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一神教のGod(神)は、人間ではない。人間を「創造」する、だから人間は神の所有物(奴隷)/橋爪大三郎
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/365.html
投稿者 仁王像 日時 2016 年 3 月 05 日 15:59:44: jdZgmZ21Prm8E kG2JpJGc
 

≪まえがき≫大澤真幸
 西洋とは何か。西洋の文明的なアイデンティティを基礎づけるような特徴や歴史的条件(の)中核にあるのがキリスト教であることは誰も否定できない。
 キリスト教にもいろいろあるが、西洋とは、(世俗化しても)結局キリスト教型文明である。
 日本は、キリスト教ときわめて異なる文化的伝統の中にある。(現代のさまざまな理由から)近代社会の元の元にあるキリスト教を理解しておかなければならない。

第1部 一神教を理解するー起源としてのユダヤ教

≪ユダヤ教とキリスト教はどこが違うか≫
橋爪 二つの宗教の関係を端的に述べると、ほとんど同じ。ただひとつ違うのは、キリストがいるかどうか、である。キリストは預言者以上の存在です(神の子)。ユダヤ教とキリスト教の神ヤハウェとイスラム教のアッラーも同一の神。
橋爪 日本人は、神様は大勢いた方がいいと考える。人間みたいなものだから。
 一神教のGod(神)は、人間ではない。人間を「創造」する(エイリアンみたいなもの)。だから人間は神の所有物になる。つくったGodは「主人」で、つくられた人間は「奴隷」です。
 結論は「怖い」。怒られて滅ぼされてしまっても当然なんです。Godを信じるのは、安全保障のため。素晴らしいことを言っているから信じるのではない。
 このよそよそしい関係を打ち砕こうと、キリストは「愛」を述べて、大転換が起こる。
橋爪 仏教は、言ってみれば、唯物論です。自然現象の背後に神などいない。すべては因果律によって起こっているだけ、と考える。人間も死んでしまえば分解して微生物に食われ、生命循環がある。そこには、因果律があるだけで、だれかの意思が働いているわけではない。
橋爪 預言者。これは一神教にしか、考えられない存在です。ヤハウェの声を聞くのが預言者です。

第2部 イエス・キリストとは何か

≪愛と律法の関係≫
橋爪 愛とは、律法がかたちを変えたもの。共通点がある。愛も律法も、どちらも、神と人間との応答である。そして、神と人間との関係を設定する契約である。神と人間との関係を、正しくしようとする努力なんです。
 契約は、そのまま律法(法律)になる。イエスはそれを、ほとんど中身ゼロにしてしまった。@主である神を愛する A隣人を愛する 律法はこの二つに尽きていると述べた。たった二条。しかも両方とも、愛なのです。

【出典】「ふしぎなキリスト教」橋爪大三郎×大澤真幸/講談社新書‘11年  

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コメント
 
1. 中川隆[1812] koaQ7Jey 2016年3月05日 16:33:41 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1751]
>預言者。これは一神教にしか、考えられない存在です。


こいつ、ド素人だろ

原始社会のシャーマンは全員、神の声を伝える預言者だよ

>ユダヤ教とキリスト教はどこが違うか
>二つの宗教の関係を端的に述べると、ほとんど同じ。
>ユダヤ教とキリスト教の神ヤハウェとイスラム教のアッラーも同一の神。


こいつ、聖書読んだ事ないだろ

ユダヤ教の神ヤハウェは人間の姿をしている、というより人間を神と同じ姿に作った

新約聖書の神とイスラム教のアッラーは形の無い、人間には見ることが出来ない神
だからキリスト教でイエスは人間には手が届かない神と人間を仲介する存在とされているんだ




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2. 中川隆[1813] koaQ7Jey 2016年3月05日 16:43:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1752]

シュメール神話によれば、神様もまた、粘土をこねて人間を創った。

「なぜ、神様は人間を創造したの?」

というのが、キリスト教徒やイスラム教徒の親が、子供に質問されて返答に窮する素朴な疑問。

それに対して、世界最古の宗教・シュメール神話は、明快な回答を与えている。


「神々が働かなくてもよいように、労働者として人間は創造された」

と、シュメール神話の粘土板には明記されているのだ。


いわく、つらい農作業や、治水事業に従事していた神々からは、不平不満が絶えなかった。

「こんなに俺たちを働かせやがって、どういうつもりだ、コンチクショー」

と怒っていた。

原初の母なる女神・ナンムは、この事態を深く憂慮していたが、「神々の中でも、頭ひとつ抜けた知恵者」と評判のエンキ神は、そうともしらずに眠りこけていた。

あるとき、ナンム女神は、エンキ神をたたき起こして言った。

「息子よ、起きなさい。あなたの知恵を使って、神々がつらい仕事から解放されるように、身代わりをつくりなさい」。

             
母の言葉にあわてたエンキ神は、粘土をこねて人間を創った。

おかげで、神々に代わって人間が働くようになり、神々はめでたく労働から解放された。シュメール神話の最高神である天空の神アン(エンキの父)や、大気の神エンリル(エンキの兄)も、これには大喜び。神々は祝宴を開き、したたかにビールを痛飲して人類創造を祝った(シュメールは、ビールの発祥地でもある)。

このとき、ビールを飲んで酔っぱらった人類の始祖エンキは、地母神・ニンフルサグ(エンリルやエンキの異母妹)とともに、人間づくりの競争をした。


「広げた手を曲げることができない人間」や、
「排尿をガマンできない人間」、
「性器を持たない人間」、
「よろよろして立ち上がることができない人間」

など、いろんな人間が創られたという
(人権擁護団体が聞いたら、激怒しそうなエピソードですな・・・)。
http://blog.goo.ne.jp/konsaruseijin/e/20278c1470953be34e1163edce926967


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3. 中川隆[1814] koaQ7Jey 2016年3月05日 16:44:44 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1753]

人類最初の女性 リリス( Lilith )


旧約聖書では、神によってアダムが土から生まれ、その次にイヴがアダムの肋骨から生まれたとされていますが、実はアダムと同様にリリスという土から生まれた女性がいて、アダムと結婚していました。

リリスは、アダムと同様に土から生まれたので、アダムとは対等な存在であるため、アダムとの性行為において、正常位によるアダムの支配的地位を拒否し、彼女は空を飛び、エデンの園を去り、紅海沿岸に住みつきます。


神はリリスを説得しますが、彼女は聞く耳を持たなかったので、罰としてリリスは下半身を蛇に変えられ、毎日おびただしい数の子供(リリン)を産み、そのうち100人を殺される運命を負うことになります。

彼女はこれに大変ショックを受け、海に身を投げて死んでしまいました。 


旧約聖書で、アダムとイヴが禁断の果実を食べるシーンがありますが、この2人をそそのかした蛇こそがリリスの化身なのであります。 これは、パリのノートルダム大聖堂にある彫刻にも、リリスが蛇として描かれていることからも分かるでしょう。

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1033.html


人間は大地母神によって泥から造られて、神々のために「これ(エデンの園)を耕させ、これを守らせ」るようにエデンに置かれた(『創世記』第2章 15節)。


なぜならば神々はたいそう怠惰で農耕をしようとせず、植え、穫り入れ、自分たちに捧げ物をする奴隷が欲しかったからである 。神々は奴隷たちが自分たちより偉くなって働こうとしなくなるのを恐れて、神々の持つ不死の秘密を決して彼らに知らせてはならないことを申し合わせた。エデンの神は、同僚の神々に向かって言った。


「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知る者となった」。

したがって彼は「命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」ので、ただちにエデンの園から追い出さなければならない
(『創世記』第3章 22節)。


蛇の教えは、人間を、生を征服し神のような存在にしたであろうに、これは神々elohimの意志に反することであった。

 『支配者たちの本質』Hypostasis of the Archonsは、蛇は女神のトーテムとしての姿であることを示している。蛇は明らかに、女神の創造した死ぬ運命を持った生物を憐れんで、永遠の生命に到達する方法を教示しようとした。

「女性の霊的原理が『教示者―蛇』の中に入り、蛇は彼らに教示して言う。


『あなたがたは死ぬことはないであろう。神がそう告げたのは、あなたがたを嫉妬したからである。それどころか、あなたの眼を大きく開きなさい。そうすれば、あなたは善悪を識別して神のようになるであろう』」。


そこで「傲岸な支配者(神)」は、蛇と女性を呪ったのである 。

 聖書の物語の現在の型は、太女神と蛇の本来の話を明らかに大幅に改定したものである。バビロニアの図像は、蛇にかしずかれ、人間に不死の食物を捧げている女神の姿を描いている。ピラミッド・テキストは、永遠なる生命の食物を提供したのは蛇であると述べている

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/serpent.html


 ユダヤ・キリスト教において、「この世の天国」とまで謳われたはずのエデンの園は、グノーシスにおいては造物主の牢獄として扱われる。そしてこの《善悪を知る木》の実を食すことを禁じたヤハウェは、先述したように造物主に割り当てられ、人間を無知のままにとどめおく、知識による救済の可能性を閉ざす存在となる。

逆にそれを食すことをそそのかした蛇は、ユダヤ・キリスト教においては人間に原罪を負わせたものとして、忌むべき存在とされていたが、グノーシスではそうではなく、至高神からの人間へ知識を授け、救済への道を開示する啓示的役割を担った聖なる存在へと変貌するのだ。

 忌むべき悪魔のような役割から、救済者として、あるいは啓示的存在としての役割へと一変した《蛇》は、人間が救済への道を切り開くための秘密の鍵を握る存在として、グノーシス主義において神聖視された。尻尾を銜えた円環状の蛇《ウロボロス》は、《完全なるもの》としての意味を含んでいる。

この救世主としての《蛇》は原初においてはソフィアとされた。
http://homepage3.nifty.com/kiraboshi2/Abraxas/Gnosis_intro4.html


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4. 中川隆[1815] koaQ7Jey 2016年3月05日 17:35:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1754]

新約の神 と 旧約の神ヤハウェ とは何の関係もない

ユダの福音書

キリストはユダに対し、自分達を取り巻く圧迫が最終局面に至っている事を語り、それへの「最終的な打開策」を打ち明け、最も信頼する弟子と考える彼に対し「最後の助手としての役割」を果たす事を要求した。


「過越(すぎこし)の祭りが始まる3日前、イスカリオテのユダとの1週間の対話でイエスが語った秘密の啓示」

これは秘密の啓示である・・・。

イエスは過越しの祭りの3日前にユダにこう語られた・・・

イエスは地上に出現されたとき、人々を救う奇跡を行われた。

正しい道を歩くものもいれば、誤った道を歩く者もいたので、12人の使徒を集められた。

イエスは時にご自身としてではなく、子供として姿をお見せになった。


福音書の初めの部分で、イエスは「お前たちの神」に祈りを捧げる弟子たちを笑います。 この神とは、世界を創造した旧約聖書の劣った神のことです。

そしてイエスは、この私を直視し、真の姿を理解せよと迫りましたが、弟子たちは目を向けようとしません。


イエスがユダヤに居たある日の事・・・

12人の使徒たちは信心深く食事をしていた。
イエスは祈りを捧げている使徒たちに近付き笑い出した。

彼は使徒たちの間違った信仰を笑っていた。

使徒たちは世界の創造主を崇拝していた。
だが、ユダだけは違っていた

イエスは言う・・・

イエス「なぜ怒るのだ?あなたたちの中で強い心をを持つ者が立って私に示すがよい・・・・
己の内にある真の魂を」

ユダを除く使徒たち「私たちは強い心を持っています!」

しかし、言葉には出しても本当に立ち上がる者はいなかった。
・・・イスカリオテの『ユダ』を除いて・・・。

ユダはたった一人立ち上がってイエスに向かってこう言った。

ユダ「私は、あなたが何者か存じています・・・
あなたを送られた方の名は畏れ多くて申し上げられません。」

イエスはユダに近付きいて彼にこう言う・・・

イエス「他の者たちから離れよ・・・私はあなたに王国の秘密を教えよう。
     そこは果てしなく広がる国。天使させ見たことがない土地。人の
     心には想像さえ及ばぬ世界。その国に名前はない。」


■『キリスト』が『ユダ』に自分を『ローマ』に売るように諭す場面。

キリスト「You will ge greater than all athers. Judas, you will sacrifice the man that clothes me. 」

 (あなたは誰よりも素晴らしい。ユダよ。犠牲にするのだ。私の魂の衣ある者を。)


■『キリスト』が『天国の秘密』を『ユダ』に明かす場面。

キリスト「Step away from the others, and I shall tell you the mysteries of kingdam. It is a great and boundless realm which no eye of an angel has ever seen, no thought of the heart has ever comprehended.」

(他の者から離れよ。あなたに教えよう。王国の秘密を。そこは果てしなく広がる国。天使させ見たことがない土地。人の心には想像さえ及ばぬ世界。)

http://wildoldboy.cocolog-nifty.com/wild_old_boy/2006/04/the_gospel_of_j_eab8.html


イエスはユダに語ります。

「お前は、真の私を包むこの肉体を犠牲とし、すべての弟子たちを超える存在になるだろう」

「他の者たちから離れなさい。そうすれば、お前に[神の]王国の神秘を語って聞かせよう。その王国に至ることは可能だが、お前は大いに悲しむことになるだろう」

「聞きなさい、お前には[真理の]すべてを話し終えた。目を上げ、雲とその中の光、それを囲む星々を見なさい。皆を導くあの星が、お前の星だ」
 
「お前はこの世代の他の者たちの非難の的となるだろう
   ――そして彼らの上に君臨するだろう」


ユダは他の弟子たちから猛反発を受ける幻視を見たと語ります。

「幻視の中で、私は12人の弟子から石を投げつけられ、[ひどい]迫害を受けていました」

「ユダは目を上げ、光輝く雲を見て、その中に入っていった」

地上の人間たちは雲から聞こえる声を耳にします。


福音書の記述は、次のような場面で唐突に終わっています。

「彼ら[イエスを捕らえにきた人々]はユダに近づき、
『ここで何をしているのだ。イエスの弟子よ』と声をかけた。

________


イエスと弟子の会話  


過ぎ越しの祭りの三日前、弟子たちが着席し感謝の祈りを捧げていると、
やってきたイエスが声を立てて笑う。

弟子たち「先生、感謝の祈りを捧げる私たちを笑うのですか?
      正しきことを行っていたのですが。」

イエス「あなた方のことを笑ったのではありません。
    あなた方は自らの意思によってではなく、
    あなた方の神をたたえるために、祈りを捧げているのです。」

《注:生かされていることに対する感謝は、この世の低位の神に捧げる祈り。
 グノーシスの叡智はこの世は低位の神が造ったものと考えている。
 イエスは上位の神・世界から使わされた存在》

弟子たち「先生あなたは・・・・私たちの神の子です。」

イエス「どうして、あなた方は私をわかっているというのですか?
    本当のことを言いますが、いかなる世代でも、
    私をわかるという人はいないでしょう。」

弟子たちは怒りを覚えた。

イエス「なぜあなた方は怒りを感じるのですか?
    あなた方の内にいる神・・・完全なる人を取り出して私の眼前に立たせなさい。」

弟子全員「私にはそれだけの勇気があります。」

口ではそういいながらも誰もイエスの前には立とうとしなかった。
そのときユダだけがイエスの前に立った。
しかし彼はイエスの眼をまっすぐに見る勇気は持たなかった。

ユダ「あなたが誰か、何処から来たのか私は知っています。
   あなたは不滅の王国バルベーロー(あらゆるものの神聖なる母である)から来ました。」
  「私にはあなたを遣わした方の名前を口にするだけの価値がありません。」

イエス「来なさい。
    いまだかって何人も眼にしたことのない秘密をお前に教えよう。
    それは果てしなく広がる永遠の地だ。
    そこには天使たちでさえ見たことがなく、あまりにも広大で、
目に見えず、いかなる心の思念によっても理解されず、
いかなる名前でも呼ばれたことのない『み国』がある。」

二人だけになるとイエスはユダにこう告げる。

イエス「お前はそこ(み国)に達することは出来るが、大いに嘆くことになるだろう。」

ユダ「そういったことについてあなたはいつ私に教えてくれるのですか?」

イエスは謎のごとく立ち去ってしまう。

翌朝、戻ってきたイエスは弟子たちの前に再び姿を現す。
そしてユダに向かって言う。

イエス「お前は真の私を包むこの肉体を犠牲とし、
    すべての弟子たちを超える存在になるだろう。」

弟子たち「今この地上の王国には存在しないが、私たちよりすぐれ、神聖なあの世代とは何を意味しているのですか?」

イエスは笑い出すとその秘密の場所と時に到達するのがいかに難しいか、詳しく語った。

イエス「死をまぬかれない生まれのものは、そこへはいけない。」
   「あなた方が見た、生贄の牛は、あの祭壇の前であなた方に道を
誤らせる人々なのです。」

   「恥知らずにも、私の名において実らぬ木々を植える人々がいる。」
   「あらゆるものの主であり、命じることのできる主が、
    最後の日にその人々を裁くであろう。」

ユダ「先生あの世代は一体どのような実りをもたらすのですか?」

イエス「人間の魂はやがて死んでしまうものです。
    だが、み国の時を成就した人々の霊魂は彼らから離れます。
    肉体は死んでも魂は生き続け、天に上げられるでしょう。」

ユダ「その他の世代の人々は何をもたらすのですか?」

イエス「実りを得たければ岩の上に種をまくことはできません。」

時が過ぎ、ユダは自分の見た幻について質問する。

ユダ「先生、(他の弟子たち)皆の話に耳を傾けるなら、私の話も聞いてください。 とても奇妙な幻を見たのです。」

イエスは再び笑う

イエス「13番目の聖霊であるお前が、
どうしてそんなに躍起になるのですか?

    それはそれとして、さあ、話してごらんなさい。
    私はお前の話を信じるでしょう。」


ユダ「あの12人の弟子たちが私に石を投げて(私のことをひどく)
虐げるのです。

  (大きな家)を見ました・・・。
たくさんの人々がそこへ向かって走っていきます。・・。
   家の中央には(大勢の)人がいます。
   先生、私を連れて行ってあの人々の中に加えてください。」

イエス「ユダよ、お前の星はお前を道に迷わせてしまった。
    死をまぬかれない生まれのものは、お前が見たあの家の中へ入るに値しない。

    あそこは聖なる人々のために用意された場所なのだから。」

ユダ「先生やはり私の種(霊的な部分)は支配者たちの手中にあるというのですか?」

イエス「来なさい・・・。だが『み国』とその世代の人々を見れば、
    お前は深く悲しむことになるでしょう。」

ユダ「私がそれを知るとどんな良いことがあるのでしょうか?
   あなたはあの世代のために、私を特別な存在にしたのですから。」

イエス「お前は13番目(の聖霊)となり、後の世代の非難の的となり
    -―そして彼らを支配するだろう。

    最後の日には、聖なる世代へと(旅立つ)

お前を彼らは罵るだろう。」

イエスは自分を引き渡し犠牲となるようユダに求めているのだ。
そのわけは徐々に明らかになっていく。

イエスの地上における人としての生は、うわべだけのものに過ぎない。
その人間は内に存在する霊を、覆い隠す衣装のようなものである。
イエスは永遠なる存在であり、より高次の神の一部である。
人間とは異なる偉大な存在であり不滅なのだ・・・・・・・。

イエス「見なさい、前にも告げたように雲とその中の光、
それを囲む星星を見なさい。

    みなを導くあの星が、お前の星だ。」


こうしてユダは自分の特別な立場を確信する。

そして重大な瞬間がやってくる。
新約聖書の四福音書の記述にも劣らない、強烈で劇的な瞬間だ。

――ユダは眼を上げると明るく輝く雲を見つめ、その中へと入っていった。――
http://mandalaya.com/juda.html


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5. 中川隆[1818] koaQ7Jey 2016年3月06日 08:38:06 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1764]
ユダの福音書解読

◎イスカリオテのユダは、最高位の弟子だった。

イスカリオテのユダの福音書が出ることになりました。

出版前なのでナショナルジオグラフィックの広告ページの情報しかありませんが、気がついたことを、挙げてみます。(【】内は、ナショナルジオグラフィックのプレスリリース和訳からの引用です。)なお、プロットだけからの考察なので、全体が出るとまた内容が変わるかもしれませんが。

私の見方では、イスカリオテのユダは、神を十分に承知していたし、イエスを官憲に引き渡すことの意義と結果を十分に承知していたし、それは単にイエスから指示されたから実行したというものではないように思います。


1.イスカリオテのユダの悟境

【イエスは「お前たちの神」に祈りを捧げる弟子たちを笑います。この神とは、世界を創造した旧約聖書の劣った神のことです。そしてイエスは、この私を直視し、真の姿を理解せよと迫りましたが、弟子たちは目を向けようとしません。】

「お前たちの神」とは、自分とは別の存在として位置する神という認識のことを言っているのであり、自らのうちに神があるのを知らないと指摘しているのだと思う。


イエスがこの私を直視し、真の姿を理解せよと迫ったところは、バガヴァッド・ギータで、全能の聖者クリシュナが弟子のアルジュナに同じ言葉で迫ったのと同じ響きがある。全能の神の顕現として現れたイエスが、もう少しで覚醒しようとしている弟子たちに「神のありのままを目をそらすことなく見なさい」と詰め寄っているのである。

この話の中では、ユダが裏切り者でなかったことよりは、ユダの悟境が他の弟子より進んでいたことが確認されていたことのほうが意義は大きい。


【イエスがユダにこう語りかける場面もあります。「聞きなさい、お前には[真理の]すべてを話し終えた。目を上げ、雲とその中の光、それを囲む星々を見なさい。皆を導くあの星が、お前の星だ」】

これは、長い講義が終わったから、一息ついて空の星を見ようというものではなく、ひとつの冥想状態の中で、見なさいと指示しているもので、「雲とその中の光」とは、神そのもののこと、それを囲む星々とは、実際の空の星に仮託された神々の一柱のことだろう。

「目を上げ」というのは、肉体の目を上げることではないだろう。いずれにせよこれで、ユダが13人の弟子の中で最上位であったことがわかる。


死海文書によると洗礼のヨハネはエッセネ派に属し、イエスもエッセネ派に属していたと推測されているが、イエスもクンダリーニ・ヨーガ系の技法が伝わるその集団のメンバーと見られる。

クンダリーニ・ヨーガ系では、神々の姿をありありとイメージするトレーニングがよく行われている。

星々とは、イメージ対象の神々であり、ここは、その冥想過程の中の出来事を書いたものではないかと思う。

師弟相承のルールというものは、師匠を超えるレベルの弟子を出すことが師匠の責務であるということ。禅の場合でも、一人でも半人でも本物の弟子を出すことが師匠の最低限の責務であり、かつ師家(老師)以上の力量の弟子を出さねばならないことになっている。

イエスの場合でも、その例外ではなく、自分が神を知っている師家である以上は、自分以上の力量のある弟子を育成することが、覚者としての責務であったと考えられ、イスカリオテのユダが正に力量ある弟子であったと考えられる。

また師匠を超える弟子を出すというのは、当時の考え方からすれば、革命的なことであり、一人一人が神の顕現であるニューエイジ(アクアリアン・エイジ)の考え方の先駆と見ることができる。

【ユダは目を上げ、光輝く雲を見て、その中に入っていった。】
光輝く雲は、例の荘子の見た混沌であり、神の姿であり、それに入って行ったというのは、神と合一したことを言うと考えられ、これは見神や見性などという軽いものではなく、神人合一を指しているように思う。これでユダの力量のほどが証明されている。
http://blog.goo.ne.jp/naitoukonan/e/99ffcbce33957c1622488284f1e54d21


◎ユダのカルマは昧(くら)まず

一度神を見るという体験をした者は、いかに師のいいつけとはいえ悪事を為すことはできない。そこで次の疑問が湧き起こる。イエスが「自分を官憲に引き渡せ」と指示したのは悪行であったのか、師に対しては絶対服従のユダがそれに従ったとしても、それは悪行ではなかったか。

【最も重要なくだりは、イエスがユダにこう語る部分です。「お前は、真の私を包むこの肉体を犠牲とし、すべての弟子たちを超える存在になるだろう」】

イエスが十字架にかかるが、それと同時にユダも裏切り者の汚名を甘受するとともに、聖者殺しのカルマという重荷を負った。裏切り者の汚名は1700年を経て晴らされようとしているが、聖者殺しの意義は別格である。

神を知る者でない限り、その重荷を受けることはできないと見て、イエスはユダにそれを指示し、ユダもそれを了解したのだろう。間接的ではあるものの、聖者殺しの引き金を引くというのは、その行為のカルマの重さを考えれば、創造主と同等の意識レベルにある人でないと、容易になし得る業ではない。自分というものが少しでも残っていたら、たちまち落ちてしまう。従ってユダも自らの残りの人生・転生を、この神業に捧げたと考えられるのである。

ここは、古代インドのバガヴァッド・ギータで、聖者クリシュナが王子アルジュナに、人(敵)を殺すことを勧めた場面を彷彿とさせるものがある。

全体の構図としては、覚醒者イエスが、その力量に匹敵するほどの弟子ユダを養成し得たこと、そしてユダも、イエスを官憲に引き渡すことの意義を十分に理解していて、それを行ったというものではないだろうか。

この福音書は、【彼ら[イエスを捕らえにきた人々]はユダに近づき、『ここで何をしているのだ。イエスの弟子よ』と声をかけた。ユダは彼らが望むとおりのことを答え、いくらかの金を受け取ると、イエスを引き渡した。】で終わっている。

イエスが自らを官憲に引き渡せというような指示をしたというのは予想外であったが、ユダもある程度自らの意思によって官憲に引き渡したのだと思う。そしてユダは、師たるイエスの指示したとおり、官憲に引き渡し、その秘密の指示を生涯他に漏らすことなく守り切って死んでいった(自殺とされる)が、ユダの高潔さもまた並みはずれたものである。
http://blog.goo.ne.jp/naitoukonan/e/92d2b6b940b5e978ea3082e03f241177


[スレ主【仁王像】による初期非表示理由]:2重投稿(アラシや工作員によくあるコメントはスレ主が処理可能)

6. 中川隆[1819] koaQ7Jey 2016年3月06日 08:44:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1765]
神とは何か?


ユングが、1920年頃だったかアメリカ・インディアンのところに行くと、みんな太陽を拝んでいるのです。

ユングは感心して見ていた。いろいろ訊きたかったもので、昼頃になって長老のところに行き、

「あなた方は太陽を拝んでいるけれども、太陽は神なのか」

と訊いた。そしたら長老が笑って、

「あんなのは神ではない」

と言ったらしいのです。ユングが

「朝、あなた方は太陽を拝んでいたじゃないか。 神様じゃないのに拝んでいたのか」

と言うと、インディアンの人々はユングの質問の意味がわからなくなってくる。

話をしていてだんだんわかってきたことは、要するに朝拝んでいるときだけは太陽は神様なのです。

「太陽は神であるのか、ないのか」という我々の考え方は、悪いところでもあり、いいところでもある。我々は、どうしてもそういう考え方をしてしまうのですね。

 今の話で言えば、西洋の発想では「薔薇は神ですか、神ではありませんか」と訊いて、神だったら拝む、神でなかったら拝まないということになるというふうに、何でも二つに分けて考えようとするのです。

インディアンの話を聞いてユングがわかったことは、こういうふうに書いているのですが、

太陽が昇る瞬間のすべて、つまり、それを見ている私、共にいるみんな、それからおそらく雲など、そのすべてのものがものすごく内的な感動を生みます。

それこそが「神」だと言うのです。

だから、これが神だと指し示せるものではなく、生きているということが神の体験になっているから拝むのです。

それをどうしても近代人は、拝んでいる対象が神だと間違ってしまう。

ここが非常に大事なところです。

今でも日本人には名残が残っています。

山に登ったら大きな木にしめ縄がしてあったり、大きな岩にしめ縄がしてあったりする。

あれは、別に木や岩が神様なのではなく、大きい木や石に対面したときに感じるすべて、これが神なんです。

区別して考えるのは我々の癖であって、昔の人はそういう考え方ではなく、全体的なものを神と感じていたのです。
http://ime.st/www.geocities.co.jp/Milkyway/4017/meigen/kamisyu.html


C・Gユングは、人間の心というものは人それぞれ違うが、深層意識の中には万人共通のファクターがいくつも存在している、とした。

そのファクターのことを元型(アーキタイプ)と呼び、代表的な元型は影(シャドウ)、太母(グレートマザー)、アニマ、アニムス、老賢者(オールドワイズマン)の4つである。

大雑把に言えば、、これらの元型が外界の刺激を受けて互いに反応しあい、人の思考・行動パターンを左右する、というわけだ。


対馬の神は海の中に住んでいる。その姿は子ども、老人、そして蛇体の神として感得された。潜水漁法で生計を立てていた水人(海女、海士)たちの崇める神の名を海童磯良という。

磯良のイメージが老翁や童子の姿になるのは、ユングの深層心理学の立場から見ても老賢者(Old Wise Man)の元型に関連づけてみることができる。

それはわれわれの普遍的、集合的意識の表現されたものであると考えられる。 老賢者は自己性(Self)=超越的自己=神が人格化されてイメージされるもので、われわれに知恵を与え、その人の進むべき道を示唆する指導者的な役割を果たす元型である。
http://ime.st/homepage3.nifty.com/yahoyorodu/kaidoh.htm

http://ime.st/contest.thinkquest.jp/tqj2000/30110/ryu2.html


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7. 中川隆[1820] koaQ7Jey 2016年3月06日 08:46:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1766]

神に国、神の子の本当の意味は


マルコ3-33

わが母、兄弟とは誰ぞ
誰にても神の御心を行うものは、是わが兄弟、わが姉妹、わが母なり。


ヨハネ 10-34

われ言ふ、汝らは神なり。
かく神の言を賜りし人々を神と云えり。


本当の神の国は

トマスの福音書113

神の国は地上に広がっている。 そして、人々はそれを見ない。


トマスの福音書3

神の国はあなたたちの内側にある。
常に自分を認識する人は、神の国を見出すであろう。


ヨハネの福音書18-35

神の国はこの(外なる)世界には属していない。


ルカ17-20

神の国は汝らの中に在るなり。


トマスの福音書113

「どの日に神の国は来るのでしょうか。」

「それは待ち望んでいるうちはくるものではない。」

トマスの福音書22

イエスは乳を飲んでいるいくにんかの幼な子をごらんになった。
そして彼は弟子たちに言われた。

”乳を飲んでいるこの幼な子たちは神の国に入る者たちに似ている”。

彼らは彼に言った。

”それではわたしたちは幼な子として神の国に入るのでしょうか”。

イエスは彼らに言われた。


”あなたがたがふたつのものを ひとつにするとき、

そして、内を外のように、外を内のように、上を下のようにするとき、

そして男性と女性とをひとつにし、男性がもはや男性ではなく、女性が女性ではないようにするとき、

そしてひとつの目の代わりに目を、ひとつの手の代わりひとつの手を、一つの足の代わりにひとつの足を、ひとつの像の代わりにひとつの像をつくるとき、


あなたがたは神の国に入るであろう”。

http://ime.st/emikikuchi.exblog.jp/i40


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8. 中川隆[1821] koaQ7Jey 2016年3月06日 08:56:30 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1767]

『マリヤによる福音書』


・・・・・ペトロがマリヤに言った、


「姉妹よ、イエスが他の女性たちにまさってあなたを愛したことを、私たちは知っています。

あなたの思い起こすイエスの言葉を私たちに話して下さい、

あなたが知っていて私たちの知らない、私たちが聞いたこともないそれらの言葉を。」


 マリアが答えた。 彼女は

「あなたがたに隠されていること、それを私はあなたがたに告げましょう」

と言った。・・・・・・・

■3.第二の啓示


 ペトロの求めに応じ、マリヤは、彼女がイエスから示された教えの内容を語り始める


 可視的な世界は、以下の七つの「権威」(アルコーン)たちによって支配されている。

  第一の権威 闇

  第二の権威 欲望

  第三の権威 無知

  第四の権威 死ぬほどの妬み

  第五の権威 肉の王国

  第六の権威 肉の愚かな知恵

  第七の権威 怒っている人の知恵


 七つの天を通り抜け、プレーローマ界に帰昇しようとする魂に対して、権威たちは尋問を行う。魂は、救い主から教えられたとおりの言葉を語ることにより、彼らに打ち勝ってゆく。


________________


・・・・・・・・そして彼女は彼らにこれらの言葉を話し始めた。

「私は」

と彼女は言った、

「私は一つの幻の内に主を見ました。

そして私は彼に言いました、


「主よ、あなたを私は今日、一つの幻の内に見ました。」


彼は答えて私に言われました、

「あなたは祝されたものだ、私を見ていても動じないから。

というのは叡知のあるその場所に宝があるのである。」


私は彼に言いました、

「主よ、幻を見る人がそれを見ているのは、魂か霊か、どちらを通してなのですか。」


イエスは答えて言われました、


「彼が見るのは、魂を通してでもなければ、霊を通してでもなく、それら二つの真ん中にある叡知、幻を見るものはその叡知であり、その叡知こそが・・・・・・・


(このあと欠落)


・・・・・・・・・を。


そして欲望が言った、

「私はお前が降るところを見たことがないのに、今お前が昇るところを見ている。

お前は私に属しているのに、どうして私を騙すのか。」


 魂が答えて欲望に言った、


「私はあなたを見た。

あなたは私を見たこともないし、私を知覚したこともない。

私はあなたにとって着物のようであったのだが、あなたは私を知らなかった。」


これらのことを言った後、魂は大いに喜びつつ、去って行った。


 それから魂は第三の権威、無知と呼ばれるもののところに来た。

その権威が魂を尋問した、


「お前が行こうとしているのはどこへなのか。

お前は悪の内に支配されてきた。

お前は支配されてきた。裁くな。」


と魂に言って。そこで、魂が言った、


「あなたが私を裁くのはなぜなのか、私は裁いたりしたことなどないのに。

私は支配したことがないのに、私は支配されてきた。

私は知られなかったが、私の方は、地のものであれ、天のものであれ、すべてものが解消しつつあるときに、それらのものを知っていた。」

・・・・・・・・・・・魂は第三の権威にうち勝ったとき、上の方に去って行った。


そして第四の権威を見た。

それは七つの姿をしていた。


第一の姿は闇であり、

第二のは欲望、

第三のは無知、

第四のは死ぬほどの妬みであり、

第五のは肉の王国であり、

第六のは肉の愚かな知恵であり、

第七のは怒っている人の知恵である。


これらが怒りのもとにある七つの権威なのである。


彼らが魂に

「人殺しよ、お前が来るのはどこからなのか。

それとも場所にうち勝った者よ、お前が行こうとしているのはどこへなのか」


と尋問すると、魂は答えて言った、


「私を支配するものは殺された。

私を取り囲むものはうち負かされた。

そして私の欲望は終りを遂げた。

また無知は死んだ。

世にあって、私が解き放たれたのは世からであり、また範型の内にあって私が解き放たれたのは天的な範型からであり、一時的な忘却の束縛からである。

今から私が沈黙の内に獲ようとしているのは、時間の、時機の、そして永久の安息である。」


マリアは以上のことを言ったとき、黙り込んだ。

イエスが彼女と語ったのはここまでだったからである。・・・・・・・・・・


■4.使徒たちの論争

 マリヤの言葉を聞いた使徒たちは、その教えを受け入れるべきかどうかについて、次のような論争を行う。

 アンドレアス「彼女が言ったことに関して、あなた方が思うことを言ってくれ。救い主がこれらのことを言ったとは、私は信じない。これらの教えは異質な考えのように思われるから。」

 ペトロ「イエスがわれわれに隠れて、一人の女性と、しかも公開でではなく語ったりしたのだろうか。

将来、われわれ自身が輪になって、皆で彼女の言うことを聴くことにはならないだろうか。

イエスが彼女を選んだというのは、われわれ以上になのか。」


 マリヤ「ペトロよ、それではあなたが考えていることは何ですか。私が言ったことは、私が心の中で考え出したことであり、イエスについて私が嘘をついていると考えているのだとすれば。」

 レビ「ペトロよ、あなたはいつも怒る人だ。今、私があなたを見ていると、あなたがマリヤと格闘しているのは、まるで敵対者たちのやり方のようだ。イエスが彼女を認めたのに、彼女を拒否するとは、あなた自身は一体何者なのか。

確かにイエスは彼女をしっかりと知っていて、それゆえにわれわれよりも彼女を愛したのだ。むしろわれわれは恥じ入るべきであり、イエスがわれわれに命じたやり方で、福音を宣べるべきである。」

 レビの言葉を聞いた使徒たちは、あらためて決心し、福音の宣教を開始した。
http://homepage.mac.com/iihatobu/work/Gnostic.html
http://library666.seesaa.net/article/29804099.html
http://gnosticthinking.nobody.jp/gnosismyth017.html  


[スレ主【仁王像】による初期非表示理由]:2重投稿(アラシや工作員によくあるコメントはスレ主が処理可能)

9. 中川隆[1822] koaQ7Jey 2016年3月06日 09:01:10 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1768]

イエスの教えは部派仏教?

イエスは クンダリーニ・ヨーガ と ヒーリング の技術を何処で学んだのか?


十三歳になったイエスはひそかに両親の家を離れ、エルサレムを立ち、商人とともにシンド (Sindhはパキスタン南部の州) に向けて出発した。

神のことばにおける完成を目指し、大いなるブッダの法を学ぶために。

若いイエスは十四歳のとき、シンドのこちら側に来て、神の愛された地、アーリア人の間で一人立ちしていた。

イエスはジャイナの謝った信仰を捨てて、オリッサの国ジャガナートに行った。
そこにはヴィアーサ・クリシュナの遺骸が安置されており、バラモンの白い僧らがイエスを歓迎した。

彼らはイエスにウェーダを教え、祈祷によって病人を治すことを教えた。
聖典を講じ解釈することを教え、人体から悪霊を払い、正気に戻すことを教えた。

イエスは、夜に紛れてジャガナート地方を去り、山に入って、仏教徒の国、唯一にして崇高なブラフマンを信じる人々の間に住むことにした。

すなわち、かの偉大なブッダ・シャカムニ誕生の地である。

義の人イエスは、パーリ語を完全に習得した後、聖なる仏典の研究に専念した。

六年後、聖なる教えを広めるため、ブッダが選んだ人イエスは聖典の完全な講術者になった。

その後は、ネパール、ヒマラヤ山地を離れ、ラージプータナの谷へ降り、さまざまな国の民に、人間の究極の完成について説きながら、西へ向かった


われらの主、神のご加護により、イエスは苦しむことなく自分の道を進んだ。


堕落して、真の神に背いた人間に警告するために、創造主が選んだ人イエスは、二十九歳のときイスラエルに帰った。


__________________
__________________


十九世紀末、ロシアの探検家ニコラス・ノトビッチはカシミール地方を旅した際に、ある仏教徒の集会で「聖イッサ」という名の
外国から渡来した超人的人物にまつわる言い伝えを耳にした。

イッサというのはイエスのインド名で、このイッサの東洋伝道を記録する古文書が、チべット各地の寺院に保管されているというのである。

イッサに輿味をもったノトビッチはその古文書を探す旅に出た。

そしてラダックの首都レーにあるヒミス寺にその文書が保存されていることを突き止めた。

そしてその内容を、通訳を介して書きとめて故国に持ち帰り、「イエスの知られざる生涯」というタイトルで出版した。

以後それが英訳されてイエスのインド渡来説の有力な資料とされるようになった。

それによるとイッサはインドでバラモン憎に迎え入れられてヒンドゥー教の聖典を学びながら六年を過ごした。

が、イッサはその感化は受けなかった。

それどころか、カースト制度や偶像崇拝、人身供犠に我慢できなくなり、下層階級の救済に着手。

特権階級のバラモン(聖職者)やクシャトリヤ(貴族)の横暴を非難し始めた。

いかにもイエスのやりそうなことである。

そして遂には「ヴェーダ」 「プラーナ」といったヒンドゥー教の根本聖典の権威、三位一体説(ブラーフマ・ビシュヌ・シバの三神)を否定し、
「天の父」たる唯一神への信仰と、人間のすべてが等しく宿している霊性への回帰を説き始めた。

これもイエスらしい。

そのことに脅威を感じ始めたバラモンたちはイッサの殺害を計画。

それを察知したイッサはヒマラヤ山脈に逃れて釈迦生誕の地ルンビニ一に入り、仏典の研究を始めた。

入山から七年後、イッサは下界に下り、西方への伝道を開始した。

その教えは入山前と同じだったという。

http://www.gusuku.sakura.ne.jp/characters/main/ishadow1.html

__________________

 イエスの人生は13歳から30歳に至る記録がまったくないそうだ。

キリスト教では「エジプトへ行っていた」としているらしいが何一つ証拠がないとのこと。

ところがこの間、アジアへ行った形跡がある。

過去に3人の人物がチベットで「イッサ=イエス」にまつわる経典を目撃しているのだ。

(※ニコラス・ノートヴィッチ著『知られざるイエス・キリスト伝』で紹介されたチベットに伝わる写本『聖イッサ伝 人の子の最も秀れしもの』)

物語は素早くイッサの13歳に飛ぶ。「失われた歳月」の最初の年である。

物語によれば、それは「ユダヤ人が妻を迎えねばならない」年齢でもあった。

見すぼらしい(ママ)両親の家だったが、若いイッサを養子にしようとする金持や、高貴の人々がここに集まった。イッサは「すでに全能の神の名において、教えを語ること

によってその名を知られていたから」

 しかしイッサの目標は他にあった。

ノートヴィッチが公刊した写本によると、イッサはひそかに父の家を離れてエルサレムに行き、東へ向かう隊商らとともに旅し、「神のことば」に生きる自らを完成させるた

め、偉大な仏たちの法を学ぼうとした。


 イッサがシンド――今日のパキスタン東南の地域を横切ったのは、14歳のときだった。

インダス川下流の渓谷地帯である。彼はその地の「アーリヤ人」の間に落ち着くことにした。

この人たちが、紀元前の第二・千年紀の初め、インダス川の渓谷に移住したとされるアーリア人に関係があることは明らかだ。

イッサの名声はそこで高くなり、彼らジャイナ教徒は、イッサに共にとどまるよう求めたが、彼はそうしなかった。

彼はやがてジャガナートの神殿に赴き、バラモンの祭司たちから歓迎された。

彼らはイッサにヴェーダの聖典を教え、説教と癒やし、また悪魔祓(ばら)いの方法を伝授した。

 イッサはジャガナート、ラージャグリハ、ペナレス、またその他の聖都市で、学び、教えて6年を過ごした。

彼は下位カーストの民衆、つまりヴァイシャ(農民と商人)やシュードラ(小作人と労働者)に聖典を教え、そのことによって上位カーストのバラモン(祭司)、クシャトリ

ヤ(王族)との紛争に巻き込まれた。

バラモンの定めによれば、シュードラはヴェーダ聖典に近づくことも、目で見ることも許されなかった。ヴァイシャは祭りのときに唱えられるヴェーダの章句を、聞くことだ

けはできたたが、シュードラにはそれさえ許されなかった。

 その掟に従うことなく、イッサはバラモン、クシャトリヤに逆らって、ヴァイシャ、シュードラに伝道した。

この反逆に気がついた祭司、王族階級はイッサを殺そうと計った。

 危機をシュードラに警告され、イッサは夜陰に乗じてジャガナートを離れ、南ネパール・ヒマラヤ山麓へ脱出した。

500年前、シャカ族の王子として生まれた偉大なる正覚者(ブッダ)、ゴータマの称号をもつシャカムニ生誕の地であった。

シャカムニ――ことばの意味はシャカ族の賢者(ムニ)。


 6年間の学びの後、イッサは「聖典のいう完全な解脱者となった」。

その後にヒマラヤを去って、西に旅立つ。

道々、偶像崇拝を非難して教えを説きながら、そして遂に29歳、パレスチナへ帰る。


 こうした内容が現地の各所で言い伝えとして残っているという。
http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20090228/p1




[スレ主【仁王像】による初期非表示理由]:2重投稿(アラシや工作員によくあるコメントはスレ主が処理可能)

10. 中川隆[1823] koaQ7Jey 2016年3月06日 09:18:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1769]
>バラモンの白い僧らがイエスを歓迎した。
>彼らはイエスにウェーダを教え、祈祷によって病人を治すことを教えた。
>聖典を講じ解釈することを教え、人体から悪霊を払い、正気に戻すことを教えた。

奇跡は奇跡では無かった話

ユングに易を伝えた宣教師・ヴィルヘルムの妻の父も牧師でした。

しかしその父の父、すなわち祖父は、超能力者に近かったのです。

  まるでイエスでした。手をかざせば、難病がどんどん治ったのです。

その癒しを求めてヨーロッパ各地から毎週何百人という病人が集まりした。

教会 は、病院と化しました。

  相変わらず病気はどんどん治ります。

  村中の家が、病人の泊まる場所として開放されたくらいです。

  そのため、大きな温泉宿を買い取り、そこで礼拝と治療をしました。

  祖父が死ぬと、その役は父(祖父の次男)にきました。でも本には次のように書かれています。

 問題となったのは、祖父によって悲惨から救われた人たちが、祖父の死を悲しみ、もはや魂の慰めと肉体の癒しが得られなくなることを嘆いたという事実であった。子ブルームハルト(父)は、ここに信仰を持つ人間のエゴイズムを見た。
そしてそのようなエゴイズムが、結局はキリストの敵であることに気づいた。

彼は人間が被害者であるばかりでなく、神の国の到来を妨げている加害者であることを知った。自分を被害者であることを理解するこ とにより無責任となり、さらには放漫になることを発見した。

  キリスト教が宗教となり、制度を持ち、教会となったときに、それは神の救いを自分の所有とするエゴイズムの施設となる。

 イエスが癒しを与え、病気を治したのは有名です。

それをも批判するような彼の考えは、当然教会から批判されます。そして彼は一時、牧師から降ろされます。
 
でも私は彼の考えは、すごいと思います。

宗教が始まるとき、教祖の多くは超能力を発揮します。それが「売り」になり、信者を集めます。

  信者は、癒しが欲しいです。それを、エゴだと言ったのです。

  「神の恵み」などという言葉を、口にするなとも言います。

  この考え方の裏には、神は沈黙して当たり前・・という概念があります。
  すごいです。
http://www.moritaken.com/goroku/goroku01/02.html

イエスやヴィルヘルムの妻の祖父が易々と治した難病とはヒステリーの事

欧米ではキリスト教道徳に由来する『女性のセクシャリティ(身体)の罪悪視』と『男性の性愛のダブルスタンダード』というのが女性を家庭・婚姻に位置づける上で大きな役割を果たしていました。

キリスト教にせよイスラームにせよ、父権宗教(男性的宗教)では『女性の性愛・快楽の抑圧と罪悪視』が必ず教義と宗教共同体の性規範に組み込まれており、男性の女性に対する性的欲求(独占欲)が女性へと投影されることで『女性の誘惑・媚態』が想像的に指弾されていました。

ヨーロッパやイスラーム圏の信仰心が頂点に達した中世は、男性にとってはともかく女性にとっては特別な身分・権力を有する女性を除いては『暗黒の中世』であり、共同体の性愛(男女関係)の秩序やルールに違反する女性(自由恋愛・売春・不倫)は『魔女』として弾圧されたり、性被害を受けた女性が逆に『一族の恥・男性をみだりに誘惑した』として処罰されるというような男性原理の理不尽な裁定が罷り通りました。

現代社会においてでさえも、性犯罪の二次被害として『女性の落ち度・誘惑・気の緩み』などを不条理に批判する声の問題が残っているわけですが、中世〜近世のヨーロッパの共同体では『婚姻関係・生殖目的のセックスのみが正常』という宗教的価値観が非常に根強く(この考え方は現代の一神教の根本主義としても見られますが)、結婚していない女性が性行為をすればそのすべてが『女性の誘惑・不貞・落ち度』として非難される風潮があったのです。


今から考えれば論理も説得力もない無茶苦茶な話なのですが、『女性の身体・快楽の罪悪視(女性は男性を誘惑して神の道を踏み誤らせる存在)』と『結婚の秘蹟によるセックスの認可(性愛の罪の赦免)』という父権宗教の伝統規範によって、女性は結婚しなければ性行為をしてはならないし、結婚したとしても身体的な快楽を感じることは禁じられていたのでした。


異常なまでに性道徳が厳格化した18〜19世紀(特に英国ヴィクトリア朝)では、どのようにして罪深い快楽を体験せずに生殖目的のみに限定したセックスができるのかを真剣に思い悩み、教会では聴罪司祭に自分がどのような性行為をしているのかを打ち明け、その性交の方法が罪に当たらないのかを恐れていたのでした。

性的エネルギーである“リビドー”の過剰抑圧、特に女性(淑女)は一切の性的快楽を感じてはならず、性の欲望も抱いてはいけないという抑圧が、『心因性のヒステリー』の原因となり、S.フロイトの精神分析の病理学・治療法へとつながっていったのでした。


基本的には、17世紀頃までは男性も結婚しなければ一切の性行為ができないとされていたようですが、性欲の抑圧で血気盛んな『青年集団』は、村落共同体の『大人集団』の管理下に置かれていたものの、時に暴行事件や性犯罪事件などを起こしても若気の至りとして重い処罰を科されることはありませんでした。


青年は『結婚』というイニシエーション(通過儀礼)を経験しなければ、『大人集団の正規メンバー』として認められず、合法的・倫理的に『女性との性関係』を持つこともできないという厳しい制限があったので、青年たちの結婚に対する動機づけは非常に高いものとなりました。


また、男性の場合は19世紀に近づくにつれて淑女(良妻賢母)と娼婦を巡る『性愛の二重基準(ダブルスタンダード)』が許されるようになっていくので、家庭内での妻との性的快楽は宗教的に禁圧されていても、家庭の外で娼婦から快楽を得ることが『マッチョリズム(男権主義)』のステイタスになっていたという経緯もあります。

20世紀前半までは、男性だけ『生殖のための性行為』と『快楽のための性行為』を区別できる二重基準が許されており、女性には『婚姻を前提とする生殖のための性行為』か『婚姻規範に違背する自由な娼婦』しか許されないという圧倒的なセクシャリティを巡る男女の格差(差別)が残っていましたが、淑女は性的な関心や快楽への意志を持たないものとされていたので、社会規範上はそれでも問題がないと考えられていたのでした。


17世紀までは暴力と処罰によって女性の性・身体は厳しく管理され、18〜19世紀初頭にはジェンダー教育と宗教的な敬虔さの内面化によって女性の性・身体が抑圧されることになります。17〜19世紀のゲマインシャフトの社会では、女性には『聖母(良妻賢母)』か『娼婦・魔女』かという社会的偏見に基づく自己規定しか無かったというのが、女性の社会的・宗教的抑圧の重石になっていました。
http://charm.at.webry.info/200912/article_7.html

S.フロイトの創設した精神分析は、イギリスのヴィクトリア朝時代(1837年-1901年)の余りに厳格過ぎる性道徳へのアンチテーゼとしての側面を持っており、19世紀のヒステリー(神経症)は性的な欲望や身体を罪悪視する社会的風潮(世論の圧力)と強い相関を持っていた。

現代からは想像できないことだが、近代ヨーロッパの黎明期には『女性の身体』は美しさや華やかさと結びつけられずに、罪深さ(恥辱)やはしたなさと結びつけられており、とにかく社会の中で女性の身体(肌)を見せることはタブー視されて抑圧されていたのである。

笑い話のようであるが、ヴィクトリア朝の貴婦人たちは『椅子の脚・テーブルの脚』を見ると不埒な性行為をイメージさせるということで、そういった家具の脚にカバーを掛けたり、設計段階でできるだけ脚の見えない家具を作ろうとしたりしていた。

ヴィクトリア朝の英国人はその意味では究極の妄想的な“脚フェチ”であるようにも思えるが、それは現代人が『女性の脚』を性的刺激として余り意識しなくなる程度に、社会(他者の視線)の中で脚を露出するファッションが一般化したからである。

現代でも、極端に丈の短いミニスカートや肌の多く見えるファッションを『道徳的に好ましくない』とする価値観は残っているので、女性の脚と性的刺激のイマジネーションを結びつける感覚が完全に消えたわけでは当然ない。しかし、全体的な傾向として近代以降、社会における『女性の身体性の解放』は留まることなく進んできたと見ることができるし、そのことは女性の身体の所有権が『男性社会・家長』から『女性個人』へと移行してきたことを示している。


各種の社会的格差はあっても『男女同権』は今では当たり前のことのように思われているが、19世紀後半に至るまで、女性は自分の身体に対する所有権すら男性並みに保障されていたわけではなかった。

女性のファッションの自由というのは、自分で自分の身体の見せ方をコントロールできる権利のことであり、

ヴィクトリア朝の上流階級では1850年代まで“クリノリンスカート”という全く機能的ではない重苦しく大きなスカートによって、女性の身体は足首から二の腕に至るまですべて社会から覆い隠されていた。


その意味では、19世紀前半までのヨーロッパ世界(中流階級以上の女性)では、現代のイスラームのブルカの宗教的衣裳と同じように、『女性の身体』を男性社会や家族(家長)が管理するという発想に立っていたと解釈することができる。『女性の身体を隠蔽しようとする文化』は近世まではヨーロッパ世界の主流の文化であったが、そこには男性原理や家父長制を肯定する『一神教』の影響があり、

女性は配偶者(家父長制の家族)の所有物であるかのようにその活動範囲を『家の周囲』に狭く制限されていたのである。


古代ギリシア・ローマの文化芸術では、男性も女性もその自然な身体性の美しさや魅力が賞賛されており、裸体の彫刻や絵画が『美のイデア』を模倣したものとして鑑賞されたが、それは古代ギリシア・ローマ社会が、女権社会(地母神崇拝)の痕跡を留める『多神教の宗教』を信仰する社会だったからと推測することができる。

しかし、キリスト教やイスラム教という『父なる神』を崇拝する男性原理の一神教がヨーロッパ世界を覆うに従って、女性の身体も分厚く面積の広い衣服によって覆われていき、理想的な女性のイデアは父・夫・子に純真無垢に尽くす『家庭の天使』に収斂していくことになった。


ヴィクトリア朝では『家庭の天使』になる女性には能動的な性欲は存在しないものと定義され、『女性の非性的な属性』を医学的な事実だとするウィリアム・アクトンのような保守的な医師も多かった。

19世紀前半のイギリスでは、積極的に自分から性的活動をしようとしたり、他愛ない話題でも不特定多数の男性に話し掛けたりする女性は、所謂、異常性欲の診断や娼婦への偏見を下される恐れもあった。
http://charm.at.webry.info/200910/article_7.html

ヒステリー患者に共通している二項目を挙げると、

一つは彼等が嘘をついていない事、

二つ目はいくら検査をしても医学的に悪い所が発見できない事である。

今まで行われたヒステリー研究ではその規模が小さく、また方法論に問題があって結果の比較が難しく、総合的結論が出せなかった。


フロイト以前にもヒステリーと言う言葉はあった。原語はヒステラでありギリシャ語で子宮を意味する。古代の医者の中には、餓えた子宮、間違った位置にある子宮が女性の病気の原因になっていると言う人もいた。ヒポクラテスは子宮理論の中で、女性の病気を治すには結婚が良いとした。

その後に現れたのが聖者であり、呪術師であり、悪霊に取り付かれた者達であった。

17世紀ではヒステリーは発熱に次ぐ最もありふれた病気であった。

19世紀に入りフランスの神経医学者であるジャン・マルチン・シャルコーやピエール・ジャネットがヒステリーの現代医学的基礎を作った。そして、シャルコーの生徒であり若き神経学者であったジークムント・フロイトが、劇的にヒステリーの見方を変えて大衆化させた。

フロイトの魅力は、何故ヒステリー患者が卒倒したり、痙攣したりするかを説明した所にある。

彼は「転換」と言う言葉を使い始めた。彼によれば、ヒステリーとは解決されない無意識の葛藤がヒステリー症状に転換したと言う。

彼のこの「体は心のドラマを演じている」に取って代わる理論は未だ現れていない。

「ヨーロッパの医者には、ヒステリーが体の病変と関係しているのでは無いかと考える人もいた。例えば、不幸な子宮、余りに細い神経、肝臓から出る黒い胆汁等がひきつけ、叫び、痛みを起しているのでは無いかとした。

フロイトがこの因果関係を逆転させ、心の葛藤がヒステリー症状を起すとした」とイリノイ大学の助教授であるマーク・ミケール氏は言う。


現在の神経学者は脳と心をを別々に考えていない。多くは未だ不確かではあるが、脳スキャンによる検査では、脳の感情の中枢が感覚野や運動野の回路を変調させているのが分かり始めている。


過去10年間にヒステリー患者の脳スキャンが多く取られ次の事が分かった。

患者の神経と筋肉には問題がない事、即ち構造より機能に障害がある事を示している。

患者では動きを指令する高度の部分、即ち意志の部分に問題が起きていると推察される。映画で言えば、俳優が駄目なのでなく、監督に問題がある。


手を動かすには次の一連のプロセスを必要としている。

先ず手を動かしたいと言う動機があり、次にどの筋肉をどのように収縮するかの計画、そして最後に実際に手を動かす実行がある。理論的にはこの3つの段階のどの段階に問題が発生しても麻痺は起きる。(シャルコーは1890年に既にそのように考えていた)

1997年に雑誌Cognitionで、カーディフ大学のハリガン氏の研究チームは、体の左半分が麻痺した女性の脳の機能を詳細に調べ、彼女の体、脳には病変がない事を確認した。

彼女が麻痺した左の足を動かそうとしても、活動すべき脳皮質が活性化していなかった。

その代わり、右眼窩前頭皮質と右前部帯状皮質が活性化していた。

この部分は行動と感情に関係する分野で、ここが運動を抑制して足の麻痺を起しているので無いかと判断した。

「患者は足を動かそうとしている。しかし、その意志が原始的な右眼窩前頭皮質と右前部帯状皮質を活性化し、動かそうの命令を阻止した。彼女は足を動かしたいのですが足は動かないのです」

とハリガン氏は言う。

その後に行われた研究でもこの考えは支持されて、転換性障害の患者では、感情を処理する脳に変調を来たし、動き、感覚、視覚の脳の回路が正常に働かなくなったとしている。

今後、このようにスキャンで診断する方法が主流になるであろう。従来の検査では悪い部分を発見出来なかったから、勢い、仮病ではないかの誤った偏見を医師に持たせる結果となった。


脳スキャン検査は医療関係者のヒステリーに対する偏見を取り去ろうとしている。

「ヒステリー患者は我々の間では大変評判が悪かった。彼等は、どうも奥深くの所で我々を騙しているのでは無いかと、我々が思うからです。

だから、わざとらしい症状を見ると

『ちょっとおかしいのじゃないの。足うごかせますよ』

と言いたくなるのです。

もう1つ好きになれないのは、彼等が良くならないからです。

それも意図的にしているように見える」


とバーモント大学の神経学助教授であるデボラ・ブラック氏は言う。

文化は変わっても症状は余り代わらない。

オーマンではジン(悪霊)がひきつけを起すと言う。

ナイジェリアとインドではヒステリー患者は頭、手、足にピリッとした痛みを感じる。カリブ海諸国では頭痛、震え、心臓の動悸、むかつきが一般的症状である。

イギリスでの帰還兵士の調査では、20世紀を通して心的外傷障害はなくならなかったと報告がある。本能が心に取って代わったのだ。


ヒステリーの広範性、人間の歴史と共に存在した長い歴史から見て、ヒステリーは恐怖に対する本能的反応であろう。

麻痺のような機能の完全喪失は、最早不可能な事態に直面した時に起こる反応とも考えられる。例えば、車のヘッドライトに目の眩んだ鹿を考えたらどうだろう。
http://saito-therapy.org/new_finding/hysteria.htm

医療器具だったバイブレーター

大人のオモチャの代表格“バイブレーター”は、元々は医療器具だった。

“バイブレーター”と言えば、最も有名な大人のオモチャの一つだと思う。Durex社の調査に拠れば、日本人女性の24%はバイブレーターを使用した経験が有るという。4人に1人の割合だ。

そのバイブレーターだが、実は元々は女性の“ヒステリー”を治療する為の医療器具として開発されたのだという。この場合の“ヒステリー”とは日常的に用いられる意味ではなく、医学用語で

「何らかの葛藤やストレス等の心理的異常によって、声が出なくなったり、腕や足が動かなくなったりする状態」

の事を指す。現在では“転換性障害”とか“身体表現性障害”と呼ばれる事も有るらしい。要は神経症の一種である。

ヒステリーは19世紀後半に注目され始めた病だったが、当時は原因が不明で治療法が確立していなかった。そこで20世紀初めまでは、専門医が女性患者の性器を愛撫して症状を軽減させていたらしい。

しかし愛撫には相応の技術が必要な上に手間も掛かり過ぎる為、1930年代にヒステリー専用の医療器具が開発される事になった。それがバイブレーターだったのである。

バイブレーターは特殊な技能を有さなくても誰でも簡単に愛撫が可能な為、医療器具としてだけでなく大人のオモチャとしての需要も多かった。その為、現在のように広く普及していったのだ。

以上より結論。

バイブレーターは元々、女性のヒステリーの症状を軽減する為の医療器具だった。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1316338103


英語版Wikiには「電動バイブは1880年代に女性のヒステリー治療の1手段として発明された」とはっきり書いてあります。
http://en.wikipedia.org/wiki/Vibrator_%28sex_toy%29

特許取得者はロサンジェルスのジョン・キオーは1911年にアメリカ初の電動膣用バイブレーターの特許を申請した。取得したのは翌年の1912年。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1316338103


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11. 中川隆[1824] koaQ7Jey 2016年3月06日 09:30:48 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1770]

ウルトラ左翼で無神論者のパゾリーニが、キリストの生涯を新約聖書の「マタイの福音書」を元に映像化した作品。


奇跡の丘
1964年 製作:アルコ・フィルム リュックス・フランス映画会社
原案・脚本・監督:ピエル・パオロ・パゾリーニ(「マタイの福音書」に基づく)
https://www.youtube.com/results?search_query=The+Gospel+According+to+St.+Matthew+%281964%29+
https://www.youtube.com/watch?v=L2a1gBrca6A
https://www.youtube.com/watch?v=q6qVYmfmEDI

ヤマネ
この映画、カソリック教会とかは大嫌いだけど、キリストその人は愛しているパゾリーニの気持ちがよく出てますね。


オガケン
革命家としてのイエスだな。


BABA
説教がほとんどアジテーションだもんね。なんか教会から賞をもらった作品らしいけど、細かい事は抜きにしてそれくらいイエスがカッコ良かったってことかな。中盤のマシンガン・トークとかスゴかった。取りあえず眉毛がつながってるし。
http://www.cafeopal.com/reviews/99/dec/reviews991214.html

Q資料...これがイエスの本当の辻説法


群集を見ると、彼は弟子たちに言った

何と幸運な者だ、貧しい者は。 彼らには神の王国がある。

何と幸運な者だ、飢えている者は。 彼らは腹いっぱいに満たされるだろう。

何と幸運な者だ、泣いている者は。 彼らは笑うだろう。


おまえたちに言っておこう。敵を愛し、呪う者を祝福し、侮辱する者のために祈ってやれ。

おまえの頬をピシャリと打つ者には、反対の頬も向けてやれ。

上着を奪い取ろうとする者には、シャツもくれてやれ。

求める者には与えてやれ、おまえの持ち物を奪うものがいても、返してくれなどと言うな。

人さまにしてもらいたいと思うことを、彼らにもしてやれ。

おまえたちを愛してくれる者たちを愛したところで、それが何だというのだ。

徴税人たちでさえ、彼らを愛する者たちを愛しているじゃないか。

兄弟たちだけに挨拶したところで、ほかの者より何か善行でもしているというのか?

誰でもそうするじゃないか。

返してもらうことをあてにして貸すなら、それが何だというのだ。

悪人どもでさえ、返してもらうことをあてにして、身内の者に貸している。

しかし、おまえたちは、敵を愛し、よいことを行い、何も期待しないで貸してやれ、そうすれば、おまえたちの受ける報酬は大きく、おまえたちは神の子らとなる。


なぜならその方(神)は、邪しまな人間の上にも善良な人間の上にも太陽を昇らせ、正しい者の上にも正しくない者の上にも雨をお降らせになるからだ。


おまえたちの父が憐れみ深いように、憐れみ深い者になれ。
裁くな、そうすれば、裁かれないですむ

おまえたちが「裁きに」使う物差しが、逆におまえたちを裁く物差しになるからだ。

盲人は盲人の手を引けるか? 二人とも穴に落ちはしないか?

弟子は師にまさらない。師に似ていればそれで十分だ。


おまえは兄弟の目の中にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の中にある丸太に気づかないのだ?

自分の目の中にある丸太を見ないで、兄弟に向かって、

「あなたの目にあるおが屑を取らせてください」

と、どうして言うことができるのだ?

偽善者よ、まずおまえの目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきりと見えるようになって、兄弟の目の中にあるおが屑を取り除くことができる。


よい木は腐った実を結ばず、朽ちた木はよい実を結ばない。

茨からイチジクが採れるか?

アザミから葡萄が採れるか?

どの木もその結ぶ実によってしられる。

善良な人間は倉から良い物をを取り出し、邪しまな人間はいかがわしい物を取り出す。
なぜなら口は、心から溢れ出るものを語るからだ。


わたしを「先生、先生」と呼びながら、なぜわたしの言うことを実践しないのだ?

わたしの言葉を聞き、それを実践する者はみな、岩の上に家を建てた者に似ている。

雨が降り、激流が襲っても倒れなかった、岩が土台だったからだ。

しかし、わたしの言葉を聞いても実践しない者は、砂の上に家を建てた者に似ている。

雨が降り、激流が襲うと、倒れてしまった。ぺしゃんこだった。


ある人が彼に向かって言った。

「あなたがおいでになる所なら、どこへでも従って参ります。」

するとイエスは答えた。

「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない。」

別の者が

「まず、わたしの父を葬りに行かせてください」

と言うと、イエスは彼に言った。

「死んでいる者たちに自分たちの死者を葬らせるがよい。」

また、別の者も言った。

「先生、わたしはあなたに従います。しかし、まず家族にいとまごいをさせてください。」

イエスは彼に言った。

「鍬に手をかけてから振り返る者は、神の王国にふさわしくない。」


彼は言った。

「収穫は多いが、人手が足りない。だから収穫の主に、刈入れのために働き手を送ってくれるよう願うのだ。

さあ、行け。わたしはおまえたちを遣わす。

それは、小羊を狼の群れの中に送り出すようなものだ。

金も、バッグも、サンダルも、杖も携えてはならない。

道中では誰にも挨拶をするな。

どこかの家に入ったら、開口一番、(この家に平安があるように!)と言ってやるのだ。

もし平安の子がそこにいるのならば、おまえたちの挨拶は受け入れられる。

もしいなければ、その平安はおまえたちに戻ってくる。

同じ家にとどまり、そこで出される物を食べ飲むがよい。

働く者が報酬を受けるのは当然だ。

家から家へと渡り歩くな。

町に入り、迎え入れられたら、出される物を食べるのだ。

病人の世話をし、そして彼らに、(神の王国はあなたがたに近づいた)と言ってやるのだ。

しかし町に入っても、迎え入れられなければ、出ていくときには、足についた埃を払い落として、

「だが、これだけは確実だ。神の王国は近づいた」

と言ってやれ。

祈るときは、こう言うのだ。


「父よ、あなたの名が崇められますように。

あなたの支配がありますように。

わたしたちに毎日、日々のパンを与えてください。

わたしたちの負債を赦してください。

わたしたちもわたしたちに負債のある者をみな赦しますから。

わたしたちを誘惑(試される状況)に遭わせないでください。」


求めよ、そうすれば、与えられる。

探せ、そうすれば見つかる。

叩け、そうすれば、開かれる。

求める者は受け、探す者は見つけ、叩く者はには開かれるのだ。

おまえたちの中に、パンを欲しがるわが子に石を与え、魚の代わりに蛇を与える父親がいるだろうか?

おまえたちは、よい者でなくても、わが子にはよい物を与えることも知っている。

もしそうなら天にいる父は、どんなに多くのよき物を、求める者に与えてくださることか!

隠されているもので知られずに済むものはなく、明るみに出ない秘密はない。

わたしが暗闇で言うことを、光の中で言うのだ。

耳にささやかれたことは、屋根の上で言い広めるのだ。

体を殺すことができても、魂を殺すことができない者たちを恐れるな。

五羽の雀は二セントで買えないか?

だがその一羽でさえ、おまえたちの父が知ることなしに、地に落ちたりはしない。

おまえたちの頭髪までも、一本残らず数えられている。

だから、恐れるな。おまえたちはたくさんの雀よりもまさっている。


群集の一人が言った。

「先生、わたしにも遺産を分けてくれるように兄弟にいってやってください。」

イエスは彼に言った。

「なあ、誰がわたしを、おまえさんたちの裁判官や調停人に立てたのだ?」

彼はたとえで彼らに語った。

「ある金持ちの土地が豊作だった。金持ちは、

(どうしよう、作物を蓄えておく場所がない)

と思いをめぐらし、やがてこう言った。

(よし、こうしよう。倉を壊してもっと大きなやつをつくり、そこに穀物や財産をみなしまい、わが命の君にこういってやる。

(命の君よ、おまえさんには何年分もの蓄えが十分にできたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだりして陽気にやれ。))

しかし、神は彼に言った。

(大ばか者!今夜おまえの命の君は取り上げられる。おまえが生産したものは、いったい誰のものになるのか?)

自分のために富を積んでも、神の目に豊かでない者は、これこのとおりだ。」


おまえたちに言っておく

何を食べようかと、命のことで心配などするな。

何を着ようかと、体のことで思い悩んだりするな。

命は食べ物よりも大切じゃないか。体は衣服よりも大切じゃないか。

烏のことを考えてみるのだ。

種蒔きもせず、刈入れもせず、納屋に穀物をためもしない。

それなのに、神は烏を養っておいでだ。

おまえたちは烏よりも価値がないのか?

おまえたちのうちの誰が、思い悩んだからといって、寿命を一日ひき伸ばすことができようか。

なぜ、服のことで思い悩んだりするのだ?

百合がどのようにして育つのか考えてみるがよい。

働きもせず、紡ぎもしない。

だが、栄華をきわめたソロモンでさえ、これほどには着飾っていなかった。

もし神が、今日は野にあっても、明日は炉に投げ込まれる草でさえこのように美しく装われるなら、信仰心の薄いおまえたちにはなおさらのことじゃないか。

だから、何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかなどと考えて、思い悩んだりするな。

それは世の誰もが切に求めているものだ。

おまえたちの父は、おまえたちがこれらの物を必要としていることを知っている。

ただ、おまえたちへの神の支配を確信するのだ。

そうすれば、これらの物はすべておまえたちのものになる。

自分の持ち物を売り払って、施しをしてやれ。

自分自身のために、富を天の口座に積み立てるのだ。

そこでは虫が食うことも、錆つくこともなく、盗人が忍び込んで盗むこともない。

おまえたちの富のある所に、おまえたちの心もある。


彼は言った。

「神の王国は何に似ているか。それを何にたとえよう。

それは一粒のからし種に似ている。

これを取って庭に蒔くと、成長して木になり、空の烏がその枝に巣をつくる。」


彼はこうも言った。

「神の王国は、パン種に似ている。
女がこれを取って三升の粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」


偉そうにふんぞり返っている者は赤恥をかくが、へりくだる者は褒められる。

ある人が盛大な宴会を催そうとして、大ぜいの人を招いた。

宴会の時刻になったので、彼は僕を客人のもとに遣わして言わせた。

「さあ、もう用意が整いましたので、お越しください。」

するとみな、言い訳を口にしはじめた。

最初の者は彼に言った。

「畑を買ったので、見に行かねばなりません。どうか、失礼させてください。」

別の者はいった。

「牛を二頭ずつ五組買ったので、しらべねばなりません。どうか、失礼させてください。」

また別の者は言った。

「新婚ホヤホヤなので、行けません。」

僕は帰ると、このことを主人に報告した。

すると、家の主人は怒りを爆発させて僕に言いつけた。

「さあ、すぐに町の通りに出て行き、見かけた者は手当たり次第連れて来るのだ。」

そこで、僕は通りに出て行き、見かけた者を集めて連れてきた。

こうして、その家は客人でいっぱいになった。


父や母を憎まない者は、わたしから学ぶことは出来ない。

娘や息子を憎まない者は、わたしの弟子になれない。

十字架を受け入れて(非難に耐えて)わたしに従わなければ、わたしの弟子の一人になれない。

自分の命を守ろうとする者は、それを失う。

しかし、わたしのために命を失う者はそれを保つ。

塩はよいものだ。

だが、塩味を失えば、どのようにしてもとの味にもどるのだ?

土地のためにも肥料のためにもならず、外に投げ捨てられるだけだ。
http://www.mars.dti.ne.jp/~fenot/jesus/cr_qtxt.html



[スレ主【仁王像】による初期非表示理由]:2重投稿(アラシや工作員によくあるコメントはスレ主が処理可能)

12. 2016年3月11日 16:59:35 : fpt8itpB5Q : zW@YYVl31Kw[412]
キリストなどという者は頭から小便浴びせて豚にエサにすればおkです
天皇教も同様
一神教信者の善悪の区別は異常だよ、とても現代人とは思えない
今まで何億人を殺しているのやら

14. 中川隆[1910] koaQ7Jey 2016年3月16日 19:17:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1874]
>>13
仏教というのは権力迎合の悪質な宗教ビジネス
釈迦の教えとは全く違うものだからね:

小乗仏教も大乗仏教も釈迦の教えに反するインチキ信仰

世に広まっている誤解に、釈尊は「六道輪廻」から解脱することを説いた、つまり生まれ変わりからの解放を説いたというものがあります。

しかし実は「輪廻」も「解脱」も元来、古代インドの支配階級だったバラモンの考えで、それらを含む思想が釈尊と同じころに『ウパニシャッド』という文献にまとめられてきますが、それは釈尊のとられる考え方ではありません。 それどころか、それらを批判していったのが釈尊でした。


 そもそも釈尊の当時は、正統的なバラモン思想に対抗する一連の革新的思想家が出てきた時代です。

かれらは沙門(しゃもん=努力する人)と呼ばれ、釈尊もその中の一人でした。

釈尊の師であったといわれるアーラーラ・カーラーマやウッダカ・ラーマプッタもそうですし、ジャイナ教の始祖ヴァルダマーナなど、「六十二見九十五種」という言葉もあるように、何十何百もの方々がさまざまな教えを説いていたといわれています。

 その中にも生まれ変わりを否定する人はたくさんいたのですが、釈尊がそれを否定した仕方はきわめて簡単です。 生まれ変わりという考えは、われわれが常住不変・永遠不滅の「我」(霊魂のようなもの)を持つということを前提としますが、釈尊はそのような「我」はないと言われたのです。

 趙樸初『仏教入門』(法蔵館)の記述にしたがえば、釈尊はわれわれも含め生き物はすべて、さまざまな物質的要素(地・水・火・風・空)と心理的要素(感覚器官・感覚・印象・思惟・判断力など)の集合体であり、しかもそれらすべての要素が一瞬ごとに生滅・変動していると考えました。

そうであれば、そこには輪廻の主体となる不変の「我」はどこにも見いだすことができないということです。これが「無我」といわれる考え方です。

 ただし、釈尊が冷静に学問的に研究した結果、そういう結論に達したのかどうかは微妙です。むしろ、輪廻という考えを否定するという動機にしたがってそう考えたと見ることもできます。

 というのも、ここは非常に大事な点ですが、釈尊を含む革新的思想家たちがバラモンの教えを批判するのは、それがバラモン支配の社会を支えるための教え(今ふうに言えばイデオロギー)だったからです。

たとえば、輪廻という考えは厳然としてカースト制を支える教えとしてあります。

つまり、現在バラモンであるものは前世によい行いをしたからであり、反対にシュードラにあるものは、前世でわるい行いをしたからであり、来世でよい境遇に生まれたければ善いことをせよというわけですが、その善悪の基準とは、つねにカースト制を含む社会が存続するのに都合のいいものです。

善を行ない悪を行うまいとして道徳を守れば守るほど、一方では安逸を貪り、他方ではいかに努力しようとも悲惨な状況から抜け出すことの出来ない階層が存在するという状況が続くわけです。

 これだけでも皮肉ですが、しかも、悲惨な状況にある者は、その状況を自分の前世の行いからくる運命のように受け入れて生きていくしかないと思いこんでしまうという点で、二重に悲惨なのです。

要するに、輪廻は身分差別には当然の理由があるんだという「こじつけ」として機能していたと考えることができます。

 ですから、釈尊が輪廻を否定し「四姓平等」(四姓とは、バラモン:司祭者・クシャトリヤ:王族・ヴァイシヤ:庶民・シュードラ:隷民)を表明したということは、「カースト制度を正当化しようとするいかなる考えかたも許さない」ということを意味したわけですから、カースト制と闘う態度を明確にしたということができます。

 しかし、残念ながら世間には、釈尊が輪廻を説いたというたぐいの仏教入門書が少なくありません。

しかし逆に言えば、その本が輪廻を釈尊が説いたもののように言っているかどうかは、その本が信用できるかどうかの一つの指標になるのではないでしょうか。
http://www2.big.or.jp/~yba/QandA/98_10_21.html


スッタ・ニパータは釈迦の本当の教えなのか?

仏教学を学ぶ者にとって、釈迦が、神の存在や霊魂の不滅性の是非を説かなかったことは、初歩中の初歩であるのだろう。そして、多くの仏教本には、釈迦は、人間にとって知ることのできない形而上学的諸問題については、それを問うても解答の出ないものであり、釈迦は、それらをことごとく捨て去ったと書かれている。(無記説)

ところで、最古の経典『スッタ・ニパータ』に登場する釈迦は、「無執着説」を説きながら、一方では、「輪廻からの解脱」ということを言う。最初から、霊魂の不死性を肯定も否定もしなかった仏陀が、一体、何故に、再び「輪廻」という言葉を持ち出してくるのだろうか?

これらのことは、『スッタ・ニパータ』を読んだときから、どうしても、私の頭から離れなかった疑問点であった。そして、もともと、本経典は、別々の時代に書かれた別の経典から編集されたものであり、全く別のものとして仏教を誤解釈した釈迦弟子が、仏陀の言葉として書き記したものであるのだろうか?

あるいは、釈迦は最初から輪廻を信じていて、これらは、何かの点によって繋がっているものであるのだろうか? それとも、それらはナーガールジュナ(龍樹)が言うような「勝義諦」と「世俗諦」なのだろうか?

実を言うと、先日、由緒ある曹洞宗のお寺に、日本を代表する仏教学者である奈良康明先生の講演会があり、話が終わった後に、個人的に、これらの質問をもって行ったところ、お寺の奥にあった小部屋に、先生から直々に案内され、一対一で、先生からの、これらに関する解答を頂いたのでした。


『釈迦は無我説を説き、霊魂の不滅性は説かなかった。

しかし、当時の一般民衆のほとんどが輪廻思想を信じていて、釈迦は霊魂の不滅性を否定はしなかった。霊魂の不滅性を否定したなら、托鉢で飯も食えなくなっただろうし、それを信じる者には、その道で行きなさい、といった感じだった。

だから、スッタ・ニパータのは矛盾はない。』


その日の夜に、仕事が終わった後に、スリランカ出身の友人B氏と、これらについて、さらに深い部分にまで及んで話し合ったところ、まったく別の説が浮かび上がってきた。

その彼の説はこうである。

『当時のインドでは、ほとんどの人が輪廻を信じていて、釈迦は輪廻からの解脱に挑んだ。その到達点は梵我一如のそれと同じであり、ニルヴァーナに至った釈迦には輪廻それ自体が無くなってしまった。

それゆえに、神(ブラフマン)の領域にまで達した釈迦にとってはアートマンは輪廻することが無くなったために、霊魂は不滅ではなくなった。』


しかし、B氏の説はバラモン教や梵我一如とその到達点ばかりではなく、それに至る道までもが同じではないのか?

一体、釈迦の仏教は梵我一如であったのだろうか?

いや、そんなはずはないだろう。釈迦の仏教が梵我一如の達人であったのなら、仏教は仏教である意味は喪失してしまうことになるのだろう。

私は、仏教のニルヴァーナの境地とバラモン教の境地とは、同一のものであることはB氏の意見と一致するが、釈迦の山頂に登る手法は、梵我一如のそれとは異なっていたのではないのかと思っている。

そして、「釈迦は霊魂の不滅説を説かなかった(否定も肯定もしなかったという意味)。

しかし、当時、霊魂の不滅性を信じる多くの一般民衆に対しては、霊魂の不滅性を否定はしなかった。」

という奈良先生の説に、私は賛同している。

もしかしたら、修行のレベルに合わせて釈迦は説法をされたのであろう。(対機説法)
http://blogs.yahoo.co.jp/dyhkr486/47870614.html

(マッジマニカーヤ72、アングッターラニカーヤ34)


ヴァッチャは、さらに、尋ねて聞いた。

「世尊よ、では、執着を離れて解脱した者は、いずこにおもむいて生れるのであろうか。」

「ヴァッチャよ、おもむいて生まれるというのは、適当ではない。」

「では、どこにもおもむいては生まれぬというのであろうか。」

「ヴァッチャよ、おもむいて生まれぬというのも、適当ではない。」

「世尊よ、それでは、わたしはまったくわからなくなってしまった。以前に世尊と対座問答することによって、わたしの得た深い確信すらも、すっかり消えうせてしまった。」

すると世尊は、彼のために、このように説明せられた。

「ヴァッチャよ、なんじがまったく解らなくなったというのは、当然であろう。ヴァッチャよ、この教えは、はなはだ深く、知りがたく、すぐれて微妙であって、智慧あるもののみが知りうるところのものである。他の見解にしたがっている者や、他の行をしている者には、とうてい知られがたいものであろう。

だが、ヴァッチャよ、わたしはさらに、なんじのために説こう。いまわたしが、なんじに問うから、思いのままに答えるがよい。

ヴァッチャよ、もしなんじの前に、火が燃えているとしたならば、なんじは、火が燃えている、と知ることができるか。」

「むろんである。」

「では、ヴァッチャよ、この火は何によって燃えるのであるかと問われたならば、なんじは何と答えるか。」

「それは、この火は、薪があるから燃えるのだと、わたしは答える。」

「では、もしなんじの前で、その火が消えたならば、なんじは、火は消えた、と知ることができるか。」

「むろんである。」

「では、ヴァッチャよ、かの火はどこに行ってしまったかと問われたならば、なんじはいかに答えるか。」

「世尊よ、それは問いが適当ではない。かの火は、薪があったから燃えたのであり、薪が尽きたから消えたのである。」

そこで、世尊は、うなずいて、説いていった。

「ヴァッチャよ、まったくその通りである。そしてそれと同じように、かの色をもって人を示す者には、色が捨てられ、その根は断たれる時、その人はすでになく、また生ぜざるものとなるであろう。

その時、ヴァッチャよ、人は色より解脱したのである。・・・

そして、ヴァッチャよ、受についても、想についても、行についても、識についても、また同じである。」

(同上、増谷文雄訳)


ヴァッチャは、古代インド人の常識として当然のごとく、バラモン教・ヒンズー教・俗信の伝統にしたがって、執着を離れて解脱したものはどこか善いところ赴いて生まれると思い込んでいたのです。

そのために、ブッダにつまずいてしまったわけです。

ブッダの思想には、どこかに赴いて生まれる(赴いて生まれない)とか、よい世界に生まれ変わる(生まれ変わらない)とかいうような問いは、「いままで燃えていた火はどこに行ったのか」と問うことがまったく見当違いの問いであるように、まったく見当違いの問いだったからです。

ブッダは、比喩を用いて、火が消えるのはただ薪が燃え尽きたから消えたにすぎないのであって、火がどこか別の世界に赴いて行ったのではない、というのです。ヴァッチャは、これを聞いてブッダの意味するところを理解することができ、ブッダに帰依します。

ブッダは「人は悟って天国に帰る」などとは説きませんでした。
http://www.j-world.com/usr/sakura/replies/buddhism/buddhism20.html


ゴータマ・ブッダは紀元前500〜400年頃に生まれ80年間生きた。 研究者の間で生年に100年程の誤差あるが、もともとインドには正確な年代を記する習慣はなかったから、 むしろ100年程度の誤差ですんでいることは驚きでもあるといわれている。

 ゴータマ・ブッダは「仏教」の創始者ということになるのかもしれないが、ブッダ は、 自分が教祖となり〈「仏教」という宗教〉を興すことを意図してはいない。 彼の言葉には、宗教一般に見られる「教義」を見い出すことはできない。 むしろ「私にはこのことを説くということがない」(スッタニパータ)という言葉が示すように〈概念や教義の構築〉とは 反対の方向を目指している。

 ブッダの死後、弟子達によってブッダの言葉がまとめられた。さらに時代の流れと共にその当時の社会環境やほかの宗教、思想の影響を受け、変化してきたが、発祥の地インドでは13世紀に仏教は衰退した。仏教の外国への伝播には中国への北伝と南アジアに広がった南伝とがある。日本では北伝により仏教が入り各宗派が確立した。

 何を指して「仏教」というのか、議論されるところであるが、紀元前後にぼっ興した新しい仏教(大乗仏教)は『スッタニパータ』に比べ、時空間の拡がりやお経の規模の拡大などが目につく。その内容に目を通 すと、『スッタニパータ』の内容をそのまま増幅させたようなものもあるし、異なる部分もある。概念的に要約され、隠れてしまったこともある。

私達がすでにもっている仏教についての知識を一旦取り払い『スッタニパータ』を読み直してみると、そこには、2500年の間に忘れられていた智慧があることが分かる。(2004.6.18改訂)


 もともとブッダは何を語ったのか、その時代に一番近い仏典とは何であるのか?

最近の研究では、もともとブッダが弟子達にしゃべったのはマガタ語で、それが口伝で残され、紀元前一世紀頃、パーリ語に置き換えられといわれている。パーリ語は南伝において口伝で流布したのであるが、19世紀、イギリスでローマ字表記にあらためられたパーリ語聖典(PTS:Pali Text Society)が、刊行された。それは今日でも研究者によく読まれている。

そのパーリ語聖典の中で、古層にあたるといわれるものに『スッタニパータ』、『ダンマパダ』、『サンユッタニカーヤ』がある。中でも『スッタニパータ』の第四章、第五章は特に古いといわれている。

 詳しくは中村元博士が『ブッダのことば』(岩波書店発行)の後に、解説されているので、興味のある方はお読みください。 最後になったが、『スッタニパータ』はパーリ語のsutta-nipataをカタカナ表示にしたものである。suttaは「お経」、nipataは「集まり」だから、「経集」という程の意味になる。

 私たちは、たかがこの30年だけを取り上げても、多くを学んで来た。その中で重要なことの一つに次のことがある。どれほど優れた論理体系でありイデオロギーであっても、「私たちのこころ」は、論理を構成する言葉の枠に入ることをよしとはしないことだ。論理体系だけでは、自分のこころは何も解決され得ないことに気がついてきた。 

  この2500年も前のブッダの言葉(『スッタニパータ』)にはそれらを解く道筋がある。(2009.4.14改訂)
http://www.yamaji-kan.com/about.html


釈尊について知っておくべき基本的前提は、釈尊が確かにこの通りしゃべったといえる言葉は残念ながら一つも残っていないということです。 大乗経典はもちろんのこと、最初期の経典にもそれを見つけるのは困難です。

 しかし、釈尊がしゃべった言葉にかなり近いだろういわれているものはあって、スッタニパータ(『ブッダのことば』岩波文庫)やダンマパダ(『真理のことば/感興のことば』同)の中の言葉がそれにあたります。

その中でも、スッタニパータの「八つの詩句の章」と「彼岸に至る道の章」をまず読まれることをおすすめします。そこには、仏教の基本的教えとされる「諸行無常」も「諸法無我」も出てきませんし、菩提樹の下で瞑想し自己と宇宙に関する究極的真理を体得したとかいった神話もありません。

それらは釈尊よりはるかに後の人が釈尊の教えを整理した言葉、あるいは、釈尊の教えを宣伝するために作った物語なのですから当然ですが、とりあえずそういうものをいったん忘れて釈尊の言葉を読む必要があると思います。
http://www2.big.or.jp/~yba/QandA/98_10_21.html


釈迦は輪廻や死後の世界や神の存在を完全に否定していた。

しかし、釈迦は当時の霊魂や死後の世界を信じている一般人には真実は言わず対機説法だけをした。

スッタニパータやダンマパダの釈迦の言葉が矛盾するのは真実と対機説法が混在しているから。


ダンマパダ
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/737.html

スッタニパータ
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/736.html

ブッダ最後の旅
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/738.html


対機説法の目的


スッタニパータ 第二章 小なるもの 第一経 宝

227  正しくある者たちに賞賛された、これら四組の者たち八人(四双八輩:正覚に至る四階梯の各々において学びつつある者と学び終えた者の計八人)が〔世に〕有るなら、彼ら、善き至達者(ブッダ)の弟子たちは、施与されるべきである。

これらの者たちにたいする諸々の施しは、大いなる果となる。これもまた、僧団(サンガ)における、妙なる宝である。この真理によって、安穏成れ。
http://www7.ocn.ne.jp/~jkgyk/sho20070317.html


ここで布施を受けるのは、貧しい人々ではなく、バラモンの生活法に則って、家住期を終え、家庭を離れて遍歴修行する遊行者、あるいは祭祀を行うバラモンのことである。
 
ゴータマとその弟子たちもまた、住居と生業をもたない遍歴の修行者であった。 かれらも生存していくためにやはり在家から食を乞わねばならない。 

 そのとき、布施の功徳を問われれば、先のマーガとの問答にあるように、祭祀さえも認めることがあったのだろう。 後の経典は、動物供犠を除けば邪盛会でさえ、肯定されているのである
http://www.eonet.ne.jp/~sansuian/com/comp5.html


要するに上記227節の意味は、

釈迦の弟子は特別な存在だから、もっと金を出せ

という事ですね。そしてこれこそが仏教における釈迦崇拝の背景でしょう。


スッタニパータを書いた目的も

善き至達者(ブッダ)の弟子たちは、施与されるべきである。これらの者たちにたいする諸々の施しは、大いなる果となる。

というのを一般の人に納得させる事なんですね.

要するに,我々偉大なる釈迦の弟子にもっと金を出せ という事です.

輪廻転生や死後の世界を素朴に信じている無知蒙昧な一般人に大金を出させるには,釈迦の弟子が特別な選ばれた人間であると思わせなければならないですからね.

ブッダというのは目覚めた者という意味で単なる人間にしか過ぎない。

さらに、部派仏教の段階で釈迦の教えは既に大幅に修正されていたので、釈迦の言説は100年後には既に真理だとは思われていなかったですからね。

悟った人間は阿羅漢と言われて、本来はその全員が釈迦と同格ですね。釈迦から阿羅漢に認定された弟子は当時、何千人も居たので、釈迦が特別な人間という訳ではないのです。


釈迦が何故神格化されたかと言うと、無知蒙昧な一般人にお布施を出させるには,釈迦が神で、その弟子も特別な選ばれた人間であると思わせなければならないからでしょう。

坊さんも水を飲んで霞を食べて生きている訳じゃないですからね.

ハッタリも方便

要するに、僧侶にとって宗教は,職業として生活の為にやっているものなので,釈迦の本当の教えなんかどうでもいいという事なんでしょうね.

釈迦の悟りというのは、輪廻転生とか霊界・死後の世界と言われているものが、実際には人間の無意識の中で生起している現象に過ぎないという事に気付いた事なのです。神や悪魔というのも人間の心の中にしか存在しない、そういう事がわかったという事です。

俗に死後の世界とか霊界とか言われているのは心理学の言葉で言えば無意識の事です。人間が死ねば脳が溶けて、意識も無意識も一緒に消えてしまいます。従って、極楽も地獄も人間の死と共に消えてなくなるのですね。

輪廻転生というのも生きている人間の脳内で生じる virtual な経験なんです。そして、その事に気付いたのが釈迦の悟りですね。

ウパニシャッドにおいては、ブラフマン・アートマンが実在する事が真実だったんですね。アートマンというのは人間の魂なので、魂が実在すれば、肉体が滅びてもまた生まれ変わってくるという輪廻の考え方になってしまうのですね。

しかし、輪廻は当時のカースト制を維持する為に悪用されていた考え方なんです。

低いカーストの人間は前世で悪行をした報いだから、上のカーストの人には逆らわず、文句を言わず、がまんして苦しい労働に耐え、来世で高いカーストに生まれ変わる様に努力しなさいという上の人間に都合のいい考え方を押し付けていたのですね。

しかし、釈迦はカーストというのはアーリア人がドラビダ人を征服したから生じたもので、人間の価値とは関係ないとわかっていたんです。

それでカースト制を支えている輪廻転生、アートマンの存在を否定する考え方を探し求めたんです。

そしてその答えとして


アートマンは存在しない(無我説)

生き物はすべて、さまざまな物質的要素(地・水・火・風・空)と心理的要素(感覚器官・感覚・印象・思惟・判断力など)の集合体であり、しかもそれらすべての要素が一瞬ごとに生滅・変動していると考えました。

そうであれば、そこには輪廻の主体となる不変の「我」はどこにも見いだすことができないということです。これが「無我」といわれる考え方です。


を思いついたのです。

釈迦の悟りというのはこの無我説を実際の瞑想体験で確認するという事ですね。

神や悪魔や地獄の様な悩みの元になるものは普遍的無意識の浅い層にあるもので、そこからさらに深い所まで下りて行けば普遍的無意識の深い層(涅槃・空の世界)が広がっている。

従って、魂や死後の世界というのは幻影で、涅槃の世界からすべてを見る事ができる様になれば、苦しみもなくなるというのが釈迦の教えです。


ブッダというのは目覚めたる人間という意味ですが、目覚めるというのは魂や死後の世界というのが幻影だと悟るという意味なのですね。


仏教史を整理すると


@ 釈迦は輪廻転生や死後の世界が深層心理に基づく virtual なものだというのに気付いた。


A しかし、当時の人は魂の存在、輪廻転生や死後の世界を信じていたから、真理をそのまま教えたらパトロンの王侯貴族からお布施が貰えなくなる。


B それで、対機説法というのを考えて、魂の存在、輪廻転生や死後の世界を信じている一般人には真理を伝えないで誤魔化す事にした。


C 釈迦の弟子もお布施が貰えなくなると困るから、釈迦の対機説法を釈迦の教えとして仏典をまとめた。 スッタニパータで釈迦が否定した筈の天界や輪廻転生が語られるのにはそういう事情があった。


D 部派仏教で人間の心の深層の研究が進むにつれ、ブラフマン・アートマンが実在する事が確認され、釈迦の無我論をそのままの形で継承するのが不可能となった。


E 大乗仏教になると、釈迦の対機説法を当時の一般民衆に人気のあったヒンドゥー教に置き変えて、宗教ビジネスとして完成させた。 大乗仏教の空というのは本質的にはブラフマン・アートマンと同じものを指している。 その結果、大乗仏教での悟りも釈迦の悟りではなく、バラモン教・ヒンドゥー教の悟り、即ち梵我一如と輪廻転生からの解脱と本質的には変わらなくなってしまった。


F 日本に渡来した大乗仏教ではさらに、仏教の外見だけ残して中身を完全に自然神道に置き変えて、それまで村の古老がやっていた儀式を殆ど引き継いだ。 日本のお坊さんが本来の仏教では絶対にやらない筈の葬式やお盆で稼いでいるのはこういう事情なのです。


纏めると


インド仏教は外観だけ釈迦の教えに見せ掛けているが、中身はバラモン教・ヒンドゥー教に置き換えた。

中国仏教は外観だけインド仏教に見せ掛けているが、中身は道教に置き換えた。

日本仏教は外観だけ中国仏教に見せ掛けているが、中身は自然神道に置き換えた。


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15. 2016年3月21日 09:32:18 : 3ah459lR8Q : BQKXrt2t@gY[88]
橋爪さん
仏教は、言ってみれば、唯物論です。自然現象の背後に神などいない。

これは違いますよ、
ブッダが断食の末、悟りを得た後、この教えを自分だけのものに
するか、他の人々に広めるか迷っていると、そこに神が降臨し
この教えは社会に広めれば人を救えるとのお告げを聞き、以前の
仲間の所に行った、です。神を否定してません。


16. 2016年3月21日 09:54:57 : 3ah459lR8Q : BQKXrt2t@gY[89]
14さん
釈迦の教えは生も無ければ死も無いその境地に
達しなさいと言うこと。
輪廻については執着や瞋恚が過去から続いて
いると言うこと。

17. 中川隆[2046] koaQ7Jey 2016年3月21日 11:28:10 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2014]
>>16
仏教用語の輪廻とか悟りはバラモン教やヒンズー教の輪廻や悟りと同じもので、釈迦が言っていたのとは全く違います。

即ち、仏教は釈迦の本来の教えを否定してできた宗教ビジネスです。

キリスト教もイエスの本来の教えを否定してできた宗教ビジネスです。

天才の教えをそのまま伝えても宗教としては存続できないからそういう改竄・捏造が必要になってくるのですね。

宗教家も霞を食べて生きている訳ではないので、信者を騙してでもお金を稼がないと食べていけないのですね。


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18. 2016年3月21日 11:45:57 : 3ah459lR8Q : BQKXrt2t@gY[90]
原始仏教の書物、増谷文雄、中村哲の原文訳では
輪廻に関してその様に訳されていたと思います。
そしてその輪廻を断ち切ることが悟りへの道と。
ただそれ以後輪廻がどのように使われたかは私は
興味無いし、その後ビジネス云々も興味有りません。
悪しからず、そして仏教に興味がおありなら日々の
生活で実践すること、と思います。あまり比較研究
することではなく、信じることだと思いますが。

19. 2016年3月21日 11:48:28 : 3ah459lR8Q : BQKXrt2t@gY[91]
18訂正
中村哲
中村元

20. 中川隆[2047] koaQ7Jey 2016年3月21日 16:37:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2015]
>>18
>そしてその輪廻を断ち切ることが悟りへの道と。


もう一度繰り返すけど

『スッタ・ニパータ』に登場する釈迦は、「無執着説」を説きながら、一方では、「輪廻からの解脱」ということを言う。最初から、霊魂の不死性を肯定も否定もしなかった仏陀が、一体、何故に、再び「輪廻」という言葉を持ち出してくるのだろうか?


奈良康明先生から、これに関する解答を頂いた。


『釈迦は無我説を説き、霊魂の不滅性は説かなかった。

しかし、当時の一般民衆のほとんどが輪廻思想を信じていて、釈迦は霊魂の不滅性を否定はしなかった。霊魂の不滅性を否定したなら、托鉢で飯も食えなくなっただろうし、それを信じる者には、その道で行きなさい、といった感じだった。

だから、スッタ・ニパータのは矛盾はない。』


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21. 2016年3月21日 17:18:34 : 3ah459lR8Q : BQKXrt2t@gY[92]
>スッタ・ニパータ』に登場する釈迦は、「無執着説」を説きながら、一方では、「輪廻からの解脱」ということを言う

無執着説という語句は原始仏教の中には聞かないですが、執着、放逸、瞋恚などから解脱しなさいと言うことだと思いますが。

輪廻と言うのは原始仏教では死後の世界とかではなく、執着、放逸,瞋恚が何万年も繰り返し今に伝わり、それを断ち切らなければならない、じゃないですか?

>釈迦は無我説を説き、霊魂の不滅性は説かなかった

我については、色々出て来るし、有ると言うものでも、無いというものでもないと
言ってたと思います。我については増谷さんの本にも良く出て来ます。

霊魂についても有るとか無いとかは言ってないです。これは修行に関係ないことには触れるなと言っていたと思います。


22. 2016年3月21日 18:07:17 : 3ah459lR8Q : BQKXrt2t@gY[93]
21追伸
霊魂の不死性を肯定も否定もしなかった仏陀が

これも良く分からないのですが、霊魂が不死と言いますが、ブッダは生も死も無い境地に達しているし、その境地に修行者を導いているのに不死性を肯定も否定もするはずがないと思うし、生も死も無い境地のブッダが霊魂の生死を問題にすることは無いし、私が読んだ本の中にその様な記述は見ていないと思いますが。


23. 中川隆[2051] koaQ7Jey 2016年3月21日 19:43:32 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2019]
>>21

>輪廻と言うのは原始仏教では死後の世界とかではなく、執着、放逸,瞋恚が何万年も繰り返し今に伝わり、それを断ち切らなければならない、じゃないですか?


輪廻というのは古代インドやバラモン教の考え方なので、釈迦が独自な新解釈を考案したというのは有り得ないですね。

部派仏教以降の仏教では

親の因果が子に報い

とか

犬は前世で悪行を行った人間が生まれ変わった

という解釈でしたから、輪廻も深層心理的な話ではなく、物理的な生死の話ですね。

無我というのは霊魂が無いという事

霊魂がなければ肉体が滅びたらそれですべてお終い

輪廻とか死後の世界というのは霊魂の存在を前提にしているのですね。

従って、無我説を主張するというのは輪廻も死後の世界も存在しないという事でしょう

釈迦の理論が矛盾しない為には輪廻が有ってはいけないのですね。

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24. 中川隆[2052] koaQ7Jey 2016年3月21日 19:46:44 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2020]
これが専門家の意見です:


『仏教の思想1』業について(梅原猛)


 業をどう見るか

 この問いに答えるのは「業」の思想のように私は思います。仏教がただ慈悲の思想につきるものであるならば、それはどうしてこのような危機における思想として有効でありえましょうか。仏教は一方で、慈悲を強調しながら、他方、人間の深い煩悩の世界を凝視しています。

 そのような点で、「業」の思想は、今後仏教の現代的意味を考えるとき、たいへん重要な思想であると思うのです。この業の思想の深さについて、私は最近やっと気づいたばかりであり、いつか稿を改めて論じたいと思います。ここでは簡単に触れるだけにとどめるよりしかたがないと思います。

業の思想が、例の十二因縁の思想と深いつながりを持っていることは確かであります。十二因縁とはなんでしょうか。その点、増谷先生のくわしい説明がありますので、ここではくわしく触れる

必要がないかと思います。

 木村泰賢氏によれば、十二因縁の解釈には、三つの解釈の仕方があるというのであります。第一は論理的な解釈、つまり十二因縁、無明から老死までの十二因縁を、論理的範疇として考える考え方であります。第二は、それを心理的あるいは倫理的、現代の哲学用語を使えば、実存的に解釈する道であります。つまり、老や死を、苦と思うことの原因を、渇愛と無明に求める、これが十二因縁の意味であるという解釈であります。それから第三に、十二因縁を実在的に、宇宙的生の発展のあり方を述べたものであるという説があります。つまり、無明から存在するものは発生し、行識を通り、最後に人間が出て老死が生じたという解釈であります。

 このうち、のちの仏教において、とくに部派仏教において有力になったのは、第三の実在的な因果の考え方であったようです。因果はまさに生命の理法を示したものというわけです。しかもその因果が、道徳の問題と結合するとき、善因善果、悪因悪果、三世の因果という考え方が生まれます。

われわれが長い間、因果の概念で知っていたのは、このような因果概念でありました。私は子どものころ、縁日に見世物を見に行きましたが、そこにはロクロ首の女や熊女などがいました。このロクロ女や熊女は親の因果が子に報いて、このような片輪者になったといわれました。明治以前までわれわれ日本人はよいことがあると、先祖のおかげでといって喜び、悪いことがあると、親の因果と思ってあきらめたものでした。

 因果の概念には宿命論的ひびきがあります。そこには、おのれの運命への諦めがあります。そして同時に、このような現世の運不運を、人間の理解できない前世の因縁と結びつけることによって、仏教は、はなはだしく、理性の正しい行使を傷つけます。因果の概念は、まさに、日本人を諦観にしばりつけるとともに、日本人の理性をマヒさせた最大の元凶のようでした。

 長い間、仏教は因果の概念をつかって、民衆に道徳を教えましたが、その概念の拡張解釈は、人問に諦観を与えるとともに、人間理性の正しい行使を妨げることに役立ったようです。近代の精神は、このような因果因縁の概念を否定することから生じるのであります。近代的理性にとって、このような因果因縁の概念こそ、まさに仏教のインチキ性を証明するものと映ったにちがいありません。

 このような因果因縁の概念は、まさに仏教の恥部であったわけです。明治以後、日本の仏教学者が、仏教の束縛を離れて、ヨーロッパから、直接に釈迦仏教を研究する方法を学びとったとき、彼らは、彼らが従来釈迦の教説と思っている仏教が、実は釈迦の仏教でもなんでもなく、はるか後代において、釈迦の名にかこつけて作られた経典編集者の思想にすぎないことを知ってビックリしたものでありました。

そればかりか、釈迦以来、二千何百年という年月は、同じことばの意味をも、まったく変えてしまったようでありました。釈迦の十二因縁の思想は、どうやら、因縁・因果の名でもって、われわれの現実に知られていた思想とまったく別な思想のようでありました。因縁の思想を釈迦それ自身において考える必要があります。明治以来の根本仏教と解する原始仏教の研究は、結局この因縁の概念、因果の概念を明らかにすることにあったといってよいかもしれません。因縁をあの伝統的な汚名から解放すること、それほあたかも、文明開化の時代の文化人に不評となった仏教を、その迷信の汚名から解放するかのような意味をもっていました。


 因縁の論理的解釈

 このうち、論理的解釈はもっとも近代的解釈のようであります。このような解釈の代表が、宇井伯寿氏の『十二因縁の解釈−縁起説の意義−』と和辻哲郎氏の『原始仏教の実践哲学』であるといわれます。じつは、この解釈には、すでに先例があり、新カント派の哲学者マックス.ワレーザーが、『原始仏教の哲学的基礎』という本を書き論理的解釈の先鞭をつけたといいます。

ワレーザーの本を私は読んでいませんので、はっきりしたことは申しかねますが、日本においてこのような理解がはなばなしく、出てきたときは、まさに新カント学派の全盛時代であったことに注意する必要があります。新カント学派は、ヴィンデルバントやリッケルトに代表されるカント復興運動でありますが、それは、当時ドイツに広がったカント以後の非合理主義的な思想に反対して、カントの合理主義に帰れという運動でありました。いわば、それは小市民の合理主義を代表するものでありましょうが、なんでもドイツ哲学を最高の真理として学ぶ日本の哲学者のサル真似主義が大正デモクラシー運動と結びつき、日本の哲学者はほとんど新カント派の哲学者になりました。このとき秀才の文献学的仏教学者宇井伯寿氏と、秀才哲学者和辻氏のみごとな理性主義的仏教解釈が生まれたのです。

 新カント派は非合理主義、人間の本質を非合理な意志や感情におく非合理主義に深いにくしみをもっていました。そして彼らが、もっともきらったのはショウペンハウエルでした。なぜなら、ショウペンハウエルは、彼らの尊敬する師カントを非合理主義のほうにねじまげたからです。

 ところがまさに仏教は、とくに原始仏教は、従来ショウペンハウエルの見地で見られていたわけです。ショウペンハウエルは、世界を動かしているものを、近代哲学の伝統に反して、理性として考えず、盲目の意志として考えます。われわれの生命を支配する盲目の意志、この盲目の意志は、必然的に人間を苦悩におとしいれます。意志の世界は必然的に苦の世界であります。この苦の世界から、人間を救い出す必要かあります。そのためには、この意志を否定すること、我の意志を否定することが必要であるとショウぺンハウエルは考えます。ショウぺンハウエルは、釈迦の思想中に、このような意志否定の哲学を見て驚くわけです。ショウぺンハウエルは、釈迦の涅槃をこのような意志否定の境地として解釈します。

 ショウぺンハウエルの弟子、ドイッセンは、この師の思想に啓発されて、仏教の研究を志します。

つまりヨーロッパは、ショウぺンハウエル思想によって、仏教を発見するわけです。そして、西洋の仏教学をそのまま学んだ明治以前の日本の仏教学も、またショウぺンハウエルから仏教を見ていたわけです。仏教学者姉崎正治氏は、ショウぺンハウエルの『意志と現識としての世界』の訳者でありますし、木村泰賢氏もショウぺンハウエルに大きな影響を受けています。

 ヨーロッパの哲学、ドイツの哲学がショウぺンハウエルから抜け出そうとしていたのです。ドイツの哲学、とくに現在流行しているドイツの流行哲学を最高の哲学と無邪気に思っている日本の哲学者が、このような風潮により、仏教解釈においても、ショウぺンハウエルを抜け出て、カントに帰ろうとしたのは当然であります。そこから和辻氏の解釈が出てまいります。和辻氏の解釈は、死の解釈において、その本質をむき出しています。死は彼によれはVergehenすることです。つまり過ぎてゆくことであります。死ははたして単なる過ぎてゆくことでありましょうか。

ここで、釈迦の人間の苦悩を語ったかの偉大なる教説が、論理的範疇(はんちゅう)論に化するのです。ハイデッガーはExistenzialistat実存範疇ということばを作っています。それは実存的人間存在を表わす範疇であり、それはKategorie論理的範疇とまったく違うというのです。退屈や不安はエキジステンチアリテートに属しますが、カテゴリーには属しません。和辻氏はまさに、ここで一つの誤謬を犯したのです。それは実存範噂に属することを、論理的範疇の意味に解釈したという誤謬です。宗教的不安なしに仏教を見たすぐれた文献学者宇井氏が、そのような誤謬を犯したのは当然かもしれません。和辻氏は、この宇井氏の解釈を哲学的に根拠づけたわけです。まことに才気あるさっそうたる誤謬であります。

 従来から私は和辻氏に対して、きびしすぎる批判をくだしてきましたが、別に和辻氏に恨みがあるわけではありません。私は和辻氏を、むしろ私どもの仕事の先輩として、尊敬すらしています。

しかし私は、和辻氏の青年時代はまだヨーロッパの最先端の哲学に真理そのものが住んでいるという幻想を脱却することができなかったのではないかと思うのです。

 十二因縁を論理的に解釈すること、それはまさに仏教の合理化であり、近代化であるようでありました、この因縁という仏教の汚点のように見える思想を、長い間の不名誉から救うすばらしい行為のようでありました。しかし、因果・因縁を論理的カテゴリーとして解釈して、いったいどういう利益があるというのでしょう。われわれはそこに、ただ、不明確に語られたカント哲学を見るだけであります。釈迦の思想を不明瞭に語られたカント哲学としてみることは、はたして釈迦にとって名誉でありましょうか。当時のインテリの目からみれば、それは名誉なことであったのでしょう

が、いかんながら、釈迦の十二因縁を、論理的カテゴリーとして解釈することは、まったくの誤解のようであります。

 因縁の実存的解釈

 このような解釈より、さきに述べた木村氏の第二の解釈のほうが、ほるかに正しい解釈であると思います。つまり釈迦は、やはり生病老死の原因を求めるのです。どうして人間の世界に苦があるか、世界の苦の原因は何か。そしてその原因をわれわれの心の中にある渇愛と無明に求めます。渇愛は欲望を欲望の側から、無明はむしろ知の側からそれがわれわれの知をくらませるものとしてとらえるわけです。つまりこの老死の苦の原因が、渇愛または無明、すなわち盲目の意志というわけです。このような解釈はショウペンハウエル的ですが、同時に、明治時代の日本の原始仏教研究家の多くの意見です。私はこの見方は一応正しいのではないかと思います。

 人間には苦がある。苦の原因は何か。渇愛あるいは無明。この渇愛、無明を滅ぼせ。このような苦の原因の追求と、同時に苦の滅びに関する追求、それはけっして論理的追求ではなく実存的追求といわれるべきものと思います。釈迦の思想は実存的なものであります。したがって、このような実存的な釈迦は論理的な解釈よりはるかに正しさをもちます。

 人間における渇愛と無明の深さ、のちの仏教はそれを煩悩といいます。そして仏教はじっとおのれの心の姿を見ているところがあります。暗い闇の心の凝視、それが仏教に、キリスト教以上の深みを与える思想的特質なのです。ヨーロッパの哲学では、人間を理性的自我としてとらえます。しかし、人間は理性的自我に尽きません。人間の中には深い煩悩の相がありノます。無明は無知と違います。無知は知らない心ですが、無明は知っていても止められない心であります。このような心、深い煩悩の心の考察は、ヨーロッパにおいて、ショウペンハウエル以後においてはじめて自覚に上されました。近代的な無意識の発見者フロイドは、ショウペンハウエルとニーチェから思想的示唆を得たというわけです。このように煩悩の世界、無明の世界は西洋において、ショウペンハウエル以来の哲学の一潮流にすぎないのですが、仏教ではこの間題が思想の中心問題となります。闇の煩悩の凝視、そこに仏教思想の深さがあります。

 このように解された十二因縁の説は、はなはだ倫理的にして、しかも実存的な説であります。死の苦の原因は、無明渇愛にある、その渇愛無明を捨てたまえ。

 このような十二因縁の見方は、はなはだ倫理的、実存的であります。たしかにこの理解は仏教理解の解釈として実存的であります。まさにこれこそすぐれた十二因縁の解釈であるといえます。

 しかし、はたして十二因縁はこのような意味に尽きるでしょうか。木村泰賢氏は、十二因縁はこのような意味には尽きない、そこには実在する生命の発展過程を、時間的に説明するという面もあると言うのです。たとえば、無明行識の識といわれるものは、受胎の状態に比せられます。つまり十二因縁はすべての存在するものが発生し、老死を生み出すまでの時間的契機を明らかにしたものだと言うのです。

 このような実在的生命観は、因果理解に、道徳的要求が加わった場合、あの善因善果、悪因悪果の説すなわち、よい行為にはよい結果が伴い、悪い行為には悪い結果が伴うという考え方が生じます。しかしこのような縁起の概念をとる仏教学者は現代では少ないようです。むしろ、それは宗派を代表する古い仏教学者の意見に多いようです。木村泰賢氏は、第二の実存的な思想が因果概念にあることを認めながら、同時に、実在的な因果概念も仏教においては無視できない思想であると言われます。


 人類の業

 私はこの第二のいわば、倫理的、あるいは心理的、あるいは実存的な因果理解は、たしかに近代的な正しい因縁概念の理解と思いますが、それはいささか不十分なのではないかと思うようになりました。なぜなら、そこではあくまで個人の存在が問題の中心でありました。実存は、むしろ個人に尽きています。

したがって、十二因縁の否定は、個人の内面のみでよいわけです。けれど、はたして、原始仏教は現代哲学のように個人中心主義的でしょうか。あるいほ、はたして因果関係に、個人を越えて拡大されることはないでしょうか。個人は個人を越えた因果関係によってしばられない、それはむしろ、近代的個人主義の立場の前提です。しかしはたしてそうでしょうか、親の因果ははたして、子に報いないでしょうか。祖先のしわざがわれわれの滅びの原因になることがまったくないのでしょうか。われわれが何万年の間になってきた運命によって、われわれが左右されることははたしてよいのでしょうか。われわれが本能という名で呼んでいる能力、これはやはりわれわれが祖先から伝えた一つの潜在能力ではないでしょうか。われわれの祖先がわれわれに投げかけた運命に、われわれが支配を受けることはないのでしょうか。

 私はやはり、因縁の問題を単なる倫理的、心理的、あるいは実存的問題に限定するのは正しい解釈ではないのではないかと思います。やはり、人間が、自己を越えた因果、いってみれば、普遍なる宇宙の生命発生以来の運命の支配を受けているという考えが、十二因縁の思想の中にあるように思うのです。

こういう宇宙発生以来の生命の無意識の支配力を「業」というのでありましょう。仏教ではこのような業を認めますが、仏教では自己を業のままに流させるのではなく、業からの脱出をはかるのであります。業にまとわれるかぎり、人間は永遠に苦の世界に坤吟します。この菅の世界、永遠の輪廻(りんね)の世界をまぬがれるには、因果のくさびを切る必要があります。人類が発生以来、になっている重い煩悩の鎖の環を切り取ること、ここに仏教の教説があるわけです。


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25. 中川隆[2053] koaQ7Jey 2016年3月21日 19:55:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2021]

「輪廻」というのは、サンスクリット語で「サンサーラ」と言い、元々ウパニシャッド思想(紀元前8世紀から6世紀頃)において、梵我一如(「ブラフマン=梵」と「アートマン=我」は本質的に同一であるという思想)の原型と共に、輪廻の思想も形成されました。

ウパニシャッドの輪廻の考え方では、「太陽の道」と「祖霊の道」というものが考えられ、後者は、「転生」の概念にほぼ近い考えで、死んだ後、魂は、雨水などと一緒になって、天から下りてきて、また女性の胎内に入り、生まれて来るというような考えです。

「太陽の道」は、「祖霊の道」を歩むと、どこまで言っても、転生を繰り返すに対し、死後、ある方法で、太陽の道に進ことができると、もはや、この世には、再び転生して来ない道があるという考えです。

「輪廻」とは、転生のなかで、「業(カルマ=行い=生前にどういう行動・生き方であったか)」によって、次の転生先や転生のあるようが決まり、この決定規則は厳密なもので、機械的に起こり、動物をむやみに殺していると、転生先は、殺していた豚や牛になるとか、ブラフマ階級の者は、儀式を行っている限り、転生してもブラフマ階級であるとか、非常に細かく規則が決まって来ます(それには、長い時間がかかりましたが)。

ヒンドゥー教、ヒンドゥー思想では、この運命決定論的「輪廻思想」が正しいとされています。

その一方で、

「不二一元論=ブラフマンとアートマンは本質は一つであるという思想」

もヒンドゥー思想の中核にあり、輪廻論と、不二一元論は、どう調和するのかは、結局、輪廻もこの世の生も、すべて「幻(マーヤー)」であるということになります。

マーヤーから脱し、個人のアートマンが覚醒して、ブラフマンと一致するとき、輪廻の幻からも脱出するのであり、これを、「独存」とも言います
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa503252.html


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26. 中川隆[2054] koaQ7Jey 2016年3月21日 20:00:18 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2022]
釈迦の言葉


死後の世界について

ブッダは、人間が死後も存在するかどうかというような人間の知識を超えることがらについては、それは独断にすぎず、無益な

ものであると考えて、沈黙を守りました。


________________________________

滅びてしまったその人は存在しないのでしょうか? あるいはまた常住であって、そこなわれないのでしょうか。世尊よ、どう

かそれをわたしに説明してください。あなたは真理をあるがままに知っておられるからです。

師は答えた。ウパシーヴァよ。滅びてしまった者には、それを測る基準がない。かれを、ああだ、こうだと論議する根拠がかれ

については存在しない。あらゆることがらがすっかり絶やされたとき、すべての論議は絶えるのである。
(スッタニパータ 1075〜1076)

尊者マールンキャプッタは人影のないところへ行って静思していたが、その心に次のような考えが起こった。

「これらの考え方を世尊は説かれず、捨て置かれ、無視されている。すわなち ---

世界は永遠であるとか、世界は永遠ではないとか、世界は有限であるとか、世界は無限であるか、魂と身体は同一なものである

とか、魂と身体は別個なものであるとか、人は死後存在するとか、人は死後存在しないとか・・・、

これらのさまざまな考え方を世尊はわたしに説かれなかった。世尊がわたしに説かれなかったということは、わたしにとって嬉

しいことではないし、わたしにとって容認できることでもない。だからわたしは世尊のところへ 参って、この意味を尋ねてみよ

う・・・。

もし世尊がわたしのために、これらのことを説かれないようなら、わたしは修学を放棄して世俗の生活に帰るとしよう。」(中

略)

「マールンキャプッタよ、わたしはおまえにそのようなことを教えてやるから、わたしのもとにきて修行せよ、と言ったことが

あるか。」

「師よ、そのようなことはありません。」

「マールンキャプッタよ、わたしはそのようなことを教えてやると言ったこともないのに、愚かにも、おまえはわたしがそのよ

うに説くことを要求し、そのように説くことをしないわたしを拒もうとしている。(中略)

マールンキャプッタよ、人間は死後も存在するという考え方があってはじめて人は修行生活が可能である、ということはない。

また人間は死後存在しないという考え方があってはじめて人は修行生活が可能である、ということもない。

マールンキャプッタよ、人間は死後も存在するという考え方があろうと、人間は死後存在しないいう考え方があろうと、まさに

、生老病死はあり、悲嘆苦憂悩はある。現実にそれらを
征服することをわたしは教えるのである。
(マッジマ・ニカーヤ 63)


ヴァッチャよ、[世界は常住かどうか、霊魂と身体とは一体であるかどうか、人は死後にもなお存するかどうか、などのような

種類の問い]に対する見解は、独断に陥っているものであり、見惑の林に迷い込み、見取の結縛にとらわれているのである。そ

れは、苦をともない、悩みをともない、破滅をともない、厭離、離欲、滅尽、寂静、智通、正覚、涅槃に役立たない。
(マッジマ・ニカーヤ 72)

弟子たちよ、『我(アートマン)』や『我がもの』などは、真実として捉えられるものではないのであるから、このようなもの

に立脚した教え、つまり、『我と世界は一つである』とか、『我は、死後、永遠不変に存続して生き続けるであろう』というよ

うな教えは、まったく愚かな教えであると言えないだろうか。」

「まったくその通りです、師よ。まったく愚かな教えであると言わねばなりませぬ。」
(マッジマ・ニカーヤ 22)

____

G「宇宙即我」について

ブッダは、「世界(宇宙)と我はひとつである」などという主張は、実証できない空想的独断に
すぎないので、まったくおろかな見解である、と説きました。

___________________________________

弟子たちよ、『我(アートマン)』や『我がもの』などは、真実として捉えられるものではないのであるから、このようなもの

に立脚した教え、つまり、『我と世界は一つである』とか、『我は、死後、永遠不変に存続して生き続けるであろう』というよ

うな教えは、まったく愚かな教えであると言えないだろうか。」

「まったくその通りです、師よ。まったく愚かな教えであると言わねばなりませぬ。」
(マッジマ・ニカーヤ 22)
http://www.j-world.com/usr/sakura/buddhism/okawa.html


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27. 中川隆[2055] koaQ7Jey 2016年3月21日 20:10:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2023]

「無我」とは、サンスクリット語の「アンアートマン」の漢訳です。

「アンアートマン(anatman)」は「アートマン(atman)」(個我、魂)の否定語です。

「アートマン」とは、インドの正統的宗教であるバラモン教(後のヒンズー教)の教義にでてくる、きわめて重要な概念で、人間の個体に内在していると信じられている、肉体の崩壊後も生き残る人間の不変の本質のようなものです。

バラモン教では、このアートマンが輪廻転生すると信じられています。

したがって、アートマンは、インドの伝統的宗教にとって、きわめて重要なものですが、ブッダはこれを真っ向から否定して、アンアートマン(無我)を主張しました。

人間が死んだのちにの生き残って輪廻転生するとと信じられているアートマンなどないと主張したのです。

われ(アートマン)というものはない。

また、わがものというものもない。

すでにわれなしと知らば、何によってか、わがものがあろうか。
(相応部経典22.55 増谷文雄訳)


これが、ブッダの思想のもっとも基本的な教えの一つである「無我」の思想です。

「無我」の思想は、単に、自己中心主義を否定しているのではありません。

ブッダはバラモン教の教えである魂の輪廻説を否定したのです。

後代の仏教はやがてバラモン教(ヒンズー教)の教えを再び導入してしまいますが、魂の輪廻説を否定したブッダの「無我」の思想は、いくつかの禅の伝統にはまだ生き残っているように思えます。
http://www.j-world.com/usr/sakura/buddhism/soul01.html

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28. 中川隆[2057] koaQ7Jey 2016年3月21日 20:34:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2025]

仏教の悟りはバラモン教の悟りと全く同じもので、釈迦の悟りとは何の関係も無い

ウパニシャッドの中心となる教えは、ブラフマンはアートマン(個我)だということであり、この教えの目標は、ブラフマンはアートマンという、この真実を理解することによって到達する解脱(モクシャ)である。

ブラフマンが、すべての現象の背後にある永遠にして最高の実在であり、無限かつ絶対的唯一のものとして神聖であるならば、はかなく有限の現象は神聖にあらざるものである。ウパニシャッドの教義では、目的は聖なるものへの没入であり、人間世界(あらゆるものがブラフマンであるなら、人間世界は聖なるものからの放射物なのかも知れないが)からの解脱であり、自然界もしくは客観世界からの解脱である。

ウパニシャッドの理解によって得られる解脱には二つの主要な方式が設けられている。その一つであるサーンクヤ方式ではプラクリット、もう一つのヴェダーンタ方式ではマーヤーと呼ばれるものが、この人間世界、自然界、客観世界にほかならない。
http://www.geocities.jp/poetjayadeva/03.htm


インドの伝統では、個体、すなわち個人の性格の本質的原理である個性を包含する自我は、知性(ブッディ)と意識(マナス)と自性(アハム・カーラ)の集合体であり、物質的資質であり、プラクリティの一部と考えられており、個としての存在の窮極の基体、本質とは考えられていない。

言い換えれば、西洋世界の伝統のなかで一般に魂と考えられているものは、インド文化の伝統では、現世の
、俗世の、身体的存在の一面である。

人間のなかの永遠で「精神的」な原理は、つまり経験的存在を超える「魂」は、アートマン、またはジーヴァ、またはプルシャである。

人の本質的な「魂」であるアートマンは、ウパニシャッドやヴェーダンタ哲学の教典では、絶対的な一なるものであり、空間をもたず、、永遠であり、資質がない、触って知ることのできない、二重性を欠いた、ブラフマンと同じものと考えられた。

サーンキヤ体系は、ウパニシャッドが立てた概念、プルシャを発展させた。それは、数において無限で、破壊することのできない、永遠の実在、純粋な精神であって、しかも人のなかで、プラクリティ、すなわち自然と結びついた個々人の魂である。
http://www.geocities.jp/poetjayadeva/13.htm


サーンキヤ学派
インド哲学の学派。 六派哲学の1つに数えられる。その思想は精神原理と物質原理を分ける二元論である。

精神原理であるプルシャは永遠に変化することない実体である。
物質原理であるプラクリティは第1原因とも呼ばれ、サットヴァ(純質)、ラジャス(激質)、タマス(翳質)という、
相互に関わる3つの構成要素からなる。 これら構成要素が平衡状態にあるときプラクリティは変化しない。

しかしプルシャの観察を契機に平衡が破れると、プラクリティから様々な原理が展開してゆくことになる。

プラクリティ → 理性 → 自我意識

という順序で原理が現れ、自我意識からは思考器官、知覚器官、行為器官が生まれる。
知覚器官には耳・皮膚・眼・舌・鼻があり、行為器官には発声器官・手・足・排泄器官・生殖器官がある。
また、自我意識は他方では素粒子(音・触感・色・味・香)を生み、素粒子は五大の要素(虚空・風・火・水・土)を生む。これらの対象は知覚器官に対応している。

プルシャはこのような展開を観察するのみで、それ自体は変化することがない。
人はプラクリティから展開した理性、自我意識などを主体であると思い込む錯覚に陥っているが、本来の自我であるプルシャに目覚めることで解脱が果たされるとしている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A4%E5%AD%A6%E6%B4%BE

「サーンキヤ思想」における「プルシャの独存」

「プルシャ」というのは、純粋精神とも言えるもので、これは或る意味でアートマンの言い換えでもあるのです。

つまり、精神の現象と世界などの物質現象の現れについて、これを理論的に説明する思想がサーンキヤ思想なのです。
そしてサーンキヤ思想では、「プルシャの独存」という仏教だと「解脱」に対応するような、純粋精神の実現の課題を考えます。

どのようにプルシャの純粋性を達成するか。

実は、サーンキヤ思想のこのような課題に対応する「実践的修行体系」として、古典ヨーガの瞑想修行や思想のシステムが構想され築かれています。
つまり、古典ヨーガでは、プルシャの独存の達成のための修行の段階を説明し、
最終の「独存」に至るまでの瞑想修行の過程が解説されているのですが、
このような古典ヨーガの瞑想修行過程において、「得られる体験」が、梵我一如の真理の確認体験の一つだとも言えます。

なぜなら、先にプルシャとは、アートマンの言い換えだとも言いましたが、
「プルシャの独存」とはどういう事態なのかを考えると、これが「梵我一如」と密接な関係を持つことが分かります。

「プルシャの独存」は、マーヤーの幻からの「完全な離脱」を意味します。

このとき、個々の人のプルシャは、その「本質」が明らかになる訳で、

独存状態においては、プルシャは「誰かのプルシャ」ではなくなり、
個々人の精神の根柢にある、原型としてのアートマンそのものに一致し、

アートマンはこのとき、個々人のアートマンではなく、本来の「唯一なるアートマン」となり、
この「唯一のアートマン」とは則ち、「ブラフマン」に他ならないからです。


ブラフマンがマーヤーにおいて現象を展開してゆくことにおいて、
わたしとかあなたなどの「個人」の区別が生まれ、
その個人の主体精神の本質としてアートマンが考えられているのであって、
マーヤーから脱した純粋なアートマン、つまり「独存のプルシャ」は、結局、ブラフマンと一致することになるのです。


インドにおいては、古典ヨーガの瞑想修行を通じて、梵我一如の真理が体感されるのだとも言えます。
(古典ヨーガとは、『ヨーガ・スートラ』に述べられている瞑想修行体系とその実践思想で、ヨーガはこの後、様々に展開し多様なものとなりますが、しかし、根本には、古典ヨーガの思想が流れています。

ヨーガ一般の最終目標は、マーヤーからの離脱、
従って、プルシャ、アートマンの独存なのです。
従って、ヨーガの瞑想修行を通じて、梵我一如の真理の確認が試みられるとも言えます)。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1094165.html


[スレ主【仁王像】による初期非表示理由]:2重投稿(アラシや工作員によくあるコメントはスレ主が処理可能)

29. 中川隆[2058] koaQ7Jey 2016年3月21日 21:51:26 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2026]

因みに、>>4>>8 に出て来たイエスの言う神とはアートマンの事です。

つまり、キリスト教の神はユダヤ教の天地創造神ヤハヴェとは何の関係も無いのです。

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30. 中川隆[2059] koaQ7Jey 2016年3月21日 22:42:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2027]

>仏教の悟りはバラモン教の悟りと全く同じもので、釈迦の悟りとは何の関係も無い


大乗仏教では釈迦の教えに近い部派仏教を小乗仏教として馬鹿にしています。

それは釈迦が存在を否定したアートマンは実際には存在する事がその後わかってきたからなのです。

LSDを使った深層心理の研究でもアートマンに相当するもの(大乗仏教で空と呼んでいる)の存在は確認されています。

即ち、釈迦の瞑想体験では空のレベルまでは到達していなかったという事でしょう。

従って、仏教の悟りというのはバラモン教や大乗仏教の悟りとはベクトルの方向が全く違うものなのです:


誰でも簡単に到達できた釈迦の悟り と バラモン教・ヒンドゥー教の高級な悟りとは全く違うもの


ブッダという呼び名を釈尊にしか使わないだけで、悟った弟子はたくさんいました。

ブッダが悟った後、かつての修行仲間4人に教えを説きます。

その4人が最初の弟子です。 で、その4人も悟りを開きました。

その時ブッダは喜んで、 「ここに5人の阿羅漢が誕生した」 と言ったそうです。

ブッダ自身も含めて5人の阿羅漢。

240 名前:名無しさん@3周年:2006/09/05(火) 22:18:32 ID:hu3AQYw8


本経(転法輪経)の説時はアーサーラ月の十五日(日本では八月二十二日に当たる)であった。

コンダンニヤ長老は転法輪の終了時に、
ヴァッパ長老は十六日に、
バッディヤ長老は十七日に、
マハーナーマ長老は十八日に、
アッサジ長老は十九日にそれぞれ預流果に達し、

二十日無我相経の終了時に五人全員阿羅漢果に達した。

244 名前:釈迦原理主義者:2006/09/06(水) 08:48:39 ID:ggnk6gBu

 最近思うのですが、仏教の目標である解脱者となることをあまりにも難しい大事業のように捉えるのは間違いではないか、と。

先ず最初から軽く且つ硬く「できる」と思い込む事が大事だと感じます。

人生何事もそうですが、できると思う人はでき、できないと思う人はできないのです。

 ゴータマブッダ御存命中は多数の阿羅漢がでました。
ブッダという先生・お手本が目の前にあったからです。
ところが、大乗と称する人たちは仏教をえらく難しく神秘的にしてしまいました。
権威付けという賎しい動機もあったでしょう。

だから、反動で念仏を唱えるだけで成仏できるとする八正道無視の超単純ワープ論が跋扈してしまいました。
明らかにゴータマブッダの仏教ではありません。
 
 だから、先ず「できる」と積極的に気軽に捉えましょう。
http://um.denpark.net/1155998054.html

Q:  阿羅漢の人数

お釈迦様の時代には、阿羅漢は何人いたのでしょうか。第一回仏典結集の時には500人の阿羅漢が集まったといいますし、日本各地には500羅漢像などがあります。一説には1250人と経典にでているとも聞きました。

A: これは本当にわからないんですよう。Yasaという若い方の出家とともにたちまち阿羅漢たちは60人でしたし、それは釈尊が悟りを開いて一年足らずでしょう。それから、伝道に行きましたが、釈尊はJatila行者の三兄弟に説教するために出かけた。

そちらの弟子たちはまとめて1500人でしたそうです。皆、阿羅漢になったのです。

Sariputta, Moggallana両尊者の活躍も並大抵のものではなかった。経典では釈尊の説法会を説明するたびに沢山の人々は阿羅漢になったとrefrainでかくのです。

阿羅漢になったら、出家するでしょうし、これについてお釈迦様が、「家を破壊するために」くるのだと批判を受けたこともあった。当時の仏教界には悟りは決して珍しいことではなかったのです。在家の方々は中に第一段階の預流果に達した人々も沢山いました。

とにかく、現代私たち知っているのは記録に残している方々の情報だけです。
食事や住むところなどの問題も出てきますから、出家皆釈尊と一緒に旅をしたわけでもない。阿羅漢たちはほとんど一人でいるか、伝道して回るかでした。出家したばかりの人々は少々時間仏陀と一緒に旅をするが、仏教を十分理解したところで悟りに励むのです。ですから、一人で生活をする。 たまに、釈尊も大大会行います。そのときですね、大阿羅漢たちは一箇所に集まるのは。

仏典に記録してあるのは全てサンプルになる人格者です。知識の頂点に達していたSariputta尊者や、殺戮者のAngulimala,(極端な例ですが)などです。平の一般の出家者について記録するほどではなかったみたい。記録されている阿羅漢や在家信者の話は、すべて後輩に対するアドバイスと模範なのです。人類の性格のcross cutのようなものです。勉強になります。

阿羅漢の数はわかりません。結集のときも特別に選ばれた方々だそうです。阿羅漢なら皆OKではなかったのです。その特定の仕事に対して能力あるかないかは基準でした。「一説にある1250人は」そのときの集会に集まった方々の数でしょう。沢山いる、数えられない、旺盛、などの意味を語るためにPali聖典によく使う数字があります。84000です。かるがるく、仏陀の時代では阿羅漢たちは84000以上でしたと記録するのです。
http://www.j-theravada.net/qa/qahp72.html



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31. 中川隆[2061] koaQ7Jey 2016年3月21日 23:29:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2029]

>誰でも簡単に到達できた釈迦の悟り と バラモン教・ヒンドゥー教の高級な悟りとは全く違うもの


釈迦がバラモン教・ヒンドゥー教の高級な悟りを切り捨てた理由

悟ったからと言って人間的に成長した訳ではない

悟りの体験を何度も繰り返し得て、生きている間に、それを究極まで徹底できたとしても、その人は「その人のまま」、ごく普通の人間である。

ユング派分析家のウォルター・オダージンク著『瞑想とユング心理学』では、禅が特徴として、純粋意識、というべきセルフのウロボロス元型だけを活性化する。
個人的無意識を無視するために、悟りの体験を持ちながら、幼児的、暴力的な個人的心を持つことさえある。

プロセス指向心理学の創始者アーノルド・ミンデルは『自分さがしの瞑想』において悟りの落とし穴について述べています。

悟りを最終目標として、それに到達すればすべての問題が解決する考えは、東洋の瞑想の誤解であり、そこから、うぬぼれが出てくることがあります。

他人をレベルが低いとか、幼稚とかみなす傾向があるといっています。

オダージンクさんとミンデルさんがいっていることは、まさしくそのとおりではないかと思うのです。

大乗経典においても、悟りの体験者に対して慢心の罪は五逆の罪よりも重いとまでいうほど厳しく戒めています。

その矛先は自身にも、もちろん向けられているでしょうが、主に小乗の阿羅漢たちに向けられているようにも感じられます。

他人のそれには敏感であっても、自身のそれには気づかないことは大いにありうることです。

個人的な心の問題については手付かずのままということになるのではないでしょうか。

幼児的、暴力的な個人的心を持っていないなどとはいえない。また、対人関係の問題についても、葛藤を抱えたままであるでしょう。
http://blog.goo.ne.jp/jd6j5rlure09f3/e/abddfac859553290baa3a16b86c396b0

釈迦は森林に住まう修行者の群に身を投じ、教えを求め、様々な師を訪ね歩きます。 しかし、満足することはできず、6年間の激しい苦行の生活を行います。死にギリギリまで近づき、断食で皮と骨だけになるほどの修行でした。 釈迦は限界まで苦行を極めましたが、結局は苦行では悟りは開けないことを知り、苦行を捨てることにします。

釈迦は当初、2人の仙人のもとで思想を学んだが、どの教えも彼を満足させず、釈迦は5人の修行仲間と共に苦行に突入した。 しかし、体を痛めつけたり断食をしても悟りに至る事はなく、“何事も極端に走るのではなく中道が肝心”と苦行の無意味さに気づき、35歳で6年続けた苦行を止めた。 他の苦行者は彼を脱落者として嘲笑した。

釈迦はネーランジャラー河の岸辺で村娘スジャータが作ってくれた“牛乳がゆ”を食べて体力を回復させると、ガヤー村の菩提樹の下で静かに座禅を組んで瞑想に入った。

悪魔が悟りを妨害する為に大軍を送ったが、釈迦はこれをことごとく調伏し、瞑想開始から49日後の12月8日未明に悟りを開き、彼は「菩薩(修行者)」から「仏陀(覚醒者)」となった。 ガヤー村は後に仏陀が悟った場所として“ブッダガヤ”と呼ばれるようになる。
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/haka-topic24.html

経典『スッタ・ニパータ』の中には、いくつかの疑問点が散見するのであるが、これを読む者の多くの人は、聖者なるゴーダマ・ブッダ(釈迦)は、自らを「真のバラモン」と呼んでいる箇所が見られることに気付かれるだろうと思う。
 
 もちろん、そのことは、後代による編集者の付加であるということも考えることも可能であるのだろうが、もしそうではないとしたら、仏教の開祖たるゴータマ・ブッダ(釈迦)が、何ゆえに「真のバラモン」なのか、言い換えれば、「釈迦はバラモン教徒なのか?」という問題を、ここで究明しなければならないのである。
 
 このことに関連して、仏教学者である奈良康明博士によれば、釈迦の生きていた時代はバラモン教という世界観の只中にあり、われわれは、そのことを理解することなしには、仏教の核心を捉えることはできないのだと説明している。

 スリランカ出身の友人M氏によれば、仏教とバラモン教とは従兄の関係にあるのだと言う。そのM氏と、これらのことに関して、中い間、論じ合った結果、われわれは、仏教(Buddisum)とバラモン教(Brahmanism)との関係について、釈迦の境地とバラモン教の究極の境地とは、全くの同一のものであるのではないのかという結論に至った。

 具体的に言えば、仏教とバラモン教の究極の境地とは無執着の境地であり、ただ、両者の境地に至る過程においての、最大なる相違点とは、

バラモン教においては一切の執着の対象を捨て去るのであるが、絶対者なる神(ブラフマン)や永久不滅なる魂(アートマン)への執着そのものは残存させたのに対して、

仏教は、絶対者なる神(ブラフマン)や永久不滅なる魂(アートマン)への思考、そして、執着そのものに関する執着さえも棄て去ったのだのではないのか、ということである。
 
 では、バラモンの修行の中にあったゴーダマ・ブッダが、何ゆえに、その悟りにおいて、絶対者なる神(ブラフマン)や永久不滅なる魂(アートマン)への執着そのものさえも捨て去ったのか?  
 
 仏伝によれば、ゴータマ・シッダッタ(釈迦)は出家したあとに、アーラーラ・カーラーマと、その後、もう一人ウッダカ・ラーマ・プッタという人に師事したのであると伝えられている。(これらの二人の師は、もしかしたら、バラモンであったのだろう。)そして、その修業の末、釈迦は、それぞれの師から離れて行った。


その後、釈迦は、単独で、死ぬ寸前までの苦行を行い、その苦行によっても、釈迦は、悟りには到達できなかった。そして、釈迦は、師の指導による修行とさらには、その後の、単独の苦行の果てに、ブラフマンとアートマンへの執着さえも捨て去ったところに、ニルヴァーナに到達することができたのではないのかと、私は推察している。
 
 ということは、私は、私見として、釈迦は、バラモン教の境地とされる宇宙の根源たる絶対者たるブラフマンと人間の絶対的な永久の主体たるアートマンを捉えることができなかった。具体的に言えば、ブラフマンとアートマンを確認することができなかった釈迦は、梵我一如たるブラフマンとアートマンへの執着さえも捨て去ったところに、ニルヴァーナ、すなわち、不動の「心の平安」なる境地に到達した、ということであるのではないのかと見ている。

結論を言えば、釈迦のニルヴァーナの境地とバラモン教のマハリシ(バラモンの悟り)の境地とは全くの同一のものであり、それらは、ただ単に、そこに至る手法が異なっているだけではないのか、ということである。

 単純化して言えば、仏教とバラモン教とは、一般的には、そこに至る手法が異なっているゆえに、別々のものである、あるいは、真逆のものである、などと捉えられる場合が多いのであるのかもしれないが、苦がことごとく消滅した、無執着なる究極の境地、すなわち、釈迦のニルヴァーナとバラモン教(Brahmanism)のマハリシとは同一のものであるのだと、私は感じるのである。
http://blogs.yahoo.co.jp/dyhkr486/folder/1802145.html


天界(霊界,向こうの世界)というのは深層心理学で集合的無意識と呼ばれているものです.

悟りを得る = 集合的無意識に到達する

と考えて下さい. 何故悟りを得るのがそんなに難しいかというと:

「無意識」はその名の通り、「意識でないもの」で、意識で到達などできません。

「無意識を知ることができる」というのは、無意識の活動の結果、意識に現れた影響を調べ、確認に、これが無意識の活動の所産であると知るという意味です。

夢には、無意識のメッセージや無意識の活動が含まれ、現れていますが、夢を見ているのは、あくまで「意識自我」です。

>催眠術で、ユングのいう集合的無意識に、意識を保ったまま到達することは可能でしょうか?

だから、これはできないのです。不可能なことです。非常に深い催眠術などで、集合的無意識の影響が非常に濃い、無意識のメッセージを引き出すことはできますが、その時、被験者は無意識状態にあるので、メッセージを聞くのは、術者や立会人ということになります。

催眠術でも、意識がなくなる訳ではなく、前意識状態で半分眠ったように意識していることが多いのですが、無意識からのメッセージは、この半分眠った意識から出てくるのではないのですし、意識がこれで、無意識に達した訳でもないのです。

ユング派では、夢の分析を行うとき、「拡充法(能動的創造法とも言います)」というのを使いますが、これは意識を無意識にするのではなく、無意識のメッセージやイメージ、時に集合的無意識のメッセージなどを、色々な意味の連想などで、意識が解釈できるような形に集めてまとめる作業です。

拡充法で、集合的無意識のメッセージやイメージを再構成できますが、あくまで意識がそれを理解するのであって、拡充法というのは、意識経験として断片的に現れている無意識や集合的無意識のメッセージを、集めて、パターンが理解できるようにする方法です。

こうして、集合的無意識に「アプローチ」はできますが、それは、集合的無意識に意識が到達することとは別のことなのです。LSDとか、精神開示薬物・薬草類などを服用すると、集合的無意識のメッセージやイメージが意識に見えてきますが、これは意識が、ダイレクトに影響や作用を受け止めているのであって、意識が集合的無意識などに達した訳ではありません。

拡充法は、危険性はありませんが、薬物や、またヨーガや瞑想法などで、集合的無意識の影響やメッセージをダイレクトに意識が受け止められるような状態になることは、意識が、場合によっては、精神分裂症などに落ち込む危険性があります。

瞑想の修行などは、経験ある師匠の指導においてすべきだ、というのは、こういう危険を回避するためです。ユング派の臨床心理士などだと、こういうことについて分かっているかも知れませんが、一般の臨床心理士では、こういうことまで詳しく分かっていません。知っていても、頭の知識だけの場合が多いです。

実際に、集合的無意識のメッセージを解読したり、受け止めたりする瞑想などの実地修行を経験した者でないと、こういう場合のアドヴァイスはできません。

要するに,天界(霊界,向こうの世界)に到達するには死ぬか,植物人間になるか,精神分裂病になるか,幻覚剤を飲む位しか方法は無いのですね.いづれにしろ悟ったら人間としてはお終いですね(合掌)
 
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa361485.html

バラモン教の聖典はヴェーダやブラーフマナ、ウパニシャッドである。シッダッタの誕生よりずっと昔の、成立の古いヴェーダではまだ、輪廻の考えはなかった。素朴な気持ちで死後は皆、この世よりも快適で楽しい天国に行くと考えていたらしい。「死者が必ずや来世でも全くこの世と等しい姿を得、しかも不死すなわちもはや死ぬ必要のない完全な存在で生き続けられるような祭式を工夫することが、バラモン達の為すべきことになったのである。」(J・コンダ「インド思想史」)

 ところがインド人の間にしだいに来世の不死についての根深い懸念が生じ、やがて輪廻(再生と再死の繰り返し)や輪廻の基となる業の考えが生まれ、再生の場所に地獄や餓鬼・畜生の世界が考えられ、さらにシッダッタの頃には、その考え方を疑いようのないこととしてかたく信じるようになっていた。

 そこでインド人は真剣に輪廻、特に再死から逃れようとするようになる。どんな良いところに再生しても必ず再死があるのだから。インド人は再死のない解脱の境地(永遠の安らぎ・平安)を願うようになったらしい。

 では、当時のインド人はどうすれば再死を繰り返す輪廻から脱する(離脱する=解脱する)ことが出来ると考えたのか。シッダッタの誕生の頃までに、解脱への道だという考え方がいくつか見つかっていたのである。解脱は再死がないから不死(への道)ともいわれる。不死とは、秦の始皇帝が望んだ現在の生存の永続を意味する不死つまり今の自分(自分の命)が死なないことではなく、輪廻で繰り返される死(再死)がなくなること。だから当然、今の自分(の命)は死ぬ。解脱すれば、「死」は今回限りになるということです。
http://www.geocities.jp/avarokitei/go-tamaryakuden/go-tama-tanjo.htm




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32. 中川隆[2062] koaQ7Jey 2016年3月21日 23:54:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2030]

釈迦が「輪廻」を否定する事で変えようとしたのはカースト制社会


世に広まっている誤解に、釈尊は「六道輪廻」から解脱することを説いた、つまり生まれ変わりからの解放を説いたというものがあります。

しかし実は「輪廻」も「解脱」も元来、古代インドの支配階級だったバラモンの考えで、それらを含む思想が釈尊と同じころに『ウパニシャッド』という文献にまとめられてきますが、それは釈尊のとられる考え方ではありません。 それどころか、それらを批判していったのが釈尊でした。

 その中にも生まれ変わりを否定する人はたくさんいたのですが、釈尊がそれを否定した仕方はきわめて簡単です。 生まれ変わりという考えは、われわれが常住不変・永遠不滅の「我」(霊魂のようなもの)を持つということを前提としますが、釈尊はそのような「我」はないと言われたのです。

そうであれば、そこには輪廻の主体となる不変の「我」はどこにも見いだすことができないということです。これが「無我」といわれる考え方です。

 ただし、釈尊が冷静に学問的に研究した結果、そういう結論に達したのかどうかは微妙です。むしろ、輪廻という考えを否定するという動機にしたがってそう考えたと見ることもできます。

 というのも、ここは非常に大事な点ですが、釈尊を含む革新的思想家たちがバラモンの教えを批判するのは、それがバラモン支配の社会を支えるための教え(今ふうに言えばイデオロギー)だったからです。

たとえば、輪廻という考えは厳然としてカースト制を支える教えとしてあります。

つまり、現在バラモンであるものは前世によい行いをしたからであり、反対にシュードラにあるものは、前世でわるい行いをしたからであり、来世でよい境遇に生まれたければ善いことをせよというわけですが、その善悪の基準とは、つねにカースト制を含む社会が存続するのに都合のいいものです。

善を行ない悪を行うまいとして道徳を守れば守るほど、一方では安逸を貪り、他方ではいかに努力しようとも悲惨な状況から抜け出すことの出来ない階層が存在するという状況が続くわけです。

 これだけでも皮肉ですが、しかも、悲惨な状況にある者は、その状況を自分の前世の行いからくる運命のように受け入れて生きていくしかないと思いこんでしまうという点で、二重に悲惨なのです。

要するに、輪廻は身分差別には当然の理由があるんだという「こじつけ」として機能していたと考えることができます。

 ですから、釈尊が輪廻を否定し「四姓平等」(四姓とは、バラモン:司祭者・クシャトリヤ:王族・ヴァイシヤ:庶民・シュードラ:隷民)を表明したということは、「カースト制度を正当化しようとするいかなる考えかたも許さない」ということを意味したわけですから、カースト制と闘う態度を明確にしたということができます。

 しかし、残念ながら世間には、釈尊が輪廻を説いたというたぐいの仏教入門書が少なくありません。

しかし逆に言えば、その本が輪廻を釈尊が説いたもののように言っているかどうかは、その本が信用できるかどうかの一つの指標になるのではないでしょうか。
http://www2.big.or.jp/~yba/QandA/98_10_21.html


釈迦が変えようとしたカースト制社会とはこういうもの


インドでは激しいレイプ事件が延々と続いている国だが、問題はレイプだけではなく、こうした女性への凄まじい虐待もあることだ。

インドの女性虐待は、インドにはカースト制度という身分制度が下地にあると言われている。身分の低い女性は人間扱いされていなかった。

そのため、身分の低い人々に対する虐待が横行する歴史が続いていたのである。つまり、

「身分の低い人間は何をしてもいい」

という意識が培われてきて、それが女性に対する暴力、虐待、レイプにつながっていた。

インドのカースト制度は今も残っている。欧米からの人権意識が徐々にインドでも浸透するようになり、都会から変わりつつあるのだが、それでもなお歴史にこびりついた汚点は消えることがない。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20160206T0247080900.html


ダリットの女たち(1)いまだレイプされ続ける女性のこと


ずいぶん改善されてきたとは言われているが、未だに現実に起きている苛烈な差別がある。ダリットと呼ばれる人たちへの差別だ。

「前世は犯罪者だ」と生まれたときから言われ、「だから差別されて当然なのだ」と結論づけられた人。それが、ダリットである。

もしあなたがダリットの女性として生まれていたら、生まれながらにして両親は虐げられ、嘲笑されているのを見て育つ。家は極度に貧しく、仕事もなく、いつも飢えている。

そして、年頃になると、突然知らない男たちに拉致されてレイプされる。しかし、誰も助けてくれない。ダリットの女性はレイプされてもしかたがないと社会が思っているからだ。

抵抗すれば殺される。手足を切断されたり、生きたまま燃やされたり、アシッド・アタック(酸攻撃)されたりする。警察も犯人を捜してくれない。

なぜなら、ダリットだからである。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20120810T2324480900.html

インドのレイプ事件はほぼ毎日のように起きている

日本人女性のみならず、外国人女性でもレイプ被害に遭っている。韓国人女性も、アメリカ人女性も、見境いなくレイプされている。

殺された女性もいるが、かろうじて助かっても、もはやインドという国には恐怖しかないだろう。

(レイプされることに気付いても、誰も助けないという心理)
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20140706T0134110900.html


実はインドのレイプ事件はほぼ毎日のように起きている。それも日本人からすると、到底あり得ないような状況の中でのレイプだ。

同じ建物に住む少女を拉致して数日レイプし続けて殺してしまった事件もあったが、この男はその数日間に親が行方不明の子供を心配して泣き叫んでいるのを知っていて、自分の部屋に戻っては少女をレイプしていた。

あるいは、道歩く姉妹を集団でレイプして、終わったあとは姉妹の首を絞めて殺し、木に吊して「自殺した」と見せかけたものもあった。

レイプした女性を木に吊して見せしめにする事件はパキスタンでも起きているが、なぜ「この女をレイプして殺した」と見せしめにしなければならないのか。

それは、上位カーストが、下位カーストに対して「俺たちに逆らうとこうなる」と震え上がらせて、普段でも逆らわないように恐怖を与えるためである。

下位カースト、もしくはダリット(不可触民)と呼ばれる立場の弱い女性は、しばしば上位カーストの男たちにレイプされる。その実態は想像以上に醜悪で悲惨だ。


インドは、弱い立場の女性にとって地獄のような場所だ。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20150503T0512130900.html

2016-03-21
インドではメイド稼業がごく普通に行われていて、若いメイドがその家の主人にレイプされたりする事件も多発している。

若いメイドは無学であり、カーストも低く、高カーストの主人にレイプされても被害を訴えることができない。

警察はいつでも高カーストの味方であり、低カーストの女性は同じ人間に見られていない。そのため、下手に被害を訴えれば、自分や自分の家族が襲撃されてひどい目に遭う。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20160321T0234090900.html




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33. 中川隆[2063] koaQ7Jey 2016年3月22日 00:03:29 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2031]

釈迦が言う『地獄』とはカースト制社会でダリットの女性が生きている世界の事なのですね。

悪人が死後に行く世界ではありません。

[スレ主【仁王像】による初期非表示理由]:2重投稿(アラシや工作員によくあるコメントはスレ主が処理可能)

34. 2016年4月25日 15:33:15 : vxsyxtjqOA : dr88cnfHCms[9]
神について(創造主) キリスト教、イスラム教でとかれているが

ヒンヅ-(インド)でも バガヴァッド・ギーター(神の歌)とい書物があり

神(創造主)について、たとえを使い種々の説明がなされている。

でも最後の結論は、人間が神をあれこれ分析しても、理解できる存在ではない。

大切なもはヨ−ガ(精神統一、瞑想)であり、無我の境地に入る、訓練

実習である、とのべている。そうすれば神の存在を感知できる。

釈迦が6年間 岩窟で死にいたるような極限の苦行の後、瞑想(座禅、ヨ−ガ)

に入り、覚りを開き、真理を覚ったとされる。

真理は神に通じるのではないのかな・・・。


真理、覚りなどというものは、文字で表せるものではないのだろ。

日本禅宗 曹洞宗道元禅師は 禅は教外別伝(お経により覚りを求める

方法ではない)只 座禅 すれば 覚りに入れるといわれている。

ただし、シナの禅林で修業する僧が1000人いても、覚りの境地に

入れるのは 一人か二人 簡単な道ではないとも。


釈迦の境地をああやこうやと言ってみても、 覚れるわけではない

修業、訓練しかない。

よき師について座禅しなさい、が 答え、覚りに近づける。


35. 2016年4月26日 07:27:15 : vxsyxtjqOA : dr88cnfHCms[10]
21>>。ヨ 「無執着」を言い 一方で 「輪廻」からの解脱を言う  」

   無執着、無我というのは 覚りの境地ですよね、自分と他人の区別しない

   キリストの愛の境地です。


   執着、渇愛、強い欲望 が 輪廻の原因になるようです、

   (例えば)酒好きが 酒屋に行きたくなるように、 死んだあとに 強烈
   に酒が飲みたいという欲望をもっていたら、 あの世には酒屋がないので
   娑婆に生まれ変わってきて、 また大好きな酒をのむ てな感じ。
   欲望、我 がなくなれば、 もう娑婆世界には生まれてこなくてよい
   卒業 これが 輪廻からの解脱 のようですが?


  釈迦は「霊魂」「神」について解いていない 
  だから霊魂は無いとか 神はいない としてる?

  そうではないと思います 無執着、無我をといた 釈迦はキリストと同様の

  境地、他人と自分を差別しない、愛の境地、神に通じてますよ、お釈迦さまも。

  参考までに 聖者による 釈迦、キリストの評価


  近代のインドの聖者 ビベ−カナンダ の評価 では 釈迦とキリストは

  別格の超大聖者で 神に近いお方であるとのことです。


  http://kokoronoeiyou.seesaa.net/article/291295889.html  より

 



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