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世俗的な価値の起源〜人権も主権や国家もみな、神のアナロジーなんです/橋爪大三郎
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/366.html
投稿者 仁王像 日時 2016 年 3 月 05 日 19:18:17: jdZgmZ21Prm8E kG2JpJGc
 

(回答先: 一神教のGod(神)は、人間ではない。人間を「創造」する、だから人間は神の所有物(奴隷)/橋爪大三郎 投稿者 仁王像 日時 2016 年 3 月 05 日 15:59:44)

第3部 いかに「西洋」をつくったか

≪イスラム教のほうがリードしていた≫
大澤 大づかみな印象ですが、キリスト教よりイスラム教の方が明快だし、首尾一貫性が高いように見えます。
橋爪 大事な点です。宗教的な首尾一貫性でいうと、イスラム教とキリスト教が競争したら、イスラム教のほうが信者獲得は容易でしょう。
 キリスト教の優位については、キリスト教徒が、自由に法律がつくれる点だと思う。

≪なぜ神の存在を証明しようとしたのか≫
大澤 ぼくがよくわからないのは、中世の神学者・哲学者が神の存在証明に熱中したことです。彼らにとって、神が存在することは証明の対象ではなく、前提ですよね?
橋爪 なかなか、難しい問題です。存在証明は、これを信仰なしでやろうとするから、過剰な野心なんですね。なぜ、哲学の問いが、存在の問題に集中するのか。…哲学が神学から分離すれば、神を存在の根拠にできなくなる。となれば、神に代わって、理性が存在を根拠づけなければならなくなる、のではないかな。

≪世俗的な価値の起源≫
大澤 主権とか、人権とか、近代的な民主主義などは一般に、宗教から独立の、あるいは宗教色を脱した概念だと見なされている。実際、イスラム世界のどこかの国が、イスラム教に忠実な制度や政策をとると、西洋をはじめとする諸国は、神権政治のようなものはダメだ。人権や民主主義といった世俗の価値を優先させるべき、と批判する。しかし、こうした宗教色を脱した概念自体が、実はキリスト教という宗教の産物なのではないでしょうか?
橋爪 そのとおりです。いま言った、主権や国家の考え方はみな、神のアナロジーなんですね。近代国家はみな立法権を持っているが、立法権を持っているのは神のアナロジーだからです。
 人権も、神が自然法を通じて、人びとに与えた権利という意味がある。神が人間に与えた権利を、国家が奪うことはできないから、そのことをはっきり、憲法に人権条項をつくって書き込んでおくのです。

≪無神論者は本当に無神論者か?≫
大澤 こう考えてくると、無神論とはどういうことなのか、よくわからなくなります。橋爪さんは、「宗教とは、行動において、それ以上の根拠をもたない前提をおくことである」、と独特の、証明されざる前提みたいなものを置いている。宗教をこのように広く捉えると、本当の意味での無宗教とか、無神論というのは、ほとんど不可能なのではないかと思ったりもします。
橋爪 日本人の考える無神論は、神に支配されたくないという感情なんです。もしそれを無神論というなら、日本人は無神論が大好きです。日本人は主体性が大好きで、カミが大勢いれば、カミひとりの勢力はそのぶん削がれる。主体性が発揮しやすい。神道がカミの像をつくらなかったのは、拝まなければいけないから。だから、神道はカミの像がないんですね。

≪キリスト教文明のゆくえ≫
大澤 これまでの「西洋」に由来する「近代」にも限界や問題があることが、西洋自身によっても、その外部にあって西洋を受け入れてきた人たちによっても、明確に自覚されていることではないか。環境問題やエネルギー問題にしても、あるいは民族や宗教の間の深刻な紛争や戦争にしても、あるいは資本主義が生み出した格差の問題にしても、西洋=近代の限界を示唆している。
 そういう中で、キリスト教に下支えされてきた文明がどのように変容していくか。乗り越えていかなければならないのか。それが次の主題ですね。

【出典】「ふしぎなキリスト教」橋爪大三郎×大澤真幸/講談社新書‘11年
 

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コメント
 
1. 中川隆[1818] koaQ7Jey 2016年3月05日 19:35:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1758]
>神道がカミの像をつくらなかったのは、拝まなければいけないから。だから、神道はカミの像がないんですね。


全然わかってないな。こいつら宗教の知識が完全にゼロなんだ。


神道は祖先崇拝、動物崇拝の宗教

お面とか動物の像とか蛇とか祭りで使う道具はすべて祖先の霊(神)の姿:

そもそも巫女とはどういう存在かというと、「神と交わる人」だ。

ここで、「交わる」の意味が問題となる。 遠まわしな表現でいえば「神と一つになる」だが、それでもわからなければ「神と寝床を共にする人」だ。 だから、「神」が男神であれば巫女は女性であり、女神であれば逆になる。 そして人は「神の子孫」となる。

もちろんこのような話は、王室の正当性を主張するために作られる神話だ。

吉野裕子さんによると、古代の日本は蛇信仰のメッカだったという。 そして、吉野論の極めつけは、「日本人は蛇の落とし子である」というものだ。日本人は古来より、蛇に対して畏敬の念をもつと同時に強烈な嫌悪の対象として見るという、アンビバレントな感情を抱いていた。

だから蛇に対する信仰は、多くの場合は隠された形で、隠喩として示されてきた。
だから、その謎を解明するのは困難を極める。蛇信仰が縄文時代からあったことは、縄文土器に多く見られる蛇の形からもわかる。

だが、吉野説では、その「縄文」自体が蛇とかかわりがあるという。


さて問題の蛇巫の話だ。

吉野裕子著の『蛇−日本の蛇信仰』では、「蛇巫の存在」として1章を当てている。

そこで吉野は、『常陸風土記』のヌカヒメ伝承と大和の「箸墓伝説」、つまり大物主神とヤマトトトヒモモソヒメ命の神話を比較して、この二つに見られる共通点を以下のように挙げている。


 蛇巫が夜ごと、神蛇と交わること。

 幼蛇を生むこと。

 幼蛇を小さい容器の中で飼うこと。


先に、巫女とは神と交わる者だと書いたが、それに習えば、蛇巫とは「蛇と交わる者」ということになる。吉野は他にもいくつかの例証をあげ、以下のように結論づける。

日本古代蛇信仰では、神蛇とはまず人間の巫女と交わることをその第一義としたから、「祭り」とは要するに巫女による蛇との交合であったとさえ思われる。

また、、太古の諏訪大社の主祭神であったと思われるミシャグチ神についても、諏訪大社の代々の最高神官であった大祝(おおはふり)はミシャグジ神の蛇巫だったとしている。

諏訪大社ではたしかに蛇あるいは龍神とのかかわりが密のようであり、そのことは現在の諏訪大社の主祭神である諏訪大明神つまり建御名方神においても受け継がれているようだ。
http://d.hatena.ne.jp/nmomose/20041009/1202903595

蛇は何のシンボルだったのか? 


 古代の宗教のあちこちで姿を見せる「蛇」。

 古代の宗教における「蛇」というと、『創世記』冒頭でイヴをそそのかす蛇がもっとも有名だ。

キリスト教的な解釈では、直ちにそれは原罪の誘引となった「悪」のシンボルと捉えられる訳だが、それは「蛇」に対して非常に偏った捉え方にすぎない。

ちなみにユダヤ教は、原罪という意味合いを読み込むことはしない。それは、人間が当然犯す過ちの一つ、という以上の意味はないのである。


 「蛇」がネガティヴでない意味をもって登場する箇所を若干挙げてみよう。


 「主はモーセに言われた。

「あなたは炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれたものがそれを見上げれば、命を得る」。


モーセは青銅で一つの蛇を造り、旗竿の先に掲げた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぐと、命を得た」
(『民数記』21:8-9)。


 ここで「蛇」は生命を付与するものとして捉えられているが、これはギリシア神話の「アスクレーピオス」の蛇とも共通して、広く地中海一帯やインドにまで広がっていた蛇観であるそうだ。

脱皮を繰り返しながら生を更新していく蛇のうちに、個体の生死を超えて続けられる生そのものの連続性を古代人は見たのだという解釈がよくなされるようだ。
 さて、このモーセと蛇の結びつきは、新約聖書の一人の作者によって利用された。

 「そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられなければならない。それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである」
(『ヨハネによる福音書』3:14-15)。 


 蛇=悪という教義が障害となって、この箇所と『民数記』の上の箇所との関連が追及されることはこれまでなかった。 

 しかし、宗教的カリスマを蛇のイメージにおいて捉えることは決して珍しいことではなかった。たとえば、福音書が書かれた時期にはまだ地中海一帯で命脈を保っていたディオニューソスには蛇のイメージがついて回る。

ヨハネ福音書の作者がイエスを造形するに際して、「解放者」ディオニューソスをモデルにしたという解釈はすでに相当あるようだ。たとえば、イエスが甕に入っていた水をたちまちワインに変えてしまう箇所などが典型的だと見なされている。

 
 翻訳もあるケレーニーの『ディオニューソス』で、ケレーニーはディオニューソスの由来をクレタ島のミノワ文明に求めたが、過去に遡るにつれて、ディオニューソスとゼウスの区別は薄れ、それらは時には牛に時には蛇に近接していき、

「牛は蛇を生み、蛇は牛を生む」

という謎めいた呪文(おそらく何らかの儀式で唱えられた呪文)に行き着くのだが、ケレーニーによればこの蛇や牛は「破壊されることのない生命」のシンボルだった。

 (クノッソス宮殿で発見された蛇を掲げる女性像ととぐろを巻く蛇をいただく女性像。おそらく蛇巫(へびふ)と呼んでいいのだろう)  
http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2010-06-12



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2. 中川隆[1819] koaQ7Jey 2016年3月05日 20:46:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1762]

>神道がカミの像をつくらなかったのは、拝まなければいけないから。だから、神道はカミの像がないんですね。


全然わかってないな。こいつら宗教の知識が完全にゼロなんだ。

日本でも祖霊を神として祀るので祖霊の姿を彫刻しているんだ:

弥生の祖霊像 −弥生時代−

 郡山市徳定遺跡からは、顔面付の弥生土器がみつかっています。再葬墓に使われた土器だと思われます。
http://www.mahoron.fks.ed.jp/tenji/2004/soreizou.htm


インドネシア・仮面と彫像の世界展

インドネシアは、断食月(Ramadan)が終わり、レバラン(Lebaran)の大祭の真っ只中。ヌサンタラ(Nusantara・島嶼国家)の異名を持つ同国は、(おそらく)世界最多の仮面文化を有し、同時に世界最多種の彫像文化を併せ持つ。

スマトラ島、ジャワ島、バリ島、そしてカリマンタン島。さらには西ヌサトゥンガラ(NTB)や東ヌサトゥンガラ(NTT)州の仮面・木彫は、祖霊信仰との関連で、イスラム、キリスト教エリアのいずれの地においても、その精緻で芸術性の高い文化として発展を遂げてきた。

近年、それらの多くが換金商品の様相を色濃くし、また、バリ島を始めとする世界規模の観光地で、“魂”無しの各地の、偽物の祖霊像が数多く売られる時代へと変貌している。民芸品と割り切れば、観光ビジネスと思えば、仕方のない現象だろう。

インドネシア文化宮(GBI)は、1970年代から、ヌサンタラ各地で、消滅寸前の、本物の仮面・彫像の収集に着手した。それらの多くを、現パプア州(旧西イリアン・イリアンジャヤ)アスマット(Asmat)地方の彫像が占めている。

今回の展示では、スマトラ島最南端のランプン州、中カリマンタン州、フローレス島、スンバ島、ティモール島の仮面、そして原始美術として世界的に知られるアスマット地方の祖霊像を中心に、ヌサンタラの豊かで崇高な“森の文化”に焦点をあてたい。

西ティモールの王族が祭儀に使用していた大型木彫仮面
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201009/article_15.html



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3. 2016年3月12日 23:29:38 : Hu8nw55zaw : FOTAtRAD9rg[7]
>そのとおりです。いま言った、主権や国家の考え方はみな、神のアナロジーなんですね。近代国家はみな立法権を持っているが、立法権を持っているのは神のアナロジーだからです。
 人権も、神が自然法を通じて、人びとに与えた権利という意味がある。神が人間に与えた権利を、国家が奪うことはできないから、そのことをはっきり、憲法に人権条項をつくって書き込んでおくのです。


国王といえども神と「法」の下にある。といった人がいたな。



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