07/07(木) 02:26:24.48 ID:QCJwxTr/0.ne
毎日というか休み時間の度に後頭部にグーパンチが挨拶代わりだったそうだ。


94 :少年法により名無し:2016/07/09(土) 17:28:37.13 ID:LKbxT2RK0.net[1/3]

加害少年(●木グループ)らが校内で多数の女子にしていたこと


乳クロー、尻クロー

プロレス技のアイアンクローのエロバージョン。
基本的には服の上から乳や尻を掴む、触る、揉む行為のこと。


乳パン

不意打ち的に乳房にパンチする。
「隙あり!」と言いながらやることが多い。


注射

身体の一部分を思い切りつねること。
主に乳首。


ジャージおろし

女子の背後からジャージとパンツを同時におろす。
北●中は当時、制服ではなくジャージ登校だったためスカート捲りよりこちらが主流。
ウケがいいので可愛い子だけじゃなく不細工や学級委員長などもやられていた。
複数で押さえつけて確実にパンツをおろすことをコンビネーションと呼んでいた。


女子便覗き

隠れてコッソリじゃなく堂々と女子トイレに入って覗く。
下の隙間から、上から。
加害少年らの気配があると女子がトイレを利用しなくなるのが日常。


コーモン(指浣腸)

「コーモン」の掛け声で指浣腸すること。
何故か「コーモン」と言いながら指浣腸していた。

「コ〜〜〜モン」と伸ばすとゆっくりな浣腸。

早口で「コモン!!!」の場合は高速の指浣腸で肛門にヒットすると激痛w

失敗してケツにズレると指が折れそうになる。

北●中は普段はジャージのため女子の肛門に照準を合わせやすかった。


パンツ狩り

可愛い女子を脅してその場で履いているパンツを貰う。

基本的にはしつこく絡んで脅して自らパンツを脱いで差し出させる。
応じない場合は羽交い絞めにしてパンツを強制的に奪う。

本人の前でパンツの汚れを見て、臭いを嗅いだりしてからかう。

狩ったパンツは加害少年らの間で回覧されて欲しい奴が貰う。
教室の掲示板に画びょうで貼って公開することもアリ。

生理ナプキンが出るまで1日に何人もパンツ狩りをして遊ぶこともアリ。

パンツを並べて誰のが一番汚いかを比較して爆笑。

あまり汚れてなくても数日経てば黄ばみが増してくるらしい。
可愛いとされる女子は何度も狩られていた。


ボテハチ

後頭部、乳房、下腹部、背中などにグーパンチを連打すること。
顔などは傷が目立つので殴らない。
言うことを聞かないと「ボテハチにするぞ」と脅す。
基本的に服の上から。


162 :少年法により名無し:2016/09/18(日) 13:43:09.73 ID:bNHxnw7N0.net

特別教室で犯されてるところに女教師が来て「助けて」と言ったが見て見ぬ振りで立ち去ったくらいだ。

教師も学校も不良グループが怖かったんだろ。


163 :少年法により名無し:2016/09/18(日) 14:16:08.91 ID:dOcF2vdQ0.net

被害者が3年も言いなりになっていたのはチクったら家燃やすって脅しが効いてたから

本当にそれくらいのことをやりかねないと思わせる程度にぶっ飛んだ野郎だったんだろうね


164 :少年法により名無し:2016/09/19(月) 01:40:59.06 ID:1GnqP9OK0.net

加害者と言われる少年らの親は893とか893関連の土建屋社長とかB地区とか当時の2ちゃんで言われてたよね。

田舎だし、教師も報復が怖くて自己防衛してたのかな。
自分の家族に被害出るの心配だし。

助平なことされてるのは知ってても「これは少女が同意してふざけてるだけ」と逃げてたんだろうね。

まあ教師も人間だし、女子生徒1人より自分の家族が大事だから仕方ないな。


181 :少年法により名無し:2016/09/22(木) 14:53:20.02 ID:nwhYoLxJ0.net[2/2]

教師も人間だから生徒より家族優先。

自分の娘が不良達にアジの開きにされたらいたたまれない。
後で法の裁きがあっても不良達に犯された事実は消えないからね。

これは教育の域を超えて警察レベルじゃないと対応できない不良達。
警察に垂れ込むことさえ教師は怖かったはず。

1人の少女の犠牲によって他の生徒教師の安全が守られていた。
市からの賠償金はそのお礼みたいなもん。

この少女の容姿がアイドル並みだったために何人かの処女が守られたのも事実だろう。


185 :少年法により名無し:2016/09/23(金) 22:29:14.08 ID:bmTSKxV00.net

未成年だからすぐに社会復帰するし、報復と言っても捕まらないように仕返ししてくるかもしれない。

田舎だから何年何十年も嫌がらせされるかもしれないし、暴力団員になって娘が薬漬けにされたり・・・

警察は被害後じゃないと動かないからな。

既に肉便器化されてる女子生徒を救っても肉便器の過去は消えない。
中学卒業するまで見て見ぬふりするのが大人の対応。

親もヤバイ系という話だしな。
女教師は音楽室で犯してるところ目撃して「出ていけ」と言われて速攻で逃げたらしいじゃん。
荒れた学校を経験してる奴なら理解できるぞ。

432 :少年法により名無し:2017/01/22(日) 02:16:16.16 ID:av2Ju1pf0.net

先週旭川の教師が教え子のJCに性的な悪戯して捕まってたな
去年も中学の教師が女子中学生盗撮して逮捕されてるし
旭川は性獣の都なのか?


433 :少年法により名無し:2017/01/24(火) 10:28:56.92 ID:pxmjmM880.ne

t大人の事情がわからずに教師を批判してる子どもが多いですな

自分の受け持ちの生徒が日常的に何度も学校の中でレイプしてるなんて前代未聞の事件が世間に公表されたら出世は絶望的なのだよ

教師も助けてあげたかったのだろうけど気づいたときにはもう手遅れ

世間に公表されたら学校の評判が地に落ちるような凄惨なレイプが行われていた

教師は泣く泣く見て見ぬ振りするしかなかったのだろうな卒業まで耐えてくれと断腸の思いで少女を見守っていたのだろうね

被害者を心配していた証拠に加害者のDQNどもと被害者を同じクラスにしないような配慮をしていた


438 :少年法により名無し:2017/01/29(日) 23:21:36.95 ID:k+NgOBjh0.net

通りすがりのおっさん「土手で裸の女の子が男に囲まれているのを見た。アダルトビデオの撮影かと思ったが、男達が若すぎたから不思議に思った」

こんな内容だったっけ?当時は勃起したが、今はなんで通報しねえんだと突っ込みたい

旭川市民には通報という概念がないのか?
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/youth/1456145544/

49 : 少年法により名無し 2015/06/12(金) 14:57:52.26 ID:kC0uPMsE0

裏モノJAPAN2005年11月号、表紙には書いてないけど、記事は確実にあるよ。
6ページでイラスト付きだった。
http://blog-imgs-46.fc2.com/u/r/a/uramonojp/ura200511h_1s.jpg
http://blog-imgs-46.fc2.com/u/r/a/uramonojp/ura200511h_2s.jpg


54 : 少年法により名無し2015/06/12(金) 17:12:26.31 ID:kC0uPMsE0

裏モノJAPANは確かに年月が経った後の記事だけど、被害者の父親の取材も書いてて信憑性高いよ。

被害者が涙を流している寝顔を何度か見て「どうしたの?」と聞いたけど「何でもない」と娘に言われたらしい。

母親の洗濯籠の下着がなくなったりと不審なことが家でもあったんだね。

処女だけは守ろうとして死に物狂いで抵抗したり、女の子の尊厳を傷付けるような恥ずかしい要求も指示通りしてたらしい。
裏モノJAPANはエゲツない雑誌なんで表現が生々しい。

大体は2ちゃんで出てる内容と同じ。
事件発覚の12月24日の詳細も書いてある。
あと、B子という仲のいい後輩のこととか書いてあった。


57 : 少年法により名無し2015/06/12(金) 19:51:02.40 ID:kC0uPMsE0

2ちゃんに書かれてないこと(既出かも知れないけど)

最初はめちゃ可愛いので、あいつの乳揉みたい、マンコ触りたいという会話から始まった。

学校近くのJR高架下の空き家に拉致って5回やった。

輪姦されたくなかったら○○しろと言われ何でもやらされてた。

マンコに入れるものを二択とかで選ばされる(真冬に氷とか、太鼓のバチとか)

あだ名は2ちゃんに書かれてる通りで、校内で被害者を見かけると歌を歌う風に呼ばれてた。

事件発覚のクリスマスイブの集団暴行は、下校中に下っ端メンバー3人に拉致られて学校まで連れ戻された。

学校へ着くとリーダーら7人が待っていた。

親友の後輩B子が泣いてる被害者を見つけ抱き合って一緒に泣いた。
その後、教師へ訴えて不良集団END

イラストが何枚かあったけど、強制撮影された写真かなぁと思われる。


58 : 少年法により名無し 2015/06/12(金) 19:59:28.42 ID:kC0uPMsE0

結局、浣腸も剃毛もノーパンもプリクラで恥ずかしい写真も全部、「やらないと犯すぞ」の脅しで従ったんだよ。

処女を奪われた後も「やらないと全員で犯すぞ」とか言われていいなり。
辱めて笑い転げるイジメでどんどんエスカレート。

不良集団は中3になって先輩がいなくなり凶暴化してチーム名つけていろいろな悪事をしていた。
雑誌記事は可哀相だけどオナネタにしかならない内容。


61 : 少年法により名無し 2015/06/13(土) 16:42:28.88 ID:RnLDilOO0

被害者は目鼻立ちがはっきりしたアイドル系の可愛い顔で、入学と同時にすごい可愛い子がいると他のクラスの男子でも話題になって、不良集団は被害者を見かけるたびに声をかけてた。

被害者の方もリーダー格の少年のことを、ちょっと悪るっぽくてカッコイイと思って、話しかけられたら普通に会話してたらしい。

被害者はこの時点では明るく活発な子で服装も真面目。
成績も学年100人中20番以内と勉強もよくできる子。

被害者の身体を触るより先に、他の可愛い女子生徒数名がターゲットにされ触られていた。

その「触る」とは、ちょっとタッチするという甘いものではなく特別教室に連れ込んで大勢で押さえつけて満足出来るまで身体を弄りまくる行為。
昼休みに30分間触り続けることが日常化。

被害者はリーダーのお気に入りのために手を出すなと言われていた。

それでも胸や尻を軽くタッチする程度はリーダー格はしていたが、被害者も「やめてよw」と笑いながら嫌がるような程度。

この段階ではリーダー格が自分に好意をもっていると薄々は気付いていたと思われる。
悪い噂は耳にしていたけど自分には優しいので嫌いではなかった。

地獄への切符が切られたのは中1の2学期早々にリーダー格から告白されたのを断ったのが原因。
不良集団のリーダーと言えどまだ13歳のガキ。失恋のショックが怒りへと変わる。
あいつ可愛いからって調子に乗りやがって、絶対ゆるさねぇ!!!

これが被害者が性奴隷にされるきっかけ。
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/youth/1407650015/


75 : 少年法により名無し 2015/06/16(火) 18:11:41.77 ID:F6csk7W60
当時、テレビ朝日のザ・スクープで放送時間全部使ってやってたな。

同級生数人にインタビューしてたけど、「可愛い子」「学校で一番可愛い子」「クラスで1番美人でした」と言ってた。

みんながみんな「可愛い」「美人」と言ってたんで可愛かったんだろ?
録画してたけどVHSだから見れない。


147 : 少年法により名無し 2015/09/10(木) 01:24:18.28 ID:YCITuX4K0

俺の独自調査によると被害者の子はヤンキーでもギャルでもない普通の中学生らしい中学生だったみたいね
黒髪のツインテールで目がぱっちり二重の美少女で乳が中学生とは思えんほどデカかったらしい


163 : 少年法により名無し 2015/10/14(水) 15:11:47.92 ID:j2kJs1sp0

80年代の公立中学はレイプは日常だった。
訴えるなんてほとんどない。
友達には相談しても親や教師には絶対知られたくないこと。
不良連中が校内の可愛い子を何人も犯してたから、犯された子も自分だけじゃないと泣き寝入り。

教室で不良が昨日は誰を犯したとか会話してたから犯されたリストは大体知ってる。
卒アル見ると今でも興奮する。


164 : 少年法により名無し 2015/10/14(水) 15:17:58.94 ID:j2kJs1sp0

ちなみに同級の不良グループのうち大人になってから
殺人未遂逮捕1人、殺人逮捕1人、殺害された者1人。
ニュース、新聞に載ったものしか知らないから他にもあると思う。

マジ怖いからレイプくらいで訴えられなかったと思う。
俺の学年だけでも20人以上犯されてるし、下級生とか他校の中学も犯してた。
授業中でも平気でそういう会話してたから。


166 : 少年法により名無し 2015/10/17(土) 01:17:36.84 ID:Njp04jbW0

まあレイプのない学校なんてねえからな
俺も厨房の頃はヤンキー達がペットにしてる女貸してもらって楽しませてもらってたな
明るみに出たのがこの事件ってだけでこの手の話はどこにでも転がってるよ
大人数で脅してきちんと教育すりゃ性奴隷なんてすぐに作れるな
少年法に守れた厨房だけの特権やけど


108 : 少年法により名無し 2015/06/29(月) 16:51:02.03 ID:49DINooa0

たしか1つ上の兄がいて、不良らに「兄貴とセックスさせるぞ」とか「母親も犯すぞ」と脅されて口マンコにされてたんだよな。

学校休んだら写真ばら撒くぞ等と脅されたので1日も休まず登校した。


127 : 少年法により名無し 2015/08/26(水) 01:40:41.66 ID:hFoypG3T0

被害者の少女は不良たちが学校に来ている間は授業中だろうとかまわず引っ張り出されて常に不良たちの玩具にされていた

普段は昼頃に登校してくる不良達がいない間は少女は真面目に授業を受けていて、それが少女にとって束の間の安息であったはずだが、
時折授業にやってくる不良達は、真面目に授業を受けている少女に様々な性的な嫌がらせを多くのクラスメートの目がある授業に敢行していた

不良達がいる間は用を足すことさえ自由にできない少女は授業中に幾度となく失禁をして、不良達にからかわれながら、尿でぐしょ濡れになった下着をその場で脱ぐことを強要されていた

また教室から引っ張り出されたときも少女にとって悲劇であることには変わらない。
校内の至る所で裸の少女が不良に命じられるままに屈辱的なポーズをとらされ、乱暴に性器を弄られているところを多くの生徒が目撃している

少女が初めて剃毛を強要された日がいつなのかほとんどの生徒が知っている

少女は廊下ですれ違う生徒や教師に不良に改造されたひどく短いスカートを自らめくり上げて、性毛が綺麗に剃られた局部を見せつけていた。

横で監視していた不良たちは恥ずかしがる少女や当然の性器の露出に戸惑う生徒を見て、ニタニタ笑いながら少女を冷やす

ほとんどの生徒が、少女に同情を寄せながらもその痴態を目撃することを楽しみしていたこともまた事実だ。かくいう私もまたその一人であった

ある日のこと、三万円を支払えば少女と性行為ができると不良の一人が私を含む何人かのクラスメートに声をかけてきた

不良たちが遊ぶ金欲しさにしばしば少女に売春を強要していることは、少女と不良達な関する様々な噂の一つとして聞いていたが、まさか校内でそれを行うとは思っても見ないことだった

三万円は自ら稼ぐ術のない私にとってはとてつもない大金であったが少女の可憐な顔、美しい裸体、綺麗なピンク色の性器を思い浮かべると後先など考えることはできなかった


129 : 少年法により名無し 2015/08/30(日) 01:15:28.89 ID:XdMENRD80

いやヤンキーとは真逆の存在だったよ
かなり可愛い子だったんだけどイケてるグループとは距離置いて底辺のブスどもとツルんでた

今でいう腐女子の走りみたいな感じだったなブスどもと教室の隅で漫画読んだり絵描いたりしてるような子だった

飛び抜けて可愛い被害者がそんなことしてたから逆に目立ってしょうがなくて
地味な髪型で化粧もしてないのに圧倒的に可愛かったからオタク系の女子以外にはかなり嫌われてたな

それが男子にも伝播してクラス全体からいじめられるようになったんだけど
当初はエロ目的じゃなくて普通のいじめだったな

オタク野郎きめえから学校くんなとかそんな悪口から始まって小突いたり物隠したりするようになって
もちろん被害者が可愛いかったからってのもあったけどスカートめくりとか尻叩きはいじめ一環としてだったな

エロいことしたいからってよりもクラスの空気的に被害者をいじめるって感じだったな

本当によくあるただのいじめでたまたま標的が可愛い子だったってだけなんだよね
まあただ毎日スカートめくりとかしてて、被害者には何しても良いって空気が蔓延すると男子の目の色が変わってきてさ

いじめってことにすりゃとびきりの美少女を好きにできるんだから当然なんだが、被害者のおっぱい揉んだりマンコいじったりするようになって

中一の終わりくらいには便所連れってて裸に剥いて調教するのが当たり前になった

この頃には被害者にエロいことするのが目的になってたけど女子の手前エロ目的だけってわけにもいかんくて殴ったり便器舐めさせたりションベン飲ませたりと気の毒なこと色々されてたわ

被害者が学校くると教室の後ろに引っ張られて裸にひん剥かれて殴られながらエロいことされまくってた

ゴミ箱にはいつも被害者のパンツが突っ込まれててまともにパンツ履けてた日は数える程しかなかったと思う


130 : 少年法により名無し 2015/08/30(日) 01:34:50.17 ID:XdMENRD80

そんな感じでエロいことも暴力もエスカレートしててって中二の初めくらいで処女散らされてからかなり頻繁に犯されるようになって、夏休み前には肋かどっか骨折して入院してたな

中二になって被害者の身体がエロくなってくのに比例して男子の力も強くなったからってのもあるのかな

まあそんなことがあったから被害者はかなり暴力に怯えて、なんでも言うこと聞くから痛いことしないでくださいって当時一番熱心に被害者をいじめた奴らに頼んで

そっからかなぁいじめっていう感じではなくなって被害者がそいつらの従順な性奴隷みたいになったのは

そいつらは被害者にかなり酷いことしてたけど暴力は収まったみたい

ところかまわず脱がしたり恥ずかしいことさせるのは変わらなかったけど

そんな感じで中二の秋くらいにはそいつらだけが被害者を独占してて具体的に何されてたのかはあんまりわからん

全裸の被害者に首輪つけて犬の散歩みたいなことしてたり男子便所で犯されてたりするとこはたまに目撃してたけど詳しいことはほとんど伝わってこなかったな


158 : 少年法により名無し2015/10/06(火) 00:20:44.75 ID:R8u2V7Jm0

浣腸と中出しどっちが嫌だったんだろ

授業中の脱糞強要が二回
公園で浣腸が一回
教室の公開プレイはアナルに指入れが多かった

加害者スカトロジストの素質があるな
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/youth/1407650015/

156 :少年法により名無し:2008/04/04(金) 13:00:06 0
先生に相談しても先生が「その話はしないでくれ」って信じられんな。
福岡の放尿中学生みたいく、よっぽど犯人グループと親がワルだったのか。


106 :少年法により名無し:2008/03/09(日) 06:52:51 0

地元のヤクザの親分、しかも表社会でも名士の奴の息子がボスだったから、
先生すら逆らえなかったんだよ。

田舎はそういう奴が多い。
代々、不動産屋+土建屋+学校理事長+市会議員とかな。
その地域を文字通り支配してる。


108 :少年法により名無し:2008/03/09(日) 16:54:35 O

告白してフラれたから廻したって話だったよな?確か。
わりと当時から学校中で有名だったらしいからなぁ…それでも何も出来ない旭川に乾杯。

…旭川からマジに出てぇ…。


141 :少年法により名無し:2008/03/31(月) 20:08:20 0

北海道は、旭川、富良野といい中学校でのレイプが多いよ。
実名さらして、死刑にしないと、この手の犯罪は無くならない。


224 :少年法により名無し:2008/05/05(月) 13:09:58 0

北海道は普通にDQN多い。大人も保守的閉鎖的だし。
俺の周りでもそれが嫌で大学は道外にする奴多かった。

これの悪ガキどもの親がヤクザ兼お偉いさんで、
先生も気付きつつ放置してたったのも十分あり得る話。


273 :少年法により名無し:2008/05/20(火) 19:03:11 0

犯人グループは北都のDQN史でも特別な連中。

福岡の逮捕されたガキと一緒。親がヤクザ兼地元の被差別団体の幹部。

糾弾集会でググれば、奴らとトラブルと家族含めてどんな目に遭うのか分かる。
担任も学年主任すらびびって見ないふりだったのに、周りの生徒に正義を求めるのは酷だよ。
http://tmp7.2ch.net/test/read.cgi/youth/1200579750/#_=_


●旭川女子中学生校内集団レイプ事件●

470 :名無しさん@ピンキー:02/10/16 11:23

俺が聞いた噂では、この女の子が怒って訴えたのは、学校や教師の態度が原因らしい。

授業中にフェラチオさせられたりしているのに、女子生徒が同意していると
勘違いしてたのと、不良たちにビビってたのと二つの理由で
男子生徒怒らないばかりか、なんと、不良たちの機嫌を取っていたらしい。

「A子のお口はどうなんだ?気持ちよかったか?(笑)」とか、

「妊娠には気をつけろよ」とか、

「口のなかに射精しちゃってるのか?(笑)」とか

「授業中じゃなくて、せめて、お前ら休み時間にフェラしてもらえよ」とか

そういうことを言っていたらしい。だから、少女の家族は怒った。

しかも、授業中にみんなの前で、

「A子と、■■たちは、もうエッチしてるんだぞぉー」とか

「A子のフェラチオはそうとうウマイらしいぞ」とか

生徒の笑いを取りたくて、授業中に言ってみんなのクスクス笑いを誘っていたらしい。

教師こそが加害者だ。
http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/ogefin/1007475004/470


536 :名無しさん@ピンキー:02/10/18 00:19

その当時の週刊誌で読んだ記憶があるのは・・・・・・・

不良10数人たちは、少女の事を「便子(べんこ)」って読んでいたということ。

出したくなったら、チンポ咥えさせて口内射精する”便所”代わりという意味と
いつでも射精できる”便利な女”とうい二つの意味で便子と呼んでいた。

しかも、教師や一部の同級生までが、 不良に性欲処理に使われているのを知って、
その美少女を「便子」って呼んでいた。

>>470 に書いているみたいに、
「先生も独身だから、溜まったら便子にチンコしゃぶってほしいなぁ
 なんてたって、便子は便利な女の子だもんねぇーーー」とか、

「男子は、おしっこは、男子トイレに、  精液は便子に出すんだぞぉーー」とか

「便子は、生徒だけど、性教育の先生でもあるよな(笑)」

とか、言っていたらしい。

そうじゃなきゃ、裁判沙汰にまではならなかっただろうにね。
http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/ogefin/1007475004/


38 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/01/30(火) 23:51

これ、確か旭川北都中での話だったと思う。
暴行してた12、3人の男子生徒はサッカー部集団。

中の一人が、被害者の女の子に交際を迫って断られたんだったか、
付き合ってたがふられたんだったかが事の始まりだったらしい。

当時旭川の中学にいたからこれくらいの情報は入ってきてた。
でも、四年も前の話だから詳しいこと忘れちゃったよ。


39 名前: たならし 投稿日: 2001/01/30(火) 23:58

確かこの加害者側が

「被告は性行時に性器を濡らしており強制だったとは思えない」

って反論したんだよね。


41 名前: 姫 投稿日: 2001/01/31(水) 00:03
>>39
マジで!?みんな死ねよなぁ。

レイプされて濡れるのって、勘違いしてるバカ多いと思うんばけど、あれは感じてるんじゃないんだよ!

異物が入ってくるから、身体を傷つけないよう本能的なものなのに。

「被告は性行時に性器を濡らしており 強制だったとは思えない」だなんて言ってるやつ、ほんま死んで。


42 名前: >>41 投稿日: 2001/01/31(水) 00:05

裁判官が男だとわからないかもな


44 名前: 42 投稿日: 2001/01/31(水) 00:20
>>41
激しく同意
これを盾にする弁護士も糞
http://piza.2ch.net/news2/kako/980/980843323.html


565 :名無しさん@ピンキー:02/10/19 04:51

この少女レイプされている時にコーマン濡らしてたんだよね。
もちろん、それは本能的なものであり、 体が性器を守ろうとして分泌するものなんだけど、加害者たち本人と、学校やその弁護団は、それを鬼の首を取ったように主張した。

それはさすがに地元マスコミも、まともな主張じゃないという論調だったらしいけど。

加害者側いわく

「少女の性器は性交や口淫をしているときに、加害者と言われている男子生徒たちによってたしかに、分泌液が確認されており、それは少女の快感を証明する。

 性交や口淫が強制的なものではなく、少女も同意いや、少女も好んで進んで行っていた証左である。

 性交時には少女は性器に性的快感を覚えていた筈であり、分泌液がそれを証明する。

 また、口淫に関しても、男子生徒が自分だけの快感のために陰茎を少女の口に含ませたと言うよりも、少女も性的な興奮を得るために、進んで少年達の10人のペニスをみずから口に含み口淫していたことは明らかである。

 そもそもそうでなければ、無理やりに口を開かせることはできないはず。
 この裁判は、10数人と合意の上で性的に楽しんでいた少女が後から少年達を陥れたものであり、被害者は少年側である。」

と、こんな主張をした。

ま、弁護士はそれが仕事とは言え、あまりに無茶苦茶。

はっきり言えば。。。。。。。。。。。。。。。。

お 前 ! ま ん 汁 で マ ン コ を 濡 ら し て た ジ ャ ン!

って弁護士が当時中学生の被害者に言っているのと同じなんだよ。酷すぎるな。


589 :名無しさん@ピンキー:02/10/20 13:50

>>565 の話は俺も地元(道央)だから、断片的に読み聞きした。

色々と真っ赤な嘘の作り話をして、全てをひっくり返そうと言う卑劣な戦略。
判決ではそれらの弁護は一切採用されなかったのが、救いだよ。


「少女の性器は多量の分泌液でヌルヌルになっていた」(少年側弁護士A)

「おちんちんを見せて欲しいと授業中に言われた」(少年A)

「フェラチオしてみたいから、させてほしいと言われた」(少年B)

「少女はマスターベーションの経験があって、いつもしてると言った」(弁護士B)

「トイレに連れ込んでパンティを脱がすと、
 すでに、あそこは愛液で湿っていたと言う証言がある。」(弁護士B)

「男の子のせんずりをじっくり見せて欲しいと言われて驚いた」(少年C)

「トイレで大勢の男子がズボンを下ろした状態で
 少女を囲んでフェラチオの順番待ちをしている時、
 頼んでないのに、チンポを握ってきて、口に咥えた。」(少年D)


うろ覚えだけど、こんな感じ。ネットソースはマスコミが自粛するし、
判決文とは違い法廷でのやりとりは文章では公表されないから無いかも。
http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/ogefin/1007475004/


167 名前: らっつ 投稿日: 2001/02/01(木) 16:45

1.彼女は何故、強姦された後も学校へ行き続けたか?
  ・教師に訴えた後も「少なくとも6回は強姦された」とのことだが
  何故、そんなにまでして学校へ行き続けたのだろう?

2.目撃した教師は何故止めなかったのか?

3.彼女の訴えを聞いた教師は何故犯人に制裁を加えなかったのか?

この「被害者」は本当に強姦だったのだろうか?
判らん事件だ・・・


169 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/01(木) 16:49

私はいじめで自殺を毎日考えていたけど学校にいった。
学校に行くの当たり前だと思い込んでいたので。
先生にも訴えたけど助けてくれなかったし、状況は変わらなかった。
反抗すれば一番下の弟を(当時2歳)酷い目にあわせてやるとも脅された。
親にも言えない、誰も助けてくれない。
世の中はそんなものだ。


173 名前: 窓際リーマン 投稿日: 2001/02/01(木) 17:07
>>167
1.親に心配掛けたくないとか、脅されてるとか諸事情があったんだろうな。
2.イジメは昔から黙認ですよ。
3.自分の学校で強姦事件があったなんて分かったら大変ですからね。


179 名前: 地元人 投稿日: 2001/02/01(木) 17:48

彼女は中学校が皆勤賞だったんだよね。

立派なのに弁護側はそれを逆手にとって
彼女は性行為を嫌がっていなかったのではないか
っていったんだからひどいよな


181 名前: >180 投稿日: 2001/02/01(木) 17:57

犯行の翌日も登校したのか。
バカガキ共は>>179の様に考えただろうな。
弁護士はバカガキと同レベル。


182 名前: 169 投稿日: 2001/02/01(木) 18:01

私はいじめを家族にも言えなくて家にもいる場所がなかった。
しょうがないから学校にいった。
学校以外いくところがなかったから。


183 名前: 169 投稿日: 2001/02/01(木) 18:03

こんな私もいじめを喜んでされていたと言うんだろうな。馬鹿弁護士は。


185 名前: おそらく 投稿日: 2001/02/01(木) 18:26

加害者が10人以上いて、しかも学校の教師の責任もからんでくるから
加害者側はかなり大弁護団を組めたんだろうな。レイプされた上に
訴訟費用も負担しなければならない被害者はふんだりけったりだよな。
加害者に有力者の馬鹿息子がいた可能性は大だな。


186 名前: ななしさん 投稿日: 2001/02/01(木) 18:29

ニュースで彼女は被害にあった翌日も学校に
通ったと入ってたけど皆勤賞だったとはねー

我慢しちゃう子だったのかも


188 名前: 信じられないのは 投稿日: 2001/02/01(木) 18:34

輪姦直前に囲んでいるのを目撃した女教師だよ。
同じ女として なんとも思わないのかね。出世をえさに校長あたりに口封じされたのか?


136 名前: 北都中卒 投稿日: 2001/02/01(木) 13:03

斜め向かいに交番あるのに・・・
教育委員会だかどっかの偉い役職だった人が校長になった時なのに・・・
あんな事件がおきるとは・・・


137 名前: 北都中卒 投稿日: 2001/02/01(木) 13:21

私が入学する前はかなり荒れていたらしいが、校長が替わったりして荒れが収まっていた。
学校内に美術品を飾り(トイレ内にも)「学校美術館」と呼んでいた。

しかし私が卒業した後校長が替わり(エリートで定年前の最後の学校だったらしい)
あの事件が起きた。


141 名前: 北都中卒 投稿日: 2001/02/01(木) 14:11

エリートだから問題起こしたくない → 問題隠し → 被害者が訴えてしまった。

そんな構図ではないでしょうか?

279 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/03(土) 18:16

事件当時なんかの週刊誌で大きくとりあげられていたな。

それによると、顔射、中出しをやっていてさらに、「今日OOの誕生日だからそいつとやれ」 みたいなことを言ったらしい。


当時隣町の厨房だった俺は、この事件とても印象にのこっていて、最近旭川の人に
このことを聞いてみたところ

「この手の事件はいろんな所(厨学)であったのであまり印象に残っていない。」

と、いう答えがかえってきた・・・

考えてみれば空知・上川はそんな事件ばっか。

俺が知っている事件。厨学のころ、そういうことをやっていた奴が、高校の時甲子園逝った・・


312 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/05(月) 17:46

北海道新聞夕刊より

元担任教師は99年に自己都合退職、
教頭は2000年に定年退職。
処分を受けることなく、円満に定年退職。

なんか変。


316 名前: d d s 投稿日: 2001/02/05(月) 20:16
>>312
その新聞って今日の?

自分の学校で起きた強姦の事実をなかったことにして被害者の両親に説明
した教頭が、円満に定年だと……ふざけてる。実名公表の上、年金も恩給
も停止しろ!


303 名前: らーめん 投稿日: 2001/02/04(日) 22:03

女も悪い
逃れる手段はいくらでも有ったと思うが?

6回遣られてから「強姦されました」と
言うのは変。
脅されてたんだろうか?


308 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/05(月) 08:15
>>303
脅迫されてたんじゃないの?

母親を襲うとかなんとか言ってたらしいぞ、

と言うか、中学生の女の子だろ、ヤクザもどきのガキンチョに脅されたら
言いなりになるだろ・・・。

489 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/13(火) 01:50

この事件で一番いやらしかったのは少年グループが被害者の母親が
美人なのに目をつけて、何度も被害者に母親を呼び出させようとして
た事。大人の女を犯したかったんだな・・


501 名前: デフォルトの名無しさん 投稿日: 2001/02/13(火) 14:35

被害者の母親とやろうとしたっていう話は、
事件が発覚当時の週刊誌に書かれていました、確か。


774 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/05/29(火) 18:32

当時の週刊誌によると

「ちくったらお前の母親も同じ目に合わすぞ。」

と屑どもに脅されていたとのこと。


526 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/14(水) 01:36

「・・あら、何かご用なの」
「えへへ・・おばさん、美人だね」
「おっぱいもでかいじゃん」
「な・・何なの!?・・ふざけない・・ああ・・やめなさい!」
「いいじゃん、ちょっと触るだけ・・パンツ何色おばさんヒヒ」
「うわっ、でけえけつ!あそこも・・娘とは違うな・・ケケケ!!」
「早く入れちゃおうぜ」
「その前に舐めたいな・・」


492 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/13(火) 02:37

母親を守るためにも被害者は身をなげうったんやな。
ほんまに可哀相や。
その家族にもこの辛さは打ち明けられへんねやな。
ホンマに鬼や。人間やない。
被害者は、これだけ酷い目におうても、更に大切な人間を守ろうとしたんやな。
この事件は絶対に忘れへんからな。


493 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/13(火) 03:19

女にしかわからないと思う。


216 名前: げる 投稿日: 2001/02/01(木) 23:21

目撃した女教師はレイパーたちに向かって
「ほどほどにしなさいよ」とだけいったそうな。
そのごレイパーたちはほどほどにかおりちゃんを回したわけだね

64. 中川隆[-7994] koaQ7Jey 2017年4月30日 11:58:37 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

▲△▽▼


565 名前: 許せん!! 投稿日: 2001/02/15(木) 22:16
事件発覚後、被害者は警察(?)に

「私は将来、普通に結婚できるんでしょうか?」

って聞いたらしい。
多分、読売新聞に書いてあったと思う。
かわいそすぎる。


632 名前: 名無しさん23 投稿日: 2001/03/22(木) 02:45

あのさ、被害者家族は土地を離れ、ひっそりと暮らしているそうな。
だから、続報も入らないの。

蛆マスコミも取材に行ってみたりするけど、やっぱしそっとしといてくれ
と懇願されると、蛆マスコミといえども報道はためらわれるそうな。
(バッシングに遭うのが怖い、という意見も80%だけど(笑))

加害者どもは、快活に生きてるそうですよ。笑ったりしてね。
それなりのペナルティ(町のウワサ程度)は受けていますが、でも別に
「若き日の武勇伝」て感じ。
判決出たし、少年院も行ったからもう禊は終わった、という周囲の見解。

・居なくなった人間
・近所に住んでる人間

どっちを庇うか、田舎の人間ならお分かりですね。

「加害者にも非が」というのは、そういう部分と、裁判の加害者側弁護士
による、人権無視の誹謗中傷に近い質問によるところが大きい。
(濡れてた=感じてた=合意、とかね。)

以上、近年取材した事がある友人より。
http://piza.2ch.net/news2/kako/980/980843323.html


468 :少年法により名無し:2017/03/27(月) 00:52:47.36 ID:mUiCCgdB0

朝、少女が呼び出された男子トイレに行くと、既にDQNのケンジとタカシと吉田の三人がボッキしてスタンバイしている!

「遅えぞ!」
「申し訳ありません!」
「ノーパンチェックだ!」
「かしこまりました!」

少女は自らスカートをたくし上げる!パンツ!履いていない!

ノーパンチェック済ますとそのままケンジの手マン!十分に濡れたところで立ちバックだ!

ケンジは少女の尻を無茶苦茶に叩きながらの激しいピストン!

中出しの後はお掃除フェラだ!「美味しいミルクをありがとうございます」

「次は俺の番だ!」タカシがバキュームフェラを要求!

四つん這いになって激しくチンポを吸引!

吉田は少女の後ろに回って尻を撫で回しながら、舌で少女のアナルを愛撫!

朝からイキまくりイカせまくりの辛え学校生活だぜ!


436 :少年法により名無し:2017/01/29(日) 23:21:36.95 ID:k+NgOBjh0

通りすがりのおっさん
「土手で裸の女の子が男に囲まれているのを見た。
アダルトビデオの撮影かと思ったが、男達が若すぎたから不思議に思った」

こんな内容だったっけ?当時は勃起したが、今はなんで通報しねえんだと突っ込みたい

旭川市民には通報という概念がないのか?


437 :少年法により名無し:2017/02/01(水) 00:20:05.58 ID:+9VyMEnC0

・加害者達は学校の廊下をバイクで走るキチガイ。同級生はおろか教師も平気で殴っていた。

・当初行われていたいじめは、被害者の胸が大きいことをからかうことから始まった。被害者の胸を触り、スカートをめくってお尻を触るような比較的軽い性的ないじめだった。

・加害者の1人が被害者に交際を迫ったが断われた。それ以降、性的ないじめの内容が激しくなった。トイレや空き教室に無理やり連れ込み、服を脱がせて被害者の身体を執拗に弄び、フェラチオを強要するようになった。

・中2の夏に処女を奪われた。それ以降、フェラチオの強要だけでなく度々強姦されるようになった。

・被害者は最初、激しく抵抗していたが、そのたびに過激な暴力を振るわれていた。たび重なる暴行と脅迫により、中2の半ばにはほとんど言いなりになっていた。

・被害者は加害者に敬語を使い、ご主人様と呼ばされていた。命令されればクラスメートのいる教室でも裸になった。フェラチオのときに精液を飲んだら「おいしいミルクをありがとうございます」と言わされていた。


・日常的に強姦されるようになった当初、加害者は膣外に射精していたが、徐々に膣内に射精されることが増えていった。妊娠を恐れた加害者は、被害者に売春をさせた金でピルを購入して常飲させていた。

・被害者が少しでも反抗的な態度をとったら容赦なく殴りタバコの火を押しつけた。

「兄貴とセックスさせるぞ」
「母親も犯すぞ」
「少年院なんてすぐ出てこれる」

と脅していた。


・陵辱現場に連行されている際、通りかかった教師に「助けて」と叫んだが無視された。被害者が教師に助けを求めたことに激昂した加害者は被害者の後頭部を殴り、背中にタバコの火を押しつけるなどの激しい暴行を加えた後に強姦した。

・加害者の機嫌が悪いと命令に従順でも暴力を振るわれることがあった。教室で裸にさせられて、肛門に指を突っ込まるいじめをされていたとき、「うんこついたじゃねえか」と激昂した加害者に長時間に渡る暴行を受けた後に強姦されている。

・授業中にもトイレに連れて行かれて強姦されていたが教師は何もしなかった。体育の授業ではサイズの小さい体操服を着るように命令されていた。授業中にも殴られて体操服を脱がさていたが教師は何も言わなかった。

・性器や肛門に様々な異物を挿入されていた。性器にタバスコを塗られたときには、あまりの痛みに絶叫して許しを乞うたが、加害者は大笑いしていた。「ま○こにタバスコぶっかけるぞ」と加害者が脅すだけで泣き出すほど怯えていた。

・下着をつけずに登校するよう命令されていた。加害者が「ノーパンチェック」と言うと自分でスカートめくって下着をつけていないことを証明していた。

・陰毛に火をつけられて縮れてしまったときには「汚ねえから剃ってこい」と加害者に言われた。それ以降は常に剃毛してくるように命令されていた。

・自由な排泄を禁止されていた。加害者の見ているところで裸になって用を足していた。また、浣腸器具を使って野外での脱糞を強要していた。「このうんこてめえに食わせるぞ」と脅されていた。

・尻に落書きをされた上、裸で踊るように命令されていた。手を抜くと暴行されるため、必死に尻を振って加害者の歓心を買っていた。

・被害者との日常的な性交はリーダー格である一部の加害者だけの特権だった。他の加害者の性処理はフェラチオやパイズリが主だったが、加害者の誕生日などには性交を強要されていた。
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/youth/1456145544/

[32初期非表示理由]:担当:アラシ


8. 中川隆[-7695] koaQ7Jey 2017年5月10日 20:20:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

▲△▽▼


北海道 旭川市立 北都中学 女子生徒に対する同校生徒による集団性的暴行に係る損害賠償請求判決
https://web.archive.org/web/20050508065146/http://ijime.orz.hm/news/asahan.htm
https://web.archive.org/web/20050508065220/http://ijime.orz.hm/news/asahi02.htm
https://web.archive.org/web/20050508065213/http://ijime.orz.hm/news/asahi01.htm


北海道 旭川市立 北都中学内の女子生徒暴行事件

今から5年前になる。

1995年から96年にかけ、中学校の校内で男子生徒11人から、当時、14歳の女子生徒が性暴力を受けていた事件があった。

この事件で、男子生徒3人が少年院送致、7人が保護管轄処分を受け、当時の学校長と教育長は厳重注意処分となった。

その後、被害者と両親は、国家賠償法に基づき、旭川市と道に慰謝料など総額4430万円を求めた訴訟を起こした。

その判決が1月30日、旭川地裁で言い渡された。

裁判長は「深刻な性的暴行事件に発展するかもしれないという予見は可能。相談を受けた教論は加害生徒らへの指導を強化徹する義務を怠った」とし、旭川市と道に合わせて200万円の支払いを命じた。

当時の報道は、女子生徒をトイレに監禁し、上から水をかけるなどの悪質ないじめと伝えていた。

が、事件が徐々に明るみに出てくると、性暴力(婦女暴行)という、とんでもない事実が発覚した。

その事実は、あまりに衝撃的なことだ。

学校という子供たちにとって一番安全であるべき教育現場で、助けを求める女子生徒の声を教師は無視し、半ば公然と男子生徒による性暴力が繰り返されていたのだ。

女子生徒は1年生だった94年から、スカートめくりなどの性的いたずらの対象とされていた。

95年には、集団による強制わいせつ行為にエスカレートしていった。

96年には校舎内外で十数回にもおよぶわいせつ行為が繰り返されることになる。
その年の12月、男子トイレに監禁され、暴行されたり集団によるわいせつ行為が行われ事件が発覚した。

が、当時は、単なるいじめとして処理していたのだ。

95年の秋、女子生徒が放課後の教室で2人の男子生徒にわいせつな行為をされていたとき、男子教師が立ち入った。が、止めることはなく、たちさっている。

96年4月ごろ、女子生徒が特別活動室に連れ込まれようとしたとき、そこに居た女性教師に「助けて」と叫んだ。が、この教師は男子生徒たちに「帰れ」と怒鳴られ、助けを求める女子生徒の声を無視し立ち去った。

その後、女子生徒は特別活動室で男子生徒たちにわいせつ行為を受けることになる。

96年12月にトイレに連れ込まれる際、通りかかった教師に悲痛な声で「助けて」と叫んだが、教師は気づかぬふりをして立ち去ってしまった。そのトイレで行われた暴行は、殴るなどの行為から始まり、男子生徒たちによる強姦にかわり、最後はトイレ個室に監禁され上から水などをかけられるなど長時間におよんだという。

某週刊誌の取材では、教師たちは、女子生徒が男子生徒に連れ込まれることが強姦を意味していることを知り、また、その行為を目撃しているに無視していたとしている。さらに、幾度となく女子生徒が教師に助けを求めて叫んでいるのを無視し続けた。

複数の男子生徒が、嫌がる女子生徒を抱えるようにして空き教室やトイレに連れ込もうとしているところを目撃し、必死に助けを求める声にも耳をかさず、事件発覚後は、単なるいじめで処理しようとした教師に責任はないのか。

学校外でのわいせつ行為にも触れていた。

脅かしては呼びつけ、男子生徒たちにわいせつ行為を受けていた。

一般社会で、強姦事件を目撃し通報の義務を怠れば罪を問われる。
が、学校という特異な社会には法は通用しないのか。

旭川市は上告しない方針で道教委と話し合うという。

その当時の教師は、今もどこかで教壇に立っている。その教師に刑事責任はないのか。そう思うと腹立たしい。
https://web.archive.org/web/20050508065213/http://ijime.orz.hm/news/asahi01.htm


 
北海道 旭川市立 北都中学 女子生徒に対する同校生徒による集団性的暴行に係る損害賠償請求判決


平成一〇年(ワ)第一〇五号 損害賠償請求事件判決要旨


主    文

一 被告らは、原告甲野春子に対し、連帯して、金一七〇万円及びこれに対する平成八年一二月二四目から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 被告らは、連帯して、原告甲野太郎及び原告甲野はな子に対し、それぞれ金一五万円及び右各金員に対する平成八年一二月二四目から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。


理 由 要 旨

一 本件学校内強姦事件等を防止すべき安全配慮義務違反について

1 秋山教諭は、

(1)中学二年(平成七年)の冬ころ、生徒会室において、原告春子から、A男、B男、D男より廊下や教室で身体を触られている旨を聴取しており、

(2)平成八年五月ころには、原告春子が鞄を男子トイレに入れられて困っている旨をB子らから聞き及んでおり、

(3)平成八年四、五月ころには、原告春子から、特別活動室でA男やB男らに身体を触られた旨の訴えを受けており、

(4)平成八年六月にも一人で職員室に来た原告春子から、A男らによりスーパーで身体を触られ、他の女子生徒らもD男らクラスの男子生徒より身体を触られている旨の相談を受けていた。

そして、原告春子が名前を挙げた加害生徒らは、いずれも秋山教諭らが毎日のように注意指導をしていた「●●●●」という非行集団に属する生徒達であり、集団的な非行傾向のある生徒達は時として暴走化する危険をはらんでいるからこれを解消する方向で指導をしていた。

したがって、秋山教論としては、少なくとも平成八年六月のスーパーでの被害の相談を受けた段階で、たとえ秋山教諭が理解したように服の上から身体を触るといった性的行為にとどまっていたとしても、これをこのまま放置しておけばいずれ本件学校内強姦事件等のような深刻な性的暴力事件等に発展するかもしれないと予見することが可能であった。

2 それゆえ、秋山教諭としては、少なくとも平成八年六月のスーパーでの被害の相談を受けた段階で、

(1)原告養子からわいせつ行為の状況を詳細に聴取するほか、加害男子生徒や、学校内で同様の性的被害を受けているという他の女子生徒らからも詳しい事情を聴取し、その内容を三学年の他の担任教諭らの他、教職員全体に報告すると同時に、他の教諭らからも右性的被害に関する情報を収集し、学校内におけるわいせつ行為の実態をできる限り解明すべき義務があった。

また、(2)秋山教論には、被害申告を受けた時点で直ちに被害の事実を被害生徒及び加害生徒の双方の保護者に報告すべき義務があった。

さらに、(3)秋山教諭は、前記実態解明の結果を踏まえて、他の教職員や保護者と連繋した教育指導態勢を作り、教職員全体で又は保護者らと一体となって、原告春子を加害生徒らによる報復から保護しながら、加害生徒らへの指導を強化徹底すべきであった。

3 そうであるのに、

(1)秋山教諭は、平成八年六月のスーパーでの被害に関する相談を受けてから以降も、原告春子に具体的な被害状況を詳しく聴取せず、加害生徒ら及び他の同様の被害を受けているという女生徒らからも性的被害の状況を全く聴取しなかった。

また、(2)秋山教諭は、被害者及び加害者の双方の保護者らに対する報告義務を怠った。

さらに、(3)秋山教諭は、原告春子の性的被害の相談について、加害生徒は他クラスの生徒であると聞いたのにその担任教諭に何ら連絡せず、職員朝会、学年会又は職員会議などにも報告しなかった。

結局、養護教諭に対して女子生徒から身体を触られたという訴えがなかったかどうかを確認してクラスの男子生徒の様子を二、三日見ていたにすぎず、最終的には、クラスの帰りの会において、学級全体に対し、女子生徒の身体を触ることがセクハラになるなどと一般的な注意をしただけで終わらせ、その後は原告春子に新たな被害を受けていないかどうかを確認することもなかった。したがって、秋山教諭には、安全配慮義務違反の過失がある。

4 右過失がなければ、原告春子は、平成八年六月の相談以降、日時を明確にできる分だけでも学校内での口淫強要二回、学校外での口淫強要二回、友人宅での強姦一回、学校内での口淫強要・強姦一回といった悲惨な性的暴力を受けることがなかった。

5 本件は、非行化傾向のある特定の男子生徒らが集団で特定の女子生徒を標的にして、衣服の上から身体を触るといった段階から胸や陰部を衣服の下から直接触るという段階を経て、集団による口淫の強制及び強姦へと性的暴力を激化させ、最終的には教諭らや生徒多数がいる時間帯の学校トイレ内において被害女生徒を監禁した上、集団で口淫強要及び強姦に及んだという前代未聞の悲惨な事件であり、長期間にわたる集団的な性的虐待(いじめ)を本質とする事案である。

加害生徒らは、頭部を殴打するといった肉体的暴力や「殺すぞ。」といった激しい脅迫のほか、思春期の女子生徒が性的羞恥心等から被害を他の人々に話せないでいることにつけ込んで、同女を精神的にも隷属させ、その人格を著しく蹂躙するような性的虐待を学校の内外で長期間にわたって集団で加え続けたものであるから、これによって受けた原告春子の精神的苦痛には想像を絶するものがあり、思春期の悲惨な体験が同友に残し続けるであろう心の痛みには相当深刻なものがあろうと推察される。

また、原告春子は担任教諭に対して羞恥心を抑えて何度も深刻な性的被害を匂わせる相談をしたのにこれに気付いてもらえず、一層激しい性的暴力を受け続けたのであるから、本来は尊敬すべき教師に対して不幸にも不信感や恨みを持たざるを得なくなったというのも十分にこれを理解することができ、性的虐待の体験によって現在でも男性との会話を拒否する傾向にあることなどをも併せ考えると、原告春子の受けた心の傷は誠に深い。

したがって、原告春子の右精神的苦痛に対する慰謝料の金額としてはい、一〇〇〇万円が相当である。本件では、加害生徒らからの示談金八六〇万円を控除した一四〇万円が損害額となる。

 なお、被告らは、原告春子には中学生として相応の判断能力が備わっていたのに両親等に被害を訴えていなかったのであるから落ち度がある旨主張するが、それは、思春期にある女子生徒の性的差恥心や、深刻な性的被害を周囲の人々に知られてしまった場合に生ずるかもしれない学校や家庭内での孤立感・疎外感に対する恐怖、報復を異常に怖れるいじめの被害生徒の心理、担任教諭に相談しても事態が好転をしなかったことによる無力感、一五歳という年齢からくる判断能力の未熟さ、性的暴力の影響による判断能力の低下等が複雑に絡み合った結果であろうと推察されるから、右の落ち度を重要視することは相当ではない。

また、被告らは、保護者である原告太郎らの監督不十分の過失を主張するが、それは原告春子の損害額を減額する事情とはならない。


二 平成八年一二月二四日の真実解明報告義務違反の違法行為について

1 夏山教頭らは、本件学校内強姦事件が発生した日の午後六時四五分ころ原告春子を自宅に送り届けた際、すでに口淫強要の被害を認識していたのであるから、原告太郎らに対し、右口淫の被害を報告すべき義務があったのに、単に胸やお尻を触られたとのみ説明し、口淫の被害を隠した。

2 また、夏山教頭らは、右同日午後九時三〇分以降、原告太郎らから協定書に署名押印を求められた段階において、すでに加害生徒らからの事情聴取によって集団的な口淫強要等が繰り返されていたことを十分に認識しており、かつ、右原告太郎らが右口淫の被害を知らないまま前記協定書記載の処分(加害生徒の頭髪の五分刈り及び内申書への記載)をもってこの事件を終わらせるつもりであることを察知していたのであるから、直ちに右口淫の事実を原告太郎らに説明すべき義務があった。そうであるのに、夏山教頭らは、右報告義務を怠り、右口淫の被害を原告太郎らに隠したまま右協定書に署名押印した。

3 仮に原告春子が強姦の被害を兄弟に詳しく聞かれて後に打ち明けるということがなかったとすると、協定書作成後の本件学校内強姦事件は、協定書に従って加害生徒らを五分刈りにした程度で闇に葬り去られていた危険性もあった。右危険性を考慮すると、夏山教頭らが口淫の被害を原告太郎らへ報告しなかったことは、独自に損害賠償の対象となるような重大な違法行為であり、これによって原告太郎らが受けた精神的苦痛については各一〇万円の慰謝料損害賠償請求権を認めるのが相当である。

三 よって、被告市は国家賠償法一条一項に基づき、被告道は国家賠償法三条一項に基づき、原告春子に対しては右損害金一七〇万円(内弁護士費用三〇万円)、原告太郎及び原告はな子に対しては各損害金一五万円(内弁護士費用各五万円)並びに右各損害金に対する不法行為の日である平成八年一二月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払義務がある。

※固有名詞は、仮称である
https://web.archive.org/web/20050508065146/http://ijime.orz.hm/news/asahan.htm


北海道 旭川市立 北都中学 女子生徒に対する同校生徒による集団性的暴行に係る損害賠償請求判決 資料
https://web.archive.org/web/20050508065220/http://ijime.orz.hm/news/asahi02.htm

1996/12/ 北海道旭川市立中学校の女子生徒(中3)が、同学年の男子非行グループ11名から繰り返し性的暴力を受け、強姦にまで発展する。


経 緯

中学1年生の2学期頃から放課後、女子生徒Xは、学校内の教室や特別活動室などで、特定の男子生徒11名から服の上から胸や尻を触られるなどの被害にあっていた。中学3年生になって、性暴力はエスカレートした。


1996/4/ 教室内で性器を直接触るなどした。

5/ 学校近くの障害者用トイレで、口淫におよぶなどした。

6/ 女子生徒が担任に被害を告げたのを境に、さらにエスカレート。事件発覚まで少なくとも6回にわたり、学校内やその周辺で複数から、口淫に及ぶなどの暴行を受けた。

12/ 女子生徒は学校内で10名の男子生徒に取り囲まれた。至近距離を部活顧問の女性教師が通りかかったために助けを求めたが、男子生徒から脅され、「何もない」と言わされているうちに、女性教師は立ち去った。

その後、男子トイレに連れ込まれ、6名が順番に口淫や身体を触るなどし、1名が女子生徒を強姦した。被害直後、Xが友人の女子生徒と泣いている姿を見た教師の通報で、事件が発覚する。


加害者

加害者の男子生徒たちは、中学1、2年に10人ほどのグループを結成。他校生徒とケンカしたり、喫煙や窃盗などの行為を繰り返していた。

女子生徒Xと両親が告訴後、警察が捜査を行い、加害生徒たちは少年審判を受ける。

3人が少年院送致、6人が試験観察、1人が保護観察処分。少年事件の過程で、示談金860万円を支払うことで示談成立。


ほかの被害者

X以外にも、被害にあった女子生徒がいた。

学校・ほかの対応

学校側は、同グループの男子生徒たちを問題生徒たち、あるいは問題グループとしてとらえ、事例検討の課題として取りあげていた。

Xは教師たちに何度か被害を訴えていた。教師は、女子生徒Xが加害者の生徒たちと教室内にいるところを目撃していた。

教頭は、集団暴行事件について、被害者の両親に暴行の事実を隠し、「胸などを触らせただけ」と説明した。


担任の対応

中学3年生の6月、女子生徒Xは自ら、担任教師に何度か被害を訴えた(最初、担任は否定。後に6月の1回のみ認める)。

しかし、女子生徒が「笑みを浮かべながら」「男子生徒が胸やお尻を触ってくる」という言い方をしたため、深刻なものとは受け止めなかった。

担任教師は、Xから、加害生徒の名前や被害の場所、他に被害を受けた女子生徒の名前を確認したにもかかわらず、養護教師にしか話をしなかった。加害男子生徒は複数のクラスにまたがって存在していたが、学年主任や他クラスの担任に相談することをしなかった。

担任教師は、2〜3日様子をみたが何もなかったため、クラスの生徒全員に「生徒同士でも身体をさわったらセクハラになるから止めるように」と注意しただけで、加害生徒に個別に確認したり、加害・被害生徒両方の両親に報告するなどの対応を一切とらなかった。この6月を境に、男子生徒らの行為は更にエスカレートする。


裁 判

1998/4 最終事件から約1年4ヶ月後、12月の強姦事件後に学校側がとった対応に不審を抱き、被害女子生徒Xとその両親は、旭川市と教師の給料を負担している道を相手に、慰謝料などを求めて、総額4400万円の損害賠償を求めて提訴。


・学校内で、性暴力が特定の加害生徒から反復繰り返しおこなわれていたこと

・教師の一部が一緒にいるのを見ており、かつ、X自身が何度か教師たちに訴えていること

・担任も一度は訴えを聞いたと認めていること
から、学校の安全配慮義務違反は明らかであるとした。


被告の言い分

学校側は、

・Xが担任教師に相談したのは一度だけであり、その際も「笑みを浮かべながら」であったため、深刻には受け止められなかったと、Xの過失

・Xが加害生徒と仲良くしていたこと、被害を「笑っていた」ことなど、事件後の聞き取りをもとにXにも落ち度があった

・加害生徒たちとの示談成立
を理由に、損害は補填されたと主張。


 

裁判での証言

教育委員会が、提訴後に加害生徒やその他の同級生等から聞き取り調査。その中には、「Xは嘘つきである」「加害生徒のほうがかわいそう」などの記述もあった。また、担任教師の陳述書には、Xの性体験について、事件後に他の生徒から聞いた話というのが記載されている。

一方で、X側に立って証言をしてくれる同級生を確保すること、協力を得ることは至難。また、Xが、非公開とはいえ、男性裁判官、男性の学校側弁護士の前で被害の詳細について証言したり、立証することは困難。


裁判の結果

2001/1/30 旭川地裁で判決。

斉木教朗裁判長は判決で、

「学校が加害男子生徒の指導を徹底すれば、女子生徒が悲惨な性暴力にさらされることはなかった」

「少なくとも相談を受けた98年6月時点で予見は可能だったが、詳しい事情聴取をせず、指導強化も怠った。女性はこの相談以降、少なくとも6回の暴行を受けた」

「女子生徒から相談を受けた教諭らには深刻な性的暴力事件に発展する予見可能性があった」

とし、「学校側に助けを求めたにもかかわらず、被害に気づかなかった過失がある」として、学校側の管理責任を認めた。

また、集団暴行事件について「教頭は両親に暴行の事実を隠して胸などを触らせただけと説明し、教諭らは被害者の親に事実を隠し、事件は闇に葬られる危険性もあった。これだけでも重大な違法行為にあたる」と、学校側の対応を厳しく批判した。

少女の事件全体の慰謝料を「1千万円が相当」と認定し、すでに加害少年グループとの間で成立している示談金860万円を差し引いたうえ、弁護士費用などを加味して、少女に対して170万円、両親に対しては30万円を算定、市と道に計200万円の支払を命じた。
https://web.archive.org/web/20050508065220/http://ijime.orz.hm/news/asahi02.htm

旭川女子中学生校内集団レイプ事件★7 [無断転載禁止]©2ch.net

26 :少年法により名無し:2016/03/12(土) 20:15:13.09 ID:YRaZU8460

北都中?
学校が知らんわけないだろ。何やってたんだろね。
この子の親もいじめとか気づくだろ。

436 :少年法により名無し:2017/01/29(日) 23:21:36.95 ID:k+NgOBjh0

通りすがりのおっさん「土手で裸の女の子が男に囲まれているのを見た。アダルトビデオの撮影かと思ったが、男達が若すぎたから不思議に思った」

こんな内容だったっけ?当時は勃起したが、今はなんで通報しねえんだと突っ込みたい
旭川市民には通報という概念がないのか?


430 :少年法により名無し:2017/01/22(日) 02:16:16.16 ID:av2Ju1pf0

先週旭川の教師が教え子のJCに性的な悪戯して捕まってたな
去年も中学の教師が女子中学生盗撮して逮捕されてるし
旭川は性獣の都なのか?


401 :少年法により名無し:2017/01/06(金) 22:19:18.41 ID:F103w1dq


教師がクズ過ぎる

相談しても何もしないし、一度だけ帰りの会で

「女子生徒の体を触るのはセクハラです」

と軽く注意しただけで逆に加害者側がエスカレートするきっかけを作ってるし
事件発覚のきっかけになったレイプ事件も、被害者の両親に「胸やお尻を触られただけ」と大嘘ついてるし


431 :少年法により名無し:2017/01/24(火) 10:28:56.92 ID:pxmjmM880

大人の事情がわからずに教師を批判してる子どもが多いですな

自分の受け持ちの生徒が日常的に何度も学校の中でレイプしてるなんて前代未聞の事件が世間に公表されたら出世は絶望的なのだよ

教師も助けてあげたかったのだろうけど気づいたときにはもう手遅れ

世間に公表されたら学校の評判が地に落ちるような凄惨なレイプが行われていた
教師は泣く泣く見て見ぬ振りするしかなかったのだろうな卒業まで耐えてくれと断腸の思いで少女を見守っていたのだろうね

被害者を心配していた証拠に加害者のDQNどもと被害者を同じクラスにしないような配慮をしていた


151 :少年法により名無し:2016/09/10(土) 13:10:42.99 ID:6QccjBr10

ところでなんでこの事件って加害者とか隠蔽に関わった教師の名前出てこないの?

教師に関してはしっかり退職金まで貰った上で退職してる頃だと思うから今更って言えば今更なんだけど


173 :少年法により名無し:2016/09/21(水) 20:21:48.62 ID:SkqayeR3O

教師も加害者生徒にはかかわり合いたくないんだろ
3年我慢すれば生徒の方は卒業してくんだし そうすればトラブルは無かったことになる


177 :少年法により名無し:2016/09/22(木) 00:45:09.99 ID:8NDG5vNk0

DQNの奴隷になってるいじめられっ子なんて腐るほどいるけど大半の教師は何もしてくれないだろ

被害者が女の子ってのは特殊だけど男相手なら総額5000万恐喝されたりウンコ食わされたりする壮絶ないじめがゴロゴロしてるんだからこの事件も大したことじゃないだろ


465 : 少年法により名無し[] 投稿日:2005/11/23(水) 22:14:29 0

加害者どもは校内を原付で走ったり、やりたい放題。
授業中でも被害者を平気で連れ出して、くわえさせていた。


402 :少年法により名無し:2017/01/07(土) 23:13:02.76 ID:MXoLWnJI0

エロばっか際立ってるけど暴力もすさまじかったみたいだからコンクリみたいな結末になってたかもな

実際、六角椅子に閉じ込めるとか真冬の旭川で水ぶっかけて監禁とか死んでもおかしくなかったわけだし


403 :少年法により名無し:2017/01/08(日) 00:46:19.09 ID:zXy6DvK+0

六角椅子には興奮した。
暴力による支配で、命令されれば何でもやらされてたんだな。

高校くらいになると悪友相手に売春やらされたりしただろうな。
1発3000円とかで。

最終的には刺青入れられて風俗でバイトだろう。


239 :少年法により名無し:2016/10/03(月) 19:37:32.96 ID:vYYZRi8P0

教室でクラスメート集めて、肛門にボールペン突っ込んで抜いたらキャップが消える手品、見たかった。

キャップはどうやって取ってたのかな。
完全に玩具化にされてたんだね。


375 :少年法により名無し:2016/11/24(木) 19:24:27.65 ID:y3dWs+9E0

下校途中に捕まえてマンコに雪を入れたのは雑誌にあった。


715 :同級生 :04/05/15 00:30

肛門に突っ込まれた事件は結構有名で、

指に着いたウンコを壁になすりつけられてたけど、
そこに「***(被害者)のうんこ」って落書きがあったわ

それは中一だったから、犯されたのはもうすこし後だろうね
それからのことはしらない
奴らは悪だったし、一緒に参加しても、カツ上げされるの目に見えてたから


195 :少年法により名無し:2016/09/25(日) 23:47:35.84 ID:nR2Yrgyv0

輪姦する時は誰かの家が一般的だな。
校舎ではフェラや手マンコを日常的に。
部室で回すことはあるがな。

この事件は特殊じゃないし、教師の見ぬ振りも一般的な対応。
荒れた中学では輪姦してる悪ガキは多いよ。
まあ校舎じゃ無茶はしない。
女が泣きじゃくって暴走したら面倒だから。
初めに回す時は必ず誰かの家でじっくりが基本。

この事件のガキ連中はちょっと調子に乗り過ぎた。


201 :少年法により名無し:2016/09/27(火) 14:54:07.66 ID:FFaXjsPr0
>>195
生徒同士の殴ったり蹴ったりを黙殺しちまう教師は普通にいる
けどな、学校内での集団強姦を黙殺しちまう教師は普通いないんだよ

こういう言い方をしちゃうといじめで苦しんでる子にはかわいそうなんだけど
いじめの延長で起こる、暴行・傷害・脅迫・恐喝あたりと
重要犯罪として、殺人・強盗・誘拐・放火なんかと並べられてる集団強姦を一緒にして考えてんじゃないよ

この事件の教師がマスコミに叩かれてるのなんて気の毒でもなんでもなく叩かれるべくして叩かれてんのね
むしろ実名を晒されてないだけでもほっと胸を撫で下ろすべき


202 :少年法により名無し:2016/09/27(火) 16:19:08.37 ID:VsMCWGj30
>>201
それは学校現場を知らなすぎる。

恐喝や万引きの強要などは何処も日常だし、善意ある生徒からの垂れ込みがあっても教師はスルーは多い。

同様に女子生徒が放課後に不良らの家で輪姦されてることを知っても教師はスルーする方が多い。

教師は警察官じゃないし、そういう権力もない。
勉強を教えるのが教師の仕事。

道徳や生活態度の指導も仕事だが、それは真面目な生徒だけで十分。
ヤクザ並の悪童に危険を冒してまで無意味な指導をして教師が被害を被るのは仕事の域を超える。

一般論ね。中には勇敢な教師もいるだろうが、そんなの少数。

親が警察へ相談するのがベストだが、犯されている子は親に隠すから泣き寝入り。
結果として初体験が乱交という女が多数存在するのが現状。

更生不可能な生徒は卒業するまでスルーするのが学校の現状だ。


210 :少年法により名無し:2016/09/28(水) 17:50:43.37 ID:zcRNrfwA0

俺は俺の経験から書いてる。
教師への幻想は捨てた方がよい。

自分が完全に安全な状態でなければ生徒を助けないのが一般的だよ。
報復されるような相手に自分から率先して行動はしない。

この被害少女がはっきりと「強姦されました」と教師に助けを求めた時には学校側は適切に動いてるじゃん。
それで十分に対応はしている。

「嫌らしいからかいをされた」くらいじゃ教師だって口頭で軽く注意する程度が普通。

娘がいる奴は田舎でも私立の中学へ行かせた方が無難。
犯されてからでは遅いし、教師は守らないぞ。


211 :少年法により名無し:2016/09/28(水) 18:05:49.09 ID:zcRNrfwA0

若い女教師の輪姦はマジのこと。
乳揉んだり尻触ったりは日常的だったな。

教師を輪姦するくらいだから女子生徒も日常的に犯していたと思う。
大体は放課後に学校外でな。

犯されてる生徒はすぐ判断できる。

容姿良い子で急に元気がなくなり休み時間に不良らといる場面を見かければ、今はあの子が餌食なのかと分かるよ。

でも教師は何もしないよ。
それが普通の教師。

荒れた公立中学は無法地帯だから教師の子供は私立へ行かせる。

荒れた中学を知らない奴らはネタにしか思えないのかな。
気の弱い教師も生徒にいじめられて休職する奴いるからね。


212 :少年法により名無し:2016/09/28(水) 18:13:47.67 ID:zcRNrfwA0

ちょっとヤンチャな生徒に指導するのとはレベルが違うからな。

刺青入れてたり、親が万引きや喧嘩の仕方を教えたりしてるような奴ら。
幼稚園から金髪にさせて自分の犯罪自慢を子にする親に育てられた奴らだからな。

本当に怖いから関わりたくないのが教師の本音。
卒業するのを待つだけ。


217 :少年法により名無し:2016/09/29(木) 12:21:13.30 ID:ugNaBCBl0
>>212
あんたは悲惨な地域ばかりに赴任されてきたんだなw

だが安心しろこの世の中全体はあんたが見てきたほどは腐ってない
学校内で泣き喚く生徒が犯されて教師が来たけどスルー。そしてその後に再びレイプ再開

本来であればこんなのは完全にAVの世界

ベタなAVだと目撃した教師まで強姦に参加するのだが、この事件の場合だと教師が女性なだけに流石にベタなAVの展開にはならなかった

逆に「え?女がレイプを見て見ぬ振りするの?」
という新しい疑問を生み出し、そこには不細工なおばさん教師による若くて綺麗な女生徒への嫉妬や妬みさえ感じさせる

事件の集団強姦の要素だけなら色々と考えさせられるドラマ的なAVの世界なのだが
この事件の場合だと暴力とスカトロの要素が強すぎてあまりにもマニアっく過ぎてAVにもならない

>>210
>この被害少女がはっきりと「強姦されました」と教師に助けを求めた時には学校側は適切に動いてるじゃん。
>それで十分に対応はしている。

集団強姦を目撃スルーした教師から同じ言葉が出たら流石にぶん殴ってるw
なあ、頼むからあんたはもう教師辞めてくれよ


218 :少年法により名無し:2016/09/29(木) 12:39:06.71 ID:ugNaBCBl0

補足しておくと、アンタが言うような気づいていながらも気づかない振りしてる教師は確かにいると思うけど
集団強姦を目撃しながらも逃げちゃって、見なかったことにしちゃう教師は普通はいないよ

それも乱交かもしれないしと言い張るなら・・・
アンタはガチで教師辞めてくれ


219 :少年法により名無し:2016/09/29(木) 14:56:05.75 ID:cOv/aGG50
>>218
憶測で反論するなよ。
あんたの環境では輪姦なんてないんだろ?
輪姦を目撃して逃げる教師はいないとなんで言い切れるのか?

例えば物静かな特別教室で輪姦してる声が聞こえたらどうする?
教室に入って確認するのか?

そんな危険なことは出来ないぞ。
そっと教室から離れるのが普通。
生徒も教師も同じ行動とるね。
身の危険を守るのが第一だから。
警察官じゃないのに殉職したくないじゃねーか。

ちょっと気に障るような話をしただけで、車に 10円傷つけられたり、しかもマンコとか書かれるんだぜ。

自宅も知られてるし、妻子になにされるか分からんのだ。
他人の子(生徒)より家族が大事。
やられた後で法的に裁いても遅いんだよ。
娘がアジの開きにされた事実は消すことはできない。

理想と現実、本音と建て前があるんだよ。
ここだから書いてるだけ。

まじでさ、この事件みたいなことは珍しくないよ。
ほとんどは女子生徒の泣き寝入りだし、親に知れても表面化せずに終わる。
>>212 みたいな親を相手に被害少女の親と板挟みになる教師は地獄だぞ。


220 :少年法により名無し:2016/09/29(木) 16:02:30.25 ID:ugNaBCBl0
>>219
全くない訳でもないが滅多にない
少なくとも学校の中では無かったと思う。うちの学校も結構荒れてたが、そこまで教師を舐めてはなかった

>輪姦を目撃して逃げる教師はいないとなんで言い切れるのか?

言い切れないよ。現にこの事件の教師は逃げてるし
ただ、そんな教師はそんなに怖ければ辞めちゃえば良いのにって言ってるだけでしょ

>例えば物静かな特別教室で輪姦してる声が聞こえたらどうする?

俺なら多分確認くらいはすると思うよ
ちなみにそういう場に出くわした場合、止めるか止めないか?通報するかしないかは
生徒の場合はただ人間としての品性が問われるだけで、何もしなくても仕方がないと言えば仕方が無い

ただ、教師の場合は義務が発生する
義務さえ全う出来ないなら辞めれば良いのに・・・と、言ってるだけ

>>212 みたいな親を相手に被害少女の親と板挟みになる教師は地獄だぞ。
もうめんどうになってきたけど、それが嫌なら辞めれば良いのに


221 :少年法により名無し:2016/09/29(木) 16:22:37.35 ID:ugNaBCBl0

しかしまあ・・・中々ぶっ壊れてるなあw
これが最近の教師の実態なのか


222 :少年法により名無し:2016/09/29(木) 23:05:17.83 ID:qb1e9bQeO

教師に期待するのが馬鹿

223 :少年法により名無し:2016/09/30(金) 00:10:04.89 ID:CP/WlHDJ0

本当公立はダメ。
教師が生徒とイタズラと言っては付きまとって暴れる。
育ちのいい子が「気にしないでいいよ」とが言うと大変。

普通は感謝して同じことをしないようにするのに、こいつは何をしても文句言わないと思いその生徒をサンドバックにする。

生徒も教師もカス。会いたくもない。


224 :少年法により名無し:2016/09/30(金) 14:12:36.05 ID:LvUJEqEb0

この事件が異例じゃないのは分かる。
表面化しないだけでどこにでもある。


226 :少年法により名無し:2016/09/30(金) 20:08:18.26 ID:GewmDU0v0

公立の小学校中学校ってのはヤクザやシリアルキラーになるような化け物まで収容されてんだぜ
たかが教師にそんなやつらを抑えつけられんやろ


227 :少年法により名無し:2016/09/30(金) 20:53:04.66 ID:ATDHaJr10
>>226
私立にだってヤクザやシリアルキラーになる奴はいる
ヤクザにやる奴はよくいるが流石に化け物とは言えない
シリアルキラーは確かに化け物だがその数は少ない
そんなのにあったら運が悪いとしか言いようがないな


228 :少年法により名無し:2016/09/30(金) 21:20:22.62 ID:KvoTV/BG0

中学時代に過ごした自分の環境で違ってくるんだろうな。
俺は(昭和50年代後半)人口5万人の市内に公立中学3校あったが3校とも荒れてて、どの中学にも不良グループがあってレイプは横行していた。

不良グループ以外にも部活の先輩が後輩女子部員をレイプしたり普通にあったぞ。

女も周りの女がレイプされまくってるから自分がレイプされても仕方ないという感じで泣き寝入りしてまったく事件化していない。

不良らは教室で「昨日●●をまわした」と平然と会話してた。

教師もなにもしていなかった。

だから旭川の事件が特別とは思わないな。
自分の周辺でレイプない環境だった奴は信じないんだろうけど。

大人になってから殺人、殺人未遂で数人は逮捕された。
殺された奴もいる。
俺が知らないだけでもっと事件起こしてる奴がいるかも。


229 :少年法により名無し:2016/09/30(金) 21:25:46.58 ID:KvoTV/BG0

こいつらは男子へのイジメはしてなかった。
女を犯したりイジメる方が楽しいんだろうな。
喧嘩や暴力はあったが。

逆に別グループの中途半端なヤンキーは女は犯さないけど男子をイジメたりパシリ役にしてたな。


230 :少年法により名無し:2016/09/30(金) 21:52:06.32 ID:ATDHaJr10

流石に学校にシリアルキラーの犯行を止めろとまでは言わない
酒鬼薔薇の事件で学校や教師を責めてる人なんていないでしょ?

この事件は止められるチャンスがいくつもあったのにそれをスルーし続けたから教師が叩かれてるだけ


341 :少年法により名無し:2016/10/14(金) 16:45:22.60 ID:KaFVXqje0

昭和は大学に入学した4月から6月までにヤリコンで処女を失うのが通過儀礼というのは常識だった。

そこで食われない女はとんでもないブス。

親もそれを心配して女子大に行かせるとかも多かったよね。

ロストバージンが大学1年の春が5割以上の時代。
うちの娘が輪姦されましたなんて訴える親もいなかったな。

ワルは中学で可愛い子を乱交。
真面目は大学生になって乱交。

訴えて裁判に勝訴しない限りは輪姦じゃなく乱交なんだよね。
だから初体験が乱交という女が非常に多い。
口にしないだけで。


342 :少年法により名無し:2016/10/14(金) 22:37:59.24 ID:VN2DniX90

ヤリコンやヤリサーという言葉が定着してるくらいだから大学の一部のワルらで乱交は日常。


109 :少年法により名無し:2016/07/19(火) 16:51:43.99 ID:fRL0NdkJ0

今とは時代が違うからな。
当時は女犯して初めて一人前の不良ってとこがあった。
強いグループほど沢山の女を犯してたよ。


162 :少年法により名無し:2016/09/18(日) 13:43:09.73 ID:bNHxnw7N0

特別教室で犯されてるところに女教師が来て「助けて」と言ったが見て見ぬ振りで立ち去ったくらいだ。

教師も学校も不良グループが怖かったんだろ。


185 :少年法により名無し:2016/09/23(金) 22:29:14.08 ID:bmTSKxV00

未成年だからすぐに社会復帰するし、報復と言っても捕まらないように仕返ししてくるかもしれない。

田舎だから何年何十年も嫌がらせされるかもしれないし、暴力団員になって娘が薬漬けにされたり・・・
警察は被害後じゃないと動かないからな。

既に肉便器化されてる女子生徒を救っても肉便器の過去は消えない。
中学卒業するまで見て見ぬふりするのが大人の対応。

親もヤバイ系という話だしな。
女教師は音楽室で犯してるところ目撃して「出ていけ」と言われて速攻で逃げたらしいじゃん。
荒れた学校を経験してる奴なら理解できるぞ。


187 :少年法により名無し:2016/09/24(土) 01:38:09.19 ID:1ylOBDsN0

うちの中学は美人の新任教師が痣が出来るほどケツの肉を掴まれたり、パンツ脱がされてシミの確認されたりしてたな。
1980年代のこと。


203 :少年法により名無し:2016/09/27(火) 16:26:20.63 ID:VsMCWGj30

若い教師が不良らに輪姦されて退職なんてのも珍しくないよ。
学校へ被害を相談しても校長は問題化したくないから隠ぺいされる。

ある女子運動部の顧問が大会前に部室に女子部員を1人1人呼んで上半身裸にさせて、鏡の前で「私は綺麗」「私は綺麗」「私は綺麗」と言わせるのが恒例化していた。
他の教師も知ってても誰も問題視しなかった。
面倒に巻き込まれたくないからね。
明らかにセクハラなわけだが。


190 :少年法により名無し:2016/09/24(土) 19:41:00.42 ID:1ylOBDsN0

生徒指導のブンブンというあだ名の教師。
竹刀をブンブン振り回して校舎を歩いてたけど不良らにはため口叩かれても敵に回さないようにご機嫌取りしてた。

女子トイレもうろうろするし、女子の尻を竹刀で叩いたり小突くのは挨拶替わり。
不良ら共有のヤリマン女の存在も知ってたけど「避妊はしとけよ」と容認。

荒れた学校の教師なんてこんなものだぞ。


192 :少年法により名無し:2016/09/25(日) 01:45:47.82 ID:ncJoNUoJ0

教師なんていいかげんで薄情なものだよ。
いじめだって見て見ぬ振りは日常だろ。
面倒な事にはかかわりたくないんだよ。
学校でだけ教師面してりゃいい。

てか、教師が生徒をイジメたりレイプする事件あるじゃん。
あんなの表沙汰になるのは極一部だぜ。
この事件の中学校教師がマスコミに叩かれたのはちょっと気の毒。

集団レイプはどこの学校でも珍しくないが、本人が告訴しないから乱交になる。

初体験が乱交という女は口にしないだけで多いぞ。
美人の1割、ヤンキー女の3割くらいいるだろ。
ヤンキー女でそこそこ可愛い子は先輩に回されるのが常識だったしな。


194 :少年法により名無し:2016/09/25(日) 08:58:57.90 ID:e+PCOSG40
>>190
それって教師がカスなだけで学校の荒れかたとは関係なくない?w
>>192
教師が薄情なのは重々承知だけどこの事件における無責任さは流石に異常だと思うよ
薄情とかいう次元じゃないよ

教師が生徒をレイプしちゃう事件も確かにあるけどそれがちゃんと事件になってちゃんと服役してくれれば
こっちもそれ程憤らなくてすむ

この事件の教師たちに憤ってしまうのは処分の曖昧さについてなんだよね
こんな奴らがいまだに教師続けてたり普通に退職金もらって定年してたりすると思うと
後、集団レイプが学校で行われるのは普通に珍しいよ地域差もあると思うけど
ヤリマン女が何となく流されてやっちゃう乱交と集団強姦は根本的に違うからね
君AVの見過ぎじゃない?


113 :少年法により名無し:2016/07/19(火) 21:28:33.19 ID:Q9Z0LgTG0

この事件は校内で起きたからスキャンダルになったんだよ、当時。
1歩外に出たらDQNが女をマワす!なんてのは珍しい話ではなかった。


99 :少年法により名無し:2016/07/10(日) 20:15:37.11 ID:IqqYJ6qW0

現場を教師が目撃しても見て見ぬふりだもの、なんでもやり放題だよな。


90 :少年法により名無し:2016/07/06(水) 01:25:44.89 ID:vmRdquFg0

95年の秋、女子生徒が放課後の教室で2人の男子生徒にわいせつな行為をされていたとき、男子教師が立ち入った。が、止めることはなく、たちさっている。

96年4月ごろ、女子生徒が特別活動室に連れ込まれようとしたとき、そこに居た女性教師に「助けて」と叫んだ。が、この教師は男子生徒たちに「帰れ」と怒鳴られ、助けを求める女子生徒の声を無視し立ち去った。
その後、女子生徒は特別活動室で男子生徒たちにわいせつ行為を受けることになる。

96年12月にトイレに連れ込まれる際、通りかかった教師に悲痛な声で「助けて」と叫んだが、教師は気づかぬふりをして立ち去ってしまった。そのトイレで行われた暴行は、殴るなどの行為から始まり、 男子生徒たちによる強姦にかわり、最後はトイレ個室に監禁され上から水などをかけられるなど長時間におよんだという。


27 :少年法により名無し:2016/03/13(日) 07:10:39.83 ID:I9w0k26Y0

1996年6月に、その女子生徒が担任教師に性被害を告げた。
だが、担任教師は男子生徒たちに少し注意しただけであった。
この事をきっかけにして、その性暴力はエスカレートした。

12月には男子生徒10人に取り囲まれ男子トイレに連れ込まれ
6名が身体を触るなどしさらに1名が女子生徒を強姦した。

被害直後、友人と泣いている被害少女を見た教師が通報しこの事件は発覚した。
その後、3人が少年院送致、6人が試験観察、1人が保護観察処分を受けた。

男子生徒達は他校の生徒との暴力事件や、喫煙や窃盗などの非行を繰り返し起こしていた。

また、被害は被害少女だけではなく他の女子生徒にも及んでいた。

担任教師らは女子生徒から被害の相談を少なくとも3回は受けたほか、わいせつ行為を目撃したこともあった。

担任は被害少女が「笑みを浮かべながら」相談した等と主張した。
また、事件後教頭は事件について公表をしなかった。

損害賠償額は一千万円が相当としたが、加害生徒から支払われた示談金八百六十万円を考慮して女性には市と北海道が連帯して百七十万円、両親にはそれぞれ十五万円を支払うよう命じた。


163 :少年法により名無し:2016/09/18(日) 14:16:08.91 ID:dOcF2vdQ0

被害者が3年も言いなりになっていたのはチクったら家燃やすって脅しが効いてたから
本当にそれくらいのことをやりかねないと思わせる程度にぶっ飛んだ野郎だったんだろうね


164 :少年法により名無し:2016/09/19(月) 01:40:59.06 ID:1GnqP9OK0

加害者と言われる少年らの親は893とか893関連の土建屋社長とかB地区とか当時の2ちゃんで言われてたよね。

田舎だし、教師も報復が怖くて自己防衛してたのかな。
自分の家族に被害出るの心配だし。

助平なことされてるのは知ってても「これは少女が同意してふざけてるだけ」と逃げてたんだろうね。

まあ教師も人間だし、女子生徒1人より自分の家族が大事だから仕方ないな。


166 :少年法により名無し:2016/09/20(火) 17:10:47.62 ID:XEj4KVx70

授業中の教室に毎日乱入して少女を連れて行ってたそうだけど、教師は注意したり止めたりしなかったの?

少女が怯えながら嫌々連行されてたのは雰囲気で分かりそうだけど。
職員会議でも問題になってないの?


168 :少年法により名無し:2016/09/21(水) 19:03:28.41 ID:ZRNykoVj0
>>166
注意もしないし止めもしなかったらしい
たぶん職員会議でも問題には上がってないんじゃないかな

それが後々ちょっとした問題になるんだけど
民事で裁判が行われたのは事件から3年後とかだったはず

その時間の開きが原因なのか教師たちの処分は曖昧なまま幕を引いたんじゃなかったかな
町が被害者に慰謝料払ってそれでお終い

なんか昔このスレでも3年も時間を空けたのは被害者側も悪いみたいな書き込みがあったけど
弟とか妹がいて中学に通ってたら普通に訴えづらいよね

レイプされてるのを見て見ぬ振りする教師だもん
訴えてたらその子達がどんな目に遭わされてたかと思うとね


167 :少年法により名無し:2016/09/21(水) 05:44:04.27 ID:LGABoOuA0

ヤンキー怖いし当時の価値観じゃ学校に警察なんて呼べないからお手上げでしょ


169 :少年法により名無し:2016/09/21(水) 19:17:17.05 ID:ZRNykoVj0
>>167
けど、レイプされてるのを見て見ぬ振りしちゃうくらいヤンキーが怖いなら
中学校じゃなくて小学校とかの教師になれば良かったのに・・・
とは思うよね

この事件が起こった当時なら田舎に行けば行くほどどこの中学校にも少年院に入ることがハクになると思ってる頭が悪いやつ何人かはいたわけだし


170 :少年法により名無し:2016/09/21(水) 19:40:29.14 ID:0nfUWTgO0

田舎の教師は馬鹿が多いからな
地方の国公立大学の教育学部は他の学部より難易度が低いし


171 :少年法により名無し:2016/09/21(水) 20:00:45.74 ID:ZRNykoVj0

ヤンキーが多い田舎では教師になりたがる人も少ない=教師の程度も低い
って事なんですかね?
この事件の被害者や加害者と同世代で田舎育ちの俺としては・・・
なんかわかる気がするなw


172 :少年法により名無し:2016/09/21(水) 20:07:32.85 ID:0nfUWTgO0
>>171
田舎は仕事が少ない
公務員がいい
役所は難しい、警察は体力が厳しい

教師でもなるか
教師しかない
でもしか先生


174 :少年法により名無し:2016/09/21(水) 20:27:52.79 ID:ZRNykoVj0
>>172
うーんw
義務教育の名の下に学校通学を強制させている限り
少なくとも義務教育中の教師の質くらいは高いところで保っていて欲しいけど・・・

今の日本の景気では教員の給与を上げたりも出来ないだろうし・・・
昔、日本が貧しかった頃の教員って高収入の部類だったのに
今の教員って低所得のイメージあるしなあ・・・


175 :少年法により名無し:2016/09/21(水) 20:33:35.79 ID:ZRNykoVj0
>>173
「そんなノリなら中学校の教師になんかなるなよ!」
教師「別になりたくてなった訳じゃない!」

みたいなことをID:0nfUWTgO0さんと話してた
少しで良いから黙っててくれる?


176 :少年法により名無し:2016/09/22(木) 00:32:37.94 ID:nwhYoLxJ0

教師だって凶悪な不良を敵に回して自分の嫁や娘が犯されたら嫌だろ。
見て見ぬ振りをしてたら自分と家族に危害はないからね。
クラスメートだって怖いからかかわらないようにしてたわけだし。

強姦か同意の乱交かは女の気持ち次第。
て、いうか被害届出さない場合は同意の乱交となる。


179 :少年法により名無し:2016/09/22(木) 03:22:48.62 ID:4ShI96Wd0
>>176
クラスメートが関わらないようにしてたのと教師が関わらないようししてたのをなんで同じ物差しで測ってるの?
馬鹿なの?


181 :少年法により名無し:2016/09/22(木) 14:53:20.02 ID:nwhYoLxJ0
>>179
教師も人間だから生徒より家族優先。
自分の娘が不良達にアジの開きにされたらいたたまれない。

後で法の裁きがあっても不良達に犯された事実は消えないからね。

これは教育の域を超えて警察レベルじゃないと対応できない不良達。
警察に垂れ込むことさえ教師は怖かったはず。

1人の少女の犠牲によって他の生徒教師の安全が守られていた。
市からの賠償金はそのお礼みたいなもん。

この少女の容姿がアイドル並みだったために何人かの処女が守られたのも事実だろう。


184 :少年法により名無し:2016/09/23(金) 09:55:31.87 ID:srPIgIhn0
>>181
ちなみに強姦罪は親告罪だから教師達がどうがんばっても被害者本人が被害届けを出さなければ警察は動いてくれない

けど教師達が目撃スルーしてるのは集団強姦罪で、これは親告罪ではない
警察を介入させた時点でヤンキー達の腕には手錠が掛かり教師の娘がアジの開きにされる心配も取り敢えずは無い

で、何だろw警察を介入させた後の出所後の報復が怖かったってこと?

チンコロにも種類が色々とあってその内容によっては出所後に報復しちゃう奴も確かにいるけど
この手のチンコロで出所後に報復する奴って中々いないと思うよw
どんだけ怖がっちゃてんだよw


185 :少年法により名無し:2016/09/23(金) 22:29:14.08 ID:bmTSKxV00

未成年だからすぐに社会復帰するし、報復と言っても捕まらないように仕返ししてくるかもしれない。

田舎だから何年何十年も嫌がらせされるかもしれないし、暴力団員になって娘が薬漬けにされたり・・・

警察は被害後じゃないと動かないからな。

既に肉便器化されてる女子生徒を救っても肉便器の過去は消えない。
中学卒業するまで見て見ぬふりするのが大人の対応。

親もヤバイ系という話だしな。

女教師は音楽室で犯してるところ目撃して「出ていけ」と言われて速攻で逃げたらしいじゃん。

荒れた学校を経験してる奴なら理解できるぞ。


188 :少年法により名無し:2016/09/24(土) 10:36:19.77 ID:qCXJLSYS0
>>185
もの凄く荒れた学校を経験してるから知ってるよ

こんなことで警察を介入させたからって出院後に教師の身内を的に掛ける奴なんて聞いたことがない

この事件のスカトロヤンキー達だって新しい的を見つけた方が早いし事件にもなりにくいんだよ

一回警察呼んでる人やその関係者を的に掛けるなんて高リスク過ぎて普通はやらないし

逆に大人らしい厳粛な対応を取れる大人が周りにいなかったからここまで調子にのったんだと思うよ

それに暴力団員になってからもまだこんなこと続けていたら恥ずかしいだけだし
警察呼ぶのに親がヤバイ系って流石に関係なくない?
どっちかって言うと逆に呼びやすいでしょ

この事件の教師たちは何も出来ないなら出来ないで仕方がないから
せめて直ぐにでも辞めるべきだったんだよ
そうしていれば代わりに何か出来る教師が赴任してきていたかも知れない
という可能性だってあった

教師辞めて生活が少しくらい苦しくなっても被害者へのせめてもの罪滅ぼしとして受け入れるべき


189 :少年法により名無し:2016/09/24(土) 10:46:27.31 ID:qCXJLSYS0
>>185
>中学卒業するまで見て見ぬふりするのが大人の対応。

大人は守るべきものがあると確かにこういう対応をとるけど
正しくは中学教師なんかになるべきではなかったのになってしまった大人の対応だと思うよ

少なくとも学校の中では生徒を守るのも教師の義務だからね
義務を全うできないならその場で学校からも逃げ出すべきだったんだよ


462 :少年法により名無し:2017/03/13(月) 00:40:54.70 ID:uq4QJvkg0

成人なら一回でもレイプしたら10年近く豚小屋にぶち込まれるのに
校内レイプなら数年間やりたい放題でも少年院にすら入らない

やっぱり少年法ってクソだわ


200 :少年法により名無し:2016/09/26(月) 22:12:32.72 ID:+RoR6pZ50

高校は悪さすると退学になるけど中学は無法化しちゃうよね。

可愛い純粋無垢な女子生徒が小一時間で経験人数10人とかね。
中1で母親より経験人数多くなっちゃうから。


246 :少年法により名無し:2016/10/05(水) 15:50:58.63 ID:Nc8JbH2y0

長期に及ぶ集団心理で罪悪感は消える。
被害者も今日はフェラだけで帰してもらえた。A君はいい人と感謝したりする。


389 :少年法により名無し:2016/12/26(月) 16:45:38.03 ID:O9GAXTfn0

服従させる基本は飲食と排泄の管理だからな。
小便の許可しただけで感謝するようになる。


458 :少年法により名無し:2017/03/07(火) 17:01:07.55 ID:g2wCHyPD0

北海道民の日常
ほのぼの北海道
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/youth/1456145544/


581少年法により名無し2017/08/04(金) 23:46:31.68ID:yANqrR9j0


調書より抜粋。
どこで         誰が        どう言ったか        何をしたか
          (全て黒塗り)
------------------------------------------------------------------------------------------------
イトーヨーカドー  お前に告白する奴がいるから  手や手首、服を強く引っ張った。
                   来い。■■の写真と手紙があ  連れていって怒鳴った。
                   るからイトーヨーカドーの障
                   害者用トイレに来い。

2F男子トイレ   俺のペニスをしゃぶれ。じゃ  服を無理矢理引っ張った。
                   ああのこと言うぞと本人に脅  鞄も引っ張った。口腔射精。
                   した。おぼえとけ。      頬を叩いた。口腔射精。
                                  性交直前で仲間に止められる。

          ちょっと来い。チクってもい  手を引っ張った。口腔射精。
                   いのか。ペニスをしゃぶれ。

          ちょっと来い。ペニスをくわ  呼び出した。引っ張った。
                   えろ。絶対言うな。      口腔射精。

第1美術室     ちょっと来い。ペニスをしゃ  口腔射精
                   ぶれ。絶対最後だからお願い。

          勉強するから来い。しゃぶれ。 口腔射精
                   絶対言うなよ。


■■の家      やらしてくれ。このことは   押し倒してやった。「性交を持つ。」
                   秘密ね。絶対誰にも言うな。  ■■■■になりすまし、
                                  ■■宅から電話。
           
         尻を突き出して踊れ。オナ   自慰を強要した。
                   ニーしろ。          つまらないと言って腹を殴る。


特別教室      早くパンツを脱げ。二度と   頭部を殴打。性器を触る。
                   逆らうな。

          しゃぶれ。殴るぞ。      口腔射精。

2Fトイレ     プレゼント渡したい奴     無理矢理引っ張ってきた。
                   いるから来い。しゃぶれ。   外まで引っ張って手を強く
                   やらして、殺すぞ。      引っ張って。
                   (逃げようとしたとき)    鞄を押さえた。口腔射精。

             コートを脱げ。しゃぶれ。   パンツを脱がし、性交直前でやめる。
                                  口腔射精。体を押した。10日位前、
                                  外で追いかけ、殺すぞと言って
                                  引っ張った。

          ちょっと来い。早く来い。   引っ張った。口腔射精。

          一回様子を見に行った。
                                  12月10日頃、帰るところを
                                  見つけ、手首、服等を強く
                                  引っ張った。

          こっちにしゃがめ、早く。   口腔射精
                   先生が呼んでいる。

         頼むからちょっとでいいか   口腔射精
                   らやってくれ。お願いだか
                   ら早くして。

         (8文字不明)あったけー   口腔射精。
                   いいわ。すぐやめ(以下不明)
http://egg.2ch.net/test/read.cgi/youth/1456145544/


573少年法により名無し2017/07/29(土) 16:04:56.67ID:MGFng6Id0

本格的にボコって遊ぶ時は全裸にしてたようだけど。
あとクラスの男子にマンコの構造確認させてたのは中学生ならでは。


593少年法により名無し2017/08/07(月) 23:30:56.41ID:Qwle0DUD0

ヤンキーどもはむしろ積極的に被害者とクラスメイトにエロいことさせてたよ
中田氏一回一万円で商売してた
被害者はどんなキモいやつにも中田氏してくださいって言わされてた
誰のを妊娠したのかわからないくらい中田氏されまくってたよ


579少年法により名無し2017/08/04(金) 01:28:49.06ID:MnG3tMP+0

とにかく暴行が凄まじかった
挨拶代りにケツキックと腹パンは当たり前

機嫌が悪い日は全裸に剥かれて全身サンドバッグ犯されながら殴られまくってた
立ちバックが大好きなリーダー格の少年は犯されながら被害者の背中とケツを叩きまくってた


547少年法により名無し2017/07/06(木) 16:44:37.99ID:2sKffR5o0>>550>>565

「体育の時間が地獄でした」詩織さん(仮)は言う。

加害者少年達は、詩織さんに、アダルトショップで買った小さな体操服を着て体育に出るように命令していたという。

命令に従わないとひどい仕打ちを受けるため詩織さんは従うしかなかった。

「恥ずかしい姿を見られるのも嫌でしたが、何よりもA達にいじめられているのを、好奇の目で見るだけで誰も助けてくれなかったのが辛かったです」

普段ほとんど授業をサボっている加害者達は詩織さんを揶揄いに体育の授業だけは出席していた。

そこで、詩織さんは、加害者達にヤリ◯ン。露出狂。口ま◯こ。と罵りられ、お尻を叩かれたり、ボールをぶつけられていたという。

時には、詩織さんのお尻がボールみたいだからシュート練習をさせろと言われ、何十分もお尻を蹴られ続ける激しい暴力も受けていた。

「暴力はまだ我慢できたのですが、みんなに裸を見られたのが本当に辛くて、死にたくなりました」

授業中にも加害者達に身体を触られ、服を脱がされることもあったと詩織さんは言う。
あまりの屈辱に詩織さんが涙を浮かべると、加害者達は大笑いして喜んだという。


2015/11/21 16:07【鬼畜】 旭川女子中学生集団レイフ゜事件に参加してたけど質問ある??

12: 名無しの捨て猫さん 2015/11/21(土) 01:21:41.376 ID:MbWcfvuq0.net

俺が参加させてもらった時は部室だったけど、かわるがわるでもっとーとか叫ぶような女だったぜ
流石にまとめられてた公園で乱交とかスカト口とかは俺はしらんけど

14: 名無しの捨て猫さん 2015/11/21(土) 01:23:55.835 ID:MbWcfvuq0.net


ちなみに俺が聞いた話だと昼休みにトイレでフxラ大会があったらしい
多分捕まったやつらだと思うけど、ほぼ毎日どれだけ早くイケルかの競争してたとか
俺が聞いた話だと女側は嫌がってるんじゃなくて次はもっと早く抜く!みたいな感じになってたらしいんだけど

だからまとめられてる内容と俺が聞いたり見た話が違いすぎて
もう時効だろーと思いスレ立てた。


17: 名無しの捨て猫さん 2015/11/21(土) 01:27:44.392 ID:MbWcfvuq0.net


一応被害者とされた女の子は最初の数人の本番はちょっと嫌がる素振りみせてて
手と口だけっていってたんだけど、向こうの学校奴らが本番初めて
3人目ぐらいから女も超ノリノリになって乱交状態になってた

そういうのが好きな子ってエロ本の世界以外にもホントにいるんだなーって思った中3の冬

19: 名無しの捨て猫さん 2015/11/21(土) 01:31:13.144 ID:MbWcfvuq0.net

なんか20年前のことで裁判だと一方的に被害者になってたけど
そいつ普通に高校に行ってたし、学校中で有名だったけど女の子自体が嫌がってなかったから問題発覚遅れたんだしで
なんか凄惨なレxプ事件って感じで語られてるの見て違和感しかない


86: 名無しさん : 2016/05/17(火) 01:48:47 ID:M3MjMyMzQ

本当だったら声を上げて実名出して主張すべきじゃない?
他の男たちの名誉も掛かっているわけだし。
まあ、当事者が事実だとしても内容は稚拙な嘘っぽい。


90: 名無しさん : 2016/08/31(水) 14:47:44 ID:YzNDI0Mjk


早稲田のスーフリなんかも似たような話あるよな。

不良連中が精神ぶっ壊した後に、真面目連中を巻き込んで無理矢理じゃなかったと既成事実をつくるのはやくあること。そしてさらに、精神ぶっ壊された女が周りの女友達も巻き込む。


94: 名無しさん : 2017/07/21(金) 01:15:52 ID:E0MjE0ODM

こうやって自分らに都合のいい噂を流してるのかも知らんね


95: 名無しさん : 2017/07/26(水) 16:20:14 ID:k2OTk5NjU


風評の流布だっけ?被害者関係者がその気になれば管理人さんも巻き添えで訴えられますよ、ご注意を。

多分コイツは加害者側の知り合いかなんかか?頭がユルユルなのは文章からプンプンだけど。

被害者が悪かったって既成事実化しようってハラだろうが裁判で決着付いてる以上は事実は変わらないよ。

加害者側が成人して10人中逮捕1殺人1志望1してる現実から見てもどんな連中かはお察し。

成人しても逮捕されてるコンクリ関係者みたいなモン。(でも未だに擁護者がどこからか湧いてくる)

まぁリーダー連中の親が893、土建屋、B親玉って時点で在関係者確定だし旭川はホント一杯居るし。

社会的な立場を得た奴も居るからそういう方向に持って行きたいんだろうなぁってのは判るけど、
震えて眠るのがお似合いだね。俺と同じ道出身者の面汚しめ。
http://rastaneko-blog.com/archives/25290.html


旭川女子中学生集団暴行事件の概要・加害者や被害者など関連人物 2017年10月22日
https://uranaru.jp/topic/1011178

1996年の旭川女子中学生集団暴行事件は同校の女子生徒に対し、男子生徒10名が起こした集団性的暴行・強姦事件です。この事件は女子生徒に救いの手を差し伸べなかった大人たちの態度が背景にあります。旭川女子中学生集団暴行事件とはどんな事件だったのでしょうか?


旭川女子中学生集団暴行事件とはどのような事件だった?


旭川女子中学生集団暴行事件(あさひかわしゅうだんぼうこうじけん)とは、1996年の12月に発覚した北海道旭川市の市立中学校に通うクラスのアイドル的存在の女子生徒1名に対して、同じ学校に通う同級生の男子生徒10名が起こした集団性的暴行および強姦事件です。

この旭川女子中学生集団暴行事件は、発覚当時中学3年生だった被害者の女子生徒が入学直後から軽度の嫌がらせを受けたのが始まりでした。中学3年(1996年)の6月に担任の教師に訴えるも、その教師は男子生徒たちに軽く注意しただけにとどまったため、嫌がらせはその後も絶えることはありませんでした。むしろ、さらにエスカレートして過激な性的暴行や嫌がらせという形にまでなりました。

その後も性的暴行や嫌がらせは続き、同年12月にはトイレに連れ込まれて強姦など性的暴行を受け、彼女が友人と泣いているところを見た教師が通報し発覚するに至りました。


旭川女子中学生集団暴行事件に関係する人物とは?


旭川女子中学生集団暴行事件にかかわった人々はどのような人物だったのでしょうか?そして、この旭川女子中学生集団暴行事件はなぜ全国的に報道されるほどの大きな事件になったのでしょうか?

ここでは、旭川女子中学生集団暴行事件について人物という視点で加害者(男子生徒たち)と被害者(女子生徒や、その他に被害を受けた生徒)について見ていきましょう。


加害者


旭川女子中学生集団暴行事件の加害者は、北海道旭川市にある中学校の男子生徒10名でした。中学1、2年のころからグループで行動し、旭川女子中学生集団暴行事件以前からも他校の生徒との暴力事件や窃盗などといった非行を繰り返し起こしていて、問題となっていた生徒たちでした。

また校内では廊下でバイクを走らせたり、教師に対しても暴行を働くことが日常茶飯事でした。このため、多くの教師が彼らを恐れるあまり、彼らの行動を抑えることができないまま、旭川女子中学生集団暴行事件における女子生徒の訴えにも何ら対処することができませんでした。

ほかにも同じ学校の生徒を何人か使い走りにして、時には彼らの金品を巻き上げるようなことまでやっていました。

女子生徒と同じ学年の10名ですが、うち1人がリーダー格で彼女に対する強姦にまで手を染めました。このほか、6人は身体を触るなどし、残りの3人が見張り役となっていました。


被害者の女子生徒はどのような人物だったか?


旭川女子中学生集団暴行事件の被害者は、色白で小柄な子で、目鼻立ちがはっきりしていて清潔感のあるクラスのアイドル的存在の女子生徒でした。明るい性格で友達も多く、勉強の方もよくできる、いわば人気者の生徒でした。

このように人気のあった女子生徒に対して片思いしていた男子生徒が何人もいたとされています。そして女子生徒に性的暴行を働いた加害者の男子生徒の1人もまた彼女に告白したものの断られました。そのことが当初は軽度の嫌がらせだった女子生徒へのからかいが旭川女子中学生集団暴行事件という形でよりエスカレートするきっかけになりました。


他にもいた被害者


旭川女子中学生集団暴行事件の被害者となった女子生徒のほかにも、男子生徒グループから被害を受けた女子生徒はいました。

ただし、その生徒が受けたのがどの程度の被害だったのかや、さらに被害者が複数人に及んでいたのかといったことまでは詳細には公表されていません。


旭川女子中学生集団暴行事件の加害者による行動はどのようなもの?

トピック1011178/要素1993656出典: 無償のイラストレーション: 恐怖, 女の子, 悲鳴を上げる, ホラー, 怖い, ファンタジー - Pixabayの無料画像 - 1017831

旭川女子中学生集団暴行事件はなぜ最終的には世間から注目されるような事件に発展したのでしょうか?そこにはこの事件で被害者の女子生徒が受けた数々の性的暴行や嫌がらせ、さらにはいじめに伴う暴行があまりにも凄惨なものだったためです。

ここでは、旭川女子中学生集団暴行事件の加害者である男子生徒たちが被害者である女子生徒に対してどのような行動をとったかについて見ていきます。


当初は軽度の嫌がらせだった


旭川女子生徒集団暴行事件の被害者である女子生徒に対する性的暴行や嫌がらせは、中学1年生の頃から胸が大きいことを理由にしたスカートめくりや、胸や尻を触られるなどといった軽度の嫌がらせから始まりました。が、彼女の方からは当初は担任の教師などにそのことを訴えるということはしませんでした。

というのも、女子生徒が一度は両親に相談したものの、両親の方から無視するように言われたためでした。無視していれば何とかなるだろうと思った女子生徒は、結局そのまま担任の教師にも訴えることができない状態が続きました。

このため、彼女に対する性的暴行や嫌がらせはどんどんエスカレートしていき、彼女が中学2年生の夏には、男子生徒の一人の家に連れ込まれ性的暴行を受けた挙句、処女を奪われました。


担任教師に相談した後、さらにエスカレート


男子生徒の家に連れ込まれた挙句、性的暴行を受けたことがきっかけで女子生徒は中学3年生(1996年)の6月に担任教師に自分が性被害を受けていることを訴えました。しかし、その担任教師は男子生徒に対して少し注意しただけでした。担任教師のこの態度も彼女に対する性暴行をエスカレートさせる要因になりました。

1996年の12月、男子生徒10人に取り囲まれ、男子トイレで10名のうち6名が身体を触るなどし、男子生徒1名がそのトイレ内で強姦するに至りました。その後、廊下で女子生徒が友人(彼女の親友であり後輩)と泣いている様子を見た教師が異変を感じ通報したことにより、ようやく事件が発覚しました。

また、この旭川女子中学集団暴行事件では、他にも中学3年の1学期ごろから女子生徒に対して加害者のリーダー格の生徒が毎朝女子生徒に自らジャージを下げて下半身を露出させて、下着をつけていないことを確認していたというものもありました。


他にも想像を絶する暴行も


性的な暴行や嫌がらせばかりがクローズアップされた旭川女子中学生集団暴行事件の内容ですが、被害者の女子生徒はこのほかにも加害者の男子生徒グループから想像を絶するような暴行を受けていました。

例えば、校内に置かれていた六角椅子を使った暴行もその1つです。彼女に正座をさせたうえ、頭を床につけた状態で上から六角椅子をかぶせ、そこに男子生徒たちが座るというものでした。そしてこの状態で彼女が衰弱するまで行われていました。

なお、この六角椅子を使った暴行を受けた彼女は1分もしないうちに息苦しさと暗闇と暑苦しさで耐えられなくなり、しまいには発狂して泣き出すということもしばしばで、その姿を見て男子生徒は笑い転げていたといわれています。もちろん、1つ間違えれば彼女の命を奪いかねない危険かつ非人道的な行動であることはいうまでもありません。


脅迫までもが日常茶飯事だった


旭川女子中学生集団暴行事件における被害については、このほかにも被害者の女子生徒が少しでも加害者の男子生徒グループに反抗的な姿勢や態度を取ろうとするものなら、彼らからは容赦のない脅迫が浴びせられていました。

脅迫の内容としては、「家に火をつける」「兄貴とセックスさせる」「母親も犯す」「少年院なんてすぐ出てこれる」といったものでした。

家族に関する脅迫内容が特に彼女には非常にこたえており、彼女に対する性的暴行や嫌がらせ、いじめが長期化した原因の1つである彼女が家族を守ろうと両親や教師への相談を自粛したという行動につながるものでした。そして、それが結果的に旭川女子中学生集団暴行事件の長期化や内容の悲惨さに拍車をかけるものとなりました。


旭川女子中学生集団暴行事件に対する学校側の対応とは?


旭川女子中学生集団暴行事件が発覚した後、学校側の対応にも世間の批判が集中しました。それは、事件が発覚するずっと以前から被害者の女子生徒が加害者である男子生徒グループから性的な暴行や嫌がらせを受けているということを知っていたり、また相談を受けていたりしていたにもかかわらず、きちんとした対応をすることなく放置してきたことが主な要因でした。

それほどにこの旭川女子中学生集団暴行事件における学校側の対応は信じられないものですが、ここでは旭川女子中学生集団暴行事件において学校の生徒や教師たちがどのような対応を取っていたかについて見ていきましょう。


他の生徒たちは女子生徒にどういう態度を示したか


まず、旭川女子中学生集団暴行事件の被害者の女子生徒が性的暴行や嫌がらせを受けていることについて、女子生徒の通っていた中学校の生徒はどのような態度を示していたのでしょうか?

女子生徒が性的暴行や嫌がらせを受けていたことは薄々知っていた上に、彼女の所属する学年の中でも全体的に噂になってました。

が、ほとんどの生徒が彼女に救いの手を差し伸べることはありませんでした。むしろ、男子生徒グループが問題児ぞろいで、生徒の中には彼らの使い走りを強要されたり、金品を脅し取られたりしていたため、彼らに逆らった時の報復を恐れているという状況でした。

なお、のちに引き起こされた旭川女子中学生集団暴行事件の裁判では生徒たちの中にも男子生徒に同情的な証言をする者もいました。

彼女に救いの手を伸べたことが確認できる生徒といえば、彼女が事件発覚直前の12月に性的暴行を受けた直後に一緒に泣いていたという彼女の友人(女子生徒の親友で後輩)だけでした。


女子中学生の担任教師はどのように対応したか?


まず、被害者である女子生徒の担任教師は、彼女が性的な暴行や嫌がらせを受けていることについてどのように対処したのでしょうか?

実はこの担任教師は発覚に至るまでに何度も相談を受けていました。当初、1996年の6月には被害を受けた女子生徒本人から何度も相談を受けましたが、その際に担任の教師がやったことといえば、加害者の男子生徒たちに軽い程度の注意をした程度でした。そして、そのことが女子生徒に対する性的な暴行や嫌がらせをよりエスカレートさせる結果につながりました。

その後、女子生徒の相談を受けた彼女の両親から3度にわたって担任教師のもとに相談が寄せられましたが、担任教師を含め学校側の対応はぬるいものに終始しました。そのうえ、担任教師は男子生徒の被害者に対するわいせつも目撃しましたが、ついに旭川女子中学生集団暴行事件が発覚するに至るまでこれといった有効な対応策をとることはありませんでした。


他の教師たちの対応はどのようなものだった?


その他の教師たちは旭川女子中学生集団暴行事件についてどのような対応をとったのでしょうか?

結論から書くと、ほとんどの教師が被害者の女子生徒から相談を受けていたにもかかわらず、彼女の身に起きていたことを放置したままでした。ある教師は女子生徒が加害者の男子生徒グループと一緒にいるところは目撃したものの、大して気にも留めませんでした。

学校の養護教師も担任教師から女子生徒が性的暴行や嫌がらせを受けているという話を聞かされた唯一の人物ですが、何らかの具体的な行動を起こすには至っていませんでした。

また、この事件が発覚する直前に女子生徒の所属していた部活動の顧問をしていた女性教師が女子生徒が性的暴行を受けている至近距離を通行したものの、女子生徒が訴える前にそのまま過ぎてしまいました。

そして、事件発覚のきっかけを作った教師は、性的暴行を受けた直後に友人と泣いているところにやってきて、そのまま通報しました。


学校の教頭の対応はどのようなものだったか?


旭川女子中学生集団暴行事件の発覚後、真相を追求しようとするマスコミの取材対応に立ったのが女子生徒の通っていた中学校の教頭でした。

しかし、その教頭のとった対応は旭川女子中学生集団暴行事件のことを知った世間の人々を驚かせずにはいられないものでした。まず、事件そのものについて公表をしないという手段に出ました。そのうえ、女子生徒の両親にさえも女子生徒が性的暴行や嫌がらせを受けているという事実をひた隠しにしたあげく、男子生徒の行動を「胸を触らせただけ」と説明するにとどめていました。

このような対応の仕方は、のちに被害者の女子生徒たちが裁判で提訴することの直接的な原因となり、またその結果として旭川女子中学生集団暴行事件の裁判において裁判官から厳しく糾弾される原因となりました。


旭川女子中学生集団暴行事件のその後


旭川女子中学生集団暴行事件の発覚後、加害者に対する裁判はどのように進展し、また被害者の女子生徒はその後どのようになったのでしょうか?そして、旭川女子中学生集団暴行事件の判決は一体どういう結果に終わったのでしょうか?

ここでは、さまざまな面から旭川女子中学生集団暴行事件のその後について見ていきましょう。


家庭裁判所での少年審判はどのように進展した?


旭川女子中学生集団暴行事件が発覚してから1年4ヶ月後の1998年4月、被害を受けた女子生徒とその両親が最後の事件の後に学校側がとった対応に不審を抱き、旭川市と教員に給与を支払っている北海道に対し慰謝料を求めて旭川地方裁判所に提訴しました。

告訴を受けて警察は男子生徒たちに対する捜査を行い、彼らはまもなく家庭裁判所で少年審判を受けるに至りました。そして、少年審判の最中で被害を受けた女子生徒と両親に対して示談金860万円を支払うという形で示談が成立しました。


旭川女子中学生集団暴行事件の加害者はどのように裁かれた?


もちろん、旭川女子中学生集団暴行事件の加害者である男子生徒たちに対しても裁きが待っていました。

旭川女子中学生集団暴行事件の加害者の10名の男子生徒のうち、3名が少年院に送られ、6名が試験観察(家庭裁判所の調査官が少年たちが更生できるかどうかを見極めるための観察を行いつつ、更生のための助言や指導を行っていくこと)、そして1名が保護観察処分を受けることになりました。


被害者側が提訴した裁判はどのように推移した?


先ほども少し触れたように旭川女子中学生集団暴行事件の発覚後に被害を受けた女子生徒とその両親は旭川市と、中学校の教師たちの給与を支払っている北海道を相手に4430万円の慰謝料を請求する裁判を起こしました。

これは、事件発覚後の学校側の対応に不審を抱いたことが主な要因ですが、その他にも学校に抗議に出向いた際に男子生徒の親から女子生徒の側にも落ち度があるという旨の反論を受けたことも作用したことにあります。そういう環境に絶望したがために提訴に踏み切ったのがきっかけでした。

ここでは、旭川女子中学生集団暴行事件に伴って発生した裁判がどのような推移で進展していったかについて見ていきましょう。

学校など被告側の言い分


この女子生徒やその両親による提訴に対し、訴えられた学校側は、女子生徒が担任教師に対して相談に訪れた回数は1度だけだったうえに、相談中も笑みを浮かべながら訴えていたということからあまり深刻さを伝えられなかったとして彼女に過失があるとしました。

さらには、女子生徒が加害者の男子生徒たちと仲良くしており、被害の際も笑っていたという学校側が事件発覚後に行った聞き取り調査をもとに、女子生徒にも落ち度があると訴えました。

そして、請求されている慰謝料については、すでに原告側と男子生徒たちとで示談が成立しているため、損害は補填されていることから、この期に及んで慰謝料請求に応じる理由がないとも主張しました。

学校側は旭川女子中学生集団暴行事件については男子生徒だけでなく、女子生徒にも落ち度があるという立場に立っていたということです。

裁判中に寄せられた証言


旭川女子中学生集団暴行事件に関する裁判が進展する中で、教育委員会は事件の加害者の男子生徒たちやそのほかの同級生の生徒たちに対して聞き取り調査を行い、そこで得られた証言を法廷で明らかにしました。その中には加害者である男子生徒たちに対して同情的なものも少なくありませんでした。

また、旭川女子中学生集団暴行事件の中で女子生徒の相談を受けていた担任教師は、男子生徒らが性的暴行をはたらいていたのを事件発覚後に他の生徒から聞いたと陳述書で証言しました。

一方で、女子生徒側の立場で証言を得ることは、それができる同級生を見つけることが極めて困難だったことから不可能とされました。そして、旭川女子中学生集団暴行事件の被害者である女子生徒本人も事件で受けた精神的なダメージなどから、非公開の場であっても被害の詳細に対する証言や立証が難しいとみなされました。


判決はどうなった?

ここまで裁判の経緯を見てくると、訴えられた学校側にとって証言の状況が有利のように見えますが、果たして旭川女子中学生集団暴行事件の裁判の判決はどうなったのでしょうか?

旭川女子中学生集団暴行事件の判決は、事件全体の慰謝料を1000万円が妥当としたうえで、すでに加害少年グループとの示談で和解金とされた860万円を差し引いたうえ、弁護士費用も加味した分の合計200万円の支払いを北海道と旭川市に命じるものでした。なお、その内訳は女子生徒に対しては170万円、その両親に対しては30万円でした。

そして、裁判所は旭川女子中学生集団暴行事件について、「男子生徒への指導を強化すれば女子生徒が悲惨な性暴力にさらされることはなかった」として学校側の管理責任を認め、さらに事件発覚後の学校側の対応についても、被害者の両親に事実を隠したことを挙げて「重大な違法行為にあたる」とみなして学校側を厳しく批判しました。


被害者の女子生徒のその後は


旭川女子中学生集団暴行事件の発覚後、彼女は高校に進学することができました。

が、それまで大きな身体的・精神的なダメージを受ける場であった事件現場の中学校から、新天地ともいえる環境の高校に進学した後も、加害者であった男子生徒たちのことを忘れることができず、怖い思い(トラウマ)にさらされることも少なくありませんでした。


周りの無関心が悪化させた旭川女子中学生集団暴行事件


旭川女子中学生集団暴行事件の内容についていろいろと見てきましたが、いかがでしたか?

旭川女子中学生集団暴行事件は、1人の女子生徒が10人もの男子生徒から中学校への入学以来日常的に性的暴行や嫌がらせ、その他の暴行を受けていたというのが事件そのものの内容でした。

が、その背景には女子生徒の担任教師やそのほかの教師、教頭に至るまでの教師陣が女子生徒やその両親の度重なる訴えや相談にもかかわらず、無関心を装ってきたことが悪化の原因ともいえます。むしろ、男子生徒たちからの報復を受けるのを恐れるあまり手出しさえもはばかられる状況でした。

このように周りの大人たちの無関心がいじめや性的暴行を際限なく悪化させる場合がありますが、旭川女子中学生集団暴行事件はそういう例の典型的なものといえます。
https://uranaru.jp/topic/1011178


36. 中川隆[-12664] koaQ7Jey 2018年5月28日 14:32:00 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14542]

日本の男は放っておくと すぐにこうなる _ 2 :

1  ボボタン  2006/04/03(Mon) 15:09


安徽省の中国人から、9歳の少女を養うという約束で5万円で引き取りました。
学校行かせてますが1年間の学費が2000元。。。

夜は、一緒に寝て性教育をしています。

中国北部には、2万人以上が女の子の養育に困っています。

少女を養育してやると言えば、数万円で手放す親がいくらでもいますよ!

どうですか? 一人ぐらい飼ってみるのは。。。。


______


中国の南部では少女買春が盛んです。

これは、「処女とセックスすると長生きできる」という迷信ゆえ、宗教思想によってもともとそうしたマーケットがあったようです。

それに拍車をかけたのが経済的発展を遂げた西欧諸国、そして日本からの買春ツアーのお歴々です。

1980年代末、児童売買シンジゲートは香港で暗躍し、一部の山岳民族などが
貧困のため、小学校入学前の子供を売りに出したのである。

その少女を買うために、世界から中国・タイなどに集まっています。

いまだに、少女売春が出来るのも発展途上国の少女達のおかけです。


香港でも、同じようなことをやっているよっ!

年齢からすると、まだ10歳にもならないだろう少女が親に手を引かれ外国人(主にアメリカ人と日本人)相手に、

「私の娘を買ってくれ。私の娘はこの辺では一番安い。」

などとまとわりついてくるよっ!


貧しい国は、風俗もすごい! 

未成年はもちろん、まだハイハイしてるような女の子(赤ちゃんだね)もいる。

香港での幼女の値段は確か5万円くらいのはずだ!

大卒のサラリーマンの月給が5000円程度だから、向こうではかなりの高額だといえるのかもしれない。


「金があればなんでも出来る。」と中国人が言っていたのは、嘘では無いようだ。


俺が勤めている会社の社長は、

「もうやりたいことは全てやってしまった。
だから今度はもっとすごい事がやってみたい。」


って言ってますよ!!


貧しい国ではなんでもあり。 幼女を買ったり売ったりなんて、日常茶飯事です。

僕は中国しか知らないので、両国とも日本円で2万あれば一日中OKですよ。

15位になるとこれよりも安くなりますよ。

僕は5〜10位の娘が目的なもので、5歳の娘に口内発射した時は最高でしたよ。

飲む姿よりゲボゲボする姿が最高に興奮するのです。

5歳の娘のフェラなら20〜30で楽しめますよ!

月に一度は、18時間かけて国境近くまで遊びに行ってます。

場所は、詳しく言えないけど此処はまだ5〜10位の娘と遊べます。


俺が買ったのは恐らく7歳(言葉通じないんだよ)で、内容は日本円5万で2日間貸切!

その間は傷つけたり、殺さなければ何でもOKでした。

まぁ、俺の場合最初の24時間は舐めさせ続け

二日目は、挿入プレイ(もち、中出し・顔射もあり)

使いこまれてはいないが痛がる気配無し

ほのかに感じた顔が余計に性欲を掻き立てる

日本円で+5万出せば本物の幼女処女も手に入る

しかし、泣き喚いてウザイので俺は2回しか買った事がない

あ、あとオプションのドラッグ入れてのセックスやったけどあれはダメだ! 

日本に帰りたくなくなる


              |ノ ヽ         .|::::| |
       {     !|::::| |  _,, -ェェュ、 |::::|__|
ィ彡三ミヽ  `ヽ   |::::| |ハミミミミミミミミミ| ..|_
彡'⌒ヾミヽ   `ー |::::|__|ハilミilミliliミliliミ| ..|
     ヾ、       |二二二二二二二| ..|
  _    `ー―' | ..|.:.\\_::::::::::::::|_||
彡三ミミヽ       | ..|ヽ:.:.:.:冫': : :::/,,∠|    日本人・・・・・
彡' /| ヾ、    _ノ|_|: ̄二ー:: : ::::ソ ・ ,|
  / ./|.  `ー '    {ヘラ' ・_>シ;テツ"''''"|    ぜったい許さない
 ,ィ| |::|ニミヽ   __.ノ ヽヘ`" 彡' 〈     |
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三ミ| |:::|        /⌒ / ̄ ̄ | : ::::::::::|  
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   ノ .| |:::|  _/   /   /  |:. :.:.:.:.:.:.:|


中国の小学生だったら充分できるよ。


さすがに初めは処女だっていうのもあって大変だったけど、濡れヅライ部分はローションでカバーしてる。

やっぱり中国の小5でも体格は、日本の2・3年ぐらい体格です。

中学にもなると体も少し発達してるし、年頃で色気づいてるからそういう所をくすぐれば結構簡単にできるかも。

俺が遊んでいる子は、小5だけど生理もないし、体格も3年生ぐらいです。

恥じらいも無いので、人差指と中指でちょっと大きくなってるクリトリスを皮ごと挟んでしごくように愛撫した。

たまに中指を薬指に変えて、クリトリスの皮を剥いて自由になった中指でちょん、ちょん、と触ってやるだけで濡れます。

時々体がビクンってなって、乳首も堅くなります。

それからは中指でクリトリスを回すようにしてみたり、親指と人差指で摘むようにしてみたりして、クリトリスをコリコリしてやると驚く程肥大してくる。

いつもより一段と堅くてデカくなってるペニスをおまんこにあてがってゆっくり入れていこうとしてもかなり締まっててなかなか入っていかない。

だからほんの少し入れてそこでユックリと出し入れをしてやってる。

入ってく時はムリュって感じで押し入る感じが最高です。

そうしてると結構濡れてきて、亀頭くらいは入るようになるけど、それでもかなり窮屈。。。

ちょうど半分くらい入っていった時に、一度目の射精をしてやると体を震わせてしがみ付いてくる。

それからも少し時間をかけてゆっくり奥まで入れてやり、ヌルヌル度が増して入れ易くなってくるから、時間をかけて根元まで挿入してやる。

後は出し入れするのを速めたり遅くしたりして、充分キツキツの小学生のおまんこを味わっています。

「小学生の」「小学生の」って思うとすぐにイきそうになっちゃったから実はできるだけそう思わないようにしてたんだけどね。


小学生とやると理性崩壊して中に出してしまいますよ。

かなり興奮しているから絶え間なくドクドクと出てきて自分でも驚くくらいの量の精子がでますね。

後は、しゃぶらせているけど、セックスのおぼえがいいみたいでかなりうまくなってきています。

俺も小学生相手にやりすぎかもしれないけど最高のペットですね!

4歳にもなると、朝おむつを替えてやると恥ずかしそうにして可愛いですよ!

でも、オマンコにチンポを入れても痛がらずに腰を振りますからね。

遊ぶには最高です。 おむつっ子は8枚〜10枚ってとこが相場です!


俺が、いまハマッテるのが失神セックス。。。

首の頚動脈を軽く押さえて失神させるやつ! 

絞め技と同じように少女をおとすのよ。

ただでさえ狭い少女の膣が、失神する前に断末魔の締りをするんだよ。

これが、数分続くから最高だね!

この辺の相場は、赤7枚ってとこだね。


____


アナルベイビーという言葉を知っているかな?


アナルベイビーとは男女問わずアナルを犯されるために取引されている赤ちゃんのことです

もちろん買う人や赤ちゃんの性別によってアナルだけではすまないことも多々ありますが…

男女に共通しておかされるアナルからとってアナルベイビーという名がついたようです
買う人間はたいていが香港大富豪の変態のようです

でも、2〜3万元と言うから買えない金額じゃないと思うけど、買っても育てるのが大変だから…


中国って売ってない物は無いって感じだね!!

ちっちゃいおんなの子のアナルって良いよね!

5歳位までのちっちゃい子のアナルに萌える人集いましょう!


蛇口で買った、少女の後ろから勃起したペニスを肛門に入れてアナルセックスを楽しみました。

アナルセックスは初めてらしく、最初は痛がって逃げようとしてましたよ!

グッボッォとチンポが入ると「ぎぃぃぁぁぁぁぁ…」と叫び声をあげて失神。

腰を少しづつ突き上げてゆっくりとチンポを入れてやった。

後ろから抱きしめながら少女を引き付け腰を沈めこんでやると気が付いたらしく。

チンポを出そうと力んで肛門が閉める。
 
これが最高に気持ちが良く少女は泣きながら腰を突き出しくるから、腰を一旦引くと勢いをつけて押し出して中に出してやった。


最高のアナルセックスが楽しめたよ!

これで、6枚なら安い買い物だと思うよ。


____


先月、買った女の子とアナルで遊びましたよ!


アナルを使って射精して! 射精して萎えないのでとっても嬉しい!

二発目が終わってチンポを抜くと不気味に膨れ上がったアナル。

次の瞬間、拡張されまくったアナルから、極太の一本糞。。。。。

俺のチンポの数倍の太さがあって凹みました。

あの齢で、あれだけの太さの一本糞をするのだから、フィストも出来そうですよ!

やっぱり、女の子のアナルは最高ですよ。


少女とアナルセックスをしている人って多いんですね!

年令によっては、アナルの方が入れやすいよ!

詳しくは、ヤバくて書けないが経験者ならわかる事です。

パカッと開かす事も可能です。

それに決してキツくは無いので入りますよ

南京で3歳と7歳のアナルに入れたことがあるよ!

結構きつかったけど気持ちよかった。

征服感が凄くて興奮したよ!


ハァハァ・・・た、たまらないよねぇ・・・

幼女の子宮にピュッピュッって射精

征服感と満足感が最高だねぇ・・・

いやがる幼女のアナルに無理矢理入れて犯すのがやめられないねぇ・・・

可愛いマンコがこれ以上無いくらいに汚くなる瞬間が最高だよ!!


深夜の1時から始めて終わったのが明け方6時を回っていたのよ!

これで5時間くらいやりっぱなしで、それで挿入したまま爆睡。。。

気づいた時は、夕方の4時を回っていたよ。

そのときは、2才児だったから挿入されたままオネショしていたね!

私は、起きて直ぐに幼女を連れてお風呂に連れて行きアナルにしてやったよ!

勿論、挿入したままは出来ないから、抜いてポッカリ開いたアナルにめがけてしやった。

結構感じたらしくオシッコを漏らしながら痙攣してイッタみたいだった。


アナルは、初めてでもすんなり入る子が多いからねっ。

今付き合ってる床屋の12才は初めてでもあまり痛がらなかった。

むしろマムコの方が入らない・・・

だから仕方なくアナルに挿入してる。。。

何度もアナルセックスを繰り返しているうちに挿入のコツを掴んだので小柄だった小6の子を置屋で買った時、あっさりと挿入する事ができました。

本当に「すんなり」っていう感じでした。

肛門の伸縮は凄いですよね。

もちろん4歳児だった3人目もあっさりと入れる事が出来ました。

先月の初めに、蛇口で買った8歳のアナルバージンは腰枕の体勢で正常位(ブス顔を見ながら)と冒険しました。

でも、締まりは最高でしたね!


____


中国では一人っ子政策で女の子が生まれると捨てられます。

男の子と女の子なら当然男のこの方がたよりになるからです。

そして、そういう子はマフィアや拾い主によって売春になります、

だいたい8歳ごろからはじまります。

15歳ごろまでは女の子は顔が日本人とあまり変わらないので多分それぐらいまでやらされることでしょう。

ぶっちゃけすごくかわいいですよ。まあ、ロリですけど・・


ヤミで売買される幼女1人の価格は『健康』な6歳以下の幼女ならば5万リンギ(約160万円)以上が相場。

美少女中学生にはその半額から7倍程度が支払われていたと見られている。


7    2003/11/05(Wed) 18:10

これ知ってる、と言うか買わないかと言われた、

この人たちからじゃないけど農村に行ったときに、断ったんだけどね


31  名無しさん   2006/04/02(Sun) 23:25

中国の赤ちゃん事情は、幼姦のための売買ですね!

1歳〜3歳の処女で、3000元〜5000元ですよっ!

中国の平均月収の2ヶ月分ですから、凄い高価な遊びです。

4歳〜6歳の処女で、2000元〜3000元で、

7歳〜の処女が1500元ぐらいです。


俺が、買った幼稚は3歳の処女! 2700元の掘り出し物でした。


1晩で、次の昼過ぎには自分でチンポにオマンコを擦り付けて来るほどの淫乱になっていました。
 
最高でしたよ!!

いろんなタイプの女と いろんな体位で とことんやりこんできた。

そして あらゆる経験をすることで ようやくわかってきた。

この世の究極の快楽はロリだということが。

全身 身震いするほどの絶頂感!

もう普通の女は臭くて抱けん。

ロリと一度も経験しないで死んでいくなんてそんなつまらない人生を送っていいのだろうか。


中国人の幼女が最高の絶品名器でございまする。


中国幼女 >カンボジア、ベトナム幼女 >タイ、日本女児


ただし中国で幼女貫通がチクラレルと、麻薬系犯罪と同じように死刑にもなりかねませんので、こころしてヤッテくださいネ。


6歳ならすんなり入るが、3歳女児はやっぱりすっごく大変。

てかうまくいってないんだけど。


上記のコピペ元は

深セン夜遊び情報
http://www.p-shanghai.com/megabbs/shinsen/index.html

上海夜遊び情報
http://www.p-shanghai.com/megabbs/shang/index.html


上の掲示板はつい最近まではこういう記事で賑わっていたのです。

日本人は南京大虐殺の時から何も変わっていないんですね。

中国人が反日になるのも当然です


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