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ベドウィンの正体〜信頼できるものは、自分自身とアラー以外にない/本多勝一
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/348.html
投稿者 仁王像 日時 2016 年 1 月 31 日 09:04:28: jdZgmZ21Prm8E kG2JpJGc
 

(回答先: 親切で慎み深いベドウィンたち〜招待されるのは相手に栄誉を与えること/本多勝一 投稿者 仁王像 日時 2016 年 1 月 30 日 13:06:04)

≪親切で慎み深いベドウィンの正体〜テイク・アンド・テイク≫
 (チャーターしたのでもない従者がつれてきたロバやラクダをちょっと借用しただけで、法外な使用料金を請求された例など、さまざまな例が列挙)

≪親切の正体〜サバクの掟≫
 もし私たちが、アブヒダートのテント村に1、2日いただけで通過したなら、そして他のテント村も同様に次々と通過したなら、私たちはこう結論したに違いないー「アラビア遊牧民は世界一親切で遠慮深い人たちである」。
 だが、私たちはドッカリ腰を据えて観察を始めたのであった。「定評」は、一週間とたたぬうちに崩れていった。
 サバクではよく語られる美談は、違反すれば非難される「理想的規範」の典型であろう。裏返せば、その姿勢に沿って、ある程度まで習慣化したマナーとして万人が実行している。実はこれこそ、一見親切らしく見える接待の正体なのである。一種の慣習法、不文法。サバクの掟。
 慣習法であるから、ベドウィンは心から「この旅人に親切にしたい」という善意で子羊を提供するのではない。ベドウィンの接待は、あの程度の親切と思えばよい。あとでごっそり取られる。サバクの掟は、エビタイを兼ねている。
 都会人をさげすみ、農民をバカにしてきた誇り高いベドウィンの場合、こうした掟はメンツと結びつく。敵に対して、もし水を与えなかったとしたら、それは敵に対するブジョクである以上に、本人の重大な面目失墜である。
 違った国には、違った生活があり、違った定義のメンツや名誉がある。

≪エスキモーとベドウィン≫
 (当初は)エスキモー式のギブ・アンド・テイクが始まったと思った。だが、一歩進むと、ベドウィンはやらずブッタクリになることを証明した。
 「親切」の正体が、きびしい自然に起因する慣習法にすぎないことを知っても、だからといって、この「エセ親切」をバカにすることはできない。いや、「善意」による親切よりも、確実な効果がある。善意は往々にして気まぐれであり、相手よりも自分を慰めるためのものが多いが、慣習は、一種の不文法として、確実な力を持っている。こうした慣習は、その民族の長い歴史の経験が集積した生活の知恵であり、無数の犠牲者を踏み台にしている。
 私たちは、好むと好まざると、このような「つきあいにくい隣人」と、世界を共にしている。世界は「異民族」の寄り集まりなのである。この事実を無視して、一方的考え方で多民族に接する「大国」は、憎まれる。

≪略奪文化≫
 ベドウィンに劣らずがめつい人間は、どこの国にもいるだろう。多くの場合、大都会に多く、いなかに行くほど純朴になるものだ。
 だが、ベドウィンの場合は、平時でも、いくらいなかのサバクでも、都会以上にブッタクリが横行する。
 ブッタクリー略奪は、誇り高いベドウィンにとっては悪ではない(こじきや泥棒とは根本的に違う)。彼らはタダで物をくれとは言わないし、コソ泥にあったことも断じてない。だが、サバクの掟に触れない限り、ここぞとばかりフンだくった。
 これはもはや、カルチュアでさえある。略奪文化。酷薄な自然を舞台に、惜しみなく奪い合い、惜しみなく殺し合う酷薄な人間たち。
≪人間不信≫
 ベドウィン哲学ー信頼できるものは、自分自身とアラー以外にない。ここまで徹底した民族と、煙のような”善意”を信じている民族とでは、1対1で対決したら結果は自明である。

【出展】同前  

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コメント
 
1. 晴れ間[966] kLCC6orU 2016年1月31日 22:46:03 : xni5yVaf3k : Fxfse0RTtHo[88]

シリア人の医師で精神科医でもあるワファ・スルタンは、イスラムの根底にあるのは「恐怖心」だと書いている。アラビア半島の砂漠地帯という過酷な環境がもたらした心的基盤にあるのが、この恐怖心だという。
想像すればいい。砂漠を進んでいて迷ったとき、自分のいる場所と方角が分からなくなり、砂漠の周囲に地平線しか見えなくなったとき。人影はおろか水もオアシスもない、砂漠だけの場所。照りつける太陽。水がなければ脱水症状と熱中症で死んでしまう。夜の寒さで凍え死んでしまうかもしれない。
そういうとき、人間はどうするか。恐怖に駆られた人間は、ただ、大声で「ワーッ」と叫ぶことしかできないという。だから、砂漠の民は大声で叫ぶ。
ムスリムも大声で叫ぶ。敵に襲いかかるときの「アッラー、アクバル」という叫び声も、その延長なのだ。
ムスリムは、他者と相互信頼をもって冷静に、建設的に議論することができない。恐怖心と一体の憎しみや不信感があるから、ワーワーと喚き会うことしかできない。
いくら「オリエンタリズム」という批判があろうと、「アラビアのロレンス」の末尾を我々は忘れることができない。部族どうしで対立し、ワーワーと言い争ってばかりで、統一された独立国家さえ作れない人々。
植民地状態から脱して、独立して、何十年経っただろうか。理性的に行動し、きちんと議論することさえできていれば、近代的な国家を作り上げるのに十分な時間があったはずなのに、それができなかった。あるのは強権国家や神権政治の国だけ。(シリア・イラクのバース党や、イエメンの社会主義政党が国家運営を担ったことはあるが、冷戦後、これを米国が潰してしまった。それが、今日の悲劇の始まりだろう。)

心の根底に「恐怖心」をもった人間は、自分(と自分の親族) 以外の人間を「敵」とみなし、「警戒心」と「憎しみ」を抱くという。
飢餓と餓死の恐怖と共に生きることを余儀なくされる砂漠で、いよいよ食糧つきて食べるものがなくなりそうとなれば、他部族を襲って、土地や家畜を奪うだけだ。互いに略奪戦争の繰り返し。イスラム以前は、そういう略奪社会だった。
イスラムは、そういう砂漠の民の中から興った(というより選ばれた、もしくは勝ち残った) 宗教なのだ。自分の恐怖心を克服するために、それを消してくれるような「強力で怖い神」が選ばれたのだ。神は強くて怖いほどよい。
イスラムの神は、恐怖心で信者を支配する神だ。神に絶対服従すれば、神の慈悲がある。しかし少しでも反抗すれば、「殺す」と脅す怖い神だ。ムスリムは、剣の刃が自分の喉に当てられるのを感じるという。(アラブの様々な説話は、恋愛話までもが、「首を切り落とした」という話でいっぱいだそうだ。)

イスラムの神が、他者(異教徒・不信心者) への愛を説くことはない。ワファ・スルタンは、子供の頃、学校の宗教の教師から、絶えず異教徒、特にユダヤ教徒への不信と憎しみをたたき込まれた、と語っている。コーランも、ユダヤ教徒やキリスト教徒への憎しみを説いている。(多神教徒や無神論者は、それ以下の存在だ。)
預言者ムハンマドは、何十回ものジハード(略奪戦争) を指揮した戦士ではあっても、人間倫理を説いた宗教家ではなかった。略奪戦争のやり方や戦利品の分配方法などを決めることはあっても、人としての普遍的な道徳価値(人種や階級や宗教の別なく人類共通の価値)、善と悪の区別、悲しみや苦しみを癒やす方法を説くことはなかった。
預言者ムハンマドが、そういう類の言葉を残しているだろうか。キリストみたいに「汝の敵を愛せよ」などと言っただろうか。釈迦みたいに、親族をなくして嘆き悲しんでいる人に「自分の村で、死者を出したことのない家を探してごらん」といった言葉をかけたことがあるだろうか。(あるというのなら、教えてほしい。)

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カルトの定義については、私は中川隆さんと、意見は同じではない。私は「カルト」le culte の語を、比較的、学術的・行政用語的に解釈している。日本語なら「信仰」の行為そのもの、実践に近い。信者が選んだ「聖なるものを崇める行為」に近い。ただし、一般的な概念の「宗教」la religion そのものよりも、意味は狭い。

私は、預言者ムハンマドが始めたのは、一種の「宗教ビジネス」ではなかったのか、と感じている。(専門的に調べたわけではないので、確信的で断定的なことは言えない。) その理由は、ユダヤ教とキリスト教抜きには、イスラムが成立しなかったからだ。本当の「革命的な」宗教家なら、自分で独自の「教え」を説き始めるだろう。ところが、イスラムというのは、ユダヤ教とキリスト教からの「借り物」でいっぱいだ。ユダヤ教・キリスト教という先行宗教を踏み台として使うことで、イスラムの宗教としての「信憑性」「真性性」を担保しようとしたのではないだろうか。「ぽっと出のいかがわしい宗教」ではなく、ユダヤ教やキリスト教のような「由緒ある伝統宗教」とも繋がりのある、しかも「それ以上に優れた宗教」だよ、という「箔づけ」だ。だから、ユダヤ教とキリスト教を完全な殲滅の対象にすることは出来なかった。(ただし、両宗教への敵意と憎しみは強調している。信者の獲得競争があるからだ。これは、キリスト教、特にカトリックがユダヤ教徒を敵視したのと類似している。)

「宗教ビジネス」であると考える根拠の最大のものは、コーランが、ジハードという略奪戦争の目的である「戦利品」の分配方法を決めていることだ。
なんと、戦利品の五分の一が「神と預言者」のもの(私有財産) になるのだ。預言者ムハンマドは、全ては「神の命令」にして、自分は一歩下がった姿勢を取っているが、この「神の権威」を盾として利用する姿勢自体が、宗教を「商売」にしている証拠ではないか。疑問は預言者ではなく、神に行くが、神は疑問を持つことを許さない。「教祖様」が戦利品の五分の一を独占するというのでは一般信者は怒るだろうが、「神と預言者」なら怒りにくくなる。巧妙なやり口だ。
イスラム以前、アラビア半島は多神教の社会だった。どの部族も特定の(土俗の) 神を持っていた。そういう中で「l略奪戦争で勝てる強い神」が求められていた。預言者ムハンマドは、戦闘(略奪戦争) で勝つことで、「強い神」への信望を集めることに成功したのだろう。戦闘で負けていれば、イスラムの勝利もなかったであろう。イスラムの異常な戦争志向もそこにあるのかもしれない。

ヨーロッパ社会も、古代においては奴隷制が存在した。古代ギリシャは、スパルタがそうであるように、先住民族を武力支配して奴隷にした。古代ローマの奴隷の主力(農業奴隷) は、奴隷狩り戦争で獲得された。帝国の版図が拡大して奴隷狩り戦争の戦線がなくなり、奴隷供給源が枯渇したとき、奴隷制は衰退し中世の農奴制に移行した。しかし、ヨーロッパでは、千数百年の時を経て、人間中心の思想の発展、人権思想の拡大と共に、奴隷制は制度的にも廃止された。
20世紀に入り、紛争解決手段としての戦争も原則上は否定されるようになった。
ところが、イスラム社会では、コーランによって、略奪戦争に明け暮れていた時代の法律(シャリア) が今でも生きている。「否定」を許さないコーランによって、1400年前から、(人権尊重に向けての) 法的な進化が全く止まっているのだ。

環境が変われば、人は変わる。今では、アラビア半島の人々も、砂漠の中で餓死する恐怖からは逃れられているはずだ。石油という換金手段もある。人々はテントではなく、近代建築の家に住んでいる。問題は、社会制度なのだ。社会制度の改革を、イスラムが阻んでいることなのだ。世俗主義以外に、解決法はないだろう。しかしそれは当事者たちの選択に委ねられる。ただし、異教徒や無信仰者に自分たちの宗教と法を押しつけるような真似は止めてほしい。



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2. 晴れ間[967] kLCC6orU 2016年2月01日 00:12:05 : xni5yVaf3k : Fxfse0RTtHo[89]
イスラム社会での女性の抑圧、特に名誉殺人や性奴隷化に関するニュースは、AFPがよく伝えています。レイプは戦争の手段(民族浄化策) としても使われています。

インドやパキスタンで、この種のニュースは特に多く、パキスタンでは年間で1000人近くもの女性が殺されているそうです。これを批判すれば「反イスラム的」とみなされるため、皆、見て見ぬふりだそうです。
http://www.afpbb.com/articles/-/3016286?pid=0
(妊婦殴殺の名誉殺人、「警察は見物していた」と夫 パキスタン)

また、昨秋の記事ですが、南スーダンでも数千名の女性が性奴隷化されているそうです。
http://www.afpbb.com/articles/-/3062964?pid=0
(南スーダン「レイプキャンプ」の実態、女性数千人が性奴隷に)


イスラムに人倫、人間道徳というものがあれば、こうしたことは禁じたはずです。ところが、預言者ムハンマド自身がその実行者でした。
ムハンマドの妻の中に、サフィーヤというユダヤ人女性がいます。夫も父親も男の兄弟も全てムハンマドの軍勢に殺された後、彼女自身は捕らえられて、自分の意思とは無関係に強制的にムハンマドの妻にされました。有力部族の名家の出だったため「妻」ですが、格が落ちれば単なる「性奴隷」です。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Safiya_bint_Houyay

ワファ・スルタンによれば、預言者ムハンマドの伝記というのは、イスラムのこうした武勇談を誇らしげに書いたものばかりだそうです。こういうのを子供のときから読ませているんですね。
これが「宗教家」のすることですか?



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