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阿蘇山噴火で首都圏危機? 専門家「首都直下地震や富士山噴火の恐れゼロではない」(ZAKZAK)
http://www.asyura2.com/15/jisin21/msg/659.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 10 月 12 日 14:25:20: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

             36年ぶりの爆発的噴火が起きた熊本県・阿蘇山の中岳第1火口=8日午前9時(共同通信社ヘリから)


阿蘇山噴火で首都圏危機? 専門家「首都直下地震や富士山噴火の恐れゼロではない」
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20161011/dms1610110830001-n1.htm
2016.10.11 夕刊フジ



阿蘇山中岳の噴火で火山灰に覆われた、熊本地震で楼門(下)などが倒壊した阿蘇神社=8日午前9時29分(共同通信社ヘリから)



阿蘇山の噴火で、車の上に火山灰が降り積もった=8日、熊本県阿蘇市


 いったい何の予兆なのか。8日未明、阿蘇山で起きた爆発的噴火は噴煙が高さ1万1000メートルにまで達し、関西にまで降灰が予想される事態となった。阿蘇山が同様の規模の噴火を起こすのは実に36年ぶり。専門家は「熊本地震によって、日本最大級の活断層が刺激された可能性がある。首都直下地震や富士山の噴火につながる恐れも否定できない」と警鐘を鳴らしている。

 真夜中に突如響いた大爆音に人々は顔をこわばらせた。8日午前1時46分ごろ、熊本県の阿蘇山の中岳第1火口で爆発的噴火が発生。1キロを超える広い範囲に噴石が飛散した可能性がある。

 中岳第1火口で爆発的噴火が起きたのは、1980年1月26日以来、36年ぶり。政府は8日未明、首相官邸の危機管理センターに情報連絡室を設置。気象庁は、九州から関西までの120以上の市町村に火山灰が降るとの予報を出した。

 夕刊フジで「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」(木曜)を連載する武蔵野学院大の島村英紀・特任教授(地震学)は「気象庁は阿蘇山の噴火警戒レベルを昨年11月、3から2へ引き下げており、今回も噴火を予知できなかった」と指摘した上で、こう話す。

 「阪神淡路大震災の余震が、本震発生から1〜2カ月ほどで収まっていたのに対し、同様の規模の熊本地震の余震は非常に長く続いており、『中央構造線』が刺激されている恐れがある。噴火につながった可能性も否定できない」

 「中央構造線」は九州から本州にまで延びる日本最大級の活断層だ。本州側は長野県まで達し、1000キロ以上に及ぶとされているが、島村氏は「実は首都圏の直下にまで続いているという説もある」と指摘。

 「不明な点が多いが」と前置きした上で「熊本地震によって刺激された活断層が、首都直下地震や富士山の噴火につながる恐れもゼロではない」と警戒を促している。

 気象庁の斎藤誠・火山課長は8日、記者会見し、「阿蘇山は不安定な状態で、今後も同規模の噴火が起こり得る」と発表、予断を許さない状況であることを明かした。

 熊本地震に端を発する地震、噴火の連鎖の恐れ。阿蘇山の今後の動きから目が離せない。



 

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コメント
 
1. 2016年10月12日 21:44:55 : nJF6kGWndY : n7GottskVWw[2907]

>〜の恐れゼロではない

またか

くだらん


2. 2016年10月13日 00:55:23 : o7wirypt8Y : EzjAUKhhkCs[-7]
「〜の可能性は否定できない」、「〜の可能性はゼロではない」は
「何も判らないけど、格好つかないからとりあえず言っておきます」と同義。
よく専門家と称される人やコメンテーターが使う魔法の言葉。
森羅万象に渡り応用可能です。
めでたしめでたし。

[32初期非表示理由]:担当:意味なし多数なので全部処理
3. 2016年10月13日 09:54:08 : HjCHbiL9yc : r66eSYUSdgw[81]
ゼロでないなら幾らだというのか。何事もゼロでないくらい、誰だってわかっている。ポイントは、ここ数年間で、0.01なのか、10のマイナ4乗、マイナス6乗、マスナス9乗なのか、それ以下なのか ということ。実のところ全然推計することができないのに、言いたがる専門家なのだろう。

4. 2016年10月13日 13:11:49 : JEbG1GrDg2 : MDJYbgYqPkw[1]
どうせ噴火するならオリンピック前が良いと思うz。

5. taked4700[5703] dGFrZWQ0NzAw 2016年10月14日 09:41:54 : PHOV7ggdjQ : 1Z2nrSAoqAk[16]
多少関連性が薄いかも知れませんが、日本の直近の将来での地震発生に関する記事です。関東大震災の再来があると思います。
****

9世紀の地震頻発は中央集権体制が整い為政者側が積極的に情報を収集した為なのか?

 まず、ウィキの「地震の年表(日本)」( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E9%9C%87%E3%81%AE%E5%B9%B4%E8%A1%A8_(%E6%97%A5%E6%9C%AC) )から、8世紀から10世紀の記載項目を以下に引用します。

(*以下引用開始:)
8世紀
701年5月8日(5月12日)(大宝元年3月26日) 大宝地震 - 丹波(後に丹後に分国)で地震うこと三日(『続日本紀』)、若狭湾の冠島と沓島が海没したと伝えられる※が疑わしい[33]。
奈良時代(710年 - 794年)
715年6月30日・7月1日(7月4・5日)(和銅8年5月25日・26日) 遠江国地震 - M 6.5〜7.5、三河国・ 遠江国(静岡・愛知)で地震。正倉47棟が倒壊。天竜川が塞き止められ、数十日後に決壊して洪水(『続日本紀』)。
734年5月14日(5月18日)(天平6年4月7日) 畿内七道地震 - M 7、死者多数(『続日本紀』)。生駒断層直下型。誉田山古墳一部崩壊する。
745年6月1日(6月5日)(天平17年4月27日) 天平地震 - M 7.9。岐阜県美濃地方で地震。天皇平城京に復都(『続日本紀』)。愛知県〜岐阜県を南北に走る養老断層の2つ前の活動とする説がある(1586年天正地震と1596年9月の慶長3地震の)。
762年6月5日(6月9日)(天平宝字6年5月9日) 美濃・飛騨・信濃(岐阜・長野)で地震(『続日本紀』) - M 7以上。糸魚川静岡構造線活断層系で発生したM 7 3⁄4〜8 1⁄4と同じものである可能性がある[36]。
797年(延暦16年)8月14日、南海トラフ地震があった可能性が保立道久により指摘されている[37]。 (800年6月に富士山が噴火)

9世紀
818年8月頃(弘仁9年7月) 弘仁地震 - M 7.9、北関東で地震。死者多数(『類聚国史』) [注 5][38]。
827年8月7日(8月11日)(天長4年7月12日) 京都で地震(『類聚国史』) - M 6.5〜7。
830年1月30日(2月3日)(天長7年1月3日) 出羽で地震(『類聚国史』) - M 7〜7.5。
841年前半(承和8年5月3日以前) 伊豆地震 - M 7、死者多数(『続日本後紀』)。丹那断層の2つ前の活動と見られている。
850年11月23日(11月27日)(嘉祥3年10月16日) 出羽国地震 - M 7、死者多数(『文徳実録』、『日本三代実録』)。
863年7月6日(7月10日)(貞観5年6月17日) 越中・越後地震 - 圧死者多数(『日本三代実録』)。直江津付近にあった数個の小島が壊滅したと伝えられる※。記録は疑わしいとする見解もある[39][40]。
(864年(貞観6年5月)富士山噴火(『日本三代実録』)(青木ヶ原樹海を作った貞観大噴火)、阿蘇山噴火)
867年11月16日(貞観9年10月13日)- 陸奥国大地震[41]
868年7月30日(8月3日)(貞観10年7月8日) 播磨国地震(『日本三代実録』) - M 7台[42]。兵庫県の山崎断層帯の活動によるものと思われている。
869年
7月9日(7月13日)(貞観11年5月26日夜) 貞観地震 - M 8.3〜8.6(Mw >8.7)、陸奥国地大震動、地震に伴う津波(貞観津波)の被害が甚大で死者約1,000人(『日本三代実録』)。多賀城損壊。津波堆積物調査から震源域が岩手県沖〜福島県沖、または茨城県沖の連動型超巨大地震の可能性も指摘される[注 6]。東北地方太平洋側で繰り返し発生していると推定されるM 9クラスの地震の候補とされる[43][44]。
878年10月28日(11月1日)(元慶2年9月29日) 相模・武蔵地震 - M 7.4、死者多数。京都でも揺れが感じられる(『日本三代実録』)。伊勢原断層の活動時期に合致するとする説と[45]、館山市の海岸で見出された900年頃と推定される津波堆積物から相模トラフのプレート境界地震とする説がある[46]。
880年11月19日(11月23日)(元慶4年10月14日) 出雲で地震 - M 7(『日本三代実録』)。
886年6月29日(7月3日)(仁和2年5月24日) 伊豆諸島噴火。安房の国で降灰と地震(『日本三代実録』)。
887年
7月29日(8月2日)(仁和3年7月6日) 京都で地震 - M 6.5(『日本三代実録』)。越後西部で津波による溺死者は1000人にのぼったとされる※。
8月22日(8月26日)(仁和3年7月30日) 信濃北部地震 ※ - 『扶桑略記』の山崩れ・洪水の記述から今村明恒が唱える。河内晋平が日付の誤記があり存在しない地震であると指摘し[47][48]、その見方が強い[49]。
8月22日(8月26日)(仁和3年7月30日) 仁和地震(南海トラフ連動型地震説あり) - M 8〜8.5、五畿七道諸国大震、京都・摂津を中心に死者多数。津波あり(『日本三代実録』)。南海地震の記録だが地質調査によればほぼ同時期に東南海・東海地震も発生。津波堆積物からM 9クラスであったとする説もある[50]。石橋克彦は、この地震によって八ヶ岳が山体崩壊を起こし、形成された堰止湖が888年6月20日(仁和4年5月8日)に決壊したと、仮説を唱えた[49]。

10世紀
938年5月17日(5月22日)(承平8年4月15日) 京都などで地震 - M 7、死者あり。高野山でも建物損壊。その後も余震が多く、8月6日に大きな余震。
976年7月17日(7月22日)(天延4年6月18日) 山城・近江地震 - M 6.7以上、死者50人以上。
(*以上引用終わり)

上の引用には、M6のように推定マグニチュード値が記載されているものとMの記載が無いものがあります。記載のあるものには、M 6.5〜7のように幅がある場合があります。記載のないものについてはM7規模と見なし、幅があるものについてはその小さい方の値を取ることにして、集計すると次のようになります。

08世紀:M6:1、M7:05、M8:0 合計:06件
09世紀:M6:2、M7:11、M8:2 合計:15件
10世紀:M6:1、M7:01、M8:0 合計:02件

9世紀は平安時代です。平安時代そのものは「延暦13年(794年)に桓武天皇が平安京(京都)に都を移してから鎌倉幕府が成立するまでの約390年間」( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%AE%89%E6%99%82%E4%BB%A3 )を指すということですから、9世紀と10世紀は同じ平安時代に含まれます。この間、「平城天皇は弟の嵯峨天皇に譲位した後も執政権を掌握し続けようとしたが、それを嫌った嵯峨天皇との間に対立が深まり、最終的には軍事衝突により嵯峨天皇側が勝利した(大同5年(810年)、薬子の変)。この事件以降、12世紀中葉の平治の乱まで中央の政治抗争は武力を伴わず、死刑も執行されない非武力的な政治の時代が永らく続くこととなった。」( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%AE%89%E6%99%82%E4%BB%A3 )ということで、基本的な政治体制は9世紀から10世紀まで安定的に続いていたように思えます。
平安時代の人口はほぼ500万人程度であった様子であり、人口の分布もあまり変化はしなかったでしょうから、地震記録が残る地域も平安時代を通じて大きな変動は無かったはずです。例えば、北海道や九州・沖縄の地震は上の引用には一つも含まれていませんが、M6規模の地震が300年間発生がないことは有り得ず、都が置かれた京都との距離的な遠さが原因で記録が残らなかったと思われます。
「中央集権体制が整い為政者側が積極的に情報を収集」したのは、平安時代を通じて変化しなかったはずですから、9世紀の15件が10世紀には2件に激減するのは、地震発生の頻度そのものが変化したと考えるしかありません。
そもそも、明治期以降の日本の地震発生の様子を観察した結果、海溝型の大地震が発生する前に地震活動の活発な時期が50年程度あり、海溝型大地震が起こった後50年程度の静穏期があること( 「7.3 地震の周期性と活動期・静穏期 」 http://www.hinet.bosai.go.jp/about_earthquake/part1.html )が分かっています。
8世紀からの地震の起こり方を見ると、日本のM6以上の地震の発生サイクルについては、三陸沖でのM9レベル地震の前震から始まり、南海トラフでの大地震発生で終わるというサイクルがあるように思えます。少なくとも、「中央集権体制が整い為政者側が積極的に情報を収集」したことが、9世紀の地震頻発の原因であれば、なぜ、同じ政治体制が続いた10世紀に地震数が急減したのかの説明が付きません。
なお、ウィキの「地震の年表(日本)」に「9世紀の地震頻発は中央集権体制が整い為政者側が積極的に情報を収集した為」という記載があり、その参照先の「日本の地震噴火が9世紀に集中しているのはなぜだろうか?」( http://www.hayakawayukio.jp/paper/9thcentury/index.html )には地震数や噴火などの統計グラフがあるだけです。実際の論文を以前かなりの時間をかけて探したのですが見つかりませんでした。そのため、9世紀の地震集中は人為的なものだということについて、その主張そのものへの反論には、今回の記事はなっていません。しかし、M9地震が起これば、その前震や余震が大きな影響を与えると考えるのはかなり自然なことだと思います。
貞観地震以来、三陸沖での太平洋プレートの陸域の地下への沈み込みが抑制されてきたわけですから、貞観地震以来の地震は基本的に小さめであったはずです。1707年宝永地震( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9D%E6%B0%B8%E5%9C%B0%E9%9C%87 )は日本史上最大の地震と311大地震前までは言われていましたが、これが貞観地震から800年以上の間隔を置いて発生したのは、貞観地震前の太平洋プレートの沈み込みがフィリピン海プレートの活動に影響を及ぼすまでに時間がかかるためだと思います。
東日本の太平洋側には多くの海山がありますから、M9地震で太平洋プレートの東日本の陸域の地下への沈み込みがどうそういった海山からの影響を受けるのかが問題であると思います。貞観地震で大きな海山が日本海溝に挟まり、それが1000年以上にわたり、太平洋プレートの東日本の陸域の下への沈み込みを抑制してきたのだと思います。そして、2011年の311大地震でその海山が破壊され、本格的に東日本の地下へ太平洋プレートの沈み込みが再開されたのではないでしょうか。太平洋プレートの沈み込み圧力に伴う歪みが日本海溝からハワイにかけての海洋底(太平洋プレート)に蓄積されてきたという学説がありますが、至極納得が行くものだと思います。そして、このことは、日本海溝からハワイにかけて蓄積された歪みの解放が今後、ずっと継続という意味のはずですから、少なくとも東日本では今後地震や噴火が数十年は続くはずです。

2016年10月13日11時40分 武田信弘


6. 2016年10月15日 08:51:17 : FaDq1QZJlB : f2xdQZlACeA[47]
とにかく灰が降ってくるのは甚だ迷惑だということはわかった。
鹿児島県人は慣れているが、他の地域では青天の霹靂、用意がまるで無い。
しかし熊本は、阿蘇山や断層を抱えていながら災害可能性が最も低い県をよくもまあ自称していたものだ。


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