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親切で慎み深いベドウィンたち〜招待されるのは相手に栄誉を与えること/本多勝一
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/346.html
投稿者 仁王像 日時 2016 年 1 月 30 日 13:06:04: jdZgmZ21Prm8E kG2JpJGc
 

「極限の民族〜アラビア遊牧民」本多勝一/朝日新聞社’82年 から抜粋
(1965年、6〜7月)
≪サバクの首都リヤド≫
 リヤドの町の外観の変容はさておき、日本のような国から来た旅行者にとっては、この首都はやはりまだ異様な町だと思う。大部分のイスラム教国では、これくらい大きな町だと、ヴェール(ブルカ)をかぶっていない女もみられるし、トルコやイランは法的に廃止しているが、リヤドでは女のおとなが100%ヴェールをかぶっている。素顔をみせているのは、旅客機のスチュワデスと看護婦だけだというが、
スチュワデスも看護婦も、パレスチナやレバノンあたりから”輸入”された婦人だった。サウジ出身の婦人では、ついに一人として素顔を出した者がいなかったことになる。
 また、もともとイスラム社会では、原則として宗教・道徳・法律が分化していない。イスラム法は近代法と異なり、慈悲ふかく慈愛あまねきアラーの、はかりしれぬ意志による教えの一部であって、アラーの意図をくんでそれに従うことが即法を守ることである。こういう考え方と当然関連して、イスラム法では公法が不完全であり、…。

≪親切で慎み深いベドウィンたち〜遠慮ごっこ≫
 (砂漠のベドウィンから夕食の招待を受け、出かけると、招待客より少ないヒジまくらが三つ。それを巡って延々と譲り合いをする)

≪招待の栄誉≫
 「ターム、ターム(どうぞ、どうぞ)」と、自分こそ食事の座に、あとでつこうと互いに争う遠慮ごっこは、その後常に見られた。
 みんなの食い方のスピードがやや鈍ってきたかと思うと、突如として食事は中断され、完了した。用意されていた水で簡単に手を洗うと、ふしぎなことに、客たちはそのままドンドン帰りだした。招待者に「ごちそうさま」とも何ともいわず、あとを見向きもしない。
 何となく変な気がするので、通訳に聞くと、私たちは招待者に「招待する栄誉を与えてやった」のであった。

≪厚い障壁≫
 リヤドを出発したとき、政府当局はガイドを通じて私たちにこう忠告したー「ベドウィンの女には近づかないように。写真もとらないように」。…
 エスキモーやニューギニアの主婦たちは、ここの比べたら何と早く気心が知れたことだろう。この厚くて黒いヴェールは、日本人としての私たちと、最もアラビア的アラビア人たるベドウィンとの、厚い障壁を象徴しているかのようだ。ベドウィンがエスキモーやダニ族(ニューギニア)と決定的に違う点は、いわゆる文明人ではないにしても、原始民族、あるいは未開人では決してないことだ。

 

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コメント
 
1. 中川隆[1326] koaQ7Jey 2016年1月30日 13:39:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1141]

ベドウィンというのは初対面の時だけ親切で気前がいいんだ

しかし、付き合いが始まるとすぐに本性を現わしてくる:


ベドウィンの精神 = 「やらずブッタクリ」

本多勝一 アラビア遊牧民

 この本を読むと、「中東和平」なんて永遠に無理ではないか、という気になってしまうのだが..

 などと書く理由は、私がこの本でもっとも重要なポイントとなっているのは「親切で慎み深いベドウィンの正体」という章であると思うからである。

最初のほうに「親切で慎み深いベドウィン」という章があるが、それに対して終わりのほうにあるのがこの章であり、ベドウィンと同じく厳しい自然環境にあるエスキモーとベドウィンとの比較、あるいはそれらと我々の常識との比較検討をしているのである。

 たとえば、「エスキモーにおけるギブ・アンド・テイクは、我々の知っている典型的なそれだったが、

ベドウィンの場合は、そこから一歩踏み込むと「やらずブッタクリ」になる」

といったくだりなど実に興味深い。そして、次のようにまとめている。


 エスキモーとともに生活したとき、私たちは「人間は、未開・文明を問わず、民族を問わず、結局同じものなんだ」という実感を強く覚えた。(中略)この実感は、ニューギニアのモニ族・ダニ族と生活したときも、強められこそすれ弱まりはしなかった。

だが、ベドウィンはどうか。ここではエスキモーとは正反対に、「人間は、なんて違うものなんだろう」という実感を強く覚える。(中略)これこそ、本当に「異民族」なのだ。

 私たちは、好むと好まざるとにかかわらず、このような「つきあいにくい隣人」と世界を共にしている。世界は「異民族」の寄り集まりなのである。地球上では、おたがいに理解しにくい異民族がたくさんいる。この事実を無視して、一方的な考え方で他民族に接する「大国」は憎まれる。

 そしてさらに「ベドウィンのほうが普遍的で、日本人こそ特殊なのだ」の章が続く。

 そこでは、「どうもすみません」「失礼しました」という軽い謝罪の言葉を日本ほど乱発するところはない、ということを扱っている。


 自分の失敗を認めること。それは無条件降伏を意味する。そんなことをしたら「人間はすべて信用できない」のだから、何をされようと文句はいえない。(中略)

 世界の主な国で、皿を割って直ちにあやまる習性があるところは、まことに少ない。(中略)

日本とアラビアを正反対の極とすると、ヨーロッパ諸国は真ん中よりもがっとアラビア寄りである。(中略)

だが、日本人と確実に近い例を私は知っている。それは、モニ族(ニューギニア)とエスキモーである。(中略)異民族の侵略を受けた経験が多い国ほど、自分の過失を認めない。日本人やエスキモーやモニ族は、異民族との接触による悲惨な体験の少ない、ある意味ではお人好しの、珍しい民族である。

 これを読んで、2つのことを思う。

 1つは、どうあがいても免れられない日本の戦争責任については、非は非として認め謝罪しそれにともなう責任もとるべきである、ということ。もちろん、それとアメリカの原爆・都市空襲の非人道性弾劾は別問題である。

 もう1つは、一番最初にあげた「中東和平」は無理なのではないか、という予感である。

 何にしても、もう我々とは全く異なるメンタリティの民族同士の争いであり、日本は傍観者にならざるを得ない。石油を輸入しているのだから平和にも貢献すべきだ、などというのは論外である。歴史的にもこの地の民族対立の責任はイギリス及びアメリカにある、と断言できる。日本には義理も無いし、ましてや彼らのメンタリティなど全く理解できないだろうから、首を突っ込むこともない。
http://classic.music.coocan.jp/_book/etc/honda.htm


本多勝一著「アラビア遊牧民」(朝日新聞社)

 朝日新聞記者の著者は1965年の夏、アラビア半島の小オアシスで遊牧民とともに20日間を過ごした。新聞記者の単なる体験ルポと異なり、この著者のルポルタージュは文化人類学的手法を用いた中身の濃い内容になっているのが特徴だ。

 遊牧民にとってラクダは特別な存在である。年齢によって、性別によって、細かく呼び名が変わる。日本の出世魚と同じである。エスキモーは雪をその質や状況によってさまざまに呼び変える。日本では雨の呼称がたくさんある。どの民族にとっても生活に密接に関わる物の名前は、こと細かく言い換えられている。

 遊牧民の間では、家畜を飼うためにかつて奴隷を使っていた。サウジアラビアには1960年代はじめまで、世界で最後の奴隷制度が残っていた。

「奴隷といっても貧困な自由人より豊かな暮らしをしていた者が多かったので、解放されたときは行く場がなくて困ったそうだ。結局月給取りとなってもとの主人のところに残ることが多い。奴隷もサラリーマンも本質的に同じだという証明でもある」。同感!!

 20日間の生活で、著者はアラブ人と日本人のカルチャーギャップをいやというほど実感した。自分が悪い場合でも相手に責任をなすりつける、「やらずぶったくり」とでも言い表せそうな、彼らのやりくちに、最後は「海賊船から脱出する思い」でアラビア半島を去った。

「異民族の侵略を受けた経験が多い国ほど、自分の過失を認めない。日本人やエスキモーやモニ族(ニューギニア高地人)は、異民族との接触による悲惨な体験の少ない、ある意味ではお人好しの、珍しい民族である」

 著者は「日本こそ秘境」なのだ、とも書く。つまりは今も昔も「ガラパゴス」。私の東南アジア、インド、アフリカ体験からも、納得するところがある。

 私は自分のこと(日本人のこと)を著者のように「お人好し」と称するのは好きでない。お人好しというより交渉下手、「なーなー」で「ツーカー」となる「部落主義」「島国根性」なのだと思う。島国根性というと悪く聞こえるが、そこに暮らせばそれはそれで心地よい。
https://paraunawa.wordpress.com/2011/06/30/%E6%9C%AC%E5%A4%9A%E5%8B%9D%E4%B8%80%E8%91%97%E3%80%8C%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%93%E3%82%A2%E9%81%8A%E7%89%A7%E6%B0%91%E3%80%8D%EF%BC%88%E6%9C%9D%E6%97%A5%E6%96%B0%E8%81%9E%E7%A4%BE%E3%80%81%EF%BC%93/

ベドウィンは略奪と戦争が生業なので「やらずブッタクリ」の精神でないと生きていけないのですね。




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2. 中川隆[1328] koaQ7Jey 2016年1月30日 14:03:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1143]

>この本でもっとも重要なポイントとなっているのは

「親切で慎み深いベドウィンの正体」

という章である。

>最初のほうに

「親切で慎み深いベドウィン」

という章があるが、それに対して終わりのほうにあるのがこの章であり、ベドウィンと同じく厳しい自然環境にあるエスキモーとベドウィンとの比較、あるいはそれらと我々の常識との比較検討をしているのである。

>「エスキモーにおけるギブ・アンド・テイクは、我々の知っている典型的なそれだったが、ベドウィンの場合は、そこから一歩踏み込むと「やらずブッタクリ」になる」


ベドウィンが初めて会った客人を歓待するのは、昔の野村証券のセールスマンが素人客に最初だけ儲けさせてやっていたのと同じですね。

自己売買部門に頼めばいくらでも操作できますからね。

そして舞い上がった素人客に次は大金を投じさせる。

もちろん今度はガチンコ勝負なので失敗する。

損を取り返そうと言って信用取引までやらせる。

そして半年も持たずに すっからかんになる。

最後は自己責任という言葉で諦めさせる。

野村證券では資産1億円以下の客をゴミと言うのです。


____


イスラム教が史上最悪・最低のインチキ宗教であることに間違いはありません。

キリスト教や仏教は基本的に人倫道徳であって、人間としての正しい生き方の教えです。

それ故、キリスト教欧州諸国は発展しました。

それに対してアラビアなどの西南アジアにはゾロアスター教のような原始的な宗教しかなく、アラビア諸国はヨーロッパ国家に押され気味だったのです。

さぁ、そういうアラビアに救世主として登場したのが商人マホメットでした。

マホメットは、商人でした、

需要のある客たちにその品物を届ける(売りつける)のが商人の仕事だ。

マホメットは神アッラーの啓示を受けたと称して「コーラン」を書きイスラム教を作ったのです。

その「コーラン」の内容は、唯一の神アッラーのもとに (アラビアの)人々が絶対信仰・絶対服従の元に結集して、キリスト教ヨーロッパの圧迫を跳ね返す、

そのためにはイスラム教の聖戦のために「片手にコーランを、もう片手には剣を持って戦う」、

その聖戦で亡くなったとしてもイスラムの聖戦戦士は直ちに神アッラーの天国に召されて永遠に生きる、


という内容なのです。

思想とか倫理とか宗教とかいったものとしては、マホメ ットのイスラム教なるものは、日本の靖国神社(自爆攻 撃の特攻隊で名誉の戦死をしたら、靖国神社で英霊として永遠に生きる)式の、非常に原始的でお粗末なシロモノです。

しかし、アラビアの商人マホメットは、ヨーロッパに押され気味だった西南アジアには、そういうものこそが需要があるとして商品提供したわけです。

才覚ある商人は、お客たちの要望に応じてどんなインチキ商品でも提供する。

マホメットが思ったとおり、西南アジアの人々は、イスラム教・「コーラン」に飛び付いたのです。

こういう邪教は、こういう邪教なるが故に、なかなか廃れることはないと思います。馬鹿たちには、解りやすくて簡単に受け入れ可能なわけだから。


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3. 中川隆[1329] koaQ7Jey 2016年1月30日 16:05:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1145]

所変われば泥棒も文化になる


- 本多勝一「極限の民族」(朝日新聞社)404p -


略奪が悪でないなら、こんな痛快なスポーツはあるまい。

これはもはや、ひとつの性格を示すカルチュア(文化)でさえある。 (略)。

ほとんど定期的な略奪が、生活の一部を形成する社会。

これは海賊と本質的に変るところがない。(略)。

文字通りの略奪はなくなっても、風土に密着した「思想」としての略奪文化は、変りにくいものである。(略)。

「持てる者」の「持たざる者」への喜捨1)は、イスラム教徒の重要な「行」のひとつなのだが、これが曲解されると、ついには単なるテイク・アンド・テイクと化す。
- 本多勝一「極限の民族」(朝日新聞社)404p -


イラクの戦闘も終わってバクダッドでの略奪騒ぎ。イラク人の略奪には驚かなかったが、アメリカの報道記者や兵士までが一緒になって戦場のどさくさにまぎれての略奪とは驚く。

砂漠という酷薄な自然を舞台に生きるアラビア遊牧民(ベドウィン)にとっては略奪は一種の文化であるという。略奪はベドウィンにとっては悪ではなく、また、こじきや泥棒とも根本的に異なるものである。


そして、「ベドウィンの方が普遍的で、日本人の方が特殊なのだ」という主張へとつながっていくこの部分は、この本の中でも最も印象に残ったところである。

実際に、テレビでイラク人が略奪するシーンを見ても、あっけらかんとしてだれも悪びれた様子はしていなかった。さすが、連綿と続く文化的伝統とはかくのごときか、、、と感心したものだった(笑)。

しかし、文化、風土を異にするキリスト教国のアメリカ人が「まね」をすると、ただの「泥棒」になってしまう。それにもまして、アメリカが始めた「イラク戦争」の大義名分まで疑われることになる。

- 2003/04/25 -

http://www.mermaid-tavern.com/book/bk1/b1/bk1_0016.html

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4. 中川隆[1330] koaQ7Jey 2016年1月30日 16:09:48 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1146]

遊牧民の価値観 〜アラビアの遊牧民から〜 03/02/13


意識や価値観が、日本人からもっとも遠い人々がコーカソイド(アラブ含む白人)の遊牧民と言われています。日本人からは想像しにくいので、まず生身の遊牧民の実態から把握してみたらと思い、調べてみました。

以下は、「アラビアの遊牧民」(本多勝一氏著)よりの抜粋です。本多氏は、サウジアラビアの遊牧民=ベドウィンを、実地にて共同生活しながら取材した本です。エスキモーやニューギニアの現地民を同様に取材した後の記録なので、非常に鮮明です。


〜ベドウィンについての記述より抜粋〜

・荒野の真ん中で、冬は最近降雨のあった場所を探しては、ラクダの群れをつれて移動し、夏は井戸や泉の近くに集まって暮らしている。ラクダのほかに羊やヤギも飼っている。

・エスキモーと生活したときは、「人間は未開・文明を問わず、民族を問わず、結局同じものなんだ」という実感を強く覚えた。しかしここでは、「人間は、なんて違うものなんだろう」という実感を強く覚える。

・私たちは彼らに物をタダでくれといわれた覚えが殆どない。こそ泥にあったことも断じてない。・・・だがほんの少しでも略奪の合理性が説明できるやいなや、そしてそれが沙漠の掟に触れない限り、ここぞとばかりフンだくった。


特にその略奪文化についての記述は

・酷薄な自然を舞台に、惜しみなく奪いあい、惜しみなく殺しあう酷薄な人間たち。ほんの40年まえまでは、これが普通の状態だった。

・日本の農家が秋になれば稲を刈るのと同じ感覚で嬉々として略奪にでかけた。

・食うに困って襲うのではなく、当然の収穫としてむしろ余裕のあるときに実行した。好んで冬が選ばれた。砂漠にいくらか雨があり、牧草が豊富で、家畜の乳がよく出て最も生活の楽なシーズンだ。この時期は「ラビー」と呼ばれ、あらゆる種類の略奪隊が内陸にひしめいた。

・ベドウィン以外の人間は略奪の対象としてのみ意味がある。

・全村皆殺しのような惨劇の繰り返し。

・これが1926年イブン・サウド王がサウジアラビアを統一するまで、ごく普通の状態だった。イブン・サウドは、掠奪に対して、参加者全員の公開死刑、「目には目を」の徹底的実行でついにこれを根絶させた。

・アラビア付近が古くから大宗教の発生地であることと無関係ではない。・・・彼らの性悪ぶりを裏付ける資料にはこと欠かないが、イスラム教はそれをかなり教化し、相対的には暗黒時代(ムハマンド以前)より格段の差でよくなった。

・婚姻は、あまりかけ離れた部族とは少なく、伝統的にいとこ同士の結婚が尊重される。


(他にヨーロッパでも、山岳地帯にすむ羊飼いなどは、よく近隣の都市の人を誘拐したり殺害したり盗みを働いたり、法秩序の外にあると恐れられている例がある。)

略奪闘争を開始したと思われるコーカソイド遊牧民の末裔の一派(ベドウィン)は、現在もその略奪性は脈々と生きているようです。そして、「目には目を」のハンムラビ法典のような力で押さえつける必然性もよくわかる。

同じ遊牧民でもモンゴルやトルコではまた生活や価値観がかなり異なると思います。どう違うのかは、また調べて見る必要があると思います。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=49699


実際に遊牧民族の一つであるベドウィンと生活したある日本人が実際に目にした体験を紹介します。


■治療を受けた側が威張って礼も言わない

 場所はサウジアラビアのネジド砂漠。気温が40度から50度にもなる灼熱の世界です。

 あるとき、ベドウィンの男の子が熱湯で右足に大やけどをして、その父親が日本人のテントに運んできました。日本人は、泣き叫ぶ男の子のやけどにすぐ軟膏を塗り、包帯を巻いてあげました。

 その後も、父親は毎朝男の子をテントに運んできて、治療は、治るまで10日間続いたそうです。

 治療は丁寧におこない、薬(痛み止めと化膿止め)も飲ませました。

 けれども、父親は、いつも威張ってふんぞりかえっている。礼も一言も言わないし、嬉しそうな顔もしない。

 日本人は、ただでさえ灼熱の暑さの中で頭にきているので、怒り始めたそうですが、ベドウィンの習慣を知る別の日本人が「ここはアラビアだから」と慰めたそうです。

 なぜ、ベドウィンの父親は礼をいわないで、威張っているのか?

■「チャンス」を恵んでやったという論理

 それは、父親のほうはその日本人に男の子のやけどを治すという「チャンス(栄誉)」を「恵んでやった」のであって、アラーの神に感謝しなければならないのは、治した日本人のほうだ、という(日本人の感覚からすれば驚くべき)理屈からなのです。

 例えば、ベドウィンを、自分のテントでの食事に招待したとします。

 食事が終わると、招待された方は、怒ったような顔をして威張って帰ります。礼は一切言いません。

 一方、招待した方は大地にひれ伏しています。「大勢の人にご馳走をふるまうという『栄誉』を恵んでもらった」ことに、アラーの神に感謝の祈りを捧げるのです。

 招待された側は、「『栄誉(チャンス)』を恵んでやった」ので、威張っているわけです。

 こんなベドウィン同士は、暇さえあればお茶のパーティーを開き、互いに招待しあうなど、仲良く暮らしているのですが、日本人には絶句するような論理です。

 他にも、絶対に謝らない態度、合法的略奪など、ベドウィンとの生活の中で驚く体験に多く出会ったのだとか。

※その日本人は、3歳くらいのニューギニア高地人(当時まだ石器時代の生活をしている人々)の男の子(両目からウミを出していた)を抗生物質で治療したこともあるのですが、母親が涙を流して喜び、サツマイモ(スジだらけだったそうですが)を持ってお礼にやってきました。

 彼は、これこそ人間だ、あのベドウィンの態度はなんなんだ、と感じたそうです。

資料:「大自然に生きる人びと 写真で見る民族学入門」
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=86431


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5. 中川隆[1331] koaQ7Jey 2016年1月30日 16:11:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1147]

掠奪を生業の一部とする遊牧民ベドウィン 06/11/13

ベドウィンは掠奪を生業の一部とし、自我が強そうな遊牧部族において、個人の犯した殺人に対して当事者ではない氏族構成員への報復という厳しい罰を科している。一見矛盾するようであるが、厳しくしないと秩序を保てないほど、放っておいたら殺し合い→絶滅になりかねないという危機感の裏返しではないか。

また、興味深いのは、ベドウィンが元々は母系制であった可能性があること。狩猟→遊牧の部族とすれば、母系制の婿入り婚を経ている可能性がある。

(以下引用)

――――――――――――――――――――――――――――――


【分布】アラビア半島のほか,北アフリカ,エジプト,スーダン,シリア,イラク,イラン,ソ連領トルキスタン

【飼育動物】ラクダが多く、ほかに羊・山羊・牛・ロバ・馬・水牛など

【生活】ラクダや羊の毛でつくったテントに住み,その羊やラクダは昔からの伝統的な方法で同じ草原の草で養っている。羊やラクダの飼育と小規模な馬の飼育,狩猟・掠奪が彼らのおもな職業で,農業や商業・手工業は人間の品位を卑しめるものという。

【集団】氏族組織はベドウィン社会の基礎である。各テントが1家族を示し,いくつかのテントが集まって一つのハイイ(天幕団)を形成し,ハイイの構成員が1氏族(カウム)を形成した。

そしてさらに血筋の近い多数の氏族が結合して「部族(カビーラ)」を形成した。氏族の構成員はただ1人の族長に服従し,同一の血統に属するという意識をもち,同じ「鬨(とき)の声」を用いた。

いくつかの氏族名が女性形であることは,古代における母系制の名残りとみられている。

【所有】テントとそのなかの粗末な道具は個人の財産だが,火と牧野と耕地は部族の共有財産である。

【制裁】氏族の一員が同一氏族の者を殺したときは,誰も彼を庇護しない。他氏族の者を殺したときは近親復讐が行われ,同一氏族の構成員の誰かが生命を捧げて償いをしなければならない。

砂漠の原始法では血は血を呼ぶものとされ,復讐以外の懲罰は認められない。ただし復讐はときには「血の償い金(デイヤ)」によって解決することができる。

ベドウィンにとって部族との関係を離れることは死を意味する。部族員でない者は敵であり,彼は保護と安全の枠外に置かれる。殺人などを犯して部族から逃亡した者も「法外放置者(タリード)」と呼ばれ,いっさいの保護を受けられない。

【婚姻】ベドウィンの女性は一定の自由をもっている。女性は一夫多妻制の家族中に住み,男性を主人とするバール(邪神)的婚姻制度のなかで生きているが,しかし夫を選択する自由や虐待されたとき男と別れる自由をもっている
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=137326


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6. 中川隆[1332] koaQ7Jey 2016年1月30日 16:15:03 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1148]

もてなしの本質も「自分中心」? 05/03/19

アラブでも、掠奪文化?の反面、テントを訪れた者は例え敵であっても3日間は客としておもてなしするそうです。
http://www.jiten.info/dic/Arab.html#list


>シャイフが客の安全を保障するとあるように、過酷な砂漠の民らしく、例え敵対する部族の者でさえベイト・シャル(「粗毛の家」の意。ヤギの毛で織られたテント)を訪れたものは三日と三分の一の間もてなすのが美徳とされる。いったん招き入れて食事を共にしたならば客として保護される。…

“名誉を重んじる誇り高い〜”みたいな解釈もされてますが、なんだか不思議だよなぁと思って少し探してみたら、どうやらそういった「もてなし」にもちゃんと意味があるみたいです。

モンゴルの話ですが、遊牧民族に共通する価値観なんじゃないかなって思いました。

>『遊牧民ゲルでは大歓迎されるが!?』

モンゴルへ一度行った経験のある人は、遊牧民のゲルを訪れると大歓迎してくれ、大変親しみ深い人たちと言うことでしょう。また、「留守のゲルに勝手に入って食べることも許されている」という習慣も耳にしたことがあるかもしれません。

 そして、テレビのモンゴル紹介をはじめ、よく観光用パンフレットなどで「モンゴル人は人懐っこい民族」とのイメージをつくっています。また、在日モンゴル大使館発行のガイドでも「大自然の厳しさはモンゴルの人々に、お互い助け合って生活する術を教えてくれたようです」と言っています。


>『情報を得るための生き抜く知恵!』

しかし、私は、これまで多くの人との話から考えると、以上のような単に現象面から結論づけることに疑問を持ちます。

遊牧民は、私たち農耕民族とは全く違った生活・文化があります。そして、広い大草原でポツンと人との結びつきとかけ離れた生活を送ってきました。厳しい大自然の中で生活をするには、人を頼っては生きていけません。自らが生活を切り拓いていくことが求められます。

 それではなぜ、人懐っこく親しみ深い対応となるのでしょうか。確かに、遊牧生活をしていれば、人恋しさからということも否定できません。しかし、何といっても旅人や身近な遊牧民をもてなすのは、特に牧草、狼、天候の状況など、生活に関わる情報を聞き出すための方策から生まれるといえます。さらに、厳しい自然の中で、生きていくためには、他人のものでも、必要に応じて頂くということです。

 すなわち、遊牧民の本質は、「家族中心」「自己中心的」だといえます。

よく、モンゴルの友人は、

「モンゴル人は、自分のものは自分のもの。他人のものも自分のもの」

と、冗談を交えて言います。…
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=87635

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7. 中川隆[1333] koaQ7Jey 2016年1月30日 16:17:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1149]

皿が割れたのは運命… 07/01/20

『実現論:第二部・私権時代』(実現論2_2_03)の中に、コーカソイドが自然の外圧が極限まで△したイラン高原を中心にして、その後の徹底的な略奪闘争の原型を形作っていった事が記されています。

私も学生時代に本多氏の『極限の民族:アラビア遊牧民』は読みましたが、私がこの本の中で、今でも鮮明に覚えているエピソードは…

日本人なら、自らの過失によって皿を割ってしまったら、反射的に「すみません」が口に出てしまう処が、

彼らベドウィンは「この皿は今日割れる運命にあったのだ」と明言する…

という内容の記事でした。当時は、へえ〜、お国が違えば人々の事情もずいぶん異なるもんだ…くらいにしか考えてませんでした。しかし…

>イラン高原は急速に乾燥していったことにより、極めて深刻な食糧危機に陥った。

従って、遊牧派生の邪心集団による掠奪闘争は極めて激しい容赦の無いものとなり、皆殺しが常態となる。従って、仲間を皆殺しにされて一人二人と生き残った者たちは憎悪と警戒心の塊となり、共認基盤を失って終ったことと相俟って、全面的にかつ強く自我収束する。(実現論2_2_03)
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=2&t=2#03


という部分を読んで、今更ながらに、上述のベドウィンの言葉は、容易に他人との信認関係を結ぶことの出来ない社会での警戒心発の自己防衛策だったのだと納得致しました。

そんなうすら寂しい社会がコーカソイド(≒西洋人)社会の原型だったとは…

つくづく日本に生まれて良かったと思いました♪
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=142830

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